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日本人のコミュニケーション観と外国語教育

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日本人のコミュニケーション観と外国語教育

著者 佐々木 倫子

雑誌名 静岡大学教養部研究報告. 人文・社会科学篇

巻 26

号 2

ページ 176‑159

発行年 1991‑03‑10

出版者 静岡大学教養部

URL http://doi.org/10.14945/00008512

(2)

日本人のコミュニケーション観と外国語教育   Japanese Communicative Assumptions

Demonstrated in Foreign Language Teaching

 佐々木倫子

SASAKI, Michiko

1 20世紀後半の外国語教育

過去半世紀の外国語教育の世界的な流れを概観すると・当初はオーディオ゜

リンガル法がかなりの影響力を持っていたと言えよう。しかし・1960年代に入 るにつれ、理論言語学の世界での構造言語学から生成文法への流れは・社会雷 語学の台頭とあいまって、オーディオ・リンガル法の理論的基・盤を弱めた。同 時に、rt 一一ディオ。リンガル法を知りつくした現場の教師達がその限界を感じ 始めたのも、 この時代のことであった。1970年代に入ると応用言語学の研究会 などで、言語構造一辺倒への疑問、コミュニケー・…ション能力育成の必要性が話 され始め、70年代半ばから本格的な流れとして、外国語教育の変革が始まった のは周知の事実である。この流れが、日本で主としてコミュニカティブeアプ ローチの名のもとに注目され始めたのは1980年代に入ってからのことであった。

 日本語教育において、時に・コミュユカティブ・アブn一チの最初の教科書 と形容される『An Introduction to M◎dem Japanese』が出版されたのは1977 年である1)。社会言語学の基盤に立って、現代社会の中で日本語が運用されて いる姿をより的確にとらえ、雷語構造の定着と共に、言語運用のパターンの定 着もねらっている点等に、従来の規範的な言語能力中心の流れから一歩踏み出 した姿勢が見られる。しかし、これは狭義の意味のコミュニカティブ。アプロー チによる教科書ではない。その後出版された教科書のように・機能シラバスを 前面に押し出したり、練習問題にインフォメーションeギャップを盛り込んだ り、教室活動を実際のコミュニケーションに近付けるような指示を出したりし ているわけではない2)。

 1980年代の後半に入ると、コミュニカティブ・アブm・一チの流れは・国内の 日本語教育の世界でも徐々に姿を現してきた。それは教育の現場で、シラバス        (176) 101

(3)

を変え、教授法を変え、教室活動を変え始めたと言える。さらに・その背後に は、教師中心から学習者中心へ、教授法中心から学習者のニーズ中心へという 基本的姿勢の変化が存在する。個々の学習者のニーズを中心にすえる姿勢は、

当然目的別日本語教育の推進へと進む。これは日本語教育だけのことではない。

というよりEnglish for specific/special purposes(目的別英語教育)の流 れが日本語教育にも及んだのが事実であり、現在行なわれている多くの英語教 育がその教育目的を、より具体的に、より明確に打ち出しているのも時代の流 れと言えよう。目的に沿ったコミュニケーション能力を効率良く身に付けさせ

る教育が時代の流れとなったとも言えよう。そこでこの小論では、教育目的を 具体的に述べている、あるテレビ英会話番組を手掛かりに、日本人のコミュェ

ケーション観を探ってみたい。ここで取り上げる教育番組の目的とは、異なる 文化の人々に「日本」を英語で説明する能力を付けることである。日本人が外 国語でコミュニケーションをするということ、又、その能力の育成をどうとら えているかの一一端を、この番組から探ってみたい。

1[[上級テレビ英会話番組のねらい

 ここで取り上げるのは計8回からなる短期集中講座である3)。国際派ビジ ネスマンを目指す人々を対象に、「経済大国ニッポン」に向けられた数々の 疑問に対して、英語で答えられるカを付けるという目的をかかげている。番 組は話題シラバスを中心に構成されている。なんらかの調査に基づいて選ば れたと思われる質問が「あなたなら、どう答える!8っの質問」と題し、各 課の出発点として並べられている。8っの質問は以下の通りである。

1.なぜ、そんなに外国の土地を買うの?

2.なぜ、遊ぶときも会社の入と一緒?

3.なぜ、欧米の音楽しか聴かないの?

4.なぜ、こども達がこんなに忙しい?

5.なぜ、遠くてもマイホーム?

6.なぜ、ステv・・一・d一キがこんなに高い?

7.なぜ、女性はパートが多い?

8.なぜ、そんなに英語を勉強する?

 番組に登場する入々は以下の通りである。

1.講師(日本人男性)

102  (175)

(4)

2.アドバイザー1(イギリス人男牲)

3.アドバイザー2(アメリカ人女性)

4.リポーター・(アメリカ入女性)

5.ゲスト(イギリス人男性)

6.学習者1(日本人男性)

7.学習者2(日本人女性)

講師はテキストの前書きで「英語によるコミュニケーション能力を/」と 題し、コミュニケー・・・…一ション能力を強化するための原理原則を3っ挙げている。

L英語力の基本(文法、言い回し)を自分のものにすること。

2.話すべき内容を持っていること・

3。文法や表現の誤りについてあまり神経質になりすぎないこと。

歯切れの良い国際派ビジネスマンの雰囲気を持っ講師を中心とした製作陣 が、外国人との接触の多い日本人ビジネスマンの=一ズを頭に置き・現代日 本社会を説明するのにふさわしい話題を選んで番組を製作していることがう かがわれる。番組は8回とも同じ形式で進むので、最終回の「なぜ、そんな に英語を勉強する?」のみを取り上げることにする。

皿 番組の構成と内容

以下に番組の構成と内容を順を追って見ていきたい。

1。r話題紹介」部分の流れ

◇リポータ・ 一一一1による工場でのゲストへのインタビュー(ビデオ)

       3分      英語+日本語訳

(1) リポーター:

   Hello, everybody. Ibet you re wondering why I m wearing  this helmet. Well, the fact is that I m in Kashima in Ibaraki  Prefecture at an iron and steel works.(中略)

② 今日は、あの一、茨城県の鹿島にある製鉄所に来ています。え一、こ        (174)  103

(5)

れから、あの一、この工場に外国人のお客さんが来る時にこの工場の様 子を説明する英語の研修が行なわれています。(中略)

◇講師による問題提起と学習者応答  1分       日本語

(3)講師:

 こんにちは。今日は英語で外国入の質問に答えるシリーズの最後です。

  Why is everybody studying English?え一一dv,m、なぜそんなに英語を  勉強するの。私達日本入はなぜこんなにまで一一生懸命英語を勉強するの  でしょうか。ご一緒に考えてまいりましょう。

 え一、関本(学習者1)さんの職場では英語がどのぐらい必要ですか。

(4) 学習者1 :

  え一、新しい情報入手や、あの一、東京関連で英語が必要です。(中略)

◇講師によるアドバイザーへのインタビュー・麺英認躰認躰翻

(5) 言薄自而:

  それではスタジオのお二入の外国人のアドバイザーの方のご意見を伺っ  てみましょう。

(6)Ah, Deb◎rah(アドバイザy・一一 2), do people in the United States  leam foreign languages as we Japanese do?

(7)アドバイザ・一一 2:

  Id◎n t think it s to the extent thaも it is here in Japan.(中田各)

(8) 言鷲自而:

  H◎wdid you learn y◎ur Japanese, Ian(アドバイザー1)?Would  you mind speaking in Japanese?

(9)アドバイザー1:

  By all means.あ一、私の場合はですね、ま一、才能と努力の賜物  ですね。(笑い、中略)

⑳講師:

  え一、デボラさんは、その、平均的に言えば、アメリカ人の外国語学  習熱というのは、日本人のそれほど強くはないでしょうと。(中略)

Gl)イアンさんの答えはそのものズバリで大変明快でした。それでは、ま  ずウォーミングアップをしてみましょうか。

104  (173)

(6)

「話題紹介」部分の特徴

番組冒頭はいかにも上級学習者を対象とするのにふさわしく、いきなり ナマの英語の視聴から入る。と思う間もなく、アメリカ入リポーターは日 本語訳に切り替える。非常に流暢なEli本語であるが・発言②の「これか

ら……行なわれています」はいかにも英語国民らしいアスペクトの誤用 である。「これから……行なわれます」(あるいは「今……行なわれてい ます」)が正しいが、多分、母語の lt is going to be heldfr◎m now に影響を受けたものであろう。㈲、(4)、⑤に見られるように、視聴者へ の進行の説明および学習者との質問・応答は日本語で行なわれる。⑨で は、外国人アドバイザーに日本語で応答することが求められている・会話 の流れは、「講師→・学習者」「講師→アドバイザー」となっており一回性 である。「講師→学習者→講師……」といったやりとり、あるいは「学 習者→講師」「アドバイザー→講師j「学習者→アドバイザー」といっ た流れはない。代わりに、英語のやりとりの後には、日本語訳が付くパター

ンが確立される。

2erウォーミング・アップ」部分の流れ

◇アドバイザーによるモデル会話の読み3麺    英語

⑫ アドバイザー1:

  My boss s daughter wants to study Japanese history in college,

 but she has to take an English en七rance exam. That seems so  silly/

G3>アドバイザー2:

  It does seem unrelated t◎her field. But language s加dy does  help in deve}oping a well−rounded individual.

       (テキストp.64読み)(中略)

◇講師によるモデル会話の読みと訳、文法・表現の説明  英語+日本語訳+日本語

㈹講師:

  え…一、では、今のアメリカさんとジャパンさんの会話をひとっひとっ  文字を確かめながら勉強してみましょう。(モデル会話読み 略)

⑮ アメリカさん:上司のお嬢さんは、大学でH本史を勉強したいんですっ  て。でも、英語の入学試験を受けなければならないのよ。何ともばかげ

         (172)  105

(7)

 たことよね/

  ジャパンさん:彼女の専門分野とは無関係に思えるよね。でも、語学  はバランスのとれた人間を形成するのに役立っんだよ。

       (テキストP.66 読み)(中略)

(16)   言黄底罰巨 :

  ここでdoes he1Pと言っています。ま、helpsだけでもいいんです  けれども、does helpということによって、非常に役に立っという、ま一、

 強調の意味が強まるわけです。(中略)

◇講師による文化情報の提供      日本語 G7)講師:

  え一一、私は、まだ自分自身行ったことはないんですけれども、え一、

 聞くところによりますと、この、東京では英語喫茶とか英語バーとかい  うものがあって、結構、この一、サラリ…w一マンや学生で、ま一、にぎわっ  ているということです。(中略)

◇アドバイザーと学瀦の組み帥せによるモデ嚇嚇壕分   英語

⑱ アドバイザー−1:

  My boss s daughter wants to study Japanese hist◎ry in college,

 but she has to take an English entrance exam・ That seems s◎

 silly/

G9)学習者2:

  It does seem unelated(unrelatedのrが聞こえない)to her field.

 But language study does help in developing a weU−round(rounded  のedが発音されない)ikdividua1.(中略)

「ウォーミング。アップ」部分の特徴

 ⑫、as>、 qg)に見られるように、この部分で出てくる英語はすべてあら かじめ用意されたモデル会話を読む形をとっている。⑮では、モデル会 話の日本語訳もあらかじめ印刷されたものを読む形をとっている。 読む

のではない 話す 部分は、aのの進行の説明、⑯の文法説明共に、日本 語で与えられる。さらに、視聴者との友好的雰囲気を作り出す意図のもと になされたと思われる背景情報を伝える部分であるαTも日本語で行なわ れている。

106  (171)

(8)

3 「あなたなら、どう答える?」部分の流れ

◇ゲストのインタビューのビデオー部視聴 4分    英語十日本語訳

⑳講師:

  さて、それでは今度はあなた自身の回答を考えてみてください。その

 際のまとめの際のヒントとして、先程のAndrewさんの意見をもう1回

 聞いてみましょう。(中略)

㈱ ゲスト:

  N。t獄eaUy in my experience.8ut it see鵬thaもway・(中略)

鋤 レポー一ター;

   この工場には、あの一、外国のお客さんがどんどん増えて・すべての  働く人には英語が必要になってきました。(中略)

◇話題に関する基礎知識の整理      日本語

{23)  言黄藍爺 :

  鈴木(学習者2)さん、今の意見にっいてどうお考えですか。

㈱学習者2:

  私は、あの、昔に比べたらば、日本人が英語を話す機会は多くなって   いるので、目的は持ちやすいと思います。(中略)

 (25)   言韓臼〒1了 :

  最近、El本企業に就職する外国人の数がだんだんと増えてきておりま   す。え一、ひとっのデータがありますので、御覧いただきたいとおもい   ます。(中略)

◇アドバイ群による「回答のためのヒントII」の読み2麺   嬬

㈲講師:

  次のヒントはなぜ日本人が熱心に英語を学ぶのかということにっいて、

三者三様の回答例を御覧いただきたいと思います・まず・第1番目は・経 済派のMr.Econ◎myの回答例です。

 鋤 アドバイザ…−1:

   English is essentia1 to econ◎mic activity in today s internati◎n−

  a}ized Japan. 1も s not only inconvenient, bu七unec◎nomica}, to   hire interpreもers f◎r every business enc◎unter・

      (テキストp.70 読み)(中略)

      (170)  JO7

(9)

◇講師による訳の読みと表現の説明         日本語訳+日本語

(28)   言薄自而  ;

  国際化した日本の経済活動にとって、英語は不可欠になっています。

 いちいち通訳を雇うことは不便でもあり、不経済です。

 (テキストP.70 ほぼ忠実な読みと説明)(以下、Ms・HeartとMr・L◎gic

 の回答略)

◇講師によるアドバイザーへのインタビュー      英語十日本語訳

㈲講師:

  さて、それぞれ視点の違う回答例が出ましたけれど、ここでスタジオ  のアドバイザーのご意見を聞いてみたいと思います。まず、イァンはこ  の日本人の英語熱をどういうふうに見ているかということから聞いてみ  ましょう。

鋤  Ian, how do y◎u see this quote, English b◎om, unqu◎te in

 Japan?

㈱ アドバイザー1:

  WeU, the English boom is very good, I think.(中略)

{32)   言薄窪〒1巨 :

  イアンさんの意見としては、ま一、ブームというものは(中略)

◇講師による学習者へのインタビュー 5分       El本語÷英語 働講師:       1

  それではスタジオのお二人に意見を聞いてみることに致しましょう。

 なぜそんなに英語を勉強するのという疑問に、まず、学習者2さん、ど  う答えますか。(中略)

㈱学習者2:

  英語は海外に旅行するのに必要だと思いますし、あの、私自身、英語  のおかげで友達が世界中に出来てとてもうれしく思っています。

㈲  Uh, Japan is bec◎ming internationaユized. For business七r◎uble  (trave1の読み間違いと思われる), as well as, uh, f◎r personal enjoy−

 ment. One is a working command of English. Uh, putting aside,

 あ一、putting that aside, uh, the potential for advancement in  ◎ne s job is greater, if◎ne can speak English.(中略)

(10)

㈹講師:

  え一一一一一、学習者2さんの場合は、単なる興味とか、ま一一b、趣味という領  域をこえまして、実際に英語が出来るために、英語を使うことが出来る  ために、世界のいろんな国に、その、友達が出来たという点でも大変役  にたっていますということです。(中略)

◇アドバイザーの3メントと講二師の訳 2分      英語+臼本語訳

㈱講師:

  え一、それでは、お二人の感想を聞いてみたいと思います。

㈹ Ah, any cemment about the answers, Ian?

㈹ アドバイザー1:

  Particularly, yes, one p◎int about Mr. Sekimoto(学習者1) s  answer is that Japan has woken up, but it shoUld get up. It  shou}d do s◎mething about it.(中略)

㈹講師:

 イアンさんの意見としては、日本は確かにwake up,目は覚めたかもし  れないけれども、まだ、get up,立ち上がってはいない(中略)

幡師による酪例   2静  英認躰語訳

《i41)  言覇季BUi :

  さ一…、最後に、私の考えを聞いていただきたいと思います。え一、ポ  イントとしては、国際化の波の中で、英語の重要性がますます増してく  るということを言ってるわけです。

  Firstly, there is the very practical reason that English is one  of the important must subjects in entrance exa・minations t◎

 virtually a1Lhigh scho◎1s and universities in Japan. Pe◎ple,もhereforeゼ

 have no opti◎n but to study English in order to be admitted to  better schools.

       (テキストP、74読み)(中略)

㈱ というところで、あなたの回答はいかがでしょうか。8回にわたって  皆さんと考えてまいりました。(中略)それでは、また、お目にかかる  日を楽しみにしております。さよなら。

(168)  109

(11)

「あなたなら、どう答える?」部分の特徴

 改めて繰り返すまでもない。1回性の対話が㈱㈱、㈹㈱、㈹岡、㈹

㈱と続き、真のインターアクションは見られない。Maiamah−Thomas

は・℃lassroom Interacti◎n の中でactionとreactionではinteractionに はならないと述べている♂)すなわち、

        教師       学習者

で、教師が学:習者のreactionに応えない時、ただ教師の教案通りに授業を 進めていく時である。Interactionのある授業を図示すれば以下のように

なる。

        教師       学習者

この英会話番組の申でインターアクションが起きない大きな理由は、繰り 返し出てくる日本語訳であろう。訳によって話の流れが切られてしまうの である。英語はこれまでの部分と同様、準備されたものが読まれる形が多 い。締め括りのスピーチ㈲でも、講師は原稿を読んでいる。真の情報伝 達の部分、例えば㈲から㈲が日本語のみでなされていることも、多くの 語学番組と同様である。㈲から㈲で意図されていることは、背景知識を 増すことである。すなわち、講師がコミュニケーション能力を強化するた めの原理原則の2番めに挙げた、話すべき内容を持たせる、あるいは整理・

確認する作業がなされている。これは真のコミュニケーションのためには 重要な要素で、話すべき内容もない人闇がどう英語を習ったところで、流 暢にあいさっをした後は何も続かないということにもなりかねない。しか し、気になる点は、背景知識め収集が日本語で進められている点である。

この番組にはテキストがあるが、そこでも番組とは別に「回答のためのピ ント1」として2ペー一ジにわたり、背景知識が載っている。これは日本語 で書かれている。さらに、有識者の各2ページにわたる回答例が「私なら

こう答える」と題して載っているが、これらもすべて日本語で書かれてい る。知識の収集・整理の手段として使用される言語はあくまでも日本語で

110  (167)

(12)

ある。以上、番組の全体を概観した・

IV英会話番組に見られるコミュニケーション上の特徴

以下にこの番組を通して見られたコミュニケーション上の特色をまとめ・

それらが形成された原因を探ってみたい。

1.日本人に対するコミュニケーションにはすべて日本語が用いられている

 これについては、佐々木(1990一以下、前論文)5)で既に触れている。

前論文では初級英会話番組を手掛かりにしたが・今回は上級英会話番組を 取り上げた。しかし、事情はまったく変わっていない。というより・扱わ れる話題が複雑になっただけ、より日本語の使用量が多い。

 まず第一に、視聴者へのコミュニケーションはすべて臼本語でなされて いる。正確には冒頭に Hello, everybodゾという英語による唯一の澱ミュ ニケー・・m,.ション例があるが、他は㈹の締め括りのあいさつに至るまで日本 語で通されている。それだけでなく、スタジオ内にいる日本人学習者への コミュcrケーションもすべて日本語でなされている。以上のことは、視聴 者に対して結果的に次の2点を要求することになる。

(1>発話(3)、㈹、㈲、㈹等から見てとれるような、まず、日本語で考え  る習慣を付けること。

②英語→日本語訳の習慣を付けること。この番組でも、意味の伝達は

 すべて日本語訳にたよって足りるばかりでなく、外国人の話し手にも日  本語を運用することが要求されている。

  日本在住の外国人が、しばしば日本語学習のために自分の母語の教育  番組を見るのもここに起因する。たとえば、スペイン人はスペイン語講  座を、フランス人はフランス語講座を、アメリカ人やイギリス人は英語  講座を視聴することによって、日本語の語彙が飛躍的に増すという・こ  の対訳重視主義は、長年にわたって、教師・学習者の両側から支えられ  てきた。番組製作者側の配慮で、かなり学習の進んだ竣階でそれまで付  けていた日本語訳をはずすと、テレビ局に抗議の電話が来ることがある  ともいう。日本語訳にたよる学習方略(ストラテジー)を身に付けた学        (166)  Zll

(13)

習者はそう簡単には変えられないと言える。

2,あらかじめ設定されたモデル会話の繰り返しが多いこと

 日本人によって発される英語は、すべてあらかじめ用意された文を読む 形になっている。言語見本として用意された英語以外はしゃべっていない のである。学習者はもとより英語力のある講師でさえ、回答例を忠実に読 む形をとっている。確かに、アメリカ人大統領でもテレビカメラのわきの 原稿を読むことがあるわけだが、それは長時間にわたる独演形式の発話、

っまり、演説の場合である。仮にも、2人以上の人間が話のやりとりをす るという設定で、あらかじめ用意された会話の読みと暗記練習だけに終始

した場合、用意したことは言えるようになるが、以下の能力は育成されな いことになる。

(1)番の敢りかた、聞き返し、確認、訂正、言いさし、あいつち等の談話  のストラテジー

  談話のストラテジーの育成には、まず、学習者が多くのストラテジー  の使用例を見聞きすること、すなわち、インプットが必要である。しか  し、この番組では、細部にわたって構成が決定されており、講師による  司会が行きわたっているため、番を取る必然性はまったくない。聞き返  し、確認等も同様である。

  さらに、ストラテジーの育成には、アウトプットへの配慮も必要であ  る。つまり、学習者を、談話のストラテジー・を使わなければならないよ  うな状況に追い込むわけである。番組では、読み間違いはあっても、言  い聞違いも訂正も聞き返しもなかった。ストラテジーが必要な状況が設  定されていないのである。

(2)話題の移り変わり

  次に、生きた会話・討議というものは、相手の発話に合わせてトピッ  クが移り変わっていくものである。けっして、あらかじめ敷かれたレー  ルの上を1字1句間違いなくたどっていくものではない。それでは、も  う会話とは呼べないのである。まして、番組名の「英語で勝負」という  言葉から受ける、説得・反論等のディベートの技術などは一切含まれて  いない。さらに、ディベ 一一ト、討論とは異なるおだやかな社交会話であっ  ても、その社会の規範の中で、その場に応じ相手に応じて臨機応変に適

112  (165)

(14)

切な話題や言語表現を選んでいく技術が必要である。番組の中の「回答 のためのヒントII」には異なる立場の3っの回答例が出ている・しかし、

これらの回答例はあまりに完成されている。ここで、与えられるべきも のは、まとまった談話の形というよりも、組み合わせによって自分の意 見を表せる語レベル、表現レベルの選択肢ではないだろうか。まず・学 習者に選択の基礎となる言語表現を与え、定着をはかる。同時に・これ らの選択の基準を伝える。そして、疑似コミ=ニケーションの場を設定 して活動をさせるといった形をどこかで持つべきではないだろうか・

 会話本来の姿である臨機応変さと、それに付随する談話のストラテジー 等が無視されるのは、テレビ番組であるということに起因する部分も多

いと思われる。

3,フィードバックがないこと

 テレビ番組であるという制約は十分承知した上であえて指摘すれば・講 師の発話は日本語・英語とりまぜてかなりの量が見られたにもかかわらず・

フィー・・・・…ドバックは一切なかったことに触れたい。もっとも、学習者が発し た英語はすべてあらかじめ準備されたものを読む形であったため・準備の 段階で既にフィードバックがあったことは誰にも明らかであると判断され たのかもしれない。しかし、発音ひとっをとっても、かなり問題があった わけであるが、指摘はなかった。それは講師によるコミュニケーションカ を強化するための第3の原理原則、あまり言語能力の正確さに神経質にな りすぎないという立場に立った上とも思われるし、時間的制約に起因する とも思われる。また、不特定多数の視聴者の前で出演者の不完全さを指摘 することへの戸惑いもあろう。しかし、108ページの㈲をはじめとして・

第1の原理原則、つまり、英語力の基本をものにすることにも触れると考 えられる例にっいては、考慮しても良いように思われる。

4.堅苦しい日本人英語を作り出していること

 モデル会話は文法的正確さ、語彙の豊富さ等、正確な言語能力の育成に 力を入れるあまり、書き言葉に近い文体となっている。いわゆるbeokish

な英語を話す日本人を生み出しているのである。

 それでは、このモデル会話と実際の会話はどの程度に違うのであろうか・

      (164)  113

(15)

以下に、同じトピックについて交わされた現実の会話の一・・…部分を例に挙 げたい。ここでは日本人(女性・40代)が質問し、アメリカ人(男性・3◎

代)が答えている。2人はかなり親しい友人である。以下、近況報告など の後で、日本人が本題を切り出すところからを記す。

会話例

日本人:1 mstuck with one topic right n◎w, and l though七       maybe you could help me.(今、ひとっの問題で堂々巡り       しているんだけど、助けてもらえるかしら。)

アメリカ人:Uh−huh.(うん、なに?)

日 本人:Which is二 Why is everybody studying English? (な      ぜ、そんなに英語を勉強するのってこと)

アメリカ人:What are y◎u talking ab◎ut?(なんの話?)

日本人:Oh, but in Japan, everyb◎dy seems t◎be studying      English, and……(あら、だって日本ではみんなが英語を      勉強してる感じでしょ。それで……)

アメリカ人;Kazuko is not.(和子(妻の名)はしてないよ。)

日 本人:Right. But a lot of people do. And why is everyb◎dy      studying English?(そうね。だけどたくさんの人がしてる      でしょ。なぜ、みんなそんなに英語を勉強するの)

アメリカ人:Are you asking ME?(僕に聞いてるわけ?)

日本人:Yes, Pm asking YOU.(そう、あなたに聞いてるわけ)

アメリカ人:Ican t speak for everybody/(みんなの代弁するってわ       けにはいかないさ。)(笑い)

日本人:Don t be smart/(ふざけないでよ。)lreally need y◎ur       help.(ほんとに助けてもらいたいのよQ)

 堂々と持論を展開できる番組の中の日本人と違い、実際の会話例の日本 人の苦闘ぶりを見ていただきたい。相手の気分次第で、なかなか本題には 入っていけないことが見てとれる。しかも、1文1文の短いこと、平易な

ことは、テキストの英文と大きく異なる。無論これは友人同士の気楽な会 話の一例に過ぎないが、それにしても会話の相手がこちらの思い通りには 動いてくれないことと、意図する話題に入るための談話のストラテジt−・・の 必要性が見てとれるのではないだろうか。こんな形の会話は当面は関係が

114  (163)

(16)

ない。まず、自分の意見が展開できるだけの語彙力。文法力を付けてから・

ストラテジーを身に付けるという考え方はあるだろう。しかし、日本人の 英語の一番の弱点は、語彙力と文法力はあるが・コミュ論ケーション能力 がないという点であり、この番組の目的もコミュニケーション能力の育成 にあったはずである。

5.インターアクシsンが存在しないこと

前論文で既に指摘したことに語学番組の中のインターアクシ9ンのなさ があった。今回も同様である。それはスタジオ内で講師と学習者が向き合っ ている中でも同様である。スタジオ内の人間同士の相互作用はさておき・

番組と視聴者との関係を考えた場合、そもそも、一方的に情報が発される テレビ番組において、インタta…アクションが可能であろうか。

 以下に、新聞のテレビ欄から番組紹介記事の一部を引用したい・これは

「『知ってるつもり』ヘレンeケラーの奇跡を追う」と題する番組に関す るものである6㌔

一一i前略)内容はほとんどがヘレン・ケラーの紹介に費やされている。

時折、出演者の間で語り合う感想には、つい見る側もひき込まれて、その 会話に参加しているような気にさせられるのは、「感動」という共通の基 盤があるからだろうか。(後略)一

 ここでは番組と視聴者との間の心理的距離が消えている。視聴者がテレ ビの中の出演者に向かって何かを語りかけたかは問題ではない。「っい見 る側もその会話に参加しているような気にさせられる」時、視聴者と番組 との間の距離は消え、ある種のインターアクションが成立し始める。スポー ツ番組やクイズ番組を見ていて、思わず見ている視聴者が声援を飛ばした り、正解を叫んだりする時もこれにあたると書える。また、ニュースやド ラマを見ながら、意見を雷ったり、涙ぐんだりする場合もあるし、討論番 組を見ている視聴者が、興奮してテーブルをたたいたり、テレビ局へ抗議 の電話をしたりすることもあるだろう。そこでは、テレビ番組は製作者側 から視聴者への情報の一方通行にとどまっていない。無論、視聴者の感じ る一体感や視聴者が受けた影響は、一部の電話調査番組を除いて、番組に はすぐには取り込まれない。しかし限られた形ではあるが、インターアク       (162)  U5

(17)

ションは曲がりなりにも成立するのである。

 それでは、一連の外国語教育番組はインターアクションを起こさせるも のであろうか。答えは否定的にならざるを得ない。というのは、常に訳が つきまとい、練習のための外国語が前面に出てくるような語学番組は、ま さに真のコミュニケーションを否定しているものだからである。本来、コ ミュニケーションの中心にあるべき伝達内容が、とかくわきに押しやられ るのが語学番組の宿命であり、今回の番組のように話題を前面に出してい る番組でも、内容重視の姿勢が伝わってくるとは言いがたい。特に、台本 通りに読みあげる 会話 に つい引き込まれる ことは、まず、考えら れないのである。ここには一層の番組製作上の配慮が求められるようであ

る。

 前論文では、視聴者を巻き込む形、やや人工的にインターアクションを 起こさせる形を考えてみた7)。しかし、それが成功するかどうかは視聴者 の動機の強さにもかかってこよう。現実の語学授業でさえ、 教師→学習 者 への一方通行の形もあり、また、学習者の側でもそれを望むこともあ る。まして顔も見えないテレビ番組で無理に視聴者を巻き込む形を設定す る必要はないとする考え方もあろう。もし、たいして外国語学習の必要性 もなく、ストレスのない番組を漠然と眺めていたいという視聴者であれば、

無理に巻き込まれる形は迷惑かもしれない。それは動機のきわめて弱い多 数の学習者に大教室で対面しているのにも似て、学習者の側からの積極的 参加は望まず、教師の側から、邪魔にならない良質の娯楽を提供する形を とるのも教育的配慮と言えよう。しかし、テレビ番組は1対1の対人感覚 を多数の入々と作り出せるという武器を持っているのである。大教室で他 の学習者の視線を浴びる恐れはない。教師の冷笑を浴びる恐れもない。そ れなりの動機を持った学習者が、安心して自分を試すことの出来る機会と とらえ、ある程度巻き込む形にしてもよいのではないだろうか。

おわりに 臼本人のコミュニケーション観

以上、ある英会話番組を手掛かりとして、日本人の外国語によるコミュニケー ションに対する観点を探ってみた。英会話番組に見られる1から5までの特徴 は、臼本人のこれまでの=ミュニケーション観をよく表しているような気がす

るo

U6 (161)

(18)

まず第1に、外国語をコミュニケー一.,ションの手段として認めるまでの時間の カ、かり方を挙げたい。すなわち、常に外国語がコミュニケーションの手段とし て用いられているのを見聞きしているヨーmッパの人々や・移民の国であるア メリカ、カナダやオーストラリアの人々とは異なる外国語感覚がH本人の間で はまだ根強いのではないか。外国語教師の間でも・外国語とは実践的な手段で はなく見本として眺めるもの、あるいは・研究の対象となるもの・あるいは・

知識として蓄えるものといった感覚が残っている場合もあるのではないだろう か。無論、その形がふさわしい外国語教育の場も考えられるが・コミュ=ケー ション能力の育成をうたいながら、情報を集めたり考えを練ったり練った考え を他人に伝えたりといった時の手段として使われるのが・日本語のみというの は考え直すべきではないだろうか。教室活動がモデルを模倣する形で終わって しまうのは、見本としての段階から手段としての段階への移行が出来ていない ことの表れのように思われる。

第2の特徴として、日本の場合、かなりの内容を伴うコミュニケーションと いうのは、外国語で行なわれようと日本語で行なわれようと・あらかじめ設定 された路線をふみはずさないようになぞられていくことが多いのではないかと いう点を挙げたい。準備・根回しなどがなされる、即興性に欠ける設定という ことである。結論までの道がしかれ、意味のやりとり・スte・一チの修正eスト ラテジーの運用等はあまり要求されないコミュニケーションも多いのではない かという気がする。ところが、グディカンストらによる異文化コミュニケーショ

ンの定義は、古田(1987)によると以下の通りである8)。

 一異文化コミュニケーションとは、異なった文化的背景の人たちの間の意 味の付与を含む相互作用的で象徴的な過程である。一

繰り返し登場する「相互作用」というキーワー一一一,一ドが・テレビ番組の中で・外国 語教室内で、そして、実際の日本人のコミュニケーションの場で、欠けている

のではないだろうか。しかし、たとえ日本人であっても、日本で行なわれる外 国語教育であっても、外国語を習得する上で、相互作用あるいはインターアク

ションはきわめて重要に思われる。

 学習者のニーズがコミュニケー一一.1ション能力の獲得にあった場合、外国語学習 の第1日めから、手段としての言語を認識させることと・教室内にインターア クションを起こさせることを改めて目標としてかかげて、今回の小論を結びた

い◎

(160) 11ア

(19)

1)水谷修・水谷儒子『An Introduction t◎Modern Japanese』ジヤパンタイムズ  出版部 1977.9

2)機能シラバスを前面に出した初級教科書にPegasus Language Services Basic  Functional Japanese (1987ジャパンタイムズ出版部)等があり・タスク中心   の教室活動を意図した教科書に村野良子e谷道まや『絵とタスクで学ぶにほんご』

 (1988,7凡人社)がある。ロールプレイ中心の教室活動を意図した教科書に日本語  教授法研究会『ロールプレイで学ぶ会話』(1)、(2》(ig87.9、1988.10凡人社)があ   り、その他にも、=ミュニケーシaン重視の教科書として、日本語教育研究会資料   シリーズ編集委員会『プロジェクト・ワーク毒、『ロールプレイとシミュレー一ション』

  (1988.7、1989.2凡人社)、元橋富士子ほか『にほんごきいてはなして』vol.1&

 2(1989、1990 ジャパンタイムズ出版部〉などもある。

3)日本放送協会『英語で勝負〜国際化ニッポンへの質問〜』(1990.4 日本放送出版協  会)この番組はNHK教育テレビで1990年4月に放映されたものである。

4)Ann Maramah−Thomas ℃lassr◎om Inもeracti◎ゴ 1987 Oxf◎rd University  PreSS PP.6−7

5)佐々木倫子「異文化ilミュニケーシsンと外国語教育」『静岡大学教養部研究報告  人文・社会科学篇』第26巻第1号 1990、9

6)朝日新聞1990年9月9日試写室「知ってるつもり」ヘレン。ケラーの奇跡を追う

7)佐々木倫子 同上 pp.113−114

8) Communicati◎n with Strangers 古田暁『異文化コミュユケーション』29S7.3  ㈱有斐閣P.66

118  (159)

参照

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