直線距離と道路距離のハフモデルへの適用比較
奥貫圭一・今井美緒・森田匡俊
A comparative study of applying straight distance and road distance into Huff’s model
Kei-ichi OKUNUKI, Mio IMAI and Masatoshi MORITA
Abstract: This paper discusses which straight distance or road distance fits better in applying Huff’s model into an analysis of consumers’ store choice behavior. A case study for consumer’s behavior in Taijimi city, Gifu prefecture shows that network distance fits better than straight distance does under the condition that values of attractiveness of retail stores are not given but estimated.
Keywords:
ハ フ モ デ ル(Huff’s model)
, 直 線 距 離(straight distance)
, 道 路 距 離(road distance)
奥貫圭一
〒464-8601 名古屋市千種区不老町 名古屋大学環境学研究科地理学教室
1.はじめに
本稿では,商圏分析や店舗売上予測に活用される ハフモデル(
Huff 1962
,Huff 1963
,Huff 1964
)を 実用するにあたり,アクセス距離として直線距離お よび道路距離の二つをあてはめ,その適合度を比較 検証する。ハフ(
Huff 1962
ほか)は消費者が確率的に店舗 を選択することを踏まえてその選択行動をモデル 化した。そのモデル化にあたってハフは次の二つを 仮定した:1)
消費者はある店舗の持つ魅力度が大き いほどその店舗を高確率で選択する;2)
消費者はあ る店舗までのアクセス距離が小さいほどその店舗 を高確率で選択する。ハフモデル実用にあたっては,第
1
の仮定については魅力度を,第2
の仮定につい てはアクセス距離を,それぞれどのように測るかが 課題となる。このうち,本稿では,アクセス距離の 課題に着目し,これを測るにあたって,直線距離(:2地点間の距離を直線で結んだ線分の長さ)と道路 距離(:2地点間を結ぶ最短経路の総延長)のいず れを採用する方が実際と適合するのか検証する。
従来,アクセス距離に道路距離を採用することは ほとんどなかった。その背景には,道路データや
GIS
が存在せず道路距離を算出できなかったとい う理由に加えて,アクセス距離を適用して商圏分析 を行う理論的研究が進んでいなかったという事情 がある。しかし,この10
年ほどの間にそうした事情は解消された。データの入手と
GIS
構築が低価格 で実現しやすくなったことに加えて,奥貫・岡部(1996)
や奥貫・岡部(1997)
による理論的研究が進み,これを踏まえた分析研究用ソフトウェア
SANET
( 奥 貫 な ど
2006
) が 提 供 さ れ る ま で に な り ,SANET
を利用して実際に商圏分析を試みた事例(森田など
2001
)も見られるようになった。そこ で問題になるのが,直線距離と道路距離のいずれが 実際に適合するかである。直線距離と道路距離の比較という題材を扱った 研究はこれまでにもいくつか見られる。たとえば,
腰塚・小林
(1983)
や田村など(2001)
では,2地点間 の距離を測るにあたって,直線距離と道路距離との 関係を実証している。また,Yamada and Thill(2004)
は,点分布パターンを分析する手法の一つであるK
関数法の実践にあたって,点間距離の計測に直線距 離と道路距離とをあてはめた比較検証を行ってい る。これらの研究蓄積はあるものの,ハフモデル実 用に限ってみれば,この種の比較検証を行った研究 はまだ見られない。そこで以下では,岐阜県多治見 市における消費者のスーパーマーケット選択行動 を事例に,ハフモデル実用における直線距離と道路 距離との比較検証を行っていく。2.ハフモデル
ある地域
S
にm
軒の店舗があったとき,この地域Tel: 052-789-2233 [email protected]
の消費者の購買行動において,消費者
i
が店舗j
を選 択する確率をpij,消費者iと店舗jとの間のアクセス 距離をdij,店舗jの魅力度をAjとおくと,ハフモデル は次の式で表すことができる。( )
∑
=( )
=
mk k ik
ij j ij
d F A
d F p A
1
(1)
ここで,
F(d
ij)
は,距離に関する減衰関数である。減衰関数には
(2)
( ) d
ij= d
ij−λF
が適用されることが多い。この関数であると,
d
ijが ゼロに近づいたとき,関数値が無限大に発散してし まうので具合が悪いことがある。そこで,次のエン トロピーモデル型(Wilson 1970
)の関数がしばしば 用いられる。( ) d
ijexp( d
ij)
F = − λ (3)
この式
(3)
を式(1)
に代入して得られる店舗選択確率 モデルは多項ロジットモデルと同形である。減衰関数を上記式
(2)(3)
のいずれで定義するにし ても,実際のハフモデルの運用で推定するパラメー タはλのみである。確率p
ijは実際の消費者行動を調 べる。魅力度A
jは店舗の売場床面積などで代用する ことが多い。残った距離d
ijは,消費者i
が店舗j
との 間の距離を測れば良い。パラメータλを推定するこ とができれば,こんどは地域S
の任意の地点におけ る店舗選択確率を推定することができる。いま,消 費者i
の持つ購買需要をw
iとすれば,ある店舗j
が消 費者i
から獲得する需要(すなわち,消費者i
の店舗j
における購買量)D
ijは,w
iに式(1)
を乗ずればよく( )
( )
im
k k ik
ij j
ij
w
d F A
d F D A
∑
==
1
(4)
となる。もし地域
S
にn
人の消費者がいるとすれば,店舗
j
がこの地域S
全域から獲得する需要D
jは,( )
∑ ( )
∑
=
=
=
ni m i
k k ik
ij j
j
w
d F A
d F D A
1 1
(5)
で推定することができる。
さて,本稿の目的は,上記の手順において,距離
d
ijを測るとき,直線距離と道路距離のいずれを採用 すればよいのかを吟味することであった。そこで,以下では,実際の消費者行動データに対して,距離
d
ijを直線距離で測った場合と道路距離で測った場 合の二つの場合について上記推定式(1)を求め,その 適合度を比較することにする。3.実証データ
消費者行動のデータは,岐阜県多治見における消 費者のスーパーマーケット選択行動についてアン ケート調査を行って収集した。対象地域に立地する スーパーマーケットは
11
店舗である(図1)。これ ら11
店舗は,タウンページの中で「スーパーマー ケット」の欄に記載されているもののうち平成17
年5
月の時点で営業が確認できたものである。なお,この図1に表示されている道路は,数値地図
2500
の道路データである。図1.岐阜県多治見市におけるスーパー
マーケット(●で表示,数字は店舗番号)
アンケート調査に先立ち,各店舗について,魅力 度Ajのデータにあたる属性情報を収集するため,各 店舗への聞き取りを行った。そこで得た属性情報の うち,本稿の分析に用いたのは表1に掲げた売場面 積(m2)である。
これら
11
店舗を日ごろ選択利用している多治見 市内に住む55
名に対して購買行動のアンケート調 査を行った。アンケートでは,回答者に対して,現 在から過去1年間に行ったことのあるスーパーマーケットすべてに対してその頻度を回答してもら った。回答にあたっては,「○ヶ月に○回」,「○週 間に○回」という具合に,期間と回数を各店舗につ いてそれぞれ数字で回答してもらった。なお,回答 者のすべてがスーパーマーケットの購買行動に際 して自家用車を利用していた。
表1.岐阜県多治見市における
各スーパーマーケットの売場面積
店舗 売場面積(m2) 1 1,700 2 2,485
3 825
4 2,376 5 8,960 6 9,900 7 2,109
8 195
9 650
10 1,733
11 891
こうして各回答者がある一定期間に各店舗を利 用する頻度がわかったので,各回答者について次の 処理をすることで確率pijの実測値を算出した。すな わち,その回答者が各店舗を
1
年あたりに利用する 頻度を求め,それをすべての店舗について和を求め た上で,その和に対する各店舗利用頻度を選択確率 とした。最後に,各回答者と各店舗との間の距離である。
距離には,直線距離と道路距離をそれぞれ求めた。
直線距離の算出にあたっては,各回答者と各店舗の 住所を東京大学空間情報科学センターのアドレス マッチングシステム(http://pc035.tkl.iis.u-tokyo.ac.jp
/~sagara/geocode/)を利用してアドレスマッチング
し,その座標値から直線距離を算出した。道路距離 の算出にあたっては,同じくアドレスマッチングシ ステムを利用してArcGIS
のポイントデータとして 用意した後,SANET(奥貫など 2006)を用いて各 回答者と各店舗との間の最短経路距離を求めた。SANET
は非営利目的の利用に対して無料で提供されている。その利用にあたっては,
http://ua.t.u-tokyo.
ac.jp/okabelab/atsu/sanet/sanet-index.html
にて利用者 登録書をダウンロードし,必要事項を記入の上で指 定された宛先にメール送付すると,ソフトの入手が 可能になる。同じウェブサイトにマニュアルも用意される予定であるので,
SANET
の詳細については そちらを参照されたい。4.ハフモデルにおける
道路距離と直線距離の適合度 以上のデータを用いて,式(1)に示したハフモデル のパラメータ推定を行った。まず,距離の減衰関数 に式(2)を採用して推定し,その適合度を算出した。
適合度の指標としては
AIC
(赤池情報量基準,坂元 など1983
)を用い,その算出にはR
(http://www.
r-project.org/)を用いた。結果は以下のとおりであ
った。d
ij AIC直線距離
2,081.470
道路距離2,090.599
一般に
AIC
値の小さい方が良い適合度とされるの で,この結果からは直線距離を採用したモデルの方 が適合していることになる。次に,減衰関数に式(3) を採用して推定を行った。結果は以下のとおりであ った。d
ij AIC直線距離
2,098.866
道路距離2,101.418
この結果を見ると,やはり直線距離を採用したモデ ルの方がわずかながらではあるものの適合してい ることになる。さらに,減衰関数の採用に着目して みると,式
(3)
よりも式(2)
を採用した方が良い適合 度となることがわかる。ここまでの結果を踏まえると,少なくとも本稿で の実証では,わざわざ道路距離を採用せずとも,直 線距離を採用して分析すれば良い,ということにな る。果たしてそうであろうか。上記の手順では,魅 力度
A
jを売場面積で定義した。しかし,実際に消費 者が感じているであろう店舗の魅力度を構成する 要素はたくさんあるはずである。上記の手順では,売場面積の他の要素を考慮していないので,結果を 信頼して良いものか疑問が残る。
この疑問に対する一つの方法は,考え得るあらゆ る要素についてデータ収集した上で魅力度を定義 することであろう。しかし,実際にあらゆる要素の データを収集するのは簡単ではないし,本稿の着目 するところでもない。そこで,以下では,魅力度そ のものも推定してしまうことにする。
式
(1)
を変形すると( ) ( )
∑
==
mk ij
ik j k
ij
F d
d F A A
p
11 (6)
A
k/A
jは任意の2つの店舗の魅力度の比である。減衰 関数に式(2)
を採用すれば,式(6)
はλ
−
∑
=⎟ ⎟
⎠
⎞
⎜ ⎜
⎝
=
m⎛
k ij
ik j k
ij
d
d A A
p
11 (7)
となり,減衰関数に式
(3)
を採用すれば,{ }
∑
=− −
=
mk ik ij
j k ij
d A d
A
p 1
1exp λ ( ) (8)
となる。以上の二つのモデルについて,魅力度の比 とλをパラメータとして推定を行い,それぞれの適 合度を算出した。式(7)の
AIC
は以下のとおりであ った。d
ij AIC直線距離
1,557.410
道路距離1,553.992
また,式
(8)
のAIC
は以下のとおりであった。d
ij AIC直線距離
1,594.740
道路距離1,574.897
この結果を見ると,いずれの場合も道路距離を採用 した方が良い適合度となっており,さらに,式
(7)
のモデルに道路距離を採用した場合がもっとも良 く適合していることがわかる。5.おわりに
本稿では,岐阜県多治見市における消費者のスー パーマーケット選択行動を事例に,ハフモデル実用 における直線距離と道路距離との適合度比較を行 った。その結果,店舗の魅力度を推定パラメータと すれば,距離の減衰関数を分数型(式
(2)
)と指数型(式
(3)
)のいずれで定義しようとも,距離を道路距 離で測った方がわずかながらもよく適合すること がわかった。今後は,ここで推定したパラメータをつかって,
観測された店舗選択確率値と推定モデルから推定 されるそれとの違いが地理的にどのような傾向で
現れているのか考えていく予定である。
参考文献
奥貫圭一・岡部篤行 (1996) 空間相互作用モデルを 用いた道路ネットワークにおける店舗売り上げ推 定 法
,
「 日 本 都 市 計 画 学 会 学 術 論 文 集 」, 31, pp.49-54.
奥貫圭一・岡部篤行 (1997) 売上げ最大化によるネ ットワーク上の店舗立地最適化手法,「GIS-理論 と応用」, 5(2), pp.11-18.
奥貫圭一・塩出志乃・岡部篤行
(2006)
「ネットワ ーク空間分析ソフトウェア SANET」,村山祐司・岡 部 篤 行 編 『
GIS
で 空 間 分 析 』, 古 今 書 院, pp.142-182.
腰塚武志・小林純一 (1983) 直線距離と道路距離,
「 日 本 都 市 計 画 学 会 学 術 研 究 論 文 集 」
, 18, pp.43-48.
坂元慶行・石黒真木夫・北川源四郎
(1983)
「情報 量統計学」,共立出版.田村一軌・腰塚武志・大澤義明 (2001) 道路ネット ワーク上の道路距離と直線距離
,
「日本都市計画 学会学術研究論文集」, 36, pp.877-882.
森田匡俊・奥貫圭一・岡部篤行 (2001) GIS を用い たネットワーク上の小売店舗商圏分析―愛知県日 進市を事例に―,「地理情報システム学会講演論 文集」,10,pp.45-50.