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国 靴 下 工 業 地 域

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(1)

国 靴 下 工 業 地 域

の 形 成

治 宝

τ三ヱ

行 村

Cct 

じ め 昭和四一年の靴下産業は︑ 五 ︑ 四

OO

万 ダ 工 業 統 計 表 に よ る と ︑ l ス六一三億円にのぼっている︒これは︑全メリ

ヤス工業生産額の一五%にあたる︒

わが国靴下工業地域の形成

靴下を編立技術によって大別すると︑経編縫靴下・フルファッション

(F

F)

 

‑丸編短靴下・丸編長靴下の四種に

分けられる o 経編縫靴下はトリコット生地を裁断し︑

FF

は横編したものを縫製した靴下で︑ いずれも婦人用の長靴 下である︒それに対して︑合織丸編長靴下の大部分は︑ いわゆるシ!ムレスストッキングである o 最近は︑各種の婦

人長靴下が流行し︑丸編長靴下の需要が増大している︒また︑丸編短靴下にも婦人用や子供用もあるが︑大部分は紳

土用である︒近年︑シ l ムレスが一般化して︑経編縫靴下や

FF

の比率は急激に低下した︒靴下の九八%までが丸編

によって占められ︑紳士用が含まれるので短靴下の比率がやや高い︒

51 

経編縫靴下の生産業者は︑全国で三三軒︑ ナイロン

F F

は僅か四軒である︒それに対して︑丸編靴下業者は︑日本

(2)

52 

昭和

41

年靴下工業生産(資料:工業統計表)

品 種 l 生 産 額 │ 生 産 高 │ 主 寄 生 時 比 生 産 高 の %

百万円 タ ー ス

経 編 車 逢

1

085.3  803

182 

奈 東 京 良

(39.4)

京都

(16.5) (13.0) 

ナ イ

73.8 

札 一 静 岡 ・ 三 重 ・ 大 阪 ・ 兵 庫 フ ル フ ァ ッ シ ョ ン

市 丸 編 短

1

669.3  1

718

119 

東 丘京

(32.2)

奈良

(18.5)

庫(1

5.9)

合 繊 丸 編 短

31

646.7  29

334

986 

東奈京 良

(30.7)

兵庫

(20.5)

( 1

2.9) 

そ の 他 丸 編 短

1

668.9  1

217

137 

五阪

(24.2)

奈良

(22.1) 

庫(1

0.4)

官 丸 編 長

542.0!  525

917 

東 岐京

(19.2)

愛知

(10.2)

阜(1.

2) 

合 繊 丸 編 長

24

363.3  19

893

706 

神良(1 奈

6.8)

京都

(15.5)

奈川

(8.0)

そ の 他 丸 編 長

237.5  147

892 

奈良

(6

1 .

5)

東京

(25.3)

ぷ 口

61

286. '81  53

687

, 

651[ 

奈良・兵庫・東京・京都 第

1

靴下工業組合連合会の調査によると︑二︑ 四九三軒︒そ

の内︑従業員三百人以上の企業は二ハ軒︒大部分が中小

企業であり︑従業員十人以下の企業が六五必に達する︒

丸編靴下業者の大部分は短靴下の生産に従事し

( 殆 ん

ど 全

部 )

そ の

内 の

一 部

大企業が長靴下すなわちシ l

( 二

割 五

分 位

) 0

ムレス等の生産に従事している 長靴下

業者の分布が比較的分散的であるのに対して︑小規模多

数の短靴下業者は特定の地域に集中的である o 綿物は東

京に︑合織物は奈良にそれぞれ一二O%以上が集中してお

り︑兵庫を含む上位三都県で短靴下の六五%におよぶ生

産をあげている o

﹂の研究は︑丸編靴下を中心に靴下工業地域を検出

し︑各地域の工業構造を比較することが目的である︒そ

れ に

よ っ

て ︑

わが国における靴下工業地域形成の機構が

明らかにされるならば︑同じ中小工業でも農村と都市

にわかれて定着した理由が明らかにされるであろう︒

(3)

一︑丸編靴下生産の分布

連合会の調査によると︑昭和四三年の丸編靴下生産量は︑八︑O五九万デカに達する︒その内︑三

0

・ 四

% の

二 ︑

四五三万デカをを生産して︑奈良県が第一位である o ついで︑大阪︑東京︑兵庫︑神奈川の順になり︑この五都府県

で全国の六三了六%を占めている︒しかし︑大阪・神奈川の大部分は︑少数の大企業による婦人長靴下(シ l

ム レ

ス を含む) の生産によって占められている o

婦 人

長 靴

下 の

生 産

は ︑

奈 良

( 一

一 一

一 ・

二 %

) ︑

会二・八%)︑神奈川 大 阪 (二了八%)

の願に多くなっている︒

短靴下の生産では︑奈良(三八・O%)が圧倒的に多いほか︑東京(一五・七%)︑兵庫

( 一

五 ・

二 %

)

の順にな

っ て

い る

o 奈良は男子用柄物が多く︑兵庫はパイル物が多いことに特色がある o また︑東京は︑男子用柄物のほか婦

人用ソックスの比率も高くなっている︒

わが国靴下工業地戚の形成

上位五都府県のほか︑百万デカを越えるのは︑静岡・埼玉・岐阜・愛知・新潟の五県である︒これら中位五県のう

ち︑静岡・新潟は婦人長靴下が多く︑岐阜・愛知は短靴下の比率が高い︒埼玉はこれら五県中最も多い三五二万デカ

を生産するが︑際立った特徴をもたない中間型である︒

その他の道府県でも︑ いずれも多少の靴下を生産しているが︑ 一県単位の工業組合を組織しているのは︑上記十都

府県のほかに七県ある o これらの下位七県は︑ 一般に中児子供用や特殊物の生産が比較的多い︒長野の靴下足袋や千

葉のベビ!物は︑その典型的な例である︒また︑山梨・群馬・長野等のかつて製糸業の盛んであった県は︑婦人長靴

53 

下の生産比率が比較的高い︒グンゼ・片倉等は︑製糸からシ l ムレスに転換した︒

(4)

54 

1

業者平均 生産量

1

犬 況(昭和43 年) 単位:デカ 産

市 出

L=D/I 

9

162  22

656  24

419  210

799  36

251  27

976  37

220  32

318  64

216  57

596  18

661  11

970[  71

7401  7

7981  77

542  26

169  23

, 

160  20

806  21

764  65

0511  44

9151  215

4671  32

3271  6.  1 

9.2  1

1 .  

97.6 

7.1  8.9  14.1  6.9  15.3  13. 7 

6. 1  6.5  27.9  7.  1  28.2  1

1 .  

13.3  16.4  10. 3  18.3  19.8  12.9  13.0  43 

331  4

548  2

929  155  301  409  752  245  178  538  1

161  615  64  3

937  10

268  4

471  181 

3L2 

274  198 

271 

32

241  1 

7 1  

36 

394 

30 

22 

34 

29 

109 

16  13  88  180  22 

9 1  

139 

936 

336  111  36 I  15 

10 i  21  I  2

493

94137  357

870  6

611

306  1381366  51

792  695

401  161

104  2

403

493  131

390  748

742  1

640

874  1

379

2751 

274

380[  70

1841  2

369

4011  16

011

897[  6

419

317  84

445  483

435  268

018  140

3901 

m,298l  42

086

015: 

7

9 0 3 3 8 5 3 0 7 0 8 0 4 0 8 1 5 5 0 0 2 8   2 6 3 5 9 2 8 2 3 4 6 8 1 2 7 3 9 7 6 0 2 1 8  

'

d

' n v

d o o r D

A 2 Q U A

A A

J

d

4

d n

η L Q U

・ ‑

n o

︐   9 0 8 2 5 8 8 0 3 7 1 9 6 5 8 7 6 5 9 0 1 8 1   5 7 2 4 4 4 3 4 4 2 3 9 2 4 1 2 4 6 0 8 7 6 9  

1 i q d Q U

i t i

氏 U A A n u 2

Q U P U 4

‑ 1

7

︐  

氏 U 1 ム ワ

μ 1 A t i

つ 白 A 宝 つ ム 止

τ

1 4 n J  

次に業者と設備台

数の分布状況をみる

と︑やはり奈良県が

圧 倒

的 に

多 く

イ コ

L  、

で東京・兵庫の順に

なっている o

つ い

第四位以降は︑業者

数でみると愛知・大

阪・埼玉の順になっ

て︑以上が百軒以上

の 都 府 県 で あ る ︒

方 設 備 台 数 で み る

と︑大阪・神奈川

愛知の順になって︑

以上が千台以上であ

る o 神奈川は業者数

O

に 過

ぎ ず

一 業

(5)

わが国靴下工業地域の形成

55 

t

婦人用[中小児用│合 計 │ 建 千 万 │ パ イ ル

ID=

ムレス

C  IA 十 B 十 CI F 

│ I  =E+HI 

栃 木 県

53

5871 7

7201  2

8301  64

1371  1  4

4101 

群 馬 県

239

173[  513

7241  62

7251  815

6221  457

7521  87

5011 

東 京 都

12

813

5161  4

986

2901  1

821

1861  9

620

9921  2

991

686:  482

576 

神奈川県

382

34415

305

7401  635

8831  6

3

お ,

967:4

942

4011  38

413 

山 梨 県

46

9701 749

5271  1

0351  797

5321  745

740i  5

999 

長 野 県

144

8781 715

5731  90

6171  951

0681  255

6671  210

573  1

静 岡 県

32

9

9

町 山

72

5

1

0

3941 9

2

州 払 ~::I

埼 玉 県

664

52612

497

5671  360

6211  3

522

7141  1

119

2211  263

2701 

新 潟 県

46

1801 953

0301  28

2501  1

027

460

1 8

96

, 肝

070

削 幻

87

9

60

│ 

千 葉 県

1 27η2

, お

250

16

9.8

67

1 3ω06

6

25

出 I

7

48

7

4

叩 叫

2

刻 │ 一 斗

1

21

2

95

│ 

岐 阜 県

922

967

370.6011 348

55

61

1

6

42

, ロ

124

1

, お

250

2

09

0141

北陸地方 愛 問 己 │ …

118

82

0

11

~…!

4

25

57

6

… 

33

88

41

1

57

8

2

80

i1

30

3

900

4

7

9

70ω

福 井 県

6

3

1ω0

8 7.0

76

l

一 →

7

0

1

84

i

一 →

2μ4

, 崎

460

│ 

大 阪

1 7ω

靴町, 叫 叩

7 8μ

, , ユ

2

88

6

引 │ 凶

1ω

叫 川

0

仏 引 叩 ,

7π7

4 1 ω ω 3

1

3

奈 良 県

l

9

4

27

14

2:1ω0

012

, 祁

781

15

09

4

04

仰 叫

9

到 │ 凶

2

4

5

33

97218

522

0751  1

084

, 

159i 

兵 庫 県

12

8

加 ,

61113

655

, 

1441  1

246

0891  7

781

8441  1

362

, 

5271  3

872

5261 

三 重 県

17

0551 166

2781  45

5301  228

8631  144

418 19

3701 

中国地方

204

5171 511.2611  67

7301  783

5081  300

073[  73

8701 

香 川 ・

'nnnnl  ~~n n~nl nn rn~1

, 

"n ~.nl n.r ~nn' n <n! 

高 知 県

18

8701 997

202i  97

5761  1

113

6481  845

630:  87

8181 

四国地方

35

4451 349

1551  64

5451  449

, 

1451  308

, 

755!  68

570! 

九州地方

78

39714

290

4171  155

9881  4

524

8021 4

205

504:  51

1861 

合 計

119

764

236149

032

7

1l

793

993i8o

590J8

504

9621 7

294

3271 

注:業者数・設備台数は,昭和

41

IJ

地 域 の 国

第 2 表 全

B  男 子 用

者平均九七・六台︑

一二万デカと超大規

模になっている o こ

れは︑厚木や内外等

の大企業が分布して

い る

た め

で あ

る ︒

そ の

ほ か

一 県

O

業者以上が分布し

ているのは︑群馬

山梨・長野・静岡・

岐阜の合計一一都府

県 。

一 県

OO

台以

上は︑群馬・長野

静岡・埼玉・富山・

石 川

の 一

O

都府県で

あ る

一般に︑靴下の生

(6)

56 

産は︑西日本および中央日本に多く︑特に︑東京・大阪・名古屋等の大都市およびその近傍に多い︒

ニ︑奈良靴下工業地域

奈良県は︑わが国第一の靴下工業地域である o 昭和四二年の奈良県靴下工業組合員名簿によると七三八軒かぞえら れるが︑そのほかにアウトサイダーが一五

O

軒前後あるものと思われる o 組合の調査によると︑近年の業者数は︑

い る

o 四二年には九六九軒︑ ウトサイダーを含めて︑昭和三七年の九四四軒から四

O

年 の

一 ︑

O

七軒まで増加した後︑漸次減少の傾向を示して

四四年には九一二軒となり︑その内七一二軒が組合員である o 靴下工場は︑奈良盆地一円に分布しているが︑大和高田・広陵・香芝・当麻の一市三町には全体の約八

O%

が集中

している︒特に︑広陵町の馬見地区には一八四工場︑二五屈が集中しており︑組合の事務所も大和高田市にある︒こ

の地域は︑奈良盆地の南西隅にあたり︑大和川と吉野川の中間に位置する o 西に金剛山地を負い︑小丘陵が起伏して

34

d Q U q t u

T

i q J

133 

95 

tnhvFU PU‑iqtυ 

146 

地区別組合員数

[~翌月 地区

¥1¥J

1

奈良・郡山 l 斑鳩・王寺 磯 城 高, 回ー 夜 西 │ ( 馬 見 !

│ 広 瀬

l

二上・

F

l 五 位 堂

当麻・新庄

i 御 所

i 橿 原

; 合 計 l

43

お り

とりわけ靴下工業地域は︑広陵町と香芝町の境にある馬

548 

奈良靴下は︑紳士用柄物および中児子供用タイツに特色があ 見丘陵を取囲むように発達している o 従って︑水利・交通の便

共に悪い貧農地帯であった︒しかし︑奈良盆地の南部と大阪を

738 

結ぶ最短路線上にあり︑古くは竹ノ内峠や穴虫峠を越えて太子

に至る道が発達し︑現在は近鉄山回線や吉野線が走って︑沿線

地域は大阪と直結した都市化が進行するようになった︒

(7)

わが国靴下工業地域の形成

57 

阪 府

1  ‑

り︑それぞれ全国の六四%および

六二%を占めている o 製品は︑大

阪の専門卸や地方卸を通じて国内

奈色県靴下工業組合員の分布(昭和43 年)

市場に流れて行く場合が多いが︑

中にはグンゼ・厚木・福助等の大

手メーカーに系列化されているも

のも延二O社程あり︑自社ブラン

ドを有するものは三八社に過ぎな

ぃ︒また︑最近は量販広と直接取

引するメーカーも現われ︑専門卸

地方卸・量販庖・デパートの比

率 は

︑ そ

れ ぞ

れ 四

O %

︑ 一

二 O

% ︑

1

二 O

% 一O%位の割合になって ︑

い る

奈 ︒

良 製

品 は

一般に大衆品であ

って︑安価ではあるが品質管理に

難点を指摘されるものが多い︒最

(8)

58 

も多いのは編キズで︑ 一O%前後の不良品が出るが︑輸出を主体としないため製品の検査・仕上等に寛大な点が見ら

れ る

これは︑もともと大阪問屋の下請として発祥し︑以前はかがらないで出荷していた位であり︑当地域工業の下請的 ︒

性格が非常に強く︑現在でもメーカーが一O社前後の問屋に出荷し︑その関係も流動的なこと等が悪影響していると

も 言

え る

企業規模は︑全国的に比較しても小さく︑ 一社平均一一台の編立機を有し︑大産地の中では最も小規模である︒五

一 台

以 上

の 工

場 が

三 四

社 ︑

図 形

に 過

ぎ ず

︑ 一五台以下が八五%に及んでいる o 従って︑他の地域に比べて︑小規模工

場であるにも拘わらず卸商と直接取引をする独立的性格が強く︑ メーカーとして製造販売を行なう企業は︑全体の六

五・八%にもおよび他のメーカーの下請を行なうものは二八・四万に過ぎない︒すなわち︑地域内の企業間格差は小

さく︑並列的である反面︑小規模・流動的であり︑不安定な構造をしている︒

このような靴下工業地域が奈良に発達してきた理由として︑旧綿業地域の転換が指摘される o 当地方は︑耕地面積

が少なく︑江戸時代より大和木綿の産地として発展してきた︒文禄の頃よりわが国有数の栽培地域として知られた︒

し か

し ︑

余り良質のものが得られず︑ 江戸中期には摂津・河内に劣り︑ 明治になってからも幾多の先人による研究

改良の努力が試みられたにも拘わらず︑綿作は明治二

0

年代から︑綿織物は三

0

年代から急速に衰退して行く o 明 治

三五年の奈良県綿織物生産高九五三万反の内︑北葛城郡が三一%︑磯城郡が二一二%︑生駒郡が一七・五%︑高市郡が

一五・六%を占めており︑現在の靴下工業地域とほぼ一致している o 大和木綿も近代綿工業発展史の中に吸収されて

行くわけであるが︑現在のニチボ l 高田工場は︑明治二九年に当時の紺耕産地の中心に創業した大和紡績であり︑郡

(9)

わが国靴下工業地域の形成

59 

大 正 B 年の奈良県靴下工業分布

資料.奈良県靴下のあゆみ 第

3

29

520

4

900 

(生地)

63

000  618

000  261

520  45

274  1

000  8

, 

100 

(生地)

2

500  20

597  1

728  5

465 

生 産 高 生産額

29

520

ダース

7

000  18

000/ 

64

200  68

800  23

610  1

000  1

100  3

000

58

850 

3

609  4

050 

職 工 数

41  19 

F h U A u n u d a td

A

q O A U q L 1 i 1 1 q L  

業 者 数

4 3 7 1 2   高 市 郡 白 橿 村

八木町 金橋村 その他 北葛城郡馬見村 吉 野 郡 大 滝 村 添 上 郡

J 或

n b ワ 白 t i A

1

4 1 2   生 駒 郡 竜 田 町

法隆寺村 山 辺 郡

995

584 

(生地)

65

500  261

739 

21

000

544  31 

メ斗 口

山工場は明治二六年に白木綿産地の中心に創業した郡山紡績

である︒大和でば︑これより早く明治一六年に︑当時の十基

紡の一を誇る豊井紡績所が現在の天理市で創業したが︑同三

二年には廃業に至っている︒

かわって︑当地域最初の靴下工場は︑馬見の吉井泰太郎で

明治四三年に農民生活救済の授産事業として創業し︑大正四

年には従業員四七人を擁するようになった︒その頃は︑今迄

の農村副業の中心をなしていた綿業が衰退し︑日ハボタンその

他の新しい副業に転換して行く時代であった︒

メ リ ヤ ス 業

は︑既に明治二二年に高田の高井メリヤスによって導入され

ており︑靴下は播州から技術を導入したとも言われる o 大正

六年には︑三二工場があり︑既に馬見の集中度が高かった

が︑生産では高市郡の方が多かった︒このほかに農家の副業

として賃編されるものが多く︑ いずれも大阪問屋の支配下に

あ っ

た ︒

ところが︑昭和一二年以降の戦時経済体制が進行する中

で︑奈良靴下は独立的性格を強めて行った︒すなわち︑原糸

(10)

60 

割当に際して︑問屋資本を排除して︑直接生産者が獲得するようになった︒更に︑昭和三

O

年前後のウ l リ l ナイロ

ン出現期に︑組合が団結して︑東レ

l

蝶理ル l トを確立して︑製品の時流に適した転換をいち早く行なうことができ

た︒現在でもメーカーが大きくなるほど東レの原糸供給比率が高くなっている︒

しかし︑現在では全体としてユニチカの方がやや優勢になってきたほか︑他の原糸メーカーも参入して競走が激化

している︒原料・製品共に流通機構が改変され︑大企業独占の体制が強化されてきた︒そこで︑構造改善事業が推進

され︑近促法八条方式のほか協業組合方式による構改申請が三グループ程出ている︒

三︑東京靴下工業地域

昭和四三年の東京都靴下事業協同組合員名簿によると︑一二一一一軒の業者があり︑東京の北半部に分布して︑比較的

分散的である o 特に密度の高い集中地域は︑両国・千住・神田川谷・池袋の四地域である︒いずれも中小企業の集中

34 年

29 

7 5 4 7 6 9 9   6 6 2 9 5 8   地区別組合員数

i L 乞 旦 ! 日

i

千代田・中央 i

台東

葛飾 j ・江戸川 北・板橋・豊島 l

文 京 ・ 新 宿 そ の 他

43 年

18 

0 0 9 d 1 ょ っ

n b

d

d

A A

b っ d

j 4 A

つ ω

1 4

地域で︑両国は十二︑

t

三軒の集中地域であるが︑ここを要として墨田区

436 

り︑専門の卸商と共に靴下流通の中心地域をなしている︒

連合会の統計では︑東京に東北・北海道の分も含めてあるが︑昭和四 から四ツ木方面および江戸川区方面にも分布している o 千住は荒川区に

312 

またがり︑豊島区にまたがる神田川谷と共に最も集中度が高い︒それぞ

れ︑二平方粁位の地域に二五工場も分布している︒また︑中央・千代田

区には︑流通(商業)機能(業務)を中心とするメーカーが分布してお

ぷ 〉 、

(11)

わが国靴下工業地域の形成

lO

km 

4

i 湾 尽

a・・"

61 

二年から大阪についで第三位にな

った︒製品は︑紳士用柄物および

婦人ソックスの高級品に特徴があ

東京都靴下工業組合員の分布(昭和43 年) り

ハイソックスは全国第一位の

生産を占めている︒紳士用では全

国の五二・五%︑婦人用では五五

‑八%︑中児子供用でも三九・一

%を占めている︒

東京のメーカーは︑奈良と同様

に小規模であるが︑大メーカーの

数も多いので︑企業間格差が聞い

て一般的にはより小規模零細であ

2

図 る o 四二年の調査によれば︑三六

O

企業中一二五社が他のメーカー

または卸商の下請のみを行なって

い る

o メーカーが独立的に製造卸

に従事するものは一二七社であ

(12)

62 

り︑その内一一五社が五

O%

以上を自家生産している︒

東 京

は ︑

メリヤス工業の歴史が古く︑湖上れば江戸時

代にもあったと思われるが︑近代的には明治四年︑西村

勝三によって軍足の生産が始められ︑明治七年の台湾征

靴 下 工 業 の 生 産 構 造

伐から日清・日露の両戦争に至る聞に︑徐々に基礎が築

かれて行った︒明治七年には︑西村ほか一ニ

O

名のメリヤ

ス業者が見られ︑大正二年には二七九軒の製造業者と四

八軒の製造兼販売業者および一二八軒の販売業者を見る

に至った︒その内︑販売業者が最も集中しているのは日

本橋区の七二軒であり︑製造業者が最も集中しているの

は本所区の一二五軒である︒

3

す な

お ち

日本橋の商業資本を中心に︑その周辺地域

に零細な製造業者が育成されて行ったものと考えられ︑

他の雑貨工業同様に今日の城東工業地域を形成するに至

った︒そして戦後は︑更に︑ 一部企業の大規模化と都心

地域の過密化により︑靴下工業地域は更に外延へと拡大

し︑現在のような分散傾向を見るに至った︒昭和四三年

(13)

わが国靴下工業地域の形成

63 

メ主

大 正

2

年メリヤス同業組合員(一部)分布 そ の 他 麻 布 区 赤 坂 区 四 谷 区 麹 町 区 京 橋 区 芝 区 深 川 区 神 田 区 牛 込 区 小石川区 本 郷 区 下 谷 区 浅 草 区 本 所 区 第

4

日本橋区 計

279  128 

48 

19 

ロ U 4 t

i

唱Eム

0 3  

q L  

6 2  

' i  

1 2  

唱E4

2 1   ヮ

z

t q o z u

125 20 25  72  10  14  2  21  12  6 1 

製 造 業

販 売 業 製造兼販売業

と三一四年の分布を比較しても都心地域の減少と周辺地域の増加傾向は明らかであり︑東京

の靴下工業は全体として減少傾向を示し都外にも移転をして行くようになった︒古くは︑

戦時中長野に疎開した東京靴下のように︑新しくは千葉県土気町に進出した東京靴下団地

のように︑今後もこの傾向は続くものと思われる︒

東京靴下は︑銘柄の通った優秀品として︑大企業と全国を支配する流通市場によって︑

全業界の指導的地位にある︒しかし︑零細な下請工場との企業間格差は大きく︑複雑な生

産構造をしていることと︑大都市過密化の中にあっても尚大市場に近接している有利性は

大きく︑経営︑立地両面共に問題解決への道は遠いものと思われる︒

四︑播州靴下工業地域

兵庫県の靴下は︑播州靴下の銘柄で通っている︒昭和四一年の兵庫県靴下工業組合員名

簿によれば︑三一五工場があり︑その内の七六万︑二三九工場が印南郡志方町および加古

川市に集中している o そのほか︑姫路市と加西市にも小集中をしている︒播州靴下工業地

域は︑全国の他地域に比較して︑最も狭い地域に最も密集している︒志方町は︑山陽本線

宝殿駅の北五・五粁に中心があり︑二五の字をなす塊村状集落群からなる農村地帯であ

る︒志方町には一︑八

O

八 戸

︑ 九

O

六二人の農家があり︑農家率六五・六%︑農家人口

率七0・0%に上っている o これは奈良靴下の中心である広陵町のそれぞれ四五・四%お

(14)

64 

の ぐ ち

兵庫県靴下工業組合員の分布(昭和41 年)

地区別組合員数 口¥¥昭和A1.6=

地 区 ¥ え よ │ 叫

i 志 方 町 │

加古川市│

高 砂 市 i 姫 路 市 ! 加 西 市 │

l 泉 │ 加西 u  

1

1

小 野 市 !

l

明石以東

:阪神地区

l 淡 路 島

6

そ の 他

7

│合計

315 261 

142  59  22  10  168 

71 

10  23  18 

よび四六・二%に比べて著しく農村的である o

し か

志方町の農家兼業率は九六・四%になり︑広陵町の九

了五%を上回っている︒また︑農家二戸当りの耕地

4

面積は四六・四ヘクタールで︑広陵町の四・六八ヘク

タールよりも少ない︒

工場規模は︑奈良よりも平均して大きく︑従業員

中児子供用でも三四・二泌を占めて︑ に対して奈良は八一・一二元である o 製品はパイル物の比率が高く︑紳士用で全国の六二了五%︑婦人用で六

0

・五%

O

人未満工場の比率を比較しても︑播州の六七・二%

いずれも第一位である︒播州靴下でもまた

B

式による大衆口聞を中心としている

が︑生産額の一三%は東南アジアを主として輸出され︑全国第一位のシェアを占めている︒

(15)

わが国靴下工業地域の形成

65 

播出

111

靴下の製品販路(昭和42 年) 第

5

資料:兵庫県靴下工業組合

国 │ そ の 他

1

4031  565 

阪 │ 東

地 名 │ 大

数 量

l

(千ダース) I 

8

070  100μ 

100% 

3

欧│その他 i

連│中南米 i I ; i

1651  1351 120 1 

1 1  

9 1  

81 

東 │ ソ

地 名│事ジヲ[近

警二ダ-Ä~I l

% 1  43

この播州靴下もまた︑旧綿作地域に起因して発祥している︒江戸時代の播

丹地方は姫路藩に属して︑文政四年より木綿の専売制度が実施されていた︒

ところが︑明治の廃藩に伴なって保護を失ない︑寛政四年以来︑ 西洋に学ん

で製織業を確立していた西脇だけが播州織産地として残存した o

士 山

方 で

は ︑

明治初年に上海から靴下編立機を持帰る人があって︑大阪間量の翼下に定着

し始めた︒また︑明治二四年には︑志方の木綿業者が全国でも初めてタオル

の企業化に成功し︑明治末期には︑一二

O

有余のタオル手織工場を見るに至つ

た︒そのころ︑靴下工場は数軒をかぞえるのみで︑農家の副業は煙草の栽培

等が中心であった︒やがて第一次大戦は︑播州靴下にも活況を与え︑生産や

輸出が九倍にもなった︒更に︑関東大震災は︑東京産地を壊滅して地方産地

に内需市場蚕食の機会を与えた︒大正一三年には自動編立機が輸入され︑志

方の靴下工場とタオル工場は︑その地位を逆転した︒タオルや煙草から靴下

に転換する者もみられ︑農村分解の進行と共に靴下工業が農村に浸透して行

っ た

O

志方の靴下工業約一七 ︒

工 場

の 内

O

工場前後が流通機構に直結するメ

ーヵーであり︑残る一三

O

工場は他のメーカーの下請を行なっている︒その

ほか︑先鮭りを行なう仕上屋等の内職的下請が沢山ある o 奈良のメーカーが

(16)

66 

靴 下 主 要 生 産 地 の 変 化

年 次 i 昭和

4

年 昭和1

3

年 昭和2

1

一 一 ト 資 料 i 商 工 省 商 工 省 日 本 繊 維 協 会 通 産 省 日 本 靴 下 協 会 第

1

位│東京28.6% 東 一 兵庫29.0% 奈良32.6% 奈良30.5%

2

{:立兵庫25.0 兵庫1

8.8

東京1

4.4

東京2 1 .

大阪1

3.4

3{:

立 大 阪1

9.3

神奈川

1

1 .

東海1

2.7

兵庫

7.9

東京1 1 .

4

位 愛 知

5.7

大阪

9.9

大阪

9.0

大阪

7.5

兵庫

9.7

5

位 滋賀

3.5

愛知

6.1

奈良

8.5

埼玉

5.4

神奈川7.8 第

6

位 京都

3.3

奈良

5.0

中国

5.7

岐阜

3.4

九州

5.6

7

位!奈良

2

9

徳島

3.6

関東

5.5

和歌山3.4 埼玉

4.4

全 国 ! 日 制 千 円

33

396

千円

2

563

百万円

27

968

百万円

80

590

千デカ

第 B 表

産地内ア請に外注する比率が一五%であるのに対して︑播州は二七%にお

よび︑地域内の関連構造がより分化している︒これは︑志方町の農業構造

にもみられるように︑播州の靴下工業がより農村副業的であることを示し

て い

る ︒

製品は︑従来︑大阪の専門卸を通じて流通経路に乗るものが多かった

が︑近年はチョップメーカー (大手靴下企業)や商社(糸商) の比率が増

大し︑東京市場への直接的アプローチがみられるようになった︒

そこで今後は︑市場を見定めた製品の開発と企業体質の改善が問題にな

ってきた︒地元の大企業を中心にした協業組合が四グループ試みられてい

るほか︑士山方町役場が中心になって協業センターを設ける構想が総合開発

基本計画の一環として取上げられている o

玉︑その他の古い靴下工業地域

戦前から靴下工業の盛んであった地域は︑既に記した三地域のほか︑大

阪・愛知が主要な生産地域であった︒

大阪は︑東京と同じく最も古い靴下工業地域であり︑流通市場の中心を

形成している︒特に︑昭和一二年以前は︑近畿地方の周辺農村地域に下請

(17)

組織をもって︑東京・兵庫と共に三大産地を形成してきたが︑戦時経済体制の中で地方製造業者の地位が上り︑大阪

の産業がやや衰微した︒しかし︑近年︑大企業の市場独占と中小企業の停滞によって︑企業間格差が拡大し︑大阪の

全国的地位が上昇した︒

昭和四三年の大阪靴下工業組合員名簿によると︑七O工場があり︑その内︑府下が五八︑京都六︑和歌山四︑滋賀

二である︒また︑大阪市内は二O工場に過ぎず︑ 一般に分散的である︒市内では︑都島区の六工場が最も集中的であ る o 問屋的機能の強いものは都心四区(東・西・南・北)

に 多

く ︑

工場は北東周辺部に分布するものが多い︒

大阪製品は︑統計上︑ シ l ムレスが圧倒的に多いことになっているが︑これは京都の大企業を含むためである︒グ

ンゼと神栄が綾部に︑鐘ケ淵が福知山に工場をもっている︒これを除くと大阪靴下の特長は︑ やはり紳士用柄短靴下

に な

o

愛知は︑明治一八年から軍隊用靴下の生産地として発展しており︑現在でも紳士用無地物の生産が多いほか︑最近

わが国靴下工業地域の形成

は シ

l ムレス等の婦人用や中児子供用に移行しつつある o

生 産

業 者

は ︑

アウトサイダーを含めて一六Ol七O社と言

われるが︑組合員数は二ハ三 o その内︑一二三%の五六工場が名古屋市内に分布し︑尾北と尾西がそれぞれ二O%︑残 りが知多・三河になっている o 最近︑岡崎地方の業者が子供セーターに転換する反面︑豊橋地方の分繊糸業者がシ l

ムレスに参入してきている︒

企業規模は非常に小さいが︑白から製造肢売するものが比較的多く︑名古屋市内を販路とするものが六O%であ

る o すなわち︑小規模工場が地元向に生産するローカルな工場が多く︑近在必要工業の典型をなしている︒

67 

しかし︑産地の特色が薄く︑他の繊維工業と同じく労働力難を来たしていること等が︑この地域の問題点である︒

(18)

68 

また︑神奈川の靴下も︑大正七・八年頃から横浜を中心とする輸出向シルクストッキングの生産に始まって古い︒

大正五年には︑既に横浜莫大小同業組合が設立されていた︒しかし︑関東大震災や戦災の被害を受けて︑最近に至る

まで余り発展をしなかった︒その中で︑昭和一

O

年ごろ

FF

靴 下 が 拾 頭 し て ︑ 一時活況を呈したこともあった︒

現在の神奈川靴下は︑企業数は三

O

と少ないが︑大企業工場が分散的に立地して︑大市場東京の周辺地域を形成し

ている︒海老名の厚木ナイロンは年産四二五万デカの能力を有して︑グンゼ綾部の三二四万デカを凌いでいる︒その

ほかに︑横浜の内外︑保土谷ナイロン︑横須賀の東京靴下を初め︑山北編機は関西に本拠を置くグンゼの関東拠点で

あ る

なお︑グンゼの場合︑最も早く靴下生産を初めたのは尼崎の塚口工場であり︑ ついで綾部・津山の順であること ︒

は︑大都市場市地域の周辺に立地する大都市型消費財工業が遠心的に立地移動する典型を示している︒

また︑群馬県の高崎も戦前からの靴下工業地域で︑昭和二二年の軍隊靴下に発祥する o 戦後は︑米国のナイロン古

靴下をほぐして原料とし︑二九年には共同染色の工場を作って無地物中心の産地を形成するに至った︒パイルソック

スが中心で︑高崎市内に一一一工場︑桐生・伊勢崎・館林等に二三工場がある o

六︑新しい靴下工業地域

長野・埼玉・岐阜・静岡・千葉である︒

長野県の靴下工業は︑全県に約三三工場分布している︒その内︑須坂市に九︑長野市に五︑更埴市に六と︑長野市

を中心に集中して北信靴下工業地域を形成している︒須坂は︑戦前︑ 製糸業が盛んであり︑ 更埴市稲荷山には軍子生

参照

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のようなコーディネート的な機能を果たす管理機能の「本社,本店」が国内に立地するように

Economies, Japan External Trade Organization (IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp 雑誌名 アジ研ワールド・トレンド 巻 221 ページ 48-55 発行年

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