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アメリカ合衆国太平洋岸地域の工業地誌研究

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アメリカ合衆国太平洋岸地域の工業地誌研究

著者 菊地 一郎

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

23

1

ページ 95‑113

発行年 1974‑11‑15

その他のタイトル A STUDY ON REGIONAL GEOGRAPHY OF INDUSTRIES IN THE PACIFIC COAST REGION OF THE UNITED STATES URL http://hdl.handle.net/10105/2638

(2)

奈良教育大紀要 第23巻 第1号(人文・社会) 昭和49年 Bull. Nara Univ.瓦due. Vol. 23, No. 1, (cult. & soc.) 1974

アメリカ合衆国太平洋岸地域の工業地誌研究

菊  地  一  郎 (地理学教室〕

(昭和49年4月30日受理)

は し が き

本研究は、筆者が1971年から1年間文部省在外研究員として出張を命ぜられ、ワシントン州立 大学地理学教室に留学中に蒐集した資料を中心に分析を加え、小論としてまとめたものである.

なおすでに「メリヤス工業の地域構造‑近畿圏とアメリカ大西洋地域の場合‑‑」(1)の研究を、

滞米中に完成し、学会機関紙に発表した。工業地理の立場から、外国の工業地誌研究の必要性が 痛感されるが、企業秘密という厚い壁があって国内研究さえも恩うに委せないのに、国情の相違、

言語の‑ンディキャップ等の障害が重なり、研究方法の上で幾多の困難に遭遇する。しかもなお 外国人による外国研究の翻訳紹介にとどまらず、日本人自身による外国研究、とくに工業地誌研 究は、この道に志する学徒の誰しもが抱く悲魔にも等しいものであろうo幸い最近の学会発表に おいてすぐれた研究成果に接することが出来る様になったO筆者もこの小論を足掛りに、この問 題に挑戦を試みた積りである。この小論は不完全なものであっても、段階を迫ってより充実した 研究に発展させたいと願っているO 基礎資料の‑つとして使用した統計は、 1971 THE AME‑

RICAN ALMANACと1967 CENSUS OF MANUFACTURESである。アメリカの工業統 計は、近年では1954、 1958、 1963、 1967年と大体4年おきに行なわれてきたo 従って1971年に調 査が実施された筈であるが、まだ筆者はその結果報告書を入手していない。

1.アメリカ工業の発展と太平洋岸地域工業

(1)アメリカ工業の発展  第2次世界大戦を契機として、アメリカの工業は先例のない規模 で膨脹発展を遂げた 1939年から27年間に工業従業者数は52%増加し、工業付加価値額は200^

の伸びを示した。しかしその増加率には地域によって著しい差があった。南西部諸州の工業従業 者の増加は、北東部の古い工業地域から西部への人口移動と符合するものではあったが、工業労 働者の実数では、工業人口の大部分は北東部に集中したままであった。伝統的な工業地域から遠 く離れたところで、工業人口の著しい集中をみたのはカリフォル'=ア州だけであるoまた戦時中 の工業発展は、すべての業種にみられたものではなかった。工業労働者数から眺めると、金属製 品93%、ゴム製品77%,化学69%の増加があったが、繊維では15%、皮革製品6%の増加に過ぎ なかった。

過度に腫脹した戦時工業は、戦後は平和時の規模に縮少すると共に、新原料の導入、技術革新、

生活水準の向上という3つの要因によって、多くの有力な成長産業を生み出した。新原料の導入

95

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によって、古い原料と置換されたものに、ナイロン、プラスチック、軽金属があり、他方,新原 料の導入が新工業の創造になった例として、石油化学の諸工業をあげることが出来る。技術革新 は化学工業や電子工業を大規模な成長産業に仕立てあげた。また生活水準の向上は、自動車、家 庭用品、新聞用紙など特定商品の需要を増大する結果となり、今日の富裕なアメリカ社会の中で 工業需要の太宗となった。しかし他方では、自動車とか、家庭用晶とかいわゆる耐久消費財に対 する需要は、当然国内の景気や消費者の気まぐれによって変動するし、実際はその大部分が工業 自身の商業力によってつくり出された社会的需要であるので、多分に危険性をはらんでいるOそ れは政府向けに私企業によって生産される軍需製品の場合も同様である。その時々の政府の軍事 政策の変更による需要の変動は大きい。とくに南カリフォルニア地域では、防衛支出に依存する 度合が強く、その影響を蒙る程度も甚大である。

アメリカにおける工巣の総雇用量は、 1956年または57年に前代未聞のピークに達したが、それ 以後、生産高の指標(例えば工覚付加価値額)は増大していったが、総雇用量の方は停滞ないし 徽増にとどまったO少ない労働力で多くを生産するというオ‑トメ‑ションの普及による省力化、

機械と労働力の置換が行なわれていった。すでに石油精製工業の様な特定工業については、雇用 される従業者数は、工業成長の厳密な指標とはなりえなくなった。さらに絵雇用量の中でも直接 生産労働者の比率は着実に低下の一途をたどっているO それはプル‑カラーからホワイトカラー への転換であり、従業者は次第に事務・企画・販売職員によって占められる様になったo アメリ カ工業の発展とその変化は、工業立地の変動を促す動因となったo Lかしより大きな動因となっ たのは、連邦政府の立地政策と新動力源の登場である。まず軍事的要請から工業地域の防衛のた めに工業分散が奨励された。アメ1)カの工業は地域的集中度が高く、古い桐密工業地胃から外へ 立地変動がおこっている。また国内のあらゆる地域に貨物運賃の基準を作り、周辺部よりも都市 や特定地域が有利である様な差別運賃を撤廃する政策をとっている。基準点制度の撤廃にみるご とく、貨物運賃体系における構造的変化は、工業立地に対する人為的制限から工業を解放し、す べての場所で相互に競合を許す結果となっている。

連邦政府による投資も地域開発に重要な役割を演じているO戦時中には、常に投資効果をより 速く、より確実に得ることが必要であったから、既存の工場または工業地域に多大の融資がなさ れ、生産増加か助成された.しかし平和時になると、長期的視野から計画が建てられ、低工業朗 発地域にむしろ有利に投資がなされ、地域的バランスが考慮されるようになった。さらにこれら

の政策的誘導とは別に、電力・石油・天然ガスなどの新動力源の開発は、石炭を動力源として古 い工貴地域に縛られてきた工業を自由にする効果をもった。数十年の問、工場の動力は石炭から つくり出される蒸気力によって供給され、商品の流動は鉄道輸送によっていた。その結果、ボイ ラー工場の周辺に生産工場が集積し、鉄道に沿った場所に工場が立地してきた。今や電力または 天然ガスの利用は、工業立地の分散を許し、石油で走る自動車の普及は、鉄道沿線の立地の重要 度を減じてしまった。また労働力の移動がより自由な大陸で、最早、不満足な労働条件のもとで 忍耐を強いられることは全くなくなった。蒸気力時代の工業地域と比較すると、新しい工業地域 は、一般に規模が小さくなり、過密さばなくなった。そして近代的労働者の生活により適したも のとなっている。

(2)太平洋岸地域の工業  a.工業の推移 ここでいう太平洋岸地域とは、カリフォルニア、

オレゴン、ワシントンの3メ梢こまたがる地域であるO それはシアトルからサンジェゴに及ぶ地域 で、第2次大戦後アメリカ国内でも、工業発展の著しい地域であった。表1はアメリカの国内を

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アメリカ合衆国太平洋岸地域の工業地誌研究

図1 アメリカ合衆国太平洋岸地域

表1地域別年別工業雇用従業者比率および付加価値額比率

アメリカ合衆国

雇用従業者比率

ニューイングランド

大西洋中央部 中央北東部 中央北西部 大西洋南部 中央南東部 中央南西部

us叱t,一

太平洋地方

訂苛一芸L=

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97

(5)

付加価値額比率

ニューイングランド

大西洋中央部 中央北東部 中央北西部 大西洋南部 中央南東部 中央南西部 山岳地方 太平洋地方

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[出所]アメリカ合衆国商務省統計局;アメリカ合衆国工業統計:1963年、第3巻;. 1967年工業統計、

地域別および州別一般統計、推計報告・,および1950年と1965年の年次工業調査

表2 アメリカ合衆国および太平洋岸地域の工業統計; 1958, 1963, 1967

1 9 5 8 1 9 6 3 1 9 6 7

事業所慣 I 買華買 買1事業華 買買茸買 買 工業雇用工業付加 事業所数従業者数価 値 額 (千人) (百万ド ル)

ア メ リ カ 合

比 率 %

3 0 3 , 3 8 7 1 6 , 0 2 5 1 4 1 , 5 4 1

3 1 1 , 9 2 1 1 6 , 9 6 2 1 9 2 ,2 4 8 3 1 1 ,7 5 4 1 9 ,3 8 1 2 6 2 , 3 5 8 1 0 0 . 0 1 0 0 . 0 1 0 0 . 0 1 0 2 . 8 1 0 5 .8 1 3 5 .8 1 0 2 . 8 1 2 0 .9 1 8 5 .4

ト ン 州

比 率 %

5 , 0 6 5 2 1 5 1 0 0 . 0

2 ′1 6 7 5 , 2 5 0 2 2 4 2 , 9 6 1 5 , 0 3 6 2 7 2 3 , 7 7 7

1 0 0 . 0 1 0 0 . 0 1 0 3 . 7 1 0 4 . 2 1 3 6 . 7 9 9 .4 1 2 6 .5 1 7 4 .3

比 率 %

5 , 0 7 2 1 3 4

1 0 0 . 0

1 , 2 2 2 4 , 8 8 1 1 4 5 1 ′5 7 5 i .4 13 1 6 3 2 , 0 5 8

1 0 0 . 0 1 0 0 . 0 9 6 . 2 1 0 8 . 2 1 2 8 . 9 8 7 .6 1 2 1 .6 1 6 8 . 4

カ リ フ ォ ル ニ ア 州

2 8 , 7 3 5 1 , 2 1 4 1 2 , 0 4 8 3 2 , 2 0 1 1 , 4 0 1 1 7 , 1 5 9 3 2 , 0 7 0 1 , 5 8 5 2 3 , 4 1 6

比 率 % 1 0 0 . 0 1 0 0 . 0 1 0 0 . 0 1 1 2 . 1 1 1 5 .4 1 4 2 .4 1 1 1 .6 1 3 0 .6 1 9 4 .4

[出所]アメリカ合衆国商務省統計局;アメリカ合衆国工業統計: 1958年と1963年、 3巻と5巻、および1967 年工業統計、地域別および州別一般統計、推計報告

8つの統計地域に分け、 1947年から67年まで各地域の工業(雇用者数業と付加価値額)比率の推 移を示したものであるOまず太平洋地域(ワシントン・オレゴン・カリフォルニア・ハワイ諸州) についてみると、 1947年から63年までは比率増加を続け、 63年から65年にかけて一旦比率を減少 させるが、 67年に向って再び増大させている。表2から、アメリカ全体とカリフォルニア、オレ ゴン、ワシントンの3州別に、 1958年、 63年、 67年の3時点で事業所数、従業者数、付加価値額 の推移を眺めてみると、ワシントン州は1963年では3項目とも合衆国全体の比率を上回るものの、

67年には低落を見せている。オレゴン州では、従業者数と付加価値額は比率増加を続けるが、事 業所数では次第に減少傾向を示している。また合衆国全体と較べると従業者数でのみ上回り、他 の2項目ではそれを下回っている。これら2州に対して、カリフォルニア州の場合は、事業所数 のみ1963年から67年にかけて減少傾向を示すものの、 3項目とも2時点で増加率は非常に大きい。

合衆国全体の増加率と比較すると、各時点で3項目についてかなり大きい差が見られる。また19 67年の時点について、合衆国全体に対する事業所数、従業者数、付加価値額の3項ELの100分比

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(7)

低く、それに対してカリフォルニア州の比率はかなり大きく、約10%に達する。太平洋岸地域の 戦後の工業発展は、カリフォルニア州のそれに負うところが大きいことが知られる。

b.工業立地 この地域の工業は、次の3工業地域に塊状に立地している。それらは、 (1)ロサ ンゼルスーサンジェゴ地域(2けンフランシスコ湾岸地域(3)ウィラメット‑ビュージェット湾 低地である。それらの地域には、 5つの放心工業地が含まれる。サンジェゴ、ロサンゼルス、サ ンフランシスコ、ポートランドおよびシアトルの大都市である。丁度糸を通した数珠の様に、相 互に数百マイルずつ離れた地点に位置しているO長南端のサンジェゴは、メキシコ国境からほぼ 15マイルのところにあり、またサンジェゴとロサンゼルスとの問は125マイルあって、その間に ほとんど工場は見られない。さらにロサンゼルスとサンフランシスコ問は350マイル、サンフラ ンシスコとポートランド間は600マイルあって、それぞれ工業のない空間が横たわっているo シ アトルは、ポートランドの北150マイルのところにある。ポ‑トランドが河港都市である他、 4 大都市はいずれも海港都市である。 5大都市の人口(1968年7月1日推定)は、各々サンジェゴ

SMSAW122.1万人、ロサンゼルス‑ロングビーチSMSA686.0万人、サンフランシスコーオ ークランドSMSA299.9万人、ポートランドSMSA95.7万人、シアトル‑エペレットSMS A134.0万人となっている。全体として太平洋岸地域の工業構成は、輸送機器、機械、金属製晶、

食料品、木材の諸工業が卓越し、 1967年現在、事業所数41,549 (全国の1Q '. 、従業者数202万 人(同10.< 、付加価値額292億5,100万ドル(同11.15&)である。

2.カリフォルニア(刺)地域

カリフォルニア地域の工業従業者数は、 1939年の30万人から64年の140万人、 67年の160万人に 増加した。これはその時期における人口増加の原因であると共に、その結果ともなっている。 19 41年から45年までの第2次大戦は、この地域に軍需工業の需要をつくり出し、これに従事するた め125万人の労働者が移住してきた。彼等と彼等の家族は、やがて市場を膨張させ、戦後にこの 市場を目指して工業立地が行なわれる様になった。戦後この地域に移住して来た人達は、次の2 つの範噂に入いるO その1は、温暖な気候のもとで隠退生活を送ろうとする老人達であり、その 2は、可能性と豊かな生活を求めて移住して来た活動的な青年達である。この人達の大部分は都 市に住着いた1960年の統計によると、人口の85%が都市人口で、ロサンゼルス低地(サンジェ

ゴを含む)とサンフランシスコ湾岸の2大都市に集中したOこの地域は、初期には鉱山労働者、

次に農業従業者、そして工業と商業の発展過程で新しい移住者を吸収していった。海外からの移 民者を加えてこれら豊富な労働力は、恵まれた気候条件と共に、工業化を推進させる要因となっ

た。表3に見るごとく、 1960年代に連続的人口増加を経験したが、とくに合衆国で人口の最も多 い州として知られるニューヨーク州を遂に追い越した。すなわちニュ‑ヨ‑ク州の人口は、 1960 年に1,684.4万人、 63年に1,751.3万人であったが、カリフォルニア州の人口は、 60年に1,586.4 万人、 63年には遂に1,759.9万人に増加した 1960年から65年までに、国勢調査は14のSMSA を設定したが、このうち南カリフォルニアの2つのSMSAは、ラスベガスを除いて合衆国のい

かなる都市よりも成長が激しかった。

1939年にカリフォルニア地域で卓越していた工業は、食料品工業で、他の業種の約3倍の労働 者を雇用していた。第2次大戦中に造船工巣が発達し、とくに南カリフォルニアでは航空機工巣

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アメリカ合衆国太平洋岸地域の工業地誌研究 101 が勃興し、これら輸送機器工業は急速に成長した1920年頃に小さな工場から始まったが、今で は近代的航空機工場やミサイル工場がロサンゼルス市の周辺に立地している。その他、金属製品、

機械、化学の諸工業の発達が著しい。自動車工場は、ロサンゼルスやサンフランシスコ市の周辺 に多く、州内の需要に応ずるための地方組立工場として成立した。それらは国内の他地域にも見 られる一般的形態で、東部の中心地から部品を持込んで完成車に組み立て、その地で販売するも のであるo カリフォルニア地域に立地する工業の一般的性格は、通常工業の基礎原料と考えられ ている石炭と鉄鉱を殆ど欠くことによって特色づけられる。ロサンゼルス市東方のオレンジ畑の 中に、フォンタナ製鋼所があるが、その生産は州内の貧弱な石炭供給と故鉄に依存している。一 般に工業の動力源は、南カリフォルニアに広く分散的に分布する池田と、洪水調節と濯概用のた

めに数多く建設されたダム利用による水力発電所である。

表3 地域別年別人口および年平均人口増加率 人    口   (千人)

1960  1963  1965  1967  1969

年平均人 1950か 1960ま アメリカ合衆国

こユ‑イングランド 大西洋中央部 中央北東部 中央北西部 大西洋南部 中央南東部 中央南西部 iLjft地与 太平洋地方 ワシントン州 オレゴン州 カリフォルニア州

179,992 10,523 34, 277 30.ご88 15,422 26, 096 12,084 17,026 6.915

188,658 10,871 35,495 37,314 15,729 27, 787 12,551 18,052 7,517 21,362】 23,341

193.815で197.859

ll,149 36, 243 38, 323 15,871 28,819 12,841 18,528 7,700 24,342

201,921 ll,512 36,709 37,271 39, 230 15,975 29, 594 13,011 19,009 7,822 25,172

39,904 16,174 30,484 13, 107 19 ,495 8,021 25,953

O O   I O   O l 1 4

9 5 3

1 1 2

[出所]アメリカ合衆国商務省統計局;第14次および第16次統計報告、人口、第1巻、アメリ カ合衆国人口統計: 1960年、第1巻、および地域計測報告、シリ‑ズGE‑20

(1)ロサンゼルスーサンジェゴ工業地域  ロサンゼルス市域は、山麓の丘陵地帯とその間にあ る数個の小盆地に展開しており、その面積は450平方マイルに及び、合衆国は勿論、放界のどの 都市よりも広いO ロサンゼルスーロングビ‑チSMSAの人口は約685万人(1968年推定)で、

1960年から68年までに82.1万人も増え、年間10万人を越す勢いで増加したことになる。なお国勢 調査では、ロサンゼルスーロングビ‑チSMSAの北西部、東部および南部に連続的に広がる地 域を、 3つのSMSAに区分して集計している.それらはベンツ‑ラ、サンバ‑ナジノおよびア チ‑イムを中心とするSMSAで、これらを合せると250万人がさらに加わることになる。

ロサンゼルス市域の南半分の5つの分離された地域に池田が分布する。その中でもロングビ‑

チの北部のシグナルヒルには池井の林が立ち並び、無数のポンプが張り巡らされ、典型的な油田 風景が見られる。これらの池田によって、ロサンゼルス市域は海岸および人工港としては世界最 大といわれるロサンゼルス(またはサンペドロ)港から分離される。この港は太平洋岸における

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主要貿易港であり、すぐれた漁港でもあるが、それはロサンゼルスの工業とは殆ど関連性をもた ないO その工業は水道ではなく、鉄道やトラック輸送に依存する内陸型である。ニューヨークや フィラデルフィアの場合には、美しい港が都市成長の基礎となったが、ここでは逆に都市の必要 に見合うために長い防波堤が作られ、人工港が建設されたO ロサンゼルスーロングビーチSMS Aの工業は、表4に見るどとく、付加価値額の高いものから輸送機器、電気機器、機械、食料品、

金属製品、化学、出版・印刷(5億ドル以上)の諸工業があげられるO輸送機器の中では、何と いってもこの地域の工業を代表するのは航空機工業で、次いで自動車工業である。航空機工業の 付加価値額は約21億ドルで、輸送枚器の83.25 、仝工業の11A を占める。

合衆国において独占的地位を有するロサンゼルスの航空放工業は、 1939年頃から興り、第2次 大戦中に飛躍的な発展を遂げた。 1940年頃、エンジンとプロペラ生産は、コネチカット州のハー トフォードとニュ‑冒‑ク郊外のパターソンに集中していたが、組立部門は多く南カリフォルニ

表4 カリフォルニア地域の業種別工業統計

ロサンゼルス‑ロングビーチSMSA

業     種

20食料品及び類似製品 22織維製品

23衣服、その他の繊維製品 24木材及び木製品 25家具及び備品 26紙及び関連製品

27印刷及び出版 28化学及び関連製品 29石油及び石炭製品 30ゴム及びプラスチック製品

31皮革製品

32石、粘土及びガラス製品 33第1次金属工業 34金属製品 35電機を除く機械 36電気機器 37輸送機器 38器械及び関連製品 39その他の工業製品

事業所数

総     計    17,246i

工業付加 価値額

ii*O'ト 1

1,023.9 1,296.1 2,524.1 317.9 259.4

工業付加 価値額

(百万ドル)

サンフランシスコ一一オークランド

SMSA

工業付加 価値額

(百万ドル)

工業付加 価値額

(百万ドル)

468 31 356 155 218 105 737 277 34 100 194 107 480 623 204 140 86 206;:9.9 0.6 7.5 1.9 4.1 7.2 8.3 0.7 5.9 2.5'

7.1i O.8i O.31 5.01 9.4J 3.6│

2.5│

2.7i

683.033.8584.8

290.418.7213.0 287.810.2212.3 230.56.5 39.02,2

134.110.4 319.219.2 207.612.4 281.215.4 230.313.1 34.02.3

220.5 28.8

93.2 157.6 244.2 145.1 192.6 178.6 18.5 37.5

855.412,088.2】 745両,980.9 4,719, 197・9 3,160.1 2,567.6

[出所]アメリカ合衆国商務省統計局(1970); 1967年工業統計、地域シリーズ、カリフォルニア州 ア(ロサンゼルスとサンジェゴ)に立地した。その頃すでにロサンゼルスは、航空機工業の雇用 従業者の25%を占め、首位に立った。その立地因子として、まず第1に気候が良く、試験飛行の 最大日数が得られること、および南カリフォルニアに陸海軍の航空基地があったことがあげられ

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アメリカ合衆国太平洋岸地域の工業地誌研究 103 る。それに加えて、ダグラス航空機全社の創始者であるドナルド・ダグラスがロサンゼルスに住 んでいて、サンタモニカにあった廃棄された映画スタジオの中で、 1923年に最初の航空機工場を 作ったことも重要であった。ロッキード航空機会社も同じ様な経過をたどっている。ロサンゼル スには、この様に地元から興ったダグラス、ロッキード、ノースロープの3社と、他地域から入 ってきたコンソリデーテッド、ノースアメリカンの2社の合せて5社があり、現在もなお合衆国 における「航空機の首都」の地位を保持しているOそれらの雇用従業者数において、ニューヨー クの衣服工業やデトロイトの自動車工業などと対比される。航空機工場の立地は、大きくみて4 つの地域に分けられる。最大の核心地は、ロングビーチの北部(ノースアメリカン社とダグラス 社の工場がある)であり、その他はロングビ‑チ西部(ノースアメリカン社とノ‑スロープ杜の 工場)、サンタモニカ附近(ダグラス社の工場)、およびサンフェルナンド低地(バーバンクにロ

ッキード社とペンデックス社の工場)である。これらの航空機会社に関連する数百の会社が、部 品や附属品を生産しており、それらの中には合衆国東部の有力会社の子会社や地元企業から発展

したものが含まれている。

1940年以後、新工場の立地には戦略的考慮が払われる様になり、ロッキード、ノースアメリカ ン、ダグラスおよびノー子ロープの本社や主力工場は、依然としてロゼルスにあるものの、その 分工場および下請会社は、広く国内の内陸部に分散立地する様になった。航空機工場は政府の 軍事政策の変更によって、需要の変動や契約解除などの危険を蒙りやすい。それに技術の進歩 が早いので何を必要とするのか先の見透しが困難である。 1940年1月にロサンゼルスの航空機工 業は、 2万8,300人の従業者を雇用していた。 2年後にその数は12万5,000人に増加し、 43年8月 の戦時中のピーク時には、 27万2,000人に達した。 3年半の問にほぼ10倍の増加であった。しか

し48年1月には5万7,700人と戦後における最低を記録したが、 60年に約20万人に回復し、 67年の 統計によれば14万3,300人である。その変動の激しさに驚かされる。したがって地域経済の基盤 を航空機工業に置くことには問題が多く、工業の多様化が求められている。航空機工業の関連工 業としてゴム工業やアルミニュウム工業も成立し、今やミサイル時代を迎えて電子工業の中心地 となっている。

近年、電気機器、機械、金属製品、食料品、印刷・出版などの諸工業の伸長が著しいが、それ らの多くは東部の資本進出の結果である。食料品以外は、原料の多くが低運賃で搬入され、最終 加工がここで行なわれる。いずれも急激な人口増加による西部市場の拡大を基礎に発展しているO

自動車のフォード社、シボレー社、タイヤのグッドイヤー社、印刷・出版のタイム社などの分工 場が見られるo先にロサンゼルスの工業は、港湾と関連性の薄い内陸型であることに特色を持つ と述べた。それを規定する第1の要件は、工業用水である。水はここでは都市生活のあらゆる面 で深刻な問題となっている。地下水はすでに数年前枯渇してしまった。また市域に流入する河川 は、 1年とは続かず、大部分が細流である。結局、水は数百マイル離れたオーエンズ川やコロラ ド川から導水管を通して引いている。用水型工業にとっては、重大なハンディキャップとなって いる。また国内市場での競合という面から、主要人口中心地から遠距離にあることも工業活動を 制約し、その性格を規定している。それらが初期条件として恵まれた気候的環境もさることなが

ら、最小運送費で距離を容易に克服できる航空機工業を当地に発達させた理由である。

内陸型工業とは違って、地元原料を基礎に成立しているのが食料品工業と石油製品工業である。

とくに後者は化学工業と結びつき、ロサンゼルス池田を基盤に発展している。金属製品工業の需 要増加は、第1次金属工業の発達を促し、若干の鋳造工場や製鋼工場を立地させたO第2次大戦

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中に、フォンタナにへンリ‑・カイザー製鉄所が設立され, 2基の熔鉱炉が建てられた。カl)フ ォルニア州(イーグル山)の鉄鉱石とユタ州の石炭を使用し、西部工場向けの銑鉄・鋼鉄を供給 している。今後の工業発展を阻害するものに公害の発生がある。ロサンゼルスは、前面が大洋に 開け、背後を山地に取囲まれている。海上に発生した霧が西風によって運ばれると、ロサンゼル ス全体を覆い、内陸部へ50マイルも移動することが屡々ある。東風の時は快晴に恵まれる。すで に霧状の大気中に、工場から多量のガスや煙が排出されると「スモッグ」になるQ この様な公害 の発生源は、石油精製工場や鋳造工場ばかりでなく、尤大な数の自動車の排気であると云われて いる。

サンジェゴSMSAの人口は、 122.1万人(1968年推定)を数え、州内でロサンゼルスーロン グビーチ、サンフランシスコーオークランド、シアトル‑エペレットSMSAに次ぐ第4位であ る。工業付加価値額は8億380万ドルで、工業都市としては、ロサンゼルス‑ロングビーチSMS Aに較べると格段にその規模は小さい。しかし天然の良港を有し、太平洋岸で最大の海軍基地が あり、南カリフォルニアのマグロ漁業船団の根拠地となっている。町の建設はロサンゼルスなど よりも早く、地中海性気候の風光明姻な避寒地、老後の隠退地として成長した。やがて航空機工 業を基礎に工業ブームが到来し、その繁栄は激しく変動した1957年に本市の工業従業者の80%

が防衛産業に雇用されていた。そして1958年に輸送機器の雇用従業者数は4万6,000人であったも のが、 63年に1万3,000人、 67年は1万5,000人と変動している。現在、本市の工業雇用者の3分の 2は防衛産業に従事しており、そのため経済的基礎は不安定である.ともかく航空機と造船を主 軸とする輸送機器工業によってリードされた単一工業都市として特色づけられる1967年に輸送 機器工業の事業所数67、雇用従業者数1万5,000人、付加価値額1億6,620万ドルであって、それぞ れ全業種の6.1#、 2A96、 20.;を占め、事業所数・雇用従業者数では低いが、付加価値額は大

きく、他を圧倒している。大規模精鋭工場で生産が行なわれていることを物語っているO一般に 工場の多くは、海岸通りに立地している。

(2けンフランシスコ湾岸工業地域  サンフランシスコ市は、カリフォルニア州でもっとも古 い大都市で、太平洋とサンフランシスコ湾との問の山勝ちで細長い半島の先端に立地した。さな がら紺碧の海上に自棄の高層建築が林立し、合衆国第‑の美しい外観をもつ都市として知られる。

今や半島部はほとんど隈なく都市化され、市域の拡張は湾の東北部の都市オークランド(1960年 に人口36.8万人)、バ‑クレー(ll.1万人)、およびリッチモンド、アラメダなどの集落を包含し、

サンフランシスコーオークランドSMSAを構成したQ その人口は、約300万人(1968年推定) に達する。

18世紀にサンフランシスコ教会が建設され、人々が集まり住む様になった。この点ではロサン ゼルスと同じであるが、その後の発展の経過は異なった1848年以後のゴールドラッシュ時にす でに金鉱への入口として太平洋岸の主要港になった。当時の人口は、 800人を数えるのみであっ たが、 2年後には2万5,000人の大都市に成長した。それから60年間,サンフランシスコはカリフ ォルニア第‑の都市として、また1869年に大陸横断鉄道が完成してからは一段とその重要性を増 加し、太平洋岸最大の貿易港でもあった。しかし1906年に大震災を蒙り、荒廃が続くが、やがて これを克服し、これを機会に近代的都市計画を実施して復興に成功した。人口の主位はロサンゼ ルスに奪われたが、サンフランシスコの港湾施設は素晴しく、大西洋岸のニューヨークに対比さ れる。太平洋岸最大の貿易港をもつサンフランシスコは、この港湾を中心に発展した大都市であ るQ サンフランシスコーオ‑クランドSMSAの人口約300万人の中、約4分の1の75万人は旧

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アメリカ合衆国太平洋岸地域の工業地誌研究 105 市街に住み、 50万人は湾を渡ったオ‑クランドの工業地域および湾岸地域に、残りの人口は本市 の北と南で急速に発展してきた湾岸地域に居住している。 1940年から55年の15年間に、人口はほ ぼ2倍になった。その増加の大部分は、オークランド、バークレイの両市およびマ1)ン、ソラノ、

コントラスタ、サンマテオの諸郡内で生じた。サンフランシスコ自身も増加はあったものの、そ の規模は小さかった1930年代ゴールデンゲ‑ト橋、オークランド湾橋が建設されており、 1950 年代には高速道路の開通もあって、今やサンフランシスコーオークランドーバ‑クレ‑の都市中 心から、さらに容易に通勤可能な範囲内で新しい郊外の発展が見られる.

港岸地域に立地する工業は、非常に種類が多い。その中には、合衆国太平洋岸の貿易量の3分 の1を取扱う港が当然に必要とする造船と船舶用機械工業が含まれる。さらに1960年代に高度に 発達した部門である電子工業や輸送機器工業、研究所・研究工場がこれに加わっているO表4か

らサンフランシスコーオークランドの1967年における工業付加価値額を見ると、 31億6,000万ド ルで、ロサンゼルスーロングビーチSMSAの120億8,000万ドルに比較すると約4分の1の規模 にすぎない。それは事業所数、雇用従業者数についても大体同じことがいえる。次に付加価値額 の大きさの順に業種を見ると、第1位は食料品工業で、続いて金属製品、印刷・出版、化学、電 気機器、石油・石炭、輸送機器(2億ドル以上)となっている。

第2次大戦前、湾岸地域の工業で、主導的地政に立っていたものは食料品加工と東部から搬入 する部品の組立工業であったO戦中および戦後間もなく、若干の基幹産業が立地移動してきたO

それ以来、工業は急速な発展を遂げ、例えば、 1950年から55年までに668工場が新規に設立され、

その資本投資総額は約2億9,000万ドルになったO また設備を拡張した工場は、 2,022を数え、そ の投資総額は約5億5,000万ドルであったO これらの工場で生産される製品には、石油製品(ゴー ルデンゲ‑トに入る船荷の5分の3は石油であるといわれる)、ブリキ板、圧延鋼、鋳鋼、完成 車、装甲車、電気機器、化学工業製品、アンモニア、さらに化学肥料から洗剤、紙、ビール、コ

‑ンフレ‑クス・オートミルに至るまで多種多様である。工場の大部分は電力を動力源としてい るが、一部天然ガスや脱硫重油によっているものもある。工業立地は、大体湾の東部と南部の平 地に限られており、とくにコントラコスタおよびアラメダの両郡に見られた。そこでは土地利用 の大きな変革がおこり、かつての農耕地は工場用地や住宅地に変っていったoサンタクララの低 地だけで25平方マイルの立派な果樹園がビルディング、道路などに変ってしまったo

湾岸地域に工業が発展した要因として、まず太平洋岸で最艮の天然姓の存在、中央低地および サンタクララ低地における一大果実・野菜生産地への近接性、サンホアキン低地における石油精 製工業の発展、パナマ運河の開通、太平洋を舞台とした第2次大戦中の戦略上の役割などがあげ られる。また高度に発達した近代工業の立地には、南イングランドの場合と同様に、第1級の大 学の所在地への近接性の利益が重要である。近年、新しい工業立地が湾岸に沿った臨海埋立地に 見られる様になった。例えば、湾の奥のサンノゼSMSAでは、 1952年から63年までに工業従業 者は約3倍に増加した。

戦前と戦後を通じて、卓越した地位をもつ食料品工業は櫨語とぴん詰加工に特色がある。オー クランドは相当の躍詰工業をもつ数少ない大都市である。西部市場や東部市場に出荷するために、

後背地で生産された果物・野菜や魚、とくに有名な鰯の加工をしている。パン製造とぴん詰工業 は、ほとんど地元市場向けである。造船工業は、港湾と結びついた特色ある工業であり、第2次 大戦中に政府の手厚い保護のもとで目覚しい発展を遂げた。造船所は2つあって、その1つは湾 の東側、リッチモンドにあるカイザー造船会社、他の1つば、サンフランシスコ側の‑ンターボ

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イントにある合衆国海軍の造船所であるO建造される船種は、大部分がリバ‑ティおよびビクト リア型の輸送船や貨物船、タンカー等で、軍艦は造られていないO機械工業、金属製品工業は、

従業員数でそれぞれ1万5,000人から2万人程度を雇用しており、食料品工業の約3万人には及ば ないが、西部市場向けを主体に盛んであるoそれらの需要は第1次金属の鋳造所や製鋼所を成立 させている。今のところ、湾岸地域には熔鉱炉が建設されていないので、第1次金属工業が必要 とする銑鉄は他地域から移入している。

3・北西部(ワシントン・オレゴン両州)地域

一般に合衆国の太平洋北西部地域といえば、オレゴン、ワシントン、アイダホの3州と西モン タナの山岳地方を含む地域とされている。しかし実際に工業地理の立場から見ると、太平洋北西 部の工業従事者の約90%がワシントン・オレゴン両州に雇用されており、シアトルとポートラン

ドの2大都市域を含むビュージェット湾‑ウィラメット低地が人口・生産の中心地となっている。

そこでここでは北西部地域とは、ワシントン・オレゴン両州からなる地域とし、ビュージェット 湾‑ウィラメット低地をその中心地として取扱うことにする。シアトルーエペレットSMSAの 人口(1968年推定)は134万人で、 1960年から68年までの人口増加は23.3万人、増加率は21.1#

であるO これに対してポートランドSMSAの人口は95.7万人で、 1960年から68年までの人口増 加は13.5万人、増加率は16.4#である。ここでいう北西部地域の中で,ビュージェット湾‑ウィ ラメット低地の人口増加がもっとも激しいが、その低地内について見ると、シアトル・ポートラ ンド両大都市地域よりも、むしろ両中心的大都市に経済的並びに地理的に接続した郊外中心地の 方が人口の伸びは、はるかに高くなっている。

北西部地域の開拓史をひもとくと、その最初は18世紀の初期に遡ることが出来る。ロシア人の毛 皮商人やスペイン人、イギリス人による探険が行なわれた。ニューイングランドから集団移民が、

大陸を横断してオレゴン州に入ったのは1830年代であった1940年代になると、陸続と集団移民 が到着した。 】845年には、ウィラメットの谷に8,000人のアメリカ人が植民したと記録されてい

る。この様に北西部地域の初期の開拓民は、ウィラメットの谷に居住し、小麦生産などに従事し た。コロンビア川の南に位置するウィラメットの谷は、高燥地で土壌は肥沃であり、北部のビュ ージェット湾低地に較べるとはるかに農耕に通している。その後、 1849年にカリフォルニア州に ゴールドラッシュがおこると、そこへ食料を供給するために開発が進められた。しかし当時ビュ ージェット湾‑ウィラメット低地以外では、土地条件が悪く、殆んど開拓は行なわれていなかっ た1940年から50年にかけて、ハワイやカリフォルニアの鉱山に木材を供給するため各所に製材 所が出来た。さらに1883年にノーザン・パシフィック鉄道が開通し、 1893年にはグレートノーザ

‑ン鉄道がビュージェット湾に到着し、またサンフランシスコとポートランドを結ぶユニオン・

パシフィック鉄道が開通した。こうした鉄道の相次ぐ開通によって,広大な森林資源が積極的に 開発される様になり、都市や工業が勃興してきた0 19世紀末には、アラスカにゴールドラッシュ があり、シアトルはもっとも近い港として栄えた。

しかし第2次大戦まで、北西部地域はずっと、東部との関係で植民地的地位に置かれてきたo この地域の資源の大部分は、東部の資本家の手で開発され、住民は第1次産業に雇用されるだけ であった。またこの地域の交易のバランスは、木材および農産物を主とする嵩高の第1次産品の 大量移出と、価格の高い、嵩の小さい工業製品など第2次産品の流入から成り立っていたが、な

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アメリカ合衆国太平洋岸地域の工業地誌研究 107 おこの地域の移出総額は、移入総額をオ‑バ‑し、その収支は東部からの目に見えないサ‑ビス によって補填されていたO それはヨーロッパ勢力に対するアフリカ植民地の地位に似ている。も し北西部地域で、電力と燃料の不足がなかったら、石油など鉱産物の移入量が減り、移出過剰は もっと大きくなっていただろう。戦中・戦後の人口増加が、この地域の市場を拡大し、工業を刺 激したので、その状態はかなり改善された。パルプ工業および製紙業の成長はその現われで、加 工度の増大によって、付加価値率は相当高くなったO しかし現在なお地元資本の不足が問題とな っており、また石油が好例であるが、開発が比較的容易で、生産にすぐ入れる資疎をもつ地域と 較べて、森林や漁業の様な資本の回収率の悪い資源しかない北西部地域には資本の導入は仲々国 難である。

近年、北西部地域の市場が拡大されたといっても、若干の品目の生産にとってはまだそれは狭 陰で、産物の多くを国内の遠方市場へ出荷しなければならない。その場合にやはり市場距離が問 題となってくる。その条件はカリフォルニア地域の場合と違いはないが、北西部地域は付加的‑

ンディキャップを背負っている。カリフォルニア地域は、とくに農産物について気候的に恵まれ ており、国内でも独占的またはそれに近い地位をもつ作物を多く生産しているので、稀少価値の 利益を享受することが出来る。北西部地域の場合は、独占的でない生産物、小麦、木材、果物な どを東部市場に出荷するので、競争者の戸口の前を通り越して運ぶことになる。また貨物運賃の 両で木材や小麦を移出して、工業製品と石油を移入するので、往復とも同一の貨車、トラック、

パイプラインを使用出来ず、いずれの方向でも「帰りの空車」を運転するため費用は割高となる。

北西部地域の主要工業製品は、 1.木材及び木製品 2.輸送機器 3.食料品及び類似製品 4.紘 及び関連製品 5.第1次金属 6.化学 7.印刷及び出版 8.金属製品等である。これら8業種の 雇用従業者数および付加価値額は、北西部地域の全業種の85%以上になる。さらに上位3業種を とると、それらは全業種の60%以上を占める。これら3業種が北西部地域の工業を代表している といえるだろう。この様な工業を成立させている立地条件について考察してみると、まず第1は 原料地指向である。木材製晶や食料品加工の様な工業は、嵩高な原料供給地への接近を果そうと する。原料の品質の良さと、量的豊富さがこれを加速してきた。第2にアルミニウム生産など電 力費が総生産コストの中で相当部分を占める工業は、水力発電の初期の段階で豊富で安価な電力 の供給源に接近しようとして、この地域内に立地した。第3に消費財を生産する工業は、人口増 加とそれによって拡大形成された地域内市場によってけん引された。

戦中・戦後の工業発展の歩みを少しく辿ってみよう1939年から47年にかけて、前記の8業種 の工業はすべて、雇用従業者数および付加価値額において増加を示した。就中、全工業の増加比率 よりも急速な成長を遂げたのは、第1次金属と輸送機器、とくにアルミニウムと航空機であった。

木材と関連木製品は、絶対値では最大であったが、増加比率が全工業のそれを僅かに上回る程度 であった。食料品、紙、印刷・出版では、稼動奴枝の増大はあったが、雇用従業者数と付加価値 額の両方において比重の減少傾向が見られた。この工業の急速な成長期に、耐久消費財の生産が 非耐久消費財を凌駕した.実際には、耐久消費財は急速な成長要素であって、地域総量の60%以 上を占めていた。 1948年以後も工業の成長は続き、すべての業種が絶対値では増加した。しかし 相対的には業種によって一様ではなく、連続的に成長したのは航空機工業であった1958年以後 の一時期にその比重を減じたが、化学、第1次金属、金属製品も航空機に次いで相対的比率の増 加を示した。木材及び木製品の場合は、付加価値の絶対額では辛うじて主位を保つが、相対的に は著しい減少で、 1939年から49年の期間中に約40%のシェア‑をもっていたものが、近年では約

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4分の1を占めるに過ぎない。これに対して輸送機器は、主位に迫っている。また木材及び木製 品では、木材生産からべこア板、各種建築用板に重心が移動している。前期に続いて、 1948年以 降も減少傾向を示すのは、主要非耐久財である食料品、繊維、紙および衣服である。

ビュージェット湾‑ウィラメット低地工業地域、この工業地域は、シアトルを中心とするピュ

‑ジェット湾岸地域とコロンビア川の南岸にあるポートランドを核とするウィラメット低地の2 地域からなり、これら2地域の連続性は未だ十分ではないo ビュージェット湾岸には、シアトル を中心にタコマ、プレマートン、エペレットなどの諸都市が立地し、ウィラメットの谷に、ポー トランド・バンクーバーを始め、サレム、コルパリス、ユージンなどの諸都市が含まれる.工業 地域としては、ビュージェット湾岸地方の方がウエイトが大である。表5からシアトルーエペレ

ットSMSAとポートランドSMSAの1967年における工業付加価値額を比較してみても、後者 は前者の約2分の1しかない。

シアトルーエペレットSMSAの工業付加価値額は、 20億3,850万ドル(1967)で、ワシント ン州の付加価値額37億7,700万ドルの54.(を占め、第2位のタコマSMSA2億8,260万ドル、

第3位のスボケーン1億9,760万ドルをはるかに引離して、州内最大の核心的工業都市を形成して いる。業種別に見ると、食料品及び類似製品が1億4,990万ドルで抜群に高く、続いて紙及び関連 製品、機械、金属製品、木材及び木製品(7,000万ドル以上)の順である。輸送機器は6,990万ド

表5 北西部地域の業種別工業統計

ポートランドSMSA

業     種

20食料品及び類似製品 23衣服、その他の繊維 24木材及び木製品 25家具及び帰晶 26紙及び関連製品 27印刷及び出版 28化学及び関連製品 29石油及び石炭製品 30ゴム及びプラスチック製品 31皮革及び皮革製品 32石、粘土及びガラス製品 33第1次金属工業 34金属製品 35電機を除く機械 36電気機器 37輸送機器 38器械及び関連製品 39その他の工業製品

総     計

事業所数

工業付加 filii i点祁

(百万ドル) 166.9  8.8

シアトル‑エペレットSMSA

工芸付I'll 価値額

(百万ドル)

i L果汁サjn 価値萄

(百万ドル)

7.鋤‑S ^     軸4 8㈲ l

<

<

C O   I O   C M

1,826 79.81 1,115.4 65.3 768.2] 1,945 162.2 2,038.5 121.6 1,480.8

[出所]アメリカ合衆国商務省統計局(1970); 1967年工業統計、地域ンリーズ、オレゴン州とワシントン州

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アメリカ合衆国太平洋岸地域の工業地誌研究 109

ルである。但しこれには統計上の秘匿になっている、ボーイング航空機会社の数値は含まれてい ない。なおワシントン州の業種別構成は、輸送機器が9億7,280万ドルで主位に立ち、次いで食料 品及び類似製品4億4,430万ドル、木材及び木製品4億3,390万ドル、紙及び関連製品3億7,770万ド ル、第1次金属2億9,770万ドルと続いている。この場合の輸送機器には、ボ‑イング社の数値が 含まれている.シアトルはボーイングの町として知られる。同市工業生産高の3分の1以上を占 めて、ボーイングの本社がある。また市域の南部および郊外のレントンには大工場が立地するO レントン工場は各部品工場に対する完成組立工場である。 B‑29、 B‑50およびB‑52ジェット爆 撃機、大陸間弾道ミサイル、宇宙船などの他、最近はジェット旅客機の生産を進めており、 1969 年末に新鋭工場をエペレット近くに建設し、 747巨人ジェット旅客機の生産を開始している。ボ ーイング社は、約9万4,000人の従業者を雇用していたが、近年不振を伝えられ多量の解雇者杏出 した。目下シアトルは不況の色が濃い。食料品工業では、ビュージェット湾岸低地および周辺農

(単位百万ボードフィート)

550以上

350‑ 549

150‑ 349

⊂コ150末満

100km

図3 ユ966年郡別木材生産分布

(資料)西海岸木材組合;西部桧協会;

アメリカ合衆国森林サービスセンタ‑

村で豊富な果物、野菜が栽培され、またエリオット湾に臨むシアトル港は、北東太平洋漁業の基 地で多量のサケ、マスが水提げされるので、辞詰、冷凍品など食品加工が盛んであるO造船、機 械など、港湾機能と結びついて港の周辺に発達するO紙及び関連製品の成長は著しく、国内およ び世界の根強い需要に支えられて、 1947年以来毎年新しい工場が湾岸低地に設立されてきた。

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