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倫理と日本人の霊魂観 Ethics and Japanese View of the Soul

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『就実大学大学院教育学研究科紀要 2021(第 6 号)』 抜刷 就実大学大学院教育学研究科 2021年 3 月10日 発行

高 橋 文 博

倫理と日本人の霊魂観

Ethics and Japanese View of the Soul

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就実大学大学院教育学研究科紀要 2021(第 6 号)

倫理と日本人の霊魂観

高橋文博

Ethics and Japanese View of the Soul

Fumihiro TAKAHASHI

抄録

日本における死者の霊魂の奉祀には、同一の死者の霊魂を異なる場所で異なる人が実修 することがある。このことは、日本に限ることではなく、釈奠の例もあり、普遍的性格が ある。このように、奉祀される霊魂は、身体とは独立して存在し、しかも実在性をもたな い、死者の独自で個性的な精神的志向をもつものとみなされており、その限り、霊魂は人 格概念と重なるといえる。そうであれば、マックス・シェーラーが、日本人の先祖崇拝を 消極的に評価するものの、人格の永生の理念を哲学的信仰として主張して、死者の人格を 倫理学の議論に組み入れようとしたことの積極的意義を認める必要がある。

キーワード:死者 遺体 人格 マックス・シェーラー

本稿は、日本人の霊魂観の一端をみることで、倫理の概念に、ささやかではあるにせよ、

新たな観点を加えようとするものである。そして、本稿の落着をあらかじめいえば、倫理 は、人間が自らを生命的存在につきるものではないとすることにおいて成立し、したがっ て、死後の人格の存在を認めることと相関する。

この問題設定は、理論的には、マックス・シェーラーの実質的価値倫理学の時期におけ る論文「死と永生」に重く着目するものであり、そのことからくる制約をもつことを、あ らかじめ述べておく必要があろう。

1  「死者の霊魂」の奉祀

日本人の霊魂観をみるために、卑近な事例として、わたくし自身の場合をあげる。岡山 市に居住するわが家には、位牌(注 1 )が二基ある。わたくしの父母を一体としたもの一 基、家人の父母を一体としたもの一基である。四人の逝去の時日は、それぞれ異なってい るが、夫婦で一体にまとめている。

これらは、わたくしの故郷である群馬県の浄土宗菩提寺で「魂入れ」(注 1 )をして、

わたくしのきょうだい五人が父母一体のもの一基ずつをそれぞれの自宅に安置し、家人の 故郷である東京都の日蓮宗菩提寺で「魂入れ」をして、家人のきょうだい四人が父母それ

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ぞれ一基ずつをそれぞれの自宅に安置している。わたくしの父母の位牌が五箇所、家人の 父母の位牌が四箇所で、別々に奉祀されているわけである。これは、「位牌分け」(注 1 ) として知られている慣習にもとづくものである。

ここに紹介した事例が、その形態、作法等々において仏教的性格をもっていること、そ れがまた、地域的、時代的な限定性を帯びていることは確かである。だが、この事例を紹 介したのは、そうしたもろもろの特殊な様相を帯びているにしても、同じ「死者の霊魂」

を異なる場所で、異なる人びとが、なんらかの手続きを通してなんらかの象徴物を奉祀す るという本質的事態を示すためである。

この卑近な事例に即して、さらに示しておきたいことは、それぞれに奉祀されている「死 者の霊魂」は、その死者の遺体とは独立していることである。このことは、「死者の霊魂」

が、その死者をかつて生かしていた何ものかが抜け出て自立しているとして、つまり、実 在性をもつものとして扱われていないことを示している。それは、奉祀の対象となってい る「死者の霊魂」が複数に分かれてあることにおいて明らかである。ここでの霊魂は、人 間を生命的存在として生かしている実在的な何かではない。

にもかかわらず、奉祀の対象としてある「死者の霊魂」は、その死者の生前の独自で個 性的な存在としてあり、かつ、喜怒哀楽するものとして、生者に対して何らかの働きをし て能動性を有する、精神的志向をもつ存在として、奉祀されているのである。「死者の霊魂」

を奉祀するとは、それが、かつて生者としてあった時と等しい独自な個性を保持しつつ、

喜怒哀楽して生者になんらかの能動的作用をすることがあり得ると認めていることを意味 している。

ここに極めて卑近な事例に即して示した「死者の霊魂」の奉祀は、歴史的・社会的・地 理的・宗教的等々の特殊性を度外視すれば、その本質において、普遍的であるとい得るで あろう。そのために、次には、極めて高遠な事例をみることとする。それは、孔子(B.C.551

−479)に対する奉祀である。

孔子に対する奉祀を代表するものは釈奠である。台湾では、台北の孔子廟で、孔子生誕 の日とされる 9 月28日(教師節)に盛大な釈奠の儀礼が、早朝に行われる。わたくしは、

1992年 9 月28日に、その儀礼を参観する機会を得たが、後に、2009年 9 月28日、台南の孔 子廟でも釈奠の儀礼を再び参観した。

この儀礼を説明するには、儒教における人間の構造を簡単に述べる必要がある。古い儒 教の考え方では、生きている人間の精神的活動をつかさどるものを「魂」といい、肉体的 活動をつかさどるものを「魄」といい、「魂魄」が一体となって働くことで人間は生きて いるとされる。

人間が死ぬと、「魂」と「魄」は分離して、「魂」は天上に飛遊し、「魄」は遺体ととも に沈滞するので遺体を地下に保存する。死者の霊魂は「魂」と「魄」として分離している ので、これを一定の作法で招き寄せることで現前させて、それを奉祀するのである(注 2 )。

儒教における死後の霊魂は、通常、「鬼神」とされる。それは、儒教の基本文献では、

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死後の霊魂の奉祀の対象を「鬼神」としていることによる。「鬼神」と「魂魄」は、「魂」

を「神」であり、「魄」を「鬼」であると関係づけられる(注 3 )。

釈奠の場合は、舞楽があり、牛・羊・豚が犧牲に供せられるなど、大がかりな作法であ るが、「鬼神」を招き寄せることは同じである。ただ、台北の孔子廟における釈奠のプロ グラムでは、「迎神」「参神」「送神」というように、「鬼」ということばは使われていなかっ た。だが、「迎神」「送神」は、実見した限りでは、儀礼のはじめに孔子廟の門外から提灯 のあかりとともに迎え入れて、儀礼の終わりに送り出していたので、観念的に、地中に遺 体とともにある孔子の「魄」としての「鬼」を、「神」という名称のもとに、送迎したの であろう。これとは別に、天上にあると観念される「魂」としての「神」も呼び寄せられ ていたはずである。

むろん、孔子の遺体は、中国山東省曲阜に埋葬されているので、このとき奉祀されてい る孔子の「神」は、事態的に、遺体との関連をもってはいない。にもかかわらず、という か、そのようにして、送迎される「神」として、「死者の霊魂」である孔子がそこに現じ ていると認められているのである。

現代の台湾における釈奠の実修の具体的なあり方自体は、本稿にとっては、あまり重要 ではない。重要なのは、釈奠が、例年、 9 月28日のほぼ同時刻に、台湾における複数の孔 子廟で実修されていることである。つまり、孔子の霊魂が異なる場所で同時に奉祀されて いるのである。このとき、奉祀されているのは「死者の霊魂」としての孔子であって、し かも、それぞれに孔子としての独自な個性的存在として奉祀されているわけである。

このようにみると、「死者の霊魂」が、異なる場所で奉祀されていることについては、

形態・作法等を別にすれば、偉大な孔子と常凡なわが父母たちとは、本質的に同じであり、

普遍的性格をもつといえるだろう。

ここに二つの相当に異なる事例において見出したことは、「死者の霊魂」が、複数の場 所で、あるいは同時に、生前それにおいて存在していた身体とは異なる、なんらかの象徴 物と作法において奉祀されるという本質的事態である。そして、「死者の霊魂」が、実在 的存在として受け止められていないことも明らかでなる。

「死者の霊魂」は、なんらかの仕方で、確認されることにより、現われる。なんらかの 仕方とは、歴史的社会的な諸条件によって種々であるにしても、特定の儀礼や象徴的行為 において、そこに死者の独自で個性的な精神的志向があると認定する仕方である。ここで 肝心なことは、「死者の霊魂」が、単なる仮構ではないことである。人が、死とともにそ の身体は消失するとしても、死者における生きていたときの精神的志向が消失しないとす ることが、あらゆる多様な認定の仕方にもかかわらず、「死者の霊魂」があるとして、そ れを奉祀する絶対条件である。単なる仮構的存在を真面目に奉祀することは、まったくあ り得ない。

この「死者の霊魂」の奉祀は、「死者の霊魂」の讃美や慰藉とだけ考えてはならない。

そこでは、奉祀するものは、「死者の霊魂」に対して、その死者が生きていたときの独自

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で個性的な存在者として相対して語り合うのである。

「死者の霊魂」を奉祀することが、死者との語り合いであることの意味を、もう一つの、

ある特異な事例に即して、次にみることとする。

2  「大和魂」

ここでみる特異な事例とは、吉田松陰(1830−1859)の場合である。松陰は、所謂「安 政の大獄」で、安政 6 (1859)年10月27日に斬首の刑に処せられた。それより前、彼は、

処刑による死を確信して、10月20日付で、父杉百合之助・叔父玉木文之進・兄杉梅太郎宛 の書簡で、次のように述べている。

私首は江戸に葬り、家祭には私平生用ひ候硯と去年十月六日(正しくは十一月六日…高 橋注)呈上仕り候とを神主と成され候様頼み奉り候。硯は己酉の七月か、赤間関廻浦の 節買得せしなり、十年余著述を助けたる功臣なり。

松陰二十一回猛士とのみ御記し頼み奉り候。 吉田松陰:1972、418頁

松陰は、自らの死後、親族の間で「家祭」において奉祀されることを期待した。奉祀に おける「神主」は、前年11月に決死の行動に向かうにあたって記した永訣の書及び彼の著 述活動を助けた硯であり、標識には、「松陰二十一回猛士」という自撰の号を記載するよ う依頼している。

松陰が、ここで、首を除外して、硯と永訣の書を神主と指定したのは、奉祀の対象は遺 体ではないことを示している。それは、また、「神主」として指定した書簡や硯そのもの でもない。彼は、当該の書簡と硯に特別の意味あるものとして指定したのである。「神主」

は、松陰が全身全霊を打ち込んでした活動、ないしは、精神的志向の象徴であり、松陰自 身の「志」の象徴である。

松陰が、処刑の直前までに書き綴った「留魂録」は、冒頭に「身はたとひ武蔵の野辺に 朽ちぬとも留め置かまし大和魂」を掲げている(吉田松陰:1973、287頁)。肉体は朽ちる が、朽ちざるものは「大和魂」であるとしているのである。

松陰が、「神主」を指定して奉祀されることを願ったのは、後につづく人びとが自らの

「志」を継承することを願ったからである。そして、その「神主」を奉祀することは、そ の「志」を理解し、応答することである(注 4 )。

ここで、いささか特異な松陰の事例をみたのは、「霊魂」を奉祀することの意味が、具 体的に、明らかになるからである。「霊魂」の奉祀は、その本質において、死者の有して いた精神的志向を理解し、応答することである。それは、とりも直さず、「霊魂」を奉祀 するものが、「霊魂」と同等の準位において精神的志向を有するものとして相対すること を意味している。

このことが、「霊魂」を奉祀すること、あるいは、「霊魂」の奉祀の場に身を措くことの

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独特な厳粛さを説明する。「霊魂」の精神的志向と相交わるそこにおいては、生命的存在 の維持・保存・向上という準位とは異なる事態が現出している。

3  「死体と霊魂が一体の状態」

このように、具体的事例に即して、「霊魂」の奉祀の本質を捉えてみたつもりであるが、

それを、倫理の概念につなげるために、もう少し、抽象化に向かいたい。そのために、「遺 体」についての、次の用語解説が幸便である。

遺体 人の死体の別称。「なきがら」「遺骸」と同義。ただし、死体が死んだ状態の人の 身体をいうのに対し、遺体は、死んだ人の生前の社会的関係の脈絡の中で言及される場 合に限って使われる。あるいは、変化しながらも、死んだ人の生前の人格を死後もその 身体が保有しているという認識を示す時に用いられる。つまり、身元がわからずその身 体が誰のものかの同定ができない場合は遺体という表現は使われない。遺体という表現 は、死者儀礼において死んだ人の身体に対して行われる多様な儀礼的行為が示す意味を よく表している。波平恵美子執筆、『民俗小事典』:2005、19頁。

死者の身体を「遺体」と呼ぶことについての、文化人類学的な立場からする、簡略では あるが、周到な説明である。

この記述の後に、死者儀礼が多様であり、歴史的に変化することを述べた上で、そうし た儀礼的行為がなされるのは、「遺体ということばは、このように身体と霊魂が一体の状 態にあり」、この身体と霊魂の関係は、残された死体を処理する立場の人びとが行う儀礼 によって変化すると述べている。死者の身体にケガレを認めるかどうかといったことで、

「遺体」に対する儀礼は変化するというのである。

この解説は、死者儀礼の歴史的変化を語りつつ、人びとが死者儀礼を行うことは「死体 と霊魂が一体の状態」にあると認めているからだとする。この「死体と霊魂が一体の状態」

とする人びとの理解を、「遺体」ということばの社会的な使用法として述べたのが、前掲 の解説文である。すなわち、「遺体」ということばは、死者の生前の「社会的関係」にお いて言及される、あるいは、死者の「人格」がその死体を「保有しているという認識を示 す」ときに用いられる、と。

わたくしが注目するのは、この解説は、「死体と霊魂が一体の状態」と認めることと、「生 前の人格を死後もその身体が保有しているという認識」とを、ほぼ同義であるとする記述 となっているからである。そうとする、人びとのする死者儀礼は、「霊魂」を「人格」と 認めているのだとする見通しが得られる。ただし、この解説における「人格」の概念は、

社会的関係に即するものと推測されるが、そのことを明確に述べているわけではない。

実のところ、これまでの本稿の論述は、「霊魂」を「人格」と捉える観点のもとに進め てきた。これまであげた事例について、「霊魂」を、人における独自で個性的な精神的志

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向であり、身体から独立してある、非実在的なものとする言述は、そうした観点によって いる。むろん、日本に限らず、古今東西、「霊魂」の現象はまことに多様であり、「霊魂」

が実在的なものとしてあらわれるのだとする受け止め方は無数にある。

だが、あらゆる多様な「霊魂」の現象を成り立たせている最も重要な根拠は、人間が、

生きてあるときに、単なる生命としてあることを超え出ているとする体験であり、そのよ うな体験をなし得る人格だろうとする、本稿筆者の思念である。

このような思念を導いているものが、マックス・シェーラー(1874−1928)の哲学的考 察である。次に、マックス・シェーラーの論述を参照する。

4  「人格の永生の理念」

シェーラーを参照するのは、「霊魂」を「人格」として捉える見通しを導くだけでなく、

彼が、論文「死と永生」で、日本の「先祖崇拝」と「人格」に言及しているからでもある

(注 5 )。この論文は、シェーラーの生前に公刊されることのなかった遺稿である。訳者小 倉貞秀氏の「解説」によると、1912年から1916年にかけて執筆され、『倫理学における形 式主義と実質的価値倫理学』と関連するとされている。「死と永生」:1977、404頁

全体の構成は、「人格の永生信仰の衰微」「一 死の本質と認識論」「二 永生」「人格の 永生の哲学的信仰の諸タイプ」「補遺」からなる。ここでは、まず、「二 永生」における

「人格の永生の理念」にかんする論述をしばらくみることとする。

さて、「二 永生」の論述は、死後の人格の永生を「信ずる」という結論に至るのであ るが、その前提として、「数万の歴史的事実は、死後の永生の過程はただ人間の「希望的 幻想」にすぎない、ということを反駁している」(「死と永生」:1977、330頁)と、彼の認 める具体的事実を挙げている。こうした具体的事実を前提にした上で、彼の考察の態度を、

次のように述べている。

一般的にわれわれはここでは永生信仰の過程あるいは拒否と係わり合うのではなく、直 観的にこの理念を充たす意味と本質0 0 0 0 0、ならびにこのような永生が与えられてあるであろ う経験の作用0 0 0 0 0と係わり合うのである。「死と永生」:1977、331頁

シェーラーの考察のあり方は、「直観的に」人間の「経験の作用0 0 0 0 0」にかかわることで、

永生の理念の「意味と本質0 0 0 0 0」をあらわにすることである。この考察の態度において展開す る詳細な論述はおくとして、考察の後に明らかになったことは、次のように要約される。

単純に言えば生きていた間にすでに明白に自分の作用とその内実として体験していたも のを、すなわち自己の存在の身体からの独立を自分の存在にとって体験するのである。

「死と永生」:1977、343頁

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人間において、身体からの超出を直接的に経験し、「自分自身がなおも永生するのを体0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 験する0 0 0」ものがあり、それが「人格」であるというのである(同上)。だが、「哲学的に確 認しうることことがらから明らかになるであろう一切」(同上)は、ここまでであるとして、

次のように、結論的に述べる。

私は人格は永生する0 0 0 0と信じている0 0 0 0 0。なぜなら。私はその反対を考えるどんな根拠ももた ないし、私が信じることのための本質的条件は明らかに満たされているからである。「死 と永生」:1977、344頁

これは、シェーラーの個人的信仰の告白ではなく、ここでは省略したのだが、彼なりの 哲学的考察にもとづく「哲学的信仰」である。それ故に、人格としてある人間が、それに ふさわしい考察によれば到達し得るはずの信仰である。その意味で、これにつづく次の言 述は、注目すべきである。

人格のあらゆる精神的作用、それどころか「精神的作用」という本質がその身体状態、

それどころか「身体状態」という本質を「超出0 0」するという直接経験、および死の作用 において人格が身体の統一を超出するという経験要するにこうした経験の内には、永 生の理念がすべて千倍もの形をとって未開人の信仰からカントやゲーテの最も純粋にさ れた理念に到るまで満たされていく直観的な本質所与0 0 0 0 0 0 0 0が存している。「死と永生」:1977、

344頁

いささか複雑な言述であるが、シェーラーがいうのは、こうである。人格の精神的作用 とその本質が、身体状態とその本質を「「超出0 0」するという直接経験」というものがあり、

また、人格は死の作用において身体の統一を超出するという経験もある。こうした経験の 内には、「永生の理念」が「直観的な本質所与0 0 0 0 0 0 0 0」としてある。そして、この「直接経験」の うちにある「永生の理念」の「直観的な本質所与0 0 0 0 0 0 0 0」は、「未開人の信仰」からカントやゲー テの最も純粋にされた理念に至るまでを満たすものなのだ、と。

シェーラーは、「未開人」であっても、「直接経験」において、精神的人格が生命から「超 出」していることによる、「永生の理念」の「直観的な本質所与0 0 0 0 0 0 0 0」があるという。

さりげなく語られている言述には、二つの含意がある。一つは、「未開人の信仰」とい うとき、死後の霊魂の信仰を意味するだろうこと、もう一つは、「永生の理念」の「直観0 0 的な本質所与0 0 0 0 0 0」があるとは、「未開人」が、それと自覚していなくとも、人格の身体から の超出を本質的に直観しているのだということである。

「未開人」は、事態的に、人格としてあるのであって、それ故、人格の身体からの超出 という本質直観があるのだというわけである。「未開人」に人格を認めるのであって、こ の点は留意しておきたい。

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だが、「未開人」に「永生の理念」が明確に現われるわけではない。人間において、「永 生の理念」が明確になるのは、次のようにしてだという。

この超出現象が単にはっきりと現われるに至りうるのは、まっ先に上述の考察が重んじ られるときその限りにおいてであり、死それ自身が与えられているときとそのかぎりに0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 おいて0 0 0であり、人間が死ぬと知り、判断するばかりでなく、死に0 0「直面して0 0 0 0」生きる0 0 0 きとその限りにおいてである。「死と永生」:1977、344頁

ここに「まっ先に上述の考察が重んじられるとき」とは、先にみた彼の考察の態度、つ まり、「直観的に」「経験の作用0 0 0 0 0」にかかわる態度のことである。つづいて強調されている ことは、位相を異にするにしても、この態度から出てくるものである。

まず、「死それ自身が与えられている0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0」とは、生命経験には「死への方向の体験0 0 0 0 0 0 0 0と呼ば れうる」(死と永生」:1977、303頁)ものがあり、「死はわれわれの経験の単に経験的な成 分ではなく、すべての生命経験、われわれ自身の生命経験の本質に属する」(死と永生」:

1977、306頁)のである。そこに、「直観的な死の確実性」(死と永生」:1977、312頁)が与 えられている。それに、生物においては「死はあるものの絶対消滅0 0 0 0」である(死と永生」 1977、309頁)。

「直観的に」「経験の作用0 0 0 0 0」にかかわる考察の態度において、人間における死の確実性と、

自分の生命の消滅が完全なものであることが明らかになるというわけである。

また、「死00「直面して0 0 0 0」生きる0 0 0」ことは、「十三世紀末以来徐々に」あらわれてきた「近0 代西欧の人間0 0 0 0 0 0」(「死と永生」:1977、315頁)という新しいタイプの人間の態度との対比に おいていわれている。彼らにおいては、衝動的になった営利と労働によって、死の直観は、

死の恐怖とともに、追い払われている。そのため、新しいタイプにおいては、死の到来は、

人びとが死ぬから自分も死ぬという仕方で、帰納的事実にもとづく「判断」の次元に属す るのであるから、自分の死に直面することはない(「死と永生」:1977、315−318頁)。

このような考察の態度とは、要するに、直観的な経験に重く着目することで、「直観的 な死の確実性」のもと、死は生命経験の本質に属する「絶対消滅0 0 0 0」であると認識すること である。この考察の態度が導く、人格の身体から超出する経験にもとづく「人格の永生の 理念」は、「信仰」として、次のように語られる。

人格には身体が属する0 0 0 0 0 0 0 0 0 0ということは本質洞察である。だからこそまたわれわれは知って いる。すなわち、われわれ精神的人格が死を越えて永生するときにはいつも0 0 0 0 0 0 0、「身体も精 神的人格に入ることは確実だ、と。なぜなら、秘儀伝授者たちが夢想するあらゆる来世 においても、それらもろもろの本質連関は重んじられているからである。どんな本質連 関であって、どのようにであるか? ― 私にはわからない。私が死後も生命があるなどと

生命が尽きたあとのことなど ― とうていわかりっこないのだ。「死と永生」:1977、

(10)

346頁

シェーラーの「哲学的信仰」は、生命の尽きた後、精神的人格は身体とともに「永生す る」というものである。どのようにしてかは「とうていわかりっこない」のだから「信仰」

である。だが、ここに、「秘儀伝授者」の「夢想」の存することが許容されていることが 注目される。

シェーラーにおける「信仰」は、死後の人格と来世の表象までも排除するものではない。

彼は、先にみた「新しいタイプ」の人間は、「死はそれだけでひとりみずからのための象 徴をみつけなかった」と否定的に述べている(「死と永生」:1977、318頁)。

このシェーラーの考え方について、踏み込んだ解釈をすれば、人はみな、人格としてあ り、それぞれの現世の人格のあり方に応じて、それそれの来世を思い描くのだということ になろう。人はだれも、人格としてあることにおいて、本質的に、身体を超出する経験を もつのであるから、不可避的に、それぞれの「人格の未来」をもつのである(注 6 )。

「人格の未来」は、各自の人格のあり方に応じて表象されるとすれば、シェーラーのよ うに厳密な「哲学的信仰」にもとづく「人格の永生の理念」もあれば、「未開人」の実在 的霊魂の信仰など、まさしく多様であり得るのである。

それでは、日本における先祖崇拝はどうか。

5  日本における先祖崇拝

日本における先祖崇拝にかんする、シェーラーの言及は、「死と永生」の「人格の永生 信仰の衰微」「人格の永生の哲学的信仰の諸タイプ」という節にある。日露戦争(1904−

1905)に関する言及があるから、基本的に、近代日本の状況を想定している。

「人格の永生信仰の衰微」の節では、次のような指摘をしている。

われわれは0 0 0 0 0生き続けると信じる、なぜならわれわれは不死であると信じるから。しかし 日本人0 0 0は自分たちは不死であると信じる、なぜなら自分たちは死後の生命と死後も生き 続けている人の活動を感知し経験すると考えているから。「死と永生」:1977、293頁

この対比は、われわれは、自分が不死であると信じるから、死後も生きつづけると信じ るが、日本人は、死後も生き続けている人の活動を感じ取って経験しているから、自分も また死後も生き続けると信じるというものである。これは、日本人にあっては、「死者があ0 りありと現在0 0 0 0 0 0し活動する」ものとしてあらわれ、「死後も生き続ける死者によってつねに0 0 0 現在0 0取り囲まれている」のであるから、「「信じること」、「見られぬもの」を信仰して想定 することではない」ということである(「死と永生」:1977、294頁)。日本人の先祖崇拝は、

「太陽の存在に確信をもっているというような「自然的世界観」」なのであるから、シェー ラーの考える本物の「信仰」、つまり「哲学的信仰」ではないのである。「死と永生」:1977、

(11)

293頁

また、「人格の永生の哲学的信仰の諸タイプ」の節は、「哲学的信仰」の「二つの理想タ イプ」である「ゲーテとカントとの信仰」を説明することを主題としており、日本の先祖 崇拝は、やはり、「理想タイプ」ではないとみなされている。

日本において支配的である「先祖の死後の永生0 0 0 0 0 0 0 0」という教えと「人格の永生」理論とは 混同されやすい。しかしそれは別世界のことである。なぜならこの信仰は人格の永生信 仰とは全く別の直観に基づいているからである。「死と永生」:1977、347頁

シェーラーは、自らが提示する「人格の永生」理論と日本における「先祖の死後の永生0 0 0 0 0 0 0 0 の教えとは明確に異なるとする。その理由を、次のように述べるのである。

この信仰が支配している到るところで見出されるのは、死者が生活上に密接に作用して、

生きている人に従属しているということでもある。先祖は供物を、食物を、料理を、飲 物を必要とする。この信仰に導いていくのは、人格と精神的超出現象とではなくて、生0 0が感覚的状態と生命なき物体を超え出、身体が物体を超え出るという同時に存する現 象である。人格はここではまだ発見されていないし、同じく精神の生命を超出する現象 も発見されていないのである。「死と永生」:1977、348頁

日本における「「先祖の死後の永生0 0 0 0 0 0 0 0」の教え」では、死者が、生きている人間に従属して、

生命あるもののごとく、飲食を供される。この「信仰」を導いているのは、「生命0 0が感覚 的状態と生命なき物体を超え出」るという現象ではあるが、生命を超出するものを見てい ないというのである。

シェーラーにおける「人格の永生」理論は、精神的人格が生命を超出するというところ に、成り立つのであるから、この日本の信仰において、「人格」は「発見されていないし」、

「精神の生命を超出する現象も発見されていない」とされるのである。

注意を要するのは、ここでは、日本には「人格」はないとか「精神の生命を超出する現 象」がないとか述べているのではないことである。シェーラーは、前に留意したように、「未 開人」も「人格」として生きているとみている。日本人は、むろん、事態的に、「人格」

として存在しているのだし、「精神の生命を超出する現象」はあるのである。だが、日本 人は、そのことを、「発見」していないとするのである。

シェーラーが、日本の先祖崇拝にこうした診断を下す理由は見易い。彼からみれば、日 本における先祖崇拝では、先祖が集合体としてあり、死者の個別人格を捉えていないし、

それへの奉祀として飲食を供するように生命的存在として遇するにとどまっているのであ る。

このような診断が、日本の先祖崇拝に妥当するかどうかは問題であろう。本稿で先にみ

(12)

た、日本における「死者の霊魂」の奉祀をただしく捉えていないともいえる。だが、ここ では、日本人の先祖崇拝に対するシェーラーの捉え方を批判することよりも、むしろ、彼 が、「哲学的信仰」の理念を提示して、「死者の霊魂」を人格と関連づけたこと、解釈をこ めていえば、「死者の霊魂」を「人格の未来」と見なしえるだろうことが重要である。そ れによって、「死後の霊魂」を「死後の人格」ととして、倫理の問題として議論する場が 開かれるからである。

6  死者の人格と仮想上の人格

シェーラーが、死を主題的に取り上げた「死と永生」の執筆時期が、彼の主著『倫理学 における形式主義と実質的価値倫理学』の執筆時期と並行し、その倫理学と関連すること については、既にふれた。だが、彼が、人格について主題的に論じた『倫理学における形 式主義と実質的価値倫理学』「第二部 Ⅳ 形式主義と人格」(小倉志祥:1980)では、死 者の人格を論述することはない。

シェーラーが、死者の人格についてふれた、注目すべき論述が、やはり遺稿である「典 型と指導者」にある。「典型と指導者」についての浜田義文氏の「解説」によると、執筆 の時期は、1911年から1921年までの間であり、これまた、『倫理学における形式主義主義 と実質的価値倫理学』と密接に関連している。本稿で注目する「Ⅰ 典型と指導者のため の一般論」は、1921年の成立である。浜田氏は、「シェーラーが典型の問題をとりあげた のは、道徳的主体としての人格の、道徳的生活への現実的かかわりを明らかにするため」

であったとしている。浜田義文:1978、390−391頁

さて、シェーラーは、指導者と服従者、典型と随従者との関係について、次のように述 べている。

まず第一に指導と服従は、ひとつの相互的な意識関係0 0 0 0 0 0 0 0である。典型(原像)と模像とは そのような関係ではない0 0 0 0。誰かの典型である人格は、自分が典型であることを知り、欲 する必要はない。−その人格を典型としている者のほうが、たとえその人格を典型的で あることを知っているにしても。それに対して指導者は、自分が指導者であることを知っ ていなければならない。そして、指導しようと欲しなければならない。(中略)

第二に典型=模像関係は、ひとつの観念的0 0 0関係、つまり空間、時間、実在的現在から、い やそれどころか原像の実在的、歴史的存在からさえも独立した関係なのである。それに 反して、指導者と服従者との関係は、ひとつの実在的0 0 0・社会学的関係0 0 0 0 0 0である。シーザー、

ソクラテス、イエス・キリスト、(『キリストにならいて』)、仏陀といった任意のずっと 以前に生きていた人間は、私にとって典型となりうる。私を導く指導者は、ここに0 0 0そし ていま0 0いなくてはならない。「典型と指導者」:1978、151頁

いささか長い引用となったが、彼は、次のよう論述していく。まず、指導と服従は、「相0

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互的な意識関係0 0 0 0 0 0 0」であるから、指導者は自分が指導者であることを「知ってい0 0 0 0なければな らない」し、「指導しようと欲する0 0 0のでなければならない」。したがって、「指導者と服従 者との関係は、ひとつの実在的0 0 0・社会学的関係0 0 0 0 0 0である」。

これに対して、ある人格を典型として随従するものが、その人格を典型であると知って いるにしても、「典型である人格は、自分が典型であることを知り、欲する必要はない」。

典型とそれを典型として随従するものとの関係は、「観念的0 0 0関係」であるから、「空間、時 間、実在的現在」から独立しているのであり、典型となるものは、「実在的・歴史的存在」

からも独立した関係であり得る。

こうして、シェーラーは、典型は、シーザー、ソクラテス、イエス・キリスト、仏陀と いった「任意のずっと以前に生きていた人間」であることができるし、「ファウストやハ ムレットやベアトリーチェといった詩人の作品中の人物もまた典型となれうる」(「典型と 指導者」:151頁)とするのである。

このシェーラーの典型論が注目に値するのは、そこに、死者の人格と生きている人格と の間に「観念的0 0 0関係」が成立し得るともみられるからである。そうであれば、死者の人格 が、生きている人格との間に、現実的実践的な意義を有する可能性を認めることができる。

「観念的0 0 0関係」が、人びとの現実的生活に重大な意義を有することは、「信仰」と同断であ る。

だが、この論述には、そのように読みとることを阻むところがある。シェーラーは、「第 一に」として述べるところでは、人格を典型としている。ところが、「第二に」として述 べるところでは、人格の語を用いていないのである。

「第二」として述べることは、「以前に生きていた人間」も「作品中の人物」のような仮 想の人間も典型となり得るということである。実在して死んだ人間と仮想上の人間を、典 型として同列においているのである。しかし、当然のことながら、両者の間には差異があ るはずである(注 7 )。

典型論は、シェーラーにとって、その提示した実質的価値倫理学における価値理念の現 実的性格を示すための論述であった。しかも、この典型論は、「Ⅱ 人間的集団形成にお ける人格的精神、典型の有効性という媒介(運命の形成)、典型のモデル」という章名が 端的に示すように、「人間的集団形成」における価値理念とそれに関連する人格的精神に おける典型のはたす意義を示すことに主眼があった。それ故に、実在して生きて死んだ人 格と仮想上の人間のもつ意義を、厳密に区別して、論述するには至らなかったのだといえ よえう。「死者の人格」自体のもつ意義の解明は、後に残されているのである。

7  小括

さて、本稿が、シェーラーに依拠しつつ得られた理解では、人はいずれも、人格として、

それぞれの人格のあり方に応じた、それぞれの「人格の未来」をもつことである。それは、

人格は、一面で、自らの生命が完全に消滅することを直観的に経験すること、それにもか

(14)

かわらず、生きている最中に身体からの超出を経験すること、それ故に、死後の人格があ り得ることを信じ得るのであって、それを妨げる理由はない、ということである。

このような「人格の未来」が独自で個性的でしかありえないことは、それぞれの人格は、

本質上、独自で個性的な精神的志向において生きていることにもとづく。しかも、人は、

自らそうした「人格の未来」をもつとともに、他者もまたそうした「人格の未来」をもつ ことを、何らかの仕方で知っているし、ときには、直接的に知っている。それ故にまた、

「人格の未来」は、通常、一定の集団で共有され、同時に、さまざまな歴史的社会的条件 にもとづいて共有される、一定の象徴物や作法において具体化され表現されるのである。

こうした「人格の未来」が集団に共有された表現は、通常、習俗といわれるものの不可 欠な一部をなしている。先にみた仏教的儀礼にもとづく「死者の霊魂」の奉祀は、その一 形態である。だが、集団における「人格の未来」の表現としての習俗は、一般的で定型的 なものであって、それぞれの人の「人格の未来」とは相異することが、あらかじめ宿命づ けられている。

習俗としてある「人格の未来」は、独自で個性的な人格にとっては、受け入れにくいも のではある。だが、自らの「人格の未来」についての明確で自覚的態度をもつことなしに、

そうした習俗に背くことは、許されないことであろう。人は、社会的存在である限り、集 団の習俗に背くことは、人格として生きること自体を危うくするが故に、倫理に背反する からである。

かくして、本稿筆者が、倫理概念について抱く内実のいくばくかが、あらわになったよ うである。倫理とは、人が、人格として生きることであり、それは、精神的志向において 自らの独自で個性的な生活を、死に直面しつつ、成し遂げることとして成り立つ。

このとき、人格として生きているのは、おのれだけでなく、他者もまたそうであること を、なんらかの仕方で、あるいは、直接的に知る。ここでは根拠付け得ないことであるが、

自己が人格としてあることと他者が人格としてあることとは、相互的で同時生成的なこと であるだろう(注 8 )。

自らの人格が、身体とともにすべてが無に帰することはないとする直観的な経験が、他 者の人格もまた、無に帰するのではないとする直観的な経験と表裏しているであり、その ことが、死者の人格との応答に向かわせることになる。死者の人格を認め、応答すること が、また、倫理の成立を証示することである。

このような思念が、妥当であるかどうかは、自ら吟味するべきことではある。だが、死 が人間の本質に属するとともに、「人格の未来」もまた不可避的に存立するとすれば、「人 格の未来」あるいは「死者の人格」を、倫理の概念のうちに積極的に位置づけることを、

広く倫理学の議論の場に組み入れることを期待するものである。

(15)

1  「位牌」は、事典の解説で「死者の戒名や没年月日を記した木製の縦長板状の牌。基 台がついており仏壇に安置され、死者供養の標識とされる」と述べている(新谷尚紀執 筆、『民俗小事典』:2005、235頁)。

「魂入れ」は、仏壇、墓、位牌などを新たに作った時、仏教的な儀礼によって、死者 供養することができるような資格を与えることである。これを「お性根入れ」とか「開 眼供養」などともいうことがある。

「位牌分け」は、事典の解説で「一人の死者に対して複数の位牌を作り、複数のまつ り手に分ける慣習」と定義的な説明をして、「主な分布範囲は、静岡県東部から山梨・

長野・群馬・栃木・茨城・福島県南部までの中部・北関東一帯と伊豆諸島の利島など」

としている(中込睦子執筆、『民俗小事典』:2005、151頁)。

2  加地伸行氏は、儒教における死者の霊魂の奉祀を、「魂」と「魄」の概念を詳細に説明 して、「招魂再生」と名づけている。加地伸行:1994、28−46頁。

3  「鬼神」にかんする儒家的言説を論じているものとして、次のものを参照されたい。子 安宣邦:2002

4  吉田松陰の「志」については、拙著を参照されたい。高橋文博:1998

5  シェーラーの日本における死生観についての言及に着目した論考には、次のものがあ る。宮村悠介:2014

6  人が抱く死後の自己や来世の表象は、人格のあり方にもとづくとする着想は、パウル・

L・ランツバーク(1901−1944)の『死の経験』「七 死の経験の諸形態」(ランツバーク:

1977、65頁以下)に得ている。

ランツバークは、「人間の絶対的終末としての死などというものは、内容のない、言 葉だけの観念であり」「「無」の観念などというものは存在しない」(ランツバーク:

1977、67頁)と語る。それは、精神的人格は、精神の身体との関係のあり方の相異にお いて、不可避的に、それぞれの死後の自己像や来世像をもつとするものである。

「人格の未来」ということばも、「私自身の人格の未来」(同、48頁)というランツバー グのことばにもとづく。だが、ここでは、彼がそれにこめる含蓄とは異なって、それぞ れの人格が、それぞれの人格のあり方の相異に応じて抱くところの、死後の自己と来世 の表象のこととして「人格の未来」を用いている。

7  池上哲司氏は、「まざまざと人格がわれわれに与えられるのは、なんらかの身体性を 通じてである」と述べて、実際に身体をもって生きて死んだ人格と仮想上の人物とを同 列に論じ得ないことを指摘している。池上哲司:1996、46頁。

8  次の示唆的なことばを挙げておく。「精神というものは、ただ共同体の中でしか存在で きないものだ。汝のいない精神的な自我などというものは存在しない。」ランツバーグ:

1977。71頁

(16)

引用参考文献

「死と永生」:1977 小倉貞秀訳「死と再生」『シェーラー著作集  6 』白水社、1977年

「典型と指導者」:1978 水野清志・田島孝訳「典型と指導者」『シェーラー著作集 15』

白水社、1978年

小倉志祥:1980 小倉志祥訳「倫理学における形式主義と実質的価値倫理学(下)」『シェー ラー著作集  3 』白水社、1980年

小倉貞秀:1977 小倉貞秀「解説」『シェーラー著作集 15』白水社、1978年 吉田松陰:1973 「留魂録」『吉田松陰全集』第六巻、大和書房、1973年 吉田松陰:1972 「父叔兄宛書簡」『吉田松陰全集』第八巻、大和書房、1972年

池上哲司:1996 池上哲司「人格と死 ― シェーラー人格論再説」『現象学年報』11、1996年 加地伸行:1944 加地伸行『沈黙の宗教 ― 儒教』ちくまライブラリー99、1994年 子安宣邦:2002 子安宣邦『〈新版〉鬼神論 神と祭祀のディスクール』白澤社、2002年

『民俗小事典』:2005 新谷尚紀・関沢まゆみ編『民俗小事典 死と葬送』吉川弘文館、

2005年

高橋文博:1998 高橋文博『吉田松陰』清水書院、1998年

浜田義文:1978 浜田義文「解説」『シェーラー著作集 15』白水社、1978年

ランツバーク:1977 パウル・L・ランツバーク著、亀井裕・木下喬訳『死の経験』紀伊 國屋書店、1977年

宮村悠介:2014 「哲学者の眼に映りはじめた日本人の死 ― M・シェーラーの比較死生学」

『死生学・応用倫理研究』19号、2014年

〔付記〕

本稿を草するに至った機縁は、2020年10月 3 日に開催された日本倫理学会第71回大会 に、オンラインで実施された、主題別討議「日本人の霊魂観と倫理」にある。

その際、霊魂を問題とすることは倫理とどういう関係があるのかという、そもそもの問 題提起があった。わたくしは、そこで、提題者の立場ではなかったが、次のような発言を した。

「死者の霊魂の存在を信じること、あるいは、死者との語り合いを抜きにした倫理はあ りえない」とする趣旨であった。これは、十分に吟味した上での発言ではなく、表現とし ても、不十分あるいは不正確なところがあった。

そうはいっても、学会における発言ではあり、改めて吟味を加えた上で、発言の内容を 敷衍する責任を感じた。すこぶる重い問題ではあり、相変わらず十分とはいえないものの、

主題別討議の後に考えてみたことを、蕪雑な文章にしたためた次第である。

参照

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