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本書はアメリカの文化、歴史、政治、経済を網羅的に扱った、帯の文句通り「読 んで楽しい」『アメリカ文化年表』だ。「簡便で,しかもなるべく網羅的で,信 頼できて,読んでいて楽しい,そういうアメリカ年表の本がほしい」(3)とい う監修者のもと、杉山直子、澤入要仁、荒木純子、渡邊真由美が時代ごとに執 筆を担当する。具体的には、植民地期ピューリタンとアン・ハッチンソンに関 する論文のある荒木が最初期から 1799 年までを、19 世紀アメリカ詩を多く研 究する澤入が 1800 年から 1899 年までを執筆する。つづいてセオドア・ドライ サーに関する著作のある渡邊が 1900 年から 1969 年までを担当し、トニ・モリ スンなどマイノリティ女性文学についての著書のある杉山が 1970 年から 2012 年までを執筆している。
本書は一年ずつ区切られ、様々な出来事が、アメリカの文化、アメリカの歴史・
政治・経済、アメリカ・日本以外の世界での出来事、日本での出来事の 4 項目 に分類され、記載されている。監修者によると、本書は 1971 年に出版された
『総合アメリカ年表─文化・政治・経済』(監修者が文化項目を担当した)を 土台に、文化を中心に据えて作り直した年表であるという(4)。すでにこのよ うな土台があったものの、著者らは文化に関する事柄を単に書き足したわけで はない。「人種とジェンダーと階級の再検討は,アメリカ研究者の三種の神器
朝 倉 さやか
亀井俊介監修 杉山直子・澤入要仁・荒木純子・渡邊真由美著
『アメリカ文化年表─文化・歴史・政治・経済』
(南雲堂、2018 年)
〈書評〉
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のように振りかざされることとなった.そういう動きに,年表は対応しなけれ ばならない」(4)という監修者の言葉は、実際、本書のあらゆるところに表れ ている。
本書を『総合アメリカ年表』と比べると、例えば人種に関しては、1900 年 の項目に「黒人作家チャールズ・チェスナットCharles Chesnutt『杉林の奥の家』
The House Behind the Cedars出版─白人になりすます黒人を描く「パッシン グ」passing小説の代表作」(184)という記述が追加されており、監修者の言 葉通り、時代の求めに応じた内容構成となっている。さらに、それぞれの事柄 について、人種やジェンダーなどテーマにおける位置づけが説明されているた め、読者は背景や歴史的経緯に触れることができる。そして読者に対するこの 細やかな配慮は、記述されるすべての事柄に行き渡っており、どのような言葉 に目を留めたとしても、ある程度読み通せば、その物事の経緯を辿ることがで きるだろう。
冒頭で述べたように本書は 4 名の研究者によって執筆されているが、監修者 の言うように「執筆者の個性はにじみ出る」(7)。特に一冊(あるいは一時代)
を通して読んだとき、読者は各執筆者の声を聞き取るだろう。年表という一見 機械的・非個性的な様式を採りながらも、本書の記述からは植民地期ピューリ タン文化における女性の生き様や、詩人の反奴隷制に対する情熱を容易に感じ 取ることができる。監修者は「執筆者の個性」によって年表に「違和感」や「齟 齬」(7)が生じることを恐れて話し合いを重ねたと言うが、結果的には「違和 感」ではなく、各執筆者が研究を通じて掬いあげてきた、歴史的出来事の背後 に埋れた人々の営みが浮かび上がってくる。
そして読み手側の興味関心もまた、年表の中に、人間の営みを物語のような 流れとして浮かび上がらせる。例えば女性の社会進出に関心のある読者であれ ば、かつては魔女裁判にかけられるなど、比較的容易に迫害の対象となり得た 女性という存在が、やがて大統領候補の指名争いの舞台に立つまでの流れを見 出すだろう。また、アメリカ文化にさほど興味のない読者であっても、「アメ リカ文化はいま,日本人の社会や生活や感情に深く浸透しており」(3)、年表 を眺めていれば何かしら見覚えのある言葉が目に飛び込んでくる。映画『グレ イテスト・ショーマン』を見た後の読者であれば、1811 年を皮切りに 1882 年 まで繰り返し現れる「フィニアス・T・バーナムPhineas T. Barnum」の名前 を辿ることで、映画を追体験できるはずだ。
ある物事が他の物事と関わり合う瞬間を見つけることができるのは、あらゆ
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る事例を並置する「年表」の利点の一つだろう。女性の権利運動の流れを見つ つ、他方で医療技術の発展を目の端に捉えていると、その両者がやがて女性の 避妊の権利をめぐる裁判として交差することに気づく。そしてそのまま読み進 めた読者は、避妊をめぐる議論が 20 世紀末に至るまで繰り返し続くことを知 るのだ。
通し読みだけでなく、拾い読みも楽しい。運が良ければ、「メリーランド州 で蒸気機関車一寸法師Tom Thumb号,馬と競走.機関の故障により敗れる」
(103)といった、思わず目を留めてしまうような出来事に巡り会える。こういっ た、当時の市井の人々が夢中になったであろう事柄が、アメリカ同時多発テロ のような歴史的事件や、オバマ大統領当選といった記念碑的出来事と同じフォ ントで書かれているところに、「高尚な学術・芸術だけ」が「文化」(帯文句よ り)ではない、という監修者や著者たち、そして編集者の思いが透けて見える ようである。
本書によって私たちは、「人種」「ジェンダー」「階級」という、いま私たち が直面している問題の経緯を辿ることができる。このことは、私たちがそれぞ れの問題について考える際の土台となるだろう。だが本書にあるのは、そのよ うな「高尚な」出来事や歴史的事件だけではない。権利を求めて戦った人々の 周囲で、日々を暮らしつつ娯楽やヒーローを求めた人々の営みと、その中で育 まれてきた「文化」を、私たちは本書からうかがい知ることができるのだ。