富大経済論集 1 1 0
ギンスバ!グの
﹁ 社 会 学 の 問 題 と 方 法
山 ﹂
本 英 治
ま
え
き
カ 1
これはイギリス社会学を代表する著名な M
・ ギ
ン ス
バ
l グ
の
のなかにのせられた論文
﹁ 同 ︐
H 回 目
ω 合 同
門
HU
可 ︒ 同
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戸 市 同 可
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冊 目
出 向
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山 富
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c 円 山 田 ︒ 町
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﹂ も
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つ い
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い た
も の
で あ
る ︒
ギ ン ス パ 1 グは本論文において︑何を意図して書いたかを︑この内容の順序にしたがって忠実に見てゆきたいと思
う
序
論
社会学は網状に交錯した人と人との相互作用や相互関係を研究する学問として定義する︒
そして社会学が他の諸社会科学とことなるその特殊性は社会的事実の相互依存性と︑ それらの事定を相互関係にお
いて見ることの必要性を強調する点によって︑経済学や法律学のような特殊な社会科学とことなり︑また特定の事実
の記述や分類をこえて︑法則を確立し︑あるいは概括を試みようとする点で歴史学のような特殊社会科学とも異って
︵この定義は漠然として︑社会学心何たるかを把握するにはいたらない︒それに社会学の特殊性を述べるにも
い る
︒
経済学や歴史学に対する認識が誤っていると思われる︶
では社会学の中心問題は何であろうか︒それは四つある︒すなわち
社会形態
l l i ω
人口の量と質とが社会関係や社会集団の性格に影響をおよぼすかぎりにおいて研究すること︒
( a )
凶社会の構造の研究あるいは社会集団および制度の主要な典型を記述分類すること︒ この二つのことを含む︒
制 社会統制! l 法律・道徳・宗教・慣習・流行その他の生活維持的統制的作用をするもの等についての研究
社会過程||個人間あるいは集団聞の相互作用の種々な様式の研究︒そのうちには協同と葛藤︑社会の分化と
統合︑進歩や制止や哀亡等を含んでいる︒
( c ) ( d )
社会病理|
l l
社会的不適応と混乱およびそれらについての処理に用いられる方法の研究
の以上である︒ところが今日まで︑これらの諸問題に対する社会学のアプローチの仕方がそれぞれあいことなってい
た の
で あ
る が
︑
それは社会学には四つの源泉があるからである︒すなわち 村政治哲学 同歴史哲学 同生物学的進
レ U A 同 問
J1 コ ロ
同社会的政治的改革運動である o 例えばフランス社会学は歴史哲学の流れを汲むものであり︑イギリスにおい
ては生物学的進化論の影響が強く感じられる︒
‑111‑
この政治学と哲学と社会学との関係であるが︑大体ギリシャにおいて政治は哲学の一分野であり︑現代においても
人閣の生活の諸現象の研究は政治権力の批判からはじまることが多い︒そしてこの研究は人間生活の諸現象を自然法
や別の倫理学的理論に基いた理想的社会の諸概念に照らして評価することであった︒さらに社会学は政治制度のみな
その他に婚姻や家族や身分や階級そして財産所有形態や経済組織のごとき社会制度の研究をもその領域に含む
ら ず
︑
点で政治学の発展したものと考えてよいだろう︒
疑問に思う︶しかし注意しなければならないのは倫理学的分析と事実研究を混入することである︒
︵ こ
う 一
一 一
日 う
観 点
か ら
社 会
学 を
政 治
学 の
発 展
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は
ギ ン
ス パ
1 グ
の 寸
社 会
学 の
問 題
と 万
法 ︵
山 本
︶
宮大経済論集
‑112‑
次に社会学と哲学との関係であるが︑これはよくその境界線が判らなくてアイマイとなりがちなのである︒デュルケ
ムは︑はじめ社会学を哲学から切りはなすことが望ましいと考えて︑事実を﹁ありのままに﹂
E S
S E
由
2 仏
ロ ﹃
︒ 古
田
Z
取扱うことの重要性を説いたのであるが︑終には社会学を︑社会から道徳的宗教的価値をさらに思惟形式をさえも引
き出す一種の哲学に変えてしまった︒イギリスではホップハウスが倫理的色彩をもった術語の使用を避けようとし︑
また社会科学と社会哲学とをはっきり分けることに努力した︒
ドイツでは社会学の性格をはっきりさせるために︑社会学の特定の研究分野を定めようという動きがあった︒例え
ば ウ ィ l ゼ 1 の﹁関係の概念﹂︑またプイアカントの ﹁リーダーシップ﹂や﹁尊敬しゃ﹁斗争﹂や﹁権力﹂などの考
方がそうである︒しかしこのように人間生活中の社会的要素のみをとりだしてその抽象的議論はあまり成果がないよ
うに思える︒社会学は社会的要素のみならず他の要素もそれと関係づけ︑その影響をも調べることが必要だと思われ
︵ここで判るようにギンスバ l グの考方は形式社会学に対して綜合社会学的立場にたっていると思われる︒社会
関係一般の研究が社会学の任務でこの上に特殊社会学を附加してゆこうと言うのが彼の考方である︒これは後に明ら る ︒
かとなる︶次の節からは社会形態︑社会統制︑社会過程についてやや詳しい説明を行い最後に社会学の方法について
述べようと思う︒
宇 土
品 一 A
芳 5
態
人口と社会構造に分けて述べる︒
A 人
口
人口についての考察は量と質の二面からアプローチする︒
1
量的側面 この側面が社会形態研究の出発点であるにもかかわらず︑社会学者はこれを体系的に取扱っていな
ぃ︒しかしまた種々の社会現象と人口の大いきおよび密度を関連づけようとする試みも見られるのであって︑例えば
デュルケムによれば人口の密度の増加は社会分化の主因であり︑文明は接触の増大によるから本質的には人口密度の
増大に関係があると一言うのである︒さらに他の例を民勢統計的なファクターと戦争の関係についての研究からあげる
と︑司・の島民は人口の急激な増大につれて帝国主義的な態度が強くなり︑領土拡張や敵対意識を強め︑結局戦争を惹
起すると説く︒しかしこの関係はもっと複雑なものである︒︵人口と戦争の聞には必然的な関係がないのは明白︒さ
らにギンスパークはトインピ 1 の﹁帝国主義は現在までの記録によると文明破壊のもっとも共通の原因であった L と
言うに対して︑果して正しいであろうか?と疑問を投げかけているが︑これはギンスパークの歴史に対する認識の誤
りであり︑反動性とも言える︶
2
質的側面 この人口の質と社会生活および社会変化との関係については種々の方法でアプローチされてきたが
それを例示すれば︑
︵第一︶塵史家が仮定的に人種的あるいは民族的特性の点からする社会過程の説明
︵第三︶いわゆる﹁人類学的社会学者﹂による選択的移動やその他の社会淘汰形式について多くの統計学的研究
︵第二一︶社会的流動性の研究と選良循環
口 町 口 己 主 目
︒ 口
︒ 出 色 町
2 の理論︑すなわちパレト l の理論のように﹁社会
構造やことなった文化型と言ったものはその人口のうちに一定の型をもった個人によって決定される﹂と言ったごと
‑113‑
き で
あ る
︒
以上の研究は社会心理学に根本的に重要な問題を提供する︒社会の変化と遺伝的特性の変化の関係は極めて微妙で
ある︒時には遺伝的な型を現実に変化させることなく︑大きな社会的変化を可能たらしめることもあるかもしれな
ギ ン
ス バ
l グ
の ﹁
社 会
学 の
問 題
と 万
法 ︵
山 本
︶
富大経済論集 114‑
ぃ︒さらに社会的行動を説明する場合︑生得的性質に訴えるときには充分の注意が必要である︒
B
社会構造
社会構造を充分に説明するには比較社会制度の全分野の概観を伴うことになるからここでは社会集団および制度の
主要典型を分類するのに有用な主要概念について述︑へる︒
まずテンニ l スの共同社会と利益社会の概念からはじめる︒共同社会は自然発生的に生れる集合形態であり︑感情
の一致およひ深く全人格に根ざした一つの意志典型日本質意志君
2 2 4 L
に基いている︒そして有機的︑自然発生 r
的︑創造的である︒これに対して利益社会は人為的に形成されたもので撰択意志同己唱呂町にもとやついている︒そし
て﹁文明の歴史を見ると全体として共同社会から利益社会への移行が見られる︒さらに共同社会と利益社会の区分は
三つの規準と結びつけられる︒すなわち川集団が全体として作用することを可能にする共同の確定意志門店
2 5 E a
巾
当 邑
ω 対等関係か支配関係かの問題︑この二つによって三の関係様式があたえられる︒
巳 曲
目 ︒
総 体
ω 担
B Z
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22
官 同 窓 口
社会関係
ω O
N E
− 巾
︿ R F 日 目 寸
である︒そしてこれらの三つは各々共同社会的である場合もあれば
利益社会的であることもある︒
R − M ・マッキ l パ l はコミュニティと 7
ソ シ
エ
l ションの概念を用いている c コミユ二ティは共同生活の基礎的
条件に参与がおこなわれているような集団で︑その集団メンバーの社会生活の総てがその内部に見出されうる
0 7
ソ
シ エ
l ションの方は特殊目的のために存在する c さらに自然発生的形態と言うカテゴリーがある︒これは例えば社会
階級や群集のごときものである︒ そして集開なる概念は﹁相互間の特殊的関係に入る社会的人間の任意の集合体﹂と ω
総括的地域的統一体叫利益意識を有しているが一定の組織
規定してある︒さらに三つの主要な集合形式として
をもたぬ統一体間 利益意識を有ししかも一定の組織をもっ統一体をあげである︒
フォン・ウィ
l ゼ l は﹁社会的距離﹂ 8 己主任出窓口口出なる概念を用いている c それは成員の結合関係の接近性応
るいは直接性の程度によって規定しようと=一↑口うものである︒彼は群集宮田曲目印ロ集団︒
2 2
︼
g
f 抽象的集合体﹀
F2H
件 言 問 ︒
〜 r z
− g の三つの分類を考えている︒群集は共通の感情と統一体であるという漠然たる観念によって集って
いる組織をもたない不特定の人数から成立︒集団は認識されうる同一性と統一性をもっ形態である︒抽象的集合体は
芸術や科学およひそれに対して補助的役割を営むものである︒この概念は社会の内部に結社でもなく︑またいくつか
F 4 J R 一 ︒
手 J1LJI の結社から合成されたものでさえないところの多くの複合体︒︒ BE 由同が存在することを指摘した点で貴重な貢献を
今まで述べてきた以外に社会構造の分類を図示するならば次のごとくになる︒
+~春 it'!:
団 社も会
集
‑115
人絡間接触がキソ 非人格的後触がキソ
となっているもの となっているもの
I I I I
包 括 的 継 統 制 限 さ れ 包 括 的 継 特 殊 的 倒 的 関 係 . 例 た あ る い 統 的 関 係 係 , 例 え えば家政. は一時的例えば. ば労働組 j [ i : 類関係小な関係, |町.国家合の如き ネ 士 会 あ る い 例 え ば 群 政 治 結 社 結 社 , 学
は 原 始 社 会 集 界
S d i 集
例えば社会階級. 「公衆」あるし\は スポーツや社会改革などに央通の関 心をもっ「{!ド間」
機能的組織あるいは複合
例えば資本 j 議制度釘怨制!立又はも っとも包話的複合すなわち「文化 凶」あるいは文明
国 J ぇ
ギンスバ l
グ の
﹁ 社
会 学
の 問
閉 山
と μ
法 ︵ 山 本
︶
以上の考察から生ずる問題は次の如くとなる︒
( a )
﹂れまで区分された種々の集合様式はそれ
ぞれいかなる条件のもとに生ずるものであろう
か︒例えば国家の出現を決定するものは何か︒+一衣
見的集団あるいは総体から結社の如く明確に組織
された集問への移行を決定するものは何か︒
L U
異った集団や表見的集問は機能的組織あ
るいは全体としての社会とどのような関係にある
ヵ
、
( c )
や制度のこうむる変化は何らかの
富大経済論集
‑116 一
性があるか︒またこれらの変化は相互に機能的な関係を有するか︒例えば財産制度の変化は家族組織における変化と
関係を有するか︒また階級構造の変化は経済的・政治的構造の変化と機能的に関係しているか︒︵この点に関しては
マルキジズムの立場にたてば明確に理論づけを行うことができる︒ギンスバ 1 グは社会構造については何等積極的に
理論展開をしていない︶
社
統 市
。
d 』
2 玄
発達した社会には法律︑道徳︑宗教︑慣習︑流行のような行動を規定し統制する規範典型がある︒これについて重
要な問題は
( a )
﹂れらの規範を相互に区別する特性は何か︒
( b )
どのような社会的経済的条件の上に種々の規範が現れかつ分化するか︒
種々の形式の社会的規則は相互にどのような影響をおよぼし合うか︒
特に法に関してはそれが観念的な正義といかなる関係を有するか︒またこの関係を研究するのに確実な方法が
あ る
か ど
う か
︒
( C ) ( d )
この諸問題について今日まで多くの比較研究がなされてきたが︑包括的な綜合の仕事はいまだ達成されていない︒
一定の規範が社会がことなることによって︑法︑宗教︑道徳︑慣習︑流行のどの領域に自問するかがことなってく
る︒ところがこの問題に対して社会学的事実の問題と哲学的あるいは倫理学的考察とを混同する傾向がみられる︒す
なわち一般的に法は他律的で道徳は自律的だといわれているが︑高度に発達した形態をもっている道徳は外部的制裁
によるところが大であるから他律的と一言わざるをえない︒したがってこれについては次のごとく言うのみである︒道
徳上の規則はより内部的な制裁に︑すなわちある行為の﹁本質的 L 価値および或る規則の木質的妥当性が個人によっ
て承認されることに依存しているということである︒またこれに対する反論として﹁法は道徳のミニマム﹂と言うの
もある︒すなわちある行為が社会の安寧のたのに本質的重要性をもつので︑個人の選択や分別に任せられない場合に
法的規制を行う︑ しかしこれにしたって︑法は必ずしも道徳規範に従うものではなく︑もっと広範
と 一
一 一
一 口
う の
で あ
る ︒
囲のものである︒これらのことから判るように形式のことなった社会的規範相互間の複難な関係は簡単に述べえない
の で
あ る
が ︑
二応次のごとく定式化しておく︒
①﹁法律規範は少くともそれの起源である集団内部で非常に重要で根本的意義をもっていると考えられている事
柄 を
規 制
す る
︒ ﹂
︵ エ
l リッヒ︶しかし社会がことなれば事柄の意義もことなってくる︒
①
一般に形式と厳密さとが法の本質的属性であるが︑道徳のなかにもこの嵩性をもったものがある︒
道徳体系の明確性欠如の一面は道徳上の権利義務の対応が法の場合よりも厳密でないということである︒道徳
の場合は厳密な適用が個々のなすがままに任されてあるような一般的な権利義務が存在する︒
①
④
種々の規範はそれぞれことなった感情に訴える︒
次に道徳の心理学および社会学の研究の︑主要な方向を指示しようと思うが︑
を研究する場合は倫理学的考察から切りはなして考えるべきである︒ その前に注意したいことは道徳の問題
一 117‑
さて道徳の心理学的側面においては︑十八世紀のイギリスの道徳学者は道徳の承認および否認の分析に多くの関心
を払った︒例えばアダム・スミスは承認や否認は単純実存丘旨℃
FE
江 氏
2 であるという考方から出発した︒承認は
するに我々の感情と他人の感情との一致を知覚することである︒否認は行為者の立場へ共感的に自己をおいた場合に
領と感情を同じくすることができないと知った時︑行為者と傍観者の問に生ずる不一致あるいは相違を知覚すること
ギ ン
ス パ
1 グ
の つ
社 会
学 の
問 題
と 小
刀 法
︵ 山
本 ︶
百大経済論集 1 1 8
である c
この一致と不一致の知覚はさらに適当︑不適当の判断︑すなわち感情のその目的に対する妥当性あるいは適合性の
認識を可能にする︒美徳あるいはこの妥当性の判断が賛美と言う承認によって複雑なものとなる︒さらに我々は功績
と不功績をも判断するが︑これは感謝と憤りの感情に結びつけられている︒
以上の分析は他人の適合性や功置に関してなす判断であるが︑実際このような道徳的批判が我自身にむけられるこ
とは困難であるが︑我自身の内に公平なる傍観者をつくるか︑義務感と言う一般的規則の助けをかりねばならない︒
ウエスタ l マークの道徳的情緒に関する理論は A ・スミスの功漬と不功績の説明と酷似している︒彼は﹁応報的﹂
B R
F E
昨日