• 検索結果がありません。

その他のタイトル Uber die Rechtfertigungsgrunde der Business Judgment Rule ‑Ob die Business Judgment Rule ein Institut des allgemeinen Verbandsrechts ist?‑

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "その他のタイトル Uber die Rechtfertigungsgrunde der Business Judgment Rule ‑Ob die Business Judgment Rule ein Institut des allgemeinen Verbandsrechts ist?‑"

Copied!
83
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

経営判断の原則の実質的根拠 : 経営判断の原則は 団体法に普遍的な制度か

その他のタイトル Uber die Rechtfertigungsgrunde der Business Judgment Rule ‑Ob die Business Judgment Rule ein Institut des allgemeinen Verbandsrechts ist?‑

著者 福瀧 博之

雑誌名 關西大學法學論集

巻 63

号 4

ページ 1300‑1219

発行年 2013‑11‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/8340

(2)

経営判断の原則の実質的根拠

一︑経営判断の原則︵または経営判断原則︶とは︑どのような法原則か︒それを定義することは必ずしも容易ではな い︒判例法理といわれているものに︑制定法規範の場合のような明確な定義を求め︑あるいは定式化を要求すること

六 五 四 = 一 _

ま え が き ドイツの一学説

( C

a r

s t

e n

u

ng

ma

nn

)

による問題提起

経営判断の原則の実質的根拠︵古典的な論拠とその批判︶

経営判断の原則の中心的な正当化の理由︵論拠︶としての危険に中立的に行動する経営者に対する

社員︵組合員︶の関心

経営判断の原則は株式会社以外の形態の企業にも妥当するか

まとめに代えて 目

ー 経 営 判 断 の 原 則 は 団 体 法 に 普 遍 的 な 制 度 か

I

経営判断の原則の実質的根拠

︵ 一 三

0 0 )

(3)

しかし︑現在では︑経営判断の原則が判例において認められていることに︑

の原則の意味するところに関しても︑

( ︱ 二

九 九

(1

自体に無理があるのかも知れない︒経営判断の原則は︑もともと︑

(2 ) 

きた判例法理に由来するものであるが︑現在では︑わが国においても判例によって認められるに至っていると考えら

(3 ) 

れているのである︒

ほぼ争いがないだけでなく︑経営判断

(4 ) 

おおむね考え方が収敏してきているとされている︒

私は︑わが国にいう経営判断の原則は︑裁判官が判決を理由付けるための法規範としては︑今なお︑少なからず不

明確で︑曖昧であると考えているが︑

諸 見

解 は

しかし︑他方︑それが判例法理として認められているとする通説的見解に従う 以上︑以下にみるように︑すでに定式化された法理となっていることも認めざるをえないと考えている︒

︑定式化された法理となっているというからには︑その定式化された法理をここに示すことができなければならな い ︒ 判例法は不文法であり︑法典化された法規範とは違って︑

おおむね︑次のように説いている︒ 一 言 一 旬同じ文言でこれを表示することはできないが︑

いくつかアトランダムに引用してみよう︒

まず︑ある見解によれば︑﹁経営判断原則とは︑会社の役員等が経営判断を行う際には︑広い裁量が認められるべ きであり︑仮にその判断が会社に損害をもたらす結果を事後的に生ぜしめたとしても︑行為時点の状況に照らして不 合理な意思決定を行ったのではない限り︑当該役員等の善管注意義務違反・忠実義務違反の責任を問うべきではない︑

(5 ) 

という考え方である﹂︒

別の見解の説明によれば︑﹁経営判断原則とは︑取締役の経営判断が会社に損害をもたらす結果を生じたとしても︑

当該判断がその誠実性・合理性をある程度確保する一定の要件のもとに行われた場合には︑裁判所がその判断の当否

関 法 第 六 三 巻 四 号

一 九

世 紀

以 来

アメリカにおいて生成•発展して

(4)

経営判断の原則の実質的根拠

︵ ︱

二九

(6

につき事後的に介入し︑注意義務違反として取締役の責任を直ちに問うべきではないという法理︵考え方︶をいう﹂︒

この見解は︑近時の判例には︑﹁経営判断をする取締役には相当程度の裁量が認められる旨を判示するものが多い﹂

ことを指摘し︑さらに続けて︑判例の見解を次のようにまとめている

﹁裁判例によって細かい表現は異なるが︑当 時の状況に照らして︑経営判断の前提となった事実の認識︵情報収集・調査・分析︶に不注意な誤りがなかったかど うか︑その事実にもとづく意思決定の過程・内容において通常の企業経営者として著しく不合理なところがなか

っ た

かどうかという観点から審査し︑そのような誤りや不合理がなければ︑当該経営判断は︑取締役としての善管注意義

(7

務ないし忠実義務に違反するものではないとするのが典型である﹂

さらに別の見解は︑

やはり判例を前提に︑﹁現在の下級審判例の主流は︑経営判断原則につき︑経営判断の過程と 内容とを分け︑取締役がその経営上の判断において︑その前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく︑

また意思決定の過程・内容がとくに不合理・不適切なものといえない限り︑当該取締役の行為は善管注意義務ないし

(8) 

忠実義務に違反しないと定式化する﹂︑と説明している

これを要するに︑経営判断の原則に関する 一

般的な判断枠組みは︑ある有力な見解の説くように︑現時点では

一 般

に次のようなものとして定式化されていると言ってよいであろう

﹁すなわち︑経営者には経営決定につき裁量が認

められるが︑判断の前提となった 事 実の調査・検討に特に不注意な 点 がなく︑当該業界の通常の経営者の経 営 上の判

断として特に不合理・不適切がなかった場合に︑その裁量の逸脱がないとされ︑したがって︑善管注意義務違反はな

(9

) 

いとするものである ︒ ﹂

この見解は︑さらに︑最判平成

二 二

年七月一五日金融商事判例

一 三

四七号

︱ 二

頁が﹁︹経営判断は︑︺その決定の過

(5)

あるまいか﹂という︒そして︑このような問題意識を前提にして︑続けて︑﹁経営判断原則の実質的根拠﹂および

﹁経営判断原則の法的根拠﹂に検討を加え︑そのような検討・考察からすれば︑最高裁判決の見解こそ評価されるべ

(1 4

きものであると説いている︒

四︑このような﹁経営判断原則が認められる根拠﹂に立ち返った経営判断の原則の検討は︑きわめて説得力に富むも に︑依然判例に動揺がある理由は︑ な立場をとっているが︑原審判決のような積極的な立場をとるものもあり︑右にみた最高裁判決の事例におけるよう

そ れ

で は

程︑内容に著しく不合理な点がない限り︑取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである﹂

(1 0

と判示しているのも︑表現は簡潔であるが︑判断枠組みとしては︑同じ趣旨であると解している

︑右のような経営判断の原則の定式化あるいは判断枠組みの収敏にもかかわらず︑その具体的な事案への適用︵当 てはめ︶においては︑今なお判例に動揺がみられるといわれている

たとえば︑前掲最判平成

二 二

年七月

一 五 日

は ︑ 原審判決︵東京高判平成

二 0 年 一 0 月 二

九日金融商事判例

︱ ︱ ︱

1 0 四号 二

八頁︶が経営判断の原則を適用して取締役の 善管注意義務違反を肯定したのに対して︑同じく経営判断の原則を適用しながら善管注意義務違反を否定したもので

( 1 2 )  

あると解されている

有力な見解によれば︑このように経

判断の原則の判断枠組みそれ自体は︑右の最高裁判決および原審判決におい て基本的に異ならないにもかかわらず︑両判決の結論が正反対にな

っ たのは︑裁判所が経営決定︵経営判断︶

( 1 3 )  

程・内容に対して積極的に吟味・介入したか︑それとも抑制的に対応したかの相違によると説明されている

一 体なぜ︑裁判所の対応がこのように分かれたのであろうか

右の有力な見解は︑判例の大勢は抑制的

関 法 第 六三 巻 四 号

﹁経営判断原則が認められる根拠が真に腑に落ちる状態になっていないからでは

四 ( ︱ 二

九七

の過

(6)

経営判断の原則の実質的根拠

意に欠ける ︒

従 来

(1 5

ある ︒ しかし︑挙げられる複数の理由・根拠の相互の関係などに関する説明まではないのが普通であり︑あるいは︑

複数相まって根拠となるという趣旨かとも解されるが必ずしも明らかではない︒

一般的に︑経営判断の原則の根拠として︑複数の根拠が挙げられてきたにもかかわらず︑挙げられている 個々の根拠に関しても︑全体としても︑徹底した議論がなされているとはいい難い

︒ 問題の性質上︑明確で 一

義的な

単 一

の根拠を求めることはできないとしても︑そうであるならば︑その説明が必要であろう

経営判断の根拠として主張されている説明を再検討し︑少なくとも整理する必要があるのではないか︒

五︑しかし︑経営判断の原則が認められる根拠に関するそのような考察をするためには︑本来︑アメリカにおける判

(1 6

例法理の徹底的な検討が不可欠であろう ︒

あるいは︑わが国における判例法理としての経営判断の原則にテーマを絞

(1 7

るとしても︑わが国の判例法の網羅的な検討が必要であろう

しかし︑ここでは︑にわかにそのような考察を行う用 ところで︑たまたま︑ドイツ法に関して︑経営判断の原則の根拠に関して検討を加える一論考を知ることができた

C a

r s

t e

n   J 

u n

g m

a n

n

i D

e   B

u s

i n

e s

s   J

u d

g m

e n

t   R

u l

e

e i n

s t l n

i t u t

  d e

s   a

l l

g e

m e

i n

e n

e   V

r b

a n

d s

r e

h c

t s

?   , 

Z u

r   G

e l

t u

n g

  v o

n §

 

93 

A b

s

S a

t z

 

A k

G t

  a u f

i e r h

a l b  

d e

s   A

k t

i e

n r

e c

h t

s

,

i n :  

F e s t

s c h r

i f t  

f u r   K

a r

t s

e n

  S c

h m

i d

t   z

u m

 

70

G

b e

u r

t s

t a

S

2009

g

. , 

従 来

アメリカおよびわが国の経営判断の原則の根拠としては︑

あろうか︒

︵ ︱ 二

九 六

いずれにしても︑従来︑

いくつかの理由・根拠が列挙されるのが 一 般的で

のであり︑考え方の方向としては︑私見もまたこれに従うべきであると考える

しかし︑そうすると︑次の問題は︑

何が経営判断の原則が認められる根拠︵理由︶なのか︑ということである

︒ 経営判断の原則は︑なぜ認められるので

(7)

﹂ と 題 す る 所 以 で あ る

831

である ︒

この論文は︑先に︑アメリカ法に由来する経営判断の原則を株式法に取り入れたドイツ法に関する論文

( 1 8 )  

であり︑その株式法の規定が株式会社以外の形態の団体

︵ 企業︶にも類推適用されるかどうかを論じるものである︒

しかも︑その前提として︑経営判断の原則の根拠

︵ 論拠︶に関する考察を行い︑それを前提として︑株式法九

三 条 一

項 二

文を他の形態の企業に類推︵類推適用︶すべきかどうかを考えるものであって︑わが国の経営判断の原則の根拠 すなわち︑先に挙げたわが国の有力な見解は︑わが国の経営判断の原則の定式を具体的な事案に適用するにあたっ

て︑裁判所が経営決定︵経営判断︶

きかを経営判断の原則の認められる根拠に立ち戻って考察するものであったのに対して︑ここで取り上げるドイツの

学 説は︑株式法九 三 条 一 項 二

文の規定する経営判断の原則を株式会社以外の企業形態に類推適用すべきかどうかを考

えるにあた っ

て経営判断の原則の根拠にまで立ち返ろうとするものである

問題の場面が異なるとはいえ︑経営判断

の原則の適用にあた っ

て︑その根拠にまで立ち返る考察をするものであることでは同じである

また︑この論文は︑

アメリカの経営判断の原則に関する多くの文献︵

説︑判例

︶ に検討を加えて執筆されたもの

であって︑その点からもわが国の議論にとっても参考になると解される

以下においては︑この論文を紹介する形において︑経営判断の原則の実質的根拠に関して考えてみたい

︒ わが国の

判例がなぜ経営判断の原則を認めるに至

っ たのか ︒

その根拠を考え︑延いては︑経

営 判断の原則の法理の理解を深め

る 手

掛かりにするためである

本 稿 に

﹁ 経 営 判 断 の 原 則 の 実 質 的 根 拠 経 営 判 断 の 原 則 は 団 体 法 に 普 遍 的 な 制 度

を考える場合にも示唆に富むと考えられる

関 法 第 六 三巻 四 号

の過程・内容に対して積極的に吟味・介入すべきか︑それとも抑制的に対応すべ

( ︱

二九

(8)

(

2

)  

(l

経営判断の原則の実質的根拠

アメリカにおいても︑

た と え ば

経営判断の原則

(弘文堂•平成四年)

1 0

八頁以下

10

八頁参

( b u s i n e s s   ju dg me nt u l   r e )

の定義はむつかしいといわれることがある

Fr an kl in  

A .  

Ge vu rt

z , 

Th e  Bu si ne ss   Ju dg me nt u   R le   :  e M an in gl es s  V er bi ag e  o r  M is gu id ed o   N ti on

● 

76

 S

C a l .   Re

v . 

28

7 , 

28

‑9

29 0  (1 9 9 4 )

には︑模範会社法

(R ev is ed Mo de l  B us in es s  C o rp r o at io n  A

ct , 

19 85

)

の起草関係者の次のようなことば が引用されている

;'W

e  are a   s yi ng h   t a t   th er e  i s   a  bu si ne ss   ju dg me nt u l   r

e , 

t h a t   we  kn ow   wh at   i t   i s   an d  w he   i t  n sh ou ld   be  app li

ed , 

bu t  we 

ca

't n

e d f i n e   i t . "  

吉原和志﹁取締役の経営判断と株主代表訴訟﹂小林秀之

1 1 近藤光男編・新版・株主代表訴訟大系

七八頁以下所収︑八 0 頁および吉原和志﹁判批﹂会社法判例百選︵第

版 ︶

︵ 別 冊 ジ ュ リ ス ト

" o

B "

アメリカ法にいう経営判断の原則に関するいわば代表的古典的研究として︑川浜昇﹁米国における経営判断原則の検討  

( ‑

︶ ︵

二︶﹂法学論叢︱︱四巻二

号七九頁︑同五号三六頁参照︒さらに︑アメリカにおける経営判断の原則に関する従来の わが国の代表的な研究に関しては、吉原和志•前掲論文八七頁、註

6所掲の文献参照また、アメリカ法におけるThe T B ( us in es s  J ud gm en t  R ul

"e

の 概 説 と し て

Ha mi lt

on ,

Th e  Law  of

  Co rp or at io

ns , 

5t h  e

d . 

( 2 0 0

S0 )

45 事法務一九一三号頁主代表訴訟最高裁判決の意義」商一「アパマンショップ株0八頁および落合誠(3)吉原•前掲判批一 3

参照

九頁など参照

また︑神田秀樹・会社法︵第十五版︶︵弘文堂・

0

一三

年︶

0

九頁は︑﹁いわゆる日本版ビジネス・ジャッジメント・

ル ー ル

︵経 営

判断原則ーー

' 裁

判所は経営判断には事後的に介入しないというルール

が認められている﹂と述べるととも

に︑﹁ただし︑アメリカと異なり日本では裁判所は判断の内容その他すべての事情を審査する﹂と説いている

︒なお、宮島司•新会社法エセンス(第3版補正版)(弘文堂•平成二二年)二ニ三頁は、このような問題は、「取締役が 合理的な手続に従い誠実に経営判断をなしたかどうか︑注意義務を尽くしたか否かを基準に考えれば足ることであって︑あ

えて

﹃経 営

判断の原則﹄などと

言う

必要はないし︑なぜ取締役の

任だけが裁判官

11

司法の判断外とならなければならない

のかが不明である﹂と説いている︒ただ︑この見解も︑わが国において近時︑一般に経営判断の原則の問題として説明され

ているような問題を否定する趣旨ではないようである

右に引用した部分にすぐ続けて︑﹁判例上も︑取締役は経営判断に

︵ ︱

九四

(9)

ついて広い裁量権限を有していることを前提にして︑判断の過程に問題があったり︑判断自体に不合理性がなければ︑善管

注意義務違反とはならないとしている︵

最判 平成

・九

ニ八金判︱

1 0

五号一六頁はそうした裁量権限の逸脱があった

とし た︶

︒﹂と説明されているのである︒

さらに︑森田果﹁わが国に経営判断原則は存在していたのか﹂商事法務一八五八号四頁は︑わが国において一般に﹁経営

判断原則﹂が存在していると考えられていることは認めながらも︑わが国においては︑アメリカにおけるような﹁理論的な

根拠に基づいた法ルール﹂は認められない︑と説いている︒それによれば︑﹁善管注意義務違反が認定されやすいか否かは︑

基本的には︑債務者に認められた裁量の幅に依存して決まってくるのであり︑その裁量の幅は︑当該行為の性質と訴訟の場

において利用可能な証拠資料の程度によって決まってくる﹂のであって︑わが国において﹁経営判断の原則の適用事例﹂と

された諸事例は︑そのような分析によって説明が可能であるとされている︒わが国で経営判断の原則と呼ばれていきたもの

は﹁米国や契約理論﹂にみられるような﹁思想ないし政策的な考慮﹂に裏付けられたものではなかったというのである︒

この見解は︑きわめて説得力に富む︒また︑この主張は︑アメリカ法といわゆる﹁経済学における最近の契約理論﹂に関

する深い造詣に依拠したものであり︑そのような予備知識︵前理解︶に欠ける者は︑にわかにそのような見解の是非を判断

する能力に欠ける︒

しかし︑他方︑きわめて素朴な疑問もある︒わが国において経営判断の原則と呼ばれてきたような場合においても︑ーー'

少なくとも︑判例の立場からは︑1

企業の経営者の経

営判断には︑それが経営判断であるということで一定の裁量が認

められてきたのではなかったのか︒右の見解においては︑﹁善管注意義務違反が認定されやすいか否かは︑⁝⁝債務者に認

められた裁量の幅に依存して決まってくるのであり︑その裁量の幅は︑当該行為の性質⁝⁝によって決まってくる﹂と説か

れているが︑いわゆる経営判断の原則が問題となるような場合には︑まさに﹁裁量の幅が経営判断という当該行為の性質に

よって﹂広く認められてきたのであり︑そのような状況を﹁経営判断の原則﹂ということばで説明してきたのではなかった

のか︑という素朴な疑問である︒

(

4

)落合・前掲論文九頁参照︒

かつては︑わが国における解釈論として経営判断の原則をどのように位置付けるべきかをめぐ

っては議論があった︒吉原•前掲論文九0頁以下参照

関 法 第 六

三巻

四 号

( ︱

二九

三 ︶

(10)

経営判断の原則の実質的根拠

現在では︑吉原・前掲判批一〇九頁が︑﹁︹経営判断の原則は︑︺わが国の解釈論においては︑取締役の善管注意義務の内 容や善管注意義務違反の有無を裁判所が判断する際の審査基準をより明確化ないし具体化していく作業の中で︑アメリカに おける議論が参考にされている﹂と指摘しているように︑取締役に﹁業務の執行上の判断の誤り﹂があった場合に︑善管注

意義務違反があったかどうかを判断するにあたって︑いわゆる経営判断の原則が用いられていると解してよいであろう

らに︑江頭憲治郎・株式会社法︵第4版︶︵有斐閣・

0

1

︱年︶四三七頁および四三八頁︑註三参照︒

( 5

)

森田・前掲論文四頁︒もっとも︑この森田

・前 掲 論文は︑わが国には︑アメリカでいわれているような﹁経営判断の原則

は存在してこなかった﹂と説くものであり︵森田・前掲論文一

0 頁参照︶︑そこで確認されているわが国にいわゆる経営判

断の原則の説明をここで引用することは適切ではないかも知れないが︑わが国における経営判断の定式をよく反映すると考

えられる記述なのでここに引用した︒

(

6

)

吉原・前掲論文八 0 頁および吉原・前掲判批一 0 九頁

( 7

)

吉原・前掲判批一

0

九頁︒

( 8

)

高橋英治﹁取締役の任務僻怠責任﹂法学教室三六二

六頁︑三 0

頁 ︒

(

9

)

落合・前掲論文七頁

ここに引用した落合・前掲論文七頁の記述は︑多くの学説の﹁経営判断の原則﹂の理解とほぽ

一致すると解される︒

た と

えば︑神田・前掲書

0

九頁は︑落合・前掲論文の取り上げる最判平成二二

年七月一五日金融商事判例

一 三

四七号

︱ 二 頁を

引用して︑﹁現在では︑善管注意義務に違反しないとされるためには︑①当該行為が経営上の専門的判断にゆだねられた事

項についてのものであること︑②意思決定の過程に著しい不合理性がないこと︑③意思決定の内容に著しい不合理性がな

いことの

3 つが要求される﹂と述べている

さらに︑江頭・前掲書四

七頁は︑善管注意義務が尽くされたか否かの判断の

基準に関して次のように述べるが︑これは︑ここに取り上げている経営判断の原則の説明ときわめてよく似ている

﹁善管注意義務がつくされたか否かの判断は︑行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査

・検討等が行われたか︑

および︑その状況と取締役に要求される能力水準に照らし不合理な判断がなされなかったかを基準になされるべきであり︑

事後的・結果論的な評価がなされてはならない︒﹂

また︑従来の下級審の裁判例が提示する経営判断の原則においては︑

﹁①経営判断の前提となる事実の認識の過程

(︱二

二︶

︵情 報

(11)

関 法 第 六 三 巻 四 号

あ る い は

︵ ︱

一 ︶

経営判断の原則がなぜ認められるかに関しては︑ アメリカにおいても必 収集とその分析・検討︶における不注意な誤りに起因する不合理さの有無︑②事実認識に基づく意思決定の推論過程及び 内容の著しい不合理さの存否の 2 点が審査の対象とされている﹂といわれている

東京地方裁判所商事研究会編・類型別会

社訴訟 I

︹ 第

版 ︺

判例タイムズ社・

0

一 年 ︶

二三

九頁

(

1 0 )

落合・前掲論文七頁によれば︑同論文がここで取り上げる最高裁判決︵最判平成

二二

年七月

五日金融商事判例

ニニ

四 七

号 ︱

頁︶は︑経営判断の原則を適用して取締役の善管注意義務違反を否定したものである

とも︑この判決は︑経

判断の原則には直接言及するものではない︶

(

1 1

)

落合・前掲論文九頁参照

(

1 2

)

落合・前掲論文四頁参照

(

1 3 )

落合・前掲論文七頁参照

(

1 4

)

落合・前掲論文七頁および九頁以下︑ならびに

一 三

さらに︑本稿六︑

3

. 註

7

および註

(

8 )

伴う本文および本稿六︑註

(

8 )

参照

(

1 5 )

経営判断の原則の根拠としては︑たとえば︑近藤光男・経営判断と取締役の責任││'﹁経営判断の法則﹂適用の検討

央経済社・平成六年︶九

頁以下は︑﹁経営判断の法則導入の論拠﹂として︑

① 冒

険的経営の促進︵

険的経営を促す必要

があること︶②裁判官による経営判断

裁判官が事後的に経

判断を評価することは望ましくないこと︶︑

の リ ス

ク負担︵株主がリスクを負担すべきこと︶などを挙げている

右 の

i ③の括弧内は︑引用者による︶

また︑これを引用

して︑吉原・前掲論文八六頁もほぼ同趣旨を述べている

さらに︑落合・前掲論文九頁以下が︑経営判断原則の実質的根拠

および経営判断原則の法的根拠として述べるところも︑基本的には︑ほぼ同じ趣旨かと解される

なお︑近藤光男﹁経営判断原則・総論﹂近藤光男編・判例法理経営判断原則

中央経済社・

0

︱ 二

年 ︶

以 下 所 収

四頁以下は︑﹁経営判断原則の根拠﹂として︑第

に︑右の

︑第

に︑右の

に当たる根拠を挙げたうえ

に ︑

代表訴訟の濫用﹂に言及し︑﹁社外取締役を重視し︑その選任を多く求めてきた米国においては︑注意義務の

任があまり

にも厳格に課されると︑取締役

特に社外取締役︶のなり手がいなくなるのではないかという観点からも論議がなされてき

た﹂ことが紹介されている

(

1 6 )

経営判断の原則の根拠をめぐ

て は

1 0 

(12)

ま ず

判断の原則の実質的根拠

Ca rs te n 

un gm an

は ︑

n

営判断の原則の論拠︵根拠︶ に関する考察をも行うものである

ずしも議論がない訳ではないようである

た と

え ば

C o u n t l e s s   c a

s e s   i nv ok e  i t   an d  c o u n t l e s s   s c h o l a r s   h av e  a n a y l z e d  

• it Ye

t , 

d e s p i t e   a l l   o f   t h e   a t t e n t i o n a   l v i s h e d   on

  i t , 

t h e   b u s i n e s s   j ud gm en t  r u l e   re ma in s  p o o r l y   u n d e r s t o o

d We . 

l a c k   a c o h e r e n t   a nd   un i i f e d   t h e o r y h a   t t   e x p l a i n s   w hy   t h e   r u l e   e x i s t s   an d  w he re   i t s   l i m i t s   s h o u l d   be   pl a c e

. "   d

( S t e p h e n

  M. 

B a i n b r i d g e

, T

he   Bu s i n e s s   Ju dg me nt u   R le   a s   A b s t e n t i o n   D o c t r i n e

57 

Va nd

L .  

Re

v . 

83

8

3 84   (2

00

4)

)

などといわれることもある

(

1 7

)

このような研究として︑たとえば︑近藤編・判例法理経営判断原則

(

)

1 5

︶参照

︒(18)

ドイツにおける経営判断の原則に関しては、たとえば、福瀧博之「ドイツ法における経

営判断の原則ー~株式法九三条一

文 と

Ma rc us L u t t e r

の見解ー﹂法学論集五七巻四号六三

頁参照

ドイツの 一

学説

a r ( C s t e n u   J n g m a n n )  

ー株式法九

文は、株式会社以外の団体にも類推適用することができるか—|

(3 ) 

文を株式会社以外の形態の企業に類推適用すべきかどうかという問題を取り上げるにあたって︑

(1

以下においては︑前述のドイツの

論文を紹介する形において︑経営判断の原則の実質的根拠に関して考えてみた

(2

その著者である

Ca rs te n

u

ng ma nn

が経営判断の原則を明文で規定するドイツ株式法九

この論文は︑

以下にみるように︑株式法九三条

文を株式会社以外の団体に類推適用すべき

かどうかに関するドイツの学説の状況の紹介から始めている

による問題提起

( ︱

0 )

その前提として︑

(13)

くべきことではないのである︒ 決定の事物の法則性 経営判断の原則が時として

︶ 

l e 1 t e r e r m e s s e n s  

の見解においても︑ 機関に よ

う に

︑ に関しても︑

︵ドイツ株式法九三条一項 二 文︶︒もっとも︑経営判断の原則のような考

(5

)

6)7

え方は︑すでに連邦裁判所の

ARAG

¥ G

ar me n  b e ck

判決以来︑ドイツでは︑広く認められてきたものであった

(8)  83 1

.

かしながら︑

︵︱ 二

八九︶

ドイツにおいても︑経営判断の原則は︑実定法的には︑株式法九

条一項

二 文に定められているにすぎないが︑

(9

(G mb H)  

よび協同組合

C a r s t e n   J 

un gm an

n

よ れ

ば ︑

(J O

( G e n o s s e n s c h a f   t )

の場合にも類推適用できると解している︒社団 同じ方向の見解が見られるのであり︑有限合資会社

ドイツの 一

部の見解は︑迷うことなく経営判断の原則を﹁すべての経済的に活動する会社・組合の業務執行

(1 3 )

 

(, ,

a u f   d i e   Le i t u n g s o r g a n e a l   l e r   w i r t s c h a f t l i c h   ha nd el nd en   Ge s e l l s c h a f t e n

")

﹂まで拡大している︒また︑立法者

︵業務執行者︶

﹁法形式を超えた原理

(G mb H 

Co . 

KG ) 

および財団

( d

e r   G ru nd ge da nk e  e i n e s   G e s c h a f t s  

(1 4

⁝⁝あらゆる形式の企業活動において﹂見られるとされている︒したがって︑

﹁企業家としての

(, ,

r e c h t s f o r m i i b e r g r e i f e n d e s   P r i n z i

")

﹂または

p

( , ,

S a c h g e s e t z l i c h k e i t n   u t e r n e h m e r i s c h e n   E n t s c h e i d e n

"s )

﹂とみなされていることは必ずしも驚

﹁経営者

(S

8

32 ) 

明文の規定として定められることになった

の 裁 量 と い う 基 本 的 な 考 え

ドイツにおいては︑周知のように︑経営判断の原則

(4

) 

ー.支配的な見解

( H e r r s c h e n d e M e i n u n g )  

関 法 第 六 三 巻 四 号

( V e r e i n )  

( d i e B   u s i n e s s   J

ud gm en t  R u l e )  

ドイツにおいて︑

( S t i f t u n g )  

(1 2

に関しても同じである ︒

こ の

ドイツの支配的見解は︑右の規定は︑少なくとも有限会社

お し ( s .  は 二

0

0 五年に制定法上の

(14)

3  原

則 は

て ︑ ル

ー ル

経営判断の原則の実質的根拠

一 般的な団体法の制度として理解することはできず︑

﹁ 取

締 役

Ka s r te n  S ch mi dt

の見解

( D i e A n s i h c t   v

on a   K r s e t n   S c h m i t d )  

右にみたドイツの学説の状況からすれば︑経営判断の原則を一般的な団体法の制度として

的な理論﹂を作り出すこと

業 務 執 行 者

︵ 経

営 者

な態度を示している︒

ここで紹介する論文において︑経営判断の 理解することは︑むしろ当然である ︒

し か

し ︑

を問題とし︑

( d i e  

H e r a u s a r b e i t u n g  

v on   , ,

A l l g e m e i n e n   L e h r e n  

^(

)  

(1 7

( G e s c h a f t s l e i t e r )  

ということを示

K a r s t e n   S c h m i d t は︑ーーーその学問的

そして︑まさに会社法においては︑﹁一般

(1 6

に努めてきた権威なのであるが︑

1

( u n a b h a n g i g  

v o n e   d r   R e c h t s f o r m   d e s   U n t e r n e h m e n s t r a g e r s )

︑経営判断の原則によって保護されるかどうかというここで取り上げている問題には︑慎重 C a s r t e n  

u n g m a n n

の指摘するように︑

(1 8 )

 

V (  

e n u n f t e r g e l )

﹂であることは認めている︒しかし︑

(1 9

( G e s c h a f t s f t i h r e r )  

な見解を疑問視しているのである ︒

そ し

て ︑

な研究においては︑常に制度の形成

a

l l g e m e i n e n

 

e r b a n d s r e c h t s )  

K a r s t e n   S c h m i d t

は︑経営判断の原則が﹁理性的な

同 時

に ︑

K a r s t e n S h c m i d t

は︑すでに有限会社法に関し

は︑社員の信頼に拘束されており︑難しい裁量的な決定に当たっては社員の同意を

(2 0

求めることが大いに期待されている﹂ことを強調している︒

これによって︑

K a r s t e n S c h i m d t

は︑正当にも︑支配的

C a r s t e n  

u n g m a n

も n

ま た

圧倒的に支配的な見解とは違い︑株式法九 三 条 一 項 二

文を株式法以外に類推適用することは不可能であることを示そうとしているのである︒

ドイツ法における経営判断の原則

( D e i B u s i n e s s   Ju

dg me nt u   R l e )  

が 企 業 の 法 形 式 如 何 に か か わ ら ず

(

l

n s t i t u t i o n e n b i l d u n g )  

(S

832 f .

株式法九 三 条

一 項

二 文または経営判断の原則を広く株式会社以外に類推適用することはできない︑

( ︱

二八

八︶

l s ( a  

e i

n   I n

s t i t

u t   d

e s

 

(15)

こま

'︵ '

︐  

ントロールの例外とするのである

それによって︑多くの他の法分野におけるのとは違

っ て︑経営者︵業務執行者︶

に要求される﹁行為基準

( S t a n d a r o d f   C on du ct

﹂と︑裁判所が設定する﹁審査基準

)

( S t a n d a r d o f   Re vi ew )

﹂との間 に︑真の︑そして実務にとって重要な相違

( 2 1 )  

る ︒ このようにして︑経営者︵業務執行者︶

ならば︑株式法九

三 条 一 項 二 文の定める前提条件が存在するときには︑

負う危険

( H a f t u n g s g e f a h r )

は存在しないからである

しかしながら︑たとい経営判断の原則による保護が働かない

( 2 2 )  

としても︑それだからといって︑ 自

動的に義務違反が存在することになるのではない

船は︑港に停泊していれば安

全であるが︑しかし︑保護を与えてくれる港の岸壁の外に投錨することも必然的に沈没を意味することにはならない である

( e i n c   e h t e r   un d  f o r   d i e   P r a x i s   b ed eu ts am er   Un t e r s c h i e d )  

( u n w i d e r l e g l i c h )

と推定することによって

真の

いつでも︑経営者︵業務執行者︶ ﹁セーフ・ハーバー ︵ 論駁できない推定︶︑ たされた場合には︑経営者︵業務執行者︶

経営判断の原則は︑業務執行者

︵ 経営者

次のような制度と捉えている

( G e s c h a f   t s   l e i   t e r )  

には責任を

( S a f e   H ar bo r)

﹂が作られている

︒ なぜ 一

定の経営者の決定を完全に裁判所のコ の客観的にみて義務に従った行為は論駁できないもの

に広範に及ぶ保護を与えるものである

す な

わ ち

一 定の前提要件が充

( ︱

二八

すにあたって︑

C a r s t e n

u

ng ma nn

は︑経営判断の原則の根拠に立ち返って考察を加えている

問題となる各場合に 経営判断の原則のような制度を認めることが︑経営判断の原則が認められる根拠からみて適当かどうかを判断すると そこでは︑したがって︑ドイツにおける経営判断の原則の理解が前提となっている︒ドイツ株式法九

三 条 一 項 二 文

が明文で定めたとされるドイツにおける経営判断の原則とは︑どのようなものであろうか

C a r s t e n

u

ng ma nn

は ︑ いう方法をと っ ているのである ︒

関 法 第 六

巻 四 号

一四

が生じるのであ

(16)

し ︑ り

(

1

)  

ない

経営判断の原則の実質的根拠

(S

. 8

33

  f.) 

一五

︱ ( 二 八六

べき内容をふくんでいる︒ドイツ株式法九三条

文の定める前提要件を充たせば︑取締役構成員には義務違反は も の と さ れ て い る

そ の 場 合 に は

︑ 責 任 が な い の で は な く

︑ 義 務 違 反 が な い の で あ こ の 規 定 は

︑ 立 証 責 任 の 問 題 を 取 り 扱 う 規 定 で は な く

︑ 実 体 法 規 範 と し て

︑ 義 務 違 反 が な い と す る の で あ る

Ca rs te n  J 

un gm an

が右に引用したように︑論駁できない推定

n

そのような趣旨と解される︒株式法九

文の要件を充たせば︑

そ の 逆 の 場 合

︑ す な わ ち

︑ 右 の 要 件 を 充 た さ な い 場 合 に は

︑ 取 締 役 構 成 員

によって︑直ちに義務に違反したことになるのではない

その場合にも︑株式法九

条一項に従った義務に従った行

(2 3 ) 

それは︑裁判所が判断することになる

以上のような理解を前提に︑

Ca rs te n  J 

un gm an

は ︑

n

そのこと

このような経営判断の原則はいかなる根拠によるものなのか︑

そのような論拠からすると︑経営判断の原則は︑どのような企業または団体のどのような活動に関して問題

C a s r t e n   J

un gm an

n , 

Di e  B u s n i e s s   J

ud gm en t  R ul e

e i n I n s t i t u t   d e s   al l g e m e i n e n   Verbandsrecht•Zur

Ge lt un g  vo n§ 93   Ab

s

S a t z

  2 A

kt G  a u B e r h a l b   d e s  A k t i e n r e c h t s

,

i n :   F e s t s c h r i f t   f u r   Ka rs te n  S ch mi dt

  zu

m  7

0 . 

G e b u r t s t a g   ( 2 0 0 9 )

, S. 

8 3 1 .  

この論文は︑著名なドイツの商法学者である

Ka rs te nS ch mi dt

のための祝賀論文集に掲載されたものであるが︑論文には︑

次のような目次が付されている︒

C a r s t e n J 

nu gm an n

の提起する問題とその基本的な考え方が窺えるので︑まず︑そのタイ

とすべきか︑という問題に考察を加えるのである

そ し て ︑

為である可能性はあるのであり︑

(k ei ne  P f l i c h t v e r l e t z u n g )  

ここ

で︑ (2 3 ) 

のである

Ca rs te n  J 

un ag mn n

が ︑

( V  

or st an ds mi tg li ed ) 

それは︑義務に従った行為なのである︒しか

( e i n e   un wi de rl eg ba re

 

er mu tu ng ) 

ドイツの通説的な見解に従って説明していることは︑

といっているのも

日本法の観点からは注目す

(17)

巨坦掘-1(111~臣

□ に 1  ‑1 ( (1 11 <

ば)

,.L~ 叫工~~華郎如リリは涵令̲̲)\'-'~ 狛{.!;

菊都弄澁c~宝ー一回姓坦直環茎さ蚕述全

一話餐坦兵111~怜1~11奴c~望坦益~!.1~~如祁罪起ユ翌⇒ャ—

Carsten J ungmann 

工封

... ・ 枢面茎⇔訳眺~.J...{iおKarstenSchmidt C誤淀(HerrschendeMeinung und die Ansicht von Karsten Schmidt) 

=・叡叩如〔縦槃羞ヒ抑〕S賑出e器避〔叡叩弄澁e基宗〕は巨ヤ心祖郎や竺~i-0条-~祖ミ窒感兵C

*  :; 

渥梨

(Tragende und weniger liberzeugende Argumente fur die haftungsrechtliche Privilegierung von Geschaftsleitern) ー・担郵忌*<0C玉罰~c冥r{;-(Acht klassische Rechtfertigungsversuche) 

吋苺弄茎⇔澁浬(KritischeWtirdigung) 

自菊網弄澁S幽宗S丑令忌⇔玉部~c囲壬(&唇器)匁_)\JC追当墜は丑—や名は.迄:孟ヤベ辟誤咀崇!.1哀ヤメ哀皿・母訳口皿e

翌全(DasInteresse der Gesellschafter an risikoneutral agierenden Geschaftsleitern als zentraler Rechtfertigungsgrund 

der Business Judgment Rule) 

ー・羊窯c~学共廿お迫堡e唸2緊窯S彩槻—~C~(Diversifikationund risikoreiche Investitionsent‑

scheidungen

ein Beispielsfall) 

~・膏志S割艇全心c~堀(Folgerungen) 

と・廿巨忌捉縄ー一棠部弄酒

S

幽宝豆

l

峯茎さ王辻坦

e

写述や豆.(:j,:; (Zwischenergebnis : kein Institut des 

allgemeinen V erbandsrechts) 

>・回辻坦俎丑お器栗*~芙!.1~~i-0諏銅臣造S基宗c~恕閂土且翌

ヤ(ZurGeltung der Business Judgment Rule im 

Korperschaftsrecht und in Sonderkonstellationen) 

..‑i. ~ 卦船3悪薇匁翠翠旦吋心凶中CJa'器学(Differnzierungnach Art und Struktur des Unternehmens?) 

吋迅溢祖旦送薬⇒心<囀嵌la:~袖S翠架S薇群~c茉詣(Konsequenzeneiner rechtsformabhangigen Typisierung 

(18)

der  Untemehmenseignerstruktur) 

戸・脳詔

(Summa

)

(N) 愉唇やく

S

惑器[和菜ふ担

S 廿

I磁色品蛉蒻召巽渥や緑

(Festschrift fiir  Karsten  Schmidt  zum  70.  Geburtstag) 

~~:t:'r-Q迦s~~菜さ

Carsten  J  ungmann

ざ罪酉

Dr

.

, LL.M.  (Yale),  M

Sc

In  Finance  (Leicester),  Wissenschaftlicher  Assistent  an  der  Bucerius 

Law  School, 

HamburgSリ匁や~r-0

(cv:,) 

Vgl.  §93  Abs

1  AktG 

Die  Vorstandsmitglieder  haben  bei  ihrer  Geschaftsfiihrung  die  Sorgfalt  eines  ordentlichen  und  gewissenhaften  Geschaftslei‑

ters  anzuwenden.  Eine  Pflichtverletzung  liegt  nicht  vor,  wenn  das  Vorstandsmitglied  bei  einer  untemehmerischen  Entschei‑

dung  vernii..nftige1‑‑weise  annehmen  durfte,  auf  der  Grund/age  angemessener  Information  zum  Wohle  der  Gesellschaft  zu 

handeln.  Ober  vertrauliche  Angaben  und  Geheimnisse  der  Gesellschaft,  namentlich  Betriebs‑ oder  Geschaftsgeheimnisse,  die 

den  Vorstandsmitgliedern  <lurch  ihre  Tatigkeit  im  Vorstand  bekanntgeworden  sind,  haben  sie  Stillschweigen  zu  bewahren. 

Die  Pflicht  des  Satzes  3  gilt  nicht  gegeniiber  einer  nach§342b  des  Handelsgesetzbuchs  anerkannten  Prtifstelle  im  Rahmen 

einer  von  dieser  durchgefiihrten  Priifung

(

"'SI') 

~~~ 母ニャ竺,

+<~~~:;

¥J謡唇やく

G

trn¾-G晋性は退鱈ヤ,...)全い一)'葵お\c-,....J全’斗パ3匹壬r...:i~勾は四匁心兵ぷ~:;や'

Carsten  J ungmann 

G箔宦如淀s...:iY~抽{...!:;0心~('\¥J'社語や字

¥J:; r‑Q‑$1IIJ<壬

豆,~1°'...)~'縄似e£...)AJ

ロや竺~:;

(u‑:,) 

BG  H,  Urteil  v.  21.  April  1997  ‑ II  ZR  175/95,  BGHZ  135,  244. 

(<.o) 

Carsten  J  ungmann 

G縄似ユざ批思さ孟~~和菜ヤ共:;:-.'~詣や~r-Q茶'怜語や豆'やSヤ“〈ヤ如淀く~+,-r-Q全Sや竺⇔3゜怜語や竺示圧ゆ菜¥J:;r-Q似涯E;;,0心湮僻合茶や抽心~G~座('¥\J'涵<~~~{!('¥ ¥J檸詣心淀ぬ菜心全Gt!芯如怜語S均AJ...)\J荼<~+,-r‑Q 0憫{_!'怜語~~:;y豆'涅営さ郎ユ送;:__)\J'I'\-'菜式苓e似涯括如海{...!~孟心...)¥J唄呉

⇒ ャ:;

r‑0

(

t‑)  V  gl.  Fleischer,  Die  ,,Business  Judgment  Rule"  im  Spiegel  von  Rechtsvergleichung  und  Rechtsokonomie,  in:  Festschrift  fiir 

Herbert  Wiedemann  zum  70.  Geburtstag  (2002),  S.  827,  S.  836f.;  Fleischer,  in:  Spindler/Stilz  (Hrsg.),  Kommentar  zum 

都網弄澁Qlm§宗Qt!!K睾忌距梨

l

(1 11 <

自)

(19)

翌迅綜Kill~臣

□ に l く (1 11 < 111 ) 

Aktiengesetz,  Band  1  (2007),  §93  AktG  Rz.  55,  S.  950£. 

(

oo

) tJ Q丑'"ぷ(

S.

—)~.:;, 吋抵国豆'tHJや益ミサミt‑Q

Carsten  J ungmann 

Q縄奴S寓姦~I1"'~Q~t-Qゃい迂ふ'

怜語:.1~.:;ヤ,41Q涵く:::::如詞,{'t‑Q:.1~ 心0ヤ豆,41Q-f'<Q~[[J1恰ヤtJ~:.1憮蜘庄.:;{! Q~0ヤ'袷以は唄'(t-Qtt,(' 

豆'薩峯や~.(:j~菜~-~~

全'国倒S蕃吐は岩0心玉浬⇔包

t4JQ

圏感や令.(‑‑6.:; 

(o‑.,) 

V  gl.  Z.B.  Hommelhoff/Kleindiek,  in:  Lutter/Hommelhoff,  GmbH‑Gesetz,  16.  Auf.  (2004),  §43  GmbHG  Rz.  14,  S.  817; 

Altmeppen,  in  :  Roth/  Altmeppen,  GmbHG,  4.  Aufl.  (2003),  §43  GmbHG  Rz.  8,  S

612. 

(~)

Fandrich,  in:  Pohlmann/Fandrich/Bloehs,  GenG,  3

Aufl.  (2007),  §34  GenG  Rz.  2,  S.  194. 

(コ)

V  gl.  Hopt,  Corporate  Governance  in  Nonprofit‑Organisationen,  in:  Hopt/von  Hippel/Walz  (Hrsg.),  Nonprofit‑Organisati‑

onen  in  Recht,  Wirtschaft  und  Gesellschaft  (2005),  S

243,  S.  254. 

国)

Binz/Sorg,  Die  GmbH  &  Co.  KG,  11.  Aufl.  (2010),  §9  Rz

24,  S.  201. 

仁竪ぐ口窯ぐ芯~(GmbH

&  Co

. KG)心ざ仁叡芦如蕪声立共這〖~1"'叫噂虞#や~.c--(~~'べ凜:ぐ口はゴリ如塁鱈

~Q~-条ぐ口窯ぐ甜出;;~座絋出~-:.1.(:j0 ¥‑'.:;, t‑Q)'tJ菜:.1‑40ヤ,-<忌ぐ甘#や~.c--.(:j茶心-~竪ぐ!-{~Q窯怜ユ瞑出如座製

1"'!'-Q~Qや~t-Q゜tJQ-'--61\"'~ 苺逐~::.t..~~迅:.1~.:;¥‑‑'裔合全心菜t‑Q‑'‑‑6 , ¥"':̲1.(:j 

0

心讐芝は巨̲)¥‑‑'豆心知忍迎

'Gummert, in  : 

Mi.inchner  Handbuch  des  Gesellschaftsrecht,  Band  2

3.  Aufl.  (2009),  §49  Rz.  1  ff

.

,  S.  1116  ff. 

$産゜

ぼ) V  gl.  Berger/Frege,  Business  Judgment  Rule  bei  Unternehmensfortfi.ihrung  in  der  Insolvenz  ‑ Haftungsprivileg  fur  den 

Verwalter?,  ZIP  5/2008,  S.  204. 

(;::!;) 

,,Der  Grundgedanke  eines  Geschaftsleiterermessens  im  Bereich  unternehmerischer  Entscheidungen  ist  nicht  auf  den 

Haftungstatbestand  des§93  AktG  und  nicht  auf  die  Aktiengesellschaft  beschrankt,  sondern  findet  sich  auch  ohne 

positivrechtliche  Regelung  in  allen  Formen  unternehmerischer  Betatigung

." 

Regierungsbegri.indung  UMAG,  BT‑Drucks. 

15

/

5092  (Gesetzentwurf  der  Bundesregierung  (UMAG)),  S

12. 

(~)

Arbeitskreis  ,,Externe  und  interne  Uberwachung  der  Unternehmung

der  Schmalenbach  Gesellschaft  fur  Betriebswirtschaft 

e.V.,  Praktische  Empfehlungen  fur  unternehmerisches  Entscheiden,  DB  2006,  2189,  2190;  Fleischer,  Die  ,,Business  Judgment 

Rule":  Vom  Richterrecht  zur  Kodifizierung,  ZIP  2004,  S.  685,  S.  692. 

(20)

ぼ) V  gl.  Karsten  Schmidt,  Gesellschaftsrecht,  4.  Aufl.  (2002),  §§1‑21,  S.  3‑S.  652. 

(~)

fJ 

iJや盃ミサ~l'Q

Carste  J ungmann 

Q愉晨似やざ

Geschaftsleiter

(縦恕迦囲~-鎧淀攀t~)心:;, 噸疇茶旺;&~\--';

心条

'f J 

Geschaftsleiter 

Al 這王晦豆'垢叡ばや豆'益造恙(

Vorstand)'‑!JlI:

4

年やざ

Geschaf tsflihrer 

(益造恙)'

~__) ¥‑‑'llli

坦サS瑶ぐ口やざ

Geschaf tsflihrer 

(縦恕芦:t:~)..;:f, 勾如稲;\t"F心が詞⇒臼起心菜ヤ年炉J料峠菜心゜,::!,¼'垢餐坦ギ-1(~知ざ

Leitung

心;,吋詞恥嘩

E ; 

¥‑‑'為

.s;;:,'f J 

Lei  tung 

(〔縦途〕忍畔甜)Al 

Geschaf  tsflihrung 

(縦途組

:t:)

S

翌到・郵要食嵯縄め菜¥‑‑';

l'Q

条(

V gl.  z.B.  Fleischer,  in:  Spindler/Stilz  (Hrsg

.

),  Kommentar  zum  Aktiengesetz,  a.a.O.  (Fn.  7),  §76  AktG  Rz.  12  ff.,  S.  714

)

'i  J

J

やざ

Geschaf tsleiter

Geschaf tsflihrer

如凶案

⇒ ,::!,;  ゃ, ; 

1<"菜ぷ「談途瓢:t:~」(似

幽旦丑0ヤざ「叩Oil抑」)心ヤ心J心

U"Fl'Q

゜,::!,¼'~~?'-迷望坦は共ニャ臨都弄追S墜宗糾臥-Qi-Q~~?'-垢餐坦兵Ill~之'益翁言恙(益翁言恙良桂皿)S栄艇讃菜ふ刈撫恥#(

Sorgfaltspflicht  und  Verantwortlichkeit  der  Vorstandsmitglieder

U

巨ヤ心配尉心心吝羊拭坦ll -1く~U.L60戸盛輯恙ぐ甘壁怪~u赳庄ゆ菜ヤ;i-Q゜

§116  AktG 

Fur  die  Sorgfaltspflicht  und  Verantwortlichkeit  der  Aufsichtsratsmitglieder  gilt§93  mit  Ausnahme  des  Absatzes  2  Satz  3  tiber 

die  Sorgfaltspflicht  und  Verantwortlichkeit  der  Vorstandsmitglieder  sinngem

揺.

Die  Aufsichtsratsmitglieder  sind  insbesonde‑ re  zur  Verschwiegenheit  tiber  erhaltene  vertrauliche  Berichte  und  vertrauliche  Beratungen  verpflichtet.  Sie  sind  namentlich 

zum  Ersatz  verpflichtet,  wenn  sie  eine  unangemessene  Vergtitung  festsetzen  (§87  Absatz  1). 

ti----~';:'of:: 坦U¼;

¥‑‑'ti'Business  Judgment  Rule

directors

(益造~)'i.!:!;:‑や

,::!,"V''officers

(瞬己恙)ばむ萄王和菜心

1°'1‑Q

Q全1挙忌や~l'Q゜Vgl.

Block/Barton

/

Radin,  The  Business  Judgment  Rule,  Vol.  1

5th  ed.  (1998),  S.  97££. 

(~)

Karsten  Schmidt,  a.a.O

(Fn

16),  §28  II  4  a),  S

815.  ぼ )

i忌溢(~)~\産゜

(怠)

Karsten  Schmidt,  a.a.O.  (Fn.  16),  §36  II  4  a),  S

1079. 

(芯)

Eisenberg,  The  Divergence  of  Standards  of  Conduct  and  Standards  of  Review  in  Corporate  Law,  62  Fordham  L.  Rev

437  (1993);  Aber  vgl.  Hopt/M.  Roth,  in:  GroBkommentar

AktG,  4.  Aufl.,  26.  Lieferung,  Nachtrag  zu§93  (2006),  §93  Abs.  1  Satz 

瑚部弄~Q晦豆Q~戒瞑忌班梨

l

(111 < 11)

(21)

家としての決定を再審壺するために任命される裁判官は︑ し

て ︑

り の

(2 3 )

  ( 2 2 )  

想像力

に依存しており︑ であるということである︒ まず︑第 一 に

や情感 こ

の こ

と が

︹ 第

一 の

論 拠

は ︺

1 .古典的な八つの正当化の試み

より優れた︑あるいは︑

(u nt em eh me ri sc he   In t u i t i o n )  

を大いに要求し︑時と

(

︱ 二

一 ︶

u. 4 

Ak tG

  nE  .

Rz7

H u f f

e r , 

Ak

tG10

A u f l

.   (

20

12

)

§ 9 3

A 

kt G  R

zS4 c 500 . . , 

K r i e g e r   ¥  S a i l

e r , 

i n :   K a r s t e n   S c h m i d t

  ¥

1 a r c u s L u t t e r   ( H r s

g )., 

Ak tG   Ko mm en ta

r , 

I .  

Ba nd

  (

20

08

)

§ 9 3

A 

kt G  R

z . 

S

1 1

10

62

この場合には︑義務違反の証明責任は︑株式法九三条二項二文により取締役構成員にある︒なお︑通説的な株式法九三条

一項二文︵経営

判断の原則︶の説明に関するこの段落の記述は︑

K r i e g e

¥ r

S a i l

e r , 

i n   :  K a r s t e n   S c h m i d t   ¥  Ma rc us   Lu t t e r   ( H r s

` 

Ag ) .

kt G  K om me nt

Oar aa... , 

( F n . 

22

)

§ 9 3

A 

kt G  R

zS11. . 

10 62

によった︒

( A c h t   k l a s s i s c h e   R e c h t f e r t i g u n g s v e r s u c h e )  

経営判断の原則を正当化する理由

(1

G e s e l l s c h a f t e n f   or me n)

 

にとって説得力があるのか︒

Ca rs te n

u

ng ma nn

は ︑

(2

則に関して主張されている典型的な正当化の論拠に考察を加える︒それによれば︑

企業家としての決定

したがって︑典型的には︑

(4

••

)ものであり︑

( e m z 1 g a r t 1 g  

(5

) 

( P h a n t a s i e )  

関 法 第 六 三 巻 四 号

(u nt em eh me ri sc he  E nt sc he id un ge n)  

しばしば論拠として挙げられている︒企業家としての決定は︑

(3

) 

不確実性を伴う︒加えて︑

経営者に企業家としての直観

(6

(E om ot io n)  

︵ 感

情 ︶ ︵

論 拠

をも要求するものなのである︒第 二

︹ 業

務 執

行 者

よ り

も ︺

( R e c h t

£ e r t i g u n g s g r i i n d e )

 

経営判断の原則の実質的根拠︵古典的な論拠とその批判︶

0

(k om pl ex ) 

通常︑独特な 一 回限

︹ 第

の 論

拠 ︺

企業家としての決定は︑

より経験の は

企業 必然的に予測 は︑複雑 そのような論拠は八つあるという ︒

それを判断するために︑経営判断の原 実際にすべての形態の会社・組合

( a l l e  

参照

関連したドキュメント

Lael Daniel Weinberger, The Business Judgment Rule and Sphere Sovereignty,

Dies gilt nicht von Zahlungen, die auch 2 ) Die Geschäftsführer sind der Gesellschaft zum Ersatz von Zahlungen verpflichtet, die nach Eintritt der

Zeuner, Wolf-Rainer, Die Höhe des Schadensersatzes bei schuldhafter Nichtverzinsung der vom Mieter gezahlten Kaution, ZMR, 1((0,

), Die Vorlagen der Redaktoren für die erste commission zur Ausarbeitung des Entwurfs eines Bürgerlichen Gesetzbuches,

Radtke, die Dogmatik der Brandstiftungsdelikte, ((((

Thoma, Die juristische Bedeutung der Grundrechtliche Sätze der deutschen Reichsverfussungs im Allgemeinem, in: Nipperdey(Hrsg.), Die Grundrechte und Grundpflichten

(1)

Schmitz, ‘Zur Kapitulariengesetzgebung Ludwigs des Frommen’, Deutsches Archiv für Erforschung des Mittelalters 42, 1986, pp. Die Rezeption der Kapitularien in den Libri