2014年 12月12日
博士学位論文審査報告書
大学名 早稲田大学
研究科名 スポーツ科学研究科 申請者氏名 苅部 俊二
学位の種類 博士(スポーツ科学)
論文題目 一流ハードル選手の主観的情報の研究
A study on Subjective Information in Elite 110m Hurdlers 論文審査員 主査 早稲田大学教授 彼末 一之 工学博士 (大阪大学)
医学博士 (大阪大学)
副査 早稲田大学教授 村岡 功 博士(医学)(東京医科大学)
副査 早稲田大学教授 土屋 純 博士(人間科学)(早稲田大学)
本学位論文は、陸上競技ハードル走のハードリングについて、一流ハードル選手を対象と して、彼らのもつ主観的情報である運動イメージを分析したものであり、研究の現状と問題 点を述べた緒言 (第Ⅰ章)、ハードリングに関するイメージシートの作成(第Ⅱ章)、一流ハ ードラーの主観的な運動イメージの検討(第Ⅲ章)、トップ110mハードラー2名の主観的な 運動イメージ(第Ⅳ章)、110mハードラーの主観的な運動イメージの変容(第Ⅴ章)、そし て総括考察(第Ⅵ章)、結論(第Ⅶ章)、要約(第Ⅷ章)で構成されている。
【第Ⅰ章:緒言】
運動技術の指導には、言語による指導、見本を見せるといった視覚による指導、徒手など により実際に動かし方を学ばせる手引き指導などがあるが、指導者の多くは言語を用いて学 習者に運動技術を伝えている。正しく運動を遂行するための運動感覚のことは「コツ」と表 現することがある。「コツ」は運動遂行者の主観的な情報であり、優れた競技者のもつ「コ ツ」を言語で表現することができれば、彼ら/彼女らの運動イメージや運動感覚を他者にも 使用可能な情報として伝えることが可能となる。そこで、本研究ではclosed skillの運動種 目に分類される陸上競技「110mハードル走」について、ハードラーの主観的情報である運 動イメージから集められた主権的知識(ことば)をコーチングで役立つ情報として精選し,
それを利用して一流ハードラーのもつ運動感覚に着目し,その構造を分析することを目的と した。彼らのもつ主観的情報である運動イメージを客観的に評価することで,一流ハードラ ーのもつ動作の「コツ」を明らかにし、さらに一流を目指すハードラーの運動イメージの形 成や,それを指導する指導者の運指導言語選択に役立つように一流ハードラーの主観的情報 を明らかにする.これにより、彼らが経験的に持つ優れた運動イメージや運動感覚を「指導 ことば」として活用でき、それは運動技術学習において力学的情報や実験的情報を動作に結 び付ける媒体となることが期待される。
【第Ⅱ章:ハードリングイメージ・チェックシートの作成】
先行研究によるハードラーの主観的な運動イメージの感覚言語(主観的知識)を、ハード
ル走に関する指導書も参考に精選した。そして、抽出された項目から、チェックシートの作 成を行った。さらに、男子110mハードル日本記録保持者(当時)を含めた現役ハードラー 6名によって直接面接法により各局面の項目の確認を行った。抽出されたハードリング・イ メージから作成された項目は、踏切局面前期6項目、踏切局面後期6項目、空中局面前期4 項目、空中局面中期4 項目、空中局面後期5 項目、着地局面前期 6 項目、着地局面後期4 項目、全体3項目の38項目で、これらの項目からハードリング・イメージのチェックシー トを作成した。このチェックシートはハードルを専門とする競技者やそれを指導する指導者 が動作や技術の確認に活用できることが期待される。
【第Ⅲ章:一流ハードラーの主観的な運動イメージの検討】
第Ⅱ章で指導言語として使用する目的で抽出された110mハードル走の主観的知識38項 目について、 13秒台の記録を持つ一流ハードラーにも必要と捉えられているか、また意識 されているかについて検討した。そのために対象者の主観的な「必要度」と「意識度」を、
段階評定尺度法を用いて調査した。調査した38項目から,以下の特徴を持つ3つにカテゴラ イズされた。そのカテゴリーとその内容は以下の通りである。
カテゴリーⅠ「必要度」「意識度」ともに高い項目:一流ハードラーでも無意識下におか ない/おけない項目で、特に踏切局面から着地局面にかけての腰部に関する項目が多かった。
カテゴリーⅡ「必要度」は高いが「意識度」は高くない項目:もともと意識しなくても遂 行できる動作、もしくは,動作の習得によって自動化され、意識しなくなる項目。
カテゴリーⅢ「必要度」への回答が分かれ、「必要度」が高いと回答した者は「意識度」
も高く、「必要度」が低いと回答した者は「意識度」も低い項目:個々の形態的特性や体力 的特性などハードラーの特徴を反映する項目。
【第Ⅳ章:トップ110mハードラー2名の主観的な運動イメージ】
日本代表経験を持つ一流ハードラー2名(競技者T、競技者N)の主観的な運動イメージを 分析した。彼らの持つ主観的な運動イメージの意識構造の分析から彼らの持つハードリング の「コツ」の抽出を試みた。競技者Tでは、無意識化されている動作が多くみられ、競技者N も、踏切局面前期と空中局面後期から着地局面にかけて意識の焦点を向けており、意識する ポイントを押さえていた。また、競技者N、Tともに全く意識をしない局面も見られた。彼ら の回答した“「意識していない」且つ「出来ている」”項目は、動作が定着し、意識下にお かなくとも可能な技術となっていることを示している。また“「意識している」且つ「出来 ている」”項目は、意識しなければ出来ないことを彼ら自身が認識し動作を遂行している。
トップクラスの一流ハードラーともなると、ある程度動作は定着し固定化され、意識しなけ ればならない技術に焦点を当てつつ全体の流れを重要視していた。
【第Ⅴ章:110mハードラーの主観的な運動イメージの変容】
14 秒台から 13 秒台中盤に記録を大きく短縮したハードラー2 名のハードリング動作の主 観的な運動イメージを調査し、その運動イメージの変容を分析した。その結果、彼らの運動 イメージに変容がみられ、特に踏切局面でその変容が多くみられる傾向にあった。また、被 験者の中には,14 秒台時にはうまく認知できなかったハードリングに関する項目のほとん どが理解できるようになっていた。また、両者ともハードリングタイムが向上し、後半まで そのタイムを維持できる安定性も確認され、ある程度の技術は習得してきたと考えられる。
今後、さらに記録を向上するには、インターバルランタイムを向上することが求められ、イ ンターバルランタイム向上とともに主観的な運動イメージも変容していくと推察される。
【第Ⅵ章:総合考察】
本学位論文によって、ハードル走について言語化された感覚的情報(動作に関する主観的 知識)からハードル走のコーチングに役立つ情報を「ことば」として精選し、さらにそれを 使用して一流ハードラーのもつ運動感覚を客観的に評価することで,彼らのもつハードル走 の動作の「コツ」を検討した。この主観的情報から抽出された「ことば」は、運動技術学習 において力学的情報や実験的情報を動作に結び付ける媒体となる。
【第Ⅶ章:結論】
本学位論文により、一流ハードラーのコーチングに役立つ情報が提示された。これらは一 流を目指すハードラーのイメージ形成能力を助長し、彼らの運動遂行能力を向上してくれる ものと期待される。
以上の研究の内容は、以下の学術雑誌に掲載された。
苅部俊二(2004)ハードリングイメージ・チェックシートの作成,法政大学体育研究センタ ー紀要,第22巻,33-42頁
苅部俊二,礒繁雄,小林海,彼末一之(2013)一流ハードラーのハードリングに関する主観 的イメージ,スプリント研究,第22巻,77-85頁
苅部俊二,礒繁雄,小林海,彼末一之(2014)13秒台110mハードラーの運動イメージの検討,
スポーツ科学研究, 第11巻, 171-189頁
本論文では110mハードルの一流選手が持つ運動感覚を基に、ハードル走のチェックシート を作成し、その有用性を検証した。特に一流を目指す選手のトレーニングに有効な情報を提 供することが出来た。博士(スポーツ科学)の学位を授与するに十分値するものと認める。
以 上