るCharles Ryderの回心
著者 有為楠 香
雑誌名 Core
号 42
ページ 1‑21
発行年 2013‑03‑15
権利 同志社大学英文学会Core編集部
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015160
息子たちへの遺産
core
Vo .l42 March 2013
‑ B r i d e s h e a d R e v i s i t e d における C h a r l e sR y d e r の回心一一
有 為 楠 香
1.序
イーヴリン・ウオ)の『ブライズヘッドふたたびj(1945)は、主人公 チャールズ。ライダ}のローマン・カトリックへの回心をテーマとして物語 が展開するO その回心を論じるにあたり、主人公が作品内で移動する土地の 変遷と、彼の精神的遍歴の相関性を明らかにすることは、非常に重要であ るO 本論文ではまず、チャールズが学生時代を過ごす土地オックスフォード と、彼の実家があり第一次大戦後の大都市の象機であるロンドンというこつ の土地を対比・関連させて考察し、その上で最終的に、そのこつの土地の特 質を併せ持ち、主人公の回心を促す運命の土地となる、ブライズヘッド邸の 役割について検討する。
『ブライズヘッドふたたび』における土地の象徴性については、例えば yレース・ブリーズが Placeof Mind: Locating Brideshead Revisited' (2005)の 中で詳しく論じているが、ブリーズは主にロンドン(都会)とブライズヘッ
ド(カントリーサイド)という、三つの土地を対比的に考察することに重点 を置いている。しかし回心というテーマに基づき小説を分析する上で、オッ クスフォードとロンドンの両都市のイデオロギーの考察は、以下の理由から 不可欠である。
架空の地所であるブライズヘッドに対し、オックスフォードとロンドンは
I
現実に存在する土地であり、実際のイギリス史と関連するイデオロギーを明 確に保持している。作者ウォーは、ほとんどの自作品の主人公を自分と同年 代の男性に設定し、舞台も自身の生きた二十世紀前半のイギリスに限定して いるO よって当時のイギリス人の心理に伝播していたイデオロギー。思想、を 確認することは、作品の読解に裏付けを与えるはずである。とりわけ第一次 大戦後の、文化的には荒廃し、「荒地」という言葉で表された現代社会に、
ウォーは非常に関心を抱いていた。彼が憂えていた「現代社会の荒廃」とい うモチーフは、『ブライズヘッドふたたび』にも大きな影を落としている。
そして何故主人公が回Jl;へと向かったのかという疑問に答えるには、主人公 が前半生を過ごした、オックスフォードとロンドンの考察が不可欠というこ
とになるO
よって以下では、第一に「主人公の回心に大きく寄与した可能性のある土 地
J
という観点からオックスフォードの、第二に「荒廃した現代社会」とい う観点からロンドンの考察を進め、その後に両者の帰結としてのブライズ ヘッドを検討するo2.オックスフォード 大英帝国の影
第二次大戦中、ブライズヘッドの大邸宅に部隊を引き連れ!駐屯している、
英国陸軍大尉チャールズの回想と共に、『ブライズヘッドふたたび
J
は始ま る。その舞台として最初に登場するのが、チャールズと親友セパスチャン・フライトとの出会い、友情、そして別離までが描かれる、オックスフォード 大学であるO
元々ウォー自身がオックスフォード大学の学生だ、ったということもあり、
息子たちへの遺産一~Brideshead RevisitedにおけるCharlesRyderの回心一一 3
同大学出身の青年たちが中心人物として登場することは、ウオ}の初期から 中期の作品
( r
大転落jr
きたないやつら jr
黒いいたずら jr
さらに多くの国 旗をj)で、は通例だった。だが先の作品群において、オックスフォード大学 の学生たちが、その放蕩ぶり、好智、そして純粋無垢さなど、とりわけ性格 描写に重点が置かれていたのに対し、この『ブライズ、ヘッドふたたび』で は、同大学の宗教運動、及びイギリスを担うエリートを養成する国家機関としての面が注目されているO
チャールズが入学した当時(1920年代初頭)のオックスフォードには宗 教運動のイデオロギーが存在したことが描かれているO
Oxford ~ submerged now and 0 bliterated, irrecoverable as Lyonnesse, so quickly have the waters come flooding in ‑ Oxford, in those days, was sti11 a city of aquatint. In her spacious and quiet streets men walked and spoke as they had done in Newman's day . . .. (17) ここで言及されているニューマンとはジョン・ヘンリー・ニューマンであ
り、 19世紀前半のオックスフォード運動の中心となった、同大学の神学者 である。オックスフォード運動とは、当時世俗に堕し、その宗教的権威を弱 体化させつつあった英国国教会を、ヴァチカンのローマン・カトリックと和 解させ、国教会内部からの改革を主導した運動であるO
このような運動の残り火は、多少なりともチャールズの入学した20世紀 初 頭 ま で 残 っ て い た ら し く 、 従 兄 の ジ ャ ス パ ー は Bewareof the Anglo回 Catholics ‑ they're all sodomites wi白unpleasantaccents. In fact, steer clear of all the religious groups; they do nothing but harm・ー"(22)と、彼らの向性 愛的傾向を非難している。だがこれは決して謂れなきものではなく、現に例
えば前述のニューマンと、同志であるアンブローズ・セイント・ジョンの親 密さに関しては、ティモシー・ジョーンズが次のように記している。
Famously, ]ohn Henry (later Cardinal) Newman had an intense friendship wi仕1Ambrose St. ] ohn. . . . Certa泊ly,at his own request Newman was buried in the same grave as S .t]ohn. Hilliard argues that this and many other documented romantic friendships" were acceptable in early Victorian England. (136)
このような事実は次第にゴシップの種と化し、約一世紀の時が過ぎたチャー ルズ達の時代には、ジャスパーの言うような、格好の中傷の的となっていた のである。
とは言え、確かに右も左も分からない新入生を学生運動 特に宗教的な運 動 から遠ざけようとするのは妥当な忠告だが、その後チャールズは、運動 家たちの手を借りることなく、まったく別の方向からローマン・カトリック への回心を果たす。そして彼をローマン・カトリックの世界に出会わせる直 接のきっかけこそ、チャールズと同性愛的親密さを結ぶセパスチャンという 青年であることも、まさにニユ}マンを始めとするアングロ・カトリック派 の行為を思わせる経緯であり興味深い。チャールズとセパスチャンの関係に ついては後述するが、ともあれ中年になった語り手が往時を偲ぶよすがとし てニューマンの名を持ちだしたところに、この小説を読み解くキーワードが 隠されているのである。
またオックスフォードが、大英帝国のエリートを養成する国家機関だ、った という点についても検討する。チャールズがそこで専攻していたのは A perfectly respectable school" (21)とジャスパ」に太鼓判を押される歴史学
息子たちへの遺産一一BridesheadRevisitedにおけるCharlesRyderの回心一一 5
であり、彼の自国イギリス史に対する愛情は、プロローグでも如実に知らさ れるO 現在中隊長を務めているチャールズの下にはフーパーという名の若い 士官がいるが、チャールズから見ておよそ二十歳年下の彼にとって、イギリ スの歴史とはつまり立法と産業の歴史であり、英雄的な戦闘叙事詩のイメー ジなどまるで、持っていないことに、チャールズは驚きを隠せない。
The history they taught him [Hooper
1
had had few battles in it, but, instead, a profusion of detail about humane legislation and recent industrial change. Gallipoli, Balaclava, Quebec, Lepanto, Bannockburn, RoncesvaIes, and Marathon ‑ these, and the Battle in the West where Arthur felL and a hundred such names whose trumpet‑notes, even now in my sere and lawless state, caI1ed to me irresistibly across the intervening years with aI1 the clarity and strength ofboyhood, sounded in vain to Hooper. (6)チャールズにとって歴史とは少年時代に憧れた英雄叙事詩の延長であり、そ れは彼が三十九歳である現在、己が属する軍隊への感情を mylast1ove" (3) と言い表している部分に顕著で、あるO 一国民が自国に寄せる軍隊への思いを 夫婦の愛情に例え、しかもそれを、家も子供もなくし、独身の自分が持って いた「最後の愛」と見なす言い方は、たとえ一時であれオックスフォード大 学の歴史学科という環境に身を置いていた彼の衿持であり、そのようなエ リート意識を持って戦争に臨んだ最後の世代という意味合いも含まれている だろう。オックスフォード大学という場所の持つ二つのイデオロギーは、そ こを卒業して以降もこのようにチャールズの中に根を張っていることがわか るO
さらにオックスフォードにおけるチャールズとセパスチャンの友情にも重 要な意味が含まれているO 二人は終生かけがえのない友情で結ぼれた親友で あるが、彼らの友情が中心に描かれる第一章のタイトルは、ラテン語の儀言 である「我もまたアルカデイアにありき
J
(Et in Arcadia Ego)である。こ の言葉には二つの意味がある。一つには文字通り、「かつて自分は楽園にい たJ
という懐古の言葉であり、もうひとつは「我J
を死神に見立て、「いか なる楽園にも死は忍びこむ」という、メメント・モリと同義の言葉である。チャールズの回想にもこの二つは見事に重なっており、かつて彼がセパス チャンとの青春という楽園の中にいたこと、だがその楽園の中に、後の悲劇 の種はすでに蒔かれていたことを同時に暗示する
チャールズとセパスチャンとの友情は、男性どうしの友愛という面におい て、確かにアルカデイアの一面を持つ。しかしその次元に留まっていては、
人間の成長は認められないことをウォーは描いているO 最終的にセパスチャ ンは母の抑圧からも成人男性としての責任からも逃避し、異教の地モロッコ にてようやく、聖者として再生する生き方を手に入れるO 永遠に続く友情の 中には真の信仰心は生まれないことを、チャールズ、は身を持って知ることに なるのである。
以上に上げた「オックスフォード運動の残浮
J r帝国主義的エリートの教
育機関J r青年どうしの友愛の環境」という物語内での役割から見ると、こ
の小説におけるオックスフォード大学は、ただチャールズ個人のノスタルジ
アというだけでなく、 19世紀及びそれ以前(宗教的には16世紀以前)のイ
ギリスを象徴するものであると思われるO
息子たちへの遺産一一BridesheadRevisitedにおけるCharlesRyderの回心一一 7
3.ロンドン一大戦後の荒廃
オックスフォード大学が大英帝国の影であるとすれば、ロンドンはチャー ルズが俗世の人生を過ごす現実の世界である。ロンドンには、チャールズの 実家及び彼の個展に関する一連の施設がある。だがそこに見出されるのは、
前章で述べたオックスフォードと違い、主にチャールズにとっては受け入れ がたい場所、彼と周囲との落差を感じさせる場所である。
まずチャールズの実家であるが、ここで彼は自分の父親と「最初の戦闘」
を行う。大学の最初の長期休暇で実家に帰ってきたチャールズは、一度外に 出て帰ってきた時点で一人の成人となっており、もう一人の成人で、家の主 である父親のエドワード(ネッド)・ライダーとは対立する存在となってい る。ライダー氏の趣味は骨董品の収集であり、わざと一時代遅れた服装やふ るまいを好んで、している、一見無害そうな老人であるO だがその外貌の下 に、自分のテリトリーに侵入する者を容赦なく追い出そうとする絹介さが隠 れていることを、おそらく生涯で初めてチャールズは知ることになる。後に ウォーの遺稿として発見された『チャールズ・ライダーの学生時代JJ(Charles Ryder云SchoolDays 1982)によれば、チャールズは十代の始めからパブ、リツ
クスクールの寄宿舎におり、父とは離れて暮らしていたと記されているO
チャールズの母は第一次大戦に従軍看護婦として赴き、セルビアで戦死して いるため、『ブライズヘッドふたたびj における戦後のライダ一家は、まさ に父と息子の二人の男が生存圏を賭けて争う戦場となるのであるO 官le dinner table was our battlefield" (58)の言葉どおり、二人は相手にとって最
も険悪な客を見つくろって夕食に招待し、互いを牽制する。しかし結局のと ころ、家主であり年長者という点で、父親の方が人脈が広いのは明らかであ
り、最終的にチャールズは敗北を認めて、セパスチャンからの電報を受け 取った途端にブライズヘッド邸へ遁走する。
チャ}ルズの父の本意は、結局のところ作品中では明らかにされない。わ ずかにその後二十年を経て、語り手であるチャールズがこう述懐するのみで ある。
1 do not to this day know whether they were purely punitive ‑ whether he had really at the back of his mind some geopolitical idea of getting me out of the country . . . or whether, as seems most likely, he fought for the sheer love of a ba抗lein which indeed he shone. (64)
この、heerlove of a battle"という言葉から見る限り、チャールズの実父は ウォーの初期作品から登場する、「信頼できない父親」の系譜に属する人物 である。第一作の『大転落』から一貫して、ウォーの作品は「信頼できない 父との闘いjがテーマであり、『ブライズヘッドふたたび』においてもチャー ルズの実父はそのような男性として登場している。このような、通常ならば 安らぎを覚える実家という場所においてチャールズが締め出され、その後ほ ほ終生根無し草として生きる人生の出発点を踏み出したことを看過すべきで はない。
それから後、チャールズにとってのロンドンは、不毛と惑乱の土地とな るO 彼は実家以外にもたびたび、ロンドンの街に出かけるが、酪町の果てに娼 婦を買ったあげく自動車事故を起こしたり、意義のないデモ活動に巻き込ま れたり、後年開いた個展の会場では阿訣追従しか口にしない客と商売上手の 妻に疲れ果てたりなど、チャールズがロンドンで安息を得ることはほぼな
息子たちへの遺産一‑ Brideshead RevisitedにおけるCharlesRyderの回心 9
い。ロンドンは彼にとり、精神的に不毛の土地 まさに「荒地」の象徴であ るのだ。ブリーズはそれを、ウォーの作家性に触れながら "[W]hereasEliot glimpsed a prospect of redemption for urban man, Waugh instinctively rejected him, seeking solace away from the metropolitan crowds and if possible, away 企omthe modern age" (137)と説明している。
ウォーはその作品群において、一貫してロンドンを嫌悪していた。彼の小 説に登場するロンドンは、戯画と化すまで誇張された社交界の中を、浅慮で 淡白な BrightYoung官1Ings" ウォーと同年代の、第一次世界大戦後に成 人した若者たち)が閥歩する、堕溶しきったメトロポリスである。そこに前 章で述べたオックスフォードのような、祖国への愛国心を育む学ぴ舎として の機能は存在しない。この点は『ブライズヘッドふたたび、』においても明白 だ。しかし本論では、ある一点においてこの都市にも重要な役割が与えられ ていることを指摘するO それは画家として身を立て、アマゾンの原生林への 写生旅行から帰還したチャールズが個展を聞いた際の出来事であり、彼がこ の荒廃したメトロポリスの真ん中で、精神の解放を経験する場面である。
その日、朝から続く無味乾燥な社交の挨拶に疲れきっていたチヤ)ルズの 元に、オックスフォードの同窓生で、在学中からその唯美主義者ぶりで耳目 を集めていた、アントニー・プランシュという男が現れるO アントニーは、
若さゆえに時折偏向的な考え方に傾くことのあるチャールズを、一層惑わ し、かと思えば光へと導くような、二重性を持った人物である。それは二人 が初めて出会ったセパスチャンの昼食会で、アントニ)がTS.エリオット の『荒地j (1922) の一節を朗唱する場面に象徴されているO
7, Tiresias, have foresuffered all,' he sobbedωthem from the Venetian arches;
'Enacted on this same d‑divan or b‑bed, 1 who have sat by Thebes below the wall
And walked among the l‑lowest ofthe dead. . .' (28)
この一節は『荒地
J
第三節、両性具有の予言者テイレシアスがロンドンを訪 僅する場面であるが、ここにアントニーの人物造型が端的に現れている。同 性愛者で世界を周遊するのが趣味のアントニーは、『ブライズヘッドふたた びJ
におけるテイレシアスの具現化であり、主人公チャールズを導く存在で ある。彼はチヤ}ルズに近づき、一言二言絵について感想を述べたあとで、'Not quite your mi1ieu, my dear, but mine, 1 assure you. After all, you have been in your mi1ieu a11 day'" (252)と含みのある言葉を肢きチャールズを誘
つ
Oチャールズの mi1ieu"(世界)とは何か。それは理解しあえない実父、阿 諌追従を並べ立てる社交界の人々、そして商売上手でやり手の妻シーリアに 象徴される、実体としては無味乾燥であるくせに表面はやり切れないほどに 騒がしい、荒地そのもののロンドンである。対してアントニーの milieu"と は、その荒地の真下にある、文字通り地下水脈のロンドンであるO アント ニーの言葉をきっかけに、チャールズは兎に導かれるアリスのように、もう ひとつの世界へと足を踏み入れていくO
Anthony led me from the gallery and down a side street to a door between a disreputable newsagent and a disreputable chemis ,t
息子たちへの遺産一‑Brideshead RevisitedにおけるCharlesRyderの回心 11
painted with the words Blue Grotto Club. Members Only.' . . . He led me downstairs, from a smell of cats to a smel1 of gin and cigarette‑ ends and the sound of wireless. . . . The place was painted coba1t; there was cobalt linoleum on the floor. Fishes of silver and gold paper had been pasted haphazard on ceiling and walls. (252‑53) きらびやかな社交界から、一気にチャールズは地下の世界、鼻につく臭いと 機械音にあふれたゲイパーへと案内されるO そこはまさに彼にとってのワン ダーランドー不条理な地下の異世界である。さらにウォーは、このゲイパー にもう一つの意味を持たせている。「青の洞窟クラブ」という)苫名、コバル トブルーに塗られた室内、天井から壁面まで貼り付けられた金銀の紙の魚、
という内装からは、この庖が単に地下にあるというだけでなく、より深い海 底のイメージも兼ねているのだということがわかる。同性愛者たちの集まる 場、地下水の淀む地の底において、チャールズの意識はようやく解放され、
心は一気にオックスフォード時代へと引き戻される: Ashe spoke to the bar and bar‑tender . . . the whole drab and furtive joint seemed to fade, and 1 was back in Oxford looking out over Christ Church meadow through a window of Ruskin‑Gothic" (253).
さらにアントニーはチャールズの描いたアマゾンの絵を完膚なきまでに酷 評するO このように、不毛の土地ロンドンであってもその一部分は、人生の 途中にあるチャールズにとって、再度意識の蘇生を促す場の役割を果たして いるとも考えられる。チャールズは後に「酷い一日だった…とどめにゲイ パーで完膚なきまでに絵をやっつけられたよ」と口に出して苦笑すること で、改めて我に返るのである。
4.ブライズヘッドへ
これまで述べたように、オックスフォードとロンドンというこつの土地の 表象は、端的に言えば前者がイギリスの過去であり天国、後者はイギリスの 現代であり地獄ということであり、それぞれが小説中で途切れることなく チャールズの運命の橋渡しをしている。そしてこれらの特質を二っとも併せ 持ち、最終的にチャールズの回心に至る運命を決定する場所となるのが、三 番目の土地ブライズヘッドである。この章では、その特質とそれがヲ!き起こ す事柄の意味を考察するO
チャールズが初めてブライズヘッドを訪れたのは大学時代だが、特に二度 目の滞在でセパスチャンと二人きりのヴ、アカンスを過ごし、屋敷の堂々たる 美観に圧倒されたときには、次のような述懐を残している。
It was an aesthetic education to live within those walls, to wander from room to room, from the Soanesque library to the Chinese drawing副room,adazzle with gi1t pagodas and nodding mandarins, painted paper and Chippendale fretwork, from the Pompeian par10ur to the great tapes仕y‑hunghall which stood unchanged, as it had been designed two hundred and fifty years before . . .. (72) さらに屋敷の外までも、ブライズヘッドの美しさは果てしない。テラスは眼 下にどこまでも続く湖水に臨み、かなたにはライムの林があり、石畳の一部 は花壇を刈りこんで、作ったアラベスク模様になっているO 屋敷の正面には百 年前にイタリアから輸入した噴水がそびえ、中央にある彫刻をほどこした大 岩には熱帯植物とシダが植えられ、幾筋も天に向かい湧きだす泉のそこかし こに獣たちの彫刻がはね回る(この噴水は、二十年後にこの地を再訪した
息子たちへの遺産一一BridesheadRevisitedにおけるCharlesRyderの回心←ー 13
チャールズの部下であり現実主義者のフーパー中尉すら驚嘆する的となる)0
チャールズは子供の頃から中世の写本やカリグラフィに目のない少年だ、った が、二十歳を前にしてこの屋敷を訪れたときから、彼の噌好は突如としてバ ロックの魅力に取り濃かれるO 噴水のこだまに耳を澄ませ、この屋敷に集め られた驚嘆すべき芸術の結晶を身に感じると、チャールズの心ははるか高み へと解き放たれていき、 "Ifelt a whole new system of nerves alive wi白inme, as though water that spurted and bubbled among its stones, was indeed a life‑ giving spring" (73‑74)と述懐する。
とすれば、ブライズヘッドとは青春の都オックスフォードの再演であり、
ロンドンの地獄をさまよったチャールズが到達した地上の天国に思われる が、呆たしてそうなのだろうか。それでは小説内で、チャールズの魂が地上 にありながら幸福な天国に迎え入れられ、そこで満足してしまうということ になる。『ブライズヘッドふたたび』という作品が主人公の回心に主軸を置 いた物語であるならば、そのようなことはあり得ない。その通り、ブライズ ヘッドとはその内実も天国には程遠い、実は地獄の都ロンドンを引きずった 場所でもあるのだ。たとえばジェフリー・ヒースがこの地を stillin some way unfinished" (165)と捉えているように、ブライズヘッドはそれだけで 完成された楽園ではなく、外見上の美しさとは別に、ゆっくりと崩壊の兆し を見せながら、中に住む者たちの悲劇に最終的にとどめを刺すチャールズの 到来を待ち受ける、未完成の器であるのだ。その悲劇は [slomethingquite remote from anything the bu1iders intended" (326)と後のチャールズが述懐 する通り、この屋敷の建築者たちも、そしてチャールズ自身すらも気づくこ
とはないまま、しかし着実に進行していく。 3
最初は当主の息子であるセパスチャンの客人として屋敷に迎え入れられた チャールズだが、その後も何度か屋敷に出入りするにつれ、イ主人であるフラ イト家の人々と抜き差しならない鮮を抱えるようになる。特に成人後、一族 の長女であるジ、ユリア・フライトと不倫の関係になり、カトリックの支配す る館で「罪の生活」を送るにつれ、改めて己の信条を再確認する過程があ るO また、厳格なカトリックであるセパスチャンの母との出会い、複雑な力 学に囚われた家族に対する自分の立ち位置の不安定さなど、ブライズ、ヘッド はチャールズにとり共感と反発の繰り返しの場である。だがそこで彼は、あ る出来事を目撃することにより、決定的におのが人生の方向を見つけ出す。
それが最終的にチャールズの去就を決定する要因となる、一族の当主マーチ メイン卿、アレックス・フライトの死に立ち会う場面である。
マーチメイン卿もまた、チャールズと同じく、その生涯のほとんどを宗教 を疎んで過ごした人間だった。彼はセパスチャンの実父であり、ブライズ ヘッドを相続する一族の正当な後継者であったが、セパスチャンの母と結婚 する際に彼女の信仰するカトリックへと改宗した。しかし結局のところ結婚 生活は破粧し、第一次大戦から復員した後は二度とプライズヘッドには近寄 らず、イタリアで別の家庭を持っていた。そこで妻への憎悪と神への不満を 持って暮らした後、最終的には病の身を押してブライズヘッドへと帰郷し、
死の間際に十字を切って、キリスト教徒として息を引き取ることを選ぶ。そ の様子は、実父を人生のロールモデルとすることができず、だからと言って 信仰という強力な軸を見出すこともできず、徒手空拳で世の中を渡っていた チャールズに大きな衝撃を与え、その後彼自身がカトリックに改宗する契機
となるのである。
息子たちへの遺産一‑Brideshead RevisitedにおけるCh訂lesRyderの回心一一 15
死出の旅の直前、再びブライズヘッドに終の棲家を得たマーチメイン卿の 姿を、チャールズはつぶさに観察し、記述するO 館に戻ったマーチメイン卿 は、「中国の間Jと名のついた客室にベッドを置いて寝たきりの生活を送るO
そして日を追うごとに彼の意識は死へと向かい、規との会話で次のように語 る。
Then 1 went away ‑ left her [Lady Marchmain] in the chapel praying. It was hers. It was the place for her. 1 never came back to disturb her prayers.τ'hey said we were fighting for freedom; 1 had my own victory. Was it a crime?'
1 think it was, papa:
'Crying to heaven for vengeance? Is that why they've locked me in this cave . . . ? Do you think出at,child? But the wind will come soon, tomorrow perhaps, and we'll breathe again. . ..' (313‑14) この言葉でマーチメイン卿は、見捨てた妻への謝罪を口にしているのではな い。彼は妻の姿に投影されていた、少年時代の幻影純粋さ、信仰、希望『
と生涯にわたって闘い続けていたのであり、死期に至って尚もまだ自身の勝 利を願っているのであるO 大学時代のチャールズを魅了したブライズヘッド 邸の美観はそのときも変わらず、黄金の稲穂、たわわに実をつけた果樹、そ の中をゆっくりと飛び回る蜜、蜂という風景が窓の外には開けているが、マ}
チメイン卿の生は黄金で飾り立てた密室の中に、鉄のボンベと酸素マスクを 装着して閉じ込められているO それが自身の罪に与えられた罰だとしたら、
どうすればその罪は浄化されるのか、その答えは次のようなマーチメイン卿 の臨終の場において明らかになるO
マーチメイン卿の死において臨終の秘蹟を受けさせるかどうかが家族の聞 で論議の的となったとき、集まった者の中で一人だけチャールズは、「あの 人くらい一生を通じて自分の宗教観をはっきりさせた人はいないのに、病気 で意識不明になったそのときに、回心したことにしようというのか
J
と反論 する。 しかし最終的にフライト家の人々は、マーチメイン卿の長女ジュリ アの決断によって神父を呼ぴ、眠っている病人に秘蹟の儀式を行うことを選 ぶ。チャールズを含めた親族と神父がマーチメイン卿の枕頭に集まり、彼の 額に終油が塗られた際、ふとマ}チメイン卿が目を覚まし、額に手をやるOチャールズはそれが油をぬぐおうとする仕草だと思い、そのときは自身の理 念を捨てでさえ、マーチメイン卿に回心のしるしを見せてほしいとまで願
うO すると次のようなことを目にするのであるO
But there was no need to fear; the hand moved slowly down his breast, then to his shoulder, and Lord Marchmain made the sign of cross. Then 1 knew that the sign 1 asked for was not a 1ittle thing, not a passing nod of recognition, and a phrase came back to me from my childhood of the veil of the temple being rent from top to bottom. (317)
チャールズがブライズヘッドで自にしたこの場面は、まさに彼のために、成 熟と崩壊を同時に続けてきたブライズヘッド邸が用意した最後の舞台だ、った と考えられる。何故ならそれを目にした瞬間、チャールズの脳裏に、イエス が絶命した瞬間にエルサレムの神殿の帳が真っ二つに避けたという新約聖書 の挿話が蛙るからである。人が神に帰依する瞬間を自にしたチャールズのこ の反応にこそ、彼の放浪のすべてが集約されていると言っていいだろうO
息子たちへの遺産一~Brideshead RevisitedにおけるCharlesRyderの回心 17
チャールズはそれまで、フライト一族を支配する信仰の重みに倦み、特に ジュリアと愛しあった後は二人の未来のためにそれを破壊したいと望んでい たことが描かれているO そんな彼にとり、当主であるマーチメイン卿の反キ リスト教的態度は大きな拠り所となっていた。さらにその前、マーチメイン 卿が彼とジュリアに屋敷を相続させる旨の遺書を書いた経緯を考えると、
チャールズがマーチメイン卿の義理の息子として、自負と同時に同化願望す ら持ち、己の意見を彼の意見と重ね合わせていたことが推察されるO それは ロンドンの実父と精神的な繋がりを持つことができず、外部に父を求めるこ としかできなかったチャールズの、己の生存圏を見出す闘いのまさに再演 だ、ったのであるO マーチメイン卿が自身の過去との闘いを宗教との闘いに重 ねあわせているように、チャールズは自身の領域をブライズヘッドに見出す ことを、宗教との闘いに重ねあわせていたのであるO よって、かくのごとく 精神的な師としていた男性が、最終的に信仰の力を受け入れたとき、チャー ルズの思想も同時に瓦解し、再構成を強いられることになったと考えられ る。そこにチャールズの回心の契機を読み取るのは、もはや決して困難では ない。
オックスフォードの青春、ロンドンの荒地、そしてブライズヘッドへと辿 り着く主人公の遍歴が、まさにこの瞬間に結実したのであるO またそれは同 時に、『ブライズヘッドふたたび』における悲劇ーある一族の分裂と崩壊ー が完結したことも示しているO その悲劇の種子は既にフライト一族の中に内 在していたものであり、チャールズはそこに最後の藁を積んだに過ぎない。
だが重要なのは、チャールズ以外の何者も、フライト一族に関わった他の男 たちゃ、更にはマーチメイン卿の実の息子たちにすら、その悲劇の最終遂行
者となることは不可能た、ったということだ。
自らと同じく流離人として、天国と地獄の雨体験をした男性(マーチメイ ン卿)が、その両方の特色を併せ持つブライズヘッドで信仰を見出したこと にチャールズは感応したのであり、そのプロセスをここに見出すことができ るO オックスフォードで無意識のうちに誘発された信仰の炎は、荒廃の都で あったロンドンを経て、ブライズヘッドの小さな礼拝堂においてチャールズ の心に確定するのである。
5.結 び
ウォーは1960年に発行された『ブライズヘッドふたたび
J
の改訂版に、次のような前書きを寄せた。
It was impossible to foresee, in the spring of 1944, the present cult of the English country house. . . . Much of this book therefore is a panegyric preached over an empty co箇n.But it would be impossible to bring it up to a date without totally de甜・oyingit. 1t is offered to a younger generation of readers as a souvenir of the Second War rather than of the twenties or of the thirties, with which it ostensibly deals. (x)
「表立って扱っている1920、30年代ではなく、第二次大戦の遺産としてこ の物語を若い読者に捧げる」という言葉に、ウォーのメッセージが読み取れ るO そのメッセージは、物語の主人公チャールズの人生に重ね合わせること で、より大きな意味を持つ。チャールズはオックスフォードとロンドンの二 つの都市を通過し、最終的にブライズヘッドに辿り着いて回心の契機を見出
息子たちへの遺産一一BridesheadRevisitedにおけるCharlesRyderの回心 19
すという、魂の遍歴をなし遂げた。その過程には、実の父に拒絶され、流浪 の末に精神的な父を、そしてより高次にある父としての神を見出すという、
父親探しの旅があった。それはウォー自身が踏破してきた道程、若き日に ローマン・カトリックの教義に帰依し、また父の死を経て、自身の信仰をよ り芸術性の高い作品へと昇華させたという過程に重なる。
だが二つの重ね合わせはそこで終わりではない。作者であるウォーが成し 遂げたことC それは、父を見送った彼自身が今度は父となり、次世代以降の 人々に向けた遺産を贈与する立場になったということだ。ウォーはそれを、
創作上の人物であるチヤ」ルズの半生に寄せ、第二次大戦中に中年を迎えた 男の回想録という形で、若者に引き継がせようとした。その遺産の引継ぎこ そが、『ブライズヘッドふたたびjという小説の使命、またウォーのねらい であったと考えられる。
注
1
r
ブライズヘッドふたたび』が執筆されたのは1943年、第二次世界大戦中に海軍 の軍務についていたウォーが、怪我により療養を勧められていたときである。更 に同年、彼の父アーサ‑.ウォーが老衰のため病死しており、若い頃から確執の あった父を亡くしたことは、ウォーの心理に大きな衝撃を与えていた。孫のアレ クサンダー・ウォーの記したウォーの伝記によれば、この物語を覆う感傷的傾向 は父の死により引き起こされたのだと、ウォーの実兄は主張していたとのことで ある (282)。2 チャールズ自身がブライズヘッド邸に現れた死神であるという暗示は作品中の随 所に見られる。大学時代のチャールズの下宿には、同じ餓言を彫り込んだ髄穣の レプリカが置いてあるO また後年、建築物専門の画家として名を上げたチャール ズは、イギリス各地を巡り、取り壊される寸前のカントリーハウスの姿をキヤン
パスに留めることを職とするが、自分の仕事についてこう語っている: After my first exhibition 1 was called to al1 parts of the country to make portraits of houses that were soon to be deserted or debased; indeed, my arrival seemed often be only a few paces ahead of the auctioneer's, a presag巴ofdoom" (212).そして 最終的に、軍人チャールズの率いる部隊がブライズヘッド邸を完全占領すること で、屋敷の生命は絶たれるのである。フライト一族の視点から物語を概観すれ ば、チャールズの役どころはまさに、一族と館の運命に終止符を打った「不幸の 先触れ」となるだろう。
3 大戦の前からすでにブライズヘッド邸の内に「荒地」が忍び、寄っているというこ とは、第二章で述べた「青の洞窟クラブ」のパロディが邸内に存在することに見 られる。それは屋敷の女主人マーチメイン夫人の私室であり、そこでチャールズ は彼女の味方になるかどうかのテストを受けさせられるO 彼女の部屋は the walls . . . were stripped and V¥四hedblue and spo仕edwi出innumerableli仕lewater‑ colours of fond association" (115)とあるように青一色で塗られ、その他ポプリ や宗教関係の書籍、聖人像などが雑然と置かれた、彼女の聖域なのである。この
「青い部屋jは後にチャールズの元へ「青の洞窟クラブ」の姿を取って再現され る。ポプリの香りと水彩画に彩られた一室が、猫の悪臭と安っぽい紙の魚にまみ れたゲイバーへと変身するアイロニーは、ダグラス・レーン・ペイティが指摘し ている (238)。
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