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ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論

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(1)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論

著者 桧垣 伸次

雑誌名 同志社法學

巻 61

号 7

ページ 231‑287

発行年 2010‑03‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012131

(2)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二三一同志社法学 六一巻七号

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論

桧 垣 伸 次

  (二三四七)

1

1

isnaaruheaB2

Skokie3

R.A..V4

Bckla5

6 2

(3)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二三二同志社法学 六一巻七号

はじめに

  本稿は︑ヘイト・スピーチの規制が憲法上可能であるかにつき︑アメリカ合衆国︵以下︑アメリカとする︶の判例︑

学説

特に批判的人種理論と呼ばれるものを中心に

を検討するものである︒

  ヘイト・スピーチという言葉は︑その捉え方自体が多様であるため︑定義は論者によって異なるが︑ここでは︑﹁人種︑ 民族︑宗教︑性別等の集団に対して︑憎悪等を表明する表現﹂と定義する︒ヘイト・スピーチの対象となる集団は︑人種︑民族︑宗教︑性的志向に基づく集団や女性など︑非常に幅広い

い的つにチーピス・トイヘ別差種人︑はで稿本︑が 1

てのみ論じる︵以下︑本稿では︑単にヘイト・スピーチとした場合︑人種差別的ヘイト・スピーチのことを指す︶︒

  ヘイト・スピーチの背後にあるのは人種差別問題である︒人種差別問題は︑古くから存在する世界的な問題であり︑

時として︑ナチスによるユダヤ人虐殺︑南アフリカのアパルトヘイト︑ルワンダの内戦︑旧ユーゴスラヴィアの民族浄化など︑深刻な問題に発展することもあった︒現在においても︑人種差別問題は世界中に偏在しており︑日本も例外で

はない︒

  (二三四八)

1

2

3

(4)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二三三同志社法学 六一巻七号   国際社会はこの問題に対処すべく︑様々な活動を行ってきた︒その一つが︑一九六五年の﹁あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約﹂︵以下︑﹁人種差別撤廃条約﹂という︒︶の採択である︒人種差別撤廃条約は︑本格的な実行 措置を備えた人権条約としては最も早期に採択され︑発効した条約であり

る︑てし入加はいある准批が国のく多い 2)

3)

  しかしながら︑日本では︑人種差別問題が起きているにもかかわらず

五の九九一︑れ遅は入加へ約条廃撤別差種人︑ 4

年にようやく国会により承認され︑翌一九九六年に発効した︒このように加入が大幅に遅れた理由は︑主として︑人種主義に基づく差別の煽動を禁止し︑処罰することを義務付ける第四条

しる触抵に条一二第法憲す障保を由自の現表︑が 5

ないかが問題となったからである

︵入条四第︑し際に加︒約条は本日︑局結 6)

a

︶及び︵

行て保障と抵触しない限度におい︑利これらの規定に基づく義務を履の権集及けるの会︑結社びに表現の自由その他お

b

下の法憲国本日︑﹁きつに︶ する﹂とする留保を付し

応︑いてっとを置措法立るす対いに条四第︑でまる至に在現な 7)

8)

  日本国憲法は個人の尊重を基本理念としており︑また平等の理念は︑﹁人権の歴史において︑自由とともに︑個人尊 重の思想に由来し︑常に最高の目的とされてきた

ゆる的代近が別差よ等に種人ない︑平思にはるあでから明と想こいなれ容相とえ ﹂︑ものである︒そして︑人種は個は人の人格価値を決定するもので 9)

侮しや損毀誉名いなと由理を等種人︒ 10

辱などとは異なり︑ヘイト・スピーチは﹁厳然とした﹃力の差異﹄のある関係の中で行われてきた

﹂ものであり︑その 11

力関係を維持・強化させる

る牲ものであり︑犠者すにより深い傷をる定え牲︒それゆえ︑犠者否の真の人間性を与 12

要もと平等を達成するために︑尊ヘイト・スピーチ規制が必重のよ人の歴史に鑑み︑人種にる支配関係を断ち切り︑個 ︒そ 13

であると考えられる︒

  しかしながら︑ヘイト・スピーチを規制するならば︑表現の自由という極めて重要な権利を規制することとなる︒表

現の自由は︑その根拠は様々ではあるが︑おおむね他の諸権利に比べ︑とりわけ重要な権利であり︑より厚く広く保障

  (二三四九)

(5)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二三四同志社法学 六一巻七号

されるべきであると主張され

準れは厳格になさる基べきであるとる断れる︑それに対す制判約の合憲性のさ 14

︒なぜなら 15

ば︑あらゆる事実・意見についての知識を持っていて︑はじめて︑自らの意思を形成できるものなので︑政治の最終決定者である国民は︑社会におけるあらゆる事実・意見について知識を持っていなければ︑その機能を果たしえないから

である

あ公化体具をみの益利的共のるそが段手成達的目法立すよりけるれさといならなばれなういてれらめ定に密厳に︑ やす的目法立︑ばらなる制で規を由自の現表︑てっがむ︒共とこるす成達を益利的公にな欠可不要必ぬれまやよ 16

17

  このように︑ヘイト・スピーチは︑個人の尊重や平等の理念に反する一方︑それを規制することは表現の自由に抵触しかねない︒この問題は︑単に表現の自由の一つのトピックにとどまらず︑アメリカのように﹁表現の自由の﹃絶対主 義﹄的な保障の伝統という﹃特殊な国家﹄を維持﹂するのか︑イギリスやカナダ並の﹁﹃普通の国家﹄になるのか﹂という︑﹁原理的なレヴェルにおけるどぎつい選択を迫る問題﹂であるといわれる

民で﹃や﹄由自﹁﹃はここ︑ちわなす︒ 18

主主義﹄というシンボルをめぐる国家観の選択﹂が問われているのである

イヘ︒現在日本ではするト・スピーチをか法制判いなし在存も例︑律めたいなし在存が規 家の本はどちらの国観︒を選択するべきな日 19

︒学説は︑条件付き合憲説が 20

有力であるとされ

国傾﹂を志向する向なにあるように思る殊れは︑規制積極論さ特ほど多くなく︑﹁わ 21

迫﹂択を分る問題でいあるとの認識選つ十ないないてれさヴぎェルにおけるどは レな的理原︑﹁が 22

メ国アるあで﹂家な殊特︑﹁は稿本︒ 23

リカ内部での︑﹁特殊な国家﹂を選択する立場と﹁普通の国家﹂選択する立場とをめぐる議論状況を概観し︑日本における議論の方向性は如何にあるべきかを検討する︒この際注目されるのが︑批判的人種理論と呼ばれる議論である︒従

来︑日本では︑﹁普通の国﹂を選択する批判的人種理論がアメリカでの議論︑とくに合衆国最高裁に与えた影響は過小評価されてきた感がある︒そこで︑本稿では︑批判的人種理論が合衆国最高裁に与えた影響に注目し︑アメリカの判例︑

学説を検討する︒

  (二三五〇)

(6)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二三五同志社法学 六一巻七号

 

1

章アメリカにおけるヘイト・スピーチ規制に関する判例   アメリカでは︑公民権運動の結果︑黒人差別を前提にした法制度は廃絶もしくは大きく修正されたものの︑人種上の優越集団=白人層のあいだに巣くっている心情的・情緒的な差別感覚は容易に減りも消えもしなかったといわれる

︒現 24

在においても︑人種融合が進んできているといわれているにもかかわらず︑ヘイト・クライム

は増加傾向にある 25

・かは言い難い︒それにもかわるらず︑アメリカではヘイトといぐてように︑人種差別をめる状況は必ずしも改善され ︒のこ 26

スピーチの規制には大変厳しい基準を設定してきた

27

  このような︑アメリカのヘイト・スピーチ規制に対する厳しい態度は︑歴史的発展と︑憲法的価値のヒエラルキーの 点により︑理解されうるといわれる

法おア︑ろしむ︑ずらてリっなはと利は憲権メカの強るす摘指とるす調をの由自の論言は史歴上 のカ人が法憲はでリ厳メア︑は者論る間尊︒の尊の間人︑でい厳ないてし及言にあ 28

︒また︑アメリカが個 29

人の表現の自由に重きを置くのは︑単に政府への根深い不信ではなく︑アフリカ系アメリカ人への奴隷制度や差別︑またネイティブアメリカンのような他のマイノリティへの虐待の結果の軽視を反映しているのかもしれないとする

30

  このように︑アメリカでは︑人間の尊厳あるいは平等よりも︑表現の自由に重きを置いてきた︒これが︑﹁特殊な国家﹂ たる所以である

︑のメリカ社会の栄光一るつであるとまでいアはれ自︒この点︑言論の由条を保障する修正第一わ 31

W alk er

てにアメリカが表現の自由を重きし置いてきたのは決し︑に関︑かしながら︑によるとヘイト・スピーチ問題 し︒ 32

必然的な結果ではなく︑修正一条の法理はまったく異なる方向に進む可能性も存在したのである

の正ぐる社会的動向を概観し︑修一を条の法理がどのようにして現在め例ヘピにおける判ト・スイーるチ例判︑す関に ︒カリメア︑はで章本 33

ような方向に発展してきたのかにつき︑検討する︒

  (二三五一)

(7)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二三六同志社法学 六一巻七号

1

節一九四〇年代以前   アメリカ合衆国では︑アフリカ系アメリカ人やユダヤ人は何世紀にも渡り︑悪意に満ちた中傷を受け続けてきた

も︑れたものはほとんどなく差扱別は公然と語られ︑裁判所わて以しかしながら︑二〇世紀前は︑ヘイト・スピーチと ︒し 34

ほとんど介入しなかった

よはうになったの一る九二〇年代といるれれピ︒ヘイト・スーさチの問題が提起わ 35

的あ発ななものでりは︑国家的な問題散論はよたっかならそのう議な問題に関すると は時当︑が 36

に︑代年〇三九一らがなしかし︒ 37

入ると︑アメリカ国内のナチスの権利の問題などが︑反ユダヤ人︑反民主主義団体の言論や集会の法的規制の要求につながり︑ヘイト・スピーチの問題を国民的な議論のレヴェルへと押し上げた

煽年衆民︑とるなに代〇四九一︑てしそ︒ 38

動家が︑その政治的アピールのためにしばしば人種的︑宗教的偏見を刺激し︑さらには︑プロの煽動家︵

ha te m on ge rs

︶ の活動などもあり︑人種暴動や︑他の暴力の噴出などの可能性が継続的なものとなった

︒その中で起きたのが︑ 39

C ha pli ns ky

判決

ph y ur M

常かの権利は︑いな言る時︑環境においても論自なにである︒法廷意見お由いて︑裁判官は︑﹁ 40

に絶対ではなく︑それに対する制約や罰則化は何らの憲法上の問題も引き起こすことはないと考えられてきた︑明確に定義され︑厳格に限定された範疇の表現がある

な言要重るけおに開公の想思︑は辞なうよのそ︑﹁てしそ︒るべ述と﹂ 41

要素ではなく︑真実への段階としてはわずかな価値しか持たず︑それに由来するいかなる利益よりも秩序と道徳への社会の利益のほうが明確に勝る

ns C lliv Su ky ha pli an

決﹂と︑は理論のる︒主決判張すのこ判 42

により︑消滅したともいわれ 43

︒決・スピーチを巡る判のイ中で常に引用されるトヘお︑明確に覆されてはらがず︑後に見るように︑ 44

  (二三五二)

(8)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二三七同志社法学 六一巻七号 第  

is na ar uh ea B 2 ―

に心中を決判代節年〇六九一〜代年〇五九一

  前節で見たように︑一九四〇年代になると︑人種暴動や︑他の暴力の噴出などの可能性が継続的なものとなった︒そこで︑人種あるいは宗教に対する攻撃的な言論︵当時は集団的名誉毀損︵

gr ou p lib el

︶と呼ばれた

︶の規制は︑真剣に 45

考慮された

制れ制で州のかつくいが法州るす規さを損毀誉名的団集︑で中のそ︒定 46

︑その合憲性が争われた︒ 47

B ea uh ar na is v. Illi no is

の憲的名誉毀損法の合性集につき判断した唯一団が事裁その中の一つの例はであり︑連邦最高︑ 48

事例である︒本判決において︑連邦最高裁は五対四でイリノイ州

︒法たしと憲合を損毀誉名的団集の 49

  法廷意見を執筆した

F ra nk fu rte r

裁判官は︑

C ha pli ns ky

判決を引用し︑それに対する制約や罰則化は何らの憲法上の

問題も引き起こすことはないと考えられてきた︑明確に定義され︑厳格に限定された範疇の表現があると述べ︑名誉毀損が修正一条の保護の範囲外であり︑それが集団に対するものであっても同様であると指摘する︒そして︑イリノイの

人種間の問題の歴史を述べ︑その文脈の中で当該州法が成立したことを指摘し︑このような人種間の問題の﹁歴史と︑それに必ず伴う極端な人種的あるいは宗教的プロパガンダに直面し︑我々は︑イリノイ州立法部は︑公の場所でなされ︑

それが示された者に対し大きな精神的衝撃を与えるように意図された方法でなされた人種的︑宗教的集団に対する誤ったあるいは悪意のある名誉毀損を抑制する方法を理由なく追求したと述べることはできない﹂と指摘する

︒また︑個人 50

の権利の達成の効率性は︑その個人が属している集団に依存することを指摘し︑個人に向けられたときには明白に罰することのできる言論については︑その個人が関連する集団に向けられた場合に違法とすることはできないとはいえない

とする

51

  法廷意見に対し︑

Ja ck so n

裁判官︑

D ou gla s

裁判官︑

R ee d

裁判官︑

B la ck

裁判官の反対意見があるが︑

B la ck

裁判官以

  (二三五三)

(9)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二三八同志社法学 六一巻七号

外の裁判官は︑州が合憲的に集団的名誉毀損法を制定できる可能性を指摘する

52

  しかしながら︑

B ea uh ar na is

判決以降︑類似の法令は様々な批判に服し続けてきた

︒六リノイ州法も一九一た年には廃止されたイっなと題

ar B ea uh na is

︒判決で問︑で中のそ 53

  また︑連邦最高裁は︑ウォーレン・コートとバーガー・コートの時代に︑公民権運動関連の判決において︑

B ea uh ar na is

判決を実質的に覆したといわれる

決判

ra Su lliv an B nd en bu rg

の︑決判︑がる︑︒らげ挙ばしばしれし関に点のこ 54

C oh en

︑判決 55

is Su lliv an B ea uh ar na

としたを判決囲覆したとされ外護範誉である︒判決は︑名毀の損は修正一条の保 56

nd bu B ra rg en

宗︑的種確的人な的撃教唱思想を︑道する権利を攻なり犯︒また︑判決では︑罪限行為を直接煽動しい 57

立したとされる

︑をよ社会の変化選り択したのであるも 序重尊の性受感の々人や持維の秩のののように︑一九六〇年代以降最︒高裁の修正一条の解釈は︑公こ 58

59

  このような流れは︑人口の大半がユダヤ人というイリノイ州のスコーキー村でのナチスの行進の阻止を意図した条例を破棄した一九七八年の連邦控訴裁の判決

で最高潮に達した 60

61

Sk ok ie 3

節一九七〇年代

事件

を中心に

62

  前節で述べたように︑言論の自由に対しては精力的な擁護があったのに対し︑集団的名誉毀損法に対しては︑同様の擁護はなかった

ck Ja so n is na ar uh ea B

裁判官判やの反対意見を執筆した裁他おるメ︒すなわち︑アリけカ国民は判決に 63

官の立場

不快︵

of fe ns iv e

︶な言論は︑自由な社会のために支払われる対価であるという立場

を選択したのである

Su lliv an

に︑に論議るす関に題問的公よてういるれさ表にどな決判︒つ 64

のくもたれか開く広︑強力︑ずれさ約制︑﹁は 65

でなければならない

︒持誉毀損法は支を的失っていった名団が﹂︑どなるが広集方え考ういと 66

  (二三五四)

(10)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二三九同志社法学 六一巻七号   しかしながら︑一九七七年︑集団的名誉毀損法を巡り︑大きな議論を巻き起こす事件が

B ea uh ar na is

事件と同じイリノイ州で起きた︒いわゆる

Sk ok ie

事件

義ア邦控訴裁は︑メ区リカ国民社会主連回件で七第︑ていおに巡事のこ︒るあ 67

党︵NSPA︶が︑人口の大半がユダヤ人

行でしとうよし止阻をとこるす進例村条ーキーコスの州イノリイういとた 68

違憲であるとした 69

70

  このように︑NSPAはスコーキー村においてデモを行う権利を認められた︒それにもかかわらず︑彼らはスコーキー村でデモを行わず︑シカゴのダウンタウンにあるフェデラル・プラザで短いデモを行った︒

C oll in

の目的はスコーキ ーの人々を憤慨させることにより︑国民的な注意を惹き付けることだったのである

与てえとを害損を意図しいこたことは明らかでありる キ︒神精に民住のー的ーコスがら彼 71

論護なき大︑かのなきべるえ与を保に現表なうよのこてした果︑ 72

争となった︒この事件でNSPAを一貫して擁護したACLU︵

A m er ic an C iv il L ib er tie s U nio n

︶に対し︑ほとんどの公衆は敵対的だったいわれる

in oll C

こナCLUは︑チ︑スの権利を擁護したAたがA︒結果的には︑CLUとは勝利し 73

とにつき︑悪意のある電話や手紙を受けるなど︑ひどい憎悪に満ちた反応に直面する

声ナUがユダヤ人の排斥を主張するチCにの議抗︑し対とスこるす護弁をLA比のい︑でユダヤ系率会がいたのだが員 Uた︑ACLめには︑極て高︒ま 74

が全国規模で巻き起こり︑さらには︑ACLUは何千人もの会員を失い︑それによる財政上の危機により︑その存在自

体が脅かされた

葉さき言嘩喧たれ図あ意がみのとこすでる起禁たし張主を止のたみの字十鉤︑めこ 暴引を力︑字ヤ鉤︑は会議評人ダりユカリメア︑た十は︒侮あで﹂徴象の辱︑﹁思くなはで明表の想ま 75

76

  このように︑

Sk ok ie

事件は大きな論争となったが︑法理論の面において︑

Sk ok ie

事件は新たな領域を切り開くものではなく︑容易な事例であると思われていた

old G be rg er C oll in

から最︑は初に連絡るC︒で士護弁のULあA州イノリイ 77

を受けたときに︑この事件はありきたりな修正一条の事例だと思ったと言われる

判回の裁訴控邦連区巡七第︑点のこ︒ 78

  (二三五五)

(11)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四〇同志社法学 六一巻七号

断は︑

B ea uh ar na is

判決以降の判例の流れに沿うものであり︑言論の自由へのコミットメントを再確認したものであ

った

き起るれわいとたい驚にとこたしこ と題われていた問が引多くの論争を思ためいのような性質の事件であったた︑︒多くの論者が︑すでに解決してこ 79

Sk ok ie

完修撃的な集団の一正に条の権利を攻明か︑︒事件を通じ連ら邦裁判所は︑ 80

全に支持し︑公的問題についての﹁制約されず︑力強く︑広く開かれた﹂言論へのコミットメントを再確認した

︑︑を連邦最高裁はサたーシオレイライのがし理ーたし否拒スコーキ村訴は連邦最高裁に上受 ︑おな︒ 81

82

  しかしながら︑第七巡回区連邦控訴裁は︑

B ea uh ar na is

Sk ok ie

とでは事例が異なるとして判断を避け︑連邦最高裁もサーシオレイライの受理を拒否して判断を示さなかったのに対し︑連邦最高裁

B la ck m un

裁判官反対意見は︑

B ea uh ar na is

Sk ok ie

との間には矛盾があると指摘した

ck is un m la B B uh ar na ea

的るいな官いは︑がが指摘すよ示うに︑て判れさ覆には明裁

Su lliv an B ea uh ar na is

る判決がを︒質的に覆したといわれてい実 83

ck m B la un

指が官判裁摘︑点のこ︒ 84

するように︑サーシオレイライを受理し︑

B ea uh ar na is

判決との矛盾を解消すべきであった︒   以上述べてきたような様々な反応はあったものの︑ヘイト・スピーチを巡る議論には︑終止符が打たれたように思わ

れた

︒パ入り︑いわゆるキャンス代コードを巡り︑再燃したに年・〇かしながら︑ヘイトス︒ピーチの問題は一九八し 85

R .A . .V 4

〇年代

節八九一判決を中心に

一  キャンパス表現規制(

campus speech code

)   一九八〇年代︑アメリカ中の大学のキャンパス内において︑人種主義的な事件が頻発した

ss la rc de un

︶︑層階間中まみ富す停すまは︑滞し者さらに︑最下層階級︵はるしすは︑貧めものはまいま貧しくなり︑富す 状のようなに況の背景︒そ 86

が出現するという深刻な経済的要素があるといわれる

ト〇ンセーパ〇六の米全にでま年九九一︑めたるす応対にれこ︒ 87

  (二三五六)

(12)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四一同志社法学 六一巻七号 の大学が何らかの対策を採用した

表スと題問に特が制規現たパっンャキ︑もで中のそ︒な 88

制拠法と同様の新定根を棄有していたが︑さ損誉に的たいてえ加を拠根論名理なたつての集団的ら か︑は制規現表スパンャキ︒ 89

︒特に重要な変化と 90

して︑集団的名誉棄損法が人種︑民族︑宗教を対象としていたのに対し︑キャンパス表現規制はさらに性別︑性的志向︑年齢︑身体的状況なども対象に加えていた点が挙げられる

種以人︑果結の動運権民公の降代年〇六九一︑は化変のこ︒ 91

以外の多くの集団が︑自分たちがアメリカ社会への完全な参加から排除されていることに気が付いたことによるものだといわれる

92

  しかしながら︑ミシガン大学︑ウィスコンシン大学キャンパス表現規制は︑連邦地裁により違憲であるとの判断が下された

. .V .A R

でるべ決述判次︑にらさ︒項 93

みれ違憲と判断さる制ようになるとが規くに表スパンャキの現多の他︑りよ 94

られていた

95

二 

R.A.V.

判決   大学のキャンパスと同様に︑一九八〇年代にはアメリカ社会全体で人種的少数者やユダヤ人︑同性愛者に対する暴力 行為が再燃していた

e rim ha te c

クライム︵るト︶法が制定され︑あ・イすヘのため︑ほとんどべ︒ての州において︑そ 96

いは既存の法が強化された

州例市ルーポ・トンセタ条ソネミ︑で中のそ︒の 97

.V . .A R

︒るあで件事る ︒ゆわいたれわ争で裁高最邦連が性憲合の 98

1

︶事実   本件の事実は以下の通りである︒

  (二三五七)

(13)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四二同志社法学 六一巻七号

  一九九〇年六月二一日深夜︑一七歳の白人の少年

R ob er t A . V ik to ra

︵未成年だったので︑そのイニシャルである

R .A .V .

と呼ばれ︑それが判例名となった︶と仲間の少年は︑アフリカ系アメリカ人が住む家の庭において︑壊れた椅子で作った十字架を燃やした

.A R .V .

先はった︒ら︑でその行為により︑あ人そ白お︑被害者は︑の︒近所では唯一の非な 99

述の本件条例違反とされ︑起訴された︒ミネソタ州最高裁は︑本件条例は︑その対象を喧嘩言葉に限定しているので︑過度に広汎ではなく︑合憲であるとした

.A R .V .

︒高たし訴上に裁連最邦は︑での 100

K ut eh R t en ne dy So a uis ali Sc er T ho m as nq 2

︑裁調同官判裁法廷意見︑官判︵裁裁判︑官判裁官執筆︶︑官判︶   連邦最高裁は︑結論的に全員一致で本件条例が文面上違憲であると判断したが︑その理論的根拠は大きく異なっていた︒法廷意見を執筆した

Sc ali a

裁判官は︑表現内容規制は原則として違憲の推定を受けるが︑その例外が許容されてき

た先例として

R ot h

判決

たれ修︑くなはでのいなさ一護保上法憲︑は現表正条ら規つ持を容内な能可制上の法憲︑がるあに内囲範のれ︑てしこ

C ky B ea uh ar na is pli ns ha

嘩決いせつ表現︶︑そ︒るす用引判︵喧名誉毀損︶︑を︵︶葉言判決︵わ 101

めに規制しうると述べる

102

  しかしながら︑本件条例は︑喧嘩言葉にのみ適用されるとしても︑人種︑肌の色︑信条︑宗教あるいは性別に基づく もののみを規制するため︑観点に基づく規制となるため︑修正一条と抵触すると述べる

で︑ラス内の下位範疇の規制根拠がクるう一同と拠根るしラ制規を体全スクう別対差し止原則は絶禁でなく︑①禁止は

Sc ali a

裁お︑︑判官は内容︒な 103

ある場合︵たとえば︑もっとも好色な猥褻表現︶︑②規制される表現行為に二次的効果がある場合や︑それにより行為規制に吸収される場合︵たとえば︑未成年者が出演する場合にのみ猥褻なショーを禁止する場合︶︑③思想弾圧が起こ

る可能性が全くない場合︵たとえば︑青い目の女優が出演する猥褻な映画の規制︶︑という例外的な場合には︑内容に

  (二三五八)

(14)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四三同志社法学 六一巻七号 基づく規制も可能であるとした

104

三 

R.A.V.

判決に対する評価  

R .A .V .

判決は︑絶対違憲論ともいえる立場を示したが︑それに対し︑

St ev en s

裁判官は︑法廷意見を新絶対主義であ ると批判し

刻にれさなが判批のく多も他︒︑はてし対に見意廷法たそるの深らか理法の条一正修存の既は見意廷法︑はに中︒いて 制をチーピス・トイヘばれけなで汎広に度過が令規す︑結し筆執を見意意同果るるすとるあで能可がとこ法 105

に乖離している

いてることを忘れいてるとの批判やれ 修ま含も条四一正修や条三一正︑はくへの批判に加え︑裁判官たち︑こ憲法には修正一条だけではなと 106

Sc ali a

キ越論の自由の優いとるうヒエラル言対す廷︑裁判官の法意見は︑平等に 107

ーを例証しているとのより根源的な批判もあった

su da at M

い︑十は見意廷法︒たま架るいてしを字焼主チてし視軽を悪害のー却ピス・トイヘのどな張同の様もらるあで

M ac K in no n

種て︒このような批判に関しは人︑者論の論理や︑批判的 108

るとの指摘がある

109

  このように︑

R .A .V .

判決の﹁新奇な﹂法理に対する批判が後を絶たなかったものの︑

R .A .V .

判決は︑ヘイト・スピー

チ規制絶対違憲論の立場であると理解され︑以後︑ヘイト・スピーチ規制が合憲となる余地はないものと思われた︒し

かしながら︑ヘイト・スピーチに関する論争が終了することはなく︑十字架焼却を明文で規制する州法の合憲性についても︑

R .A .V .

判決以降も州の裁判所では判断が割れていた

最て邦連︑年三〇〇二︑き続もっなに紀世一二は争論のこ︒ 110

高裁は︑

B la ck

判決

ck la B

︒︑中を決判はにで節次︒たれわ争心︑がのるす観概をれ流例二判の降以年〇〇〇

42 3 - 2 . 18 §

をを架字十てっもの図意や迫脅︑ていおに燃為すニの合憲性法州アジ行ーァヴるす止禁を 111

  (二三五九)

(15)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四四同志社法学 六一巻七号

B ck la 5

に心中を決判

節降以代年〇〇〇二

一 

Black

判決︵

1

︶事実   本件は︑

B la ck

事件と︑

E llio t

O ’m ar a

事件を併合審理したものである

ar a tt llio E O ’m

事び件及︶ⅰ︵ ︒ 112

O ’m ar a

及び

E llio tt

事件の事実は以下のようなものであった︒  

O ’m ar a

及び

E llio tt

は︑一九九八年五月二日︑ヴァージニア州ヴァージニアビーチにおいて︑

E llio tt

の近所に住むアフ リカ系アメリカ人

Ju bil ee

家の庭に侵入し︑十字架を燃やしたため︑ヴァージニア州法

§ 18 . 2

42 3

違反として起訴された

113

ヴァージニア州法

§ 18 . 2

42 3

は以下のように規定する︒   ﹁のハイウェイあるいは他公地共の場において十字架︑有個す人あるいは集団を脅迫る所ことを意図して︑他人のを

焼却すること﹂を重罪とし︑そのような焼却は﹁個人あるいは集団を脅迫する意図の一応の証拠﹂となる

114

O ’m ar a

は有罪の答弁をし︑

E llio tt

は事実審において︑有罪判決を受けた

︑は暴︑葉言嘩喧為の行︑しと的標力脅みしべ述と﹄﹂るう止威禁に白明てしとをの持てる意図をっなされる表現的行為 裁︑﹁も迫訴控たのそす法は﹃他者を脅︒ま 115

O ’m ar a

及び

E llio tt

の有罪を支持した

︒たし訴上にジニア州裁高最

tt llio E a ar O ’m

すーァヴ︑てしとる条反︑︒そこで︑及びは当違該州法は修正一に 116

  (二三六〇)

(16)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四五同志社法学 六一巻七号 ︵ⅱ︶

B la ck

事件︒

B la ck

事件の事実は以下のようなものであった︒  

B la ck

は︑一九九八年八月二二日︑ヴァージニア州キャロル郡で︑土地所有者の許可を得た私有地において︑

K u K lu x K la n

︵以下KKK︶の集会を行った

ィ後満ちた演説の︑見二五〜三〇フに偏的︒教宗︑的族民︑的種人︑てしそ 117

ートの十字架を燃やしたため︑ヴァージニア州法

§ 18 . 2

42 3

違反として起訴された

ck la B

反たるあで張違条一正修はし︑が主陪審員はを有罪としたと

ck B la

て実審におい︑法︒は︑同州事 118

O ’m ar a

﹂︑べりよに由理たれら件述で事︑﹁も裁訴控︒ 119

B la ck

の有罪を支持した

120

︵ⅲ︶ヴァージニア州最高裁

  ヴァージニア州最高裁は︑両事件を併合し︑ヴァージニア州法

18 . 2

42 3

は︑

R .A .V

判決で違憲となった法律と同じく︑ 規制可能な領域の中の一つの領域をその内容を理由に禁止するものであり︑また︑後段の一応の証拠︵

pr im a fa cie ev id en ce

︶条項は︑この条項により起訴の可能性が強化されることにより︑保護された表現を萎縮させるため︑当該州

法を過度に広範なものとするとし︑同法を文面上違憲であるとした

しア訴上に裁高最邦連は州ニジーァヴ︑めたのそ︒ 121

た︒

Sc ali a

判裁︶官一部同調

O r ye re B s en ev St no on r O r R eh no t uis nq on ’C ’C 2

裁︵見意廷法︑調同官判裁主判官裁判官︑︶裁判︑官︑筆裁判官席執︑   連邦最高裁は︑前段部分は合憲と判断したが︑後段部分につき違憲と判断し︑一部破棄・差戻しした︒

O ’C on no r

  (二三六一)

(17)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四六同志社法学 六一巻七号

判官の執筆した法廷意見は︑KKKの歴史と︑その十字架焼却との関連につき詳細に論じる

︒そして︑要約すると以下 122

のように述べる

123

  今日では︑そのメッセージが政治的なものであるか否か︑あるいはそのメッセージが脅迫を意図したものか否かに拘らず︑十字架焼却は﹁憎悪の象徴﹂である︒KKKによる暴力の歴史に鑑み︑十字架焼却が脅迫のために用いられる場

合︑これ以上に強力なメッセージはない︒

  実際の言論と同様に象徴的表現にも修正一条による保護は及ぶが︑修正一条による保護は絶対的ではなく︑最高裁は︑ 政府は︑真実への段階としてはわずかな価値しか持たず︑それに由来するいかなる利益よりも秩序と道徳への社会の利益のほうが明確に勝るという限られた領域において特定の範疇の言論を規制しうることを認めてきた︵

C ha pli ns ky

を引

用︶︒その一環として︑最高裁は︑個人あるいは個人の集合体に向けられた︑その犠牲者を身体的害悪あるいは死の恐怖に置くような不法な暴力行為を犯す意図を伝達しようとする脅迫︑すなわち﹁真の脅迫﹂は規制しうるとしてきた︒

表現者は︑実際に脅迫を実行させる必要はなく︑真の脅迫の禁止はむしろ︑人々を︑実行を仄めかされた暴力が起こる可能性から保護することに加え︑個人を暴力の恐怖や︑恐怖にさらされる混乱からも保護する︒憲法上禁止できる言葉

の意味における脅迫は︑真の脅迫の一態様であり︑十字架焼却の中にはこの脅迫的表現の意味にあたるものがある︒十字架焼却はしばしば脅迫的であり︑犠牲者に︑彼らが暴力の標的であるという恐怖を作り出すことを意図しているとい

うことを︑この国における十字架焼却の歴史が示している︒

R .A .V .

判決では︑セント・ポール市の条例が︑内容差別となるため︑違憲であると判示したが︑修正一条が︑禁止で

きる表現の領域における内容差別のすべてを禁止すると述べたわけではない︒むしろ︑修正一条を侵害しない態様の内

  (二三六二)

(18)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四七同志社法学 六一巻七号 容差別がある

内容差別の根拠が︑問題となっている表現のクラス全体を禁止できる理由から完全に成り立っている場合

と明確に述べたのである︒

R .A .V .

判決は︑州が︑特定の政治的メッセージを理由にわいせつ表現のみを禁止す

ることや︑大統領に対する︑彼の政策に言及した脅迫のみを禁止することを許容しないが︑修正一条は︑問題となっている表現の特定のクラスを禁止できる理由に基づいた内容差別は許容している︒

R .A .V .

で問題となった条例とは異なり︑当該ヴァージニア州法は︑特定の好ましくない話題に向けられた表現のみを選び出しているわけではなく︑犠牲者の人種︑性別︑宗教︑政治的信条や︑団体の構成員であること︑同性愛を理由と

して脅迫の意図を持って十字架を燃やしたか否かは問題としていない︒十字架焼却は脅迫のとりわけ有害な形態であるため︑修正一条は︑州が脅迫を意図した十字架焼却を禁止することを許容する︒ヴァージニア州は︑すべての脅迫的な

メッセージを禁止する代わりに︑差し迫った暴力の象徴としての十字架焼却の長く有害な歴史に照らして︑脅迫的なメッセージのこの下位範疇を規制するために選び出すことができる︒脅迫を意図してなされた十字架焼却の禁止は︑

R .A .V .

判決の法理と完全に一致し︑また修正一条のもとで禁止可能である︒   法廷意見は以上のように述べたが︑後段の一応の証拠条項

については判断が分かれ 124

︑結果としては違憲とした 125

ものの︑ 126

十字架焼却の禁止を規定する前段部分を合憲とする判決を下した︒そして︑

B la ck

については無罪とした原判決を支持し︑

E llio tt

O ’M ar a

については原判決を破棄し︑差戻した

拠ジ証の応一︑は裁高最州アニーァヴるあで審戻差︑おな︒ 127

条項は分離可能で︑同州法の残りの部分は合憲であると判断し︑

E llio tt

O ’M ar a

の有罪を支持した

128

  (二三六三)

(19)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四八同志社法学 六一巻七号

T ho m as 3

︶裁判官反対意見  

T ho m as

裁判官は︑脅迫を意図してなされた十字架焼却の禁止は合憲であるという法廷意見の結論には賛成するが︑問題となっている行為に表現的要素を含ませた点につき誤っていると指摘する

m as T ho

ばれよに官判裁︑︑ちわなす︒ 129

脅迫を意図した十字架焼却を禁止する法が︑特定の行為を超えて表現の領域にまで及ぶとする法廷意見の結論は︑法の文言だけではなく現実をも見落としているのである

K T ho m as la n

のテの織ロ組はとして︑廷見意法︑きつに点のこは︒ 130

共通認識を強化しただけであると指摘し︑

K la n

や十字架焼却につきより詳細に論じ︑また当該ヴァージニア州法制定当時の状況も勘案し︑ヴァージニア州は︑特に有害とみなされる行為を犯罪としただけであると指摘する

︒それゆえ︑ 131

当該ヴァージニア州法は行為にのみ向けられるものであり︑修正一条のテストを用いて分析する必要はないと結論付ける

132

en g ne dy G in sb K ur ut er So 4

裁判官同調︑官判裁見︵果裁判官一部結同︶意︑一部反対意︶  

So ut er

裁判官は︑

R .A .V .

判決の法理の下︑いかなる例外も当該ヴァージニア州法を違憲性から救うことはないと主張する

f So ut er ba sis o

︑︑﹁〜に基づく︵と︶﹂ついう制限はないがき対にー︒裁判官は︑当該ヴァジ象ニア州法には︑禁止 133

脅迫を意図する十字架焼却の特定の禁止は︑禁止しうるすべての脅迫を意味する表現の中から特定の内容を持つ象徴を選び出していると指摘する

白て図された時であっもう︑十字架焼却は︑意よ的るして︑その象徴行︒為が恐怖を与えそ 134

人至上主義のイデオロギー的なメッセージを伝達するのであるとする

摘全うし制規を体ス根ラク︑が拠根制る拠のに指といならたあ

と合場るあで一同規疇止ク範禁しうるラス内の下位

.A . .V R

︑てっの決す第一の例外︒なわち︑よ 135

する

136

  (二三六四)

(20)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二四九同志社法学 六一巻七号 二 

R.A.V.

判決と

Black

判決との関係   一見︑

R .A .V .

判決と

B la ck

は矛盾しているように見えるが︑

B la ck

判決が

R .A .V .

判決を覆したか否かは明らかではなく︑

R .A .V .

判決と

B la ck

判決との整合性については議論がある

la .V .A R ck . B

し︒るいも者論るすとた覆︑を決判この点が決判 137

R . B la ck . .V .A R .V .A

た十をし図意架迫字決焼却︑﹁の禁止は︑判脅しで︑︑判決の法廷意見は判上決との差異を強調た 138

と完全に矛盾がないものであり︑そのような十字架焼却は修正一条の下で禁止できる

.V .V B la ck R .A . . .A R

判しの︑くなは決枠のて︒るあでのるいれ組さ持維だ未はみで盾も決るによると判︑は判決と矛す の﹂とする︒こ見ように︑法廷意 139

かしながら︑

So ut er

裁判官の反対意見にみられるように︑当該州法は︑﹁〜に基づく︵

ba sis o f

︶﹂という表現を含んでいないが︑十字架焼却は白人プロテスタント優越主義というイデオロギー的メッセージを伝達するものであり

とたいなきで別区はっ法州

R ck la B . .A .V

ア問条例とァヴる判決で題っとなあで審級下の決判州たなう最高裁が指摘するによに︑ニジー事件で問題

ck la B

140

R .A .V .

反容判決の内差か別禁止の原則に違にらヴ明たがって︑当該ァ︒ージニア州法は︑し 141

しているように思われる

R B la ck .A .V .

なる得を論結合的理めは見意廷法決判たるにしざせをけ付由理た盾め矛はと見意廷法決判︑たたぎす格厳

R .V .A .

︑﹁点の容判決法廷意見における内禁止差的もにりまあが用適体別具の外例の則原︒こ 142

をえなかった﹂との指摘もある

. .V .A B la ck R

が︑昧でありれこはを分析する必要曖と係︑︒このように判関決と判決の 143

ある︒

  このような

R .A .V .

判決と

B la ck

判決との差異はどのように説明されるのか︒被告人︵

B la ck

ら︶の弁護士であった

Sm oll a

は︑強力な先例である

R .A .V .

判決を執筆した

Sc ali a

裁判官と︑

R .A .V .

判決で法廷意見に同調した

T ho m as

裁判官は︑確実に被告人側につくと予測していた

la oll B . .V .A ck a R Sm

同も様の結論ていおに決判が出従︑いに決判は︑ちわなす︒ 144

ると考えていたのである︒また︑両判決の事例が著しく類似している

ア判ニジーァヴ該当は所裁︑が者のく多︑かめた 145

  (二三六五)

(21)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二五〇同志社法学 六一巻七号

州法が違憲であると判断すると予想していたとされる

So ut er a oll Sm

鑑意にどな見意のや見反対の官判裁なうよのこ︒ 146

みると︑

R .A .V .

判決と

B la ck

判決は事例が異なるという

B la ck

判決法廷意見の説明は額面通り受け取るわけにはいかない︒この点︑両判決を比較すると︑

R .A .V .

判決のアプローチは文脈に依存しないものである

la B ck

のに対し︑判決は文脈に 147

依存した歴史的アプローチをとっていることが指摘できる

やア族家人カリメ系十種の歴史カアの字リはりあで着頓無に架等応反のへ却焼フ

R .A .V

意人なわち︑判決法廷見︒は︑セント・ポール市のす 148

なKこて出が前名のKKも度一たま︑ 149

かった

la n B la ck K

立の暴力に先につ十架焼却の歴史字

脈でのに対し︑判決は特︑KKKの歴史文的 150

字連悪害の却焼架大十てし関重にれそ性を指摘しているの ︑べ述に細詳を

151

B la ck

の重るいてっなと素要な要評が価の悪害︑はで決判︒ 152

である

. R .V .A

焼に有害であるこがとを否定しているの特架却的︒それとは対照にり︑判決は︑十字あで 153

たが律は︑憲とえそれ厳る格に限定されていて法す違従るあでずはるなとう止と︑十字架焼却を禁も

. .V .A R

に決判︑ 154

︒以上の点に鑑み 155

ると︑両判決を区別しようとした法廷意見の説明は全く説得力のないものであり

︒ないということしはできない

.A .V . ck la B R

は盾矛と決判︑は決判︑ 156

  そうであるならば︑両判決のアプローチが異なったのはなぜだろうか︒この点で指摘されるのが︑

B la ck

判決当時︑連邦最高裁裁判官の中で唯一の有色人種であった

T ho m as

裁判官の存在である

T ho m as

︑頭ていおに論弁は口︑官判裁︒ 157

有色人種としての視点から︑十字架焼却による害悪を分析したのである

K la n

のっ︒南部でた影のもとで育 158

as m ho T

見こが︑の意事例の色合いえ判の官変裁るあで官たのであるを 判裁の一唯 159

れ特え︑で的裁判所による別そな扱いに値すると主張しゆ

D eb ria cu en e re

字架焼却のメッセ︑ージは比類なく脅迫十応じて︶とし通合衆国を代表して参官加をのと答次務訟たし

us ic am T ho m as

︒官裁判︵は︑法廷助言者 160

161

T as Sm oll a ho m

撃は明白︑のであり衝官見意の判裁︑は︒ 162

それにより︑法廷の雰囲気が急激に変化したと述べている

R .A . .V

は由理たし化変らか決判︑︑が論結の裁高︑最ちわなす︒ 163

  (二三六六)

(22)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二五一同志社法学 六一巻七号

T ho m as

裁判官の存在に求めるのが妥当である︒

R .A .V .

判決の没歴史的・没文脈的アプローチは︑

M at su da

ら批判的人種理論

しあの論者が批判るてきた点で 164

のに対し︑ 165

B la ck

判決において

O ’C on no r

裁判官のとった歴史的アプローチ︑ひいては

T ho m as

裁判官の意見のアプローチは批判的人種理論のそれと一致する

ck la B

はの的人種理論法批的実践であると指判決る︑︒ある論者はこすの点につき︑判摘 166

167

三 

Black

判決以降  

R .A .V .

判決との整合性の問題とは別に︑

B la ck

判決からは︑不特定の人へ向けられた十字架焼却や︑十字架焼却以外のヘイト・スピーチの規制を容認できるか否かが明らかではないという問題もある︒

B la ck

判決で問題となったヴァー ジニア州法には︑﹁特定の﹂という文言は存在しないが︑

B la ck

事件のような場合に︑この州法が適用できるか否かは︑﹁一応の証拠条項﹂の存在のために曖昧にされた

あ争同様の事件がわ審れる可能性がで級のたにらさ︑めた下そ︒るあでめ 168

ると指摘された

169

  この点につき︑

B la ck

判決以降︑連邦最高裁はヘイト・スピーチの問題を扱っていない︒しかしながら︑連邦控訴裁や︑

州裁判所において若干争われているので︑若干の検討を以下行う︒

  一般的な犯罪を処罰する連邦法

ed ay M v. s te ta S nit U

れト離かた︑自女ーィ性が住む家のら約二己で所やるあで件事たし燃有を架字十フ端の地〇 た罰わ争が否可の処人の却焼架字十るれもに系白と人カリメアカのリフア︑てしとよ 170

︑ア 171

フリカ系アメリカ人と白人の夫婦の住む家の庭で十字架を燃やした事件である

U nit ed S ta te s v. M ag le by

B la ck

字架焼却の処罰の︒︑合憲性を支持している十えでにとも判決︑言及したう 決判両︒るあが 172

  また︑

P eo ple v . M ac kin

にを前で木製の十字架燃庭やしたため︑民族ののリ家︑被告人はアフカで系アメリカ人のは 173

  (二三六七)

(23)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二五二同志社法学 六一巻七号

対する脅迫︵

et hn ic in tim id at io n

︶を処罰するミシガン州法

に基づき逮捕された 174

憲︑合の却焼架字十は件本︑しかし︒ 175

性は争われていない︒

  十字架焼却以外では︑

A nd re w s v. St at e

を︑の教師に対し人カ種差別的中傷人リはがア系カリフア︑メで件本︒るあ 176

浴びせ︑さらに﹁自分は銃を持っており︑その銃でお前の脳を壁に散らせてやる﹂あるいは﹁従兄弟にKKKがおり︑お前を木に吊るしてやる﹂などと脅迫した少年が︑当該行為がテロ行為の脅迫

やヘイト・クライム 177

であるとして起訴さ 178

れた

th re tr ue at

被︑めたたえ伝を︶図人︵迫脅の真てっもを告の意保たし示判といなれさ護り言よに条一正修は論

B la ck

置く︑えうたし及言に決判は︑裁高最州アェウラデ︒で被害告恐の死はいるあ悪的に体身を者害被︑は人怖 179

180

Sc hla flin v . B or ow sk y

t bia s ha ra ss m en

たたいて嫌ちがを︶め︵た︑らー法州ージーャジ・ュ偏ニるす罰処満に見せ

rs ig N nd Sa e th o t th ea D ge

っ︑〟走自己が所有するトラックに〟はとペンキで書き︑街の中を︑ 181

に基づき逮捕された事例 182

である︒本判決は︑ヘイト・スピーチ規制の合憲性が主として争われたものではないが︑本判決の前提として︑トラックに書かれた文字は憲法上保護されるものであるとされた

シた拒を理受のイライレオーしサは裁高最邦連︑おな︒否 183

184

  このように︑

B la ck

判決以後の下級審判決は一般に︑脅迫を意図した十字架焼却の規制を容認しているようにみえる︒すなわち︑

B la ck

判決は先例として︑下級審を拘束しているものと思われる︒これは︑﹁

R .A .V .

判決がヘイト・スピーチ 規制絶対違憲の立場を表明したのではないかとの疑念

︒たるれわ思にうよし拭払に全完を﹂ 185

6

節小括   これまで述べてきたように︑アメリカでは︑ヘイト・スピーチに関する様々な判例が下されてきた︒その結論も様々 であったが︑連邦最高裁は︑一貫した結論を出してきたとは言い難い︒﹁特殊な国﹂と言われる

アメリカも︑決して一 186

  (二三六八)

(24)

ヘイト・スピーチ規制と批判的人種理論二五三同志社法学 六一巻七号 枚岩ではなく︑絶えず揺れ動いてきたのである︒

B ea uh ar na is

判決は︑その後の一連の判決により実質的に覆されたといわれる︒しかしながら︑連邦最高裁は︑決し て

B ea uh ar na is

判決を明示的に覆すことはなく︑むしろ好意的に引用しているとの指摘がある

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主といな憲張するのれさ際保上法護がをるいてし用引決︶判名誉毀損︵︑に

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︑は決判︑ばえとた︒ 187

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こにもかのたきでがといるす用引をわ決判︑らなか連ら用てえあず決を引しは裁高最邦て︑判

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るのとすで︒るい摘しとるあ外に例の決判︑は決判単てあ言指をるるあで論こいれさ護保が論言な ︑連︒ここではは邦最高裁︑ 188

る点が注目される

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たし大拡

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む場合にまで︑︑しを関に点のこ︒含刑罰事判決︑また︑判決の原則を︑は 189

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て権限に関係し別おり︑す判決と区る判と批の双方は︑少なくも判ある程度は政府を決 190

できるため︑双方は集団的名誉毀損を妨げるものとして解釈すべきではないと主張する

191

  また︑

R .A .V .

判決は

B ea uh ar na is

判決を覆すことができたのに︑そうしなかったとの指摘もある

︒さらに︑前述の通り︑ 192

B la ck

判決は︑

R .A .V .

判決と一見矛盾するようであるにもかかわらず︑

R .A .V .

判決を覆すことはしなかった︒   このような判例の変遷に鑑みると︑連邦最高裁が︑今後ヘイト・スピーチ規制に対し︑どのような態度で臨むのかは

必ずしも明確ではないが︑少なくとも︑ヘイト・スピーチ規制絶対違憲論には与していないことは確かである︒むしろ︑

これまで述べてきたように︑批判的人種理論の影響を一定程度受け︑限定的ながらヘイト・スピーチの規制を容認している︒

R .A .V .

判決と

B la ck

判決︑またその後の諸判決に鑑みると︑暴力につながる場合にのみヘイト・スピーチは規制 されるとみるべきだろう

めな限定的な規制しか認とられいしと考えるのが妥当であろうて し然依︑もてと・焼イヘの外以却架る字十︑ちわなトス︒らあが地余るれめピ認が制規チーす 193

B la ck

ヘ︑いなら至に迫脅の真者もるす持支を決判︒ 194

イト・スピーチの規制には消極的である

どれの場所で行わる公ナチスの行進な共︑に︒えとた︑ばえ従ばみ組枠の状現 195

  (二三六九)

参照

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アナログ規制を横断的に見直すことは、結果として、規制の様々な分野にお

 

〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」

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