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犯罪被害者とジャーナリズム : 事件事故報道の解 体的出直しを

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犯罪被害者とジャーナリズム : 事件事故報道の解 体的出直しを

著者 浅野 健一

雑誌名 評論・社会科学

号 80

ページ 37‑146

発行年 2006‑08‑15

権利 同志社大学社会学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011892

(2)

はじめに

﹁日本の新聞やテレビは犯罪報道をなぜこんなに大きく報道す

るのか﹂︒外国からの留学生の多くは︑NHKを含めテレビ局が

しばしばトップで事件報道を取り上げることに違和感を抱いてい

る︒

﹁ペルー人を指名手配﹂︒二〇〇五年一一月三〇日の新聞各紙は

一面トップのベタ黒白抜き横見出しで︑広島市安芸区で小学一年

生︵七︶が殺害された事件で︑県警捜査本部が一一月二九日︑殺

人と死体遺棄の容疑で近くに住むペルー人の男性︵三〇︶の逮捕

状をとり︑指名手配したと大々的に報じた︒テレビ各局は二九日

深夜に速報した︒ほとんどの新聞が初報から男性の国籍を大見出

しで報じ︑彼の姓名を報道した︒

毎日新聞は男性の顔写真を載せ︑一部テレビ局が毎日新聞のH Pから引いて︑写真を伝えた︒

その後の報道について朝日新聞を例に検証したい︒朝日は三〇

日夕刊で︑﹁日系ペルー人を逮捕︑容疑否認事件の直前に目

撃︑通学路沿いに自宅広島・女児殺害﹂と大見出しで︑同日未

明︑三重県鈴鹿市の親族宅で男性が逮捕され︑同日朝︑身柄を海

田署に移送されたことを伝えた︒

記事は﹁事件直前︑同容疑者が自宅前で女児と話をしている姿

が目撃されていたほか︑家庭用ガスコンロの梱包用の段ボール箱

などの遺留品の捜査でも同容疑者に行き当たった﹂などと県警情

報をそのまま報じた︒

一二月一日には﹁容疑者︑顔隠し署内へ﹂という小見出しで︑

﹁容疑者は後部座席の真ん中に捜査員に挟まれて座っていた︒紺

色のジャンパーを頭からかぶっている︒側面の窓にはカーテンが

引かれ︑車は署の裏手の駐車場へ入った﹂﹁捜査員に腕を支えら

︹ 研 究 ノ ー ト ︺ 犯 罪 被 害 者 と ジ ャ ー ナ リ ズ ム

│ │ 事 件 事 故 報 道 の 解 体 的 出 直 し を │ │

浅 野 健 一

― 37 ―

(3)

れ︑ジャンパーをかぶったまま車を降りた︒︵略︶捜査員数人に

囲まれ︑足早に署内の階段を上っていった﹂と報じた︒

警察が連行される被疑者を晒し者にするのは違法という判決が

確定しており︑警察が報道から被疑者を守るため︑顔が映らない

ように配慮することもある︒被疑者が顔を隠したかどうかは分か

らないのに︑そう決め付けていいのか︒

その後は︑﹁亡くなった女児の衣服などについていた遺留物

と︑男性の周辺で採取された試料のDNA型が同一だった﹂﹁携

帯画像見せ誘う?自室で殺害か﹂﹁母国で幼女事件関与?﹂﹁犯

行︑自室内と断定県警﹃供述に矛盾点﹄﹂などと報じた︒

二日には﹁ペルー人容疑者︑女児殺害認める﹃自宅階段付近

で﹄﹂と報道︒

男性が一日︑︽広島地検の調べに対し︑容疑を認める供述を始

めた︒同容疑者は接見した弁護士に対し︑﹁女の子に謝りたい︒

殺すつもりはなかった﹂と話した︒﹁ペルーにいる娘を思い出し

た﹂と女児︵七︶に声をかけたことを認め︑殺害現場は﹁自宅ア

パートの階段上り口付近﹂とした︒遺体を段ボール箱に入れて遺

棄したことは認めたが︑殺意やわいせつ目的は否認している︒地

検にも同じ趣旨の供述をしているとみられ︑県警捜査本部は慎重

に裏付け捜査を進める︾と書いた︒

弁護士が﹁供述﹂の内容を報道各社に伝えるのは不適切ではな

いか︒また︑捜査段階での﹁供述﹂は任意で行われたものかどう

か吟味されなければならない︒真実は法廷で明らかにされるとい う大原則を忘れてはならない︒

しかし︑朝夕刊︑一面トップでの報道が二日まで続いた実名有

罪視報道は︑日本の犯罪報道が根本的に変わっていないことを示

した︒現場で取材する記者たちは︑被疑者が適正手続きを受ける

権利を持っていることを知らないのであろうか︒

男性が被疑者として指名手配・逮捕された後の報道は警察リー

クを垂れ流しているだけだ︒朝日新聞は﹁解体的出直し﹂を宣言

したが︑広島の報道を見る限り︑犯罪報道の犯罪を繰り返した︒

私は一一月三〇日から﹁ペルー人﹂﹁日系ペルー人﹂と大見出

しで報じていることは大問題だと思う︒先進国のメディアではあ

り得ない︒

指名手配の段階で︑被疑者の国籍を報じるのは国際的な人権基

準に違反している︒人種︑国籍︑性などを安易に報じてはいけな

い︒特に︑その国や社会において少数者︑社会的弱者である場合

は特に配慮が必要だ︒

また︑被疑者はあくまで当局に犯人と﹁疑われている人﹂︵sus-

pect︶であって︑指名手配された男性が加害者と決まったわけで

は全くない︒国籍を出すのは︑被疑者を犯人と断定しているから

だ︒

東電社員殺人事件でもネパール人男性が逮捕された︒同事件は

一審で無罪になりながら︑二審で逆転有罪になり確定したが︑再

審を求める闘いが続いている︒

男性が冤罪であった場合︑国籍を報じたことは不法︑不当とい 犯罪被害者とジャーナリズム

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うことになる︒結果的に有罪が確定したとしても︑捜査段階で国

籍を報じるのは問題だ︒

逮捕された男性は昨年四月に来日し︑三重県などで働いてお

り︑日本に居住する市民である︒事実関係が裁判で明らかになっ

た段階で︑事件と被告人の国籍の関係が重要な意味のあると分か

った場合に報道すればいい︒

スウェーデンの報道倫理綱領の﹁個人の尊厳を尊重すること﹂

の節にある第十条は﹁報道に関連してとくに重要な意味がなく︑

また一種の侮蔑をかもす恐れがある場合は︑その人の人種︵民

族︶︑性︑国籍︑職業︑政党色︑または宗教観を取り上げないこ

と﹂と規定している︒

もし︑被疑者の国籍を報じる必要性があるというなら︑日本国

籍者が逮捕されるたびに︑﹁日本人を逮捕﹂と書くべきであろう︒

ペルーからの出稼ぎ就労者は五万人以上いると推測される︒ペ

ルーだけでなく中南米からの日系人は日本の中小零細企業の労働

力となっている︒﹁ペルー人﹂という大見出しを見て︑多くの外

国人就労者がつらかったであろう︒ある東アジアからの留学生は

﹁我々がアパートを借りるときに︑業者の社員が︑﹃外国人でもい

いですか﹄と大家さんに聞く︒私たちの目の前でそう確かめるの

だ︒半分ぐらいの大家さんが︑外国人お断りと言うらしい︒外国

人に対する様々な差別がある日本で︑国籍を強調する報道はやめ

てほしい﹂と語っている︒

朝日は一二月一日に﹁女児殺害日系人逮捕という衝撃﹂と題 した社説で︑﹁なぜ︑幼い子どもを無残に殺さなければならなか

ったのか︒子どもの恐怖と無念さ︑家族の悲しみを思うと︑言葉

を失ってしまう﹂と︑男性が加害者と断定した上で︑﹁犯罪の立

証は今後の捜査を待たなければならない﹂と書いた︒

また︑﹁日本人であれ︑外国人であれ︑警察が性犯罪の前歴を

つかんでおくことは大切だ︒外国人の場合は︑どのようにチェッ

クできるのか︒あらためて考える必要があるだろう﹂と述べ︑次

のように論じた︒

︽今回の事件では︑日本に働きに来た日系人の社会に衝撃と困

惑が広がっている︒逮捕された男の近くに住むブラジル人は﹁こ

れから住みにくくならないか心配だ﹂と話している︒

日本に住む外国人労働者は昨年末で約八〇万人にのぼる︒この

うち日系人は二三万人と三割近くを占める︒一九九〇年の入管法

改正で︑日系人には単純労働での入国が認められ︑来日が急増し

た︒

日本人の中には︑外国人をこのまま受け入れ続けていけば︑犯

罪が増えると心配する人が少なくない︒今回のような事件が起き

れば︑なおさらかもしれない︒

しかし︑今回の犯行は︑たまたま容疑者が外国人だったにすぎ

ない︒事件と短絡させて︑各地でまじめに暮らしている日系人や

外国人への偏見をふくらませてはなるまい︒

逮捕された男は日本語をあまり話せなかった︒妻と幼い二人の

子をペルーに残しての来日だった︒

― 39 ―

犯罪被害者とジャーナリズム

(5)

日本でどんな暮らしをしていたのか︒日本社会はどのように受

け入れていたのか︒犯行の動機とともに︑こうした解明も欠かせ

ない︒﹁だから外国人は﹂といった偏見を増幅させないために

も︑男の境遇を詳しく調べる必要がある︒︾

被疑者がたまたま外国人だっただけなのに︑朝日はこの日の紙

面でも︑男性の国籍を繰り返し書き︑加害者であることを前提

に︑男性のプライバシーを含め︑大々的に報道している︒読者に

外国人への偏見や差別意識を植え付けておきながら︑﹁事件と短

絡させて︑各地でまじめに暮らしている日系人や外国人への偏見

をふくらませてはなるまい﹂と説教している︒まさにマッチポン

プである︒

一二月一日発売の﹁週刊新潮﹂にこの男性の実名が載った︒

﹁週刊新潮﹂の校了は一一月二七日ごろと思われるので︑当局は

かなり早い段階で情報をリークしている︒外国人=犯罪者という

構図を宣伝したい勢力がメディアを使っている︒

この事件でも︑集団的な取材報道による人権侵害が問題になっ

た︒広島県警幹部は海田署で三〇日午前︑記者会見を開いたが︑

被疑者が移動したことについて聞かれた際︑﹁容疑者は特定して

いたが︑︵現場周辺には︶マスコミが多く︑尾行や張り込みがで

きなかった﹂と釈明した︒捜査の妨げになるほどの過熱ぶりだっ

たのだ︒

事件発生の日の夜︑被害者の父親が広島県警を通じて報道各社 へメッセージを送った︒

︽報道の皆様へ

私達は︑今回の出来事で大変胸を痛めております︒私達は︑○

○○を静かに見送りたいと思っています︒

敷地内への立入りをお控えいただければと切に思います︒ま

た︑私たち家族︑親戚や︑ご近所の方々︑学校︑幼稚園等へのイ

ンタビューや撮影をご遠慮お願いしたいと思います︒

どうか︑何卒よろしくお願い致します︒

△△△△親族一同︾︵○○○︑△△△△は記事では実名︶

事件の当日に遺族がこうしたメッセージをメディアに寄せるの

は珍しい︒﹁敷地内への立入りをお控えいただければ﹂というの

は︑民家の敷地に侵入した記者がいたということだろう︒ここで

もメディアが市民の敵になっている︒遺族が警察を通じてメディ

アへ要望していることも記憶にとどめたい︒

一二月三日からは︑茨城県常陸大宮市の山中で︑胸などに刺し

傷のある女の子の遺体が前日午後︑茨城県常陸大宮市の山中で︑

栃木県今市市の小学校一年生︵七︶の遺体が見つかった事件がト

ップで報道されている︒﹁栃木の小一女児殺害﹂の大見出し

だ︒被疑者が逮捕されれば︑また同じような警察情報満載の報道

が始まるのであろう︒

1変わらない

!瓦版型

"犯罪報道

日本のマスメディア︵新聞︑放送︑雑誌︶には多くの欠点があ 犯罪被害者とジャーナリズム

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るが︑﹁事件・事故にかかわる報道に最大の問題がある﹂と私は

三〇年前から指摘してきた︒警察や検察に逮捕された捜査段階

で︑捜査当局からの情報だけに依存して︑被疑者︵マスメディア

用語は容疑者︶を社会的に抹殺してしまう構図は全く変わってい

ない︒

日本では一九八〇年代に死刑囚が再審無罪判決を受けて三十数

年ぶりに釈放されるという事件が四つもあった︒また現在も︑一

九七四年三月に兵庫県西宮市の知的障害者施設で起きた冤罪・甲

山事件で二十五年間︑被疑者・被告人にさせられた山田悦子さん

に対する取材・報道と何も変わっていない︒

メディアは︑犯罪報道において警察や検察の捜査当局に逮捕さ

れ︑被疑者になると︑その人の姓名︑住所︑年齢︑職業︑学歴︑

顔写真などを報道する︒市民が強制捜索を受けた場合も実名報道

される︒例外は︑被疑者が二十歳未満の少年である場合と︑心神

喪失の可能性のある精神障害患者の場合に限られている︒

これは江戸時代の瓦版からの伝統で︑ほとんどの市民がそれを

当たり前のことと思っている︒お上にしょっぴかれた人間は悪人

だという封建的な考え方が︑報道界において︑戦後の新憲法の下

でもそのまま存続してきたのである︒

最近は凶悪な少年も実名にしろという声が高まっている︒実名

報道を禁じた少年法六一条の見直しを検討する考えもある︒朝日

新聞が一一月五日︑メディア欄で︑︽死刑判決の少年事件報道

﹁確定後は実名﹂の動き︾と題して︑一一年前の連続リンチ殺人 事件で名古屋高裁から死刑判決を言い渡された事件当時一八〜一

九歳の三被告=いずれも上告中=について︑﹁週刊新潮﹂は一〇

月二七日号で実名を報じ︑うち二人の顔写真を掲載した問題を取

り上げた︒古西洋︑延与光貞両記者の署名入りで︑﹁歴史的重大

事件を除いておおむね匿名の方針を維持してきた新聞やテレビ

も︑死刑確定後は実名に切り替えるなど見直しの動きが出始めて

いる﹂と書いている︒

日本新聞協会では一九五八年︑﹁非行少年の氏名︑写真などは

掲載すべきではないが︑凶悪な累犯が予想されたり︑指名手配中

であったりするなど社会的利益の擁護が強く優先するときは掲載

を認める﹂との指針を定め︑少年事件での匿名原則を守ってき

た︒これは世界に誇れる日本報道界の倫理基準である︒朝日の記

事は次のように伝えている︒

︽一方︑一部の雑誌メディアは少年事件が凶悪化しているとし

て実名や顔写真を報じてきた︒八九年の女子高生コンクリート詰

め殺人事件では︑週刊文春が犯人の少年四人︵当時一六〜一八

歳︶を実名で報じ︑九七年の神戸連続児童殺傷事件では︑写真週

刊誌フォーカスなどが犯人の一四歳の少年の顔写真を掲載した︒

今回の週刊新潮の記事は︑被告の様子や遺族の心情などを紹介

したうえで末尾で︑﹁凶悪無比な犯罪であり︑遺族の被害感情も

峻烈であることを考慮し︑実名報道すべきであると判断して︑

氏名と顔写真を掲載﹂と説明している︒

同誌が実名報道を認めた判例としてあげているのが︑〇〇年二

― 41 ―

犯罪被害者とジャーナリズム

(7)

月の大阪高裁判決だ︒

大阪府堺市で起きた殺傷事件の男性被告︵当時一九歳︶が︑実

名や顔写真を月刊誌に掲載した新潮社側に損害賠償を求めた民事

裁判で︑大阪高裁は﹁少年法の規定は︑罪を犯した少年に実名で

報道されない権利を与えているとはいえない﹂として︑新潮社勝

訴の逆転判決を言い渡し︑確定した︒

早川清・週刊新潮編集長は﹁すべての少年事件を実名で報じる

べきだと主張しているわけではない︒高裁判決にある﹃極めて凶

悪﹄﹃被害者の心情をも考慮﹄との条件を満たす場合︑確定前で

も事件発生時点でも︑実名報道すべきかどうかを判断していきた

い﹂としている︒︾

︽在京の主な新聞︑テレビ各社は︑﹁少年の更生を目的とする少

年法の精神を尊重した﹂として三被告を引き続き匿名で報じた︒

朝日新聞社は犯罪少年の匿名原則は維持している︒一方︑少年

でも一八歳以上なら死刑判決を受ける可能性があるので︑昨年六

月から︑死刑が確定した場合には︑﹁匿名とする最大の理由であ

る更生︵社会復帰︶への配慮の必要性が基本的に消える︒死刑が

誰に対して執行されるのかは︑権力行使の監視の意味でも社会に

明確にされるべきだ﹂︵同社刊﹁事件の取材と報道﹂︶として原則

実名で報じる方針を決めた︒

大阪高裁判決については︑﹁判決は﹃新聞や出版物は少年法の

趣旨を尊重して自己抑制することが必要だ﹄とも述べており︑こ

の判決をもって︑実名報道の判断基準を低くする立場は取らな い﹂︵同︶とみている︒

テレビ朝日も三被告の死刑が確定すれば実名で放送する方針

だ︒

TBSは︑大阪高裁判決をきっかけに︑報道局で少年犯罪と匿

名報道について議論を重ねているという︒同社広報部は﹁場合に

よっては実名報道がありうるという議論もあるが︑まだ社内規定

を改めるまでには至っていない﹂としている︒

テレビ東京は﹁死刑が確定すれば︑匿名報道の理由を失するこ

とになるが︑今のところ社内論議が十分でなく︑明確な結論は出

していない﹂としてさらに検討を続けていく考えだ︒読売新聞東

京本社も﹁今後の検討課題﹂としている︒

毎日新聞東京本社は﹁ケース・バイ・ケースで判断してい

る﹂︒日本テレビは原則を定めず︑﹁社会的な影響や少年法の理念

などを勘案し︑その都度判断する﹂という立場だ︒NHKは﹁実

名か匿名かは︑視聴者の受け止め方や社会状況の推移などを見極

めながら︑適切に判断したい﹂としている︒︾

この記事で︑青山学院大学法科大学院の新倉修教授︵刑事法︶

は﹁凶悪人に人権はないというのは一九世紀的な考え方で︑加害

者を糾弾するだけでは何も解決できない︒加害者の厳罰化や被害

感情を重視する世論の流れでメディアが基準を変えているとすれ

ば︑危うさを感じる︒悲惨な事件がなぜ起きたのか原因を考えた

り︑被害者支援が乏しい状況をどう変えるか考えたりするのがメ

ディアの役割のはずだ﹂と提言している︒ 犯罪被害者とジャーナリズム

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まさに︑犯罪報道で何を伝えるのかという原点に立ち戻り︑犯

罪報道の

!解体的出直し

"を求めたい︒

報道はリンチではないか

警察に逮捕された人を犯人と決めつけて社会的制裁を加えるよ

うな取材・報道は︑﹁法の支配﹂を日々破壊しているのではない

か︒マスメディア企業と捜査当局が組めば︑政治家でも︑企業で

も︑簡単につぶすことができる時代である︒

被害者感情に左右されない冷静な裁判報道が必要なのだが︑

!少年探偵団ジャーナリズム

"が警察発表を鵜呑みにして︑被疑

者を犯人視した実名報道で法律に基づかない刑罰︵リンチ︶を執

行している日本は極めて非正常な国だ︒

また︑事件の被害者も性犯罪などを除き︑原則として実名報道

される︒被害者の側にも何らかの問題があると見ると︑死んだ人

の名誉やプライバシーまで侵害することもある︒つくば母子殺人

事件で殺された母親や東京文京区の幼稚園児殺害事件の被害者の

母親が叩かれた︒埼玉県桶川市の大学生刺殺事件でも被害者側を

バッシングする報道があふれた︒大事件︑大事故があるたびに︑

メディアが数百人規模で駆けつけ︑地域社会を破壊してしまう︒

インターネットのウェブサイト︑ブログなどの普及で︑地球市

民みんなが報道加害者になる可能性がある︒ネットの掲示板で

は︑個人や団体︵大学のゼミ掲示板を含む︶を誹謗︑中傷︑侮

辱︑脅迫するとんでもない言論が展開されている︒ ネット時代の現在︑すべての市民がメディア倫理を確立する必

要がある︒権力の介入を防いで︑他人の人権を侵害せずに︑必要

な情報を入手するために︑︵一︶報道界全体で守るべき報道倫理

綱領を制定する︵二︶報道された市民が被害を受けたと訴えた場

合︑報道側に倫理綱領違反があったかどうかを市民参加で審判す

る報道評議会・プレスオンブズマンを設ける︱という北欧型のメ

ディア責任制度︵mediaaccountabilitysystem︶が日本にも必要

だ︒メディア責任制度の設立は市民みんなの課題になった︒

メディアに対する法的な規制は︑憲法上も︑権力を監視し批判

する健全なジャーナリズム活動のためにも︑あってはならな

い︒そこで︑メディアが自らの責任で︑報道の自由と名誉プライ

バシーを守るディーセンシー︵品格︶を両立するためにつくった

仕組みだ︒

報道評議会とプレスオンブズマンは同義語と考えていい︒両者

とも︑メディアと報道される市民の間に立って仲介する﹁第三

者﹂機関ではない︒報道された市民や団体の訴えに耳を傾け︑大

メディアに対して対等な関係に立てるようオンブズ︵スウェーデ

ン語で﹁代理する﹂の意︶し︑調査・審理する︒報道評議会はメ

ディアが倫理綱領に違反したと判断した場合は︑叱責の裁定文を

公表する︒潮見憲三郎著﹃オンブズマンとは何か﹄︵講談社︶が

詳しい︒

私は二十二年にわたる通信社記者と十二年のメディア研究者と

しての経験をもとに︑メディアによる﹁犯罪報道の犯罪﹂を再点

― 43 ―

犯罪被害者とジャーナリズム

(9)

検し︑今も続く人権と報道の現在を考えたい︒

覗き見はメディアの一源流

人は事件事故に関する﹁三面記事﹂に興味を持つ︒万国共通の

人間の本能だろう︒好奇心︑野次馬精神︑プライバシーを覗き見

したい気持ちも否定しない︒ジャーナリズムの起源の一つは︑欧

州でも犯罪報道だった︒

ジャーナリズムには二つの源流がある︒一つは︑十七世紀の海

外交易情報や非合法政治パンフレットなど言論の自由を発揮する

手段

滷バの半後紀世六十やドーラの十ちた人詩遊吟の末紀世四犯

罪パンフレット・犯罪加害者の生い立ちから罪を犯すまでの生活

を物語として伝える︒この二つの合流として十九世紀に登場した

のが商業新聞である︒

日本でも江戸時代の瓦版と明治時代の自由民権運動の媒体とし

ての新聞という二つの源流がある︒

だから︑現代のメディアでも犯罪報道がニュースバリューを持

つのだ︒

世の中の常識に反した大事件が起きると︑みんなの関心は異様

に高まる︒被害者への同情︑そして︑﹁誰がやったのか﹂に強い

関心が集まり︑﹁早く犯人を捕まえて処刑しろ﹂という世論が高

まる︒被害者が何の罪もない子どもや女性だったりすると︑﹁犯

人を吊るせ﹂という声は圧倒的になる︒

マスメディア企業の報道幹部は﹁犯罪は社会を映す鏡だ﹂とよ く言う︒捜査官が︑﹁殺された側﹂の悔しさを自分たちに感情移

入して︑被疑者を割り出そうと地を這うような捜査に没頭するこ

とは悪いことではない︒

しかし︑メディアの主要な役割は︑犯罪者を割り出して処罰す

ることではない︒一九六〇年代に放送されたNHKの人気ドラマ

﹁事件記者﹂は︑まさに︑警察と新聞記者が協力して︑被疑者を

追い詰めていくことを正当化していた︒

ここで私は﹁犯人﹂とか﹁加害者﹂と書かないで︑被疑者と表

現していることに注意を払ってほしい︒

警察・検察に逮捕されて拘束されている人は︑あくまで当局に

﹁犯人と疑われている市民﹂である︒英語では検察庁︵国家︶に

﹁犯罪者だ﹂という﹁言い掛かりを付けられている﹂︵allegedly︶

にすぎない︒裁判で被告人︵英語では防御する人という意味のde-

fendant︶となり︑弁護人をつけて︑公開の裁判で公正な審理を受

ける権利がある︒

記者が警察と二人三脚で︑被疑者を見つけ︑被疑者を晒し者に

して断罪することは︑近代社会では許されないはずだが︑日本の

メディア界は︑被疑者を犯人と決め付けて社会的に葬り去ること

に疑問を持たなかった︒

なぜ被疑者=犯人なのか

私は共同通信に入社して三年目に︑首都圏連続女性殺人事件と

いう冤罪事件で十三年後に無罪が確定したOさんに出会い︑自分 犯罪被害者とジャーナリズム

― 44 ―

(10)

たちがOさんを﹁九件十一人を殺した﹂かのように報道したこと

の責任を問い続けた︒ほかの事件でも︑ほとんどのメディア記者

たちが︑捜査段階で犯人探しをしてしまい︑裁判がまだ始まって

もいない段階で︑﹁ペンを持ったおまわりさん﹂になってしまっ

ているのではと考えた︒そこで︑千葉の弁護士︑研究者と勉強会

を開き︑共同通信労組で問題提起した︒

その結果︑社内の人事異動で差別を受けたが︑一九八四年九月

に﹃犯罪報道の犯罪﹄︵学陽書房︑八七年に講談社文庫・〇四年

に新版として新風舎文庫︶を出版した︒この本は︑﹁なぜ警察に

逮捕された市民が︑犯人として扱われ︑姓名︑住所︑経歴︑顔写

真などを報道されなければならないのか﹂という疑問から出発し

た︒﹁見られる側﹂﹁晒し者にされる側﹂を無視していいのか︑捜

査段階の報道はあまりに一方的でアンフェアではないか︑という

問い掛けだった︒ほかのニュース報道ではあり得ない不公平︑不

平等さがあると感じた︒

日本弁護士連合会が一九七六年に出版した﹃人権と報道﹄︵日

本評論社︶を教科書にした︒同書は︑逮捕時の報道によって社会

に与えた

!黒い

"に︑底到︑もてっよ道印報の決判罪無︑は象改

められることを期待しがたいと述べた上で﹁犯罪報道は︑原則と

して︑犯罪事実の報道にとどめるべきであると考える﹂と提言し

た︒

報道被害は局地的で︑同じ人に反復されることはまずない︒他

の公害と違って被害者の横の連帯が困難である︒メディアに抗議 したり︑裁判を起こしたりすると︑再び実名報道されて二次被害

を受ける恐れがある︒泣き寝入りが一番楽というのが多くの報道

被害者の声だ︒

現役の通信社記者の問題提起だったので︑当時はかなりの話題

になった︒あれから二十一年経って︑私の主張はほとんどなかっ

たことにされている︒今は︑少年も凶悪事件では実名にせよと

か︑被害者も実名が原則ということを一部のメディア幹部︑メデ

ィア学者が公言する時代になった︒

また重大事件では少年時代の非行歴︑前科なども報道されるよ

うになった︒

もし︑逮捕された人が︑加害者でなかったら︑取り返しがつか

ない︒仮に犯人であったとしても︑警察に疑われた人は被疑者・

被告人として適切な捜査と公開の公正な裁判を受ける権利があ

る︒責任能力がないと裁定されることもある︒死刑囚を除けば︑

すべての受刑者は社会に復帰するのだから︑捜査段階で実名を出

されると︑更生の妨げになる︒実際に罪を犯した本人に制裁を加

えることは論議の余地があるが︑その人には必ず家族がおり︑事

件とは無関係な親類︑友人にも重大な影響を及ぼす︒

匿名報道主義の提唱

私は﹃犯罪報道の犯罪﹄で︑犯罪を︵一︶私人が起こす一般刑

事事件と︵二︶公人︑準公人の権力行使にかかわる事件や疑惑に

分けて︑前者は匿名︑後者は顕名を原則とするという原理を考え

― 45 ―

犯罪被害者とジャーナリズム

(11)

出し︑それを匿名報道主義と名付けた︒一般市民の場合は︑報道

された場合のデメリットを上回る︑パブリック・インタレスト

︵人民の権益︶がない場合がほとんどだ︒

私は一九八二年から何度も匿名報道主義を実践しているスウェ

ーデンなど北欧に飛んで調査し︑実例をもとに紹介した︒﹁逮捕

されたら実名報道が当然﹂ではない国が少なくない︒スウェーデ

ンでは︑犯罪報道で一般市民の実名が出ることはほとんどない︒

メディア全体が取り決めた報道倫理綱領で﹁一般市民の関心と利

益の重要性が明白に存在しているとみなされる場合のほかは︑姓

名など報道対象者の明確化につながるような報道を控えるべきで

ある﹂と規定されているからだ︒

私の本が一つのきっかけになって︑八五年七月には﹁人権と報

道・連絡会﹂︵〒一六八︱八六九一東京都杉並南郵便局私書箱

二三号︶が誕生した︒﹁日本に匿名報道主義と報道評議会を﹂が

目標だった︒関西にも﹁人権と報道関西の会﹂ができた︒日弁

連︑新聞労連などが犯罪報道の改革とメディア責任制度︵報道界

全体での報道倫理綱領制定と報道評議会設置︶の導入を提唱し

た︒

﹃新・犯罪報道の犯罪﹄︵講談社文庫︶法学セミナー増刊﹃資料

集人権と犯罪報道﹄︵日本評論社︶などで﹁顕名報道基準試案﹂

︵読売新聞記者=当時=の山口正紀さんが中心になって作成︶を

発表し︑匿名報道主義において︑事件事故報道はどのように変わ

るのかを︑実例をあげて示した︒ ﹃犯罪報道の犯罪﹄など一連の著作で︑犯罪報道の実名主義の

誤りを理論的にも実践的にも解明した︒この問題は匿名報道主義

でしか解決できないことがはっきりした︒

愛媛県八幡浜市の南海日日新聞が八五年から匿名報道主義で事

件報道を始めた︒日本共産党の機関紙︑しんぶん赤旗は被疑者の

匿名原則を決めた︒創価学会の機関紙︑聖教新聞は被害者の匿名

原則を確立した︒

八七年に熊本で開かれた日弁連の人権大会は﹁原則匿名の実現

に向けて﹂活動すると決議した︒報道される側の権利が社会的に

定着し︑八九年末にはメディア界が被疑者の﹁呼び捨て﹂の廃止

を決定︑朝日新聞などが被疑者の顔写真・連行写真の不掲載原則

を決めた︒

放送界では九七年六月にNHKと日本民間放送連盟が﹁放送と

人権等権利に関する委員会機構﹂︵BPO︶を設置した︒

被害者も襲うメディア

ところが︑一九九〇年代に入ってから︑一部の新聞労働組合︑

学者︑弁護士らの妨害が激しくなった︒憲法︑公害問題などでは

リベラルな立場をとる人たちだったから︑影響は大きかった︒い

まだに︑警察記者クラブで新人記者教育がなされ︑逮捕されたら

実名という大原則に変化がないのは︑メディア擁護の御用文化人

による責任が大きい︒

匿名報道主義に対し当初出てきた反論は単純だった︒逮捕され 犯罪被害者とジャーナリズム

― 46 ―

(12)

た人の起訴率・有罪率が高いとか︑犯罪者を社会的に制裁するの

は当然︑無関係の人が疑われるなどという反論が多かった︒が︑

八六年ごろから﹁逮捕時点で被疑者の身元を明らかにすることに

よって冤罪を防いでいる﹂﹁実名報道主義をやめれば警察は被疑

者を匿名発表してくるのは必至で︑警察が被疑者を闇から闇に葬

り去る暗黒社会になる﹂という権力チェック論が主流になった︒

﹁権力チェック論﹂としてメディア幹部のテキストになった実

名擁護論を発明したのは柴田鉄治・朝日新聞社会部長︵当時︶で

ある︒柴田氏は現在︑国際基督教大学︵ICU︶客員教授で︑革

新系の日本ジャーナリスト会議︵JCJ︶代表理事を務めてい

る︒

最近は﹁実名を書いても︑捕まった被疑者の側の主張が公平に

伝わればいい︑つまり被疑者を犯人扱いしなければ問題ない﹂

︵田島泰彦上智大学教授︶という人もいる︒また︑警察が犯人と

疑っていたというのは︑その時の事実だから︑後で犯人でなくて

も問題はないというメディアの言い方は無責任だ︒警察の違法捜

査や不適切な行為は当然︑非難されるべきだが︑警察が報道して

いるわけではないのだから︑報道の結果生じる被害については︑

自らが責任を果たすべきであろう︒

放送局や新聞社の定款に︑犯罪者を懲らしめることを業務内容

にしているところはない︒実名を出すことで︑犯罪者に制裁を加

えている現状は︑法律に違反したメディアのリンチ︵私刑︶であ

る︒ ﹁悪いやつはやっつけて当然︒被害者の悔しい思いを代行する﹂

というメディア幹部には︑被疑者が犯人ではないと分かったとき

に︑誰がどう責任をとるのかということを︑明確にしてほしい︒

実名報道される人には︑本人のみならず︑家族や関係者が社会的

に抹殺されるような被害がある︒相手にリスクを負わせながら︑

自分は警察の見方をそのまま事実として客観的に伝えただけだか

ら問題ない︑という逃げ方は卑怯だ︒記者を辞めろとまでは言わ

ないが︑賃金の一部を︑報道被害者に一生払い続けるくらいの覚

悟は持っていてほしい︒

﹁誰が﹂はニュースの基本で不可欠だという言い方もよくされ

る︒これは被疑者を犯人と断定しているからこそ言えるのだと思

う︒被疑者が犯人でなければ︑﹁誰か﹂を詳しく書けば書くほど

真実から離れてしまう︒被疑者が犯人だとしても︑犯罪の背景や

原因を知るためには︑必ずしも実名は必要ない︒むしろ︑被疑

者︑被害者を匿名にすることによって︑事実関係を詳しく追うこ

とができる︒はじめに名前が出ると︑事件の内容や背景をかえっ

て報道しにくくなることもある︒事件報道から名前や顔写真が消

えると︑絵にならないとかいう人たちがいるが︑少年事件や︑生

活情報・医療関係のニュースでは匿名報道で十分伝わっている︒

実名主義の文化人の最後の﹁理論﹂は︑名前に尊厳があり︑メ

ディアが勝手に匿名にするのは差別だという主張だ︒二〇〇一年

ごろから︑朝日新聞の藤森研︑川原理子両氏らが濱田純一東大

教授の

!理論

"を援用して持ち出した︒

― 47 ―

犯罪被害者とジャーナリズム

(13)

最近は被害者遺族の中にも︑﹁実名が出ても差別を受けない社

会にすべきだ﹂という人たちが出てきた︒メディア幹部やメディ

アに近い学者の言説の影響であろう︒名前に尊厳があるからこ

そ︑メディアが勝手に報道することは不適切なのだ︒一般市民は

匿名のまま︑発言し︑主張する自由がる︒実名を出さなければ人

間の尊厳が守れないわけではない︒一人ひとりが決めればいいこ

とだ︒

〇一年九月に東京・新宿歌舞伎町で起きたビル火災で四十四人

が死亡した︒このビル四階に接客業の店があったが︑店で働いて

いて焼け死んだ女性たちの住所︑姓名︑年齢が報道された︒

濱田教授は﹁人の死に方によって扱いに差をつけるより︑命の

重みで割り切るほうがいい﹂﹁ぼくは匿名だと︑何か侮辱された

感じがする﹂︵〇一年九月二三日の朝日新聞︶と述べた︒屁理屈

としか言いようがない︒姓名の尊厳を尊重するからこそ︑安易に

実名報道してはいけないのだ︒

犯罪報道は︑ほかの分野の報道とも同じだが︑市民の﹁知る権

利﹂にこたえるためにある︒﹁ニュースの基本は実名﹂というの

は︑公人︑準公人にあてはめるべきであろう︒私が主張してきた

匿名報道主義とは︑犯罪報道において︑調査報道と権力監視報道

を主流にして︑顕名報道主義を目指そうということと言い換えて

もいい︒ 今も続く報道加害

犯罪報道の原理原則が変わらないので︑今でも︑メディア取材

・報道による人権侵害は古典的なパターンのままで続いている︒

﹃メディア規制に対抗できるぞ!報道評議会﹄︵現代人文社︶︑

﹃﹁報道加害﹂の現場を歩く﹄︵社会評論社︶などを読んでほしい

が︑ここでいくつかの例を挙げてみたい︒

漓JR尼崎脱線事故

死者一〇七人︑負傷者五四九人を出した〇五年四月二五日のJ

R福知山線尼崎脱線事故は︑様々な要因が複雑に絡まって起きた

と思われる︒しかし︑一言で言えば国鉄の民営化が招いた事件だ

と私は思う︒

詳しくは野田正彰・関西学院大学教授との対談本﹃日本のマス

メディアと私たち﹄︵晃洋書房︶序章を読んでほしいが︑この事

件でも報道加害が繰り返された︒

事故現場の後方に約三カ月そびえたっていた七台のクレーンは

異様だった︒クレーン先端に吊るされたゴンドラに報道各社のカ

メラパーソンが乗っていた︒

同志社前行の快速電車が事故に遭ったので︑同志社大学も集団

的な人権侵害取材の

!現場

"年田京う通が生二に︑一︒たっな辺

校地が同志社前駅近くにある︒事故で同大の学生三人が死亡︑一

二人が今も入院している︒三人の死者の中に私が所属する社会学

部メディア学科一年生のAさんがいた︒事故の翌日早朝から︑多

数の記者たちが京田辺校地に入り込み︑Aさんの友人を探した︒ 犯罪被害者とジャーナリズム

― 48 ―

(14)

報道陣はメディア学科の専門科目の講義が終わった時間を狙っ

て︑学生たちに取材した︒

主要新聞各紙は事故後約一週間たった五月初旬︑亡くなった乗

客乗員の姓名︑年齢を﹁兵庫県警調べ﹂と断わって地域別に掲載

したが︑姓名が載らなかった犠牲者がいた︒顔写真︑プロフィー

ルが載っていない人も少なくない︒遺族が取材を断っているのだ

ろう︒六人もの遺族が匿名を選択したのだ︒

各紙に載ったAさんの遺影は高校時代の友人から提供されたも

のではないか︒ほかの顔写真も同じだが︑遺族の了解も得ずに載

せていいのだろうか︒

同志社大の学生が受けた集団取材被害は︑日本のマスメディア

による集団的な取材・報道の人権侵害が根本的に解決されていな

いことを示した点も重要である︒人権擁護法案が国会に再提出さ

れようとしている中で︑﹁事故報道の犯罪﹂を繰り返したこと

に︑どれだけのメディア幹部︑メディア研究者が気づいているの

だろうか︒なぜ市民が当局に匿名発表を依頼し︑報道界にはそう

した要望をしないのかと自問すべきだ︒

滷ャ責のムズリナージ松と件事ンリサ本任

九四年六月二七日夜︑長野県松本市で起きたガス中毒事件︒長

野県警は︑第一通報者の会社員︑河野義行さんを﹁重要参考人﹂

と非公式に表明︑被疑者不詳のまま殺人容疑の関連先として河野

さん宅を家宅捜索︒捜索差押令状を出したのは松本簡易裁判所の

松丸伸一郎裁判官︒殺人事件なのに︑なぜ調合に失敗︵傷害致死 になるはず︶か︑などと判断するのはおかしいと思わないのか︒

私の学生も九九%が河野さんを疑っていた︒犯罪報道の﹁二次被

害﹂である︒

河野さんはいまだに松本事件犠牲者の遺族とコミュニケーショ

ンがない︒ほとんどの遺族は一年近く河野さんを犯人と思い︑恨

んだのだ︒

河野さんが搬送しに来た救急隊員に︑﹁妻と一緒に除草剤をつ

くろうとして調合に失敗して煙を出した﹂と語った︑と六月二九

日から一斉に報道︒調合失敗の報道は︑直後に虚報と判明してい

たのに︑各社は放置︒NHKは河野さんを搬送した救急隊員三人

のうち二人から︑そういう情報はないと﹁裏取り﹂し︑二九日に

ももう一人から虚報と確認したのにオンエア︒各社は九五年六月

までに一斉に謝罪︵NHKは十一月十八日︶したが︑その理由

は︑河野さんが提訴の動きを見せたことと︑﹁捜査本部が松本事

件もオウムと断定した﹂から︒NHK︵田端和宏報道局長︶は︑

それから一年五カ月以上経った九五年一一月九日に示談書を交わ

した︒

﹁薬品調合に失敗﹂のデマ情報は警察庁幹部が各社の東京社会

部警察担当記者にリークした︒警察庁幹部は三月二〇日に地下鉄

サリン事件が発生した後もデマ情報を伝えた︒長野県警の中に︑

九四年九月過ぎから︑﹁オウムが怪しい﹂と見る捜査官たちがい

たのに︑河野さんに絞っていたため︑これを無視した︒

― 49 ―

犯罪被害者とジャーナリズム

(15)

澆人省猛に犯再の道報視犯和︱件事ーレカ毒山歌を

一九九八年七月二五日に和歌山市園部地区で起きたカレー毒物

混入事件などで殺人罪などに問われた林真須美氏に対し︑大阪高

裁は六月二八日︑一審の和歌山地裁の死刑判決を支持した︒私は

一般刑事事件では匿名原則を提唱しているが︑無実を訴える林氏

から顕名報道するように依頼されているので︑彼女の姓名を明ら

かにする︒

林氏夫妻に﹁別件﹂の保険金詐取疑惑を突きつけたのは﹃朝日

新聞﹄だった︒﹃朝日﹄が同年八月二五日︑﹁事件前にもヒ素中毒

関係者近く聴取﹂と報じた日から︑林夫妻が別件逮捕される一

〇月四日早朝まで︑報道陣が林夫妻の自宅の周囲を取り囲み︑一

部メディアは林氏を﹁毒婦﹂とまで書いた︒

最高裁において︑メディア・リンチで始まった﹁林氏=犯人﹂

の根拠を総ざらいしてほしいと思う︒

2犯罪被害者等基本計画

犯罪被害者等基本計画検討会︵座長代理・山上皓東京医科歯科

大教授︶は〇五年一一月二十一日︑第一一回検討会を開き︑政府

の今後の取り組みの基本計画の素案をまとめた︒損害回復・経済

的支援など五つの柱の下に二一八の施策を掲げる︒

〇五年四月に施行された犯罪被害者等基本法に基づき内閣府に

設置された関係大臣らの犯罪被害者等施策推進会議︵会長・内閣

官房長官︶において基本計画案の骨子が七月に作成され︑同検討 会で討議されていた︒

骨子案では︑被害者名の警察発表についてこう述べていた︒

﹇警察による被害者の実名発表︑匿名発表について︑犯罪被害

者等の匿名発表を望む意見と︑マスコミによる報道の自由︑国民

の知る権利を理由とする実名発表に対する要望を踏まえ︑プライ

バシーの保護︑発表することの公益性等の事情を総合的に勘案し

つつ︑個別具体的な案件ごとに適切な発表内容となるよう配慮し

ていく︒﹈

被害者名の警察発表については︑実名か匿名か警察が判断する

と定めた項目は︑報道界や日本弁護士連合会は﹁警察発表は実名

で﹂と反対して︑八月二六日に意見書を発表し︑同三〇日に内閣

府に提出していたが︑そのまま残った︒

日本新聞協会は︑犯罪被害者等基本計画案が一一月二一日︑警

察が実名か匿名か判断して発表する方針についてほぼ原案通りま

とめられたことに対し︑犯罪被害者等施策推進会議の会長である

安倍官房長官あてに︑改めて削除を求める意見書を内閣府に出し

ていた︒協会は﹁警察の恣意的運用を招き︑国民の知る権利を

脅かすことになりかねない﹂としている︒

また︑日本民間放送連盟も同月一八日︑政府の犯罪被害者等基

本計画案で︑警察が被害者の実名・匿名発表は個別に判断すると

いう方針がほぼ原案のまま決まろうとしていることに対し︑修正

を再度求める申し入れ文を内閣府に出していた︒息子を事件でな

くした埼玉県の小林邦三郎氏が一一月一八日に﹁発表は原則実名 犯罪被害者とジャーナリズム

― 50 ―

(16)

とするべきだ﹂などと求める文書を内閣府に出していた︒しか

し︑﹁既に第九回で議論しており︑変更の必要はない﹂という意

見でまとまり︑反対意見はなかったという︒

民放連は︑警察発表について﹁実名原則を踏まえつつ﹂適切な

発表内容となるよう配慮していくと修正するよう求めた意見を九

月に出していた︒

警察に被害者名の発表の判断を委ねることについて︑検討会と

メディアの間で激しい論争があった︒

日本新聞協会は十月二一日︑内閣府犯罪被害者等施策推進会議

の犯罪被害者等基本計画検討会︵座長・宮澤浩一慶大名誉教授︶

に﹁犯罪被害者等基本計画案︵骨子︶に対する意見書﹂を送って

いた︒

意見書はまず︑同骨子が︑警察による被害者の実名発表︑匿名

発表について︑﹁個別具体的な案件ごとに適切な発表内容となる

よう配慮していく﹂としている条項の削除を求めた︒﹁被害者は

実名で発表されなければならない﹂﹁実名のない被害者は︑その

存在さえ容易には確認できず︑本人や周辺からの取材もできな

い︒確認できない事柄を無責任に報道することはできない﹂

また︑﹁発表された被害者の実名をそのまま報道するかどう

か︑これはまたまったく別の問題である︒被害者の安全にかかわ

る場合はもちろん︑プライバシー侵害や何らかの二次被害のおそ

れがある場合は︑当然︑匿名で報道する︒被害者から要望があれ

ば被害者と誠実に話し合い︑警察が被害者の声を仲介する場合は 警察と真摯に協議する﹂﹁報道に起因する諸問題については︑報

道機関が自主的︑自律的に判断し︑結果の責任もまた正面から引

き受ける﹂と述べた︒

検討会は一〇月二五日︑事件・事故被害者の実名・匿名の判断

について﹁警察がプライバシー保護と発表の公益性を総合的に勘

案し︑適切な発表となるよう配慮する﹂との項目を含む骨子案で

合意した︒骨子案の変更点は﹁実名発表︑匿名発表について︑﹂

の﹁ついて︑﹂が﹁ついては︑﹂になっただけだ︒

内閣府の担当者は﹁被害者の名前に関する発表をめぐる討議は

すべて終わった﹂と私に述べた︒メディアも日弁連もなめられた

ものだ︒検討会の開かれる四日前に反対表明をしても遅すぎる︒

検討会の委員は一五人︒元新聞記者もメンバーに入っている

が︑委員の﹁実名﹂は全く報道されない︒

毎日新聞﹁実名﹂の前提

この問題でもっとも熱心なのは毎日新聞だ︒

七月三一日の﹁被害者名発表判断は警察任せとは暴論だ﹂と

題した社説で︑﹁それでなくても警察当局による匿名発表が増え

ている折︑警察の裁量が広がれば︑捜査活動がますます不透明に

なりかねない︒メディアの公権力監視機能を無視した暴論と言え

る﹂と断じた︒社説は﹁メディアの役割を軽視されては困る︒事

件︑事故が起きると︑担当記者は警察が公表した情報をもとに加

害者︑被害者本人や周辺からの取材で裏付けを取った上で︑事実

― 51 ―

犯罪被害者とジャーナリズム

(17)

を報道するべく努めている︒警察が被害者の名前などを明かさな

くなれば︑警察の発表をうのみにせざるを得なくなりかねない︒

極論すれば︑警察が虚偽の発表で報道を誤導する余地さえ生じて

くる﹂と警察への不信感を強調する︒

また︑﹁一昔前︑新聞などが匿名報道を原則とする少年や精神

障害者による事件で︑冤罪が繰り返されたことも忘れてはならな

い﹂﹁不都合なことを隠そうとする警察に︑実名か匿名かを選択

させるなど言語道断だろう﹂と指摘して︑次のように論じた︒

﹁現代の犯罪の多くは︑人間関係が希薄な都市生活の中で︑偶

発的に発生する︒犯罪の被害者となるかどうかは︑偶然に左右さ

れるといっていい︒加害者になるかどうかでさえも︑実は薄皮一

枚の差であったりもする︒とするならば︑運悪く犯罪に巻き込ま

れた際の被害を社会全体で共有し︑被害者らと痛みを分かち合っ

ていかねばなるまい︒被害を因果応報的に個人の責めに帰するよ

うな考え方は排さねばならない︒

事件報道の目的は危険性や問題点を訴え︑世論の注意を喚起し

て再発を防止することにある︒被害の深刻さや痛ましさを伝える

際︑実名での報道は切迫感や説得力の点で大きな効用を持つ︒一

枚の写真が悲劇性を印象付け︑諸対策を促したケースも少なくな

い﹂

社説は﹁興味本位の報道が家族︑遺族を傷つけたケースは少な

くない﹂﹁メディアに良識ある判断と自制が求められるのは当然﹂

などと表明はするのだが︑毎日新聞がそうしたケースをなくし︑ 報道界全体で突発事件・事故において︑﹁良識ある判断﹂を下せ

るような仕組みをつくるための先頭に立つべきだ︒市民がなぜ警

察に匿名発表を求めているのかを理解し︑対策を講じなければ︑

﹁警察は実名発表を﹂と叫んでも意味がない︒

少年に冤罪事件が多いのは︑匿名報道が原因ではない︒毎日新

聞の刑事事件報道が︑警察を懐疑的にみて取材報道しているとは

到底思えない︒﹁警察活動をベールで覆う事態を招くような逆行

は看過できない﹂と言うのなら︑警察の民主化に関するキャンペ

ーンをやるべきだ︒公安警備警察の解体がまず必要だ︒国連から

何度も勧告されている代用監獄制度の廃止︑取調室に録音機︑ビ

デオを導入するなどの捜査の可視化︑起訴前の公選弁護人派遣な

どの司法手続きの透明化も不可欠だ︒

毎日新聞記者の警察取材記者の実態は︑捜査官と仲良くなって

捜査情報を他社より早く入手することに全力をあげているのでは

ないだろうか︒

一〇月二五日の﹁匿名は不正も痛みも隠し込む﹂と題した社説

で︑﹁一部メディア﹂が遺族を二次的に傷つけていると指摘した

後︑匿名の警察発表が許されれば﹁警察の情報が虚偽や架空であ

ってもメディア側は鵜呑みにするか︑報道を断念せざるを得なく

なる﹂などと論じた︒

社説は﹁匿名による発表は︑誰よりも警察当局を利する﹂と書

いた後︑﹁仮名︑匿名による警察発表が許されれば︑極論すれ 犯罪被害者とジャーナリズム

― 52 ―

(18)

ば︑警察の情報が虚偽や架空であってもメディア側は鵜呑みにす

るか︑報道を断念せざるを得なくなる︒もちろん今の警察がメデ

ィアを意図的に誤誘導するとは思わない︒だが︑戦前の特高警察

の歴史を思い起こすまでもなく︑メディアによる監視や活動の公

開が不十分になれば︑警察という権力機関が暴走しないと言い切

れるだろうか﹂と述べた︒

また﹁被害者=実名﹂について次のように論じた︒

﹁悲劇の再発防止を大きな目的とする事件・事故報道では︑実

名には説得力や印象を強める効果があることも考慮されるべき

だ︒被害者の名前や人となりが伝わらないようでは︑悲惨さも被

害者や家族らが受けた被害の深刻さも伝わらない﹂﹁被害者の立

場を顧みないような報道は︑メディア側が自戒して改めるべきだ

が︑一方で読者︑視聴者らの健全な良識で淘汰すべきでもある︒

被害を社会全体で共有し︑悲しみや痛みを分け合うことが何より

の被害救済になる︑と認識していこうではないか﹂

毎日は一般記事でも︑﹁安易な匿名発表﹂を批判する記事を続

けて載せた︒

東京新聞も一〇月三〇日﹁警察国家へ進むのか﹂という見出し

の社説で︑﹁匿名社会﹂﹁仮面社会﹂を批判している︒しかし︑市

民が匿名でいることは卑怯でも臆病でもない︒

警察が匿名発表することが﹁警察国家へ進む﹂とまで言うのに

は違和感がある︒警察に匿名・実名の判断を任せるという暴論が

検討会で決まった社会的背景を冷静に見る必要がある︒ この項目について︑﹁メディアと市民を分断する﹂という批判

があるが︑既に報道機関と市民に連帯感が欠如しているのが現状

だ︒事件事故に巻き込まれた市民が︑実名報道を避けたいと思っ

た場合︑警察︑消防などの役所に依頼する以外に効果的な方法が

ない︒

メディアによる集中豪雨的な取材と報道が個人と地域社会の平

穏な生活を破壊するという例は︑神戸連続児童殺傷事件以降︑繰

り返し起こり︑長崎県佐世保市の事件では遺族の新聞記者が﹁被

害者の実名︑顔写真は必要なのか﹂と問い掛けた︒東京新宿歌舞

伎町の火事では焼死した接客業店員の女性たちの姓名︑住所が遺

族の了解なしに報道された︒

〇五年四月のJR尼崎脱線事故でも︑被害者に対する非人間的

な取材が繰り返された︒兵庫県警の報道担当者は﹁遺族が匿名を

希望していると記者クラブで伝えても︑警察が発表してしまう

と︑実名報道するのは間違いないと判断して四人を匿名発表し

た﹂と言明している︒担当者は﹁遺族の匿名希望を受け入れて︑

マスメディア全体で匿名報道を貫くための仕組みがない

日本新聞協会も検討会へ提出した意見書で︑﹁プライバシー侵

害のおそれがある場合は当然︑匿名で報道する﹂﹁報道に起因す

る諸問題は報道機関が自主的︑自律的に判断する﹂などと強調し

ているが︑大事件・大事故が今度起きたときに︑匿名報道を保証

するシステムはどこにもない︒

また︑社説が被害者の遺族が匿名を選択することを﹁われ関せ

― 53 ―

犯罪被害者とジャーナリズム

(19)

ず︑関心はわがことにあり﹂などという﹁匿名社会﹂﹁仮面社会﹂

に引き寄せて論評しているのは︑見当違いではないか︒市民には

匿名でいる自由がある︒

報道は市民の﹁知る権利﹂にこたえるためにあり︑事件事故の

被害者になった一般市民の姓名を報道は当事者が﹁そっとしてほ

しい﹂と希望しているときには不要ではないか︒本人のリスクや

感情を上回るパブリックインタレスト︵人民の権益︶はないと思

う︒

また︑北欧︑英連邦など世界約三十カ国にある報道評議会を早

急に設置すべきだ︒現在は各報道機関が独自の苦情対応機関を持

っているが︑報道界全体で﹁公人以外は匿名をスタートにして︑

遺族の了解が得られた上で︑顕名報道にする﹂という新基準を設

けて︑すべてのメディアに基準を遵守するよう求めるメディア責

任制度を作るべきだ︒

同項目に反対の立場を表明している日本弁護士連合会も︑日本

のマスメディア界に対し︑二回︑報道評議会などの自主規制機関

を設置するよう勧告している︒人権擁護法案でもメディア規制の

おそれがある︒〇九年に導入が決まっている裁判員制度で︑偏見

報道の禁止も盛り込まれる可能性がある︒メディアと市民の衝突

を︑報道界と市民との間で社会的に解決する仕組みを早急につく

るべきだ︒

産経新聞は一一月八日の﹁主張﹂︵社説︶で﹁匿名発表警察

任せは看過できない﹂と題して﹁この合意は︑報道に携わるもの として︑とうてい容認できるものではない︒匿名発表が常態化す

れば︑真実に迫る報道などできなくなる﹂と述べた︒

﹁現在︑事件や事故︑災害などが発生すると︑メディアは警察

発表をもとに被害者本人や周辺︑関係者に取材し︑検証報道する

のを原則としている︒これが仮名や匿名となれば︑検証報道など

不可能となり︑ひいては国民の知る権利を奪う結果となる︒

ところが︑すでに全国の警察では事件︑事故の被害者や容疑者

を匿名で発表するケースが広がっている︒憂慮すべき事態であ

る︒

もちろん︑メディア側の責任も大きい︒一部メディアの過剰報

道や興味本位の取材は被害者や家族を傷つけ︑メディア不信を増

幅させている︒報道機関は常に被害者感情に配慮し︑真摯な態度

を心がけるべきだが︑匿名発表では政府に再考を促したい﹂

この主張も︑市民の多くがメディアによる取材報道について厳

しい目を向けていることを考慮していない︒

主要新聞社は︑JR事故で﹁事故の悲惨さを伝え続ける﹂と強

調していたが︑大阪本社の社会部で﹁JR事故取材班﹂は解散状

態のようだ︒事故発生からまだ八カ月である︒ニュース価値がも

うないというのかと怒りを感じる︒

匿名は悪いのか

他紙にも犯罪被害者が﹁匿名だと何か悪いことをしているよう

な感じに受け止めてしまう﹂などと︑匿名でいる被害者を批判す 犯罪被害者とジャーナリズム

― 54 ―

(20)

るようなコメントが目立つ︒

一〇月二五日の毎日新聞のメディア欄は﹁匿名か実名か問わ

れる被害者発表﹂という見出しで︑﹁最近︑警察の匿名発表が全

国各地で増加傾向にある中︑犯罪被害者ら当事者はどう考えるの

か﹂と指摘して︑事件で妻や子供を亡くした三人に聞いている︒

﹁少年犯罪被害者当事者の会﹂代表は﹁実名で報道してほし

い︑という遺族もいる﹂と述べ︑﹁私は匿名だと何か悪いことデ

モしているように感じに受け止めてしまう︒被害者を保護するた

めに匿名報道に転換するのではなく︑実名で報道されても生きて

いけるような社会にすべきだと思う﹂などと強調した︒

また桶川ストーカー事件の遺族は被害者名が仮名だったら︑

﹁そのうち事件そのものが世の中から忘れ去られてしまうだろう﹂

﹁警察は都合の悪い存在の被害者に対しては支援の手を差し伸べ

ないし︑名誉も回復してくれない︒うそもつくし︑真実を出さな

いこともある︒桶川事件で警察の不正を暴いたのは︑﹃何かおか

しい﹄と思ったメディアの力であり︑社会問題にした報道の力だ

ったと思う︒匿名での発表を悪用し︑警察がメディアと被害者を

分断するようなことがあってはならない﹂と述べた︒

﹁全国犯罪被害者の会﹂を設立した弁護士は﹁︵マスコミは︶知

る権利などと大げさなことを言うが︑では︑被害者は広く国民に

プライバシーを知られる義務があるのか︒そんな義務はない﹂

﹁いったん実名で氏名が発表されれば︑すさまじい取材が殺到

し︑被害者や遺族の静ひつな生活が吹き飛んでしまう︒︵略︶メ ディアに自己コントロールする力がない現状で︑実名発表を主張

するのはおかしい﹂と述べた︒

﹁被害者・遺族は︑被害を受けて苦しんでいるのに︑さらに公の

ために尽くさなければならない義務がどこにあるのか︒怒りを共

有するというだけで協力しなければならない責務はないはずだ﹂

一〇月二六日の毎日新聞は﹁実名発表︑警察判断で﹂︽計画案

盛り込み政府検討会決定﹁匿名社会﹂懸念も︾の﹁解説﹂欄で︑

﹁匿名発表増加拍車の可能性﹂として︑﹃確かに警察側は﹁発表す

ることの公益と︑個人のプライバシーや捜査上の支障などの不利

益を比較して各都道府県県警が実名・匿名を判断している﹂との

見解を表明している︒しかし︑取材現場では報道側が日常的に実

名発表を警察側に要請している︒取材・報道は事実に基づかなけ

ればならず︑その根幹が実名だからだ﹄と書いている︒

この記事には﹁知る権利を侵害﹂と題した服部孝章・立教大学

教授︵メディア法︶の談話が乗っている︒

﹁政府の検討会の議論は︑警察は誤ることがないことを前提に

しているように映る︒警察自身が犯罪を犯すこともあるなどメデ

ィアを通じて市民社会のチェックを受ける存在だ︒基本計画案は

捜査や発表の正しさについてメディアによる検証を困難にし︑市

民社会の知る権利を侵害することにつながる︒実名・匿名発表の

判断を警察に委ねることはメディアと被害者とが分断される恐れ

がある﹂

各紙にコメントする学者や法律家も﹁事件や事故の情報は被害

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犯罪被害者とジャーナリズム

参照

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