日本二輪産業における販売網の再編
著者 横井 克典
雑誌名 同志社商学
巻 60
号 5‑6
ページ 309‑329
発行年 2009‑03‑15
権利 同志社大学商学会
ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007410
日本二輪産業における販売網の再編
横 井 克 典
蠢 本稿の課題
蠡 二輪完成車企業各社の動向 蠱 日本二輪市場の環境条件
蠶 二輪完成車企業各社の取り組み− 販売店の事例 蠹 小括
Ⅰ 本稿の課題
二輪完成車企業
4
社は2001
年から一斉に生産改革を始めた。この流れは,2001年に 本田技研工業(以下,ホンダ)が自社工場の生産ラインを統合したことに始まり,同年 にはヤマハ発動機(以下,ヤマハ)が国内生産ラインの一部を海外拠点に移管すること を発表し1
た。また時を同じくして,スズキと川崎重工業(以下,カワサキ)も生産ライン の海外移管と,相互に自社製品を
OEM
供給することを決定し2
た。こうした一連の動き には,ふたつの要因がある。ひとつは
1980
年代半ばから国内市場がピーク時の4
分の1
にまで縮小したことと,いまひとつは,自らが推し進めた海外進出に伴って輸出量が 減少したことである。これらの要因によって国内生産量が大幅に縮小し,しかもそれは 今後も減り続ける傾向にある。二輪各社は,1980年代半ば以来続く生産量の減少に対 応できる体制に大きく変革を遂げようとしている。ところで,注目されるのは,生産量 が減少し始める1980
年代半ばから生産改革に着手するまでの間,二輪各社がそろって 販売網の再編に取り組んだことである。では,なぜ,二輪各社にとって販売面の改革が 必要だったのだろうか,さらにそうした取り組みはどのような意味をもつのだろうか。本稿では,日本二輪各社が行った販売網の再編に注目し,その実態を検討する。この
────────────
1 本田技研工業については,『日本経済新聞』2000年7月4日,2001年1月25日地方経済面,ヤマハ発 動機については,『日本経済新聞』2001年10月3日地方経済面,同年10月8日付け朝刊,を参照し た。また,川崎重工業は1998年に排気量175 cc以下の二輪車生産ラインを海外に移管している。これ を含めると,二輪各社の生産改革は1998年に始まることになるが,川崎重工業の生産ラインの海外移 管については情報ソースがひとつ(下記出所)と限られており,詳細が判明しない。そのため,ここで は2001年を始まりとした。川崎重工業についての出所は,『日経産業新聞』1998年1月23日,を参照 した。
2 川崎重工業とスズキの動向については,『日本経済新聞』2001年8月30日付け朝刊,同年11月26 日,を参照した。川崎重工業とスズキのOEM相互供給は2005年に解消されている。その理由は,ユ ーザーがブランドイメージを混乱すること,大きな販売効果が狙えないことにあるという。『日本経済 新聞』2005年10月13日付け夕刊,を参照した。
(501)309
ねらいは大きくふたつある。
わたしは,別の機会に二輪完成車企業(以下,完成車企業)の生産改革の実態を本田 技研工業・熊本製作所に焦点を当てて明らかにし
3
た。熊本製作所の生産改革は,それま で
2
本設置していたラインを1
本に統合し,なおかつラインに流れる機種数自体はこれ まで通り維持しようとするものであっ4
た。同時に,熊本製作所はエンジン組立ラインの 工程を短縮し,それとメインラインを同期化することで中間在庫の圧縮と生産リードタ イムの短縮を目指した。つまり,熊本製作所は生産改革によって,柔軟な機種の切り替 え,在庫の圧縮,生産リードタイムの短縮を試みたのである。とはいえ,在庫を圧縮し ようとするならば,生産それ自体を変えるだけでは限界がある。販売動向に対して生産 が連動しないと,完成車在庫が生じ,中間在庫圧縮の効果が薄れるからである。本稿の 目的のひとつは,二輪各社の生産と販売の改革をトータルにとらえる作業の前段とし て,販売面の変化の実態を明らかにすることである。
本稿のもうひとつの目的は,販売面の変化の背景にある市場条件を確認し,既存の方 法がどのような困難に遭遇したのかを検討することである。後述するように,二輪産業 では
1980
年代前半に繰り広げられたホンダとヤマハの販売競争(HY戦争)の際に膨 大な完成車在庫が生じた。この原因は,過度な販売競争もあるが,一方で二輪車の販売 方法それ自体に伴う問題があった。完成車企業にとってみれば,ともすれば過剰在庫を 生み出してしまう既存の方法では,縮小が続く市場環境に応じることが難しくなる。そ うした既存の方法の特徴が何であり,完成車企業はそれをどのように変えたのかを明ら かにする。以下,蠡では,1980年代半ば以降において完成車企業が行った販売網の再編を概観 し,その特徴を整理する。蠱では,市場環境条件の変化を見ることで既存の方法が直面 した課題を確認する。蠶では,蠡で概観した販売網の再編によって,既存の方法がどの ように変化したのかを検討し,最後に蠹でまとめを行う。
Ⅱ 二輪完成車企業各社の動向
1980
年代半ば以来,国内二輪企業が行った販売網の再編は,次の4
つの方策が採ら れた。それは,販売店への委託販売の廃止(マージンの見直し),受発注システムのオ ンライン化,販売会社(代理店・卸)の統合,系列店の推進,である。第1
表は,それ ら4
つの方策をどの完成車企業が採用したのかを示したものである。この表から,カワ────────────
3 横井〔2005〕を参照されたい。
4 本稿では,機種を二輪車の名称で区別して数える。例えば,クレアスクーピー,クレアスクーピーi(ア イ)と,名前が異なれば1機種として数える。自動車産業で使われている車種との違いは特にないが,
二輪産業では車種という用語は使われずに機種が使われる。よって,本稿では機種を使うことにする。
同志社商学 第60巻 第5・6号(2009年3月)
310(502)
サキの系列店の推進を除くと,全ての項目について完成車企業が取り組んでいることが わかる。以下,個別に確認しよう。
漓 販売店への委託販売の廃止
委託販売とは,製品が売れた分だけ,完成車企業が販売店にマージンを支払う方法で ある。1980年代まで,全ての完成車企業が委託販売方法を用いていた。その理由は,
日本の二輪産業では規模が小さい販売店が多いことにある。少しデータは古いが,1992 年時点における販売店数を完成車企業ごとに確認すると,ホンダが
2
万店,ヤマハが1
万4000
店,カワサキが1100
店である。各企業の販売店数には,併売店(例えば,ホン ダとヤマハを扱う販売店)を含むため,全体の販売店数は単純合計よりも少なく,3万 店である。これらのうち,大半は「街の自転車屋」と呼ばれる零細な販売店であ5
る。こ うした販売店では,製品を買い取って販売すると,売れ残ったときのリスクをとること が難し
6
い。完成車企業が委託販売を採るねらいは,多くの販売ルートを設置することで 販売量を増加させることであった。しかし,1980年代半ば以降,市場が縮小していく なかで,委託販売は買い取り販売に切り替えられていく。これは,1980年代後半にま ずカワサキが行い,その後ホンダ,ヤマハ,スズキも徐々に進めていっ
7
た。
加えて,完成車企業は委託販売の変更と同時に販売店に対するマージンも見直した。
委託販売は,販売台数に応じてマージン率を上げるため,販売店がマージン欲しさに台 数増加を目指し,値引き販売に走りやすいというデメリットがある。そこで,完成車企 業は買い取り販売への移行に伴い,販売店が立てた販売計画台数に応じて卸値を決める ことにした。この点については,蠶で詳述する。
────────────
5 『日経ビジネス』1992年5月18日,を参照した。
6 戦後から1980年代央までにおける完成車企業による二輪車販売店への委託販売と,そのメリット・デ メリット,二輪各社の販売体制の構築については,田村〔2004〕がかなり詳しい。1980年代半ばまで の二輪車販売方法の問題点について,この田村〔2004〕から様々な示唆を得た。
7 『日経ビジネス』1992年5月18日,を参照した。
第1表 二輪各社の取り組み
本田技研工業 ヤマハ発動機 スズキ 川崎重工業
委託販売の廃止(マージンの見直し) ○ ○ ○ ○
受発注システムのオンライン化 ○ ○ ○ ○
販売会社(代理店・卸)の統合 ○ ○ ○ ○
系列店の推進 ○ ○ ○ ×
出所:『日経ビジネス』1992年5月18日,『日経情報ストラテジー』2002年1月号,2003年3月号,
『日本経済新聞』1992年12月11日付け朝刊,2000年6月8日付け朝刊,2001年5月23日付け 朝刊,2001年8月5日付け朝刊,『日経産業新聞』1999年3月24日,本田技研工業プレスリリ ース:http : //www.honda.co.jp/news/2001/c 010523.html,を元に筆者作成。
日本二輪産業における販売網の再編(横井) (503)311
滷 受発注のオンライン化
2000
年頃まで,販売店からの発注は,機種と所要数量を電話やFAX
によるか,もし くは各販売店を巡回訪問する営業マンに伝えていた。2001年から二輪3
社(ホンダ,ヤマハ,カワサキ)はそれを変更し,インターネットを使い発注(オンライン発注)で きるようにし
8
た。完成車企業ごとに確認すると,ヤマハは約
20
億円を投入してこのシ ステムを構築し,2003年時点で4500
店ある販売店の半数以上に導9
入,カワサキも同様 に,2001年時点で全国約
1000
の販売店に導入済みであ10
る。いずれの完成車企業でも,
導入の条件として,基準となる年間販売台数が設定されている。基準となる年間販売台 数を満たせない販売店は,発注システムを導入できない。そうした販売店でも,完成車 企業に注文することはできるが,システムを導入している販売店に比べて仕入れ価格が 高くなるとい
11
う。完成車企業は発注システムのオンライン化によって,目標とする年間 販売台数を押し上げ,その効果によって生産面での規模の経済性を享受しようとしてい る。一方で,この発注システムのオンライン化は,システムを導入できる大型販売店 と,それをできない零細販売店という
2
極化を進行させている。澆 販売会社(代理店・卸)の統合
ホンダは,2001年に広域卸会社であるホンダ二輪東日本,ホンダ二輪中部,ホンダ 二輪西日本の
3
社を統合し,ホンダモーターサイクルジャパン(以下,HMJと記述す る)を設立した。同時に,ホンダは,販売店への直送体制を構築するため,営業拠点と 物流拠点を集約した。営業拠点は,それまでの広域卸会社3
社の14
拠点から,新会社HMJ
の4
拠点(東京・名古屋・大阪・福岡)に,物流拠点については9
拠点から3
拠 点に集約し12
た。
こうした動きは,ヤマハ,スズキ,カワサキも同じである。ヤマハは販売会社
5
社を1
社に(1998年),スズキは販売会社7
社を東日本と西日本2
社に(1999年),カワサ キは販売会社8
社を1
社に(1992年),それぞれ集約し13
た。営業拠点の見直しについて は,スズキがそれまでの
42
カ所(東日本,西日本各21
カ所)から19
カ所(東日本────────────
8 はっきりとした年は不明だが,スズキも同じシステムを構築している。二輪販売店への聞き取り調査に よる。
9 『日経情報ストラテジー』2002年1月号,2003年3月号,を参照した。
10 『日本経済新聞』2001年8月5日付け朝刊,を参照した。
11 このため,システムを導入できない販売店は,他の販売店から製品を買う(業販)ことによって,仕入 れている。後述するが,日本二輪産業では各地域に存在していた卸がかなり整理された。システムを導 入できる販売店が卸の機能を担い,他の零細販売店の窓口となっていると思われる。二輪車販売店への 聞き取り調査による。
12 本田技研工業プレスリリース:http : //www.honda.co.jp/news/2001/c 010523.html,を参照した。
13 ヤマハについては『日本経済新聞』2001年5月23日付け朝刊,『日経情報ストラテジー』2003年3月 号,スズキについては『日経産業新聞』1999年3月24日,カワサキについては『日本経済新聞』1992 年12月11日付け朝刊,を参照した。
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312(504)
11,西日本 8)に削減し,カワサキが東海・中部地区以外の地域における営業拠点を全
国にある6
支店に統合し14
た。物流拠点についてはスズキが
35
カ所から8
カ所に整理し た。このような販売会社と営業拠点の集約によって,各地域における営業マンの数は減少 してい
15
る。このため,委託販売の時には営業マンが大小の店舗を訪れていたが,現在で は大型店舗だけになったという。従来,営業マンが各販売店を訪問することで注文を受 け付けていたが,現在では全てオンラインの受発注に切り替わっている。
1980
年代半ば以前まで,販売会社,代理店,卸は,それぞれ担当している各地域の 販売店に対する完成車の配送業務を行っていた。この理由は,規模の小さい販売店では 店頭の在庫スペースが限られていることにある。そのため,販売会社,代理店,卸が流 通の中間段階で在庫することで,販売店へ潤滑に完成車を供給していた。しかしなが ら,1980年代半ば以降の市場の縮小とともに,完成車企業は中間在庫を削減すること が求められ,販売会社,代理店,卸などを集約・統合することになった。潺 系列店の推進
各完成車企業はこの間,販売店の系列化を推し進めている。ホンダはホンダドリー ム,ホンダプロス,ホンダウイング,ヤマハはヤマハスポーツプラザ(YSP),スズキ はスズキビッグショップ(SBS)を展開してい
16
る。これと同時に,二輪
4
社とも既存店 舗の大型化を推し進めている。例えば,ヤマハは2002
年から「スーパーYSP
構想」と 呼ばれる方針を打ち出し,従来の店舗スペースより大きい新店舗の設置を進めてい17
る。
もちろん,それぞれの系列店には,先述したオンライン受注システムが導入されてい る。
こうした系列店化を推し進める完成車企業の目的は,販路の確保と販売店間の競争を 刺激することにある。漓でみたように,買い取り販売へ移行すると,多くの販売ルート
────────────
14 カワサキについては,『日本経済新聞』2000年6月8日付け朝刊,を参照した。これによって,カワサ キでは,従来支店が営業所を通じて各販売店に販売する三層体制だったが,支店から各販売店に卸す二 層体制に改めたという。
15 ある完成車企業では,それまでひとつの地域に約20数名の営業マンが販売店を訪問していたが,現在 では数名に減少したという。販売店への聞き取り調査による。
16 ホンダドリームとは排気量50 ccから排気量750 ccのスポーツ系二輪車を全車種扱う販売店のことであ る。またホンダプロスとは排気量50 ccから250 ccの二輪車を扱う販売店である。ホンダウイングとは ホンダが生産する排気量125 cc以下の二輪車を扱う販売店であり,販売システムから排気量125 cc以 上の製品は発注できない。こうしたホンダの3つの販売ルートのなかでは,ホンダドリーム店の展開が 最も新しい。ドリーム店は,2002年に12店を開設することから始まり,その後徐々に店舗数が増えて いる。加えて,ドリーム店には,漓ホンダの直接資本,滷既存の販売店からの転換(参入店と呼ばれ る),澆既存の卸からの転業(プロパーと呼ばれる)という3つの形態がある。また,ヤマハスポーツ プラザとはヤマハの直接資本は入っていないが,ヤマハ製品を全車種扱う販売店のことである。出所 は,アイアールシー〔2003〕と販売店への聞き取り調査である。
17 アイアールシー〔2003〕を参照した。
日本二輪産業における販売網の再編(横井) (505)313
を開拓できるという委託販売のメリットが薄れる可能性がある。このため,完成車企業 は,自らの系列店を設置し,なおかつ
1
店舗当たりで取り扱う量を大きくすることで,販売先と量を確保しようとしている。同時に,系列店の参入は販売店間の競争を促進 し,販売量を増加させることをねらったものであろう。
これまで,1980年代半ば以降に二輪各社が行った販売網の再編を概観してきた。そ の特徴を挙げると,大きく
2
つである。第1
に,完成車企業と販売店間の情報とモノの 流れを効率化したことである。情報面では,発注システムのオンライン化と,それを導 入した系列店の増加が行われた。物流面では販売会社(代理店・卸)を統合し,完成車 企業から販売店への直送体制が整備された。そこでの完成車企業のねらいは,流通在庫 を圧縮させることにある。第2
に,販売店サイドの役割が大きくなったことである。委 託販売の変更とマージンの見直しによって,各販売店は完成車企業と取り決めた年間販 売台数を買い取り販売で達成することが要請された。完成車企業が年間販売台数を設定 する目的は,目標とする総販売量を押し上げることにある。一方,買い取り販売では,後に述べるように,それまで完成車企業が取っていた売れ残りのリスクを,販売店が負 担することになる。このことによって,各販売店は何を仕入れて,それを如何に売り切 るのかという判断をいっそう迫られることになった。同時に,完成車企業は,既存の販 売店だけでなく,自らの系列店を増加させている。完成車企業は,各販売店がリスクを とって販売することで,既存の販売店間,さらには自社の系列販売店も含めた販売店同 士の競争を刺激しようとしているのである。
1980
年代半ば以降,国内二輪産業では,これら2
つの特徴をもつ販売方法への転換 が起こった。では,二輪各社に転換を促した市場環境条件はどのようなものだったの か,次にこの点をみよう。Ⅲ 日本二輪市場の環境条件
日本二輪市場は
1980
年代半ば以降,市場の縮小と多品種展開という傾向を強めてい る。そうした傾向が,各月の量的変動と販売店による在庫販売という性格をもつ日本二 輪企業に,市場の拡大期にはない新たな困難をもたらした。これらの要因を検討してい こう。輸出量の減少と国内販売における各月の量的変動
冒頭で示したように,日本の二輪産業では輸出量と販売量の減少という
2
つの要因に よって,生産量が大幅に少なくなっている。これを統計数値から確認すると,第1
図の同志社商学 第60巻 第5・6号(2009年3月)
314(506)
0 50 100 150 200 250
0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000
68 72 76 80 84 88 92 96 00 04
生産 販売 輸出 日本二輪4社機種数
輸出
出荷
量
時間 12 月 11 月 10 月 9 月 8 月 7 月 6 月 5 月 4 月 3 月 2 月 1 月
在庫
ようになる。これら
2
つの要因が,完成車企業にどのような困難をもたらしたのかにつ いてよりリアルに把握するために,まずは輸出量の減少からみよう。第
2
図は,市場の拡大期における二輪車生産・販売の年間スケジュールをモデル化し たものである。日本市場において二輪車の販売は3
月から9
月にピークを迎え,逆にこ の間では輸出量が落ち込む。これに合わせて,大きく2
つのパターンで生産スケジュー ルを組むことにより,完成車企業は年間を通じて安定的な生産量を確保していた。それ は,漓春から夏期では,輸出量が落ち込むがそれを補うように,販売量が増えるため,第1図 日本二輪産業における生産量・販売量・輸出量・機種数の推移
注:左軸の単位は千台,右軸の単位は機種数である。日本二輪産業では,1960年代から1970年代に かけて,日本二輪4社(ホンダ・ヤマハ・スズキ・カワサキ)による寡占体制が確立した。厳密 には,1980年以前における機種数は,現在では淘汰された企業の機種がカウントされるため,
若干増加することになる。ただし,本稿は1980年代半ば以降で二輪企業4社が直面した問題を 中心課題としているため,この表ではそれら4社の推移を示し,他企業の販売機種を捨象した。
出所:本田技研工業〔各年版〕,八重洲出版〔2007〕を元に筆者作成。
第2図 日本二輪産業の生産・販売スケジュールのモデル図
注:後述するように,二輪車は在庫販売である。そのため,この図の出荷には在庫が含まれて いる。出荷と在庫の間にある点線は,出荷したモノが在庫に廻ったことを示している。
出所:聞き取り調査により,筆者作成。
日本二輪産業における販売網の再編(横井) (507)315
-80.0%
-60.0%
-40.0%
-20.0%
0.0%
20.0%
40.0%
60.0%
80.0%
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
80 85 90 95 00 05 07
(月)
-40.0%
-30.0%
-20.0%
-10.0%
0.0%
10.0%
20.0%
30.0%
40.0%
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
80 85 90 95 00 05 07
(月)
それに応じて生産量も増やす,滷秋から冬期では,販売量が減るが,3月からの需要増 に備えて在庫を積み増すとともに,輸出量が生産量を下支える,というパターンであ る。次に,これをデータで確認する(第
3
図から第6
図)。この一連の図は,1980年,1985
年,1990年,1995年,2000年,2005年,2007年における各月の変動を示したも のである。算出方法は,例えば生産量の場合,各月の生産量と平均月間生産台数の差を パーセンテージで表した。各月の変動が,先述した生産・販売スケジュールとおおむね 妥当することがみてとれる。このような生産・販売スケジュールによって,完成車企業は年間を通じて安定的な生 産量を確保していた。ところが,1980年代半ば以降,海外における現地生産を推進さ せた結果,輸出量が減少した。このことは,各月の量的な変動が大きい国内出荷の比重 が高くなり,生産量が不安定になることを意味する。同時に,国内出荷には季節による
第3図 各月の変動:国内向け工場出荷量
出所:社団法人 自動車工業会〔各年版〕から筆者算出・作成。
第4図 各月の変動:輸出台数
出所:図4と同じ。
同志社商学 第60巻 第5・6号(2009年3月)
316(508)
-40.0%
-30.0%
-20.0%
-10.0%
0.0%
10.0%
20.0%
30.0%
40.0%
50.0%
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
80 85 90 95 00 05 07
(月)
-30.0%
-20.0%
-10.0%
0.0%
10.0%
20.0%
30.0%
40.0%
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
80 85 90 95 00 05 07
(月)
量的変動だけではなく,市場との縮小と多品種展開という問題がある。そこで,さらに 立ち入って,国内市場の特徴を検討してみよう。
市場の縮小と多品種展開
これまで繰り返し述べてきたように,日本の国内市場は縮小傾向にある。しかも,そ れは一時的な停滞ではない。第
1
図からもそうした推移は読み取れるが,より詳しく把 握するために,国内保有台数の推移を確認する。国内保有台数は,販売台数の規模を根 底で規定するため,その推移をみることで長期的な動向が把握できると考えられ18
る。第
7
図からわかるように,日本では1980
年代後半以降,保有台数が30% 程度落ちてい
る。全体として保有台数のピークであった1986
年に対する現在の比率を排気量ごとに────────────
18 販売台数と保有台数の関係は,塩地〔2008〕92頁を参照した。
第5図 各月の変動:月末在庫台数
出所:図4と同じ。
第6図 各月の変動:生産量
出所:図4と同じ。
日本二輪産業における販売網の再編(横井) (509)317
0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 16,000 18,000 20,000
68 71 74 77 80 83 86 89 92 95 98 01 04(年)
〜50cc 51cc〜125cc 126cc〜250cc 251cc〜
みていくと,排気量
50 cc
以下が55.8%,排気量 51 cc
から排気量125 cc
が81.7%,排
気量126 cc
から排気量250 cc
が162.6%,排気量 251 cc
以上が167.9% である。小排気
量の二輪車保有台数の落ち込みが激しいことがわかる。現在,二輪車を購入しようとするユーザーは,既に二輪車を保有しており,その買い 替え需要が多い。具体的な数値を確認すると,2007年時点で約
55% が代替需要であ
19
る。買い替えるまでの期間をみると,全ての排気量平均で
5.9
年,ホンダのスーパーカ ブといった排気量50 cc
のビジネス二輪車の場合で平均7.0
年,趣味性の高い排気量241
cc
から400 cc
のオンロード二輪車の場合で平均2.9
年である。二輪車の排気量が小さくなるほど,買い替えるまでの期間が長くなることがわかる。そうしたことから,小排 気量の二輪車は買い替え後,ユーザーはそれまで乗っていた二輪車を廃車することが多 い(約
50%)
。逆に,排気量が大きくなると,わりと早いサイクルで買い替えるため に,ユーザーの半数が下取りに出すという特徴があ20
る。このように,買い替え期間が長 い小排気量の保有台数は,販売量が少なくなったとしても,すぐにそれと連動するわけ ではない。買い替えサイクルが長い分だけ,このエリアの保有台数が維持できれば,国 内需要は今後ともある一定の量を保てるのである。ところが,第
7
図からもわかるよう に,小排気量の二輪車の保有台数が継続的に減少傾向にある。この理由は,ユーザーの 二輪車に対する魅力が相対的に薄れていることにあると考えられ21
る。こうして,完成車
────────────
19 社団法人 日本自動車工業会〔2008〕を参照した。
20 社団法人 日本自動車工業会〔2008〕を参照した。
21 この傾向は,二輪車免許取得者数が減少していることからも伺える。2000年代に入ってからの免許取 得者数の推移を示すと,2003年には300,000人を割り込み,2006年には242,000人へと少なくなっ !
第7図 日本二輪産業における保有台数の推移
注:単位は千台。
出所:本田技研工業〔各年版〕,八重洲出版〔2007〕を元に筆者作成。
同志社商学 第60巻 第5・6号(2009年3月)
318(510)
企業は,最も量産できる小排気量の需要減退にどのように対応するのかが要請されるよ うになった。
一方,市場が減少傾向にあるなかでも,完成車企業は継続的に多品種展開を推し進め ている。ここでもう一度,第
1
図に戻って機種数の推移をみよう。日本市場では販売量 の推移とは対照的に,一貫して機種数が増えていることがわかる。さらに,この図から はわからないが,完成車企業による機種数の増加は,ある特定の排気量やタイプに限っ て行われているのではな22
い。完成車企業は,全ての排気量とタイプの二輪車を継続的に 早いサイクルで市場投入した結果,機種数が増えているのである。ここで,完成車企業 が二輪車を市場投入するサイクル(モデルチェンジ)を,ホンダの事例から確認してお こう。1980年代以降,ホンダが行った新機種の開発及びフルモデルチェンジは
444
機 種(単純計算で1
年当たり16
機種),マイナーモデルチェンジ及び派生機種の開発432
機種(単純計算で毎年16
機種)であ23
る。1980年代以前では,新機種の開発及びフルモ デルチェンジの回数は
171
機種(単純計算で1
年当たり5
機種),マイナーモデルチェ ンジ及び派生機種の開発件数は56
機種(単純計算で1
年当たり1
機種)であ24
る。1980 年以前と以後で比べてみると,極めて頻繁にモデルチェンジさせていることがわかる。
このようなことから,二輪各社にとって多品種展開と頻繁なモデルチェンジが,1980 年代央までの市場拡大期だけでなく,縮小期でも重要な競争軸と認識されていることが 確認でき
25
る。
以上を整理しよう。日本二輪産業では,市場が収縮しているなかでも,完成車企業が 多品種展開を継続的に推し進めている。多品種展開は,1機種当たりの販売量が相対的 に減少する。鈴木〔2003〕が指摘しているように,市場の拡大期における多品種化は需 要量の増加に対応した変動である。しかしながら,市場が停滞基調の下でこれが進む と,個別製品当たりの需要量の変動幅の拡大として現れ
26
る。先に述べたように,国内二
────────────
! た。また,なぜ,二輪車の魅力が薄れているのかについては,よく言われているように使用環境,とり わけ,駐車場がないことに理由があるのだろう。例えば,現時点で二輪車を持っているユーザーが,ど のような機会に保有するのをやめるのかについてのアンケート調査では,「駐車スペースがなくなった 時」の項目が一番高い(全体の50%)。出所は全て,社団法人 日本自動車工業会〔2008〕を参照し た。
22 二輪車はフレームとエンジンの構造によって,モーターサイクルタイプ(M/C),スクータータイプ(S
/C)という2つのタイプにわけることができる。これら2つのタイプは工数が大きく違うことから,同
じラインで生産することが難しい。完成車企業の大量生産を著しく妨げるため,分けて分析することが 重要である。この点については,横井〔2005〕〔2007〕を参照されたい。
23 本田技研工業ホームページ(http : //www.honda.co.jp/pressroom/library/motor/),より筆者算出。
24 1940年から1980年までに販売された機種をカウントした。
25 この点については,横井〔2007〕を参照されたい。
26 また,鈴木〔2003〕では,既存の生産方式からセル生産方式への切り替えがなぜ生じたのかを論じるな かで,「多品種化,需要量変動,製品寿命短縮」を内容とする現代的市場条件の変化が起きたことを指 摘している。本稿では生産方式ではなく販売方法に焦点を当てているが,市場の変化(「多品種化,需 要量変動,製品寿命短縮」のうち,とりわけ多品種化と需要量変動)という視点については鈴木
〔2003〕65頁,を参考にした。
日本二輪産業における販売網の再編(横井) (511)319
輪市場は一時的な停滞でなく,総需要量が減少し続けている。その状況下で,機種数が 増えると売れ筋機種にバラツキが生じるとともに,売れ筋自体も変わることが多いと考 えられる。加えて,1機種当たりの販売量は年間を通して一定ではなく,各月(季節)
によって大きく変化する。こうして完成車企業は,何を,どれだけ,生産し販売すれば よいのかということへの対応を一層迫られることになったのである。
このように,輸出量の減少,国内販売の量的変動,総需要量の減少と多品種化は,既 存の販売方法に重い負担を強いるようになった。では,それは具体的にはどのような負 担であったのだろうか,これを把握するためには二輪車販売の方法(在庫販売)を見る 必要がある。次に,この点を確認しよう。
販売店による在庫販売
二輪販売店の在庫販売はユーザーの特性によっている。二輪車を購入しようとするユ ーザーは,その場で販売店から持って帰りたいと望むからである。とりわけ,そうした 傾向は小排気量の二輪車ユーザーに強い。これをデータで確認すると,ユーザーの購入 車の認知経路として,「販売店の店頭で見て」が
38% と多いことがわか
27
る。また,排気
量
50 cc
以下の二輪車購入ユーザーの約90% は短い納期を要求するとい
28
う。ユーザー は販売店の店頭に望む機種がない場合,他の店に向かう。こうしたユーザーを抱える二 輪産業では,各販売店にどれだけ様々な種類や色の二輪車を並べられるか,が売れ行き を左右する。とはいえ,販売店の店頭ラインナップは買い取り販売では在庫であるた め,売れ残った時のリスクは大きい。完成車企業は,販売量を拡大させるためには店頭 ラインナップを多くしなければならないが,一方でそれは在庫リスクを高めるといった なかで,その両方のバランスをとることが要請されている。しかも,二輪車販売店は規 模が小さく,在庫リスクを負担することが難しいという状況下で,それを達成する必要 がある。
ところで,1982年におきた
HY
戦争では,そうしたバランスの一方の極を追求した 結果,膨大な在庫を抱えることになった。この当時,完成車企業は店頭ラインナップを 拡充することで,販売量を増加させることをねらい,販売店への委託販売という方法を 採用していた。先に紹介したように,委託販売では,製品が売れた分だけ,完成車企業 が販売店にマージンを支払う。製品が売れなかったときには完成車企業に返却される。したがって,販売店の在庫リスクを完成車企業が肩代わりするかわりに,店頭ラインナ ップを拡充させる方法であった。この方法では,完成車企業が販売量を拡大させようと
────────────
27 出所は社団法人 日本自動車工業会〔2008〕である。数値は排気量50 ccのスクータータイプの二輪車 の場合である。
28 販売店各社への聞き取り調査による。大排気量の二輪車の場合,短い納期を要求するユーザーの割合は 70% と低くなる。
同志社商学 第60巻 第5・6号(2009年3月)
320(512)
〜50cc 51cc〜125cc 126cc〜250cc 251cc〜
0 100 200 300 400 500 600
68 71 74 77 80 83 86 89 92 95 98 01 04(年)
すればするほど,在庫量は多くなっていく。実際,1980年代前半までは,販売店に余 ったスペースがあれば,完成車企業が二輪車を供給してきたとい
29
う。こうした販売競争 の結果,完成車企業の在庫負担は大きくなっていった。第
8
図は完成車企業の在庫量の 推移を示しているが,この図からも大量の在庫が生まれたことがわかる。当時の総在庫 量は約200
万台,完成車企業ごとにみると,ホンダが約100
万台,ヤマハが60
万台,スズキが
40
万台であったと推定されてい30
る。
このように,委託販売は完成車企業が必然的に在庫リスクを抱える方式である。田村
〔2004〕は,委託販売制度のメリット・デメリットを次のように指摘している。委託販 売制度には一挙に販路を開拓できるというメリットがあるが,その反面,厳密な契約を 結ばない限り,完成車企業と販売店の結束を弱くする。さらに,この方法は,返品を許 容するため,販売店は長期的な成長を志向するよりも短期的なそれを促すインセンティ ブとして働きやすい。そうであるとすれば,1980年代央までの日本二輪産業で委託販 売が広く用いられてきたことは,完成車企業が販路の拡充と,それに伴う販売量の拡大 に重点を置いてきたことに原因がある,と考えられる。むしろ,市場の拡大期で在庫リ スクを上回る販売量の伸びがあり,完成車企業が頻繁な機種の切り替えと多機種の市場 投入によって,ユーザーに対する製品訴求力を高めたいとき,委託販売は有効な手段で あった。
しかしながら,委託販売は,輸出量の減少,国内販売の量的変動,総需要量の減少と 多品種化といった現在の市場環境条件に適合できなくなった。この章でみてきたよう
────────────
29 販売店各社への聞き取り調査による。
30 『日経ビジネス』1983年6月13日号を参照した。
第8図 二輪完成車企業の在庫量の推移
注:単位は千台。
出所:通商産業大臣官房調査統計部編〔隔年版〕。
日本二輪産業における販売網の再編(横井) (513)321
に,二輪各社には,国内向け出荷の比重が相対的に高くなるなかで,販売量・生産量を どのように確保するかが求められている。国内販売では,季節変動と多品種化が相俟っ て,1機種あたりの販売量変動が激しい。それゆえ,完成車企業が在庫リスクをとる委 託販売では,立ちゆかなくなったのである。加えて,販売会社(代理店・卸)の統合も この在庫リスクと密接に関わっている。1980年代央までは,販売会社,代理店,卸に 各店舗に配送する完成車を在庫していた。1980年代半ば以降,これらを集約・統合し たことは,完成車企業と販売店の中間に留まる在庫を削減するためのものであったと考 えられ
31
る。
これまで言及したことをまとめよう。まず,委託販売の頃では,完成車企業は販売店 の在庫リスクを負うことで,販路の拡大と,店頭に自らが望む品揃えを展示することが できた。この具体的ありようは,例えば,田村〔2004〕が
1980
年代のHY
戦争当時に おけるホンダとヤマハの末端販売店について,「仕入から店頭陳列まで品揃えを営業マ ンに一任する『間貸しショールーム』的店舗が多かっ32
た」と論じていることからも伺え る。二輪市場では販売店在庫からの販売が中心であるため,市場が拡大している限り,
委託販売は完成車企業と販売店双方にとって適したものであった。完成車企業は,安定 的な販売先(委託先)を持つことで,生産量を確保していた。しかしながら,市場環境 条件が変化するとともに,完成車企業は在庫リスクを負担することが難しくなり,委託 販売を買い取り販売へ切り替えていく。
買い取り販売への移行は,完成車企業に
2
つのことを要請するだろう。それは,委託 販売のメリットであった漓販路の拡充と滷各販売店の店頭ラインナップの維持である。これを解決する方法が,蠡章で概観した完成車企業による系列店の推進と,オンライン 受発注システムの導入(基準となる年間販売台数の設定)であると考えられる。それぞ れについて述べると,漓系列店の推進が販路の拡充をねらうものであることはいうまで もない。これに加えて,完成車企業はオンライン受発注システムの導入に際して,基準 となる年間販売台数を達成することを各販売店に条件付けた。完成車企業が販路を多様 化させることの目的のひとつは,個々の販売店が取り扱う量が少なくても,それを集約 することで,大量の販売量を確保することである。年間販売台数の設定は,各店舗の年 間取扱量をおおよそ把握できるとともに,年間を通じて各販売店の店頭にある程度の台 数を陳列可能とした。では,滷店頭ラインナップついてはどのように維持しているのだ ろうか。漓の年間販売台数の設定によって,完成車企業は
1
年中,販売店の店先に自社────────────
31 これら販売会社,代理店,卸のうち,とりわけ卸は,1980年代後半以降の統合・集約によって,大型 販売店に転業していることが少なくない。
32 田村〔2004〕,113頁より引用。
同志社商学 第60巻 第5・6号(2009年3月)
322(514)
の二輪車を展示できることになった。とはいえ,各販売店がどの二輪車を展示するかに ついては,それぞれの裁量による。二輪各社が総量ではなく,特定機種毎に安定的な販 売量・生産量を得ようとすれば,年間販売台数の設定だけでは,これを達成することが 難しい。では,二輪各社はこれをどのように解決しようとしているのだろうか,それを 明らかにするため,蠶では販売店の実態を検討する。
Ⅳ 完成車企業各社の取り組み− 販売店の事例
この章では,販売店の実態を検討する。具体的には,販売店がどのように予測を立 て,顧客からの注文を処理するのか,を記述する。なお,以下では,排気量
125 cc
以 下の二輪車の注文を中心について述べる。大排気量の二輪車の発注との違いは適時紹介 していく。完成車企業
A
社の場合委託販売の頃とは異なり,販売店は独自に予測を立て,完成車企業から二輪車を買い 取り(仕入れ)販売している。販売店は完成車企業に年間の販売計画を提出する。この 年間販売計画は,各店舗の前年度実績によって
4
半期ごとに設定されている。なお,オ ンライン受発注システムの導入の項で記述したように,基準となる最低年間販売台数は 満たさねばならない。これを満たせないと,仕入価格が上がることになるからである。まず,販売店から
A
社への発注の仕方と納期を確認しよう。A社は,圧倒的に国内 工場で生産する二輪車が多く,一部を海外拠点から輸入している。販売店では国内生産 機種と海外生産機種いずれの発注でもオンライン受発注システムに,注文する機種と 色,所要数量を問い合わせると納期が解答される。国内生産機種の場合,完成車企業の 注文の締め日はなく,販売店はその都度発注する。所要納期は完成車企業に在庫があれ ば2
日から1
週間,在庫がないと約2
週間程度であ33
る。海外生産機種の発注では,2通 りの方法がある。ひとつは,n月の納車分を
n−1
月の中旬までに発注する方法であ34
る。
この場合,販売店は望む日に手に入れられるし,仕入れ価格も低くなる。ただし,発注 から納車までの間,販売店は注文の取り消しや,カラーなどの仕様変更ができない。も うひとつは,顧客からのオーダーによって仕入れる方法である。このケースでも完成車 企業に在庫があれば所要納期は
2
日から1
週間と変わらないが,在庫がないと(バック────────────
33 これは排気量125 cc以下の場合である。排気量が大きくなると,実際の物流にかかる時間は2日とし ても,車輛保険や登録認可といった準備のために,2週間程度必要となる。また,完成車企業は工場で 在庫しているのではなく,ほとんどの場合販売会社が保有している。
34 これは現在(2008年)の数値である。2004年時点では,n月の納車分をn−3月の25日から30日まで の間に発注していた。
日本二輪産業における販売網の再編(横井) (515)323
オーダーと呼ばれる)2週間から
1
ヶ月弱必要となる。このような発注方法と納期設定の下で,販売店の仕入れはその店舗スペースによって 異なる。規模が小さい販売店では,店舗スペースに限りがあるため,売れ筋機種を発注 することが多い。例えば,20機種分の店舗スペースがある場合,売れ筋を
15
機種並 べ,残りの限られたスペースでその他機種を展示するといった具合である。A社から の仕入れ価格は,どの二輪車でも一律でメーカー希望小売価格の何%と決まっている。このパーセンテージは年間販売台数を達成すると一律で上がるが,基本的には売れ筋の 機種とそれ以外の機種の仕入れ価格は変わらない。ただ,毎月
A
社から送られてくる 販売促進表に,ある特定機種を仕入れるか,もしくはある指定機種の範囲から何台以上 仕入れると追加マージンが支払われるといった項目がある。A社はその指定機種を月 ごとに変えているが,規模の小さい販売店では,この販売指定機種を考慮して仕入れる ことが多いとい35
う。A社にとってみれば,この販売促進表は,小規模な販売店の限ら れた店舗スペースに何を陳列して欲しいのかというアナウンスであると同時に,販売店 の仕入れ機種を誘導することで特定機種の販売量を確保しようとするものであろう。一 方で,大型販売店,とりわけ系列店では十分な店舗スペースがあるため,全ての販売機 種と色を取り揃えてい
36
る。顧客には店舗在庫を販売し,店舗から無くなった分だけを発 注するとい
37
う。こうした販売店では,販売促進表の指定機種よりも,ある機種を大量に 仕入れることで,仕入れ価格を下げるように完成車企業と交渉している。
完成車企業
B
社の場合B
社は,排気量125 cc
以下の二輪車を全て海外で生産し,日本で販売している。B 社もまたA
社と同じく,注文はオンライン発注システムから受け付ける。販売店からB
社への発注の仕方と納期は,A社の海外販売機種のそれとほぼ同じである。販売店 が所定の月に確実に製品を手に入れるためには,n月分をn−1
月の中旬までに発注する 必要がある。発注から納車までの間,販売店は発注取り消し,追加発注,カラーなどの 仕様変更ができない。ただし,A社と違い,当月分を前月までに注文しても,仕入れ 価格が低くなることはない。顧客からのオーダーによって注文する場合,その納期は在 庫がある場合は3
日から1
週間,在庫がなければ2
週間から約1
ヵ月である。さらに,B社の各販売店に対する年間販売台数の指定と卸価格の設定の仕方も
A
社 と変わりない。ここでは記述が重複するため,A社との違いを紹介しよう。まず,年 間販売台数を達成する期間である。A社は年間販売台数を満たすことで,年間を通じ────────────
35 販売店への聞き取り調査による。
36 また,系列店には完成車企業との契約によって,最低展示数が決められている。
37 販売店への聞き取り調査による。
同志社商学 第60巻 第5・6号(2009年3月)
324(516)
た卸価格に対するマージン率(%)を上げている。これに対して
B
社は,四半期ごと の計画達成で,その間に販売した1
機種につき仕入れ価格を下げている。そのことによ って,B社は販売店のモチベーションを上げようとしている。次に,販売を促進する機 種の設定方法である。B社もA
社と同じく,販売店の仕入れ価格をメーカー希望小売 価格の何%と一律で設定している。ただ,A社は指定機種を毎月変えていたが,B社 は年間を通してあまり変化しないという。B社の販売促進表では毎月同じ機種が指定さ れており,それを仕入れる量によって,段階的に卸価格が下がっていく仕組みである。B
社はA
社と比べて販売機種や仕様が少なく,そのなかでも特定機種が売れる。こ のため,販売店における販売予測はA
社よりも難しくない。売れ筋機種が販売促進に 指定されているので,販売店はそれを中心に仕入れる。B社は,売れ筋機種を販売促進 機種に指定することで,年間を通じてある特定機種の販売量を得ようとしていると考え られる。完成車企業
C
社の場合C
社は,A社と同じく,排気量125 cc
以下のほとんどの二輪車を国内で生産し,ご く少数を海外から輸入販売している。販売店はC
社に対してn
月分をn−1
月の末に発 注する(国内生産機種の場合)。C社とA・B
社との大きな違いは,仕入れ価格の設定 方法である。C社は全ての機種に対して何%といったことはなく,機種ごとに仕入れ価 格が決まっている。例えば,C社の販売するa
機種とb
機種では,仕入れ価格が違っ ている。さらに,それぞれの機種につき,4半期の間で仕入れた量に対して段階的に卸 価格が下がっていく。販売促進の指定は,特に時期が決まっていない。時折(2ヶ月に1
回くらい)特定機種かシリーズに対してマージンが支払われるといった具合である。A・B
社は販売促進表によって売れ筋機種を作ろうとしていた。これに対して,C社は 機種毎に卸価格を異ならせることで,それを達成しようとしている。A・B・C
社の異同以上では,完成車企業
A・B・C
社が行っている販売店からの発注方法について,具 体的なありようを概観した。第2
表は各社の取り組みをまとめたものであるが,ここで のポイントは2
つである。第
1
に,いずれの二輪企業でも,海外生産機種を除いて,販売店からの注文の締め日 が仕入れ日に近いことである。これは,委託販売から買い取り販売へ変更したことに伴 い,仕入れ日のかなり前から注文を受けることが,完成車企業と販売店双方にとってリ スクが高くなり,それを避けることを意味している。第2
に,完成車企業は仕入れ価格 の設定と販売促進の提示によって,販売したい機種を販売店にアナウンスしていること日本二輪産業における販売網の再編(横井) (517)325
である。その具体的な方法は,各完成車企業によって異なっていた。A社は,仕入れ 価格を一律に設定した上で,毎月販売促進機種を変えていた。A社は,販売店におけ るラインナップを毎月変えることで,ユーザーに対する製品訴求力を高めようとしてい る。B社は
A
社と同じく,仕入れ価格は一定であるが販売促進機種を特定のものに絞 り,1年間に渡ってある特定機種の生産・販売量を確保しようとしている。C社は,販 売店の仕入れ価格を機種毎に設定することで,長期に渡って売れる機種を確保しようと していた。さて,ここまで述べてきたことを整理しよう。二輪企業では委託販売の廃止によっ て,各販売店は二輪車を買い取り販売することになった。そのため,何を仕入れるのか については各販売店の裁量次第である。完成車企業は,買い取り販売によって在庫リス クを解消したが,一方でそれまでのように店頭ラインナップを維持することが難しくな った。完成車企業から販売店への仕入れ価格の設定と販売促進表によるアナウンスは,
販売店の仕入れる機種を誘導することが目的である。
岡本〔1986〕は,需要変動に応じたフレキシブルな生産システムを構築する際,誤差 の小さな販売・生産計画をいかに設定するかということとともに,ひとたび設定された 計画をどのように実現するかが求められる,と指摘している。後者に注目すると,各企 業にはどれだけ計画にそった販売が展開できるかが問われることになる。さらに,これ は各企業が市場に対してどれだけ自社の計画通りに操作できるかどうかによって大きく 異なる。二輪企業は販売予測に基づいて,おおむね年間生産計画,半期生産計画,月間 生産計画(企業によってはこの後に
2
から3
週間計画が作られることもある),という 順で生産計画を策定し,その度に実際の販売動向に合わせて修正する。二輪企業は,仕 入れ価格の設定と販売促進表によるアナウンスによって市場(販売店)を操作し,自ら が設定した計画を実現させようとしていると推察できる。これまで,日本二輪企業各社が行った販売網の再編に注目し,その実態を検討してき た。それでは,このような再編が二輪企業の生産サイドにどのようなことを要請するの
第2表 二輪完成車企業各社の発注と納期
発 注 納期(在庫なし) 納期(在庫あり) 仕入れ価格 販売促進 A社 国内生産車種:
その時々 海外生産機種:
n−1月中旬
国内生産車種:
約2週間 海外生産機種:
2週間〜1ヶ月弱
国内生産車種:
2日〜1週間 海外生産機種:
2日〜1週間
一律 毎月変化
B社 n−1月中旬 2週間〜約1ヵ月 3日から1週間 一律 1年間同じ
C社 n−1月末 2週間〜約1ヵ月 3日から1週間 機種毎 時折
出所:販売店各社への聞き取り調査により筆者作成。
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326(518)