亀田尚己著 Managing Global Business Communication
著者 中邑 光男
雑誌名 同志社商学
巻 57
号 2‑3‑4
ページ 46‑56
発行年 2006‑01‑31
権利 同志社大学商学会
ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007326
《書 評》
亀田尚己著
Managing Global Business Communication
(丸善,2005年発行,119ページ)
中 邑 光 男
蠢 はじめに
蠡 Chapter 1 : A Model of Systemization of Business Communication 蠱 Chapter 2 : Cross-cultural Business English for Japanese
蠶 Chapter 3 : Global Business Communication Strategies 蠹 Chapter 4 : Global Business Transaction Communication 蠧 Chapter 5 : Self-awareness in Global Business Communication 蠻 Chapter 6 : Empathy in Trans-cultural Business Communication 衄 考察
衂 おわりに
Ⅰ は じ め に
著者は日本におけるビジネス・コミュニケーション研究の第一人者として,ビジネス・コミュ ニケーションに関する論文,理論書,実務書を世に問い続けている。本書は,その著者のビジネ ス・コミュニケーション理論の核心を,豊富な実例データ,引用と共に示した英文による労作で ある。
本書の目的は「現在または将来の国際ビジネス・ピープルが,グローバル・ビジネスにおい て,効果的にコミュニケーションを行うための手助けをする」(ix)ことであり,著者はこの目 的を次の4つの主張を展開することにより達成しようとする。
(1)言語能力とコミュニケーション能力は異なるものであること。
(2)言語能力だけではコミュニケーションを円滑に遂行できないこと。
(3)アジア人と西洋人のコミュニケーション・スタイルは異なること。
(4)異文化コミュニケーションの新しい概念として You-Consideration を提唱すること。
この中でも特に(4)の You-Consideration は,国際ビジネス・コミュニケーションにおけ る問題を予防するための要諦であり,本書の中心的な主張である。
上記の論を展開するにあたり,著者は,国際ビジネスコミュニケーション学会の先達の業績,
特に,尾崎茂,中村巳喜人の業績を踏まえている。その意味で,本書が,共時的観点が強く望ま 46(186)
れるビジネス・コミュニケーションに関する研究でありながら,それに通時的視点を統合させて いる点にも注意したい。この点は,著者や筆者が属する,長い伝統を誇る国際ビジネスコミュニ ケーション学会において説得的な提言をおこなうために,望ましく,また必要なことである。
本書は,読者のために一部の主張を繰り返している箇所はあるが,概して,Chapter 1からChap-
ter 6へと理論を積み上げている。そのため,筆者もChapterの流れに沿って本書を読み進めてい
きたい。
Ⅱ Chapter 1 : A Model of Systemization of Business Communication
Chapter 1は,本書の主張に理論的基礎を与える章である。具体的には,本書で取り扱う「グ
ローバル・ビジネス・コミュニケーション」(Global Business Communication;以下GBC)を定 義した上で,研究領域として「ビジネス」「人間科学」「言語学」をあげることにより,GBCの 記述的研究に対して理論的枠組みを与えている。
まず,著者は「貿易は言語的行動の連続である」との羽田(196
1
5)の主張を引用し,コミュニ ケーションがビジネスにおいて果たす中心的役割に言及する。その上で,コミュニケーションの 機能は「情報の伝達」に限られるのではなく,コミュニケーション当事者が知識,情報,価値を 共有するための「結びつき」(connection)を生み出すことだと定義する。
前者は企業が異なる利益や考えを持ち交渉するような場合であり,後者は多国籍企業での社内 コミュニケーションの場合であるが,著者はコミュニケーションの本来的,本質的なありようを 後者に見いだしている。本書が,Shannon & Weaverの提唱した古典的なコミュニケーションモ デルに言及するのも,それが情報伝達の数学的側面にとらわれ,人間の感情面に関する考察を捨 象したことを重く見たからだろう。
このように,ビジネス・コミュニケーションに対する態度を明らかにした後で,著者はGBC の定義を試みる。
国際ビジネス・コミュニケーションの実態の変動は激しく,国際ビジネスコミュニケーション 学会では,GBCの定義は常に新しい課題だと言えよう。この「定義問題」に関して著者は,1970 年代に発表され,いまだ学会で影響力のある「商業英語」に関する「中村定
2
義」と,1990年代 に発表され,特に国際ビジネスの契約面に着目することで実体化が試みられた「ビジネス・コミ ュニケーション」に関する「則定定
3
義」を踏まえ,GBCを次のように定義する。
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1 羽田三郎『貿易通信の難所(第3版)』商業英語出版社,1965年,2ページ。
2 「商業英語学とは商業英語現象に関する学問であり,商業英語現象とは商業の場において一定の現実的 効果をあげることを目的とする意思伝達のために英語を用いて行われる動的な言語活動である。」(中村 巳喜人『ビジネスコミュニケーション論』同文舘,1978年,5ページ。)
3 「現実としてのビジネスコミュニケーションとは,ビジネスの場において一定の現実的効果をあげるこ とを目的とするコミュニケーションである。」(則定隆男「伝統的商業英語教育に対する批判的考察と国 際契約コミュニケーション論の提唱」『商学論究』第41巻第1号,関西学院大学商学研究会,1993 年,47ページ。)
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「国際ビジネス環境における,国際取引および国際経営のコミュニケーションの言語現象」
その上で,文化,言語,システムの違いによっておこる諸問題を記述的に研究することによ り,この言語現象研究の可能性,現実性を示そうとしている。
例えば著者は,アメリカ,東南アジア在住の日本企業経営者へのインタビューから,「経営上 の問題と言われているものの80% はコミュニケーションに起因するものである」,「国際ビジネ ス社会で生き残るには,コミュニケーションが全てである」などの回答を得たことを報告する。
英語が拙いために現地社員に能力不足であると見なされ,そのためかえって彼らに対して傲慢な 態度に出る日本人マネージャの姿。何の仕事を,なぜ,どうすべきかを明確に伝えないために現 地社員を混乱させる日本人マネージャの姿などを記述する。
このようにGBCの記述的研究対象となる現象は広範囲に及ぶものだが,本書は様々な事例を 引くことにより,GBCの定義を帰納的に深化させることに成功している。
著者はさらに上記の定義を踏まえて,GBCの研究領域を「(商取引・経営などの)ビジネス」
「(文化人類学,心理学,情報科学などの)人間科学」「(記号論,一般意味論,応用言語学など の)言語学」と規定する。その上で,言語学の研究を例にとり,記号論の観点がGBC研究にお いて理論的基礎を与えると説く。著者の理論の理解に必要不可欠なGBCと記号論との関係は,
Chapter 4で詳説される。
Ⅲ Chapter 2 : Cross-cultural Business English for Japanese
Chapter 2では,言語能力とコミュニケーション能力は区別するべきだと論じられる。日本が
グローバル化するには,日本人は英語力だけでなく,コミュニケーション能力を習得する必要が ある。そのためには,日本人独自のコミュニケーション・スタイルを認識し,自らを相対化する ことが必要であるとの主張である。
まず著者は,「英語公用語論」と自説とを比較しながら,日本人は,単に英語力ではなくコミ ュニケーション能力を身につけるべきだと論じる。著者の主張は,真に国際化を願うならば,漓 大前提:日本語とは異なるコミュニケーション・スタイルを持つ英語が今や世界の重要な共通語 になっている,滷小前提:英語とは異なる言語慣習あるいはコミュニケーション・スタイルを持 つ日本人は,外国人とのコミュニケーションが下手である,澆結論:日本人は,英語力とコミュ ニケーション能力を習得しなければグローバル化しない,という三段論法に基づく考え方を持た ねばならないというものだ。
著者がこのようにコミュニケーション・スタイルに注目するのは,日本人独自のコミュニケー ション・スタイルが英語コミュニケーションを阻害すると懸念されるからである。本書はこの日 本人のコミュニケーション・スタイルの特徴を数カ所で紹介しているが,本章では,「婉曲で,
遠 回 し な 言 い 回 し」( Roundabout Pattern),「説 明 が 先 で 結 論 が 後 に な る 論 理 展 開」
( Explanation-first Pattern),「結論を述べず察してもらう言語表現」( Non-sequitur Pattern)の 同志社商学 第57巻 第2・3・4号(2006年1月)
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3点をあげている。
著者によれば,この日本人のコミュニケーション・スタイルは,「他人への尊敬心と思いやり」
や「控えめな表現と謙虚さ」などの日本文化の影響を受けたものである。当然,日本人がそれを 自覚するのは難しい。しかし「文化を超えたコミュニケーション」(communication across cul- tures)を可能にするためには,自らのコミュニケーション・スタイルの特徴を認知し,場合によ ってはそれを修正しなければならない。著者が本章で取り上げた3つの日本人のコミュニケーシ ョン・スタイルの特徴を,Chapter 3では日本人の交渉における7つの特徴へと,またChapter 4 では5つの言語パターンへと敷衍しているのは,読者にこの点の自覚を促すためであろう。
ここで,コミュニケーション・スタイルに影響を与えた日本文化の特徴が,「尊敬心」や「思 いやり」などの肯定的な価値と関連づけられていることに注目したい。これは「日本人のコミュ ニケーション・スタイルは21世紀のグローバルな異文化コミュニケーションに貢献するかもし れない」(p. 46)という興味深い主張へと繋がる視点である。
無論,独自のコミュニケーション・スタイルを持つのは日本人ばかりではない。英語が国際ビ ジネスにおけるリンガフランカ(共通語)である現在では,多くのコミュニケーション・スタイ ルが存在することは,「様々な英語」(Englishes)が存在することを意味する。これとの関連で,
著者が引用する「英語は,多くの場合,英語の非母語話者により非母語話者に教えられ,その目 的は,主に他の非母語話者とコミュニケーションをとるためとなるだろう」というEconomist
4
誌 の予測は的確である。
Englishesが出現したために,同じ英語を使っても,「意味の取り違え」(Bypassing)が生じる
場面が増えることになる。英語という同じ言語を使って生じるBypassingであるだけに,事情は より深刻なものとなるだろう。
この問題を解決するために,GBC研究はどのような示唆を与えうるのか。この点を考えよう とするのが次章である。
Ⅳ Chapter 3 : Global Business Communication Strategies
Chapter 3は,グローバル規模のビジネス活動を支えるリンガフランカとしての英語は話され
る国の言語や文化により大きく影響されると述べ,文化差や個人差を超えてコミュニケーション するためには,その当事者が「共感」(Empathy)を共有することが必要だと論じる。この指摘 は,Chapter 5でSelf-consciousnessの観点から理論的に裏付けされ,Chapter 6のYou-Consideration へと発展する。
著者はまず,ビジネス活動を支えるリンガフランカとしての英語は,脱英米化し,話される国 の言語や文化に大きく影響されたEnglishesだと述べる。この様々な英語の間に存在するギャッ プをどのように克服するべきかは,現在GBCに突きつけられた緊急課題であると言えよう。な お,Englishesへの対応の必要性において,GBCは関連分野である応用言語学とは大きく異なる
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4 1996年12月21日付。
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と思われる。応用言語学では,依然として,Englishesを規範的ではなく記述的に取り扱うため の心理的,理論的な準備に腐心しているように筆者には思われるからだ。
この課題に対する著者の処方箋はEmpathyである。ダイムラー・クライスラーの提携が暗礁 に乗り上げていることを例にあげ,われわれがEmpathyを体現するための努力を怠れば,異文 化間ビジネス・コミュニケーションは失敗に終わると述べている。
異文化コミュニケーションを成立させるために満たすべき精神的条件がEmpathyであるとす れば,Empathyを言語化する手法として,著者は「相手がその言葉を判断できる十分な情報を与 えること」と「自分なりの判断あるいは意見を加えること」という方法を提案している。 He stands six feet three. が文化や言語などの要素を超えて He is very tall. を意味する保証はな い。 He stands six feet three. A man’s average height in our society is less than six feet. He is very tall
in our society. と2文を補う必要があるとの主張である。
実は,この補足部分はそれぞれ,「ディベート」でいう「論拠」(warrant)と「結論」(conclu- sion)である。著者は,考えを論理的に展開する方法としてディベートなどを学ぶことを読者に 提案しているが,その提案が広い意味ではEmpathyの言語化と結びついていることは興味深 い。
次に著者の目は日本人独特のコミュニケーション・スタイルに向く。「集団での交渉において も,集団を代表する個人が話す」,「発言内容が,事実か情報か提案かわかりにくい」などの日本 人が交渉時に示す7つの特徴をあげた上で,日本人ビジネス・ピープルに対して,文化に対する 感受性・共感性を学ぶために企業研修などを積極的に受講することを薦めている。これは,自分 自身のコミュニケーション・スタイルの特徴,独自性を知り,Empathyの存在を前提にしたコミ ュニケーションを行うためである。
Ⅴ Chapter 4 : Global Business Transaction Communication
Chapter 4は,Chapter 3で言及したビジネス・コミュニケーション上のBypassingの例を豊富
にあげ,それを特に記号論の観点から考察したものである。さらに,国際ビジネスにおける「予 防的コミュニケーション」(Preventive Communication)の必要性に触れ,Incotermsなどのコード 集が,ビジネス用語を厳密に定義する意味を考察している。この章でBypassingの多種多様な例 をあげることにより,それを予防するためにはYou-Considerationが必要だと論じるChapter 5, 6 へと論が進んでいく。
リンガフランカである英語を使っても,国際ビジネス取引において論争はしばしば生じる。し かし,交渉当事者間のコミュニケーションを円滑にすることにより,問題の大部分を回避するこ とは可能であろう。著者は「予防的コミュニケーション」という新堀(1993)の用語を借り,誤5 解を予防する手だてを講じる必要性を説く。
Preventive Communicationのための手だての好例は,交渉の当事者が,ビジネス用語の定義を
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5 新堀 聰『貿易取引の理論と実践』同文舘出版,1993年,281−281ページ。
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施しているIncotermsやUCP 500を使用することである。例えばUCP 500は,用語の定義に紙 面の38% を使い,またfirst classやwell known, competentなどの用語を信用状発行者に関連し て使うことをいさめている。
しかし,と著者は論を進める。コミュニケーション当事者がこのようなコード集を使う場合で
もBypassingの陰は忍び寄る。その理由を,一般意味論,記号論の基礎的な概念である,「記号」
(Sign),「指示物」(Reference),「定義」(Definition)という「意味の三角形」(Semantic Triangle)
に求めて解説する。
著者の上げたBypassingの例は,全て興味を引かれるものである。
「異なる物を同じ記号で表し,同じものと理解する」では,古典的判例であるラッフルズ対ウ イッケル事件(通称「ピアレス号事件」)を取り上げる。これはほぼ同じ時期にボンベイから出 帆するピアレス号と呼ばれる2艘の本船があったことから誤解が生じた事件である。
「同じ物を異なる記号で表し,違うものと理解する」では,欧州のビジネス慣行で,Cash against Documents(CAD)と,Documents against Payment(DP)が,事実上同じものを表すことに言及 する。
「同じ記号の意味を一定範囲内で異なって理解する」では,フリガリメント輸入商会対B. N.
S. 国際セールス社事件を取り上げている。輸出者(アメリカ企業)は,「チキン」を,「シチュ ー用の鶏」という意味で使っていたが,輸入者(スイス企業)は「若鶏」の意味でとらえていた ケースである。
このように,ビジネスで使うことばの意味は,Incotermsなどのコード集による「すりあわせ」
と,現実に生じる「意味の取り違え」との間で,収縮したり拡大したりするというダイナミズム を見せる。
なお,ここで本書からいくつかの例をなぞったのは,著者がChapter 4で取り上げた事例の的 確さと豊富さを例示するためであり,本書が単に理論書に踏みとどまらず,優れた実務書でもあ ることを示すためでもある。
最後に著者は,英語メッセージの作成時における,5つの日本人の言語パターンを紹介してい る。漓「中抜け型」(三段論法の大前提と結論だけを述べて,小前提を抜く),滷「身勝手型」
(自分ばかりがわかっているが,相手には理解できない),澆「不合理型」(因果関係が定かでは なく,なぜそう言えるのか理解不可能),潺「説明先型」(説明が先にきて結論が後にくる。結論 がない場合もある),潸「察し期待型」(自分の言いたいことを相手が察してほしいと期待す る),である。
英語の論理展開法の研究では,日本語が含まれるOriental languageグループは渦巻きのような タイプを示すとしたKapl
6
anが有名だが,筆者は本書の分析ほど詳細な日本人の英語ライティン グパターンを目にしたことがない。GBCの分野において英語によるEメールは大量に生み出さ れている。これは日本人の英語論理展開法を分析するための優れた第一資料である。ビジネス・
コミュニケーション研究者がこの分野における帰納的な知見を明らかにすることは,コミュニケ
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6 Kaplan, R. B. Cultural thought patterns in inter-cultural education ,Language Learning,1966, pp. 16−20.
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ーション学,英語教育において寄与するところが大きいであろう。
Ⅵ Chapter 5 : Self-awareness in Global Business Communication
Chapter 5は,self-consciousnessとother-consciousnessという心理学の用語を使い,ビジネス・
コミュニケーターは自己と他人に対する意識を持たねばならないとする。その上で,相手の社会 的地位や聴者との関係性により,reactive communicationを図るべきだと結論づけている。本章
では特にother-consciousness(他人を意識すること)が強調されているが,この主張はEmpathy
を詳説するChapter 6へと発展していく。
ビジネス・コミュニケーションは,特徴的に,コミュニケーション当事者間の関係によって影 響を受ける。著者は,相手の肩書き・社会的立場・文化差などの情報をコミュニケーションに活 用すべきだとし,それを「反応的コミュニケーション」(reactive communication)と呼んでいる。
ここで特筆すべき点は,著者がreactive communicationの重要性は,日本人のみならず,他国 のビジネス・ピープル全般に当てはまると考えていることである。日本人が初対面の時に名刺を 交換し相手の立場により言葉遣いを変えるというMorrow(198
7
3)を紹介しながらも,「相手の
立場などによってコミュニケーションのありようを調整することを願うという点では,日本人は 他の国民とは全く異ならない」と述べていることである。この主張は,You-Considerationが普遍 性を持つ哲学であるというChapter 6での結論へと昇華することになる。
次に著者は,「ビジネス・コミュニケーションの成功の10% はビジネスで,90% はコミュニ ケーションで決まる」というWilson(197
8
5)のことばを引用し,コミュニケーション成立の条 件を,self-consciousness(自分を意識すること)とother-consciousness(他人を意識すること)と いう用語を使い解説する。self-consciousnessはprivate self-consciousness(他人の知らない自分)
とpublic self-consciousness(他人が知っている自分)にわかれ,other-consciousnessはdirect percep- tion of others(他人を直接的に認知すること)と,imaginative perception(他人を想像上で認知す ること)にわかれるとする。ここで著者は特にother-consciousnessを取り上げ,それがしばしば 軽視されてきたと述べている,自己や他人の意識には他人へのラベル付け(例:数学が不得意;
静かなタイプ)が密接に関わっていることなどの問題にも簡潔に触れている。
このother-consciousnessは,例えばスピーチの分野において,「聴衆分析」(audience analysis)
としての重要性を指摘されてきたものである。しかし,著者はここで心理学の用語を借りてその 役割・機能をビジネス・コミュニケーション学において捉えなおしていると考えられる。
既述の通り,著者の論文の特徴の1つに,主張に対するsupportの豊富さ・適切さをあげるこ と が で き よ う。こ こ で も,4つ のCaseを あ げ,発 信 者 と 受 信 者 のself-consciousnessとother-
consciousnessが国際ビジネス・コミュニケーションにどのような影響を与えるかをわかりやすく
述べている。
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7 Morrow, L. All the Hazards and Threats of Success, Time,August 1, 1983, pp. 24−25.
8 Wilson, H. Put yourself in the Other Man’s Shoes! Business English, Vol. 31 No. 3, 1975, p. 36.
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例えばCase 2では,日本人講演者がパリで成功した講演と同じ内容の講演をリスボンで行っ たところ,失敗に終わったというエピソードを引用する。パリでの聴衆は日本式経営法について 興味を持つ人事部長であったのに対して,リスボンの聴衆は,日本と取引のない家具メーカーの 経営者であった。この失敗の理由を著者は,主に,講演者がリスボンとパリの聴衆を同一視した other-consciousnessの欠如に求めている。
Case 4は著者の考え方を最も明確に示すものである。気むずかしい日本メーカーの社長のち
ょっとした態度や表情の変化にも気を配り,態度や話し方を柔軟に調整する中国人を取り上げ,
「ビジネス・コミュニケーションの目的を理解している」と彼を高く評価している。著者は,中 国古代の戦略家である孫武の兵法書『孫子』の「知己知彼,百戦不殆」との教えを,ビジネス・
コミュニケーションの重要な戦略としてしばしば引用するが,このケースは,その戦略の効果的 な応用例である。
なお,著者は,未経験のビジネスパーソンが交渉に失敗するのは,交渉の相手から見た自分の 立場・力関係を理解していないからだとも主張している。これは,「知己知彼,百戦不殆」の考 えを押しすすめたものであり,示唆に富む指摘である。
Ⅶ Chapter 6 : Empathy in Trans-cultural Business Communication
Chapter 6は,たとえ英語が話者の母語でない場合でも,「相手中心思考」(You-Consideration)
を持てば自分自身の英語を使うことができ,さらに国家・文化間に存在する溝を埋めることがで きると述べる。著者はこれまでの章で,「日本人のコミュニケーション・スタイルの意識化」な ど異文化コミュニケーションに成功するためのいくつかの手段を提唱したが,本章ではその精神 的側面であるYou-Considerationを論じる。
まず,著者は尾崎(198
9
3)を引用し,ビジネス・コミュニケーションの失敗は,「人の差」「ビ
ジネスの差」「ことばの差」によって生じるとする。一見克服不可能だと思われるこの「差」を 埋めるには,著者は「交渉者間のEmpathyが必要である」と主張する。
もちろんわれわれは他人になることはできない。特定の文化を形成する要因を全てにわたって 理解することも不可能であろう。しかし著者は「理解しようとする純粋な気持ちを持てば,他人 の感情に繊細になり他人の立場から状況を見ることは,それでも可能である」と論ずる。
次に著者は,尾崎の主張したYou-Considerationの本質を,英米のビジネス英語研究で主張さ
れてきたYou-Attitudeと比較して,明らかにしている。その差は次の通りである。
□You-Attitude
読み手がメッセージをよりよく理解できるために表現を選ぶことである。ことばの選択を通 じて人を操作するための技術であり,飾りにすぎない。
□You-Consideration
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9 尾崎 茂『ビズネス・レターを書くコツ』商業英語出版社,1983年,5−6ページ。
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相手の立場になりきるように努め自己中心的思考を抑制しようとする心的態度である。この 態度を持つことにより,対立,抵抗,分裂を超えて発信者と受信者が一体となることが可能 となる。
上記の議論を一見すると,You-ConsiderationとYou-Attitudeを比較するのは,Empathyがビジ ネス・コミュニケーションを成功させるための鍵だという本書の主張を明確にするためだと思わ れるかもしれない。しかしむしろ筆者には,You-Considerationに新しい息吹を吹き込むために
Empathyやother-consciousnessという視点が導入されたように思えるのだ。筆者は下記の物語を
読みながら,著者が尾崎と交わしたであろうYou-Considerationに関する議論を耳にしているよ うな錯覚にとらわれたほどである。
穴に落ちた太郎を助けようとした次郎は,助けを求める際に,「太郎が高い穴に落ちた」
と言う。「穴は深い」と言うべきだと母に注意された次郎は次のように答える。「いいえ母さ ん。高い穴だよ。ものすごく高いから,太郎はがんばったけど,上に登れなかったんだか ら。」
著者は最後にMaddox(19
10
93)の言うEthnocentrism(母国中心主義),Polycentrism,(現地国 中心主義)Geocentrism(地球中心主義)という分類を借用し,日本企業の海外子会社はGeocen-
trismへ進むことを提案する。つまり,日本企業の海外子会社は親会社との結びつきが強いが,
親会社の企業文化,目標などを共有する範囲内で新しい企業文化を構築するべきだ,と論じてい る。Geocentrismとは,自国文化を押しつけず地元文化に注意を払いながらも企業をグローバル 化していくという視点だが,その段階へ進むには,日本人と外国人社員との間に共感的対話が存 在しなければならないと述べている。
「共感は,国家や文化の境界線を乗り越える。共感は,日本の多国籍企業がグローバルな企業 に変貌を遂げようとする際の鍵だ」という最後の文は印象的である。
Ⅷ 考 察
各章の内容に関する考察は適宜行ってきたが,ここでは本書全体に関する考察を行いたい。
本書は,一方で日本人のコミュニケーション・スタイルの独自性を強調し,他方で独自性を乗 り越えコミュニケーションするための考え方と手法を論じたものである。本書での前者に関する 例示やそれをもとにした分析は広範囲に及んでいる。そのために,後者を明示しなければ,読者 は,いわば,コミュニケーションという大海にコンパスなしで投げ込まれることになるだろう。
著者は精神面と技術面の2点から,この課題に取り組んでいる。精神面についてはコミュニケ
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10 Maddox, R. C.Cross-Cultural Problems in International Business : The Role of the Cultural Integration Func- tion,Quorum Books, Westport, CT, pp. 52−56.
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ーション当事者がEmpathyを持ち,You-Considerationの重要性を理解するべきだと論じる。一 方,技術的には異文化間の認識ギャップを埋めるために,(1)「事実,推論,判断を明確に区別 すること」,(2)「相手が自分とは同じ知識を持っていないかもしれないと思い,必要あれば,情 報を付加すること」,(3)「意見を述べるときには,三角形のロジックを提示すること」を説いて いる。この方策の意味するところは,論理的に十分な情報を正確に伝えることだろう。
You-Considerationという哲学を,どのようにコミュニケーションの内容に表現するべきなのか
という点は,応用言語学の側面を持つビジネス・コミュニケーションの教育・研究には極めて重 要である。従って,ビジネス・コミュニケーション教育者・研究者はつぎのような疑問に答える 必要があるだろう。
論理的に必要十分な情報をことばで正確に伝えることでYou-Considerationは十分表現できる のであろうか?異文化に対する受容性とYou-Considerationはどのような関係があるのか?非言 語の側面へはどのように対応するべきなのか?聴者の感情面に働きかける必要はあるのか?ある とすれば,そのための方策は学習可能なのか?
本書は国際ビジネスにおける認識ギャップを豊富に例示しているために,ビジネス・ピープル がそれに立ち向かうためのプログラムにも,同様の具体性,充実度を与える必要があるだろう。
これについては著者の教育面での具体的な提案を期待したい。
異文化を論ずる時には,しばしば,価値判断が禁じられる。文化には優劣がないとの主張だ。
本書でもこの点は繰り返して主張されているが,それに加えて次のように主張していることは注 目に値する。「アジアのコミュニケーション・スタイルは,他人への暖かい思いやりを基礎と し,高く評価できる。著者は,このコミュニケーション・スタイルがグローバル・ビジネスにお いて,有効なコミュニケーションのかたちとなると確信している」(xi)。
著者が,この主張をEthnocentrismとの関係の中でこれからどのように展開するのか?また,
それを実際どのように国際ビジネス・コミュニケーションの場に広げていくべきか?
筆者の興味は尽きない。
Ⅸ お わ り に
「謝辞」にある All those other than me are my teachers. (v)という著者のことばは,本書を 読み解くときに特に重要である。
著者はこのことばの通り,ある時には隣接科学から,ある時にはインタビューから,ある時に は経験から知見を得て,「答えよりも疑問の方が多い」ビジネス・コミュニケーションの諸問題 に真っ正面から取り組んでいる。
同時に著者の筆の進め方は,国際ビジネスコミュニケーション学会の諸兄姉との対話を楽しむ かのようである。
特にChapter 6は,著者が,恩師である尾崎茂氏へ捧げるオマージュである。
著者の言うとおり「言葉には意味はなく,意味は人にある」。本書の「言葉」に触れること 書評:亀田尚己著Managing Global Business Communication(中邑) (195)55
は,とりもなおさず,その言葉を紡いだ著者の「人」に触れることである。Chapter 6において 著者は,感動的と言えるほど,純粋に主張を述べている。
本書が国内外のビジネス・コミュニケーション研究者および実践者の目に届くことを切に祈 る。
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