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園田尚弘

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長崎大学教養部紀要(人文科学篇) 第22巻 第2号 103‑116 (1982年2月)

ヴァルター・ベンヤミンの

「言語社会学の諸問題」について

園田尚弘

Uber die "Probleme der Sprachsoziologie"

von Walter Benjamin

NAOHIRO SONODA

1. 「言語社会学の諸問題」の概観

「言語社会学の諸問題」は1935年の「社会研究誌」に発表された。ベンヤミ ンは青年時から言語への注視と考察を怠たることはなかった1916年には「言 語一般と人間の言語について」という特異な言語論を執筆しているし、 1933年 には、 「物真似の能力について」と題した、やはり言語をテーマにした小論文を執 筆している。そのような意味で言語への省察、言語学との関わりは少なからざ るものがあったとはいえ、彼が「言語社会学の諸問題」で論じたさまざまの方 向にわたる理論が、その論評の対象として、彼にとってはかなり難物であった ことは想像に難くない。

実際、'ベンヤミンは、この論文について次のようにショレムにあてて書いて いる。

「一一。さて、まもなく言語理論に関するぼくの大きな集約報告(Sammelre‑

ferat)も「社会研究誌に載るだろう。ぼくはそれを二一一きみはぼくが気を悲 くするほど早く気づくだろうが‑学習者として書いた。いづれにしろぼくは、

この公衆ノ前デ行なわれた学習過程から、しかも最近ではカール・ビューラー の「言語理論」からも利益を得た。」 (1934年12月26日(1)

ベンヤミンが「集約報告」と呼ぶこの論文が、その対象をどこに定め、どのよ うな観点から組みたてられたかは、まったく簡略化されたかたちでではあるが、

次の2通の手紙から読みとれる。

(2)

i [li引

園田尚弘

「ぼくの仕事はほとんど全部‑・‑社会研究誌に出る。次の仕事は数週間した ら出るが、それは最近10年間の言語社会学の文献を扱っている。そこでは、マ ルやヴィゴッキーのもっとも重要な、ロシアでの研究もまたとりあつかってあ

る。」(2)(ア‑シャ・ラツイスあて、 1935年1月か2月)

「私の言語理論上の報告についてのあなたの指摘についていうと、この戟告 はその形式によってあらかじめ限界があったのだが、この報告は「言語の形而 上学」については何も述べていない。そしてそれは、決してはっきりしたかた ちではないが、私が数年前、イビザで簡潔な綱領的なメモのかたちで書いた私 自身の言語理論へ正確につながってゆくように構成されている。(3)ヴェルナ‑・

クラフトあて、 1936年1月30日)

「言語社会学の諸問題」でベンヤミンが論評の対象とした主な著者と著作、

あるいは雑誌は次のようなものである。

o K.ビューラー、 「擬声音と言語の機能」 (「言語の心理学」に所収)パリ、

1933

0同、 「言語の理論」イエーナ、 1934

o L.レヴィ‑ブリュ‑ル、 「未開社会の思惟」パリ、 1918

o E.カッシラー、 「シンボル形式の哲学」 3巻、ベルT)ン、 1923/29 0同、 「言語と神話」ライブツイヒ、 1929

o D.ルロワ、 「未開の理性」パリ、 1927

o N.マル、 「言語の生成について」 (マルクス主義の旗の下で、第一巻) 1926 o A.ニチフォロ、 「俗語の独創性」パリ、 1912

0雑誌「単語と事柄」 (特に、 W.ゲJ)ッヒ;フランス‑プロヴァンス地方の 方言における大麻ならびに麻裁培の技術について、ハイデルベルグ、 1913) o R.カルナップ、 「言語の論理的シンタックス」、ウィーン、 1934 o G.シュミット‑ロ‑ア、 「民族の形成者としての言語」イエーナ、 1932 o w.ケ‑ラー、 「類人猿における知性実験」ベルリン、 1921

o L. S.ヴィゴッキー、 「思考と言語の発生的根源」 (マルクス主義の旗の 下に、第三巻) 1929

o H.ドラクロワ、 「言語の門口で」 (「言語の心理学」所収)、パリ、 1933 o ∫.ピアジェ、 「子供における言語と思考。子供における判断と理性」、

ヌーシャテル、 1923

o R.パジット、 「人間言語の本性と起源」パリ、 1932

o K.ゴルドシュタイン、 「失語症の分析と言語のエッセンスの研究」 (「言

(3)

ヴァルター・ベンヤミンの「言語社会学の諸問題」について105

語の心理学」所収)パリ、 1933

2.言語の起源問題をめぐって

「言語社会学の諸問題」を探求したさまざまの著作に言及する前に、ベンヤ ミンは、それらの問題が他の分野の学問との関係ぬきでは論じられないことを 指摘している。つまり言語共同体が個人に及ぼす影響、言語と思考の関係、身 振り言語と音言語についての議論などが、具体的にいえば、児童心理学、動物 心理学、あるいは人類学、心理病理学等と切り離しては論じられないという事 実を指摘している。言語社会学という言葉を耳にするとき、ひとがまず思い浮 かべるのは、社会学、言語学に共通する領域のことであろう。ベンヤミンはこ の二つの学問が、必然的に接触し合う地点として、言語の起源の問題を提出し ている。この問題に答えることが難かしいことを承知しつつ、彼は言語の発生 を擬声語に求める見解を老察することから始める。もともと言語の起源を擬声語 にあるとする意見はさして学問的ではないが、簡単に思いつく議論としては、長 い歴史をもっている。ベンヤミンは17世紀のバロック期の劇作者たちの見解、

あるいはヘルダーの名をあげて、擬声語理論の例としている。しかしベンヤミン がこの擬声語理論をどのように言語の起源の問題と関連させていたかを知るには、

彼のカール・ビューラー評を述べるのが有益であろう。ビューラーは人間の音 声を擬声語的活動が言語の総体に及ぶと考えるのではなく、言葉の個々の箇所に おいてだけ擬声語的活動が現われるとするのである。ベp,/ヤミンはカール・ビュ ーラーの見解を「注意深い思考」と肯定的評価を与えて、その見解に妥当性を 与えている。

擬声語的理論に関して、はるかに刺激的で、学術上の影響をも及ぼしたのは、

レヴィ‑ブリュールのそれであった。彼はその著書のなかで、未開人の言語を、

写生的な声による身振りと呼び、知覚したものすべてを模倣しようとする未開 人の言語の徹底性を強調した。言葉の多くの由来するところを擬声語ではなく、

写生的な声による身振りだとするこの見解が、レヴィ‑ブリュ‑ルの確信に従 うと、未開人の心性に特有のものである魔術的特質に道をひらくのである。

レヴィ‑ブリュ‑ルの理論の影響を、ベンヤミンは、とりわけカッシラーの

言語哲学に見出している。ベンヤミンはこの両者の理論の類似性を次のような

点に認めている。それは、カッシラーが、未開の言語概念を論理的概念と比較

するかわりに、むしろそれを神話的概念という形式で包括しようとしている点

(4)

106 園田尚弘

である。カッシラーの見解によれば、神話的諸概念においては、内包的集約化 の傾向がその特徴である。それは、レヴィ‑ブリュ‑ルにおいて、未開人の言 語のなかで特徴的であったと同様の集中と集約である。ここからすべての神話

的思考と神話的形姿は出てくるのだが、レヴィ‑ブリュ‑ルの未開人の言語せ 界にあっても、言葉による図形である言語的表現はすべて神話的作用力をもっ ているのである。

しかしレヴィ‑ブリュ‑ルによる文明社会と未開の精神性との区別や、レヴ イ‑ブリュ‑ルが見出したと信じた未開人の心性の特徴は、批判にさらされた。

ベンヤミンはそのような批判のひとつの例として、ルロワのレヴィ‑ブリュ‑

ルに対する論難をとりあげている。ルロワはレヴィ‑ブリュ‑ルを批判したが、

しかしルロワにとって重要だったのは、レヴィ‑ブリュ‑ルがあげた事実を攻 撃することではなく、レヴィ‑ブリュ‑ルがそれらの事実に加えた解釈を攻撃

することのほうだった。そしてベンヤミン自身は、ルロワを引用しながら、ラ ップ人がトナカイを言いあらわすのに、きわめてたくさんの語嚢をもっている こと、冷寒や雪にもたくさんの単語をもっていること等は、北極地方の文明の 必要性から生まれたのだとするルロワの説明を肯定的に受けとっている。そし てルロワの批判は次のように評価される。 「ルロワはむきだしの習俗や表象方法、

儀礼を、文明化された民族のそれらの対応物と比較することの疑わしさに照 明を与えるのに僚むことがない。彼は経済の形態、環境、社会状態を探求しよ うとしている。それらの枠のなかでは、一見したときは理性的態度と対立して いるように見える多くのものが、目的にかなっているように認められるのだ。

さまざまに分岐した言語現象のなかで、前論理的態度の兆候をはじめから証明 しようとする試みが、単純ではあるが、かなり解明に資する行動様式への視野 をさえぎることがあるだけに、彼のやり方はますます正当である。」(5)

ベンヤミンは、ルロワが実証主義と、それと相関概念であるように見えるデ ュルケ‑ム学派の「社会学的神秘主義」を批判している点に注目している。い づれにしても、レヴィ‑ブリュ‑ルの理論においては、フレーザー学派の影響 によって、歴史的ディメンジョンが閉ざされてしまった。しかしそれによって、

レヴィ‑ブリュ‑ルの学説が、学問上の論議からまったく姿を消すということ にはならなかったのではあるが。

レヴィ‑ブリュールとルロワの理論的対立において、ベンヤミンが特に注目

しているのは、 「身振り言語」の問題である。身振り言語のもっとも重要な媒

介は手である。レヴィ‑ブリュ‑ルは、この手の言語を、われわれが出くわす

(5)

ヴァルタ‑ ・ベンヤミンの「言語社会学の諸問題」について107

最古の言語と考えた。これに対してルロワは身振り言語をコンベンショナルな 表現形式とみるだけでなく、身振り言語の拡大自身を二義的な事情の結果と把

えている。たとえば、音が届かない遠い距離において意志を疎通する必要、ある いは、猟において野獣と直面して、声を出さずにパートナーと相談する必要の 結果と把えている。この論争において、レヴィ‑ブリュ‑ルの身振り言語の把

え方は、ベンヤミンにとっては、あまりにゆき過ぎているように思えたが、ル ロワの解釈もそれほど正当とは思われなかった。自らの判断を裏づけるために、

ベンヤミンは、ソビェトの言語学者マルの見解を「簡潔で冷静な考え方」(6)と して紹介している。

マルは、分節化された言語を全然持っていなかった原人間(Urmensch)が 対象指示のため、あるいは提示のために、人間の舌として手を使ったことを主 張している。手の動きや表情、そしてある場合には身体の動き一般が言語的創 造の手段を汲みつくしたと述べている。そしてそのような観点から、マルは、

ベンヤミンの表現をかりると、 「レヴィ‑ブリュ‑ルの空想的要素を構成的要素 で置き換えようとする立場を」(7)とった。マルの立場は、音言語の創造の理由 を、 「何らかの生産的労働過程による」とみる立場である。彼は「分節化された 言語の成立は、人類の人工的に加工された道具の助けを借りての創造的労働へ の移行以前に成功することはできない。」(8)と、論じた。

ベンヤミン自身は「言語社会学の諸問題」において、言語の起源の問題に直 接的に明確なかたちで答えてはいか、b)だが、彼の立場は、マルの見解に近い

と考えられる。

マル言語学の引用は、言語の起源の問題に関して利用されるだけではない。

ベンヤミンはマルに言及した地点で「言語社会学」の他の関連した領域への議 論へ移ってゆく。

3.階級と昔話

多様な問題性をはらんだマルの教義のなかから、ベンヤミンはヤファト語に ついての説明をとりあげる。そして彼は、弁証法的唯物論との関係を否定しな いマルの言語理論の中心部分を、マルが階級の運動に基づいた言語史によって、

言語学における人種や民族の概念の有効性を否定しようとする努力のうちにみ ている。マルによれば、三一カサス地方の言語やバスク語は親緑関係があって、

インドヨ‑ロッパ人のヨーロッパ移動の前に所属していた大きな言語族の孤立

(6)

108 園田尚弘

した残りをあらわしている。マルはこの言言吾族をヤファト語族と名づけた。そ してこの語族の民衆たちは、ピレネーからアジアの遠い地方にまでひろがって いた。この拡大な地帯でヤファト語族は、インドヨーロッパ語の先駆者であっ た。しかしインドヨーロッパ語は決してある特別の人種の言語ではない。それ らはむしろ「歴史的状態を、ヤファト語は前歴史的状態をあらわしている。イ ンドヨーロッパ語がどこで成立していたにせよ、その荷い手は、ある一定の支 配的階級であった。」(9)

マルのこのような見解を手がかりにして、ベンヤミンは言語生活における本 質的部分としてのある社会的経済的グループ化と言語の生成との結合をとりあ げてくる。ベンヤミンは、 「一言でいえば、全住民の大衆によって用いられる 母語の言語よりも、いわゆる国民的文化のあれこれの言語に近づくことは、非 学問的であり、現実の地盤にも立っていない。地位や階級から独立した現象と

しての国民的言語は、目下のところまだひとつのフィクションであるO」(10)という マルの文章を引用して、抑圧されている住民層の言語のなかに隠されている社 会学的諸問題を探ろうとする試みについて論評している。彼がとりあげたのは、

アルゴ研究、アルプレド・二チェフォロの「俗語の独創性」である。

ニチェフォロの特色は、下層の住民の言語を階級のメルクマールと把え、同・

時にその言語を、その階級が支配階級を攻撃する武器と把えたところにある。

タキトウスの散文について、かつてV.ユゴーが述べた言葉「彼のことばは致 命的な腐食力をもっている。」という文章を引用しながら、ニチェフォロは、

「しかし下層の民衆言語のただひとつの文章のなかには、タキトウスの全散文 よりも、もっと多くの腐食力と毒がないだろうか」(ll)と述べている。ニチェフォ ロが認めた下層階級の言語の方法的特徴は、 1.物質的極増さという方向をも ったイメージと単語の置き換えであり、 2.ひとつのイデーから他のイデー へ、ひとつの単語から他の単語へと、アナロジーによって移行の道をみつける 傾向である。このようなニチェフォロの見解は、ベンヤミンにとって、まった

く新しいというわけではない。彼にとっては、ニチェフォロにおける進歩とい うのは、 「彼が俗語(この言葉はより広い意味で使われている)をその機能の 点で階級の道具として認識していることにある。」(1カ

4.技術と音詩、記号論理学と首言吾

ベンヤミンが社会学との関連ということで、次に論評を加えているのは、メ

(7)

ヴァルター・ベンヤミンの「言語社会学の諸問題」について109

‑リンガ一によって指導された研究サークルが行なっている「単語‑事物研 究」である。この研究グループは単語によって表わされた事柄を特に注意深く 考量した。その際このグル‑プは技術主義的関心をもってその研究にあたった。

このグループが言語学的研究を行なった「耕作」とか「パンの用意」といった いくつかの名詞‑原始的生産過程に関連する‑をあげて、ベンヤミンは、

生産手段から言語共同体への移行は必然的だと述べている。そしてその研究の 概括としてゲーリックの次のような説を引用している。 「言語と事柄は同時に 変化する。放浪する労働力の仲介によって、単語は事柄から離れて進行するこ とができる。この放浪する労働力は部分的には、おのおのの国の経済生活の重 要なファクターであるし、以前にもそれは重要なファクターであった。それゆ えたくさんの技術的表現が、労働力と共に国から国へとさまよわねばならなか った。」(l討

このような研究とのつながりで、ベンヤミンは、次にはもっとアクチャルなか たちで実践的に企図された技術用語のレキシコン作成について言及している。

それは1900年頃に、ドイツ技術者連盟によって計画された包括的テクノロジー レキシコンの仕事である。この仕事はしかし中途で挫折した。事柄を組織的秩 序をもったかたちに整理することノなしに、アルファベット順に配列してゆくや

り方を採用したために、完成までに予想以上に長い時間を要することが明らか になったためであった。しかしいづれにしろ、このような技術の規範作成努力 から「僅界言語をめぐるもっとも真剣な努力がでてきている。J14)

この世界語のイデーの系譜につながる分技のひとつとして、ベンヤミンは、

論理学における、いわゆる「ウィーン学派」、とりわけカルナップを紹介してい る。その際ベンヤミンが社会学との関連でもっとも注目すべき点としてあげて いるのは、記号論理学者の関心がもっぱら記号(Zeichen)の叙述機能に向け られていることである。カルナップは論理的シンタックスについて論じた。そ して論理的シンタックスは言語を計算として取り扱った。しかしその場合、カ ルナップは、言語が計算に他ならないと主張するのではなく、言語は多様な側 面をもっているが、シンタックスが計算に連わしいこと、それが言語の形式的 側面に制限されるというのである。ここでカルナップが言う「論理的シンタッ

クス」はいわゆる「座標言語」 (Koordinatensprache)を扱っている。そのな

かには初歩的代数学の「言語」と古典数学の「言語」が入れられているが、前

者はただ論理記号だけを、後者の場合は叙述的な記号をも含んでいる。この両

者の計算を提示することが、一般的な科学論理と一致する「任意の言語のシン

(8)

IH m m尚弘

タックス」のための基礎をなしている。このふたつの計算を考慮するとき、科 学論理的文章を、一方で経験的科学の記録文から、他方ではその他の哲学的文 章(これを形而上的文章と呼ぶひともいるだろう)から分離するクリテリウム

としての構文論的文章への翻訳可能性が明らかになる。カルナップはこの構文 諭的文章への翻訳可能性というクリテリウムを使って、其の科学的文章を経験 的科学の記録文やその他の形而上的文章から区別することができるというので

ある。

ベンヤミンは、.カルナップ説を紹介しつつ、カルナップが更にすすんで形而 上的文章の無意味さをきめつける文章を玲静に引用している。その際彼の脳裡

には当時の形而上的妄説が思い浮かべられていたであろう。

言語の論理的シンタックスは、記号論理学者によって初めて論議に附された わけではない。そのような試みをした先駆者として、ベンヤミンはフッサール の名をあげている。そしてフッサールにあって「純粋文法」と呼ばれるものが、

ビューラーの「セマトロギ」 (意味論)であるとして、特にビューラーの言語理論につい て詳述している。セマトロギ‑のプログラムは、成功した言語研究のうちから 環元法によって得られる公理を扱う。そのような公理的興味のゆきつく先とし て、ビューラーの場合は、フッサールがくるが、彼と並んで、 H.パウル、 Fr.

de.ソシュールが成功した言語学者として名前があげられている。ビューラー はとくにソシュールの方法上の嘆きに照準をあてる.言語学が一般意味論の中 核をなすことを知っていながら、ソシュールがこのイデーを、言語学の出発デ ータのなかにすでに言語学上の事実が存在することを説明するのに適用できな かったことを指摘して、ビューラー自らはこの事実を指示するために、 「言語 のオルガノンモデル」を構成した。ベンヤミンはこのモデルによる言語考察方 法を、 「社会学の関心に適合する」(1功と形容して、それの説明を、先に論述した

「言語の起源」問題のほうに展開している。そのような関連においてベンヤミ ンがオルガノンモデルからとりあげているのは、特にアピールの意味である。

ビューラーは発話のアピ‑ル機能、シグナル機能に、独自のレヴェルを付与す

る。そして彼はこのレヴェルを指示野(Zeigfeld)と名づけている。この指示

野の中心は「ここ」と「いま」と「私」と標記されるし、指示の現実的対象か

ら「幻影の指示」 (Deixis am phantasma)への道が辿られるが、ベンヤミン

が注目するのは、その道程の制限である。ベンヤミンは指示詞(Zeigworter)

と名詞(Nennworter)が区別され射すればならない単語のクラスであるとい

うビュ‑ラーの言を引用している。 「あっちこっちで言語の起源についての近代の

(9)

ヴァルター・ベンヤミンの「言語社会学の諸問題」について111

神話に出逢うのだが、これは指示詞というテーマをとりあげるので、まさしく それが人類言語の祖語であるように見える。しかし指示すること(D(と 名づけること(Neiはまったくきびしく区別されなければならぬ単語のク ラスであるということが強調されねばならぬ。」(ln 「ひとは一一指示詞と名詞を 区別しかすればならない。そしてその区分はどのような起源の探索によっても 止揚できないのである。」(1由

ビューラーの名詞についての理論は、このように場理論である。そしてビュ ーラーの言語理論で展開される理論は二場理論であるO 「人間言語の発展の道 筋において、指示的呼び声の‑クラスシステムを最初のものと想像することが できる。それから、しかし、不在のものを関係づける必要がやってきた。それはつ まり発言を状況制約性から解き放つことであった。言語発言の場所に即した指 示野からの解放がはじまる」。(19)しかし「発言が叙述された内容に従って、具体 的なシチュェ‑ションのモメントから自由になる」¢o)程度に応じて、 「それらは

その場の価値を象徴の場にもっている。」ql)

ビューラーは以上のように主張して、言語描写の、言語状況からの分離を強調 している。ベンヤミンはこうしたビューラーの立場を、言語の起源を統一的に把 握しようとする立場と考えている。そして彼は、ビューラーがその言語認識に もとづいて、将来に予告している言語の起源神話の展開を「興味深く見守っ てゆこう。」物と述べて、ビューラーに寄せる自らの関心を表明している。

4.反動的言語研究

ベンヤミンの観点に従うと、これまで言及された言語研究はいづれにしろ進 歩的傾向を示しているものであった。しかし1930年代の情勢を者えれば、政治 的な反動化傾向をおびた研究が出現してくるのも容易に想像されるだろう。そ れにしても、ベンヤミンがみるところでは、この傾向は言語社会学の分野にお いては、かなり稀にしかあらわれてこなかった。これは、政治的保守主義と気 品ある落ち着きを示す人間的尊厳とを結びつけている、かのグリム兄弟の伝統 から来ていると、ベンヤミンは考えている。シュミット‑ローアの「民族の形 成者としての言語」を、ベンヤミンは手厳しく批判するが、それでもこのよう な研究ですらも「この伝統から脱けでることはできなかった。」位3)とも付記され ている。

シュミット‑ローアはその著書を二つの部分に分けた。第一部は「存在」

(10)

112 園田尚弘

(Das Sein)、第二部は当為(Das Sollen)であり、当然第二部の当為が「第 一部の態度に持続的に影響を及ぼしている。」伽ベンヤミンはこの著作のなかに、

悪意と運命が救いの神として登場する主意主義的言語哲学に拠った非合理主義 をみてとり、しかもシュミット‑ローアの異言語間の語嚢の比較分析が、シュ ミット‑ローアの企てた宇宙的テーマには狭すぎると抑輸している。そして偏 狭な民族主義を鼓吹するシュミット‑ローアの社会的認識の限界のみならず、

彼の言語認識の限界をも鋭どく批判するのである。ベンヤミンは反動的理論を、

いかがわしく妄想じみた独断と非難するにとどまらず、ケ‑ラーやビューラー のチンパンジーの言語に関する個別の研究成果を紹介することによって、それ を論駁しょうとする。

5.思考と言語の関係

直接的に言語学の問題の解明をめざしてはいないケ‑ラーやビューラーの狭 い範囲に限定された研究が、実際には、さまざまの言語学上の独断的見解を修 正する役目をも果すことがある。しかもそれらの研究は「言語の起源に関する 古い問題にも、言語の思考に対する関係についての比較的新しい問題にも役立

つのである。」¢5)

チンパンジーについての研究成果が言語学の基礎に重要であるとして、ベン ヤミンは、その研究成果を利用した研究者として、ヴィゴッキーの名をあげて いる。ヴィゴッキ‑の立場は、道具の所有が言語の所有に先立ち、話すことよ り以前に実在する一種の思考が存在するというマルの理論にちかい。ヴィゴッ キーは、ケ‑ラーがチンパンジーの研究から得た確信を利用して、 「言語が知 性と動作の座標(手や音の動作)の交点にその起源をもっている軌跡」位6)を 固定化するのに意を用いた。

言語の起源に関する疑問に答えるのに助けになるのは、個体発生的にもその 問題を追求してみる試みである。そうした意味でベンヤミンは、ドラクロワの

「言語の門口で」を紹介している。ドラクロワは英国のチンパンジー研究家、

ヤーキズの指摘から出発して、その主張に異議を唱えた。ヤーキズは、チンパ

ンジーがその知性以外に、オームに見られるような音響的‑運動的模倣衝動

を所有しているなら、そのときはチンパンジーは話すことができるだろうと言

ったが、ドラクロワは子供の言語習得過程は、オームとは根本的に異なってい

るとして反論を加えた。つまり人間の言語習得の基礎になっている音響的‑

(11)

ヴァルター・ベンヤミンの「言語社会学の諸問題」について113

運動的反応は「社会的に方向づけられた反応」的なのである。そして「その反応は、

理解されようという心構えのなかにある」脚のである。

言語の起源に関して、系統発生的諸問題にも照明を与えるとして幼児言語の 問題を論評したっいでに、ベンヤミンは、 ∫.ピアジェの幼児の言語心理学的 探求について触れ、そこから「思考」と「言語」に焦点を合わせて、いくつか の著書に注目している。

ベンヤミンが特に注目しているのは、 「自己中心的幼児言語」というピアジ ェの概念である。ピアジェによれば、子供の言語は、社会化された言語と自己 中心的言語のあいだを動きまわっている。そして自己中心的言語は「話して いる主体自身のための独自の言語であり、伝達的機能は全然もっていない。」位9) その特徴は、子供によって話された音とともに、それが発せられた状況が与え られないと理解できをいこと、しかも一方で「この自己中心的機能が思考過程 への密接な関係づけなくしては把握できない。」(30)ことである。しかもこの自己 中心的言語は、 「ある動作の継続の障害やある課題の解決の妨害において、も っともひんばんに認められる。」(31)

このピアジェの概念を、自らの実験によって、重要な結論をひきだしたのは、

ヴイゴッキーであった。そして彼の結論はベンヤミン自身の見解に沿うもので もあったであろう。ベンヤミンはヴィゴッキーの結論を自らの言葉に置き換え て次のようにまとめている。 「自己中心的言語は、子供の年代においては、後 年、本来の思考過程に留保されている場所を占める。つまりこの自己中心的言 語は、思考の先駆者であり、思考の教師なのである。」(32)

ピアジェ、ヴィゴッキーによる自己中心的言語の観察は、行動主義者の「言語 と思考」問題のために企てた出発点の修正をもたらす。それゆえ、ベンヤミン は、ヴイゴッキーの理論によりながら、そしてビューラーを、この行動主義と の対決という点でも高く評価しながら、行動主義的理論の不備を指摘している。

行動主義者たちは、思考を「内的話し」として組みたてようとするラザルス

・ガイガ‑やマックス・ミコラー等の見解を受け容れた。とりわけワトソンは

この「思考というのは客観的にただ内的話しにすぎないとするテーゼから、言

語と思考の中間肢を捜そうとした。」(33)ワトソンはこの中間肢は「ささやき言語

であるとした。ベンヤミンはこの点についても、ヴィゴッキーの次のような指

摘、 「つまりわれわれが子供のささやきから知っているすべてのものは、ささや

きが外的言語から内的言語への移行過程を叙しているという仮定に反対のこと

を述べている。」(34)を引用しつつ、行動主義の誤りを指摘している。

(12)

m 園田尚弘

6.話された言語の本質

これら一連の行動主義者たちの表面的な見解よりははるかに深い意味が汲み とれる考察も存在する。ベンヤミンが高い評価を与えるのは、 R.パジットの理

論である。パジットは言語道具の身振りとして言語を定義する。第一義的なもの は動作であって、音ではないというのである。パジットによれば「音声学的要素 は身振り動作的なもの(das mimisch‑gestische)にもとづいている。」脚ベン ヤミンはパジットの見解の重要さを、 M.ジュスの著作によって裏づけようとす る。パジットにとっても、ジュスにとっても、音は随伴現象である。パジットによ れば、 「音の分節化は、言語器官の身振りとして、身体的身振りの大きな環と 接続される。それの音声学的要素は、伝達の荷い手であり、その伝達の本源的 実体が、表現動作であった」(36)このようなパジットの立場は、ベンヤミンが言語 の起源の問題に対する最も手近かな答えとして提出し吟味し、拒ぞけた、擬声語 的理論に近づくのである。いくたびもくり返された「話された言語の真の本 性はどこにあるか」という問いに対してパジットは次のように答える。 「話され た言語はただ根本的な動物的な本能の‑形式であるにすぎない。身体による物 真似的表現運動の本能の形式にすぎない」(3刀

ベンヤミンにとってパジットの卓越しているところは、その偏見のなさである。

その精神をもって、パジットは言語のエネルギーの全体を視野に収めていると、

ベンヤミンは評している。パジットは、言語の意味論的機能だけではなく、それ に内在する「表現の性格と言語の観相学的力」(38)に注目し、後者は、意味論的 機能よりは有能だと考えたのであった。彼がその見解によってもたらした「真 実」は、ゴルドシュタインが言語学とは遠い領域でぶつかった事実に近かった。

「人間が言語を使用するや否や、自己と自己に似たものと生々とした関係をう

みだそうとするや否や、言語はもはや道具でも手段でもなく、われわれの最も

内的な本質と、心理的杵の顕現と啓示である。この杵がわれわれ自身とわれわれ

に似たものとを結びつけているのであるO」(39)ベンヤミンはゴルドシュタインの

この洞察を引用して、言語社会学の諸問題の研究に寄与した諸著作の論評をし

めくくっている。

(13)

ヴァルター・ベンヤミンの「言語社会学の諸問題」について115

(1) Benjamin, Briefe2, S. 638

(2) ders. Gesammelte Schriften Bd n S. 674 (Gesammelte Schriftenは以下G. S.

と略す)

(3) ders. Briefe2, S. 705

(4)ここであげた著作は,おおむね,ベンヤミンが彼の論稿でとりあげた順序に従っている ここに列挙したそれぞれの著書の出版年は,ベンヤミンが当時参照したと思われる版の出 版年であるから,それらの著書の初出の出版年とは必らずLも一致しない.

(5) G.S.S.459.

(6) ebenda. S. 461.

7 ebenda.

(8) ebenda. S. 461f.

(9) ebenda. S. 462f.

ebenda. S. 463.

ebenda. S. 464.

ebenda.

ebenda. S. 465.

ebenda. S. 466.

ebenda. S. 467.

ebenda. S. 468.

ebenda. S. 469f.

ebenda. S. 470.

ebenda.

ebenda.

但1) ebenda.

位2) ebenda. S. 471.

位3) ebenda.

ebenda.

ebenda. S. 472.

位ebenda. S.473.

(27) ebenda. S. 474.

位8) ebenda.

但9) ebenda. S. 475.

ebenda.

ebenda.

ebenda.

ebenda. S. 476.

ebenda.

(14)

116

ebenda. S. 478.

ebenda. S. 477.

ebenda.

8鞠ebenda. S. 479.

ebenda. S. 480.

園田尚弘

i ^^^^^^K*P

1.テキスト

Benjamin, Walter : Gesammelte Schriften Bd.

ders. : Angelus Novus.

2.その他の参考文献

Benjamin, Walter : Briefe, Frankfurt a. M. 1969.

ders. : L′homme, le language et la culture (edition Denbel)

ベンヤミン:言語と社会晶文社.

ベンヤミン:書簡II. 1929‑1940品文杜.

田辺寿利:言語社会学(著作集第四巻)未来社.

ヴイゴソキー:思考と言語明治図書.

(昭和56年10月27日受理)

参照

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