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早稲田大学大学院教育学研究科紀要 別冊15号‑1 2007年9月

生命概念の発達的研究(2)

‑ピアジェとGelmanの研究方法の比較‑

23

1.問題

稲垣・波多野(稲垣, 1995;李燕, 2000a)は,少なくとも6歳までに,素朴生物学の概念が 獲得されていると主張した。また, Gelman (1983)は3, 4歳児でもAID (Animate‑Inanimate Distinction)の判断ができると主張した。さらに近年は, 2歳未満の乳児ですら生物と無生物を見分 けていることが示唆されている(李燕, 2000b;友永, 2005)。これらの研究は,生後間もない時期

にも子どもが素朴理論をもっているということを示唆するものであり,それらの研究では11, 12歳 になるまで生命概念が獲得されないとしたピアジェの段階理論は,子どもに対する過小評価であると 指摘した。

素朴生物学研究は,写真やビデオを利用したり,質問の仕方を変えたり,判断の基準を変えて,実 験対象を工夫したり,文化差や文脈条件をつけたりすることによって,ピアジェの「生命概念」の研 究を批判してきた(張強, 2007b)。しかし,領域固有論者はピアジェと異なる方法で研究を行った ために,ピアジェと異なる結果になったのではないだろうか。本研究では(張強, 2007a),この点に ついて検討する。

2.日的

本研究の主な目的は,次の3点から子どもの生命概念の発達的変化を探ることである。

第一に, 「生命概念」の理解のメカニズムは領域固有論(1)の主張通りであるのか,領域一般論(2) の主張通りであるのか,あるいはそのいずれでもないか。

第二に,領域固有論と領域一般論の研究方法の違いを比較し,ピアジェに対して固有論者が行っ た「過小評価」という批判を検討する。 ll, 12歳にならないと「生命概念」を正しく理解できない というピアジェの主張に対して,固有論者は,それは子どもの能力の「過小評価」であると批判す る。この批判については,次の3つの問題を検討する必要がある。 ①ピアジェ(1926)の質問内容と Gelmanの質問内容はどちらが適切であるのかを検討する。 ②Gelmanとピアジェが用いた実験対象 の適切さを検討する。 ③子どもの「生命概念」の発達段階を探るためには,何の基準を用いれば,発 達的変化を解明できるかという問題を検討する。子どもの様々な説明の中でどのような基準が見出せ

るかということを,本研究の意義とする。 Carey (1985)が用いた多様な基準,ピアジェが用いた単

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24      生命概念の発達的研究(2) (蘇)

‑の基準,あるいは, Gelman (1983)やBullock (1985)のAID判断の基準のうち,いずれが適切 かについて,検討する必要がある。

第三に,領域固有的である「素朴理論」が成立するための3つの条件(丑首尾一貫性, ②存在論的区 別, (歪因果的説明を検討する。

3.方法

3‑1被験児

都内公立幼稚園,年少児21名(男子9名,女子12名, M‑4歳5ケ月, SD‑6.8ケ月),小学校1 年生24名(男子8名,女子16名, M=6歳10ケ月, SD‑3.2ケ月), 3年生19名(男子8名,女子11名, M‑8歳9ケ月, SD‑3.9ケ月), 5年生20名(男子8名,女子12名, M‑10歳9ケ月, SD‑4.1)であった。

3‑2 実験対象

実験対象は4つのカテゴリー, 4個の対象について,出来る限り実物を提示した(Table 3‑2参照)0 Table3‑2 4つのカテゴリーにおける4個の対象

生物 非生物

動物 植物 自然物 人工物

蛸牛 朝顔 自動車*

注)対象の右側に「*」の印がついているものは,写真で提示したものを表す。

3‑3 実験課題

課題Ⅰ :人為不介入の生命概念課題

各対象について自然の状態(人為不介入条件)のもとで, 「Ⅹは生きていますか,それとも,生き ていないですか?」と尋ねた。

課題Ⅱ :人為介入の知性・感性・生命概念課題

各対象の自然の状態を見せずに,対象の動きをコントロールしながら(人為介入条件), 「この蛸午 は今動いているということを知っていますか,それとも何も知らないですか?」と質問する。 「感性」

や「生命」に関しても同様に尋ねた。

課題Ⅲ :属性課題

各対象について,属性(脚の有無)の判断を求めた。例えば, 「Ⅹは脚がありますか?」のような 質問をした。

3‑4 実験の手続き

調査は1対1の面談形式で行った。課題の実施順序はすべての被験児において課題Ⅰ‑課題Ⅱ‑課 題Ⅲの順であったが,課題Ⅰと課題Ⅱにおける質問の11個の対象については,同じカテゴリー同士

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生命概念の発達的研究(2) (張) 25 のものが連続しないようにするため,以下の順に質問した:摘牛‑自動車一石‑朝顔。また,残り半 分の被験児に対しては,この順序を逆にして質問をした。

4.結 果

4‑1課題Ⅰ.人為不介入の生命概念課題の全体的分析

1 0 0 8 0 6 0 4 0 2 0 0

g% j萱

I

幼 稚 園 児 ( N = 2 1 ) 1 年 生 ( N = 2 4 ) 3 年 生 ( N = 1 9 〉 5 年 生 ( N = 2 0 )

□ 自 然 物 3 3 2 9 1 6 2 5

E l 人 工 物 4 3 3 8 2 1 2 0

Eg 動 物 9 0 1 0 0 1 0 0 1 0 0

国 有物 7 1 9 6 9 5 9 5

Figure4‑1生命課題(人為なし・自然状態)における各学年の肯定判断(%)

Figure4‑1に示したように,自然状態(人為不介入条件)にあった「人工物」の対象に対する生 命概念の理解について,幼稚園児や1年生はより多くのアニミズム反応を示したが, 3年生頃になる

と,より正しい判断ができるようになった。

4‑2 課題Ⅱ.人為介入の知性・感性・生命概念課題(特殊状着)の全体的分析

知性・感性・生命課題において, 「知性」, 「感性」, 「生命」の3つの因子について相関を見てみる と(Table4‑2),観潮変数の影響指標の値はすべて.55 (P<.001)を超えており,各因子は強い相 関関係があることがわかった。すなわち, 「知性」, 「感性」, 「生命」は,子どもにとって同質の質問 内容であったと言えるであろう。

Table4‑2 知性・感性・生命の3つの因子間相関関係 知性     感性    生命 知性     1

感性    0.73 '

生命    0.58 '   0.55 "

'p<.001

4‑3 課題Ⅲ.属性課題の全体的分析

Table 4‑3 属性課題における各学年の成績

幼 稚 園 児 (N = 21) 1 年 生 (N = 24) 年 生 (N = 19) 5 年 生 (N = 20

属 性 課 題 (% ) 72 69 73

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26      生命概念の発達的研究(2) (諺)

Gelman (1983)は,子どもの判断が2/3 (67%)以上正判断であった場合に,生きているものと 生きていないものとを正しく区別(AID判断)できるとしていた。Table4‑3に示したように,学 年が異なるにもかかわらず,すべての被験児の成績は67%より高いので,本研究においても既に幼 稚園児(4歳児)の時点から AID判断ができると言える。

4‑4 課題Ⅰと課題Ⅱとの関係の分析 4‑4‑1人為介入前と人為介入後の比較

100

80

60

40

20

0

;、 &

+

∵琵

機琵

∵ン 挙 ∵∵W∵

l i l i

琵∵ L 讃● 饗川∵賀 ∵

誘篭 SS %

自然物 人 工物 isa tit*

田 人 為介入 前 26 31 98 89

田 人 為介 入緒 46 56 S I 9 3

Figure4‑4‑1カテゴl)一における人為介入前後の比較(%)

Figure4‑4‑1の集計の仕方は,以下の通りである。満点は,人工物カテゴリーに含まれる1つの 対象(Table3‑2を参照) ×判断(正しい判断の場合は「1」とし,それ以外の場合は「0」とした)

× 84名の被験児なので, 84となる。課題Ⅰでの人為介入前の得点をこの84で割った結果を,百分 率で表した。課題Ⅱの人為介入後も同様であり,他の自然物や,人工物,生物も同様に集計した。人 為介入前後の差を見るために, t検定を行った。人工物のカテゴリーにおいては,介入前(平均76,

SD14.1)よりも介入後(平均51, SD42.5)の方が,有意に得点が低かった(t (166) ‑4.92, p<.Ol)c 自然物のカテゴリーにおいては,介入前(平均65, SD36.0)よりも,介入後(平均52, SD39.8)の方が, 有意傾向で得点が低かった(t(166) ‑2.21,.05<p<.10)。生物のカテゴリーにおいては,介入前(平 均96, SDll.3)よりも介入後(平均87, SD23.1)の方が,有意に得点が低かった(t (166) ‑3.188, p<.01)。

4‑4‑2 判断・説明の基準に基づいた生命概念の発達段階の分析 Table 4‑4‑2 生命概念の発達段階と学年のクロス集計表

生 命 概 念 の発 達段 階 幼 稚 園児 1 年 生 3 年 生 5 年 生 総 計 平 均 年 齢 段 階 Ⅰ

段 階 Ⅱ 段 階 Ⅲ

1J 12 4 歳 5 ケ 月

9 13 I 4 2 28 6 歳 6 ケ月

9 13 15 37 9 歳 1 ケ 月

段 階 Ⅳ ) O 3 7 9 歳 1 ケ 月

総 計 21 24 19 2 0

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生命概念の発達的研究 2 張)      27 Table ‑4‑2は生命概念の発達段階と学年とのクロス集計表である。クラメールの連関係数を計 算した結果, .776であり,有意であった(/ (7)‑195.636, p<.01)c 連関の強さは強く,学年と 段階とは,関連性があると言える。

例えば, 「動いていると生きている」や, 「脚があると生きている,脚がないと生きていない」のよ うに,まだ一定の基準によって判断を下しているものは段階Ⅱとした。 「自発的に動く」という基準 に従って判断している反応は段階Ⅲとした。最後の段階Ⅳに関しては,人為介入の前後にかかわりな

く,完全に「生命」を「動物」や「植物」に限定する判断に限られる。それ以外の幼稚園児は段階Ⅰ に分類した。以上の原則に従って,生命概念の4つの段階表を作り出した。

4‑5 課題Ⅰ ・ Ⅱと課題Ⅲとの関係の分析:質問の仕方の比較 Table 4‑    属性判断と生命判断のクロス集計表

属 性 判 断 生 命 判 断 幼 稚 園児 1 年 生 3 年 生 5 年 生 総 計

な し 生 きてい な い 1 0 2 0

生 きて い る 2 1 3

あ り 生 きて い な い 10 3 1

生 きて い る 6 7 9 8 3 0

2 1 2 4 19 2 0 8 4

Gelmanの評価基準に基づけば,対象物に対して,属性課題で「属性あり」という判断をしていた 子どもは,当然生命課題でも「生きている」と判断するはずであった。しかし, Table4‑5‑1の太 線枠内に示したように,属性課題に対して肯定判断をしていても,生命判断は「生きている」と「生 きていない」とにわかれた。また, Table4‑5‑2の太線枠内に示すように,属性課題においては「属 性あり」と判断し,生命課題においては「生きていない」と判断する子どもが半分強,存在した。す

なわち,本結果はGelmanの評価基準とは逆の結果となった。本結果から,属性課題に対して正しい 判断ができたとしても,必ずしも生命判断まで正しくできるとは限らないことがわかる。

Table 4‑5‑2 属性肯定判断と生命判断のクロス集計

属 性 判 断 生 命 判 断 幼 稚 園 児 1 年 生 3 年 生 5 年 生 総 計 '.'o ¥

JS iI 生 き て い な い 1 0 3 1 5 1 ーo

.‑fi ll 生 き て い る 6 7 9 8 3 0 IP *V

1 6 14 1 7 14 6 1 1 0 0 %

5.考察

5‑1 ピアジェの批判に対する批判: 「過小評価」について

本研究でも, Gelmanの質問内容に従うと,既に4歳児から,生きているものと生きていないもの

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28      生命概念の発達的研究 2 蘇)

とを区別できると結論づけられる。その場合,ピアジェの「11, 12歳にならないと,生命概念を正 しく判断できない」という主張は,子どもの能力の「過小評価」になると思われる。しかし,同じ被 験児に対してピアジェの質問内容に従った実験を行えば,結果はそうではなかった。

5‑1‑1研究の方法論に関する検討:質問内容

属性課題における判断が正しくても,必ずしも生命判断が正しいわけではなかった。すなわち,い わゆるAID判断が必ずできるとされる子どもでも,実際には半分強の子どもは生命課題の判断がで きない状態であった。したがって,属性課題の結果からは,ピアジェの理論を批判することはできな い。加えて, Table4‑2に示したように,知性・感性・生命の各因子は強い相関関係があると言え

るので,ピアジェの質問は適切であったと言える。

5‑1‑2 研究の方法論に関する検討:対象の馴染み度

Gelmanが「馴染み度が高いから,アニミズムは生じにくい」とした石に対する判断理由から分析 する。本研究では, 1年生が石に対してアニミズム反応を示した。人為介入条件によって,アニミズ

ム反応が介入前の29%から介入後の54%に増加した。介入条件による変化の原因を,判断理由から 分析する。 1年生の最も典型的な判断基準は「運動」であった。例えば, 「石は動くから,生きている。

動かないと,生きていない」のように, 1年生は幼稚園児の「動いているものは生きているもの」と いう理由とは異なり,ある一定の基準(その時点での運動の有無)に基づいて判断していると言える。

1年生の水準ではまだ完全に脱中心化していないため,自己と外的世界を区別していないが,幼児期 の後期から自己の枠の外に存在しているものを認識し始める。特に人為介入条件において石の「運動」

を見せた際に, 「自分(石)が人間のように,歩いているということは生きている」のような説明が みられた。このような説明がみられたのは, 1年生(6歳児)の場合,クラスや概念の体系がないため, 特殊である「自分(人間)の動き」と特殊である「石の運動」とを直接同化してしまうからではない

だろうか。この特殊から特殊への類推がいわゆる前概念的「転導推理」である。

5‑1‑3 研究の方法論に関する検討:単一の基準

本調査の結果から,子どものAID判断における単一の基準の存在を,確認できる。幼稚園児の一 般的動きや, 1年生の運動, 3年生や5年生の自発的動きは人為介入後により多く出現した。こちら

の単一の判断基準にしたがえば,段階Ⅰの「一般的動き」は子どもがまだ自己中心的であるため,坐 命判断していても,それは,自分の表象に与えられたイメージによる答えであり,目の前に人為介入 を伴うものが動く現象による反応ではないことが多い(5‑3を参照)。感覚運動期では,自己と同様 にまわりのものにも一般的動きの潜在的可能性があると考える。そこでは,試行錯誤の探索によって, まわりのものも知り,思ったことを確認し,反応してくれない時であれば, 「動かない,壊れたから, もう使えなくなる」と認識する。しかし,段階Ⅱに向かうにつれて,場合わけを行うことによって,

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生命概念の発達的研究(2 張)      29 つまり,同じものでも「反応してくれる時,すなわち,動かすと動いている時生きている,反応して

くれない時,すなわち,動かしても動かない時,生きていない」と判断するようになる。ここでは, 思考の可逆性の「否定」という役割を果たしていると思われる。段階Ⅱの「動いているものはすべて 生きている」という考え方は,子どもが多少なりとも自分の枠組みから離れ, 1つの目立つ現象が生 じた時のみ,興味を引かれて,注意するようになることを示している。このような一時的「動き」が 生じる時のみ, 「自己と交流できた(動かすと反応してくれる)」ことによって,生きているように思 われるのである。また,直観的思考の観察による同化ができるようになり,ものの外部から,内部構 造へ向かう思考の傾向がみられるようになる。

したがって,動きに基づく単一基準のみが,子どもの生命概念の発達を見出す糸口であると思われ る。同じことは生命概念からも伺うことができる。本研究で用いる「生命概念」は,コンピュータが 行う自己増殖機能に基づいた「システム生命」と呼ばれるような抽象的なものではなく,有機体と無 機物とを区別するときに「内部構造(動き)」を本質的な基準とする, 「生命概念」のことである。す なわち,有機物と無機物との区別は,意図的運動であるか物理的運動であるかによって決められる

(大森, 1986)。本研究で見出された「動き」という単一の基準は,有機物と無機物との唯一の共通の 本質が現れる特性であることがわかる。

以上,質問内容や,対象の馴染み度,基準の単一性などを検討した。領域固有論者は研究の方法を 様々に変えることによって,アニミズム反応が生じないように「努力」してきた。しかし,彼らの方 法では,子どもの本質的な「生命概念」を解明することはできなかった。そこで5‑2節では,領域 固有論者はどのような理論に基づいて,研究方法を決定し,実験しているのかという点について検討 する。

5‑2 固有論者の主張に対する検討

領域固有論者であるWellman 1990)は素朴理論を3つの領域に分けて,素朴物理学,素朴心理学, 素朴生物学とした。この3つの領域は,素朴理論が成立するための3つの条件である①首尾一貫性,

②存在論的区別, ③因果的説明に従うとされる。しかしながら,本研究の結果は,これらの主張に反 するものであった。以下,条件ごとに,素朴生物学理論の成立条件の可否を検討する。

5‑2‑1第‑の条件:首尾一貫性

Bullock (1985)は生き物の属性である「生きている(alive,生命のある)」について質問し,アニ ミズムが生じないことを証明した。また, Gelman (1983)も同様な結果を得た(5‑1‑1節)。しかし, Bullockの「生きている(alive,生命のある)」のような質問内容も, Gelmanの「目があるかどうか」

の属性課題も,いずれも同じ「属性」について,子どもに質問しているわけである。仮に属性がある かどうかという質問に正しく答えられたとしても,あくまでそれは生き物の下位クラスである属性判 断ができたということにすぎない。下位クラスの属性判断ができたとしても,必ずしも上位クラスの

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30      生命概念の発達的研究 2 蘇)

生命概念があるとは言えない。要するに, 「生きている(living)」かどうかを問う質問内容によって, ピアジェの生命概念の研究を批判することはできないのである.さらにLaurendeau & Pinard (1962) でも,本研究と同様な結果が得られ,ピアジェの理論を例証していることより,アニミズムが生じる という結果は,第一の条件①首尾一貫性に反するものと考えられる。

5‑2‑2 第二の条件:存在論的区別

存在論的区別には,心理と社会的現象・生物学現象の区別;生物・無生物(人工物)の区列;壁 物・無生物(自然物)の区別;動物・植物の区別などの4つの内容が含まれる。

心理と社会的現象・生物学現象の区別については,少なくとも6歳児の水準で区別が可能であると されている(Springer&Keil, 1989 ;稲垣.波多野, 1993)。しかし,本研究では, 98%の1年生が「植 物は生きている」と正しく判断できるが, 86%の1年生が「朝顔は痛みを感じたり,風が吹いてくる ことを知っている」と回答した。すなわち, 1年生であっても植物を完全に認識できるとは言えない し,心理・社会的現象・生物学現象の区別ができるとも言えない。

生物・無生物(人工物)の区別については, Backscheider, etal (1993)が,就学前児でも区別が できると主張している。しかし,本研究の結果では,人工物に対する1年生の生命判断について, 「動 いている自動車が生きている」と判断する1年生は43%であり,生物・無生物(人工物)を区別で きていないことがわかる。

次に,生物・無生物(自然物)の区別についてだが, Inagaki&Sugiyama (1988)は4, 5歳児で も可能だと主張している。ところが,本研究では,自然物に対しても45%の1年生が「転がってい る石が生きている」というアニミズム反応を示した。つまり, 6歳児が生物・無生物の区別ができる とは言えないことがわかる。

最後に,稲垣(2005)は文脈条件づけ課題において, 5歳児であっても,動物と植物に共通する性 質である食べ物や,水,成長などの観点から,生物と無生物との区別が可能であると結論づけている。

ところが,本研究の結果では,実に86%もの1年生が「朝顔は感じたりすることができる」と考え ていることから,彼らは動物と植物との共通性を知っているというよりも,むしろ混乱していること がわかる。また,動物に関しても,人為介入条件によって実験者が指で動いているカタツムリを触っ たことによって,カタツムリが閉じこもったことを,子どもに見せながら, 「今,カタツムリは生き ていますか,それとも,生きていないですか」と尋ねる際に, 25%の1年生が, 「生きていない」と 答えている。つまり,植物に対しても,動物に対しても,まだ完全には理解できていない1年生は, 当然のことながら動物と植物との関係を理解できるとは言えないし,まして,生物と無生物との区別 ができるとも言えないのではないだろうか。

5‑2‑3 第三の条件:因果的説明

稲垣 2005 は, 6歳児が生気論的因果を好むことを見出した。しかしながら,本研究では, 1年

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生命概念の発達的研究(2) (蘇)       31 生でも,因果的説明はみられず,現象論的説明を多く使っていた。たとえば,カタツムリについて, 25%の1年生が「殻から出ているカタツムリは生きている。しかし,殻に入っている時は生きていな い」と判断した。この6名の理由を見ると,直観的思考期の子どもの場合,頭の中で「殻から出て動 いている時のカタツムリ」と, 「閉じこもった時のカタツムリ」とが相互に関係することはないこと がわかる。すなわち,同じカタツムリの2つの状態が表象として散らばっていて統合していないので ある。それゆえ,人為介入後にカタツムリが生きていないと判断する理由として, 「顔が切られてい るから」や, 「殻だけになった」などと説明することは生気論などの因果説明ではなく,単に現象を 措述しているにすぎないように思われる。したがって, 6歳児であっても因果的説明ができるとは断 言できなくなる。よって,本研究で得られた結果が,素朴理論の第三の条件である③因果的説明を満 たしているとは思われないのである。

以上, 「素朴理論」が成立するための条件である3つの条件がいずれも満たされていないことを示 してきた。ここから,素朴生物学が成立しているとは言えず,同様に,ピアジェに対する批判も成立 しているとは言えないことがわかる。

5‑3 生命概念の発達的変化における結論:認識論における生命概念の発達段階 段階Ⅰ.一般的に動くものはすべて生きている。

段階Ⅱ.運動しているものは生きている,運動していないものは生きていない。

段階Ⅲ.自発的に動いているものは生きている,自発的に動いていないものは生きていない。

段階Ⅳ.植物と動物だけが生きている。

6.結論と今後の課題 6‑1結論

Gelman (1983)による「幼児でもアニミズム反応は生じない」という結論は,結局,ピアジェと は異なる研究方法によって生じたことを明らかにした。また,異なる研究方法に基づいた素朴理論成 立のための3つの条件も疑わしいものであるため,結果,素朴理論が成立するかどうかという点も疑

うこととなる。

さらに,本研究の結果によって,ピアジェの理論を再び例証し,生命概念の4つの発達段階を明ら かにすることができた。

以上より,認識の枠組みの普遍性も,研究対象の普遍性も,研究結果を評価する際の普遍性も尊重 し,文化を超え,領域をも超える「普遍主義的普遍性」の方法論は,発達心理学における子どもの知 的メカニズムの研究にとって極めて肝要であることが示唆されよう(Figure 6‑1参照)。

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32      生命概念の発達的研究(2) (張)

(③適応的普遍性 ①遍在的普遍性)

③環境変化 にも適応可能← L + 認識 の特性が+ 一→① 他の多 くの分野 と共通

④持 続的進化が可能 ← ■+ もつ普遍性 十一→② 他の多 くの社 会に普及 可能 (④進化論的普遍性) + 」 「 【【 I ②普及 的普遍性) Figure6‑1公文(1981)をもとにした方法の普遍性と対象の普遍性

領域一般論の「生命概念」に対する認識の発達研究は,認識枠組みがもつ「特殊性」を尊重したう えで, 「普遍性」のある研究をしなければならない。 ①遍在的普遍性:生命概念の発達的研究におけ る研究結果は他の分野においても,共通性があり,参照できるものが望ましい。 ②普及的普遍性:坐 命概念の発達的研究の結果は, 「普遍性」のある「応用性」を強調する。理論として存在し,文化の レベルで「普遍性」が存在する,すなわち,文化差のない研究が望ましい。他の多くの社会にも普及 可能なものが望ましい。 ③適応的普遍性:認識対象(環境)の普遍性に対する適応性である。すなわ ち,実験の対象が馴染みのあるものでも,馴染みのないものであっても,適用できる研究が望ましい。

④進化的普遍性:年代が変化し,持続的進化があるにもかかわらず,普遍性をもつことである。例え ば,たとえ80年間が経過しても,ピアジェ(1926)の生命概念の発達段階が本調査(2007)によっ て再び例証されたように,いついかなる時代にも検証に耐える研究が望ましい。

以上のように,認識の枠組みの普遍性も,研究対象の普遍性も,研究結果を評価する際の普遍性も 尊重し,文化を超え,領域をも超える「普遍主義的普遍性」の方法論は,発達心理学における子ども の知的メカニズムの研究にとっては,極めて肝要といえる。

6‑2 今後の課題

今回の調査は幼稚園から,小学生5年生までの被験児のみを対象とした。そのため,今後の課題は, 形式的操作期の児童の考え方がどのようになっているのかという点について研究することである。

アニミズム反応は,以下の3つのタイプにわけられる。

タイプ1自発的に生じたアニミズム(主に自己中心性によるもの)0

タイプ2 論理的知識ではわかっていても,アニミズムに固執する(宗教と関係がある)もの。

タイプ3 アニミズム現象を知っていながらも比倫として用い,生命判断を求められれば論理的知 識を用いて答えるもの(一般的な大人の考え方)。

今後,アニミズム反応のタイプ3 (一般的な大人の考え方)に関して,大学生を対象としながら研 究を深めていきたい。

注(1)領域固有論は,生まれてすぐに子どもは独立した物理学,心理学,生物学の領域において一貫した素朴知 識をもち,各領域に生じる現象に対して因果的説明によって解釈できるとする立場である。

(2)領域一般論とは,領域固有論者による,ピアジェの理論に対する捉え方である。すなわち,領域固有論者

(11)

生命概念の発達的研究(2) (蘇)       33 が主張した領域固有性ではなく,物理学,心理学,生物学の3つの領域にまたがる子どもの思考は,形式的 操作期になるまで科学者と同じにはならないという立場である。

引用文献

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謝辞

本研究は2007年度提出した修士論文の一部を再分析し,加筆修正したものです。新宿区のⅩ幼稚 園および同小学校の先生方や保護者の方々からご協力いただき,心から感謝申し上げます。また,同 じ研究室の先輩方や仲間の皆様に厚くお礼申し上げます。最後に,中垣教授には,本研究のテーマ決 定から,質問用紙の作成,論文の完成に至るまでご指導をいただき,深く感謝申し上げます。

参照

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