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現代中国民法におけるプライバシー権の保護 ―裁判例分析を中心として―

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早稲田大学博士論文概要書

現代中国民法におけるプライバシー権の保護

―裁判例分析を中心として―

早稲田大学大学院法学研究科

李 碩

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まず、本論文のテーマ・目的・研究方法・構成について。

プライバシーの権利は、1890年のウォーレンとブランダイスの論文「プライバシーの 権利」( The Right to Privacy)の発表によって提唱され、マス・メディアと科学技術の 著しい発達に伴って、おびただしい情報が氾濫するようになり、個人もまたこのような 潮流に巻き込まれかねない。こうしてプライバシーの権利は、きわめて重要な意義を有 する問題であり、数多くの憲法、法律上の規定や判例によってその保護が目指され、世 界的には広く認められてきている。

ところで、中国では、歴史的、文化的原因により、この権利の保護にあまり熱心でな かった。1980年代以前の中国にあっては、プロレタリアート独裁のイデオロギーの強調 とブルジョア思想の排撃、それに次々と起こる政治運動等により、プライバシー概念が 存立する余地がなかった。プライバシーの侵害という問題が人々に意識されるようにな るのは、1980年代以降のことである。また、近年では、インターネットの普及により、

インターネットにおけるプライバシーの問題に焦点が当てられてきている。しかし、翻 って、現代社会においてプライバシー権とは一体いかなる内容のものなのかについて は、プライバシー権概念の故郷であるアメリカでも、明確になっているわけではない。

中国の学者は、とかくアメリカ法をモデルとして、アメリカ法の理論と判例を紹介し、

それらをそのまま中国のプライバシー侵害行為にあてはめて理解しがちである。しか し、総じて、それらの研究は抽象的、理論的考察に終始し、実際の裁判実務では、プラ イバシー権侵害をめぐる問題がどのように扱われているかについての、具体的、分析的 研究は十分にはなされていない。

本論文は、そうした中国におけるプライバシー権研究の状況を踏まえて、裁判例の分 析に重点を置き、『中国審判案例要覧』(1992年~2017年)、『人民法院案例選』(1994年

~2017年)、「最高人民法院公報」(1985年~2017年)、West Law China、「中国裁判文書 網」、「北京大学法宝」所載の裁判事例をもとにして、現代中国における裁判の実態を把 握しようとするものである。その際、以下のような方法に基づいて、考察を進めていく ことにする。すなわち、その方法としては、1.日本との比較に留意することである。解 釈論上の違いと特質に注目しながら多岐にわたる裁判例の分析を行う。2.プライバシー 侵害の類型化を試みすることである。プライバシー権の侵害といっても、その侵害行為 は多様多種である。本論文は、第2章に私生活への侵入、第3章に私事の公開、第4章 に個人情報の保護に分け、また、第5章に肖像権との交錯、第6章に名誉権との交錯を 検討し、それぞれについて考察する。

第1章では、各領域について裁判例に即して分析を加える前に、まず、中国における プライバシー権に関する立法的経緯及び現段階におけるプライバシー権の構成要件をめ ぐる諸見解に言及した。

人格権に関する立法が清末まで遡ることができるが、中華人民共和国の成立から民法 通則が制定するまでの立法過程を回顧したところ、そこにプライバシーの根拠たるもの がないことがわかった。現代中国におけるプライバシー権保護法制度は、1986年民法通 則が制定以後に形成されたものである。

また、プライバシー権の定義と構成要件をめぐって、人格権領域の有力学者王利明と 最も早い時期からプライバシー権を強く主張してきた張新宝、そして新鋭学者である張

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紅の学説を紹介し、過失、損害結果、因果関係、侵害行為の態様それぞれについて概観 した。

第2章から第6章まで、中国における裁判実務の状況をみてきた。本論文で扱った中 国の裁判例を、第2章「私生活への侵入」、第3章「私事の公開」、第4章「個人情報と プライバシー」、第5章「プライバシー権と肖像権の交錯」、第6章「プライバシー権と 名誉権の交錯」のカテゴリでそれぞれ検討する。第2章~第4章はプライバシー侵害の

類型を示すものであり、第5章と第6章は、プライバシーの関連法領域との交錯との関 係について説明するものである。

以上の各領域について裁判例に即して分析を加えることを本論文は意図するが、その 分析に入る前に、まず、中国におけるプライバシー権に関する立法的経緯及び現段階に おけるプライバシー権の構成要件をめぐる諸見解をみていく。

第一章 中国におけるプライバシー権の歴史的発展と現行法制度及び学説

中国の成立から民法通則が制定するまでの立法過程を回顧し、そこにプライバシーの根 拠たるものがないことがわかった。中国におけるプライバシー権保護法制度は、民法通則 が制定以後に形成されたものであることがわかる。

そして、憲法、民法、司法解釈などの方面からプライバシー権に関する法規定を全面 的に概観する。その中で、中国憲法によるプライバシーの保護は特質を持つ。中国裁判 例の中で、憲法規範が直接適用されている例でいえば、2001年に判決が下された、「中 国憲法司法化第一案」と称された斉玉苓事件である。この事件では、民法に適用条文が ない中で、最高人民法院の「批復」(司法解釈)により、教育を受ける権利を規定した憲 法の条文が適用された。しかし、後の2008年に、この「批復」は何故廃止された。その 後、プライバシー侵害の場合の憲法適用が稀であるが、その状況について、後の章でみ ていく。

最後に、プライバシー権の定義と構成要件をめぐって、関連学説をみる。プライバシー 権の様々方面から議論する論文が大量あるが、見解はそれほど分かれているわけではな い。ここでは、人格権領域の有力学者王利明と最も早い時期からプライバシー権を強く主 張してきた張新宝の学説、そして新鋭学者張紅の学説を概観する。

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以下、第2章から第6章まで、中国における裁判実務の状況をみていく。以下では、ま ず、中国のプライバシー権侵害の事例の類型・態様をまとめたうえで、その司法実務と中 国の学説が対応しているかにつき言及してみたい。

第二章 私生活への侵入

1.監視カメラの設置について

中国において、監視カメラの設置をめぐる訴訟がしばしば見られてきた。それは、高度 情報化社会において、監視カメラの設置が公・私両方によってなされており、個人の日常 生活が常に誰かに見られていることにより、私生活が脅かされ、心理的不安に陥りやすい ためである。

学説上では、「監視」をプライバシー権の侵害行為に入れているが、「監視」とは不法 的な手段で他人の行方を監視・観察することで、雇主が更衣室で監視カメラを設置し、従 業員を監視することを意味すると説き、また、警察によるものを意味している。しかし、

こうした領域でのプライバシー権侵害の問題についての実務上の関心は全く見出されな い。逆に、中国における監視カメラの問題が生ずるのは、主に隣人の設置によって生じる ケースである。具体的には、訴訟の被告となった者が共用するベランダ、通路などの場所 において、自己の玄関の上に監視カメラを設置することにより、原告が「自宅の出入り・

来客状況等」が監視・覗き見されていると主張することである。

裁判実務では、これについて意見が分かれており、その争点は、いわゆる「公共スペー ス」(例えば同じ層の通路)をどのように理解するかという点にある。つまり、階段・同 層の通路・共用ベランダ等を「公共スペース」として理解するのか、それとも、より限定 された者(隣人)の「自宅の出入り・来客状況等」が含まれている特殊な区域として理解 するのか、の問題である。通常でいう「公共のスペース」は、いわゆる公道、駅前広場、

公園などが考えられるが、マンションの同層にある限定された隣同士の間の「公共のスペ ース」は、果たして通常の意味での「公共のスペース」といえるだろうか。

筆者の考えでは、まず、玄関における「自宅の出入り・来客状況等」は「日常生活と密 接な関係を有する」ものであり、確実に私生活の一部をなし、これをプライバシーといえ よう。次に、いわゆる「公共のスペース」の定義について、「階段・同層の通路・共用ベ ランダ等」は、通常でいう公道等の「公共のスペース」と明白に差異が存在する。それは、

監視カメラ設置者が自己の安全等の理由によってカメラを設置したかも知れないが、その 監視カメラが「監視」しているは、「階段・同層の通路・共用ベランダ等」といったきわ めて限定された空間における特定化された隣人その一個人である。このような、事実上、

特定化した人物を「監視」することは、プライバシー侵害に当たるといえよう。

2.隣接建物からの視線及び覗き見・身体プライバシー

個人の住居は私生活の根拠地であるが、その住居を覗き見る可能性のある場合に、プラ イバシー侵害になるかどうか。学説ではこの問題について言及がない。

裁判例では、私人による監視カメラの設置と学校による裁判例の設置との状況がありま すが、日本裁判例との比較から以下の3点が特徴となる。1.中国においては、公権力 による監視カメラ乃至無断撮影行為に対して憲法的規制を加えていくという議論は絶え て見られない。中国での監視カメラの問題はほとんどすべて隣人間での問題であり、日 本のような公権力(警察)による監視カメラ(撮影)の設置が問題となった事例は皆無

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である。中国においては、警察によって設置された防犯カメラは、そもそも訴訟の対象 にはならず、私見の及ぶ限りでは、新聞記事にすらなったことはない。なぜそれが問題 にならないのか。それは、中国社会において、プライバシー権・肖像権侵害の恐れより も、防犯への配慮が強いということもあるが、原理的に、公権力の行使に対して憲法的 規制を加えていくという、立憲主義的構造を中国憲法が持ち得ていないことに起因す る。不法な侵攻に対抗できる武器としての憲法がそもそも裁判規範として機能していな いところにあると十分考えられる。2.中国では、実務上「公共の空間」の概念がまだ統 一されていない。この点について、学説上では、完全たる公共の場(公道、公園)、一部 の公共性を持つ場所(教室、オフィス、学校の図書館)、完全に私的な空間(住宅、ホテ ルの部屋)の三つに区分するという説であるが、実務上は、学校による監視カメラの設 置がやすやすと認められた事例が示すとおり、教室内において学生の個人の権利(プラ イバシー権をも含めて)はそもそも想定されていない。また、司法実務では限られた人 が利用する教室と万人が利用する公園を区別して考えるという発想はない。3.日本法で は、防犯カメラにかかわる事件の司法判断は、基本的に「肖像権」の認否から出発する が、実定法上、肖像権とプライバシー権を区別して規定している中国では、この種のプ ライバシー侵害を判断する際、肖像権侵害になるかどうか争われたことが少ない。肖像 権が争われる場合は、裁判所は「営利的目的」の有無をその判断基準としている。

また、人はその身体に対してプライバシーの権利を有し、他人に見せたくない部分、と りわけ人の羞恥心にかかわる部分が他人によって不法に覗き見される場合、当然プライバ シー侵害となる。そもそも、こういった侵害類型は、軽犯罪の範囲にも入る。

3.住宅の侵入

同意なしに個人の住宅に侵入することは、言うまでもなくプライバシー侵害になるが、

裁判例では、住宅内の様子を同意なしに撮影しても、これを公開する許可を得ない限りで は、プライバシーの侵害に当たるとしている。

「延安夫妻AV鑑賞」事件においては、公権力の側からの、正当な手続きを踏まない捜 査が問題となり、当時大きな反響を引き起こした。憲法39条の居住の権利は、市民に賦 与された基本的権利であるが、実際の状況から見れば、この権利は公権力、とりわけ公安 権力によって完全に無視されている。延安の夫婦は寝室内でいわゆる「猥褻ビデオ」を観 ているところを警察に突然侵入・逮捕された。この場合、警察は正当な手続を踏んでいな い。最終的には事件は和解で決着し、関係警察が処分されたが、当時の全国レベルでの大 議論、マスメディアの連続報道、法律家たちによる呼びかけなどを考えれば、公権力によ る住宅侵入について、楽観視はできないであろう。

第三章 私事の公開

1.新聞記事・雑誌・放送等による侵害

アメリカにおけるプライバシー権の発端も、イエロージャーナリズムによる侵害から考 えると、プライバシー侵害が真っ先に問題となるのは、マスコミの発達であり、その社会 的条件がある程度揃えたら、中国においてもプライバシー侵害問題が大衆の視野に入るよ うになった。

しかし、アメリカや日本で必ず議論される表現の自由と個人のプライバシーの保護の調 整の原理は、中国の司法実務上において姿を見ない。

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6 2.前科の暴露

人の犯罪の事実を事例として公開したことが、その人のプライバシーの侵害となるのか がもっとも重要な問題である。裁判所は刑事犯罪履歴を私的事項ではなく、公的事項であ ると指摘し、また、刑事処罰を受けた事実が裁判所によって社会に公開された法的効力を 持つ判決書に確認されたことを指摘した。この論理その上で、公共の利益及び集団の利益 に関連することを理由に、当該前科情報がプライバシーの範囲に属さないと判断した。中 国の裁判所が、プライバシー権につき、警察・公安権力が深くかかわるいわゆる「公共の 利益」の領域では極めて消極的であることを見て取ることができる。

それは、中国においては犯罪者にも人格があるという意識が極めて薄いということに帰 着するであろう。そして、その要因については多面的な考察が求められるが、その1つの 要因として、中国における「公共の利益」、あるいは「公共性」についての特殊中国的法 構造の問題があると言わなければならない。この問題の法的表現形態を典型的に示してい るのが、現行憲法51条~54条の規定といった一連の義務規定である。ここでの憲法の名 宛人は国家権力ではなく、市民である(憲法53条では、市民に憲法遵守義務を課してい る)。こうした社会においては、「有罪の判決を受けた」前科者といえども、「みだりに右 の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有する」と いった日本の最高裁判決のような判断は出てきにくい。

3.身上・経歴の暴露

裁判例によれば、原告「の娘が養女であることは家庭生活のプライバシーであ」ると認 定されている。この判断より、犯罪にかかわらない経歴の場合は、たとえ家族構成員の身 上・経歴でも、みだりに公開される場合において、プライバシー侵害を構成するであろう。

4.信書の公開

裁判例から見れば、伝統的な「信書」の公開はプライバシー侵害を構成することが問題 ないが、現代の高度情報化社会におけるソーシャルコミュニケーションソフトで行なわれ た思想・感情の交流をどう扱うか、裁判所は信書の形を未だ紙媒体のものとして理解して おり、ソーシャルAPPのチャットなどのものについての判断が現実から離れている。

信書を「私信は特定の相手だけに思想や感情を伝えることを目的としており、もともと 公開を予定していないものであるから、その性質上当然に私生活に属する事柄であって、

その内容がどのようなものであれ、一般人の感受性を基準にすれば公開を欲しないもの」

の意から理解すれば、ネットによる通信も信書として取り扱うはずである。

5.患者プライバシーの暴露

病気にかかり、自ら治療を求めた患者にもプライバシー権を有し、自己の病状、身体部 位、異常な生理的特徴、精神的異常などについて、医師に公開されないよう要求する権利 を持っている。また、医師は患者のプライバシー権を尊重する義務を有し、患者の同意な しにそのプライバシーを他人に漏洩してはならない。中国の裁判例を見れば、病院は自己 宣伝のために、治療を受けて回復した患者の状況を新聞紙または病院自身の宣伝パンフレ ットに掲載するケースが幾つ見られる。また、別の事件に於いて、管理上の便利を図るた め、患者の氏名、年齢、病状などの個人情報をカードに記載してそのまま患者の病床に置 き、病院に来ている不特定の人に完全に公開している。こうした裁判例に鑑み、患者のプ ライバシーの保護状況は実に深刻であると言わざるを得ない。

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7 第四章 プライバシー権と個人情報

2017年に施行されたばかりの民法総則110条では、「自然人は生命権、身体権、健康権、

氏名権、肖像権、名誉権、栄誉権、プライバシー権、婚姻自主権等の権利を享有する」と 規定しているが、これと別個に111条において、「自然人の個人情報は法律によって保護 される。いかなる組織または個人が他人の個人情報を取得しようとする場合、法に依って 取得し、且つ、その情報の安全を確保すべきであり、個人情報を不法に収集、使用、加工、

輸送し若しくは他人の個人情報を不法に売買、提供してはならない」といった個人情報権 を明文化している。個人情報に関する明文の規定が設けられたのは、民法総則においてで ある。

なお、中国の裁判所は、「私生活の秘密、私生活の空間及び安定の状態」を伝統的なプ ライバシーと定義しつつ、住所、勤務先、電話番号などの個人情報を公開することがプラ イバシー侵害であるとして、個人情報のプライバシー性をも認めた。しかしながら、裁判 所は、住所、電話番号等の個人情報を「みだりに公開し、不当に使用することは、必ず当 事者に精神的苦痛をもたらすわけでもないが、他人の私生活の空間に影響を与え、通常の 生活秩序を乱す可能性が存在する。これを不法に収集し、不当に使用することは、他人の プライバシー権を侵害する恐れがある」と論じ、後の結論から見れば、おそらく裁判所は、

個人情報をプライバシーの1つの内容としているが、「伝統的意味」でのプライバシーが 侵害される場合と区別しており、個人情報が侵害される結果がより軽いのではないかと思 われる。この点については、別の裁判例でもしばしば見られる。

第五章 中国における肖像権とプライバシー権についての検討

中国における肖像権侵害に関する最大の論争点は、構成要件に「営利的目的」という文 言が必要であるかどうかである。民法通則が誕生したばかりの頃、中国法学界では、その 解釈をめぐって意見が対立していたが、今日ではほぼ「営利的目的」を要件から外す見解 が主流である。また、法実務にも、肖像者の同意を得ずに、みだりに他人の肖像を使用し た場合、営利を目的とするかどうかにかかわらず、肖像権侵害を認定すべきであるという 意見があるが、後の裁判例、とりわけ最高人民法院公報に掲載された裁判例によれば、こ の論点が確立されていない。なお、肖像権とプライバシー権の重なり合う部分は「肖像」

であり、顔を中心とする「肖像」が侵害されれば、プライバシーの侵害にもなりうるが、

やはりまずは肖像権侵害となる。

第六章 中国における名誉権とプライバシー権についての検討 ――資料⑦

名誉権とプライバシー権の関係は複雑に絡んでいるが、本論は、謝罪条項の適用という 特定した視点から考察した。

一般的には、プライバシー侵害の救済手段として、謝罪(広告)は適切ではないと認識 されているが、裁判例によれば、原告が名誉権侵害と同時に謝罪(広告)を主張し、それ が認められる例が稀ではない。

名誉権侵害の場合には、問題なく影響の消去・名誉の回復と謝罪の両方とも適用できる が、問題になるのはプライバシー侵害の場合である。裁判例を見れば、名誉権侵害に伴い、

影響の消去と名誉の回復の請求は少なくないが、プライバシー侵害のみの場合でも明示的 に「公開の場での謝罪」を請求するものが多く存在する。なぜこのようなことが生じるか、

筆者は以下の2点について述べてみたい。

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まず、プライバシー権侵害と名誉権が重なり合う場合

この場合においては、両者は基本的に同時に請求される。前述のように、プライバシー 権はもともと名誉権のもとで保護されてきたし、司法解釈と裁判実務上の慣行でも、名誉 権・プライバシー権侵害の救済手段として、「名誉の回復」と「謝罪」とは区別されてい ない。謝罪は「名誉回復」の手段の1つとして考えられている。

次に、プライバシー権のみが侵害された場合

この場合において、プライバシー侵害のみを理由に訴えを提起する時、裁判所は「名誉 回復」の判断をするわけにはいかない。そこで生ずる問題は、「公開での謝罪」である。

プライバシー権が侵害されたとしても、被害者本人はなぜか「プライバシーがさらに暴露 される」ことを恐れていない。しかしながら、「床頭カード」事件のような非公開で審理 されたプライバシー権侵害事件で、裁判所が「法廷で原告に対して謝罪する」ことを命じ た場合もある。

以上の裁判例の分析から、以下のことを指摘できる。

結語

本論文で扱った中国の裁判例は、第2章「私生活への侵入」が12例、第3章「私事の 公開」が13例、第4章「個人情報とプライバシー」が7例、第5章「プライバシー権と 肖像権の交錯」が5例、第6章「プライバシー権と名誉権の交錯」が6例で、総数43例 である。以上の裁判例の分析から、以下のことが指摘できる。

①適用条文。

プライバシー権侵害事案の適用法律条文としては、権利侵害責任法と、同法制定前は 民法通則101条の名誉権規定と同規定に関係する1993年の「名誉権事件を審理するうえ での若干の問題に関する解答」が主要なものであある。しかし、実際の裁判例を見てい くと、そうした正規の法源ではなく、全人代常務委員会法制工作委員会民法室主任(当 時)であった王勝明編『中華人民共和国侵権責任法釈義(第2版)』(2013年)に出てくる

「「プライバシー権とは、自然人が享有する、個人の、公共の利益、集団の利益とは関係 のない情報、私的活動及び私的領域を支配する人格権のことである」との釈義がかなり の頻度でもって引用されている。例えば、この釈義は司法解釈ではないので、公式の法 源とみなすことはできないが、権利侵害責任法第2条をより具体的に命題化したもの で、実質の法源として解してよい。裁判所の出す判例でもない、また立法法でも正規の 立法機関とはみなされていない一国家機関の釈義がこうした役割を果たしていることは 中国的特質をなす。

ところで、プライバシー権が法律として明示化されたのは、2009年制定の権利侵害 責任法においてであるが、実際には、2009年(施行は2010年)以後においても、民法通 則の規定のみが適用されている裁判例が存在する。こうした法適用現象は中国の不法行 為法の裁判例において一般的見られる現象である。

②憲法が直接プライバシー侵害事件に適用された事例があるかどうかについて。

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日本では、京都府学連事件において、肖像権についてであるが、「憲法13条は『すべ て国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利につい ては、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を要する』と 規定しているのであって、これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行 使に対しても保護されるべきことを規定している」と述べ、また大阪監視用ビデオカメ ラ撤去等請求事件において、「公権力がテレビカメラによる録画をすることは、たとえそ れが犯罪捜査のためであっても、…当該現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性 が認められる場合であり、あらかじめ証拠保全の手段、方法をとっておく必要性があ り、かつ、その録画が社会通念に照らしても相当と認められる方法でもって行われると きなど正当な理由がない限り、憲法13条の趣旨に反し許されない」と述べている。ここ では肖像権を対象とした判断であるが、肖像権と近接する人格権としてのプライバシー 権についても憲法13条によって厳しい制約が課されていると考えることができる。

これに対して、中国ではどうであろうか。斉玉苓事件以外、分析した裁判例の中で、

憲法規範が直接適用されている例が1例存する。関菲事件がそれで、天津市高級法院は

「わが国の憲法は『市民の住宅は侵犯されない』と規定している。Xの住宅はその個人 の領域であり、Xは公共の利益と無関係の個人領域を享有する権利を有する。Xの住宅の 秘密性はプライバシーに属し、法によって保護されるべきである」との判断を示してい る。ここでは、憲法39条が適用されている。この事件の判決は1999年に出されたもの であり、当時にあってはププライバシー権に関する明示的規定が存在しなかった。この 裁判例は全国的に有名になった斉玉苓事件に先んじて、憲法が持ち出された事例であっ たということである。そして、この事件もまた、斉玉苓事件と同様、憲法の適用対象と なったのは私人であり、公権力を行使する国家権力ではなかったということである。こ の点が、日本の裁判例と決定的に異なる点である。

③プライバシー権の構成要件について

中国法学界では、侵害行為、損害、侵害行為と損害結果との因果関係、主観的に故 意・過失[過錯]が存在することを成立要件とする。この中で、先ず問題となるのは、故 意・過失の問題である。張新宝は「主観的動機が悪質であ…る場合は、より厳しい責任 を負うべき」であると主張しているが、実際の裁判例では、故意がないことをもって原 告の請求を棄却する場合もあれば、故意がなくてもプライバシー権侵害に当たるとする 場合もある。司法実務では、両論あって、まだ判例として固まっていないといえよう。

④構成要件における損害事実について

プライバシー権侵害の場合は、侵害行為さえ認められれば、それが損害事実に該当す るとの見解がある。裁判例では、これらの見解を明瞭に体現しており、侵害行為が認定 できれば、損害結果は関係ないとの判断を示している。

⑤プライバシー侵害における民事責任の種類について

分析した裁判例の43例中、プライバシー権侵害として扱われた事例は40例で、その 中で和解に終わったものが2例で、調停は1例、裁判によったもののうち28例はプライ バシー侵害を認め、12例が原告の請求を棄却している。そこで問題となるのは、侵害を 認めたうえで、その民事責任の種類についてである。裁判例をみると、損害賠償を認め た事例がそれほど多くなく、他方、謝罪を命ずる裁判例が非常に多いという事実を見出 すことができる。なお、高額な経済的損害賠償をも命じた裁判例は一例あるが、この部

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分の損害賠償は著作権侵害の部分の民事責任であり、プライバシー権侵害による損害賠 償ではない。

⑥プライバシー権と個人情報権の関係について

中国では、斉愛民は、個人情報と「個人のプライバシー」との最大の区別が「範囲の 差異」にあり、プライバシーが個人情報の下位概念であると指摘し、個人情報保護法に 保護される個人情報の法的要件は、「識別性」を有することであり、プライバシーの利益 を有することではないと主張する。また、劉徳良は、高度情報化時代において、個人が 有する情報は商品になって、交換価値を有するため、個人情報の商業的価値を重視し、

その財産権的側面も法的保護を受けるべきと主張する。その意味では、個人情報をプラ イバシーと区別する論調が徐々に有力になってきている。

しかしながら、本論で分析した裁判例では個人情報に関する事例は、すべてプライバ シー権の中で処理されてきた。それに、中国の裁判所は、住所、勤務先、電話番号など の個人情報を公開することがプライバシー侵害であるとして、個人情報のプライバシー 性をも認めた。しかしながら、裁判所は、住所、電話番号等の個人情報を「みだりに公 開し、不当に使用することは、必ず当事者に精神的苦痛をもたらすわけでもないが、他 人の私生活の空間に影響を与え、通常の生活秩序を乱す可能性が存在する。これを不法 に収集し、不当に使用することは、他人のプライバシー権を侵害する恐れがある」と論 じ、後の結論から見れば、おそらく裁判所は、個人情報をプライバシーの1つの内容と しているが、「伝統的意味」でのプライバシーが侵害される場合と区別しており、個人情 報が侵害される結果がより軽いのではないかと思われる。また、2017年の民法総則にお いて個人情報権が明文化されたので、それを契機として、今後は多いに議論されるであ ろう。

⑦プライバシー権と肖像権の関係について

日本では肖像権に関する明文の規定がなく、他方、プライバシー権が憲法13条の掲げ る人権の中に含められ、こうしたことが、実定法上の根拠規定のない肖像権をプライバ シー権に含ませる要因をなしているのかもしれない。これに対して、中国では、肖像権 が実定法上すでに存在するので、肖像権をあえてプライバシー権に包含させるという解 釈論上の要請は生まれない。

肖像権・プライバシー権をめぐる裁判例において際立って異なる点は、日本の京都府 学連事件に見られるような、国家権力の側からの肖像権・プライバシー権侵害如何とい った争点が、中国の裁判例では見られないということである。「警察官が、正当な理由も ないのに、個人の容貌等を撮影することは憲法13条に反し、許されない」「何人も、そ の承諾なしに、みだりにその容貌・容態を写真撮影・ビデオ撮影されない自由を有する ものであるから、公権力がテレビカメラによる録画するとき(も)……当該現場において 犯罪が発生する相当高度の蓋然性があり、かつその録画が社会通念に照らして相当と認 められる方法でもって行われるときなど正当な理由がない限り、憲法13条の趣旨に反し 許されない」という判旨が日本の裁判所では示されているが、それは、やはり憲法規範 が公権力を名宛人としてその権力の行使を規制するという立憲主義の縛りが働いている ことによる。中国の裁判例として掲げた事例はすべて私人間の争いであり、民法上の議 論で終止している。

⑧プライバシー権と名誉権の関係について

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中国では、プライバシー権が実定法として明文化されるまでは、名誉権の中で処理さ れてきた。この両者の関係について興味あるのは、中国の民事責任において、謝罪と名 誉の回復が別々に定められているという点についてである。上記のように、中国のプラ イバシー権侵害を認めた裁判例において最も多い民事責任の種類は謝罪である。この謝 罪の頻度が司法実務上高いということの中には、被害者の精神的被害を鎮静する機能を 重視していることにあると思われる。「被告が謝罪する気が一切なく、金銭さえ支払えば よい、という態度をとったとしたら、まさに、頬を叩いた後、100元を残して、そのま ま立ち去っていくようなものである。…被害者が謝罪を要求することこそ、個人の人格 的尊厳を維持することだ」と中国の代表的民法学者の王利明は語っている。ここには中 国における謝罪の在り様の特質が表現されているように思われる。この問題について は、法文化学的、法社会学的考察を深めることが不可欠であり、今後の研究課題とした い。

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 その後、徐々に「均等範囲 (range of equivalents) 」という表現をクレーム解釈の 基準として使用する判例が現れるようになり

本来的に質の異なる諸利益をどうやって衡量するか……」との疑念を示し (25)

約二〇年前︑私はオランダのハーグで開かれた国際刑法会議に裁判所の代表として出席したあと︑約八○日間︑皆

判決において、Diplock裁判官は、18世紀の判例を仔細に検討した後、1926年の

刑事違法性が付随的に発生・形成され,それにより形式的 (合) 理性が貫 徹されて,実質的 (合)