岡山大学経済学会雑誌30(4),1999,239‑266
個人利用者側 からの金融 ビッグバ ン考察
西 垣 鳴 人
1.は じ め に
金融 ビッグバ ンとは何 もない ところか ら突然降 って沸いた ものではない。
とい うのは,それがアメ リカやイギ リスに前例があるとい うことを言いたい のではな く,わが国において金融 ビッグバ ンに至 るまでの金融制度改革 もし くは金融の自由化がすでにかな りの範囲で進展 していた とい う事実を思い起 こしたいのである。 もちろんそれが激変緩和措置な どと関連 して先進諸国か ら見れば遅れた不十分な ものであったがために,わが国におけ るビッグバ ン が必要にな った とい うのが一般 的 な認識 で あろ う(1)。 だが この ビ ッグバ ン が,それ以前の制度改革 とまるで断絶 した ものだ とい うことはあ りえないわ けで,今一度 この ことを確認す る必要を感 じるOなぜな ら,これ まで為 され てきた制度改革は (外国人 まで含めた)利用者の便益を向上 させ ることが, た とえそれが建前 として も第一 の 目的 とされてきたのであ り,それ との連続 性に鑑みれば,日本版金融 ビッグバ ンの第一 目的 も利用者の利便性を増進 さ せ ること,としなければな らないはずである(2)。 ところが どうい うわけか こ の ビッグバ ンは出発時点か ら,この重要な 目的が隅に追いや られ ,何か他の ことに 目的があるかの ような取上げ方が多 くなされてきたのである。
(1)佐和 (1997)p.91等を参照D
(2)小村 ・守山 ・西脇 ・二上 (1997)p.50等を参照。
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本稿は,金融制度改革な らびに ビッグバ ンの原点た るべ き,金融検閲利用 者 ・金融市場参加者の受ける便益そ して不利益 とい う問題を中心軸に して, 金融 自由化についての再考を行 お うとす るものである。
我 々はまず第2節において,以前の金融制度改革か らビッグバ ンに至 る経 緯のなかでその 目的が歪め られてきた ことについて,他の論者の視点を交え なが ら,い くらかの分析を試みる。 もちろん ビッグバ ン以前の金融 自由化が 必ず しも利用者 (特に個人利用者)の便益を第一に考えてばか りいたわけで はない ことは,確かにその とお りなのであるが,ここで注意 したいのは,今 次の ビッグバ ンにおいてはその建前 さえもが どこかに置 き去 りにされてきた 事実である。次に第3節では,実際に ビッグバ ンに よって増大す る利用者の 利益 とは何かについて議論す る。我 々は ここで焦点を絞 るために ,利用者を
「個人」の利用者に限ることにす る。 ここには個人経営の小規模店舗は含め て良いが,それ以外の企業や各種団体の利用者は外す こととす る。 しか しな が ら個人にはある程度大 きな金額の金融投資 が可能 な資産 家 も含 まれ るた め,我 々は彼 らの受け る利益をそ うではない一般層 と区別 して分析 しなけれ ばな らない。第4節では,今度は ビッグバ ンに よって増大す る個人利用者の
「不利益」にかん しての議論を行 うことにな るC ここでは予測 され るデ メ リットに これ までの法制度が十分対応 していけるか どうかについて検討 し, 今後検討 され るべ き諸点について述べてい くつ も りである。そ して最終第5 節で結論 として 日本版 ビッグバ ンの今後の進展に対す る我 々の考えを述べ る
ことに したい。
2.
日本 版 金 融 ビ ッグバ ンの 出発 点日本版金融 ビッグバ ンは未来の歴史書において,わが国金融 自由化の重要 な‑ こまとして記述 され ることになるだろ う。金融 自由化それ 自体を将来の 歴史家が否定す ることは少ないと思われ る。 自由化は時代的な必然 として認
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個人利用者側からの金融 ビッグバン考察 1183 識 され よ う。 しか し,1996年 に構想 され,1998年か ら本格的にス ター トす る
ことにな った 「ビッグバ ン」 にかん しては多少 の注釈 が され るか も しれ な い。 日 く,「当時の政策 立 案 者 は直近 の過 去 に対 す る正 しい分析 が 出来ず
ビッグバ ンに対す る評価 を誤 っていた」 と。
(1) 金融 自由化 とバブル経済
ビッグバ ン (BigBang)とは もともと宇宙創生 の大爆発を意味す る言葉 で あるが ,この言葉か ら連想 され るのは,全 く何 もない ところか ら巨大な もの が出現す るとい うイメージである。 この用語 を金融規制 の緩和 ・撤廃 と最初 に関連付けたのは,1986年 イギ リスのサ ッチ ャー政権 であるが ,彼 らの制度 改革 とて全 くの無か ら出発 した ものではなか った。 「イギ リスの ク リア リン グバ ンクは ,す でに子会社 を設立 してアンダーライ ター業務 ‑日や ,銀行 の 窓 口でセ リング業務 ・代理 ブ ローカー業務 の証券業務 を行 っていたが , ビッ グバ ンを契磯 に ,引受け ,自己売買 (デ ィー リング),ブ ローカー,分売 ,投 資顧 問 な どの証 券 業 務 をす べ て行 う会社 を設 立 して ,証 券 業 務 に参 入 し た」(3)とい うのが実際の ところである。
同様 の ことはわが国の 「ビッグバ ン」 に も当ては まる。 イギ リス と同様 , す でに 日本 の金融規制緩和 もかな り進 んでいた上でのある程 度 の 「加速 上 それが正 しい認識だ と思われ る。ただ英 日の 「ビ ッグバ ン」 が一 種 の経 済 シ ョックであ りえた (る) のは ,それが外 国の金融機関 ・機関投資家等に大 き く門戸 を開放 したか らであ る(4)。 イギ リスは これに よっていわゆ る ウ ィン ブル ドン化現象が生 じ,よ り自由化 の進 んだ外 国金融機関の進 出に よって国 内証券会社 のほ とん どが吸収合併 されて しまい,わが国においては (不 良偉
(3)楠本(1997)p.350
(4)これは日本版ビッグバン推進側が意図していたことでもある。湖島(1997)p.35参 照O
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権処理の遅れ も手伝 って)金融界の再編が起 ころ うとしているのである。
だがそれ さえなければ
,
「ビッグバ ン」 とは大袈裟なネ ー ミングだ った の であ り,む しろ自由化の大 きな影響は以前か ら存在 した とい うのが よ り正 し い認識なのである。かつて,と言 って もほんの数年 ほ ど前 までの ことであるが,80年代後半の わが国資産市場におけ るバブル発生の原因は 「急激な金融 自由化にある」 と い うのがおそ らく最 も有力な学説だ った。その代表は宮崎 (1992)である。
しか し,いつの間にか 「独立性が確保 されていない 日本銀行 の大蔵省圧力に よる行 き過 ぎた ,そ して時期を返 した低金利政策」に よってバブルが生み出 された とい うのが定説にな っている(5)。 この定説の是非は後 で問 うと して , 我 々は未だ宮崎 (1992)説を否定 し切れていない ことを示 したいO
宮崎 (1992)は1980年代におけるバブル形成過程の第一局面において最初 の重要な役割を果た した ものが,1983年11月の レ…ガン来 日を発端 とす るわ が国の急激な金融 自由化であった と分析 している。 (図表1) は彼 に よって 列挙 された1984年1年間における自由化の中身であるが,1998年1年間の規 制緩和の動 きを 「ビッグバ ン」 と称す るな らば , これ は さ しず め小規模 な
「ビッグバ ン」 と言 った ところである(6)C 目立 っているのは海外‑ のわが 国 金融市場の門戸開放 とい う側面であろ う。海外か らの投資資金流入が当時の
「金余 り現象」を助長 させた ことは否定できない事実である。ただ98年 の新 外為法施行時 と違 っているところは,当時は実体経済パ フォーマンスの相対 的良好 さがバブル形成 の十分条件になった とい う点であろ う。
また この時期 と前後 してわが国では各種 のオープン ・マーケ ッ トが開設 さ れている。例えば,譲渡性預金 (CD)市場 (1979.5),円建て銀行引受手 形 (BA)市場 (1985.6),割引短期国債 (TB)市場 (1986.2),東京
(5)例えば山脇 (1998)pp17‑24な どを参照のこと。
(6)宮崎 (1992)pp.109‑115を参照のこと。
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個人利用者側か らの金融 ビッグバ ン考察 1185
(図表1)1984年1年間における金融 自由化措置 (4月 1日)
実需原則の撤廃
海外CP・CDの国内販売解禁
CD発行枠の段階的引上げ
居住者に よるユーロ円債発行のガイ ド ライン緩和
国内無担保債発行会社の基準緩和 円建て外債発行ルールの緩和
長期先物予約付 きの外債発行 と ドル建 て円 リンク債発行の解禁
円建て対外貸付け ,健全性の観点以外 か らの親制撤廃
(5月25日)
・外貨公債発行のための法律施行 (6月1日)
・居住者向け短期ユーロ円貸付けの解禁
・円転親制の撤廃 (7月1日) 指定会社制度の廃止
非居住者の対 日不動産投資の自由化 円建て外債発行ルールの緩和
(9月1日)
・私募円建て外債の発行ルールの緩和 (10月19日)
・在日外銀(3行)に国際ディーリソグ認可 (12月1日)
外国民間企業,州,地方政府および政府 機関のユーロ円債発行認可
ユーロ円債主幹事 自由化 円建て外債の発行ルール緩和
ユーロ円CD(6ケ月以内)の発行自由化 (出所 :宮崎義一 『複合不況』中央公論社1992年,p.111.) オ フ シ ョア市 場 (1986.12), コマ ー シ ャル .ペ ーパ ー (CP)市 場 (1987・
ll) な どで あ る。 これ らの市 場 開 設 の多 くは奇 し くもバ ブル 膨 張 期 と重 な り 合 って い るの だ が ,偶 然 の こ と と言 って済 ま して しま うこ とは 出来 な い の で は な い だ ろ うか O
もち ろ ん金 融 自由化 が そ れ 単 独 で バ ブル を 生 み 出 した と考 え る の は 早 計 で あ る。 2年 3ヶ月 に及 ぶ ,当 時 と して は史 上 最 低 の 公 定 歩 合 水 準 の維 持 が バ ブル 膨 張 を 加 速 させ た こ とは事 実 で あ る(7)。野 口(1992)は 「自由金 利 商 品 の 金 利 は ,規 制 され て い た 金 利 よ り高 く設 定 され て い た の で , これ らの商 品 を 利 用 で き る企 業 の 金 融 収 入 が 増 加 し,「財 テ ク」 ‑ の イ ン セ ン テ ィ ブ が 強
(7) もちろん宮崎氏もプラザ合意後の金融緩和措置 とそれに よるマネーサプライの増大 がバブル発生の要因の一つであることを考慮に入れている。前掲書pp・115‑127参照D
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まった」(8)と分析 しているoすなわち低金利政策が 自由金利商 品の魅 力 を高 めたのであ り,いわば 「産業に厚 く個人に薄い不均等な金融 自由化」 と 「低 金利政策」 とが結びついて金融資産市場 にバ ブル資金 を流 入 させ て しま っ た。 これが野 口氏に よってバブル崩壊直後に為 された分析である。
ちなみに 「バブル」 とは 「現実 の資産価格の うち,ファンダメンタルズで 説明できない部分」を意味 している。そ して この 「ファンダメンタルズ」に は時 々のあるいは予想 された 「金利」 まで もが含 まれ る。それゆえに,低金 利政策が採 られた時期に資産価格がそれに基づいて上昇 した として も,それ で直ちにバブルが生み出された事にはな らないOバブルが発生す るには何か
「触媒」になるものが必要だが,80年代におけ る急激な,それゆえにまた不 均等にな らざるを得 なか った金融 自由化が ,この触媒 として作用 したのでは なか っただろ うか。少な くとも我 々はそ の可能性 を否定す る こ とはで きな い。 また これ も歴史的な事実であるが ,日本銀行は1989年5月に引き締め‑
と政策転換を行い,同年12月 まで3回にわたる公定歩合引上げを行 っている のであ り,それ とは独立な動 きとして 日経平均株価は90年の年が明けて値崩 れを起 こす までは趨勢 としては上昇を続けた。 このこと自体 ,金利政策だけ で資産価格変動を説 明す ることの無理を示 していると言え よう。
やは り我 々が認めなければな らないのは,90年代に大 きな後遺症を起 こす ほ どのバブルを生み出 した一要因 として,「ビッグバ ン」 以前 におけ る金融 自由化 ・規制緩和が存在 していた とい う事実であるO こうした認識が 日本版 金融 ビッグバ ンに対す るよ り冷静な見方へ と我 々を導 くのである。
(2)金融 ビッグバンの必然性はどこにあ るのか
さて,ビッグバ ン以前にわが国の金融 自由化が,80年代のバブルを発生 さ せ るための触媒の働 きをす るほ どに大 きな影響力を持つ ものだ った としたな
(8)野 口(1992)p.380
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個人利用者側からの金融ビッグバン考察 1187 らば,ビッグバ ンをいまさら特別扱いす る理 由は特にないはずである。 自由 化の遅れ とい うことであれば,80年代後半のバブル期 もバブルが崩壊 して不 況に突入 した90年代前半 も同 じだ ったのではないか。 しか し前者の段階では 東京は世界三大金融市場の‑つ としてもてはや され ,後になってその地位が 失われた。空洞化が起 こった原因 とい うのは,自由化の遅れ とい うよ りもむ
しろ実体経済側 との因果関係が重要なのだ と考 えられ る。
そ うだ とすれば金融市場の空洞化に歯止めをかけ るとい うビッグバ ンの 目 的 自体が疑わ しい ものにな って くるCそれでは本当の 目的は何だ ったのかo い くつかの憶測が生れて くる。
ひ とつは外圧説である。 これ までのわが国金融の 自由化を導いた主要因で あるだけに,殊 ビッグバ ンに関 してのみそれか ら無縁であると考える方が不 自然なのか もしれない。た とえば降旗 (1998)は 「ビッグバ ンの主要な推進 力は,アメ リカ金融資本の世界制覇の欲望か ら発 している」(9)とい う考 えを 示 している。確かに,フ リー ・フェア ・グローバル といった ビッグバ ンの推 進原理の全ては,アメ リカを中心に した欧米系金融機関に とって こそ都合の 良い条件なのであ り,日本の金融機関に とっては少な くとも短期的には望 ま しい改革にな っていない ことな どか ら,その ような説が登場 して来 るのも当 然だろ う。
それ とは別に 「大蔵省戦略説」 とで も呼ぶべ き見解 も存在 している01990 年代半ばの 「官僚批判の頂点 として,大蔵批判が沸 き上が った。存亡の危機 に立た された大蔵省に よる,総力を挙げての戦略 こそ ,金融 ビッグバ ンとい うシナ リオを書いた本意だ った」(10)とす る中尾 (1998)な どの説である。 つ ま り,日本版 ビッグバ ンを立 ち上げ ることで大蔵批判の矛先をかわそ うとし た とい う考えである。 もちろん確かな証拠はないのだが ,ただそ うい う部分
(9)降旗 (1998)p.51。
(10)中尾 (1998)pp.64‑50
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がなか った と断言す る根拠 もわれわれは持たない。
これ らの説はおそ ら く事実の一面を捉えてはいるのであろ う。 しか し,よ り現実的だ と思われ る理 由としては次に述べ る様な ことが考えられ る0
東京金融市場で取引 されているのほ主 として 日本企業 の有価証券やわが国 の公債等その他派生商品である。 この東京市場が空洞化 しているのはひ とつ には 日本の金融 自由化が米英 ・香港 ・シンガポール等に比べて遅れているこ とであろ うが (だか ら一部優良 日本企業や現地工場を持つ 日本企業の株 ・社 債がそれ らの市場で取引されているのであろ うが),その基本 的理 由は90年 代におけるわが国実体経済の長期的低迷に こそ求め られ るべ きである。い く
ら先進的金融市場を整 えていても,金融業 がそ の国 の主導産業 で もな い限 り,実体経済が良好でない ところで活発な証券取引が行われ るはずがないの である。 80年代において世界三大金融市場 の一つ として東京市場が活況を皇 していたのは,もちろんバブルのせいもあろ うが,実質的にも日本経済が好 調だ ったか らに他な らない。だか ら,実体経済の回復を待たない限 り,ビッ
グバ ン,金融規制緩和 ・撤廃が,東京市場を再生 させ ることにはおそ らくな らないであろ うと思われ るQ
ところが,ビッグバ ン推進サイ ド側が ,この ビッグバ ンにかけるべ きでは ない過大な期待をかけて しまったのである。すなわち一種 の景気対策的な意 義を これに見出そ うとしたわけである。 ご く早い段階に 日本版 ビッグバ ンに 関す るまとまった解説書を書 いた楠本 (1997)も 「わが国 ビッグバ ンは,と にか く規制を緩和す ることにあま りに大 きな期待をかけす ぎているのではな いか。つ ま りビッグバ ン ・洗制緩和を推 し進めれば,金融の空洞化が回避 さ れ ,また安全で効率的な金融市場が活性化 され ると安易に考えているところ があるのではないだろ うか」(ll)と懸念を表 明 している。 もっとも彼 は主 と し てそ こで安全枚樺や顧客の保護機構の構築の必要性を主張す るために この よ
(ll)楠本 (1997)p.240
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個人利用者側からの金融ビッグバン考察 1189 うに言 っているのであるが ,政府における 「安易な期待」 とい う側面を彼は 見抜いていた もの と思われ る。海外に門戸 を広 げ る ことに よる競 争 の激化 や ,早期是正措置の導入が金融 システム不安を もた らしかねない ことは最初 か ら分か っていた ことである。それに もかかわ らず ,橋本 内閣がそれを実行 に移 したのは,ビッグバ ンの経済効果を安穏 と期待 していたか らだ としか考 えられない。そ して我 々国民の多 くもまたそれを期待 して しまっていたので はなか ったか。
上記の諸仮説が どこまで現実を捉えているのかは っき りした ことは言えな いのだが,いずれに して も抜け落ちているのは,個人利用者の利益 とい う視 点 で あろ う。確 か に ,以前 か ら金融 自由化 問題 と取魁 んで きた論者達 は
「ビッグバ ンの背景」 として,これ まで顧客利益が犠牲に されてきた ことを 挙げているが,その多 くは ,それが結局金融市場の不振 の原因にな っている とい う程度の結論に落 ち着 いて しまっている(12)。けれ ども我 々が本当に今回 の ビッグバ ンに期待すべ きなのは,マクロ経済パ フォーマ ンスの回復ではな くて,これ までの 自由化に よっては実現できなか った ,利用者 レベルでの利 便性の向上それ 自身なのではないだろ うか。景気回復が重要なのは言 うまで もない。 しか しそのための政策は別にある。金融 ビッグバ ンはそれ らマクロ 経済政策 とは切 り離 した次元で,独 自に実現すべ き課題なのだ と考 えたいO
それは最初に意図されなか った ことか も しれ ないが ,個 人 の利 益 が今次 ビッグバ ンの具体的スケジュールを実行 してゆ くことに よって増大す る可能 性は確かにある(13)。 しか し条件付 きの部分や増大す るマイナス面 も同時に存 在 していて,検討すべ き課題 は少な くない。次節以降では,我 々諸個人に対 して ビッグバ ンが,東京金融市場の復活を願 うとい うある種 のナシ ョナ リズ ムへの郷愁以外に一体何を もた らすのか ,その可能性 と取魁むべ き課題につ いて検討 して行 きたい。
(12)Ibid.,pp,21‑22,佐和 (1997)pp.90‑91な どを参照。
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3.ビ ッグバ ンに よ って 増 大 が 見 込 まれ る個 人 利 用 者 の 利 益 (1) 一般層 と富裕層の区別
前節のおわ りで金融機関ない し金融市場 の利用者の利益を増進す ることが 金融 ビッグバ ンの第一の 目的 とすべ きことを述べたが ,勿論利用者には貸手 と借手の区別 ,個人 ・企業 ・政府 といった主体に よる区別がある。我 々は本 稿において貸手 と借手の双方を扱 うことになるが,それ らの主体 としては特 に 「個人」を分析対象 として考察を進 めた い と思 うQ例 えば同 じ投資 家 で あっても問題にす るのは個人投資家であって,機関投資家等は議論 の対象か ら外す ことにす る。
では,我 々の分析対象を個人投資家に限定す るとして,一 口に個人投資家 が ビッグバ ンか ら受け る利益 と言 っても,高額貯蓄者 とそ うでない平均的な 金融検閲利用者 とでは,利益の質 も量 も違 って くるのではないか。 この こと に比較的早い時期か ら注 目していたのが佐和 (1997)であった(14)。
佐和氏は明確な富裕層の定義を行 っているわけではない(15)。確かにその定 義は簡単ではないだろ う。個人の主観の問題 もさることなが ら,例えば高額 貯蓄者 といっても貯蓄を上回る負債を抱えている個人をいかに扱 うかの議論 もあろ う。だが ここは と りあえず常時1000万円以上の自由になる資金を有 し ている個人 と定義 しておきたい。つま り,た とえ1000万 円以上の貯蓄があっ ても,彼が懸念な しにす ぐ1000万円を新 しい金融商品に投資す ることが出来 なければ,彼は富裕層に属 していることにはな らないのである。 また ここで
(13)これ と同 じ方 向で今井(1997)は ト・・.ビ ッグバ ンは単に 自由化 され るとい うのは一 面を言 ったに過 ぎません。 もう少 し正確に言えば,国民 (企業 も含め) と金融境関 と監 督官庁 の関係が大転換す る点に こそ本質があるのです。主役は消費者である預金者 ,投 資家。金融機関に比べて弱い立場 にいる消費者を保護 した上で ,日本経済の発展 に金融 面か ら寄与す るのが最大の 目的」 と述べているD
(14)佐和 (1997)pp.212‑215参照。
(15)Ibid,pp.213‑214参照。
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個人利用者側か らの金融 ビッグバ ン考察 1191
1000万円とい う金額を境界にす るのは,現在1000万円以上の定期預金を大 口 定期 と呼んでいることや ,郵便貯金の上限が1000万円であること,清算処理 され る銀行のペイオフ金額が1000万円であることな どに よっている(16)0
この ように考 えて作成 した "一般層/富裕層 ビッグバ ンメ リッ ト比較"が (図表2)である。 まず一般層を見てみ よう。後で強調す るように ビッグバ ンの一番大 きな個人に とってのメ 1)ッ トは,外資系金融機関の参入に よって 資産運用の選択肢が増 えることである。定義に よ り一般層では1000万 円以下 の金融商品の選択の幅が広がる可能性がある。 また業務分野規制の緩和 ・撤 廃に関連 して,銀行に よる投信販売や証券総合 口座の解禁に よって取引 コス
(図表2)一般層/富裕層 ・ビッグバ ン ・メ リット比較
\ 項 目
由畠 (91,000万円以下の金融商品の選択の幅が広がる○
②銀行に よる投信販売や証券総合 口座の解禁により取引 コス トの低下が生 じ 般 る○
層 ③社債や CP発行適格基準の緩和に よって大企業の銀行離れが これまで以上 裕 のメ に進み,その結果銀行の リテール指向が促進 され ,個人向け貸 し出 し競争が活発にな り,個人の借入金利が低下す る可能性があるo 層 リツ ④一般商店で預金の引出 しや外貨取引が可能になるOT 卓 f ナ の I ⑤海外に預金すれば,利子所得への涼泉徴収を又け よくてもよく i⑥ス トック .オプシ ョン制度の普及で個人に資産家‑の夢が開けるC:る○
メリIつ′ ⑦郵便 .電話で生損保加入が可能にな り,取引 コス トが軽減 され るo
⑧1,000万円以上の金融商品についての選択の幅が広がる○
⑨大 口(1,000万円以上)預金の金利が現在 よりもはるかに優遇 される○
⑲大 口の株式売買手数料の引下げに よって手許に残 るキャピタル .ゲインの 額が増加す るO
⑪外資系金融機関が富裕層を対象に した高利回 り .高配当の新金融商品を提 供 して くる可能性が高いo
⑫企業 も銀行 もこれ まで以上に収益指標や配当利回 りを重視 して株価の水準
(*佐和 (1997)などを参考に作成)
(16)Ibid.,p,213では‑人当た り個人金融資産残高が約1000万円であることも言 っているO
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トの低下が生 じる。証券化 (直接金融化) の潮流のなかで,社債やCP発行 適格基準の緩和 ・撤廃に よって大企業の銀行離れが これまで以上に進む こと が予測 され るが,その結果 として,銀行の リテール (個人対象)指 向が促進 され ,個人向け貸出競争が活発にな って,個人の借入金利が低下す る可能性 がある等 ,が考えられ る。
さらに,98年4月の外為法改正に よって,原則的には内外市場分断規制は 撤廃 された。 このことに基づいて,‑般層に属す る個人 も特別に許可 された 金融機関ではない普段行 きつけの一般商店で,外貨預金 の出 し入れや外国為 替取引 ・両替な どが出来 るようになる。 また ,海外に預金すれば,利子所得
‑の源泉徴収を受けな くて も良 くなる。外資系金融機関 と国内金融磯関 との 競争が激化す ることに よって,送金な どの各種手数料が低下す る可能性 もあ
るQ
その他 ,すでに導入 されたス トック ・オプシ ョン制度の普及に よって個人 に資産家‑の夢が開け ること,郵便 ・電話で生損保加入が可能にな り,取引 コス トが軽減 され ることな どが ,現在考え られ る一般層におけ るメ リッ トで ある。
ではつ ぎに我 々の定義における富裕層が得 られ るメ リッ トについて見てみ たい。(図表2)が示 していることは,一般層が受け られ るメ リッ トはすべて 富裕層であるな らば期待できるものばか り,とい うことである。そ して富裕 層は,それにプラス ・アル ファのメ リッ トを享受す ることができるo
彼 らは一般層が1000万円までの金融商品 しか購入できなか ったのが,1000 万円以上の金融商品に対 して も彼 らの資金が許す限 り投資す ることが可能で ある。 これは実は大 きな違いであって,預金商品をは じめその他の有価証券 であっても,お よそ1000万円に相当する10万米 ドルを境に金利が優遇 され る ことは 自由化が進んだ金融先進国では一般的な現象であるし,最低発行単位 が1000万円以上の商品の方がそれ以下の商品 よ りも多いことは紛れ もない事 実である。 この ことと関連 して,まず富裕層は1000万 円以下の商品は もちろ
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個人利用者側からの金融ビッグバン考察 1193 んの こと,1000万 円以上の金融商品について も選択肢を広げ ることが出来 る ことと,外資系金融機関の進 出や 日本の金融機関に も競争の上か らグローバ ル ・スタンダー ドが徹底 され ることに よって,大 口(1000万 円以上) の預金 を始め各種金利が現在 よりもはるかに優遇 され るようになること等が予想 さ れ る。 また,株式売買手数料の 自由化に よって大 口手数料が引 き下げ られ手 許に残 るキ ャピタルゲイ ンの額が増大す る可能性 ,外資系金融機関が富裕層 をターゲ ッ トに した高利 回 り ・高配当の新金融商品をオフ ァーして くる可能 性 ,どちらも高い。 さらに,日本の企業 も銀行 もこれ まで以上に収益指標や 配当利 回 りを重視 して株価 の水準維持に努めるため,株式収益率が高 くなる 可能性 も大 きい もの と思われ る。 こ うした ことが先に述べた一般利用者のメ リッ トに加えて資産家層が ビッグバ ンに よって獲得 で きる利益 に他 な らな
い 。
このまま結論を出 して しま うな らば ,結局個人利用者に とっての ビッグバ ンとは国民の所得格差を広げることに しかな らない様な ことになるが ,実際 問題 としてはそ う単純に結論付けることは出来ないのである。その理 由は次 節で議論す ることになる,ビッグバ ンが個人利用者にもた らす ことになるデ メ リッ トの存在 ,増大す る不利益 まで考慮すれば,可能性 としては富裕層が 被 る損失の方が相対的に ビッグバ ンと縁の遠 い一般的個人 よりも大 きいか も
しれない とい うことなのである。
(2)監督機関のあ り方次第で変わる外資系参入のメ リッ ト
所得格差の問題に関 して単純に結論 を 出せ ない理 由は他 に もあ る。 デ メ リッ トについて議論す る前に,実は これがかな り重要な ことの ように思われ るのだが ,個人利用者が受け るメ リッ トに関 して規制緩和 ・撤廃に関す る法 改正 とは独立に,不確定要素 として残 されている部分について述べておかな ければな らない。それは外資系金融機関が提供 して くる金融商品に関 して, 監督機関が今後 どれだけの 自由度を認めるか とい う問題 である。
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外資系金融機関 とい うと大 口利用者ばか りを刺 して,例 えば小 口預金老か らは高い手数料を徴収す るといったイメージばか りが強いか もしれないが, 必ず しもそ うとは言えない面 もある。彼 らは決 して均質ではない。価格競争 だけに注 目す る単純な経済理論は,裁定活動 の ように競争が均一化を もた ら す とい うような,市場経済の一面ばか りを強調 した結論 を 出 した りもす る が,生 き残 るための競争はむ しろ多様化を もた らす場合だ ってあるわけでめ るO
具体的な話をすれば,シテ ィー ・バ ンクの ように預金残高に よって 口座維 持手数料 の有無があった り,上述 した高額預金者を優遇す るシステムを備え た ところもあれば,預金量 とは無関係に とにか く手数料の引下げに よって他 の金融機関 と競争 しよう,差別化を図 ろ うとす るオ ース トラ リア ・ニ ュ ジーラン ド銀行の ような ところもある(17)。各消費者は 自分に とって よ り有利 な金融機関の方を選択すれば良いのである。 これ こそが市場競争の為せ る業 であって,ナシ ョナ リズ ム的感情 としては厩わ くば ビッグバ ンに よってわが 国金融機関がその ような商品 ・サービスの多様化を実現 して欲 しいものであ るけれ ども,それをす ぐに望めないのであれば,我 々は外資系金融機関に期 待す るしかないのである。
(図表3)は特に富裕層でない一般個人利用者の利益を増大 させ るであろ う外資系金融機関 とその提供商品の例を業態別にな らべてみた ものであるO 上述 のオース トラ 1)ア ・ニュージーラン ド銀行の 「濠 ドル預金」は,これは 数値の一例に過 ぎないが ,小 口預金者に対 しても預金金利の面で利益を もた らす ものである。投資信託の分野では,有名になった ゴール ドマン ・サ ック スの 「ダ ・ヴィンチ」が注 目され るO この商品でまず 目を引 くのは高い収益 実績に違いないが ,技術的に よ り評価 され るべ きは安全性 の面である。 とい うのは,資金の運用対象が地域を違 えた世界22カ国の株式 ,債券 ,通貨にま
(17)岸 (1998)pp.30‑40,pp.64‑76参照。
1
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個 人利用者側 か らの金融 ビ ッグバ ン考察 1195
(図表3)一般層のメ ])ッ トに資する外資系金融機関 とその商品の例
業態 金 融 機 関 名 主力商品名 特 徴
銀行 オース トラリア . 濠 ドル預金 東京三菱や シティバ ンクの同様の商品 と比 ニュージーラン ド銀行 ベ ,月利が2.0‑2,5%高い他,為替に対す る 手数料が0.5‑1.1%程度低い (預金50万円相 当の場合)○
投信 ゴール ドマン . ダ.ヴインチ 年間10%の実続が売 り物のようだが,より サ ックス 重要な点は世界22カ国の株式,債権 ,通貨に 分散投資 していることであろ う○為替 リスク 等に対す る‑ ツジ機能が大 きい0 1万円以上
1円単位で購入可能o
生保 アメ リカンファミリー がん保険 30歳 で3千 円以下 の月額保 険料○契約 以 降 この料金は変化 しない○入院給付金 日額 15,000円などo
チ ユ‑ 1)ツヒ生命保険 ガン保険 10年限定 の掛捨てで月額保険料980円(40歳
(岸 (1998)『これが外資系金融の実力だ』を基に作成 ,日本国内での既発商品のみ) たが っていることが,為替変動 リスクをは じめ とした各種 リスクの‑ ッジ機 能を著 しく高めているか らである。それ と最小購入単位が 1万 円とい う点で や は り,一般利用者 の選択肢拡大 と所得増 大 に寄 与す る もの とな って い る(18)。
次に生命保険の分野を見てみたいO まず アメ リカン ・ファミリーの 「がん 保険」だが,30歳で3000円以下の保険料 (固定)で終身 ,保険金が返 って く る貯蓄性商品の性格を持つO これに対 してチ ュー リッヒ生命保険が販売す る
「ガン保険」 の方は,10年限定の掛捨てで月額保険料が40歳男で980円。 「20 歳だ と500円台」だそ うである(19)。一概に どち らが優れているか は判 断 しか ね る。 これは価格競争でない質的競争の例であるが,横並び意識に支配 され たわが国業界では考え られない現象であろ う。 また これ らの金額単位か らし
(18)Ibid,pp.141‑148参腰。
(19)Ibidリpp.170‑173,pp.260‑263参照。
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て この ような競争が一般個人利用者層の選択の幅を広げ ,利益を増大 させて いることは明らかである。
ビッグバ ンに よるわが国金融市場 の海外‑の門戸開放 に よって,今述べた 種類のメ リッ トは増大す るに違いない。 これに よってわが国金融機関が 目を 開き,より日本人の好みに合 った個人 向け商 品を開発 す る よ うにな るな ら ば,それで 日本版 ビッグバ ン本来の 目的が達成 された とみな して も良いでめ ろ う。
しか しなが ら,ここに不確定要素が存在す るoそれはわが国金融市場を監 督す る金融監督庁や大蔵サイ ドが ,今後新 しくオファーされて くる外資系金 融機関の諸商品を (時間をかけずに審査す ることに よって)速やかに認可す るかあるいは事後届 出制に して供給 の原則 自由を確保す るか ,反対 に ビッグ バ ンの原理原則 とは裏腹に旧来の如 く審査に何 ヶ月 ,場合に よっては何年 も かけ ,多 くのケースにおいて不許可 として しま うか。今の ところ断定で きな いことである(20)0
仮に監督サイ ドが懸念す るように,外資系金融機関が過剰な競争に よって 国内利用者の利益に反す る営業活動を展開す るようであれば,その時は次節 で述べ るようなルールに基づ く別な手段に よって対処すべ きである。 あ くま でも自由競争の原則 (ビッグバ ンの第一原理)を貫 くことが特に富裕で もな い個人利用者の厚生を高めることになるとい うことを強調 してお きたい。
(20)大歳サイ ドが 自由化の方針でも,他の官庁 ,例えば厚生省が保険商品な どを不許可に して しま う可能性 もあるolbidりpp,177‑180などにこの可能性が示 されている0
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個人利用者側からの金融ビッグバン考察 1197
4.
ビッグバ ンに よって予想 され る個人利用者が受け る不利 益 ,そ して対応策(1) 不利益の内容
個人利用者は金融 ビッグバ ンの結果 として利益ばか りを享受できるわけで はない。 ビッグバ ンに よって増大す る不利益について もまた我 々は議論 して おかなければな らない。既に述べた ように,この不利益が存在す ることが全 体的に見て富裕層ばか りが得をす るとは必ず しも言えない最大の理 由か もし れないのである。
では どの ような不利益が予想 され るのか(21)0
① ペイオフの実施
まず第一は西暦2001年度以降におけ るペイオ フの実施 で あろ う。す なわ ち,取引 き先金融機関の破綻に よって清算が行われ る場合に,預金者が預金 保険に よる付保限度額を超 える元本お よび利子を失 って しま う可能性が高 ま ることである。 これはやは り富裕層に とって リスクが増大す ることを意味す る。逆に言えば,1000万 円以下の預金残高 しかない個人は資産の全体が保護 され るとい う意味で,利子分を別 とす れば リスクはゼ ロとい うことになる。
しか し,アメ リカの経験か らす るな らば,2001年度以降のわが国において も必ず しも破綻金融機関の処理策 としてペイオフが実施 され る可能性は高 く ない とい う見方 も存在す る。佐和 (1998)に拠れば 「破綻金融機関の預金者 に とっては預金 口座を一旦失 うことに伴 う日常生活面でのデ メ リッ トが発生 す ること,貸 出先に対 しては新たな借入先を早急に探す必要があること」な どの理 由に よってペイオフとい う手段は他の破綻処理手段に比べて 「地域鰹 済や金融 システムに とって も深刻な影響を与える方式」 であるとアメ リカで は認識 され るようになっている。 したが って 「最近では,営業譲渡先を見つ
(21)佐和 (1997)pp215‑218等を参照。
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け ることが困難な比較的小 さな金融機関についてだけペイオフを実施 してい る」(22)とい う。そ して一番多 く取 られ る方法が 「健全な金融機関に対す る付 保対象預金の移転」(23)で,この場合付保以外の資産部分は失われて しま うが, 一時的な預金 口座喪失に よる決済不能 とい う事態は避け ることが出来 る。そ れ以外の方法 としては 「入札手続に よって選定 された健全な金融機関に資産 を売却 し,負債を継東 させ る方式 (資産 ・負債継承方式)」(24),そ して最近わ が国でも構想 された 「ブ リッジ ・バ ンク方式」がある。最後 の方式は 「最終 的には破綻金融機関の資産 ・負債 の継鼻先 が現れ る ことが ほぼ確実 で あ る が,破綻金融機関の規模が大 きいため,資産 内容の検討や処理手続 きに時間 がかか る場合に取 られ る」(25)。 アメ リカであって もこれ らの非 ペイ オ フ諸方 式が一般的なのであって,ペイオフの リスクが 「グローバルスタンダー ド圧 力」 としてわが国に作用 して くる心配は と りあえず無用 と言えるのではない だろ うか。
そ うは言 うものの他の諸方式が採用できる諸条件に何れ も該当 しない場合 にはやは りペイオフは実施 されざるを得ない。そ こでそれが実施 され る場合 の ̀実態'を紹介 してお こう。重要な ことは,ペイオフといって も 「破綻金 融機関の清算見込み額次第では一部 も し くは全部 が支払わ れ るケ ースが あ る」(26)とい うことである (図表4参照)。具体的に述べれば,1000万円を超え る元本お よび利息額に 「概算払い率」を乗 じた金額が,保険金 として支払わ れ る1000万円までの元本に上乗せ され る形で支払われ るのである。言 うまで もな くこの概算払い率が100%である場合には預金は完全 に保護 され る こと になる。だが 「概算払 い率が100%とい うケースは優 良金融機関が間違 って
(22)&# (1998)p,1520 (23)Ibidリ pp152‑153参照。
(24)Ibid.,153参照O (25)Ibidリ p154。 (26)Ibid.,pp.128‑1290
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個人利用者側か らの金融 ビッグバ ン考察 1199
(図表4)ペイオフの実態に関す る概念図
(保険金支払) /(預金買取 りによる支払)、 (0‑100%) 1000万 円
までの
元 本 1 0 0 0 万 円 を
超 え る元 本
預金者の 受取り金額
(出所 :佐和良作 『金融破綻 ,こ うすれば逆転できる』 ダイヤモ ン ド社,1998年,p.129を
‑#GiE)
取 り付けにあったケースな ど以外には想定できない。 これ まで破綻 した金融 境関のケースでは,概算払い率はかな り低か った」(27)と言われ る。 また ,そ れに加えて 「預金保険が貸 出 しの回収な どに要 した費用を差 し引いてち,概 算払い額を上回る場合には」その差額が預金者に対 して追加支払 いされ るこ
とにな っている(28)。
以上見てきたのがペイオフが行われ る場合のアメ リカでの実態であるが, わが国においても実施 され る内容に大差はないであろ う。国際競争が激化す れば,それが理 由にな ってペイオフが行われ る可能性 は増 大す るで あろ う カ㍉ この増大す る 「不利益」を どうみなすべ きかについては後述 しよう。
② 非付保金融資産に対す る リスクの増大
付保対象金融資産が ,曲が りな りに も1000万 円 までの金額 が完全保証 さ れ ,さらに2段階にわたる上乗せの可能性が され るのに対 して,非付保 の金 融諸資産である譲渡性預金 ,外貨預金 ,オフシ ョア預金勘定 ,金融債 ,元本 保証契約を していない金銭 ・貸付信託 ,さらに外資系金融機関が提供 して く る全ての金融商品は,供給者である金融横閲が破綻 して (債権)債務の引継
(27)Ibidリ p1300
(28)Ibid.,pp.1291130参照。
‑ 257 ‑
ぎが どこに も行われなか った とした ら,資産 としての価値が失われて しま う ことになる(29)。 もっとも現在わが国では,2001年3月 までの間は,政府の金 融安定化対策に よって預金保険の対象にな っていない商品について も外資系 商品以外は 「元金利息共に全額保証」 されてはいるが(30),ビッグバ ンが予定 通 り行われれば,2001年度以降において今述べた リスクが増大す ることが分 か っているC
では競争激化に基づ く取引 き先金融機関の破綻 と関連 している,考 えられ るその他のデ メ リッ ト事項を列挙 してお こう.
③ 預金 と同時に金融機関か ら住宅 ローンな どの融資を受けていた場令 ,当 該金融機関が破綻 して しま うと,付保 されていたに もかかわ らず預金が返 っ て こな くな った り,急 いで借換え先を見つけなければ,管財人に よって抵当 に入れていた家屋を差押 さえられて しま うリスクが生 じる(31)0
④ 長年保険料を納めてきた保険会社が倒産 し,約束通 りの保険金の支払い を受け られな くなる可能性が増大す るO
これ らはいずれ もビッグバ ンを待たず して現実の問題 とな って しまった。
そのため,必ず しもビッグバ ンに原因を帰す ことが 出来 るか判 断が難 しい が,しか し外資系 との競争に多 くの国内機 関が敗 れ る ことが頻繁 に起 これ ば,自ず とこれ らの危険 も増大 してゆ くことになろ う。
また取引 き先の破綻以外で も,規制緩和 ・撤廃の潮流は様 々な危険を生み 出 して行 くようになるだろ う。次にそれ らを挙げてお こう。
⑤ 内外資金移動 の活発化 ,金融商品の多様化に よって ,個人が金利変動 リ スク,価格変動 リスク,為替変動 リスク等の各種 マーケ ッ トリスクに さらさ れ る機会が増大す るO これは主 として富裕層 に属す る個人が増大 させ る リス
(29)Ibid,p.128,および千田・岡 ・藤原(1997)p.141等を参照。
(30)佐和(1998)p.128参照。本論文脱稿後,外資系商品についても独自の保護基金設立に 向けた話が進められるようになった。
(31)古川 (1997)pp210‑212参照。
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個人利用者側からの金融ビッグバン考察 1201 ク ・不利益であろ う。
⑥ それに対 して一般層 に属す る個人の増大す る不利益 としては,証券取引 手数料が 自由化 された結果 ,大 口手数料は引 き下げ られたが (富裕層に とっ ては利得であるが),その分小 口手数料は引き上げ られて しま う可能性 が高 まって くることが考え られ る。
⑦ 最後に,これは全ての個人利用者に とっての リスクであるが,免許制か ら届 出制に移行すれば,それだけ悪徳商法が活躍す る余地が広がるとい うこ と,考え様に よっては これが一番厄介な ことなのか もしれない。
(2)増大するデ メ リッ トについての考え方 と対処法
ビッグバ ンに よって増大す る諸個人の 「利益」が ,‑イ リスクの見返 りだ とすれば,これ まで列挙 した諸 々のデメ リッ トをすべて否定的に考えて しま うことには問題があるか もしれない。従 って これ ら増大す る不利益の何 もか もを解消す る方向で対策を考える必要はないであろ う。必要なことは,それ ぞれの不利益を評価 し,その見返 りであるところの諸利益 と比較考量 した上 で,適切な管理お よび対処 を してゆ くことではないだろ うか。それを念頭に おいて,①〜⑦ の項 目についての検討を して行 こう。
最初は①ペイオフの実施についてである。 これ まで預金者は リス クをすべ て金融仲介機関に負担 して もらっていた ,あ るいは国家保証 に依存 してい た,だが これか らはその一部をみずか らが負担す ることになる(32),とい うの が 「グローバル ・スタンダー ド」に側 した考え方であろ う。確かに経済が平 穏な時期はその認識 で問題ないのか もしれない。 しか しなが ら金融界の再編 成が急激に進む時期 ,経済不安が著 しく高 まった時期 とい うのは事情は異な ると思われ る。 これ らの時期は破綻金融境 関 の数 が増 え るだけ でな く,債 権 ・債務の引受けをす る余裕のある金融機関の数 も著 しく減少 しているに達
(32)た とえば古川 (1997)pp.221‑222な どを参照。
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いない。そ うす ると個人が負担す る リスクの割合はそ うでない場合に比べて 上昇す るだろ う。 また低金利時代にあって,増大 した リスクの見返 りとして の預金保有か ら得 られ る リターンは果た して損失分 と釣 り合 うほ どの価値が あるのか。 ビッグバ ン全体の利益ではな く,個人の問題 として判断 した場合 に疑問が残 るのである。すなわち このペイオフに関 してはまだまだ検討す る 余地がある,とい うのが筆者の考えである。
もちろん預金保険に よる保証は もう十分だ とい う意見 もあるだろ う。失わ れ る資産の大半は富裕階層に属す る個人のモノなのだか ら,彼 らは預金保有 の リターンが リスクに見合わないならば,最適なポー トフ ォリオ‑ と資産 内 容を組み替えれば良い。確かにそ うか もしれないOだが現実の学習過程 にお いて,多少の混乱は起 こるのではないか。誰 もが合理的な個人であるといい 切 ることはやは り出来ないか らである。我 々は今後 公 的金融 の問題 も含 め て,この ことに関す る更なる検討を しなければな らないだろ う(33)。
②の非付保資産の リスクが増大するとい う問題について。本来‑イ リスク である商品に対 しては現在に至 るまでわが国では過剰保護の状態が続いてい る。収益に見合 った リスクが存在す るとい うことは遅かれ早かれわが国の個 人投資家が学ばなければな らない一般法則である。それが貯蓄を 目的 とした 預金商品 と収益 を 目的 とした投資性商品の違 いで もある。 これは原則的なこ とであるが,ブ ローカー業務等を行 う証券会社 の責任 として,預 り金 の自己 分別管理の義務付けや 自己資本比率管理の義務付けが,金融 システム改革法 案を通 じて定め られた ことは適切な対応であった と思われ るし,投資家保護 基金設立 もまた新 たな安定化装置 としての役割が期待 されている。
だが非付保資産に関す る問題点はな くな ったわけではなかろ う。それは国
(33)ナローバンクに関する諸議論は一つの解答を示すものであろう。たとえばグラスニ
ステ ィーガル法研究会 (1998)pp85‑115,お よび西垣 ・千 田(1998)pp.185‑206等を参 照。
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個人利用者側からの金融ビッグバン考察 1203 境を越 えた貯蓄性金融商品の購入 ,すなわち外貨預金や外資系金融機関がオ
ファー して くる,国内であれば同類の商品が預金保険対象であるところの諸 商品に対す る認識が,国民の間でまだまだ十分ではない とい う実感が筆者 自 身にある。外資系の彼 らは 日本では 日本人社員を雇用 し,まるで 日本の金融 機関であるかの ような面持 ちで顧客に接す る。 もちろん外貨預金等の諸商品 には為替 1)スクとい うものがあることを彼 らは説明 して くれ るD しか し彼 ら が提供す る情報には,例 えばアメ リカであれば彼 らの預金保険公社に よる預 金資産の保全機能が ,国境を越 えては働かない とい う重要な ものが抜け落ち ていた りす るのである。
完全情報が合理的資産選択の前提である。金融監督当局は外資系金融機関 の提供す る新たな金融商品に対 しては事後届 出制にす る代わ りに,彼 らが顧 客が正 しい リスク判断をす るのに必要な情報を十分に提供 しているか どうか を監督す ることに もっとエネルギーを費やすべ きだ と思われ るD
(塾の債務者 としての l)スクの増大 ,これはもっとも後回 しに されている問 題である。優良債務者 としての企業の保護にかん しては国会 の審議の対象に されてはいるが,個人債務者 の保護についてはちゃん とした議論が されてい ない。新 しい借入先がただちに確定す るような,あるいは破綻の可能性は ど この金融機関に もあるわけだか らあらか じめ潜在的な借換え金融機関を遵ん でおけるような制度を整える必要があるのでないだろ うか。
④ の保険会社が破綻す るケースについて,これに対 しては保険契約者保護 基金が設立 され る予定であるが,②で も述べた外資系金融橡閑の問題 ,すな わち 「セイブテ ィー ・ネ ットの網は国境を越 えては届かない」 とい う原則を ここでも契約者に対 して周知す る義務を海外保険会社に課す必要があるだろ う。個別商品の レベルでは優れた彼 らの活動を 自由にす る代わ りに,必要な 情報 (個別商品の リス ク情報 ももちろんここに含 まれ る)を必ず提供 させ る とい うことは ,金融の国際化 ・グローバル化時代におけ る監督当局の主要な 任務のひ とつであろ う。
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⑤のマーケ ッ ト・リスクの増大にかん しては,マクロの問題意識を もって 現在政策的に対応できることは限 られている。各主体 レベルでの リスク管理 技術は近年めざましい発展を遂げている し,今後 も金融 テクノ ロジーは進歩 してい くもの と考え られ るけれ ども,やは りマ クロレベルでの安定化策につ いての研究の必要性を感 じる。 これは今後 の我 々自身の研究課題 として受け 止めておきたい。
⑥について,すなわち大 口の証券取 引手数料 が引 き下 げ られ るのに対 し て,小 口手数料がその分引 き上げ られ るとい う問題だが,これは必ずそ うな るとい うものでもない し,証券会社に よっては競争上の戦略 として小 口料金 の現状維持や場合に よっては引下げを行 うことだ って考え られ るo リテール とホール ・セールの棲み分けが進 む可能性 も高いoすべてあ りうべ き将来の 可能性の一つ として考えてお く方が望 ま しい.可能性の段階で予防線を張 っ て しま うことは,消費者に とって有益な企業間競争を阻害す ることになる.
実際に小 口顧客の利益が何 らかの理 由で損 なわれ た ことが 明 白にな った時 に,改めてそれに対す る政策的取 り組みをすれば良いのではないだろ うか。
最後に⑦について,98年6月に成立 した金融 システム改革法案ではその制 定に向けた基本姿勢が示 されたに とどまるが
,
「金融サー ビス法」 す なわ ち 金融機関の顧客保護に関す る法律はかね て よ り議論 され て い る ところであ る。楠本 (1997)は これ を金融 ビ ッグバ ンの前提 と してい る くらいで あ る(34)。 また高橋 (1997)はイギ リス版金融 ビッグバ ンが成功 したのは この法 律 あっての ことだ とも述べている(35)a利用者保護に関わ る法整備が遅れて しまったこともまた,日本版 ビッグバ ンが利用者利益の増進を主要な 目的 とはみな していなか った証拠であろ う。
しか し,ビッグバ ンが既にスター トして しまった今 とな ってほ ,金融 自由
(34)楠本 (1997)pp.25‑26参照。
(35)高橋 (1997)pp.262‑265参照O
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個人利用者側からの金融ビッグバン考察 1205 化 ・規制緩和撤廃 の本来の 目的が個人利用者の利益増大にあることを確認す るとともに,その第一 目的に則 した法整備 を急 ぐことが ,現在政策当局に課 せ られた最大の課題なのである。
5.
お わ り に本稿は個人利用者 の利益 ・不利益 とい う観点か ら日本版金融 ビッグバ ンに ついての検討を行 ってきた。その結論を簡単に述べ るな らば,ビッグバ ンは 確かに これ までの金融 自由化では実現できなか った,金融磯関 ・金融市場利 用者の厚生を高める効果を持 った ものであるが ,しか し同時に個人利用者に 対 して これ まで考 えもしなか った不利益を もた らす可能性 も持 ってお り,メ リッ トとデメ リッ トを比較考量 の上で,適切な保障措置 ,な らびに法整備が 必要 とされている,とい うことであるO
しか しなが ら,我 々は実際問題 として本稿 では扱わなか ったタイプの心配 の種を背負 っているのか もしれない。それは これ まで ビッグバ ンを何か一種 の景気回復策 とみな して きた一部政策立案者の側か ら,昨今の金融不安 ・経 済不安の一要因 として逆に金融 ビッグバ ンを悪者扱 いに し,そ の進 行 を ス 1,ップさせる行動が とられ るのではないか , とい うことに対す る懸念 であ る。実際 ,早期是正措置 の部分的先送 りがなされ ,決済手段 としての証券総 合 口座の機能が縮小 され ,金融機関の 自己責任 も唆 昧 に され よ うと してい る。 ビッグバ ンとい う言葉が死語になる日も近 いのか もしれない。だが これ は誤 った方 向であると言 っておかねばな らない。
ビッグバ ンも含めた金融制度改革は,経済成長や景気回復にほ とん ど資す るところはない と最初か らみな してお くべ きであるO金融はそれ 自体が一つ のサー ビス産業に他な らないが ,その中心的役割は実体経済で生み出された 貨幣所得の移転を効率的に行 うことに こそ求め られ るべ きである。 ビッグバ ンとは,そ うした機能の効率性を一気に高めるための政策に他な らず ,その
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