1 はじめに
私は国際通貨基金(IMF, International Monetary Fund)の日本理事室で勤務した後、IMFの中途採用 試験を受け、2016年7月から本年7月まで、アジア 太平洋局(APD, Asia and Pacific Department)の Small States Division(SSD)に所属し、エコノミス トとして勤務していました。SSDがカバーする太平洋 の島嶼国13カ国(パプアニューギニア(PNG)、ソ ロモン諸島、フィジー、バヌアツ、キリバス、ミクロ ネシア連邦、パラオ、マーシャル諸島、ナウル、サモ ア、トンガ、ツバル、東チモール)のうち、私はソロ モン諸島とバヌアツを担当していました。本稿では、 太平洋の島嶼国及び両国の概要に触れたのち、IMFの エコノミストとして私が経験した具体的な業務につい て述べたいと思います。
2 太平洋の島国とソロモン諸島・バヌアツ
南の島と聞けば、サンゴ礁に青々とした海そして楽 園というイメージを思い浮かべる人もいると思いま す。確かにそうしたイメージに合致する観光地もある わけですが、全ての国で観光業が盛んなわけではあり ません。むしろ、太平洋の島嶼国は、政治・経済・社 会的に実に多様性に富んでいます。2
.
1 地理・人口・面積・自然災害等
地理的には、ミクロネシア(ギリシャ語で小さい島 の意)、メラネシア(黒い島の意)、ポリネシア(多く の島の意)の3つに区域に分けられ、ソロモン諸島及 びバヌアツはメラネシアに属しています(太平洋島嶼 国の地図を参照)。ワシントンD.C.からは、一度西海 岸の都市(ロサンゼルスやサンフランシスコ)で乗り 換えて、ソロモン諸島の場合は豪州ブリスベン、バヌ アツの場合はフィジーかシドニー経由で行きます。土 曜日に出発すれば、現地時間の月曜日に着きます。日 本から行く場合は、上記の経由地に加え、ソロモン諸 島の場合はPNGの首都ポートモレスビー、バヌアツ の場合は、ニューカレドニアの首都ヌメアを経由して 行く方法もあるようです。 最大の領土面積を有する国はPNGですが、排他的 経済水域(EEZ、Exclusive Economic Zone)で見 た場合、キリバスが最大となります。ナウルが領土面 積・EEZの両方で最小です。人口の規模で見ても、 825万人のPNGから、1万人程度のツバルまで様々 です。 一方、自然災害への脆弱性に晒されている点におい ては共通しています。世界リスク報告書によれば、 World Risk Index上位15カ国のうち、6カ国を太平 洋の島嶼国が占めています(第1位はバヌアツ、第2 位はトンガ、第4位はソロモン諸島)。実際、近年大 規模なサイクロンが太平洋の島嶼国を直撃し、大きな 被害が出ています(2015年3月バヌアツ、2016年2 月フィジー、2018年2月トンガ等)。また、同地域は 環太平洋造山帯に属し、度々大きな地震が発生してい ます。火山活動も活発な地域で、バヌアツでは、2017 年後半からアンバエ島にあるマナロ山が噴火し、島民 が近隣の島に避難せざるを得なくなりました。更に、 海抜の低いツバル・キリバスは、温暖化による海面上 昇により、国の存在そのものが脅かされています。2
.
2 政治体制・旧宗主国・公用語等
政治体制は、PNG・ソロモン諸島・ツバルのよう に、英連邦に属しエリザベス2世女王を元首とする立 憲君主国家や、パラオ・マーシャル諸島・ミクロネシ ア連邦のように、大統領制をとる国、フィジー・バヌ アツ・キリバス・ナウルのように、共和制をとる国が あります。として勤務して
前国際通貨基金(IMF)アジア太平洋局 エコノミスト
(現財務省理財局国有財産調整課総括補佐)
西澤 英敬
SPOT
太平洋の島嶼国(地図) マジュロ パリキール サイパン島 ハワイ島 グアム島 ヤレン ホニアラ ポートモレスビー スバ ポートビラ ヌクアロファ キャンベラ オークランド シドニー アピア ニウエ バヌアツ共和国 ニューカレドニア クック諸島 フィジー諸島 共和国 キリバス共和国 赤道 フレンチポリネシア フナフチ タラワ マルキョク 140° 140° 130° 120° 110° 100° 130° 120° 110° 10° 0° 0° 10° 10° 20° 30° 20° 10° 0° 0° 20° 30° 40° 20° 30° 160° 160° 170° 180° 170° 150° 150° 140° 140° 130° 120° 110° 130° 120° 110° 100° ソロモン諸島 パプアニューギニア独立国 ミクロネシア連邦 パラオ共和国 マーシャル諸島共和国 日本 ナウル 共和国 トンガ王国 サモア独立国 タヒチ島 ブリスベン ウェリントン ホノルル オーストラリア連邦 ニュージーランド ツバル 160 ° ミクロネシア メラネシア ポリネシア 日付変更線 日付変更線
先史以来の悠久の歴史文化圏
太平洋の島国が世界史に登場するのは、マゼラ ンに率いられたスペインの艦隊が南アメリカ大陸 南端をまわって太平洋に到達、まる一年以上をか けて世界一周を果たした16世紀以降です。地球 が丸いことが初めて証明されたこの大航海時代 の当時、この地域の人々は石器時代の中で暮らし ていたといわれます。 16 世紀 17~19 世紀 20 世紀 ポルトガル・スペインとの接触 欧米諸国による植民地化 1914 年~ 1920 年以降 第二次世界大戦中 第二次世界大戦後 国際連盟の下で日本が委任統治(当時の呼称は「南洋群島」) 太平洋の島国の統治体制は、1945年のヤルタ会談によって 定められ、豪州・ニュージーランドと欧米諸国の国連信託統 治領またはその海外領土で構成されることとなる 世界史の中の太平洋の島国 第一次世界大戦で日本はドイツ領ミクロネシア地域を占領 1962 年 1968 年 1970 年 1971 年 1975 年 1978 年 1979 年 1980 年 1986 年 1994 年 サモア独立国独立 ナウル共和国独立 トンガ王国、フィジー諸島共和国独立 南太平洋フォーラム(SPF)※ 発足 パプアニューギニア独立国独立 ソロモン諸島、ツバル独立 キリバス共和国独立 バヌアツ共和国独立 ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国独立 パラオ共和国独立 これらの太平洋の島国・地域には、少なくとも3 万5千年前から人々が定住しはじめていました。 その航海技術を特技として築いてきた生活と農 耕文化が今日まで受け継がれているのが、この 地域の最大の特色です。美しい海洋環境とあい まって、現代人の心を誘う大きな魅力ともなって います。 ■ミクロネシア(小さな島々の意・赤道以北)遙かな昔、遠い海の物語─
フィリピン諸島以東、赤道以北の区域で、パラオ共和 国、ミクロネシア連邦、ナウル共和国、マーシャル諸島共 和国、キリバス共和国(一部)の各国、ほかにアメリカ合 衆国の属領であるマリアナ諸島などが含まれます。パン ノキ、タロイモ、ヤムイモ、ココヤシの耕作と、礁湖(ラ グーン)や沖合いでの漁労で生計を立てています。 この地域は1920年から45年まで、日本の委任統治 領だった歴史的背景もあり、日本の言葉や文化が現地の 文化の中に残っています。また多くの日系人たちが、政 治経済の分野のリーダーとして活躍しているのもこの地 域の大きな特徴です。 ■メラネシア (黒い島々の意・赤道以南) ミクロネシア連邦のヤップ島に約800年ほど前から伝わる、 石灰岩でできた世界最大のお金。直径30cmから3mまでの ものがあり、現在でもいわば骨董貨幣として、不動産の売買 やご祝儀などに通貨(米ドル)とあわせて使われています。 太平洋の島国の特色と固有文化 ▲ヤップ島の巨大な石貨 バヌアツ共和国のペンテコス島では、年に1度の祭りに若 者が脚に巻いた木のつるだけを頼りに高いやぐらの上から 飛び降りる儀式が行われます。これを見たニュージーランド 人が現在のバンジージャンプを思いつきました。 ▲バンジージャンプは収穫を祝う伝統の儀式 サモア独立国の伝統的な住居で、柱と屋根だけで造ら れ、間仕切りも壁もありません。暑い日差しを避けて涼し い風を入れる、南の島の気候風土ならではの冷房要らず の住居です。 ▲風通しを良くするため壁がない家「ファレ」 Micronesia Melanesia ほぼ日付変更線以西、赤道以南の区域。パ プアニューギニア独立国、ソロモン諸島、フィ ジー諸島共和国、バヌアツ共和国の各国と、フ ランスの属領であるニューカレドニア島が含 まれ、人々はイモの栽培や漁業などによる生 活を送っています。 この地域は火山島が多く、熱帯雨林が広 がっていることから、鉱物資源や森林資源に 恵まれています。また1000近くの言語集団 からなる多種多様な文化が存在する一方で、 「ワントク」と呼ばれる共同体意識があり、同じ 部族出身者同士の団結意識が強いことで有 名です。 ■ポリネシア (多くの島々の意・赤道以南) Polynesia ニュージーランド、ハワイ諸島及びイース ター島を結んだ広大な三角形の海域で、そ の最も西の区域にツバル、サモア独立国、ト ンガ王国、ニウエ、クック諸島などのPIF諸国 があります。タロイモやココヤシなどに加 え、サツマイモを主食とした生活を送ってい ます。 この地域の人々は古くから優れた海洋民と して知られており、かつては100人の戦士 を乗せることができる大型のカヌーで航海 をしたという記録も残っています。また、国 王や貴族の間で培われてきた豊かな音楽や 芸能が現在も各地で継承されており、日本 人にも馴染みのあるハワイのフラダンスは この代表です。 太平洋の島国の独立の時代 ※太平洋諸島フォーラム(PIF)の前身 激戦地となる (ニューギニア、ガダルカナル、ペリリュー等) 太平洋の島嶼国地域は、メラネシア、ポリネシア、ミクロネシアの三つの地 域に区分されます。各地域においても、それぞれの歴史を反映した独自で豊 かな文化があります。 とうしょこく 150° IMFに加盟する太平洋島嶼国の主な指標等 国名 領土面積 (Km2) 排他的経済 水域(EEZ) (Km2) 人口 (千、2017) 一人当たり GNI (米ドル、 2017) 所得階層 主要産業 (外務省HPより) 外交政策(外務省HPより)政治体制 中国・台湾との国交 メラネシア パプアニューギニア 452,860 2,396,575 8,251 2,410 低中所得 鉱業、農業、林業 立憲君主制 域内唯一のAPEC加盟国 豪との関係重視 中国 ソロモン諸島 27,990 1,596,464 611 1,920 低中所得 農業、林業、漁業 立憲君主制 英・豪との関係重視 英連邦諸国とも緊密 台湾 フィジー 18,270 1,281,703 906 4,970 中進国以上 観光業、農業、繊維工業 共和制 06年以後、豪・NZと関係悪化。中国、ASEAN、 アラブとの関係重視 中国 バヌアツ 12,190 827,891 276 2,920 低中所得 農業、観光業 共和制 メラネシアとの関係重視 中国 ミクロネシア キリバス 810 3,550,000 116 2,780 低中所得 漁業、農業 共和制 NZ・豪との関係重視 台湾 ミクロネシア連邦 700 2,992,597 106 3,590 低中所得 農業、漁業 大統領制 米との関係重視 米と自由運合協定 中国 パラオ 460 604,289 22 12,530 高所得 観光業、漁業 大統領制 米・日・台湾との関係重視 米と自由運合協定 台湾 マーシャル諸島 180 1,992,232 53 4,800 中進国以上 農業、漁業 大統領制 米・豪との闘係重視 米と自由運合協定 台湾 ナウル 21 308,480 14 10,220 中進国以上 鉱業 共和制 NZ・豪との関係重視 台湾 ポリネシア サモア 2,830 131,812 196 4,100 中進国以上 農業、漁業 選挙により国家元首を選ぶ制度 NZ・豪との関係重視 中国 トンガ 720 12,410 108 4,010 中進国以上 農業 立憲君主制 英・英運邦諸国との関係重視 中国 ツバル 26 11,573 11 4,970 中進国以上 農業、漁業 立憲君主制 NZ・豪との関係重視 台湾 東チモール 15,410 70,326 1,296 1,790 低中所得 農業、鉱業 共和制 ASEAN加盟を申請 PIF特別オブザーバー 中国 (注)世銀、JICA、外務省HPより筆者作成 南の島担当IMFエコノミストとして勤務してSPOT
する英連邦王国(Commonwealth realm)の1国でも あります。議会は1院制で議席数は50、任期は4年、 国会が首相を選出して首相が閣僚を任命する議院内閣 制を採用しています。1990年代後半から2000年代前 半にかけて発生した民族紛争により国内が混乱、2003 年には豪州を中心とするRAMSI(Regional Assistance Mission to Solomon Islands)が派遣されましたが、 治安回復・国家機能の回復が図られ、2017年6月末 をもってRAMSIは無事に撤収したところです。 一方、バヌアツは英仏共同統治下より1980年に独 立しました。イギリス連邦の加盟国ですが、ソロモン 諸島のように英連邦王国ではありません。大統領を元 首とする共和制を採用し、行政の実権は首相にありま す。議会は1院制で議席数は52、任期は4年となって います。政権基盤は脆弱でしばしば政権交代が発生し ています。なお両国とも軍隊は有していません。 ソロモン諸島の公用語は英語ですが、現地語と英語 が混ざってできたピジン語(Pidgin)が共通語となっ ています。バヌアツの公用語は、英語・仏語・ビスラ マ語(英語と仏語が混ざり変化して生まれた言語)に なります。
2
.
3 経済・主要産業等
所得水準は、国連から後発開発途上国(LDC, Least Developed Country)と認定され、海外からの援助 に依存しているソロモン諸島・バヌアツ・キリバス・ ツバルで低くなっていますが、高所得国に分類される パラオのような国もあります。 主要産業についても、観光業の盛んなパラオ・フィ ジー・バヌアツ、天然資源に恵まれ鉱業の盛んな PNG(原油・液化天然ガス・金・銅)・ナウル(リン 鉱石)、林業の盛んなPNG・ソロモン諸島、漁業権収 入が歳入の3割程度を占めるキリバス・ミクロネシア 連邦と、様々です。 なお、バヌアツはタックスヘイブン(租税回避地) としても知られています(私は担当するまで知りませ んでしたが)。バヌアツが独立する前の1971年、ま だニューヘブリディーズ(New Hebrides)と呼ばれ2
.
4 外交関係
外交関係は、ミクロネシアの3カ国(パラオ、マー シャル諸島、ミクロネシア連邦)を除く、多くの国が 豪州・ニュージーランド(NZ)と密接な協力関係に あり、経済的・人的支援を受けています。ミクロネシ ア3国は、1914年から1945年まで日本の委任統治下 にありましたが、戦後は米国との関係が深くなり、経 済支援の代わりに軍事権を米国に委ね、軍地基地を米 国に貸与することを決めた自由連合盟約(コンパク ト)を締結しています。 中国・台湾との関係では、全世界で台湾と国交を持 つ17カ国のうち、6カ国が太平洋の島嶼国(ソロモン 諸島・キリバス・マーシャル諸島・パラオ・ナウル・ ツバル)です。近年、太平洋の島嶼国をめぐって、中 台日米豪の外交戦が活発化しており、各国首脳の同地 域への訪問が相次いでいます。ソロモン諸島では、本 年4月に発足したソガバレ政権が台湾との国交の見直 しに言及し、年末までに外交方針を決定することから、 当局の判断に関心が高まっています。他方、バヌアツ は、近年中国との関係を強化しており、2018年11月 にPNGの首都ポートモレスビーで開催されたAPEC に合わせて、中国が提唱する広域経済圏構想「一帯一 路」に関する覚書を締結しました。 青々とした海が広がるバヌアツの首都ポートビラ(筆者上空より撮影)3
IMF
と
4
条協議
3
.
1
IMF
とは
IMFは、1944年7月に開催されたブレトン・ウッズ 会議で調印された「国際通貨基金協定(IMF協定)」にSPOT
基づき設立された国際機関で、ワシントンD.C.に本部 があります。日本は1952年に加盟、2019年8月時点 の加盟国は189カ国になります。ちなみに、一番直近 に加盟した国はナウル(2016年加盟)です。 主な業務としては、(1)対外的な支払い困難(外 貨不足)に陥った加盟国に対する金融支援、(2)世 界・地域・加盟国の経済・金融情勢のモニタリング及 び加盟国の経済政策に関する助言の提供(サーベイラ ンス)、(3)加盟国の政策遂行能力を高めるための技 術支援、があります。以下では私が関与した(2)の 国別サーベイランスについて説明したいと思います。
3
.
2
4
条協議とは
国別サーベイランスでは、各加盟国の経済政策に関 する包括的な協議の形で定期的に(通常は年1回)実 施されますが、このような年次協議は、IMF協定の第 4条に規定されていることから4条協議(Article IV consultation)と呼ばれています。4条協議の出張の ことを、Article IVミッション、またミッションの ヘッドのことをミッションチーフと呼んでいます。 4条協議のプロセスはミッションの2ヶ月くらい前 から準備が本格化し、それまでに当局が公表した資 料・経済指標や報道等から、セクター毎のエクセル ファイルを更新し、チームメンバーとの議論を踏まえ、 経済財政見通しや政策提言案を含むPolicy Note(PN) を作成していくことになります。ミッションの1ヶ月 前くらいには、PNをIMFの他局に送付し、他局のレ ビュー担当者も参加するPCM(Policy Consultation Meeting)を開催し、PNの内容や本ミッションの着 眼点等について議論を行います。他局からのコメント を反映したPNをIMFマネジメントに送付し、ミッ ション開始1週間前位までには彼らの了解を取り付け ることになります。 ミッション中は、当該国政府及び中央銀行のみなら ず、他の国際機関、豪州・NZ・JICAといったドナー、 国有銀行、民間金融機関、年金基金、NGO等と議論 を重ね、経済見通しや政策提言の修正の必要性につい てチーム内で議論を行います。島嶼国の場合、現地に 行って初めて得られる情報も多いため、ミッション中 に経済見通しが変わったり、政策提言のトーンが変 わったりすることもあります。最終的には、ミッショ ンの主な調査結果を文書にまとめ、財務大臣や中銀総 裁も参加するConcluding Meetingでそれに対する当 局の正式な見解を伺うことになります。その日の夜は 当局主催の夕食会が開催され、翌日の午前中は現地の プレス向けに当該国の経済財政等の状況についてIMF の見解を説明した後、質疑応答を行い、全てが終わっ てから午後の飛行機便でワシントンへの帰路に就くこ とが多かったです。 帰国後は、Staff Reportと呼ばれる年次報告書を作 成します。年次報告書には、経済財政金融の現状、政 策提言、当局の見解、各セクターの指標に加え、トピッ ク的にコラムや政策提言の根拠となる深い分析を記し たアネックス(付属書類)も含まれます。また債務の 持続可能性分析(DSA, Debt Sustainability Analysis) については世界銀行と共同で行うこととなっているた め、IMFで作成したDSAの報告書案に対する世界銀 行のコメントも反映した上で最終化します。年次報告 書及びDSA報告書を基にIMF理事会で議論が行われ、 4条協議が終了します。通常帰国してから2ヶ月以内 に理事会が開催され、理事会終了後速やかに報告書が IMFのホームページに掲載されます。チームによって 異なりますが、私のいたチームでは、通常4条協議が 無事に終了したことを祝って、リサーチアシスタント を含むチーム全員でランチに行くことが多かったで す。 IMF理事会が開催される部屋(筆者撮影)4
IMF
エコノミストの仕事
一般的にIMFエコノミストは、国内総生産やイン フレ率等を扱うリアルセクター、国際収支を扱う対外 セクター、財政セクター、金融セクター及びDSAの うちどれか1つを担当することになりますが、島嶼国 の場合は、ミッションチーフを入れて3人程度で見て 南の島担当IMFエコノミストとして勤務してSPOT
や債務の状況について一部ご紹介したいと思います。 まずエコノミストとして大事なことは、当たり前の ことですが、数字の裏付けを丁寧に行い、財政セク ターのエクセルファイル内の数字、他のセクターとの 関連性について、完全に理解することが大切です。特 に低所得国の場合、データの質に懸念があることが多 く、当局が公表している数字をそのまま鵜呑みにする ことは出来ません。例えば、ソロモン諸島の場合、 IMFのGFS(Government Finance Statistics)に基 づく公表を行っていないため、各予算項目について、 GFSに沿って分類する必要がありました。バヌアツ はGFSに基づく公表をしていますが、借入れにより 債務残高が大幅に上昇しているのにも関わらず、財政 収支が黒字となっている等、整合性が取れていないこ とがわかり、新規借入や返済を考慮しながら、計数を 調整する必要がありました。
4
.
1 財政
ソロモン諸島では、2016年後半から2018年にか けて、放漫財政により資金繰りが悪化しました。IMF ではソロモン中銀から月次で政府の口座残高の計数を もらい資金繰り状況をモニターするとともに、電気代 や工事代金等の国内向けの支払いに延滞が生じていな いか、海外の債権者への支払いが滞っていないかなど の確認作業を行いました。国内向けの延滞金が生じて いる事例が見つかったことから、まずは延滞金の全体 像を把握すべく徹底的な調査を行った上で、延滞金解 消に向けた計画を策定するよう提言を行いました。さ らに、ベースラインシナリオと改革シナリオを提示 し、経常的経費の2ヶ月分の資金をバッファーとして 保持するよう提言しました。具体的な改革案として は、歳出面では、不要不急な支出(特に、近年急増し たCDF(Constituency Development Fund)と呼ば れる、議員が自分の選挙区向けに自由に使える資金や 成績不振者への奨学金等)の削減、歳入面では、税滞 納の削減・徴税強化、また木材の輸出税(贈与を除く 歳入の2割強を占有)を計算する際の木材の基準価格 を国際価格に沿った形にすること等を提言しました。強化したEconomic Citizenship Program(ECP)が 功を奏し、ここ数年市民権(パスポート)売却による 税外収入が急増しています。2018年には、贈与を除 く国内収入の33%(GDP比で約10%)も占めるまで になりました。バヌアツはイギリス連邦の加盟国であ るため、バヌアツのパスポートがあれば、VISA フ リーで125カ国に入国することが可能であることをう たっており、中国人が多く購入していると言われてい ます。また、ビットコインで市民権の購入が可能な最 初の国と報道されたことから、一気にECPへの関心 が高まりました。当局はドルでの支払いしか受け付け ていないと否定しましたが、仲介業者の中では、ビッ トコインでの購入を受け付け、当局にはドルで支払っ ているところもあるようです。IMFとしては、AML/ CFT(Anti-Money Laundering / Counter Financing of Terrorism)の観点からレピュテーションリスクが 発生した場合、当該収入は激減する可能性があるため 持続可能な収入源とみなすことはできず、現在政府が 検討している、恒久的で安定財源である所得税の導入 を支持しています。またサイクロンや火山噴火等の自 然災害が多発し財政上の負担となっていることから、 当局は自然災害基金の創設を検討しています。これを 受け、IMFとしても、基金のあり方等について助言を 行いました。
4
.
2 債務
ソロモン諸島は民族紛争後の2005年に、一部の債 権者と合意した債務再編(Honiara Club Agreement) により借入れが不可能となったこともあり、公的債務 残高(GDP比)は50.3%(2006年)から8.2%(2016 年)まで大幅に減少しました。その間、公的債務残高 の上限値の導入や保証を付す際の方針等を含む債務管 理の枠組みを整備し、ようやく借入れが可能となった ところです。 バヌアツはソロモン諸島と状況が異なり、2018年 の公的債務残高(対GDP比)は2014年と比べ2倍以 上増加し、52.4%となっています。原因は、中国が 支援する道路建設計画、JICAによる埠頭整備計画、SPOT
世界銀行による飛行場整備計画などのインフラ整備に 係る借入れによるものです。 DSAの概要については、2019年2月ファイナンス 号「開発についての諸考察:IMF及び世界銀行による 低所得国向け債務持続性分析」に譲るとして、ここで はDSAを行う上で、私が具体的に何をしたかという 点に絞って、バヌアツを例にして述べることとします。 DSAでは、仮定次第でリスク格付け(低・中・高 リスク)はいくらでも変わり得ます。したがって、ど う仮定を置くかが重要となるわけですが、当局と一番 議論した点は、借入れや政府保証に係る仮定です。 2.4で述べたように、バヌアツは2018年11月に中国 が提唱する広域経済圏構想「一帯一路」及び道路建設 計画(フェーズ2)に関する覚書を中国と締結しまし た。当局とは道路建設計画の借入条件(金利・猶予期 間・満期)等について議論し、2021年までに中国か らの支払いは終わるものと仮定しました。2022年以 降は具体的な計画がないので、借入れはなしと仮定す るのも一つの考え方ではありますが、「一帯一路」に 関する覚書を締結したという事実から今後とも借入れ が継続しうると仮定したところです。 2030年までにバヌアツへの訪問者数を現行の3倍以 上にするという観光業強化計画(Shared Vision 2030) に関し、国営のバヌアツ航空が新規路線開設を目指し 複数の航空機の購入を検討中です。当局とはその資金 調達方法について議論をしました。DSAでは、国有 企業の借入れに政府保証が付されている場合、公的債 務の定義に含める必要があります。同社は以前市中銀 行から借り入れた際、その借入れに政府保証が付され ており、今回市中銀行から借りられた場合でも政府保 証を求められる可能性があり、IMFとしても注視して いたところです。ただ、四条協議の時点では、具体的 な資金調達スキームが明確化されていなかったため、 航空機購入に係る費用は今回のDSAでは考慮しませ んでした。他方、すでに政府がバヌアツ航空に対し航 空機の購入補助用に貸し出した資金については、政府 の偶発債務になりうるので、その分をDSAのストレ ステストの中で反映させました。 当局と野外での打ち合わせ後、バヌアツチームと(筆者一番左)