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近 代 民 法 に お け る 不 動 産 占 有 の 意 義

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(1)論. 目. 次. 近代民法における不動産占有の意義. 序. 権利推定と不動産占有. 近代化と不動産占有の変化. 結. 論. 取得時効と不動産占有. 論. 高. 島. 平. 蔵. 近代民法における不動産占有の意義. =二︵一二一︶. シテモ其権利ヲ対抗スルコトヲ得ルモノトセハ完全二権利ヲ取得シタル者ト看倣サレタルト敢テ大二異ナル所ナキニ. ﹁不動産ノ占有者力不動産ヲ占有スルヤ否ヤ直二民法第百八十八条ノ推定二基キ権利ノ登記ヲ為シ以テ第三者二対. ような理論を用いたことがある︒. かつて大審院は︑民法第一八八条の規定にもとづいて登記を要求した不動産占有者の主張をしりぞけるため︑左の. 序.

(2) 論. 説︵高島︶. 一二二︵一二二︶. 依リ法律力占有期間等種々ノ条件ヲ付シ民法第百六十二条及ヒ同第百六十三条等二於テ取得時効二関スル規定ヲ設ケ. タルハ殆ント無用ニシテ徒法二属スルモノト云ハサルヲ得ス法律力此ノ如キ不条理ナル規定ヲ設クヘキ理ナケレハナ. リ﹂︒﹁何トナレハ右民法第百八十八条ノ法文ヲ均シク占有権ノ効力ヲ規定シタル同第百九十二条ノ法文二対照セハ前. 者ハ単二占有者力占有物ノ上二行使セル権利ハ之ヲ適法二有スルモノト推定ストアルニ拘ラス後者二在テハ即時二其. 動産ノ上二行使スル権利ヲ取得ストアルニ依リ前者ハ後者ノ如ク権利取得ノコトヲ規定シタルニアラスシテ単二権利 ︵一︶ ノ推定ヲ為シ以テ占有者ヲシテ権利証明ノ責任ヲ免レシムルニ在ルコトヲ知リ得ヘキ⁝⁝﹂︒. このなかには︑登記をなすことをもつて︑ただちに﹁権利ヲ取得シタル者ト看倣サレタルト敢テ大二異ナル所﹂が. ないことになると考えたり︑それを否定するためにわざわざ即時取得や取得時効との対比をおこなつたり︑いささか. 奇矯にみえる論理が展開されている︒しかしながら︑この判例をさらに検討してみると︑その論理構成の当否は別と. して︑占有をめぐる根本的な重要間題が︑意識的にか無意識的にか︑みごとな連関をもつてとりだされているのをみ. ることができるのである︒取得時効と︑占有にもとづく権利の推定は︑あぎらかに別個の間題であるし︑いわんや︑. 民法第一八八条による権利推定の効果と︑即時取得とは︑まつたく別物である︒にもかかわらず︑占有による権利の. 推定︑取得時効︑即時取得などは︑占有の効果として何らかの連けいをもつものである︒すなわち︑これら諸効果の. 背後には︑占有による公示︑権利表象の問題があり︑この共通の要素が︑一見別個の法効果とみえるこれらのものの. むすびつきを推測させるものということができる︒そうして︑ここにもあらわれたように︑権利推定や取得時効の解. 釈についての学説の対立なども︑結局︑わが民法における占有の公示性︑権利表象性などに関連して生じているもの.

(3) ﹂考えられ︑この問題は︑判例によつても指摘されているように︑︑占有の効果︑機能に関する他の諸問題の解釈に. b︑そのままつながつてくることになる︒しかし︑このような問題は︑すべての占有について生ずるわけではなく︑. とくに不動産占有に関して論議されるのである︒なぜなら︑不動産に対する権利の公示︑表象については︑この目的. に奉仕する登記という制度が存在し︑占有のもつ機能と重複し︑あるいはこれと対立するために解釈上の問題を提起. 大判︑明治三九年二一月二四日︑民録二一輯一七二七頁o. し︑それによつてまた不動産占有の作用についての検討を促しているからである︒ ︵一︶. 近代化と不動産占有の変化. 化の徴表は︑不動産︑とくに土地の社会︑経済的意義の変化にあり︑この変化はまた必然的に︑不動産占有の意義を. マ本来不謹占有の嚢作用の変化は︑近代的民法の成立釜窒ひとつの重嚢メルク了ルであ建近代. 変化させずにはおかなかつた︒中世における土地ゲヴェーレは︑当時における物権の不明確性を背景とし︑土地の現 ︵一︶ 実の支配関係を︑そのまま一種の法秩序に形成する︑という役割を担つていた︒土地ゲヴェーレのかような社会的︑. 経済的重要性は︑おのずから︑動産におけるとは異なつた独自な内容を要求したのであつた︒したがつて︑このよう. な体制のもとにおいて︑土地ゲヴェーレは︑まさしく権利を表象した︒しかも︑単なる表象の手段であつたというよ. 一二三︵一二三︶. りは︑土地支配の本権と不可分にむすびつきながら︑やはり自らもまた一種の権利として︑これを表現し︑公示した 近代民法における不動産占有の意義. へ.

(4) 論. 説︵高島︶. 噺二四︵一二d︶. のである︒そうしてゲヴェーレのもつ防禦的効果09①霧貯設蒔黛茜︑攻撃的効果○ぼ累7︑≦一岳傷緯︑移転的効果. ↓惹房冨菖く£蒔q凝等々は︑ことごとく︑ゲヴェーレの統一的な本質にもとづく︑互に相関連するところの諸効果に ほかならなかつたのである︒. ﹁農村的諸関係においては︑権利関係︑なかんずく不動産に対する権利開係は︑しばしば確定困難で ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ︵ミッタイス﹁ドイ. ある︒したがつて︑しばしば占有状態が権利を代表し︑占有の背後に権利が推定されるということにならざるをえない︒公. ︵一︶ ミヅタイスはいう︑ ヤ. 然と行使されている占有は暫定的に権利とみなされるのである︒これが︑ゲヴェーレの公示性である﹂ ッ私法概説﹂世良晃志郎・広中俊雄共訳七四頁︶︒. このような︑ゲヴェーレにとつて中心的な権利表象性というものは︑近代化にともなつてどのような変化をたどる. ことになつたか︒この点について第一に問題とされるべきは︑近代化の端緒としての・ーマ法継受である︒近代法形 ︵二V. 成の過程における重要な転機としての・ーマ法の浸透は︑動産占有と不動産占有の差別の撤去︑両者の画一化をもた. らしたものといわれている︒このことの意味は︑つぎのように考えられるであろう︒・ーマにあつては︑本権︵とく. に所有権︶の確認が容易であり︑したがつて︑ゲヴェーレにおけるように︑本権的なものと不可分にむすびついて︑. 現実的支配関係を法上に反映させるというような占有の規整は不要であつた︒そこでは占有は︑本権とはきりはなさ ︵三︶ れ︑むしろ表面的な秩序の警察的な保護をその中心的な作用としていたことが指摘されている︒そのようなシステム. のもとにおいては︑不動産占有の特異性というものは︑もはや意味をもちえない︒それに︑土地そのものが貨幣経済. の中にまきこまれ︑ひんばんな取引の対象となるにいたると︑土地支配の中世的︑利用中心の支配関係の反映として.

(5) の土地ゲヴェーレが︑その独自性を失い︑財貨としての動産との差異は減少し︑両占有の画一化を可能ならしめるこ. とになつたものと思われる︒さてここで︑不動産ゲヴェーレの権利表象性は︑重大な転機にたつことになる︒そして. このように︑本権との不可分な結合にもとづく表象性が崩壊し︑あるいはすくなくとも緩和されていつた場合には︑. 本権からぎりはなされた現実的支配が︑いわば技術的な意味において︑ふたたび本権公示の役割を与えられ︑こんど. は取引安全の確保に奉仕することの可能性が生ずることになる︒しかしこのような配慮が現実に法制度として登場す. るのは︑ずつと後になつてのことである︒むしろ実際において︑ローマ法というものは︑公示に対してはなはだしく ︵四︶. 無関心であつたことを想起する必要がある︒このことはたとえばドイッにおけるローマ抵当制度の継受の際に生じた. 取引上の混乱などにおいて︑とくにあぎらかに示されている︒つまり︑近代化にともなう不動産占有の変化は︑その. 権利表象性の喪失という方向に作用したものということができよう︒しかし︑権利表象という点については︑右の規. 象とならんで︑登記制度の発達の過程を考えなければならない︒たとえば︑ドイッにおいて︑不動産譲渡証書の保存 ︵五︶. などにはじまり︑公の帳薄への記載へと展開していつた登記制度は︑やがて不動産ゲヴェーレの担つていた権利表象. の任務にとつてかわることになつた︒つまり登記制度の発達は︑不動産占有の権利表象性の喪失を意味したのであ. る︒しかし︑登記制度による不動産占有の権能の代行も︑各地︑各都市により︑さまざまな相異があり︑ゲヴェーレ. 一二五︵一二五︶. 的意味における権利表象性の完全な肩替りは︑リューベックやブレーメンなどにおいて採用された方式︑すなわち︑ ︵六︶ 登記の設権的効力の承認によつて︑はじめて実現することとなつたのである︒ ︵二︶頃菩まさ9唇9凝Φ号の留暮ω魯窪ギ一く即霞①魯努ω﹂o︒ド. 近代民法 に お け る 不 動 産 占 有 の 意 義.

(6) 一二六︵一二六︶. ミッタイス︑前掲一六六ー七頁o. 説︵高島︶. ︵三︶. ローマ法継受の結果生じた公示性喪失の意味につき︑拙稿﹁ドイツ不動産担保法の近代化について﹂早稲田法学三三巻. 論. ︵四︶. 一︑二冊︒ ︵五︶. ヒュブナーは︑リューペック︑ブレーメン︑ハムブルク︑ハノーヴァなどの諸都市法におけるように︑登記を物権行為の. このようなプロセスにつき︑たとえば︑自山げ莞き勲勲ρω﹂潟R. ﹁本来は単に事当者の意思表示によつておこなわれた法律行為の締結の証明手段にすぎなかつ. ︵六︶. 有効要件 と す る こ と に よ り ︑. た登記は︑完成行為そのものに変じた︒かくして登記はゲヴェ!レの役割を承継した﹂とのべる︒=帥ぴおお鉾騨O●9お9. ・ゲヴェーレに似た機. 右にみてきたような公示についてのふたつの発展の過程が︑どのようにむすびつくかにより︑近代民法のうちに︑. 公示制度のふたつの型が形成されることになる︒すなわちその一は︑ドイッの場︑・であり. 能を営むにいたつた登記制度の伝統を︑ゲヴェーレ体制の崩壊にもかかわらず︑意識的に︑近代民法のあらたな取引 モ 安全の目的のもとに︑むしろ純粋に技術的な公示制度として再構成するという方向であ虞その二は︑不動産占有に 生ずべき変化を︑登記制度による代行によつて充分に補うことなく︑そのまま徹底させていくという方向であり︑フ. ランス民法はこの型に属する︒ここでは︑登記制度が権利表象手段としてとりあげられるとしても︑ドイッ民法の場. 合のような形では︑不動産占有の権利表象性を完全に喪失せしめることがない︒そうすると︑近代民法のうちにあら. われてくるあらたな意味での公示なり権利表象なりの要求が︑ふたたび不動産占有という素材と結合する可能性が残 されていることになるのである︒.

(7) わが民法は︑いうまでもなくこの第二の型に属するものである︒ここでは︑やはり︑登記が徹底的なかたちで権刊. 表象の役割を担うことがなく︑そのために︑不動産占有の権利表象性がなおみとめられる場合がありえた︒その背後. には︑登記制度などを通してあらわれる国家の後見的な態度に拘束されることなく︑これと独立に取引関係を規整し. ていこうとするフラソス民法において優勢だつた考え方をみとめることもできよう︒しかし︑不動産取引のもつ経済. 的機能の重要性の増大は︑必然的に登記という公示制度の適用範囲の拡大︑その作用の画一的な徹底化を要求するこ. ととなるのであり︑これにともなつて︑不動産占有と登記との対立現象が︑明白なかたちでうかび上ることになる︒. したがつて︑わが民法において︑不動産占有が担つた権利表象としての意義とその変化を︑登記制度との関連乙おい. て検討することは︑不動産占有の変化において︑右のような過程をたどつた民法における︑権利表象制度についてあ. らわれた問題をあきらかにするものとしての意義をもつとともに︑この点についての解釈論上の見解対立の意味をた しかめることに も 役 立 つ で あ ろ う ︒. 権利推定と不動産占有. 不動産占有は︑わが民法において︑動産占有と︑原則として同じようにとりあつかわれている︒ここでは︑不動産. 一二七︵一二七︶. 占有の諸効果のうちで︑前にもいつたように︑権利表象性に関するもの︑したがつてまた︑登記との対立関係を生ぜ しめているものが問題となるQ 近代民法における不動産占有の意義.

(8) 論 説︵高島︶. 一二八︵一二八︶. この点に関し︑登記と占有との対立の揚となり︑これについての学説の対立をみるにいたつたもののひとつは︑さ. きにもあげた不動産占有の推定効︵民一八八条︶である︒そこで︑この規定についての解釈論上の問題を︑不動産占. 有の公示的機能の克服という観点から︑もう一度検討してみたいと思う︒ここで中心的な解釈論上の問題は︑民法第. 一八八条が︑不動産占有についても適用されるか否か︑もし適用されるとして︑登記の推定力との関係をどのように. 解するかということであつた︒すなわちこの条文の解釈において︑まさしく不動産占有と登記との対立関係が︑意識. 的にとりあげられることになつたのである︒しかしこのことは︑不動産占有の権利表象性という問題に関しては︑一 体どのような意味をもつているだろうか︒. 民法第一八八条の問題については︑学説がわかれている︒第噌は︑登記の推定力との対立を充分意識しないもので. あり︑第二は不動産占有と登記の推定効の両立をみとめようとするものである︒そしてこの第二の見解も︑両者の優. 劣をみとめないものと︑登記があるかぎり︑登記の推定効の優越性をみとめるものとにわかれる︒そうして︑解釈論. の変化のあとをたどると︑大体において︑第一の見解から︑第二の見解へ︑その第二の見解のうちでも前者から後者 へという移行を示し︑最後のものが︑現在の通説となつている︒. まず︑立法者は︑民法第一八八条の適用について︑不動産占有を特別にとりあつかうとい5考えをもつていなかつ ︵一︶ たように思われるし︑初期の民法学者の説明にも︑この点が無視されている︒つぎに︑登記と占有の推定力の対立を. みとめながらも︑いずれか一方を優先せしめることのない見解として︑たとえば中島玉吉博士は左のように説かれて. いる︒ ﹁或ハ日ク︑登記名義人二対シテハ本条ノ適用ナシト︑思フニ本条ヲ制限的二解シテ登記トノ調和ヲ計ラント.

(9) スルモノナラソモ︑直チニ賛成スル能ハサルナリ︑蓋シ我国ノ登記ハ推定的効力ヲ有スルニ止マル︑故二登記二占有 ︵二︶. 以上ノ効力ヲ認ムル能ハス︑殊二登記名義人ト占有者問ノ彊界ノ訴二於テハ寧・占有二重キヲ置クヘキニハアラサル. カ︑要スルニ此ノ点ハ一疑問タルヲ免カレス﹂︒最後に両者の対立をみとめるが︑結局登記の推定効を優先させる見解. として︑たとえぱ末弘博士はつぎのように指摘される︒﹁登記ある不動産については出来得る限り登記を基礎として一 ︵三︶. ﹁我民法ハ此点二付キ何等ノ規定ナキヲ. たとえば︑岡松参太郎﹁民法理由﹂総則編︑物権編六九頁以下︑梅謙次郎﹁民法要義﹂巻之二物権編四一ー二頁などo. 切の法律関係を審査するのが当然である︒故に私は登記ある不動産には本条の適用なきものと解するを正当と思う︒﹂ ︵一︶. ︵二︶ 中島玉吉﹁民法釈義﹂巻之二物権編上一六七頁︑なおつぎのような説明もある︒. 以テ此両者ノ間ニハ何等ノ優劣ナク争アル揚合ニハ原告二於テ立証責任ヲ負担スベキモノトス﹂︵入江真太郎﹁物権法要論﹂. 末弘厳太郎﹁物権法﹂上巻二五二頁︑そのほか︑石田文次郎﹁物権法﹂二九四頁などQ. 上巻一八六頁︶︒. ︵三︶. このような学説の対立は何を意味するか︒ここでは︑不動産占有が︑登記制度の存在にもかかわらず推定効をもつ. とされたわが民法の態度に対し︑これと登記との対立が次第に明確に意識され︑結局登記の優越が承認されるにいた. る過程が示されている︒そうしてこの問題をめぐつて展開された法理の上には︑必ずしも明白な姿をもつてあらわれ. たわけではないが︑われわれはそこに︑公認された権利表象手段としての登記のもつ︑いわば制度的な推定効が︑こ. のような性格を否定された不動産占有の推定効を克服する︑という過程をみることがでぎるであろう︒このことを考. 一二九︵一二九︶. える場合︑占有や登記の推定効を根拠ずけ︑これを比較するために用いられた蓋然性の理論︑すなわち︑占有のある 近代民法における不動産占有の意義.

(10) 論. 説ρ高島︶. 一三〇︵一三〇︶. ところ︑﹁占有すべき権利﹂の存在する蓋然性が大きいということに推定効の根拠をみとめる見解は︑きわめて重要. な意味をもつ︒なぜならそれは︑結果としてあらわれたふたつの互に反する方向︑すなわち不動産占有の権利表象性. の否定と︑登記の権利表象性の強調とをもたらす媒介として作用したものとして理解されるからである︒つぎに︑こ のふたつの方向を︑民法第一八八条についての解釈論のうちに求めていくことにする︒ ︵四︶. まず︑推定効の根拠としての不動産占有の権利表象性の否定という点について︒民法第一八八条は︑ゲヴェーレに. 由来する規定であるといわれている︒したがつてこの推定効は︑占有の権利表象性というものと結びつけて理解され. る可能性をもつていることになる︒しかし︑本来ゲヴエーレの推定効は︑ゲヴェーレが公認された権利表象手段であ. り︑同時に権利移転手段などであるという︑統一的制度であることから︑その効果の一環としてみとめられたもので. あつた︒ところが︑わが民法の不動産占有は︑もはやそのような統一的な制度ではなく︑公認された公示手段でもな. くなつている︒つまり不動産占有は︑その性質から当然に︑ゲヴェーレ的意味において推定効をもたらすものではな. いのである︒学説も︑ここでは︑推定効を直接に占有の権利表象性にむすびつけてはいない︒だとすれば︑一体不動. 産占有の推定効の根拠を何にもとめるか︑ということが問題となる︒右のような前提のもとで︑不動産占有と推定効. とを媒介するものは伺だつたか︒実はここで︑あの蓋然性の理論が前面に登場してくるのである︒. 一般におこなわれている説明によると︑占有の推定的効果の根拠は︑占有のある場合にみとめられる本権存在の蓋. 然性にもとめられているものと思われる︒すなわち︑ ﹁事実物ヲ支配スル者ハ物ヲ支配スルノ権利アリテ支配スルヲ ︵五︶ 常態トス﹂ることが︑ ﹁本条ノ推定アル所以﹂だとされるのである︒このいわば蓋然性の理論とよばれるべきものこ.

(11) そ︑すでに権利表象性を否定された不動産占有と︑その推定効とをむすびつける唯一の媒体として用いられたもので. はなかつたか︒すなわちこの説明は︑権利表象性からおのずからみちびかれる制度的な推定効を否定し︑事実的支配. が本権を矛︑の背後にもつことが多いという経験的な判断をもつてこれにかえ︑そこから推定効を基礎ずけようとする ものといつてよいであろうQ. つぎは登記の権利表象手段としての性格の強調について︒右のように考えると︑民法上公示制度として承認されて. いる登記制度にもとづく推驚効の基礎ずけについては︑おのずから不動産占有の場合とは別個の理論が要求されるこ. とになるのではないかQしかしこの点についても︑多くの学説は︑登記の推定効につぎ︑占有におけると同じく︑本 ︵六︶. 権存在の蓋然性というものに︑かなりの重点をおいているようにみうけられる︒つまり︑登記と占有の推定効を︑同. 一平面に並べた上で︑両者の優劣を比較しようとするのである︒だが両推定効の根拠を蓋然性にもとめ︑その優劣の. 決定を︑この蓋然性の大小によつておこなうとして︑その大小の比較は必ずしも容易でなく︑登記の推定効の優先性. の承認も困難であろう︒しかし︑L登記についてのこの蓋然性の理論は︑占為の場合と異なり︑実際は︑公認された権. 利表象手段としての登記の推定効の優越をみらびくための︑一種の過渡的な理論としての意味をもつものと考えられ. る︒すなわち︑民法理論の体系内において︑登記の制度的な意味での優越性をそのまま主張することを避け︑推定効. の蓋然性の大小を比較するというかたちで︑一度これを民法理論の平面におくことにょつて︑終局的な登記の優先性. の結論をみちびこうとしたものと解することができよう︒結局両者は︑その実質について考えると︑ひとしく蓋然性. 二一三. ︵一三一︶. の大小によつて比較されたのではなく︑むしろ異質のものとして比較されていたのではないだろうか︒そしてこの異 近代民法における不動産﹄旦屑の慧義.

(12) 論. 説︵高島︶. 一三二︵二壬一︶. 質性は︑登記が︑法的に承認された不動産についての権利表象手段であるところに求めうるであろう︒さきにものべ. たように︑不動産占有の推定効は︑公示手段としての性格からみちびかれえないがゆえに︑結局蓋然性を根拠とする. こととなつたのである︒このことは︑占有がゲヴェーレ的性格を克服したものとして重要な意味をもつものであつ. た︒だとすれば︑公に承認された公示手毅︑権利表象手段としての登記の推定効の︑占有のそれに対する特異性が︑. 当然問題とされるはずである︒そうして︑登記の推定効の︑不動産占有とは異なつた根拠をみとめることは︑やがて. 登記制度の不動産占有に対する優越を︑蓋然性などの媒介をぬきにして︑よりはつきりと︑率直に民法理論のうちに. 確立するという方向を意味することになる︒学説︑判例のつぎのような表現は︑まさしくこの方向を示すものである︒ ︵七︶ ﹁萄も公薄に記載されてる以上其記載事頃を真実なりとするの推測力あるものと解せねばならぬ﹂︒﹁登記がこのよう. な推定力を有することは︑登記が一般に信用せられる公の制度であり︑しかもその記載自体の間には矛盾がないよう ︵八︶ な仕組になつている点などから認められるのであつて⁝:﹂︒﹁登記は制度上︑その手続において︑真正な︑すなわち. 鼠家によつて承認され︑管理される公示制度としての登記の意味を︑そのような要素を欠く占有. 有効に存立する実質的関係にもとづくものであることが︑保障され︑かつ公の機関によつて管理されているから︑登 ︵九︶ 記がなされていると︑これに対応する実質的関係の存在が推定される﹂︒﹁不動産登記ハ不動産二関スル権利ノ得喪変 ︵一〇︶ 更ヲ公示スル方法ナルヲ以テ其登記ハ一応事実二符合スルモノナリトノ推定ヲ受クヘキモノ﹂・. つまりここでは. と比較しながら︑正当に評価しようとするのである︒このような理解は︑民法における不動産占有の変化をより忠実. に認識しつつ︑第︼八八条の構成に反省を加えることになるが︑冒頭にかかげた判例の当面した問題とその解決の意.

(13) 義もこの角度から理解することができるものと思われる︒. 右の事件は︑前にも一言したように︑民法第一八八条の推足効を積極的に利用し︑占有者が登記を請求しうるかとい. う問題に関するものである︒この事件について否定的結論をうちだすために判例のとつたかなり苦しい論理も︑さき ︵一一︶ にかかげたとおり添.あるが︑学説には︑これと反対に︑登記をみとめようとするもの本︑ある︒このような問題の根源. は︑つぎの点に求められるものと思われる︒すでにのべたように︑不動産占有と登記とは︑わが民法においては︑相. 対立する異質のものであり︑したがつて︑占有の推定効からただちに登記が可能になるということは︑公示と関係の. ない不動産占有が︑そのままこれと対立する国家的な公示制度に移行するのを意味することになる︒右判例の奇矯な. 論理も︑実質的にはこのよづな結果を阻止しようとするものだつたと考えてよいのではなかろうか︒登記をすれば権. 利が取得されたのと同じ結果になるという理論は︑もとよりあやまりである︒しかしこの理論も︑もし占有者が登記. すると︑その結果︑登記制度としての強力な保護をうけるにいたる︑と解すれば充分な根拠をもつことになる︒要す. るにこの判例は︑不勤産占有の推定効の︑これに対する公の権利表象手段としての登記制度を意識したうえでの限界 ずけとして理解しうるものと考えられる︒. 中島︑前掲一六六頁︒そのほか︑たとえば左のような説明がある︒ ﹁平均的には外観が内容に随伴するを通常とし︑占有. ︵四︶原田慶吉﹁日本民法典の吏的素描﹂九八頁︑柚木馨﹁判例物権法総論﹂三二一一頁など◎ ︵五︶. 者は十中八九までは正当なる権原に基いて占有をしているとみられうるのであるから︑民法はこれを原則的状態とみて︑困. 一三三︵二三二︶. 難な本権の証明め負担を免除することとしたのが︑この権利の推定なのである﹂︵柚木︑前掲=二四頁︶︒ ﹁世の中普通の事. 近代民法における不動産占有の意義.

(14) 論. 説︵高島︶. たとえば我妻教授は左のように説かれる︒. 一三四︵コニ四︶. ﹁不動産物権に関して登記制度の完備した今日では︑登記によつて表象される. 例では占有者は正当な本権に基いて占有を為すを通常とするからである﹂︵末弘︑前掲二五一頁遷 ︵六︶. 末弘︑前掲一七〇頁o. 不動産物権に関しては︑占有は決して右の蓋然性を持たない︒登記こそ蓋然性を有する﹂︵我妻﹁物権法レ三三一頁︶.︑ ︵七︶. ︵八︶末川博﹁物権法﹂一五一頁◎ ︵九︶ 舟橋諄一﹁物権法﹂二一二頁︒ 大判︑大正五年三月二四日︑民録一二一輯六六二頁.. ︵一一︶ 柚木︑前掲三一五頁o. ︵一〇︶. 取得時効と不動産占有. 善意者保護による取引安全の確保は︑物権公示の要求とともに︑近代民法においてあらたにとりあげられるべぎ課. 題となった︒これは︑物権法においては︑権利表象を信じた者の保護というかたちであらわれる︒それゆえ︑不動産. に関しては︑ふたたび︑占有と登記に関する間題として提示されることになる︒わが民法は︑不動産占有を信じた者. の保護としては︑占有の効力としては明白な規定をおかず︑登記にも公信力をみとめなかつた︐だがこの問題は︑そ. れにもかかわらず︑不動産の取得時効制度のうちにその姿をあらわすのである︒いいかえれば不動産の取得時効制度. は︑不完全ながら︑わが民法における不動産占有の権利表象性や︑これにもとづく一種公信力的な効果などを示すこ.

(15) とにおいて︑重要な意味をもつ︒ ︵一︶. 規定の配列は別として︑本来取得爵効制度というものは︑不動産についてみれば︑不動産占有の一種の効果として. 把握されるべき性質をもつている︒しかもここでは︑不動産占有の公示手段としての機能の承認︑それに対する信頼. の保護とい5ような考え方が︑推定効の場合などに比し︑かなり明白なかたちをとつてあらわれてくるのである︒ま. ず第一に︑時効制度の存在理由のひとつとして占有に対する信頼の保護というものがとりあげられている︒すなわ ︵二︶. ち︑永年の間継続した事実状態を︑後になつてくつがえすことは︑この状態を信頼して法律関係をつくりだした者に. 不測の損害を与える︑という理論がこれである︒この理由は︐とくに取得時効について重要であり︑かつここにいう. 事実状態は︑結局占有の継続として理解することがでぎる︒第二に︑時効が完成した場合︑時効によつて生じた権利. 変動を第三者に対抗するために登記を要するか否かという問題について︑取得時効はすでに不動産占有を不可欠の要. ﹁取得時効ノ要件ハ継続セル公然. 件としており︑したがつてもはや公示のために登記をすることを要しない︑とする見解がおこなわれている︒横田秀 雄博土の所説は︑これを明白に示すものである︒博士はつぎのようにのべられる︒. 右にのべた第一と第二の両者は同じく占有の効果として考えられるものではあるが︑. ノ占有二在ルヲ以テ之ヲ認識スルコト容易ナルニ依リ夫自体二於テ第三者二対スル公示ノ要件ヲ具備シ登記ヲ以テ之 ︵三︶. ヲ公示スルノ必要ナシトス﹂︒. それぞれの焦点を異にした問題であること︑いうまでもない︒なぜなら︑第一の場合にあつては︑もちろん公信力そ. のものではないが︑それと根本的趣旨を同じくする効果︵便宜上公信的効果と呼んでおく︶が中心となつているのに. コニ五︵コこ五︶. 反し︑第二の場含においては︑占有の公示手段としての性格の強調に重点がおかれているからである︒ここには不動 近代民法における不動産占有の意義.

(16) 越齢. 説. 二局島︶. 一一一工ハ︵一一二六︶. 産占有の一種の公信的︑公示的というふたつの効果が問題とされている︒さらにもうひとつ︑これらと並んで︑時効 ︵四 ︶. 取得者そのものの保護のうちにも︑前主の権利表象に対する信頼を強調し︑そこに一種の公信的効果をみとめようと. する態度がある︒かくて不動産の取得時効制度のうちには︑本権をともなわない占有を信頼した者を保護すること︑. 不動産占有を︑時効によつて取得された権利の公示手段として承認すること︑さらに前主の権利表象を信頼した者の. 保護というところに時効のひとつの機能をみとめること︑これら三つのいずれも公示に関連する問題がくみあわされ. ていることがわかる︒しかし︑取得時効の問題として解釈上とくに論議の中心となつたものは︑右のうち︑第二のも. の︑すなわち︑時効による権利変動の公示に関する問題であつた︒なぜなら︑ここにおいてこそ︑登記と占有とが︑. はじめて︑正面きつて対立することとなるからである︒そうしてここでも︑民法第一八八条の場合と同じように︑し. かももつとはつきりした形で︑不動産占有の作用が︑結局は登記制度の優越をゆるし︑その中に併呑されていく過程 をみるのであつたo. 川島﹁民法講義﹂第一巻序説六六頁︒. ︵嚇︶ 我妻 栄︒有泉 享﹁民法総則・物権法﹂三〇六頁Q ︵二︶. ハ三︶ 横田秀雄﹁物権法﹂六八−九頁o. ︵四︶ 大判︑大正一五年二一月二五日︑民集五巻九〇二頁o. 本来︑不動産物権変動のうち︑登記なくして対抗しえないものを限定しようとする態度から︑原鶏としてすべての. 変動について登記を要求する態度へ︑というのが︑一般的な理論上の変化の過程であり︑時効取得の場合もその例外.

(17) でばなかつた︒だが時.効取得について登記が不要とされた根拠のうちには︑他の場合とはちがつた︑きわめて特殊な. ものが含まれていたことが注意されねばならない︒この問題について︑他の場合同様︑対抗要件として登記を必要と. する結論を承認するについての困難さも︑実はここにひそんでいたのであり︑それだけにまた︑この場合における登. 記尊重の結論は︑登記制度の適用領域の拡大につき︑特別に重要な意義を担うことにもなつたのである︒この特殊性. は︑前にも指摘したように︑取得時効にあつては︑その基礎をなす占有が︑それ自身も権利表象的な性格をもつもの. として登場してくるということである︒立法者はこの場合︑公示手段としての登記を少なくとも充分には意識してい. なかつたように思われるのであり︑したがつて前にかかげた横田博士の見解は︑むしろわが民法の立法者の態度に忠. 実な解釈だつたといえるかもしれない︒ここにはわが民法の取侍時効削皮の根本によこたわる不動産占有観が明白に. 示されている︒民法第一八八条の推定効にあつては︑不動産古有の権利表象性はついに表面にあらわれることがなか. つたが︑ここでは︑不動産占有が︑あきらかに権利表象手段としての資格において︑同じく権利表象手段たる登記に挑. んでいることが︑学説のうちにおいてもまたみとめられている︒それと︑時効制度そのものが︑不動産占有を信じた. 者を保護するということを存在理由としていたことを︑もう一度想起すべぎである︒もしそうだとすると︑時効が完. 成したにもかかわらず︑取得者が登記をしなかつた場合︑登記ある第三者の出現によつて︑もはや時効取得者がその. 権利を主張しえなくなるとすれば︑取得者の占有に対する信頼を保護しようとする右の趣旨は少なくともこのような. 場合にはくつがえされてしまうことになるであろう︒つまり取得時効変動についてもまた︑登記優先の結論をみとめ. コニ七︵ニニ七︶. ることは︑不動産占有の公示的作用と︑時効制度の存在理由のひとつとしての︑公信的作用と︑このふたつを︸挙に 近代民法における不動産占有の意義.

(18) 諭. 説︵高島︶. ︵ヨ﹄. コニ八︵一三八︶. ほうむり去ることを意味したのである︒時効取得.楓おける対抗の問題は︑通常︑もつとも典型的な二重譲渡の範型に. 還元できるものと考えられている︒しかしここには単純な二重譲渡の場合とは異なつた︑それ以上の別個の間題が内. 在していた︒すなわち︑登記をもつ者ともたない者の対立のみならず︑これと並んで︑登記をもつ者を保護すべきか︑. あるいは登記をもたない取得者の占有を信じた者を保護すべぎかという選択の問題もひそんでいたのである︒取得時. 末弘︑判民大正一四年︑二八七ー八頁Q. 効における登記優先の理論は︑このような障害に当面しつつ︑これを克服しなければならなかつた︒ ︵五︶. 取得時効において︑登記優先の結論が通説として承認されたことは︑推定効の場合と同じく︑登記制度の作用拡大. の方向の一環として理解されるのであり︑このことは現在の登記制度の趣旨からして︑正当であること︑いうまでも. ない︒そうして︑通説の見解は︑結局︑登記を不動産占有に対決せしめ︑不動産占有の権利表象性を否定するという. 結果をもたらしたものであつた︒しかし︑このような通説の結論は︑さらに︑わが民法における︑占有と権利との特. 殊な結合の仕方を修正するという方向をうちだしたものであることが注意されねばならない︒このことをあぎらかに. するためには︑取得時効における不動産占有の権利表象性が︑いかなる根拠にもとづいてみとめられているかにつき︑. さらにたちいつて検討し︑そこにあらわれる占有の特異な役割をとりだしてみる必要がある︒そのためには︑民法上︑. 同じく不動産占有の権利表象性を正面におしだした他の場合をとりあげて比較してみることが適当であると思われ. る︒右のような事例は︑不動産留置権においてみいだされる︒この不動産留置権を︑取得時効の場合と比べてみると︑. 不動産占有の権利表象性の承認が︑特殊な場合に応じた例外酌なものであることが理解され︑さらにこのような例外.

(19) を何故にみとめるにいたつたかという根拠が︑おのずからあぎらかとなるであろう︒ ︵六︶ 不動産留置権が︑登記なくして第三者に対抗しうることは︑一般に承認されているところである︒そも矛︑も不動産. 留置権は︑不動産登記法のリストからも除外されているが︵不登一条︶︑これについて登記を要しない理由として︑. 通常説明されているのは︑不動産留置権は︑不動産の占有を前提としているから︑第三者はこれを外部から認識する. ことができ︑したがつて登記による公示を要求しなくとも︑第三者を害するおそれがない︑ということである︒それ. ゆえこの場合には︑不動産占有は留置権を表象するものとして︑その公示的機能がはつぎりと承認されていることに. なる︒しかし︑不動産留置権における占有の権利表象性は︑実は︑この占有が︑留置権の発生︑存続と不可分に結合. し︑その喪失がそのまま本権たる留置権の消滅をもたらすという︑ぎわめて特殊な占有と本権との関係あるがゆえに. 承認されたものと考えられる︒しかもふりかえつて取得時効の場合をみると︑右のことは︑時効における権利取得と. 占有との関係についても︑大体においてそのままあてはまるのである︒さきに引用した横田博士の説明にもあつたよ. うに︑取得時効においてもまた︑﹁夫自体二於テ第三者二対スル公示ノ要件﹂すなわち取得時効の﹁要件としての継. 続セル公然ノ占有﹂を必然的にそなえていることが︑登記を要しない理由として強調されているのである︒このよう. な点から考えると︑民法がこれらの場合にみとめた不動産占有の権利表象性は︑権利取得や権利存続に不動産占有が. 不可欠なものとしてむすびつけられているぎわめて特殊な場合において承認されていることがわかる︒このような占. 有と本権との特殊なむすびつきは︑本来︑公示手段からきりはなされて︑独自に存在する観念的 権利を︑ふたたび技. =二九︵コニ九︶. 術的に表象するという︑公示についての近代法の根本態度に︑むしろ逆行する場合であつた︒それはあるいは︑占有 近代民法における不動産占有の意義.

(20) 論 説︵高島︶. ︸四〇︵一四〇︶. が︑一種ゲヴェーレ的な役割を担つた場合だといつてよいであろう︒おそらくこれらの場合における不動産占有の権. 利表象性は︑このような特殊性のゆえにこそ︑明白なかたちで承認されたものと思われる︒それゆえ︑取得時効によ. る権利変動についても登記を要するという理論が︑通説として確立されたということは︑一般的な不動産占有の権利. 表象性のみならず︑かような特別の場合にあらわれる一種のゲヴェーレ的構成そのものを否定し︑そこにおける権利. 表象性の残存の可能性をも否定し去ることを意味したものといわねばならない︒この現象は︑権利表象機能の登記制. 度への画一的な集中を促進するという意義をもつたことはいうまでもないが︑それにとどまらず︑わが民法における. 占有をめぐる制度のありかたについて︑さらにさまざまな疑問や批判をもたらすことになるはずである︒たとえば︑. 取得時効制度にとつて重要な存在理由とされているところのもの︑すなわち単なる占有状態への信頼を保護するとい. う考え方そのものに対しても︑この点から疑問が提示されることになるであろう︒また︑不動産の取得時効の場合に︑. その基礎として︑登記をともなわぬ単純な占有のみを要件とすることに対する立法論的な批判もおのずからみちびか. れるであろう︒さらにまた︑留置権などについて︑時効の場合と異なり︑登記との対立を生じないために︑きわめて. 安易に占有の公示性が承認されていることの当否も間題とされるべきである︒ひいてはこのような場合に占有と本権. との不可分の結合をみとめることじたいについても︑充分な反省がなされねばならないであろう︒したがつてここで. の登記制度の領域拡大は︑さらに将来に向つての︑占有制度の再構成を促進する要素を内在せしめていたものとして. たとえ ば ︑ 我 妻 ﹁ 担 保 物 権 法 ﹂ 二 二 頁 o. 評価さるべきであろう︒ ︵六︶.

(21) 論. 近代民法における不動産占有の意義. 一四一︵一四一︶. 変化をたどつたのである︒そしてこれらの諸効果のうちには︑その本来の趣旨からはなれて︑他の諸制度の運用上の ︵二︶ 困難さの除去などの要求に応じ︑あらたな任務を担うことになつたというような場合もみうけられる︒. 不動産占有の他の諸効果も︑いまや統一的な制度の相関連した効果としての性格を失つて孤立化し︑それぞれ独自の. 示制度の問題として︑ぎわめて重要な地位を占めていることはもちろんであるが︑決してそのすべてではなかつた︒. 不動産占有の権利表象手段としての意義の変化は︑近代民法における不動産占有一般の意義の変化のなかで︑公. ことを許さず︑より確実な︑国家的な公示制度としての登記によつて画一的に処理することを強く要求するにいった ︵輔︶ という事実があること︑いうまでもないであろう︒. 不動産取引の実清が︑もはや占有という不正確な手段により︑生活経験的に権利存在を判断していくことに甘んずる. 辺にうみだしながら︑適用の領域を拡大し︑統一的な公示制度へと成長していく過程でもあつた︒その背景として︑. 克服されていく過程は︑そのまま︑民法理論において登記が次第にその独自性を確立し︑強力な推定効などをその周. 象性は︑わが民法にあつては︑表面上否定されたかにみえながら︑なお存続したのであり︑これが解釈論をとおして. 考え︑近代民法において不動産占有が経験した変化のひとつのタイプの概観をおこなつてきた︒不動産占有の権利表. 以上︑権利推定と取得時効についての解釈論の推移のあとをたどりながら︑わが民法における不動産占有の意義を. 結.

(22) 窟,盤調織。/. 論. 説︵高島︶. 一四ニユ四二︶. 本稿においては︑問題を不動産占有の権利表象的効果の変化に限定して考えてきた︒しかしこのようにして孤立化. し︑その機能を変化させていく不動産占有の他の諸効果の各々についても︑それらが実際に果しつつある役割をさら. に詳細に検討することにより︑現代における不動産占有の作用するさまを︑より具体的に認識することは︑不動産占. 有の近代民法における意義をたしかめるために︑やはり重要な間題であるといわねばならない︒これについては︑将 来︑また機会をえて論じたいと考えている︒. ︵一︶ この点については︑引渡をもつて対抗要件とみとめた借家法︵一条一項︶や農地法︵一八条一項︶などの例外に注意する必. 要がある︒しかしこれはあくまで登記制度を明白に意識した上で︑登記を要求することを不適当とし︑利用権保護のために. たとえば川島教授は︑占有訴権が不動産賃借権の強化という作用をもつことを指摘される︒川島︑. ﹁所有権法の理論﹂一. あ之てとられた処置であり︑公示手段の登記制度への集中の方向は全体とじてなお推進されていること︑もちろんである︒ ︵二︶. 五九頁︒なお︑善意占有者の果実取得権︵民一八九条︶なども︑不動産の附合についての困難な問題や︑無権利で他人の家. 屋を利川した者についての不当利得返還の問題などを︑側面から解決するというような作用をもちうるものと考えられるo.

(23)

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