博 士 ( 歯 学 ) 佐 藤 二 郎 学位論文題名
酸化電位水による歯科用金属器具の 腐 食 に 対 す る 防 錆 剤 の 効 果
学位論文内容の要旨
[目的]
酸化電位水は、生体に対し極めて安全で、優れた殺菌効果を有し、さらにHBV 等のウィルスにも有効であることが報告されている。ウィルスに効果を示す一 次消毒剤として、次亜塩素酸ナトリウムやグルタールアルデヒドが現在用いら れているが、これらは毒性が強く、慎重に取り扱わなければならない。一方、
酸化電位水は毒性がほとんど無く、扱いが容易で有用性が高い。しかし、酸化 電 位水の性質 としてpH2.7以下、酸化 還元電位llOOmV以 上を示し、さらに 塩素イオンを含んでいるため金属器具に対しては腐食作用が強いことが指摘さ れている。このことに関して、金属表面の腐食による変色をもとに調べた報告 はあるが、変色による腐食の測定は、定量性に乏しく、局部腐食等に関しての 検討はできない。そのため、酸化電位水による腐食の詳細は不明である。した がって酸化電位水による腐食性を明らかにするために、腐食を様々な方法で計 測し、定量的評価および腐食性の把握を行う必要があり、酸化電位水と他の消 毒液との腐食の比較も重要てあると思われる。さらに酸化電位水の実用性を高 め る に は 、 金 屈 に対 す る腐 食 性の 改 善に つ いて も 検討 す べき で あ る。
そこて本研究では、酸化電位水による歯科用金屈器具の腐食を他の市販消毒 液による場合と電気化学的方法で比較し、酸化電位水による腐食の強さを評価 し、その腐食性を改善するため、酸化電位水に防錆剤を添加した場合の歯科用 金屈器具に対する腐食抑制効果を検討した。
[材料および方法]
試験材料は、炭素鋼としてカーボンスチールバー(以下バーとする)を、ステ ンレス鋼としてステンレススチールリーマー(以下リーマーとする)およぴ円 柱 状のSUS304ステン レス鋼(以 下SUS304とする)を用いた。試験溶液とし ては、酸化電位水(以下HOPとする)および2種の消毒液(0.5%次亜塩素酸ナト リ ウム溶液および2.0%グル夕一ルアルデヒド溶液)を用い、さらにHOPに4 種の防錆剤(安息香酸ナトリウムQn1)、ピロ燐酸ナトリウム(In2)、亜硝酸ジ シク口ヘキシルアミンan3)、オレイン酸ナトリウム(In4))をそれそれ単独で 種 々の濃度で添加した溶液を用いた。各防錆剤添加のHOPに関しては、消毒 効果を減じないpH2.7以下、駿化還元電位llOOmVの条PIニをj苅たすかどうか を調べた。
次に各試料を各試験溶i改に浸潰処理し、電気化学的方法のーつてある分極抵
抗値の測定を行った。分極抵抗値は腐食速度の逆数に比例し、値が高いほど腐 食性は弱い。上記の条件を満たす各防錆剤添加のH〇Pにおいて、各試料の腐 食が最も抑制されたことを示す最大の分極抵抗値を求め、各試料の自然電位の 測定、光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡による表面の観察、およびオージェ 電 子 分 光 法 に よ る 表 面 元 素 分 析 を 行 い 、 腐 食 抑 制 効 果 を 確 認 し た 。
[結果および考察]
1.酸化電位水と他の消毒液の腐食性の比較
分極抵抗値の測定から、HOPによる腐食性は、炭素鋼のバーでは次亜塩素 酸ナトリウム溶液の場合より弱いが、グルタールアルデヒド溶液の場合より強 かった。ステンレス鋼のりーマーおよびSUS304では、次亜塩素酸ナトリウム 溶液およびグルタールアルデヒド溶液の場合より腐食性が強かった。HOPと 上記2消毒液との腐食性の比較は、炭素鋼とステンレス鋼て異なる結果となっ た。
2.防錆剤添加の酸化電位水における分極抵抗値
HOPに各防錆剤を添加した場合、分極抵抗値の結果から、バーでは添加処 理Inl、In3、In4で、SUS304では4種いずれの添加処理においても、リーマ ーでは添加処理Inl、In2で腐食抑制効果が認められた。添加処理In2はパー では腐食を促進させたが、SUS304およぴりーマーでは4種の添加処理のうち 最も腐食抑制効果が認められ、グル夕一ルアルデヒドの場合よりも腐食は少な かった。
以上の結果から、防錆剤によって腐食抑制効果が異詮ったが、これは防錆剤 の種類により腐食抑制機構が異なるためと考えられる。防錆剤の中には、低濃 度では、不動態化しやすいステンレス鋼などに対しては十分に腐食抑制的に働 くが、炭素鋼のような場合、活発な復極剤として作用し局部的に腐食促進的に 働く不動態化剤がある。本研究ではIn2がこれに相当し、炭素鋼のパーに対し て腐食を促進させ、ステンレス鋼のSUS304およぴりーマーに対しては腐食抑 制的に働いたと考えられる。
3.自然電位の測定
パーでは、電位の振動や不規則な変動は少なく、添加処理Inl、In3、In4の 場合 、HOP処 理よ り貴 な電 位とな り、 分極 抵抗値 の結果と類似していた。
また、SUS304ではHOP処理で頻繁に電位振動が認められたが、添加処理In2、 In4ては電位振動が減少する傾向にあった。この電位振動は、ステンレス鋼等 耐食的な金属に生じ易い孔食によるものと思われる。添加処理In2による不動 態皮膜の効果的な形成や、添加処理In4による金属表面への防錆剤の吸着によ り 孔 食 が 抑 制 さ れ 、 電 位 振 動 が 減 少 し た も の と 考 え ら れ る 。 またりーマーでは、いずれの処理でも孔食による頻繁な電位振動は認められ ず不規則な電位の変動が認められた。これは、SUS304に比ベ、試料表面積が 小 さ い こ と 、 あ る い は 組 成 が 異 な る こ と に よ る も の と 考 え ら れ る 。 4.表面観察
光顕観察により、バーでは、すべての添加処pliで腐食による着色の而秕減少 が雛 認さ れた 。一カ 、SUS304およびりーマーては、FIOPにおける腐食によ る形態変化が不明瞭で、防錆剤の効果は判定できなかった。また、SEM観察 ではいずれの試料も添加処理による腐食性の変化は確認できなかった。表面観 察 で は 分 極 抵 抗 値 の 結 果 を 反 映 せ ず 、 定 性 的 な 分 析 結 果 と な っ た 。
5.オージェ電子分光法による表面分析
各添加処理による深さ方向の元素組成および表面酸化層の厚さの相違を調べ た結果、各試料の表面酸化層の厚さの相違を確認できたが、分極抵抗値の結果 を必ずしも反映しなかった。また、添加処理In2のSUS304およぴりーマーの 表 面 酸 化 層 に お け る 酸 素 の 濃 度 は 、HOP浸 漬 の 場 合 よ り 高 か っ た 。 金属イオンが試料表面から溶出することで腐食が進行することで、本研究で は表面酸化層の厚さは分極抵抗値の結果を必ずしも反映しなかったものと考え られる。また、添加処理In2の場合、SUS304およぴりーマーでは、分極抵抗 値が最も高く、表面が効果的に不動態化されていることが予想され、さらに自 然電位の結果から孔食が減少している可能性が考えられた。したがって、酸化 皮膜における高い酸素の濃度は、溶存酸素により不動態化が十分に進行したこ とを示すものと思われる。
[結論]
酸化電位水による腐食性は、炭素鋼ては次亜塩素酸ナトリウム溶液より弱か ったが、ステンレス鋼では次亜塩素酸ナトリウム溶液およびグルタールアルデ ヒド溶液よりも強いことが示唆された。また、酸化電位水に防錆剤を添加する ことで、腐食抑制効果が認められた。特ににステンレス鋼では、グルタールア ルデヒドの場合よりも腐食性を低下させることができ、自然電位の測定により 孔食の抑制が認められ、オージェ電子分光法による表面分析の結果から表面の 不動態化の進行が確認できた。以上より、酸化電位水の腐食性の改善が期待で きるものと考えられた。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
佐 野 英 彦 大 畑 昇 亘 理 文 夫 小 松 久 憲
学位 論文題 名
酸化電位 水による歯科用金属器具の 腐 食に対 する防錆剤の効果
審 査 は 、 審 査 担 当 者 全 員 の 出 席 の も と に 、 学 位 申 請 者 に 対 し 、 口 頭 試問 に よ り 、 提 出 論 文 の 内 容 な ら ぴ に そ れ に 関 連 し た 学 科 目 に つ い て 行 わ れ た 。 以下 に 提出 論 文 の要 旨 と 審査 の 内 容を 述 べ る。
酸 化 電 位 水 は 生 体 に 対 し 極 め て 安 全 で 、 優 れ た 殺 菌 効 果 を 有 し 、 さ らに ウ ィ ル ス に も 有 効 と さ れ て い る 。 し か し 、 金 属 器 具 に 対 し て は 腐 食 作 用 が 強 いこ と が 知 ら れ て い る 。 本 研 究 は 、 酸 化 電 位 水 に よ る 歯 科 用 金 属 器 具 の 腐 食 を 他の 市 販 消 毒 液 に よ る 場 合 と 電 気 化 学 的 方 法 で 比 較 し 、 そ の 腐 食 性 を 改 善 す る ため 、 酸 化 電 位 水 に 防 錆 剤 を 添 加 し 腐 食 抑 制 効 果 を 検 討 し た も の で あ る 。
[材 料 と 方法 ]
試 験 材 料 は 、 炭素 鋼 と して カ ー ポン ス チ ール バ ー (バ 一 ) を、 ス テ ン レス 鋼 と し て ス テ ン レ ス ス チ ー ル リ ー マ ー ( リ ー マ ー ) . お よ びSUS304ス テ ン レ ス 鋼 (SUS304)を 用 い た 。 試 験 溶 液 と し て 、 酸 化 電 位 水(HOP)お よ び2種 の 消 毒 液 (0.5% 次 亜 塩 素 酸 ナ ト リ ウ ム 溶 液 お よ び2.0% グル タ ー ルア ル デ ヒ ド溶 液 ) を用 いた 。 ま た、4種の防 錆剤( 安息香酸 ナトリ ウム(Inl)、ピロ 燐酸ナト リウム(In2)、 亜 硝 酸 ジ シ ク ロ ヘ キ シ ル ア ミ ン(In3)、 オ レ イ ン 酸 ナ ト リ ウ ム(In4)) をそ れ そ れ 単 独 で 種 々 の 濃 度 と な る よ う 、HOPに 添 加 し 、 消 毒 効 果 を 減 じ な いpH2.7 以 下 、 酸 化 還 元 電 位 llOOmVの 条 件 を 満 た す か ど う か を 調 べ た 。 各 試 料 を 各 試 験 溶 液 に 浸 漬 し 、 電 気 化 学 的 方 法 の ー つ で あ る 分 極 抵 抗値 の 測 定 を 行 っ た 。 分 極 抵 抗 値 は 腐 食 速 度 の 逆 数 に 比 例 し 、 値 が 高 い ほ ど 腐 食 性は 弱 い 。 上 記 の 条 件 を 満 た す 各 防 錆 剤 添 加 のHOPに お い て 、 最 大 の 分 極 抵 抗 値 を 求 め 、 各 試 料 の 自 然 電 位 の 測 定 、 光 学 顕 微 鏡 お よ び 走 査 型 電 子 顕 微 鏡 に よる 表 面 の 観 察 、 お よ び オ ー ジ ェ 電 子 分 光 法 に よ る 表 面 元 素 分 析 を 行 い 、 腐 食 抑制 効 果を 確 認 した 。
[結 果 お よび 考 察 ] 1. 酸化 電 位 水の 腐 食 性
分 極 抵 抗 値 の 測 定 か ら 、HOPに よ る 腐 食 性 は 、 炭 素 鋼 で は 次 亜 塩 酸 ナ ト リ
ウム溶液の場合より弱いが、グルタールアルデヒド溶液の場合より強く、ステ ンレス鋼では、次亜塩素酸ナトリウム溶液およびグルタールアルデヒド溶液の 場合より強かった。
2.防錆剤添加の酸化電位水における分極抵抗値
HOPに各防錆剤を添加した場合、分極抵抗値の結果から、炭素鋼のバーで は 添 加処 理Inl、In3、In4で、 ステンレス 鋼のSUS304では4種いずれ の添 加処理においても、同じくりーマーでは添加処理Inl、In2で腐食抑制効果が 認められた。添加処理In2は炭素鋼では腐食を促進させたが、ステンレス鋼で は4種の添加処理のうち最も腐食抑制効果が認められ、グルタールアルデヒド の場合よりも腐食は少なかった。
3.自然電位の測定
炭素 鋼のバーで は、添加処 理Inl、In3、In4の場合、HOP処理より貴な電 位となり、分極抵抗値の結果を反映した。また、ステンレス鋼のSUS304では HOP処理で、孔 食による電 位振動が頻繁に認められたが、添加処理In2では 電位振動が減少する傾向にあった。添加処理In2による不動態皮膜の効果的な 形 成 によ り 、孔 食 が抑 制され、電 位振動が減 少したもの と考えられ る。
4.表面観察
光顕観察により、炭素鋼では、すべての添加処理で腐食による着色面積が減 少した。SEM観察ではいずれの試料も添加処理による腐食性の変化は確認で きなかった。表面観察では分極抵抗値の結果を反映せず、定性的な分析結果と なった。
5.オージェ電子分光法による表面分析
各添加処理による深さ方向の元素組成の相違を調べた結果、添加処理In2の ステンレス鋼の表面酸化層における酸素の濃度は、HOP処理の場合より高か った。添加処理In2の場合、ステンレス鋼では、分極抵抗値が最も高く、表面 の 不 動 態 化 が 溶 存 酸 素 に よ り 進 行 し て い る こ と が 予 想 さ れ た 。
[結諭]
酸化電位水による腐食性は、炭素鋼では次亜塩素酸ナトリウム溶液より弱か ったが、ステンレス鋼では次亜塩素酸ナトリウム溶液およびグルタールアルデ ヒド溶液よりも強いことが示唆された。また、酸化電位水に防錆剤を添加する ことで、腐食抑制効果が認められた。特ににステンレス鋼では、グルタールア ルデヒドの場合よりも腐食性を低下させることができ、酸化電位水による孔食 を抑制する可能性が認められ、表面の不動態化の進行も確認された。以上より、
酸 化 電 位 水 の 腐 食 性 の 改 善 が 期 待 で き る も の と 考 え ら れ た 。 次いで各審査員から申請者に対して、本論文の内容に関連のある質問が行わ れ、これらの質問に対してそれそれ適切な解答が得られた。本研究は、酸化電 位水の歯科用金属器具に対する腐食性を明らかにしたこと、および防錆剤を添 加することで腐食性が改善され臨床に大いに寄与することが評価され、博士(歯 学)の学位授与に値するものと認められた。