博 士 ( 理 学 ) 青 木 拓 克
学 位 論 文 題 名
半導体融液の原子輸送的および電子輸送的性質 学位論文内容の要旨
シ1jコンやゲルマニウムをはじめとする半導体の結晶状態については、半導体デバイス が我々に多大な恩恵をもたらすこともあり、非常に多くの知見が得られている。一方、そ の半導体結晶の融液の物性値に関しては、高融点、高反応性など困難な実験条件のため、
測定者間の差や測定値自体のばらっきが非常に大きく、信頼性のある実験値に乏しいのが 現状である。.このため、半導体融液の物性の解明は極めて不十分な状態にある。しかし、
これら半導体融液に関する正確な物性値は、結晶成長などの液体状態が関与するプ口セス を決定する因子として非常に重要である。さらにそれ以上に重要な点は、これらの融液中 には結晶状態と関連した化学結合や特有の化学的近距離秩序が存在し、これからの液体研 究の中心となる複雑液体の典型例となっている事である。したがって、半導体融液につい て 正 確 な 物 性 デ ー タ を 獲 得 し そ の 本 質 を 解 明 す る こ と は 非 常 に 重 要 で あ る 。
テ ト ラ ヘド ラ ル構造 を持つIV(14)族 単体の 結晶およ びm‑Vcl3一15) 族化合物 の結 晶は充 填率の小 さな構 造と半導体の性質を持ち、FCCないしはBCC構造を持つI(1)およ びH(2)族の単体結晶の多くが充填率の大きな構造と金属的な性質を持つのとは好対照で ある。その液体状態に関して、X線や中性子回折により得られた原子構造は他の単純液体 金属とは異なり、構造因子S(Q)の第一ピークの高波数側にショルダーを持つことが知られ ている。このような構造因子S(Q)の特徴はこれら液体に特有の近距離秩序に由来している。
本論文の目的は、半導体融液の自己拡散係数および電気抵抗の正確な実験値を得ること、
およびこれら融体の物性に及ぼす結晶秩序の影響の解明を計ることである。この目的のた め、液 体SnおよびGe融液の微小重力環境利用による自己拡散係数の研究を実施した。さ らに、Ge融液、固体状態で化合物半導体を形成するIn‑Sb系およびくra‑Sb系の融液の電気 抵抗の研究を展開した。さらに、典型的金属|半導体共晶系であるAg‑Ge系の融液の電気 抵 抗 の 研 究 を 実 施 し 、 化 合 物 形 成 系 の 結 果 と 比 較 し て 議 論 し た 。
1章の 緒言にお いては 、これま でのN族およびm‑v族半導体融液に関する研究を、原 子輸送物性である自己拡散係数、電子輸送物性である電気抵抗を中心に概説すると共に、
基本的な物性量について提示した。
2章においては、液体金属の原子輸送および電子輸送の理論について説明した。液体金 属 の電気 抵抗は、 純金属 に対するZiman理 論と、2成分液体合金に対するFaber‑Ziman理
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論によって、イオンポテンシャルによる電子の散乱確率を液体中の原子の配置を含んだ形 に表して計算される。今回の解析に必要なFaber‑Ziman理論について詳しく説明する。さ ら に 液 体 金 属 の 拡 散 に 対 す る 剛 体 球 模 型 に 基 づ く 理 論 に つ い て 説 明 し た 。
3章で は液体金属の拡散係数の実験的研究について述べた。微小重力状態は、密度差に 由来する熱対流が存在レないため、拡散係数測定のために非常に良質な実験環境を提供す る 。アヌ リカのス ペース シャトル によるSnおよび日 本のTR‑IA小型ロケットによるGeの 微小重力条件下における液体状態の自己拡散係数測定の実験の概要について説明する。ド イ ツ のFrohbergら は液 体Snの 自 己拡 散が温 度の二乗 則(D=AT2)に従うと いう結 果をス ベ ースシ ャトルに よる実 験から得 ている。今回、900〜1622KまでのFrohbergらよりはる かに広いかつ高温域までの温度範囲での実験を実施した。ロングキャピラリー法に基づい て行い、彼らの提示した二乗則に近い結果を得た。これにより、従来、慣例的に採用され て いるArrheniusの式が意味を持たない事を示した。 Geの自己拡散係数に関しては、ロ シアのPavlovらによる非常にばらっきの多い地上実験データが報告されているのみである。
今 回口ン グキャピラリー法に基づいて得た結果は、3つの異なる実験温度に対して、すべ て彼らの測定値より小さな値となっている。これらの拡散係数の実験結果を理論的解析し、
液体Snの自己拡散係数の温度依存性が剛体球模型で良く再現されることを示した。一方、
Ge融液の自己拡散係数を再現するためには、0.40程度の小さな充填率を採用する必要があ った。このことは、Ge融液が固体状態における充填率の小さな四面体構造を反映して、疎 な構造を持つことを示すものである。
4章においては半導体融液における電気抵抗を直流四端子法により測定した結果とその 考察 を示した 。対象 として半導体化合物を形成するIn‑Sb系およびGa‑Sb系と、さらに、
議論の展開のため、典型的共晶系であるAg‑Ge系を選択した。本章で自動計測システムの 構築、高温実験用電気炉、及び高温用測定容器などの実験法の改良と考案について述べた。
In‑Sb系およびGa‑Sb系 において はその 過剰電気 抵抗△pが置換型合金の典型的な特徴で あるパラポリックな組成変化を示し、これらの液体合金系が比較的単純な合金構造を持っ ていることが判明レた。しかし、電気抵抗の温度係数の組成依存性からは、共晶組成近傍 に極小が存在するという特異な結果が得られた。゛特に、共晶組成近傍のGa‑Sb系融液にお いては、温度の低下と共に正の電気抵抗の温度係数が減少し、ついには温度係数が負とな る領域が出現することを見いだレた。この特異現象は融液中の揺らぎの存在を考慮した有 効媒質近似により説明出来ることを示した。同様な温度係数の組成依存性をAg‑Ge系でも 見出し、金属‐半導体共晶系の共晶点付近の均一液相に揺らぎが巨大に発達する領域がある こ と を 今 回 の 電 気 抵 抗 の 精 密 な 測 定 に よ り 世 界 で は じ め て 示 し た 。
5章において、拡散係数および電気抵抗測定の結果に基づいて、これらテトラヘドラル 半 導 体 融 液 に お け る 原 子 輸 送 お よ び 電 子 輸 送 の 性 質 の 特 徴 に つ い て 総 括 し た。
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学位論文審査の要旨 主査 教授 中村義男 副査 教授 魚崎浩平 副査 教授 稲辺 保 副査 助教授 伊丹俊夫
学 位 論 文 題 名
半導体融液の原子輸送的および電子輸送的性質
シリ コン 、ゲ ル マニ ウム など の単体半導 体あるいはガリウムアンチモ ナイド(GaSb)のような化合 物半 導体の結晶状 態の諸物性は、その電子構造 に基づいて基本的にはほぼ解明し尽くされているといってよい。
これに対して 、これらの半導体の融解状態 の物性に関しては、実験上 の困難のため信頼性のあるデータに 乏 し く 、ほ とん ど理 解 が進 んで いな い 。た とえ ば、 ゲル マ ニウ ムの 融点 は約1200Kで 、 この よう な反 応性に富む液 体を容器に収めて、その物性 を正確に測定することは、 一般的に容易ではない。著者はこれ らの半導体系 の融液の原子輸送的性質の中 心的な物性値である自己拡 散係数の測定を無重力環境下で実施 した。また融 液による伝導電子の鬱活Lに ついて情報を得るため、測定装置を考案改良して、信頼度の高い 電 気抵 抗率測定 を行っている。これらの結果 から、4配位の共有性結合を もつ半導体結晶が融点以上 の温 度で液体とな ったとき、結晶の結合性に基 づく構造をどの程度残し、 それが物性にどのように影響してい るか、という 問題に答えようとするもので ある。
著者は先ず スズとゲルマニウムの融体の 自己拡散係数を、安定同位 体を用いるキャピラリー法によって 測定している 。高温度では、試料中のわず かな温度差による熱対流が 不可避的に存在するため、通常の地 上実験で得ら れた拡散係数の値は、真の値 よりも過大である可能性が 極めて高い。スズの自己拡散係数は 1985年 にFrohヒ)ergら によ って スペ ー スシ ャト ルを 用い た 微小 重力 環境 下 で測 定されている。し かし 彼 等 の 測定 は約1000Kま でに 止 まり 、上 記の 地上 実 験の 高温 度で の 問題 点を 明ら かに す るに は至 って い な い 。 今 回 著 者 は900か ら1622Kま で の 高 温 度 に 測 定 範 囲 を 広 げ 、 ア メ リ カ の ス ペ ース シャ 卜ル コ ロン ピア によ る 実験 を行 って いる。得ら れた結果は、Frohbergらの低 温度での測定値に滑らかに つな が り、 温度 のべ き 乗則 で表 わす こと が でき た( ぺき 指数n=2.02)。この 結果は高温度側で急激に上 昇す る地上実験の 値とは明らかに異なり、今回 得られた値が真の原子輸送 係数であることを示した。このこと
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は 従 来慣 用的に用いられているArrhenius型の温度依存性が意 味を持たないことを示すも のである。ゲル マ ニ ウム の自 己拡 散係 数 につ いて は日本の小型口ケットTR−IA5号の微小重力環境を利用 レ、.12 40、 1320、1500Kの3温 度 で 測 定 を 行 っ て い る 。 得 ら れ た 結 果 は 、 従 来 知 ら れ て い る パ ラ っ き の 多 い 地 上 実験 の結 果の いず れ より も低 く、 熱 対流 の影 響を 除い た 真の 拡散 係数 の値 を得て いるといえる。
次いで著者は剛体球模型に基 づいて自己拡散係数の理論 計算を行い、今回の実測値と 比較している。ス ズ の 場合 は、 結晶 の禁 止 帯の 幅Egはきわめて小さく、融解に より配位数の大きな金属状 態となることに 対 応 して 、通 常の 金属 の 充填 率( 融点 で0.472)を 用い た計 算値が実測値を良く再現し、2乗則に近い温 度 依 存性 を与 える こと を 示し た。 これに対してEg= 0.7 eVの ゲルマニウムでは、通常の 液体金属とは異 な り 、配 位数の少ない部分が密度 揺らぎとして存在すること が、X線、中性子線の回折実 験から示唆され て いる。著者は剛体球モデルに よるゲルマニウムの自己拡 散係数の計算値を実測値に合 わせるためには、
充 填率を0.40程度の低い値にと る必要があること、さらに 実測の温度依存性が剛体球モ デルでは表わしき れ ないことを示し、上記の密度 揺らぎの存在を強く示唆し ている。
また著者はテトラヘドラル半 導体の融液の電気抵抗率の 測定のための実験装置を改良 し、高温度での測 定 に耐える密封型の石英製セル を開発した。これを用いて ゲルマニウムの融液の電気抵 抗率の精度の高い 測 定値を得ることに成功してい る。この装置を用いて、著 者は化合物半導体を形成する インジウムーアン チ モンとガ1」ウムーアンチモ ン系の電気抵抗率を、組成と 温度の関数として測定している。いずれの系も 高 温度では滑らかな組成依存性 を示し、化合物が形成され る等モル組成でも異常は観測 されなかった。こ れ はGlazovら が先 に報 告 して いる 化合物組成付近で抵抗率が 上昇するという報告結果を 訂正するもので あ る。一方、電気抵抗率の温度 依存性については、共晶組 成付近で符号が変わるという 異常な挙動を見い 出 している。このことが、結晶 における結合性に基づく微 小なクラスターが共晶温度付 近で出現すること に よると考え、電気抵抗率の温 度変化を有効媒質モデルに よって説明している。さらに ゲルマニウムの融 点 よ り約300度低 い共 晶温 度を 持 っゲ ルマ ニウ ムー 銀 系の電 気抵抗率の測定を行い、半 導体微小クラス タ ーが共晶付近の低温度で顕著 に現われて、電気抵抗率の温度係数に影響するということを確認している。
以 上を 要約すると、本著者は従 来信頼性のあるデータが乏 しいIV族単体とII卜V族化合 物半導体の融液 の い くつ かに つい て、16 00K程度 の高 温 度ま での 拡散 係数 と 電気 抵抗 率の 測定 を行い 、その正確な実 測 値を得ている。さらに得られ た結果の解析により、半導 体融液中には結晶状態での結 合性に由来する比 較 的疎な構造、微小なクラスタ ーの形成があり、これがそ の物性値に関与することを明 らかにしている。
こ れ らの 結果は、半導体の融液の 物性の理解に大きく寄与す るものであり、その一部は既 に3編の英文論 文 として公表されている。よっ て、著者は北海道大学博士 (理学)の学位を受けるのに 充分の資格がある も のと認める。
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