博 士 ( 農 学 ) 大 西 志 全
学 位 論 文 題 名
ダイズの生殖生長期間における低温並びにウイルス感染に よる障害発生機作の解析
学位論文内容の要旨
北 海 道 の ダ イズ 栽培で は夏 季の低 温によ る障害 がしば しば 問題と なる。 ダイズ の冷 害は、 障害 型 、 生 育 不 良 型 及 び 遅 延 型 な ど に 分 類さ れ る が 、 障害 型 冷 害 に よる 被 害 が も っ とも 大 き い 。 障害 型 冷 害 は 、 開花 期 前 後 の 低 温に よ る 受 精 莢率 の 低 下 や 登熟 不 良 と し て現 れ る 。 し か し、 ダ イ ズ で は生 育 ス テ ー ジ が斉 一 な 花 を 大 量に 得 に く く 、ま た 栄 養 競 合な ど 受 精 不 良以 外 の 原 因 に よる 落 莢 が 多 いな ど の 理 由 か ら受 精 莢 率 に 対 する 低 温 の 影 響に つ い て の 解析 が 難 し い 。こ の た め 、 低 温が ど の よ う な機 作 で 受 精 莢 率に 影 響 を 与 え てい る の か は 、こ れ ま で 十 分明 ら か に さ れて い な い 。 障 害型 冷 害 に 次 いで 重 要 な 低 温 障 害 は 種 皮 の 低 温 着 色 で あ る 。 種 皮 の 低 温着 色 は 、 開 花5 ‑8日 後に 低 温 に 遭 遇す る こ と に よ っ て 、 ダイ ズ 子 実 の 臍 およ び そ の 周 辺の 種 皮 が 褐 変す る 現 象 で ある 。 種 皮 の 低 温着 色 は ダ イ ズの 外 観 を 損 な い、 ダ イ ズ の 商 品価 値 を 著 し く低 下 さ せ る 。ま た 、 こ の 着色 は 熱 に 対 し て耐 性 を も つ こと か ら 、 煮 豆 など に 加 工 し て も消 え る こ と がな く 、 煮 豆 加工 用 と し て 評価 の 高 い 北 海 道産 の ダ イ ズ にと っ て は 特 に 大き な 問 題 で あ る。 種 皮 の 低 温着 色 に 対 す る抵 抗 性 は 品 種に よ っ て 異 な るこ と か ら 、 ダイ ズ の 選 抜 試 験で は 人 工 気 象 室を 使 っ て 開 花7〜 21日 後 に つ い て低 温 処 理 ( 昼18℃ / 夜13℃ ) を 行 い、
生 じ た 低 温 着色 粒 を 調 査 す るこ と に よ っ て有 望 系 統 の 低温 着 色 抵 抗 性を 評 価 し て い る。 し か し 、 現行 の 評 価 手 法 では 年 間 数 十 点 を評 価 す る の が限 界 で あ り 、こ れ 以 上 の 規模 の 拡 大 が 難 しい 。 こ の た め、
DNAマ ー カ ー の よ う に 多 く の 材 料 を 評価 で き る 手 法 の開 発 が 求 め られ て い る 。 また 、 ニ の 種 皮の 低 温 着 色 と 類 似 の現 象 と し て 、 ウイ ル ス 感 染 によ り 生 じ る 種皮 の 褐 斑 が 知ら れ て い る 。 種皮 の 褐 斑 は 、キ ユ ウ リ モ ザ イ ク ウ イ ル ス(CMV)、 ダ イ ズ モ ザ イ ク ウ イ ル ス(SMV)な ど の ウ イ ル ス 感 染 に よ り 生 じ る が 、 北 海 道で は こ れ ら の 発生 が 限 定 的 なこ と か ら 大 きな 問 題 と は なっ て い な い 。 しか し 、 本 州 およ び 海 外 で は 、ウ イ ル ス 感 染 によ る 褐 斑 の 発生 は ダ イ ズ の外 観 品 質 を 低下 さ せ る 大 き な問 題 で あ る 。褐 斑 はダ イ ズ に お ける 色 素 合 成 経路 の 部 分 的 な 活性 化 と 考 え られ 、 局 所 的 な gain of function で あ り 非 常 に 興 味深 い 現 象 で あ る。 し か し 、 ウイ ル ス 感 染 によ り な ぜ 褐 斑が 生 じ る の か 、そ の メ カ ニ ズム は 明ら か に な っ てい な い 。
本 研 究 では 、 北 海 道 のダ イ ズ 栽 培 にお け る 最 も 重 要な 低 温 障 害 であ る 障 害 型 冷害 と 、 そ れ に次 い で 重 要 な 種 皮 の低 温 着 色 に つ いて 研 究 を 行 い、 ダ イ ズ 品 種の 障 害 型 冷 害抵 抗 性 及 び 低 温着 色 抵 抗 性 の向 上 に 貢 献 で きる 重 要 な 知 見 を得 た 。 障 害 型冷 害 に よ る 受精 莢 率 の 低 下に つ い て は 、 生殖 生 長 期 間 中の 低 温 感 受 性 期 を 解 明 す る た め、 播 種 時 期 をず ら す こ と によ り 得 た 、 様 々な 生 育 ス テ ージ の 植 物 体 に7 日 間15℃ ( 昼 )/10℃ ( 夜 ) の 低 温処 理 を 行 い 、個 々 の 花 に おい て 低 温 を 受 けた ス テ ー ジ と受 精 莢 率 と の 関 係 を 詳 細 に 追 跡 す る 方法 を 確 立 し た。 な お 、 本 研究 で は 開 花7〜12日 後 の莢 の 伸 長 の 有無 で 莢 の 受精 の 有 無 を 判定 し て い る 。こ の 方 法 を 用 いて 解 析 し た 結果 、 低 温 感 受性 期 は 開 花直前 (開花3‑‑‑4 日 前) と 四 分 子 期前 後 ( 開 花12.5〜 13.5日 前 ) に 存 在 する こと が明ら かとな った 。さら に、低 温によ る 受 精 莢 率 の低 下 は 柱 頭 上 の花 粉 数 の 減 少が 原 因 で あ るこ と が 示 さ れた 。 ま た 、 花 粉の 形 態 を 調 べた
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と こ ろ 、 四 分 子 期前 後 に 低 温 に遭 遇 し た と 考え ら れ る 花 か らは 形 態 が 異 常な 花 粉 粒 が 多数 観 察 さ れ た こ と か ら 、 四 分 子期 前 後 に 受 けた 低 温 に つ いて は 花 粉 の 形 態異 常 と こ れ に伴 う 葯 の 裂 開不 良 が 受 精 莢 率 低 下 の 原 因 で ある と 推 定 さ れた 。 こ れ ら の知 見 を 踏 ま え 、障 害 型 冷 害 によ る 被 害 の 大き か っ た2003 年 に 子 実 重 の 低 下 が 小 さ か っ た「 十 系978号 」 と 、 子 実重 の 低 下 が 大き か っ た 品 種 「ト ヨ ム ス メ 」に っ い て受 精 莢 率 に 対 する 低 温 の 影 響を 上 述 の 方 法で 詳 細 に 解析 した結 果、 「トヨ ムスメ 」の受 精莢 率が 50%前 後 ま で 低 下し た の に 対 し、 「 十 系978号 」 の 受 精莢 率 は68%ま で し か 低 下せ ず 、「ト ヨムス メ」
と 比 較 し て 明 ら か に 抵 抗 性 が 強 い こ と が 示 さ れ た 。 ま た 、Hー 系978号 」 の 障 害型 冷 害 抵 抗 性は 主 に 四 分 子期 前 後 の 低 温 感受 性 期 に お ける 抵 抗 性 に よる も の で ある ことが 明ら かとな った。 本研究 によ り、
従 来 の 障 害 型 冷 害抵 抗 性 の 評 価方 法 で は 区 別で き な か っ た 開花 期 前 後 の ステ ー ジ に お ける 抵 抗 性 と 四 分 子 期 前 後 の 抵 抗性 を 分 け て 評価 す る こ と が可 能 に な っ た こと か ら 、 今 後の ダ イ ズ の 耐冷 性 育 種 で は よ り 精度 の 高 い 検 定 が行 え る も の と期 待 さ れ る 。
ダ イ ズ の 種 皮 色 はG皿IRCHS遺 伝 子 座 に よ っ て 決 定 さ れ て い る が 、 こ れ ま で の 研 究 に よ ル ニ の Gm IRCHS遺 伝 子 に お け る 配 列 の 変 異 と 低 温 着 色 抵 抗 性 と の関 連 が 示 唆 され て い た 。 そこ で 、 本 研 究 で はCHSの 逆 位 反 復 配 列 で あ るGm IRCHSを 有 し 低 温 着 色 抵 抗 性 が 弱 い 「 卜 ヨ ム ス メ 」 と 、 Gm IRCHSの 対 立 遺 伝 子 で 逆 位 反 復 構 造 を と ら な いGmASeHSを 有 し 低 温 着 色 抵 抗 性 が 強 い 「 ト ヨ ハ ル カ 」 と の 間 で作 成 し た 組 換え 自 殖 系 統 (RILs)144系 統 を用 い て 、 ( デm佃 〇HS座の 遺 伝 子 型 と低 温 着 色 抵 抗 性 と の 関 連 を 調 査 した 。 そ の 結 果 、(im凪 鰡S座 の 遺 伝 子型 と 低 温 着 色 抵抗 性 と の 間 には 強 い 関 連 が 認 め ら れ 、 ほ と ん ど のRILsの 低 温 着 色 抵抗 性 を 〔 油 皿C日S座 の 遺伝 子 型 で 説 明す る こ と が で き た 。 こ の こ と か ら 、 低 温着 色 抵 抗 性 の 品種 間 差 は 、 主に 種 皮 色 決 定遺 伝 子 座 で あるGm. 凪aiS の 遺 伝 子 型 に よ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 ま た 、 由 来 の 異 な る40品 種 ・育 成 系 統 を 使 ってG.mASe日Sの 効 果 を 検 証 し た と こ ろ 、 「 ト ヨハ ル カ 」 と 同 じG mASDHSを もつ 系 統 は 全 て 一定 の レ ベ ル 以上 の 低 温 着 色 抵 抗 性 を 示 し た 。 以 上 の 結果 か ら 、 ( チm皿eHS座に お け る 配 列変 異 を 低 温 着色 抵 抗 性 の 選 抜DNA マ ー カ ー と し て 利 用 す る こ と は 有 用 で あ る と 考 え ら れ た 。 ま た 、RIL8のQTL解 析 に よ っ てGm皿eHS 座 以 外 に も 「 ト ヨ ハ ル カ 」 由 来 の 低 温 着 色 抵 抗 性 に 関 与 す る 寄 与 率 の 小 さ いQTLが存 在 す る こ とが 明 ら か に な っ た 。 こ のQTLをDmAS田 弼 と 組 み 合 わ せ る こ と で 、 よ り 強 い 低 温 着 色 抵 抗 性 を 付 与 で き る もの と 考 え ら れ た。
ウ イ ル ス 病 に よ る 褐 斑 粒 の 発 生 に っ い て そ の メ カ ニ ズ ム を 明 ら か に す る た め 、CMVの ダ イズ 系 統 とCMVのY系 統 の 問 で シ ュ ー ド リ コ ン ビ ナ ン ト ウ イ ル ス を 作 成 し 、CMVゲ ノ ム の う ち ダ イ ズ 種 皮 の 褐 斑 発 生 に 関 与 す る ゲ ノ ム を 調 べ た と こ ろ 、RNA2が ダ イ ズ 系 統 由 来 で あ る 場合 に 褐 斑 を 生 じ、Y 系 統 由 来 で あ る 場 合 は 褐 斑 を 生 じ な い こ と が 明 ら か と な っ た 。 さ ら に 、RNA2に つ い てCMVダ イ ズ 系 統 とCMVのY系 統 の 問 で キ メ ラ ウ イ ル ス を 作 成 し 褐 斑 を 生 じ る 遺 伝 子 の 同 定 を 試 み た と こ ろ 、 褐 斑 が 生 じ る か ど う か は2b遺 伝 子 を 含 む 領 域 に よ っ て 決定 さ れ て い るこ と が 明 ら か にな っ た 。 種 皮色 が 黄 色 の ダ イ ズ で は 、 色 素 合 成 の キ ー エ ン ザ イ ム で あ るeHS遺 伝 子 がRNAiに よ り 抑 制 さ れ て い る た め 色 素 合 成 が 抑 え ら れ て い る 。CMVの2bタ ン パ ク が 宿 主 のRNAiに 対 す る サ プ レ ッ サ ー で あ る こ と を 考 え る と 、CMVの2bタ ン パ ク に よ っ て ダ イ ズ に お け る の 弼 遺 伝 子 のRNAiが 阻 害 さ れ 、 そ の 結 果 種 皮 に お け る色 素 合 成 が 部分 的 に 活 性 化さ れ て 種 皮 に 褐斑 が 生 じ て いる の で は な いか と 考 え ら れ た 。
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学位論文審査の要旨 主 査 教 授 増 田 税 副 査 教 授 上 田一 郎 副査 准教授 阿部 純 副 査 講 師 犬 飼 剛
学 位 論 文 題 名
ダイズの生殖生長期間における低温並びにウイルス感染に よる障害発生機作の解析
北海道のような冷涼地のダイズ栽培では,生殖成長期間における低温による着莢障害 と種皮の着色が大きな問題となる.本研究では,これらの生殖成長期間における2 っの 低温障害にっいて,障害発生の機作および品種間差を解析した.また,ウイルス感染に よる種皮の褐斑発生が種皮の低温着色と類似の現象であることに着目し,その機作を解 析して比較した.以下に主要な研究成果にっいて要約する.
1 ) ダ イズ に おけ る 低 温着 莢 障 害の 機 作お よ ぴ 低温 感 受性 の 品 種間 変異の解 析 北海道のダイズ栽培では,開花期前後の低温による受精莢率の低下により収量が低下 することが大きな問題である.しかし,ダイズにおいて低温がどのような機作で受精莢 率に影響を与えているのか十分明らかにされていない.そこで,(本研究では様々な生育 ステージの植物体に低温処理を行い,個々の花において低温を受けたステージと受精莢 率との関係を詳細に追跡する方法を確立した.この方法により解析した結果,低温感受 性 期は開花直前(開花3 〜 4 日前)と四分子期前後(開花 12.5 〜13.5 口前)に存在する ことが明らかとなった.また,花粉の形態および柱頭上の花粉数の観察から,四分子期 前後に受けた低温にっいては花粉の発達異常と,これに伴う葯の裂開不良が受精莢率低 下の原因であると推定された.さらに,障害型冷害年に子実,重の低下が小さかった「十 系 978 号」にっいて上述の方法等で解析した結果,「十系978 号」受精莢率の低下はその 他の品種・系統より小きく,「十系978 号J は四分子期前後の低温感受性期における抵抗 性が優れることが明らかになった,本研究により,従来の障害型冷害抵抗性の評価方法 で は 評 価 で き な か っ た四 分 子期 前 後 の抵 抗 性を 評 価 する こ とが 可 能 にな っ た .
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2 )ダイズ種皮における低温着色抵抗性の原因遺伝子の解明
障害型冷害に次いで重要な低温障害は種皮の低温着色である;種皮の低温着色は,開 花5 〜8 日後に低温に遭遇することによって,ダイ,ズ子実の臍とその周辺の種皮が褐変す る現象である.種皮の低温着色はダイズの外観を損なうことから,北海道のダイズ栽培 において大きな問題である.種皮の低温着色に対する抵抗性は品種によって異なり,ダ イズの育種プログラムでは人工気象室を使って有望系統の低温着色抵抗性を評価してk ヽ る.しかし,現行の評価手法では年間数十点を評価するのが限界であり,多くの材料を 評価できるDNA マーカーの開発が求められていた.ダイズの種皮色は,CHS 遺伝子の逆 位反復配列であるGmIRCHS によって決定されているが,これまでの研究により,GmIRCHS の構造の違いと低温着色抵抗性の品種問の違いの関連が疑われていた.そこで,本研究 では低温着色抵抗性が弱く通常のGmIRCHS をもつ「トヨムスメJ と,低温着色抵抗性が 強く,GmIRCHS が通常と異なる構造(GmASCHS )をもつ「卜ヨハルカ」との間で作成した 組換え自植系統( RILs )を解析することにより,低温着色抵抗性の品種間差が GmIRCHS によって決定されていることを明らかになった,さらに,GmIRCHS の効果を様々な遺伝的 背景をもった材料で検証し,GmIRCHS が低温着色抵抗性の選抜のためのDNA マーカーとし て利用できることが明らかにした.
3 ) キ ュ ウ リ モ ザ イ ク ウ イ ル ス の 感 染 に よ る 種 皮 異 常 着 色 の 原 因 解 明 種皮の低温着色と類似の現象として,ウイルス感染により生じる種皮の褐斑が知られ ている.種皮の褐斑は,キュウリモザイクウイルス(CMV )などのウイルス感染により 生じ,ダイズの外観品質を低下させるため,ダイズ栽培において問題になっている,し かし,ウイルス感染によりなぜ褐斑が生じるのか,そのメカニズムは明らかになってい ない.ウイルス病による褐斑粒の発生メカニズムを明らかにするために CIV ダイ・ズ系統 と CMV の Y 系統の問でシュードリコンピナントウイルスを作成し,ダイズ種皮に褐斑を 生じるかどうかを調査したところ,褐斑が生じるかどうかは,ウイルスの 2b 遺伝子を含 む領域によって決定されていることが明らかになった.種皮色が黄色のダイズでは,色 素合成のキーエンザイムであるCHS 遺伝子がRNAi により抑制され,色素合成が抑えられ ており,また CNIV の 2b 遺伝子は宿主のRNAi のサプレッサーである.これらのことと本 研究の結果から, cNtv は自身のもつ2b 遺伝子により,ダイズ種皮のRNAi を抑制し,色 素合成を部分的に復活させることによって,種皮の褐斑を生じさせている可能性が示唆 きれた.
よって,審査員一同は,大西志全氏が博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格を 有するものと認めた.
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