日本医療・病院管理学会誌 Vol. 58 No. 1 2
研究資料
病院職員の定着を促進する他者を尊重する組織風土:
大分県内の病院における事例研究
篠 原 欣 貴
1)加 藤 良 平
2) 【目的】 組織風土の病院に勤務する職員の定着・離職に与える影響を明ら かにし,その関係性を説明する理論を構築する。【方法】大分県内の病院職 員(医師,看護師,理学療法士,ソーシャル・ワーカーなど)に対して半構 造化インタビューを行った。そして,インタビューによって得られたデータ からカテゴリー及び下位概念を生成し,各カテゴリー間の関係性について分 析を行った。【結果】27 名の半構造化インタビュー等をもとに,3 つのメイ ンカテゴリー(職員同士の人間関係,仕事のやりがいと教育や生活への支 援,尊重の風土)を導き出した。【考察】本研究から,職員同士の人間関係と 仕事のやりがいと教育や生活への支援が尊重の風土と結びつくことによって 働きやすい環境が整い,その結果,職員の離職率の低下と定着率の高さにつ ながることが示唆された。 キーワード: 離職,定着,組織風土,他者への尊重 I. は じ め に 医師や看護師,理学療法士やソーシャル・ワー カーなど,病院に勤務する職員の離職および定着に 関する問題は病院経営において重要課題とされてき た。また,既存研究においても看護師の定着・離職 要因の探求がなされてきた。例えば,近年のメタ リサーチでは,個人特性(年齢や在職期間),担っ ている役割の状態(仕事の緊張感,役職における 緊張感,仕事と家庭のコンフリクト),仕事の特性 (仕事の複雑さや報酬),リーダーとの関係,組織 への認識(不安定な職,組織風土,代替的な仕事の 認知,組織からの支援,個人と組織との相性),そ して態度(コミットメント,内発的・外発的動機 づけ,職務満足)という5 つの要因が看護師の離職 に影響を与えることが示されている1)。とりわけ, Gregory et al.2)は組織における感情的な風土,実務 の統制の程度,そして協調的な関係性によって組織 の文化が構成され,この組織文化が看護師の職務満 足や組織コミットメントに正の影響をもたらすこと を実証している。本研究では組織風土が離職に影響 を与えると示唆されているものの2),有意な関係性 が見られない研究3)も存在することから,具体的に どのような組織風土が定着・離職に影響を及ぼすの かについて探求する。そのため,本研究ではシング ル・ケース・スタディによる探索的アプローチを採 用し,どのような組織風土が病院職員の定着・離職 に影響を及ぼす可能性があるのかを示す。 II. 方 法 A. 調査方法 本研究は公益財団法人日本医療機能評価機構が主 催している「職員やりがい度活用支援事業」(病院職 員満足度ベンチマーク調査)に参加し,全国平均に 1) 立命館アジア太平洋大学国際経営学部 2) 株式会社ケアレビュー比べ非常に高い数値を示した大分県内の回復期病院 を対象の組織としたシングル・ケース・スタディで ある(表1)。本研究では半構造化インタビューを用 いてデータからカテゴリー及び下位概念を生成し, 各カテゴリー間の関係性について分析を行った。ま た,病院の発行する広報誌や病院から提供された 2次資料,職員との非公式のインタビューによって データの内容を補完した。 B. 調査対象者 本研究は職員の定着・離職に焦点を当てている ため,調査対象は病院に所属する職員(医師,看護 師,理学療法士,ソーシャル・ワーカーなど)のう ち,勤続年数の長い人々から選定した。さらに,多 角的な視点から分析を行うため,幅広い職種から調 査対象を選ぶとともに,他の病院での経験や性別を 考慮して調査対象を選定した。研究対象者の属性 を表2 に示す。対象者の平均勤続年数は21.3 年であ り,男性12 名,女性15 名であった。また,15 名の 職員が他の組織での就労経験があった。 C. 実施時期と場所,所要時間 本調査では2018 年10 月22 日から2018 年11 月13 日の期間に半構造化インタビューを病院内にて行っ た。インタビューの平均時間は40.4 分であった。 D. 手順と質問項目 インタビューに際しては,事前に本調査の目的と インフォームド・コンセントに関する書面を渡して 了解を得たうえで実施した。また,インタビューは 同意を得たうえで IC レコーダーによる録音を行い, 誘導的にならないようあらかじめ準備したインタ ビューガイドに基づいて質問を行った。質問では離 職や定着の主要因である職務満足と離職意図に関す る項目として「病院の働きやすさ及び勤務し続けて きた理由」を尋ねるとともに,本研究の焦点である 組織風土に関して質問をした。また,本研究は調査 対象を医師や看護師などの専門職から事務職まで幅 広く設定した。よって,専門職及び事務職との間で の仕事の意識の違いを明確にするために「働く人々 の仕事への意識」に関する質問を行った。最後に, 組織風土以外の離職や定着に影響を及ぼす可能性の ある組織要因として「働く上での職場からの支援」 について質問を行った。 E. 分析方法 インタビューによって得られた録音データから逐 表1 病院職員満足度ベンチマーク調査における調査対象病院と 全国平均の比較 調査項目 調査対象病院 全国平均 職場推奨意向 3.76 2.87 雰囲気や人間関係 4.07 3.62 仕事のやりがい 4.20 3.71 処遇条件 3.65 2.83 勤務条件 3.99 3.17 学習や成長 4.05 3.57 精神的な不安 3.43 2.83 適正な評価 3.51 3.09 上司への信頼 4.04 3.66 勤続意欲 4.00 3.33 病院推奨意向 3.81 3.04 n=151, 公益財団法人日本医療機能評価機構「2017 年度病院職 員やりがい度ベンチマークレポート」 表2 インタビュー対象者の属性 役職 職種 勤続 年数 他職場 の経験 性別 医師 医師 21.5 有 男 一般 看護師 12.5 有 男 一般 臨床検査技師 7.5 有 男 課長 介護福祉士 27.5 無 女 課長 看護師 26.5 有 女 課長 理学療法士 23.5 無 女 課長 精神保健福祉士 21.5 無 男 課長 看護師 14.5 有 女 課長 作業療法士 12.8 有 女 課長補佐 管理栄養士 34.3 有 女 課長補佐 職業指導員 32.5 無 男 課長補佐 職業指導員 14.5 有 男 課長補佐 理学療法士 4.5 有 男 次長 薬剤師 33.5 有 女 次長 内部監査人 30.5 無 男 室長 社会福祉士 20.5 無 男 室長補佐 臨床心理士 11.4 有 女 主任 介護福祉士 22.5 無 女 主任 介護福祉士 17.5 無 男 主任 言語聴覚士 14.5 有 男 主任 看護師 14.5 有 女 主任 生活支援員 10.5 有 女 主任 診療放射線技師 6.4 有 女 部長 看護師 35.5 無 女 部長 看護師 35.5 無 女 部長 内部監査人 34.5 無 男 部長 作業療法士 33.5 無 女
語録を作成し,「病院の働きやすさ及び勤務し続け てきた理由」に関わるコメントを抽出し,コード化 した。そして,各コードを比較検討し,類似した意 味を持つものをまとめて高次のカテゴリーとして分 類を行った。その後,各カテゴリーの関連図を描 き,カテゴリーの関係性を明確にした。また,分析 結果の厳密性を担保するため,2019 年3 月から5 月 にかけて当該病院の職員にカテゴリーの生成結果と その関係についての説明を行い,表現や関係性にお いて修正すべき点がないかを確認し,一部修正を 行った。 F. 倫理的配慮 本研究は立命館アジア太平洋大学研究倫理指針に 基づいて行った。また,インタビューにおいてはイ ンフォームド・コンセントに関する通知を行い,研 究における潜在的なリスクや不快感とその最小化, 潜在的なベネフィット,守秘義務,参加とその取り 止めに関しての通知を行い,内容に同意を得てから インタビューを行った。 III. 結 果 インタビューの逐語録および分析の結果,3 つの カテゴリーと7 つのサブカテゴリーを生成した。3 つのカテゴリーとは,「職員同士の人間関係」,「仕 事のやりがいと教育や生活への支援」,そして「尊 重の風土」である。また,7 つのサブカテゴリーは 「縦の人間関係」,「横の人間関係」,「仕事へのやり がい」,「教育支援」,「福利厚生」,「他者への敬意 と承認」,そして「譲歩」である。表3 には各カテゴ リーとコードに関する記述例を示している。 また,3 つのカテゴリーのうち,「尊重の風土」は 他のカテゴリーに関するコード全てと関連性が見受 けられたことから,本章では「尊重の風土」と「職 員同士の人間関係」及び「仕事のやりがいと教育や 生活への支援」がどのように関係していたのかにつ いても記す。 最後にこうしたカテゴリー同士の関係と「働きや すさ」,「職員の定着・離職」に関するとの関係性を 示したモデルを図1 に示す。「職員同士の人間関係」 表3 カテゴリー,サブカテゴリーおよび代表的なコード カテゴリー サブカテゴリー 代表的なコード 職員同士の 人間関係 縦の人間関係 上司との関係,先輩と後輩の関係,上司が責任を持つ,部下の背中を押す 横の人間関係 専門職として対等な関係,友人のような関係,チーム医療 仕事のやりがいと 教育や生活への 支援 仕事へのやりがい 患者の社会復帰を実現し達成感を感じる,患者からの感謝やねぎらいがある,退院後に患 者が顔を見せに来てくれる,スタッフに慕われる,病院の改善が分かる 教育支援 外部の研修に参加する,院内での勉強会に参加する,自己啓発制度を利用して資格を取る, 学会にて研究発表をする,教育体制が充実している 福利厚生 介護休暇や産前産後休暇・育児休暇が取りやすい,住宅手当や通勤手当がしっかりしている 尊重の風土 他者への敬意と承認 チームにおいて相手に敬意を示す,良いことは誉める 譲歩 空気を読んで意見を言う,謙虚な姿勢を心掛ける 図1 職員の定着・離職に影響を与える要因に関するモデル
及び「仕事のやりがいと教育や生活への支援」が 「尊重の風土」と結びつくことによって働きやすい 環境が整い,その結果,職員の離職率の低下と定着 率の高さにつながることを図1 では示している。 A. 【職員同士の人間関係】 インタビューから,働きやすい職場環境の理由と して人間関係に関する意見が寄せられた。このカテ ゴリーは「縦の人間関係」と「横の人間関係」の2 つ のカテゴリーから構成された。また,病院内におい て,同じ人に対して縦と横の人間関係を使い分けて いることが示唆された。 1. [縦の人間関係] 病院における縦の人間関係とは仕事における上下 関係を意味しており,典型的には上司と部下の関係 として表れていた。例えば,何か仕事上の相談があ るときは直属の上司にする,という意見が多数見受 けられた。また,上下関係を意識している,という 意見も見受けられた。一方,上司は時に部下の背中 を押し,責任を持つということを意識していた。こ のように,病院内では上司あるいは部下としての役 割が明確に意識されていた。 2. 「横の人間関係」 横の人間関係は対等な人間関係であり,たとえ上 司であっても部下に対して友人や家族のように接す る人間関係が構築されていた。例えば,職員の中に は上司に対して仕事の相談だけでなく,恋人や家庭 に関する相談をするものもいた。また,この病院は チーム医療を実践しており,様々な職種の人が1 人 の患者のケアに当たることから,カンファレンスで は各職種の人々が対等に意見を言うことができると いう。ある職員は,「チーム医療のリーダーでもあ りますし,主導権を握っている所もあるので,ドク ターによっては,他のメディカルの意見を聞き入れ てくれない,僕が退院っていうんだから退院なんだ よ,っていう形で言う人もおったんですけど。ここ のドクターはまずそれはないので,私が知る限り。 きちんとカンファレンスを経て,多職種の意見を聞 いてやっている」,と述べている。 B. 【仕事のやりがいと教育や生活への支援】 2つ目の働きやすい環境の理由として,仕事や職 員の生活に関するものがあげられた。具体的には, 仕事そのものにやりがいを感じていることと,やる 気のある職員を支援するための様々な制度,そして 職員が働きやすい環境で働くための福利厚生である。 ここでは,「仕事へのやりがい」,「教育支援」,及び 「福利厚生」という3 つのサブカテゴリーに分類した。 1. 仕事へのやりがい 当該病院では,リハビリテーション医療を提供し ており,職員はその仕事内容に満足していた。例え ば,ある職員は働きやすいと感じる理由に関して, 「やりがいがやっぱりすごくあるので。スタッフに 慕われるっていう所もやりがいだし,管理としてま だまだ学ぶことも多いから,もっとこう色んなこと を学びたいとか,色んな経験がしたいという部分も ある」,と述べている。とりわけ,リハビリを終え て退院した患者が顔を見せに来ることがあり,その 点をやりがいとして指摘する職員も複数いた。具体 的には,「来ていただけると,笑顔で,本当に向こ うも笑顔できて,だいぶようなったんや,こうしよ んのやとか。もうそこが一番嬉しいですね」,「退所 した後に,近況報告だったりとか,相談をしてくれ たりだとか,顔見せてくれる,そういった所で,な んか支援できて良かったなっていうのはあります ね」,といった意見が見受けられた。 2. 教育支援 当該病院は,研修や勉強会など,現場で活用でき る専門知識を身に着ける機会を提供している。ある 職員は,「結構勉強するという意味でも…意欲があ れば,凄くこう働きやすいというか,意欲をこう担 保できる,継続できるような環境にはあるのかなと 思います」,と述べている。他のインタビューから も,総じて当該病院は研修や勉強会が多いという意 見が出た。そのほか,自己啓発制度を利用して医療 関係の資格を取る職員もいた。こうした人々は自己 研鑽の重要性を認識しており,最終的に自己研鑽が 自分の仕事に活かせることを理解していた。また, 病院自体もこうした支援に対して前向きであるとい う意見であった。 3. 福利厚生 福利厚生に関して最も多くの意見としてあげられ たのが,休暇の取りやすさであった。多くの職員が 介護休暇や育児休暇,産前産後休暇の取りやすさを 指摘していた。ある職員は産前産後休暇や育児休暇 の取りやすさに関して,「産休とか育短とかは,も う半ば当然,ここに入れますみたいな感じ(でみん な取っています)。子供さんが小さい時は,急に休
みがでるので,そういう時はすいませんって言いま すけど,一応そういうのがもう想定されている」, と述べている。このほか,住宅手当や通勤手当が しっかりしていること,本人だけではなく家族への サポートが充実しているという点があげられた。 C. 【尊重の風土】 インタビューの結果,働きやすさに関係する上記 の2 つの要因(「職員同士の人間関係」及び「仕事の やりがいと教育や生活への支援」)は,組織内に醸 成された尊重の風土と関係していることが示唆され た。尊重の風土とは,「他者への敬意と承認」と「譲 歩」という2 つのカテゴリーから構成される概念で ある。前者は,直接相手を高めることによって尊重 を示すことを意味し,後者は自らへりくだることに よって相手を尊重することを意味する。 1. 他者への敬意と承認 当該病院はチーム医療によって患者のリハビリを 行っている。それゆえ,様々な職種の職員が1 人の 患者を担当する必要がある。ある職員はチーム医療 において気をつけていることとして,お互いに敬意 を示すことをあげていた。また,他の職員は「チー ム医療でやっているので,例えばソーシャル・ワー カーとしての発言に対して,みんなが耳を傾けてそ の治療方針の中に一緒にやっていこうっていう様な 姿勢を取り入れ」ていると発言している。 2. 譲歩 職員の中には,空気を読んで自ら一歩引いた立場 に立つことがあるという。例えば,異なる職種の人 に対して意見を言うか否かという点に関して,「業 務の専門性の所は…セラピストでもない私に言われ たらいやだろうなとか」考える,という意見が見ら れた。また,「専門職だからプライドはみんな持って いると思うんですよね。持っている人が多いからそ このプライドを傷つけないように,邪魔しないよう に,っていうのはとても重要なものの1 つかなと思 います」という意見も見られた。このように,チー ム医療といえども何をどのように伝えるべきかに関 して気を使っているという意見が見受けられた。 D. 【「尊重の風土」と「職員同士の人間関係」及 び「仕事のやりがいと教育や生活への支援」 との関係】 インタビューの結果から,「尊重の風土」は「職員 同士の人間関係」及び「仕事のやりがいと教育や生 活への支援」と何らかの関連性を持っていることが 示唆された。表4 はインタビューにおけるコメント において,尊重の風土に関連した各カテゴリーの事 表4 尊重の風土と他のカテゴリーとの関係 カテゴリー サブカテゴリー 事例 職員同士の 人間関係 縦の人間関係 1. 役職を意識して,相談する順番に気をつける 2. 年齢を意識した気づかいをする 3. 良かった点はしっかりと上司が部下を誉める 横の人間関係 1. お互いのプライドを傷つけないよう配慮する 2. 他の職種を尊重する 3. 一緒にやっていく姿勢を大切にする 4. 謙虚な気持ちを持ちつつ,言うべきことは言う 5. 他の職種の人にも相談をしやすい 仕事のやりがいと 教育や生活への 支援 仕事へのやりがい 1. インフルエンザで病棟閉鎖になった際,その対応に関してスタッフ同士が自主的に助け 合って苦難を乗り切った 2. チーム一丸となって患者が望む医療を提供できた 3. 上司が自分の仕事をちゃんと評価してくれることがうれしい 4. 周りの人も頑張っているのが分かる 教育支援 1. 研修会などに出られなくても伝達講習を行うことで,知識を共有して実際の医療現場に 取り入れている 2. 研修や勉強会への参加は子育てをしている人や介護をしている人に対して配慮した形に なっており,周囲もそうしたことを理由に参加できないことを理解している 福利厚生 1. 育児休暇や産前産後休暇を取りやすい雰囲気がある 2. 看護師は子育て世代への夜勤に関する配慮を互いにしている 3. 子どもが熱を出した,といったことを理由に欠勤や早退をしなければならなくなった場 合,職員がそのことを理解して欠勤や早退を認め,お互いに助け合う
例をまとめたものである。 1. 「職員同士の人間関係」と「尊重の風土」の関係 職員同士の縦の人間関係においては,下が上の人 を敬うような気づかいがうかがえた。例えば,ある 職員は相談の順序が組織内の上下関係を飛び越えな いよう意識していると述べていた。また,部下の良 い点を上司がしっかりと誉めてくれる,という意見 も寄せられた。横の人間関係においては,専門職同 士なのでお互いのプライドを傷つけないように配慮 している,という意見が見られた。また,チーム医 療ということもあり,各職種の意見を尊重し,謙虚 な気持ちをもって一緒に仕事をする姿勢を大切にし ている,という意見が寄せられた。お互いの職種を 尊重しているため,患者に提供する医療をめぐって それぞれがしっかりと言うべきことを言う傾向にあ る,という意見も出た。それゆえ,職場全体として はお互いに話しやすい雰囲気が醸成されており,仕 事に関してはもちろんのこと,仕事以外のことに関 しても様々な人の間で相談しやすい環境であること が指摘された。 以上をまとめると,当該病院では人間関係におい て上下関係等を意識する,あるいは他の職種の意見 を汲み取る際,空気を読むのと同時に,相手の立場 を尊重し,謙虚な姿勢で臨んでいる,という姿勢が 見られた。こうした人間関係の結果,チーム内で感 情的な対立が生じることが少なく,働きやすい環境 ができていることが指摘された。 2. 「仕事のやりがいと教育や生活への支援」と 「尊重の風土」との関係 仕事のやりがいに関して,ある職員は病棟がイン フルエンザで閉鎖されたときのエピソードを次のよ うに語っている。彼女は病棟が閉鎖になると普段以 上に業務が多くなり,上司として目が回るほどの忙 しさを体験したという。そして,その様子を他の職 員が見て,普段は色々と意見を言うのにその時は 黙々と働き,一致団結して元の病棟に戻れるよう努 めたという。他の職員は彼女の忙しい様子を見て, 助けてあげないといけない,と思ったのだという。 「火事場の馬鹿力じゃないけど,あの時にはコミュ ニケーションっていうか,スタッフ同士がきちっと 連携とれているんだっていうのをちょっと実感し て,本当,ただでは起き上がらんくて良かったなっ て,転んでもただでは起き上がらん,良い所見つけ たわって思って」と彼女は述べており,困難な状況 をお互いに助け合って乗り切ることで,仕事に対す るやりがいが損なわれないようにしていることがう かがえた。 上記の事例以外に,チームとして適切な医療を提 供できることに喜びや達成感を感じるという回答が 得られた。また,上司が部下の仕事を正しく評価し ていると部下が認識することも仕事へのやりがい につながっているという。このほか,他の人々の 頑張っている姿を見て,それを励みにしているとい う回答も得られた。このことから,チームメンバー としてお互いの仕事を尊重し認め合うことで,それ が仕事のやりがいにつながっていることが示唆され た。 教育支援に関して,当該病院は様々な研修や自己 啓発の支援を行っている。一方,研修は勤務時間外 に行われるため,参加者には負担になることも考え られる。しかし,受講が必須のもの以外は参加が任 意であり,任意のものを半強制的に受講させるとい う風土は醸成されていなかった。例えば,子育てが 忙しい世代は,任意の研修会や勉強会に出席できな いことをある程度割り切る傾向にあることが示唆さ れた。また,研修会に出られなかった人のために伝 達講習を行うなどの配慮が行われていた。このよう に,病院として研修会や自己啓発を推奨しているも のの,それらを積極的に利用する人と家庭の事情な ど他のことを優先する人とが混在できる環境を整え ていることがうかがえた。 最後に,福利厚生と尊重の風土の関係についてで ある。当該病院において,休暇が取りやすくなって いる背景としては,職員が休暇を取ることに寛容で あり,それが当然の権利として認められている点が あげられる。インタビューにおいて,休職される と現場は大変なのではないのかという質問に対し, ある職員は「持ちつ持たれつというか。子供を育て ている女性の方が,圧倒的にナースとか多いので, ちょうど僕たちの年代ぐらいで子供が小さい方が多 いので,そこらへんはフォローしながらいければ離 職もしなくてもいいし」,と述べていた。また,他 のインタビューにおいても持ちつ持たれつといった 考えや,お互い様だから,という意見が見受けられ た。勤務のシフトに関しても,当該病院では小さな 子供のいる職員に対しては夜勤の回数を減らすと いった対応がなされていた。中には,自分はまだ子 供がいないから他の人の代わりに夜勤を入れてほし
い,と要望する職員もいるという。こうしたことか ら,当該病院の職員は各家庭や生活状況を意識して お互いに持ちつ持たれつの配慮をしていると言え る。 以上より,当該病院には職員の仕事のやりがいが 損なわれないようにし,チームとしてのやりがいを 感じられる風土が存在していた。また,教育支援や 福利厚生に関しても,それらを活用できる風土が形 成されていた。この結果として職員が活き活きと働 き,自分たちの生活を考慮した労働環境が作られて いることが示唆された。 E. 【働きやすさと職員の定着・離職】 インタビューでは好きなことができていて働きや すく,その結果勤務し続けることができている,と いう意見が見られた。また,良い先輩・後輩に恵ま れ働きやすい環境であることが辞めない理由である ことも指摘された。このように,働きやすい環境に よって職員が定着していることが示唆された。 IV. 考 察 A. 「職員同士の人間関係」,「仕事のやりがいと 教育や生活への支援」,「尊重の風土」と職員 の定着・離職の関係 本研究は大分県内にある病院を研究対象とし,組 織風土の職員の定着・離職に与える影響を説明する ことを試みた。半構造化インタビューの結果から, 当該病院における「職員同士の人間関係」,及び「仕 事のやりがいと教育や生活への支援」,という2 つ の特徴を導き出した。第一に,人間関係が人々の離 職行動に影響を及ぼすことは既存研究においても指 摘されており4),本研究の結果はこうした既存研究 の知見と一致している。また,看護師の研究におい ては,人間関係が満足度に最も影響を与える要因で あることが指摘されているが5),本研究は,良好な 人間関係の構築と組織の尊重の風土が関係してい る,という新たな示唆を提示した。当該病院におい ては,上下関係を意識しつつもチームとして各専門 職が自らの意見を明確に述べることが求められてい た。そのため,尊重の風土は,お互いの意見を真摯 に受け止める土壌を作り,意見の対立が生じてもそ れが感情的なものではなく,職務の責任上生じて いることをお互いに理解させる手助けをしていた。 よって,この尊重の風土を土台とした人間関係が, 働きやすい環境を形成し,職員の定着率の高さに寄 与していると言える。 また,仕事のやりがいに関して,既存研究は仕事 の意義が仕事に対するエンゲージメントや職務満 足を高め,離職意図を下げることを明らかにして いる6)。本研究では,職員がやりがいを感じること と,職員がお互いに尊重い合うこととの関係性が示 唆された。とりわけ,困難な時にお互いに助け合 う,チーム一丸となって医療を提供することと職員 のやりがいが関係していることが示唆され,こうし た結果が職場を働きやすい環境にし,最終的に離職 意図を低下させていたのかもしれない。 一方,教育支援に関して,組織支援理論に基づけ ば,従業員が認知する組織支援は従業員の組織コ ミットメントを高め,離職意図や離職行動を抑制 するという7,8)。当該病院においては研修や様々な 自己研鑽の機会が職員に提供されていることが明ら かになった。一方,こうした学習機会は必須のもの を除き,あくまで自主性に基づいて活用することに なっており,例えば育児等で忙しい職員の場合は無 理して多くの研修を受ける必要はない,という雰囲 気が醸成されていた。さらに,伝達講習を行うこと で,研修等に参加できない人のために知識を共有す る機会が設けられていた。このように,各職員の状 況を加味した配慮が十分になされることで,当該病 院は研修等に積極的に参加して能力を高めたい職員 と家庭の事情などで他のことを優先しなければなら ない職員とが混在できる環境を整えていた。 最後に,既存研究では離職要因として家庭と仕事 との両立の困難さが指摘されてきた9,10)。本研究結 果では,福利厚生の制度,とりわけ休暇の取りやす さが働きやすさを構成する要素なっていることが示 唆された。様々な福利厚生制度が病院内にあったと しても,それが利用されていなければ意味がない。 尊重の風土があることによって,全職員が福利厚生 制度を十分に活用できていることが示唆され,職場 の働きやすさと定着率の高さに結びついている可能 性が示された。 B. 職員の定着・離職におけるその他の要因 本研究の結果から,職員の定着・離職に関して, 「職員同士の人間関係」,「仕事のやりがいと教育や 生活への支援」及び「尊重の風土」が関係している
ことが示唆された。一方,既存研究はこれらの要因 以外にも個人特性や担っている役割の状態や仕事の 特性が職員の定着・離職に関係していると指摘して いる1)。 本研究において,当該病院の職員の個人特性とし て指摘されたのが真面目さである。インタビューの 結果から,やるべきことを最後までやり遂げる,責 任感が高い,一生懸命である,決められたルールを しっかり守ろうとする,仕事に前向きに取り組む, といった職員が多いと指摘された。既存研究におい ても誠実さの高さが職務満足と正の関係性を持ち, 離職意図や離職そのものに対して負の関係性を持っ ていることが明らかになっている11)。よって,真 面目な職員ほどお互いを尊重し,仕事に対してやり がいを感じる傾向が高いのかもしれない。そして, こうした傾向が間接的に職員の定着・離職に影響を 与えている可能性があるかもしれない。 また,本研究の対象となった病院では役職や勤続 年数による職員の定着・離職に関する意見の相違は 確認できなかった。既存研究では役職を担うことに よって生じる緊張が定着・離職に影響を与えること が指摘されている1)。一方,本研究では役職者がこ うした緊張を抱いている傾向は見て取れなかった。 これは,お互いを尊重する風土が醸成されており, 職場における人間関係が良好なこと,また,役職者 が業務上の困難に直面した際,周りの人が気づかい サポートしていた点によると考えられる。 また,既存研究では勤続年数が長いほど現在の職 に留まろうとするため,勤続年数が長いほど離職す る可能性が低くなることが指摘されている12)。一 方,当該病院の場合,若い職員であっても人間関係 が良好でやりがいをもって働くことのできる環境で あることから離職への動機づけは高くなかった。そ れゆえ,当該病院では職員の定着・離職において差 異が見られなかったと解釈できる。 性別に関しては男性・女性の比率が概ね等しいた め働きやすいという意見が見られたが,性別そのも のが定着・離職と直接関係しているかについては確 認できなかった。既存研究において,女性の方が男 性よりも離職率が高くなる理由として,家庭と仕事 の不均衡が挙げられている13)。一方,当該病院で は福利厚生が充実しているだけでなく,それを積極 的に利用できる状況であり,家庭と仕事の不均衡が 生じにくくなっていた。この結果,定着・離職に関 する男女差を打ち消してしまっていたのだろう。 役割の状態や仕事の特性という点では,本研究の 調査対象が回復期病院であったことと関係している 可能性がある。回復期病院は急性期病院と異なり急 患が来院することがほとんどなく,患者の生死に関 わる機会が少ないという。それゆえ,職員の精神的 負担は急性期病院の職員よりも少なく,職員の定 着・離職に寄与するものと考えられる。 V. 課題と展望 本研究はインタビューを用いた定性的分析を行っ ており,本研究結果の一般化可能性に関しては慎重 に検討すべきである。とりわけ,本研究は一つの病 院を対象としたケース・スタディであり,他の病院 スタッフにも本研究結果が当てはまるかに関しては 統計的手法を用いた仮説の検証などを行い,本研究 の結果の追試を行うことが望ましい。また,インタ ビューで観測できなかった他の要因の影響が存在し ない,とは言い切れない。例えば,病院の掲げる理 念やその浸透度の影響など,更なる要因の解明と検 証が必要になると言える。 COIに関する事項 第一著者は「Intellectual Partners 株式会社」の株式を5% 以上保 有している。また,第二著者は「株式会社ケアレビュー」から年 間100 万円以上の報酬を受け取り,上記企業の株式を5% 以上保 有している。 謝 辞 本研究に当たって協力をしてくださった大分県内の病院の職員 の皆様に心から感謝申し上げます。また,本研究にあたり,株式 会社ケアレビューより日本国内の病院の調査に関する資料および 資金提供をいただきました。ここに感謝を申し上げます。 文 献
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Organizational climate of respect for others and employee retention:
The case of Japanese hospital in Oita prefecture
Yoshiki Shinohara
1)and Ryohei Kato
2)The purpose of this study is to identify the effects of organizational climate on the retention and turnover of hospital employees, and to develop a theory to explain the relationship between the two. Semi-structured interviews were conducted with hospital employees (physicians, nurses, physical thera-pists, social workers, etc.) in Oita Prefecture. Categories and subcategories were generated from the data obtained from the interviews, and the relationship between each category was analyzed. Based on the semi-structured interviews with 27 staff members, three main categories (human relations among staff members, job satisfaction and skill development and life support systems, and climate of respect for oth-ers) were derived. The results of this study suggest that a good work environment can be created by the combination of staff interpersonal relationships, job satisfaction and two support systems with a climate of respect, which leads to lower staff turnover and higher retention rates.
Key words : Turnover / retention / organizational climate / respect for others
1) College of International Management, Ritsumeikan Asia Pacific University 2) Care Review, Inc.