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阪神大震災への協議会の対応 (阪神大震災特集 地震と病院図書室)

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病 院図 書 室 15(1):19−24,1995

阪神大震災への協議会の対 応

今年 1月17日 未明 に 起 きた阪 神大 震災( 当 初 は兵 庫 県 南 部地 震と 命 名され たが 後 に阪 神 ・ 淡 路大 震 災 と変 更さ れ た) は想 像を 絶す る 惨禍を もた ら した。 当 協議 会 会員 にお いて も 図 書 室 担当 者 は幸 い 全員 無事で あ った が、 全 会員 の約 2割 、19の 会員 施設で は書架 の 倒壊 や什 器 の損 壊 、 資料 の散 乱な ど大 きな 被 害を もた ら し た。 そ の後 、い わ ゆる ライフ ラ イ ン を 中 心 に 徐 々に 復旧 しつ つあ る もの の、 5月 上旬 の 現 在 にな って よ うや く復旧 や 再建 の端 緒 につ い た 会員 も少 な くない 。 また 、被 災 は 比 較的 少 な かっ た 会員 にお いて も当 初 は図 書 室 担当 者 が 病 院機 能の 復旧 や被 災者 救援 に 従 事 し、 図 書 館機 能 が停 止し た 例も多 い。 そ こ で 、5,500余 名 の 犠牲 者を 出 し、 戦 後 最 大 の惨 事 と な った阪 神大 震 災へ の当 協 議会 の 対 応を 順 を 追 って 紹介 する。 た だし 、 かつ て 経 験 のな い 未 曾有 の災害 で あっ た ため 、緊 急 に 私だ け の 判 断で 動い た個 人的 体 験や 私情 が か なり 挟ま れ てい るこ と もご諒 解 いた だ き たい 。 1 月 1 7 日 ・ 京 都 1月17日 午前 5時46分、 京都 市の 南端 に 住 む 私 は小 さ な揺 れで 目覚 め た瞬 間、 大 きな 音 と ただ 事 で は ない 建物 の揺 れ に身を 縮 め た。 起 きて 室 内を 確認 する と 本棚 に危 なか し く置 い て あ っ た も の は全 て 落 ちて い た。 直 後 の TVのニ ュ ー スで は被害 はほと んど ない か のよ こ だ な か て つ や :近 畿 病 院 図 書 室 協 議 会 事 務 局 長

小田中

うな 報 道で あ った 。 震度 5の京 都が一 番 ひど か っ たのだ ろ う と思 い、 病 院図 書室 の散 乱 を 予想 して 嫌な 気 分で 病 院へ 出か けた。図 書 室 は予 想に反 して ほと んど 何 も変 って いな かっ た。 しか し 、医 局で 見 るTVニ ュ ースでほ 神戸 の 我 が目を 疑う よ うな 被災を 伝えだ した 。仕 事 の 合 間を ぬ って 見る医 師 た ち も次第に 言葉 を な く して い った。 午 後 、電 話で 研 修部 の山 室 さん と 1月25日 に 予 定 し て い た 淀 川 キ リ ス ト 教 病 院で の 第 72回 研 修 会の 開 催につ い て相 談し た。 その 時 点 で はまだ 結 論 は翌 日まで 待 って もらうこ と に した 。翌 1月18日 午前 、神 戸市 街 の炎 上 と 高速 道 路 や鉄 道 の倒 壊がTVに写 しださ れて い る 状況 か ら 、研 修会を 中 止 する こと にし た。 総 務 の山 崎さ ん に全 会員 へ 研修 会 の「中 止 」 を 至急 連 絡 す るよ う電 話でお 願 い した。 1 月 1 8 日 ∼ 1月 2 1 日 そ の週 、 阪神 地区 へ は電 話が ほとんど 不 通 とな り 、市 内お よ び近 隣の 病 院図 書室と は 何 とか 連 絡が と れる 状態 であ っ た。 また、TVや 新 聞 の 報道 は 悲 劇 的 な 状 況 を 昼 夜を 問 わ ず 刻 々伝 えて い た。 こ うし た中で 特 に被災 地 の 図書 室 関 係者 の安 否 も心 配さ れ だし た。 そ の う ち、 西宮 市 に は会 誌を 印刷 して い る小 西 印 刷所 と 会 員 の西宮 市 立中 央病 院 があり 、 また 個 人的 に は 東京 在住 友人 の母 親 が一 人で 住ん で い た。 当 時。 余震 は懸 念 され たが 1月20日、 会 誌 編集 部 の首 藤 さん に週末 の 翌21日に 西宮 市 へ 事務 局 長と して 私 か状 況把 握 に出向 くこ − 19−

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病 院 図 書 室 Vol.15 No.l,1995 とを 伝え た。 ま た、会 計の 松 本さ ん には協 議 会予 算 の予備 費残 高を聞 き、緊 急 支 出の上 限 を 確 認し た。 1 月 2 I日 ・ 西 宮 1月21日 は大地 震後 はじ めて の土 曜 日で も あ り 、 阪 神 電 車 の 梅 田駅 に は 生 活 物 資を 背 負 っ たお 見舞い や買 い出 し の人 々で 満 ちてい た。 西 宮 市内 に入 ると神戸 へ 向 う緊 急救 援物 資 の輸 送 車が道 路を 埋めつ く し、 パ ト カーと 救急 車 の サイレ ンが 鳴りや ま ず、 空 に はヘ リ コプ ターが幾 機 も低 空を 飛 び ま わって い た。 国 道 の歩 道 は物 資を 徒歩ま た は自 転 車や バイ クで 運ぶ 人 々の列 が神 戸方 面 に向 って 延 々と 続 い てい た。 私 は友人 の実家 か ら 借り た自 転 車 で 大 きく 亀裂の 入っ た道路 を 地図 を 頼り に 印 刷所 を 探し まわ った。 迷い な が ら も工 場 地 帯 の端 にあ る 海岸近 く の小西 印 刷所 に辿 りつ き、 関 係 者の方 に 挨拶を して 無 事を 確認 し、 安堵 し た。 す で に夕 方 になっ てい たが 、 次に 西宮 市立 中央 病 院 へ向 かっ た。 研 修会 の時 に一 度 訪 れ た病 院 で もあ り 、自 転車で は遠 く はあ っ た も のの 辿り つ くの に迷 うこと は なか っ た。 担当 者 の 中 嶋さん と は前日 に公 衆電 話 によ って 連 絡 が取 れ無事 であ るこ と は知っ て い た。そ の 日 午 後 も病 院 へ 出 て こ ら れ て い た と の 事 で あ っ たが 、私 か訪 れた時 は 午後 6時 半を 過 ぎ 帰宅 さ れ た直 後だ った。図 書室 は大 学生 ボラ ン テ ィ アがか なり 片付け た後 と のこ と だっ た が 、書 架 の倒壊 や 資料散 乱の 跡 は歴 然と して い た。 後 に何か の 資料に なる か もし れな いと 思 い 無 断で 写真を 数 枚撮り 、 事務 部を 訪 れお 見舞 い の挨拶 を して 病院を 後 にし た。 1 月 2 3 日 ∼ 1 月 3 1日 ・ 被 災 状 況 調 査 週明 け の 1月23日か らは 、阪 神地 区 と大 阪 北 摂地 区 の会 員の 被災状 況を ま ず把 握 し、 こ れを 全 会 員へ 報告 する こと に努 め た。 総務 の 山 崎 さ ん と手 分 け してFΛXと電 話 によ る 簡 略 な質 問 によ って 状 況を 問 い合 せ た。 こ のう ち、 神 戸 市 立西 市民 病院 につ いて はそ の 被災 状況 が すで に 報道 さ れて い たこ と もあ り、 辛い問 い 合 わせで あ っ た。 そし て 1月31日に よう や く集計 が まと まり 、 その 日 、被 災状 況 の緊急 報告を 全 会員 に郵 送で 配 布 し た。 特に 相互 貸 借で の 被災 会 員へ の 文献 申込 みの 停止 と積 極 的 な 提 供を こ こ で 会 員 に 促 し た 。 ( 資料 1 「阪 神 大震 災 によ る 会員 の被 災 状況 」参 照) 2 月 1 5 日 ・ 神 戸 2月 に入り 、 6日 の平 成 6年 度 第 6回幹 事 会にお い て、 協 議会 役 員が 分 担し て可 能な か ぎり 被災 地区 の 病院 図 書室を 訪 れ実 情を 把 握 す る こと にし た。 そ の 際、 協議 会 から のお 見 舞 い 金を 包む こ とに し た。 また 、書 架 の倒壊 な ど大 き な被 災が あ っ た会員 と 神戸 大学 附 属 図 書館 医学 部 分館 、兵 庫 医科 大学 図 書館 に も 同 じくお 見 舞 いを 郵送 し た。 そ して 2月15日 に は幹 事の 首 藤佳 子、 山 崎捷 子 、徳 田雅 子の 各氏 と 途中 か ら中 嶋和 子氏 と 田中 文子 氏 が加 わり 、大 阪 か らJR福知 山 線周り で 神戸 市北 区 の済生 会兵 庫病 院と 社 会 保険神 戸 中央 病 院を お 見舞 い に訪 れ た。 そ れぞ れ の担当 者 、田 中 文 子 さん と 林伴子 さ ん は元 気な 様子 だ っ たが、 社会保 険 神戸 中央 病 院 はそ の復 旧 には相 当 の 時 間と 労 力を 要す る だろ う との 報 告であ っ た。 2月 1 6 日 ・ 尼 崎 翌16日 に は、幹 事 の前 田元 也氏 と 私か 尼崎 市 内の 会員 を 訪れ るこ と にし 、昭 和 病院、 関 西労 災病 院 、兵 庫県 立 塚口 病 院 そして 兵 庫県 立尼 崎病 院 の 4病 院を 見舞 っ た。平 日 だ った こと もあ り 、順 に浦 野 晃子 さ ん、 寺渾 裕子 さ ん 、 松島 敦 子さ ん、 熊井 亜 由美 さ んの 各担 当 者 の方 々と 会う こと がで きた。 初 めてお 会 い す る顔 もあ っ た が全 員、 元気 に さ れて いた。 尼 崎市 内 の風 景 は地震 の影響 は一 見 少 ないよ う に見受 け ら れ たが、 関 西労 災 病院で は図書 室 に至 る長 い 廊下 全 体に 、資 料 がNLMC分 類で 積 まれ並 ん で いた。 同 行 の前 田さ ん はこ れを 見て 感動 し 、 「図 書館 員 かい る! 」と □ に洩 した。 図 書 室 に入 ると 荒 廃し た部 屋の 真 ん中 − 20−

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で明るい表情で寺渾さんが片付け仕事をして いた。また、県立尼崎の熊井さんはできるこ とであれば何でも復旧のお手伝いをしたいと 申し出られた。各病院とも震災後の慌ただし い中を訪れたにもかかわらず、事務部の方々 からも丁寧に迎えていただき皆さん恐縮され ていたのが印象的であった。 2月18日・神戸  そ9週末の2月18日には、神戸市内のうち アクセスの可能性から冲戸労災病院と神戸市 立西市民病院を、私一人訪れることにしてい た。これを闘いた西宮の中嶋さんも同行案内 することになり、阪急西宮北口から神戸まで の代替バスに乗った。同じ西宮市内でも阪急 沿線の被害は大きく、さらに芦屋、東灘と西 へ向うにつれバス窓外の風景は苛酷なものに 変っていった。神戸の山の手、王子公園の隣 にある神戸労災病院へ着いた時は正午をとっ くに過ぎていた。前もって連絡もせず土曜日 に訪れたこともあり、担当者の井川美幸さん はおられなかった。図書室を無断で見学させ ていただいて机の上にメモを置き、事務当直 の方に挨拶して病院を出た。大地震の後にも かかわらず辺りの風景、病院のたたずまい、 応急に片付いた図書室、すべてが静寂な印象 であった。  そこからはタクシーを相乗りして三宮に出 て、徒歩と地下鉄の乗換えを繰返し、「絶句 しますよ」と相乗りの人たちが言った長田区 の神戸市立西市民病院へ辿りっいた。途中の 風景は、ビルや道路の倒壊を目の当りにして も非現実的であったが、リュックを背負って 黙々と歩く大勢の人々の列は現実的だった。 JR兵庫駅を降り、焼けた街をしばらく歩いて 西市民病院の前に立った時、被災者でもある 中嶋さんも一言「胸が、痛む。」と呟いた。 病院内へは立入り禁止になっていたが、救急 入口で立ちながら一人で来訪者の応対をして いる人が見えた。病院関係者の方と思いお見 舞いの挨拶をすると、「副院長 松村陽右」 と記されな名刺をいただいた。痩身に品よく 21

病院図書室 Vol. IT) Nal, 1!)!);")

着こなされた背広とワイシャツには、震災以 降の苦労が偲ばれた。臨床研修指定病院にな るため3年前から準備をすすめ、そのため昨 年夏には近畿病院図書室協議会に入会し、図 書室に移動書架を設置した矢先だった、と話 された。また、当分は病院としての機能は停 止して近くの長田区役所の一角を借り数科の 診療所として残るが、その後については未定 とのことであった。そしてその日はちょうど 病院引っ越しの日であった。私たちは、病院 として必ず再建されることを念願し、また、 必要な医学情I報については協議会会員が提供 していけることを申し上げ、夕暮れの長田の 街を後にした。 2月25日・伊丹,神戸  次の土曜日の2月25[lも神戸へお見舞いに 行くことにした。今回は尼崎の熊井さんが同 行すると申し出られた。阪神間の地理に不案 内な私は心強くなり、神戸の前に伊丹へも案 内してほしいと欲を出した。お陰で阪急塚口 駅からバスで要領よく近畿中央病院に着き、 事務当直の女性に用件を伝えることができた。 ところが奇しくも、その人は図書室担当者の 田中裕子さんであり、図書室を丁寧に案内し ていただいた。着実な復旧の構想と再建の夢 を語っていた彼女も3月末で配置換えとなり、 4月からは新人の方が配属されるとの連絡を、 後日受けることとなった。  次にポートアイランドを目指して、この時 はJR立花駅から電車に乗り、住吉一灘の間は 代替バスで、また電車に乗り換えて三宮に着 いた。途中、熊井さんは母校界隅のみじめな 姿を車窓から黙って眺めながら、私には見せ なかったが涙ぐんでいたように思う。三宮か らバスで神戸市立中央病院に着くと、まず図 書室を探した。病院食堂横にある図書室は鍵 がかけられていたので、事務部へお見舞いに 行き、担当の吉田禎夫さんへの挨拶のメモを お預けした。人手の少ない土曜日でもあり、 院内協力して図書室の応急の復旧はできたど のことだったので、図書室の見学は残念なが

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病 院 図 書 室 Vol.15 No.l,1995 ら遠 慮し た。 人工 の街 ポ ート アイ ラ ンドの 高 層ビ ル は全て不 思 議な ほど 真 っ直 ぐ立 ってい た。 対岸 の遠 くに 見え る神 戸 市街 と は別世 界 であ った。 た だ、 液状 化 の砂 が至 ると ころ に 溢れて い た。 こ れでお 見舞 い の旅 に は区 切りを つけ た。 既述 のよ うに土 曜 日の 訪問 で は前 もって の連 絡は すべて 控え た。 私 なり に気 を遣 い 、担当 者の方 々には週 末 の休 日 は自宅 の復 旧 や休息 に当て てい ただ き たか った 。 もちろ ん後 日、 各担当 者 の方 々か らはお 礼 の電 話を いた だい た 。こ の旅 で は、京 都へ 帰 ると 鼻血 が出 たり 悪 夢 にうな され たり もし た が、 冬で も明 るい 光 に満 ちた 阪神地 区 の街 々と優 しい人 々に接 す るこ とがで き たこ と は喜 びであ っ た。 3月・ 被災 への 支援 活動 に向け て 3月 はじ めの総 会案 内 に同封 し 、当 協議 会 で は会員 に「 阪神 大震 災 への 支援 活動予 備調 査」( 資料 2参照 )を 実 施し た。 これ は復 旧 への ボラ ンテ ィ ア活動を す す める ため の準 備 作業で あり 、 3月30日 の平 成 6年 度第21回 総 会で は、被 災 会員 へ の支援 活 動を 今年 度の 大 き な活 動方 針 の一 つ とし た。 す で に文献 提 供 で は各図 書 室 が積 極的 に 協力 し てい るが 、 被 災病 院 の受 入 体 制が整 っ た 5月 上旬 現 在、よ うや く 資料 整 理な ど の労 務提 供を 実 施す る段 階 に入 った。 こ れ につ いて 当 協 議会 で は参加 者の 災害 保 険 の加 入と 交通 費 につ い て は負担 す るこ とに し た。 今後 と も会 員 の皆 様の ご協 力と 支援 を 切に お 願い す る もので あ る。 最 後に 、地 震 の 直後 か ら各地 の病 院図書 室 関 係 者の 方 々か ら安 否を 気 遣 う問 合 わせや お 見舞 いがあ った。 特 に 病院図 書 室 研究 会 から は当 協議 会宛 に多 額 なお 見舞 金を い ただい た。 ま た、 会 員間 で も被 災地 域 の会 員 の安 否の 問 合 わ せや 、支 援 の申 し 出が 相次 い だ。 これ ら の ご厚 情 に心 か ら感 謝す る とと もに、 いた だ い た義 援 金 は被災 会 員 の図書 室 復興 の ため 有 効 に使 い たい と 考え てい る。 さ ら に、 先にお 見 舞い し た会 員病 院 や医 学図 書 館 から は後 日、 丁寧 な お 礼状を い た だい た。 恐 縮す る とと も に、 被 災さ れ た病 院 や図 書館 の一 日 も早 い 復 興を お 祈り い たし ま す。 22−

(5)

− 器 −

(資料−

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阪 神 大 震 災( 兵 庫 県 南 部 地 震)に よる 会員 図 書 室 の被 災 状 況 (平成 フ年1月23日∼1 月31日 にFAXと電 話で問合 わせ) 病院名 担当職員の被災 図書室の床、li 、 1窓 ガラスなどの 被災 書架の倒壊や 資料の散乱 コピ ー機や OA機器の破 損 電話・FAX の使用 iB便物の発送 ・ 受け取り 相互貸借 その 他、特記事項 や要望 大阪 厚 生 年 金 病 院 ● 〃■F− ■●・■■ 住友 病 院 ○ 〇 ● o o △ ● ビ ス止めし てあ った書架のみ 無事で,残りは全て 倒壊、応急の 復旧 作業中 ○ ● ● ○ ○ (⊃ (⊃ 応急の復旧はで きたが.床には ひび割れがある 日生 病院 ○ ○ ● O C) くこ) O ● ・  ̄  ̄  ̄ c□ 匹 ○ ● 2週間で一 応の復旧を みたので/Y ’n がら学 生は 利用で きる ようになっ た − I−・÷■心●皿 −I●四 ÷ ・ r ¬ D  ̄○ ○ ○ △ 病院 全体が救援、 被災 者の受 け入 れなどで混 乱し てお り、図書室閔 係外の業務も多い 行 岡 保 健 衛 生 学 園 ■i−I. ㎜ 高 槻 赤 十 字 病 院 ・ −1・● ・ 西 淀 病 院 ○ ○ a  ̄ ● ● cニ) U U U 図 書室は一応、復旧し たが,別置の維誌 バックナ ンバーは未整理 藍野学院短期大学 ○ ● ○ O O O O 社 会 保 険 神 戸 中 央 病 院 ・ ←〃−●・`●●・l¶¶ ■ 昭 和 病 院 W ・■¶ ● ● 兵 庫 県 立 塚 口 病 院 ふ嘩●●●` ・ y1・ ●“ 西 宮 市 立 中 央 病 院 ●・皿r〃・■ − 関 西 労 災 病 院 P●●●−●■・− 済 生 会 兵 庫 県 病 院 公 立 学 校 共 済 組 合 近 畿 中 央 病 院 神 戸 徳 州 会 病 院 抄 戸 労 災 病 院 兵 庫 県 立 尼 崎 病 院 神 戸 市 立 中 央 市 民 病 院 明 石 市 立 市 民 病 院 神 戸 市 立 西 市 民 病 院 j ■−●− ● 西 神 戸 医 療 セ ン タ ー ○ .‘. ’ ¨ ‘ ○ ○ ” ○ ○ ‘I ’ ’  ̄I a ’ ○ ‥‥ ‥’ ○ ○  ̄’゛’ .. ..・ ○ ○ ○ ’ ’ ̄ ○ ● ? ? U ● コンピュー タやFAXにたどりつけ ない 程の倒壊と 散乱、復旧には 数ヶ月かかりそう ○ ● ○ ○ ○ ● 蔵書は全て散 乱し、応急の復旧に も至っていない ● ● ○ ○  ̄  ̄  ̄○ ● 水浸しになっ て使えない資料が かなりあ る =・● ■・−−・−4ふ・・■ ・・ 1j ● ● ○  ̄  ̄でj O △ 番架すべて 倒壌、大学生ボラン ティアの援助で応 急の復旧は したが、書架は取り 替え修理が必 要 ○ ● ? (⊃ 〇 ● 院 内 の 協 力 を 得 て 、 応 急 の 復 旧 作 業 に よ う や く 取 り か か っ た ●●− ←←・−●・−−○ ● ● ○ ● ● か な り の 病 院 職 員 が 被 害 を 受 け 、 他 部 門 の 手 伝 い●㎜ −●四㎜・ ・− ・・ F−・ i■・ ・ ● の た め 図 吝 室 の 復 旧 が で き な い 状 態 ■■ ●●●・・●・● ・゜○ −・●=ミ ●=4−●−・●÷●−¶ ㎜7㎜¶W●−7 ふ○〃 ○ j・○ ■ ● ・ ●● ・W簡 な の 倒 壊 を 機 に . 場 所 の 硫 保 か 蔵 w の 処 分 を 検●W・ ・1 討 中 、 廃 棄 基 準 が あ れ ば 教 え て 欲 し い ’ ’ ̄ ’’` ̄● ● ご 匹 ○ ○ ● ● ●●●・ ・● ●・ ● Φ・● ・ ● ●○ ● ● ● ・−r j●■●・・ ・F ○ ● ●− I○ I●・.−I・・・ ●■●・・ ● だ の 肴 み 場 が な い ほ ど m 壌 ・ 飢 し . 復 \n の 児 辿 し は 立 っ て い な い 。 図 在 室 職 貝 は 病 院 に 宿 泊 ●i −−− ●●`皿て ) ・ dd −7−Φ●●● r●i −●● ・幸 い 大 き な 被 害 は な か っ た の で 、 手 伝 え る こ と が` ●`・● 「 一丿 あ れ ば 連 絡 を j ・ −●○● ●− ●`・=・ミ` −1“●∼ △ ・− ●△・ F● ÷瞥 架 や 資 料 の 再 利 用 の 見 通 し は 立 っ て い ず . 邨 便■ や FA X の 受 信 状 態 も 正 常 か ど う か 不 明 ● ● f ●・−1 ●・I−−j W` ● − `j●〃・ ・ I・「 − −“ ・・ −●4・− ・ ・ ・ ● F O ● ○ ○ ○ ● 応 急 の 復 旧 は で き た が 、 相 互 貸 借 は 無 理 ●−・ ●j●㎜・ ● ● ㎜・・・● ・ W ・¶ ・ ¶ −㎜ ¶ ● −¶ ・ −r−・− ●● ㎜・・ ● ● ● ● ● ● ● ● 現 在 、 病 院 と し て の 機 能 は 停 止 、 再 建 の 見 通 し は 不 明 。 図 書 室 は 立 ち 入 り 禁 止 、 担 当 者 は 自 宅 待 機 … … … ’● ””■ ̄ ● Oト ○ 0 ●“ ¨  ̄… … ゛ ’’’ ゛’ ゛ ’` (記号)○: 被災無し、ま たは通常に機能 ●: 被災有り.ま たは機能停止 △: 制限つきで機 能 ?・ 倒墳・散乱の ため確認でき ない ( 注 )回 答 の う ち 、 被 災 の あ つ た会 員の み を会 員名 簿 順 に 掲 載 し ま し た 「 そ の 他 、 特 記 事 項 や 要 望 」ti 、 事 務 局 で 要 約 し て あり ま す 相 互 貸 借 の 可 能 な会 員 で も 、 罹 災 し た 会 員 へ は 文 献 依頼 を 遠 慮 し て く だ さ い 相 互 貸 借 の 不 可 能 な会 員 へ も 、文 献 の 要 望 が あ れば 優先 的 に 提 供 し て く だ さい 斟 沢 図 叫 叫 V o l . 1 5 N o . 。 1 9 9 5

(6)

− Z 阪 神 大震 災 への 支 援 活 動 予 備 調 査(1995/3/6) 近 畿 病院 図 書室 協 議 会 ( お 願い )阪 神 人震 災 に よる 被 i 会員 へ の 支援 活 動 を 進め る た め、 会員 の皆 様 に、 支 援の受 人 れ 希 望 ま た は提 供の 申 出 に つい て 子備 調売 を 致 し ます。 支援 活動 につ い て提 供や 受 入 れの 希 望 があ り まし たら 、 さ さ や か な 事 柄で も遠 慮 な く 該 当す る 側 に、 岫 略 に 記 入し て く だ さい。 返 送 先 : 事 務局 ( 国 立 京 晶病 院図 書室 ) 滸 河 囚 叫 叫 V o . 1 5 N o . 1 。 1 9 9 5 施 設 名 : 氏 名 : ●● ●4 ● ● . 労 務 提 供 資料の整理や排架作業、 什器やOA賎flTの設定など, 図 書 館 機 能 の 代 行 文献の検索や人手、 その他の参考訓査など 資 料 の 支 援 唯誌や単行古の寄川 機 器 物 品 の 支 援 機器や物品の寄贈 そ の 他 支 援 の 受 入 内容 方法 晴朗 備考 支 援 の 提 供 内 容 方法 時期 備考

(資 料−

2)

参照

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