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高齢運転者の自動車事故刑事裁判例の検討による運転者の法的責任と予防策について

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Academic year: 2021

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1.はじめに

高齢の運転免許保有者数は、年々増加している。 2017年は免許保有者の22.1%、5人に1人が65歳以上 の高齢者であった1)。近年、交通事故発生件数は減少 傾向にあるが、発生件数における高齢者率(第一当 事者が65歳以上の高齢者であるものが占める比率) は、年々増加しており、2017年は21.3%となった(Fig. 1)1)。人口の高齢化に伴い、今後さらに高齢の免許 保有者の割合、交通事故発生件数における高齢者率 は増加すると推測される。 2017年の道路交通法(以下、道交法)改正で、認 知機能検査で第1分類(認知症のおそれあり)と判定 要 旨  近年、高齢の免許保有者は増加しており、交通事故発生件数における高齢者率も年々増加している。2017 年の道路交通法(以下、道交法)改正で、認知機能検査で第 1 分類(認知症のおそれあり)と判定された高 齢者は、免許の更新時に医師の診断書提出が義務づけられたが、高齢者の事故の原因は、認知症に起因した ものばかりではない。  そこで、増加する高齢者事故の特徴、および事故を起こした高齢運転者の法的責任を検討し、事故予防策 を講じる知見を得ることを目的として、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律施行 後に発生した高齢運転者(65 歳以上)による事故の刑事裁判例について検討した。対象は 26 例で、運転者 の平均年齢は 76.0±7.4 歳であった。3 人は、職業運転者であった。何らかの疾患に罹患していた運転者は 7 人で、認知症、てんかん、糖尿病、心臓病、がん、難聴、白内障であった。事故原因は、不適切な操作(ア クセルとブレーキの踏み間違いなど)が 9 例ともっとも多かった。有罪となったのは 23 例で、過失運転致 死傷が 20 例、危険運転が 2 例、道交法違反(酒気帯び)が 1 例であった。過失運転では、結果の重大性、 基本的な注意義務の違反、悪質性が認められるケースでは起訴されて公判が開かれる可能性が高くなる。そ してその結果や注意義務違反・悪質性がとくに重いと判断された事例では実刑判決が下されていた。量刑に おいて、高齢であることや長期間の安全運転経歴が考慮されることもあるが、過失の刑事責任は免れない。 また、故意が認められる危険運転では、高齢などの諸状況が考慮される余地は少ないと考えられた。  高齢運転者の事故は、認知症患者の免許を取り消すことだけでは解決できない。運転経験を過信すること なく、加齢に伴う運転能力の低下を自覚できるようなサポートが必要であろう。また、高齢の就業者が増加 するなか、高齢者を雇用している事業者による安全対策も求められよう。 キーワード:交通事故、高齢者、自動車運転、刑事責任

高齢運転者の自動車事故刑事裁判例の検討による

運転者の法的責任と予防策について

[原著論文]

馬塲美年子

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  一杉 正仁

(2) 受付:2019 年 12 月 2 日  受理:2020 年 1 月 31 日 (1)慶應義塾大学医学部総合医科学研究センター  (2)滋賀医科大学社会医科学講座 著者連絡先:馬塲美年子 mineko@keio.jp

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された高齢者は、免許の更新において医師の診断書 提出が義務づけられた。認知症と診断された場合、 自動車運転免許は取り消し・停止となる。高齢運転 者の事故に関しては、認知症の影響に目が向けられ がちであるが、事故の原因は、認知症に起因したも のばかりではない。加齢に伴い、身体面・精神面と もに機能が低下し、運転能力が低下する。さらに、 さまざまな疾患の罹患率が上がり、運転に影響を及 ぼす。認知症に限らず、加齢に伴う運転能力の低下 を考慮した高齢者事故の予防対策が必要であり、こ れは今後わが国における大きな課題の一つである。 2017年の検察庁における新規受理人員の罪種別構 成比をみると、過失運転致死傷等が43.7%ともっとも 多く、次いで道交法違反が27.3%であった(Fig. 2)1) 同年の交通事件の終局処理人員の処理区分構成比を みると、危険運転致死傷は、起訴率が82.6%と著しく 高いが、過失運転致死傷では11.1%とかなり低く、公 判請求の構成比は1.2%であった(Fig. 3)1)。すなわち、 新規受理人員がもっとも多い過失運転致死傷は、不 起訴率がきわめて高い。起訴されて公判が開かれる 事件は、運転者の刑事責任がとくに重視されたもの と考えられる。したがって、起訴された高齢運転者 による交通事故事例を調査し、事故概要および運転 者の責任に対する法的判断を検討することは、事故 予防策の端緒になると思われる。 そこで、今回、高齢運転者による事故における法 的責任の考察および事故予防策を講じるにあたって 必要な知見を得ることを目的として、近年の高齢運転 者による刑事裁判例について調査し、検討を行った。

Fig. 1 Change of the number of traffic accidents and the ratio of elderly persons(part of the first part) 〔White Paper on Crime 2018(Modified)〕

Fig. 2  Composition ratio by charged offenses of new suspects in Public Prosecutor’s Office (2017)

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2.対象と方法

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰 に関する法律〔以下、自動車運転死傷行為処罰法(2014 年5月20日施行)〕施行後に、国内で発生した交通事 故のうち、第一当事者が高齢者(65歳以上)であり、 起訴され、刑事処分が下された事例を対象とした。 対象例は、過去の刑事裁判判例と新聞記事の検索に より抽出した。検討対象には、控訴中の事例も含む。 検索は、全国新聞紙5紙におけるすべての記事データ ベースと判例データベースを活用して、可能なかぎり 幅広く行った。なお、使用したデータベースは、聞蔵 Ⅱ(朝日新聞、1985年以降)、産経新聞ニュース検索 サービス(産経新聞、1992年以降)、日経テレコン21(日 本経済新聞、1975年以降)、毎日Newsパック(毎日 新聞、1975年以降)、ヨミダス歴史館(読売新聞、 1874年以降)とTKC法律情報データベース(1875年 以降)である。

3.結 果

対象は26例で、刑事処分は2015〜2019年に下され ていた。各事例と刑事処分の概略をTable 1に示す。 運転者は、男性20人、女性6人で、平均年齢は76.0±7.4 歳(男性:76.1±7.4歳、女性:77.0歳±8.2歳)であっ た。最高齢は、90歳(女性)であった。事故当時、 職業をもっていた運転者は7人で、そのうち3人が職 業運転者であった。何らかの疾患に罹患していた運 転者は7人で、てんかんが2人、認知症・糖尿病・心 臓病・がん・難聴・白内障が1人ずつ(重複あり)であっ た。また、事故による歩行困難のため障害者手帳が 交付されていた運転者が1人であった。 運転者の車両は、普通乗用車20例、軽自動車およ びトラック・トレーラーが各3例であった。事故発生 場所は、単路が13例、交差点・交差点付近が7例、一 般交通の場所(駐車場など)が6例であった。事故類 型をみると、人対車両が18例、車両相互が9例(重複 あり)で、事例13は、ペダルの踏み間違いで車両に 衝突後(車両相互)、再度踏み間違えて歩行者をはね た(人対車両)事故であった。 刑事処分であるが、26例中有罪が23例(実刑判決7 例、執行猶予付き判決16例)、無罪が1例、刑の免除 が1例、公訴棄却が1例であった。起訴時の罪名は、 過失運転致死傷が21例、危険運転致死傷が4例、道 交法違反が9例(事例2、5、8、18、20、22、24、26 の8例は、過失運転または危険運転との併合罪)であっ た。危険運転致死傷で起訴された4例のうち2例(事 例3、5)は、過失運転致死傷で有罪判決が下された。 事故の原因は、不適切な操作が9例(ペダルの踏み 間違いが8例、ブレーキの踏み遅れが1例)、安全不確

Fig. 3  Composition ratio by final charges in the Public Prosecutor’s Office (Traffic accidents)(2017 年)

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Table 1 Summary of court cases involving vehicle collisions by elderly drivers 性 別 年 齢 職業 事故時の 健康状態 1 2014 2016 女 70 無職 横浜地検 過失運転致傷 刑の免除 1人負傷 安全不確認 傷害が軽いのに、長期間 裁判への対応を強いられた 2 2014 2016 女 68 無職 (起訴後診断)てんかん 高松地裁 過失運転致傷 道交法違反 (ひき逃げ) 無罪 1人負傷 側頭葉てんかん  注意義務違反なし (意識障害の 予見可能性なし) 3 2014 2019 男 65 会社員 低血糖 (1型糖尿病) 大阪地裁 危険運転→ 過失運転致傷 禁固1年6月 執行猶予3年 →控訴 3人負傷 (1型糖尿病)低血糖 注意義務違反基本的な (低血糖の可能性予見) 4 2015 2016 男 83 無職 福島地裁郡山支部 危険運転致死 懲役5年 1人死亡 飲酒 危険運転(飲酒) 5 2015 2018 男 73 無職 てんかん認知症 宮崎地裁 危険運転→ 過失運転致傷 道交法違反 (虚偽申告) 懲役6年 2人死亡5人負傷 認知症 同種の事案の中でもとくに危険で悪質 6 2015 2016 男 71 無職 千葉地裁 過失運転致傷 執行猶予5年禁固2年6月 6人負傷 アクセルとブレーキの踏み間違い 注意義務違反基本的な 7 2015 2016 男 80 無職 さいたま地 過失運転致死 禁固1年6月 1人死亡 アクセルとブレーキの踏み間違い 注意義務違反基本的な 8 2016 2018 男 76 無職 静岡地裁浜松支部 過失運転致死道交法違反 執行猶予5年懲役3年 1人死亡 安全不確認 注意義務違反基本的な 9 2016 2016 男 73 無職 身体障害者 手帳(左大腿 部骨折) 前橋地裁 高崎支部 過失運転致死傷 禁固3年 執行猶予4年 1人死亡 1人負傷 アクセルとブレーキの 踏み間違い 基本的な 注意義務違反 10 2016 2017 男 74前美馬市長 徳島地裁 過失運転致死傷 禁固4年6月 3人死亡2人負傷 居眠り 重い過失(居眠り) 11 2016 2017 男 84 無職 心臓病 宇都宮地裁 過失運転致死傷 公訴棄却 1人死亡2人負傷 アクセルとブレーキの踏み間違い 被疑者死亡(病死)在宅起訴後、 2018 東京高裁 控訴棄却 2018 東京地裁立川支部 禁固2年 13 2017 2018 女 76 無職 裁川越支部さいたま地 過失運転致死傷 執行猶予3年禁固1年8月 1人死亡3人負傷 アクセルとブレーキの踏み間違い 注意義務違反基本的な 14 2017 2017 男 81 無職 さいたま地 過失運転致死傷 執行猶予3年禁固2年6月 1人死亡1人負傷 アクセルとブレーキの踏み間違い 注意義務違反基本的な 15 2017 2018 男 82 無職 難聴 運転能力 低下 名古屋地裁 過失運転致死 執行猶予5年禁固3年 1人死亡 ブレーキの踏み遅れ 注意義務違反基本的な 16 2018 2018 男 87 無職 白内障 宇都宮地裁 過失運転致死 執行猶予3年禁固1年6月 1人死亡 安全不確認 注意義務違反基本的な 17 2017 2018 男 73トラック運転手 岡山地裁 過失運転致死 禁固2年 1人死亡 荷台から荷物落下 (荷台から荷物落下)重い過失 18 2017 2018 男 69 トレー ラー 運転手 神戸地裁 過失運転致死傷 道交法違反 (過積載) 禁固2年 執行猶予5年 罰金25万円 1人死亡 1人負傷 荷台から荷物落下 重い過失 (荷台から荷物落下) 19 2018 2018 女 70 無職 岡山地裁 過失運転致死傷 執行猶予5年禁錮3年 1人死亡9人負傷 アクセルとブレーキの踏み間違い 注意義務違反基本的な 20 2018 2018 男 85 無職 名古屋地 裁 過失運転致死 道交法違反 (ひき逃げ) 懲役2年6月 執行猶予4年 1人死亡 前方不注意 基本的な 注意義務違反 21 2018 2018 男 66運転手配送 大津地裁 危険運転致傷 執行猶予4年懲役2年6月 1人負傷 高速道路を逆走 危険運転(逆走) 22 2018 2018 男 67 歯科医師 長野地裁佐久支部 過失運転致死 道交法違反 (飲酒) 懲役3年 1人死亡 飲酒 (飲酒・任意保険未加入)悪質性高い 23 2018 2018 男 70 無職 (余命半年)がん 水戸地裁 (酒気帯運転)道交法違反 執行猶予3年懲役7月 (物損)なし 高速道路を逆走・飲酒 飲酒 24 2018 2018 男 67販売員新聞 福岡地裁 小倉支部 過失運転致死 道交法違反 (ひき逃げ) 懲役3年 執行猶予4年 1人死亡 前方不注意 基本的な 注意義務違反 25 2018 2019 女 90 無職 横浜地裁 過失運転致死傷 執行猶予5年禁錮3年 1人死亡3人負傷 信号無視 注意義務違反基本的な 26 2018 2019 男 87 無職 新潟地裁 三条支部 過失運転致死 道交法違反 (ひき逃げ) 禁錮3年 執行猶予5年 1人死亡 前方不注意 救護義務違反 事故原因 処分理由 アクセルとブレーキの 踏み間違い 基本的な 注意義務違反 処 分 被 害 過失運転致死 2人死亡 判決 (処分 決定) 事 例 事故 発生 運転者 裁判所 罪 名 看病疲れ 疲労 12 2016 女 83 無職

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認・前方不注意・飲酒・病気が各3例、逆走・荷台か ら荷物落下が各2例、信号無視が各1例であった(重 複あり)。有罪事例23例の処分理由は、基本的な注意 義務違反が14例、重い過失もしくは悪質性の高い過 失が5例、危険運転(飲酒・逆走)が2例、酒気帯び 運転、救護義務違反が各1例であった。また、免許更 新の際、健康に関する質問票で虚偽申告をしていた ことが明らかな事例は1例(事例5)のみであった。

4.考 察

4-1.対象となった事故の特徴 わが国における75歳以上が第一当事者であった交 通死亡事故原因をみると、不適切な操作の占める割 合が34.7%ともっとも高く、そのうちアクセルとブレー キの踏み間違い(以下、踏み間違い)を原因とする ものの割合が6.9%と、75歳未満の0.9%と比べて、顕 著に高い1)。本対象例の事故原因でも、不適切な操作 が9例(34.6%)ともっとも多く、9例中8例が踏み間 違いであり、同様の結果がみられた。これら事故を 道路形状別にみると、半数の4例が一般交通の場所(駐 車場)における踏み間違い事故で、このうち3例は、 病院の駐車場、1例は大型店舗の駐車場であった。踏 み間違い事故の分析から、非高齢者と比較して、高 齢者は駐車場における踏み間違い事故が多いと報告 されている2)。事例11、12の運転者は、駐車場の精算 の際に、身を乗り出したとき、踏み間違いを起こして いた。後退時に体をひねったときや駐車場の精算時 に体を乗り出したときには、運転姿勢の変化によって ペダルを踏む右足の位置がアクセルペダル側にずれ る傾向がある。体の柔軟性が低下した高齢者の場合、 とくにブレーキペダルに足を乗せているつもりがアク セルペダルに移動しており、そのまま誤って踏み込ん でしまうことが考えられる2)。事例9の運転者は駐車 時、事例13の運転者は右折車に気づいて減速の際に、 踏み間違いにより衝突した。駐車場では、駐車時や 発車時の位置調整の際に、切り返しや速度調節の機 会が増加し、求められるタスクが増える。したがって、 注意力・集中力の低下や情報処理・動作の遅れがみ られる高齢者では、このような際に誤操作を起こしや すい。すなわち、アクセルとブレーキを踏み間違えた り、軽くアクセルを踏んだつもりが思った以上に加速 してしまい、「慌て・パニック」になりやすいと考え られる。 不適切な操作に続いて事故原因として、安全不確 認、前方不注意、飲酒、疾患が各3例みられた。安全 不確認、前方不注意は、どの年齢層でも多くみられ る法令違反である3)。疾患が事故原因であった3例の 運転者の疾患は、てんかん、低血糖、認知症であった。 いずれも、自動車運転免許の相対的欠格事由となる 疾患である。てんかんの発症はすべての年齢でみら れるが、小児・思春期と高齢者での発症率が高く、 高齢者の有病率は、1%を超えているとされている4) また、70歳以上の43.7%が、糖尿病が強く疑われるま たはその可能性が否定できない者であり、糖尿病受 診者の68.0%は65歳以上である4,5)。高齢者の認知症の 有病率は、2012年で15.0%(約7人に1人)であったが、 2025年には約5人に1人になるとの推計もある6)。認知 症運転者による事故は、過失の認定が困難なことも あり、不起訴となることも多い。本研究執筆期間内に、 87歳の運転者が小学生の集団登校の列にトラックで 突っ込んだ死傷事故が発生したが、事故後の鑑定で アルツハイマー型認知症と診断され、その後不起訴 となった。また、筆者らが、認知症患者の交通事故 事例の処分結果について調べたところ、7例中4例が 不起訴処分であった7)。ただし、必ずしも不起訴とな るわけではなく、今回も認知症の運転者の有罪事例 がみられた(事例5)。認知症であっても、交通ルー ルを認識する能力に問題はないと判断されたり、事例 5の運転者のように自分が運転をしてはいけない体調 であることを認識していたと判断された場合などは、 刑事責任を問われる。健康起因事故は、高齢運転者 の特徴的な事故とはいえないが、加齢により、生活 習慣病や認知症などさまざまな疾患の有病率は上が るので、リスクは高くなる。さらに、加齢に伴う視力・ 視野・聴力など感覚器の能力低下も、運転に影響を 与えるリスクとなると考えられる。したがって、高齢 運転者が起こす事故では、原因が既往疾患による場 合があること、また複数の疾患の影響を考慮する必

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要がある場合もあることを関係者に周知する必要が あろう。 4-2.高齢者事故における運転者の責任 2017年、わが国における過失運転致死傷の起訴率 は、11.1%で、公判請求率は1.2%であった(Fig. 3)1) 一般事件(危険運転致死傷、過失運転致死傷、道交 法違反以外の事件)の起訴率が41.9%、公判請求率 は25.8%なので、過失運転致死傷の起訴率、公判請 求率は、一般事件と比較してかなり低い。起訴のうち、 略式命令請求は100万円以下の罰金または科料の刑を 科し得る事件で、被疑者が容疑を認めている場合に、 簡易裁判所が書面審理で刑を言い渡す簡易な刑事手 続きによってなされる裁判を請求する起訴である。し たがって、過失運転致死傷で公判請求される事例は、 運転者が容疑を否認している場合のほか、懲役もし くは禁錮刑に相当する事件と判断された場合である。 過失運転致傷と過失運転致死に分けてみると、前者 の起訴率は10.5%、後者は67.6%であり、被害が大き い死亡事故の場合、起訴率は高くなる8)。今回、過失 運転致死傷で起訴された21例中、18例が死傷事故、3 例が負傷事故(事例1、2、6)であり、死亡事故が8 割以上を占めていた。 本対象例の検討から、過失運転の罪で起訴され、 公判が開かれる事例は、結果(被害)の重大性、基 本的かつ厳格な遵守が必要な注意義務に違反した重 い過失、強い非難に値する悪質性などが認められる 場合と考えられた。そのなかでも、結果、注意義務 違反、悪質性がとくに重いと判断されると、実刑判決 が下されていた。一方、量刑の決定にあたっては、 結果の大きさ、被告人の状況(年齢、職業、病気など)、 前科・前歴、反省、被害弁償、被害者や社会の処罰 感情などの諸事情が考慮される。高齢であること自 体が考慮されることもある。本対象例の判決で、高 齢であることが考慮されたことが明らかな事例は、4 例(事例7、12、25、26)で、運転者の事故時の年齢 は、80歳、83歳、90歳、87歳といずれも80歳以上であっ た。しかし、量刑において考慮されることがあっても、 注意義務違反による過失の刑事責任は免れず、有罪 判決が下されていた。 過失運転で有罪となった20例のうち、実刑判決が 下された6例についてみてみると、いずれも死亡事故 で、基本的な注意義務違反の程度が大きいと判断さ れた事例(事例7、12、17)、または過失の悪質性が 指摘された事例(事例5、10、22)であった。事例7、 12は踏み間違いによる事故であった。どちらも、判決 文の中で、高齢という事情を考慮しても、実刑が妥 当と示されていた。事例12の運転者については、85 歳(判決時)という年齢を考慮すると、長期の服役 に耐えきれないという考慮もあって2年の刑期が下さ れた。基本的な注意義務違反で2人死亡という重い結 果から、本来もっと長期の実刑となる可能性があった 事例と考えられる。事例5の運転者は、事故前にてん かんと認知症の診断を受けており、てんかん発作に 起因した事故として危険運転で起訴された。公判で は、病気と事故の因果関係が争点となったが、認知 症の影響による事故の可能性も否定できないとして、 過失運転で有罪となった。判決では、認知症で判断 力がある程度低下していたことは、量刑上有利に考 慮すべき事情としながらも、安全な運転を遂行する ことが困難となることは予見でき、運転避止義務が あったのに、危険を顧みず敢行された身勝手な犯行 と判断された。事例10は、強い眠気を自覚しながら運 転を継続した運転態度について、強い非難に値する とされた。事例22の運転者は、飲酒運転を繰り返し ていた。任意保険に入っていないなど悪質性が高い と判断され、量刑の考慮にあたって遺族の処罰感情 も厳しく、実刑判決となった。過失といえども、その 程度が重かったり、悪質性が認められ、さらに結果 が重大な場合、すなわち死亡者が発生している場合 は、量刑において高齢であることや病気を考慮しても、 実刑判決が下される可能性が高くなると考えられた。 過失運転の罪で執行猶予付きの判決が下された14 例の過失の内容についてみてみると、運転者としてき わめて基本的な注意義務の違反と判断されていた。 悪質性を指摘された事例はみられなかった。量刑の 点からみると、高齢であること、前科・前歴がないこ と、深い反省、二度と運転しないとの宣誓や示談成立、

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適切な賠償が見込まれることなどが考慮され、執行 猶予が付されていた。事例25、26の運転者は、過失 の重さ・悪質性から、高齢などの状況が考慮されな ければ、実刑判決が下された可能性もあった事例と 考えられた。 一方、危険な運転について故意が認められる場合 は、危険運転で起訴される。死亡事故の場合は、裁 判員裁判が開かれる。注意義務違反、すなわち過失 の責任が問われる過失運転と異なり、故意が認めら れる危険運転は、高齢であることなど諸状況が考慮 される余地は少ないと考えられた。近年、危険運転 による有期刑判決を受ける高齢者は増加傾向にあ る1) 今回、危険運転で起訴された事例は4例(事例3、4、 5、21)であったが、2例(事例3、5)は予備的訴因 の過失運転で有罪となった。過失運転で有罪となっ た2例は、いずれも運転(自動車運転死傷行為処罰法 第3条第2項)による危険運転で起訴されたものであっ た。危険運転で有罪となった2例(事例4、21)のうち、 事例4は運転者が83歳で運転によるひき逃げ死亡事故 であった。裁判員裁判にて実刑判決が下された。事 例21は職業運転者による高速道路での逆走事故で、1 名が負傷した。過失運転で逮捕されたが危険運転で 起訴された。 4-3.高齢者の事故を防ぐために 今回、事故原因として不適切な操作、とくにアクセ ルとブレーキの踏み間違いがもっとも多くみられた。 東京都や兵庫県などは、高齢運転者に対し、踏み間 違いによる急発進を防ぐ装置の取り付けに対する補 助制度を実施している9,10)。防止装置の設置で、踏み 間違い事故を完全に予防することはできない。しかし、 踏み間違いは、高齢者事故の特徴的な形態であるこ とが明らかになっていることから、防止装置設置の補 助制度の導入は、ある程度の効果が期待できるので はないかと思われる。 本対象例では逆走事故が2例みられた。2017年のわ が国における逆走事故当事者の年齢構成をみると、 65歳以上が約6割を占めており、高齢運転者の特徴的 な形態の一つといえる11)。また、高速道路逆走事故の 約1割の運転者が認知症の疑いありと報告されている ことから考えると、認知症患者の免許を取り消しとす ることは、事故防止策の一つになり得るといえよう。 高齢者の特徴的な事故である踏み間違いや逆走の 分析からも、加齢の影響が運転能力の低下に大きな 影響を与えていると考えられる2,11)。飯田らは、中高 年健常者(平均年齢:60.5±9.5歳)を対象に簡易自 動車運転シミュレーター測定を行ったところ、総合判 定で10.0%は運転適正なしと判定されたと報告してい る12)。一方、運転の自己評価の調査をみると、20代か ら60代前半にかけては徐々に「自信がある」の割合 が減少していき、自信がある運転者は40%未満とな るが、65歳からは、自信をもつドライバーの割合が年 代ごとに上昇し、80歳以上では72.0%が「自信がある」 と回答していた13)。これは、運転経験の長さと事故の 前科・前歴がないまたはほとんどないことが、自信に つながっているのではないかと考えられる。事例25の 運転者(90歳)は、直近の認知機能検査で第3分類(認 知機能が低下しているおそれがない)と判定されて いた。認知機能検査で、認知症のおそれなしと診断 されると、運転能力に問題ないという自信につながる 可能性がある。しかし、認知症ではなくても、加齢に 伴う感覚器機能や認知力、注意・判断力の低下、お よび反応動作の鈍化により、運転能力は落ちる。実 際の自己の運転能力と運転に対する自信のギャップ が、踏み間違い事故など注意義務違反につながるリ スクを高めると思われる。現在、高齢運転者対策と して、視野検査など新たな検査の導入が検討されて いる。検査・計測による数値で判断する医学的基準 も必要であるが、加齢に伴う運転能力の低下を認識 し、運転態度を見直すための効果的な教育・制度の 検討が必要と思われる。 わが国では高齢化が社会問題となっているが、高 齢になっても自動車運転を通した社会参加や、就業 が望まれている。本対象例でも就業者が含まれてい たが、本報告で明らかになった事象は、事業主等に も啓発し、事業所としての安全対策を講じる必要が あろう。

(8)

5.まとめ

高齢化が進み、高齢運転者が増加していくなか、 高齢運転者による自動車事故は、今後さらに増加す ることが予測される。運転をする以上、年齢や病気 の有無にかかわらず、交通規則を遵守して安全運転 をする義務が伴う。危険運転は言うまでもなく、注意 義務に違反して事故を起こせば、刑事責任を問われ る。高齢であることや長期間の安全運転経歴は、量 刑のうえで考慮されることがあっても刑事責任を免れ ることはできない。認知機能検査を通して認知症と 診断された高齢者の免許を取り消し・停止とするだ けでは決して解決しない。踏み間違いや逆走など高 齢者に特徴的な事故の形態の分析に基づき、長年の 運転経験を過信することなく、加齢に伴う運転能力 の低下を自覚して運転を継続できるようなサポートが 必要であると考えられる。さらに、高齢化が進むなか、 事業者が雇用している高齢運転者の安全対策につい ても積極的に取り組む必要があろう。 本研究の一部は、日本損害保険協会自賠責運用益 拠出事業の一環で行われた。また、本研究は日本交 通科学学会からの助成を受けて行われた。 利益相反はない。 【参考文献】 1) 法務省法務総合研究所編:犯罪白書平成 30 年版―進む高齢 化と犯罪 .2018. 2) 交通事故総合分析センター:アクセルとブレーキペダルの踏 み間違い事故―高齢ドライバーに特徴的な事故の防止に向け て,交通事故分析レポート,2018;(124):1-12. 3) 警察庁交通局:平成 30 年中の交通事故の発生状況,2019. h t t p s : / / w w w . n p a . g o . j p / n e w s / r e l e a s e /2019/ 20190226001.html(2019/11/5). 4) 赤松直樹:てんかん,日本臨床,2018;76:518-522. 5) 厚生労働省:平成 29 年国民健康・栄養調査.2018. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/ kenkou_iryou/kenkou/eiyou/h29-houkoku.html(2019/ 11/5). 6) 内閣府:高齢社会白書平成 29 年版.2017. 7) 馬塲美年子,一杉正仁,相磯貞和:認知症患者の自動車運転 に関する法的問題,Dementia Japan, 2016;30:385-393. 8) 検察庁:2017 年検察統計.2018. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page (2019/11/5). 9) 東京都都民安全推進本部:高齢者安全運転支援装置設置促進 事業補助金.2019. http://www.tomin-anzen.metro.tokyo.jp/kotsu/ kakusyutaisaku/koureisha/hojokin/(2019/11/5) 10) 兵庫県:高齢運転者事故防止対策事業補助金.2019. https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk15/koureiunten.html (2019/11/5). 11) 国土交通省:第 4 回 高速道路での逆走対策に関する有識者委 員会 配付資料.資料 1,2018. https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/reverse_run/ doc04.html(2019/8/22). 12) 飯田真也,加藤徳明,蜂須賀研二,他:高齢者の運転能力の 判定,日本老年医学会雑誌,2018;55:202-207. 13) MS&AD 基礎研究所株式会社:高齢者運転事故と防止対策. 2017. https://prtimes.jp/a/?f = d23104-20170302-7067. pdf(2019/8/2).

(9)

Analysis of court cases of vehicle collisions caused by elderly

drivers: A study on the criminal responsibility of drivers and

accompanying preventive measures

Mineko BABA

(1)

  Masahito HITOSUGI

(2) Abstract

In recent years, there have been sporadic incidents of vehicle collisions caused by the elderly. We studied 26 cases involving vehicle collisions caused by elderly drivers, subsequently looking into their criminal responsibility. The average age of the drivers was 76.0 ± 7.4 years old. Seven drivers had health conditions such as dementia, epilepsy, diabetes, and heart disease among others. Eight cases were caused by the erroneous tread of a brake pedal and the accelerator pedal. Twenty drivers were prosecuted on a charge of negligent driving, and two were prosecuted on a charge of dangerous driving.

Most of the traffic accidents caused by the negligence of the elderly drivers were exempted from prosecution in Japan. However, in the case of a driver who caused a fatal accident, he was charged with negligent driving for having failed to exercise due care, coupled with his malicious intent to violate the traffic laws. As for traffic accidents causing serious damage, the court judged that their violation of duty care was serious and malicious. Because of this, the drivers were handed prison terms. Even though old age or a long good driving record were considered in the determination of the appropriate punishment for the elderly drivers, these still did not extinguish their criminal responsibility for negligent driving. On the other hand, on the trial regarding dangerous driving, their old age was considered as an exempting circumstance.

Revocation of the driver’s license was the punishment of an elderly person with dementia, not being able to avoid the collision. Learning from these cases, it is necessary to provide a support system which instills awareness in elderly drivers that their driving abilities are declining. They should not be overconfident about their own good driving records. Moreover, companies should be required to take further vehicular safety measures for their older employees in order to prevent these road mishaps.

Key words:vehicle collision, elderly person, vehicle driving, criminal liability

(1)Center for Integrated Medical Research, Keio University School of Medicine (2)Department of Legal Medicine, Shiga University of Medical Science

Fig. 1 Change of the number of traffic accidents and the ratio of elderly persons(part of the first part)
Table 1 Summary of court cases involving vehicle collisions by elderly drivers 性 別 年齢 職業 事故時の健康状態 1 2014 2016 女 70 代 無職 横浜地検 過失運転致傷 刑の免除 1人負傷 安全不確認 傷害が軽いのに、長期間 裁判への対応を強いられた 2 2014 2016 女 68 無職 てんかん (起訴後診断) 高松地裁 過失運転致傷道交法違反 (ひき逃げ) 無罪 1人負傷 側頭葉てんかん  注意義務違反なし(

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