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桜美林大学におけるイタリア語教育 : CEFRに沿ったテキスト導入による授業の変化

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─ CEFR に沿ったテキスト導入による授業の変化

牧野 素子

キーワード: イタリア語、CEFR、相互理解と協力、コミュニケーション、帰納的授業、 協働作業

概要

 社会の変化にともない大学の教育のあり方に変革が求められており、グローバル化に対 応できる人材を育成するという点で、外国語教育も例外ではない。桜美林大学のイタリア 語教育は、2013 年度から文法習得に重点を置くテキストから、ヨーロッパ評議会の作成 した評価基準 CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)1に沿って作られたものへと変更して行 うことになった。このことにより、授業のあり方を変えることも余儀なくされた。文法を 演繹的に教員が教える授業から、社会の様々な言語使用領域において適切な言語運用能力 を身につけることを目的とし、文法は学習者が帰納的に学ぶ授業へと転換しなければなら なかったのだが、テキスト導入とともにすぐに転換できたわけではない。一年間の試行錯 誤を経て、授業スタイルはもちろんのこと、到達目標と評価基準も変更をした。まさに大 きな変革を求められたわけであるが、その変革を求めた CEFR がどのようなものかとい うと、学習者がコミュニケーション活動において言語を使って何ができるか、能力記述文 (Can-do statements)で明示された行動がどの程度遂行できるかを測る評価基準である。 これを作成した欧州評議会はそもそも言語を経済発展と平和維持のための《相互理解》と 《協力》を促進させるコミュニケーションツールとして捉えており、言語学習に要求して いるのは行動主義なのである。試行錯誤の結果筆者が辿り着いたのは、この理念を尊重し て授業の場においても学習者同士でコミュニケーションを取りながら協力して学び、自主 的に学習する姿勢を身につけることを目指す方向性である。いまだ紆余曲折は続いている が、同じように CEFR の評価レベルを導入しようと検討、あるいは導入して困難に直面 している方々の参考になれば幸いである。

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はじめに

 社会の変化にともない大学の教育のあり方に変革が求められており(文部科学省 2012)、 グローバル化に対応できる人材を育成するという点で、外国語教育も例外ではない。イタ リア語教育に限れば、一般的に文法習得に重点を置く教育が長く行われてきたが、ヨー ロッパ評議会の作成した評価基準 CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)が知られ、その基 準に沿って作られたテキストが導入されるようになると、教員は授業方法や成績評価方法 の見直しを余儀なくされる。筆者はまさにその転換期に桜美林大学で教えることになり、 大きな変化を身をもって経験することとなった。その体験をここに記しておきたい。これ から同じように CEFR に沿ったテキストに変えようと検討中の方や導入して悪戦苦闘さ れている方々の参考になれば幸いである。

1.従来の授業のあり方:利点と課題

 桜美林大学ではイタリア語の授業は 2012 年度には I 〜 VI の 6 レベルの授業が行われて おり、教員はイタリア人 3 名、筆者とは別の日本人 1 名であった。授業の担当に関して は、イタリア語 I、II のクラスの大半は日本人教員とネイティヴ教員のペアで、イタリア 語 III 以降はネイティヴ教員 1 名または 2 名で週 2 回の授業が行われていた。  使用されていたテキストは、イタリア語 I、II では基本文法の習得を目的として日本で 出版されたもの(一ノ瀬俊和著『新ア・ゾンゾ』朝日出版社)で、日本人教員が日本語で文 法を説明したあと会話文や例文を訳し、練習問題を解くという演習的な授業を行い、その 学習した文法事項を含む会話表現をネイティヴ教員が教えていた。イタリア語 III 〜 VI ではコミュニカティヴ・アプローチ用にイタリアで出版されたテキスト(Luciana Ziglio, Giovanna Rizzo “Espresso 1, 2”, Alma Edizione)を使い、ネイティヴ教員が担当していた。 シラバスはレベル毎に、全クラスに共通したものであった。  この従来の授業方法の利点は、学び始めて最初の一年間(イタリア語 I、II)でイタリア 語という言語を「知識」として効率よく学習できる点にあり、二年目以降はイタリア語文 法の基礎を学び終えているので全てイタリア語で書かれているテキストを使用しても大き な問題はなく、場面にふさわしい言語運用能力を身に付けることができた。  課題としては、極端に学習意欲が低い学生への対応が挙げられていた。このような学生 は授業を聴くという姿勢が身に付いていないために集中力を欠き、すぐに躓き、教員が説 明を繰り返さなくてはならないため、結果として真面目な学生の意欲を削ぎ、授業進行の

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妨げとなっていたという(宮坂 2012)。

2.CEFR に沿ったテキスト導入とそれに伴う変化

 2013 年からは筆者も加わり、日本人教員 2 名、イタリア人教員 3 名体制になった。そ してテキストも、新たに開講されたイタリア語 I から、従来使用していたものとは異なる、 CEFR に沿ったテキスト(イタリア文化会館編『オペラ・プリマ 1(DVD 付き)』朝日出版社) を用いるようになる。やはり新たに開講したイタリア語 III、IV のクラスでもその続編を 採用するようになった。授業のレベルは前年度までと同じく I 〜 IV の 6 つで変更はなく、 教員 2 名がペアのクラスでは文法担当と会話表現担当に役割分担して教えるスタイルも従 来どおりで変えずに行われた。  筆者は文法習得の指導を担当することになったのだが、授業開始早々に大きな困難に直 面する。具体的にどのようなことかと言うと、テキストが文法説明に主眼を置いていない ので文法項目がまとまって出ておらず、会話表現を担当する教員の進行ペースに合わせて の履修ページに登場する文法のみを説明するのではその文法項目の全体像が見えづらい。 逆に全体像の説明をしているとペア教員の進行ペースから遅れるのである。例えば、英語 の be 動詞に相当する essere 動詞の現在形は、従来のテキストであれば主語人称代名詞と ともに一人称、二人称、三人称単数形、複数形の 6 つの形すべてがまとまって登場し、そ れらを習得するために主語と動詞を一致させながら形を覚える練習問題がなされる。とこ ろが新しいテキストでは 1 課でまず一人称と二人称の単数形、2 課で一人称から三人称ま での単数形が揃い、3 課になってようやく複数形までのすべての形が出揃うのである。テ キストに付随している練習問題も単に主語人称代名詞と動詞の形を結びつけるような機械 的なものではなく、「私の名前は◯◯です。△△出身で、□□に住んでいます。」のような 自己紹介をする会話において、それぞれの表現の動詞を主語に合わせて変化させるといっ た問題で、essere 動詞だけでなく他の動詞も登場し、いずれの動詞も同じ主語に合わせ て変化させるのである。つまり、動詞の活用を覚えることではなく、自己紹介の表現をま とめて覚えることに重点を置いた問題が提示されているのである。  よく考えてみれば、新旧のテキストのつくりが違うのであればその差異にともない授業 スタイルも修正する必要があるのは当然のことで、従来の授業分担のままではペアの進行 ペースを合わせるのにお互いかなり密に連絡を取り合わなければならず、さもなければ学 生に迷惑をかけることになる。  では、どのように改善すればよいのか。従来のテキストと CEFR に沿ったテキストの

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違いは、前者が基礎文法を習得することを目的としているのに対し、後者はコミュニカ ティヴ・アプローチを基にし、さらに様々なシチュエーションにおいて言語を使って何が できるか能力記述文(Can-do statements)を明示してあることで、従来のコミュニカティ ヴ・アプローチのテキストとも異なっている。2 目的としているのは社会で通用する言語 能力を身に付けることである。そこにはもちろん文法や語彙も含まれるが、重視されるの はあくまでも社会的な言語活動の領域において充分に機能する能力を習得することであ る。したがって、ペアの役割分担をするのに文法担当と会話表現担当に分けるのには無理 があったのである。  この反省に基づき、秋学期からまず筆者とネイティヴ教員とのペアのみでテーマ毎に分 担することにしてみた。例えば 4 課は以下のようにテーマを分けた。     1.日常について話す①:朝の過ごし方     2.家事について話す     3.日常について話す②:夕べの過ごし方     4.勧誘表現     5.余暇の過ごし方 筆者が「日常について話す①:朝の過ごし方」のテーマを担当すると、普段朝の時間をど のように過ごすか表現できる言語能力を習得することを目指して指導する。「眠る」「起き る」「朝食をとる」「シャワーを浴びる」「仕事に車で出かける」など、朝に行う動作の新た な表現とともに時間表現も学び、各自が「何時に〜する」と述べられるようにする。また 様々な動作を「よく」「時々」「決して〜ない」などの頻度を表す副詞と組み合わせて表現す る練習もする。そこには規則動詞の ire 動詞や不規則動詞、再帰動詞、時間を尋ねる疑問 詞などの新たな文法事項が出てくる。ire 動詞がどのような活用をするか、活用を覚える ためテキストに出てくる ire 動詞以外にどのようなものがあるかいくつか例は示すが、朝 の過ごし方を表現できるようになるという目標から大きく逸脱することがないように注意 をした。他の文法事項についても同様である。ペア教員も同じように様々な「家事につい て」好きか嫌いか、どんな家事を日頃しているかなどを話せるように指導する。以前は同 じテーマで文法担当と会話表現担当とに分担していたのであるが、このようにそれぞれが テーマに沿って限られた持ち時間の中で表現力と文法の両方を指導する方法に変えると、 お互いの進行ペースを合わせるために密な連絡を取らずに済み、一つの言語運用能力の テーマに関して一人の教員が担当するので一貫性があり、学生に混乱を生じさせることが なかった。この結果を受けて、翌年 2014 年度からは全クラスにおいてテーマ毎の役割分

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担をするように修正し、現在に至っている。

3.CEFR 導入で目指すべき方向性

 CEFR に沿って作成されたテキストを導入することによって目指すべき方向性はどのよ うなものか。  グローバル化に対応した教育が謳われるようになって頓に注目されるようになった CEFR だが、そもそも CEFR が何かというと、欧州評議会の言語政策部門が 2001 年に発 表した言語能力を測るために設定した共通のレベル評価基準である。それまで欧州内の言 語はそれぞれの国独自の教育制度で学ばれ、独自の評価基準でレベルが測られ互換性がな く、学生や労働者の言語能力を正しく評価することが困難で、それゆえに域内のスムーズ な移動を妨げていた。その状況を打破し、言語教育の質の均一化を図り、欧州域内の学生 や労働者の移動を容易にし、場所が変わっても継続して生涯学習できるようにすることが 目的である。その評価基準は学習する言語の文法や語彙などの知識のみによって測るもの ではなく、学習者が社会のコミュニケーション活動においてその言語を使って何ができる か、能力記述文(Can-do statements)で明示された行動がどの程度遂行できるかにあり、 行動主義を採っている。なぜこのような行動主義を取るようになったのか、その理由は欧 州評議会が言語政策を練るにあたり最初から一貫して確認されている三原則を読めば明ら かである。     ◦ ヨーロッパにおける多様な言語と文化の豊かさは価値のある共通資源であり、 保護され、発展させるべきものである。また、その多様性をコミュニケーショ ンの障害物としての存在から、相互の豊饒と相互理解を生む源へと転換させる ために、主たる教育上の努力が払われねばならない。     ◦ 異なった母語を話すヨーロッパ人の間のコミュニケーションと相互対話を容易 にし、ヨーロッパ人の移動、相互理解と協力を推進し、偏見と差別をなくすこ とは、ヨーロッパで使われている現代語をよりよく知ることによってのみ可能 になる。     ◦ 加盟国が現代語の学習と教育の領域で、国家政策を展開・施行するに当たって は、ヨーロッパ全体というレベルでの一致を今まで以上に目指して、政策の協 調、協同が進展するようにはかられたい。3

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欧州評議会は、過去の大戦で疲弊しきった欧州の国々が協力して経済復興し、平和を維持 する目的で結成されている。ゆえに、言語を《相互理解》と《協力》を促進させるコミュニ ケーションツールとして捉えて政策を練るのは至極当然で、言語は机上の知識に終わらせ てはならず、行動を伴うべきものと考えているのである。この三原則の文中の《ヨーロッ パ》という言葉を《世界》に置き換えてみると、欧州以外でも通用する理念となり、何を 言わんとしているかがより明確になる。異民族の言語、文化を尊重し、理解を深め、積極 的にコミュニケーションを取り、協力して共に行動することができれば、共に豊かにな り、世の中は平和に保たれるはず。そのためには言語学習、しかも現代語の学習が欠かせ ないと言っているのである。宗教対立、移民問題などを理由に世界各地で人種差別があ り、テロ事件が発生し、紛争の危機がある現在、不和を防ぐためにコミュニケーションを 取って相互理解することは何よりも大切であり、この理念の尊さが際立つ。  文部科学省の唱えるグローバル化に対応した外国語教育の文脈で語られる CEFR は、 国際社会における競争に打ち勝つための言語能力を身につけるのに役立つ評価基準という ことになろう。しかしながら、若い学生を指導する教員の立場から言えば、国際社会の平 和維持や共存共栄に貢献できる人材を育成するのに有益なものであってほしい。自分はど ういう人間かを語ることができ、相手がどういう人間かを理解する。相手の文化を知り、 自国の文化を紹介する。ただ文章が読めて、相手の文化を知るだけでは片手落ちで、自分 のこと、自国のことも発信でき、さらに協力して共に発展できる言語能力、コミュニケー ション力を身につけた学生を育成すること、これを目指すべきではないか。この根本の理 念を忘れるべきではないと筆者は考える。

4.到達目標と評価基準の変更

 CEFR に沿ったテキストを導入するようになり、シラバスに記載する到達目標と成績評 価基準もより具体的なものとなった。導入以前はイタリア語 I、II であれば到達目標は「基 本的な文法と日常生活の場面での簡単なコミュニケーションスキルを身につけること」と だけ記し、成績評価基準は「A:特に優秀な成績、B:優れた成績、C:一応その科目の要 求を満たす成績、D:合格と認められる最低に成績、F:不合格」とし、基本的に文法知 識が習得できているかどうかを問う基準であった。2014 年度から到達目標には「イタリア の文化を理解しながら、『聞く、話す、書く、読む』の幅広い運用能力を習得することを 目指す」と記し、具体的な言語能力も示している。イタリア語 I であれば、以下の通りで ある。

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 「聞く、話す」…シチュエーションに応じた挨拶ができる  自己紹介をしたり、他人を紹介したりできる  話せる言語や職業、職場について理解し、話すことができる  食べ物や飲み物を注文し、味を表現できる  週末の過ごし方について理解し、話すことができる  場所の描写ができ、また聞いて理解できる  「読む、書く」…簡単なメールやチャットを読み、書くことができる  簡単な説明文を読んで理解できる 成績評価基準は次の通りである。  A:イタリア文化をよく理解し、イタリア語の「聞く、話す、書く、読む」の    運用能力をバランスよく習得できている  B:イタリア文化をよく理解し、イタリア語の「聞く、話す、書く、読む」の    運用能力を習得できている  C:イタリア文化を理解し、イタリア語の「聞く、話す、書く、読む」のいず    れかの運用能力を習得できている  D:イタリア語の「聞く、話す、書く、読む」の運用能力の最低限の水準を満    たしている 「聞く」「話す」「読む」「書く」の 4 つの言語能力の他に、イタリアの文化を理解できている かも加えている。それは言語が使用される背景にはその国の習慣文化があり、その習慣文 化をよく理解していなければ運用を間違う可能性があるという考えからである。例えば、 対面式店舗で買い物する際、イタリアでは店と客とは対等な立場にあり、日本語の「い らっしゃいませ」にあたる言葉はない。時間帯に合わせた挨拶をして店に入り、勝手に商 品を触ることはしてはならず、まず「見てもいいですか?」と断りを入れてから商品を見 る。このような日本との習慣文化の違いを理解したうえで言語運用ができるかどうかも、 大事な評価観点である。  具体的な評価対象の割合は教員毎に異なっている。筆者の場合は毎回の授業中の質問に 対する応え方や授業への参加姿勢が 40%、課題やまとめテストは 60% で、総合的に判断 して成績をつけることにしている。「聞く」「話す」は主に授業への参加姿勢から判断し、 「書く」「読む」は主に課題やまとめテストで判断している。4 つの能力をよく身につけ、 加えてイタリア文化に対する理解がなければ評価がなされないので、授業中に黙ったまま

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であれば評価対象外であることを初回の授業で学生に認識させる。この説明により、出席 するだけで何とか単位はもらえるだろう、あるいは期末テストだけ頑張れば何とかなるだ ろうという学生の甘い考えは端から打ち砕かれることとなる。

5.具体的な授業方法-協働学習と自主的な学習に向けた工夫

 具体的な授業方法は各々の教員の経験に基づき、統一されたものではない。筆者はネイ ティヴ教員とペアを組み、各課 12 ページずつあるが、それを 6 ページずつテーマ毎に分 担している。  テキスト『オペラ・プリマ 1』はイタリア文化の普及と他国との文化交流を目的とした イタリア外務省の出先機関であるイタリア文化会館が作成したものであるが、前述したよ うに、テキストは社会のコミュニケーション活動において適切に機能するコミュニケー ション能力を獲得すること目的としたものである。このテキストの教授用資料(イタリア 文化会館 2012)は「《コミュニケーション能力》とは多様な能力を含む複雑な概念で、言語 学的能力、社会言語学的能力、語用論的能力に加え、《言語を操る》(Balboni 2002)能力、 あるいは savoir s’engager ─ 自国の文化のパースペクティヴ、プラクティス、プロダク ションを的確に評価する能力(Byram 2009)─ も擁する。」とし、さらに「第二言語学習は文 法学習(音韻論、形態論、構文論、意味論)のみで構成されるのではなく、文法は複数の 構成要素のうちの一つと考えられる」としている。Freddi(1994)、Balboni(2000)、Ellis (2008)など数名の研究者の考えを検討して打ち出されたのが、習得プロセスの正しい段 階で学習者が意識的に文法構造を直感し、確認し、定着させるような暗示的、あるいは帰 納的と呼ばれる手法である。従来であれば演繹的に教員が説明をしてから練習問題をこな して定着を図る方法が採られていたが、このテキストでは例となる会話文を映像、写真、 イラストともに提示し、文法に限らず、表現使用のルールも学習者に気づかせるような工 夫がなされている。別途検証が必要ではあるが、このテキストに限らず、筆者の経験から も学習者に受動的ではなく能動的に考えさせる帰納的手法の方が学んだことを長期記憶と して残せやすいように感じる。  具体的な授業方法として、筆者はできるだけテキストの写真やイラスト、付属の DVD 映像を学生に見せ、何の場面か、何が起こっているのか、その場面を表すイタリア語の表 現は何を意味するのか、ブレインストーミングをして思ったことを日本語で自由に発言さ せるようにしている。まずこれを行うことで、人前で発言することに対する抵抗感を和ら げることができるからだ。また間違えることに対する恐れを無くすことも狙っている。ク

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ラス全体でこの作業をした後にペアまたはグループでテキストの会話の発音練習をして、 意味を考えさせる。他人とコミュニケーションを取りながら、辞書を使用してもかまわな い。辞書を持ってないペアまたはグループは推測に頼るしかないが、いずれにせよ一人で 作業する場合にはその思考過程が可視化することはなく、躓くとそのまま前へ進まないこ とが多々あるが、他人とコミュニケーションを取りながら共に考えれば思考が深まり、何 とか作業をやり遂げることができる。作業中には筆者が教室内をまわり、困難を抱えてい るペアまたはグループにはヒントを与えて助け船を出したり、質問に対して答えたりして いく。スタンスとしてはできるだけ一方的に教えるのではなく、学生が自主的に調べたり 考えたりするように仕向ける心がけをしている。作業中はかなり賑やかになることもある が、作業終了後にテキストの会話の訳を発表しなければならないので、私語をする学生は それほどいない。いるとすれば作業が早く終わってしまった学生たちで、自主的に学習す る能力の比較的高い者たちである。そういう学生には練習問題やさらに先の予習をするよ うに指示をする。  会話内容が理解できたところで、そこに出てくる表現の規則や文法規則を考える作業を してもらう。その時にはまず一人で考える時間を与え、しばらくしてから周囲の人と確認 するように指示をする。最初は一人では何をしたらよいかわからない、難しいとすぐに考 えることをあきらめている学生もいたが、ペアやグループ作業を繰り返させ根気よく考え るように促し続けると、半期の学習が終わる頃にはこの方法に慣れている。テキストに 従って原則的に文法規則は帰納的に学習者に考えてもらうようにしているのだが、やはり 大学の限られた授業時間では満足のいくような結果が毎回出るわけではない。そのため、 各課のキーフレーズの訳と学習した文法事項をまとめたプリントを配布して、学生の理解 度を確認している。  テキストに沿って学習するほかに学生に必ずさせることにしているのが、「自分は何者 であるか」を語るスピーチである。イタリア語 I のレベルでは名前、出身地、居住地、身 分、何をするのが好きか、何故イタリア語を勉強しているかを必ず盛り込むのに加え、オ リジナリティを出すように指示する。すると、中には何に興味があり、大学で何を勉強 し、将来そのテーマで卒論を書きたいとか、イタリアのことを描いた漫画が好きでその舞 台になっている町へ行ってみたい、あるいはどんなアルバイトを何のためにしているかな ど、長いスピーチを準備してくる学生もいる。作文力で高い能力を見せる学生は協働作業 において必ずしもリーダーシップを発揮する学生ではない。むしろ他の学生の発言に静か に耳を傾けていることが多い。この事実から言えることは、学生の成績評価をする際には 複眼的でなければ、学生が潜在的に持つ能力を見逃してしまいかねない危険性があるとい うことである。

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6.課題対策

 授業を進める中で気づいたのは、宮坂(2012)も指摘しているように、極端に意欲の低 い学生の存在が授業の進行の妨げになることである。「聞く」「話す」の能力は主に授業中 の態度により評価されるものであり、すべての学生が毎回最低 3 〜 5 回はあたって発言を 求められる。教員の話、他の学生の発言をしっかり聞いていれば誰でも答えられる問いに 対して何も答えず、答えようという努力もしない学生がいて、しばしば授業の進行が止め られ、止められたことにより教室全体の空気がネガティヴに染まりやすい。このような学 生はたいてい教室の後ろや端の方の席に座り、集中力を欠き、ときにスマホなどをいじっ ている。まずこの課題への対策を取ることが急務だと思われた。  対策として行ったのは、初回の授業で成績評価方法を明確に説明することと、携帯電 話、スマホの扱いについて注意することである。まずスマホ、携帯については、授業中は しまっておくことをルールとし、見つけた場合は減点とし、2 回で欠席 1 回分にカウント することを明言。もう子どもではないので見つけてもいちいち注意はせず、教員サイドで 控えておくだけで、知らずに欠席回数が増えて単位取得が不可能になる可能性もあること を伝えておく。ただし、辞書アプリを使用している者は必ず教員にその旨を申し出ること とした。これを徹底すると、携帯、スマホの使用は見事になくなった。  もう一つの対策として、クラスでは全員にイタリア人の名前をつけてもらっている。学 生には 3 つの理由を伝えている。①男性名詞は語尾が -o で、女性名詞は -a であることを、 同じ原則に基づくイタリア人の名前を付けることで、身体でもって覚えてもらうため。つ まり男性は -o で終わる名前、女性は -a で終わる名前をつけて、男性名詞の語尾は -o、女 性名詞の語尾は -a と覚えてもらうのである。②イタリア人の名前でお互いを呼び、イタ リア人に成りきって話してもらうため。③筆者の記憶力が低下し、毎期ヴァラエティに富 む 120 名以上の学生の名前を覚えきれないため。イタリア人の名前の方が種類が少なく、 まだ覚えやすいのだ。以上の 3 つの理由のうち、最も重要な理由は 2 番目である。授業に 友人と一緒に出席している学生もいるが、大半は単独で履修している。そのためイタリア 語のクラスで初めて顔を合わせる者同士がすぐに打ち解けてスムーズにコミュニケーショ ンを取るのは難しい。そこでイタリア人の名前が仮面のような効果をもたらし、学生の 引っ込み思案な面を隠し、芝居の役を演じるかのように授業参加してくれるのではないか と考えたのである。意欲のなかった学生もイタリア語の名前で呼ばれ続けることで徐々に 協調せざるを得なくなり、モチベーションを上げることを期待しているのだが、実際には 協働作業に乗り切れない学生が毎期数名はいる。これらの学生をどのように巻き込んでい くかという課題は、引き続き授業実践しながら検討していきたい。

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おわりに

 外国語教育においてコミュニケーションのための表現力と文法を教えるバランスをどの ように取るかは、常にジレンマに陥る問題である。概して卒業後に大学でイタリア語を身 につけたと言うには、従来の文法重視型授業 90 時間(2 ターム、イタリア語 I と II)で履 修していた基礎文法は学習しておくべき、という意見は依然として根強い。しかし、文法 は学んでも、実際にすぐにコミュニケーションに使える表現が身についたかどうかは疑問 である。新たに導入した CEFR に沿っての学習では、90 時間で履修する文法事項は時制 で言えば近過去形までで、従来のテキストのちょうど半分ぐらいを終えた程度である。し かしながら、イタリアにひとりで行く機会があった場合に現地の人とコミュニケーション を取り、自らを紹介して友人を作るのに有効な表現の習得は可能である。世界的な流れは 《相互理解》や《協力》を目指し、言語をコミュニケーションツールと捉え、言語は机上の 知識に終わらせてはならず、行動を伴うべきものという行動主義に基づく学習である。授 業の場において学習者同士でコミュニケーションを取りながら協力して学び、自主的に学 習する姿勢を身につけた学生であれば、イタリアに限らず学習した言語が話されている国 へ行けば自分の能力を試し、現地の人と通じた喜びから、たとえ文法的間違いを犯しなが らもさらにコミュニケーションをはかろうとするであろう。そして、異文化に接すること で様々な刺激、影響を受け、視野を広げ、豊かな人間形成を促進させるはずである。まさ しくこれが CEFR を作成した欧州評議会の目指している言語教育で、豊かな人間性を身 につけた学生はグローバル化の進む社会に出ていざ外国語が必要な場面に遭遇しても、何 とか切り抜け、国際間の相互理解、協力に貢献していってくれるのではないかと考える。 実際にイタリアに行く機会があるかどうかは学生の経済状況に関わることであるが、可能 な限り勧め、背中を押していきたい。  従来の基礎文法範囲は学習すべきという考えに戻れば、幸いに桜美林大学ではイタリア 語はさらに 2 タームを継続して基礎文法範囲を終え、CEFR の A2 レベルのさわりまで学 ぶことができる。一方で、また別の外国語を学習することも可能であり、90 時間の学習 で止めてしまう学生は決して少なくなく、むしろ多い。従来の考えからすれば、何とも中 途半端なものである。筆者としても継続して合計 4 タームを学習してもらいたいという気 持ちが強い。ただ、世界に目を向け視野を広げるという観点からは、たとえ言語学習の入 門的な段階で終わったとしても、必ずしも悪いものでもない。同じラテン系の言語を 2 つ、あるいはアジア言語を 2 つ、またはヨーロッパ言語 1 つにアジア言語を 1 つ、異なる もの、あるいは似ているものを比較しながら学習することで見えてくるものがあるはずで ある。したがって、学生には 4 タームを継続して学習することの利点と、2 タームずつ別

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の言語を学習することの利点をガイダンスで明確に説明した上で履修登録を促すべきであ ろう。また、留学などのやむを得ない理由がない限り、基礎段階では 2タームを連続して 履修することは半ば強制的であってほしい。間が空いてしまうと記憶が薄れ、学習者本人 にマイナスであるばかりでなく、連続して学んでいるほかの学生のペースを乱し、結果と してクラス全体の意欲を下げることになりかねないからである。  授業進行の面では、極端に意欲の低い学生をどのように授業に参加させるかという課題 が残っている。このような学生は、従来の演繹的な授業であれば、おそらく教師の話を聞 かずに寝てしまうであろう。2015 年からいくつかのクラスで単にペアで会話練習を行う だけでなく、表現の使用ルールや文法を考えたり、長文の翻訳をしたりするのにも協働作 業を採り入れてみると、他者と関わらなければならない協働作業は寝てしまうのを阻止す るのに有効だということがわかり、今では全クラスで行っている。しかしながら、それで も作業に消極的な姿勢の者がいなくなった訳ではないので、ペアの組み方に工夫を重ねた り、発表活動を増やしたりしながら、できるだけ各学習者の潜在能力を引き出すように努 力していきたい。まだまだ試行錯誤を続ける筆者の拙論ではあるが、同様に悩まれている 方々の参考になり、また逆に問題点のご指摘、ご意見など賜れれば幸甚である。

1 Common European Framework of References for Languages:Learning, Teaching, Assessment http://www.coe.int/t/dg4/linguistic/cadre1_en.asp 2 桜美林大学で既に使用していたテキスト Espresso はコミュニカティヴ・アプローチのテキストと して 2001 年に出版され、イタリアにおいては出版当時画期的なものであった。様々なシチュエー ションでどのような会話がなされるか数パターンが提示され、文法は登場する都度学ぶ構成である が、CEFR のように何ができるようになるかには主眼を置いていない。現在コミュニカティヴ・ア プローチのテキストには到達可能な CEFR レベルを表示するのが当たり前になり、Espresso だけ でなく他社のものも含め、後から CEFR レベルを表示するようになった。しかしながら、それは後 付けであり、必ずしもテキストの会話を習得してできるようになることが CEFR レベルの定める能 力とは一致しない。最近になってようやく、より CEFR に沿った内容に改訂、あるいは新たに出版 されている。 3 現代語に関する一連の中期的プロジェクトを行ってきた欧州評議会(Council of Europe)の文化協調 会議(Cultural Co-operation)が一貫して堅持してきた三原則であり、欧州評議会の大臣会議の勧告 文 R(82)18 の前文にまとめられている。「1.2 Council of Europeの言語政策のねらいと目標」、吉島 茂、大橋理枝訳・編(2008)『外国語教育 II 外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照 枠 追補版』朝日出版社 p.2 http://www.dokkyo.net/~daf-kurs/library/CEFR_juhan.pdf

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参考文献 イタリア文化会館(2012)『オペラ・プリマ 1(DVD 付き)教授用資料』朝日出版社 宮坂真紀(2012)「イタリア語 ─ 桜美林大学におけるイタリア語教育」『抜刷 OBIRIN TODAY 第 12 号』 文部科学省(2012)『大学改革実行プラン』 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/24/06/__icsFiles/afieldfile/2012/06/25/1312798_01.pdf 吉島茂、大橋理枝訳・編(2008)『外国語教育 II 外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照 枠 追補版』朝日出版社 イタリア文化会館『オペラ・プリマ 1(DVD 付き)教授用資料』中 引用文献

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 英語の関学の伝統を継承するのが「子どもと英 語」です。初等教育における英語教育に対応でき

小学校学習指導要領総則第1の3において、「学校における体育・健康に関する指導は、児