• 検索結果がありません。

在日インド人ニューカマー女性の複言語意識とアイデンティティ構築

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "在日インド人ニューカマー女性の複言語意識とアイデンティティ構築"

Copied!
10
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1) 専門職人材の移動は、途上国から先進国への一方的な頭脳流出と批判されてきたが、専門職移民の出身 国への還流が近年増加し、こうした現象はbrain circulationとして肯定的にも評価されている(村田2010)。 2) IT技術者とその家族から構成される首都圏のインド人コミュニティと、商人を中心に構成される兵庫 県神戸市のインド人コミュニティはそれぞれ区別され、前者はニューカマー、後者はオールドカマー と定義されている(澤2004)。 ─研究論文─

在日インド人ニューカマー女性の複言語意識とアイデンティティ構築

亀澤 敦子 要 旨  本研究の目的は、IT 産業従事者の配偶者に伴って移住した在日インド人ニューカマー 女性を対象に、言語生活についての語りから、国家間・言語間・文化間の越境の中の、複 言語意識とアイデンティティ構築の様相を明らかにすることである。複言語主義を解釈枠 組みとして分析・考察した結果、調査協力者は、越境によって生じる様々な境界線間での せめぎ合いや、社会的文脈の制約の変化による社会参加上の困難を経験していることがわ かった。さらに、それらを乗り越えるために、複言語使用を通しアイデンティティ構築を 遂行することで、自らをエンパワーし社会への参加に取り組む姿勢が明らかになった。  【キーワード】 在日インド人ニューカマー、複言語意識、複言語・複文化主義、越境、         アイデンティティ構築 1.はじめに  近年、経済のグローバル化の下、国家間・言語間・文化間を越えた人の移動が増加して いる。世界三大移民の輩出国であるインドにおいても、1991年の経済自由化以降、IT 産 業従事者のアメリカ合衆国並びに他先進国への移動が増加している(澤2004など)。「頭脳 流出1)」とも称されるIT産業に従事するインド人、およびその家族の移動である。IT産 業従事者の滞在期間は、市場の動きと企業側のニーズに基づいて決定されるプロジェクト の状況によるため、予測不可能であり、急な帰国を余儀なくされることも多い(村田 2009a など)。そのため、彼らは「いつかまだとこかに移動するかもしれない」という越 境の可能性を常に抱きながら日々をおくっている。  日本も彼らの移動先のひとつで、1990 年以降首都圏に新たに在日インド人コミュニテ ィ(ニューカマー2))が誕生した(澤 前掲書, 澤・南埜2009など)。従来はIT産業従事者の 男性の単身滞在が主だったが、子どもの教育施設や相互扶助コミュニティの誕生などによ る住環境の整備に伴い、配偶者と子どもを含む家族単位の滞在が増加した。2000年10,064 人だった在日インド人人口は、この 10 年で 10,000 人以上増加し、2010 年末 22,497 人に上

(2)

った3)。地域別にみると、上位から東京9,276人(41%)、神奈川3,226人(14%)、兵庫1,509 人(7%)、千葉1,496人(7%)、埼玉856人(4%)となっており、首都圏に集中している4)  こうしたニューカマーを扱った先行研究は、東京のコミュニティを対象としたものがほ とんどであり、次位の神奈川のコミュニティを対象とした研究は管見の限り見当たらない。 神奈川県内の日本語ボランティア教室などにおいても、インド人IT技術者やその配偶者 の学習者が増えているという調査報告もあり(財団法人かながわ国際交流財団2009)、そ の実態の把握が求められている。以上の理由から、本研究は神奈川をフィールドとした。  筆者は、2009 年末より約二年間、神奈川県川崎市の日本語学習支援教室において、ボ ランティアとして在日インド人ニューカマー女性の支援に携わってきた。結婚を機に来日 した彼女達の多くは、日本語が全くできない。これまで、ニューカマー女性を対象とした 先行研究においては、彼女達は日本語の壁に阻まれ自己実現に苦しむ孤独な存在として言 及されてきた(小山田2007)。一方、筆者の出会ってきたニューカマー女性達は、日本社 会において言葉の壁にぶつかりながらも、大学院に進学したり、出産・育児を経験したり、 就労をしたりと、多種多様な生き方をしていた。このような観察から、彼女達が母国で培 ってきた複数の言語能力、そして日本語をどのように受け止めて、どのような言語世界に 生きているのかに興味を抱き、これが本研究の動機となった。  本研究は、国家間・言語間・文化間の越境体験の中に生きる人の一例として、在日イン ド人ニューカマー女性を取り上げ、ミクロな視点から彼女達の複言語意識を明らかにする ことを目指す。彼女達の生きる言語世界を読み解くことは、彼女達が越境体験の中でどの ように生きているのかということ、つまりアイデンティティ構築の様相の解明にも通ずる ものである。そこで、本研究では、複言語意識から示唆されるアイデンティティ構築も分 析・考察の対象とする。 2.先行研究 2.1 在日インド人ニューカマー女性  ニューカマーをめぐる先行研究では、マクロな視点からIT技術者の男性を取り上げた 社会学の研究が多い。小山田(2007)を除いては、配偶者に伴って来日した女性達には焦 点が当たることが少なかった。小山田(前掲書)は、東京都江戸川区をフィールドにニュ ーカマー女性を対象にインタビュー調査を行い、彼女達の日本での生活の姿を明らかにし た。彼女達の多くが、高学歴で英語の運用能力も高い「高度人材」であり、就労意欲も高 いが、結婚を機に来日したため日本語が全く出来ない者が多く、就労が難しくなっている という。加えて、日本語が壁となって人的ネットワークも限定され、孤独化が進み、鬱病 を発症してしまったケースも報告されている。 3) 法務省「平成22年末現在における外国人登録者統計について」による。   http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukantourokusyatoukei110603.html(2012/1/11) 4) 法務省 登録外国人統計> 年次 > 2010年「都道府県別国籍(出身地)別外国人登録者」による。 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001074828(2012/1/11)

(3)

 こうした近年の研究から見えてきたのは、教育的に恵まれ高い自己実現欲求を持つ彼女 達が、来日後日本語の壁に阻まれ、自己実現に苦しみ、孤独に生きる姿であった。しかし、 筆者の出会った女性達の生き方は、これらの先行研究の結果とは必ずしも一致するもので はなかった。  ニューカマーを複言語主義の視点から取り上げている研究は、管見の限り見当たらない。 複数の言語使用についての言及はあるが、複数の言語を使用することが彼らにとってどの ような意味を持つのか、その意識に焦点が当てられることはなかった。ニューカマーでは ない在日インド人を対象にした研究では、工学系留学生とITビジネスパーソンを対象に、 複言語主義の視点から、彼らの言語生活を分析・考察した村田(2009a)と村田(2009b)が 新しい。しかし、本研究の対象者のような、会社や学校などのコミュニティに所属せず社 会から見えない存在である、配偶者に伴って移住してきた女性たちは、研究の対象とされ ることがなかった。  これらの先行研究を踏まえ、本研究は、神奈川県川崎市をフィールドとし、ミクロな視 点からニューカマー女性の複言語意識を明らかにし、アイデンティティ構築の様相を探る ことを試みた。 2.2 複言語主義  複言語主義(plurilingualism)は、言語間・文化間の増加を受け、2001 年ヨーロッパに おける多様性の中の統一を目指して、欧州評議会が提唱した概念である。西山(2010)に よれば、複言語主義の世界は、異質なものが不均衡な関係を保ちながら混在している、複 層的で流動的な言語世界である。複言語主義は、他者との相互理解を促進する役割やアイ デンティティ構築要素としての言語の側面に焦点を当てる「価値としての複言語主義」と いう側面と、コミュニケーション遂行のため文脈に応じ個人の持つ言語体験や知識を柔軟 に使用することのできる能力、即ち「能力としての複言語主義」という二つの側面を持つ。 本研究で用いる複言語意識とは、この二つの側面を含む個人の意識である。  実際の社会的文脈において、人々はどのように言語を柔軟に使用し、その言語使用を通 して何を遂行しようとしているのか、そこで働いている意識はどのようなものなのか。そ うした個人の実際の言語使用と意識に焦点化することで、複言語主義の可能性を探ること ができると考える。個人の言語世界をミクロな視点から柔軟に読み解くための概念として 有効であると考え、本研究では複言語主義を解釈枠組みとして用いる。 2.3 アイデンティティ  「価値としての複言語主義」が唱えるように、言語はアイデンティティ構築の要素とし ての側面を有する。近年、複言語主義的視点から、個人の複数の言語使用・知識・体験・ 意識および言語能力を扱った様々な実証的研究が行われ、複言語意識とアイデンティティ 構築の密接な関わりが示唆されてきた(村田2009bなど)。  アイデンティティはその提唱以降、自己の内で統合化されていく一元的なものと捉える

(4)

5) Butler(1990)の概念とそれを日本語研究に援用したマリィ(2007)に依拠する。マリィ(前掲書)は、この 概念の特徴であるアイデンティティの重層性、流動性、複雑性を表すために「複合アイデンティティ」 と命名した(羽鳥(江頭)2009)。 6) 異なる言語を話す人々の共通語(またはその変種)はリンガフランカ(lingua franca)と呼ばれる(田中幸 子2003)。 7) インドは、母語ではないが、かなり早くから多言語状態の中で英語が第二言語や公用語として重要な役 割を果たしてきた国や地域である外部圏(Outer Circle)」に属し、旧英領植民地の支配下のなか、独自 の特徴をもつようになった「インド英語」が使用されており、「新英語(New Englishes)」の代表的な 例として挙げられている(田中春美2003)。 本質主義的な立場が支持されてきた。しかし、近年の世界的な人の移動の増加を受け、ア イデンティティを流動的かつ複合的で実践的なものと捉え、社会的な文脈を重視する構築 主義的な立場が、新たに支持されてきた(保坂2000など)。この流れを受け、羽鳥(江頭) (2009:21-22)は、「権力関係の中で行われる言語・言語実践によって位置づけられる自己 や他者であり、流動的で不安定、複雑なアイデンティティを指すポスト構造主義的概念」 と定義し、「複合アイデンティティ5)」を提唱した。  境自体が流動性を持つ複文化・複言語の時代において、「複合アイデンティティ」は妥 当性が高いと考え、本研究では、羽鳥(江頭)(前掲書)を支持しアイデンティティを複合 的で流動的かつ実践的なものとして捉えた。 3.調査概要と分析方法  本研究は、個人の実際の言語生活についての語りに見られる複言語意識とアイデンティ ティ構築を明らかにすることを目指すものである。調査においては、冒頭で述べた川崎市 の日本語学習支援教室に在籍しているニューカマー女性1名を対象に、半構造化インタビ ューを行った。川崎市の担当者から事前に承諾を得たうえで、調査協力者に「マルチリン ガルの在日外国人についての調査」と説明し、調査依頼を行った。インタビューは 2011 年5月に行われた。調査協力者のプロフィールを下記に提示する(表3-1)。 表3-1 調査協力者のプロフィール(調査時) IN1 年  齢 20代前半 職  業 ヒンディー語講師、児童英語講師 出  身 マハラシュトラ州ムンバイ 母  語 パンジャビ語 使用言語 ヒンディー語、英語、マラティー語、日本語 学  歴 理学療法学学士 滞日期間 2010年7月頭から2011年11月末  インタビューでは、IN1と筆者の共通語であった英語を使用した6)。文字化後にアメリ カ英語母語話者によるチェックを行った結果、IN1のイントネーションやアクセントにイ ンド英語7)の特徴や終助詞“na”が見受けられた。また、IN1と筆者ともに文法的な誤りが

(5)

頻繁に確認され、文法形式よりも意味内容に重点が置かれる姿勢が確認された。  インタビューデータは文字化後、箕浦(2009)の分析カテゴリーを用い、エスノグラフ ィックな記述分析行った。エスノグラフィーは、「人々の生きている意味世界を、微細な ユニット、たとえば、親子間の言語の掛け合いとか、対面的な日本語教授場面とか、教室 での生徒同士のやり取りとか、一人一人の行動や語りなどに着目し読み解く」(箕浦 前掲 書: 11)研究のため、よりミクロな次元に焦点を当てることができるとされており、本研 究課題解明のために妥当性が高いと考えた。 4.記述分析  以下、4.1より、調査協力者の複言語意識とアイデンティティ構築に関わる語りを記述 分析する。なお、前述したとおり、文法的な誤りが見られる箇所もあるが、調査協力者の 語りは原則として発話時のまま引用した。発話の内容理解補足のために筆者が補足した部 分は( )で示した。 4.1 専門分野での就労を阻む日本語の壁  IN1はインドで理学療法学の学士を取得し、6ヶ月間リハビリテーション施設において理 学療法士として勤めた経験を有する医療の専門家である。来日後も、メディカルツーリズ ムと医療経営の英語のオンラインコースを受講しており、より高い職業的専門性を志向し ている。しかし、来日後は医療の専門家として働くことが出来ていないという。これにつ いてIN1は、「if I have to get jobs as a doctor here, it would take at least 2 year, to get the license I need to be fluent in Japanese.」、「I can’t speak Japanese I cannot work as an assistant to someone. (中略) that is also not possible since I don’t know Japanese.」 と、日本語の運用能力が低いことが理由だと語っている。さらに言語の問題だけではなく、 「For me working abroad is very difficult. Even if I change another country, if I got to U.S. or U.K., or Australia, I need a license to practice there. For that, I need to get their exams.」と、国家間で異なる資格制度を理由として挙げ、母国以外における専門分野で の就労の困難さを述べている。  先行研究においても指摘されてきたように、日本語という言葉の壁が、「高度専門人材」 であるニューカマー女性の自己実現を阻んでいるということが、IN1の語りからも明らか となった。さらに、IN1のような医療の専門職の場合は、言語の壁に加えて国家間の資格 制度の違いも、壁となっている。専門分野での就労の道を断たれたことに対する不満の語 りからは、IN1の本来の「高度専門人材」である自己を実現できないという、アイデンテ ィティ構築の葛藤の様相がうかがえる。 4.2 複言語能力を活かした就労  日本で医療の分野で働くことが出来ないという困難に面したIN1だが、IN1はヒンディー 語と英語という自分の持っている複数の言語リソースを活かした別の道での就労を試みた。

(6)

そして、インターネットの言語学習サイトでヒンディー語レッスンの募集を出し、日本人 の学習者1名を対象にヒンディー語を教える仕事を得た。レッスンにおける言語使用につ いての語りからは、IN1と学習者の双方の複言語使用の状況が明らかとなった。レッスン においては、「He’s quite fluent in English. I teach in English.」と述べ、日本人学習者が 英語ができるので、共通言語である英語で行っているという。さらに英語だけではなく、 「Ah, like a sometimes I give him examples about things like, If he want to say Hindi

words, and I say to him in Japanese, and I say to him in Hindi and so he understands like “Okay okay, that, that.”.」と、日本語も部分的に使用しているという。「Because he is fluent in English and but not very fluent that he understands everything. So sometimes like same words like in Hindi, I say おなじ and then he is “Oh, okay.” Like that.」と、学 習者の英語は十分に流暢ではないため、時折ボランティア教室で学んだ日本語を使用して いるのだという。  ヒンディー語のレッスンにおいては、教師のIN1と日本人学習者の双方が、英語をベー スとして、学習者の母語である日本語と、IN1の母語であり目標言語であるヒンディー語、 3つの不均衡なレベルの言語リソースを柔軟に動員させていることがわかる。これらはま さに、複言語主義の唱える「部分的言語能力」と「媒介言語能力」を活用したコミュニケ ーションの遂行と言える。さらには、一つの言語だけに依存することなく多種多様な言語 リソースを組み合わせて、双方が歩み寄って遂行するという、IN1の複言語主義的なコミ ュニケーション観が垣間見えた。 4.3 英語教育での就労を阻むインドアクセントの英語の壁  IN1は、幼い頃から家庭内でヒンディー語と英語を併用し、インドで児童英語講師とし て働いていた経験もあり、「流暢な英語の使い手」としてのアイデンティティを構築して いる。IN1にとって英語とは「universal language」であり、地理的越境の際に「manage to survive there」を可能にするものだと語る。しかし、日本においては、IN1 のインド アクセントの英語が、日本語と同様に就労を阻むもう一つの壁となってしまうことが明ら かとなった。  上述のように専門分野の就労をあきらめざるを得なかった IN1 は、ヒンディー語教育 だけではなく英語教育に携わることを希望し、二つの英会話学校の講師の仕事に応募し た。しかし、最終選考で不採用となったという。IN1は不採用の理由について、「the thing is they need American or U.K. accent.(中略)they want to learn it with that accent. Because of the accent problem they can’t give me through.」と語り、自分のアクセント がクライアントの求めるアメリカ英語・イギリス英語のアクセントでなかったためだと分 析している。IN1は、「They said your English is as good as a native English person」と、 繰り返し採用担当者の発言を引用し、自分の英語運用能力は英語のネイティブスピーカー と同じぐらいのレベルだということを強調している。アクセントが理由で不採用になった ことに対して、「I did feel a little bit angry.」と不満を漏らしている。IN1は日本の英会

(7)

話学校二校から不採用となった後も、諦めずに英語講師の仕事を探し続けた。その結果、 インターナショナルスクールの英語の取り出し講師として採用され、英語講師として働く という目標を達成している。  IN1は、二通の不採用通知を受け取りながらも、IN1はあくまでも英語講師という仕事 にこだわっていた。そのこだわりの背景には、「流暢な英語の使い手」としてのアイデン ティティを奪われた経験から生じた否定的な情動がある。IN1は、アメリカ英語とイギリ ス英語をモデルとする日本の英会話学校における英語教育のビリーフに抵抗し、インター ナショナルスクールでの英語講師の仕事を得ることで、一度奪われた「流暢な英語の使い 手」のアイデンティティの再構築を試みたと言えよう。 4.4 世界旅行者  上述のように、IN1は来日後様々な壁に阻まれ、社会参加の困難を体験している。自分 の専門性を活かした仕事の出来ないことについて、「I feel a little frustrated about not getting a job here」不満を持っている一方で、次のようにも語っている。「I think that is good that I don’t have a job now, because some studying, after that I do house work, I have to watch American dramas, got friends, and you know, spend time with my husband. I won’t get time to do that if I was working here. So in a way now I feel it’s good that I’m not working.」と、余暇を楽しむことが出来る現在の生活を、肯定的に受 け止めているのだという。

 さらには、「I, in fact, and my husband love traveling, so for us it’s very good and very nice opportunities to see a new place. (中略) it’s like a long vacation for us.」と語り、現 在の生活を「世界旅行」して捉えているような意識も窺えた。IN1は来日当初から、日本 での滞在が短期的なものであり、さらなる第三国への越境の可能性があることを認識して おり、IN1 にとっては日本での生活はその「旅」の一部でしかないようにも感じられる。 IN1 は、「高度専門人材」としてのアイデンティティ構築は、現時点の文脈では実現不可 と主体的に判断し、新たに「世界旅行者」としてのアイデンティティを再構築しているの である。 4.5 Universal languageである英語の流暢な国際人  先行研究においても言及されてきたように、本研究の調査協力者のIN1の語りにおいても 同様に日本人の友人が出来ないという不満があった。来日後、IN1は「universal language」 である英語が広く通じないという困難を経験することとなった。日本に来てからの人的ネ ットワークについて IN1 は、「In the apartment only. We became friend, Indian in the apartment.」同じマンションに住むインド人家族が中心で、日本人の友人はほとんどいな いと述べている。しかし、現在のニューカマーが中心の人的ネットワークだけでも満足し ているので今の生活が楽しいとも語っており、「日本人の友人がいない=孤独」とは一概 には言えないということがわかる。

(8)

 日本人の友人を作りたいかと筆者が尋ねると、「I do want(日本人の友人が), but the problem is that I don’t speak the same language. So very difficult to become friends」と 語り、共通言語がないから難しいと語る。IN1は、日本人の英語について「People know very little English」 と 低 評 価 し、 さ ら に は、「I found it very strange, ah, you know, because in like, since childhood like in college English is not so much promoted so much, and English is like a small subject.」と主張し、英語教育をもっと推進するべきだ と、日本の英語教育を批判している。IN1は、自らも日本語を学習し、少ししかわからな い日本語を部分的に積極的に使用し、そのうえで英語のできない日本人を批判しており、 双方が歩み寄るべきだという姿勢を示している。  日本語の低い運用能力は、必ずしも小山田(2007)などの先行研究で示唆された「日本 語のできない社会的弱者」といったアイデンティティ構築を促すものではない。双方が歩 み寄る複言語主義的なコミュニケーション観を有するIN1においては、むしろ「universal language である英語の流暢な使い手の国際人」というアイデンティティが構築され前景 化されている。 5.総合的な考察  IN1は、日本という新言語コミュニティへの参加に際し、新媒介語である日本語を学習 し使用するが、コミュニティにおけるプレステージの高い言語(日本語)のみに依存せずに、 「universal language」である英語などの既有の複数の言語リソースを活用して、自己の低 い日本語能力を補完し、自分の居場所を作っている。IN1の複言語能力は日本における社 会参加を可能にするものであるが、就労と人的ネットワークにおいては、参加を阻む壁が 確かに存在している。しかし、本研究の調査協力者のIN1は、柔軟にアイデンティティ を再構築したり、複言語能力を活かしたりして、前向きかつ主体的にこうした困難に対処 していた。IN1の複言語主義的なコミュニケーション観からは、双方がお互いの言語ある いは第三の言語を学習・使用し合い、様々な言語リソースを活用し合うことで、より豊か なコミュニケーションが可能となり、ひいてはアイデンティティ構築の可能性も広がって いくことが示唆された。 6.まとめと今後の課題  以上、本研究においては、調査協力者の言語生活の語りのデータを用い、複言語意識の 実証的な分析・考察を行ってきた。調査協力者は国家間・言語間・文化間の越境の中で、様々 な境界線や新たな制約の中で様々なせめぎ合いや葛藤を経験する。その困難を乗り越える ために、複言語使用を通し豊かなアイデンティティ構築を遂行し、自らの社会参加をエン パワーし、自分らしく生きようとする「境界越えへの志向と境界の再生産への志向の間の せめぎ合い」(村田2009b)が示された。  本研究は、複言語意識を分析考察の対象としたもので、複言語主義の対をなす概念とし て語られることの多い複文化主義は、分析考察の対象から除外した。文化は定義や解釈が

(9)

多様であるため、福田(2011)が主張するように、「言語と文化は切り離せるか」あるいは「本 来は文化とは何か」という問いのますますの検討が急務である。本調査においても、複言 語意識と共に、アメリカ文化、インド文化、日本文化に対する多種多様な態度が示された。 複言語主義および複文化主義的立場における「文化」に対する定義のさらなる検討の上、 国家間・言語間・文化間を移動するニューカマー女性の複文化意識を明らかにすることを 今後の課題としたい。 参考文献 小山田基香(2007)「西葛西におけるインド人コミュニティ─IT技術者家族へのインタビ ューを中心として─」 『社会学研究科年報No.14』立教大学大学院社会学研究科. 財団法人かながわ国際交流財団(2009)「かながわの日本語学習支援~現状とこれから~」 澤宗則(2004)「グローバリゼーション下のディアスポラ─在日インド人のネットワークと コミュニティ─」科研報告書. 澤宗則・南埜猛(2009)「グローバルシティ・東京におけるインド人集住地の形成─東京都 江戸川区西葛西を事例に」庄司博史編『移民とともに変わる地域と国家』国立民族学 博物館調査報告. 田中幸子(2003)「混成共通語/リンガフランカ(lingua franca)」池生夫編著『応用言語学 辞典』研究社.348. 田中春美(2003)「3つの英語圏」小池生夫編著『応用言語学辞典』研究社.362-363. 西山教行(2010)「序 複言語・複文化主義の受容と展望」細川英雄・西山教行『リテラシ ーズ叢書1 複言語・複文化主義とは何か─ヨーロッパの理念・状況から日本におけ る受容・文脈化へ』くろしお出版.v–ix. 羽鳥(江頭)玲子(2009)「複合アイデンティティと日本語教育研究」 『WEB版リテラシーズ』 6(2)くろしお出版.21-26. 福田浩子(2011)「複言語・複文化主義における言語教育の新たな方向性」 『言語政策』第7 号.25-37. 保坂裕子(2000)「多声的時空間におけるアイデンティティ構築 : アイデンティティ研究に おけるナラティヴ・アプローチの可能性について」 『京都大学大学院教育学研究科紀 要』46. 425-437. マリィ、クレア(2007)『発話者の言語ストラテジーとしてのネゴシエーション(切り抜け・ 交渉・談判・掛け合い)行為の研究』ひつじ書房. 箕浦康子編著(2009)『フィールドワークの技法と実際Ⅱ─分析・解釈編─』ミネルヴァ書 房. 村田晶子(2009a)「複言語状況におけるブリコラージュが意味するもの─工学系の2つの共 同体における事例から」 『WEB版リテラシーズ』6(2) 1-9. 村田晶子(2009b)「実践共同体における複文化・複言語主義─大学院研究室と企業の談話 の分析から複文化・複言語主義の可能性を探る─」『リテラシーズ研究集会2009複言

(10)

語・複文化主義と言語教育予稿集』 20-21.

村田晶子(2010)「外国高度人材の国際移動と労働─インド人ITエンジニアの国際移動と 請負労働の分析から」『移民政策研究』Vol 2.74-89

Butler, J.(1990). Gender trouble: Feminism and the subversion of identity. New York, NY: Routledge.(バトラー, J.(1999)竹村和子訳『ジェンダー・トラブル─フェミニズ ムとアイデンティティの攪乱』青士社. 参考ウェブサイト 法務省「平成22年末現在における外国人登録者統計について」   http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukantourokusyatoukei110603. html(2012年1月11日) 法務省 登録外国人統計> 年次 > 2010年「都道府県別国籍(出身地)別外国人登録者」   http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001074828(2012年1月11日)

参照

関連したドキュメント

このように,先行研究において日・中両母語話

老: 牧師もしていた。日曜日には牧師の仕事をした(bon ma ve) 。 私: その先生は毎日野良仕事をしていたのですか?. 老:

複雑性悲嘆(Complicated Grief 通常よりも悲嘆が長く、激しく続く 死別した事実を受け入れられなかったり、

 英語の関学の伝統を継承するのが「子どもと英 語」です。初等教育における英語教育に対応でき

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

 講義後の時点において、性感染症に対する知識をもっと早く習得しておきたかったと思うか、その場

 根津さんは20歳の頃にのら猫を保護したことがきっかけで、保健所の