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百村百太郎 : 中ウ芝居の役者 ; 1

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Academic year: 2021

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(1)(27). 百 村. 太. 郎. 進. 百 ︱︱ 中 ゥ 芝 居 の 役 者 0 11. 平. 。 日、 切 れ長 の つり 上 が った眼 。 役 者 と し て申 し分 のな い造 作 であ る 眉間 のあ た り にう かが われ る不敵 な向 う意 気 、 の強 さ。 颯 爽 た る役 者 ぶ り であ る。寿 好 堂 よ し国 と そ の門 下が 主と し て画 いた こ の役 者 の絵 姿 に は 絵 師 が 人 の容. 、 。 こ の役 者 に、 際 立 った個 性 と 強 烈 な迫 力 が感 じ ら れ て、 忘 れ 難 い印 象 を与 え られ る のであ る 痩 躯 にし て長身 よ 。 、 く 鍛練 さ れ て敏 捷 そ う な 四肢 。顔 は長 い役 者面 で頃 が 少 々し ゃく れ   一寸 延若 丈 を 連 想 さ せ る 高 い 鼻 と大き な. 、 、 。 は、 管 見 に入 った点 数 は十 四 で、 決 し て多 いと は言 え な い し か し百 太郎 の場合 そ の数 よ りも 画 面 から見 え る. こ の範 囲 で は、 三世中 村 歌右 衛 門 や 二世 嵐 璃 寛 を見 る 頻 度 が極 め て高 い。 私 が 日 にす る こと の 盆 八 一三︱ 一八四一 。 、 でき た残存 点 数 o寓 目点 数 か ら も あ る程 度 は言 え ると 思 う のだ が 頻 度 は人気 の指 標 であ る と ころ で歌 右 衛門 や 。 璃 寛 は大 芝 居 役 者 であ るが 、 中 ゥ 芝居 ではど う か これ は際 立 って頻 度 の高 い 二世 尾 上多 見 蔵 と 三世 尾 上芙 雀 が抜 。 群 で、 そ れ ぞ れ 五十 点 内 外 は見 ら れ る。人気 の双璧 であ る   これ に 対 し て 今 と りあげ よ う と し て いる 百村 百太郎. 、 。 役 者 絵 を 調 査 し て いると、 頻 繁 に現 われ る役 者 が 何 人 かあ が ってく る 上方 大 判 役 者 絵 に限 って み ると と 言 う 、 こと は、 判 型 が 細 判 を脱 し て大 判 にな り、 そ れが 天保 改 革 を 機 に中 判 に 変 るま で の間  文 化 十年 から 天保 十 三年. 松.

(2) (28) 百 村 百 太 郎. 貌 を 写 す 力 量 と いう も のを存 分 に発 揮 し たと 思 わ れ る秀 作 が 多 い の であ る。 画面 を多 く 見 ても 、 漠 然 と し た淡 い印. 象 し か得 られ な い役 者 も いるが 、 こ の場 合 は全 く 逆 で、 絵 師 た ちが 持 つこの役 者 の心象 は、 確 固と し て明 快 であ る ら し い。 百村 百 太 郎 と は何 者 な のか。. 歌 舞 伎 の世 界 で の名 前 と し て は、  甚 だ 小 さ な存 在 であ る 百村 百 太 郎 は、 ﹃演 劇 百科 大 事 典 ﹄ ﹃歌舞 伎 俳 優 名 跡 便. 覧 ﹄ な ど には当 然 あ が って いな い。 従 ってまず 、 そ の姓 名 の読 みが 不明 であ る。私 に ﹁ヒ ャク ムラ ヒ ャク タ ロウ﹂. と 読 ん で いるが 、 根 拠 はな い。 ﹁モ モ ムラ﹂ ﹁モ モタ ロウ﹂ が 考 え ら れ るだ ろうが 、姓 名 共 に仮 名 書 き を 目 にし て い. な いし、 読 みを推 定 さ せる よ う な 狂 句 ・狂 歌 など の語 呂 合 わ せ類 にも 出 会 って いな い。 百村 姓 の 役 者 は 何 人 か い. る 。 ﹃演 劇 百科 大 事 典 ﹄ の索 引 に は百 村 友 九郎 が 出 るが 、 モの項 に入 って いる。 ﹃ 歌舞 伎 年 表 ﹄ の ﹁ 俳 優 そ の他改 名. / 没 年 索 引 ﹂ で は 百村 百花 を モの項 に、 百村 友 九 郎 を ヒ の項 に出 し て いる。 ﹃ 浪 速叢 書 ﹄ 索 引 の 人 事 門俳 優 の部 に. は、 百村 姓 の友 九 郎 ・百 太郎 o紋 九 郎 ・門 九 郎 o猪 三郎 の五人 をあげ るが、 す べ て ヒの項 であ る。今 これ に従 って 姓 は ヒ ャク ムラと 読 む と し ても 、 名 に関 し て は手 が か りが 全 く得 ら れ な い。. 百 太 郎 は文 政 六年 ︵一公 二こ に 三十 歳 で亡 くな った。 中 ゥ芝 居 役 者 の こと ゆ え、  そ の動 静 は 原 則 と し て役 者 評. 判 記 に は載 ら な いか ら、 ﹃歌 舞 伎 年 表 ﹄ にも 何 も 記 さ れ て いな い。 墓 所 も過去 帳 も 知 ら な い。 私 はそ の死 を 四枚 の. 死 絵 で知 るだ け であ る。 死絵 が 四枚 も 管 見 に入 った のは、 散 逸 と 海 外 流 出 の進 んだ 上 方 絵 の 場合 、 稀 有 な 例 であ る 。 四枚 の死絵 のう ち、 まず 寿 好 堂 よ し国 の画 いた 二枚 を記 そ う 。. 0 百村 百 太 郎   行 年 三十 歳   文 政 六未 年 七月 二日終   黄 泉 名   真 覚 虎 青信 士  俳 名   虎 青 おも わす も 日影 を歩 ふ夏 の旅     虎 青 よ し国 画     本 屋 清 七版 子梓 に袴 の立姿。左手に珠数、右手 に蓮 の花 の入 つた手桶を持 つ。.

(3) 進. 平 松 ( 29 ). 国松 王 丸/ 団 七 九郎 兵 衛   百村 百太 郎  俳 名  虎 青   播 州 明 石芝 居 に おゐ て生 涯御 名 残 狂 言 大 当 リノヽ   文 政 六 未 年 七月 二日終   真 覚 虎 青 信 士 御 好 二付 よ し国 画     天 満 屋 喜 兵 衛版 *舞台扮装姿。紫鉢巻をし刀を杖に立 つ松王と茶色 の格子縞浴衣で両膝を ついて座す団七。. こ の 二点 は、墓 所 を記 し て いな いが 、 死絵 の諸 条 件 を 大 体 満 た し た普 通 の死絵 であ る。 ど ちら も佳 作 品だ が 、特 に 後 者 は よ し国 の作 中 でも な か な か堂 々と し た逸 品 であ る。. 次 に丸 丈斎 国 広 と春 頂斎 北 松 の画 いた 二図 をあげ よう 。 そ れぞ れ 百 太郎 の最 期 の経 緯 が 記 さ れ て いる ので全文 を ひ いて おき た い。. 0 百 村 百 太郎   御 な じ み の百村 百太 郎 丈 当夏 芝居 播 州 明 石 へ下 られ前 狂 言 ま つ王丸 切 狂 言 団 七 九郎 兵 衛 にて大当. 贔贋 連. り之 所 俄 に急 病 着 起 り早 速 帰 られ しが 終 に西方 浄 上 の 一座 へ趣 れ し はざ んね んノヽ あ か しから も ど ると す ぐ に死 ぬると はを しやむ ま み の ついた餅 屋 を 伯 父 さ んは わ け て お ち から おと し にて た ゞお いノヽ と な いて御 座 ら ふ 寺 は法善 寺   文 政 六未 歳 七月 二日終   覚 月寿松 信 士  行 年 三十 歳 国 広 画  天 満 屋 喜 兵 衛 版 *右手に蓮 の花を持 つて座す。. 四生涯御名残狂言 団七茂兵衛 百村百太郎 文政 六年 七月 二日 覚月寿松信士 行年 汁才. さ いご物が たり 私儀此度道と んぼ り大西芝居 二て岩井 風呂狂言相勤申居候折 から今度之大病 に取合 セ何卒全. 快仕盆替 り狂言を仕度そ ん心 にて御座候 処養成 不相叶 はからざ るも此狂言お目見 への仕納 二相成 り候だ んざ ん. 念 二奉存候幼少 より旦那様奥様が た のひいき 二預 り候 事山 よりも高く海 よりも ふかく めいど へおもむき親友九.

(4) (30) 百 村 百 太 郎. 郎 へのみやげ と も 相 な りあ りが たく 奉 存 候 尚 こ の上 は よ ろ しく 御 ゑ かう奉 願候 己上 辞 世   おな ご り や極 楽 へ行 夏 のたび 春 頂 画  津治 板 *団七の姿 で腕組 みし蓮 の花 の上に立 つ。. 文 政 六年 ︵一八壬 こ に数 え年 三十歳 で亡 く な った百 太 郎 は、 寛 政 六年 ︵一七九四︶の生 まれ と いう こと にな る。 回 の. ﹁め いど へおも むき 親 友 九 郎 へのみ やげ ﹂ 云 々は、文 化 十 二年 ︵一八 一五︶十 二月 二十 九 日 に 五十 六歳 で亡 く な った. 浪速叢書第五︶文 化 十 二年 の項 に載 る回想 文 父 親 の百村 金削名中山︶友 九 郎 の こと であ る。 ﹃摂 陽奇 観 ﹄ 巻 之 四十 三 ︵ を引 いて お こう 。 歳  法 号  覚 法 了寿 信 士 ハ 十 二月 廿 九 日  浜芝居立役  百村 友 九 郎 死  行年五十二. 芸 道 も 一風 を仕 出 し浜 芝 居 狂 言 心中 浮 世 噂 も のな と の作 の上手 にて天明 寛 政 の頃諸 見 物 の ヒイ キ多 き 建 者 な り しが 病 身 にて後 々は出 勤 も 難 相 成. 甥 ︶ ノヽ ﹂ と 泣 いて いる伯 父 は、中 山改 百村 猪 三郎 で、 兄 の死 後 そ の名 を継 い 国 の贔 員 連 の狂 歌 で、 ﹁た ゞお い ︵. で百 村 友 九 郎 を名 の って いる。 のち作 者 専 業 に転 じ井 筒 一斎 と 称 し て活 躍 し た人 であ る①。. 、 四枚 の死 絵 から得 ら れ る情 報 に は多 少 の岨 齢 が あ る。戒 名 が H 国 は ﹁真覚 虎 青信 士﹂ 日 回 は ﹁覚 月 寿 松 信 士﹂と. 寿 松 信 士 ﹂ の方 が 正 し い の な って いるが 、今 の所 他 の資 料 によ る確 認 が でき て いな い。 父 の戒 名 の 一字 をと った ﹁. で はな いかと 思 う が 単 な る憶 測 に過 ぎ な い。 最 後 の舞 台 が 道 頓 堀 大 西 芝 居 か播 州 の明 石 であ った か、 そ の役 が 松 王. 丸 と 団 七 九郎 兵 衛 かも 違 って いるが 、 国 国 に共 通す る よ う に明 石 に松 王 丸と団 七九郎 兵 衛 役 で出 演 中 の発 病 と み て. 。 とす. 、 い いだ ろう 。 上方 の役 者 絵 の大 手 版 元 天 満 屋 喜 兵 衛 は、 よ し国 画 ・国 広 画 二枚 の死絵 を版 行 し て いるわけ だ が 寺. の名 も 入 れ た後 者 の方 が 、 より多 く の正 確 な情 報 を 入 手 し て から の版 行 で はな いかと推定 す る こと が でき る.

(5) れ ば 戒 名 も 先 に憶 測 し た通 り ﹁ 覚 月寿 松 信 士﹂ が 正 し いかと 思 う 。. 彼 が 生 ま れ た寛 政 の当 時 、 道 頓 堀中 ゥ芝 居 は竹 田芝 居 と角 丸 芝 居 が続 いて いるが 、 父 の百村 友 九郎 は百村 猪 三郎. ・百村 京 蔵 ・百村 崎 蔵 ら を ひき つれ て竹 田 に出 て、 立役 の巻 軸 を占 めて いる。寛 政 九年 三月 刊 ﹃役 者 勇 兵 揃 ﹄ 巻 四. は大 坂 の巻 で、竹 田 ・角 丸 ・安 治 川 の三芝 居 を あげ て役 者 の位 付 け を し て いる。友 九郎 は立 役 巻 軸 の位 置 で極 上 上. 立役主 吉 であ る。 これ と 同位 又 はそ れ 以 上 は、 自 大 極 上 上吉 の柴 崎 林 左 衛 門 ・中 村 吉 之 助 、極 上 上 吉 の中 村 仲 蔵 ︵. 位︶だ け であ る。伯 父 の百村 猪 三郎 は 上 上 半 白 吉 盆ェ役九位︶を占 めて いる。 中 ウ 芝居 の 大物 役 者 を 父 親 に し て百 太 郎 は生 ま れ た こと にな る。. 百 太郎 の役 者 と し て の閲 歴 のう ち管 見 に入 ったも っと も 早 いも のは、 享 和 元年 ︵一八〇 こ 十 二月 大 西芝 居 の 二. の替 り出 演 で、 ﹃け いせ い竹 に雀﹄ で ﹁さ ゝき つるき よ﹂ ﹁く さ か り 三吉 ﹂ の 二役 に扮 し て いる。 百 太 郎 が 八歳 にあ. 出 世 染 ﹄ で ﹁いし 田佐 吉 ﹂、 そ の次 の替 りと 推 定 さ れ る 同 座 の ﹃献 上 毛 綿織 ﹄ で ﹁子小 市郎 ﹂ で出 演 し て いる。 以. た る から 、 初 舞 台 で はな いかも しれ な いが 、 かな り早 い時 期 の子 役 であ ろう 。 翌享 和 二年 正月 同 座 の三 の替 ﹃太 功. 上 いず れ も 番 付 を寓 日 し て の知 見 であ る。 父親 友 九郎 が 座 頭格 の 一座 で の役 々であ る。. る役 者 を 列 記 す る。. こ こで当 時 の中 ウ 芝 居 役 者 の大勢 を見 る た め に、 こ の三座 の主 要 役 者 を眺 め て お こう 。 上 上 吉 以 上 の位 を得 て い. 見 ら れ るが 、 ﹁子 役 之 部 ﹂ の首 位 に、 上 上 自 吉 で ﹁百村 百 太 郎 竹酬本﹂ と ぁ る。. 者 寿 ﹄ 中 巻 末 には ﹁大 坂 三芝 居 惣 役者 目 録﹂ が 付 さ れ て いて、 大 西 ・若 太 夫 ・竹 田 三座 の役 者 の位 付 け 連 名 だ け が. 十 一歳︶正月 刊 行 の役 者 評 判 記 ﹃役 と あ り、 これ から しば ら く 東 竹 田 の座 本 を つと め て いるら し い。 翌文 化 元年 ︵. 忠 臣 講 釈﹂。 ﹁ 鼠 臣 一カ 栄 花 居 続 ﹂。 ○ 十 一月 一日、 大 阪 、 東 竹 田芝居 、 大 和 屋 甚 兵 衛 、 座 本 百村 百 太郎 、 ﹁. 十歳︶ は、 ﹃歌 舞 伎年 表 ﹄ に 翌享 和 三年 ︵. 平. 進 松. (31).

(6) (32) 百 村 百 太 郎. 立  役   極 上 上 吉   泉 川 楯 蔵       竹 田 大 上 上 吉  中 村 仲 蔵       竹 田 上 上 吉     谷 村 楯 八      大 西 巻軸 大 上 上 吉   百 村 友 九 郎     竹 田   上 上 吉    松 島 松 右 衛 門  竹 田 実   亜心 、 色   亜﹂ ′ 上 上 吉     中 村 友 三      竹 田 岩 女 形   上 上 吉    嵐   国 市      竹 田 上 上 吉     中 村 か ほ よ    竹 田 巻軸 上 上 吉     中 村 吉 蔵       若 太 夫 総 巻 軸   真 上 上 吉   嵐   与 市      若 太夫 功 上 上 吉   山 下 京 右 衛門   大 西 な お位 付 け な し で ﹁総 巻 首 ﹂ と し て次 の五名 が あ が って いる。 総 巻 首   姉 川 新 四郎     大 西 坂東 重 太郎     若 太 夫 尾 上 新 七      大 西 中 山文 蔵       大 西 山村 友 右 衛 門   若 太 夫. 、 他 に ﹃役 者 寿 ﹄ に は京 因 播 薬 師 境 内 芝 居 と 大 坂 の稲 荷 境 内 ・座 摩 境 内 芝 居 の位 付 け 連 名 が みら れ る の で そ の主要 な者 を記 し て おく 。 上 上 吉 以 上 と す る。.

(7) 因 幡 至上 上 吉     市川 甚 之 助 全工役︶ 上 上吉       一 二枡 光 五郎 全ヱ役︶ 上 上 吉       沢村 京 三郎 ︵ 若女形︶ 稲 ・座 至上 上 吉   中村   歌助 金ェ役︶ 立役︶ 上 上 吉       中村   市 蔵 ︵ 上 上 吉       大谷   友 蔵 ︵ 実亜じ 若女形︶ 白 大 上 上 吉  藤 川 已之 助 ︵ 白 至 上 上 吉  沢村 田之 助 ︵ 若女形︶ 巻軸︶ 白 大 上 上 吉  市 川 重 太 郎 場い. 十代 に関 し て は以 上 のべた ほ か は何 も情 報 を得 て いな い。 し か し こ の空 白 は番 付 の精 査 により今 後 う め る こと が. と あ る の に よ る。. 繁昌仕候 。. 尤 当 社 内 にお いて文 化 五辰 年 二百 太郎 幼 少 の制 桃 太 郎役   其 外 三代 目璃 寛 徳 三郎 と いひし頃 一座 二而相 勤 大 入. 座 摩 社 内 芝 居 で ﹃桃 太郎 島物 語 ﹄ を演 じ て いるが 、 こ の時 の番 付 の 口上 に、. 十五歳︶ には座摩 芝 居 で ﹁橘 桃 太郎 ﹂ の役 に ついたら し い。 天 保 十年 亥 正月 に 嵐 三 つ橘 と いう役 者 が 文 化 五年 ︵. の子役 の部 に ﹁上 上   百村 百 太 郎   や く し﹂ と あ る。 因 播 薬師 は父友 九 郎 が 出 て いる芝 居 であ る。. 父友 九郎 ・市 川 重 太 郎 ら の 一座 であ る。 翌文 化 三年 ︵ 十三歳︶正月 刊 ﹃役 者 大 極 丸﹄ の ﹁ 京 都中 ゥ芝 居 惣 役 者 目 録﹂. 十 二歳︶に関 し て は、 二月 から 三月 にかけ て の四枚 の堀 江 市 の側 芝 居番 付 に座本 で名 前 が 見 え て いる。 文 化 二年 ︵. 以 上が こ の時 期 の中 心的 な役 者 た ち であ る。. 進           . 平 松. (33).

(8) (34) 百 村 百 太 郎. 中 芝 居 子供 芝 居 酉 の 年 極 り役 者 附 ﹂ に   二十 歳 にな った 文 化 十年 酉 正 月 刊 ﹃役 者 出 世噺 ﹄ の ﹁ でき る はず であ る。. 、 は、 座 摩 社 内 芝 居 に立 役 で見 え て いる。外 題 が ﹃太 平 記 忠 臣 講 釈﹄ 大序 より 八 ツロ ま でと あ るが 配 役 はわ から な. 。 、 い。 立 役 首 位 に尾 上 徳 松 のち の三世 尾 上芙 雀 が いる から 二十 一歳 の徳 松 が 由 良之 助 を演 じ た のであ ろう さ す れ. 。 ば 百 太郎 に は矢 間 重 太 郎 あ た りが ま わ ってき た かも しれ な い な お こ の時 父親友 九郎 の名 は ど こにも 見 え て いな. 、 い。 翌文 化 十 一年 ︵二十 一歳︶正 月 刊 ﹃役 者繁 栄 話 ﹄ の 中 ゥ芝 居役 者 目 録 を み ると  百 太 郎 は ﹁あ ら木 芝 居 ﹂ に立 、百. 。 役 ス ケと し て出 、 且 つ ﹁いな り社 内 芝 居 ﹂ にも 立 役 で名 を つら ね て いる 父親 は北 の新 地 芝 居 に出 て いる から. 、 太 郎 も 一人 歩 き を は じ め た のであ ろう 。 あ ら木 芝 居 は ﹃け いせ い天 羽 衣﹄ と ﹃平井 権 八吉 原 通 ﹄  いな り社 内 芝 居. 。 は ﹃敵 討 厳 流 島 ﹂ と 外 題 が 出 て いるが 、 百太 郎 は何 を演 じ た のか 役 者 の顔 ぶれ を見 ると権 八や無 三 四を演 じ て お 、 。 か しく な いと 思 う が 、 番 付 で確 認 でき るま で速 断 は待 ち た い な お こ の頃 と 思 われ る若 太 夫 芝 居番 付 が 二枚 管 見. に入 った。 座 本 は共 に松 島 巳之 助 。 H は 外 題 が ﹃仮 名 手 本 忠 臣蔵 ﹄ で 百太 郎 は 早 野 勘 平 oと な せ ・斧 九 太夫 の三. 。 役 、 日 は ﹃彦 山 権 現 ﹄ と ﹃か り金 ﹄ で、 郡貞 成 ・六介 ・伝 五右 衛門 ・花 園 文 七 の四役 であ る 二十歳 を過 ぎ て百 太 。 郎 は、 本 格 的 な役 者 の経 歴 を歩 み出 し たと 思 わ れ る. 。 文 化 十 二年 ︵二十 二歳︶から はや や 正確 な情 報 が 得 ら れ る こ の年 二 の替 り竹 田芝 居 で ﹃和 布 苅 神 事 ﹄ ﹃錦 帯 橋 ﹄. 、 敵 討巌 流島 ﹄ に文 字 介 力 丸 o百 し ゃう与 四郎 、 三 の替 り同 座 で ﹃挙 揮 廓 大 通 ﹄ に今 木 伝 七 四月 北 の新 地 芝 居 で ﹃. 役割番付 ・絵本番付︶ によ るも のであ る。 な お こ の年 十 二月 二十 九 日 に、 前 に宮 本 無 三 四。 以 上 管 見 に入 った番 付 ︵. 。 述 の通 り父親 を 失 って いる。文 化 十 四年 三月 刊 ﹃役 者 道 中 記 ﹄ の短 い記事 を ひ いて お こう. ○ ち よと 申 上 升   百 太郎 丈 御 親 父友 九郎 丈 も 一昨 年 故 人 になら れ 升 たゆ へついでなが ら お しら せ申 上 升. 行 文 化 十 二乙亥 十 二月 十 九 日  覚 法 了 寿 信 士 葺十一 歳 寺 は千 日法 善 寺 ハ 。 文 化 十 三年 ︵二十三歳︶ は、 名 古 屋 清 寿 院 芝 居 と 道 頓 堀 角 丸 芝 居 の 番 付 が か な り管 見 に入 った 二月 十 六 日清 寿 院.

(9) 進 平 松. (35). ﹃日本 第 一和 布 苅 神 事 ﹄ に藻 葛 三平本 名 尾 形 力 丸 。百 姓与 四郎 ・奴 文 字 助 、 三月 十 日同座 ﹃思 花街 容 性 ﹄ ﹃棲 重 恋. 秋 葉 権 現 廻船 語 ﹄ に玉 し ま幸 兵 衛 ・月 本 円秋 。夏 寝 釧 ﹄ に平井 権 八 ・柏 木 助 三郎 o香 具 屋 弥 兵 衛 、 四月 九 日同 座 ﹃. 秋 葉 権 現 廻 船 話 ﹄ ﹃岩 井 風 呂﹄ 玉 し ま幸 兵 衛 ・ 以後 は角 丸 芝 居 に転 じ て何 月 か は不明 だ が 次 の役 を演 じ たら し い。 ﹃. 稚 源 氏道 中 軍 記 ﹄﹃粧 水絹 川 堤 ﹄ 熊 坂 団 七茂 兵 衛 。 ﹃画 合 更 科 話 ﹄ ﹃ 粧 水絹 川 堤 ﹄ 山 中 柴 之 介 ・村 上 左 衛 門 よ し清 。 ﹃. 長 範 ・平 の範 つね oかさ ね。 ﹃天 竺徳 兵 衛 聞書 往 来 ﹄ 若 と う 良介 o仏 庄介 oや つこ春 平 。 文 化 十 四年 正月 も角 丸 芝. 居 で ﹃柵 自 来 也物 語 ﹄ ﹃利 生 の旅 路﹄ 速 水 政 治 郎 ・八 ツ代 伝 兵 衛 ・万四郎 ・波 戸 之 介 。続 く 三 の替 と思 われ る番 付 で. は ﹃いろ は歌 誉 桜 花 ﹄ ﹃宵 庚 申 ﹄ に高 野直 ・寺 岡 平右 衛 門 。田代 八十兵 衛 を演 じ て いる。 ﹁かさ ね﹂ も含 め て にわ か に広 範 な重 い役 々を得 て大 活躍 して いる様 子 が よく 見 てと れ る。. 一 十四歳︶ には、 正月 と 〓一  正 月 刊 ﹃役 者名 物 合﹄ 大 坂巻 の 巻 末 付 載 文 化 十 四年 ︵一 月 と 二度 評 判 記 の刊 行 を見 る。. ﹁ 名 古 屋 春 芝 居惣 役 者 目 録﹂ に は、惣 巻 首 の白 大 上 上 吉 嵐 徳 三郎 と 並び 上 上 吉 で百村 百太郎 の名が 見 え る。 こ の徳. 三郎 は後 の上方 芝 居 の巨 星 二世嵐璃 寛 で、 日 徳 の愛 称 で親 し まれ て いた役 者 であ る。 三月 刊 ﹃役 者 出 世 道 中 記 ﹄ は. 上 ・中 巻 が 中 ウ芝 居 、 下 巻 が 子供 芝居 芸 評 であ る。立 役 巻 軸 が 上 上吉 の嵐 徳 三郎 、 巻 軸 ワキが 上上半 白 吉 の百村 百 太 郎 。 百 太郎 評 文 は次 の通 り であ る。. 頭取︺今 中 ウ芝 居 で の愛 敬 男 百 む らノヽ と 町中 が ひき 升 はき つい御 仕 合 で ムリ升 ︹ヒィキ︺上 で は芝 翫 浜 で は百 ︹. 頭取︺去 年 秋 葉 二幸 兵 衛 岩 井 風 呂 に茂 兵 衛 さ ら しな 二鹿 之 介 何 れ も 太   人 を 入 レる事 は ゑ ら いも のにな つたぞ ︹. 芝居好︺児 源氏 に熊 坂 二やく のり つね 大 役 ゆ へいか ゞあ ら んと 思 ひ の外 見 ご た へ有 て よく こな さ で かされ 升 た ︹. 頭取︺絹 川 堤 のかさねも あ し から ぬ 沙汰 でござ り升 た 此 度 は若 と う 良 助 仏 庄 介 奴春 平 いづ れ も 評 よ れ ま した ︹ く と かく 何 を さ れ ても うけ のよ い此 お人 の 一徳 で先 今 で の花 かたノヽ. これ が 管 見 に入 った唯 一の評文 であ る。 注 目す べき は、 大 芝 居 で の超 人 気 者 芝 翫 こと 三世 中 村 歌右 衛 門 と 対 比 し て.

(10) (36) 郎 百 太 村 百. 中 ゥ芝居︶で よ ほど の 観 客 動 員 力 を 持 って いたら ﹁上 で は芝 翫 浜 で は百 太 ﹂ と 言 われ て いる所 であ ろう 。 浜 芝 居 ︵. し い。 同 時 代 の役 者 尾 上 多 見 蔵 が、 金 比 羅 参 詣 し て水 垢 離 を取 り、 何卒 百太 郎 が 十 分 の 一の人 気 を授 け給 えと 祈 っ. たと いう 逸 話 が 伝 え ら れ て いる②が、 ど う や ら 二十 歳 代 の百 太 郎 の人気 は、 驚 異 的 なも のであ った ようだ 。 な お文. 化 十 四年 後 半 の役 々 は、 月 は不明 だが す べ て竹 田芝 居 で、 ﹃双蝶 々曲輪 日記 ﹄ ﹃菜 種 乱 咲 ﹄ はなれ駒 長吉 。 ﹃今 昔 庚. 十 三間 堂 棟 木 由 来 ﹄ ﹃南 何 噺 ﹄ 三熊 弥 正 平 o 申 諄 ﹄ ﹃鳥 羽法 皇 御 猶 祈 ﹄ 山脇 三治 郎 ・八百 屋 半 兵 衛 o奴 弥 正 平 。 F 一 平 太 郎 光 よ し。. 十五歳︶ はあ ま り多 く 判 明 し て いな い。 座 不明 だ が ﹃傾城花 大湊 ﹄ コ ロ野忠 信 錦 着 長 ﹄ 貴 田孫 兵 衛 。 一 文 政 元年 ︵一.  以 下 は竹 田芝 居 で、 ﹃本 町糸 屋 娘 ﹄ ﹃北 条 五代 記 ﹄ 峯 本 武 者 之 介 ・本蝶 丸綱 五 新 兵 衛 oかく は ん oいが み の 権 太 。. 郎 。 ﹃近 比 河 原 の達 引 ﹄ ﹃け いせ い恋 鳴 門 ﹄ たき 口伝 兵 衛 ・ゐ づ ゝや伝 二郎 。さ るま はし与 次郎 。. 浪速叢書第 一 C の記 事 を ひ こう。 一 十六歳︶ の 二月 に事 件 が あ った 。 ﹃摂 陽奇 観 ﹄ 巻 之 四十 六 ︵ 一 文 政 二年 ︵. 一   天 王寺 開 帳 二付 大 坂 市中 より寄 附 物 彩 しく種 々 の趣 向 あ り  此節蝶 々ノヽ と いひ てう か る ゝ事 大 ひ に流 行. ﹂れ を 又 見 んと て 見 物 群 集 ス  竹 田芝 居 輛欄百欲榔 御 呵 ス  別 而道 頓 堀 大 か ぶき ちう芝 居 の役 者 花 美 に出 立   ン り受 ル. 寺 社 への寄 進 の品 を 運 搬 す る折、 車 を 派 手 に飾 り、 衣裳 に趣 向 を こら して乱 舞 し なが ら行 進 す る こと は しば しば 行. な わ れ た 。 そ れ に役 者 も 参 加 し、 少 々行 き 過 ぎ て叱 られ たも の であ ろう。中 村 鶴 助 は後 に四世 歌 右 衛門 と な る江戸. 出 身 の役 者 だ が 、 当 時 は中 ゥ芝 居 で活 躍 し て いた。 こ の文 政 二年 も 百 太郎 は竹 田芝 居 に こも って、 二 の替 り は ﹃浜. 砂伝 石 川 ﹄ ﹃花 の木 下 ﹄ 石 川 五右 衛門 ・石 田金 兵 衛 。以 下 全 て月 は不明だ が ﹃仮 名 手 本 忠 臣 蔵 ﹄ ﹃伽 藍 鑑﹄ 早 のか. ん平 ・石 と う右 馬之 丞 ・寺 岡 平右 衛 門 ・上 村 目□ 。 こ の時 の他 の配役 は由 良 之 助 o師 直 を 三枡 光 五郎 、 若狭 之 助 o. 薬 師 寺 oと な せ o定 九 郎 を鶴 助 、 本 蔵 ・義 平 ・お か る母 を 榊 山 四郎 太郎が 勤 め て いる。 次 も 月 は不明 で ﹃四天 王寺.

(11) 進 平 松. (37). 伽 羅 先代 萩﹄﹃反魂 香 ﹄ 政 岡 的 之 助 ・と う ふや権 兵 衛 。 伽 藍 鑑 ﹄ ﹃先 代 萩 ﹄ 亀 寿 ま る ・み ろく の五作 o曽 我 馬 子 。 ﹃. ﹃花角 力 蝶 々紋 日﹄ ﹃菜 種 子 の乱 咲﹄ ぬれ が み与 兵 衛 ・南 方 与 兵 衛 。 な お こ の年 十 二月 と 思 われ る北 新 地芝 居 の番. 付 に ﹃相 馬 太 郎李 文 談 ﹄ ﹃傾 城 反魂 香﹄ さぎ 沼 大□ 郎 ・相 馬 太 郎 。 こ の時 は鶴 助 が 三郎 国 光 oど も の又平 を演 じ、 百 太 郎 は ﹃反魂 香 ﹄ に は出 て いな い。. 十七歳︶は大 西 にたて こも って いる。 正 月 は ﹃け いせ い品評林 ﹄ ﹃ 物 ぐ さ 太郎 ﹄ さ ゝら 三 八 ・中 川□ 文 政 三年 公一. 平 。 以 下 月 は不明 で、 ﹃け い せ い天羽衣﹄ ﹃阿 波 鳴 戸﹄ 小 川 宗 右 衛 門 ・百 しや う 五郎 作 。 ﹃軍 法富 士 見 西行 ﹄ ﹃隅 田川. 菅 原伝 授 手 習 鑑 ﹄ ﹃同 計 花 の吉 野 山﹄松 王丸 oかく じ ゅ ・補 正行 。 ﹃箱根 霊 験 殖 続 悌 ﹄ ゆき ゑ oよ し仲 ・法 界 坊 。﹃. 敵 討 巌 流島 ﹄ ﹃ 恋 の緋 鹿 子﹄ 武 右 衛 門 o無 三 四 ・弁 かく o三吉 。 仇 討 ﹄ ﹃大 柏 縁 色幕 ﹄ や つこ筆 助 ・赤 根 半 七 。 ﹃. ﹃東 海 道 恋 関 札 ﹄ ﹃訳能 金 持 性 ﹄甚 左 衛 門 ・与 八 ・清 十郎 。 そ し て顔 見 世 から若 太 夫 芝 居 に移 って ﹃三拾 石臆 始 ﹄ ﹃歳 豊 寿 正 月 ﹄ 神 道 源 八 ・瓜 長 屋権 九郎 ・花 作 四季作 。. 、 二 の替 り若太 夫芝 居 で ﹃け いせ い 花 発 船 ﹄ ﹃ 十八歳︶ 一 一 廓船 諷﹄ あ ま こ一 房丸 ・多 ゝ津新 三郎 。  三 の替 文 政 四年 ︵. 契情 廓 源氏 ﹄ ﹃ 伊 勢 音 頭恋 寝 刃﹄ 物 ぐ さ 太 同 座 で ﹃越 前 三国 夫 婦 塚﹄ ﹃亀 山咄﹄ 玉矢 真 平 。 次 は 月 は 不明 で同 座 ﹃. 夕 涼 口舌 東 海 道 七 里渡 ﹄ ﹃ 郎 ・金 魚 屋 金 八 ・福 岡 み つぎ 。 この年 後 半 は 竹 田芝 居 に 移 ったら しく、竹 田 の番 付 で ﹃. 献 立﹄ は ん にや市 兵 衛 ・近 藤 志 津 馬。 こ の年 三月 刊 の見 立 番 付 ﹃軟″鵬 役者 金 銭 相 場位 附 ﹄ の ﹁中 芝 居﹂の部 に ﹁中. 右 のね う ちなれ 共当 時 花 か たゆ へ千 メから のねう ちあ る 村 鶴 助 八 百廿 メ/ 百村 百 太 郎 八百 五十 メ﹂ と 二人 を並 べ ﹁. な り﹂ と 記 し て いる。鶴 助 よ り高値 が つけ られ て いる のが 注 目 さ れ る。 な お、 こ の 二人 よ り上 位 に置 かれ て いる役. 郷弊 員 輔 役 者 は、 千 メの三枡 光 五郎 ・谷 村 楯 八 o三枡 大 五郎 、 九 百 メの榊 山 四郎 太郎 の四人 であ る。 ま た 八月 刊 ﹃ 者 かく し芸 鑑 ﹄ は、 例 えば.

(12) (38) 百 村 百 太 郎. 静 い 御 醜滋 賛れ神ん嵐 橘三郎 紐徹 償 りは. のよう に忠 臣 蔵 の文 句 と役 者 の趣 味 と を記 し て いる。 百 太 郎 は、 ゝ し ヵ 郎  発句 へ炉じ勁性 百村 百 太  歌 右 衛 門 ・仁 左 衛 門 ・三津 五郎 ら 斧 々た る 大 芝 居 役 者 に ま じ っ と あ る。 全 部 で 四十 人 の役 者 が あ が って いるが 、 て、 中 ゥ芝 居 役 者 は、 百 太 郎 の ほ か は江 戸 出 演 中 の嵐 徳 三郎 だ け であ る。. C が伝 え る竹 浪速叢書第一 一 十九歳︶ 二月 に、 百 太 郎 は喧 嘩 で 一悶 着 あ った。 ﹃摂 陽 奇観﹄ 巻之 四十 八 ︵ 文 政 五年 ︵一 田芝 居 の楽 屋 で の事 件 であ る。. 二月   百 村 百 太郎 長 町 弐 丁 目鏡 屋 にて鏡 を買 候 所   直 段 弐 百文 の間違 にて彼 是有 之   竹 田芝 居 楽 屋 へ右 鏡代 の. にも 相 叶 不申 様 二相 見 え 双方 も め合候 へ共   誤 り証 文 にて無 難 に相済候 由. 不足 弐 百 文 を取 に参 候 而 亦 々 口論 二相 成 り  百 太郎 楽 屋 の 三階 よ り鏡屋 の息 子 を蹴 落 し候 所   舌 を喰 切 り養 生. 。 画像 から も う かが え る血気 盛 ん で店 癖 そ う な こ の人 ら し い事 件 であ る。 こ の年 は これ 以後 大 西 に移 った ら し い い. 伽 羅 先 代 萩 ﹄ ﹃傾城 反魂 姉 妹 達 大礎﹄ ﹃ 恋 深 川 ﹄ ま ち江蔵 人 o奴 佐 五平 o出村 新 兵 衛 。 ﹃ ず れ も 月 は 不 明 であ る。 ﹃. 香 ﹄ 浮 世 渡 平 o才 原 かげ ゆ ・てき 之 介 o奴 鹿 介 。 ﹃忠 孝 誉 二街 ﹄ ﹃渡 始 錦帯橋 ﹄修 行 者 合 邦 本 名 早 川 源 三郎 。 一式 内. 桂 川連 理柵 ﹄ 奴 つま平 o地 蔵 五平 次 oなま た 蔵 介 ・奴 文 字 介 。 そ し て 同 座 で十 一月 かと 思 わ れ る ﹃増 補 薄 雪語 ﹄ ﹃. れ のと ら 。 な お こ の年 は多 く の絵 が 管 見 に入 って いる。 よ し国 画 の松 江蔵人 。千可 国 画 の奴 佐 五平 。 北 松 画 の志 賀. 谷 五郎 ・尾 上芙 雀 と奴 左 五平 ・百村 百太郎 。 よ し国 画 のか ん津 坊 ・大 谷友 次と浮 世 と 平 ・百村 百 太 郎 。 同 じく よ し. 国 画 の奴 妻 平 。 な お ﹁大新 板 当 り 狂 言姿 ﹂ と題 す る有 楽斎 画 の 一枚 は、画面 を九 つに区 切 って九 人 の人 気 役 者 の大. 首 を画 いて いる。 三世中 村 歌 右 衛 門 ・初 世 市 川 蝦 十 郎 o五世 市 川 団 蔵 o浅 尾 勇治 郎 ・中 村 三光 ・四世 嵐 小 六 の六人. は大 芝 居 役 者 であ るが 、 三人 の中 ゥ芝 居 役 者 が 加 え られ て いる。 才 原 かげ ゆ の百村 百 太 郎 o矢 田平 の 江戸 嵐 徳 三郎.

(13) 。 ・玉も のま への初 世 中 村 鶴 助 。中 ゥ芝 居 の隆 盛 を よく 物 語 ってく れ る絵 であ る. 名筆 傾 城 鑑 ﹄ あ づ ま の権 六 ・真柴 三十歳︶も ひき 続 き 大 西芝居 で、 月 は不明 だ が ﹃け いせ い花絵 合﹄ ﹃ 文 政 六年 ︵. 。 有 職 鎌 倉 山﹄ ﹃八重 霞 浪 花 浜 荻 ﹄ 大 工与 五作 ・□ はし勇介 ・舟 こし十 右 衛 門 こ の勇 介 久 つぐ ・い のく ま 門 兵 衛 、 ﹃. 、 を 画 いたと 思 わ れ る北 松 画 の大 首 絵 が 記 録 され て いる 。 黒 田源 次氏 著 ﹃上方絵 一覧 ﹄ に 勇助   百村 百 太 郎 半身大顔    春 頂斎 北松 画     住 吉. 。 と あ る のが そ れ だ が 、 こ の唯 一の百太郎 の大首 絵 を見 る機 会 にまだ 恵 まれ て いな い こ の年 に関 し て は以 上 の資 料. 。 の ほ か何 も 管 見 に入 って いな い。 そ し て次 は七月 に四枚 の死 絵 が 版 行 され るわけ であ る 他 に は年 代 未 詳 の 二枚 の 。. 絵 が あ る。春 頂 の画 く和 田雷 八と 同 じ絵師 が北 松 と改 名 後 に画 く 茂 兵 衛と であ る. 、 こ の中 ウ芝 居随 一の人 気 役 者 、 大芝 居 と同 列 に扱 わ れ た巨 星 の三十年 の短 い生 涯 は よう やく こ の程 度 おぼ ろに 。 、 わ か って いるだ け であ る。 し か し道頓 堀 を席拾 し た十 年 の彗 星 の如 き 鮮烈 さ は 十 分 に感 じ と る こと が でき る 百 。. 井筒 一斎﹂ の項参照。 ﹃日本古典文学大辞典第 一巻﹄古井戸秀夫氏執筆 ﹁. 村 百太郎 の名 は、 天保 初 年 に中 山 来 太郎 が ついだ が 、 初 代 ほど の活 躍 はな か った 注. ︹ 付 記 ︺ 外 題 ・役 名 など は番 付 面 に見 え て いるまま の表 記 と し た。. 歌舞 伎新報﹄所載 の記事 によ る。 尾上多 見蔵﹂ の項。﹃ 近世 日本演劇史﹄第十九章 ﹁ 伊原敏郎著 ﹃. (2)(1). 進 平 松. (39).

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