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「英語授業学」研究の課題 : 英語「授業研究」と比較して

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「英語授業学」研究の課題

―英語「授業研究」と比較して―

鈴木政浩

キーワード

「英語授業学」研究,英語「授業研究」,「優れた授業」

はじめに

日本において,児童・生徒・学生(以下学習者)の学力形成が社会問題として取り上げられ るようになって久しい。公教育において,教科目における学力形成は主として授業を通じてな されるべきであろう。そのためには,学習者の学習動機を高め,学びの楽しさへ誘うための 「優れた授業」づくりが必要となる。学習者の学力形成を促進するために,このような授業とは どのようなものであるのかを明らかにする取組が重要となっていると思われる。これが本稿の 立脚点である。高等教育機関における英語教育において,「英語授業学」という領域の研究が始 まっているが,これもより「優れた授業」づくりを考える社会的要請から生じていると考えら れ,今後その体系化が期待される。しかし,「英語授業学」研究は,明治期に始まり戦後急速に 発展した英語「授業研究」との区別が明確でなく,時に混同される傾向がある。したがって「英 語授業学」研究の重要性がはっきりと理解されていないという問題があり,この違いを明確に することが「優れた授業」づくりの指針を明確にすることになると考えた。 このように日本の英語教育において重要な役割を担うべき「英語授業学」研究であるが,そ の具体的内容や研究方法は十分整理されたものとなっていないのが現状である。そこで本稿 は,次の3点を目的とする (1)1980年代前半以降の,「英語授業学」研究の経緯を検証する。 (2)「英語授業学」研究と英語「授業研究」における目的と役割の違いを明確にする。 (3)(1)(2)を受け,「英語授業学」研究の課題を考察する。 なお,「英語授業学」研究については,筆者は「授業者」「学習者」という用語を使用するが, 先行研究等に言及する際は,そこで使用している用語(「教師」「生徒」等)をそのまま使用する ものとする。また,「英語授業学」研究は,英語授業が存在する小学校から大学までを本来網羅 するものと考えられるが,本稿では中学校の領域を想定して論を進めることとする。

1.

「英語授業学」研究の経緯

 英語授業に関する分析や研究は,高等教育に限定されるものではない。すでに戦後早い時

(2)

期から,小・中・高では授業研究の取組が進んでいた。高等教育における「英語授業学」研究 は,これら授業研究の経緯とも関わりがあるが,高等教育における英語教育がかかえる独自の 問題も存在する。そこで本章では,高等教育機関でなぜ「英語授業学」研究が取り上げられる に至ったのかを概観する。さらに小・中・高における授業研究の流れとの関係について言及す る。 1.1 「英語授業学」研究を生んだその社会的背景 高等教育機関において「英語授業学」研究が必要とされるようになった背景を,特に1980年 代後半以降の状況を取り上げながら,大学英語教育学会授業学研究委員会編著(2007:10 –13) および,山岸他(2010:226)が列挙している。主な点をまとめると次のようになろう。 (1) 児童・生徒の学習意欲や学力低下が深刻化していること(物質的な「豊かさ」から若者 の上昇志向や勉学志向が低下し,経済情勢の悪化からくる生活格差により引き起こされ る学力格差による)。 (2) 中・高の英語教育の分野においては,学習指導要領改訂により,授業時間数や学習内容 が削減されたこと。 (3) 少子化の影響により,大学全入の時代を目前に控えていること。そのため,受験を経ず して大学に入学することのできる生徒が増えており,多様な入学者を受け入れざるを得 なくなっていること。 (4) 研究の成果を教授したり,一般教養としての語学教育をこなしたりすること以上に,コ ミュニケーション能力の育成や「使える英語」の指導が高等教育の英語授業にも求めら れるようになったこと。 こうした社会的背景から,中・高で身に付けた基礎学力を前提として高等教育で授業を進め ることが想定できなくなっている。「使える英語」と言えば,「聞く・話す」などの音声による コミュニケーションを指すことが多い。しかし,英語基礎学力が十分形成されていない学習者 にとって,音声によるコミュニケーションに取り組むことは難しく,単語レベルの会話,もし くはダイアログの暗記程度になりがちである。高等教育において,音声を中心とした活動領域 は,これまで重視されなかったこともあり,指導に長けていない教員も存在する。近年は教員 採用の際,模擬授業を課すことも増えてきたが,大学の教員は,論文等業績審査を中心に採用 されることが多いため,授業の得手不得手は問題とされて来なかった。しかし「大学教員も資 格制度必要」(朝日新聞 2010/8/11)という意見を待つまでもなく,大学教員に対し授業づくり に関する知見や技量を求める声や動きがあったことは確かである。 1.2 「英語授業学」研究の流れ このように,高等教育機関で授業づくりに関する知見や技量が求められるにともない,英語 教育の分野で提唱されたのが「英語授業学」である。「英語授業学」という用語を取り上げた書 籍や学会の活動などは,1980年代前半に始まっている。その経過について,山岸他(2010)を もとに,表1にまとめる。 このように,「英語授業学」研究はすでに具体的な形でスタートしていることは確かである。

(3)

しかし,「英語授業学」とはどのような学問領域なのかという点については,いまだ厳密な概念 規定がないのが実状であると思われる。表 2 をその根拠の 1 つとして挙げることができよう。 「授業学」という用語を取り上げた関連書籍は複数ある。しかし,「英語授業学」「英語科授業学」 「英語教育人間学」「英語授業実践学」等,内容としては重なりのある領域とも思われるが,さま ざまな用語が存在するのである。しかも,その用語に関して,明確かつ一貫した定義が与えら れていない。山岸他(2010: 230)は,「高等教育における英語授業学研究」について論じながら も,「英語授業学」について明確な定義を与えているとは考えにくい。 表 1 高等教育における「英語授業学」研究の経緯 年 著作等 概要 1983年 若林(1983:186–187) 現場の感覚とかけはなれた海外の教授法理論に対して「徹底 的に具体的な,教室的な,授業的なもの」をまとめる「授業学 的アプローチ」の必要性を強調した(中・高の教育現場の視 点から)。 1984年 若林他共編(1984) 指導技術を論として確立する試みについて提案をした(中・ 高の教育現場の視点から)。 1990年 若林俊輔教授還暦記念論文 集編集委員会編(1990) 1991年 松畑(1991) 英語教育学の全体像に「英語授業学」という領域を位置づけ た。 2001年 『「英語教育の推進につい て」の検討素案』(2001) 英語による基礎的なコミュニケーション能力育成を重視し,総合的な英語運用能力を効果的に指導できる教師の役割につ いて提言した。 2004年 「田辺メモ:大学英語教育 の在り方を考える」(報告) FD研修に授業学研究を取り入れる必要性を強調した。 大学英語教育学会授業学研 究委員会発足 高等教育における全国規模の「英語授業学」研究プロジェクトが正式に発足した。 2007年 大学英語教育学会授業学研 究委員会編著(2007) 大学における107の授業実践事例を集め,分析と解説を加え,今後あるべき大学教員の資質等について方向性を示唆した。 2010年 大学英語教育学会第二次授 業学研究委員会発足 学力低下という実態に対応するリメディアル教育を「英語授業学」研究の立場から追及しようとするプロジェクトが発足 した。 山岸他編著(2010) コミュニケーション重視の授業やコミュニカティブ・アプロ ーチを「英語授業学」研究の視点から再検討しようとした。 表 2 「英語授業学」に関連する用語の多様性 使用されている用語 文献 英語授業学 若林(1983); 若林他共編(1984); 松畑(1991); 大学英語教育学会授業学研究委員会編著(2007); 山岸他(2010); 山岸他編(2010) 英語科授業学 江利川他(1997) 英語教育人間学 松畑(2003) 英語授業実践学 記念論文編集委員会編(2007)

(4)

また,松畑(1991)は,「授業学」という用語を使用して論を展開しながらも,途中から「広 義の授業研究」と置き換え,それ以降「授業研究」として論を進めている(松畑 1991:36)。表1 にある若林(1983)および若林他共編(1984)にしても,「英語授業学」という用語を使用しな がらも,その内容は中・高の教育現場における授業研究で得られた知見を体系化しようとする 試みとなっている。主として中・高の教育現場で発展してきた授業研究を,学問体系へと発展 させようとしたことから「英語授業学」という用語を使用したものと推測できる。 1.3 英語「授業研究」について それでは「英語授業学」という概念を生み出した授業研究とはどのようなものなのだろう か。 授業研究とは,戦後直後の混乱期に,児童・生徒の人格形成や学力保障をするために,小・ 中・高の教員を中心に発展した授業実践分析の取組である。その萌芽は明治期にあり,第二次 世界大戦に至るファシズム教育で一時衰退したものの,戦後の教育運動の中で急速に発展した ものである。その主な内容は,授業の準備を経て授業を実施し,その後授業の観察・省察・分 析に取り組むというサイクルを通じて,授業の質を高めようとする取組であると言える。 高等教育におけるいわゆる講義は,1回1回完結するのが一般的である。これに対して小・ 中・高の授業者は,主だった授業を振り返り,授業実践をまとめて集団的な討論にかけ,相互 に分析をし合って来たのである。こうした活動を,戦後学校教職員は自主的に組織し,校内研 修や教科会などで繰り広げてきた。個々の学校の取組は,さまざまな教育研究集会での交流へ とうねりのように発展し,こうした中で授業技量を高めてきたという経過がある(山岸他 2010:227)。英語「授業研究」は,英語という教科における授業研究として位置づけられよう。 ここで注意しておきたいのは表 1 にある「英語授業学」研究の経緯である。この表にある 1990年までの流れは,実は中・高における英語授業を主に対象としたものであり,1991年以降 は,高等教育機関を対象としているということである。高等教育機関における授業は,授業研 究の歴史を十分ふまえているとは言えないことから,ますます「英語授業学」研究の概念や授 業研究との違いを曖昧にしてしまうという側面もあったのではないだろうか。 以上先行研究等を概観し,「英語授業学」研究の概念規定が曖昧であり,かつ「授業研究」と の区別が明確でないという点について整理した。確かに「英語授業学」研究は,「授業研究」か ら派生したと言える。もし両者が同一であるとすれば「授業学」研究という用語そのものを排 して,授業研究という用語に統一すべきところであろう。しかし,これまでの先行研究を分析 すると,「英語授業学」研究と授業研究は,異なる役割を担っていると考えられる。他方「授業 研究」は長い歴史を持っているが,「優れた授業」とは何かを,はっきりと定義しているとは言 いがたい。授業研究で蓄積された財産を発展させる可能性を「英語授業学」研究が担う可能性 がある。「英語授業学」研究および英語「授業研究」の内容や目的を明確にすることが,そのた めの第一歩となろう。

(5)

表 3 「授業研究」の概要 (1) 現状分析(学習者や学習者を取り巻く実態の分析) (授業計画) (2) 教材分析と教材研究 (3) 授業案の作成 (4) 授業実施と観察 (授業実践) (5) 省察とその集団的検討を通じた分析 (授業評価)

2.

「英語授業学」研究および英語「授業研究」の内容と目的

現在「英語授業学」研究と英語「授業研究」を明確に区別した文献はないことは前節で述べ た。したがって,両者の区別を明確に整理することが必要となる。 区別を明確にすることで,それぞれの果たすべき役割がはっきりすると考えるからである。 本章では,前章で取り上げた先行研究をもとに,「英語授業学」研究と英語「授業研究」の内容 と目的をまとめてみたい。 2.1 英語「授業研究」の内容と目的 山岸他(2010:228)にある授業研究の概要を表3にまとめる。 (5)の授業評価は,それで完結するものではない。授業分析で得た知見は,次の授業計画へ と引き継がれ,あらたな授業づくりに活かされるのである。この一連のプロセスを示したのが 図1である。 英語「授業研究」とは,学習者分析と教材分析を通じて授業の計画を立て,それに基づいて 授業実践をしたものを,授業者同士が分析し合うことをその主な内容としていると考えられ る。その目的は,授業者個々が,より「優れた授業」を創造するための知恵や技量の共有であ る。 2.2 「英語授業学」研究の内容と目的  「授業研究」は過去に膨大な成果の蓄積がある。しかし,これらの蓄積は授業者の知恵や指 導技量として,個々の授業者の中に蓄積されることが多い。そのため「達人の授業」というこ とばはあるが,どのようにすれば達人になれるのかという道筋は明らかではない。また,どう いう授業者を達人と呼ぶべきかについての定義も定かではない。ここで参考になるのが,松畑 (1991:7;21–24)である。ここでは「英語授業学」研究の目的として次の2点を挙げている。     図1 授業研究の流れ

(6)

(1) 名人芸の共有財産化 (2) 今までの授業実践や授業研究の成果を授業者・学習者・教材の相互作用という視点から体系 化することを基盤にしながら,理想的な観点からの望ましい授業創造の学 これと関連しているのが,大学英語教育学会授業学研究委員会編著(2007)である。 「(略)英語授業を実践事例に基づいて分析・考察したものである。大学の英語授業を概観し,主 要な問題を取り上げて解説している点において,『大学英語授業学』の概論書・入門書としての性 格をも備えるものであるともいえる」「外国語教育は,複眼思考や国際的視野の涵養など,学生の 人格形成にも資するべきものである」「実践事例の分析にはじまり,授業改善の方向,優れた授業 の条件についての考察を経て,最後に,『大学英語教員12 ヶ条』を挙げて,本書全体をまとめる構 成となっている」(前掲書: 1–2)(下線部,筆者)。 上記2つの先行研究が言わんとするところは,これまで英語「授業研究」は個々の授業につ いて「こういう点で,こういうところがよい」という主観的な分析となっており,授業を通じ た知恵の共有が,研修会や研究会等のごく限られた範囲で行われていということではないだろ うか。「優れた授業」とは何かという問いに対して明確な回答を得ることができなかったり,諸 説が入り乱れたりする想定してみれば容易にわかることである。授業づくりの知恵や指導技量 を限られた範囲で共有するのではなく,整理・体系化することが必要であると述べていると考 えられる。これが「英語授業学」研究の課題となろう。 このように考えると,「英語授業学」研究の内容は,英語「授業研究」で得た知恵や指導技量 の掘り起こしと,整理・体系化である。その目的は「優れた授業」に明確な指針を与えること である。「英語授業学」研究の積み重ねが「英語授業学」の体系を成すこととなるが,その内容 は「優れた授業」の指針を構築するということになろう。  以上述べた,英語「授業研究」のサイクルと,「英語授業学」研究および授業学の内容を示 示したのが図2である。 図2 「英語授業学」研究と英語「授業研究」の関係

(7)

3.

「英語授業学」研究の今日的課題-「優れた授業」の指針構築と体系化のために

松畑(1991: 23)の定義によれば,「英語授業学」の網羅する領域は,授業原論・授業本質論・ 授業構成論・授業実践論・授業評価論という5の項目があり,しかもそれぞれの項目に下位項 目が存在する。このように広範な領域をすべてカバーすることは,多数の研究者をしても膨大 な年月がかかることが予想される。したがって,「英語授業学」研究を進めるにあたり,研究の 土台をなす部分を絞り込む必要があろう。その意味で,本稿の最後に「英語授業学」研究に関 する今後の課題を4点示しておきたい。 (1)「優れた授業」の指針づくり (2)「英語授業学」研究の視点(授業を構成する3要素) (3)「英語授業学」研究の対象 (4)「英語授業学」研究の発展過程 3.1 「英語授業学」研究における「優れた授業」の指針づくり 「優れた授業」の指針に当たるものは,前掲書(293 –295)にみられる。「優れた授業の条件」 がそれにあたるが,ここで示された指針は,「実用性,バランス,教員の資質,楽しい,適切な レベル,話す・聞く力を高める」というものである。これらはアンケート調査から抽出された ものであり,どのような基準で妥当なのか検証は済んでいない。前掲書(318 –319)には,95 名の大学教員による「70字で表す〈理想とする授業〉」の一覧がある。これらも個人的な見解を 集めたものであるが,記述の中から「優れた授業」の要素を抽出し,指針をまとめあげること が可能かもしれない。すなわち,「優れた授業」の指針をまとめあげ,それが妥当なのかを検証 することが「英語授業学」研究の当面の課題になると考えられる。 3.2 「英語授業学」研究の視点(授業を構成する 3 要素) 図3は,松畑(1991)が示す英語教育学の構造を示したものである。前掲書は,「英語授業学」 は,他の関連諸分野と異なり,英語教育学の中で独自の位置づけを持つものであるとしている。 こうした独自の位置づけに加え,生徒・教師・教材・環境という,授業を構成する4つの要素 がどのようにつながっているかを考えながら授業を構成することが重要であるとしている。こ れらのつながりについて前掲書は詳細に言及していないが,授業研究で行われていることから 類推すると,図3にある「教師(授業者)-学習者」は,授業者の学習者に対する実態把握を, 「教師(授業者)-教材」は教材解釈と教材研究をそれぞれ指しているように思われる。この中 で「環境」については,クラスサイズや教室環境等が含まれるものと推測できる。ただし公教 育(公立中学・高校)では,環境については授業者の主体的力量で変えることができるもの(教 材・教具の拡充等)とできないもの(クラスサイズの変更や)が想定できるため,当面は研究の 視点から取り除き,「授業者-学習者-教材」の3つの要素を当面取り上げることになろう。

(8)

図 3 英語教育学における「英語授業学」の位置づけ(松畑, 1991:12) ところで,本稿では,「英語授業学」と英語「授業研究」の関係についてまとめて来たが,図 3の「英語授業学」の構造図には,図2に示した内容が含まれていない。そこで,英語「授業研 究」の流れに,「授業者-学習者-教材」の3要素を組み込んだ構造図を以下提案したい。図2 にある授業研究の流れは,授業計画・授業実践・授業評価のそれぞれにおいて,3つの要素の 関わり方が異なる。たとえば,授業計画の段階では教材研究や授業案の作成等が中心となる。 当然その段階で学習者の把握をすることになるが,あくまで予想・推測の上に把握を行うこと になる。授業計画の段階では,「授業者-教材」は直接関わっているが,学習者とは間接的な関 わりとなる。また,この段階で「学習者-教材」の間に関わりはない。教材の内容から,授業 者は学習者に学ばせたいことを汲み取りあるいは不十分点を補いながら授業案を作成する。ま た授業者は,教材内容に応じて学習者にどのような働きかけを行うかを想定するという関係に なる。そういう意味で,矢印は「教材→授業者」「授業者→学習者」となろう。この関係は図4 のように示すことができる(実線は直接的関わり,点線は間接的関わり)。 授業実践の段階で初めて3つの要素は直接的関わりを持つことになる。授業者は教材を提示 し,授業を進めることで教材を通じて学習者に働きかける(「授業者→教材」「教材→学習者」)。 また,授業中のやりとりを通じ授業者と学習者は双方向の関わりを持つ(図5)。 授業評価の段階では,授業中教材が学習者に与えた影響を学習者の感想等から振り返ったり (「教材→学習者→授業者」)その他授業内容全般を通じて学習者が感じたこと,考えたことを 振り返りながら授業評価を行うことになる。その結果,取り扱った教材の内容について再検討 を行う(図6)。 鈴木(2010:240)では,図3を改定したおおまかな構造図を提案したが,図4から図6までを

(9)

図4 授業計画段階における3 要素の関わり

図 5 授業実践段階における3 要素の関わり

図 6 授業評価段階における3 要素の関わり

(10)

考慮に入れ,さらに改定した構造図を図7に示す。 前章では,「英語授業学」研究の内容は,英語「授業研究」で得た知恵や指導技量の掘り起こ しと,整理・体系化であり,その目的は,「優れた授業」に明確な指針を与えることであるとし た。これに授業を構成する3要素を考慮に入れるとすれば,「優れた授業」の指針づくりのため には,学習者の実態把握の指針や,教材解釈や教材研究の指針を掘り起こし体系化するという ことが,研究の基礎的な視点になると言える。また,図4から図6に示す英語「授業研究」それ ぞれの段階において,3要素がどのような関係をなすのか,その相互関係が持つ内容分析する ことが具体的な内容になると考えられる。 3.2 「英語授業学」研究の対象 「英語授業学」研究で取り上げる領域は,英語という教科学習が存在する,小学校・中学・高 校・大学となろう。今後研究を進める上で,そのうちの1つに対象を絞るのか複数を取り上げ るのかが問題となる。小学校に英語教育が導入されてまだ日が浅く,十分な環境が整っていな いことや,大学や高校では取り上げる教科書を中心とした教材も多岐にわたる。そういう点で は,中学校では限られた数の教科書しかないため,まず分析対象を中学校としておき,そこで 得られた分析結果を小学校・高校・大学にも適用するなどの配慮が必要かもしれない。 3.2 「英語授業学」研究の発展段階 「英語授業学」研究は膨大なものになることが予想されるため,十分に見通しを立てる必要 があろう。そこで,ここまで述べてきた内容を「英語授業学」研究の発展過程として表4にまと めてみる。

おわりに

本稿執筆の目的は次の3点であった。 (1)1980年代前半以降の,「英語授業学」研究の経緯を検証する。 (2)「英語授業学」研究と英語「授業研究」における目的と役割の違いを明確にする。 (3)(1)(2)を受け,「英語授業学」研究の課題を考察する。 目的(1)については,1980年代以降の英語教育を取り巻く状況から,「英語授業学」研究が 表 8 「英語授業学」研究の発展過程 段 階 内 容 第1段階 授業とは何かを考える。さらに「優れた授業」とはどのようなものを指すのか,その指針を探る(学習者把握の視点,教材分析の視点,指導技術等)。 第2段階 「優れた授業」づくりの指針体系化にあたり,「授業学」研究の3要素(授業者-学習者-教材)がどのようにつながっているのかを考察する。 第3段階 他教科と比較した「英語授業学」の特質を分析する。 第4段階 原論・本質論,目的・目標論,英語学力論,英語教材論と3要素との関わりを分析する。 第5段階 授業原論・授業本質論・授業構成論・授業実践論・授業評価論を含め,「英語授業学」の体系を構築する。

(11)

どのような流れで進んだのかを考察した(第1章)。また,「英語授業学」研究が,中高における 戦後英語「授業研究」から派生したものであり,両者の区別が明確に示されていない点に考察 を加えた。目的(2)については,英語「授業研究」が「授業計画-授業実践-授業評価」のサイ クルを積み重ね,次の授業実践につなげる一連のプロセスであり,「英語授業学」研究は,英語 「授業研究」のサイクルの中から「優れた授業」のエッセンスを抽出することであると結論付け た(第2章)。目的(3)に関しては,「優れた授業」のエッセンス抽出は,「学習者-授業者-教 材」とその相互作用を中心になされるものであること。「英語授業学」研究はこうしたエッセン スの抽出により「優れた授業」とは何かという問いに,明確な視点を与えることをその主たる 目的とするという提案を行った(第3章)。これが本稿の提起する「英語授業学」研究の課題で ある。 今後,研究の方向は「英語授業学」研究とその構築となる。本来教科目全般にまたがる「授業 学」研究にもとづき,「英語授業学」研究を進めることが必要となろう。そのためには,他教科 と英語という教科の目的・目標の違い等を分析し,英語授業の特質を明確にすることが課題と なる。それにもとづき,英語教育における「英語授業学」研究の視点がより明確になると考え られる。授業研究の分野では,過去に「優れた授業」とされる授業実践事例報告が無数に存在 する。関連書籍や実践報告集などをもとに,「優れた授業」の特質を掘り起こし,整理し,その 指針を明確にする形で,「英語授業学」研究を進めていきたいと考える。

引用文献

大学英語教育学会授業学研究委員会(編著)(2007)『高等教育における英語授業の研究 ― 授業実践事 例を中心に』東京:松柏社. 江利川春雄他(1997)『英語科授業学の今日的課題 青木庸効教授退官記念論文集』東京:金星堂. 記念論文編集委員会(編)(2007)『斎藤榮二先生御退職記念論文集 英語授業実践学の展開』東京:三 省堂. 松畑煕一(1991)『英語授業学の展開』東京:大修館書店. ―――(2003)『英語教育人間学の展開―英語教育と国際理解教育の接点を求めて』東京:開隆堂出版. 鈴木政浩(2010)「英語授業学の視点と大学英語教育への適用」大学英語教育学会監修 山岸信義他 (編)『英語教育学大系第11巻 英語授業デザイン 学習空間づくりの教授法と実践』(pp. 238– 247)東京:大修館書店. 若林俊輔(1983)『これからの英語教師―英語授業学的アプローチによる30章』東京:大修館書店. 若林俊輔教授還暦記念論文集編集委員会編(1991)『英語授業学の視点 若林俊輔教授還暦記念論文集』 東京:三省堂. 若林俊輔・森永誠・青木庸效 共編(1984)『英語授業学[指導技術論]』東京:三省堂. 山岸信義・高橋貞雄・鈴木政浩(2010)「英語授業デザイン」 森住衛他(編)『大学英語教育学会監修 英 語教育学大系第1巻 大学英語教育学 その方向性と諸分野』,pp. 226 –238,東京:大修館書店. 山岸信義・高橋貞雄・鈴木政浩編(2010)『大学英語教育学会監修 英語教育学大系第11巻 英語授業デ ザイン学習空間づくりの教授法と実践』 東京:大修館書店.

図 3 英語教育学における「英語授業学」の位置づけ(松畑, 1991:12) ところで,本稿では,「英語授業学」と英語「授業研究」の関係についてまとめて来たが,図 3 の「英語授業学」の構造図には,図 2 に示した内容が含まれていない。そこで,英語「授業研 究」の流れに,「授業者-学習者-教材」の 3要素を組み込んだ構造図を以下提案したい。図 2 にある授業研究の流れは,授業計画・授業実践・授業評価のそれぞれにおいて,3 つの要素の 関わり方が異なる。たとえば,授業計画の段階では教材研究や授業案の作成等が中
図 4 授業計画段階における3 要素の関わり

参照

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