Dyeing of Various Fibers by the Vine
勢 田 二 郎
Jiro SETA
1.緒 言 植物などの天然材料を使用した染色については、古来より多くの報告があり1)、その成果は染色文 化として伝えられてきた。最近、この天然染料による染色が、自然な色調への憧れ、合成染料を使用 しないことによる環境への優しさ、および低い毒性、抗アレルギー性および脱臭性など、いくつかの 複合的要因から見直されている2)。しかしながら、その染色系の複雑さのため、報告の多くは適用材 料と繊維の組み合わせおよび色相や堅牢度の結果である。 葡萄の果実による染色については、絹や毛に良く染まることは知られているが、染色物の耐光性が 極めて弱いために実用に適さず、あまり検討されていない。また、葡萄の葉による染色も良く染まる という記載3)はあるが、その詳細はほとんど知られていない。山梨県においては、葡萄栽培が盛んで あり、葡萄の果実は生食やワインへの加工用として多量に消費されているが、筆者の知る範囲におい て葡萄に関する染色についての検討はなされていない。 植物による染色は、藍などの古来より使用されてきた特定色素をもつものを除き、一般には、植物 に含まれるタンニン成分と媒染剤(金属塩)によるものとされている。尚、タンニンという表現は、 最近あまり使われていないようであり、ポリフェノールやカテキン類と呼ばれている。茶成分として のカテキン類はタンニンの一種である。従来、植物タンニンによる染色についての学術的検討は、単 離されているカテキン類(カテキン、エピカテキン、・・・・)を用いた染色に関する報告は見当た らない。 本研究では、山梨県で栽培されているワイン醸造用葡萄を使用し、その果実および葉による染色の 可能性を検討し、工業染色に応用する場合における基礎的知見を得ることを目的とする。葡萄の果実 は生食やワインへの加工用として消費されるが、葡萄の葉は果実の摘み取り後不要となる。この廃棄 される葉が染色材料として利用できれば、特徴ある地場産業として貢献できる可能性がある。 2.実 験 2.1 試料 試料として使用した葡萄は、山梨大学工学部付属ワイン科学研究センター育種試験地において、 2006年10月12日採取した4種(甲州、ベリー A、カベルネソービニヨンおよびヤマソービニヨン)の 葡萄果実および葉である。採取後ただちにポリエチレン袋に密封し、常温で1日保存後、翌14日、果 実については同量の蒸留水を、葉については倍量の蒸留水を用い、煮沸30分抽出を行い、150メッシュ 金網でろ過後、ろ液を冷凍保存し、染色実験に使用した。尚、抽出前に1日保存したことに特別の意 図はなく、冷凍保存液は1年後においても特に変化は認められなかった。 染色に用いた繊維は、染色堅牢度試験用マルチファイバー(ポリエステル、絹、アクリル、レーヨ ン、毛、アセテート、ビニロン、ナイロンおよび綿の9種の経糸とポリエステル緯糸から構成された 布)とシルク(ジョーゼット 90㎝幅 田中直染料店)およびウール(綾薄手 112㎝幅 田中直染料店) 布である。染色堅牢度試験用マルチファイバーは市販品をそのまま、シルクとウール布は、定法4)により、洗浄後染色試験に用いた。 2.2 染色
抽出液による染色は、SHAKING WATER BATH(SWB-25, アズワン㈱)により95rpm 攪拌下、抽出原 液に酢酸4% owfを加え、浴比1:100、80 ℃ 60minの条件でおこなった。終了後は布を取り出し、軽く 脱水後水洗せず媒染をおこなった。媒染は、4種の金属塩(CaCl2・2H2O, FeCl2・4H2O,(CH3COO)2Cu・
H2OおよびK2Al2(SO4)4・24H2O)2%水溶液を用い、浴比1:100、80 ℃ 60minの条件でおこない、水
道水洗浄後風乾した。 3 結 果 3.1 果実による染色 図1は、結果の1例として、4種の葡萄果実によるアルミ媒染染色物の結果である。以下の染色結 果における図はすべてCanoScan 9950Fスキャナーを用いて染色布を300dpiにて取り込んだものであ る。甲州種を除き、所謂“葡萄色”に絹、毛、ビニロンおよびナイロンが染色されている。他の繊維 も薄く着色されているが、汚染程度であり染色性が良いとは言えない。これらは、果皮に多く含まれ るとされるカチオン性色素(malvidine配糖体など5))がタンパク系繊維に吸着されたものと考えられ る。ビニロンはその製法上重合開始剤などのアニオン性末端基に吸着されたものであろう。甲州につ いては、葡萄色の色素はなく、図1のような褐色であった。これは、甲州果実の有するポリフェノー ルがAlと錯体を形成し、褐色が得られたものであろう。尚、他種の繊維が汚染されているのは、染色 と媒染の間に洗浄を省いたことによるものと思われる。 図2は、同じく銅媒染の結果である。アルミ媒染と比較して、全般に濃くなっているが、葡萄色の 特徴が減少していることがわかる。葡萄果実をワイン醸造や生食以外に使用するには、コストを考慮 すれば、相当の特徴を持たなければ成立しないと考えられるので、以下では、比較的によく染色され、 染色物の価値が高いと推察される絹および毛について同様に染色した。結果を図3に示した。図3の 縦軸は媒染金属を示している。 図3および図1∼2に見られるように、甲州は葡萄色ではなく褐色系であり、媒染金属に依存し薄 茶色から濃褐色まで変化するが、色相としての特徴はなく、葡萄果実を使用する意味はないように思 われる。一方、ヤマソービニオンは山梨大学で独自に開発されたワイン醸造用葡萄であるが、ベリー Aやカベルネに比較し、絹および毛の染色布色濃度が薄く得られた。葡萄果実に含まれる色素の染色 ポリエステル 絹 アクリル レーヨン 毛 アセテート ビニロン ナイロン 綿 甲州 ベリーA カベルネ ヤマソービニオン 図1 4種の葡萄果実によるアルミ媒染染色結果
にかかわる検討を行っていないので、定量的な議論はできないが、染色性として日光堅牢度の検討を、 表1に示すように、ベリー Aとカベルネの2種についておこなった。 これらは、図3に見られるように、葡萄色として特徴ある染色布が得られたことによる。日光堅牢 度の試験は、公平性の確保および設備の都合から、山梨県富士工業技術センターに依頼した。 表1 から、葡萄の果実による絹や毛の染色については、良く染まるが、染色物の耐光性が極めて低いため に実用に適さないという従来の結論が確認される。しかしながら、ベリー Aとカルベネの種にかかわ らず、絹および毛のいずれにおいても銅媒染物は3-4級を維持しているので、市販酸性ミーリング染 料の堅牢度範囲にあり、耐光性は弱いが実用できる範囲内である。したがって、果実による染色にお いては銅媒染により使用できるが、葡萄果実を染色に使用するよりも生食や醸造用の方が付加価値は 高いと想像され、染色にかかわる更なる検討はしなかった。 ポリエステル 絹 アクリル レーヨン 毛 アセテート ビニロン ナイロン 綿 甲州 ベリーA カベルネ ヤマソービニオン 図2 4種の葡萄果実による銅媒染染色結果 甲州 ベリーA カベルネ ヤマソービニオン 甲州 ベリーA カベルネ ヤマソービニオン Al Fe Cu Ca silk wool 008図版03 図3 葡萄果実による絹および毛の媒染染色結果
表1 葡萄果実染色布の耐光染色堅牢度 布 葡萄 媒染金属 変退色(級) 布 葡萄 媒染金属 変退色(級) 絹 ベリー A Al 1以下 毛 ベリー A Al 1以下 絹 ベリー A Fe 2-3 毛 ベリー A Fe 3 絹 ベリー A Cu 3-4 毛 ベリー A Cu 3-4 絹 ベリー A Ca 1以下 毛 ベリー A Ca 1以下 絹 カベルネ Al 1以下 毛 カベルネ Al 1以下 絹 カベルネ Fe 2-3 毛 カベルネ Fe 3 絹 カベルネ Cu 3-4 毛 カベルネ Cu 3-4 絹 カベルネ Ca 1以下 毛 カベルネ Ca 1以下 (試験方法 JIS L0843 キセノンアーク灯光法 A−1法) 3.2 葉による染色 緒言にも述べたように、葡萄の葉による染色も良く染まるという記載はあるが、その詳細はほとん ど知られていない。図4および図5は、前節と同様に、葉抽出物をそのまま用い、マルチファイバー を染色し、それぞれ、アルミおよび銅媒染した結果である。果実の場合と同様に、中間洗浄を省いた ため、汚染が見られるが、絹、毛、ビニロンおよびナイロンが比較的よく染色されている。色相は前 節の果実の場合と異なり、葡萄の種類にあまり依存せず、ポリフェノールと金属の錯塩によるものと 推定される。 そこで、醸造用だけでなく生食としても使用量の多い甲州種の葉による染色について検討した。図 6は、前節と同様の方法で行った媒染方法の比較と媒染金属の色相に及ぼす効果を示した。ただし、 未染着色素の表面吸着を防ぐため、中間には水道水による洗浄を実施した。 表1は、図6に示した甲州葡萄葉による媒染染色羊毛布を島津自記分光光度計(UV-3100-PC)によ り測色(780nm∼380nm、20nm毎)し、反射率から計算した3刺激値X,Y,ZおよびQtotal値6)の結果であ る。Qtotal値は色相が異なる染色物の色濃度を定量化するために日本化薬(株)により提案されたもの であり、視感とよく一致する。 ポリエステル 絹 アクリル レーヨン 毛 アセテート ビニロン ナイロン 綿 甲州 ベリーA カベルネ ヤマソービニオン 図4 4種の葡萄葉によるアルミ媒染染色結果
表2 甲州葡萄葉染色布の測色値と耐光堅牢度 媒染時期 媒染金属 X Y Z Qtotal値 変退色(級) Al 11.1 10.7 4.2 27.0 1以下 後 Fe 2.0 2.1 2.1 78.8 3-4 Cu 2.2 2.0 1.8 84.8 3-4 Ca 8.0 7.5 3.9 30.2 3 Al 11.3 10.6 4.4 26.1 ─ 先 Fe 6.2 5.9 2.9 41.9 ─ Cu 6.8 6.5 2.3 48.5 ─ Ca 10.5 9.9 4.6 25.3 ─ ポリエステル 絹 アクリル レーヨン 毛 アセテート ビニロン ナイロン 綿 甲州 ベリーA カベルネ ヤマソービニオン 図5 4種の葡萄葉による銅媒染染色結果 後媒染 先媒染 Al Fe Cu Ca 図6 甲州葡萄葉による羊毛布の媒染染色結果
先ず、図6から後媒染と先媒染の差は、同じ金属で比較してAlとCaは明確ではないが、Feと Cuで は明確に後媒染が濃厚に染色されている。これはQtotal値として比較した図7に明らかである。後媒染 の方が先媒染より濃いという結果は、先媒染の場合には中間の水洗により金属塩または金属イオンの 脱落が大きく、繊維中への残存率が低く、ポリフェノールとの錯体の形成量が少ないと推定した。 表2の右列に、耐光性を前節と同様に、山梨県富士工業技術センターに依頼した結果を示した。 Alを除き、CuやFe媒染染色布は実用的であることがわかる。予備的な試験では、耐光堅牢度以外の洗 濯や摩擦堅牢度も良好であり、実用性があると判断した。また、その色濃度は、果実染色物より濃く、 いわゆるよく染まる領域である。加えて、葡萄の葉は、果実収穫後には特別の用途はなく、不要物と して扱われるだけである。今後の更なる研究を続ける必要がある。 謝辞 葡萄果実および葉を提供いただいた山梨大学工学部付属ワイン科学研究センターならびに守屋 正憲氏に深く感謝申し上げる。また、実験の一部に協力いただいた当研究室卒業生 石田智子氏に感 謝する。 文献 1)例えば、G.W.Taylor ; 2EV0ROG#OL.,16,53-61(1986) 2)例えば、Y.H.Lee ; *!PPL0OLYM3CI. Vol.103,251-257(2007) 3)山崎青樹:草木染染料植物図鑑(1987)美術出版社 4)塩見 昭:繊維製品消費科学誌,31,48-56(1990) 5)林 孝三:増訂 植物色素(1991)養賢堂 6)日本化薬:”COMSEK MANUAL”,(1980) 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 Qtotal 値 Al Fe Cu Ca 媒染剤 先媒染 後媒染 図7 甲州葡萄葉染色における媒染方法の影響