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総合地域研究所 平成29年度「共同研究」報告 医療と地域社会・産業界・行政の連携による街づくりの可能性と課題に関する研究

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総 合 地 域 研 究 第 8 号   2 0 1 7 年 8 月 135 1 はじめに 平成 27 年度から始めた本共同研究は、医療保険の破綻により衰退へ向かう日本の医療の 改革を主張し1)、東京都八王子市、宮城県東松島市、カンボジア・プノンペンでの医療施 設経営を実践している北原茂実・医療法人社団 KNI 理事長に学び、あるべき医療の実現へ の道筋を描こうとするものである。 初年度報告では、①医療の高度化と高齢化による医療費の増大と、人口減少によって生 産年齢人口一人当たりの医療費負担は 2030 年に 2010 年の 1.5 倍に達すると推計され、現行 医療保険制度は破綻に向かっていること、②予防医療を対象としない保険制度など、現行 の医療行政は、国民の健康より医療産業の売り上げ確保を優先させている面があること、 ③フィンランド衛生局の実験2)が示唆する通り、医療行為が必ずしも健康に有効とは限ら ないことを示し、さらに「医療は、いかに良く生き、良く死ぬかをプロデュースする総合 生活産業」と再定義して実践する北原氏が目指す医療の概略を紹介した。 昨年度報告では、医療改革を実現するための異業種協働組織として北原氏が設立した一 般社団法人・医療みらい創生機構の参加報告、筆者の自宅地域の社会福祉協議会での北原 氏の講演と八王子の医療施設見学の概要、北原氏、亀田隆明・亀田総合病院理事長、伊藤 真美・花の谷クリニック院長/安房医療ねっと世話人を招いて開催した、千葉県 COC +共 同シンポジウムの概要を報告した。 本報告では、北原氏が提唱する未来型医療の概念、その具体化事例を紹介し、医療と社 会の改革の方向を展望する。 [総合地域研究所 平成29年度「共同研究」報告]

医療と地域社会・産業界・行政の連携による

街づくりの可能性と課題に関する研究

研究代表者:

藪 内 正 樹

(敬愛大学経済学部教授) 指導・協力:

北 原 茂 実

(医療法人社団 KNI 理事長) 協   力:

(一般社団法人)

医療みらい創生機構

表 1 医療の発展段階 Stage 1〈主に新興国の医療〉 ・国民へ医療の公平な提供(医療保険制度=人口増、経済発展で維持可能) ・地産地消型医療体制の構築(人材育成、医薬品・資機材の国産化) Stage 2〈主に先進国の医療〉 ・アウトバウンド型=医療の輸出産業化 Stage 3〈未来型の医療〉 ・医療本体の合理化(真に有効で必要不可欠な医療に限定) ・重厚長大型医療からの脱却(高額医療機器、医薬品への依存から脱却) ・総合生活産業としての医療の確立(病気にならないまちづくり)

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総 合 地 域 研 究 136 2 医療の発展段階と未来型医療 北原氏は、経済発展に応じた医療体制の発展段階を、未来のあるべき医療も含めて次の ように区分している。 Stage 1 医療は、教育と並んで最も基本的な社会インフラである。国民に医療を公平に 提供するため、公的な医療保険制度が必要である。医療保険制度は、人口増加と経済 発展によって維持可能である。 また、新興国では、限られた外貨を有効に使って経済発展を図るためには、人材育 成、医薬品・医療資機材供給などを極力国内でまかなうこと、いわば地産地消型医療 体制の構築が必要である。 ベトナムやカンボジアなどの新興国では、近年の経済発展に伴って富裕層が形成さ れている。ところが、国内の医療体制が未確立なため、富裕層はバンコクやシンガポ ールなどの富裕層向け病院を利用している。カンボジアでは、年間 50 万人が医療目的 で出国しているという。これでは Stage 1 の医療が構築できず、国民の納税意欲を削ぎ、 社会・経済の発展が阻害される。日本でもインバウンド型医療に関心が高まっている が、新興国の発展にはマイナスであることに留意すべきである。 Stage 2 先進国では、医療の高度化に伴って医薬品や医療機器の開発費が高騰し、高齢 化ととともに医療費を増大させ、医療保険制度の維持が困難となる。この問題は、医 療の輸出産業化によって緩和できるが、先進諸国が輸出を増やし続けると、やがて輸 出市場が飽和して壁にぶつかる。 日本は、製造業を中心に目覚しい経済発展を遂げたが、医療は輸出産業化しておら ず、先進国でありながら Stage1 に止まっている。毎年、多額の医薬品、医療機器を輸 入しており、医薬品は 2 兆円以上、医療機器は 5,000 億円弱の輸入超過となっている。 日本以外の主要先進国をみると、医薬品では、米国、カナダ、フィンランド、スペ インが輸入超過、スイス、ドイツ、アイルランド、フランス、ベルギー、デンマーク、 オランダ、シンガポール、イスラエル、英国、オーストリア、スウェーデンが輸出超 過、イタリアは年によって赤字だったり黒字だったりしている。医療機器では、フラ ンス、英国、イタリアが輸入超過、米国、ドイツ、オランダ、ベルギー、アイルラン ド、スイスは輸出超過である。 Stage 3 世界人口が飽和する未来においては、世界全体が少子高齢化、医療費の高騰・ 負担増に直面する。これを回避するためには、医療の根本的変革が必要となる。その 具体的方策は、①真に有効で必要不可欠な医療への合理化、②高額な医薬品、医療機 器に依存する重厚長大型医療からの脱却、③医療の「いかによく生き、よく死ぬかを プロデュースする総合生活産業」への再定義、地域社会全体による病気にならないま ちづくり、である。 3 現代医療の問題点 前節で Stage 3 の実現方法として述べた 3 点について、現代医療の問題点については本節 で論じ、未来型医療を目指す具体的実践例については次節で述べる。 「医療本体の合理化」と「重厚長大型医療からの脱却」は、医療費高騰という問題を改善

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共 同 研 究 医 療 と 地 域 社 会 ・ 産 業 界 ・ 行 政 の 連 携 に よ る 街 づ く り の 可 能 性 と 課 題 に 関 す る 研 究 137 するための方策である。医療費高騰は、医療の高度化、医師誘発需要、高齢化の 3 つの要 因によってもたらされる。 (1) 高齢化による医療費増加 75 歳以上の一人当たり医療費は、最も低い 14 ∼ 44 歳の 8 倍以上であり、今の日本の医療 費増加の最大の要因は高齢化である3)「健康寿命」という言葉が定着しているが、高齢者 の医療・介護を論じる以上に、高齢者の健康保持が重要である。この点で、「ブルーゾーン」 と呼ばれる、90 歳以上の現役で健康な人が特に多い地域に関する研究が重要である4)。何 が健康長寿をもたらしたかを研究した結果、共通する要因は、適度な運動、腹八分目、植 物性食品中心の食生活以上に、人間関係が重要なことが分かった。つまり、家族中心の生 活、高齢者を大切にする家庭や地域、近所や仕事上の仲間との緊密な人間関係などである。 生きがいを保ち、ストレスを解消する機会を持つ生活が何よりも重要なのである。 (2) 医師誘発需要(業界誘発需要) 「医師誘発需要」は医療経済学の用語で、医師と患者間の情報非対称性から生じる問題で ある。医師が「この治療法は効果がある」と言うことによって、患者の需要が誘導される ことを指す。さらに医療保険の給付対象となれば、医師は容易に需要を増やすことができ る。 正確には、医師ではなく医療業界全体が需要を誘発していると言うべきである。典型的 な事例としては、正常または「目標とすべき」血圧が、1960 年代から順次引き下げられ、 その度に血圧降下剤の売り上げが大きく増大してきたことがある。合理的に思考すれば、 正常血圧は個人によって異なり、血管の劣化リスクがあれば低めに抑え、そのリスクが少 なければ人為的に血圧を下げることは免疫力低下などの弊害が多いと考えるべきである。 しかし現状は、130/85 を上回ると一律に血圧降下剤を処方されることが多い。日本高血圧 学会が主導してきた正常血圧値に対し、2014 年、日本人間ドック学会は、「健康と判定さ れた受診者の平均血圧は 148/95 であり、これを基準とすべきである」と発表している。高 血圧学会は血管リスクの専門家が中心であり、人間ドック学会は全身のバランスを基準に 論じていると言えよう。正常(基準)血圧をどの値にするか、今は両論並立の状態である。 増大する国民医療費を削減するため、スウェーデンで研究開発された予防歯科の手法は、 欧米先進国で普及し、日本でも一部の歯科医が取り入れ始めた。しかし、医療保険は予防 メンテナンスにも適用されるか否かの照会を受けた厚生労働省は、2015 年 1 月、「医師が虫 歯や歯周病と認めない限り、予防メンテナンスは保険対象外」と正式決定した。80 歳過ぎ の約半数が総義歯である国は、先進国では日本だけである。残存歯数が 4 本以下の人は他 の病気も増え、歯科以外の医療費は 20 本以上ある人の 1.4 ∼ 1.6 倍に達している5)。コンビ ニより多いと言われる歯科医の業界は、歯を削ったり、充填や抜歯を繰り返すことによっ て売り上げを確保しているのである。 (3) 医学の進歩 予防医療は今度の方向性として極めて重要だが、「フィンランド症候群」6)のことも考慮 しなければならない。予防的介入が却って死亡率を高めた原因は、追加実験がされていな いので不明だが、薬剤が逆効果だった可能性、検診や生活指導がストレスを高めて病気を 誘発した可能性などが論じられている。 予防医療にせよ、病気治療にせよ、医学の進歩によってさらに解明すべき課題が多いと

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総 合 地 域 研 究 138 いうことである。ただし、医学研究を進める際、真に有効な医療、費用対効果、予防か治 療かなど、研究の方向性について十分な検証や社会的コンセンサスが必要である。 例えば延命治療は、医学の進歩より、人間観に関する社会的コンセンサスの課題である。 欧米では、延命治療は人間の尊厳に反するとして行われなくなった。寿命の長さより QOL (Quality of Life)を重視し、人間の尊厳に関する議論の結果、社会的コンセンサスが形成さ れたのである。延命治療が行われないので、寝たきり老人はいない。日本も社会的に議論 を行い、少なくとも、元気なうちに延命治療を希望するか否かを表明しておくべきだと思 う。 欧米では、自分で食べられなくなると生命力が尽きたとみなし、胃ろうは行わない。胃 ろうは、回復後の状況が良い場合もあるが、単に延命のためなら見直す必要があろう。 (4) 重厚長大型医療からの脱却 医療の高度化は、高度医療機器や新薬開発の費用が莫大となり、医療費高騰をもたらす。 重厚長大型医療からの脱却とは、高度医療機器に依存しない代替医療を増やすことである。 日本の重厚長大型医療は、米国と並んで問題が際立つ。CT、MRI の人口当たり保有台数 を比較すると、日本は突出して多い。しかし、人口当たりの撮影枚数では、日本は 4 ∼ 6 位である。他国では、初診や一般医療はクリニック、専門医療は大病院と役割分担され、 CT や MRI は大病院しか導入しないのに対し、日本ではクリニックでも導入するからであ る。 人口 1,000 人当たり(2015 年)で比べると、日本は医師数では 2.4 人と、ドイツ 4.1 人、ス ウェーデン 4.2 人、フランス 3.4 人、英国 2.8 人と比べて少ないが、病床数では 13.2 床と、 ドイツ 8.1 床、スウェーデン 2.4 床、英国 2.6 床、フランス 6.1 床と比べて突出して多い。平 均在院日数も 29.1 日と、ドイツ 9 日、スウェーデン 5.9 日、英国 7 日などと比べて、突出し て長くなっている。 また、一人当たりの医薬品支出額(2014 年)は、米国 1,081 ドル、スイス 986 ドルに次い で日本は 3 位の 803 ドルであり、ドイツ 747 ドル、スウェーデン 507 ドル、フランス 649 ド CT、MRIの人口当たり保有台数(2014年) 表 2 医療機器の保有率 CT 1 2 3 4 5 1 2 3 4 5 日 本 オーストラリア 米 国 デンマーク 韓 国 107 56 41 38 37 25 OECD加盟国平均 (台/百万人) MRI 日 本 米 国 韓 国 イタリア ギリシャ 52 38 26 25 24 14 OECD加盟国平均 (台/百万人) CT、MRIの人口当たり撮影枚数(2014年) CT 1 2 3 4 5 6 1 2 3 4 5 エストニア 米 国 ルクセンブルク フランス アイスランド 日 本 583 255 208 188 180 176 25 OECD加盟国平均 (枚/千人) MRI トルコ ドイツ 米 国 日 本 フランス 133 114 107 98 96 14 OECD加盟国平均 (枚/千人) (出所) OECD。

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共 同 研 究 医 療 と 地 域 社 会 ・ 産 業 界 ・ 行 政 の 連 携 に よ る 街 づ く り の 可 能 性 と 課 題 に 関 す る 研 究 139 ル、英国 469 ドルに比べて多い。 国際比較で見る限り、日本の医療は医師数だけは少ないが、物質的には多く費やされ、 医療費がかさんでいると言えよう。 4 未来型医療の構想と事例 北原氏は、医療を「いかに良く生き、良く死ぬかをプロデュースする総合生活産業」と 再定義し、病院だけでなく、まち全体で健康を増進し、病気を癒す社会を作ろうと提唱し ている。前節(1)で触れた「ブルーゾーン」は、正に病気にならないまちである。健康長 寿をもたらすのは病院ではなく、生きがいを保持し、ストレスを解消する生活習慣と人と のつながりである。そのような社会は地方圏では回復しやすいが、大都市圏では難しい。 大都市圏では、家族も地域も人間関係が希薄化し、高齢者は健康不安と孤独を癒すため に病院に通いがちとなる。その際、一旦、医者との信頼関係が築かれると、あらゆること について相談しようとする。これに対して否定的な対応をするのではなく、ストレス軽減、 楽しみ、癒し、健康増進につながることは全て取り込んでいこうというのが未来型医療の 発想である。IoT を駆使して病院のセキュリティと効率を追求し、自然と触れ合う農園、 牧場、温泉、レストランを作り、病院を止むを得ず行く場所から、自然に人が集まる場所 に変えていく。次に、病院を核に買い物代行や家電修理、ペットの世話から遺言相談まで、 あらゆる生活シーンに病院とまち全体のサービスネットワークで対応する、トータルライ フサポートシステムというのが「総合生活産業」の構想である。以下に、未来型医療の実 践例を紹介する。 (1) 東松島市の震災復興事業 宮城県東松島市は、仙台市の北東 40km、松島町と石巻市の間に位置し、南は松島湾を臨 む。人口は約 4 万人。自然に恵まれ、降雪の少ない、東北では比較的温暖な地域である。 東日本大震災では、市街地の 65%が水没し、1,100 名が命を落とした。市は、津波で壊滅 した野 の 蒜 びる ・東 とう 名 な 地区の復興に当たり、高台移転によって 400 戸、1,400 人の新市街地を造成 することを決定。単なる復旧ではなく、新たな地域の創生である「環境未来都市構想」を 掲げた。地域資源である自然を活用し、経済、社会と結合させるアイデアを募集し、実行 に取り組んでいる。現在実施されているプロジェクトから、以下に 3 例を紹介する。 ① 北原ライフサポートクリニック東松島=医療をツールとしたまちづくり 医療法人社団 KNI(北原氏運営)は、2012 年 4 月から経済産業省の東北復興委託事業とし て「医療を中核とした総合生活産業の 構築推進事業」を開始。ライフケアカ レッジ、高齢者・障害者の就労・社会 参加を支援する「はたらくらぶ」、訪 問・集団リハビリテーション、看護師 による訪問健康相談などを実施、仮設 住宅地に外来診療と介護保険事業を行 う北原ライフサポートクリニックを開 設した。また、復興庁「新しい東北先 導モデル事業」として、地域資源(自 写真1 北原ライフサポートクリニック東松島

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総 合 地 域 研 究 140 然)を活用した健康プログラム・ウォーキングイベントを開始。これは、後述の美馬森ヴ ィレッジと共同で、親子や高齢者が馬と一緒に地域内を歩き、高齢者から馬と共に暮らし ていた昔の話や地域の歴史を聞くイベントである。 北原ライフサポートクリニック東松島は、仮設住宅に隣接して設置された、恐らく日本 で一番小さなクリニックである。現在、既に高台の新市街地に用地を確保し、2018 年春に 新たなトータルライフサポートセンターを着工する。新施設は、医療、介護、教育・文化、 コミュニティ(多世代交流の場)、その他(観光等)の複合施設で、表 2 の 5 ゾーンを持つ構 想となっている。 診療機能を必要最小限としたのは、40km 離れた仙台市内の病院と役割分担する考えであ る。復興が進んだとしても東松島は過疎地であり、大きな病院には経済合理性がない。新 施設は、医療の機能を必要最小限としたうえで、介護、健康、教育・文化、多世代交流、 宿泊などの複合機能によって人を集め、過疎化の流れを反転させようと目論んでいる。 また、経営効率化のため、常勤の専門職は医師、看護師、検査技師、ケアマネージャー、 リハビリスタッフが各 1 名の計 5 名のみ、その他は非常勤の非専門職で運営するという。 ② 復興の森 野蒜地区に 2 校あった小学校は、宮野森小学校に統合され、2017 年 1 月、高台の新市街 地に地元の木材を使った新校舎が開校した。その北側の山林では、環境活動家の C ・ W ・ ニコル氏のアファンの森財団が中心となって「復興の森」が整備されている。長野県を拠 点とするニコル氏は、東松島市の「環境未来都市構想」に共感し、小学生や地域住民が、 地域資源の森に学び、生きる力を蘇らせる「森の学校」を建設中である。 ③ 美馬森(みまもり)ヴィレッジ 八丸健・由紀子夫妻は、「馬」と「森」をキーワードに、癒しと体験学習の機会を提供す る牧場を盛岡で運営していた。東日本 大震災の後、親交のある C ・ W ・ニコ ル氏を通じて東松島市と交流。「環境 未来都市構想」に共鳴し、観光体験、 地域活性化、子どものライフスキル向 上、メンタルヘルスのための美馬森ヴ ィレッジを提案、採択された。ボラン ティアを集め、森の中に牧場、人と馬 の散策路、広場を整備する作業を人と 馬の力で実行中。2017 年には本拠を盛 表 3 トータルライフサポートセンターの機能 ゾーン 1)メディカルゾーン 〈有床診療所〉(必要最小限の急性期治療)  ICU、診察室、処置室、検査室、MRI or CT室、レントゲン室、リハビリ室、個室 設 備 〈機能〉 2)ケアゾーン 〈小規模多機能居宅介護施設〉ダイニングキッチン、浴室、ショートステイ用個室(9室) 3)ホテル&ライフゾーン 〈宿泊施設〉VIPルーム、シングルルーム 〈有料老人ホーム〉将来対応を検討 4)コミュニティゾーン カフェ&ライブラリー、スパ&岩盤浴、フィットネス、ミニシアター(集会所を兼ねる)、 多目的室 5)ガーデンゾーン メディカルガーデン(花園、農園、牧場)&ロード、駐車場 写真2 美馬森ヴィレッッジの牧場

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共 同 研 究 医 療 と 地 域 社 会 ・ 産 業 界 ・ 行 政 の 連 携 に よ る 街 づ く り の 可 能 性 と 課 題 に 関 す る 研 究 141 岡から東松島へ移した。 (2) 北原リハビリテーション病院 2017 年 12 月、八王子市左入町の城 跡にある北原リハビリテーション病院 の敷地に、新棟が完成した。新棟は NEC との共同開発によりデジタルホス ピタル= AI、IoT の全面活用を実現し ようとしている。急性期病院では難し いが、慢性期、回復期では可能な、い わば自動運転の病院を目指すという。 AI、IoT の活用分野としては、診断・治療支援、患者・家族への情報提供、生産性向上 (治療計画、予後予測と追跡)、患者管制、セキュリティシステム、患者サービス向上、療養 環境制御がある。 医療スタッフのヘッドセットを通じて AI から患者情報が提供され、患者への対応はマイ クを通じて AI に記録されるシステムを開発中である。これにより看護師の習熟度による医 療サービスの質の差異はなくなり、時間を取られていたシフト交代時の引き継ぎが不要と なる。また、AI によるリハビリ支援システムも開発する。 患者管制の一環として、事故や退院遅延の原因となる患者の幻覚妄想、感情不安定、混 乱などの不穏行動を、時計型センサーで体温、心拍などをモニターし AI で予兆検知するシ ステムがある。NEC との共同研究では、人によって違う不穏行動の特徴を機械学習し、平 均して 40 分前に 71%の精度で検知した7)。セキュリティシステムは、顔認証によって登録 者のみに入口が開閉するシステムが検討されている。 新棟の横には、1,500m の地下から掘り出した天然温泉を使った温泉棟が建ち、リハビリ 中の患者でも入りやすい底の浅い湯船や、家族風呂が備えられている。入浴介護が必要な 患者には新棟内に入浴施設があるが、自分で入浴できる患者は、家族も含めて、ゆっくり 温泉を楽しむことができ、エステやマッサージも受けられる。 新棟はヨーロッパの城郭風の建築だが、中央に配されたパティオ(中庭)や屋内には多 くの植物が置かれている。4 層の各階は、それぞれ内装のコンセプトが異なり、牧場や農 場と同じ平面にある 1 階のテーマは「草原」、2 階は「林」、3 階は「森」、4 階は「宇宙」で ある。温泉棟も、森のコテージや森林浴をモチーフにしている。 新棟の周囲には、果樹園、ワイナリー、牧場、農場が作られ、作業療法やメンタルヘル スなどに活用するとともに、新棟内のレストラン、外販へも供給される。患者は基本的に 1 階レストランで食事し、食べたい時に食べたいものを食べることができる。カフェもあ り、新棟前には高知県北川村に作られたものと同じ「モネの庭」も作られる。 患者が部屋を一歩出ると、そこは街であり、生活の全てがリハビリテーションとなる。 北原氏によれば、患者は、①結果が良いこと、②時間が短いこと、③気持ちが良いこと を求め、医療者は、① 患者の安全確保、② 労働環境改善を求めるという。その全てを、 IoT と自然を極限まで取り入れた新しい施設で実現するという構想である。北原氏はこの 施設を、「ヒーリングファシリティ」と呼んでいる。 トータルライフサポートシステムの構築には、広範な分野の企業や NPO などによる協働 写真3 北原リハビリテーション病院 新棟の外観

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が必要である。従来リハビリテーション病院として使用していた旧棟は、こうした協働の ためのインキュベーションセンターおよびホテルにする予定である。 (3) デジタルリビングウィル リビングウィルとは遺言と終末期医療の希望を表明することだが、デジタルリビングウ ィルは、基本医療情報や生活情報、様々な医療処置に対する承諾や遺言に至るまで、全て の個人情報を AI に蓄積する会員制システムである。個人情報のデータベースには、音声認 証によって本人しかアクセスできない。また、万一の場合に用立てるため、加入時に一定 の金額を預託する。北原氏のアイデアに基づいて、NEC が共同開発している。 超高齢社会が進むと、人事不省に陥った独居高齢者が搬送された場合、病院側は、医療 履歴や希望する治療、誰が医療費を負担するか、亡くなった場合の引き取りなどに関する 情報がない場合、対応に苦慮することになる。「脳卒中で倒れたら手術を受けたいか」、「延 命治療を受けたいか」など「会員の意思」を登録しておけば、人事不省に陥っても「会員 の意思」に沿った形で迅速で適確な治療、医療サービスを受ける事が可能となる。 また、会員の登録情報を基に、医療・介護から買い物代行、家電や家の修理、ペットの 世話、葬儀の希望、遺言作成代行など、トータルライフサポートを提供することも可能と なる。 さらに、AI に継続的にアクセスする会員の生活情報や音声から、NEC のビッグデータ解 析用のインバリアント分析や東京大学医学部の音声病態分析8)によって、未病リスクを解 析し、生活習慣や検診のアドバイスを行う研究も行われている。 (4) カンボジアとベトナムへの医療輸出 先進国でありながら Stage 1 に留まる日本の医療を、輸出産業化すべきとの主張を実践す るため、北原氏は、カンボジア、ベトナム、ラオスでの事業を始めている。 日本では医療法人の海外事業や収益事業を禁止しているため、医療法人社団 KNI は、 NPO 日本医療開発機構と(株)Kitahara Medical Strategies International を設立、その名義で 海外事業や貿易を行っている。2013 年、株式会社を使って日揮(株)、(株)産業革新機構と 合弁会社を設立し、2016 年 10 月、JICA の融資を得てカンボジアの首都プノンペンに Sunrise Japan Hospital を開院。2017 年 6 月には、日本の ODA で 2018 年完成予定のベトナ ム国立第 2 ベトドク病院のリハビリテーションセンターを、指定管理委託者として運営す ることが決まっている。ベトナムでは、さらに医療系大学の設立に協力することも協議さ れている。 カンボジアは、1970 年代後半に毛沢東主義のポル・ポト政権が知識人を虐殺し、生き残 った医師が 46 人と、医療の再建が極めて難しい状況にあった。そのため、外国の医療機関 の進出に対しては一切の規制がなかった。さらに ASEAN 経済統合による 2015 年からの医 療統合によって、カンボジアで医療の認可を得れば、域内での横展開が可能となる利点も あった。 医療の輸出産業化と言っても、現状の日本式医療は、IT 化、効率化、セキュリティの面 で遅れており、大型の高額医療機器が主流の重厚長大型のため、新興国には適合しない。 そこで、現地に入り込み、適合する日本の技術やノウハウを活用しながら、教育システム、 IT システム、建築、食の流通など、医療に関わる全てのものをその国に適切な形で再構築 し、公平な医療提供システムを持った地産地消型の医療を構築しようとするものである。 総 合 地 域 研 究 142

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未来型医療を目指して新しい試みに挑戦しようとした場合、規制の多い日本では壁にぶ つかることが多い。その点、規制の少ない新興国の方が早く実現することも多い。カンボ ジアやベトナムで開発した新しい医療システムやサービスが成功すれば、将来、日本に逆 輸入する事例も生まれるだろう。 こうしたリバースイノベーションの事例は、既に GE の心電図計で誕生している。イン ドで心電図計を販売しようとした GE が、大型で高額な機器では市場性がないため、小型 で安価なモデルを開発して成功した。すると、このモデルが先進国でも大いに売れたので ある。 インバウンド型医療輸出=富裕層のメディカルツーリズム誘致は、新興国の医療構築を 阻害するだけでなく、自国の優秀な医療人材を富裕層向け病院に集中させる歪みも生む。 一方、新興国の医療体制構築に貢献するアウトバウンド型医療輸出は、さまざまな医療や 周辺関連の用品を輸出する利益ばかりでなく、リバースイノベーションを生み、その逆輸 入によって自国の医療を改革する可能性をも秘めているのである。 カンボジアのプロジェクトは壊滅した医療体制の復興であり、簡単なことではないと思 われる。北原氏は、病院開設に先立って延べ 100 人の医療スタッフを八王子に受け入れ、 研修を行ってきた。その結果、開院 3 ヶ月後の 2017 年 1 月、カンボジア人スタッフによる、 カンボジアで初めての脳の開頭手術に成功した。その発展速度は驚くべきものがある。 ハノイの国立ベトドク病院では、廊下まで入院患者のベッドが溢れ、新しい患者を受け 入れるため、患者の状況を十分確認しないまま退院させるという混沌の中にある。また、 リハビリテーションの効果が認知されておらず、料金を取ることが難しかった。日本医療 開発機構として派遣した理学療法士が治療を進めていくと、効果が認識されて喜んで料金 を払ってもらえるようになったという。 新興国の医療の状況は混沌とした状態にあるが、さまざまな規制や利権に縛られた制約 がなく、向上心、学習力の高さは特筆すべきものがある。こうした環境の中だからこそ、 画期的なイノベーションが生まれる可能性が満ち溢れていると言えよう。 (5) 未来型医療の経営モデル 八王子、東松島の新施設は、温泉を掘り、農園、牧場、ホテルなどを備えた医療、介護、 教育・文化・娯楽、多世代交流の複合施設である。さらにデジタルリビングウィルのシス テムによって、施設外の全ての生活シーンの支援=トータルライフサポートシステムの中 核にもなる。温泉や農場、牧場などの投資を診療報酬だけで回収することはできない。そ こで、診療報酬、差額料金(差額ベッド代等)、自由診療からなる医療サービスの対価のほ か、医療以外のサービスの対価として徴収することで採算を取るのである。 そうした複合的事業を行うには、医療法人だけでは不可能である。そこで、北原氏が設 立した株式会社が施設を所有し、他の法人に施設を賃貸する。そして営利事業は株式会社、 対外交流は NPO、医療は医療法人が行うという経営モデルとなっている。 複数の機能を一つの施設で行えば、キッチン、レストラン、浴室、宿泊室などを共有す ることによって高効率をもたらす。また、スタッフの多能工化、情報共有によっても生産 性は向上するだろう。 現行の日本の医療保険は、平成 27 年度報告書で示した通り、少子高齢化による医療費高 騰と労働人口の減少によって破綻へ向かっている。早晩、給付対象の縮小などが避けられ 共 同 研 究 医 療 と 地 域 社 会 ・ 産 業 界 ・ 行 政 の 連 携 に よ る 街 づ く り の 可 能 性 と 課 題 に 関 す る 研 究 143

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ない。そうした近未来に予め対処するのが北原氏の取り組みである。病気になったら止む を得ず行く所という病院の概念を一変させ、医療と生活の全てを結びつけて、健康と癒し、 不安解消を得られる場所、自然に人の集まる場所を創ろうとしているのである。 5 おわりに 北原氏がカンボジアの病院建設のために調査を始めたのが 2008 年、医療の輸出産業化を 提起した著書の出版と東北被災地への支援を始めたのが 2011 年。その頃から、北原氏の実 践は加速している。北原氏は著書の中で、「日本の医療を改革しようとすると、反対意見も 多いだろう。だから、圧倒的な成功事例を作って見せるしかない」と述べている。そして、 改革の構想は、北原氏が自身の病院を八王子に設立した 1995 年から変わっていないと言う。 八王子、東松島、カンボジア、ベトナムでの実践は、有言実行そのものである。 本報告書は「共同研究」ではあるが、医療と社会の改革のビジョンについては、一方的 に北原氏の実践の後を追い、それを咀嚼し、その結果を報告する以外に方法がない。今後 も氏の後を追い続け、報告を続けたい。 (報告書作成:藪内) 1) 北原氏は 3 冊の著書で主張を述べている。『「病院」がトヨタを超える日 医療は日本を救う輸出産業になる』 2011/1/21 講談社、『病院が東北を救う日』2011/11/22 講談社、『あなたの仕事は「誰を」幸せにするか?―社 会を良くする唯一の方法は「ビジネス」である』2014/8/29 ダイヤモンド社。 2)「フィンランド症候群」として知られる。1974 年から 5 年間、心臓血管系にリスクを持つが発病していない約 1,200 人に対し半数の約 600 人には 4 カ月ごとに検診、指導、必要に応じた投薬を行い、他方には何もしなかった。 13 年後に死亡率を調査すると、前者の介入群の死亡率が心臓疾患で 2 倍、全要因率で 50%高かった。平成 27 年 度報告書 P. 5. 3) 平成 27 年度報告書 P. 2 厚生労働省「国民医療費」による。 4) 平成 27 年度報告書 P. 7 「ブルーゾーン」は、イタリアのサルディーニャ島、ギリシャのイカリア、コスタリ カのニコヤ半島、米国カリフォルニア州のロマリンダ、沖縄の 5 カ所である。 5) 平成 27 年度報告書 P. 6 ―7. 6) 注 2 と同じ。

7)「医療法人社団 KNI と NEC、AI を活用した医療・社会改革に向けた共創を開始」2017/10/23、NEC、http:// jpn.nec.com/press/201710/20171023_01.html 8)「スマホで話せば体調がわかる∼音声病態分析が開く未来の医療」日経 BizGate, 2016/2/22、http://bizgate. nikkei.co.jp/article/97791216.html 総 合 地 域 研 究 144 やぶうち・まさき Masaki Yabuuchi きたはら・しげみ Shigemi Kitahara

参照

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