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尋常中学校の校友会成立に関する検討課題と方法

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Academic year: 2021

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(1)尋常中学校の校友会成立 に関す る検討課題 と方法. 尋常 中学校 の校友会成立 に関す る検討課題 と方法. 冨. 岡. 勝*. は じめ に 校 友 会 は、 戦 前 の 高 等 教 育 機 関 や 中 等 教 育 機 関 にっ く られ た運 動 や文 化 活 動 な ど を お こな う 全 校 的 な 組 織 で あ り、 生 徒 ・職 員 ・卒 業 生 な ど を 会 員 と して っ く られ た。 尋 常 中 学 校 で は、 1886年 ご ろ よ り数 校 で校 友 会 が 設 立 され 、 や が て 多 くの 中学 校 で 校 友 会 が っ く られ る よ うに な って い った。 尋 常 中学 校 にお け る校 友 会 の 成 立 状 況 を 明 らか にす る こ と は、 現 在 の 中等 教 育 の教 科 外 活 動 に つ い て考 察 して い く うえ で も、 重 要 な 基 礎 作 業 で あ ろ う。 本 稿 は、 尋 常 中 学 校 の校 友 会 設 立 に関 す る主 要 な先 行 研 究 を 検 討 しな が ら、 「初 期 の校 友 会 の 分 析 」 「高 等 中 学 校 との 比 較 」 「文 部 省 訓 令 との 関係 」 な ど、 尋 常 中学 校 の 校 友 会 成 立 を め ぐる 研 究 課 題 を明 らか にす る と と もに、 そ れ らの課 題 を検 討 して い く方 法 に っ い て 示 す こ とを 目的 と して い る。 と こ ろで 、 校 友 会 は、 「校 友 会」 「学 友 会 」 「同 窓 会 」 等 の様 々 な名 称 で 呼 ばれ る だ け で な く、 活 動 内 容 や 組 織 形 態 も多 様 で あ る。 野 球 、 端 艇 、 柔 術 、 撃 剣 、 陸 上 運 動 大 会 な ど の運 動 面 の活 動 と、 演 説 ・討 論 や 雑 誌 発 行 な どの 文 化 面 活 動 と の両 方 が 行 わ れ た場 合 が あ れ ば、 運 動 面 あ る い は文 化 面 の 活 動 の み が 行 わ れ た 場 合 もあ る。 ま た、 規 約 に よ って 全 生 徒 ・職 員 の加 入 が 義 務 づ け られ た場 合 もあ れ ば 、 自由 加 入 制 で あ りな が らほぼ 全 員 が 加 入 して い た例 もあ る。 ま た卒 業 生 が会 員 に な って い る場 合 と、 そ うで はな い ケ ー ス もあ る。 本 論 文 で は、 こ の よ うな場 合 す べ て に っ い て、 「課 外 活 動 をお こな う全 校 的 組 織 で 、 少 な く と も生 徒 の大 多 数 が参 加 して い る」 と い う条 件 を満 た せ ば、 校 友 会 と して位 置 づ け て 分 析 の 対 象 と して い く。. 1先. 行 研 究 の検 討. 宮 坂 哲 文 に よ る課 外 活 動 史 研 究 まず、戦前 の課外活動 に関す る先駆的研究 をお こな った宮坂哲文 の研究 か ら見てい きたい。 *近 畿 大 学 教 職 教 育 部 E-mail:[email protected] 一35一.

(2) 近 畿大学 教育論叢. 第16巻 第2号(2005・3). 宮 坂 は、1880年 代 前 半 か ら中等 教 育 機 関 の生 徒 の間 で 自然 発 生 的 に生 ま れ て い た演 説 ・討 論 活 動 の存 在 を紹 介 した あ と、 明 治20年 代 す な わ ち1880年. 代 終 り ご ろか ら運 動 競 技 関 係 の 団 体 が. 登 場 して きた こ とが 校 友 会 設 立 の 契機 で あ る と して 、 次 の よ う に説 明 して い る。. か くて 、(明 治 、 引 用 者 注)二 十 年 代 に 入 る と、 これ らの 部 を 中心 と して 、 運 動 関 係 の 諸 部 が 各 学 校 に お い て ま す ま す盛 ん に行 わ れ るよ うに な った。 そ して一 校 内 に お い て 各 部 が 乱 立 し、 割 拠 す るよ うに な って きた た め、 そ れ らに組 織 と統 一 とを与 え る必 要 が 感 ぜ られ て き た。 この た め、 体 育 会 を単 独 に つ く る動 き も生 じた が、 さ らに運 動 諸 部 と学 芸 関係 の諸 部 と の運 営 上 の統 一 調 整 を はか る必 要 も生 じ、 両 者 の統 一 組 織 と して の校 友 会 を結 成 す る動 きが あ らわ れ て きた。 総 じて これ らの組 織 化 の動 きは、 運 動 部 のi張 を契 機 と して お きた もの と い うこ とが で きる1。. さ らに宮 坂 は、 運 動 部 が 順 調 に整 備 され た の に対 して、 演 説 ・討 論 活 動 は、 部 の設 置 が 大 幅 に遅 れ て い った と い う東 京 府 尋 常 中 学 の ケ ー スを 紹 介 し、 「運 動 部 の優 位 」 を 強 調 した。 校 友 会 の 設 立 経 緯 の 面 で も、 実 際 の 活 動 にお いて も、 校 友 会 設 立 当 初 か ら 「運 動 部 の優 位 」 が 見 ら れ た とす るの で あ る。 こ う した指 摘 を も と に宮 坂 は、 尋 常 中 学 校 の 校 友 会 の性 格 につ いて 次 の よ うに 述 べ て い る。. 中学 校 の 自治 活 動 の 発 達 史 は、 前 述 の 校 友 会 成 立 が は じま る時 期 す な わ ち明 治 二 十 年 代 の 初 頭 ま で遡 り う る。 しか し自治 団 体 と して の 当 時 の 校 友 会 は、 学 校 側 の 大 巾の 関 与 に な っ た もの で、 会長 以 下 の 役 員 も校長 以 下 の職 員 が 当 る とい う場 合 が 多 か った 。 教 員 また は学 校 当 局 が発 起 人 とな って い る場 合 も少 な くな い。 校 友 会 は 、 少 な く と も中学 校 で は生 徒 の 自発 的 活 動 と して で は な く、 高等 教 育 機 関 に お け る校 友 会 の模 倣 と して 、 な い しは 、学 生 間 の 任 意 の 自発 的 団 体 に代 る学 校 側 の発 意 に な る官 製 の 団体 と して成 立 して い る場 合 が しば しば 見 出 さ れ る2。. こ の よ う な 「高 等 教 育 機 関 に お け る校 友 会 の模 倣 」「学 校 側 の発 意 に な る官 製 の団 体 」 とい う 特 徴 は、 宮 坂 が 「中 等 学 校 の 校 友 会 と して 、 も っ と も早 く成 立 した」3事 例 と して と り あ げ た 東 京 府 尋 常 中 学 校 の成 立 事 情 に関 して は妥 当で あ るか も しれ な い。 しか し、 後 で述 べ る よ うに、 東 京 府 尋 常 中 学 校 よ り も早 く校 友 会 組 織 が 設 立 され た尋 常 中 学 校 が 少 な くと も6校 存 在 し、 多 一36一.

(3) 尋常中学校の校友会成立 に関す る検討課題 と方法 様 な成 立 事 情 が あ っ た こ と も考 え られ る。 例 え ば、 岡 山県 尋 常 中 学 校 で は、1886年 に、 「運 動 会 」「演 説 及 討 論 会 」 の両 方 を毎 月 開催 した 尚志 会 が 結 成 され 、 全 校 生 徒 ・教 職 員 が 加 入 して い る4。 以 上 の よ うな意 味 で、 宮 坂 の研 究 は、 戦 前 の 課 外 活動 史 に関 す る先 駆 的 な 研 究 で あ っ たが 、 尋 常 中 学 校 に お け る校 友 会 成 立 過 程 を 明 らか に す る とい う面 で は、 十 分 な 検 討 が な され た と は 言 い難 い。. 文部 省訓 令 の影響 に関す る川合 章 の指 摘 川 合 章 は、 滋 賀 県 立 第 一 尋 常 中 学 校(の. ち の彦 根 中学 校)の 事 例 を紹 介 し、 校 紀 取 締 に関 す. る文部 省 訓 令 が 校 友 会 設 立 に影 響 を与 え た点 に っ い て、 次 の よ うに指 摘 して い る。. 明治 中 期 か ら大 正 にか けて こ の種 の生 徒 組 織 は 〔中略 〕 彦 根 中学 校 の場 合 の よ うに、 文部 省 の訓 令(校 紀 取 締)に 触 発 され た と記 され て い る もと ころか らみ る と、 一 方 で は既 存 の ク ラ ブ的活 動 に何 らか の 統制 を 加 え る こ とが 必 要 と され 、 生 徒 組 織 と それ へ の指 導 を訓 育 の重 要 な場 面 と と らえ て い た 、 と い う こ とが で き よ う。 っ ま りお そ ら くは生 徒 側 か らす る、 自主 的 な諸 活 動 へ の 強 い要 求 が基 底 にあ り、 そ の 要 求 の阻 止 が す で に困 難 で あ る と い う状 況 の も とで、 ク ラ ブ的活 動 を組 織 づ け、 そ の指 導 を 一 元 化 す る こ とを 行 政 側 が ね らっ た の だ と み て よ い で あ ろ う5。. これ は、 重 要 な指 摘 で あ る。 明治 期 は、 校 友 会 自体 に関 す る法 令 は存 在 しな か っ たが 、 井 上 毅 文 政 期 の1893年. に は、 道 府 県 立 学 校 の 校 紀 取 締 に 関 す る文 部 省 訓 令 が 出 され て い る。 後 述. す る よ う に、 こ の1893年. の訓 令 は、 少 な く と も滋 賀 県 立 尋 常 中 学 校 の校 友 会 設 立 に関 して は. 大 き な影 響 を与 え た よ うで あ る。 とす れ ば、 この訓 令 が、 他 の尋 常 中学 校 に お け る校 友 会 設 立 に も影 響 を 与 え て い た可 能 性 にっ いて 検 討 す る課 題 が残 され て い る とい え るだ ろ う。. 鶴 岡 英 一 に よ る上 級 学 校 との 比 較 分 析 鶴 岡 英 一 は、 上 級 学 校 との 比 較 と い う視 点 か ら、 明 治 期 の中 学 校(高 等 中学 校 を の ぞ く)の 校 友 会 の 特 徴 を 次 の よ う に指 摘 した 。. 明 治 期 の 中 学 校 校 友 会 が 上 級 学 校 の そ れ と基 本 的 に異 な る の は、 校 友 会 の発 足 が 生 徒 の発 一37一.

(4) 近 畿 大学 教 育 論 叢. 第16巻. 第2号(2005・3). 意 に よ る も の で は な くて 、 学 校 側 に よ っ て 準 備 さ れ た 言 わ ば 上 か ら与 え られ た も の で あ っ た と い う こ と に あ る%. 校 友 会 組 織 が 運 動 部 と文 化 部 と に 大 別 され 、 運 動 部 は 「柔 道 」 「剣 道 」 「端 艇 」 「野 球 」 な どの 諸 部 に よ って 構 成 され て い る こ と は、 上 級 学 校 の模 倣 を思 わ せ る。 しか しなが ら上 級 学 校 に お い て は、 自然 発 生 的 に生 じた ス ポ ー ッ ・ク ラブや サ ー クル を統 轄 す る団 体 と して 「運 動 会 」 や 校 友 会 が 組 織 され たの に対 して 、 中 学 校 で は個 個 の運 動 部 の実 質 的 な活 動 が お こな わ れ て い な い ば あ い に も、 発 足 当 初 の 校 友 会 組 織 に そ の運 動 部 を掲 げ て い る学 校 が 少 な くな い。 つ ま り校 友 会 は予 め 職 員 の 手 に よ って 、 あ るべ き もの と して 準 備 され た組 織 で あ った の で あ る7。. 鶴 岡 の 指 摘 は、 上 級 学 校 の 校 友 会 との 比 較 と い う課 題 を 示 した点 で 、 重 要 で あ る と思 わ れ る。 しか し、 鶴 岡 が 分 析 した の は、1890年 代 後 半 か らの広 島県 内 の 中学 校 の状 況 で あ り、 これ を、 明 治 期 全般 の 尋 常 中 学 校 校 友 会 の 一 般 的 な 性 格 とす る の は、 や や 無 理 が あ る と い え る だ ろ う。. 渡 辺 融 に よ る1898年. 段 階 の 統 計 を利 用 した 研 究. 渡 辺 融 は、1898年 段 階 の 全 国99校. の公 立 尋 常 中学 校 にお け る校 友 会 の設 立 数 な どを ま と め. た 統 計 書 を利 用 す る と と も に、45校 の 中 学 校 の学 校 史 に よ って 、 校 友 会 の 成 立 状 況 を 考 察 し て い る8。 そ の 結 果 を も とに渡 辺 は、 公 立 尋 常 中学 校 に お け る校 友 会 の設 立 に っ い て 、 次 の よ うに指 摘 して い る。 校 友 会 の 設 立 は学 校 の 創 立 の 新 旧 にか か わ らず 、 明 治25年 か ら同34年 の10年 間 に集 中 し て お り、 こ の期 間 は 校 友 会 設 立 の ブー ムで あ った。 そ して 明 治31年 校 に お け る校 友 会 の 設 置 率 は68.7%と. に は全 国 公 立 尋 常 中 学. い う高 率 を示 して い る9。. この よ うに 、 尋常 中学 校 校 友 会 を 、 具 体 的 な 数 字 を 使 って 分 析 を して い る と い う点 で 、 渡 辺 の研 究 は重 要 で あ る。 しか し、 「明 治25年. か ら同34年. の10年 間 」 に校 友 会 設 立 が 集 中 して い. る とい う こ とが 、 何 を 意 味 して い るの か 、 踏 み 込 ん だ 分 析 はな され て いな い よ う に見 受 け られ る。. 一38一.

(5) 尋常中学校の校友会成立 に関す る検討課題 と方法 桑 原 三 二 に よ る 旧 制 中 学 校 校 友 会 の研 究 桑 原 三 二 は、 旧制 中 学 校 の校 友 会 設 立 の理 由 に っ い て、 次 の よ う に述 べ て い る。. 校 友 会 の 設 立 が ど の よ うな動 機 、 理 由 に よ る もの で あ るか は は っ き り しな い。 これ は多 分 に、 そ れ ぞ れ の 学 校 の 持 って い る事 情 に よ って異 って い るが、 そ の動 機 の 中 に次 の よ うな もの が 考 え られ る。 (1)放. 課 後 の 運 動 を す る グル ー プが 自然 発 生 的 に 出 来 、 そ れ らを統 括 す る体 育 な い し は運. 動 部(会)の. 必 要 が 生 じて き たの で そ れ を設 け た。. (2)卒. 業 生 との連 絡 、 親 睦 の た め 同窓 会 を設 けた。. (3)校. 内 の生 徒 の 風 紀 を 向 上 させ る た め生 徒 同 士 、 あ る い は 教 師 を 含 め た集 団 の 会 を設 け. て校 風 刷 新 の運 動 を 展 開 した。 これ らの動 きが理 由 に な って 各 校 に 校 友 会(名 称 は学 校 毎 に差 が あ る)が 出来 て い った よ うに思 わ れ る。 そ の 際、 上 級 学 校 の 影 響 が あ るか ど うか にっ いて 考 え て み たが 、 後 の高 等 学 校(当 時 の高 等 中学 校)に. お け る校 友 会 の 設 立 もそ れ 程 早 くな い 〔 略 〕 必 ず し も上 級 の学 校. の影 響 と い う こ とで は な さ そ うで あ る。 ま た 行 政 機 関 か ら何 等 か の 示 唆 が あ っ たか と思 って 調 べ て み たが これ も明 らか で な い。 た だ、 この 当 時 、(明 治 二 六 、 二 七 、 二 八 年 頃)風 紀 粛 正 の た め の訓 令 が 毎 年 の よ う に出 て い る の で 、 これ に答 え て、 校 内 風 紀 を振 粛 す る た め に、 「矯 風 会 」 の類 の 校 友 会 を 設 立 し た学 校 が あ って も不 思 議 で は な い1° 。. 他 の 研 究 で も指 摘 され た論 点 で あ るが 、 問 題 を明 解 に整 理 した指 摘 と して重 要 で あ ろ う。 し か し、 桑 原 の 研 究 にお いて も、 これ らの論 点 に関 す る具 体 的 な検 証 作 業 は、 ほ とん ど未 着 手 の ま ま 残 され て い る。. 市 山雅 美 による校 友会 規則 の分 析 最 近 で は、 尋 常 中学 校 の 校 友 会 規 則 を 分 析 して、 「校 友 会 で は 自治 活 動 を行 い え た の か」 を 明 らか に しよ う と した 研 究 が 市 山雅 美 に よ って を お こ な って い る。 「自律 」(「自主 立 法 権 」 お よ び 「自 己統 御 能 力」)、と 「自己統 治 」 とか ら構 成 され る 「近 代 的 自治 」 を キ ー ワ ー ドと して、 多 面 的 な分 析 が お こな わ れ て い る'1点 が 特 徴 で あ る。 市 山 は、 生 徒 の規 則 の制 定 ・改 定 へ の生 徒 の参 加 が な され た 尋 常 中 学 校 を 「自主 立 法 権 」 の. 一39一.

(6) 近畿大学教育論叢. 第16巻. 第2号(2005・3). 事 例 と して 、 ま た 、 会 員 除 名 処 分 決 定 へ の 参 加 や 規 律 維 持 へ の 自主 的 取 り組 み が 生 徒 に よ っ て お こ な わ れ た 例 を 「自 己 統 御 」 の 面 か ら 紹 介 し、 「生 徒 自 治 の 萌 芽 が 見 ら れ た 校 友 会 も あ っ た 」12と 指 摘 して い る 。 こ う し た 指 摘 と と も に 、 市 山 は 、 結 論 と し て 次 の よ う に 述 べ て い る 。. だ が 、 生 徒 自治 とか け離 れ た側 面 が 強 い状 況 の も とで、 そ の よ うな生 徒 自治 の 側面 は、 萌 芽 の ま ま に と ど ま って い た。 それ に は、 二 っ の理 由が 考 え られ る。 第 一 点 は、 戦 前 、 教 育 の 場 で 使 わ れ た 「自治 」 の意 味 は、 多 くの 場 合 、 自律 と 自 己統 治 な る 「近 代 的 自治 」 で は な か った 点 で あ る。 第 二 点 は、 校 友 会 は、 ほ とん ど の場 合 、 生 徒 自治 の組 織 で はな く生 徒 管 理 の 組 織 と して 機 能 した点 で あ る13。. この 仮 説 につ いて 考 え て い く うえ で 、 生 徒 の 「近 代 的 自治 」 の側 面 が 見 られ た尋 常 中学 校 に っ いて 、 そ う した側 面 が 生 じた事 情 や 背 景 な ど を、 さ らに具 体 的 に検 討 して い く必 要 が あ るの で はな いか と思 わ れ るQ. そ の他 尋 常 中 学 校 校 友 会 の 成 立 に関 す る、 そ の他 の先 行 研 究 を い くっ か挙 げ て お きた い。 金 谷達 夫 は、 岡 山 県 内 の 中等 教 育 機 関 にお け る校 友 会 の 成 立 状 況 な ど に っ い て 紹 介 して い る14。 また 、 後 神 俊 文 は、 岡 山 県 尋 常 中 学 校 の尚 志 会 の成 立 を、 校 友 会 活 動 の早 期 の事 例 と して紹 介 して い る15。西 山 友 之 ・大 川 信 行 ・水 谷 秀 樹 ・中 川 孝 は、 富 山 中学 校 の尋 常 中学 校 校 友 会 を16、小 島享 は、 兵 庫 県 内 の尋 常 中 学 校 校 友 会 に っ い て17そ れ ぞ れ 紹 介 して い る。 ま た、 渡 辺 誠 三 「中等 学 校 にお け る部 活 動 の発 祥 と位 置 づ け 要 』 第6号 、1997年)は. 一 明 治20年. 代 を 中心 と して 一 」(『日本 特 別 活 動 学 会 紀. 、 部 活 動 の 発 祥 と い う観 点 か ら校 友 会 成 立 を紹 介 して い る。 竹 之 下 休. 蔵 ・岸 野 雄 三r近 代 日本 学 校 体 育 史 』(日本 図書 セ ン タ ー、1983年)は. 、 日清 戦 争 後 の 時期 に お. け る校 友 会 運 動 部 へ の 時 代 的 要 請 につ いて 述 べ て い る。. 設立 年代 の一 覧 先 に 紹 介 した 先 行 研 究 の 成 果 か ら、 と くに渡 辺 、 桑 原 、 市 山 の研 究 の研 究 成 果 を参 考 に、 筆 者 が 現 在 ま で に 確 認 で き た もの を 中 心 に、 尋 常 中学 校36校 よ うに ま とあ た 。. 一40一. の校 友 会 設 立 年 代 と団 体 名 を表 の.

(7) 尋常中学校の校友会成立 に関す る検討課題 と方法. 校友会設立年. (元号). 校友会名称. 学校名. 1886年. 明治19年. 同窓学生会. 島根県尋常 中学校. 1886年. 明治19年. 尚志会. 岡 山県尋常 中学校. 1886年. 明治19年. 共同会. 山形県尋常 中学校. 1887年. 明治20年. 相談会. 長野県尋常 中学校. 1887年. 明治20年. 運動会. 岐阜県尋常 中学校. 1889年. 明治22年. 校友会. 鳥取県尋常中学校. ...年. 明 治22年. 校友会. 高知県尋常中学校. 1890年. 明 治23年. 学友会. 東京府尋常中学校. 1890年. 明 治23年. 同窓会. 栃木県尋常中学校. 1891年. 明 治24年. 柔 克会. 静岡県尋常中学校. 1892年. 明 治25年. 同朋会. 尋常中学校共立学校. 1892年. 明 治25年. 校 友会. 秋田尋常中学校. 1892年. 明 治25年. 校友 会. 大阪尋常中学校. 1892年. 明 治25年. 保恵 会. 松山中学校. 1892年. 明 治25年. 校友会. 青森 県尋 常中学校. 1895年. 明 治28年. 同窓会. 福 岡県立尋 常中学修猷館. 1893年. 明 治26年. 学友会. 愛知 県尋 常中学校. 1894年. 明 治27年. 文武会. 富山県尋 常中学校. 1894年. 明 治27年. 学友会. 京都府尋 常中学校. 1894年. 明 治27年. 崇広会. 滋 賀 県 第 一 中学 校. 1894年. 明 治27年. 学友会. 前橋 中学校. 1894年. 明 治27年. 遊方会. 新潟県尋常 中学校. 1895年. 明治28年. 修養会. 中頸城尋常 中学校. 1895年. 明治28年. 学友会. 札幌尋常 中学校. 1896年. 明治29年. 同窓会. 広島県尋常 中学校. 同窓会. 兵庫県尋常 中学校*. 1897年. 明治30年. 学友会. 仙 台 第 一 中学 校. 1897年. 明治30年. 校友会. 千葉中学校. 1897年. 明治30年. 校友会. 山梨県尋常中学校. 一41一.

(8) 近 畿 大 学 教 育論 叢. 第16巻. 第2号(2005・3). 1897年. 明 治30年. 学友会. 奈良県尋常 中学校. 1898年. 明治31年. 校友会. 徳 島県立徳 島中学校. 1898年. 明治31年. 知道会. 茨城県尋常 中学校. 1898年. 明治31年. 親交会. 和歌 山第一尋常 中学校. 1900年. 明治33年. 校友会. 盛岡 中学校. 1908年. 明治41年. 校友会. 福井 中学校. 1912年. 明治45年. 校友会. 山口中学校. 尋常中学校校友会 の設立年代 と名称一覧表. *小 森慶 助校 長 の 在 任 期 間 中(1891年7月. ∼1897年3月)に. 校友会設立. この 一 覧 表 か ら、 次 の二 っ の 特 徴 を指 摘 す る こ とが で き る。 まず 、1886年 か ら島根 県 尋 常 中学 校 ・岡 山県 尋 常 中学 校 ・山形 県尋 常 中学 校 を は じあ と して 、1889年 ま で に少 な く と も6校 の尋 常 中学 校 で校 友 会 が結 成 され て い る こ とが わ か る。 先 ほ ど検 討 した宮 坂 哲 文 の先 行 研 究 に お い て は、 尋 常 中学 校 に お け る最 初 の校 友 会 と して1890年. に設 立 され た 東 京 府 尋 常 中 学 校 学. 友 会 が と りあ げ られ て い た が、 そ れ よ り も早 く校 友 会 が 設 置 され た例 が と して 、 これ だ け存 在 して い る の で あ る。 これ らを分 析 す る こ とで 、 東 京 府 尋 常 中 学 校 と は異 な る タ イ プ の成 立 事 情 を描 く こ とが で き る可 能 性 が あ る とい え るだ ろ う。 も う一 っ の特 徴 は、1892年. ご ろか ら校 友 会 組 織 の 増 加 が 見 られ る こ とで あ る。 これ は、 先. に紹 介 した渡 辺 融 の研 究 で も指 摘 され て い る点 で あ る。 この こ とが 示 す 意 味 を 考 察 して い く必 要 が あ る だ ろ う。. 2検. 討 課 題 と方 法. これ ま で お こな って きた先 行 研 究 の検 討 や、 設 立 年 代 の一 覧 表 の 分 析 か ら明 らか に な って き た尋 常 中学 校 の校 友 会 成 立 に関 す る検 討 課 題 、 今後 そ れ らの 課 題 を 検 討 して い くた め の方 法 に つ い て、 以 下 に示 して い きた い。. 初 期(1890年. ま で)の. 尋 常中 学校校 友 会組 織 の成立 過程. これ を 明 らか に す る と い う課 題 は、1890年 代 ま で に 校 友 会 が 発 足 した事 例 を 比 較 して 、 設 立 経 緯 、 規 約 、 組 織 形 態 、 活 動 内容 な ど に共 通 した傾 向 が み られ るか ど うか を 検 討 す る こ とで. 一42一.

(9) 尋常 中学校 の校友 会成立 に関す る検 討課 題 と方法 あ るが 、 この 課 題 を 検 討 して い くた め の方 法 にっ い て考 え て い く。 まず 、 も っ と も基 本 的 な作 業 は、 尋 常 中 学 校 に関 す る各 学 校 史(年 史 類)を. な るべ く多 く収. 集 して 分 析 す る こ とで あ る。 先 にみ た渡 辺 融 の先 行 研 究 が お こな わ れ た時 期 の後 に新 た に学 校 史 が 刊 行 され た ケ ー ス もあ る の で 、 少 な く と も、1890年 ま で に 創 立 さ れ た 尋 常 中学 校 にっ い て は、 学 校 史 を で き るだ けす べ て 収 集 して 検 討 して い き た い。 各 学 校 が 発 行 した学 校 一 覧 に っ い て も入 手 可 能 な もの は、 校 友 会 規 則 の 記 載 が され て い るか ど うか を確 認 しっ っ 利 用 して い き た い。 校 友 会 が刊 行 した校 友 会雑 誌 は 、 校 友 会 の 設 置 経 過 な どが 記 され て い る場 合 もあ る の で、 利 用 可 能 な場 合 は、 積 極 的 に 活 用 して い く。 こ れ ら以 外 に も、 尋 常 中学 校 制 度 発 足(1886年)以. 前 の 中 等 教 育 機 関 の課 外 活 動 に 関 す る. 史 料 も活 用 して 、 尋 常 中学 校 の 校 友 会 との 比 較 もお こな って い く。 宮 坂 哲 文 が 、 「明 治 十 年 代 か ら、 演 説 討 論 を そ の活 動 内容 と して含 む学 生 団体 が正 式 に 発 足 し、 教 師 も これ に参 加 す る と い う例 が あ らわ れ て い る」18と紹 介 して い よ うに、1880年 代 前 半 よ り、 東 京 師範 学 校 や 東 京 専 門 学 校 で は、 組 織 的 な 演 説 討 論 や 雑 誌 発 行 を お こ な う団 体 が 生 ま れ て お り19、そ れ らの影 響 を 受 けた 可能 性 も考 え られ るか らで あ る。 尋 常 中 学 校 発 足 以 前 の 学 校 か ら の 影 響 に っ い て 、 一 例 を 挙 げ よ う。 岡 山 県 尋 常 中 学 校 で 1886年11月. に校 友 会(尚 志 会)が 設 立 さ れ た き っか け の一 っ は、 生 徒 が 、 新 任 の教 師 よ り、. 「都 市 ノ学 校 ニ ハ 往 々生 徒 ノ 自治 団 体 ア ル事 ヲ聞 カ サ レ タ リ、 又其 団 体 ノ事 業 トシ テ運 動 会 ナ ル モ ノ ア リ、 演 説 会 ナ ル モ ノア ル 事 」 を 聞 か され た こ とで あ る と い わ れ て い る2° 。 こ の よ うな 事 例 が 他 に見 られ た か ど うか も調 査 して い きた い。. 高 等 中学校 の校 友会 や帝 国大 学 の運動 会 との比較 先 行 研 究 に お いて も指 摘 さ れ て い た よ うに、 尋 常 中学 校 の上 級 学 校 、 す な わ ち高 等 中 学 校 の 校 友 会 、 や 帝 国 大 学 の 「運 動 会 」 と の比 較 も重 要 な課 題 で あ る。 この 課 題 を 検 討 す る た あ に、 まず 、 規 則 類 の比 較 作 業 を す る こ とが必 要 で あ ろ う。 例 え ば 、 会 の 目的 に関 して 、 第 一 高 等 中 学 校 校 友 会(1890年10月. 設 立)の 規 則 で は、 「文 武 ノ諸 技 芸 ヲ. 奨励 ス ル 為 メ本 校 二 校 友 会 ヲ設 ケ本 校 ノ職 員 生 徒 及 本 校 二縁 故 ア ル者 ヲ以 テ会 員 トナ ス」 と定 あ られ 、 第 三 高 等 中 学 校 壬 辰 会(1892年3月. 設 立)の 規 則 で は、 「本 会 ハ我 第 三 高 等 中 学 校 二. 関係 ア ル モ ノ互 ニー 致 団結 シ テ文 武 諸 般 ノ技 芸 ヲ攻 究 錬 磨 シ兼 テ我 校 ノ気 風 ヲ養 成 ス ル ヲ目 的 トス」 と書 か れ て い る。 ま た 、帝 国 大学 「運 動 会 」(1886年7月. 設 立)の 規 則 で は、 「本 会 ノ趣. 旨ハ 会 員 ノ身 心 ヲ強壮 快 活 ナ ラ シメ兼 テ 交互 ノ親 睦 ヲ謀 ル ニ 在 リ」 と定 め られ て い る。 これ ら. 一43一.

(10) 近畿大学教育論叢. 第16巻 第2号(2005・3). の会 の 目的 規 定 と、 各尋 常 中学 校 の校 友 会 の 規 則 を 比 較 して 類 似 点 の 有 無 を調 べ る こ とで 、 一 っ の手 が か りを得 られ るだ ろ う。 もち ろ ん、 会 の 目的 だ けで な く、 会 員 の 構 成 、 役 員 の構 成 、 活 動 内 容 、 設 立 の経 緯 な ど も比 較 して い く。 と ころ で、 と く に森 有 礼 の文 政 期(1885年. ∼1889年)で. は、 尋 常 中 学 校 、 高 等 中 学 校 、 帝. 国 大 学 の いず れ に と って も、 生 徒 や学 生 の品 行 面 が重 要 な 関心 事 で あ った よ うで あ る。 師 範 学 校 や 尋 常 中 学 校 に お い て生 徒 の品 行 面 に対 す る取 締 が厳 し くお こな わ れ るよ う にな っ たの は、 広 く知 られ て い るが 、 高 等 中学 校 や帝 国 大 学 に お い て も生 徒 や学 生 の 品 行面 に 注意 を 払 って い た よ うで あ る。 1888年10月. の 木 下 広 次 の第 一 高 等 中学 校 教 頭 就 任 演 説 に お い て 、 生 徒 の 品 行 を正 す た め 、. 下 宿 生 活 を 避 け て寄 宿 舎 へ 「篭 城 」 す る こ との 必 要 が 述 べ られ て い る21こ とか ら も、 高 等 中学 校 によ る生 徒 の 品 行 へ の 位 置 づ けを 知 る こ とが で きる。 さ らに、 学 生 が 成 人 と して扱 わ れ る は ず の 帝 国 大 学 に お いて も、 学 生 の 品 行 面 に大 きな 注 意 が 払 わ れ、 「各 分 科 大 学 長 ノ指 揮 ヲ受 ケ 各 大 学 学 生 々徒 ノ身 上 ヲ保 護 シ其 品 行 ヲ監 督 シ井 二巡 視 ヲ指 揮 シテ各 大 学 構 内 ノ取 締 ヲ爲 ス」 こ とを 職 務 とす る舎 監 を 設 置 す る と と もに、 寄 宿 舎 や 公 認 下 宿 制 な ど に力 が 入 れ られ て い た22 こ とは 注 目 され て よ い だ ろ う。 厳 平 は、 第 一 高 等 中学 校 に お け る無 試 験 入 学 お よ び試 験 入 学 の 両 方 に お い て、 「品 行 方 正 」 が非 常 に重 視 され て い た こ とを 指 摘 して い る。 試 験 入 学 にお いて も、 学 力 試 験 の合 格 者 が 定 員 を超 過 した場 合 、 「先 ッ品 行 方 正 ノ誉 ア ル者 又 ハ 管 理 方 法 宜 シキ ヲ得 タ ル寄 宿 舎 二 在 リテ、 正 当 ノ徳 育 ヲ受 ケ タル生 徒 ヲ採 リ、次 二 合格 者 ノ内 ヨ リ学 力 試 業 平 均 点 ノ順 序 二依 リ」 と い った 基 準 が あ っ た と い うの で あ る23。高 等 中 学 校 側 が 、 尋 常 中 学 校 卒 業 生 の 品 行 面 に 強 い 関 心 を 払 って い た と す れ ば、 尋 常 中学 校 側 も、 高 等 中学 校 で お こな わ れ て い る品 行 面 で の 諸 策 にっ い て、 学 ぶ べ き基 準 と して、 積 極 的 に取 り入 れ よ う と した か も しれ な い 。 こ の よ うな意 味 で、 尋 常 中学 校 ・高 等 中学 校 ・帝 国大 学 に共 通 して み られ た 品 行 重 視 の 姿 勢 と、 校 友 会 や 「運 動 会 」 の設 置 と は、 何 らか の 関係 が あ るの で は な い か とい う仮 説 を 立 て る こ とが で き る。 こ の面 に も注 目 しなが ら高 等 中学 校 の校 友 会 や帝 国大 学 の運 動 会 との 比 較 を お こ な って い き た い。 ま た、 校 友 会 の規 則 類 だ けで な く、 生 徒 の品 行 に関 す る方 針 を示 す よ うな史 料 に っ い て も積 極 的 に活 用 して い き た い と考 え て い る。 た とえ ば 、 第 三 高 等 中 学 校 関 係 の史 料 群24の な か に 、 「区 域 内 尋 常 中学 校 長 会 議 一 件 」(1892年4月)と. い う簿 冊 が あ る。 この簿 冊 を 見 る と、 第 三 高. 等 中 学 校 長 が 設 置 区 域 内 の 尋 常 中 学 校 校 長 を 呼 び集 め て 行 った会 議25に お いて 、 「尋 常 中 学 校. 11.

(11) 尋常中学校 の校友会成立 に関 する検討課題 と方法 ト高 等 中学 校 令 ノ連 絡 ノ コ ト」 な ど(他 の議 題 の検 討 も重 要 な課 題 だ が)と. と もに 「寄 宿 舎 管. 理 ノ コ ト」 「通 学 生 徒 取 締 ノ コ ト」 「尋 常 中 学 校 ニハ 成 ル ヘ ク校 長 及 教 諭 若 干 名 ノ住 居 ヲ設 ケ ル コ ト」 や 「尋 常 中学 校 二於 テ修学 旅 行 ノ方 法 及 可 否 」 と い っ た内 容 が 見 受 け られ る。 こ う した 史 料 を検 討 して い く こ とに よ って、 高等 中学 校 と尋 常 中 学 校 と の間 で 、 生 徒 の品 行 に関 す る情 報 交 換 や 意 見 交 換 が な され て い た こ と、 そ して 、 そ れ が 尋 常 中 学 校 校 友 会 の設 立 の背 景 に な っ て い た こ とを明 らか に で き るか も しれ な い。. 1893年. の文部 省訓 令 との 関係. ユ893年5月 に発 せ られ た北 海 道 庁 ・府 県 に対 す る文 部 省 訓 令 第4号. は次 の よ うな もの で あ っ. た。. 公立 学 校 生 徒 ニ シ テ其 学 校 職 員 二辞 職 ヲ勧 告 シ又 ハ 上 司 二対 シ其 学 校 職 員 ノ免 職 転 職 ヲ要 請 ス ル モ ノハ学 校 ノ規 律 二 背 クモ ノ トシ当 該 学 校 二於 テ用 ヰ ル所 ノ懲 罰 ノ例 規 二照 シ厳 重 ノ 処 分 ヲ爲 ス ヘ シ26. こ の訓 令 は、 尋 常 中学 校 、 師範 学 校 な どに お け る学 校 騒 動 に関 す る訓 令 で あ り、 校 友 会 に直 接 触 れ た もの で は な い。 しか し、 こ の訓 令 を き っか け に、 「校 紀 」 に 関 す る改 善 策 の一 っ と し て 校 友 会 設 立 を位 置 づ け た尋 常 中学 校 が あ らわ れ た可 能 性 が あ る。 た とえ ば 、 滋 賀 県 第 一 尋 常 中 学 校 の 場 合 、 こ の訓 令 の公 布 後 、 次 の よ うな校 紀 取 締 策 を お こな って い る。. 爾 今 毎 月 一 回 職 員 会 同 し、 徳 育 上 の一 策 と して説 話 会 な る もの を行 ひ、 生 徒 の素 行 に っ き 教 員 相 互 の 平 素 の 観 察 を 披 渥 し、 隔 意 な く協 力 して生 徒 訓 育 の 向上 を は か る こ と ・ した。 又 柔 道 会 を 行 ひ 、 定 課 外 の 時 間 を 利 用 して 心 身 の鍛 練 を図 る こと ・ した。 尚追 々撃 剣 会 を も設 け る こ と に した27。. この翌 年 の1894年2月. 、 演説 討 論部 、 雑 誌 部 、 撃 剣 柔 道 部 、 陸 上 運 動 部 、 水 上 運 動 部 の五 部. 会 か らな る校 友 会 と して 、 崇 広 会 が 設 立 され て い る。 そ の 目的 は、 「教 師 ト生 徒 ト裏 面 上 ノ関 係 ヲ密 ニ ス ル ヲ第 一 ノ 目 的 トシ之 二次 テ生 徒 各 自 ヲ シテ 又 裏 面 二 文 ヲ修 メ武 ヲ練 ラ シ ム ル ト同 時 二新 旧相 親 ミ長 幼 相 扶 ク ル ノ気 風 ヲ養 成 」28であ った と され て い る。 っ ま り、 滋 賀 県 第 一 尋 常 中学 校 の場 合 、1893年5月. 一45一. の訓 令 が 出 され た 影響 で 、 学 校 の 風 紀 を.

(12) 近畿大学教育論叢. 第16巻 第2号(2005・3). 改 善 す る対 策 の一 環 と して、 正 課 以 外 の 「裏 面 」 的 方 法 と して 校 友 会 が 設 立 され た と見 る こ と が で き る で あ ろ う。 た だ し、 「文 ヲ修 メ武 ヲ練 ラ シム ル 」 こ と と同 時 に 「新 旧 相 親 ミ長 幼 相 扶 ク ル ノ気 風 ヲ養 成 」 す る こ とが 目的 と さ れ て い る の で 、 この校 友 会 の性 質 が か な らず し も生 徒 対 策 的 な高 圧 的 な もので は なか った のか も しれ な い。 この点 に も注 意 しな が ら、 他 の 尋 常 中 学 校 校 友 会 の 事 例 も参 照 しっ っ 、1893年5月. の文 部 省 訓 令 に よ る影 響 を 具 体 的 に検 討 して い く29。. 「生 徒 自 治 の 萌 芽 が 見 ら れ た 校 友 会 」 に つ い て の 検 討 この 課題 にっ いて は、 市 山 雅 美 が 指 摘 した よ うな 「生 徒 自治 の萌 芽 が見 られ た 校 友 会 」 の 事 例 を、 学 校 史 や 校 友 会 雑 誌 な どを 利 用 して 、 成 立 の事 情 や背 景 な ど を詳 し く分 析 して い く。 例 え ば、 す で に紹 介 した1886年11月. に設 立 され た岡 山県 尋 常 中学 校 の 尚志 会 の場 合 、 設 立. 時 に は、 次 の よ うな 形 で 、学 校 側 か ら多 くの 事 柄 を 自治 に委 ね られ て い た よ うで あ る。. この 当 時、 岡 山 中学 は尚志 会 に少 なか らぬ 活 動 の余 地 を与 え て い た。 十 九 年 十 二 月 に は特 別 会 員(職. 員)か. ら創立 費 と して 三 四 円 寄 附 され て い る し、 生 徒 に呼 びか け る に 尚志 会 を通. す とい う方 法 を も と って い る。r尚志 会 ノ名義 ヲ以 テ ス レバ 事 トシテ弁 ゼ サ ル ハ無 」 い ほ ど の 勢 威 を全 校 に振 う こ とが で きた とい う。「本校 ノ命 ヲ奉 ジ尽 力 」 した と こ ろが 多 か った。 例 え ば、 明 治 二 十 年 一 月、 半 田 山 で兎 狩 りを す る にあ た って は、 尚 志 会 の幹 事 が 生 徒 の勧 誘 を託 され 、 尚 志 会 の名 を以 て 「生 徒 中 ヨ リ有 志 者 ヲ募集 シ且 諸 事 ヲ斡 旋 」 した と い う ので あ る。 尚 志 会 の活 動 と して は、 生 徒 の制 服 と帽子 ・帽章 を 決 め た こ と に指 を 屈 しな けれ ば な る ま い。 尚 志 会 幹 事 が 学 校 側 に この件 を 「請 願 」 した の に対 して 、学 校 側 は 「万 事 ヲ挙 ゲ テ幹 事 二委 託 シ」、 尚 志 会 の 「名 義 ヲ以 テ事 二 当 ラ ン事 ヲ命 」 じた。 幹 事 は 帽 制 ・服 制 を規 定 し、 全 生 徒 に勧 め、 趣 意 書 を父 兄 に送 って制 服 の必 要 を説 き、 父兄 の承 諾 を 得 て 調製 を 斡 旋 、 二 十 年 四 月 に服 制 を確 立 させ た3° 。. これ は、 生 徒 自治 の 定 型 的 な例 と い う ことが で きる だ ろ う。 こ う した事 例 を さ ら に集 め な が ら、 設 立 当 初 か ら 「生 徒 自治 の 萌 芽 」 が 見 られ なか った事 例 と も比 較 しな が ら検 討 を進 め て い きた い 。. 校 友 会 の 新 設 件 数 が1892年. ご ろ よ り増 加 し た 要 因. この課 題 に 関 して は、 次 の 三 っ の 要 因 を 仮 に設 定 して 、 検 討 を進 め て い きた い。. 一46一.

(13) 尋常中学校 の校友会成立 に関す る検討課題 と方法 要 因1高. 等 中 学 校 校 友 会 な どの 影 響. 要 因21893年5月 要 因3そ. の文 部 省 訓 令 の よ うな文 部 省 方 針 の影 響. の 他(校 長 独 自の 教 育 方 針 な ど). 要 因1と 要 因2に 関 す る検 討 方 法 はす で に述 べ た 。 要 因3に つ いて の 検 討 は、 困 難 で あ るが 、 校 長 の訓 育 方 針 を 、校 長 の経 歴 、寄 宿 舎 方 針 、 学 校 規 則 や 学 校 騒 動 の 事 件 な ど、 校 友 会 以 外 の 点 か ら も、 各 学 校 史 、 校 友 会 誌 、 学 校 一 覧 な どの 史 料 を 使 って 考 え て い きた い。. 以 上 、 本 稿 に お い て、 尋 常 中学 校 に お け る校 友 会 の 設立 に 関 して 、 先 行 研 究 の 検 討 と、 課 題 と方 法 に っ いて 述 べ た。 今 後 、 これ らの課 題 に 関 して 具 体 的 な 検 討 をす す め、 「旧制 中学 校 に 限 らず、 校 友 会 の研 究 は これ ま で部 分 的 に しか 行 わ れ て お らず 」3'、 あ る い は、 「校 友 会 の 成 立 にっ いて 、 多 くの教 育 史 は ほ とん ど取 り上 げ て い な い。 これ は わ た しの管 見 か も しれ な い が 、 多 くの 教 育 史 は制 度 史 的 で 、 生 徒 の人 間 的 成 長 、 発 達 の が わ に観 点 を 向 け た もの が 少 な い の で あ る」32と指 摘 され て い る よ う な現 状 を変 え て い け た ら、 と考 え て い る。. -⊥. 宮 坂 前 掲 書 、189頁 。. ∩乙. 宮 坂 前 掲 書 、 ユ99頁。. 90. 宮 坂 前 掲 書 、189頁 。. 4. 後 神 俊 文 編 著 『岡 山 中学 事 物 起 源覚 書 』 後 神 俊 文 、1988年 、160頁 。 只﹂. 川 合 章 「教 科 外 と教 科 の歴 史」(国民 教 育 研 究 所 編 『全 書 国 民 教 育3教 科 の 歴 史 』 明 治 図 書 、 1968年 、所 収)、223頁. 6. 。. 鶴 岡 英 一 「明治 期 に お け る広 島県 中学 校 の校 友 会 運 動 部 にっ い て」r体育学 研 究 』 日本 体 育 学 会 、1973年8月. 、12頁 。. 7-. 鶴 岡 前 掲 書 、12頁 。. 8. 渡 辺 融 「明 治 期 の中 学 校 に お け る ス ポ ー ッ活 動 」『体 育 学 紀 要 』 東 京 大 学 教 養学 部 体 育 研 究 室 、1978年 、2頁 。 9. 渡 辺 前 掲 書 、16頁 。. 10. 桑 原 三 二 『旧 制 中 学 校 の 校 友 会(学 友 会)』 桑 原三 二 、1988年 、17頁 。. 11. 市 山 雅 美 「旧 制 中学 校 の 校 友 会 に お け る生 徒 自治 の 側 面 一 」 『東 京 大 学 大 学 院 教 育 学 研 究 科 紀 要 』 第43巻. 一47一. 一校 友会規則 の分析 を中心 に. 、2003年 、2頁 。.

(14) 近畿大学 教育論叢. 第16巻 第2号(2005・3). 12市. 山 前 掲 書 、10頁 。. 13市. 山 前 掲 書 、10頁 。. 14金. 谷 達 夫 「中 等 教 育 にお け る生 徒 自治 活 動 の成 立 と変 遷 」 『教 育 時報 』 岡 山 県 教 育 委 員 会 、 230号 、1968年 。. 15後. 神 前 掲 書 、154頁 。. 16西. 山 友 之 ・大 川 信 行 ・水 谷 秀 樹 ・中 川 孝 「明 治 期 にお け る富 中 文 武 会 の体 育 活 動 に関 す る 研究. 一 校 友 会 雑 誌 「文 武 会 誌 」 を 中 心 と して一 」 『富 山 大 学 教 育 学 部 紀 要 』 第40号 、. 1992年 。 17小. 島 享 「明 治 期 にお け る兵 庫 県 中 学 校 の 校 友 会 運 動 部 にっ いて 」『神 戸 学 院 大 学 紀 要 』 第8 号 、1978年 。. 18宮. 坂 前 掲 書 、186頁 。. 19宮. 坂 前 掲 書 、187頁 。. 20後. 神 前 掲 書 、159頁. 21『 第 一 高 等 学 校 六 十 年 史 』1939年 、103頁 。 22『 東 京 大 学 百 年 史 』 通 史 一 、 東 京 大 学 出版 会 、1984年 、887頁 。 23厳. 平 「尋 常 中学 校 か ら高 等 中 学 校 へ の 『聯 絡 』 問 題. 一 第 三 高 等 中 学 校 の 『設 置 区 域 』 と. 無 試 験 入学 を 手 が か り と して 一 」 『日本 教 育 史 研 究 』 第23号. 、2004年8月. 、48頁 。. 24舎. 密 局 三 高 関 係 資料 、 京都 大学 大学 文 書 館 所 蔵 。. 25こ. の 「区域 内尋 常 中学 校 長 会 議 」 に 関 して 、 無 試 験 入 学 制 度 の 面 か ら分 析 した研 究 と して、 西 山伸 「第 三 高等 中学 校 に お け る 「無 試 験 入 学 制 度 」」(『 地方教育史研究』全国地方教育史 学 会 、 第23号. 、2002年)お. よ び、 前 掲 の厳 論 文 が あ る。. 26『 明 治 以 降 教 育 制 度 発 達 史 』 第3巻 、 教 育 資 料 調 査 会 、1938年 、197頁 。 27滋. 賀 県 立 彦 根 中学 校 同窓 会 『彦 中五 十 年 史 』 滋 賀 県 立 彦 根 中 学 校 同 窓 会 、1937年 、175頁 ∼176頁 。. 28『 彦 根 東 高 百 二 十 年 史 』1996年 、267頁 。 29ま. た、1894年1月12日. に は、 北 海道 庁 ・府 県 ・文 部 省 直轄 学 校 に対 して次 の 内 容 の 文 部. 省 訓 令 第2号 が 出 され て い る。1893年5月. の訓 令 だ けで な く、 こ う した 他 の 訓 令 な ど に も. 注 目 して い きた い。. 師 ヲ尊 ヒ敬 フ ハ 徳 育 ノ ー 大 要 義 ニ シ テ 此 ノ点 二 於 テ 閾 ク コ ト ア ラ バ 驕 傲 不 順 ノ 習 ヲ 養 ヒ. ー48一.

(15) 尋常中学校の校友会成立 に関す る検討課題 と方法 学 校 ノ 目的 二背 ク者 ナ リ校長 及 教 員 タ ル者 ハ 此 ノ意 ヲ体 シテ生 徒 ヲ薫 陶 ス ル コ トニ注 意 スヘ シ ニ. 生 徒 ハ三 名 以 上 合 同 シテ意 見 ヲ申立 テ又 ハ 校 長 教 員 二対 シ強 テ面 陳 若 ハ 答 弁 ヲ求 ム ル コ トヲ得 サ ル ヘ シ. 三. 生 徒 ニ シテ党 ヲ結 ヒ教 員 又 ハ校 長 二対 シ抵 抗 又 ハ 強迫 ノ挙 動 ヲ為 シ或 ハ 課 業 ヲ妨 害 シ又 ハ 合 同 閾 課 シ教 員 又 ハ校 長 ノ戒 諭 二順 ハ サ ル者 アル トキ ハ 各学 校 ハ其 ノ情 重 キ者 ヲー 週 間 以 上 一 学 年 間 以 内 ノ停 学 又 ハ 放 校 二処 ス ヘ シ 放 校 二処 セ ラ レ タル者 ハ 文 部 大 臣 二 由 リ情 状 ヲ酌 量 シテ特 免 ヲ予 フル ノ外 復 校 ヲ許 サ ス. 四. 明 治 十 六 年 十 一 月 二 日附 退 学 ノ生 徒 二関 ス ル達 ハ之 ヲ廃 止 ス(前 掲 『明治 以 降教 育 制 度 発 達 史 』、196頁). 30. 後 神 前 掲 書 、161頁. 31. 市 山 前 掲 書 、2頁 。. 32. 金 谷 前 掲 書 、23頁. 。. 。. 一49一.

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参照

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