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中世末期リューベックの都市法典における不動産に関する条文について --: 十三・四世紀のキール法典(Der Kieler Kodex)を素材として --

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(1)灰目. 吾. 区』. 中世末期リュ ーペ ックの都市法典における不動産に関する条文について. 中世 末 期 リ ュー ベ ック の都 市法 典 にお け る. -1-. 不動 産 に関 す る条 文 につ い て. 稲. 格. — 十三 •四 世紀 のキ ー ル法典 (DerKi el erKodex)を 素材 とし て—. 一、 はじめに 二、「 キー ル法 典」 不 動産 に関する法 行為の分 析 のため の諸前 提 三、 世 紀前 半までの土 地の所 有関係 (-)士 二 (二)不 動産 に関する法 行為の当事者とし ての「 人」 (三)不 動産 に関する法 行為の対 象とし ての「 物」 不 動産 に関 する法 行為 四、 (一)不 動産 の所 有とそ の制限 (二)不 動産 の処分 行為 山 不 動産 の売 買 ② 不 動産 の贈与 ⑪ 不 動産 の質 入れ 五、借 地・借 家関係と定 期金売 買 六、結びにかえて. 冗.

(2) は じ め. (Da s. erte Stadtrecht)」の芳 しからぬ評 di revi. . ’. つな個別 的な原因 にあるのではなく、リ ューベ ック法研究 に限 らず、む しろ我 が国 て、問 題の本質 的な原因 はこのよT. しかしリ ューベ ックに限定 せずに他の中世都市を視野 にいれる と、そ こには学問 的に熟考 された「改革 都市法典」 ② がほぼ同 時期に存するにもかかわらず十分に研究 の対象とされていない都市が多数残 されていることがわかる。従 っ. 評価 に耐えないものであるかのごとき印象 を与 えることは否め ない。 :. 典と法慣行を一応採録 したものであるだけに、一般の読者 には、そ れだけ一層まるでリ ューベ ック法全体が学問 的な. ても一般 に承認 されており、決 して的外れなものではないのであるが、同 法典はそ れ以前 の中世リ ューベ ックの諸 法. とづく潜 在 的なロー マ 法化が行 われたことを、示 している 」と述べている 。同 法典のこのような評価 はドイツ におい. 山. 仕方 において退嬰的であり、実質 においてはかなり保守 的であったが、 しかもなお、〔固有 法の〕 学問 的な弱さにも. ‘は、 リ ューベ ック法が古く から博していた名声 にふさわしくないものであった。 そ れは、 素材 の整理 の 業II筆者 ). 判 に依拠 していると言えるかも知 れない。例 えばF ・ヴ ィ ーア ッカ ーは彼 の著作 の中で「この仕事 (同 法典の編簗作. 五 八六 年 の 「校訂リ ューベ ック都市法典 的評価 の原因 の一っは、 一. に比べてそ の法 史上 の意義 は我が国 ではあまり知 られていないし、充 分に評価 されているとは言 いがた い。そ の消極. ドイツ ・ハ ンザ の首 長 としての中世都市リ ューベ ックの社会 経済史上 における重要 性はよく知 られている が、 これ. に. の中世都市法研究 がこれまでに十全に果たしてこなかった―つ の研究 課題に存す る様 に思われるのである。そ れは、. -2-. 第37巻第 1 号 近畿大学法学.

(3) 実 証的 に 解 明 さ れ た 中 世 都 市法 がそ の 後 の 時 代 の 変 遷 の 中 で ど の よ う な 変 容 を 受 け、 さ ら に そ れ が近 代 法 と ど の よ う. に 係 わ っ て い ぐ の か と い う こ と で あ る 。 し か し こ の 課題 が果 た さ れ て こ な か っ た こ と に は一定 の 理由 があ る 。 と りわ. ③. け 後 者 の 問 題 点 に つ い て 述 べる な ら ば 、 . 通 例 中 世 都 市法 が語 ら れ る 十 二 •三 世 紀 と 近 代 の あ い だ に は隔 絶 し た 歴 史 的. 空間 が 横 たわ って お り、 こ の 都 市 法 と 近代 法 と の 法 的 関連 性 も し ば し ば 消 極 的 に 評価 さ れ て きた た め 、 こ れ ら の 点 で. 中 世 都 市 法 研 究 は 多 く の 法 史 学 研 究 者 を 引 き つ け る こ と が で き な か った か ら で あ る 。. こ こ で 再び リ ューベ ッ ク 法 に 目 を 転 じ る と 、 同 法 がこ の 研 究 課題 に 十 分 に 答 え て く れ る 研 究 対 象 で あ る と と が判 明. す る 。 な ぜ な ら ば リ ューベ ッ ク 法 は十 二 •三 世 紀 の 頃か ら 中 世 都 市法 と し て 展 開 し た の み な ら ず 、 そ の 規 範 化 さ れ た. ④. -3-. .同 法 は最 終 的 内 容 が 基 本 的 に 大 き な 変 質 を 被 る こ と な く 存 続 し 続 け、 •そ の 一部 は ド イ ツ の 近 代 法 典に 採り 入 れ ら れ 、. に は一• 九00 年 の ド イ ツ 民法 典 の 施 行 ま で 妥 当 し 続 けた と 言 われ て い る か ら で あ る 。 そ し て 中 世 の リ ューベ ッ ク 法 研. 、以上 の こ と か ら リ ューベ ック 法 研 究 の 必 要 性 と 法 史 学上 で の 意 義 と を 繰 り 返 す 必 要 はも はや 無 い で あ ろ う 。 し か し. ーベ ッ ク 法 と 近 代 法 の 関連 性 を 容 易 に 検討 す る こ と がで きる の で あ る 。. 固. こ の 法 典 に よ っ て 中 世 と 近 代 の 歴 史 的 空間 が埋 め ら れ 、 我 々 は中 世 の リ ューベ ッ ク 法 の 変 容 を あ と づ け、 さ ら に リ ュ. 中 世 低 地 ド イ ツ 語 で 記 さ れ た オ リ ジナ ルな 法 文 を ほ ぼ 忠 実 に 高ド イ ツ 語 に 読替 え た も の に す ぎ な い も の で あ る か ら 、. 採録 さ れ 、 .そ れ ら の 条 文 に は十 六 世 紀 末 の 時 代 状 況 に 適 合 し う る よ う に 多 少 の 修 正 は施 さ れ て い る も の の 、 そ れ ら は. 「 退嬰 的 」 性 格 が幸 い し て い る の で あ る 。 即ち 、 同 法 典 の 全 条 文 の 内 か な りの 数 は十 三 世 紀 末 の い く つ か の 法 典 か ら. 六年 の 「 校訂 リ ューペ ッ ク 都 市法 典 」 な の で あ る 。 皮 肉 な こ と に 我々 リ ューベ ッ ク 法 研 究 者 に と って ま さ に 同 法 典 の. 究 と近 世か ら 近 代 の リ ューベ ッ グ 法 研 究 の 重 要 な 媒 介項 を な す の が、 前 述 の 消 極 的 な 歴 史 的 評価 を 受 けて きた 一五 八. 中世末期リュ‘ーベックの都市法典における不動産に関する条文について.

(4) 上 記 の 課 題 を 果 た す た め に は 何 よ り も ま ず 以 下 の 前 提 条 件 が 充 た さ れ て い る こ と が 必 要 で あ る 。 即 ち 、中 世 都 市 法 と. し て の リ ュー ベ ッ ク 法 と は 一体 何 で あ る の か と い う 実 証 的 研 究 と そ の 分 析 が な さ れ て い る こ と で あ る 。 と は 言 え 、. り 、 都 市 に お い て も そ れ は 重 要 な 役 割 を 果 た し て い た か ら で あ る 。 も う ― つ は 、 こ こ で の 不 動 産 法 が リ ュー ベ ッ ク で. 不 動 産 に 関 す る 条 文 を 対 象 と す る 。 な ぜ な ら 、 ― つ に は 、 周 知 の 如 く 、中 世 に お い て は 不 動 産 は 主 要 な 富 の 源 泉 で あ. る 。 従 っ て 本 稿 で そ の 内 容 の す ぺ て を 明 ら か に す る こ と は 困 難 で あ り 、 そ の 一部 に 限 定 せざ る を え な い 。 こ こ で は 、. さ て キー ル 法 典 は 近 代 の 法 典 と は 異 な り 、 そ の 条 文 の 編 成 は 体 系 的 で は な く 、 基 本 的 に 雑 多 な 条 文 の 寄 せ集 め で あ. 同 法 典 の か な り の 条 文 が 一 五 八 六 年 の 校 訂 リ ュー ベ ッ ク 都 市 法 典 に 採 録 さ れ て い る こ と が 知 ら れ て い る か ら で あ る 。. 法 典 を 採 り 上 げ る 理 由 は 、 第 一 に 同 法 典 が 当 時 リ ュー ベ ッ ク で 公 的 な 法 典 と し て 高 い 評 価 を う け て い た こ と 、 第 二 に. れ 始 め 、 次 第 に 書 き 加 え ら れ て 最 終 的 に は 一 三 五0 年 頃 に 完 成 し た と 言 わ れ て お り 、 全部 で 二 五 七 条 か ら な る 。 こ の. 在が 不 明 と な っ て し ま っ て い る 、 所謂 「キ ー ル 法 典 ( Der Ki el erKodex) 」 で あ る 。同 法 典 は 十三 世 紀 末 か ら 作 成 さ. ( Kanzl ei handschri ft ) は 十 八 世 紀 に 入 る ま で リ ュー ベ ッ ク に 残 さ れ て い た が 、後 に キー ル に 移 さ れ 、現 在で は そ の 所. こ こ で 具体 的 に 対 象 と さ れ る の は 十 三 世 紀 の リ ュー ベ ッ ク の 諸 法 典 の 中 で も 重 要 で あ り 、 そ の 公 的 な 手 書 き 本. の 内 容 を 実 証 的 に 解 明 し 、中 世 リ ュー ベ ッ ク 法 の 一端 を 明 ら か に す る こ と を 主 た る 目 的 と し た い と 思 う 。. に と ど ま っ て い る 。 そ こ で 本 稿 は 前 述 の 研 究 課 題 に 答 え る た め の 第 一歩 と し て 、 ―つ の 具体 的 な 法 典 を 採 り 上 げ 、. ら れ て お り 、 そ の 蓄 梢 は 膨 大 な も の で あ る が 、 そ れ ら も 残 念 な が ら 我 が 国 で は こ れ ま で ほ と ん ど 断 片的 に 紹 介 さ れ た. の 包 括 的 研 究 は 容 易 に お こ な わ れ る も の で は な い 。 ま た ド イ ツ に お け る リ ュー ベ ッ ク 法 研 究 も 既 に 近 代 以 前 か ら 始 め. そ. そ. 独 自 に 展 開 さ れ た 法 で あ る 可 能 性 が あ る か ら で あ る 。 即 ち 、 リ ュー ベ ッ ク 法 の 法 発 展 の 主 た る 基 礎 と な っ た の は 第 一. -4-. 第37巻第1号 近畿大学法学.

(5) 中世末期リュ ーベ ックの都市法典における不動産に関する条文について. に フ ォー ク ト 裁判 等の 訴訟 お よび 手 続 き 法の 分 野 に お い て は 、リ ュー ベッ ク の 周 辺 地域 であ る ホ ル シ ュタ イ ン の ラ ン. ト法、 第 二に 市 場 法と 家 族 法と 相 続 法の 分野 に お い て は 、リ ュー ベッ ク に 移 住 し て きた 人々 の 主た る 出 身 地で あ る ウ. ェス ト ファー レン 諸 都市 、特 に 、 ゾー ス ト ( 如) est ) の 法、 第 三に 取引 法、特 に 、 海商 法の 分野 で は バ ル ト 海域 で の. 交 易 に 携 わる 商 人の 慣 習法が 知 ら れ て い る が 、 不動 産 法に つ い て は そ の 由来 に つ い て も言 及 さ れ て い な い か ら で あ ⑧ る。. 以下 に お い て 、 まず キー ル 法典 の 成立 に つ い て 言 及 し 、 次に そ の 不動 産 に 関 す る 条 文の 内容 と そ の 法的 性 格に つ い. て 分析 を試 み て み た い と 思 う 。 な お 本 稿 で 利 用 し た 史 料 は 一九 五 一年 に 出 版 され た コ ル レン (G.Karl en) の 「 北ド ⑲ 最 古の 形 態 に お け る リ ュー ベッ ク の 中世 低地 ド イ ツ 語 都市 法ー 」 の 八三I 一五 八頁 に 収 録 され. II I. ドイ ツ 都市 法. て い る もの で あ る 。. 注 山 F・ヴ ィアッカ ー• 鈴 木禄弥訳 「 近 世私法史」、 昭和三六年、 二0四頁。 ② 前掲 書、 二0- I二0八頁。 ③ 例えば、 川島武宜「 所 有権法の理論 」 、 昭和二四年、では、 十九世紀の地方 特別法の言 及の中でリ ューベ ックとハ ンプルクの土 地法の 「形 式的 確 定力の原 則 」が 紹 介され 、この原 則 が A ufl a s s ungの特別の性 質とV e r s c hwe i g ung とい うゲ ヴ ェーレ的 制度 に由来し、 従って、不 動産取 引と物的 信用とに 能うかぎり安 全な法的 基 礎を 与えるという 努 力の所 産では なかっ たとされ、近 代 法上の公 信の原 則 との違いが 強 調され ている( 二九八ーニ九九頁) 。 しかしこの論 証は リ ューベ ック法を 研 究して いる者には不 自然な印 象 を 与える。 なぜ なら形 式的 確 定力の原 則 が リ ューベ ック市 参事会によ って 確 定されたのは 一 六八七年のことであり、 同原 則 が 歴史的にいつ頃 登場し たのかは 不 明であり、まして やこれを ゲ ヴ ェーレ的 制度に由来するとは 断 定でき ないからであ ,S.2 ,Da sLti be c ke r Obe hme r ' St a dt ' buc h,1 8 95 る。 一 六八七年の市 参事会 証明 書( ぞそ t s ze ug ni s )につい ては、 P.Re 5 8 .但し 、 筆者はこれに よって 近 代法と中 世都市法との 同一性 や直 接的 な類 似性を 唱えているのでは なく、あくまでも中 世都 25 9. -5-.

(6) ー. ル法 典」. ー. 市法研 究が 他の法分野に比 ぺて十分に注 目され てこなかっ た理由をあげ てい るにす ぎない 。 , . . , . 7 ④ W.Eb ht I,1 S R e c h t G e l •Lii R ec h t s p rax i s bi s c he sRec R e c h t s w i s s e n s c h a f t i m L ii b i s c h e n 97 1 La n d w e h r u n d .J . ,Bd. , e und Alt e r t ms kunde i t s c hr i f tde rLii be c ki s c heGe s c hi cht 1 9 r e i nsfil 6 z um ah r hunde r t •i sVe v o m1 b i s nZe ,1 ,s.212 3. 9 8 0 6 0 ⑤ 拙稿「中 世都市リ ューベ ックの法史料につい て」、「近 大法学」、第三五巻第三•四号、 二七ーニ八頁。 ⑥ 既に一 七、 八世紀にリ ューベ ックでは 「リ ューベ ック法学( J ur i s pr ude nt i aLube c e ns i s ) 」と呼 ばれ うる程に法学者が 活羅し てい たことが 知られ てい る。このよ うな固 有の法学を 有し た地 方特別法は ドイ ツ では 他には なかったと言 われ てい る。 G. Land' . . ,S.35 ,a . ff 0. hr we a m 但し、その始 期につい てコ ルレンとエ ーベ ルとでは 異なっ てい る。 前者は ― 二八 二年頃とす るが 、 エーベルは 前掲 書で「 ―二 七0年の後」と推 定す るに留 めてい る( 二0四頁) 。 ⑧ この 他に、ザクセン法、特にザクセンシ ュビーゲ ルが プラウンシ ュヴ ァイク法を 通じて受刑者 や 自殺者の遺 産の相 続と「 やむ を え ざる事由」の概 念に間 接的に影 智 を 与え、 ローマ法は ただ後見法につい てその痕 跡が 認 められ ると言 われ てい る。さらに婚 姻法に つい ては カ ノン法が 妥 当 し 、刑罰と刑事 裁判規定では ラント 平 和令が 修 正され て適 用され たようであ る。 W.Eb e l • ,S.4 . ,1 .p•K rause•Di ,S.1 . . 8 2 0. 18 3•u s a c hi a c ht ede rLii eGe be c 9 ke 6 8 rGe r i 54 c ht s v e r fa s s ung 7 ⑨·G•Ko e s t e n rl e n,No r dde ut s che St e i ne n alt •Da c hs a dt r e c ht eII sMi o nLubec kna a dt r ec htv t t el ni e de rr de ut s c heSt . 1 n,1 95 me r Fo. 「キ. (一) 前 述 の 如 く 、 ―二八0 年 代 に 、あ る い は ひ ょ っと す れ ば七 0 年 代 に 、 キー ル 法典 の 記 録化 が 開始 さ れ た。 ど. う な 諸 要 因 が 考 えら れ る であ ろう 。. の よ う に し て こ の 法 典 の 編 集 作 業 が 開 始 さ れ た か に つ い て の 直 接 的 契 機 は 判 然 と は し て い な い が 、お そ ら く 以 下 の よ. 近畿大学法学 第37巻第 1 号. -6-.

(7) 第 一に考慮 され るべき は権力 的な要 因である。即ち 、対外的には、 リ ューベ ック市が自由 帝 国都市として近隣 の封. 建 的支配 者 陪から 自立 したことと、対内的には、市政において、専 ら 大遠隔 地商人 から 構成 される市参事 会の支配 体. 制の 基礎 が確立 したことである。周 知の如く 、 リ ューベ ック市は―二 二 六 年 に皇帝 フリ ードリ ッヒニ 世から 特許状 を. 市にその軍事 的保設 者としてレ ークト ール (Rect or ) が国王によって任命 されることを規定 していた。 レークト ール. i. ーベ ックも十三 世紀. は国王 の代理 人 であったが、 都市君主的役入 として市政に影轡 力 を行使す ることはなかったと言われている。なぜ な. ら 、国 王はそれ以 後北ドイツ 地域 において直接 的に権力を行使す るこ とができなかったし 、リ. 末 のル ドル フ一世の時期を除いて国 王の権威 を期待しえなかったから である。実際 、市は軍事 的な保護 が必要 な場 合. )」契約 を結ん でい ogt mv r には、市に好 都合な封建 的支配 者と、ホル シュタイン伯 とさえも、「保誨 フォ ークト (Schi. る。市 と帝 国の関係 は―二八二年 以降 は帝 国税の支払 いと収取 の関係 に留まることになった。いずれにせよ、 リ ュー. ベ ック市は―二 四七年 に最初 の保渡 フォー クト 契約 を結び、さら にその後他の都市と盟約 を締結す るようになったこ. とからも明 らかな如く、 この頃には 封建 的支配 者層と 対等 な自立 的な法的主体となっていたのである。ところで、. 市内には リ ューベ ック司教と 聖堂 参事 会の 支配 する教会地域 も存在 し、 そこでは都市法とは異なる法規範 、即ち 、. 教会法が妥当し、これはさら に市民の日常生活 をも規定 していた。従 って、市当局と教会は特に相続 法や不 動産 法を. めぐ ってしばしば衝突 している°既 に十三 世紀初 頭から リ ューベ ック市は教会の裁判 管轄 権を制限す ることを試み 、. これに対して 司教と聖堂 参事会は法王庁へ しばしば苦情 を訴えているのが知ら れている。. 一方 市政においては、前 述の展開 に呼 応じて 都市君主の支配 が後退し、市民自 治 が展開 す る中で次 第 に市参事 会が. ー7 -. 獲得 し、近隣 の封建 的支配 者府、特 にホル シ ュタイン伯 の支配 に服さぬ ための法的基礎 を得た。しかし、同 特許状 は. 中世末期リュ ーベ ックの都市法典における不動産に関する条文について.

(8) 切. 自らの掌中に権力を集中 させていく。 ―二四0年代には市 参事会は自 らが都市 法を決議し公 布する原則を法規 範化し. たと言われ、 さらに流血裁 判権と刑罰権を獲得じて、市民共同体 とは区別 された上 位機関へと上 昇した。本来的に富. 裕な市民層からなる市参事会は同じ頃から社会階層的な分離も試みるようになり、この方向は、十 三世紀末に制定 さ. れた市 参事会選挙規 則によって実現された。それによれば、市参事会は市 参事会員による相 互補選制を前提としてお. り、 その 市参事会員となりうるのは市 内に固有の不動産 ( t en ) を有する、 悪評のない自 由な市 民であ っ or fa c hteg. て 、 しかも手工業によって生計を営 んでいない者 であった。 従って、 市参事会員たりうるの は大商人層の みであ っ. て、 その 他の 市民は、社会的に成功しない限 り、 市参事会から法的にも排 除 されることになった。 これによって十 三 ③ 世 紀末には市政における大商人の支配の法的・社会的提条件が整ったのであ る。. 第二に、編纂作業の直接 的な担い手たる人的な要因である。前述の市 参事会を頂点 とする市 民自 治が確立 するにと. もなって、その行 政機構も整備されることになった。市 参事会の法活動にとって最も重要な機関の―つが官房(ぞln ,. ニ 四二年以 来書記として活動したハ インリッヒ ・フォ ン ・プラウ )で あ った。 この官房制度を確立 させたのは一・ ei l z. ンシュヴ ァイク( Henric �彼は、 翌年トンデル ンに送付 された ラテン語法典をはじめ幾 つ unswi c ) であ り、 usde Br ④ かの法典の作成に関与し、 ―二五九年ま でその活動が証明されうる。この官房が法案の作成と法典の編簗作業を専ら. 担当したであ ろう。もう一人あ げなければならないの は、 一 般 に彼の名前を冠して呼ばれる―二九四年の中世低地 ド. br ec htvan イツ語法典、 所謂 「バル デヴ ィク法典」を作成した官房長のアル プレヒト ・フォ ン ・バル デヴ ィック( Al. 屈r dewi c h) であ る。同法典は、当時ニ ―四条に条文が増大していたキ ール 法典を模 範として利用し、さらに後者の. 内容を一定 程度体 系化したものであ った。彼もキ ール 法典のその後の収録 作業に携わったと考えられる。. -8-. 第37巻第 1 号 近畿大学法学.

(9) 第 三に考 慮 され る べき は 法的 要 因で あ る。 前 述 の諸 要 因か ら も明 ら か な 如く 、 市 は ―ニ ニ0年 代 か ら 固 有 の都市 法. を 制 定 し始 め、 四0年 代 には 市 参 事 会 の法 制 定 権 が 法 定 化 され る に至っ て い たと言 わ れ る。 こ の過 程 の進 行は 、 一っ. よ、 リ ューベ ック 法 が 古来 の慣 習 法か ら 構 成 されて い た ので は な く 、 様 々 の法 の素 材を 基 礎 にして 形 成 され て い た こ Jm •3J ・. ので 、 市 民 に対 して そ の具 体 的 な 事例 に おけ る紛争解 決 の判 断基 準 と して のリ ューベ ック 法 を 宣言 し、明 示 す る必 要. が 生 じ たこ と を、 も う ―つは 、 そ の決 定権 を 市 参 事 会 が掌 握 し始 めて い たこ と を 示 して い る。 即 ち、 リ ューベ ック 市. の自由 帝 国 都 市 と して の政治的 な 自 立と 商 業 都 市 と して の繁 栄 が そ の法 のあら ゆ る分 野 への拡大 と 増大 を 日 々も たら. し、 専 ら 市 参 事 会 が 逐次 こ れを ラテ ン語で リ ューベ ック 法 と して 確 定 し、 法 規 範 化す る権 限 を 猥 得 して い たと 考 えら. - 9 -. れ る。 さら に 四0年 代 以降 主 にバ ルト海 沿 岸 諸 都 市 へのリ ュー ベ ック 法 の授 与 が本 格 化 し始 め 、 こ れ ら の都 市 と リ ュ. ー ベ ック 市 の間 に法 的 な 縁 戚 関係 が 形 成 され ると と も に、 市 は 同 法 の解 釈 に つい て のこ れ ら の都市 の問い 合 わ せ に答. えね ば な ら な く な っ た。 こ の動 向 は 必 然 的 に市 参 事 会 にます ます 普 逼的 で 、 包括 的 な リ ューベ ック 法 の編 袋 と 法 典 化. の必 要 性 を 痛 感 せしめ たは ずで あ る。 こ れ に加 えて 、 法 言 語的 な 事 情が 考 慮 され る必要 が あ る。 そ の典 型的 な 事 例 冒. ま 、 ―二六 七年 以 降、 エルビ ング 市 が ―二 四0年同 市 に授与 され た ラ テ ン語 法 典 に ついて 問い 合わ せを リ ュー ベ ック r'. 以 上 のよ う な 諸 要 因が 、 ―二七 0年 代 以 後 に、 リ ュー ベ ック 法 の 内 容 の確 定 と 市内 外 への周 知と い う 目的 のため. るこ と が 市 参 事 会 にも 認識 され るよ う にな っ て い たこ と を 意味 す るで あ ろう 。. るよ り も、 む し ろ 日常 語で あ る中 世 低地 ド イ ツ語 によ る法典 化 が法 の妥 当 性 の普 遍 化 にと って 必要 で あり 、 得 策 で あ. たこ と で あ る。こ のこ と は、 こ の時 期 に、 それ まで の法典 のよ う に、 市 民 にと って 特殊 な 言 語と し て の ラ テ ン語 によ. 市 に行い 始 め 、 こ れ に対 して リ ューベ ック 市 が ―二七 0ー 八0年 頃 にあら ため て 中 世 低地 ド イ ツ語 の都市 法 典 を 与 え. 中世末期 リ ュ ーベ ックの都市法典における不動産に関する条文について.

(10) に、市参事 会をしてラテン 語 に代 わる中世低 地ドイツ 語 での法典 の編築作 業 を開始 させ る契機 となったと推 測 す る こ. ). このようにして編簗 が開始 され たキー ル法典 の内容 につ いて簡 略 に概観 してお きたい。. とがで きる。 そ して、それら の法典 の中でこの時 期最 も重要 な ―つ がキー ル法典 であったのである。 (二. 第 一に、 リュー ベ ック市文書館 にあるキー ル法典 の写真版 の記載年代 につ いて コルレン が確 定したことは、以下 の. 通 りである。 即ち 、前 文 と第 一条 から第 一六九条 までが一人 の筆跡 によるものであり、 時期的には十三 世紀末 の八〇. 年代 に属 する。 第 一七 0条から第 二三九条 までは同 じ く十三 世紀末 に、時間 的間隔 を空 けて、一人 の手 によって記載. 00年頃 に、第二 四四 1 ― され て いるが、第 一六九条ま での筆跡 と同じ で はない。 第 二四0条 から第二 四三条 までが一―. 条 が十四 世紀初 めに、 第 二四五 と二四六条 が同じ頃 、 第 二四七 と二四 八条 も同 時期に、 第 二四九条 は 十四 世紀前半. に、最 後 の第 二五0 条 から第 二五七条 までが 一三五0年頃 にそれぞれ別 の人物 によって記載 されている。最 後 の人 物. は索 引 の作成 と第六 四条 の削除 も行っているが、この筆跡 は 一三四 八年 のリ ューベ ック市長ギ ュストウが作成 させた. 法典 の Li berpr i mus の筆跡 と同じ である。同 法典 は司教座 聖堂助 任 司祭 の ティ モ(Hel mmo) による も mi c h Thy. ので あることが知られ ているから、彼 がキ ール法典 の第 二五〇条 以下 の作 業 を担 当 したと仮定 することができるかも. ハン 重嚢 規則 がそれぞれ別 人 の手 によっ て書 き加 しれ ない。 さて同 法典 には最後に十三世紀末 の市参事 会選挙 規則 と。. えられ ている。従 って、 コルレン はキー ル法典 が全体として ―二八二年頃 から一三 五0 年頃 にかけて記載 され たと 結 固 論 す る。. 第二 に、キー ル法典 を構成 する個々の条文 の成 立年代 につ いて、 コルレ ンは同 時期の他の法典 との比較 によって以. 下 のよ うに確定す る。 最古層 を形成 するのは第 一― 一条 までで、時期的にはダンツ ィ ヒ市宛 の最 後 のラテン 語 法典が. - 10 -. 第37巻 第 1 号 近畿大学法学.

(11) て. 作成 された ―二六三 年 の直 後と推 定 される。第二 層 は第 一―二条 から第 一六 O条 までで、 これは―二七0ー 八0年 頃. の エルビン グ 市宛 の法典の作成 と関連 する。第三層 は第 一六 九条まで の九条 で、 ―二八二年 頃のレ ファル市宛 の法典. の作成 と関連 する。第四層 は第二 二二条 までで、 その内第 ニ―四条 までは―二 九四年 のバルデヴ ィ ク法典の作成 と関. 連す る。その後 の条文 は、前述 の法典の記載者 の筆跡 につ いて述 べられていることとほ ぼ符号する から、 ここで は省. の条 文 では刑 事訴訟 ・刑罰 に関す る条文、物 権・債 権法関連 の条文、 さらには海商 法の規定までも順序不同 で並 べら. つ こ 略す る。 文 条 我 々は、以上 から、キール法典が、 ある一定 の時期に、 体系 的に編纂 されて成 立した のではなく、同 法典は、 そ れ る す 関 ぞ れの特定 の時期に編集 された条文グ ループ が年 代順 に、 いわば、層 を成 し て書き加 えられることによって成立し た こ 産 ことを、そし てそ れが、 十四 世紀前半 頃までの リュー ベ ック法を記録 し た ものであることを確認 することができ るの 動 不 る である。 け 第 三 に、 キ ール法典の具 体的な条文 の構成 である。前述 の如く同 法典は体系 的ではなく、 個別 的で、具 体 的な条文 お こ 典 の羅列 であり、し かも個々の条文 もし ばし ば複数 の法領域 に及ん でいるから、端 的にそ の構成 を述 べる ことは困難 で 法 市 あるが、そ の特徴 のみ を記すと、 以 下 のようになる。 まず 最古層 では親族 ・家 族 法に関す る 規定 が最初 の第三0 条辺 都 の ク りまで のかなりの条 文 を占 めており、 こ れらの条 文 の間 に市参事会 員 と不 動産 に関す る条文 が散在 し ている。 そ の 後. べ. ユ れている。こ の傾向 は第 三層 の終 わりまで続 いている。し かし第 四層、即ち 、第 一七0条以下 になると、 なお順序不. リ 期 末 同 とはいえ、 内容 的に関連 する条文 が数 力条ずつ まとめら れている。注 目す べき ことは、第 一九 ニー 一九 三条 に初 め 世 ent enkauf ) の条 文 が登場 する ことでありヽ 関連条文はそ の後増 大し ている。同 様に増加 するのは、 中 て定 期金売 買 (R. - 11 -.

(12) ―つ は 、 同 じ第一 九 三条 に 記 さ れ てい る 「 市 参 事 会 の 決 定 」 であ り、 第二 五OI二 五一 条 に は 「―二 四七年 の 市 参 事. 会 の 決 定 」と ま で記 載 さ れ てい る 。 も う ―つ は 、 市 民 と 市 外民 と の 違い を 明 白 に 規 定 する 条 文 であ る。 例 えば、 第 一. 七 五条 に は 市 民 の 市 の 防衛 義 務 が 規定さ れ る 一 方 、 第 一 八七条 に は 市 外 民 の 三 カ月 間 の 市 内 での 滞 在 期 間 が 定 め られ. てい る 。 以 上 であ る 。 全 部 で 二五 七条 から 成 る キー ル法 典 は これ らの 他 に も様 々 の 条 文 を 含 む こと は 繰り 返 す ま でも. あ る ま い。. 最後 に 、 不 動 産に 関 す る条 文に つ い て述 べておき たい 。 この条 文 も、 その 本 来 的 な カズ イ ステ ィク な法 的 性 格 の た. め に 、 その他 の 条 文と 同 様に 、 純 粋 に 不動 産に つ い てのみ 規 定 する も の ば かり では な く、 む し ろし ば し ば 他 の 法 規定. の 要 素 も 含 ん でおり、 その 境 界も ま た曖昧 なもの も多 い 。 特 に 不動 産法 行 為 と 関 連 する 条 文に のみ 限 定 し ても 、 それ. らは 法 典 全 体 に 広 が っ ており 、 その 数 は 全 部 で約 四 0条 に の ぽる 。 関連条 文 を 含 め る と 、 その 数 は さ らに 増 加 する か. ら、 それ らの 個 々 の 条 文 番 号を あ げる こと は ここ では 余り 有 益 では ない 。 以 下の 節 に おい て中 世 リ ューベ ックに おけ. る 不動 産に 関 する 法 行 為の 内容 を 分 析 する が 、 その際 に 必 要 な条 文に つ い ては 言 及さ れ る であ ろう 。 注. ー. 田 例えば‘ ―二八二年、司教プ ルヒャルト ( Bur c ha r d) と市の教会に対する遺贈をめぐる争いを法王庁からの枢機卿JI使節が , 1841,S. 281 282.。 . The ,Abhandl ハウリは、 l i 、3 e ht c nRe m Lti he c s bi nausde e ung uli 和解させたことに ついて、C.W.Pa 宗教改革期以後 になると教会施設も課税の 対象とされるようにな ったと述 べるが、 アム ・エンデは最初から 教会 の土地には租 har rn d am 税を含む市民的義務が 課せられており、 教会は十三世紀半ば 偽作によ ってこれを 免れようとしたと主張する。 Be .J , 1975,S. 11. 叩叫血叩自{ ,St ahr 掛i"/ューベ ッ 出千 Aハ「 hunde t r eLti ksi ht c c be hi m 12.und13 c s e g urVe ungs s s fa r nz e udi Ende 都市の社会史」所収)も参照。 中村賢二郎編 「 クの兄弟団について」( 第二五0条以下)。 ② 後述 のキール法典にも これに ついての証拠となりうる様な規定がある (. - 12 -. 第37巻第 1 号 近畿大学法学.

(13) ー. ー. ,S.5 .B.a ,Ge ,1 `a.a.0.,S.131215.拙止稿 m En 0 6 1 rfr e d 89 8 k c n ma ff dtLube ta nundHa s e e i e ns ede ht c hi c s ③ M.Ko 、「 近大法学」 、第三十 一巻第 一・ 「 十二 •三世紀のリ ューベック市における市民自治の展開ー| B ・アム ・エンデ説の検討ーー」 .同規則は コルレンの前掲害に収録されている (一六八頁)。 . , .2 2 8 ` 0 a ·. s ニ ・三号。なお市参事会選挙規則について W.Ebe la ,a .W.Ebe . , , , .77 . . 0. ④ G.Ko 7 8 a aa0. S S.2 0 1. r l e n l ,a ,S .1 . . 21. 固 G.Ko 0. , r l e n 7 a ⑥ G•Ko rl e n `a.a.0.,S.3335.筆者は「中世都市 リ ューベッ クの法史料について」、十七頁において、バルデヴィック法典が ―二九四年の段階で既に二 五六条に昇 っていたと記述したが、 これは訂正されるべきである。 コルレンも述べる如く、おそら く、同法典も当時はニ ―四条のみを含み、後に条文数が増大したと思われる。. - 13 -. 不動 産 に 関す る法 行為 の分 析 のため の諸 前 提. 具 体 的に不動産 に関す る法行為 の条 文 を論 ずる前 に、 さらにこれに関連 す る歴史 的、 法理論 的な幾つ かの前提 につ いて言及し ておきたい。. キ ール法典の不動産 、 特に土 地と家屋 に関連 す る条 文 は、後述する如く、 ほ とんどが不動産 に対 す る法行為 につ い. て規定し ており、不動産 の法状態、即ち 、 その静 的な帰属 関係 につ いてはきわめて簡略 にし か規定し ていな い。し か. 世紀末 の同 法典の成 立 に至 るまでの市民の不動産 に対 する支配、即ち 、所有 関係 につ いて言及 する。. ーベ ックにおいてはこの前提 が、他の中世都市に比 べてもはるかに市民に有利 に成 立した。以下 におい て、 ま ず十三. し このような処 分行為 は不動産 に対 す る 一定 の支配 の確立 を前 提 とし な ければ成 立し えな いものであり、 中世のリ ュ. 中世末期リュ ー ベ ックの都市法典におけ る不動産に関する条文について.

(14) (. l ). 十 三世 紀 前 半 ま で の土 地 の所 有 関 係. 獅 子公) によ って 、 リ ューベ ック 市 は 十 二世 紀 半ば に ホ ル シ ュタ イ ン伯 アド ル フニ世 と ザク セ ン公 ハイ ンリ ッヒ (. 特 に後者 の 下で 、 建 設され 、 公の 追 放 後 ― ―八 一年 に帝 国 直 属 都 市 な るも 、 その 後 の 政 治 的 な混 乱の 中 で 都 市 君 主 の. 頻 繁 な交 替 を 利 用 して 、 その 市 民 自 治 を 展 開 させ、 ―二 二六年 には自由 帝 国 都 市 と な って い った。 この よ う な都 市 君. 主の 支 配の 下で 市 民 が どの よう にして 不動 産 に対 す る支 配 を 獲 得 して い ったの か を 明 ら か にして くれ る史 料 は 余 り な. g) の 建 設企業 者 団 説 につ い て の 議 F.Rori い 。 それ ゆえ、 これ をめ ぐ って 論争が なされ て き た こと は、 レー リ ッヒ ( ll 論 が 証 明 して い る。. 筆 者 の 管 見 す る限 り、 市 民 の 土地 所 有 につ い て 最近で は 二つ の 異 な る見解 が あ るよ う で あ る。 それ は ア ム ・エ ンデ. 説 と エーベ ル説 で あ る。 但 し、 両 説は ほ ぽ同 じ時 期 に活 字 にな ったため 、 両者 の 間 で の 議論 は なされて い ない 。 前 者. の ア ム ・エンデ によれ ば 、 因 み に彼 は 建 設 企業 者 団 説 に同 意 し ない の で あ るが 、 市 の 建 設が 特 定の 集 団 に ハイ ンリ ッ. ヒ獅 子 公 か ら 委 ねら れ たと して も、 す べて の 土地 が 対 象 にされ たので は な く、市 領 域 の 一部 の みで あり 、 その 他 の 土. 地 に対 す る公の 支 配は 留保 され て い たと 推 測 す る。 そして 公 は それ らの 支 配地 域 を売 却 によ って あ るい は 、 地 代 支 払. い を免除 し た借地 によ って 移住 者 に その 開 発 と 利 用 を 委 ね たので あ る。 第 二に、 後 者 の 借 地 関係 も頻 繁 な 都市 君 主の. he) ei e Erbl ei fr 交 替 の 中 で 忘却 され て しま い 、 他 方 借地 人も 相 続 権 に従 って 、 その 借 地 を事 実 上の 自 由 世 襲 保 有 ( 121 で 、 永 代 的 に 占 有 し、 その 結 果 リ ューベ ック 市 領 域で の 都 市 君主の 土地 所有 と 支 配は 消 滅 し たと 彼 は 考 え る。 従 っ. て、 彼 によ れ ば 、 借地 関係 は 、 本 来は 、 都市 君 主 に対 す る支 配II従 属関 係 を伴 って い たが、 それ は 後者 と も ども 都市. 君主の 交 替 の 中 で 消 滅 し たので あ る。 彼 の 説 の 当 否 につ い て は 稿を改 め て 論 ず る必要 が あ ろう 。 し かし、 頻 繁 な都市. - 14 -. 近畿大学法学 第37巻第 1 号.

(15) 君主 の交替 とはいえ、 わずか数 十年 の間 に支配 関係 も ま た消滅 したとは考 え がたいの ではなかろうか。 これに対して. エーベ ルは、 エルベ河 以東 の植 民地域 での定住 に関す る史料 を引 用 しつつ、 リュー ベ ック市民は定住 に際 して「世襲. )」 を与 え られて いたとする。彼ら定住者 は彼 ら の都市君主に対 denda i s opos i eher ur ar t edi ea j 権を伴う占有 地 (ar. ぜ なら、 この貢租義 務 は個々の市民によって 担われていたのではなく、 この貢 租 は自治 的 な都市共同 体 によって 一括. 的 に 支払 われた からである。そして、 この貢 租 は市の政治的 な自 立 後も 消滅 す ることなく帝国税として存続 し、 そ の ③ hoB) によって賄 われたのであると。従 って、彼 によれば、 個 々の市民と都市君 財源 は市民が市当局 に支払 う税(Sc. 主の間 には、最初 から、 少 なくとも貢租義 務を媒介 とする直接 的 な支配II従 属 関係 は存在せず、 市民の自 由 な土 地所. 有 が既 に最初 から準備 されていたのである。 この問 題につ いてこれ以上論究 しない。しかし論拠 とする史料 の幅 広 さ. と論理的 な整合 性では エーベ ル説 の方がより説得的 であるよう である。ここでは、差 し当たり次 のことを確 認 す るだ. けで十分であろう。即ち 、キー ル法典が編簗 される以前 に、 既 に市民はリュー ベ ック市領域 で彼 らの不 動産 を自由 に. 不 動産 に関する法行為 の当事 者と し て「人」. 所有 し、処 分す ることができるようになっており、 これに対して都市君主 はいかなる制 限も しえなかったことである。. (二 ). 不 動産 に関す る法行為 の当事者 である本人 と相手 方、 特に 「本人」 としてキー ル法典において登場す る者 は、身 分. , ,hov ,r . ,v c g er 的 に大 まかに区 分す ると、 市 民(g r e )、 市外民 (将 s t el udenet ) ro mde)、領 主層 (her en i dder en. uden) に分けることができる。市外 民とはリ ュー ベ ック市を訪 れる市民権を有 さ ない入来 hen l c tli s hei と 聖聴者 (g. - 15 -. す る貢租義 務を課 せら れては いた が、 彼 ら はこの土 地 を自由 に処 分することを禁じ ら れていたわけではなか った。な. 中世末期 リ ュ ー ベ ッ ク の都市法典に お け る 不動産に 関す る 条文について.

(16) ④. 固. 者ーー 外国商人ーー であ り、彼らが登場する条文はわずかであ る。領主陪と 聖職者 もしば しば法行 為での 禁止され た. 当事者 として あ げられて いるに すぎな い。 従 って、 これらの中で 圧倒的に多数の 条文にお いて現れるの は市民であ. る。 しか し市民 と いう用語自体 が現われるの は第十 一条を始 めとして 全部で十 七条に すぎず、実際に市民 一般 を 表現. ,en mensc ,l ,s する場合に は 「 人 」に相 当する用語である i eman s o) o we ( ude が利用されて いる。人 と い h,we. う表現 は本 来身分と関係なく不特定 の人 間を 意味するのであるが、市 外民、領主層、 聖職者 は市内では法行 為に つい. て制限 されて いたのであるから、彼らが前者 の 概念に含ま れて いたとは 考 えられな い。条文中で人 が表示される とき、. それは市民を、 広義でも、市内に 居住する、前述の 市外民以下の層に属さ ぬ住民を 意味して いると考 えられる。 さ て、 疇. ,men i これらの 「 人 」は女性 ( envr en man uwe) と男性 ( en ec h man) に分けられ、条文にお いて 、最 も頻繁. に 登場するの は後者 の 男性である。女性はさらに未婚の女 性 ( i uncfr uwe)」 uwen )と既婚の 女性、 即ち、「妻 ( envr. と 「寡婦 ( en wedewe )」 とに細分される。妻の 表現と女 性 一 般 の それとが同じであ るのは、 妻が女性の 一般 的な在. り方と観念されて いたからであ ろう。こ れら女性の 登場する条文は男性の それとは対照的にかなり少な い。 おそらく. 女性は、都市に お いても、 しば しば法行 為を 単独で行うことが許されず、その 際に後 見人の同意を必要 としたから、 8 女性を 法主体 として規定 した条文 が少な いの であ ろう。 一方、 男性の 場合に、 圧倒的に多 いのが enmanと いう表現. である。 ところで、man と いう表現 も身分とは 関係なく 人 一 般 を 表しうるが、そのように規定 した条文 はわ ずかで 園 ある。従 って、ここでは、この表現は 一般 に 市内に 居住する 「男」を前提 として 表現されて いる と考えて よ い。 「 男」. ゜. と いう表現も女性の 場合と同様に 「 夫 と妻 ( enman vn 夫」を 表すこ ともあるのは、条文中での 「 de en vr uwe)」. と いう表現からも明らかであ る。 以上の 表現の 他に 法主体 として 登場するの は、「寡夫 ( weduwer e ) 」、「子供 ( ei n. - 16 -. 近畿大学法学 第37巻第1号.

(17) 、一. cht ki ) 」、 「 n d) 未 成年者 (en kn 」、「識人 (en medet kne e cht ) 」 等であるが、 それ ぞれ 一条か 数ケ条に規定 されて. いるに すぎ な い。それ ゆえ、キ ール 法典で法行為 の当事者 として想定 されて いる のは、専ら市内に居住する 住民ー�. そ のほと んどは市民身分であっ た ろうが—ー'の中 の、 成人 の男性であ り、 さらに、「 男」と 「 夫」 の表 現が 区別され. 提 とされて いる と言えるであ ろう。. (三) 法 行為 の対 象とし ての不動産. 不 動産 の内容を 検討する前に、ま ずキ ール 法典における 物的な財産 の全体 を 概鍛しよう。法典中で一般 に市民に冊. 属する 物的な 財産 の総体 は、 以下 のように 列挙的に 規定 されて いる。 即ち、 法行為 の対象として 想定 されて いる の. ,erue ,vn は、第 九七条では 「彼 の総て の財貨、不動産そして商 品 (alsi ngut opsc hat ) 」 、 第一 八六条 では 「総 dek. ,c h o mal st て の財貨、 ……不動産、商品そ して定 期金 (desghude e••• erues opsc hat t e svn nt e )」、第ニ ―三 deRi. 条 では 「 彼 の総て の財貨、不動産そして商 品 (all n e sghude esi seruesvndec opman sc ap)」であ る。 「財貨(gut ) 」. はあら ゆる 物 的な財産も 意味しうるが、ここでは動産を表 示して いるであ ろう 。これら の規定 から、物的な財産 とは. I. から. 動産 と不動産 と商品、ある いは定 期金から構成されて いたこ とが 理解される。動産、 即ち‘var endehaue とは、 基 屈. 本的に個人 の持ち物であ って、個人に、前 述 の 「 領主的な拘束」か ら のみなら ず、相続人 の コ家族法的な拘束. も 免れ た自由 な処分が認め られ でいだ財貨 でー あ ったd法典ではさらに 商品もま た動産 と見倣されて いる。 な ぜなら 後. 者 も動産 と同様に自由 な処 分 の対 象 とされて いるからであ る。動産につ いて の条文も多く はな い。. - 17 -. るこ と なく 使用されることによって、 彼は一人 の配偶者 と、 そして、おそらく子供をも 有して いる こ とが一般 的に前. 中批末期 リ ュ ー ベ ッ ク の都市法典における不動産に関する条文について.

(18) これに対して不動産 に 関す る条文ははるかに多 く、そ の内容 も詳細 で ある。不 動産 と見倣 される個々の財産 に つい. ては、二 つの異なる分 類 に従 って説明 する必 要 がある。第 一には、個別 ・具 体的な分類 である。 これによ れば、不 動. ck) は、 法典の中では、wor ii t unds Gr 産 と見倣 さ れるのは 、まず土地 である。土 地 ( 第 九六条 他)、er t( 第 t ri ke (. 八条 他)、<l C 二四 一条) と表 記 されて いる。第 二に家 屋 ( at s hus ) である。家 屋 は、ドイ ツ中世法では動産 と i n 第 凹 見倣さ れたが、 法典の中では、家 屋 が土 地と同 様 に処分 の対象に されているので、 リ ューベ ックでは家屋は不動産 と 8 見倣 されたと考 え られる。土 地や家 屋の表 現 とは 対照 的に昧 曖 であるのは、ヴ ェ ーレ ( wer e)とト ールフ ァッ ハト ・. t or f アイゲン ( hachteg en) と定期金 である。最初 のヴ ェーレは、たとえ ば、何 らかの財貨 が、「彼 の ヴ ェーレに到. Gewer e)、 あるいは具 体的な場 所 としての「土 地と家屋 ( Hof und の物 権の法的な表 現 としての ゲヴ ェーレ (. s )」 ( 第一〇 二条) とか、寡婦 が彼女 の嫁資 に ついて「ヴ ェーレから ( v tderwer e)」 った ( an s ek o men i i n e wer り ( 第 一七 二条) の支払 いを要求 した、という様 に使用 されている。これらの場 合のヴ ェーレは、「 本 権と占有 権の未分 離」. 、 のいずれか を 意味 する で あろう。 しかし、 ここでいずれの解釈 が 的確である のか、 ある いはヴ ェーレは )」 Haus. 両 方 の意味 をなお含 ん でいたのかを判定 することは困難 である。 この問 題 はキ ール法典からの史料 が不 十分 である の. で、 いずれ他の リ ューベ ックの法史料 の検討 の際 の課題 とすることにして、ここでは差 し当 たりヴ ェーレが不 動産 の. 表示 に 利 用 されたことだけを 確認 するに留 めておきたい。 ト ールフ ァッ ハト・ アイゲン も同 様 の問 題点 を抱 えて い. hu. ,. ト ールフ ァッ ハト・アイゲン を る。 これは 法典中では 以下 のように使用 されている 。第 七条 では 「いかなる者 も:・ ・ ・ ・ 8hu . 質 入れす ることも、売却 することも、贈 与す ることもできない」と規 定 されている。 コルレン はそ の語棠索 引 で . . . . .. ト ールフ ァッ ハト ・アイゲン に Voll ei gent um の現 代ドイ ツ語訳 を付 けている。ト ール フ ァッ ハト ・ア イゲン が抽象. - 18-. 第37巻第 1 号 近畿大学法学.

(19) 的 な法 観 念 と し て の 「完 全 な所 有 権 」 を 意 味 する のか、あ る い はこ こ でも 、 ヴ ェー レの場 合 と 同 様に 、 具 体 的 な対 象. ー スト市 を起 源 と し てリ. ュー ベ. を示 す 表 示 と し て の 「完全 な所 有 地 」 を 意 味 す る のか 判然 と し ない 。 中 世 低 地 ドイ ツ語 の法 用語 の言 語 学 的 研 究 を 発. 表 した イ エ ン セ ン ( K•H.Jens en)に よ れ ば 、 こ のトー ルフ ァ ッ ハト ・アイゲ ンは ゾ. ック 市 並 びに バ ルト海 沿岸 都 市 の都 市 法 史 料 以 外に は 現 れ ぬ、都 市 に 固 有 の法 用 語 であ り、そ れは 本 来 芝 草 で覆 わ れ. た土 地 を意 味 し た よう であ る が、 リ ュー ベ ック では 、い かなる 場 合 に も相 続 に よる 分 割あ る い は質 入 れに よっ て家 屋 8 ( Eigent um) を 意 味 し た。 前 述 の第 七 条 では ト ー ルフ ァ ッ ハト ・アイゲ ン. 敷 か ら分 離 さ れる こ と の でき ない 所 有 地. であ り 、完 全 な 所有 権 と い う意義は 法 典 作成 者 に よっ て与 えら れ ては い ない よう に 思 われる 。 従 っ て、 ト. ー ルフ ァッ. ハト ・アイ ゲ ンも 不 動 産 を 具体 的に 表 示 する 用語 の 一っと 考 え てよい であ ろう 。最 後 の定 期 金と は 、資 本 が投 下 され. ー ル法 典. では 、前 述 の如 く 、 かな り 後 半 の 部 分 で登場 し、 そ れ ら の条 文 の作 成 時 期に そ の法 的. た 不動 産 か ら定 期 的に 支 払わ れ る 一定 の給 付 金 を 意味 し、 こ れは 物 上負 担と さ れ てい る 。こ の定 期 金は 本 来 不動 産 と. 考 えら れ てい た が、 キ. 性 格に かな り の変 更 が 人為 的に 加 えら れ 、 処 分 の自 由 な 動 産と する こ と も でき たこ と が知 ら れ てい る から 、こ れに つ. い ては 項 を 改 め て後 述 する 。 以 上 が個 別 ・具 体 的 な分 類 であ る 。. 第 二 の分 類 は 「処分 の自 由 」 の度 合 い に 基 づ く区分 であ る 。 中 世 のリ ュー ベ ック に お い ても 、 不 動 産 の処分 はそ の. 所有 者 の自 由 に 委 ね ら れ た の では な く 、 彼 の相続 人、と り わけ最 近 親 相続 人 がこ れを 制 約 する こ と が でき 、従 っ て所. 有 者 は 相 変 わら ず家 族 法 的 な拘束 に 服 し てい た。 し か しこ のよう な 拘束 は 都 市 的 な活 動 に と っ て不都 合 であ り 、 次 第. に 緩 和 され る よう に なり 、 不動 産 の 範 疇 に そ の 所有 者 の処分 の自 由 に 服 す も のと そ う でない も のと が生 じ た の であ. - 19 -. は 抽 象 的 な法 銭念と し て の完全 所 有 権 より も む し ろ具 体 的 な名 称 と し て の土 地あ るい は 所有 地と 解 釈 す る ほう が自 然. 中世末期 リ ュ ー ベ ッ ク の都市法典における不動産に関する条文について.

(20) ) である。相 商 品) 化され た不動産 と獲得財産 (g ewunnengut る。 それら の区 分は、 相続 財産 ( eruegut ) と動産 (. 続 財産 は第二 六条 で は 「相続 財産 を有 し、 これ を売却 しようとす る者 は誰 であれ、 彼 はそれ を第 一に最 近親 相続 人 に "u m 提示す べきであり、 ……」と 規定され て いる。従 って、 相続 財産 が前 述の家族 法的な拘束 に服していた こと は明 ら か. である。次 に「動産 ( 商 品) 化された不 動産 」と は、本来 は相続 財産 に属す るのであるが、人為 的に動産 化され、. 以上 の二つ の分類 から、土 地や家屋 等 の不動産 でかつ 相続 財産 をなす物 的な財産 が相続 人 の家族 法的な拘束 によっ. にかかわりなく自由 な処 分の対象 であったのである。. 場す ること である。例 えば、 ―二 六三年 のダ ンツ ィヒ市宛 の法典の第 一条 で は「人 は自ら獲得 した財産 を彼 が欲す る 四 人に質 入 れ し、売 却 し、 贈与す る自由 な処 分権を有す 」と 規定され ている。それゆ え獲得 財産 は動産 あるいは不 動産. 縁 であったのではなく、逆 に周知の事柄 であった からと考 えられ る。その根拠 はキ ール法典以外 の法史料 で頻繁 に登. 得 たも のは彼 のも のである」と 規定され て いる。 このよう な関連条文 の少 なさは獲得 財産 の概念 が リ ューベ ックに無. す るのは第 一六七条 のみ である。そ こで は相続 財産 の分割 と関連 して「誰 かがた だ彼 の固有 の労力 (h ant ) によ って. にのみ 現れ るが、 そ こでは獲得財産 に は実質 的な定義 が与 えられ ていない。狸得財産 の内容 につ いて、 わずかに 言及. れす る自由 な処 分権を有す (weldich ) ぺし」。最 後の猥得 財産 の用語 はキー ル法典では第 九条と第 一六 二条 のニケ条. に商 品 の如 く彼 に与 えるなら ば、 その夫 は以 後その不動産 を、彼 の他の商 品と同様 に、 彼 が欲 す る人に売 却 し、質 入. は第 二0 一条 である。即ち 、「ある男 が 一人 の嫡 出 の婦 人 を不動産 ととも に姿 り、 これ を彼女 の血縁者 が彼女 ととも. の所有者 が死亡す るまで、 即ち 、 相続 が開 始 され るまで自由 な処 分の対象と な った不 動産 である。その典型 的な条 文. そ. て処 分の自由 を妨 げられ ており、動産 ( 商 品) 化され た不動産 と獲得財産 はまさに このような拘束 を免れ るため の手. - 20 -. 第37巻第 1 号 近畿大学法学.

(21) 段で あ った こと が 明ら か であ る 。 以下 におい て 不 動 産 に関す る 法行 為 が 論 じる が 、その 際 時 に相 続 財 産 と この 家 族 法. 注. ー. ー. xti. 山 レー リ ッヒ の 建設企業者 団説につい て 、前 掲の 拙稿、九三ー一 〇一 頁。 . , .. ,. . 8 6 10 11 S 0 a a ③ B.am Ende , l,Re c ht s fr a g e nde sbii r ge r li c he nGr ③ W.Ebe undbe s i t z e si s t de u t s c he nSi ed l ung s g e bi e tde mo sMit t e l a lt e r s i n P r o b l e me , . , . S 1 9 7 8 c ht s ge s c hic ht e ut s c he n Re 2 5 0 24 4 llli'. 論 : 注 i に レ { わ ぃ 心 い 一 十 ~ 4 ] 一 = ヰ ic ラ ィ ヘ+ ノウで庁 打bわた i 類涼 derde g中 内六 tで太} る 。アム ・エンデ論 文も 実際に は一 九七三年頃 執筆された と思われ、同論 文の 中 では エーベ ル の 講演につい て 触れている 箇所 は ない よう であるか ら、両者 は互いに 気がつ く ことな くそ れぞれの研 究を 発表し たの ではなか ろうか 。 ,Lii ④ W.Ebe bi s c he sRec ht 1,S. 269. l ⑤ 市 外民とい う 用語が 現れ るの は第二四、九 五‘ 1 0九、一 三0 、 一八八、ニ ―八、ニ ―九、二三四 条である 。 ⑥ 領主層を 意味する 用語が 現れるの は、第三、五三、 一〇八、二三四、二五O、二五三条である 。聖蹴者 あるい は教会 とい う 用 語が 現れるの は、第 二九、三0、一 五 二、 一五五、 一九 二、 一 九四 、ニ ―二、ニニ七、 二三四、 二五O、 二五一 、 二五四 条であ る。 m 特に 聖職者 と区 別 する た めに 「俗人 ( l e i g e ) 」 とい う 表現を 使用し ている 条文が ― つだ けである 。第ニ ―二条。市 外民に市 民 権の取 得の 可能性が あ ったこ とについ て は第一 八七条を 参照。 ⑧ 後見 人( v o r munde )とい う 用語が 現れ るの は、第 二二、二三、二四、三三、六三、七七、 一―五、一 八六、 二0六、二0七 、 ニニ九条である 。寡婦 の 処分 行為に は相 続人の 同意が 必要である 。子供がいる 場合に は彼らの 同意が 必要 である( 第ニ ―条)。 ⑨ 「 いかなる者 であれ 」を 表す s owe li cma n とい う 表現が あるの は第九、一 八七、 二四七条である 。第二四三条では 「 いかな no de rvro we ) 」 と規定されている 。 る 夫あるい は妻であれ( s owe l kma 皿 第四条。同様の 表現は第一 0 1、一 六三、 二ニ ―‘ 二三五、二四六条にも見 出せる 。な お第 二四 三条の 場合も 同様 である 。 Ullこの 他に 「 最近 親相 続人 ( deneg e s t e ne rv e n) 」、「 非嫡出子」も ある 。 四 第 二四六条。 ⑬ 第五、六‘ -O条。. - 21 -. 的 な 拘 束 を考 慮し つ つ 論述 す る で あ ろう 。. 中世末期 リ ュ ー ベ ッ ク の都市法典に お け る 不動産に 関す る 条文につ い て.

(22) 近畿大学法学 第37巻第 1 号. ,a . .0., a S. 37f. ⑭ 第 二0 一条。W.Ebel ⑮ 第 一九三、 二四三、 二五五条。 ⑯ エーベ ルによれば‘リ ューベ ック市では土地の上 い っば いに家屋が建てられ ることに よ って家屋が当 該土地を表示し、 その結 , el 果土 地と 家屋が 同じ様に見倣され、 さらに家屋に土 地とは 独立して所 有 ( Ei gent um) が認め られ るようにな った。 W . Eb ,S.1 .0. 2. a a. ⑰ 同様 の用法 は、他に第 一七 一、 一七三条 にもある。 ⑱ 全文は「 いか なる者も、 彼が 彼の妻とともに取得した トー ルファッハト ・アイゲ ンを、彼の妻と、もし彼 らが子供を有し てい のあ るならば、子供の同意なしに、質 入れする ことも、売却する ことも、贈与する こともで きない。但し、 やむをえざる事 由 ( る場 合)、 拘束ある いは貧困ある いは彼が裁判にお いて貨幣のために隷 属される場合 を除く」。 トールファッハト ・アイゲ ンは他 に第三0、六 二、七 四‘ ―二0、 一三O、 一四六、 一八O 、 二0 四条にもある。 この 用語は、「はじめに」 の箇所 で既述した ご とく、十三世 紀末の市参事会選挙規則にお いても現れている。筆者は、結論を先取りする結果にな ってしま っているが、 これを 不 動産 と訳してお いた。 . . ,S.228 ⑲ G•Kor a.O. l en,a ー. ,S.1 . ⑳ ぞ rlHyl dgaar d-J ens en,Recht s wor t geogra phi s c heSt udi en. I,1 24 964 20 1 ⑳ 相続財産 と いう 用語が現れるのは、他 に第 二O 、 二五、 二八、 二九、八六、 一五四条で ある。第 二三六条 は第 二六条と内 容的 )」 と言 い換 えられ ており、相続財産 とは に類似した条文であるが、そ こでは相続財産 が 「死亡による財産 ( uors t oruen erue 血縁者の死亡に よ って帰屈するに至 った 財産 であると考 えられる。なお第 二六条の全文は後節 の( 二)を参 照。と ころで相続財産 xIIの第 二五六条である。 この条文は キール に ついて、 さらに、もう ―つ言 及しておく べき ことがある。そ れは ハッハの g de 法 典には存在しな い。そ の内容は、相続財産 にそ の所 有者 が建 物の建 築 な いし改築のために某 かの金額を支 出しても、特 約 がな .F•Hac 、 1839,s. 376. h•Dasal t elii bi s cheRecht い限り、そ の金額は相続財産 に留まる こと であ る。J .a.0.,S. 185. J.F h,a •Hac. 四. -2 2-.

(23) (. - ). 四. 不 動産 に関す る法 行 為. 不動産 の所有と その制限. 既 に示唆し ておいた如く、不 動産 の法状態 、即ち 、その静 的な帰 属 関係 についての条文 は多 くなく、し かも そ こで. は所有 に つい て抽 象化され た法概 念 は示 され ず、た だ具体 的に 規定され ている場 合が多 い。所有 を表 現する用語 の中. - 23 -. で最も頻繁 に利 用 され ている のは「有 す る (h ebben)」である。例 えば、前節 であげ た第二 六条 で は 「相続財産 を有. らに帰 属 関係 を、単独 で は意味し ないが、 他の言葉 と 結 合す ること によっ て推 定 させる用語も 登場 す る。そ の典型 は 121 「留 まる (bli u en )」と 「居 る (bes it t en)」である。前者 が占有 を表 す例とし て コル レン は第 一五二 条 をあげ る。そ こ. は…… 」と 規定 され ている。後者も 、例 えば、 第 十二 条 で「……その不動 産 は最 近親 相続 人 に帰 属す る 」と規定 され 山 ている 。し かし、これ らの表 現 は、不 動産 に関す る法行為 と の関連 にお いて、条文 の中で登場す ること は少 ない。さ. (s i n)」、即ち 、「誰それ のも のである」 と いう表現 であり、もう ―つは、「帰属す る(hor en )」と いう単 語 である。前 . 者 は、例 えば、第 ニ ― O条 で「. 市の内外に存在 し 、市のも のである不動 産 (t . . . . . or fa c ht ec heg enes) を占拠 す る者. と が 困難 な 場 合が 多 いのである。 これ に 対し て、 帰 属 関係 を 幾 分明 瞭 に 表 現す るのは、 ― つは、「属格 +である. 有 者 が いかなる権限に基 づ いて不動 産 を有 し ているのか、即ち 、単 なる占有 なのかあるいは所有 なのかを推 定す る こ. )」と いう表現 から必ずしも そ の所 ebben 所有 し ている こと が推測 され るのであるが、そ の他の条文 で は「有 す る (h. • と いう 様に使用 され ている。 この場合、 所有 者 は相続人 とし て す る者 は誰 であれ (g we s o heueter uegut••) 」. 中世末期リ ュ ーベ ッ クの都市法典におけ る不動産に関する条文について.

(24) では、市 内を 徘徊し他人を 傷 つけた家畜の 売却代金の 教会への 寄託 に ついて 「一年と 一日の 間に 誰も来ないの であ れ. ば、その 貨幣は、それが帰属した者 の 魂の ために、 教会に留ま る ぺし」 と規定 されている。 しかしこの 場合、「 留ま. 占有に留ま る」 と 訳す必要 はないし、 この 貨幣は不動産 でもない。筆者がキ ール 法典を管見する 限 る 」 をあ え て 「. ( II. …」 夫婦)が有して いた財産ととも に留ま る ( t ) :· si be. り、 この用語は不動産では帰属関係を 示す単語 として は使用されてい ない。 後者 は近代ドイツ語の占有する (bes i t ' ③ 占有 に留ま る」という現代 訳を与える。例え ば、第 ニ―条 で は、子供 ) を 連想させ、 コル レンも前者 と同様に 「 n e z. を 嫁がせた夫婦の 内、夫が死亡し た場合 「 その 妻は彼 ら. 占有に留ま る」と訳すこ とも可能ではあ るが、単 に 「 と規定 されている。この 場合、当該財産 が寡婦の 「 居る 」状 態. を 意味する と解釈することもできる。同様の 条文 は第 一七 一条と第 一七三条の みであ り、何れがより合理的 な解釈で. ある か判断することは難しいが、登場する頻 度 から すれば 「 占有」の 概念が 既に 登場して いたと 即断するこ とはでき. ④. ないであ ろう。 なぜなら不動産に 関する多くの 条文 に おいて 登場するの は 一番最初に述 べた 「 有する ( hebben )」 あ る から であ る。. 以下の 通りであ る。「 人 々が不動産 を共有し ( t osamenehebbe n)、そして彼らが 一致を 見ない場合、. ( II. 彼らの) 一方. 屋 に 一年ないし二 年、彼らが取り決める期間の 限 り居住し、その 後他方も同 じ期間 ( 居住する)」 。第 六 一条の 内容 は. 生じる。 即ち、 二人の 男が 一軒の 家屋を 共有し(t os ) 彼らがそこ に共同で居住しえ ず、ま た望ま な amenehebben 、 いのであ れば 、 そして 、彼らが当該家屋を 売却する か、あるい は取り壊す べき必要もないの であれば、 一方が 当該 家. 六0条と、土地の 共有関係の 解消に ついて の 第六 一条であ る。第六O条の 内容 は以下の 通り である。 「 以下の ことが. 他人との 共有関係に ついてはキ ール 法典 では ニカ条 に おいて規定 されている。 家屋の 共有関係の 解消に ついて の 第. で. - 24 -. 近畿大学法学 第37巻第 1 号.

(25) ( 11. 前 者) が当該不 動産 あるいは貨幣 を取得 す べし 。し かし て選択 権を. から離 れることを望む 者は誰 でも、当該不動産 を貨幣 (penni ng e )で評価 し 、当該不動産 の彼の共有 者(ku mpane) である前 者 に選択 を委ね る ぺきであり、彼ら. 11. 有 す る者は八 日以内に選択す べきであり、( 彼 が貨幣 を選択した場合 筆 者) 貨幣 を人 は 四 週間 以 内に与えるべし 。. おり、抽 象的な法概念 ではなく、現実 ・具 体的な表 現によるにせよ 、 ここでは明 ら かに不動産 に対 す る個人 の権利 が. ⑤. 価 値 •抽 象的に 把握 され ていることが 推 定 できる。 法概念 の抽 象化へ の ―つ の萌芽 を認 めることができるであろう が、共有 関係 につ いての条文 は残 念 ながら このニカ条 のみ である。. 以上 のよう な不動産 の所有 に対 し て公 法的、私 法的な制 限が課 せられ ていた 。第 一に、土 地の土 盛 りにつ いての第. 八条 である。Lの規定 は リューベ ック市が丘状 の半島 の上 に位置す るという特別 の事情を考態し ている。即ち 、土 地. の所有 者は、土 地 が 一般に傾斜 地であるから土盛 りを当該 地に施す必 要があり、そ の際 には低 い位置 にある隣 人 の土. 地よりも― フィ ートだ け高くす る ことが許 され るのである。 これ は特に雨 水 の排水のた めである。第 二に、家屋 の建. 築 あるいは改築 の場合 の規制である。第 五九条 では、建築 の結果隣人 の土 地 に家屋 がはみ出 した場合 に建築 主は隣 人. に六0 シ リング を支払 うべきであるが、当該家 屋が隣人 の土 地 の上 にせりだし ている場合 には四 シリング の支払 いの. み で十 分であること、及 び屋根 が隣人 の土 地 に向 かって傾斜 し ており、雨 水 が隣人 の土 地に落ち る場合隣 人 に四 シリ. ン グ が支払われ、隣 地の間 に空 地 が設 けられ るべきことが規定 され ている。第 六五条 では、壁 を接 す る二軒 の家屋 の. 内の 一軒 が改築 され る場合 、改築 主は当該壁 を残 し、 で きる限り壁 に接 し て彼 の家屋 を建築 し、 改築 後ー� 時期 は不. 明 で あるが—| 古 い壁 は取 り壊 され 、そ の木 材 は隣人 との間 で等分され 、そ の場 所 は空 地にされ ることが規定 され て. -25 -. 人 々が 一隻 の船 を共有 す る場合も同 様である」。 両 方の条文 において、 共有 関係 の際 には不動産 の売却 が予 定 され て. 中世末期リュ ー ベ ックの都市法典における不動産に関する条文について.

(26) いる。 第六六条 では、建築の 際に建築 主は市参事会員 から 物差しと巻尺を 受取り、これを 街路に当てた後に 建築に 着. 手 するもの とされ、違反の 場合に は市に 銀三 マル クを支払い、市の指示を 仰ぐこ とが規定 されている。こ れは 一種の. 都市計画に 基づくもの と言えよう。第六 八条では、あ る市民が隣人の 家屋に接 して 、し かもその 家屋の壁を 利用 して. 自分の 家屋を建築 しよう とし、これに対して 憐人 が同意を 与え ない場合、市参事会員がこれを 調停し、その 後家屋は. 一年以内に 石造に より建築される べきであ り、違 反に は銀二〇 マル クが科せられることが規定 されている。 こ れは隣. 人の 住居の 雨水の排 水並びに 防火を 配慮し つつも他方壁を接 する 建築を 許可せざるをえない事 情を 推測させる。この. 規定 と関連して、キ ール 法典の かな りの 後半部分に 位置する第 二四一条では、既に 壁を利用して倉庫を有 している 隣. 人 に 対して 、あ る人が同様に倉庫を 建築する場合、その 壁に接 した新たな共同壁の 設置を 彼の 隣人に強制 で きないこ. とが規 定 されている。この場合には 第六八条 とは 異なって、隣人の 既存の 倉庫の 雨水の 排 水が優先 されている。 第 六. 九条では、傾斜地 において、下手の 隣人の 土地 に余りに接 近して 家屋を 建築した 者 は、その 隣人が既に彼の 土地 を敷. 地 として 利用して いた場合、隣人の 土地 との 間に 空間を 設けなければ ならないこ とが規定 されている。第 三に、隣 人. 間での 境界壁 (mur)、所謂 ‘ 囲障の 設置に ついての規 定 である。 第 一0四 条では、共同で囲障 としての 壁を 設置す. る場合に は互いに 援助する義務があ り、稽ま れる 壁の 長さは六0フ ィート 、も し両者 の 土地 に高低があ れば 、積ま れ. る壁の 高さは低い 方 から 二0フ ィート と定 めら れ、そして 、も し彼らの 一方 がよ り高く、よ り長く槙むこ とを 望むの. であ れば、そ の費用は彼の 負担 となるが、他方の者 も後にこれを享受する場合、彼もその 費用の半分ま で負 担するこ. とが規 定 されている。第 一五O条でも、囲障の 設置に対する隣人の 援助義務が定 められ、さらにその隣人が世 襲借地. k penni ng e) 人 で、し かも援助する だけの資力 が ない場合には地 主がその 世 襲借地人 に九 マル ク ・プフ ェニヒ(mar. -26 -. 近畿大学法学 第3 7巻第 1 号.

(27) を 貸 付 け 、 彼は 地 代 の 他 に年 八 シ リ ング を 余 計 に 支 払わ なけ れば なら ない こと が規 定 され て い る。 隣 人間 での 境 界壁. は 両 者 に 利 益 をも たら す から 、 必 然 的 に 共 同に よ る設 置 が前 提 と され て い るの であ る。 さらに 不動 産の 所 有 者 は 直接. の 利益 享 受 者 では ない に も か かわ ら ず 、 所 有 者 であ る こと を根 拠 に 世 襲 借 地 人に 対 す る援 助 義 務 が命 じ られ て い るの. であ る。 第 四に 、 不動 産の 付 属施 設に つ いて であ る。 第 八一 条 では 、 家 屋 に 付 属す る栖 梁の 維持 義 務 が定 め られ 、 壊. れ た橋 梁 を修 理せず 放 置 し、 その 結 果 市 民 の 家 畜 が その 橋 梁 で脚 を傷 め た場 合 、橋 梁 の 所有 者 は 家畜 の 所 有 者 に 賠償. -27 -. を 義 務 づけ られ た こと が規 定 され て い る。 第 一四 一条 では 、 厠 及 び豚 小 屋 は 街 路 ない し 塞地 から五 フィー ト、 隣 人 か. ら 三 フ ィー ト離れ て 設置 す べき こと が規 定 され て い る。 最 後 に 、 営 業 施 設に つ い て であ る。 第 二四五 条 では 市 内 での 71 風呂 屋と 。 ハン焼 釜 の 新 たな 設 置 が市 参 事 会 の 許 可に 係 る こと が規 定 され て い る。. これ ら の 不動 産 所有 に 対 す る諸 制 限の 特 色 は 、 明 ら かに 市 城 壁 内の 狭 い 都 市 空間 を でき る限り有 効 に 居 住 なら びに. 生 活 空間 と して 活 用 す る こと を目 的と して おり、 それ に よ って 生 じう る火 災 や水害 等の 災 害 防止 が主 眼に 置 かれ て い. る こと であ る。 これ らの 規 定 は 、 ザク セ ンシ ュビ ーゲ ル ・ラ ント法 の 関連 条 文と 比較 す ると き 、ま さに 農 村 に 知られ. に 委 ね られ てい た こと であ る。. る方 向 に 働 い たと 考 え る こと が でき よう 。 第三 の 特色は 、 この 様 な規 制 の 決 定 と これ を めぐ る争い の 調停 は 市 参 事 会. 踏み 込 ん でい る こと であ る。 これ らは 当 該 不動 産の 経済 的 な価 値 が損 なわ れ る こと な く、維 持 され 、 さ らに 高 め られ. 間 での 利 害 の 調整 だ けに 留 ま ら ず 、 さ らに 積 極 的に 石造と 建 築基 準 に よ る町 並み の 統 一と い った都 市 計 画 に ま で既に. て い な か った都市 に 独自 の 規 定 であ る こと が明白 であ る。 第 二の特 色 は 、 これ らの 規 定 が、 単に 当 事 者 、 と くに 隣 人. 中世末期リュ ーベ ッ クの都市法典にお け る不動産に関する条文について.

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