<論説>現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(一)--民法と憲法の関係および民法と行政法の関係についての一考察
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(2) 近畿大学法学第 5 3巻第 1号. 第一章. 民法と憲法の関係についての現在の議論状況と本稿. の課題. 第一節はじめに 現在の日本法において議論されている様々な問題,とりわけ環境法,競 争法,消費者法などの特定の目的をもった個別の法領域において議論され ている問題については,民法学,憲法学,行政法学などの伝統的な法領域 のそれぞれにおいて形成されてきた法理論が,相互の位置づけを明確にし たうえで,他の伝統的な法領域においても考察される必要があると考えら れ る ( I ) 。 しかし,そのためには,そもそも各法領域の相互の関係を明らかにして おかなければならな L、。そして,この関係を明らかにするためには,各法 領域を一定の共通の基盤のうえに位置づける必要がある O 本稿では,この ような共通の基盤となりうる理論として最も可能性の高いのは,私法の一 般法であるところの民法と国家の統治の基本を定めた法であるところの憲 法の関係についての理論的枠組であるとの考えを基礎において,各法領域 の共通の基盤という意味における民法と憲法の関係についての理論的枠組 の構築をめざした考察を行っていく (2)の ) 。 以下本章においては,第二節で民法と憲法の関係についての現在の議論 状況を検討することを通じて本稿における考察の具体的課題を導き出す。 *本稿においては敬称を略させていただきました。 ( 1 ) 宮津俊昭「環境法における私法の役割(前篇)( 1 ) -( 3・完 ) J 一橋法学 2巻 1号 2 1 9頁,同 2号2 5 5頁,同 3号1 3 1頁(以上 2 0 0 3年),同「同(後篇)(1)-(3・完 ) J 近法 5 1巻 3・4号 1 7 3頁,同 5 2巻 1号 1 8 3頁 , 同 2号 l頁(以上 2 0 0 4 年)はそのような意識を念頭において,私法上の制度と公法的規制の関係の考 察を行ったものである。. - 5 6(143)一.
(3) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー). そして第三節においては,その具体的課題を考察するにあたっての視角と 方法を示したうえで本稿の構成を示す。. 第二節 民法と憲法の関係についての現在の議論状況と本稿の課題 一.民法学における現在の議論の概観とその検討 ( 1 ) 国家の構成原理としての憲法と社会の構成原理としての民法が並列. しているとする見解(星野英ーの見解). ( a ) 内容一一民法と憲法の関係を中心に 星野英ーは,近代社会の特色であるところの国家と市民社会の分離を基 礎におく (4)。そして,市民社会を経済社会という意味にとどめず,さらに 広範な自発的団体とその活動を含めた意味で捉えたうえで悶,なお今日で も国家と市民社会の分離が妥当しているとする (6)。また,民法は市民社会. ( 2 ) なお,通常「憲法と民法Jの表記される問題を,本稿においては「民法と憲. 法」としている。どちらが先でもよいのであるが,この問題について, I 日本法 体系において憲法が民法の上位規範であること」を主に議論の出発点に位置付 けている議論が有力に主張されていると考えられる現在の状況に対して,本稿 では「憲法に対する民法の自律性・独立性Jも議論の出発点として同価値をも っと位置付けたうえで,この両者を整合的に基礎づける民法と憲法の関係につ いての理論的枠組を考察する,という形で具体的課題を設定している(本章第 二節三.参照)。このような課題設定を明確に表すことができると考えたため に,あえて「民法と憲法」との語順を用いることとした。 ( 3 ) なお,民法と憲法の関係についての理論的枠組の構築に向けた考察のなか で,民法と行政法の関係についても考察を加える。 ( 4 ) 星野英一「民法と憲法」間『民法のもう一つの学び方 j (有斐閣, 2 0 0 2年,初 出1 9 9 4年),星野英一『民法のすすめ j (岩波書庖, 1 9 9 8年)参照。. ( 5 ) 星野・前掲注位) I すすめ J1 1 1頁以下参照。 ( 6 ) 星野・前掲注但) I 民法と憲法J2 7 2 8頁。ここではフランスにおいて民法が社 会の consu t it ut i o n とされ,憲法が国家の c o n s u t i t u t i o n であると捉えられ ていることも示されている(この点については星野英一『民法=財産法 =j 5 頁(放送大学教育振興会, 1 9 9 4年)も参照)。. - 5 7(42).
(4) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第. l号. の法(私人間の法)として現代社会の基本的なあり方を規定しており,他 方,憲法は国の基本的なあり方,及び国と私人の聞の関係を規定している との考え方を示す(7)。これら考え方を基礎として,民法と憲法の日本法体 系上の上下関係は明らかであるものの,それらの認めている実質的な価値 は人権を中心にする同じものであり,各領域においてその価値が実現され ていると考える方がよい,との主張が示される (8)。すなわち,人権とは憲 法だけに認められているものではなく,人権とは基本的な法律の原理とし て存在し,それが憲法においては国に対する権利として,民法においては 私人に対する権利として存在すると考える方がよい,とする(九 以上のような考え方は,人格権についての議論に反映している O すなわ ち,人格権に関して,「 ・ ・,法律以前の存在として人間に属する人権が, H. H. 一方で国に対して主張できる憲法上の権利,他方で他の人に対して主張で きる人格権(..・ ・)として現れている」と考えられるとされている 0 0 ) 。 H. ( b ) 検討. この見解においては,民法と憲法の関係について,憲法を国家構成原理 と捉え,民法を社会構成原理と捉えるという両者の関係についての学説の 大きな流れの基礎となる考え方が提示されている。すなわち,憲法,民法 その他すべての法律を超える自由・平等といった全法律の指導原理があ. ( 7 ) 星野・前掲注位) r 民法と憲法J2 8頁 。 侶 ) 星野・前掲注( 4 )r 民法と憲法J2 8頁。すなわち,憲法においても民法におい ても人権が認められていると捉えられる(星野・前掲注但)r 民法と憲法J2 8頁 ) 。 ( 幼 星野・前掲注( 4 )r 民法と憲法J2 7頁。さらに,このような憲法や民法が認め ている実質的な価値については,憲法,民法その他すべての法律を超える自由・ 平等といった原理があり,それが全法律の指導原理であるとしている(星野英 一=樋口陽一「社会の基本法と国家の基本法」ジュリ 1 1 9 2号 9頁〔星野発言〕 ( 2 0 0 1年),また星野・前掲注( 6 )5頁も参照)。 星野・前掲注( 6 ) 5 2頁 。. ω. - 5 8(141)一.
(5) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー). り,それが国家との関係においては憲法として,私人間の関係においては 民法として現われている,というものである o しかし,この見解においては,大きな意味での議論の枠組は示されてい るものの,理論的な基礎付けがなされているわけではな L、。星野英一自身 が認めているように,すべての法律を超える基本的原理に従って制定され る民法と憲法は保護する価値の点では同じであると捉えられるのに,なぜ 日本法体系の下では,階層構造上,両者に上下関係が認められるのか,と いうことが実体法理論的に問題となる ω。. ( 訪. 憲法も社会構成原理となるなかで民法という社会構成原理をもっ意 義を強調する見解(大村敦志の見解). 司 (. 内容一民法と憲法の関係を中心に 大村敦志は,星野英一と同様に「社会構成原理として民法」を捉えるこ. とを主張している ω 。しかし,. 1 社会構成原理として民法」という図式の基. 憲法と並んで民法もまた社会の構成原理としての 本となる発想として, 1 役割を果たしていることに着目し,そのような観点からの民法の検討を要. r. 請する点にある」ということが示されている ω。すなわち, 1・ ・, 国家』 00. H. が個人の自由を侵害してはならないとすれば,さまざまな社会集団もまた 個人の自由を侵害してはならないはずである。こう解するならば,憲法は 『国家』のみならず『社会」の構成原理であるということもできる」とし, 憲法も社会の構成原理となることを認めている ω。. ω 星野・前掲注( 4 )I 民法と憲法J3 3頁。この点は山本敬三も指摘している(山 1 2 6号2 6 3 2 6 4頁 ( 1 9 9 8 年),同「憲法シ 本敬三「基本法としての民法」ジュリ 1 ステムにおける私法の役割」法時 7 6巻 2号 6 3頁 ( 2 0 0 4年))。 U 2 ). 1 2 8頁(岩波書庖, 2 0 0 1年),同「大きな公共性から小 さな公共 性へ一一『憲法と民法』から出発して」法時 7 6巻 2号 7 1頁 ( 2 0 0 4年)。 ω 大村・前掲注ω「公共性J7 1頁 。 大村敦志『民法総論~ a. - 5 9(14 0 )一.
(6) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第. l号. このように,憲法も社会構成原理となるということを基礎において,民 法と憲法の関係について,民法の役割という視点から次のように述べられ るO まず,憲法に対する民法の役割として,憲法規範(人権規定)の社会化 5)。国家に対して実現されるべき「個人の自由」は,社 があげられている 0 会においても実現されるべきであるとすれば,民法の側では,憲法規範を 6 )。 内在させるためのメカニズムを用意すべきことになる,とされる 0. また,. r 公共空間」と「私的領域」の線引き,及び「公共空間」と「私. 的領域」のいずれにも収まらない「中間領域」の設定について,多くの場 合は憲法解釈論によって決せられるが,その際には憲法・憲法学の諸テク ストのみだけでなく,そのほかの生の形での「事実」や「社会通念」が考 慮にいれられることが指摘される尺そのうえで,専門知というフィル ターを通過して漉過された「社会通念」を参照するという形で憲法規範を 。そして,このよ 実質化する(充填する)知的資源の必要性が示される ω 9 0 うな知的資源として最も重要なものが民法・民法学である,とする 4. さらに,民法上の「権利」が実質的・流動的な存在であり,社会の発展. ω 大村・前掲注ω「公共性J71頁。なお,ここでは「……とすれば……である」 との語法が用いられているが,前後関係から仮定的な意味を除いて理解してい る 。 5 ) 大村・前掲注( 1 2 )I 公共性 J72頁 。 a 6 ) 大村・前掲注ω 「公共性J7 2頁。ここで最も汎用性の高いツールとして民法 9 0条及び民法7 0 9条が示される。さらにより技術性の高い個別の規定も憲法規 範との整合性を念頭において再解釈される必要があるとされる(以上につき大 2頁参照)。なお,ここでも「であるとすれば……にな 村・前掲注ω 「公共性J7 る」との語法が用いられているが,前後関係から仮定的な意味を除いて理解し ている o 的 大 村 ・ 前 掲 注 「公共性 J7 3頁 。 大村・前掲注 「公共性 j 7 3頁 。. a. ω. ω ω. - 6 0(1 3 9 )一.
(7) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(一). の中で生成を続けるものであるために,憲法に比べると民法は,. I 事実」. や「社会通念」への距離の近い法であることが示される倒。このことを基 礎として,次の二つが示される ω。第ーが,民法においては「事実」や「社 会通念」が参照されることにより,現状肯定の力として作用してしまう危 険性を苧んでいるために,常に批判的な視点をもち続ける必要がある,と いう点である倒。この批判的視点の源泉として,民法内部においては「概 念」が,民法外部においては「憲法規範」がそれぞれ掲げられている倒。第 二が,第一に示したような批判的視点に基づくだけでは,流動する現実を. ω 大村・前掲注0 2 )r 公共性 J73 頁。なお,大村敦志は別稿において「公事とし ての私法」という考え方を提示し,次のように述べている。「私人の領域(広義 の市民社会)の内部に市民的公共圏が生み出され,この空間を媒介として「私. r. 法」は再編成されたということになるだろう。……。『市民 J= 公衆』は『私 人』の領域を再定義し,政治権力からの独立を維持しようとしたというわけで ある O その意味で,. r 私法』の再編成は『公事』であったというべきであろう。. 『市民J( c i t o y e n ) には,公的側面白i t o y e n= p o l i t i q u e ) と私的側面白i t o y e n =civil)とがあることは,わが国では樋口陽一教授によって指摘されているが, 両者はもともとはメダルの両面であり,私的市民の自律性は公的市民としての 活動によって確保されていたのである(大村敦志「民法と民法典を考える」同『法 典・教育・民法学J 2 8頁(有斐閣, 1 9 9 9年,初出・ 1 9 9 6年))J。 また,さらに別稿において,市民相互の関係を調整するための規範を市民自 身が創出するという関係の全体を「市民社会」と呼ぶことも可能であること, 「私」の領域はアプリオリに存在するわけではないということ,及び様々な活動 において公私のバランスをいかに取るかは市民社会が決める事柄であり,その なかで、「私生活」の領域も「国家」の領分も決められること,をそれぞれ示し. r. r. たうえで, 以上のような意味で, シビル J( c i v i l =市民に関わる)は『私」 ( p r i v e =他人の干渉を禁止した)と異なるのである。そして,このような意味 での『シビル』を再生させることは民法学の重要な任務」であるとの見解も示. ω. 「民法総論J1 5 7頁)。 している(大村・前掲注 大村・前掲注 「公共性J73 頁 。. 。 。 ω ω 大村・前掲注ω「公共性J73頁。 ω 大村・前掲注ω「公共性J73頁。 (御大村・前掲注ω「公共性J7 3頁 。. - 6 1(13 8 ).
(8) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第. l号. 法が追認するのを引き止めることはできるとしても,より積極的に社会の 。この点につい あり方を構想するのには不十分である,という点である ω ては,. I 大きな公共性」の実現を目指す営みであるところの国家レベルでの. 「政治」の仕組みが設定されている憲法との対比において,. I 小さな公共性」. を作り出すミクロの「政治」が民法・民法学の営みとして認められるとす るω 。すなわち,日々の個別の問題(訴訟となった紛争には限らない)の 解決を通じて,少しずつではあるが,あるべき社会を構成していく(憲法 。 と比べた場合の相対的な)具体性に,民法・民法学の本分があるとする ω ( b ) 検討. この見解は,民法を社会の構成原理と捉える点では上述(1)で検討した星 野英一の見解と一致している。しかし,憲法が国家の構成原理であると同 時に社会の構成原理であると捉える点については異なっていると考えられ るO この見解について問題となるのは,民法が社会の構成原理となり憲法が 国家と社会の構成原理となるという主張を基礎づける理論的根拠が示され ていないという点である。このような両者の関係を基礎づける理論的根拠 が提示されなければ,民法が社会の構成原理となり憲法が国家と社会の構. ω 大村・前掲注ω「公共性J73頁。 ω 大村・前掲注ω「公共性J73-74頁。 側 大村・前掲注ω「公共性J7 3頁。さらに,大村・前掲注ω「公共性J7 4頁で は次のように述べられる。「……, ~ツールとしての民法』を使って,人々が, 望ましいルールや制度を構築していくというのは,社会の構成の手法として民 法が想定するところであるといえるのではないか。既に述べたように,民法が 創出できるのは『小さな公共性』であるが,人々は,民法の用意したツールを 活用することによって,自分たちの必要に応じて積極的に『公共性』を創出す ることができるはずなのである。そして私的領域からスタートした個々の営み は,場合によっては新たな制度財を生み出すことにもなるだろう」。また,前掲 注 も参照。. ω. - 6 2(137).
(9) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー). 成原理となるという主張だけでなく,民法の側で憲法規範を内在させるた めのメカニズムを用意すべきという主張,民法・民法学が専門知という フィルターを通過して漉過された「社会通念」を参照するという形で憲法 規範を実質化する(充填する)知的資源となるという主張,及び民法・民 法学において必要となる批判的視点の民法外部における源泉として「憲法 規範」があるという個別の主張についても,少なくとも民法と憲法の実体 法上の関係という視点から見る限り,それぞれ理論的根拠に欠けるものと 評価せざるを得ないこととなろう ω 。 ( 3 ) 国家の基本権保護義務論を基礎として民法と憲法が重層的に国家と. 社会の基本法となるとする見解(山本敬三の見解) ( a ) 内容. ( ァ ) 国家の基本権保護義務論の構造と根拠. 閉. まず,民法の側で憲法規範を内在させるためのメカニズムを用意すべきとい う主張については,刑法,行政法など他の法領域を通じても,国家に対して実 現されるべき「個人の自由」を社会においても実現させることは可能であると. r. いうことが問題となる。そのため; なぜ民法でなければならないのか」という 疑問に答えるために,民法と憲法の関係についての実体法上の理論が必要とな ろう o 続いて,民法・民法学が専門知というフィルターを通過して漉過された「社 会通念」を参照するという形で憲法規範を実質化する(充填する)知的資源と なるという主張についても,このように民法が憲法規範を実質化する知的資源 としうることを基礎つ'ける理論が必要となろう o このような理論なしには,民 法の何がどのように憲法規範を実質化するのかを明らかにすることはできな い。そしてそれは,民法と憲法の関係を一体どのように実体法上理論的に基礎 づけるのか,という問題に帰着するものであると考えられる。 また,民法・民法学において必要となる批判的視点の民法外部における源泉 として「憲法規範」があるという主張に関しても,民法と憲法の関係の基礎と なる実体法理論が示されなければ, だけでなく,. r なぜそうなるのか」という点が示しえない. r どのような批判的視点となるのか」という点も示しえないことと. なろう。. 6 3(13 6 )一.
(10) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第 l号. i) 国 家 の 基 本 権 保 護 義 務 論 の 構 造 山本敬三は,国家の基本権保護義務論を理論的基礎として民法と憲法の 関係を示している ω 。国家の基本権保護義務とは,. r 国家は,個人の基本権. を他人による侵害から保護するために,積極的な措置をとらなければなら ないという義務」とされる民この国家の基本権保護義務は具体的には次 のような内容を持つとされる。 まず,憲法とは,国家の基本組織を規定しその活動を規制する法である とされる制。そして,現行憲法は,そうした国家の活動に関する根本原理 として個人に基本権を認め,国家の運営を国民の民主的決定に委ねるとい う基本決定をしているとする民このように憲法が個人に基本権を保障す ることによって,大別すると,国家には次の二つの役割が課せられること. ω なお,以上の検討はあくまでも民法と憲法の関係についての理論的枠組の構 築に向けた考察の一部として,民法と憲法の関係についての理論的枠組が示さ ,及 れる必要のあることを指摘しているにすぎない。大村・前掲注 「公共性 J び大村敦志『生活のための制度を創る一一シビル・ロー・エンジニアリングに 0 0 3 5 8頁(有斐閣, 2 0 0 5年)において示されている民法・民法学のあ むけて J3 り方,とりわけ後者において示されている「シビル・ロー・エンジニアリング (CLE)J という考え方を否定するものではない。本稿における考察を含めた私 の研究が CLE を豊かにすることにほんの少しでもいいので貢献していれば幸 いである。 ( 2 9 ) 国家の基本権保護義務を基礎とした民法と憲法の関係に関して公表された山 本敬三の文献は多いが,以下では,山本敬三「現代社会におけるリベラリズム 3 3巻 4号 1頁(19 9 3年),同「同 (2 ・完) J 同 5号 1頁 と私的自治(1)J論叢 1 9 3年),同「憲法と民法の関係J法教 1 7 1号4 4頁(19 9 4年),山本・前掲注(11) ( 19 「基本権としての民法J2 6 1頁,谷口知平=石田喜久夫編『新版注釈民法(1)総則 ( 1 ) (改訂版)J2 2 5頁〔山本敬三執筆) (有斐閣, 2 0 0 2年),山本敬三「憲法によ る私法制度の保障とその意義J ジュリ 1 2 4 4号 1 3 8頁 ( 2 0 0 3年),同「基本権の保 護と私法の役割」公法 6 5号 1 0 0頁 ( 2 0 0 3年),山本・前掲注 「憲法システム J 5 9 頁,同「契約関係における基本権の侵害と民事救済の可能性」田中成明編『現 0 0 4年),を中心に引用をしていく。このほかの文 代法の諸相 J3頁(有斐閣, 2 献については,前掲山本・ f契約関係 J4 2 4 3頁注( 2 )参照。. ω. ω. - 6 4(135)一.
(11) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー). になるとされる ω 。 第一の役割は,基本権が侵害されないように保護することである倒。た だ,これは侵害が誰によっておこなわれるかによって,次の二つに分かれ 。まずーっ目が,国家自身による侵害からの基本権の保護で るとされる ω 。これは一般に,国家の侵害禁止ないし介入禁止と呼ばれる的。国 ある ω 家はそれを正当化するに足りるだけの十分な理由がな L、かぎり,個人の基. ω. 山本・前掲注(2 ) 9r 基本権の保護と私法の役割 J1 0 6頁。なお,国家の基本権保 護義務を主張する論者は, 人権J , 基本権J ,そして「基本権法益」を区別し. r. r. て用いている(松本和彦「基本権の私人間効力と日本国憲法」阪法 5 3巻 3・4 号8 9 3 8 9 7頁 , 9 0 1 9 0 2頁 ( 2 0 0 3年),基本権と基本権法益の区別については小山 剛『基本権保護の法理J) 1 0 1 1頁注 ( 3 ) (成文堂, 1 9 9 8年)も参照 ) 0r 人権」と は,人が人であるというだけで当然に享有しうる生来の権利であり,憲法に よってはじめて認められた権利ではない。このような自然状態においても妥当 する前国家的で普遍的な権利であるところの人権が,国家を統制するために憲 法に取り込まれ実定的・制度的権利となったのが「基本権」である D そして, この基本権によって保護される様々な自由,行為,利益を意味するのが「基本 権法益」である。基本権法益は全方向的であるから,国家によっても私人に よっても侵害されるとされる O そして,国家の基本権保護義務によって保護さ れるのは,この「基本権法益」であるとされる(小山・前掲注側 3頁,前掲松 本 ・9 0 1頁)。なお,松本和彦は, r 基本権保護義務という表現もミスリーディン グであり,正しくは基本権法益保護義務であろう(ただし,本稿では慣例にな らって基本権保護義務という用語を使う ) Jとしている(前掲松本・ 9 0 1 9 0 2頁 ) 。 本稿でもこの用語法にしたがって「基本権保護義務」という用語を使う O ω 谷口=石田編・前掲注ω232頁〔山本執筆〕。. ω 谷口=石田編・前掲注(29)2 3 2頁〔山本執筆〕。山本・前掲注ω 「基本権として の民法J2 6 3頁も参照。 ω 山本・前掲注ω「憲法システム J64頁。なお,山本・前掲注Q nr 基本権とし ての民法J2 6 3頁および谷口=石田編・前掲注ω232頁〔山本執筆〕では,国家 の二つの役割という枠組は示されずに,介入禁止,基本権保護義務,基本権支 援義務という三つの責務が示されている。 ( 3 4 ) 山本・前掲注 「憲法システム J6 4頁。こうした保護が認められなければそ もそも基本権を保障したとはいえない,として,これを国家の最低限の任務と する(山本・前掲注 「憲法システム J6 4頁 ) 。 ( 3 5 ) 山本・前掲注 「憲法システム J6 4頁 。. ω. ω. ω. - 6 5(13 4 )一.
(12) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第 1号. 本権を侵害してはならな L凋。続いて二つ目が,他の市民による侵害から の保護である ω 。つまり,国家は,個人の基本権を他人による侵害から保 護しなければならな L、。こうした義務を「国家の基本権保護義務」という とされる ω。 以上に対して,国家に課せられる第二の役割は,基本権を支援すること とされる制。つまり,国家は,個人の基本権をよりよく実現できるように 積極的な措置をとることが要請され,また個人の基本権がよりいっそう実 現できるように国家がさまざまな給付を提供したり,各種の制度を整備し 。 たりすべきであるだとされる ω. i i)国家の基本権保護義務論の根拠 この見解は,国家に基本権保護義務が課せられる根拠として,国家の存 。すなわち,まず,基本権を「国家からの自由」に限定 立目的を掲げる ω. 0 0 山本・前掲注1 () 1I 憲法システム J6 4頁。山本・前掲注ω「基本権としての民 6 3頁及び谷口ニ石田編・前掲注(2 9 ) 2 3 2頁〔山本執筆〕も参照。 法J2 仰 山本・前掲注 「憲法システム J6 4頁。また,山本・前掲注 「基本権とし 6 3頁及び谷口=石田編・前掲注ω232頁〔山本執筆〕も参照。 ての民法J2 ~ 山本・前掲注 「憲法システム J6 4頁。これは,伝統的な「国家からの自由」 に対応するとされる O また,個人の方からいえば国家に対して侵害するなとい える権利,つまり防禦権があるということになるとされる(山本・前掲注 「憲法システム J6 4頁)。このほか,山本・前掲注ω 「基本権としての民法 J2 6 3 頁及び谷口=石田編・前掲注ω232頁〔山本執筆〕も参照。 0 0 ) 山本・前掲注 「憲法システム J6 4頁。また,山本・前掲注 「基本権とし 6 3頁及び谷口=石田編・前掲注ω232頁〔山本執筆〕も参照。 ての民法J2 山本・前掲注0 ) 1I 憲法システム J6 4頁。なお,この基本権保護義務は「国家 () 1I 基本権としての民法J2 6 3頁 による自由」に属するとされる(山本・前掲注1 及び谷口=石田編・前掲注ω232頁〔山本執筆))。 ω 山本・前掲注ω 「憲法システム J6 5頁。山本・前掲注ω 「基本権としての民 6 3頁及び谷口ニ石田編・前掲注o t 2 3 2頁〔山本執筆〕も参照。なお山本・ 法J2 ) 1I 基本権としての民法J2 6 3頁では,こうした義務は「国家の基本権支 前掲注0 援義務」であるとされている。. ω. ω. ω. ω. ω. ω. ω. - 6 6(133)一.
(13) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味〔ー) するのであれば国家不要論に行き着くはずである,とされるω 。そして, これに対して国家に存在意義を認めるのであれば,少なくとも個人の基本 権を他人による侵害から保護することは国家の最低限の任務に属するとい 脚 力 。 うべきであるとされるω. ( イ ) 国家の基本権保護義務論を基礎とした民法と憲法の関係. i) 国 家 の 基 本 権 保 護 義 務 論 が 民 法 と 憲 法 の 関 係 を 基 礎 と な る 根 拠 この見解では,前述(カに示したような国家の基本権保護義務論を基礎に おいて,憲法は,私法に関する事柄についても基本権を保障することを国 家に命じているとされる民その根拠としては,私法の領域において,民 法典,そのほか借地借家法や製造物責任法といった特別法が国家による立. ω. r. 山本・前掲注(11) 憲法システム J6 5頁。ここでいう支援には次のような特徴. があるとされる(以下につき山本・前掲注( 1 1 )r 基本権としての民法J2 6 3頁,谷 口=石田編・前掲注ω233 頁〔山本執筆〕及び山本・前掲注ω 「憲法システム」 6 5頁参照)。まず,およそ基本権を実現するためには不可欠といえる制度は必 ず整備することが要請される。他方,誰にとっても役立つわけではないけれど も,多くの人々の基本権の実現に役立つような給付や制度について,誰の基本 権をどの程度支援するかは,原則として,国民の民主的決定,つまり立法にゆ だねられることになるイ. nr 基本権としての民法」. 山本・前掲注側「私的自治(1)J1 7頁,山本・前掲注(I. ( 崎. 2 6 3頁,谷口=石田編・前掲注ω233頁〔山本執筆J ,山本・前掲注ω 「基本権の 保護と私法の役割 J1 0 7 1 0 8頁,山本・前掲注 「憲法システム J6 4 6 5頁,山 本・前掲注(2 ) 9r 契約関係 J1 0頁。以上の文献において示されている内容はほぼ 同一であるので,以下では山本・前掲注 「契約関係 J1 0頁のみを引用する。 山本・前掲注側「契約関係 J1 0頁。ここでは,基本権の意味を国家に対する. ω. ω. ω. 防禦権に限定するならば,殺人や窃盗,暴行,放火など,個人が他の私人によっ て基本権を侵害されていても,国家はそれを傍観していてよいことになる,と する理解が示されている(山本・前掲注側「契約関係 J1 0頁)。 倒 山本・前掲注側「契約関係 J1 0頁。さらに,現代国家が自力救済を原則とし て禁止し,個人を他人による侵害に対して無防備な状態にさらしていることか ら,国家が個人の基本権を他人による侵害から保護する義務を負うことはむし. ω「契約関. ろ当然というべきである,との見解も示されている(山本・前掲注 係 J1 0頁)。. - 6 7(13 2 )一.
(14) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第. 1号. 法であること,および個人相互の関係の紛争が自律的に解決されない限り 。 裁判所による決定にゆだねられることが示されるω このように,民法が国家法であることを民法と憲法の関係の基礎とする ことに対しては,国家と社会の分離を前提として民法を社会の自生的な法. 働. 山本敬三は,国家の基本権保護義務論に対する消極論の理由として次の三つ があるとしている(以下の記述については山本・前掲注側「基本権の保護と私 法の役割J1 0 6 1 0 7頁を参照)。第一に,基本権保護義務といっても,その内容 が漠然としており,基本権を実現するための組織や手続きの整備さらには給付 権の保障など,多種多様なものが含められる可能性の存在である。第二が,国 家の基本権保護義務は「国家による自由」を認めるものであり, r 国家からの自 由」という自由権の本質に反するという理由である。すなわち,国家の基本権 保護義務を認めることによって,国家が自由を保護するといいながら,自由を 抑圧するという濫用の恐れが出てくるという危慎が消極論の理由のーっとなっ ているとされる。そして第三が,基本権保護義務は,. ドイツ法の前提のもとで. はじめて認められるものである,という点も消極論の理由として示されるとさ れる。ここでは,明文で基本法の「保護」も国家の責務と書かれているドイツ の基本法 1条 l項の存在,及びさらに,. r 公権力による侵害」が必要とされてい. るドイツ憲法裁判所への憲法訴願制度の存在が示される O しかし,これらに対しては,基本権保護義務にいう「保護」はあくまでも侵 害からの保護という限定された意味にとどまるために,基本権保護義務の内容 は決して漠然としたものではないこと,また,このように個人の基本権が他人 によって侵害されることからの保護という限られた意味を持つにとどまる基本 権保護義務は,数ある「国家による自由」のうちの一つにすぎないこと,そし て,このように限定するならば,こうした保護義務はドイツ法に特有の要素が なくても本来認められるべきものであること,が反論として示されている(山. ω「基本権の保護と私法の役割J107頁,また山本・前掲注ω「契約. 本・前掲注. 関係 J8 9頁も参照)。. 納. このほか,山本敬三は,国家の基本権保護義務論の根拠のーっとしての「基 本権の客観法的側面」について批判を加えている。この「基本権の客観法的側 面」の内容と,これを国家の基本権保護義務論の根拠とすることについての問 題点については後述(ω( 乃 i)客を参照。. ω. r. 山本・前掲注1 ( ) 1 憲法システム J6 5頁 。. ω 山本・前掲注0) 1r 基本権としての民法J2 6 3 2 6 4頁,谷口=石田編・前掲注ω 2 3 3頁〔山本執筆),山本・前掲注ω「憲法システム J6 3 6 4頁。. - 6 8(13 1)一.
(15) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー). であると捉える立場からの反論として,そうした民事立法や民事裁判は, あくまで社会内部の自生的法である民法を反映したものであり,国家はい わばそのまま汲み取っているだけであるという反論が考えられるとす る側。しかし,この反論に対しては,立法や裁判と言う国家の行為が介在 している以上,憲法による拘束に服することは決定的な意味を持つ,との 5 0 。 再反論が示される 1. 以上の理解を基礎として,民法もまた国家法としての性格を持つ以上, 国家の基本法としての憲法による拘束を受けるため,国家と社会の単純な 二分論に基づいて民法と憲法を振り分けることはできないこと,及び国家 と社会の c o n s t it ut i o n,つまり体制を構成する法を考えるとしても,少な くとも日本では,憲法が国家・社会いずれの体制も規定していると見るべ きであること,がそれぞれ示される民 i i ) 国家と社会の体制を規定する憲法との関係での「基本法としての民. 法J 前述 i)のように,民法が国家法であることを理由として国家と社会の. 単純な二分論に基づいて民法と憲法を振り分けることはできないとするこ の見解においては,次のような民法と憲法の関係が示される O ①. 権限的基本権 この見解が民法と憲法の関係を示すにあたっては, r 権限的基本権」とい. ω「基本権としての民法J263-264頁。 山本・前掲注ω「基本権としての民法J2 6 3 2 6 4頁。ここでは,社会の法を汲. ( 5 ) 0 山本・前掲注 ( 5 1 ). み取っているだけだと言う理由で国家法としての性格を否定し憲法による制約 を無視できるとするならば,民事立法はおよそ違憲審査を受けない聖域にな り,現在の憲法システムのもとではこの考え方は容認されえないともされる. ω. 「基本権としての民法J2 6 4頁 ) 。 (山本・前掲注 ( 5 2 ) 山本・前掲注( 1 1 )I 憲法システム J6 3頁。また山本・前掲注 6 4頁も参照。 の民法J2. ω「基本権として. - 6 9 (130).
(16) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第. 1号. う概念が用いられる O まず,一定の制度を前提としてはじめて可能となる行為を行う可能性. K o m p e t e n z )Jと呼ばれることとされる閃。そのうえ が,一般に「権限 C で , 1"権限的基本権」とは,思想の自由,信教の自由,表現の自由,移動 の自由といった自然的な一人の行為や状態が国家によって侵されてはなら ないといういわゆる「国家からの自由」を基礎づける基本権とは異なり, 法制度の存在と不可分一体の関係に立つところに決定的な特徴がある,と 。そして,所有権や契約自由という私法に関する基本権は,二う される ω した「権限」としての性格を持つ「権限的基本権」である,とされる倒。 このように「権限」としての性格を持つ所有権や契約自由が基本権とし 。まず,所有権や契約自由 て認められる理由は,次のように述べられる ω は確かにいずれも法制度を前提としているが,国家の存在にかかわりなく こうした法制度が共有されていなければ,人々は社会生活を営むことがで きないはずである,とされる制。このことを基礎において,所有権や契約 自由についても,いわば国家以前に,. こうした人々のコンヴェンショナル. な約束事に基づく権限を観念することができる,とされる民そして,所. ω. ω. 山本・前掲注 「憲法システム J6 5頁。また山本・前掲注 「私的自治(却」 4頁も参照。 ~ 山本・前掲注 「私法制度の保障J1 4 6頁,山本・前掲注1 () 1I 憲法システム」 6 5頁 。 岡 山本・前掲注 「憲法システム J6 5頁。契約自由については,二人の人の行 為を「契約」の締結と構成し,それに拘束力を与える一連のルール,つまり法 制度が存在してはじめて語ることができる,とされる。他方,所有権について は,その財物を単に占有するだけでなく,その価値を享受することまで承認す るための財物の割り当てに関する一連のルール,つまり法制度が存在してはじ めて,所有権を語ることができる,とされる(以上について,山本・前掲注倒 「私法制度の保障 J1 4 7頁,山本・前掲注U ) II 憲法システム J6 5頁 ) 。 f f l 山本・前掲注 「私法制度の保障J1 4 7頁 。 駒 山本・前掲注 「私法制度の保障J1 4 7頁 。 側. ω. ω. ω ω. - 7 0( 1 2 9 )一.
(17) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー〉 有権や契約自由は「自由主義」の意味でも自由と呼びうるものとなるので, 基本権として認めることが可能である,とされている ω 。. ②. 構成的私法制度と支援的私法制度 前述①にみた権限的基本権について,この見解は,その前提となる私法. 制度が不安定であるとその存立すらあやうくなるとする刷。したがって, こうした権限的基本権を保障するためには,単に国家がそれを侵さないと いうだけでなく,前提となる私法制度を保障することがどうしても必要と なる,とされる ( 6 u 。そして,憲法がこうした権限的基本権を保障するのは, まさに国家に対してそのような私法制度の保障を命ずるところに主眼があ 6 Z!。このように,権限的基本権を保障するために国家が保障 る,とされる (. しなければならない私法制度には,次の二つがあるとされる。 第一が,構成的私法制度である ω 。これは,所有と契約という私法の根 幹にかかわるものの可能条件を構成する制度とされる。このような制度が 保障されていなければ個人に基本権を保障したとはいえないことから,国 家が保障しなければならない最低限のものであるとされる代. ω「私法制度の保障J147頁 ( 5 ) 9 山本・前掲注ω「私法制度の保障J1 4 7頁。 側 山本・前掲注ω「私法制度の保障 J1 4 7頁,山本・前掲注ω「憲法システム」 ( 5 8 ) 山本・前掲注. 0. 6 5頁。「たとえば,所有のルールや契約の拘束力に関するルールが不安定であ ると,所有権や契約自由があるのかないのかわからなくなり,社会生活を営む. ω「憲法システム J65-66頁 )J。. うえで深刻な問題が発生する(山本・前掲注 制. 山本・前掲注( 2 9 )I 私法制度の保障J1 4 7頁,山本・前掲注1 ( ) 1I 憲法システム」. 6 6頁。 側. 6 6頁。 側. ω「憲法システム」. 山本・前掲注( 2 9 )I 私法制度の保障J1 4 7頁,山本・前掲注. ω「私法制度の保障J147頁,山本・前掲注(I1) I憲法システム J. 山本・前掲注. 6 6頁0. ω「私法制度の保障J147頁,山本・前掲注ω「憲法システム J. ( 6 4 ) 山本・前掲注. 6 6頁。 7 1(28)一.
(18) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第 1号. 第二が,支援的私法制度である紛。これは,個人個人の創意工夫を生か して活動していくためには,そうした活動を支援する副次的な制度とされ るω 。こうした支援的私法制度を整備することも,国家に要請されている, とされる師。 しかし,以上のように憲法が私法制度を保障していることは,憲法が市 民に対して実体的価値の実現を命じていることを意味しない,とされる ( ω。 すなわち,所有権や契約自由によって保障されるのは,財物の支配可能性 や契約をおこなう可能性にすぎず,この可能性をどのように利用するか は,あくまで個人の任意にゆだねられている,とされる ω 。また,支援的私 法制度も,個人の活動可能性のヴァリエーションを広げるだけで,それを どう利用するかはやはり個人にまかせられている,とされる側。 ③. 国家法としての民法の役割. ( 的. ( 帥. 山本・前掲注側「私法制度の保障 J1 4 7 1 4 8頁,山本・前掲注U ) Jr 憲法システ ムJ6 6頁 。 山本・前掲注~9). r 私法制度の保障 J1 4 7 1 4 8頁,山本・前掲注1 ( ) Jr 憲法システ. 6頁。このような制度の例として,個人の活動範囲を広げるための代理制 ムJ6 度や法人制度, リスクのある活動も安んじておこなうことを可能にする担保制. ω「私法制度の保障J148頁,山. 度や保険制度が示されている(山本・前掲注 ) Jr 憲法システム J6 6頁 ) 。 本・前掲注Q 山本・前掲注~9). 仰. 6 6頁 。 ( 崎. r 私法制度の保障J1 4 7頁,山本・前掲注U ) Jr 憲法システム」. ω「私法制度の保障J147頁,山本・前掲注ω「憲法システム」. 山本・前掲注 6 6頁0 ( 6 9 ) 山本・前掲注. ω「私法制度の保障J147頁,山本・前掲注Q) Jr 憲法システム」. 6 6頁0. ω. ( 7 0 ) 山本・前掲注側「私法制度の保障 J1 4 7頁,山本・前掲注 「憲法システム」 6 6頁。このことを示した後に,このような体制は,私的自治を中核とし,その. 基盤と枠組みを保障する私法体制一一ネオ・リベラリズムによる「私法社会. C P r i v a t r e c h t s g e s e l l s c h a f t )Jに対応するもの一一にほかならない,とされる (山本・前掲注 「私法制度の保障 J1 4 8頁。また,山本・前掲注 「憲法シス. ω. ω. 6頁も参照)。 テム J6. - 7 2C1 2 7 )一.
(19) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー〉. 前述②にみたようなかたちで憲法によって私法体制が保障されているな かで,民法には次の三つの役割が課せられているとされる O 第一の役割は,その種類や内容が憲法のもとでは概括的な方向が示され るに止まっている基本権の内容を,市民相互間で問題となる状況に即して 具体化し,その内容を特定することである冊。 第二の役割は,基本権を他人による侵害から保護するための制度を整備 することである ω。 そして,第三の役割として,個人の基本権をよりよく実現できるよう支 援するための制度を整備することが挙げられる問。 ④. 民法の憲法に対する独自性一一一「基本法としての民法」がもっ意味 以上のように憲法を出発点とする民法について,この見解では,民法の. 内容がすべて憲法によって規定しつくされているわけではなく,民法には 憲法のみには尽くされない独自性がある, とされている冊。. 仰. 山本・前掲注ω 「基本権としての民法J2 6 4頁,谷口=石田編・前掲注(29 ) 2 3 3 頁〔山本執筆J ,山本・前掲注ω 「憲法システム J6 6頁。この第一の役割の具体 例としては,憲法 2 9条によって民法以下の法律に明示の授権がなされている財. 3条の幸福追求 産権を具体化すること,及びそのような明示の授権のない憲法 1 権を人格権として具体化することが示されている(山本・前掲注削) I 基本権と. 6 4頁,谷口=石田編・前掲注ω233頁〔山本執筆J ,山本・前掲注 しての民法J2. ω「憲法システム J66頁)。. ( 1 1 J 山本・前掲注U ) 1I 基本権としての民法J2 6 4頁,谷口=石田編・前掲注ω233-234. ω「憲法システム J66頁。この第二の役割に基づ. 頁〔山本執筆J ,山本・前掲注. いて整備された制度の具体例としては,生命,身体,財産などの個人の基本権 を他人による侵害から保護するための制度である不法行為法,自分の所有物の 利用の妨害等を防ぐための物権的請求権,他人の不当な干渉により本来ならば するはずのなかった契約を締結させられた場合にその拘束力からの解放を認め る制度である合意の破庇に関する制度,正当な理由なく自分の手元を離れた財. ω. 産の返還を認める制度である不当利得制度が挙げられている(山本・前掲注. 「基本権としての民法J2 6 4頁,谷口=石田編・前掲注側 2 3 3 2 3 4頁〔山本執筆J , () 1I 憲法システム J6 6 6 7頁)。 山本・前掲注1. - 7 3(12 6 )一.
(20) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第 1号. この見解は,基本権の内容の具体的な形成,及び基本権の保護や支援の 方法には様々な可能性があるとする何。ここで,これらの様々な可能性の 存在は,憲法だけでは基本権の保障体制が十分に固まっていないことを意 。そのため,憲法によって要請される基本権の保障 味している,とする ω 体制をどのような枠組みで構成し,その内容をどのような方針に従って形 成するかについては,多くの基本的な決定が行われなければならない問。 そして,このような基本決定を私法の領域において行う法が民法である, とされている仰。 また,これらの可能性のうちどれを採用するかは憲法の枠内で第一に立 法者にゆだねられ,さらに裁判所も立法者の決定を前提としてその具体的 な実現をはかり必要な場合にはその不備をおぎなう,とされる倒。このよ うに立法者と裁判所の共同によって形成される形成される民法には,憲法. r. ( 7 $ 山本・前掲注( 1 1 ) 基本権としての民法J2 6 4 2 6 5頁,谷口=石田編・前掲注ω. 頁〔山本執筆J ,山本・前掲注(10r 憲法システム J6 7頁。このような基本権 2 3 4. を支援する制度として,代理制度,家族制度などが示されている(山本・前掲 基本権としての民法J2 6 5頁,谷口=石田編・前掲注ω234頁〔山本執 注 ( 1 1 )r ,山本・前掲注ω「憲法システム J6 7頁。なお,山本・前掲注( 1 1 )r 基本権と 筆J しての民法 J265 頁,谷口=石田編・前掲注~9)234 頁〔山本執筆〕では,契約制 度がこの意味での基本権支援制度として位置付けられるとされている)。 仰 山本・前掲注1 ( ) 1r 基本権としての民法J2 6 5頁,谷口=石田編・前掲注ω234 頁〔山本執筆J ,山本・前掲注 「基本権の保護と私法の役割 J1 0 8頁,山本・ 7頁 。 前掲注 「憲法システム J6 ( 7 5 ) 山本・前掲注ω 「基本権としての民法J2 6 5頁,谷口=石田編・前掲注倒 2 3 4 頁〔山本執筆J ,山本・前掲注伺「基本権の保護と私法の役割J1 0 8頁,山本・ 7頁 。 前掲注 「憲法システム J6 山本・前掲注(10r 基本権としての民法J265 頁,谷口=石田編・前掲注~9)234 頁〔山本執筆 J ,山本・前掲注ω「憲法システム J6 7頁 。 間 山本・前掲注( 1 0r 基本権としての民法J2 6 5頁,谷口=石田編・前掲注ω234 頁〔山本執筆J ,山本・前掲注ω「憲法システム J6 7頁 。 ( 7 8 ) 山本・前掲注(11) 基本権としての民法J265 頁,谷口=石田編・前掲注 ~9)234 頁〔山本執筆J ,山本・前掲注ω「憲法システム J6 7頁 。. ω. ω. 。 。. ω. r. - 7 4(1 2 5)一.
(21) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー). を出発点としながら,それのみに尽くされない独自性があるとされる ω。 。「穏 この考え方を基礎づけるために「穏健な憲法中心主義」が示される ω 健な憲法中心主義」とは,立法と私法の権限分配に関する形式的原理も考 慮に入れた憲法中心主義とされる O そしてこの穏健な憲法中心主義のもと では,基本権の保護と支援という役割をにないつつ,立法と司法が,それ ぞれ憲法上認められた権限に従いながら法形成をおこなうと考えられる, とされている O. 以上のように民法の独自性が示されたうえで,民法と憲法はいわば重層 的に,互いに協働しながら国家・社会の基本法を構成していると位置づけ られている ω 。. ω「基本権としての民法J265頁,谷口=石田編・前掲注(29)234. ( 7 ) 9 山本・前掲注. ω. 頁〔山本執筆),山本・前掲注 「基本権の保護と私法の役割 J1 0 8 1 0 9頁,山 本・前掲注 「憲法システム J6 7頁。 側 山本・前掲注( 1 1 )I 基本権としての民法J2 6 5頁,谷口=石田編・前掲注(29 ) 2 3 4. ω. ω. 頁〔山本執筆),山本・前掲注 「基本権の保護と私法の役割 J1 0 9頁,山本・ 前掲注 ) 1I 憲法システム J6 7頁。 制 以下の穏健な憲法中心主義に関しての記述については山本・前掲注 「憲法. a. ω. ω. と民法の関係 J4 9頁,山本・前掲注 「基本権の保護と私法の役割J1 0 9頁参 照。なおこの「穏健な憲法中心主義Jは,私法の内容はすべて憲法によって規 定し尽くされてしまい独自の意味がないのではな L、かという疑問と,こうした 「憲法中心主義Jが違憲審査制と結びつけば立法府が定めた制定法を裁判所が憲 法の名のもとにしりぞけ自ら憲法に即して私法の内容を定めることを容認して しまうのではな L、かという疑問の,二つの疑問に答えるために示されている (山本・前掲注側「憲法と民法の関係 J4 9頁,山本・前掲注(2 ) 9I 基本権の保護と. 0 9頁参照)。 私法の役割 J1 山本・前掲注(1D I 基本権としての民法J2 6 5頁,谷口=石田編・前掲注(29 ) 2 3 4 頁〔山本執筆),山本・前掲注 ( 1 1 )I 憲法システム J6 7頁。さらに,山本・前掲注. ω. ω「基本権としての民法J265頁においては,民法が基本法であることの具体的 な意味について,概念構成にかかわる外的体系と,その基礎にある原理にかか わる内的体系に分けて説明されている。. - 7 5( 1 2 4 )一.
(22) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第 1号. ω ( 検討 以上のような内容を持つこの見解について,以下ではケ)において国家の 基本権保護義務論そのものについて,付)においては仮に国家の基本権保護 義務論が認められたとした場合の国家の基本権保護義務を基礎とした民法 と憲法の関係について,それぞれ検討を加える O. 例. 国家の基本権保護義務に関する問題点. i) 理 論 的 根 拠 に つ い て の 問 題 ①. 国家目的論の問題点 この見解では,国家に基本権保護義務が課せられる根拠として「国家の. 目的」のみを掲げている倒。しかし,このように「国家の目的」のみによ る国家の基本権保護義務論の根拠づけについては,次のような問題点があ 。 ると考えられる ω まず,理論的な問題として,国家の目的を根拠としているのになぜ保護 義務が憲法上の基本権規定を根拠に成立するのか,という問題がある紛。. 側. なお,国家の基本権保護義務論の母国であるところのドイツにおける国家目 的論による国家の基本権保護義務の根拠付けについては,小山剛「国の基本権 4 5 5頁(敬文堂, 1 9 9 5 保護義務」憲法理論研究会編『人権保障と現代国家J5 年),小山・前掲注側 1 7 5 1 7 6頁,ヨーゼフ・イーゼンゼー(著)小山剛=上村 保護義務としての基本権」ヨーゼフ・イーゼンゼー(著) 都=栗城書夫(訳) I ドイツ憲法判例会(編訳)r 保護義務としての基本権J1 2 9頁以下(信山社, 2 0 0 4 年)を参照。 倒 国家の基本権保護義務の「国家の目的」による根拠付けの問題点については, 以下に引用する文献のほか,根森健「憲法上の人格権一一個人の尊厳保障に占 める人権としての意義と機能について」公法 6 5号 7 6頁(19 9 6年)も参照。 側 この点は,小山剛が指摘するところである。「国家目的論としての保護義務 は,保護義務の重要な論拠であると解される。しかし,このような国家学的考 察だけでは,なぜ保護義務がまさに基本法の基本権規定を根拠に成立するの か,という基本権解釈学上の問題に答えることはできない(小山・前掲注側H 79 頁) J。. - 7 6(1 2 3 )一.
(23) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー). 憲法学において国家の基本権保護義務を肯定する論者は,基本権規定が防 御権としての「国家からの自由」を基本思想とすることに異論をさしはさ んでいない側。このことが意味することは,国家のみが正当な強制力を行 使しうる近代国家において,国家権力を統制することこそが基本権規定の 本来的な意義である,ということである問。そしてこの基礎には,個人が 自己の人権を保全するために社会契約を結んで主権を創設することを通じ て国家権力を創出する一方で,同時にその統制のために権力分立と権利保 障の仕組みも創出する,という近代的意味の憲法における論理的枠組が存 在する民このような憲法学における国家に関する基本的論理構成を基礎 におくならば,少なくとも「国家の目的」のみを理論上の根拠として,基 本権(法益)を第三者の侵害から保護すべき憲法上の義務を国家が負う という意味での国家の基本権保護義務を認めることはできないといえよ う帥側。もし, I 国家の目的」のみを理論上の根拠として国家の基本的保護 義務を肯定するのであれば,現在の憲法学における基本的論理構成とは異 。 なる国家についての論理構成を提示しなければならないで、あろう ω 続いて,実際上の問題として「国家の目的」という概念の内容が確定し ていないことも問題点として挙げられる。国家の基本権保護義務を肯定す. 側. 小山・前掲注(3 0 ) 17 0頁,戸波江二「人権論の現代的展開と保護義務論」栗城古 稀『日独憲法学の創造力. 上巻 J7 0 8頁(信山社,. 2 0 0 3年),松本・前掲注(30 ) 8 9 9. 8 9 3 8 9 7頁も参照)。 納 戸波・前掲注側 7 0 8頁,松本・前掲注(30 ) 8 9 9頁。 9 5頁。このような国家と権利保障の関係については,樋口陽 側 松本・前掲注側 8 一『憲法(改訂版)J12 6 3 0頁(創文社, 1 9 9 8年),坂本昌成『憲法理論 I補訂第 三版j 4 5 4 8頁(成文堂, 2 0 0 0年),長谷部恭男『憲法(第 3版 )J4 1 4頁(新世 社 , 2 0 0 4年)等参照。また,芦部信喜『憲法学 I憲法総論J4 6 5 0頁(有斐閣, 1 9 9 2年),佐藤幸治『憲法(第三版)j2 0 2 1頁(青林書院, 1 9 9 5年)では,憲法 頁(同・. が,制限規範性を本質的・中核的な構成要素とする授権規範であるとされてい るO. - 7 7(12 2 )一.
(24) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第. る小山剛は, て ,. l号. r 国家の目的」による国家の基本権保護義務の基礎付けについ. r 基本権保護に道を開くだけではなく,独自のロジックを有する国家目. 的・国家任務の基本権化にも道を開くのであり,ひいては,基本権解釈を, 論者の特定の国家観に従属させることにつながる」という問題点を指摘し 倒 。 ている ω ②. 基本権の客観法的側面の問題点. 国家の基本権保護義務を主張する論者の多くはその論拠として「基本権 。そこで以下ではこの基本 の客観法的側面」を何らかの形で示している ω 権の客観法的側面に関しても検討を加える ω。 基本権の客観法的側面とは,基本権規定が国家に対する国民の防御権を 定めているだけでなく客観的規範として価値体系を樹立するものであり, この価値体系は憲法的基本決定として法の全領域に対して妥当しなければ ならないとする思想を基礎とするものである倒。そして,この基本権の客 観的規範としての価値体系の側面が「基本権の客観法的側面」と呼ばれる。 このような基本権の客観法的側面を国家の基本権保護義務の根拠として 用いることには,次のような問題点があると考えられる. 側. O. 松本・前掲注(3 0 ) 9 0 3頁は, I ……,近代的意味の憲法の観念は,個人が自己の 人権を保全するために国家を創設したと想定している。この想定は基本権法益 の保護を国家の義務とする見方と調和する」としている。しかし,松本和彦自 身が「憲法上の権利は,人権思想を背景にしていても,それとは区別して考察. 9 6頁) J として されなければならない独自の権利なのである(松本・前掲注側 8 いることを考慮に入れれば, i 人権の保全」と「基本権法益の保護」をつなぐ何 らかの論理が必要になるといえよう。さらに,自己の人権を保全するために国 家を創設したのであれば,保護される対象となる法益は,なぜ憲法上に規定を 持つ基本権(法益〉に限定されなければならないのか,基本権規定を持たない 人権の保護する利益に対する保護はどうするのか,という疑問も生じる。この. 9 3頁参照。また,高橋和之「現代人権論の基本 点については,小山・前掲注側 1 構造」ジュリ 1 2 8 8号 1 2 2 1 2 4頁 ( 2 0 0 5年)においては,基本権保護義務論は「基 本権の名宛人は国家であるーという前提を貫徹しえていないと主張されている。. - 7 8(121).
(25) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー〉. まず,基本権の客観法的側面そのものの根拠に関する問題点である。前 述①においてもみたように基本権はそもそも防御権として構成されてい るO そのため,基本権に客観法的側面があることは別個に基礎づけられな ければならないと考えられる O しかし,この点はしばしば自明であるかの ように前提とされ論証されないことが多い,と指摘されている(扮。. 側. 近代的意味における憲法という考え方を基礎におく日本憲法学においては, 本文に述べたように,一方に国家権力の創出をおき,それと同時に権力分立及 び権利保障によって国家権力の統制をはかる,という思考枠組が基礎に置かれ ている O これに対して民法学における思考枠組は,特定の個人に権利を与え他 の者に対してこれを尊重すべきことを命ずることによって私法的秩序を維持し. J3 1頁(岩波書庖, ようとする,というものである(我妻柴『新訂民法総則I. 1 9 6 5. 年)。この他,大村敦志は「私人の権利義務を中心に据えて社会を構成しようと いう思考様式Jを「民法の思想」の内容の一つに数えている(大村・前掲注Q 9 ). 1 1 2頁)。このようにそれぞれの法領域における思考枠組のなかで権利に対する 位置づけが異なるということを前提にすれば,山本敬三の示す論理構成に関し て,民法的思考枠組のみに主導されてしまっており,憲法的思考枠組にあまり 顧慮、が払われていないのではないか,という疑念が生じる。この疑念、は,国家 が国民の利益を保護することを当然の前提としている山本敬三の見解と西原博 史の見解の違いを見るとより深いものとなる。山本敬三は「基本権を『国家か らの自由』に限定するのであれば,それは究極的には国家不要論に行き着くこ とになる。国家からの自由は,国家をなくすことによってもっともよく達成で きるからである。そうした考え方をとらず,国家に存在意義を認めるのであれ ば,少なくとも個人の基本権を他人による侵害から保護することは,国家の最 基本権と 低限の任務に属するのではないだろうか」とする(山本・前掲注(Il) I. ω,このほか山本・前掲注ω「契約関係J10頁など参照)。. しての民法 J2 6 8頁注. 他方,西原博史は「国家が国民個人の利益を守るのは,ある種あたりまえのこ とである。その『あたりまえのこと』の実現に向けて働きかけるためには,政 治と運動の論理に頼るべきであり,司法的に実現すべき権利論の課題とするの は筋違いであろう。国民の利益を守るための侵害的規制が過度にわたらないよ う,基本権保障やその他の法治国家的な原理が設けられている。結局,立ち戻 るべきは,近代立憲主義が確立して以来あたりまえの,この権力抑制の論理で しかあり得な Lリとしている(西原博史「く国家による人権保護〉の道理と無 理」樋口陽一他編『国家と自由一一一憲法学の可能性I J3 4 4頁(日本評論社, 2 0 0 4 年))。以上の点については,高橋・前掲注側 1 2 2頁注側も参照。. - 7 9(20)一.
(26) 近 畿 大 学 法 学 第5 3巻第 1号. 続いて,基本権の客観法的側面という概念が,その内容に関して不明瞭 な概念である,という問題点がある ω 。. 側. むろん,そのような基本的論理構成は少なくとも現在の憲法学において論じ られている総ての理論を矛盾なく整合的に体系化する基礎となるものでなけれ ばならないことはいうまでもない。. ω 小山・前掲注(30 ) 19 4頁。また根森・前掲注ω 7 7頁,芦部信喜「人権論五O年を 回想して」同『宗教・人権・憲法学J2 3 0頁(有斐閣, 1 9 9 9年,初出・ 1 9 9 7年) も参照。 側 このほか,国家の基本権保護義務を国家の目的によって根拠づけると,交渉 力格差,情報格差の大きい「構造的不均衡」状態にある当事者間の契約の場面 で,劣位にある当事者の保護のために国家が介入する余地はほとんどなくなる 3 0 ) 9 0 3頁)。 のではないか,との疑問を提示する見解もある(松本・前掲注(. ω 小山・前掲注側 1 8 8 1 9 6頁,戸波・前掲注側 7 2 2 7 2 3頁,同 7 2 9頁,松本・前掲 0 3 9 0 4頁 。 注側 9 側. この「基本権の客観法的側面」については論者によって異なった語が用いら れている ( 1 客観法的側面」を用いる論者として山本敬三,小山剛,松本和彦, 「客観法的内容」を用いる論者として栗城書夫, 1 客観的原則規範」を用いる論 者として戸波江二がいる。なお用語法に関しては栗城書夫「最近の基本権論に ついて一一基本権の客観法的内容をめぐる議論に即して」憲法理論研究会『人 権理論の新展開~. 9 5頁(敬文社, 1 9 9 4年)参照)。本稿では,民法と憲法の関係. について直接の検討対象としている山本敬三の用語法に従い「基本権の客観法 的側面Jの語を使う。 側. 栗城・前掲注(~93頁。なお,この防御権としての基本権と客観的規範として. の基本権は「基本権の二重の性格」であるとされる(小山・前掲注側 1 9 5頁)。 駒. 山本・前掲注ω 「契約関係 J9 1 0頁は, ドイツにおいて基本権の客観法的側 面の内容が防御権としての基本権に ①権利の主体,②名宛人,③保障の種類 1 三重の抽象化J ) をほどこした結果が客観法的側面である についての抽象化 ( とされていることについて, 1 ・…・・,ここでその前提として問われなければなら ないのは,そもそもそのような抽象化をおこなうことがどうして正当化される かである」としている(基本権の客観法的側面における「三重の抽象化」につ. 0 ) 19 6頁を参照)。 いては小山・前掲注(3 側 小山・前掲注ω 176頁,同 1 9 5頁。山本・前掲注仰「契約関係 J 9頁では, 1ド イツでは,基本権の客観法的側面に,基本権を実現するための組織や手続の整 備のほか,前記の給付権に相当するものまで含めて議論されている。しかし, それらはそれぞれ相当異質なものであり,一括してその採否を決めるべき事柄 ではない」とされている。. 8 0(1 1 9)一.
(27) 現代立憲主義国家において国家法として民法を制定する意味(ー〉. 以上の二つの問題点は,基本権の客観法的側面そのものに関する問題点 であるが,このほかに国家の基本権保護義務を基本権の客観法的側面に よって根拠づけることについて,さらに二つの問題点を指摘しうる。 まず,基本権の客観法的側面を基礎とするとなぜ国家が基本権を保護す べきであるという法的義務が成立するのか,という点についての根拠が示 されていない,という問題点である夙 そして,もう一つの問題点は,基本権の客観法的側面が「客観的」であ るがゆえに,国家に限らずすべての人に対して保護を要求する,すなわち 国家だけでなく私人も義務の主体にしかねない,という問題点である側。 この帰結は近代的意味の憲法の観念に反すると考えられる ( 1 1 0 0 ③. 複合アプローチの問題点 現在,国家の基本権保護義務論を主張するにあたって,前述①及び②で. それぞれ検討した国家目的論と基本権の客観的側面の両方を複合させて国 家の基本権保護義務の根拠として示す論者がいる側。しかし,両者を複合 させて国家の基本権保護義務を根拠づけるとするならば,複合させること によって上述したそれぞれの問題点がし、かなる形で解消されるのか,とい う点が示されなければなるまい 4 則 的 。. i i)基本権体系に及ぼす影響についての問題 前述 i)に示したような理論的根拠に関する問題点のほかに,国家に基. ( 9 9 ) 小山・前掲注側 1 7 4頁 。 側松本・前掲注~0)903-904頁。. 側 松 本 ・ 前 掲 注( 3 0 ) 9 0 4頁 。 ( 1 開 国家目的論を主たる根拠として基本権の客観法的側面によってその不備を補 強するという構成をとる松本・前掲注 ~0)904頁,及び基本権の客観法的側面を. 主たる根拠とし国家目的論によってそれを補強するという構成をとる小山・前 掲注 ~0)1 88-197 買を参照。また,. ドイツにおける通説も基本権の客観法的側面. と国家目的論とによる二重の基礎付け論であるとされる(小山・前掲注~0)1 80 頁). - 8 1 (118)一.
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