インドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー
*
大
形
里
美
は じめに
1.イ スラーム司法制度の確立
(1)1989年宗教裁判法(Undang‐Undang tentang Peradilan Agama)
0)74年
婚姻法の制定(31 イス ラーム法手引 き書 (Kompilasi Hukum lslam)の 編纂
2.イ
ス ラーム家族法の諸規定 と女性 の地位 (1)夫と妻の役割分担 唸)一
夫多妻婚0)離
婚 14)後見人の役割 ⑤ 相続割合6)婚
姻 における財産 おわ りに は じめ に イン ドネシアは、人口の87.8%が
イスラーム教徒であるイスラーム大国であ る。1945年の建国時には、国家体制 を「イスラーム国家」に したい と願 うイス ラーム主義エ リー トも多かつた。 しか し、スカルノを リーダー とす る世俗主義 (民族主義)エ
リー トとの論争の末、「イスラーム教徒にはイスラーム法の遵守九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (21X13) を義務づ ける」 とす る文言が憲法 には挿入 されず、 イ ン ドネシアはイス ラーム 国家 とはな らなか った(1)。 とはいえ、「唯一神への信仰」をパ ンチ ャシ ラ (建国五原 則
)の
第一原則 とし たた めに、完全 な世俗国家 ともな らなか った。 その結果、イ ン ドネシアにおけ る 「国家」 と「宗教」の関係 は、世俗主義エ リー トとイス ラーム主義エ リー ト 間 のイデオ ロギー対立 に よって、常 に緊張状態 におかれ ることになった。 そ し て婚姻法の分野 に限れば、2年
の婚姻法 (「婚姻 に関す る1974年 第一号法」:以 下 「74年 婚姻法」 とす る。)の
制定 に よって、イス ラーム教徒 に対 してイス ラー ム法 に従 うこ とが義務づ け られた。 この よ うな事情 を考 え る とき、 イ ン ドネシ アの女性政策や女性問題 な どジ ェンダーに関す る議論 において は、同国のイス ラーム司法制度 のあ り方や イス ラーム教義が 日常生活 に及 ぼす影響 を考察 す る こ とが不可欠 となって くる。 イ ン ドネ シアの女性政策や女性 問題 に関 して は、セ ンや村松 による研 究が見 られ る(2)。 だが、いずれ もイス ラーム家族法や イス ラーム教義が、同国の女性 政 策や女性 問題 に及 ぼす影響 には触れていない。セ ンは、 同国の女性政策 には 88年 の国策大綱(5年
毎 に策定)以
来 、従来 の母性主義か らジェンダー平等の 方 向に向 けた、明 らかな変化が見 られ る としてい る。 そ して93年 の国策大綱 に 「(男性 と女性 は)対
等 なパ ー トナー (mitra sttaiar)」 とい う新 しい概念 が導 入 された こ とにつ いては、経済開発の成果 として女性官僚(Femocrat)が
増加 し、彼女 らが女性の権利獲得のために闘つた成果だ と説明す る(3)。 しか し、ジェ ンダー平等 に関す る踏み込 んだ規定 が国策大綱 にな されていないのは、階層社 会 ゆえの限界で あ る とす るだ けで、イス ラーム教義 に よる影響 について は一切 言及 して い ない。確 か に、 日常の一切 の家事労働 と育児労働 をハ ウス・ メイ ド とベ ビー・ シ ッターに任せ られ る階層 の女性 たちに とって、家庭 内の夫婦 の役 割 分担 は重要 な問題 ではない(4)。 また、村松 による研究 も、労働や教育状況 に 関 す る統計資料 と国策大綱 の文言 の変化 に見 られ る変化 を分析 す るに とどまっ て い る。インドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー(大形里美) 果 た して、1990年 代 の女性政 策 の変化 は本 質 的 な ものだ ったのだ ろ うか。1993 年 に打 ち出 され た 「対等 なパ ー トナー」概念 は、第六次 開発 内閣 の女性政策 の 中心 的 コ ンセ プ トとな った もの の、 同 国策 大綱 で言 及 され る 「対 等 なパ ー ト ナー」 には “イ ン ドネ シア女性 は生 まれ なが らに男性 とは異な る「天性 の特質 (kodrat:コ ドラ ッ ト)」 を もつ
"と
い う前書 きが つ いて い る(5)。 そ の た め 「天性 の特質」の捉 え方 に よって、「対等 なパー トナー」が意味す る ところは必 ず しもジ ェンダー平等 な もので ある とは限 らない。 なぜ な ら役割 と権利が全 く 異 な る「対等 なパ ー トナー」とい う解釈 も可能であ るか らだ。 こうした レ トリッ クはイス ラーム学者 によって頻繁 に使用 されてい るもので あ る(6)。 ダル ミヤ ン テ ィは、同概念 が国策大綱 で取 り上 げ られた背景 につ いて、家族計画実施 のた めの資金 な どを外国へ依存 してい るイ ン ドネ シアに対す る資金貸 し付 け国か ら の プ レ ッシ ャー と、一見 ジ ェ ンダー平 等 を 目指 す と見 え る政 策 を とる こ とに よって、女性政策 に変化 を求 め る女性 たちか らの浮動票 を獲得 す る目的が あっ た と指摘 してい る(7)。Knshnaの
研究 において、「対等 なパ ー トナー」概念 は表 面 的 に しかみ られ てお らず 、解釈 レベルで見 られ る「イス ラーム的 レ トリック」 は一切考慮 されていない。国策大綱 において ジェンダー平等 に関 して踏み込 ん だ規定 が なされていない ことも、階層社会故の限界 として見 るだ けで は不十分 で あ り、 イス ラーム教義 に基づ くジェンダー概念が、阻害要因 として働 いてい る こ とも考慮 すべ きで あろ う。 またハ ウス・ メイ ドを雇用 で きる階層 の女性 た ちにつ いて も、後述す るようにイス ラーム家族法 の諸規定 による不利益か ら決 して無関係で はない。 以上 の点 を考慮 すれ ば、90年 代 の国策大綱 には表面 的 な変化 が見 いだ され る ものの、同国の女性政策 の本質 的変化 を映 し出す もので はなか った と見 るべ き で あ る。実際 「夫 は家長 で あ り、妻 は主婦で あ る」 と規定 す る74年 婚姻法 をは じめ、国内の性差別 的な法律 の改正が、当時の政府 によって議論 された ことは ない。 イ ン ドネ シアの女性政策 は1998年 の スハ ル ト体 制崩壊 を契機 に、従 来 の母性-3-九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (2XX13) 主義 に基づ く政策か ら、「ジ ェンダー主流化」を国家開発政策の 目標 にす る政策 へ と大 き く転換 してい る(8)。 2∞ 0年 以降 は、政府 に よってジェンダー主流化政 策 が開始 され、現在、少 な くとも32の 法律が ジェンダー・バ イアスな法律 とし て改正 の対象 とされ(9)、 74年 婚姻法 もその対象 とな る法律 の
1つ
として改正 に 向 けての準備が進 め られてい る ところであ る(Ю)。 同国にお けるイス ラーム司法行政 の確 立 に関 して は、中村の研究が あ る(11)。 しか し中村の研究視点 は 「ムス リムに対す るイス ラーム法 の施行が国家 によっ て保 障 され るよ うになって きた(2)」 とい うもので、新体制下 に行 われて きたイ ス ラーム司法制度の確 立が、女性 の法的立場 に どの よ うな影響 を与 えるもので あ つたのか、 とい う視点 による研究 で はない。74年 婚姻法 につ いて は、結婚・ 離婚 に関す る法律改革 に成功 した とす る見方が一般 的で あ るが、マー クは、 同 法の制定 によって政府 は結婚、離婚、幼女婚 を規制す ることに失敗 した とみ る(お)。 本稿では、イン ドネシアの女性政策 とイスラーム司法制度に関する以上のよ うな研究状況を踏 まえ、同国のイスラーム司法制度の確立の経緯 と、現在イン ドネシアで施行 されているイスラーム家族法の具体的な内容について、ジェン ダーの視点か ら考察する。イス ラーム司法制度 の確 立
(1)1989年
宗教裁判法 (Undang―Undang tentang Peradilan Agama)(H)イ ン ドネ シアにおいては植民地時代 か らイス ラーム宗教裁判所 (Pengadilan
Agama)が
設 け られて いた。同国 におけるイス ラーム宗教裁判所 の歴史 は、1882 年 に同年植民地政庁 に よって ジ ャヮ島 とマ ドゥラ島 に正式 にイス ラーム宗教裁 判所 の設立が承認 された時 に遡 る(19。 1882年 にイス ラーム宗教裁判所 が設立 された当初 は、イン ドネシアにおける イス ラーム教徒 はイス ラーム法 を包括的 に受容 してい る とす るオ ランダ植民地 政庁 の総督LWC.フ
ァン・デ ン・ベル フらによる説 (10に 基づ き、 イス ラーム教-4-インドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー(大形里美) 徒 にはイス ラー ム法 が適用 され た。 しか しやがて20世 紀初頭 にな る と、 イ ン ド ネ シアで有効 な法 はイス ラーム法で はな く、慣 習法であ る とし、イス ラーム法 は慣習法 に受 け入れ られて初 めて効力 を もつ とす るあ らたな説 が
C.ス
ヌー ク・ フル フローニ ェに よって唱 え られ るよ うになった。 そ して1919年 、相続分野 に 関 して は、 イス ラー ム相続 法 は まだ慣 習法 とはな って いない とい う認識 に基づ き、相続分野 に関す る宗教裁判所 の権 限 は、普通裁判所(Pengadilan Umum)
に移行 され た(口)。 その後 、1937年 に制定 された法律 に基づ き、 ジ ャワ島 とマ ドウラ島以外の地 域 、すなわち南 カ リマ ンタン と東 カ リマ ンタンに もイス ラーム宗教裁判所が設 立 され た(19。 そ して独立以後、1951年 にはそれ まで置かれていた慣 習法裁判所が廃止 され、 1957年 、ジ ャワ、マ ドウラ、南 カ リマ ンタン以外の地域 に もイス ラーム宗教裁 判所 が設 立 され るこ とが決定 され た。 以上 の よ うな経緯 に よって国内各地 に設立 され たイス ラーム宗教裁判所 は、 1989年 に宗教裁判法が制定 され る以前 は、1970年 制定 の司法権基本法 に基づ い て、地 方裁判所(Pengadilan Negen)の
監 督下 におかれて いた。 同基本法 に よれ ば、 イス ラーム宗教裁判所 は、判決執行の際 に、地方裁判所か らの令状 を 取得 しな けれ ばな らなか った。 また離婚 に よって生 じる諸 問題(子どもの親権 、 共有財産、子 どもの養育費、相続問題)に
つ いては、 イス ラーム宗教裁判所 は 取 り扱 う権 限 を もたず、地 方裁判所 の管轄 下 におかれ て いた。 しか し1989年 の宗教裁判法の制定(Ю)によ り、判決 の執行権が付与 され るな ど イス ラー ム宗教裁判所 の権 限 は強化 され、地 方裁判所 と同格 になった。イス ラー ム宗教裁判所 は県 ご とに、そ してその上 に高等 イス ラーム宗教裁判所 (Penga dilan Tinggi Agama)力り‖ご とに設置 され、最高裁判所(Mahkamah Agung)
を頂点 とす るイス ラーム司法制度が確 立 された (同法第
3条
、及 び第4条
)。また同法 の制定 に よって、離婚 で生 じる諸 問題 を含 め、婚姻 、相続 、イス ラー ム法 に基づ いて行 われた遺言 と贈与、寄進 と慈善 (サダカ
)に
関連 す る諸 問題-5-九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (2∞3) につ いて、 イス ラーム宗教裁半J所 に対 して訴 え るこ とが可能 となった。0。
9)Z年
婚姻法 の制定 今 日、 イ ン ドネシアのイス ラーム教徒 に対 しては、二つの婚姻法が適用 され て い る。 その一つが74年 婚姻法で あ り、婚姻 に関す る一般 的 な原則 を内容 とし て、国民すべてに適用 され る。 もう一つ は、1991年 に公刊 された 「イス ラーム 法 手 引 き書 (Kompilasi Hukum lslam)」 の第一部 で あ る。74年 婚姻法 が一般的 な性格で あ るため、 イス ラーム教徒 には、イス ラーム教義 に基づ く婚姻 に関 して、 よ り詳細 な規定が明記 された同手 引 き書 が、併せ て適用 されてい る。
2年
に婚姻法が制定 され るまで、イ ン ドネシアは婚姻 の分野でオ ランダ植民 地 時代か らの多元 的な法体 系 を引 き継 いで いた。 そ してィス ラーム教徒 は、イ ス ラーム法 と慣 習法 に従 って婚姻 を行 うこ とと定 め られていた。1)。 しか し慣習 法 は地方 によって内容が異 な るため、イス ラーム法 は厳格 に適用 されていたの で はな く、各地方でそれぞれの慣 習法 と折 り合 いをつ けるかたちで適用 されて いた といえる② 。 オランダ植民地時代か ら、男性の身勝手による一夫多妻婚や離婚、幼女婚、 強制結婚な どが社会問題 として認識 され、婚姻条件 を改善するための婚姻法の 制定 は女子教育の向上 とともに女性運動の悲願であった。O。 独立以後、50年 代 か ら全国民に適用 され る婚姻法を制定するための作業が本格的に開始 された。 しか し、婚姻法案が最初 に国会で審議 された59年か ら、一夫一婦制 を原則 と する婚姻法案 を主張す る世俗主義派 と、一夫多妻制をイスラームの重要な教義 として守 り抜 こうとするイスラーム主義派の間で激 しい対立が続いた。そうし た対立を背景 に1950年代末 と、1960年代末に2度
も国会で審議 されたにもかか わ らず、婚姻法成立 までには長い年月を要 し、197年
ようや く婚姻法の成立に 到った。 73年に婚姻法案が国会に提出された時点においても、世俗法による婚姻を可 能 とする内容であったため04)、 同法案 はイスラーム教義に基づかない婚姻 を可 能 とし、世俗化 をもた らす ものであるとしてイスラーム主義派か らの激 しい反イ ン ドネ シアに お け るイ ス ラー ム家 族 法 とジ ェ ンダー (大形 里美) 発 を招 いた。 同国の二大 イス ラーム団体 の一つで あ るムハ マデ ィヤーに属 し、 イ ン ドネ シア大学法学部の名誉教授で あつた ラシデ ィ (Rattidi)教 授 は、同法 案 を「隠れ た キ リス ト教化政策」 として非難 した。9。 1973年8月24日 には首都 ジ ャカル タ と西 ジ ャワのイス ラーム学者達が集 ま り、同法案がイス ラーム法 と 抵触 す る ものだ と強 く非難 し、 イス ラーム法、特 に婚姻法 におけるイス ラーム 法 を守 り抜 くとい う宣誓集会 を行 った。0。 1973年9月27日 の国会で は、当時のム クテ ィ 。ア リ宗教相 によって政府答弁 が行 われ た会議場 に約450人の若者 た ちが押 し寄せ、横 断幕 を掲 げてデモ を行 い、議会 を中断せ ぎるを得 ない事態が生 じた0。 最終 的に条文が大幅 に変更 さ れ、74年 婚姻法で は世俗法 に よる婚姻 は認めず、婚姻 は宗教に基づいておこなわ れなければな らないこと力症 め られた128)。 同法 の制定 は、「宗教 と信 仰 の 自由」 を保 障す る45年 憲法が、婚姻 の分野 に 限 つて は 「宗教 と信仰が定 め る法 に従 わ ない 自由は認 めない」 と解釈 された、 まさにその瞬間であつた。 また同時 に、 同法 の制定 は、後述す るようにその後 の同国 におけるイス ラーム司法制度 のあ り方 を大 き く左右 す る歴史的 に重要 な 出来事 となった。 この結末 は、世俗法 に基づ く婚姻 を選択肢 として残す よ う1950年 代か ら主張 し続 けて いた世俗主義派 。
9の
敗北、 そ して、45年 の憲法制定 時か らイス ラー ム教徒 にはイス ラーム法の遵守 を義務付 けるこ とを主張 し続 けて いたイス ラー ム主義派 に とっての婚姻法分野 における勝利 を意味 した。 しか し、74年 婚姻法の制定 に際 しては、 イス ラーム主義派 も妥協 を余儀 な く された。 当初 の婚姻法案 にはイス ラーム教義 に基づ くよ り詳細 な規定 が盛 り込 まれて いたが、 それ らは削除 されてい る。0。0)イ
ス ラーム法手引 き書 (Kompilasi Hukum lsiam)。1)の 編纂74年 に婚姻法が制定 された後 、1977年 には所有地 の寄進 に関す る法律 も制定 された。 しか し、 これ らの法律 は、 イス ラーム家族法の一部 をイ ン ドネシア語 で明文化 したにす ぎず、婚姻、相続、寄進 に関わ る詳細 な家族法 は、 イ ン ドネ
九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (2∞3) シア語で は明記 されていなか った。従来 、イス ラーム宗教裁判所 にお ける判決 は、 キタブ・ クニ ン3の と呼 ばれ るア ラビア語 で書 かれた複 数のイス ラーム法 学書 に依拠 して いた。 それ ら複数 のイス ラーム法学書 は、同一 の事柄 につ いてで あって も、著者 に よって見解 に差異が見 られた。 その為 、 イス ラーム法手引書が施行 され る以前 は、 同様 の事件 であ りなが ら、地域や担 当す る判事 に よって判決 に差 異がで る とい う問題 が生 じていた。同手引書が編纂 された背景 には、イス ラーム法 を コー ド化 し、統一す ることで、 そ うした格差 を解消 したい とい う政府 の意図が あつ た3の。 イス ラー ム法 手引 き書 は、1970年 か ら準備 が開始 され、1985年 か らの具体 的 な「イス ラーム法編纂作業」によって1991年 にイ ン ドネシア語で公刊 された。 同 手 引書 は229条 か らな り、第
1部
が婚姻 (第1-170条
)、 第二部が相続 (第171-214条
)、 第二部 (第215-229条
)が
寄進 に関す る内容 となってい る。 同手 引書 は、政府 に よって同国のイス ラーム宗教裁判所 における判決 の拠 り 所 として定 め られて いた13の キ タブ・クニ ン0を
、国立 イス ラーム大学 (IAIN) に所属 す る法律 の専門家 ら30が
分析 し、手引 き書 として編纂 した もので ある。 編纂作業 にあた って は、 オ ランダ植 民地時代 か らのイス ラーム宗教裁判所 に お ける判例 が ま とめ られた16冊 の判例集 の内容、海外のイス ラーム諸 国 (モロ ッコ、 トル コ、エジプ ト)の
イス ラー ム法 が考慮 され た他 、国内10地 域 の計185 人 のイ ス ラー ム学者 に対 して、家族法 に関す る102の 質 問事項 につ いてイ ンタ ビュー を実施 してい る30。 しか し、 この プロジェク トは、国内の イス ラーム指導者が一体 となって推進 した もので はなか った。 ムハ マデ イヤー と並んで国内の二大 イス ラーム団体 の1つ
であ り伝統派 とされ るNU(ナ
フダ トゥル・ ウラマー)傘
下のイスラーム 学者たちは、一般 にこのプロジェク トに対 して受身で、保守的な態度を とって いた。その一方で、改革派のイスラーム団体 ムハマデイヤーはNUと
は対照的 に、政府が早急にイスラーム法手引書 を正式承認するように との要請 を大会決イ ン ドネ シ アにお け るイス ラー ム家族 法 とジ ェンダー (大形 里美) 議 として出す な ど同 プロジェク ト推進 に積極的 な立場 を とっていた こ とが指摘 され て い る●0。 こうした両者 の違 いは、当時
NUの
最高指導者 であったアブ ドゥル ラフマ ン・ ワ ヒ ドが宗教 と政治 を切 り離 し、国家 における宗教の中立性 を目指 していた こ と、それ に対 して、ムハ マデ ィヤーの当時の幹部の一部が、かつてィスラーム国 家樹立 を目指 して政治活動 を していた ことな どとも無縁ではない と考え られ る。 「1991年 第1号
大統領令」によ り、政府機 関 と一般社会 において同手引 き書の 施 行 と普及 が決定 された。 そ して宗教省管轄 のすべての機関、そ してその他関 連 す るすべての政府機 関が、婚姻法、相続法、寄進法 の分野 に関わ る諸問題 を 解 決す る際 に、「他 の法規定 とともに可能 な限 り適用す る」ことが宗教大臣決定 に よって定 め られた(“)。 同手 引書が公刊 され、大統領令 によってその施行 と普及が決定 され た ことは、 1989年 の宗教裁判法 と合 わせ て、イス ラーム法が国家的法律の一部 として明確 に定義付 け られた こ とを意味す る。 しか しなが ら、同手引書 の施行 と普及 に関す る大統領令 は、 その実効法 とし ての効 力 と国家的な法体系 に占め る位置 につ いて法律専門家の間で見解が一致 して いない とい う問題 が残 ってい る。9。 と りわ け、相続 の分野 に関 しては、婚 姻 分野 にお け るZ年
婚 姻 法 の よ うな国家 的性 格 の法律 が制定 されて いないた め、現在 の ところ、 イス ラーム教徒 で あって も、遺産分割 に際 して裁判で適用 され る法律 に関 して は、当事者間で決定 す ることが明 らか に されてい る●0。 こ うした法制度の下、 イス ラーム宗教裁判所 に訴 えた場合 にはイス ラーム法 が、地方裁判所 に訴 えた場合 には慣 習法が適用 され るのが一般的であるため、 裁判 を希望 す るものは希望 に沿 って裁判所 を選択 す る仕組 みになっている。 し か し実際 には、相続問題 に適用 す る法律 につ いて当事者間で意見が異なること も少な くない。 そ して法手続上、宗教裁判所 、地方裁判所 のいずれか一方 に訴 え を起 こ した場合、後 に も う一 方 の裁判所 に訴 えて も受理 され ない仕組 み と な って い るため、意見が対立 した場合 には、先 を競 って 自分の希望す る裁判所九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (2003) に訴 えを起 こす とい う状況が生 まれてい る。 また裁判 に持 ち込 まれた場合、先 に述べた ように地方裁判所で は原告の希望 に応 じて慣 習法が適用 され るのが一 般 的で あ るが、最終的 には原告の希望 に基づかず、裁判官 の裁量 に よつて地方 裁判所 において もイスラーム法が適用 されたケース も伝 え られてい る。1)。 こう した現状 は相続分野 にお けるイス ラーム法 と慣 習法 の微妙 な関係 を物語 るもの で あ る。 以上 の こ とか ら、相続分野 に関 して は、 イス ラー ム教徒 に対 す るイス ラーム 法 の義務づ けはされていない ものの、 イス ラーム法手 引 き書 の公刊 は、宗教裁 判法 の成 立 とともに、結果 としてイス ラー ム教徒 に対 す る相続分野 にお け るイ ス ラーム法施行 の傾 向を強化 してい る と見て よいだ ろ う。
2.イ
ス ラー ム家 族 法 の 諸 規 定 と女 性 の 地 位 上述の通 り、現在イン ドネシアでイスラーム教徒 に適用 されている家族法 と しては宗教 に関わ りな く適用 され るZ年
婚姻法 とイスラーム教徒だけに適用 さ れ るイスラーム法手引き書がある。 ここでは74年婚姻法 とイスラーム法手引書 を対象に、(1)夫と妻の役割分担、 12)一夫多妻婚、13)離婚、14)後見人の役割、 6)相続割合、⑥婚姻 における財産 について、具体的な規定内容 と、それ らの規 定が女性 にどのような影響 を与 えているのかについて考察する。(1)夫
と妻の役割分担 (→ 婚姻法の規定 74年婚姻法では、第31条(1)により「家庭生活、並びに社会生活における妻の 権利 と地位 は、夫の権利 と地位 と同等である」、また同条(21に より「それぞれが 法的行為をお こな う権利を有す る」 としなが らも、同条13)では「夫は家長であ り、妻は主婦である」 とし、夫 と妻の性別役割分担 を明記 している。第31条 (0 の規定は、法案の段階では見 られなかったが、イスラーム主義派の トウー クー-10-インドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー(大形里美)
H.M.サ
レ議 員が、 コー ラン婦 人章第34条「男 は女 の擁護者 (家長)で
あ る。 ……」 と雌牛章第228章 「・…だが男 は、女 よ りも一段上位である」を根拠 に挿入 を求めた経緯が あ る●9。 そ して第34条 において夫 と妻 の権利 と義務 を以下 の ように規定 して いる。 (1)「夫 は妻 を守 り、能力 に応 じて家庭生活 において必要 とされ るすべての もの を与 え る義務 を負 う。」9)「妻 は最善 を尽 くし家庭 を切 り盛 りす る義務 を負 う。」 そ して同条③ において 「 も し夫、 もし くは妻が それぞれの義務 を怠った場合 に は、裁判所 に対 して訴 え るこ とが出来 る」 として、性別役割分担 を強力に義務 づ けてい る。 イス ラー ム法手引 き書 においては、夫婦 の役割分担 について、74年 婚姻法 と 同様 の規定が あ る他 、 さらに詳 しく規定 されてい る。夫の義務 に関 してはイス ラー ム法手 引 き書、第80条において(1)「夫 は妻 と家庭 に対す る指導者で ある。 しか し重要 な家庭 の権利 に関 して は夫婦が共 に決定 す る。」13)「夫 は妻 に対 して 宗教教育 を与 え、宗教、祖国、民族 に とって有益 で、意義が あ る知識 を学ぶ機 会 を与 え る義務 を負 う」 と定 めてい る。 ちなみ に同条(1)と6)の規定 は73年 の婚 姻法案か らは削除 されていたが、1967年 の婚姻法案第26条 に記載 されていた内 容 で あ る。の。74年 婚姻法 に盛 り込 まれ なか った内容が、イス ラーム法手引 き書 に盛 り込 まれているこ とが看取 され る。 一方、同手引 き書における妻の義務 に関する規定は、以下の通 りである。第 83条では(1)「妻の主要 な義務 は、イスラーム法で正 しい とされ る範囲内で、夫 に対 して心身 ともに奉仕す ることである。」12)「妻は日々家庭で必要 とされ る事 柄 を、最善を尽 くして行い、切 り盛 りす る」 と規定 され、 さらに上記の義務を 正当な理由な く遂行 しようとしなかった場合には、「従順ではない(Nusyuz)」 と みなされることが可能であると定められている(第84条(1))。 そ して「妻が従順 ではない と認め られ る場合 には、妻に対 して生活費を支払 う (夫の)義
務 は消 失する」(84条(0)。 以上の ようにイスラーム法手引き書は、74年婚姻法に定められた夫 と妻の役-11-九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (21X13) 割分 担 につ いて、 よ り詳細 に規定 し、夫 の妻 に対 す る支配権 、夫 に対 す る妻 の 従属 を絶対 的 な もの とす る内容 となって い る。
lb)性
別役割分担 と女性 への影響 74年 婚姻法、 イス ラーム法手引書 に見 られ る家庭 内におけ る男女の役割分担 に関す る規定 に よ り、女性 は明 らか に不利 な立場 におかれてい る。妻が専業主 婦 で な く、家庭 外で働 いて い る場合 に も、妻 は 日々の家 事 すべて をお こな う義 務 を負 うた め、女性 に一方 的 な負担 が生 じて い る。女性 の二重負担 の問題 は、 ハ ウス・ メイ ドやベ ビー・ シ ッターを雇用 で きる中上流 階層の女性 に とっては ほ とん ど問題 にな らない よ うだが、ハ ウス・ メイ ドな どを雇用で きる余裕 がな く、家事以外の仕事 もしな けれ ば生活で きない下層女性 の 日常生活 に、深亥Jな 影響 を与 えてい る。の。 また性別役割分担の規定 は、ハ ウス・メイ ドを雇用で きる階層の女性 に全 く影 響 を与 えて いないわ けで はない。夫 に理解が ない場合、妻 はた とえパ ー ト労働 の よ うな短時間の労働であろ うとも、家庭外で働 く自由を享受で きない とい う問題 が存在す る。 とい うの は、妻が家族 をおいて外で働 く場合 には、夫の許可 を必 要 とす る との意見 で イス ラー ム法学者 の見解 は一致 して い るか らで あ る。9。 家庭 内暴 力被 害者 の救済活動 を行 うNGO(非
政府組織)が
扱 つて きた事例 に よれ ば、妻が外で働 くこ とを夫が許 さない こ とを原 因 とす る家庭 内暴力 と、一 夫多妻の被害 な どの相談が多い とい う “ 0。 妻 は夫 に従 順 で なけれ ばな らない とい う、 イス ラーム法 手 引 き書 に記載 され て い る規定、特 に上述 した 「従順で ない」妻 に関す るイス ラーム教義が、家庭 内暴力を生 じや す くさせ る要因 となってい る と考 え られ る。 夫 の許 可 な く外で働 く妻 は 「従順 で ない」 と見 な され、生活費 を受 け取 る権 利 を失 って しま う。更 に、妻 に対 して教 育 を与 え る権 利 を もつ夫が、「従順で な い」の妻 を教育 す る方法 として は、段 階的 に、説諭、寝床 に放置、打つ“つ と い うコー ランに基づ く教義が あ り、 こうした教義が、妻 に対す る夫の暴 力 を正-12-インドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー(大形里美) 当化 す る温床 となってい る。 現 実 には階層 にか かわ らず、女性 が主 た る稼 ぎ手 として家 計 を支 えて い る ケース も珍 しくない148)。 しか し、家長 は夫であ るため、妻 はあ くまで も家計 を 助 け るための 「副収入」の稼 ぎ手 とされ、妻の給与 には、夫や子 どものための 家族 手 当 は加 算 され ない システ ムにな って い る0。 73年 の婚姻法案審議 の際 に、 ゴルカル会派のサユテ ィ 。ム リック議員 によって現実 には妻が夫 を養 って い る例 も多い こ とが指摘 されたが、同法案で扱 ってい るのは一般的な事例だけ で あ る として無視 されてい る(ω)。 1999年
1年
間 の イ ン ドネシア国内のDV被
害女性 の数 は、確認 されて いるだけ で24∞万 にのぼ る幅1)。 イ ン ドネシアで はDV防
止法 はまだ制定 されていない。 唸)一
夫多妻婚0)婚
姻 法 に よる規定 74年 婚姻法で は、「原則 として一つの婚姻 において、一人の男性 は一人の妻の み を持つ こ とが出来 る。一人の女性 は、一人の夫のみを持つ こ とが出来 る」(第3条
(1))と して、一夫一婦制 を原則 としてい る。 しか し、裁判所 の許可 を得 た 場合 には一夫多妻が認 め られ る。(第3条
(2)) 裁判所 に対 して一夫多妻婚 の許可 を申請 す ることが可能 とされ るの は、妻が 次 のA,B,Cの
いずれかの状況 に該 当す る場合 に限 られて いる。A.妻
が妻 としての義務 を果 たす こ とがで きない。B.妻
が身体 的障害 を負 った、 あ るいは不 治の病 にかか った。C.妻
が子供 を産 む ことがで きない。(第4条
(2) 上記のいずれかの状況 に該 当 し、裁判所 に申請 す る際、以下のA,B,Cの条件 を満 た さなけれ ばな らない とされてい る。A.妻
/妻
たちからの同意がある。
B.夫
が妻たち、そして子供たちの生活を保障する能力を持つ。
C.夫
が妻たち、そして子供たちに対 して平等な扱いをすることができる。
―-13-九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (2003) (第
5条
(1)) そ して、妻/妻
た ちか らの同意 に関 して は、同条9)に おいて、「もし夫が妻/妻
た ちか ら同意 を求 め ることが不可能 な場合、 あ るいは妻か ら少 な くとも2年
間 連絡が ない場合、 もし くはその他裁判官 に よ り情状 を酌量 され る必要 のあ る理 由に よって契約者 とな り得 ない場合 には必要 で はない」 と定 め られ て い る。 一 夫多妻婚 の申請 を可能 とす る条件 の一つ として、「妻が子 どもを産 む こ とが で きない」(第4条
12)c)と い う項 目が あ るが、この規定 は明 らか に女性 に不利 な規定で あ る。何故 な らば、男性側 に不妊 の原因が あつた場合、夫側 は何 ら不 利益 を被 らないが、結婚後 、何 年 も子 どもがで きない女性 は、 同規定 が あ るた めに、夫が第二夫人 を要 るので はないか と、一夫多妻 の脅威 におびえ続 けなけ れ ばな らないか らで あ る0。 同条項 につ いて は女性 に差別 的で あ る とい う理 由か ら、 同婚姻 法案 が国会 の 婚姻 法編 纂 委 員会 で審議 され た際 に、 イ ン ドネ シ ア民主 党(PDI)会
派 の ス ギ アルテ ィ議員が、削除 を求 めた。 そ して別 の ゴルカル会派 の議 員が、 同条項 には何年 間 の不妊 を持 って一夫多 妻 の条件 とす るか の規定 が ない こ とか ら、4年
間 は どうか とい う提案 を した。 だが、スギアルテ ィ議員 は、12年 で ようや く妊娠 す るケース もあ り、4年
間 と す る根拠 はない と反論 した。 結局、 同条項 に関 して は、 当時の法務大 臣ウマル・セ ノ・ アジは、1973年 に 国会 に法案 が提 出 され る以前 に既 に話 し合 われ た事 で あ り、再 び議 論 す るには 時 間がかか りす ぎ る問題 だ とし、 また婚姻 法編纂 委員会 の議長 も法案通過 を急 く゛あ ま り(田)、「これ らすべての問題 は、既 に各会派 の指導者 に よって解決 され て い るので、 この場で は修 正す るだ け」 として議論 の余地 を与 えなか つた0。 一夫多妻婚 をお こな う場合 に妻の承諾 を得 ることを条件 とす るこ とに対 して は、59年 の国会審議 の時点で は、イス ラーム系会派 の議員か ら根強 い反対が見 られ た69。 しか し1967年 のイス ラー ム婚姻 法案 で は、一 夫多妻婚 の条件 として 妻 か らの承諾 が挙 げ られ てお り(“)、 1960年 代 に調整 が行 われた よ うで あ る。 まインドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー(大形里美) た1967年 の婚姻法案で は、一夫多妻 に関す る最終 的な判断 は宗教裁判所 にゆだ ね られていた ものの、婚姻時 に妻が夫 に対 して一夫多妻 は しない と誓約 させ る こ とを可能 とす る規定 がみ られたもつ。 しか し、73年 の婚姻法案か ら同項 目は削 除 され て い る。 イス ラーム法手引 き書、第45条には、新郎新婦 はイス ラーム法 に抵触 しない内容 の範 囲内で婚姻契約 を交 わす こ とが出来 る とい う抽象的な規 定 が あ るのみで ある。
b)違
法 の一夫多妻婚 の横行 74年 婚姻法 によって一夫多妻婚 には厳 しい制 限が科 された ものの、許可取得 手続 きが困難で ある上、違反者への処罰が軽 す ぎるため、違法 の一夫多妻婚 の 慣 行が社 会問題 となってい る。 裁判所 の許可 な く一夫多妻 をお こなった者 に対す る刑 は、最高7万 5千
ル ピ ア (2003年 1月現在 の レー トで約千 円)の罰金 とされて い る (刑法第45条。1975 年第9号
政 令)。 しか し、この罰金額 は、あ ま りに も小 さす ぎて効力 を持 たない こ とが法務省 の報告書 に よって も指摘 されてい る鶴)。 法務省 の報 告 に よれ ば、Z年
婚姻 法 の規定 につ いて最 も多 い違反 が、一夫多妻 に関す る違反で あ るG9。 一般 的な違反 の形態 として は、第一夫人の承諾 の偽造で あ り、具体的 には、 第一夫人 の承諾書の偽造、婚約者が第一夫人 と偽 って法廷 に出頭す るな どで あ る。 こうした不正 に よる一夫多妻 は全体 の50%に
達 す る と報告 されてい る “ 0。 この他、宗教 的に婚姻 の儀 式 を行 うだ けで、役所 に婚姻登録 を行 わない “nikahsirri(ニ カ・ シ ッ リ)", “
nikah bawah tangan(ニ
カ・バ ヮ・ タガ ン)"と
称 され る一 夫多妻婚 も後 を絶 たない。 こうした役所 に届 け られ ない非合法 の婚姻 に よる妻や その子供 たちには、法的な保護 が与 え られず、相続の権利が認 め られ て いない “ 1)。
(C)国
家公務 員 に対 す る規制強化 非合法 の一夫多妻婚が後 を絶 たない こ とを背景 に、国民の模範 とな るべ き国九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (20∞) 家公務 員 に対 して は、一夫 多妻婚 、及 び離婚 に関 す る婚姻法 の規定 を厳守 させ るための規則が、80年 代始 めに別途定 め られた “ 2)。 1983年 第 10号政令で は、国家公務員で あ るムス リム男性 が二人以上の妻 を持 つ ための許可 を得 るに際 して よ り詳細 な規定が設 け られた他、二人以上の妻 を 持 つ場合や離婚 す る場合 、裁判所 に許可 を申請 す るに先立 ち、政 府高官 か らの 許 可 を とる こ とが義務 づ け られ た。 そ して一夫 多妻 申請 の条件 の一つ となって い る「妻が子供 を産 む こ とがで きない」 とい う規定 に関 しては医師の診断 によ り子供 を産 むことが不可能であるとされた場合、あるいは結婚 してか ら少な く とも10年間子孫 をもうけることがで きなかった場合、 とより明確 に規定 した。 また国家公務員の女性 に対 しては、国家公務員の第二
/第
二/第
四夫人にな ることの禁止、国家公務員以外の男性の第二/第
二/第
四夫人になる場合 には 政府高官の許可が義務づ けられた。 その後、上述の1983年第10号政令 は、1990年に規定改正が行われた結果、国 家公務員の女性が国家公務員以外の男性の第二/第
三/第
四夫人になることも 禁止 された。 この規定 に違反 した場合は、懲戒免職処分 を受 けることが明記さ れている(“)。0)離
婚0)離
婚手続 きに関す る規定 男性側の身勝手による離婚 は、経済的に夫に依存せ ぎるを得ない女性 に とっ て生活基盤 を脅かす深刻な問題である。 74年婚姻法では、夫側か らの離婚言い渡 しは、法廷でのみ行われ ることが可 能 とし、妻側 にも離婚の申 し立てを行 う権利を認めている。そ してそれ らの離 婚申 し立ては、裁判所が復縁で きる可能性がない と認めた とき、はじめて認め られ るとしている (74年婚姻法第39条)。 夫婦双方 に離婚 を請求す る権利 を認 めてい る点で74年婚姻法 は平等である が、離婚申 し立ての手続 き規定 は、女性 に不利に定め られている。規定上は、 ―-16-イ ン ドネ シ アにお け る-16-イス ラー ム家族 法 とジ ェ ンダー (大形里美) 夫が離婚 を申 し立て る場合 には、妻 の居住地 を管轄 す る裁判所 に申 し立 てなけ れ ばな らず、妻が離婚 申 し立 てをす る場合 には、妻 が居住 す る地域 を管轄す る 裁判所 に申 し立て る とされて いるため、一見 、妻側 に有利 な規定 に見 え る。 し か し、妻が夫 の許可 な く居住地 を変 えた場合 にはその限 りではない とされてい るため (89年 宗教裁判法第66条9)、 及 びイス ラー ム法手引 き書第132条 (1))実 際 には夫の居住地 を管轄 す る裁判所 に申 し立て を しなければな らないシステムに なって い る。 離婚が成立 した場合、妻 は待婚期間 中 (通常約3ヶ 月)、 他 の男性 と再婚 して はな らない と定 め られ、同期間中、夫 は離婚宣言 を取 り消 して復縁 す る権利 を もつ (イス ラーム法手引 き書 、第150条)。 そ して妻が 「従順で ない」 ことが離 婚理 由で あ る場合 を除 き、元夫 は待婚期間 中の元妻 の生活費等 を支払 う義務 を 負 う (第149条)。 74年 婚姻法第10条 で は、
2度
目の復縁 は出来 ない とい う原則 を定 めて い るが、イス ラー ム主義派 の要請 に よ り、「当事者 それ ぞれの宗教 と 信 仰 が他 に定 めて い な い限 りに お いて」 とい う条件 が付 け られ たた め、イ ス ラーム教徒 につ いてはイス ラーム法手 引 き書 が適用 され、同原則 は当て はま ら ない(64)。 離婚 時 に子 が いれ ば、12才 まで子 の養育権(hadhanah)は
母親 に与 え られ る(イス ラーム手引 き書、第150条 、及 び第156条)。 子 が成 人 に達 す るまでの養 育費 に関 して は、父親 が子の養育費 と教育費のすべてに責任 を負 うと定 め られ、 母親 に有利 な規定 となってい る。 (74年 婚姻法第41条b)69。 また裁判所 は、元 夫に対 して、元妻の生活費を支払 うこと、そ して/あ
るいは元妻 に対 して特定 の義務 を決定す ることが出来 ると規定 されている (74年婚姻法第41条c)。 公務員の離婚 に関 しては、1983年の政令により、別途規定が定められている。 公務員である夫が、自分の意志によって離婚 した場合、元妻が再婚す るまで、 元妻に給与の一部を支払 う義務 を負 う。子がいない場合 には給与の半分 を、子 がいる場合には3分
の 1を 妻に払 う義務が課せ られている。 しか し妻の意志に よる離婚の場合には上記の給与は支払われない とされている (1983年第10号政九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (2∞3)
令第
8条
)。幅
)離
婚 率 の低 下イ ン ドネシアで は、離婚率 を低下 させ るため、 そ して一夫多妻 を減 らすため な どの 目的で、1950年 代か ら「結婚・離婚相談委員会 (P5)」 、「結婚 。離婚相 談所 (BP 4=Badan Penasehat Perkawinan Perselisihan dan Perceraian[結
婚 、争議 、離婚助言機 関])」 な どとい った民間の組織が活動 を始 めて いた。「結 婚 。離婚相談所 (BP 4)」 は1960年 代 は じめに政府監督下 に置かれ00、 半官半 民 で運営 され る公 的な機 関 となってい る。離婚 の申 し立てをす る夫婦 は、 あ ら か じめ同相談所 に助言 を求 め るよう指導 されてい る。 1957年 の ジ ャカル タにお ける「結婚 。離婚相談委 員会 (P5)」 調査 によれば、 離婚 した カ ップル4532組 の約
25%に
あた る1128組 の離婚原 因が、一夫多妻 によ る もので あ つた とい う “ 0。 一夫多妻婚 の比率 を示 す統計 はあま りないが、1939 年 当時の一 夫多妻婚率 はジ ャワで2%弱
、 スマ トラで0.46%と なって い る0。 一夫多妻婚 の比率 自体 は決 して高 くはない。 しか し、 ほぼ同時期 (1929年)の
離婚率 は54.7%と非常 に高 く “ 9、 男性 の身勝手 に よる離婚 が深刻 な社会問題 と な っていた こ とは容易 に想像 で きる。統計 に よれ ば、同国の離婚率 は1950年 代 か ら急速 に下 が って い る。1954年 には47.45%で
あ ったが、1975年 には32%、 1982/83年 には17%、 そ して1994年 には8.4%まで低下 している。0。 一 夫多妻婚 に厳 しい制 限 を課 し、離婚手続 きを難 し くしたZ年
婚姻 法 は、先 に述 べた よ うに違反者 に対 す る刑罰が軽 す ぎ る とい う欠点 もあ るものの、「結 婚・ 離婚相 談所 (BP4)」 に よる活動 に も支 え られ、同国の一夫多妻婚 の比率 と離婚率 を下 げ ることに確実 に成果 を上 げてい る とみて よい。 に)後
見 人 の役割0)両
親 の許可 と花嫁 の後見人の役割 74年 婚姻法 において、「婚姻 は当事者 双方の同意 に基づか なけれ ばな らない」-18-インドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー(大形里美) (第
6条
(1))、 そ して「21歳 に達 しない者が婚姻 を執 り行 うためには両親 の許可 を得 なけれ ばな らない」 と定 め られてい る (第6条
9))。 同規定 だ けで あれ ば、男女平 等 に見 え るが、同規定 には、「・……当事者 それぞ れの宗教や信仰 の法律 が、他 に規定 を持 たない場合 に限 り有効で あ る」(第6条
6))と
い う条件 が付 け られてい る。 イス ラーム法で は成 人 に達 した男性 は自分 で婚姻 を締結で きるが、未婚 (処女)の
女性 が婚姻 を締結 す る際 には、原則 と して年齢 に関係 な く、自分 自身で婚姻契約 を締結 してはいけない とされてい る。 そ して未婚 の女性 に関 して は、女性 の後 見人が法定代理人 として婚姻 を締結 す る こ とを義務づ けて い る 。1)。 その た め実際 には男女平 等で はな く、イス ラー ム法手引 き書 と組 み合 わせ れば、女性 に とって特有の問題 を含 んでい ることが わか る。 イス ラー ム法手引 き書、第19条 には、「婚姻 にお ける婚姻後見人 (wali nikah) は新婦 に とって満 た され なけれ ばな らない原則で あ り、新婦 を婚姻 させ るため の行為 を行 う」 と規定 され、女性 にのみ、年齢 に関係 な く後見人が必要 とされ て い る。第20条 で は婚姻後見人 は男性 であ ることが明記 され、新婦 に最 も近 い 父 系の親族 (通常 は父親 、 も し くは祖 父)が
後見 人 にな る こ とが定 め られ て い る。 もし何 らかの理 由で後見人 とな る親族が いない場合 には、裁判所 の決定 を 経 て裁 判 所 が 裁 判 官 後 見 人(wali hakim)を 任 命 す る こ とも可能 で あ る (イ ス ラー ム法手引 き書 、第23条)が
、父、祖 父 な ど男性親族 の 同意 が得 られ ない場 合 、女性 が 自分の選 んだ結婚相手 と結婚 す ることは現実 には困難で あ る といえ る。(D
後 見人 に よる婚姻 強制 の権 利 イス ラー ム法 で は、一般 に父親、 も し くは祖父 は「ワ リ・ ムジ ュビル (wali muibir)」 と呼 ばれ、未婚 の娘 もし くは孫娘 の結婚相 手 を決定 す る権利が与 え られて い る。 同権利 は 「イジ ュバル(lbar:婚
姻強制)の
権 利」 と呼 ばれてい る。-19-九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (2K103) こ うした教義が、後見人 に よる婚姻強制 の権 限 を正 当化 す る一般 的な見方 を 生 み出 して きた② 。 イ ン ドネ シアで信奉 されてい る、すべての法学派が こうし た解釈 に同意 してい るわけで はないが、「ワ リ・ムジ ュビル」の権 限 に関す る理 解 は同国の ムス リムの間 に広 く浸透 して い る0。 イス ラー ム法手引 き書 、第 16条(1)には 「婚姻 は婚姻 す る者 の同意 に基づか な けれ ば な らな い。」0)「 婚姻 す る女性 の 同意 の形態 は、書面、 口頭、 も し くは ジ ェスチ ャー によるに明確 な表明であ るこ とも可能で あ るが、明 らか な拒否が ない とい う意味で、沈黙 とい う形態 を取 るこ とも可能で あ る」 と女性側 の同意 につ いて定 めて い る。 しか し、同規定 は、 イジュバ ルに関す る教義 とあわせ て理解 され なければな らない。 こうした婚姻法 を背景 に、両親 の庇護 の下で しか生活で きない少女が、 両親 に よる心理 的 な脅迫 に よって、両親 の選 ぶ相手 と強制 的に結婚 させ られ る こ とが問題 となってい る0。 74年 婚姻法で は、婚姻で きる年齢 を男子19歳 以上、女子16歳 以上 と定 め、原 則 として幼女婚 を禁 じてい る (74年 婚姻法第
7条
(1))。 だが、この禁止条項 には 適用免除の付帯条件が加 え られてい るため、現実 には16歳 に達 しない女子の婚 姻 は相 当数 に登 る。1999年 の統計 に よれば、10歳 か ら16歳 までの女子 の既婚率 は都市部で19.1%、 農 村部で は30.1%、 イ ン ドネシア全体で は26.0%と な って い るの 。 こうした統計 も、父親や祖父 に よる若 い女性 に対す る婚姻強制が現実 的 な もので あ るこ とを示す もので あろ う。6)相
続割合 イス ラーム法では、相続 の割合 は男女平等で はな く、 コー ランの教義 に基づ き、男性 は女性 の2倍
の相続権 を持つ。 イス ラーム法手引 き書第176条 は、子 の 相続権 につ いて定 めてい るが、息子 と娘が い る場合、上記の原則 を適用 して い る。 また同手引 き書179条 で は、配偶者 の相続権 につ いて規定 してい るが、寡夫 は、 ―-20-―インドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー(大形里美) 子 が いない場合、半分 を相続 し、子が い る場合 には
4分
の1を相続 す る とされ るの に対 し、寡婦 は子が いない場合 には4分
の1、 子 が い る場合 には8分
の1 相続 す る とされ、や は り女性 の相続割合 は男性 の相続割合 の半分 とされてい る。 イ ン ドネシアは、1984年 に女性差別撤廃条約 を批准 している。上記の規定 は 男女平等 を定 めた国際条約 に明 らか に抵触す るもので あ る。だが、イス ラーム 学者 は一般 にその よ うには認識 していない ようであ る。 ジ ョクジ ャカル タのイ ン ドネシア・イス ラーム大学(UII)の
法学部教員 ムルヤテ ィは、 こうした相続 における男女不平等 なイス ラーム法規定 も含 め、「一般 的 にイス ラームの婚姻法 の規定 と女性差別撤廃条約 の規定 は、完全 には一致 していないが、抵触するこ とはな く、「調和 して いる (selalas)」 と認識 す る(%)。 また同大学法学部教員 ア ブ ドゥル・ジ ャ ミル もまた、相続 に関 して、「遺産 を相続 す る女性 の権利 は男性 の権利 と同 じで あ り、異 なるのは割合 のみであ る」 との見解 を述べている。つ。 男性 :女性=2:1と
い う相続規定 のあ り方 は、実際 には妻が家計 を支えてい る現実 も少 なか らず あ る以上、不平等 を もた らす として、80年 代 、ムナ ッウィ ル・ シ ャザ リ宗教相 (当時)に
よって、 イス ラーム法 にお ける男女 の相続割合 を2:1で
はな く、男女平等の原則 に従 って1:1に
改革す る とい う構想が提 案 され た こ とが あ る(79。 しか しムナ ッウィルによるこの進 歩的 な提案 は、各方 面 か ら様 々な反対意見 を招 き、 同氏 は一部の グルー プか ら、イス ラームか ら逸 脱 した と見 な されたほ どで あった。9。 現在 の ところ、息子 と娘 を持 ち、それぞ れ に平等 に遺産 を分 け与 えたい と希望す る両親 は、生前 に贈与 す る方法 を とる こ とが可能で あ る(m)。 また イ ン ドネ シアのイス ラーム教徒 の間で は、相続権 を 持 つ者 の間で、 よ り裕福 な ものが比較 的経済 的に恵 まれていない親族 のために 自 らの権利 の一部 を放棄 す るな どの協議 (tasOruhと 呼 ばれ る)が
行 われ る こ とも少 な くない●1)。 したが って必ず しもイス ラーム法手引 き書 の規定 どお りに 相続 が行 われ て い るわ けで はな く、同手引 き書 の内容 と現実の間 に乖離が見 ら れ る点が注 目され る。-21-九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (2003)
6)婚
姻 にお け る財産 74年 婚姻法で は、婚姻 中に生 じた財産 につ いて は、夫婦 の共有財産 とな るこ と、 そ して婚姻時 に既 にそれ ぞれが所有 していた財産 については、基本 的 に本 人が管理 す る と規定 されてい る(同法第35条 、及 び第36条0))。 共 有財産 の管理 に関 しては、第36条 で 「共有財産 につ いては、夫 もし くは妻が双方の合意の上 で、行為 を取 る こ とが 出来 る」 とされ て い る。イ ス ラー ム法 手 引 き書 もまた 「夫 もし くは妻 は、他方 の合意 な く共有財産 を売却 あ るいは移動 させ て はな ら ない。」(第92条)と
定 めて い る。74年 婚姻法 の他 の規定 に関 して は、一般原則 と併せ て、「当事者 それぞれの宗教 と信仰 が他 に定 めていない限 りにおいて」と い う条件 が加 え られてい る場合 も幾つか見受 け られ るが、共有財産 に関 しては、 そ うした条件 は加 え られていない。 「共有財産」 とい う概念 は、夫 に100%の
扶養義務 を課 すイスラーム法 を施行 す るイス ラー ム世界で は珍 しい0。 イス ラー ム法手引 き書 において、「共有財 産 」 には共 同事業 にお ける共 有資本 を意味 す る “harta Syirkah(“)"とい う用 語 が使用 され て い る。 しか し、婚姻 中 に生 じた財産 を 「共有財産 」 とす る概 念 は、 イス ラーム法 ではな く、 イ ン ドネ シア国内各地域 の慣 習法 に起源 を もつ も のであ る184)。 74年 婚姻法 の法案審議 の場で も、イス ラーム主義派 の議 員か ら、 コー ラン婦人章第32条 「・………男たちは、 その稼 ぎに応 じて分 け前が あ り、女 た ちに も、その稼 ぎに応 じて分 け前が あ る」を根拠 に、「共有財産」の制度 に対 す る反対が 出 され た89。 しか し婚姻 における財産 に関 して は、イス ラーム法の 原則 は採用 されず 、慣 習法 に起源 を持 つ 「共 有財産 」 の概念 が採用 され た。 こ の点 はイス ラーム法の原則で はな く慣 習法 の男女平等の原則が生か されてい る 例 として注 目され る。 イス ラーム法 手引 き書で は、婚姻 にお ける財産 に関 して、特別 に契約 を結ん で もよい とされ、婚姻 に先立 ち、夫婦間で婚姻 における財産 に関 して、書面 で 契約書 を作成 して婚姻登録所 に届 け出 るこ とが出来 る と定 め られてい る (同手 引 き書47条(1))。 共有財産 、個人所 有財産 に関 しては、それ らを抵 当に入れ る契 ―-22-―インドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー(大形里美) 約 を結ぶ際のそれぞれの権 限 を定 め ることもで きる と定 め られてい る。(同手 引 き書47条13))。 74年 婚姻法 で は、そ う した夫婦 間で個別 に結 ばれ る契約 を考慮 し、「離婚 に よって婚姻関係 が切れた場合 には、それぞれの法に従 って処理 され る」 と定 め られてい る (同法第37条)。 婚姻 にお け る財産 に関す るイス ラーム法手引書 の規定 は、明言 はされていな いが、
Z年
婚姻 法で定 め られ て い る共有財産 の処分 に関 して夫 の権 限 を高め る 余地 を与 え る内容 になって い る と見 ることが可能で あろ う。おわ りに
本稿 で は、 ジェンダーの視点か ら、イ ン ドネシアにおけるイス ラーム司法制 度 の確立の経緯、並 びに74年 婚姻法 とイス ラーム法手引 き書 の諸規定 に対す る 考察 を試 みた。 イ ン ドネシアは、 イス ラーム国家 ではないが、完全 な世俗国家 で もない。 そ れ故、同国で は隣国マ レー シアの ようにイス ラーム法が社会生活 に厳 しい規律 を もた らす程 の力 は持 たない。 そ うした環境 にあ りなが ら、「婚姻 は宗教 に基づ く」 と定 めたZ年
婚姻法 が成 立 した こ とは、政 治的 に非常 に大 きな意味 を持 っ て いた。 同法 の成立 は、 イ ン ドネシアが一歩イス ラーム国家 に近づ いた瞬間で あ つた ともいえる。1970年 代か ら、 イ ン ドネシア語 に よるイス ラーム法の明文 化 とイス ラー ム司法制度 の確立が進 め られ、1989年 の宗教裁判法 の制定、1991 年 のイス ラーム法手引書の公刊 によ り、イス ラーム法 はイ ン ドネシアの法体 系 の中で明確 な地位 を確 立 しつつ ある。 74年 婚姻法の制定 に よ り、男性 の身勝手 に よる離婚や、一夫多妻婚 な どを厳 し く取 り締 まる とい う目的はか な りの程度成功 した とみて よい。 しか し「民法 に基づ く」婚姻 とい う選択肢 を残 す ことが出来 なか った点 は、女性 の法的地位 と権利 の向上 とい う側面 か ら見れ ば、大 きな損失で あった と言 え るだ ろ う。 74年 婚姻法 は非 イス ラーム教徒 に も適用 され る国家 的な性格の法律 であ るに-23-九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (21X13) もかか わ らず、イス ラーム的色彩が強 い こ とが明 らか になった。 とりわけ 「夫 は家長で あ り、妻 は主婦で あ る」 とす るジ ェンダー概念 は、新体制下 の女性政 策 の基調 として、家庭 のみな らず、社会 において も女性 を従属化 させ る制度 を 正 当化す るのに寄与 して きた。 イス ラー ム教徒 に対 して は74年 婚姻法 を補完す るかたちで、イス ラーム法手 引 き書 の ジ ェンダー不平 等 な規定 が適用 され、
2年
婚 姻 法 にみ られ るジ ェ ン ダー平等の原則が必ず しも徹底 され ない制度 となってい る。婚姻 にお ける財産 につ いて は、慣 習法 に起源 を もつ 「共有財産」の概念が生か され、平等性 の高 い もの として評価 で きるが、夫婦 の役割規定 、一夫多妻 に関す る規定、離婚手 続 き、後 見人の役割、相続権 のあ り方 な ど、現代 のイ ン ドネシア社会 には適応 しない部分が多 く含 まれ、速やかな改革が必要 とされてい る。 現在、政府 に よるジェンダー主流化政策 の下、74年 婚姻法第31条 (3「 夫 は家 長 で あ り、妻 は主婦 であ る」 を削除す る方向で婚姻法の改正案作 りが女性 団体 や女性NGOの
手 に よって進 め られて い る。しか し同条文だ けを削除 した として も、 もう一つの婚姻法 となってい るイス ラーム法手引 き書 の規定 に制約 を加 え る内容 に しなければ、表面的な改革 に終 わって しま うことが懸念 され る。 イ ン ドネシアが ジェンダー主流化 を本格 的 に推進 してい くためには、イス ラーム家 族 法改革が不可 欠であ り、 そのためには既 に国内の進歩的なイス ラーム学者の 間で議論 され始 めてい る新 たなイス ラーム女性法学が構築 されてい く必要があ る。 しか し現在 の ところ、 そ うした革新 的な動 きには懐疑 的かつ批判 的な保守派 のイス ラーム学者 が まだ まだ多数派で あ る。 これ まで同国 におけるジ ェンダー 主流化 に向けての活動 は主 に女性活動家 に よって担 われて きたが、イス ラーム 家族法 に関 して は、一般 の女性活動家 は発言で きる立場 にはない と見 な されて い る。 それ はイス ラーム法 を議論す るためには、イス ラーム法学 に関す る十分 な知識 を備 えてい ることが条件 とされ るか らであ る。今後 イ ン ドネ シアにおい て イス ラーム家族法が よ リジ ェンダー平等 な内容へ と改革 されてい くためには-24-インドネシアにおけるイスラーム家族法とジェンダー(大形里美) 同 国 の イ ス ラー ム法 学 者 の意 識 改 革 が不 可 欠 で あ る。 (注)
*
本稿 は、平成13年度、及 び平成14年度 に、九州国際大学社会文化研究所共 同研究費助 成 (研究代表者 大形里美)を受 け、実施 した研究の成果である。(1)拙
論2∞1. (2)Sen 1998,村松1996. (3) Sen op.cit.,p.44.(4)近
年、 ジャカルタ市内のデパー トな どでは、若 い夫婦 の後 ろに白い制服姿のベビー・ シ ツターが子 どもの世話 を しなが らついて歩 く姿をよ く見かけるようになった。Sen は近年 ジャカルタの中産階級の住居 に、夫婦が休 日に趣味で使用する近代的なキッチ ン と、ハ ウス・メイ ドが 日常使用す る汚いキッチンの両方を備 える例が増 えているこ とを指摘 し、中産階級のジェンダー平等 は家事 を支 える下層女性の存在 を前提 として いる と分析す る。Ibid. (5) Sita 1996,p.61.(6)特
に家庭 内における「対等 なパー トナー」についての解釈は、識者の間で も一様では ない。「結婚・離婚相談所 (BP 4)」 が発行す る月刊誌『結婚 と家族 についての助言』 1994年 8月号では「家庭 内における対等 なパ ー トナー (ミ トラ・ スジ ャジ ャル)の 概念」をテーマに扱 っているが、同誌 に掲載 されてい る識者 の見解にもかな りの開 き が見 られ る。 (7)Darmiyand 1999,p.24.(8)199920"の
国策大綱では、女性 の地位 と役割の項 目に「ジェンダーの平等 と公正」 女性組織 の役割の質 と自立性 を高 め る」 とい う言葉が挿入 され、明確 なジェンダー主 流化政策が打 ち出 されている。GBHN,1999-20幌 .(9)女
性エ ンパ ワーメ ン ト省 によれば、現在 ジェンダー・バ イアスな法律が少 な くとも32 ある とされている。http:〃www.kOmpas,com/2002.09.∞(10)Badan Perencanaan Pembangunan Nasional(BAPENAS:国 家開発計画庁)20∞.
(11)中
村1995,1998.(12)中
村1998,p.11. (13)Marzuki 2∞1,p.19、 及 び March 1993,p.28.(14)通
常、peradilanは「裁判」を意 味 し、pengadilanが「裁判所」を意味す る。イ ン ドネシア の宗教裁判所 に関 して英語や 日本語で書 かれた研究書 で は、peradilanも「裁判所」と 訳す例 もみ られ、中村(1"5)も「イス ラーム宗教裁判所法」と訳 してい るが、ここでは-25-九州国際大学 国際商学論集 第14巻 第2号 (2003)
原語 に忠実 に「宗教裁判法」とした。
(15)イ ス ラーム宗教裁判所 は、正式 にはオ ランダ語でPriesterraadと呼ばれていたが、イ ン ドネシア語では、Raad Agama、 あるいはLandraad Agamaと呼 ばれていた。 また
1882年以前 においては、イス ラーム宗教裁判がモス クのベ ランダにおいて行 なわれて いたため、Pengadnan serambi(ベ ランダ裁判所)と も呼ばれた。Suparman 2∞1,
p.136.
(16)Teori Receptio in Complexu(複 合受容論)と呼ばれた。Ibid.
(17) Ibid.,p.137.
(18) Krapatan Qadli、 Krapatan Qadli Besarと 円21ぎれた。 Ibid.
(19) Badan Pembinaan Hukum Nasional Departemen Kehakiman 1994/1995,pp.46-47、
及 び中村1995。 安田 (2CXXl,p.162)のイス ラーム宗教裁判所 に関す る解説 は1989年ま での状況であ り、現状 は異 なる。
(20) Proyek Penyuluhan Hukum Agama Direkrorat Pembinaan Badan Peradilan Agama lslam,Departemen Agama R1 1998/1999,p.13.
(21)中
村1995,p.403. (22)Nani 1955,pp.56-66. (23) Sukanti 1984,pp.87‐ 89. (24)1973年7月31日に国会 に提 出 された婚姻法案、第2条(1)では「婚姻 は婚姻登録官の前 で執 り行われ、婚姻登録簿 に記録 され合法 とな り、この法律の規定 に則 るか、もしく は この法律 の規定 に抵触 しない限 りにおいて当事者 それ ぞれの婚姻法の規定 に則 つ て執 り行われ る。」 となってお り、世俗法 による婚姻 を宗教法 による結婚 よ りも上位 に位置づ け、届 け出婚 を原則 とす る内容であった。(25)Dewan Dalwah ldamiyah lndoneda 198,pp.7-12。 (アバ デ ィ紙19零年8月20日付 け記事か らの転載。) (26) Tempo l September,1973. (27) DPR 1974,p.8. (28)「結婚 は、当事者 たちそれぞれの宗教 と信仰 に基づ いて とりお こなわれた際 に、合法 とな る。」(第2条(1))、「それぞれの婚姻 は現行の法規定 に したがい登記 され る。」(同 条(a)と定 め られた。 (29)1959年、婚姻法案が国会で審議 されていた頃、共産党系の女性議員たちは、「宗教 に 従順であ るが、宗教的 にで はな く民法 に則 って結婚 したい と願 うものたちの願 いは ど うなるのか」 と政府の対応 に不満 を表明 してい る。Suharti 1960,p.80。 当時、共産党、 国民党 は、45年 憲法の宗教 。信仰 の 自由の保障 を根拠 に世俗法 による婚姻 も可能 にす べ きだ と主張 していた。
(30)当
初 の法案 は15章73条 か ら成 っていたが、最終的には13章67条 に削減 らされている。 ―-26-イン ドネシアにおけるイスラーム家族法 とジェンダー (大形里美) DPR 1974. (31)「イス ラー ム法編 纂 」 の意 味 で あ るが 、 中村 (1998)に従 い、 こ こで は 「イ ス ラー ム 法 手 引書 」 と呼ぶ。 (32)Kitab Kuning(黄 色の書物):音 韻表記のないアラビア語で書かれたイス ラーム 法 学 書 を意味 し、一般的に古 く黄ばんでいるため、 こう呼ばれている。
(33) Proyek Penyuluhan Hukum Agama Direkrorat Pembinaan Badan Peradilan Agama lslam,Departemen Agama R1 1998/1999,p.19.
(34)こ れ ら13の法 学書 はすべ て シ ャ フ ィー イー派 の もので、19田年 の宗教 裁判局通 達 (Surat Edaran)に よって、婚姻、相続、寄進の分野 において指針 とされ る実行法 と して位置付 け られていた。Suparman 2∞ 1,p.145. (35)85年に結成 された プロジェク ト実施 チームはイン ドネ シア・ウラマー協議会(MUI)か ら 1名 (K.H.Ibrahim Hussein)、 最高裁 出身者 8名、宗教省出身者 7名、計16名の メンバーか ら構成 されていた。Marzuki 2∞1,p.161.
(36) Proyek Penyuluhan Hukum Agama Direktorat Pembinaan Badan Peradilan Agama lslam, Direktorat 」enderal Pembinaan Kelembagaan Agama lslam
Departemen Agama R1 1998/1999,pp.19-21. Direktorat Pembinaan Badan Peradilan Agama Direktorat Jenderal Pembinaan Kelembagaan Agama lsiam
Departemen Agama R.1.Tahun 1999/21X10,pp.142-143.
(37)Marzum 2001,p.159.
(38)1991年 第lM号宗 教 大 臣決 定。Direktorat Pembinaan Badan Peradilan Agama Dl―
rektorat Jenderal Pembinaan Kelembagaan Agama lsiam Departemen Agama R.I.Tahun 1999/2CXXl,pp.6‐7. (39)Marzuki 2∞1,p.87.