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フェルナン・ゴンサレスの詩(うた)(2)

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(1)

熊本学園大学 機関リポジトリ

フェルナン・ゴンサレスの詩(うた)(2)

著者

岡村 一

雑誌名

熊本学園大学文学・言語学論集

27

2

ページ

63(287)-106(330)

発行年

2020-12-25

URL

http://id.nii.ac.jp/1113/00003366/

(2)

熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) *

フェルナン・ゴンサレスの

︵二︶

作者不詳

  

   

一六   イスラム教徒の捲土重来 トゥールーズの人々は、あるじとともにトゥールーズへ着いた。悲しみに暮れ、途方に暮れるこの人々から離 れ、武勲赫々たる伯へ話を戻せば、さらなる悪い知らせが伯の耳にはいっていた││マンスールが強大な軍勢を 引き連れ来襲しつつある、鎧兜に身を固めた三万人の家臣がつき従っている、徒武者に至っては数えようとて数 え き れ ま い、 こ れ だ け の 大 軍 が ラ ラ 近 郊 の ム ニ ョ に 集 結 し て い る │ │。 さ き に 一 敗 地 に ま み れ た マ ン ス ー ル は、 無念の涙を呑んでモロッコへ渡り、アフリカじゅうへ召集の触れをまわしたのであった。あたかも聖戦に駆けつ けるがごとく、人がわれもわれもと参集した。トルコ人、アラブ人、あの剽悍な戦士たち、いくさで弓を射れば 百発百中の彼らは、トルコ弓や鹿角石弓を携え、大小の道を埋め尽くした。ムワッヒドの徒やマリーンの輩も加 わった。彼らはラクダの背に竈や石臼を積んでいた。東方のイスラム教徒もこぞって参陣していた。このような 者どもが道々を埋め尽くした。こうした雲霞のごとき言語に絶する大軍勢がそこに集結した。土地も違い考えも 違う者ども、族類を引き連れ汚く煤けた地獄から這い出てきたサタンより醜悪な者どもであった。集結が完了す ると、軍勢は海を渡りジブラルタルという港へ至った。マンスールは武勇の誉れ高き伯への報復を目論み、一刻 も 早 く そ れ を 果 た し た い と じ り じ り し て い た。 さ ら に マ ン ス ー ル は コ ル ド バ、 ハ エ ー ン は じ め 全 ア ン ダ ル シ ア、 (330) ― 106 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) ロ ル カ、 カ ル タ へ ナ は じ め 全 ア ル メ リ ア、 そ の ほ か い ち い ち 名 前 を 挙 げ れ ば き り が な い ほ ど 数 多 く の 土 地 か ら、 強 大 な 騎 馬 軍 団 を 集 め た。 兵 が 揃 う と 進 発。 マ ン ス ー ル は、 必 ず や ス ペ イ ン を 平 ら げ ら れ る と 固 く 信 じ て い た。 そうして、カスティーリャ伯も逃さず虜にして惨めに死なせるのだとも。呪われた者ども は 4 はやアシーナスまで 進 み、 カ ス テ ィ ー リ ャ 方 は 全 軍 ピ エ ド ラ イ タ に あ っ た。 伯 は │ │ 伯 の 魂 が 罰 を 免 れ ん こ と を │ │ ゆ か り の サ ン・ ペドロ僧院を訪ねた。 一七   伯のサン・ペドロ・デ・アルランサ僧院訪問と聖ぺラーヨ、聖エミリアヌスの出現   伯 が 僧 院 を 訪 ね 、 ド ン ・ ぺ ラ ー ヨ な る 僧 は い る か と 問 う と 、 亡 く な っ た 、 一 週 間 前 に 埋 葬 を 済 ま せ た と の 返 事 。 伯 は こ の う え な く 神 妙 な 面 持 ち で 僧 院 の 中 へ は い り 、 ひ ざ ま ず い て 祈 っ た 。 目 か ら 涙 を 流 し な が ら の 祈 願 で あ っ た 。 ﹁ 主 よ、 わ れ を あ や ま ち と 危 機 よ り 守 り た ま え。 主 よ、 わ た し は あ な た に 尽 く さ ん と の 熱 き 思 い に 動 か さ れ、 艱 難 辛 苦 に 耐 え、 ま た 数 々 の 快 楽 も 遠 ざ け て い る。 わ が 身 を 苛 み、 あ な た に 犠 牲 を 捧 げ て い る。 イ ス ラ ム 教 徒 や キ リ ス ト 教 徒 と 激 し く 争 っ て い る。 ス ペ イ ン の 王 ら は モ ロ の マ ン ス ー ル に 震 え あ が り、 主 た る あ な た を 忘 れ ︵ ⋮⋮︶ 彼 に 従 う 者 と な っ た。 わ た し は 王 ら が か く の ご と き あ や ま ち 犯 す の を 見、 死 を 怖 れ 唾 棄 す べ き ふ る ま い に 及 ぶ の を 見 て、 そ れ か ら は 味 方 す る の を や め た。 あ な た に 仕 え る こ と を 選 び、 王 ら の 意 を 迎 え る の を や め た。 王らに挟まれ孤立無援となるも、死を怖れなかった。同じ罪を犯したくなかったのだ。彼らはわたしが寄る辺な し と 見 る や、 そ れ ぞ れ が 耐 え 難 い 圧 力 を か け て き た。 あ の 日、 ム ニ ョ の わ た し の も と へ 書 状 が 届 い た。 あ の 日、 使いが五人やってきた。アンダルシアの王どもが脅しをかけてきたのだ、スペインを統べる者のうち、わたし一 人が靡かぬのを見て。王どもは陸から海から、寄ってたかって攻めかかってきた。わたしをあの世へ送り出せる ものなら送り出したかったのだ。だが主よ、あなたに助けられ守られた。主よ、あなたの力により彼らを討って 勝利した。思うにわたしはあなたの意に逆らったことは一度たりとない。かつてあなたの嘉したもうことをなし (329)― 105 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) たとすれば、それはわが喜び。わたしは固く信じている、あなたに見捨てられるいわれはないと。イザヤ書のあ なたの言葉によれば、あなたはけっしておのれに従う者を見捨てたまわぬ。主よ、わたしはわが家臣ともどもあ なたのしもべ、一生涯あなたのもとを離れまい。主よ、あなたに助けていただかねばならぬ。主よ、カスティー リ ャ を 守 護 し た ま え。 ア フ リ カ じ ゅ う が わ た し へ 向 か っ て 押 し 寄 せ て い る。 主 よ、 あ な た の 助 け な く し て カ ス テ ィ ー リ ャ は 守 れ ぬ。 こ の 身 に 備 わ る 知 恵 と 武 勇 が ど れ ほ ど で あ れ、 と て も 守 る こ と な ど で き は し ま い。 主 よ、 わたしに知恵と力と勇気を与え、マンスールを討たせたまえ、彼に勝たせたまえ﹂ 夜 を 徹 し て の 祈 り で 神 と 言 葉 を 交 わ す う ち、 伯 は 抗 し が た い 心 地 よ い 眠 気 に 襲 わ れ、 甲 冑 の ま ま 横 に な っ た。 肉体は寝入った。かくして横になり寝に就いた。武勇の誉れ高き伯がまだ深い眠りに陥るまえであったろう、聖 ぺラーヨ修道士が降臨した。その全身を包む太陽のような衣服は未曾有の美しさ。聖ぺラーヨはドン・フェルナ ンド伯の名を呼んで言った。 ﹁ 寝 て い る の か。 さ も な く ば な ぜ そ う も の を 言 わ ぬ。 起 き よ。 あ な た の 道 を ゆ く の だ。 今 日、 味 方 は お お い に 増大する。ゆけ、あなたの兵が待っている。創造主への願いは申し分なく叶う。あなたは異教徒の屍の山を築く であろう。味方の勇者らもそこで大勢討ち死にするであろうが、どれほど痛手を受けようと、いくさには勝利す るであろう。崇高なる創造主はさらにこうも言いたまう、あなたは神の臣下、神はあなたのあるじ、あなたは異 教徒と戦い、忠義を尽くしていると。神はマンスールを迎え撃ちにゆけと命じたまう。いくさのとき、わたしは あなたとともにあるであろう。神がこれを許したもうた。使徒聖ヤコブ⑴も呼び寄せられるであろう。ドン・キ リ ス ト が わ が し も べ を 助 け る べ く 遣 わ し た ま う の だ。 か よ う な 天 佑 に よ り マ ン ス ー ル は 打 ち 破 ら れ る で あ ろ う。 ほかにも大勢駆けつけるであろう、夢まぼろしに見るごとく。それは神より遣わされた天使の一団。おのおの白 き 具 足 に 身 を 固 め、 槍 の 旗 に は 十 字 の 印。 わ れ ら の 姿 を 目 に し た イ ス ラ ム 教 徒 ど も は 戦 慄 す る で あ ろ う。 友 よ、 託された言葉は伝えた。もはやわたしをここへ遣わした方々のもとへ戻ろう﹂   二人の美しい天使が彼を地上から持ちあげ、歓喜のうちに天へ運んでいった。 (328) ― 104 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) ドン・フェルナンドは戦慄して目を覚ました。 ﹁ こ れ は い っ た い ⋮⋮ 主 よ、 わ れ を 助 け た ま え!   こ れ は 悪 魔、 わ た し を な に か の 罪 に 陥 れ よ う と 図 っ て い る のだ。キリストよ、わたしはあなたのしもべ。われを守りたまえ、主よ!﹂ 見た夢について伯が思いを巡らせているさなか、彼を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。 ﹁ そ こ か ら 起 き よ。 ゆ く べ き 道 を ゆ く の だ、 ド ン・ フ ェ ル ナ ン ド 伯 よ!   マ ン ス ー ル が 強 大 な 軍 勢 を 率 い て 待 ちかまえている。なにをぐずぐずしている、ゆくべき道をゆけ。そうしてくれねば、わたしはつらい目を見ねば ならぬ。長く待たされれば、それだけおまえを詰らねばならぬようになるのだ。けっしてマンスールと休戦して はならぬ。 和睦などはもってのほか。 総勢を三つに分け、 おまえはそのうち最小の隊を率いて東より攻めかかれ。 戦端が開かれたあと、 わたしが戦いに加わるのをその目ではっきり見るであろう。 別の一隊は西より攻めさせよ。 やがて聖ヤコブが現われる。このことまちがいない。残る三番隊は北より攻め入らせよ。疑うなかれ、われらは あ の 荒 獅 子 を 退 治 す る。 も し こ の と お り 行 な え ば、 素 手 で 獅 子 と 格 闘 し た サ ム ソ ン の ご と く 打 ち 勝 つ で あ ろ う。 もはや言うべきことは言った。そこから起き、ゆくべき道をゆけ。この言葉を伝えた者が誰か知りたくば、わが 名は聖エミリアヌス ⑴ 。イエス・キリストより遣わされし者。いくさは三日のあいだ続くであろう﹂ ドン・フェルナンドにこれだけのことを伝えおえると、聖なる人ドン・エミリアヌスは天へ昇った。武勇の誉 れ高き伯はただちに僧院に別れを告げ、前日あとにしてきたピエドライタへの帰途についた。伯が忠良な味方の も と へ 戻 る と、 家 臣 ら は 烈 火 の ご と く 怒 っ て 口 々 に 問 い 質 し、 か つ 凄 ま じ い 激 し さ で 罵 倒 し た。 ︵ ⋮⋮︶ み な 心 配もしていればひどく腹も立てていて、伯を槍玉に挙げぬ者はなかった。 ﹁ 伯 よ │ │ と、 異 口 同 音 に 言 っ た │ │ あ な た は と ほ う も な い あ や ま ち を 犯 し た。 も し も な に か 危 う い 目 に 遭 お う と、 そ れ は 自 業 自 得 に ほ か な る ま い。 夜 働 き に い く 盗 人 で も あ る ま い に、 あ な た は ひ と り 出 歩 く の が 好 き だ。 おまけに探してもみつからぬ。われら、これひとつでなんらかの窮地に立たされるかもしれぬ。こうも不安にさ せられては、妙な考えすら浮かびかねぬ。なにとぞお頼み申したい、われらを裏切り者にはしたまうな。われら (327)― 103 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) の父祖は、 まちがってもさような者にはならなかったのゆえ。 世にあれほど忠義忠節を尽くした人々はなかった﹂ かくして遠慮会釈ない罵倒を受けたあと、ドン・フェルナンドは言った。 ﹁ ど う か 耳 を 貸 し て も ら い た い。 わ が 行 な い に は 少 し も 悔 い も な い。 わ た し が 務 め を 果 た さ ぬ あ る じ と は 思 っ てくれるな。友を訪い二人で楽しい時をすごそうと、僧院へいっていたのだ。ところがあちらへ着いて様子を尋 ねてみれば、別のお方のみもとにあるとの返事。友の死を知り、墓へ案内されたわたしは、イエス・キリストに 願 っ た、 も し も 彼 が な に か 罪 を 犯 し た と す れ ば、 広 大 無 辺 の み 心 も て 赦 し た ま え と。 そ れ か ら 僧 院 の 内 へ は い り、そこで、神により心の中、胸の内へ注ぎ込まれた言葉で祈った。やがてかの僧がまぼろしのごとくに現われ て言った、 ﹃起きよ、 友よ、 時がきた。もはやその時﹄ 。夢に聞いた言葉であったゆえ、 わたしはこれを信じなかっ た。目が覚めたが、そこにはなにも見えなかった。すると天より大きな声がおりてきた。どうやらそれは聖人の 声。それはかように告げていた。 ﹃ フ ェ ル ナ ン ・ ゴ ン サ レ ス 伯 よ 、 そ こ か ら 起 き て 、 ゆ く べ き 道 を ゆ け 。 あ な た は 三 日 の の ち 、 い く さ 場 に て ア フ リ カ と ア ン ダ ル シ ア の 軍 勢 を 相 手 ど り 、 大 勝 利 を あ げ る で あ ろ う ﹄。 そ し て つ づ け て 、﹃ な に を ぐ ず ぐ ず し て い る 。 そ れ は 王 の 中 の 王 に 対 す る 罪 。 あ な た は 彼 へ の 愛 ゆ え に 戦 っ て い る の で は な い か 。 進 め 、 一 刻 も 早 く 、 あ の 異 教 徒 の 軍 勢 へ 向 か い 。 神 助 が あ る の だ 、 な に を 怖 れ る こ と が あ る ﹄ と 。 ほ か に も 聞 い た が 、 そ れ は 言 わ ず に お こ う 、 あ ま り に 長 い 話 に な っ て し ま う で あ ろ う ゆ え 。 だ が 、 ま も な く あ な た た ち は 身 を も っ て そ れ が な に か を 示 す こ と に な る 。 そ の と き ま で 黙 し て お こ う 。 あ の 僧 院 で は 、 神 の 寵 児 た る し も べ 、 修 道 士 ぺ ラ ー ヨ 師 か ら あ り が た い 言 葉 を 聞 い た 。 そ の 言 葉 に よ り わ た し は マ ン ス ー ル を 打 ち 負 か し 、 続 い て 追 撃 、 そ の 墓 を み つ け た 。 あ な た た ち も わ た し 同 様 わ か る 時 が く る で あ ろ う 。 ゆ え に そ れ ま で 、 わ た し が 棟 梁 の 務 め に 反 し た と 断 じ る の は 待 つ が よ い 。 あ な た た ち が わ た し の 至 ら ぬ せ い で あ や ま た ぬ よ う 、 力 を 尽 く す つ も り だ 。 わ れ ら は 神 の 言 葉 に も 人 の 言 葉 に も 耳 を 傾 け ね ば な ら ぬ 。 さ も な く ば 、 ア フ リ カ の 者 ど も に よ い よ う に も て あ そ ば れ る は め に な る 。 ア レ ク サ ン ド ロ ス 大 王 は 精 強 な る 大 軍 勢 を 率 い て い た 。 し か し そ の 彼 も 、 生 涯 一 度 と し て わ が 軍 の ご と き 軍 勢 は 集 め ら れ な か っ た 。 (326) ― 102 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) 一同には言うまでもないが、 敵とわが勢は千対一。すでに話に出たとおり、 われら策を練っておかねばならぬ。 たとえ逃げたくとも逃げられず、われらは袋の鼠同然。アラゴン、ナバーラ、それに加えてポアトゥーの者らも みな、われらが窮地にあると知ったなら、味方するどころか道をふさぎ、蟻の這い出る隙もないよう図るに相違 ない。周りは殺しても飽き足らぬほどわれらを憎む者ばかり。われらの罪深さゆえにもしもこのいくさに敗れれ ば、 敵に報復されるのは疑いない。われらは虜となり、 腹を空かせ、 苦しみを忍ばねばならぬ。われらの子らは、 イスラム教徒どもの子とされてしまうであろう。われらの愛し子、息子や娘が虜となるのをなす術なく見ている ほかはない。ゆけと言われるところへゆかねばならず、それから先息子や娘にはもはや二度と会えまい。虜の身 には幸せなどかけらもなく、 それどころかもう死にたいという嘆きばかりを口にし、 そしてまた訴えかけるだけ、 ﹃世を統べる主よ、なにゆえわたしから目を背けたまうのだ?   苦しみと絶望の日々を送らせたまうのだ?﹄と。 ただ死ぬだけならば楽ではあるが、日々死ぬことは耐え難い、来る日も来る日もつらさを忍ぶこと、果てしなき 苦しみを味わうこと、敵にわがものを乗っ取られるのを見ねばならぬことは。されど次はまさしくこれを、正し き教えに背く者どもに味わわせてやるのだ。彼らはわれらの土地をわがものとし、力ずくで領有している。だが 今は乱れている運命の車の動きもいずれは直り、あの者どもは打ち負かされて、キリスト教は光り輝くことにな る。運命の車は常にひとつところには留まらず、人の禍福はあざなえる縄のごとし。運命は禍福をまたたくまに 逆転させ、貧しき者を富める者へ、富める者を貧しき者へと変えてしまう。こうなるのは創造主のみわざ。われ は万物の上に君臨する者なりと、 与え奪いたまう。それゆえ負けを重ねた者も、 やがては勝者となることもある。 かくのごとき天主に対し、深き神慮もてわれらを助けたまえと願わねばならぬ。栄枯盛衰、なにごとも神のみ心 しだい。なぜなら天佑なくして人はなにもなし遂げられぬのゆえ。 一同よ、わが言葉を胸に刻んでおくがよい。もしも負ければ万事休す。悪人のごとく殺され、土地を失わねば ならぬ。このたび倒されれば二度とは立ちあがれまい。わたし自身いかにふるまう決意か、それを一同に伝えて おこう。捕らわれ人にも 囚人めしうど 4 4 4 4 4 4 にもならぬつもりだ。生け捕られようとしたときは、そうなる前にみずか (325)― 101 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) ら始末をつける覚悟。一同のうちでいくさ場より逃れる者や、死を怖れみずから虜となる者、かくのごとき所行 に及ぶ者があれば、裏切り者の汚名を着るがよい。死んでのちはユダとともに地獄で苦しむがよい﹂ 伯の言葉を聞いた十字架の戦士らは、打てば響くように異口同音に叫んだ。 ﹁あるじよ、われら一同、あなたの言葉に従おう。敵に後ろを見せる者はユダと地獄で抱きあうがよい!﹂ それまで生きた心地のしていなかった人々は、伯の言葉を聞き勇気百倍、騎馬武者も徒武者も。伯はこの偉大 なる戦士らに命を下した。 一八   陣形││火中の蛇 伯は明日はいくさに備えよと命じた、夜の明けしだい全員鎧兜に身を固め、野に出て陣形を作れと。あの異教 徒の軍勢に、野合戦を挑もうというのであった。サラスの人ドン・グスティオ・ゴンサレスとその息子らに先陣 が委ねられた。また、この親子とともにドン・ベラスコにも。彼もまたその川沿いの地方の住人で、死を怖れず 突進するのは疑いなかった。この先陣にゴンサロ・ディアスも加わった。評定においてはたえて激することなき 立派な人物ながら、いくさに臨んでは猛きこと荒獅子のごとく、挑む者あれば堂々受けて立った。このとき伯は 二人の甥を騎士に叙任し、 やはり先陣に加えた。両人とも剽悍なつわもの、 血に飢えた狼との異名をとっていた。 グスティオ ・ ゴンサレスの手勢、 この卓抜なる騎馬武者の数は二百人。伯は彼らに一方から攻め込むよう命じた。 彼らは全軍中比類なき人々であった。 この先陣には徒武者六千がつけられた。 ラ ・ モンターニャの剽悍な一団で、 しかるべくいくさ支度していれば、たとえ三倍のイスラム軍相手でも退かぬ人々であった。万全の備えを終えた 先陣についてはこれぐらいにしておこう。率いる者にとってはこれ以上を望むべくもあるまい。いかなる軍勢も これを敗ることはまずできまい。他方、別の陣もすでに準備が整っていた。これは質実剛健なるビスカヤの人ド ン・ロペに委ねられた。この陣にはドン・ライーノの息子や、ドン・マルティノという名のラ・モンタニャの人 (324) ― 100 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) がいた。 ラ ・ ブレーバの人々からもトレビニョの人々からも、 剽悍無比の騎馬武者が加わっていた。 みずから数々 見事な働きをしてきたカスティーリャ・ラ・ビエーハのつわものらも顔を揃えていた。またカストロヘリスの猛 者連や、彼らとともに山の人々も加わっていた。さらにはアストゥリアスの戦士らも。いくさの手練れ、武勇に すぐれ、知謀にかけても非の打ちどころなき人々であった。この騎馬軍団が本隊。この二百騎がカスティーリャ 軍の精鋭。翌朝、全軍が野に展開した。イスラム教徒にとっては、惨憺たる一週間のはじまりであった。先陣に は加勢として徒武者六千が与えられていたが、これは彼らがひと塊になって敵陣へ分け入り敵を散らせたところ で、騎馬武者が適当な隙をみつけうまく攻め入るため。武勲赫々たるドン・フェルナンド伯は、その日従士二十 人を騎士に叙任した。この二十人は武勇の誉れ高き伯と同じ陣に加わった。この陣は総勢五十騎という少人数で あ っ た が、 そ の ほ か こ れ に 加 わ っ て い た の は ラ ラ 特 別 区 の 住 人 の う ち ル イ・ カ ビ ア と ヌ ニ ョ、 加 え て 山 の 住 人、 すなわち伯が以前イスラム教徒から奪いとったある険しい山地に住まわせていた人々。さらには、その日伯によ り騎士に叙任されたベラスコス一族の人々もいた。この陣につけられた徒武者は三千人で猛者揃い。死をものと もせず向かっていくであろう人々。東の果てから西の端まで探しても、これにまさる勇者はみつかるまい。 一同に対し伯は次のようにせよと指示した││もしも一日で勝負を決められねば、角笛の合図でいくさ場から 総引き揚げし、 わが旗のもとへ集まるべし││。武勇の誉れ高き伯はしかるべく陣立てを行ない、 将兵を配置し、 準備万端整えた。各人、それによりどう戦いをはじめればよいかしかと飲み込み、わが天幕、わが寝場所へ戻っ た。 十字架の戦士らは夕食をとり、 かつくつろいだ ︵⋮⋮︶ 誰もが喜び心に満ち、 時に臨んでは尊き力を発揮して、 われらを助けたまえと天に祈った。その夜、彼らは想像を絶する光景を見た。なんと空に一頭の猛り狂う大蛇が 出 現 し た の で あ る。 そ の お ぞ ま し い 怪 物 は 全 身 血 ま み れ、 深 紅 に 染 ま り、 耳 を 聾 さ ん ば か り に 吼 え 狂 っ て い た。 どうやら傷を負っているようであった。その咆哮に空は割れんばかり。吐き出す炎は軍勢を照らし、われらを焼 き殺しにきたかと将兵は怖気をふるった。軍勢の中のいかなる勇者といえど、顔色をなくして震えあがった。腰 を抜かしてへたり込む者も少なくなかった。十字架の戦士は誰もが恐怖に震えた。人々はすでに寝入っていた伯 (323) ― 99 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) を起こしにいった。伯が外へ出てみると、もはや大蛇は消えたあと。見れば将兵はみな生きた心地もない様子で あった。大蛇があらわれたときの様を尋ねると人々は、これこれこのようであったとその一部始終を語った││ あ の 猛 々 し い 怪 物 は 傷 を 負 っ て い る か の ご と く す さ ま じ く 咆 哮 し て い た、 そ し て 体 が 紅 蓮 の 炎 に 包 ま れ て い た、 地を焼かぬのが不思議なぐらいであった││。彼らが見たままを語る様子を前にして、伯はその恐怖の大きさを ひしひしと感じた。同時にそれが悪魔の作り出した魔物で、キリスト教戦士を動揺させようとのたくらみと見抜 いた。さらには、イスラム教徒を助けるためあらわれたのだ、悪魔どもがこうしてキリスト教戦士を脅そうとし たに相違ない、そうしてわれらに火を放ち、退却させようと目論んだのだと信じた。武勇の誉れ高き伯は家臣を 集めさせ、 顔ぶれが揃ったところで話を聴くよう促した、 これから大蛇の示すものがなにかを説き明かすゆえと。 そうして占星術師について語りはじめた。 ﹁ ら に は 言 う ま で も な い が、 イ ス ラ ム 教 徒 が 導 き 手 と す る は 神 で は な く 空 の 星。 星 を た の む の だ。 星 を 新 た なる創造主として崇め、星をとおして多くの驚異を見ると言う。彼らの中には魔法に通じた者もいて、術を使っ て雲や風を操り極悪非道の行ないをする。その知恵を与えているのは悪魔にほかならぬ。今度も悪魔どもが呪文 で呼び出され、彼らと額を集めて相談したのだ。悪魔どもにおのれらの父祖のしくじりを、あらいざらい打ち明 けた。この噓だらけ、地獄の煤だらけの者どもが、寄り集まって相談した。魔法を知るどこかの薄汚れたイスラ ム教徒が、 悪魔を大蛇の姿に変え、 われらの意気を挫こうとした。このペテンでわれらを動揺させたかったのだ。 賢明ならのことゆえ言うまでもあるまいが、悪魔はかつて持っていた大きな力をドン・キリストにとりあげら れた。 もはやわれらに対しなにができるわけもない。 思うがよい、 悪魔を信じる者の愚かさを。 この世の万物に、 力を及ぼすことのできるお方はただひとり。われらみな、そのお方にのみ従わねばならぬ、なにせ生殺与奪はみ 心のままであるのゆえ。 われら、 かくのごときあるじを畏れねばならぬ。 このあるじを捨てて悪魔を信じる者は、 思うに烈火のごとき神の怒りを買い、その魂は、あわれ、さまよい歩くはめになる。かような者は誰もが悪魔の 思う壺。目下のことへ話を戻せば、われらはおおいに働いた。それゆえ体を休めておかねばならぬ。夜が明けた (322) ― 98 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) らば野へ出て敵とまみえよう。おのおの手筈どおり配置につこう﹂ 人々は幕舎へ戻り、寝に就いた。やがて鶏が羽ばたきだすころ、いっせいに起き出してミサにあずかって神に 告解、罪を打ち明けた。みなみな祈りを捧げ、犯したあやまちを悔い、聖別された聖体を拝領し、心の底から天 佑を願った。そうこうするうち夜が明け、十字架のもとに戦う人々は、誰もが鎧兜に身を固めると、命じられた とおりの隊列を作った。おのおの自分がどう配置されたか、しっかり呑み込んでいた。 一九   アシーナスの戦い 全将兵は遅滞なく隊列を組み、部隊ごとにいっせいに進撃を開始。陣形を整え、攻防した。双方、多数が討ち 死にした。ドン・フェルナンド伯、この律儀なる棟梁、さながら全将兵の中に聳える堂々たる城と見えるこの人 は、敵の先陣を大きく切り裂いた。そのとき伯の盾には無数の矢が立った。伯は目前にあらわれる隊列を次々と 撃 破。 伯 の 向 か う と こ ろ 退 か ぬ 敵 は な か っ た。 伯 が 槍 を 振 る う 音 は 遥 か 遠 く ま で 響 い た。 ︵ ⋮⋮︶ 伯 が 敵 勢 の 中 を駆けまわる様は、さながら飢えた獅子。伯は敵を討ち、倒すことに、それほど執念を燃やしていた。ゆく先々 一 面 血 の 海 と な っ た。 そ の と き 伯 は 数 多 く の 魂 を 悪 魔 に 渡 し た の で あ っ た。 ア フ リ カ の 諸 王 中、 ひ と り 大 力 無 双 の 者 が あ っ た。 他 の 王 ら に 混 じ れ ば ま る で 巨 人 と 見 え た。 そ の 王 が 伯 を 探 し 求 め て い た。 伯 も ま た 彼 を 探 し た。アフリカの王は伯の姿を認めると、前に立ちはだかるべくそちらへ向かった。相手が全身から怒気を発して 近づいてくるのに気づいた伯は、馬に拍車を入れ迎えに出た。双方槍を構えると、相手めがけて突進し、塔をも 割らんばかりの猛烈な一撃を交わした。ともにその場に釘づけになった。深手を負い、気を失いかけた。口が利 けなかった。それほど激しく突かれていた。どちらもすさまじい一撃により傷を負った。ドン・フェルナンド伯 は深手を負いつつも、相手が正気に戻りきるまえに再度激しく突きかかった。すると相手はたまらず馬上から地 面へ転落。それを見たイスラム王の家臣らは、武勇の誉れ高き伯を取り囲んで激しく攻め立てた。そのときカス (321) ― 97 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) ティーリャ戦士らも、手をこまねいてはいなかった。猛然と戦い、あるじを救出した。カスティーリャ伯はもと より、以前は怖れおののいていた家臣らも、このときには一騎当千の勇士と化していた。伯の乗馬は深く槍で突 かれ、はらわたが蹄までぶら下がっていた。伯の忠実な愛馬は死ぬ運命にあった。馬を失うのにこれ以上間の悪 いときはなかった。退くもならず逃げるもならず。伯の焦りは言いあらわしようもなかった。下馬した伯の周り を家臣が取り囲んだ。伯は盾を胸の前に構え、剣を抜いた。 ﹁キリストよ││と伯は祈った││その尊き力もてわれを助けたまえ。今日カスティーリャを見放すなかれ﹂ イスラム方は大軍、伯を十重二十重に取り囲んだ。武勇の誉れ高き伯は、徒立ちながら武勇の士の本領を発揮 し、四方八方斬りまくった。伯の忠臣らも遅れず助太刀した。やがて伯は求めていた馬を渡された。伯はおおい に喜び、神に感謝を捧げた。 ﹁主よ、かくも大きなお恵み、感謝してもしきれまい。絶体絶命の窮地にあるわたしを、よくぞ助けたもうた﹂ 伯はこれまでにもまさる働きをした。羊の群れの中に飛び込んだ狼さながらであった。ここでいったん伯から 離れよう。 ︵⋮⋮︶先陣を率いていたドン ・ グスティオ ・ ゴンサレス、 彼の向かうところおびただしい血が流れた。 それは泉から湧き出る水のごとき大きな流れとなった。彼はこの 荒 夷 どもを討って討って討ちまくった。その間 イスラム軍も手をつかねておらず、徒武者の屍の山を築いていた。おお、両軍、数えきれぬほどの討ち死に!   剣戟の音に山も鳴動した。ドン・ディエーゴ・ライーネスは、二人の兄弟とともにカスティーリャ兵を率いて別 方面から攻め、異教徒に大打撃を与えていた。イスラム教徒、キリスト教徒、次々と折り重なって斃れた。一進 一退の攻防がまる一日つづいた。勝利への執念はすさまじかった。際立つ働きをしていた者は武運めでたしと満 足していたが、中でもドン・フェルナンド伯は圧巻。全身全霊を傾けて戦い、無数の異教徒を討ち取った。 ﹁ キ リ ス ト よ、 慈 悲 深 き 父 よ、 わ れ を 助 け た ま え │ │ と、 伯 は 祈 っ た │ │ 今 日 あ な た の お 力 に よ り、 キ リ ス ト 教世界の賛美されんことを!﹂   伯 は 口 の 中 も 周 り も 土 埃 だ ら け に な っ て い た 。﹁ 本 日 は 勇 め 、 家 臣 よ 、 縁 者 よ !   勇 者 た ち よ 、 今 日 が い か な る (320) ― 96 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) 日 か に 思 い を 致 す べ し ! ﹂ そ う 叫 ん で 督 戦 し よ う に も 、 ほ と ん ど 言 葉 を 発 す る こ と が で き な か っ た 。 伯 は 言 っ た 。 ﹁手厳しく攻めよ、わが忠実なる味方の人々よ。おまえたちはマンスールから幾たびも苦汁をなめさせられた。 恨みを晴らさんと一心に念じよ。忘れるな、われらはそのためここへきたのだ﹂ 日が沈み宵闇が迫るころになっても勝負はつかなかった。そこで伯が角笛を吹かせると、いっせいに伯の旗の もとへ引きあげてきた。カスティーリャ戦士はじめ十字架のもとに戦う人々は、イスラム教徒どもを幕舎から叩 き出していた。ドン・フェルナンド伯とその一党の騎士団は、おかげでその夜全員が快適に過ごした。伯とその 一 党 が 奪 い 取 っ た の は 願 っ た り 叶 っ た り の 寝 場 所。 要 る も の は す べ て 揃 っ て い た。 彼 ら は 鎧 兜 の ま ま、 ひ と 晩 じゅう寝ずにすごした。翌朝、正しき教えを信じぬ者どもは、いくさ支度をして野に出てくると、耳を聾する雄 叫 び、 凄 ま じ い 喊 声 を あ げ た。 山 も 谷 も 揺 れ ん ば か り。 か た や ド ン・ フ ェ ル ナ ン ド 伯 と 麾 下 の 勇 敢 な る 人 々 は、 朝、 揃 っ て ミ サ に あ ず か っ た あ と、 一 時 課 の 鐘 の 刻 限、 い っ せ い に い く さ 場 へ 押 し 出 し、 野 を 進 ん で 布 陣 し た。 そうして栄光に包まれた使徒聖ヤコブを呼び求めつつ、前日の戦いの続きを開始した。両軍対峙し、やがて矛を 交えた。いくさはカスティーリャ人の得意とするところであった。伯の旗を掲げるその旗手オルビタは、襲いか かる敵の攻撃に巌のごとく耐えた。勇士ティエリー・ダルデンヌといえど、旗手たることにおいてこれにまさる も の で は な か っ た。 ︵ オ ル ビ タ は 現 在 サ ン ・ ペ ド ロ ・ デ ・ カ ル デ ー ニ ャ 修 道 院 に 眠 っ て い る。 神 よ、 そ の 魂 を 赦 し た ま え。 ︶ 心 強 き 人、 人 々 を 教 え 導 く あ る じ、 気 高 さ の 鑑 ド ン・ フ ェ ル ナ ン ド 伯 は、 片 時 も 手 を 緩 め ず 異 教 徒 を 攻 め立てた。そのとき伯は味方をこう励ましていた。 ﹁一同、貧苦を力のもととせよ!﹂   大 蛇 より猛きドン・フェルナンド伯は、灼熱の日に煽られるようにおおいなる武勇を発揮。悪しき者どもにか かっていき、討ちまくった。そうして正しき教えを信じぬ者どもの屍の山を築いた。ここで、奮闘する伯のもと をいったん離れよう。 伯はまさしく空前の武勇の士であった。 他の人々へ話を移せば、 この興亡のかかった一戦、 誰もが死にものぐるいで戦っていた。両軍、激しく矛を交えた。ああ、双方なんと多くが討ち死にしたことか! (319) ― 95 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二)   や が て 日 が 暮 れ、 両 軍 矛 を 収 め た。 ど ち ら も そ こ ま で 出 張 っ て き た 目 的 を 達 成 で き な か っ た。 将 兵 は 傷 つ き、 腹を空かせて天幕へ戻った。過酷な一日をすごし、疲労困憊していた。その日の死傷者は数えきれなかった。夕 食を摂り、鎧兜を外さぬまま朝まで寝た。武功赫々たるドン・フェルナンド伯は、宵の口に一党の騎士団を呼び 集めた。みなただちに伯のもとへ馳せ参じた。疲れ傷ついてはいたが、伯の言葉を聴くべく寄り集まった。 ﹁一同よ││と伯は言った││どうか気力を振り絞ってくれ。いかに苦しくともめげてはならぬ﹂         伯の激励。三日目のいくさの開始 ﹁ 一 同 よ、 ど う か 気 力 を 振 り 絞 っ て く れ。 い か に 苦 し く と も め げ て は な ら ぬ。 明 日、 第 九 時 ま で に ま ち が い な く大きな助けがあらわれる。 そうしてらは勝利を収め、 いくさ場をわがものとする。 もしも勝とうと思うなら、 明朝、日の出まえにいくさ場へ出て、全身全霊を傾け、息つく暇も与えず猛烈に攻め立てよ。さすれば敵はいく さ場を明け渡さざるをえぬ。討ち取られるか、あるいは打ち負かされて、必定われらからは逃れられまい。ひと たび勝ちを得て、敵をいくさ場より追ったらば、逃げる敵のあとを追って、なめた辛酸の恨みを晴らそうではな いか。なんの、われらは負けはせぬ。そうなるまえに一人残らず死を選ぶであろう、生け捕りにされるのをよし とせぬであろうゆえ。これが最善の道とわたしは信じている﹂   人 々 は 伯 の 言 葉 を 聞 き お え た あ と 、 各 自 の 宿 所 へ 戻 り 、 寝 て 心 身 を 休 め 翌 日 に 備 え た 。 や が て 未 明 に な る と 、 起 き 出 し て 甲 冑 を 身 に 着 け た 。 イ ス ラ ム 軍 も 、 い く さ 支 度 を し て い く さ 場 に あ ら わ れ た 。 キ リ ス ト 教 戦 士 ら は 顔 の 前 で 十 字 を 切 り 、﹁ こ の 敵 と の 戦 い に 臨 む わ れ ら を 加 護 し た ま え ﹂ と 一 心 に 神 に 祈 っ た 。 祈 り 終 え る と 、 槍 を 構 え 、﹁ 聖 ヤ コ ブ ! ﹂ と 叫 び な が ら イ ス ラ ム 勢 め が け 突 撃 を 開 始 。 彼 ら は そ れ ま で の 二 日 間 の 戦 い で 疲 れ き っ て い た が 、 戦 い を は じ め る に あ た り 、 前 の 二 回 の と き よ り 意 気 盛 ん で あ っ た 。 剛 勇 無 双 の ド ン ・ フ ェ ル ナ ン ・ ゴ ン サ レ ス 伯 は 、 あ た る を 幸 い 敵 を 薙 ぎ 倒 し た 。 す る と 、 し ま い に は 前 に 立 ち は だ か ろ う と す る 者 が い な く な っ た 。 味 方 の ほ か の つ わ (318) ― 94 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) も の ら も 傍 観 し て は い な か っ た 。 槍 で 突 き あ う 音 、 柄 で 叩 き あ う 音 、 そ の よ う に し て 振 る わ れ る 槍 の 折 れ る 音 は 耳 を 聾 せ ん ば か り 。 そ れ は 遙 か 遠 く 離 れ た 場 所 ま で 届 い た 。 各 人 闘 志 満 々 、 槍 も 剣 も 休 む と き が な か っ た 。 兜 は 打 た れ 、 打 た れ た 音 は 響 き 、 剣 は 砕 け 、 鎖 帷 子 は 千 切 れ た 。 誰 も が み な 伯 か ら 目 を 離 さ ず 、 神 の 使 い を 守 る よ う に 彼 を 守 っ て い た 。﹁ カ ス テ ィ ー リ ャ ! ﹂ と 励 ま す 伯 の 声 を 聞 き 、 力 の 湧 か ぬ 者 は な か っ た 。 そ の 声 の た び 元 気 横 し た 。 誠 実 な る 隊 長 ド ン ・ グ ス テ ィ オ ・ ゴ ン サ レ ス は 、 敵 の 先 陣 を 大 き く 切 り 裂 い た 。 し か し ア フ リ カ の 王 の 一 人 で 剛 の 者 が 兜 を 真 っ 向 一 撃 。 太 刀 風 鋭 く 振 り 下 ろ さ れ た 刃 は 、 兜 や そ の 下 の 鎖 頭 巾 、 兜 下 を 二 つ に 切 り 、 目 の あ た り ま で 達 し た 。 こ の 一 撃 で ド ン ・ グ ス テ ィ オ は 討 ち 死 に 。 そ こ で 死 ん で 倒 れ た の は 彼 一 人 で は な か っ た 。 彼 の 隊 に い た 伯 の 甥 も 、 武 勇 を 誇 る あ る イ ス ラ ム 教 徒 と 戦 っ て 命 を 落 と し た 。 そ の 男 は イ ス ラ ム 軍 中 随 一 の つ わ も の で あ っ た 。 こ の と き 、 ほ か に も キ リ ス ト 教 徒 が 多 数 討 ち 死 に し た 。 し か し た だ 斃 れ た の で は な く 、 異 教 徒 を 数 え き れ ぬ ほ ど 討 ち 取 り 、 そ の 武 勇 伝 は の ち の ち ま で 語 り 継 が れ た 。 一 報 が ド ン ・ フ ェ ル ナ ン ド 伯 の も と へ も た ら さ れ た │ │ 抜 き ん 出 た 人 々 が 命 を 落 と し た 、 み な 衝 撃 を 受 け 意 気 阻 喪 し て い る 、 も し も 伯 が 駆 け つ け ね ば 総 崩 れ に な っ て し ま う │ │ 。 そ れ を 耳 に し た 伯 は 、 す わ 一 大 事 と た だ ち に 馬 を 駆 っ て 駆 け つ け た 。 着 い て み る と 場 は 大 混 乱 に 陥 っ て い た 。 伯 が き て い な け れ ば 、 み な 生 け 捕 ら れ る か 殺 さ れ て い た に ち が い な い 。 伯 は た だ ち に 敵 勢 に 襲 い か か っ た 。 追 い つ か れ た 者 で 無 事 済 ん だ 者 は 稀 で あ っ た 。 伯 は 叫 ん だ 。﹁ カ ス テ ィ ー リ ャ 伯 こ こ に あ り !   奮 い 立 て 、 カ ス テ ィ ー リ ャ の つ わ も の た ち よ !   容 赦 せ ず 厳 し く 攻 め 立 て よ 、 か た が た よ 、 者 ど も よ ! ﹂   苦 戦 し て い た キ リ ス ト 戦 士 ら は 、 そ う い う 伯 の 姿 に 、 追 い 込 ま れ て い た に も か か わ ら ず 恐 怖 を 忘 れ 去 っ た 。 あ る じ の 勇 姿 を 見 て 誰 も が 勇 気 百 倍 、 異 教 徒 の 軍 勢 を 猛 然 と 攻 め 返 し た 。 心 雄 々 し き カ ス テ ィ ー リ ャ 伯 は 叫 び つ づ け た 。 ﹁ か か れ、 つ わ も の た ち よ!   す で に 勝 っ た も 同 然。 今 日 奮 い 立 た ね ば い か に し て パ ン を 得 る。 奮 い 立 て ぬ よ うなら、はじめから生まれてこぬほうが遥かにましだ!﹂   伯 の 言 葉 を 聞 い て 、 な お 怖 れ を い だ く 者 の あ っ た た め し は 知 ら ぬ 。 伯 と 行 を と も に す る 者 に 悪 心 な ど 起 こ り よ う が な く 、 伯 と 寝 食 を と も に す れ ば 、 誰 も が 類 い な き 忠 誠 の 士 と な っ た 。 少 し 前 に グ ス テ ィ オ ・ ゴ ン サ レ ス を 討 ち 取 っ (317) ― 93 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) た 男 は 、 伯 と だ け は 遭 遇 し た く な か っ た 。 そ う で き れ ば あ り が た か っ た 。 だ が 、 カ ス テ ィ ー リ ャ の 棟 梁 と ま と も に 出 く わ し て し ま っ た 。 そ の ア フ リ カ の 大 王 は 、 伯 に 敵 す る 者 は な い と 聞 き 及 ん で い た 。 そ れ ゆ え 逃 げ ら れ る も の な ら 逃 げ た か っ た 。 し か し 伯 は そ の 時 を 与 え ず 襲 い か か っ た 。 間 髪 を 容 れ ず 突 進 し 、 王 の 盾 を 割 っ た 。 研 ぎ す ま さ れ た 穂 先 が さ ら に 鎧 を 貫 く と 、 イ ス ラ ム 王 は 死 を 免 れ ず 落 馬 し た 。 こ れ は ア フ リ カ 勢 に と っ て 大 き な 衝 撃 。 そ れ で な く て さ え 武 勇 の 誉 れ 高 き 伯 に 、 み な さ ん ざ ん 痛 め つ け ら れ て い た の で あ っ た 。 百 騎 あ ま り が 伯 へ 向 か っ て 殺 到 し た 。 戦 い は い っ そ う 激 し さ を 増 し た 。 カ ス テ ィ ー リ ャ 方 の 討 ち 死 に は 四 十 人 以 上 、 そ こ か し こ に 空 鞍 の 馬 が さ ま よ っ て い た 。 ド ン ・ フ ェ ル ナ ン ド 伯 に と っ て 、 こ れ ほ ど 家 臣 を 失 っ た こ と は 痛 恨 の 極 み で あ り 、 カ ス テ ィ ー リ ャ は き っ と 滅 ぶ と 本 気 で 信 じ た 。 ド ン ・ フ ェ ル ナ ン ド 伯 は 焦 り の 色 を 濃 く し て い た 。 い ざ 負 け い く さ と な っ た と き に 備 え 、 死 ぬ 覚 悟 を 決 め て い た 。 天 を 仰 ぎ 創 造 主 に 願 っ た 。 眼 前 に い る か の ご と く こ う 語 り か け た 。 ﹁ こ の 戦 い に 武 運 拙 く 敗 れ る の で あ れ ば、 た と え 落 ち の び ら れ よ う と そ れ は す ま い、 こ れ に ま さ る 痛 恨 事 は 二 つ と な か ろ う ゆ え。 死 に 場 所 を 探 し、 そ こ へ 飛 び 込 む 覚 悟 は で き て い る。 カ ス テ ィ ー リ ャ は あ る じ を 失 い、 砕 け散るであろう。この惨めな罪びとは、かような無念の思いを胸に立ち向かってゆく。モロのマンスールの虜と なってしまいかねぬが、そうなるまえにいっそ死を選ぶほうがまし。主よ、なにゆえわれらにかほどまで怒りた まう?   われらに罪あるとてスペインを滅ぼしたまうな。われらのせいでスペインが滅ぶは、人々の目に理不尽 と映ろう。よきキリスト教徒においては類例があるまい。父よ、世のあるじよ、まことの救い主イエスよ、あな たはわたしへ告げた言葉をなにひとつ叶えたまわなかった。あなたはわたしに加勢すると約束なさった。あなた に背いた覚えはないに、なにゆえ言葉を違えたまう?   主よ、わたしはあなたに見捨てられた。なにかの咎であ なたの不興を買ったのだ。主よ、せめてわが伯領をその手に収めよ。そうせねば、またたくまに荒らしつくされ てしまうであろう。されど、かようにただ見放されて死ぬのはいかにも無念。その前にイスラム教徒どもにひと 泡吹かせてやるつもりだ。傷を負い、疲れたこの身ながら、世の終わりまで語り継がれる勲しを打ち立ててみせ よ う。 も し も あ な た か ら 大 き な 恩 寵 を 賜 り マ ン ス ー ル へ 近 づ け た な ら、 な ん の、 生 き て 逃 が し な ど す る も の か。 (316) ― 92 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) わが命失う恨みをわが手で晴らすつもりだ。このいくさ場で果てた家臣みなのかたきを、今日あるじの手で討つ ことになる。この伯は彼らと天国でまみえ、おおいなる栄誉を与えるであろう﹂ 二〇   使 徒 ヤ コ ブ の 出 現 と 勝 利 。 討 ち 死 に し た 人 々 の サ ン ・ ペ ド ロ ・ デ ・ ア ル ラ ン サ 僧 院 へ の 埋 葬   ドン・フェルナンド伯は神に憤懣を吐き出したのち、ひざまずいて祈願した。すると伯を呼ぶ大きな声が響い てきた。 ﹁カスティーリャのフェルナンドよ、今日おまえの軍勢は大軍となる﹂ 誰が呼ぶのかと見あげると、頭上に聖使徒の姿があった。使徒は騎士の大軍勢を率いていた。伯の目には、ど の 騎 士 も 武 具 に 十 字 の 印 を つ け て い る と 見 え た。 そ の 軍 勢 は 隊 列 を 整 然 と 整 え る と、 イ ス ラ ム 軍 め が け 攻 め く だってきた。かつてこれほど勇ましい軍勢のあったためしはなく、これを前にモロのマンスールとその麾下の軍 勢 は、 な す 術 な く 立 ち 往 生 し た。 彼 ら は ひ と つ の 旗 の も と、 こ れ ほ ど の 大 軍 が 集 ま っ て い る の を 見 て 戦 慄 し た。 恐怖に震えた。それがどこから攻め寄せてくるかにも驚いていたが、なにより衝撃を受けたのは各騎が十字の印 をつけていること。マンスール王は言った。 ﹁ 信 じ ら れ ぬ。 伯 の こ の 強 力 な 援 軍 は ど こ か ら 湧 い て 出 た の だ。 今 日、 伯 を 殺 す か 捕 ら え ら れ る と 信 じ て 疑 わ なかった。ところがかえってこちらが伯の軍勢に攻め寄せられるとは!﹂ あ わ れ キ リ ス ト 教 戦 士 の 面 々 は 疲 れ 果 て、 も は や 命 は な い も の と 諦 め き っ て い た が、 使 徒 の 降 臨 で 元 気 横 。 かつてないほど活力が漲った。勇気百倍、恐怖は雲散霧消、異教徒を討って討って討ちまくった。アフリカ軍は たまらず背を向け、いくさ場から離脱していった。ドン・フェルナンド伯は、敵が命惜しさに背を向けいくさ場 から逃げていく様を見て、味方ともども靴に拍車を着け、手に鞭を持ち、厳しく追撃しはじめた。彼らはイスラ ム軍を追いつつマンスールの間近まで迫った。多くを虜とし、多くを討ち取った。追撃は一日と二晩間断なくつ (315) ― 91 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) づいた。のち、三日目にアシーナスへ引き返し、討たれた味方を調べてまわったが、累々たる遺体はどれも血ま みれ。誰が誰と判別しがたかった。人々は埋葬のため遺体をそれぞれの在所へ運ぼうとした。しかし明徳の人ド ン・フェルナンド伯は言った。 ﹁ ら よ、 そ れ は よ い や り 方 と は 思 え ぬ。 亡 骸 を 運 ん で ど う な る の だ。 そ れ は 故 郷 の 人 々 へ 深 い 悲 し み を 運 ぶ だけのこと。死者が生者の妨げとなってはならぬ。泣いて死んだ者が帰ってくるわけでもない。この近くによい 僧院がある。思うにそこへ埋葬するのが上策。死んだ者たちにとり、かほど名誉な場所はあるまい。わたし自身 の埋葬も頼んでいるのだ。死んだのちは遺体をそこへ運んでくれるよう。わたしはあの僧院の格をことのほか高 いものとするつもりでいる﹂   一同、伯の考えを諒とし、討ち死にした味方の遺体をそこへ運んでこのうえなく丁重に埋葬し、終えると帰路 についた。 二一   レオーンの王国議会││鷹と馬の売却   サンチョ・オルドネス王は武勇の誉れ高き伯へ書状を送り、こう命じた││王国議会を開くゆえ、ただちに馳 せ参じよ、すでに国じゅうから参集している、おまえ一人がきておらず、そのせいで開けないでいる││。いか ねばならなかったが、伯はまったく気乗りがしなかった。王の手に接吻するのにとても抵抗があったのだった。 ﹁天にまします主なる神よ、われを助け、カスティーリャをこの軛より脱せしめたまえ﹂ 王とその家臣団は伯を丁重至極に迎えた。武勇の誉れ高き伯を総出で大歓迎。宿所まで送っていき、門前で挨 拶をして帰った。老いも若きも町じゅうが伯の到着を心から喜んでいた。ただ、王妃ひとりはいまいましさを抑 えられずにいた。殺しても飽き足らぬほど伯を憎んでいたのだった。この王国議会へは数えきれぬほどの人々が 参集していたが、伯の到着後、会議はほどなく終了した。武勇の誉れ高き伯が私的に、あるいは公の場で、その (314) ― 90 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) 都度的確な意見を述べたためである。 ドン・フェルナンド伯は羽がわりした鷹を持参していた。それはカスティーリャ一の名鷹であった。また、マ ン ス ー ル が 乗 馬 と し て い た 馬 も 引 き 連 れ て い た。 王 は こ の 鷹 と 馬 に 垂 涎 し、 な ん と し て も わ が 物 と し た く 思 い、 そこで伯に買い取りを申し出た。 ﹁ あ る じ よ、 あ な た に 売 る わ け に は い か ぬ。 あ な た は た だ お 受 け と り に な れ ば よ い。 売 る の で は な く ご 献 上 申 そう﹂ 王 は 伯 に 、 も ら う わ け に い か ぬ 、 鷹 と 馬 は 買 い 取 り た い 、 も し も 売 っ て く れ る な ら 、 そ の 代 金 と し て 財 産 か ら 千 マ ル コ 渡 そ う と 言 っ た 。 両 者 合 意 に 達 し て 取 引 が 行 な わ れ 、 代 金 支 払 い の 期 日 が 定 め ら れ た 。 ま た 、 も し も 期 日 に 遅 れ れ ば 、 例 外 な く 一 日 ご と に 金 額 が 倍 に な る こ と も 。 そ の 場 で 割 り 符 つ き の 契 約 書 が 作 成 さ れ 、 そ こ に 取 り 決 め の 内 容 が あ ま さ ず 記 さ れ 、 末 尾 に は こ の 取 引 の 場 に 居 合 わ せ た 全 員 の 名 が 証 人 と し て 書 か れ た 。 人 も 羨 む 名 馬 を 手 に 入 れ た 王 で あ っ た が 、 そ れ か ら 三 年 後 、 こ の 取 引 は と て つ も な く 高 い も の と な っ た 。 返 済 金 が フ ラ ン ス じ ゅ う の 富 を 総 ざ ら え し て も 払 い き れ ぬ ほ ど の 額 に な り 、 そ れ に よ り わ が も の で あ っ た カ ス テ ィ ー リ ャ 伯 領 を 失 っ た の だ っ た 。 議 事 が す べ て 終 了 し 、 王 国 議 会 が 解 散 す る と 、 カ ス テ ィ ー リ ャ の 一 行 は 揃 っ て 帰 途 に つ い た 。︵ ⋮ ⋮ ︶ 二二   シルエニャ会談とナバーラ王の罠   伯が発つまえ、ドン・サンチョの姉でレオーン王妃である悍婦が、武勇の誉れ高き伯にある約束をした。それ は罠であったが、 結局は 木 兎 引きが木兎に引かれる始末となった。 その計略は悪魔がにわかに吹き込んだもので、 王妃が伯に縁組みを約束したのだった、姪をめあわせいくさを終わらせたい、そうせねば互いの損は計り知れぬ と。 武勇の誉れ高き伯はよい縁組とうなずき、 喜んで話を受けようと即答した。 王妃はナバーラへ使いを送った。 口述してみせた書状に並んでいたのは偽りの文句。裏では次のように伝えていた。 (313) ― 89 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) ﹁ わ た く し、 ド ニ ャ・ テ レ ー サ よ り、 あ な た、 ガ ル シ ア 王 へ。 わ た く し は あ な た の 父 で あ る 王 を 亡 く し た。 わ たくしの愛してやまぬ人であった。わたくしがあなたのかわりに王であったなら、とうにかたきを討っていると ころだ。しかしいまや好機到来、あなたはわが兄の恨みを晴らすことができる。この謀によりあの身の程知らず の伯を虜とし、ふさわしい報いを与えてやるのだ。あの手強いカスティーリャ人を生かしておいてはならぬ﹂   この縁談を聞いて誰もが、願ってもない組み合わせ、和平への道、その礎になると喜んだ。だが、地獄の煤に まみれた悪魔が企みを巡らせていた。赴くべき会談の場所が定められた。すなわち双方が合意し、おのおの五人 ずつを伴ってシルエニャに寄りあうことになった。そこで互いに話をし、意見を出しあうはずであった。フェル ナン ・ ゴンサレス伯は家臣の中から五人を選んだ。いずれ劣らぬ忠義の士、 間然するところなきインファンソン、 人 並 み す ぐ れ た 家 系 に 連 な る 勇 者 た ち で あ っ た。 ︵ ⋮⋮︶ 彼 ら は 取 り 決 め を 守 っ て シ ル エ ニ ャ へ 向 け 発 っ た。 つ まりカスティーリャ伯を含む六人のみでそこへ至った。ところがナバーラ王とナバーラ人は約束を違え、六人で はなく三十人あまりでやってきた。ドン・フェルナンド伯は王がこうして大勢引き連れているのを見て、しまっ たと臍を嚙んだ。 ﹁聖母マリアよ、助けたまえ!   謀られた。約束を信じて裏切られた!﹂   伯は吼え、その声は雷霆のごとく轟いた。いわく、 ﹁ ま さ に 世 も 末。 王 た る 者 の か く の ご と き 手 ひ ど い 裏 切 り に よ り、 わ た し は か の 修 道 士 の 予 言 ど お り の 目 に 遭 うのだ!﹂   伯はわが身の非運を呪いつつ、盾や槍を構える余裕もないまま、ある僧院へ逃げ込んで難を避けた。そうして そこに朝から晩まで籠もって動かなかった。伯の従士が忠臣ぶりを発揮した。正面の壁の中程に窓が切ってある のに気づくと、僧院へ忍び寄り、玄関をよじのぼって伯らの剣を投げ入れたのである。それが、できる精一杯の ことであった。伯に従いやってきた従士らは、あるじを救出できぬと悟ると、みな急いで馬に乗って逃げ、カス ティーリャへ急を知らせた。僧院はドン・ガルシア王により厳重に包囲されていた。神聖な場所といえど容赦は (312) ― 88 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) なかった。 しかし少しも王の望んだとおりにはいかなかった。 武勇の誉れ高き伯は、 門を固く閉ざしたのである。 はや日は傾き、没しようとしていた。ドン・ガルシア王は使いをやり、降れば死一等を減じよう、誓うゆえその つもりはないかと伯に質した。伯は身の安全の保障の誓いを受けたあと降った。こうしたたとえようもない理不 尽は神の怒りを買い、孔雀の鳴くような声が響いたかと思うと、祭壇が縦に真っ二つに割れた。今日この教会が 二つに割れているのは、かつてこのような神変がその中で起こった事実に起因する。思うに世の終わりまでこの ままであろう。隠して隠せるような類いの出来事ではないからである。 しかるのちドン・フェルナンドは鎖をつけられた。そのとき伯はあまりの無念さに気を失ったが、しばらくし てわれに返ると言った。 ﹁ 世 を 統 べ る 主 よ、 な に ゆ え わ た し を 見 捨 て た も う た の だ?   主 な る 神 よ、 い く さ 支 度 し て ナ バ ー ラ 方 と 会 う 果 報 を わ た し に 望 み た も う た の で あ れ ば、 そ れ を 天 の 恵 み、 い つ く し み と 感 謝 し た で あ ろ う に こ の て い た ら く。 あなたに見放されたと感じている。もしもあなたが地上におわせば面罵するところだ。わたしはなにをした覚え もなく、見放されるいわれはない。このままでは悲運に泣き、惨めな死を迎えるはめになる。よしんばわたしが あなたの心に背いたとしても、もう十分報いはお与えになったはずではないか﹂ 二三   カストロビエホ捕囚   武勇の誉れ高き伯はカストロビエホへ引いていかれた。殺しても飽き足らぬほど憎まれていたせいで手酷い扱 いを受けた。 ほどを知らぬ人々がほどを知らぬ仕打ちをした。 それでもなお家臣らは伯から離れたがらなかった。 伯はガルシア王にこう訴えた。 ﹁ あ の 家 臣 ら を 捕 ら え て い て も 無 益。 わ た し 一 人 を 捕 ら え て い れ ば、 家 臣 み な を 捕 ら え て い る も 同 じ。 彼 ら に 構いたまうな。彼らに罪はないのだ﹂ (311) ― 87 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) ドン・ガルシア王は家臣らを解き放った。彼らがカスティーリャへ帰って事情を告げると、かつて聞いたこと もないような凶報に誰もが衝撃を受け、気が狂わんばかりになった。そうしてカスティーリャじゅうが嘆き悲し んだ。至るところ、喪服や頭巾が引き裂かれた。至るところ、額や頬をかきむしる姿が見られた。屈辱の思いが お の お の の 心 に 深 く 刻 ま れ て い た。 人 々 は 泣 き 叫 ん だ、 ﹁ わ れ ら は 運 に 見 放 さ れ た!﹂ と。 そ う し て 創 造 主 へ の 憤懣をこれでもかとばかりに言い募った。 ﹁ 神 は わ れ ら が 艱 難 辛 苦 か ら 抜 け 出 る の を 欲 せ ず、 孫 子 の 代 ま で 奴 隷 で あ れ と 求 め る。 わ れ ら カ ス テ ィ ー リ ャ 人 は 神 に 対 し 憤 懣 や る か た な い。 な に ゆ え わ れ ら に か く も 大 き な 苦 し み を 与 え た ま う の だ。 わ れ ら は ス ペ イ ン じゅうから憎まれ、カスティーリャはあばら屋同然になってしまった。それでもこの苦しみは、創造主に訴える ほかわれら術を知らぬ。創造主はわれらの声に耳を傾けたまうはず。伯のもと、この苦しみから抜けられると信 じていたのに、またもとの木阿弥になってしまったが﹂ 嘆 き 悲 し む カ ス テ ィ ー リ ャ の 人 々 か ら い っ た ん 離 れ よ う。 彼 ら の と こ ろ へ は い ず れ ま た 戻 っ て く る こ と に な る。彼らは寄り合って方策を相談している。こうして鳩首協議させておこう。この人々のことはしっかり心に留 めておかねばならぬ。いったん切った伯の話へ戻ろう。伯はカストロビエホで獄に繋がれ、ナバーラ方の厳しい 監視下にあった。人がこれほど耐え難い幽囚の日々をしいられたためしはなかった。 二四   ロンバルディア伯とフェルナン・ゴンサレス伯の対面。この異国の貴人による王女の一件 のとりなし   伯は曠古のつわものとの評判がこの地を覆っていた。伯に会った者はことのほかの果報と喜び、いまだ会わぬ 者は会うことを望んだ。ロンバルディアの名を冠するあるとりわけ誉れ高い伯が巡礼を思い立ち、家臣の中から 選んで一大随行団を編成、サンティアゴへ向け出発した。巡礼の途上、そのロンバルディア伯はカスティーリャ (310) ― 86 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) 伯の居場所を尋ねた。すると虜となっていることや、どのようにしてそうなったかなど、事実がありていに語ら れた││カスティーリャは大損害を被っていたので、伯は偽りをなんの疑いもなく信じ込んでしまった、家臣ら も 罠 に か け る つ も り な ど な く、 よ か れ と 思 っ て 伯 を 会 見 へ 案 内 し て い き、 そ こ で あ る じ を 虜 に さ れ て し ま っ た、 以来まる一年が経つ││。ロンバルディア伯は、どうにかしてカスティーリャ伯と会えぬか、ぜひ会いたい、会 えれば自分になにかできぬものかわかるであろう、 これほどの人物が獄に繋がれているのは忍びない、 と言った。 伯 は カ ス ト ロ ビ エ ホ へ い き、 門 番 に 多 額 の 礼 を 渡 す と 約 束 し、 ︵ ⋮⋮︶ 家 臣 二 人 だ け を 供 と し て 彼 に 会 わ せ て く れぬかと頼んだ。伯は城へ案内され、門が開かれた。両伯は対面できたことを互いにおおいに喜び、長い時間話 し 込 ん だ。 や が て 話 を や め て 別 れ た が、 と も に 滂 沱 の 涙 の 別 れ と な っ た。 獄 に 残 っ た ド ン・ フ ェ ル ナ ン ド 伯 は、 塗炭の苦しみに逆戻り。来る日も来る日もそれに耐えねばならなかった。神よ、われを苦しみより救いたまえと 願わぬときはなかった。かのロンバルディア伯は、別れたあともカスティーリャ伯のことはなおざりにせず、こ との原因となった王女を訪ねた。伯はその王女の夫となるという話だったのだ。いざ訪ねてみると、目の前にあ らわれたのは美しい乙女。この世の花と驚くばかり。伯はさっそく声を潜めて王女と密談した。あなたにもの申 したいことが山ほどあると言った。 ﹁ 王 女 よ │ │ と 伯 は 話 し か け た │ │ あ な た は ま こ と 不 幸 な 人。 世 の 婦 人 の 中 で あ な た ほ ど 不 幸 な 人 は な い。 カ スティーリャじゅうがあなたに対し、恨み骨髄に徹しているのだ、今の途方もない苦境はあなたのせいだと。情 け も な く 深 き 思 慮 も な い 王 女 よ、 あ な た に は 善 悪 い ず れ の ふ る ま い も 可 能 だ。 伯 を 死 の 淵 よ り 救 お う と せ ね ば、 カスティーリャはあなたのせいで滅ぶことになる。あなたはこれ以上ないほど異教徒を助けている、なにしろ伯 は彼らがまったく手も足も出ないようにしていた。あなたゆえにキリスト教徒はみな意気が萎えかけ、その分イ スラム教徒は喜び勇んでいる。あなたの評判は地に落ちている。このたびのことで多くの人々から指弾されるで あろう。これが世に知れ渡ったらば、なにもかもあなたのせいにされてしまうであろう。もしもあなたがあの伯 の妻となるなら、世の婦人になんたる果報者よと羨まれ、スペインじゅうから称えられるのは請け合い。かほど (309) ― 85 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) 見あげたふるまいをした婦人はあるまい。あなたが分別ある人であればそうするにしくはない。もしもこれまで あなたが人に恋したことがなくとも、伯に心惹かれるのは疑いない、皇帝にすら見向きもせず。武勇にかけて世 にあれにまさるつわものはおらぬ﹂   やがてロンバルディア伯はいとまを告げ、一行を引き連れてふたたび旅路についた。そうしてサンティアゴを めざし、巡礼の目的を果たした。他方、王女はもっとも信頼する侍女の一人に伝言を託し、ドン・フェルナンド 伯のもとへ送り出した。ほどなくして侍女は、七転八倒のありさまとの窮状を訴える伯の言葉を携えて戻ってき た。王女への返事を携え飛んで帰ってきた侍女は、伯は苦しみに喘いでいたと告げた。 ﹁ 伯 の 言 葉 を 聞 い て と て も 心 が 痛 ん だ。 伯 は 天 主 に 対 し あ な た を 難 じ て い る、 あ な た ひ と り が 自 分 の 死 を 望 ん でいる、あなたが望みさえすれば自分は逃げられるのだと。あるじよ、腹心としての願い、伯を訪ね、安心させ たまえ。あれほどの人を見捨ててはならぬ。ああして死なせてしまえば罪は大きい﹂   それを聞いて王女は侍女に答えた。 ﹁ 侍 女 よ、 よ く 聴 く が よ い。 わ た く し は 幸 せ で は な い。 伯 の 災 い の い ち い ち に と て も 胸 が 痛 む。 し か し、 や が て時がきて伯の晴れやかな顔が見られるであろう。わたくしは伯のためあることをしようと思う。彼への強い愛 に抗うまい。大死一番、会いにいくつもり。思いの丈を伝えるのだ﹂ 二五   サンチャ王女による伯の救出   ドニャ・サンチャ王女はすぐさま城へいくと、さすが知勇兼備の人、なんのためらいもなく中へはいった。そ して伯の姿を見て心強く感じた。 ﹁王女よ││と、伯は言った││なにゆえここへまいられたのだ?﹂ ﹁ 武 勇 の 誉 れ 高 き 伯 よ │ │ と、 王 女 は 答 え た │ │ こ こ へ き た の は 愛 の ま こ と ゆ え。 女 は 愛 ゆ え に 恥 も 怖 れ も 忘 (308) ― 84 ―

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熊本学園大学 文学・言語学論集 第27巻第2号(2020年12月25日) れ、愛する人ゆえに親きょうだいも忘れる。愛する人の喜びこそなににもまさる喜び。伯よ、その耐え難い苦し みはわたくしへの愛のため。あなたはいまだなにも与えぬ者のため、耐え難き苦しみを味わう。伯よ、嘆きたま うな。おおいに安堵されよ。ここからあなたを助け出して苦しみを取り去り、胸を撫でおろさせよう。今すぐこ こから出たければ、この手の中に手を置き忠誠と臣従の誓いをされよ、わたくしを捨てて世のほかの女のもとへ い か ぬ と。 と も に ミ サ に あ ず か り、 結 婚 の 祝 福 を 受 け ら れ よ。 も し も そ れ が 嫌 な ら 獄 に 繋 が れ た ま ま 死 ぬ だ け。 八方ふさがりとなり、死ぬまでここから出られまい。それに、気の毒なる人よ、もしも分別があるならお考えに なることだ、おのれのせいでかほどの娘を失って惜しいか惜しくないか﹂ 話を聞いて伯は助かったと喜び、そして内心で、すべてが早く叶わぬものかと呟いた。 ﹁ 王 女 よ │ │ と、 伯 は 答 え た │ │ 心 か ら の 願 い。 わ が 妻 と な り た ま え。 わ た し は 夫 と な ろ う。 誓 い に 背 い て あ なたを裏切る者は天に裏切られよ。正しき教えを信じぬ偽り者の汚名を着て死ぬがよい。頼む、王女よ、どうか どうか口にした言葉を忘れたまうな﹂   そしてドン・フェルナンド伯は、称えるべき言葉をつけ加えた。 ﹁ あ な た が 言 っ た と お り に す る つ も り で あ れ ば、 あ な た が こ の 世 に あ る か ぎ り、 誓 っ て ほ か に 妻 は 持 た ぬ。 言 葉を違えたときは、聖母に言葉を違えられようとかまわぬ﹂   こうしたことをすべて誓いあったのち、王女はただちにドン・フェルナンド伯を解放した。 ﹁さあ、ゆこう。準備は万端整っている。誉れ高きドン・ガルシア王にみつかってはならぬ﹂ フランス街道は諦めざるをえず、左へ逸れて一面に広がる樫の森の中へはいった。ドン・フェルナンド伯は歩 くことができず、王女に背負われるようにして進まねばならなかった。夜が終わり朝がくるころになると、人目 につくまえに、見えてきた木々の密生した山へ向かい、分け入って、そこで夜を待った。 (307) ― 83 ―

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フェルナン・ゴンサレスの詩(二) 二六   邪な主席司祭 藪の中に潜む二人⋮⋮。かたがた、これから神が彼らにいかに厳しい試練を与えたまうかをご覧になることに なる。狩りに出ていたある邪な主席司祭の猟犬どもが、二人の跡を追ってそこへはいってきたのであった。すぐ に犬どもは藪の中の二人のいる場所を嗅ぎつけた。伯と王女は絶体絶命の窮地に陥った。他方、邪な坊主は悪巧 みを思いついて舌なめずりした、アッコとダミエッタを手に入れてもこれほど喜びはしまいというほど。 首席司祭は二人の姿を見ると言った、このように、 ﹁ 裏 切 り 者 の ご 両 人、 も は や こ れ ま で。 誉 れ 高 き ド ン・ ガ ル シ ア 王 か ら は 逃 げ ら れ ま い ぞ。 二 人、 無 残 な 死 を 遂げる定めだ﹂ 伯は手を合わせた。 ﹁ 後 生 だ、 情 け を か け て わ れ ら の こ と は 黙 っ て お い て く れ ぬ か。 カ ス テ ィ ー リ ャ の 中 央 の 町 を ひ と つ 与 え、 永 代あなたの所領としよう﹂   信心なき偽り者は冷酷無比、猛犬にも劣らぬ情け知らず。 ﹁伯よ、黙っていて欲しければ、王女を貸して思いどおりにさせることだ﹂   このような無体な求めを聞いた伯の無念は、槍の一撃を受けるのにまさるとも劣るまい。伯は言った。 ﹁理不尽にもほどがある。わずかな働きに途方もない見返りを求めるのか﹂   王女は坊主頭に対して罠をしかけた。 ﹁ 主 席 司 祭 よ、 喜 ん で あ な た の 意 に 沿 お う。 さ す れ ば わ れ ら、 身 も 伯 領 も 失 わ ぬ。 失 う ぐ ら い で あ れ ば、 の ち のち三人で罪の償いするほうがまし﹂   それから王女はつづけた。 ﹁ 裸 に な る が よ い。 服 は 伯 が 見 て い て く れ る。 伯 が 見 る に 堪 え ぬ も の を 見 ず に 済 む よ う、 主 席 司 祭 よ、 離 れ た (306) ― 82 ―

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