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途上国のコイン事情 -- 三つの戦いのなかでの発展史 (特集 途上国とコイン)

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Academic year: 2021

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(1)

途上国のコイン事情 -- 三つの戦いのなかでの発展

史 (特集 途上国とコイン)

著者

奥田 聡

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

215

ページ

4-7

発行年

2013-08

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003641

(2)

 金本位制時代―本国準拠の

重厚なコイン―

  各 国 が 金 本 位 制 を 敷 い て い た 頃、つまり、一九世紀から二〇世 紀初頭にかけての時代、途上国の 多くは列強の植民地であった。こ れら植民地では宗主国に倣った重 厚なコインが発行されていた。金 本位制下では、一定量の金を含有 する金貨が正貨とされたが、補助 貨幣である銀貨や銅貨などについ てもその素材に相応の価値を持た せる考え方が強かった。また、素 材の持つ価値が通用力を生むとい う考え方が一般的で、現在のよう に公権力がコインや紙幣の額面価 格を保証する代わりに強制通用を 課す考え方とは大きく異なってい た。流通の利便性よりは素材の価 値に重きが置かれていたため、現 在の感覚からすると巨大なもの、 あるいは小さすぎるものが発行さ れていたのもこの時代のコインの 特徴である。   コインの素材そのものに価値が あったため、金貨はもちろん、銀 貨 も し ば し ば 国 境 を 越 え て 流 通 し、 各 国 の コ イ ン は 国 際 通 貨 の 性 格 を 帯 び て い た。 途 上 国 の コ イ ン も 例 外 で な か っ た。 中 国 を 中 心 と す る 東 洋 貿 易 で は 主 と し て 銀 貨 が 決 済 手 段 と さ れ た た め、 そ の 膨 大 な 貿 易 の 流 れ を 掌 握 す るために銀貨流通の覇権をめぐり 日米英が激しく争った。写真のコ イン(写真 1参照)はイギリスが 東洋貿易用に植民地であったイン ドで製造した貿易銀であるが、東 洋における往時の通貨戦争の残り 香を今に伝える一品である。   列強による植民地化を免れてい た途上国、たとえば中南米諸国や タイなどでも多くの場合金本位制 が敷かれており、コインをめぐる 事 情 は 列 強 植 民 地 と ほ ぼ 同 様 で あった。これら諸国が発行するコ インには国際通貨としての流通に 耐える品質・風格が求められ、や はり重厚なコインが発行されてい た。   ただ、このころの途上国のコイ ンに、途上国らしさのようなもの はあまりなかった。中国の竜図や オ ス マ ン 帝 国 の カ リ グ ラ フ ィ ー ( 書 芸 ) な ど の デ ザ イ ン は 独 特 の ものといえるが、そのほかは国王 など人物の肖像と、その裏面に額 面や国章などに植物をあしらった 装飾を配するといった、当時の列 強がコインに用いた典型的なデザ インが主流であった。また、素材 も金・銀・銅のほかはニッケル・ 白銅程度しかなく、国際通貨とし ての側面を重視した関係から、各 国とも互いに似通ったサイズ・量 目のコインを発行するなど、その 後の時代に比べると国ごとの独自 性を欠く嫌いはあった。

 管理通貨制の導入と卑金属

化の進行

  第一次大戦勃発とともに各国が 相次いで金兌換停止を打ち出した ことで金本位制はほころびをみせ たが、一九三〇年代の大不況を経 て、世界各国は金本位制の桎梏か ら解放される。金本位制では、ス トックの増加率が極めて緩慢な実 物資産である金が通貨発行の主要 な裏付けであった。このため、経 済成長のために必要とされる通貨 供給まで制約されるというデフレ 圧 力 が 内 在 す る シ ス テ ム で あ っ た。こうした欠陥を早くから指摘 してきたケインズが推奨した有効 需要創出策が大不況後の経済立て 写真 1 イギリス貿易銀(1 ドル)。 1899 年、インド・ボンベイ造幣所製 造。量目 26.96g、銀品位 90%、直径 39mm(筆者蔵)

  田

  

  聡

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直しにおいて功を奏したことで管 理通貨制の地位は揺るぎないもの となった。   第一次世界大戦前後の商品価格 高騰で金銀貨の発行中止や白銅や アルミなどの卑金属素材採用の動 きが各国に広がっていた。管理通 貨制の確立により、コインが額面 相応の素材価値を持つ必要がなく なったとの認識を各国通貨当局が 深め、コイン発行にあたっての素 材費用の節約が本格化した。第二 次世界大戦中の物資不足はこうし た動きをさらに推し進め、紙幣化 の動きも広くみられた。   途上国におけるコイン発行も卑 金属化や紙幣化という世界的流れ のなかにあった。列強の植民地で あった地域ではその宗主国の事情 が色濃く反映された。海外に植民 地を多く持っていたフランスの場 合、大々的にコイン発行を行って いたのはインドシナ(現在のベト ナム、カンボジア、ラオス)であ るが、本国での銀貨発行停止とと もにインドシナではそれまで銀貨 と し て 発 行 さ れ て き た 二 〇 サ ン チーム、一〇サンチームが一九三 九年以降ニッケル貨あるいは白銅 貨に置き換わった。五〇サンチー ム銀貨に関しては紙幣化された。 イギリスの植民地でもコイン品位 の切り下げが起きた。第一次大戦 後の英本国での銀貨品位切り下げ ( 九 一・ 七 % → 五 〇 %) を う け、 一九一八年以降海峡植民地とサラ ワクで銀貨品位の切り下げや白銅 貨化が行われたほか、これに遅れ てインドでも一九三九年以降銀貨 品位が五〇%に下げられた。同様 の動きはすでに独立していた途上 国諸国でも広くみられた。中南米 方面ではブラジルやアルゼンチン を 中 心 に 卑 金 属 化 が 進 行 し た ほ か、銀貨発行が盛んだったメキシ コでも第一次大戦以後銀貨発行の 縮 小 が 顕 著 と な っ た。 ア ジ ア で は、中国が貿易銀型の大型銀貨の 鋳造を一九三四年を最後に中止し たほか、低画面コインにおいても 銀廃貨の動きを強めた。日中戦争 期かけては激しいインフレのなか でコイン発行は縮小し、紙幣化が 推し進められた。   金本位制の退場とともに、コイ ンはもっぱら国内取引に用いられ るようになり、携帯の便に勝る紙 幣 の 劣 等 代 替 品( inferior sub -stitutes ) と し て の 性 格 を 強 め た。しかし、これによってかえっ て各国のコイン発行にあたっては それぞれの事情が色濃く反映され るようになってきた。コインのデ ザインにも国ごとの趣き豊かな意 匠が採用されるようになった。

 戦後の独立ラッシュと、途

上国が直面した三つの戦い

  第二次大戦の終結後、一九四七 年のインド独立を契機に途上国の 独立が相次いだ。一九六〇年には ア フ リ カ の 旧 植 民 地 か ら 多 く の 国々が独立し、ラッシュの様相を 呈した。これらの国々の新通貨を 含め、コイン発行にあたって途上 国の通貨当局は以下のような三つ の問題と戦うことを余儀なくされ た。 [設備、技術、素材確保]   第一が設備、技術、素材確保の 戦いである。コインは現金通貨の 一部でありまた、決済手段という 経済インフラの一翼を担う。途上 国といえども、こうしたインフラ の 整 備 は 国 民 に 対 す る 責 務 と な る。一方、貨幣発行の特権は古く から国家主権の一部と認識され、 王の肖像や称号、国号をコインに 刻むことにより国家主権の存在を 内外に知らしめて来た。聖書にも 「 カ イ ザ ル の も の は カ イ ザ ル に 返 しなさい」という、ローマ帝国の 貨幣鋳造特権を認めたイエスの言 葉が残されている。途上国にして みれば、経済インフラ整備の一環 であるコイン発行はその政権の存 在を内外に知らしめる絶好の機会 でもある。だが、途上国は先進国 にとっては取るに足らない問題に 過 ぎ な い 造 幣 の た め の 設 備 や 技 術、素材確保に困難を覚える傾向 が強い。   この背景には、これらの確保に あたってはなけなしの外貨を支出 しなければならないという事情が ある。自前の造幣局設立にあたっ ては、途上国としてはかなり大規 模な工場を新規に設立するのと同 様な準備が必要となるが、自国で 用 意 で き る の は 未 熟 練 労 働 と 敷 地、電気・水道だけといったケー スが少なくない。一般流通用のコ インを鋳造するとなると、一貨種 あたり年間少なくとも数百万枚、 多いケースでは数億枚の生産が必 要になる。製造機械は当然先進国 から購入する必要がある。また、 デザイン、原型作成、極印製造、 製品包装などの各段階にも外貨建 てでのランニングコストがかかっ てくる場合も多い。このほか、技 師の養成が必要となる場合にはそ の費用が初期費用として無視でき ない規模となる場合もある。さら

途上国のコイン事情

―三つの戦いのなかでの発展史―

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に せ よ、 か な り ま と 国 内 流 通 を 認 め る や テ ィ モ ー ル・ レ ス に比べると、コインはすぐれた耐 久性を持つことがわかる。ただ、 卑金属化が進行したとはいえ、素 材が金属であることから素材費用 が紙幣の材料である紙より高価で ある。   さ て、 コ イ ン の ほ う が 耐 用 年 数、すなわち寿命が長いという利 点を挙げたが、これはあくまでも 物理的特性に注目してのことだ。 何年間実効的に市場での流通に供 せられるかという、いわば市場的 寿命を考えると話は大きく変わっ てくる。途上国経済運営につきも ののインフレがコインの市場的寿 命の大敵なのである。インフレ進 行でコインの素材時価が銘価を恒 常的に超えるようになると、コイ ン は 往 々 に し て 退 たい 蔵 ぞう の 憂 き 目 を み、かくしてコインの市場的寿命 は短命に終わる。ハイパーインフ レの進行をものともせずに新額面 のコインを精力的に発行したブラ ジルやペルー、メキシコなどの中 南米諸国の例はあるが、市場での 流通期間がたいして長くなく、製 造にそれなりのコストがかかるコ インを敬遠する国も少なくない。 一 九 六 〇 年 代 ま で の 韓 国 や 北 朝 鮮、 イ ン ド シ ナ 諸 国、 ミ ャ ン マー、アフガニスタン、アフリカ 諸国などでは途上国的特有のコス トプッシュ・インフレのほか、内 戦 な ど に よ る 戦 時 イ ン フ レ も 加 わってコイン流通の「蒸発」を招 いた。   インフレとの戦いは資源価格の 側面でも起きており、最近ではこ れによるコスト増に押し切られた 形での 改 かい 鋳 ちゅう が途上国をはじめとす る世界各地で相次いでいる。しば しばみられるのが、価格が高く乱 高下する傾向が強いニッケルの使 用を削減しようとする動きで、と くに比較的ニッケル成分が多くこ れまで銀の代りに広く使われてき た 白 銅( 銅 七 五 %、 ニ ッ ケ ル 二 五 %) の 利 用 廃 止 が 目 立 つ。 代 わって採用されているのが、耐食 性に優れてやや安価、かつ美しい 金色が褪せにくいアルミ黄銅(代 表 的 組 成・ 銅 九 二 %、 ア ル ミ 六%、ニッケル二%)やニッケル 黄銅(例としては日本の五〇〇円 硬貨、組成は銅七二%、ニッケル 八%、亜鉛二〇%)などであり、 さらに安いステンレスを採用する 例が増えている。ステンレスを採 用する場合、それをそのまま使う ほか、ニッケルや銅、黄銅などを 鍍金あるいはクラッド(貼付)し たものを使う場合も多い。改鋳に 合わせて形状の縮小も実施される ことが多い。   タ イ で は 大 量 の 需 要 が あ る 一 バーツ貨を二〇〇九年以降白銅か らニッケル鍍金ステンレスに素材 変更した。マレーシアでは二〇一 二年以降それまで白銅貨であった 五センから五〇センの四貨の形状 を 縮 小 し た う え、 ス テ ン レ ス、 ニッケル黄銅、銅生地+ニッケル 黄銅クラッドといった安価な素材 に変更した。韓国でも二〇〇六年 に素材価値が銘価を大きく上回っ ていた一〇ウォン黄銅貨を、銅ク ラッドアルミに素材を変更、量目 も大きく縮小した(写真 2参照) 。 [新種支払い手段との競合]   途上国が直面する第三の戦いが 電子マネーなど新種の支払い手段 との戦いである。   日本では二〇〇〇年代に入って ク レ ジ ッ ト カ ー ド や 各 種 電 子 マ ネーの普及が進み、伝統的支払い 手 段 で あ る コ イ ン は 押 さ れ 気 味 だ。このため、近年のコイン鋳造 量は激減しており、二〇〇〇年代 以降のコインは珍品が目白押しで ある。このことは時折新聞紙上に も取り上げられる。実は途上国で も同様の事象が起きている。   電子マネー普及によりコインが

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完敗した例としては香港のケース が挙げられる。香港では一九九七 年 に 導 入 さ れ た 非 接 触 型 の 交 通 カ ー ド「 オ ク ト パ ス 」( 八 達 通 ) の普及があまりに著しく、コイン は一九九八年銘が世に出た後、二 〇一二年銘が出るまでの長きにわ たって鋳造がストップした。オク トパスの急速な拡大の背景には、 それまでなかった公共交通料金の 割引適用がある。鉄道定期券の不 在もオクトパス人気に拍車をかけ た。   このほか、コインに関する問題 点 も オ ク ト パ ス 普 及 を 後 押 し し た。 オ ク ト パ ス 以 前 に は 交 通 機 関、特にバスの利用に備え、料金 支払いに必要なコインを持ち運ぶ 必要があり、これが不便との声が あったことも大きい。   香港のコインについては 嵩 かさ 張 ば る うえに重いとの不評が多く聞かれ る。コインの設計思想がほかの多 くの旧英領諸国と同様に金本位制 的色彩を帯びている、すなわち素 材価値を重視する傾向が垣間みえ るのである。   とりわけ異彩を放つのは五ドル 貨(写真 3参照)および二ドル貨 である。五ドル貨は直径二七ミリ で日本の五〇〇円貨より少々大き 目であるが、目を引くのは三・二 六ミリという分厚さで、これは日 本の一〇円硬貨の二枚分を優に超 える厚さである。量目もたっぷり 一三・五グラムある。二ドル貨は 波型の縁取りが施された個性的な デザインが特徴であるが、これも 最大径二八ミリ、厚さ二・〇三ミ リ、量目八・四一グラムと、なか なか堂々とした外形を誇る。これ ら異形のコインは好事家を楽しま せるだろうが、残念ながらコイン 収集とは関係ない一般人の携帯の 便を考えたとは言い難い。日頃コ インの持ち運びを煩わしく思って いた人々にとっては、オクトパス は渡りに船であったのだ。

●途上国コインの今後

  電子マネーなどの新種決済手段 の普及は途上国でも著しく、上で みたようなコインの役割縮小は確 かにみられる。今後もこの傾向は 続くだろう。ただし、新種の決済 手段へのアクセスは国、地域、あ るいは個々人の所得などによって さまざまであり、すべての人が等 しく新種決済手段にフルアクセス できるわけではないため、究極の 決済手段である現金通貨への一定 の需要は残り、コインもまた存在 し続けよう。また、旅行者のよう に 短 期 間 で そ の 国 を 離 れ る 者 に とっても現金通貨はなくてはなら ない存在である。そのため、当分 の間はコインが通貨の一部として 引 き 続 き 使 用 さ れ る こ と と な ろ う。これまでインフレの継続や素 材節約などの理由からコイン発行 を見合わせてきた国のなかにも、 最近になってコイン発行を始めた ところもある。その例としてはベ トナムがある。ステンレスのよう に金属価格高騰に対する強い抵抗 力を持つ素材の活用が進むなか、 安っぽい外見のコインが氾濫する 状況を少々残念に思わなくもない が、これも時代の流れであろう。   コインの流通用通貨としての役 割は徐々に低下する趨勢だが、一 方では記念硬貨などのウエートは 拡大している。国家的慶事などの 記念硬貨発行の他、収集家向けの プレミアム製品の開発などが目に つく。余剰気味となっている造幣 設 備 の 有 効 活 用 で も あ ろ う。 ま た、資産保有の多様化が世界的な 規模で進むなか、貴金属保有の機 運が静かに広まっている。中国の パンダ金貨のような地金型金貨の 発行、あるいは貴金属地金をふん だんに用いたプレミアム記念貨発 行なども今後の有望事業と思われ る。途上国の新たな財源としての 開発が待たれるところである。 ( お く だ   さ と る / ア ジ ア 経 済 研 究 所 国 内 客 員 研 究 員・ 亜 細 亜 大 学 ア ジ ア研究所教授) 写真 3 香港の 5 ドル貨。量目 13.5g、白 銅、直径 27mm、厚さ 3.26mm(筆者蔵) 写真 2 韓国の新旧 10 ウォン貨。左は黄 銅貨。2001 年、韓国造幣公社製造。重量 4.06g、 銅 65 %・ 亜 鉛 35 %、 直 径 22.86mm。筆者蔵。右は銅クラッドアル ミ貨。2008 年、韓国造幣公社製造。量目 1.22g、銅 48%・アルミニウム 52%、直 径 18mm(筆者蔵)

途上国のコイン事情

―三つの戦いのなかでの発展史―

参照

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