これからの大学教育に求められる学びの構築 : 中央教育審議会答申および教育再生会議提言に見る改革の背景と目的
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(2) 2. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 最後に実際の授業の現場における教育の手法についての改革の方向性を見出してみたい。. 2.研究の背景と方法 本論考が対象とするのは、とくに大学教育に関係の深いものとして、文部省の管轄にあ った大学審議会 1)、文部科学省の管轄にある中央教育審議会およびその他の委員会、首相の 私的諮問機関である教育再生実行会議 2)の提言を中心に、それぞれの報告の中に記述されて いる時代背景の認識と、それに伴って大学に求められているものとの関係を中心に見てい くこととする。年代的には主にインターネット普及後の 1990 年代後半以降を通時的に扱 う。 【表 1】は本論考で扱う主な答申・提言の一覧であり、名称とその略記を記したもので ある。 上述の通り、本論考の目的は、大学における授業の手法をめぐって、なぜ(どんな背景 があって)、何のために(どんな力を身に付けさせるために)、何を(どんな授業手法を) しなければならないのか、を明らかにしたいということである。 徳永の言うように、そもそも教育改革とは、 「社会と社会を取り巻く環境の変化に対応し て、学校教育がその社会的責務を果たせるよう、教育の内容、在り方と関連する制度を一 体的に変化させようとする(徳永 2019: 4)」試みである。したがって、それぞれの答申 や提言の出された背景には何らかの社会についての認識があり、その変化に対応するため に教育を改革しなければならないという理屈があるはずである。まずはこの背景にあたる 社会の状況の変遷から見ていくこととしたい。 中央教育審議会としては直近のものである「グランドデザイン答申」には、提言として 書かれている取組などについて次のように書かれている(中教審 2018c: 10)。 それぞれの答申においては、それ以前の政策や取組の蓄積を前提として、時期や 状況に応じて重点を置いた提言がなされている。このため、例えば取組が十分でな いと思われるものについても、改めてその必要性が強調される場合や、過去の答申 に基づいて取組中と整理しているため改めて言及されていない場合もある。いずれ にしても、取組や課題はその達成を見るまでの間継続していると考えられる。 少なくとも連続する答申に何度も登場する項目がある場合は、取り組みが十分でないと 判断されるものであるだろう。実際そうした点は後述のように散見される。ただし、取り 組みが十分でない原因は、たんに教員の不作為などではなく、具体的な方向性があいまい に見えているところにもあるであろう。この論考でわずかでもこのあいまいさが減少する ことを目指したいと考えている。 ここで先行研究について述べておく。まず徳永(2019)は近年の教育改革全般についての.
(3) 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 3. 概観、合田(2019)は大学改革という側面から、各会議体を含めた概観、徳永, 惣脇(2019) は官邸による会議体から見た改革の概観を、それぞれ展開したものであるが、社会背景の 分析や具体的な教育方法に関する分析まではあまり踏み込んでいない。川嶋(2018)は、 この四半世紀にわたる大学を中心とする教育改革を総合的に概観し、後半には学生調査の 分析を行なっているが、シラバスや単位制度に関する部分が中心でそれ以外についてはあ まり触れられていない。藤田(2018)は、背景としての OECD によるコンピテンシー概 念など身に付けるべき能力についての議論の後、教育におけるデジタル化による影響に絞 【表 1】. 本稿で取り上げる主な答申・提言名と略記一覧. 年. 会議体. 1991. 大学審. 大学教育の改善について(答申)(平成 3 年 2 月 8 日). 大学教育の改善. 1997. 大学審. 高等教育の一層の改善について(答申) (平成 9 年 12 月 18 日). 高等教育の一層の改善. 1998. 大学審. 21 世紀の大学像と今後の改革方策について ―競争的環境の中で個性が輝く大学―(答申) (平成 10 年 10 21 世紀 月 26 日). 2000. 大学審. グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について(答申) (平成 12 年 11 月 22 日). グローバル化時代. 2002. 中教審. 新しい時代における教養教育の在り方について(答申) (平成 14 年 2 月 21 日). 教養教育. 2005. 中教審. 我が国の高等教育の将来像(答申) (平成 17 年 1 月 28 日). 将来像. 2008. 中教審. 教育振興基本計画について ~「教育立国」の実現に向けて~(答申) (平成 20 年 4 月 18 日). 教育振興基本計画. 2008. 中教審. 学士課程教育の構築に向けて(答申) (平成 20 年 12 月 24 日). 学士課程. 2012 2012. 答申・提言名. 答申・提言名(略記). 大学教育 予測困難な時代において 生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ(審議まとめ) (平成 24 年 3 予測困難な時代 部会 月 26 日) 文科省. 大学改革実行プラン ~社会の変革のエンジンとなる大学づくり~. 2012. 中教審. 新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて ~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学 質的転換 へ~(答申) (平成 24 年 8 月 28 日). 2013. 中教審. 第 2 期教育振興基本計画について(答申) (平成 25 年 4 月 25 日). 2013 実行会議 これからの大学教育等の在り方について(第三次提言) (平成 25 年 5 月 28 日) 2014. 中教審. 大学改革実行プラン. 第 2 期教育振興基本計 画 これからの大学教育. 新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革 について ~すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未来に花開かせるために~(答申) (平成 26 年 12 月 22 高大接続 日). 2015 実行会議. 「学び続ける」社会、全員参加型社会、地方創生を実現する教育の在り方について(第六次提言) (平成 27 「学び続ける」社会 年 3 月 4 日). 2015 実行会議. これからの時代に求められる資質・能力と、それを培う教育、教師の在り方について(第七次提言) (平成 資質・能力 27 年 5 月 14 日). 2018. 中教審. 第 3 期教育振興基本計画について(答申) (平成 30 年 3 月 8 日). 第 3 期教育振興基本計 画. 2018. 大臣懇. Society 5.0 に向けた人材育成 ~社会が変わる、学びが変わる~(平成 30 年 6 月 5 日). Society 5.0 に向けた 人材育成. 2018 2018. EdTech 第 1 次提言: 「50 センチ革命×越境×試行錯誤」 「STEAM(S)×個別最適化」 「学びの生産性」 (2018 年 6 月)未来の教室第 1 次提言 研究会 中教審. 2019 実行会議. 2040 年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申) (平成 30 年 11 月 26 日). グランドデザイン. 技術の進展に応じた教育の革新、新時代に対応した高等学校改革について(第十一次提言) (令和元年 5 月 教育の革新 17 日). 会議体の名称については、以下の( )のように略記する。 大学審議会(大学審) 、中央教育審議会(中教審) 、中央教育審議会大学分科会大学教育部会(大学教育部会) 、文部科学省(文科省) 、教育再生実行 会議(実行会議) 、Society 5.0 に向けた人材育成に係る大臣懇談会, 新たな時代を豊かに生きる力の育成に関する省内タスクフォース(大臣懇) 、経 済産業省「未来の教室」と EdTech 研究会(EdTech 研究会).
(4) 4. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. って概観しているが、授業の展開の中身についてまでは十分に触れているわけではない。 こうした通時的な分析の論考以外に、個別の答申・提言におけるさまざまなテーマを扱 った論文が多数存在するが、本論考で目指しているのは、前述の通り、教員として現場で 直接関わることになる授業をどのように展開すればよいのかを探ることを目標に、なぜ、 何のために、何をしなければならないのか、を明らかにすることであり、そのためのささ やかな試みである。 本論考の 3. では、上に述べた社会的状況の認識、目指される人物像や身に付けるべき力、 教育の方法という 3 つの側面を、諸答申・提言の中から通時的に概観し、いくつかのポイ ントを指摘する。4. では、諸答申・提言に登場するテーマの中で教育の実践に関連のある 重要な側面についてピックアップして論じてゆく。全体を通じて、大学の教員がいま取り 組まなければならないことについてその背景を含めて理解し、実際の授業に展開できるよ うにするための礎としたいと考えている。 なお本論考では紙幅の関係もあり、そもそもの大学の存在理念やポリシー等の問題には 触れず、大学教員として教育の現場で直接関わってくる授業についての考え方とそれに関 連する背景や目的に絞って考察することとする。. 3.わが国の高等教育に対する行政側からの答申・提言等の通時的分析 3−1 社会状況の認識の変遷 ここでは各答申・提言において述べられている社会状況の認識について、大まかな流れ を確認する。これをまとめたものが【表 2】である。 3-1-1 社会状況の基礎的認識 1991 年「大学教育の改善答申」において、社会全体が流動的で複雑化しており、国際化 (グローバル化)・情報化が進展しているという認識がなされている(大学審 1991: 3)。 また 1997 年「高等教育の一層の改善答申」および 1998 年「21 世紀答申」において少子 高齢化、産業構造や雇用形態等の変化について指摘されている(大学審 1997) (大学審 1998)。 これらの諸項目は基本的に現在まで引き継がれていると考えられるものだが、「情報化」 という言葉に関しては主に登場するのは 2012 年頃までである。2015 年の「 『学び続ける』 社会提言」中に「人工知能」という言葉が登場(実行会議 2015a: 2)して以来、現在ま で「情報化」に変わって「AI」という語が頻出するようになってきている。 「Society 5.0」の概念は、2016 年の「第5期科学技術基本計画」 (内閣府 2016)で用 いられたものであるが、答申としては 2018 年「第 3 期教育振興基本計画答申」で初めて.
(5) 上武大学ビジネス情報学部紀要. 【表 2】 会議体. 答申・提言名(略記) 社会の定義. 1991. 大学審. 大学教育の改善. 大学審. 第 19 巻. 社会の記述. ICT 関係. 流動的で複雑 情報化 な社会. グローバ ル. 5. 情報通信 技術の革 新. グローバ リゼーシ ョン/自 由貿易体 制の拡大. 知の再構築が 一層流動的で 国際競争 求められる時 複雑化した不 力の強化 代 透明な時代. 地球規模 での協 調・共生. 高等教育の一層の改 善. 大学審. 21 世紀. 2000. 大学審. グローバル化時代. 情報通信 柔軟性と変化 技術の急 の世紀 速な発展. グローバ ル化. 急速な情 価値観の多様 報化の進 化,相対化 展. グローバ ル化の進 展. 技術革新. グローバ ル化. 2002. 中教審. 教養教育. 2005. 中教審. 将来像. 知識基盤社会 の時代. 2008. 中教審. 教育振興基本計画. 知識基盤社会 化. グローバ ル化. 2008. 中教審. 学士課程. 知識基盤社会 学習社会. グローバ ル化. 大学教育 予測困難な時代 部会. 2012. 文科省. 大学改革実行プラン. 2012. 中教審. 質的転換. 2013. 中教審. 第 2 期教育振興基本 知識基盤社会 計画. 将来予測が困 情報化 難. グローバ ル化. 社会の急激な 変化. グローバ ル化によ るボーダ レス化. 知識基盤社会 成熟社会. 国際情勢. 経済. 雇用. 少子化. その他. 国際化. 1998. 2012. 1-33. 諸答申・提言における社会状況の認識. 年. 1997. 2020. 冷戦構造 崩壊/大 競争時代. キャッチ アップ経 済の終焉. 少子高齢 化 産業構造 や雇用形 態等の大 きな変化. 経済構造 の変化や 経済的な 停滞. 少子高齢 化. 生涯学習 需要の増 大. 学ぶこと 産業構 の目的意 造・就業構 少子・高齢 識が見失 造の大き 化 われてい な変化 る パラダイ ムの転換. 競争 産業構造 の変化. 少子化. 環境問題. 産業・就業 少子高齢 構造の流 化 動化 新興国の 台頭によ る競争激 化. 少子高齢 化. 地域コミ ュニティ の衰退. グローバ ル社会. 少子高齢 化社会. グローバ ル化. 少子化・高 格差の再 齢化 生産. 2013 実行会議 これからの大学教育 2014. 中教審. グローバ ル化. 高大接続. 2015 実行会議 「学び続ける」社会. 人工知能. 2015 実行会議 資質・能力. IoT 発展に よる新た なサービ スや価値. 2018. 2018. 2018. 2018. 多極化. 労働生産 性の低迷. 生産年齢 人口急減. オズボー ン、デビッ ドソン 頭脳労働 の一部が 人工知能 に代替. 中教審. 超スマート社 IoT・AI 等 グローバ 第 3 期教育振興基本 知識基盤社会 会(Society の技術革 ル化の進 計画 5.0)の到来 新 展. 雇用環境 の変化. 大臣懇. Society 5.0 に向けた 人材育成. 産業も働 き方も働 く意味も 変わる. EdTech 未来の教室第 1 次提 研究会 言 中教審. グランドデザイン. 2019 実行会議 教育の革新. Society 5.0. AI 技術の 発達. デビッド ソン. 人工知能 が人間の パートナ ーに. 予測不可能性 が加速度的に 高まった社会 Society5.0 の 知識集約型社 実現に向けた 会の到来 取組 Society 5.0 の到来. AI 等の技 グローバ 術の発展 ル化. データサ イエンス 少子・高齢 等の国民 化 のリテラ シー向上.
(6) 6. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 登場し、その後はほぼ継続して使われている。この「Society 5.0」はもともと「我が国が 目指すべき未来社会の姿として」提唱された 3)こともあり、たんなる現状認識や将来予測と は異なり、承認された既定の将来像として記述されていることには注意しておく必要があ ると思われる。 3-1-2 社会の定義 社会全体を定義する言葉としては、1998 年「21 世紀答申」における「 『知』の再構築が 求められる時代」(大学審 1998)の後、2005 年「将来像答申」で用いられた「知識基盤 社会」 (knowledge-based society)は、その後 2018 年「第 3 期教育振興基本計画答申」 までずっと言及され続けてきた。 「将来像答申」において述べられている「知識基盤社会」 の特質は次の項目である(中教審 2005: 3)。 (1)知識には国境がなく、グローバル化が一層進む (2)知識は日進月歩であり、競争と技術革新が絶え間なく生まれる (3)知識の進展は旧来のパラダイムの転換を伴うことが多く、幅広い知識と柔軟な 思考力に基づく判断が一層重要となる (4)性別や年齢を問わず参画することが促進される 2018 年の「グランドデザイン答申」では、これに代わって「知識集約型社会」 (の到来) (中教審 2018b: 7-8)という用語が使われている。これは「Society 5.0」との関連で説明 されているもので、「資源や物ではなく、知識を共有、集約することで、様々な社会課題 を解決し、新たな価値が生み出される社会」とされている。 「資本集約型・労働集約型経済 から、知識集約型経済へと移行する」という文脈である。上の「知識基盤社会」と比べる とやや楽観主義的な雰囲気を持っているように思われるが、これは「Society 5.0」がそも そもそういった性質のものだからであるだろう。本当にそちらの方向に進むのかどうかは、 しっかり見極めていかなければならないだろう。 3-1-3 生涯学習需要 流動する社会や技術の変革に対応するために生涯学習が必要であるという認識も、およ そ 1998 年「21 世紀答申」以降、一貫している。2000 年「グローバル化時代答申」では、 前年のケルンサミットを受けて、流動的な社会を生き抜くために生涯学習がすべての人に 必要であるという認識が強く打ち出されている(大学審 2000)。近年の答申ではとくに AI による職業代替という文脈が加わって、生涯学習がオプションではなく、必須のものとさ れるような論調になっている。とくに 2014 年「高大接続答申」においてなされた、デビ ッドソンによる将来の職業についての予測(2011 年にアメリカの小学校に入学した子供た ちの 65%は大学卒業後現在存在していない職業に就く)への言及(中教審 2014: 1)や、.
(7) 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 7. 2015 年「 『学び続ける』社会提言」における、フレイ、オズボーンによる仕事の自動化の 予測(今後 10〜20 年程度で、米国の 47%の仕事が自動化される可能性が高い)について の言及(実行会議 2015a; 2)などを見ると、これらの論文のインパクトが将来への危機 感となって表われていることがわかる。 3-1-4 小括 全体として見ると、およそ 2015 年以降にみられる AI(人工知能)による社会の変化の 認識および予測の登場が大きな意味を持っており、将来の職業代替への危機感を含め、こ れを視野に入れた教育の改革がとくにいま強く求められている状況にあるということができ るであろう。また 2018 年以降に AI との関連を持って登場する「超スマート社会=Society 5.0」についても継続して語られているが、前述の通り、これは冷徹な現実認識というより は、多分に希望的な側面が強いものであるといえるもので、やや警戒して対応していく必 要があるだろう。 3-2 身につけるべき力 各答申・提言において述べられている、目指すべき人間像/育成すべき人材像、そして 身につけるべき力についてまとめたものが【表 3】である。 3-2-1 「課題探求能力」 前節で見た社会状況の変化と考え合わせると、1997 年「高等教育の一層の改善答申」に おける「主体的に変化に対応し得る幅広い視野や総合的な判断力や豊かな創造性を持つ人 材の養成(大学審 1997) 」という記述がその後の記述に対するひとつのベースとなってい ると考えられよう。複雑で流動的な社会に対応していく力という側面が強調された表現で あるが、判断力などと並んで「豊かな創造性」もそのための一つの要素として述べられて いることは注目しておくべきであろう。 1998 年「21 世紀答申」では、前述の能力を課題を探求する力と捉え、 「主体的に変化に 対応し、自ら将来の課題を探求し、その課題に対して幅広い視野から柔軟かつ総合的な判 断を下すことのできる力(課題探求能力) (大学審 1998)」とした。この「課題探求能力」 という用語はこの後、定着していくことになるものである。 これに加えてグローバル化などをふまえた「地球規模の視野、歴史的な視点、多元的な視 点」や科学技術についての正確な理解力や判断力(2002 年「教養教育答申」 (中教審 2002) ) 、 他者とコミュニケーションをとる力(2005 年「将来像答申」(中教審 2005: 3-4))など が随時諸答申・提言において示されてゆく。.
(8) 8. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 【表 3】. 2020. 第 19 巻. 1-33. 諸答申・提言における目指すべき人間像と身に付けるべき力. 年. 会議体. 答申・提言名(略記). 1991. 大学審. 大学教育の改善. 自ら考え,判断する. 1997. 大学審. 高等教育の一層の改 善. 主体的に変化に対応し得る幅広い視野や総合的な判断 力や豊かな創造性. 1998. 大学審. 21 世紀. 課題探求能力. 2000. 大学審. グローバル化時代. 2002. 中教審. 教養教育. 2005. 中教審. 将来像. 21 世紀型市民 先見性・創造性・独創性に富み卓越した指導的人材. 2008. 中教審. 教育振興基本計画. 先見性や創造性に富む人材や卓越した指導力を持つ人 自立して,また,自らを律し,他と協調しながら,そ 材 の生涯を切り拓いていく力. 2008. 中教審. 学士課程. 21 世紀型市民. 2012. 2012. 2012. 2013. 目指すべき人間像/育成すべき人材像. 身に付けるべき力. 多元的な視点で物事を考え,未知の事態や新しい状況 に的確に対応していく力. 大学教育 予測困難な時代 部会. 他者の文化を理解・尊重し,他者と積極的にコミュニ ケーションをとることのできる力. 各専攻分野を通じて培う「学士力」 (知識・理解、汎用 的技能、態度・志向性、統合的な学習経験と創造的思 考力) “答えのない問題”に最善解を導くことができる能力. 文科省. 生涯学び続け、主体的に考え、行動できる人材 グローバル社会で活躍する人材、イノベーションを創 「答えのない問題」を発見、最善解を導くために必要 大学改革実行プラン 出する人材 な専門的知識及び汎用的能力 異なる言語、世代、立場を超えてコミュニケーション 知的な基礎に裏付けられた技術や技能 できる人材. 中教審. 質的転換. 批判的・合理的な思考力をはじめとする認知的能力、 成熟社会において求められる「学士力」の重要な要素 チームワークやリーダーシップを発揮して社会的責任 を有する人材 を担いうる倫理的・社会的能力、総合的かつ持続的な グローバル人材 学修経験に基づく創造力と構想力、想定外の困難に際 して的確な判断をする基盤となる教養、知識、経験. 中教審. 「生きる力」の基礎に立ち,生涯にわたり学び続け, 主体的に考え,どんな状況にも対応できる「課題探求 第 2 期教育振興基本 能力」を有する多様な人材 変化や新たな価値を主導・創造しイノベーションを実 計画 現する人材、グローバル社会において各分野を牽引で きるような人材. 社会を生き抜く力(社会が激しく変化する中で自立と 協働を図るための能動的・主体的な力) (キー・コンピ テンシーや「課題探求能力」 ) 知識を基盤とした自立,協働,創造の社会モデル実現 に向けた「生きる力」. 2013 実行会議 これからの大学教育. 課題発見・探求能力、実行力といった「社会人基礎力」 や「基礎的・汎用的能力」. 2014. 生きる力(豊かな人間性、健康・体力、確かな学力). 中教審. 高大接続. 2015 実行会議 「学び続ける」社会. 2015 実行会議 資質・能力. 2018. 2018. 中教審. 社会に新たな価値を創造し、より豊かな社会を形成す 第 3 期教育振興基本 学んだ知識・技能を実践・応用する力、さらには自ら ることのできる人材 計画 問題の発見・解決に取り組む力 成長分野等で必要とされる人材. 大臣懇. 共通して求められる力: (1)文章や情報を正確に読み 解き対話する力(2)科学的に思考・吟味し活用する 力(3)価値を見つけ生み出す感性と力、好奇心・探 求力 新たな社会を牽引する人材: (1)異分野をつなげる力 と新たな物事にチャレンジするアントレプレナーシッ プ(2)課題解決を指向するエンジニアリング、デザ イン的発想に加えて、真理や美の追究を指向するサイ エンス、アート的発想(3)多くの人を巻き込み引っ 張っていくための社会的スキルとリーダーシップ. Society 5.0 に向け た人材育成. EdTech 未来の教室第 1 次提 2018 研究会 言. 2018. 主体的に課題を発見し、解決に導く力、志、リーダー シップ 創造性、チャレンジ精神、忍耐力、自己肯定感 感性、思いやり、コミュニケーション能力、多様性を 受容する力. 中教審. グランドデザイン. 2019 実行会議 教育の革新. 創造的な課題発見・解決力:今までの前提や常識を疑 い、(表面に見える課題の裏にある)本質的な課題を直 視し、様々な産業分野・技術分野・学問分野を越境し、 世界中の知恵を集めて解決策をデザインする力 「21 世紀型市民」 :基礎的で普遍的な知識・理解と汎 用的な技能を持ち、その知識や技能を活用でき、ジレ 数理・データサイエンス等の基礎的な素養を持ち、正 ンマを克服することも含めたコミュニケーション能力 しく大量のデータを扱い、新たな価値を創造する能力 を持ち、自律的に責任ある行動をとれる人材 世界の変化、不確実性につながる変化を前向きにとら 文系・理系の垣根なく、AI・数理・データサイエンス え、新しいことに挑戦し、未来を切り拓く人材 の基本的な素養.
(9) 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 9. 3-2-2 「21 世紀型市民」概念の登場 2005 年「将来像答申」で登場した「21 世紀型市民」という概念は、専攻分野について の専門性、幅広い教養、高い公共性・倫理性を身につけ、 「時代の変化に合わせて積極的に 社会を支え、あるいは社会を改善していく資質を有する人材(中教審 2005: 4)」と説明 され、これを多数育成していかねばならないとされた。一方でこの答申では、 「先見性・創 造性・独創性に富み卓越した指導的人材(中教審 2005: 4)」を養成すべきという記述も 登場し、これ以降、すべての学生に当てはまる人間像と、指導的人材としての人間像を区 別して言及がなされてゆくことになる。 この「21 世紀型市民」という概念については、学生が将来そのようになるべきである姿 として掲げられているものと理解されようが、理想主義的・抽象的であり、実際にはどの ような人物像なのかわかりにくいという指摘 4)もある。そもそも「21 世紀型」という言葉 がなぜここで使われているのかの説明はなく、意味も不明のままである 5)。内容的にみれば、 以前の答申に書かれた内容を越えるものとは言えず、ラベルとしての「21 世紀型市民」と いう言葉だけを導入したものと言うほかはないであろう。しかしこの「21 世紀型市民」と いう用語はその後の諸答申にも登場することになる。 ここで指摘しておきたいことは、一般的な学生に求められる力の記述として、的確な判 断を下すことができること、あるいは「時代の変化に合わせて積極的に社会を支え、ある いは社会を改善していく資質を有する人材、すなわち『21 世紀型市民』を多数育成してい かねばならない(中教審 2005: 4)」 [下線は筆者]とされていて、ポジティブなあるいは アクティブな側面が消されているように見えることである。さらに「多数」育成するとい う言い方も、個々人の主体性を重視するというような発想からは隔たりが感じられ、大学 で学ぶ大多数の学生については、やはり等質な善良なる市民として送り出すという程度の 発想が見え隠れしているように思われる。 「先見性・創造性・独創性に富み卓越した指導的 人材」という言葉が、とくに優れた学生をそのように育てるという主旨で使われているの と対照的である。 この「将来像答申」では、 「これからの『知識基盤社会』においては、高等教育を含めた 教育は、個人の人格の形成の上でも、社会・経済・文化の発展・振興や国際競争力の確保 等の国家戦略の上でも、極めて重要である(中教審 2005: 4)」という記述もあり、経済 的基盤についての国の責任が述べられる一方、 「個々の高等教育機関や学生・企業等の関係 者も、十分な自覚を持ってこれからの時代に立ち向かう努力と気構えが必要であることは 言うまでもない(中教審 2005: 4)」 [下線は筆者]とされており、精神面の重視が垣間見 られるようである。.
(10) 10. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 3-2-3「学士力」とその派生概念 2008 年「学士課程答申」はとくに「学士力」を提起したものとして有名なものであるが、 とくにこの答申は、 「戦前・戦後を通じて 140 年に及ぶ大学教育の特徴であった『専門学 部制による専門教育』に代わって、今後は『学士力』を育むための『学士課程教育』が日 本の高等教育の基本枠組みになるという一大転換の方向を指した(鈴木 2009: 72)」もの と解されるべき大きな意味を持ったものであるだろう。 この答申では、大学の使命として「自立した 21 世紀型市民を幅広く育成することが極め て重要」であり、また産業界から「社会人としての基礎力の育成などに関し、十分な成果 を求める声が強まって」いることについても述べられている(中教審 2008b: 3) 。ここに 「実学重視」の姿勢(角岡 2010: 43)を見ることはもちろん可能であるだろう。ただこれ らの記述自体は従前の答申よりも簡略化されているうえ、とくに新しい視点が取り入れら れているものでもない。 そして各専攻分野を通じて培ういわゆる「学士力」が示され、これが学士課程で育成す る 21 世紀型市民の「内容」であると説明された。この「学士力」は、知識・理解、汎用的 技能、態度・志向性、統合的な学習経験と創造的思考力の 4 つのカテゴリからなっている。 「学士力」の諸項目については多くの場所で論じられていることもあり、ここでは詳細な検 討は行わない。 「分野横断的に、我が国の学士課程教育が共通して目指す学習成果に着目したものであ り、我が国の学士課程の多様な現実(…)を踏まえる必要があるという認識に立ち、でき る限り汎用性があるもの(中教審 2008b: 11)」として提示されたものであるが、 「国にお いても、参考指針の内容を固定的に考えることなく、OECD の取組など国際的な動向を踏 まえつつ、我が国の実情を勘案しながら、必要な見直しを柔軟に行うことを望みたい(中 教審 2008b: 11)」[下線は筆者]とされているところに注目しておきたい。「学士力」に あげられた諸項目を教条主義的に使い続ける必要はないということが明確に書かれている のであり、実際後述のように、中央教育審議会の諸答申の中でもこの「学士力」を捉え直 した記述なども見られることになるのである。すなわち 2008 年時点の「学士力」の諸項 目を一字一句変えずに現在の教育に導入する必要はないということである。 そしてすでに 4 年後の 2012 年「質的転換答申」では、この「学士力」が整理・再構成 され、批判的・合理的な思考力をはじめとする認知的能力、チームワークやリーダーシッ プを発揮して社会的責任を担いうる倫理的・社会的能力、総合的かつ持続的な学修経験に 基づく創造力と構想力、想定外の困難に際して的確な判断をするための基盤となる教養、 知識、経験があげられた(中教審 2012: 5)。 「学士課程答申」を踏まえた記述であるわけ.
(11) 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 11. であるが、 「学士力」としてあげられていた項目をあらためて再構成したものとみることが できるだろう。ここでは基本的に各項目を 4 つにグループ化し、それらの目的をはっきり させたものである。 そして現在における重要な課題は「人材の質の確保」であり、高等教育を通じて「成熟 社会において求められる『学士力』の重要な要素を有する人材を確実に育成すること(中 教審 2012: 8)」 [下線は筆者]であるとされた。「できる限り汎用性があるもの」として 示された「学士力」であるが、やはりすべての学生がそれらをすべて満たせるようなもの ではない。ある程度重み付けをして養成しようという方向の表われではないか。 また「層の厚いグローバル人材が必要」だとも述べられており、それは「我が国の歴史 や文化に関する知識や認識、多元的な文化の受容性、あるいは前述のような認知的、倫理 的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力(中教審 2012: 8)」を備えた人 材のことである。これらはグローバル化による社会経済構造の変化に対応するための全て の国民の課題でもあるとされている(中教審 2012: 8-9)。 2013 年「第 2 期教育振興基本計画答申」では、 「社会を生き抜く力」の養成として、 「知 識を基盤とした自立、協働、創造の社会モデル実現に向けて、 『生きる力 6)』の基礎に立ち、 生涯にわたり学び続け、主体的に考え、どんな状況にも対応できる『課題探求能力』を有 する多様な人材(中教審 2013: 55)」を育成することとされている。ここには新しい視点 はとくに取り入れられていない。そしてとくに優れた素質を持つ者については、 「変化や新 たな価値を主導・創造し、社会の各分野を牽引」する「未来への飛躍を実現する人材の養 成」として、 「才能を見いだして、創造性やチャレンジ精神などをより一層伸ばしていくこ と(中教審 2013: 75)」とも言及されている。 2013 年「これからの大学教育提言」では、「大学は、課題発見・探求能力、実行力とい った『社会人基礎力』や『基礎的・汎用的能力』などの社会人として必要な能力を有する 人材を育成する(実行会議 2013: 6)」とされている。 「社会人基礎力」は、経済産業省が 2006 年に提唱した概念で、 「前に踏み出す力」、 「考え抜く力」 、 「チームで働く力」の 3 つ の能力(12 の能力要素)からなる、「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくため に必要な基礎的な力」とされている(経産省 nd) 。 「基礎的・汎用的能力」は、2011 年の 中央教育審議会「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について答申」に 登場する「社会的・職業的自立、学校から社会・職業への円滑な移行に必要な力」であげ られた 5 つのカテゴリーのうちの一つであり、 「『仕事に就くこと』に焦点を当て」て、 「人 間関係形成・社会形成能力」 「自己理解・自己管理能力」 「課題対応能力」 「キャリアプラン ニング能力」の4つの能力に整理されたものである(中教審 2011: 23-25)。この 2 つは.
(12) 12. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 由来の異なる用語であるが、いずれもキャリア教育に関係するという共通性を持つもので、 これらを「社会人として必要な能力」としてあげていることから、この提言は産業界から の要請としての側面が強いと見ることは妥当であるだろう。 2014 年「高大接続答申」では、大学教育を通じて育むべき「生きる力」 「確かな学力」 の明確化が必要であるとして、2008 年「学士課程答申」の「学士力」と並んで、2012 年 「質的転換答申」の「生涯学び続け、主体的に考える力」の育成(中教審 2014: 6)が挙 げられている。この前提のもと、大学教育を通じて育むべき「生きる力」を構成する「豊 かな人間性」 「健康・体力」「確かな学力」について言及されている(中教審 2014: 6-7) のだが、「学士力」の相対化にも見られうように、「質的転換答申」に引き続き、大学にお いて育むべき「力」を再定義することを目指したものと受け取るべきであろう。 2015 年「資質・能力提言」では、これからの時代に求められる資質・能力を次のように 整理した(実行会議 2015b: 2-3)。 ・主体的に課題を発見し、解決に導く力、志、リーダーシップ ・創造性、チャレンジ精神、忍耐力、自己肯定感 ・感性、思いやり、コミュニケーション能力、多様性を受容する力 この提言は社会の予測の部分で人工知能についての言及があったものだが、これらの記 述はその部分とはやや隔たりがあるように感じられるもので、やはりとくに新しい視点は なく、多分に精神的側面が強調されているものであろう。 3-2-4 「Society 5.0」概念登場以後 2018 年「第 3 期教育振興基本計画答申」は、 「超スマート社会(Society 5.0)の到来」 についての言及があるものだが、とくに「産業界からは、より高度かつ実践的・創造的な 職業教育や、成長分野等で必要とされる人材養成の強化」が期待されているという記述が あり、 「AI・IoT・ビッグデータ等の産業構造改革を促す情報技術等を基盤とした人材」も 求められているとされた(中教審 2018a: 11-12)。AI を中心とする技術革新を、養成す べき人材像に絡めたのはこの答申からである。産業構造が激変することがほぼ確実に予想 されるようになったことから、社会に送り出される学生にそうしたものに対応しうる職業 教育を施さなければ、将来生きて行けなくなってしまうという視点であるだろう。 2018 年「Society 5.0 に向けた人材育成報告」では、まず「学生や社会人が情報科学の 素養を身に付ける(大臣懇 2018: 4-5)」ことが重要な課題であることが示された。その うえで、求められる人材像として、 (1)アントレプレナーシップ、 (2)エンジニアリング、 デザイン的発想、真理や美の追究を指向するサイエンス、アート的発想、 (3)多くの人を 巻き込み引っ張っていくリーダーシップ(大臣懇 2018: 6)を備えた「新たな社会を牽引.
(13) 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 13. する人材」があげられている。これらは指導的人材を念頭においたものであろう。より一 般的な「共通して求められる力」としては、読み解き・対話する力などの他に、サイエン スや数学、分析的・クリティカルに思考する力、全体をシステムとしてデザインする力を 含む科学的に思考・吟味し活用する力があげられている(大臣懇 2018: 7)。今後この科 学的・数理的素養がすべての人に普遍的に求められてゆくことになるとの見解を明確に示 したものとして、一つのターニングポイントと考えられてよいものであるだろう。とくに 大学としては「文理両方を学ぶことにより必要な AI に関する素養を身に付けた人社系等を 専攻する人材を育成(大臣懇 2018: 21)」することが必要とされた。現在すでに「科学的・ 数理的素養がすべての人に」必要とされているという状況を再確認する必要があるだろう。 2018 年「グランドデザイン答申」では、まず「社会の変化に対応するために獲得すべき 能力は、いつの時代にも、基礎的で普遍的な知識・理解、汎用的な技能等が中核とされて いる(中教審 2018b: 3)」として、それまでの答申の妥当性にふれている。そしてとくに これからは「数理・データサイエンス等の基礎的な素養を持ち、正しく大量のデータを扱 い、新たな価値を創造する能力が必要」となり、これを文理を越えて共通に身に付けてい くことが重要であると明記されている(中教審 2018b: 4)。専門的な人材だけでなく、す べての人が身につけるべきという認識であり、答申として明確に示されたことには大きな 意味がある。しかしそれ以外には、全体的に「2040 年に向けた」 「グランドデザイン」と 題されている割には、内容的に新しいものは少ない。それはもちろんそれまでの答申等に 含まれる提言が実現されていないことの表われでもあるのであろうが、2040 年を見据えて いるどころか現在における社会の変化に十分に追いついていないような印象すら受ける答 申となっている。 2019 年「教育の革新提言」では、AI、IoT 等の研究開発分野の専門人材を育成すること のほか、国民全体のデータサイエンス等についてのリテラシーの向上を図ることが必要と され(実行会議 2019: 1)、 「新たな時代のリテラシーとして、文系・理系の垣根なく全て の学生が、AI・数理・データサイエンスの基本的な素養を身に付ける(実行会議 2019: 12 -13)」ことが必要であることが、上記答申に引き続き示されている。 3-2-5 小括 全体の流れとして見ると、基本的・普遍的能力を備え、困難な社会的状況にも対処でき る課題探求能力をもった「21 世紀型市民」を養成することが目指されてきており、それは 現在に至るまで継続した流れを形成している。これに加えて 2018 年からの諸答申・提言 においては、AI の登場に関わって、数理的素養についてもあらゆる学生が身につけるべき ものとされ、今後の学生が身につける力として新たに加わえられてきた。AI 等による社会.
(14) 14. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. の変化は大変に大きなものと予測されており、この視点を大学人として押さえておくこと は必須のことであるだろう。 3-3 教育の方法 ここでは本論考の主たる目的である、教育の方法に関する各答申・提言における言及を 概観する。これをまとめたものが【表 4】である。 3-3-1 少人数教育 すでに 1991 年「大学教育の改善答申」および 1997 年「高等教育の一層の改善答申」 などにおいて、ゼミナール形式の授業、少人数・双方向の教育、実験・実習、フィールドワ ーク、ディベートなどの工夫の必要があるとされている(大学審 1991: 4) (大学審 1997) 。 これは当然ながら「大人数による一方的講義」に対置されているものと考えられるわけだ が、そうした伝達型講義では教育効果が及ばないあるいは限定的であると捉えられるよう になってきた流れの表われであるのは当然である。また大学設置基準の趣旨に鑑み「学生 が事前・事後に教室外において相当時間分学習を行うように指導上工夫することが、教員 の責任であること」も 1997 年答申に記されている(大学審 1997)。この学修時間につい てはあらためて後述するが、この後の答申等において繰り返し登場するテーマとなってい る。 2002 年「教養教育答申」では、教養教育という前提付きだが、ゼミナール方式の少人数 授業などに加えて、学際的なテーマの授業科目、実験や実習などによる学生の知的好奇心 の喚起、和漢洋の古典を中心とした書物等(「グレートブックス」 )の読破などが奨励され ている(中教審 2002)。 3-3-2 アクティブ・ラーニング概念の登場 2008 年「学士課程答申」では、課題探求や問題解決等の諸能力を中核とする「学士力」 を学生に達成させるために、 「既存の知識の一方向的な伝達だけでなく、討論を含む双方向 型の授業を行うことや、学生が自ら研究に準ずる能動的な活動に参加する機会を設けるこ とが不可欠(中教審 2008b: 23)」であるとされ、具体的な方向性として「学生の主体的・ 能動的な学びを引き出す教授法を重視し、例えば、学生参加型授業、協調・協同学習、課 題解決・探求学習などを取り入れる(中教審 2008b: 23-24)」[下線は筆者]ことが必要 だとされている。この答申で「アクティブ・ラーニング」という用語は用いられていない が、この「主体的・能動的な学び」はその後の用法などから、それを指すものと見ること ができる。その他に情報通信技術の取り入れ、いわゆるブレンディッド型学習の導入、携 帯端末を活用した学生応答・理解度把握システムによる双方向型授業の展開なども手法の.
(15) 上武大学ビジネス情報学部紀要. 【表 4】 年 1991 1997 1998 2000 2002 2005 2008. 2008. 2012. 2012. 2012. 2013. 2013. 2014 2015. 2015. 2018 2018 2018. 2018. 2019. 2020. 第 19 巻. 1-33. 15. 諸答申・提言における教育の方法に関する記述. 会議体 答申・提言名(略記) 授業の方法 その他関連事項 ゼミナール形式の授業,ティーチング・アシスタント 大学審 大学教育の改善 の活用等により,一方的な知識の伝達にとどまらない 双方向的授業 高等教育の一層の改 少人数・双方向の教育、実験・実習、フィールドワー 授業に当たっては、学生が事前・事後に教室外におい 大学審 善 ク、ディベートなど様々な工夫をする て相当時間分学習を行うように指導上工夫する 大学審 21 世紀 少人数教育やセミナー形式の授業の導入 事前・事後学習の徹底 大学審 グローバル化時代 教員と学生の双方に良き緊張関係を醸成し密度の高い 学際的なテーマの授業科目,実験や実習などによる学 中教審 教養教育 授業の実施:例えば 50 分の授業を 1 週間に複数回実 生の知的好奇心の喚起や、和漢洋の古典を中心とした 施;ゼミナール方式の少人数授業の充実等の工夫 書物等( 「グレートブックス」 )の読破 中教審 将来像 中教審 教育振興基本計画 討論を含む双方向型の授業,学生が自ら研究に準ずる 能動的な活動に参加する機会の設定 eラーニングの活用による遠隔教育、学習管理システ 学生の主体的・能動的な学びを引き出す教授法を重 ムを利用した事前・事後学習の推進、いわゆるブレン 中教審 学士課程 視:例えば学生参加型授業,協調・協同学習,課題解 ディッド型学習の導入、携帯端末を活用した学生応 決・探求学習など。双方向型の学習や少人数指導の推 答・理解度把握システムによる双方向型授業の展開 進:授業におけるディスカッションや討論などへの参 画,授業外の学習支援など 授業時間にとどまらず授業のための事前の準備や事 教員と学生とが意思疎通を図りつつ、学生同士が切磋 後の展開などの主体的な学びに要する時間を含め、十 琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する課題 大学教育 分な総学修時間を確保/教員が行う授業は学修の過 予測困難な時代 解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング) :学生 程全体を成り立たせる核であり、学生の興味を引き出 部会 の思考力や表現力を引き出し、その知性を鍛える双方 し、事前の準備や事後の展開などが適切・有効に行わ 向の講義、演習、実験、実習や実技等 れるように工夫する 教員と学生とが意思疎通を図りつつ、学生が相互に刺 文科省 大学改革実行プラン 激を与えながら知的に成長する課題解決型の能動的学 修を中心とした教育 授業のための事前の準備(資料の下調べや読書、思考、 教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋 学生同士のディスカッション、他の専門家等とのコミ 琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を ュニケーション等) 、授業の受講(教員の直接指導、 創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしてい その中での教員と学生、学生同士の対話や意思疎通) 中教審 質的転換 く能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換 や事後の展開(授業内容の確認や理解の深化のための 個々の学生の認知的、倫理的、社会的能力を引き出し、 探究等)を促す教育上の工夫、インターンシップやサ それを鍛えるディスカッションやディベートといった ービス・ラーニング、留学体験といった教室外学修プ 双方向の講義、演習、実験、実習や実技等 ログラム等の提供 「何を教えるのか」という視点のみならず「何を修得 学生が主体的に問題を発見し,解を見いだしていく能 第 2 期教育振興基本 したのか」という視点 中教審 動的学修(アクティブ・ラーニング)や双方向の講義, 計画 主体的な学修に要する総学修時間の実質的な増加確 演習,実験等の授業を中心とした教育 保 学生の能動的な活動を取り入れた授業や学習法(アク 実行会議 これからの大学教育 ティブラーニング) 、双方向の授業展開など 主体性・多様性・協働性を育成する観点からアクティ ブ・ラーニングに転換:少人数のチームワーク、集団 「教員が何を教えるか」よりも「学生が何を身に付け 中教審 高大接続 討論、反転授業、実のある留学や単なる職場体験に終 たか」を重視 わらないインターンシップ等の学外の学修プログラム 実行会議 「学び続ける」社会 アクティブ・ラーニングの推進、世界に伍する教育体 制の確立(グループでの学修、プレゼンテーション、 新たな価値を生み出す創造性、起業家精神の育成 実行会議 資質・能力 長期学外学修プログラムなど、学生が主体的に行動し、 特に優れた才能を有する人材の発掘・育成 知識をいかす実践型・体験型の教育) ICT 活用による学び環境の革新と情報活用能力の育成 第 3 期教育振興基本 中教審 「学生が何を身に付けたか」という観点を一層重視 計画 Society 5.0 に向け 大臣懇 新しい技術を活用したアクティブ・ラーニング STEAM やデザイン思考の必要性を踏まえた工夫 た人材育成 EdTech 未来の教室第 1 次提 STEM/STEAM/創造的な課題発見・解決力を育む 研究会 言 「何を教えたか」から、 「何を学び、身に付けること 少人数のアクティブ・ラーニングや情報通信技術(ICT) ができたのか」への転換/教員が教えたい内容ではな 中教審 グランドデザイン く、学修者自らが学んで身に付けたことを社会に対し を活用した新たな手法の導入 説明し納得が得られる体系的な内容となるよう構成 今後多くの学生が必要とする STEAM やデザイン思 ICT はマストアイテムであり、ICT とともにある環境 実行会議 教育の革新 考などの教育が十分提供できるよう学部横断的な教 の中で子供たちを育てていく 育に積極的に取り組む.
(16) 16. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 例としてあげられている(中教審 2008b: 23-24)。 2012 年「予測困難な時代審議まとめ」は、次の「質的転換答申」に向けた報告書だが、 「課題解決型の能動的学修(アクティブ・ラーニング)」によって、学生の思考力や表現力 を引き出し、その知性を鍛える双方向の講義、演習、実験、実習や実技等の授業が方法と して示され(大学教育部会 2012: 4)、 「アクティブ・ラーニング」という用語が初めて使 われたものである。 これを受けた 2012 年「質的転換答申」では、 「従来のような知識の伝達・注入を中心と した授業から、教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激 を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく 能動的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要である(中教審 2012: 9)」とさ れ、それによって「個々の学生の認知的、倫理的、社会的能力を引き出し、それを鍛える ディスカッションやディベートといった双方向の講義、演習、実験、実習や実技等を中心 とした授業への転換によって、学生の主体的な学修を促す質の高い学士課程教育を進める ことが求められる(中教審 2012: 9)」とされている。答申としては「アクティブ・ラー ニング」を使った初めてのものであり、その意味する内容と位置づけを明文化して示した ものである。これ以降の答申・提言では「アクティブ・ラーニング」について繰り返し言 及されてゆくことになる。この「アクティブ・ラーニング」の概念や手法、応用等につい てはすでに多数の論考があるが、ここでは詳細な検討・分析は行わない。ただし後述する テーマとこの「アクティブ・ラーニング」とは密接な関わりがあり、いまでも教員が中心 的に考察検討し、実現していかなければならない課題であることは確かである。ここで求 められているのは、 「双方向の講義、演習、実験、実習や実技等を中心とした授業へ」転換 すること、すなわち「学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動的学修」とし ての「アクティブ・ラーニング」への転換が何よりも求められているのであり、理念的な 面だけでなく「見た目にも大きく異なる授業の展開や、その展開に必要なソフト面(知識・ スキルなど)とハード面(教室の設備や e ラーニングシステムなど)の具体的な準備を行 うことを強く迫られて」いる(中山 2013: 13-14)わけである。 この答申ではまた、 「学生に授業のための事前の準備(資料の下調べや読書、思考、学生 同士のディスカッション、他の専門家等とのコミュニケーション等)、授業の受講(教員の 直接指導、その中での教員と学生、学生同士の対話や意思疎通)や事後の展開(授業内容 の確認や理解の深化のための探究等)を促す教育上の工夫、インターンシップやサービス・ ラーニング、留学体験といった教室外学修プログラム等の提供が必要である」とされ、教 員には「授業方法の工夫、十分な授業の準備、学生の学修へのきめの細かい支援」などが.
(17) 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 17. 求められ、学習時間の確保を中心とした学生への働きかけの方向性について具体的に細か く記載されている(中教審 2012: 9-10)。1997 年の答申からあまり変化のない記述では あるが、 「事前準備・授業受講・事後展開」を通じた「総学修時間の確保」が必要だとされ ているわけである。 これ以降、能動的学修としての「アクティブ・ラーニング」と学修時間の確保について の記述は、若干表現を変えながらも諸答申・提言で続いてゆくことになる。 2014 年「高大接続答申」では、基本的な内容としては前答申を踏襲しているが、「反転 授業」についての例示が見られる(中教審 2014: 20)。 2015 年「資質・能力提言」では、「ICT 活用による学びの環境の革新」という部分がや や新しく認められる以外にはとくに新しい項目は見当たらない。 3-3-3 STEAM 教育、デザイン思考概念の登場 2018 年「Society 5.0 に向けた人材育成報告」では、新たな方向性として、「今後、学 生が所属する学部等に関わらず、教育における STEAM やデザイン思考の必要性(大臣懇 2018: 13-14)」 [下線は筆者]を踏まえた工夫が期待されており、 「新しい技術を活用した アクティブ・ラーニングも積極的に取り入れ」た教育の質の向上(大臣懇 2018: 14)」が 求められている。 「STEAM やデザイン思考」についてはこれが初出であり、注目すべきも のではあるが、その内容については詳しく説明があるわけではない。 2018 年「グランドデザイン答申」では、この STEAM やデザイン思考についての記述 はない。大学が養成すべき人間像に向けて「個々人の可能性を最大限に伸長する教育」に 転換する必要があるとされ、 「 『何を教えたか』から、 『何を学び、身に付けることができた のか』への転換が必要となる(中教審 2018b: 6)」[下線は筆者]こと、また時間と場所 の制約を受けにくい教育研究環境へのニーズに対応することや、 「学生が主体的に学修する アクティブ・ラーニングへの展開を図るなど教育プログラムの質の向上を目指し、情報通 信技術(ICT)を利活用した教育を推進することが必要である(中教審 2018b: 22)」と簡単 に触れられるにとどまっている。 2019 年「教育の革新提言」では、わが国において教育の現場での ICT の普及が遅れて おり、 「ICT は『マストアイテム(=必需のもの) 』」との認識のもと、「ICT とともにある 環境の中で子供たちを育てていくことが必要(実行会議 2019: 4)」 [下線は筆者]である と述べられている。また国が「今後多くの学生が必要とする STEAM やデザイン思考など の教育が十分に提供できるよう、各大学が学部横断的な教育に積極的に取り組むことを可 能としていく(実行会議 2019: 6)」[下線は筆者]との記述がある。.
(18) 18. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 3-3-4 小括 以上見てきたように、基本的には 2008 年「学士課程答申」で登場した「アクティブ・ ラーニング(主体的・能動的な学び)」が教育の方法に関する記述の中心になっていること は間違いない。ただしそれを具体的にどのように展開していくべきなのかについては一連 の答申の中でも必ずしも明確に示されているわけではなく、あいまいなままである。現在 に至るまで「アクティブ・ラーニング」という言葉が独り歩きしているように感じられる 原因でもあるだろう。実際の手法については、各大学において各教員が検討すべき事柄で あるというわけであるだろう。この概念の登場後すでに 10 年以上が経過しているわけであ るが、いまだ着地点を見つけられているようには感じられない。また学生の学修時間に関 する記述も執拗になされているが、これもまたいまだ解決しない問題であるからであろう。 そして最近になって AI に関わる社会認識が加わり、新しく STEAM 教育やデザイン思考 の概念が登場してきている。これらについてはまだ十分に議論されているとは言えず、具 体的なビジョンが示されているわけでもないが、今後の教育において無視することはでき ない流れになることは間違いないだろう。 学修時間の問題と STEAM 教育・デザイン思考については次節において検討する。. 4.教育の方法をめぐる諸問題 ここでは、前節で見た「教育の方法」において登場した重要ないくつかの概念をとりあ げ、その内容を分析検討してみたい。 4-1 何を学び、身に付けることができたのか 〜教育・学習パラダイムの転換〜 4-1-1 答申・提言の流れ 2008 年の「学士課程答申」中に「今日の大学教育の改革は、国際的には、学生が修得す べき学習成果を明確化することにより、 『何を教えるか』よりも『何ができるようになるか』 に力点が置かれている(中教審 2008b: 8)」[下線は筆者]との記述がある。一連の答申 の中でのこの概念(および類似の概念)はこれが初出であり、以後表現を多少変えながら 継続して記述されていくことになる。ここでの登場はひとつの転換点とみてもよいもので あろう。この概念の検討の前に、まずは一連の答申中でのこの概念の記述を概観しておく。 2012 年「質的転換答申」では、 「多くの企業等が」学生が教育の過程を通して「何を身 に付け、何ができるようになったか」 [下線は筆者]を問うようになっているとしたうえで、 この学士課程教育の質的転換が「社会全体にとって極めて切実な問題」であること、 「学生が いかにしっかりと主体的な学修をしているか」が問われているとされている(中教審 2012: 10-11)。.
(19) 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. 19. 『何を教えるのか』という視 2013 年「第 2 期教育振興基本計画について答申」では、「 点のみならず『何を修得したのか』という視点が学習者本人にとっても学習を提供する側 にとっても求められること(中教審 2013: 18)」[下線は筆者]を重視する必要があるこ とが特記されている。 2014 年「高大接続答申」では、 「大学教育において『教員が何を教えるか』よりも『学 生が何を身に付けたか』を重視し、学生の学修成果の把握・評価を推進する(中教審 2014: 20)」 [下線は筆者]こととされている(中教審 2014: 20-21)。 2018 年「第 3 期教育振興基本計画について答申」では、 「大学教育を通じて『学生が何 を身に付けたか』という観点を一層重視するとともに、いかなる評価の基準や方法に基づ いて、個々の学生の学修成果の把握・評価を行い、大学として卒業を認定・学位を授与し たかについて、社会に対して説明責任を果たすことが求められる(中教審 2018a: 21)」 [下線は筆者]とされ、一連の流れの中で、その意図と目的が明文化されたものと捉えるこ とができよう。 2018 年「Society 5.0 に向けた人材育成報告」では、「その学生が何を身に付けること ができたかが、 (…)社会において理解されるよう、可視化されていること(大臣懇 2018: 14)」 [下線は筆者]が求められているとされた。 2018 年「グランドデザイン答申」では、「個々人の可能性を最大限に伸長する教育」に 転換することが必要とされ、その内容として、 「 『何を教えたか』から、 『何を学び、身に付 けることができたのか』への転換が必要となる」 [下線は筆者]こと、 「『何を学び、身に付 けることができたのか』という点に着目し、教育課程の編成においては、 (…)単に個々の 教員が教えたい内容ではなく、学修者自らが学んで身に付けたことを社会に対し説明し納 得が得られる体系的な内容となるよう構成することが必要となる(中教審 2018b: 6)」と された。 基本的に同じ概念についての記述と理解されようが、表現がその都度微妙に変化してい る。 4-1-2 パラダイムの転換 まずこの概念の由来についてであるが、この言葉使いから想定されるのは、 「何を教えるか (teaching) 」から「何を身につけるか(learning) 」へのパラダイムの転換(教育パラダイム から学習パラダイムへの転換)であり、これは 1995 年の Barr and Tagg の論文(Barr and Tagg, 1995 = 2014)などに由来するものである(山田 2018: 160)。それは「教 員が何を教えるか」 (教授者中心)ではなく、 「学習者が何を身につけることができるか」 (学 習者中心)という視点の移動なのであり、 「学生の学習成果に基づく教育(Outcome Based.
(20) 20. 上武大学ビジネス情報学部紀要. 2020. 第 19 巻. 1-33. Education)が推奨(山田 2017: 6)」されるというもので、その後教育界では国際的に支 持を受けてきた考え方である。その背景として小方(2008)はアメリカにおけるカレッジ インパクトについての研究を概観したうえで、 「大学のアウトカムを規定する決定的な要素 は、学生個人のインボルブメント、エンゲージメントであり、教育機関の取組において重 要なのは、アウトカムを左右する学生の学びをいかに促進できるかという点にある(小方 2008: 46)」としている。例えば学生が教員や仲間たちとどのようなつながりを持って学 びをおこなったかというようなことである。 しかしながら、一連の答申中にこのパラダイムの転換についての説明は登場していない。 上に引用した初出の際に「 『何を教えるか』よりも『何ができるようになるか』に力点が置 かれている」の部分には注が付されているが、そこに書かれているのは、 「先進諸国では、人 材開発を国家の競争力向上のための重要政策に位置付けている」ということと、 「高等教育に おける学生の修得すべき学習成果に関して」の動きの紹介がなされている(中教審 2008b: 8)だけであり、これがパラダイムの転換を意味するということには触れられていない。 そもそも上に引用した「学士課程答申」の記述は海外における動きを概観したものであ り、 「日本の学士が、いかなる能力を証明するものであるのか」が不明であるという認識が その後に書かれている(「入難出易」という状況にも触れられている)。さらに日本の大学 が「企業の発する情報を必ずしも正確に理解しているとは言え」ないことも指摘されてい る。そこで学生の学習成果を測定し、これを学位授与の方針として定めようという流れに なっている(中教審 2008b: 8-10)のである。学生が身に付けるべき力をカテゴライズし て明文化し、大学における学習の成果として証明できるものにするという方向性である。 また一連の答申に記されていることを注意深く読むと、この概念とセットで、成果を可 視化することの重要性が繰り返し述べられている。つまり結果として学生がアウトプット することができたものをリスト化せよということである。端的に言えば、学生を採用する 企業の側にとってわかりやすいように、当該学生が大学で身につけた項目をリストとして 提出せよ、ということだろう。その内容を具体的にどのようにピックアップし、どのよう に評価すべきかについては問われているわけではないし、そのための授業の方法について も言及されているわけではない。2008 年「学士課程答申」で、 「 『何を教えるか』よりも『何 ができるようになるか』に力点が置かれる」ということは、 「教育内容以上に、教育方法の 改善の重要性を意味する。学習意欲や目的意識の希薄な学生に対し、どのような刺激を与 え、主体的に学ぼうとする姿勢や態度を持たせるかは、極めて重要な課題である(中教審 2008b: 23)」 [下線は筆者]とされているのみで、この重要な課題にどう対応すべきかに ついては書かれていないのである(ここであたかもすべての学生が「学習意欲や目的意識」.
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