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ギャラティンの国内・国際金融思想 : 「ドル」研究上の一齣 (<特集>経済学)

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ギャラティンの国内・国際金融思想

﹁ドル﹂研究上の一鶴1

 筆者はドルの成立に決定的な役割を果したA・ハミルトン︵﹀■=三山8︶の﹁国立銀行に関する報告書﹂︵一七九一年︶、       ゆ ﹁造幣局設立に関する報告書︵一七九一年︶を検討する事により、両者各々かなり理論的である事を知った。換言すれぱ、 両椎骨書に浴って設立された第一合衆国銀行︵一七九一年︶及び制定された鋳貨立法︵一七九二年︶の理論的支柱は健金なも のであった。そして右銀行の運営面も良うしきをえて、中央銀行的職能を果したのであるが、その活動は一七九一年十二月        から十、一年三月に限られ、全く政治的な理由からその特許更新は認められなかった。その後は所謂、州法銀行︵㏄冨9ぴ磐犀︶ が籏生し、銀行券の過剰発行の為、減価、正貨支払停止を招く有様であった。  所で、一八一二年の対英戦争を契機として、右第一合衆国銀行にならって第二合衆国銀行が一八一六年設立をみた。然 し此の銀行も、その第ご代頭取N・ビドル︵ツ﹃■剛W坤山山一①︶とA・ジャクソン︵﹀.冨。匪8︶大統領の対立、後者の所謂ジャク        ソニアン民主三楽思想にもとずく反国立銀行政策の為種々論争を惹起し、一八三六年閉鎖されざるをえなかった。此のよ うに中央銀行の成育しなかった合衆国ではあったが、本稿にて論究する第四代財務長官A・ギャラティン︵︸O臣9。鉱己は 正貨曾遊を重視しつつも、国立銀行設立・育成には愚なる努力を払ったのである。彼は一八〇一年から=二年の期間財務      ギャラティンの国内・国際金融思想      一一三

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b        ギャラティンの国内.国際金融思想      一一四 長官の地位にあり、第一合衆国銀行特許更新を認められるよう多大の努力を払ったが成功しなかっ、。然しその地位を去       ⑥ るにあたり、第二合衆国銀行特許状の草案を作成していたといわれる。更に彼はN・ビドルの行動・政策に全く賛成して いたとはいえないが、財務長官辞任後もビドルを弁護し、右銀行の理論的支柱を与えんと努力したのであるゆ従ってギャ       ⑧ ラティンの所論の検討・吟味はドル研究上の重要な一意をなすであろう。 ①拙稿﹁ハ、、・ルトソの金融思想 ﹁ドル﹂研究上の︸駒 L本誌開学十周年記念論文集﹁ハミルトンの国内・国際貨幣思想と﹁ドル﹂の性格﹂  本誌江頭恒治博士還暦記念論文集 ②ω3器げき脚には州政府がその株式を所有せるものと、一般人によって所有されたものと二種存在した。QQ①ρ囚■ζp。鼻①コ凶ρ↓7①切壁げぎ騎  ω団珍①酎poロ。胤︹ぎΦO鈴じd二四帥営鴇.司同P昌Oρ○Φ﹃B帥⇒ざ卸↓ずΦq巳け①駄ω叶帥什⑦ωoh︾ヨ①二〇ρω﹁9Φ伍こ一Φ継門戸卜δO餅 ③ωΦρρ四こ&二ρ即↓錯ざ目しg冨8ぐ9ω臣じd三亀Φ聰6お埴oQ艮興言.O類8言⇔α巴①ぎρ竃。器蜜q9民じd餌ロ乱篭↓冨。ユΦの。剛♂61  吋。αO巳き∪Φ日Oo鑓Oざお心。。。日.勺・Oo︿帥PZざずO冨ωしU圃瓢巳ρお$.此の問題は不日論究の予定。 ④当時合衆国は複本位制度であったので金銀を意味する。以下同じ。 .⑤ ωΦρΦ.αqこ旨↓●出。一αω≦oほげp巳∪.閑﹂︶①≦Φざ↓目無﹁ω一切巳OQΦ8巳じdp爵oh窪Φ¢昌一什aω冨8u・口㊤一ρ署■刈鼻hい ⑥閃・ρ出●9淳臼昌−↓冨ωΦ。8鳥ゆ四島ohけ冨q蓬田&ωβgωしり寅客Φ≦HB日頃忽8一㊤①ρ”.刈田oo80什ρ幻.乏巴什臼伊﹄﹃こ≧σΦ詳  φ巴冨二量匂Φhh①HoロO昌冨づ 男ぎ餌口9①同節昌匹一︶躍O一〇8簿噛一り㎝8戸卜。①P @@ 図・ぐ唱巴陸①﹁ω︾一同二﹀まΦ訴O夷弓ユPま匡こ℃層.ω㎝①h抄類■じd■ωヨ諄﹃国OO昌O日一〇︾ω”Φ9ωOh↓ず①oり①OO口αじu鋤昌昌O臣梓ずΦq請けΦαQQ訂什O伊一りαOQ−や一しQ. 彼の貨幣・金融に関する主な著作は左の如くである。 ︵鋤︶  ︾ヨ①二︾陰﹀・O巨財閉口.、.bd勉づ醤Ohけ犀Φ¢巳叶ΦαoDけP什Φω讐、、︾BΦ凱O国コOロ国ヰΦ同ぐ幻Φ︿一Φ≦一H≦国﹁Oず一Q◎GQ一︸目×−唱娼■悼軽①1卜⊇oobo・ ︵び︶  UO二〇〇口ω莚Φ陛P江OロωOロ什7①O自吋﹃Φロ。団国コObd蝉う胃一昌ぴqohけゴΦご日叶Φ創ω一助①ω、℃匡冨山Φ言三ρ一〇〇ω一旧﹁ΦO﹃画一ΦOぎを﹁騨旨帥qωOh︾ぎ①腎  O巴冨ニジΦαこび団団①昌吋嘱︾αp⊃日P一GQドP<OピしQ糟℃℃.bこω㎝1しQ①継■ ︵O︶  UP讐ω億ぴqぴq①ω二〇ロωO口けげΦじd鋤自評の節コαOロ佳日Φ口O鴇O門什﹃ΦωΦ<Φ円巴 q口津Φ自。りけ毘什Φρ ぎ﹃ΦhΦ円Φ口O① OユロO昼即コ︽陣O酔げΦω=uo℃①コωδコOh  什プΦω℃Φoδ眉β﹂︽BΦコけρHoQ幽一−ZΦ≦団O﹁F﹃①唱匡昌汁①α一昌≦自己5ひqひロ魑くO一■ω層℃O■ωαり一軽GQ蒔 ︵匹︶ 一︶oこ日﹃o口ぴqず宏05udpづ吋ぎゆq白月げ国ΦhΦ同①コ。Φ叶。けず①↓村ゆOΦm自習O小円﹃①口。鴇oh仲げ①ご巳汁①伍oQ叶彗Φoσ”男8げヨ。昌鼻一Qo自. H。E・ミラー︵自■洞﹂≦帥崔①ぴ切四コぎコoq↓ロΦ。ユΦωぎ9日目邑房αoQ什。貯ΦωびΦh。噌。お①ρ6b。S︶、L・W・ミンツ︵ピ.≦甲.]≦ぎけρ︾口尻8同図

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o︷じdpコ犀ぎαq↓ぴoo蔓ぎO﹃Φp叶切二9ぎ響q什び①⊆鼻①ユQQ鐙審P一目㎝.︶及びV・G・ウイルハイテ︵<・O.≦自三需−岡。口口鮎Φ謎oh>ヨΦ瓜oo昌       る 国oo口。ヨざ↓ずoqoq﹃ρ冨切Q。℃Oず節や×H>ぎ①ぽO巴訂什一5”Ω霧ω圃。巴∪Φ800﹁卑︶は交献︵α︶を挙げていない。S・M・G・マデライネ ︵盟簿①﹃ 竃噸O.尾銭匹①ぽρ窓。昌Φ什p・N楓p。鼠切藁配ロゆq↓サΦo旨Φジ。鵠q叶こ︶のみ︵α︶を挙げる。08ケq冨ωの。噛=σ話曼︵q.ω.︾.︶も所有しないとの 事である。恐く主要な文献でないのであろう。猶、本稿では︵帥︶−︵げ︶を分析の対象とし、︵。︶は年代もやや離れており、 第二合衆国銀行崩壊後の 問題を論じているように見えるので、又現在その文献を所有していない為、稿を改めて論究の予定。然し種々論者により引用された丈献も主として ︵σ︶を引用しており、︵それはビドルの要請により書かれたもの.︵餌︶も同様である,QQ①ρ幻・芝巴梓興ρ﹄円二≧σΦ含O国一痺一ジ。ワ∩一8眉●ωm。。.︶ ︵∩︶によって全く︵び︶の主張が否定される事はないと思う。︵餌ど︵σ︶は二σ冨嬉ohOo護お。・ω︵qω.﹀.︶作製のマイクロフィルムによる。  猶、b.ω﹂≦薬嚢。房8ぴ圏−竃。昌出動q義目ゆ撃ε口騎↓冨自冨ω。h≧σo簿O帥H富鉱コ”一部ω℃が出版されたとの事であるが、いぎ正親ohOo昌αq一 器ωω︵q’ω.︸︶も所有せず、Oロヨ巳旨旨くΦじd。o犀ぎαΦ麟にも見当らない。多分牢守讐①Ω8巳p賦8であろう。  彼のb⇔ざαq噌p層匡。鉱ω犀卑。ずについてはO胤こく’○.門出ぼ詳0国。偉コ篇。﹃ωoh跨奪Φ﹃胃⇔コ国ooコ。日ざ目胃oq四算ω”oO.9けこ℃づ.ω9一癖・右により 簡.単に彼の経歴を示すと次の如くである。﹁七六一年↓月二九日ジュネーヴに生れる。 七九年︾6国Ω①ヨ︽ohO窪①︿四卒業。一七八○年米国へ移住 一八〇一一二二年財務長官コ一三−一五年合衆国対英平和委員︵坦O魯OΦ8葭葺δ匹Oコ臼Oh窪Φζ巳8ユω欝器ω︶。 =ハ年−二七年駐仏大使。霊二 年ニューヨーク大学設立に努力。三一−三九年しdき犀Oh三Φ≦団O蒔の頭取。四九年八月一二日没。 二  先ず、彼の貨幣に関する見解より吟味しよう。勿論、系統的な貨幣論が展開されているわけではない。  ギャラティンは次のように云う。如何なる商品及び紙幣でも、法律或は一般的な同意により、あらゆる他の商品と交換 に受取られ、あらゆる債務の支払にて受入れられるものは、流通手段或は通貨であり、換言すれば、あらゆる商品の価値       ① の共通の標準︵8愚ヨ8緯碧紆凱。剛静Φ話一器︶である、と。  更に、貨幣は正貨︵ω℃Φ90︶及び通貨︵。霞属22︶の同義語として使用されるという。即ち通貨は、 ﹁それによってあらゆ       ② るものが評価されるものである。あらゆる種類の資産の価恒は通貨にて表される、﹂と。 ギャラティンの国内・国際金融思想 一一五

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     ギャラティンの国応・国際金融思想      =六  ギャラティンは通貨なる語をi金属貨幣であれ、紙幣であれ一貨幣の機能を示すべく使用している如くである。           彼の見解では、貨幣使用の効用は、︵1︶不便な物々交換取引に代替、︵2︶個人の余剰物の交換の可能、︵3︶分業及び産 業活動︵冒曾。・帥昌︶促進にある。  ギャラティンは貨幣の機能を交換手段、支払手段とみるが、∼方価値の標準とも述べている。然し、所謂金属主義的な 価値尺度機能を意味するのではなく、右の引用文の示めすよう価格表示・公分母という意味に於いてであると看徹すべき であろう。  然し続いて彼は云う。即ち通貨として選ばれた商品は可能な限り永続的価値をもつべきであり、同一国のあらゆる地域 にて同一の価値であるべきことが極めて重要である。又、極めて望ましい事は同︼の通貨が、商業により結合されている あらゆる国々に共通たるべき事である。即ち、 ﹁金銀は文明諸国の並旦遍的通貨︵§貯臼邑8員Φb昌︶であったし、今後もそ        うである唯一の実体︵ω¢げ。。けき8︶である﹂と。先述の如く、彼は紙幣も価値の標準となるといいつつも、金銀は内在価値        をもち、その価値は相対的に安定しているので、あらゆる他の商品の価値の標準になると、限定する。  ここで、彼の価値論に一瞥する必要があろう。だが、筆者の参照しえた文献に関する限り、彼の価値論一般はみられず        貨幣価値に対する見解が散在するにすぎない。          彼は金銀の生産費があらゆる他の商品の価値と比べて金銀の価値を決定するとか、金銀の原価︵℃﹁引臼Φ 60匂つ蝕︶があらゆる         他の商品の価値との関係において金銀の価値を決定する、というように、生産費説である。然し、︼方では金銀はその生        産費の故に且つ又通貨以外の用途に対する需要の故に内在価値︵一コ酔﹃一コしり一〇 く鋤一口①︶をもっというように需要も’考慮に入れて        いる。更に金銀の内在価値がその﹁般的需要と結合して市場価格を決定するとか、金銀の需要が減少すれば、その価格は         貧なる鉱山を放棄せしめるも、最も豊かな鉱山の生産費以下には下らないという。ギャラティンは、価格が下落する場合

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         一 価値は如何なる影響を受けるのか述べていないが、彼の考えでは需要が減少すれば価値も下落すると考えているのであろ う。というのは、貧鉱が放棄され富鉱のみが引合うとすれば、後者の生産費は前者のそれに比べ低いからである。︵逆の場       ゆ 合は逆が推論されよう︶従って価値決定の限界生産力的印象を受けるし、V・G・ウィルハイテの云うように、需要の側面 を重視するようにみえるが、筆者のみる限りその様には断定していない。従って折衷的立場にあるとみておこう。  さて、ギャラティンの考えでは、金銀に対する需要と穀物に対する需要との間には本質的差異が存在する。即ち﹁穀物 或は通常の食糧品に対するそれ︵需要︶は価値に大なる考慮を払わず、量の大きさ︵自。⇔§2三割書銭ξ︶に対するもの である。金銀に対するそれ︵需要︶は価値の大きさ︵磐ρ。ヨ。毒け﹃邑器︶に対するものであって量の大きさに対するもので     はない、﹂と。︵括弧内筆者以下同じ︶即ち穀物に対する需要は一国の人口によって規定される一定量に対するものであっ         てその所得・富・或は資本に比例する一定価値に対するものではない。然し金銀に対する需要は通貨・薯善部・工業品で あり、それに対.する需要は富に比例すべきものである。即ち一定価値に比例すべきものである。  現在の用語でいえば穀物に対する需要は価格・所得非弾力的、金銀に対する需要は弾力的であるという事になるが、勿 論彼にとっては弾力性自体が問題であるのではない。貨幣需要は社会の進歩、富の増加と共に増加し、且つそれらによっ て規定される事を意味したいのであろう。︵後述参照︶貨幣に対する需要が富に依存し、而かも貨幣は総量でなくその総価 値が問題であるどいう考えは、以下彼の所論の根本をなす。勿論、彼が量が問題でなく価値が問題であるとい一っても、一 定量の商品は金銀であれ、穀物であれ、ある一定の価値を有するのであり、表現の差異にすぎない。尤も両者に対する需 要の弾力性は相違する。  続いてギャラティンは貨幣量と取引量との関係に注意を向ける。彼自身の言葉を使えば、 一国の貨幣の価値の大きさと 取引物の価値の大きさとの間には一定の関係の存在する事、︵両者間は勿論可変的である︶及び前者は後者に依存する事を論      ギャラティンの国内・国際金融思想      一一七

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ギャラティンの国内・国際金融思想 一八 ずる。  彼の説明を引用すればこうである。例えば一国の必要貨幣︵銀︶の価値が取引総量︵小麦一〇〇万ブッセル︶ の十分の一 で・あると仮定し、両者の比価が一オンスの銀が一ブッセルの小麦に等しいとするならば、一〇万オンスの銀が必要であろ        う。︵両者が如何なる意味にて等価かの説明はない︶今、銀の生産費が半分に低下したと仮定すれぱ、銀の価値は半分に下落す る.故、必要とされる銀は二〇万オンスである。  さて、金銀の場合取引物の量に比べ余剰部分を生じた時如何なる結果を生ずるのか。これに対し、ギャラティンは次の 様に答える。即ち、 ﹁通貨として使用される貴金属が必要な支払いを行う為に欲せられる価値を越えるならば、余分は死 せる且つ不生産的ストック︵創8山睾匹巨筏。費太くのω8葺︶であり、従ってそれはこれら金属の工芸用品に転じられるか或は        外国へ輸出されるであろう、﹂と。  一方、不換紙幣の場合は、地域的・人為的価値をもつのみで、外国にて或は通貨以外の価値をもたないので、その名目        価値が支払いをなすに必要な価値を越えた場合、下落すべき筈のものである。そして不換紙幣の場合、最も賢明な政府で         も、それが過剰か否かの確認の方法は金銀の紙幣価格によらざるを得ない。外国為替相場でも良いが、不確実である、と。  ここで彼の紙幣観を一瞥しておこう。彼は紙幣を政府紙幣と銀行券︵本稿四節参照︶に区分して論及せず、兇換・不換紙 幣一般として論じている。        ゆ  ギャラティンは﹁貴金属に対する紙幣の代替の利益は、 その安価さ以外の他の実質的利益を伴うようにはみえない、﹂ ︵銀行の利益についても同じことを述べる。本稿四節参照︶といいつつも、 金銀を同額の紙幣で代替した場合金銀は輸出され、        生産資本に転じうる。即ち同額の生産資本の追加であるとする。尤も紙幣は代置せる金銀の価値を越えて増加する場合、 その価値を下落せしめるに過ぎず、如何なる富を増加或は生産しない。更に利子率は通貨量に依存するのでなく、貸付資

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       鯵      、 本毒忌は資本供給と資金需要との比率に依存する、と。貸付資金説的見解がみられる。然しこれ以上の分析はみられな        ゆ い。以上の所論にはスミスの﹁国富論﹂に於ける見解に類似するところがある。  所で、既述の如く彼は必要貨幣量と取引総量の間の一定関係を強調し、前者は後者に依存するとした。此の事は貨幣需 要は富に依存することに他ならなかった。然しそれは盛る程度社会の状態により修正されるという。即ち農業国の場合貨 幣需要は小である。然し人口密度、都市の成立、分業に比例して増加するものである。従って﹁如何なる国にせよ通貨に        対する需要は一般的にその富に比例する事が主張されて正しい、﹂と。更に﹁その︵通貨︶需要は入口が富の主要な要素で ある限りにおいてのみ、入口増加に比例して増大する。そしてその他の点において殆んど静止的な国にては両者︵富と人        口︶は殆んど同じ割合にて共に増大するであろう、﹂と。  此の様な所論は穀物需要が人口により規定され画一定量に対するものであり、一方貨幣需要はそうでなく一定の価値に 対するものと述べた事と、やや矛盾せる表現である。然し彼は続いて、人口と貨幣の比率は労働生産性、或は労働・資本         の生産物の蓄積、︸般には各国の富により異る、という。循環論的であるが、富の原因を単なる人口増加に帰せしめるの       ゆ でなく労働こそ富の源泉というのであろう。        ゆ  更に流通貨幣量が取引総量に依存する事の他の制限条件を述べた場合、主要商品価格の急騰は個入の信用で代用され、 又貨幣も活動的・不活動的な場合のある事を強調し、貨幣︵不換紙幣も含む︶増加が必ず減価をもたらすのでなく、不活動 のものを生じ、その減価は防がれ、程度は小であるが、量の増加・減小に正比例して貨幣価値の上下するのを防ぐどい う。貨幣数量説的見解ではない。更に古典派のように一般物価水準についてでなく、商品価格上昇の場合も国際商品が最 小で、純.国内商品が最大という点は注目して良いであろう。  ギャラティンによれば当時欧米の金銀量の増加はその生産費のみの低下によるのでなく、その価値の増大を示すのであ      ギャラティンの国内・国際金融思想       一一九

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     ギャラティンの国内・国際金融思想      一二〇 るが、その増加は欧米の富・繁栄の増加の結果であり、 ﹁貴金属の流入はあらゆる国においてそれに相当する富に伴うの         であって先行するものでない。﹂更に金銀の国際的配分に関して次のようにいう。即ち ﹁数ケ国間の貴金属配分の偶発的         不平等︵簿8匡Φ葺巴冨ε薯蔓︶は迅速且つ容易に恢復される。﹂そしてある特定国からの異常な需要は、 容易に且つ金銀に        大なる価格変動を与えず満たされるのである。例えば英国の正貨復帰のケースがそうである、と。更に﹁経験の示す所で は︵貴金属の流出を阻止せんとする︶これらの法律が無効であったのみならず、⋮⋮如何なる外国生産物であれ、一様にして 充分の供給を保証する手段は輸出入に何んら制限を置かない事である。商業は戦争その他の原因により防げられない時に        ゆ は必要とされる貴金属を供給する事が常に見出されるのである。﹂         此の様な考えはリカアドの﹁地金の高価格﹂の立場に類するものである。ギャラティンはハミルトンと異り、自由貿易 論者であり、比較生産費法則を理解・展開したと云われている。ただギャラティンは金銀が必要に応じて各国間に配分さ         れる原理の例外として、農業国を挙げる。農産物以外活動的資本をもたず、叉農産物市場も存在しないからである。此の 点りカアドと異り当時後進国としての合衆国の立場を示しているものとして興味深い。  後に展開するごとく、国立銀行たる合衆国銀行に対し極めて好意的であり且つ積極的に弁護したギャラティンも金銀の 分析の結論として、正貨が唯一の或は主要な通貨である国々では時々その通貨の価値の変化は存在するが、稀にしか起ら        ず、狭い限界内に止どまり、金銀の現実の不足はこれ御冠んど知られていないと述べるが、頻繁に起った部分的或は全般 的にわたる銀行の正貨支払停止、銀行券の減価、従って金銀に対する強い選好を示す当時の合衆国の状態が、反映されて いる事を知る。  ①︵げ︶、ロ・器S ②︵ぴ︶、やト。㎝切●ヌスバゥムによれぽ、かっての合衆国の法規では通貨︵∩ロ霞窪。く霞。貯。巳同一〇⇒︶は銀行券及び他の紙幣︵後   年の合衆国紙幣、国法銀行券、連邦準備券︶を意味し、貨幣︵導。コ①旨 は一般に鋳貨を意味した。これは銀行券が単に商業手段と考えられた慣習法

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 的な伝統の名残りである。︵﹀馬入霧ωげ窪β︾頸珍っ塁。乾乳冨Ooぎ﹁−お㎝メ7紹.︶然しギャラティンば本文の如くそのような意味で区分しては  いないQ ③︵び︶.7隠①’④︵び︶噛も.b。。。メ⑤︵びγ℃ロ■卜。。。。。一曲G。噌ミ切.他の商品と異り、金銀の供給はそのストックに比べて小である。∪。二℃・卜。㎝劉 ⑥ V・.G・ウィルハイテもそのように述べている。それに関する彼の分析対象も文献 ︵σ︶である。 ︵<■O.≦津冨−男。琴◎震ωoh︾日Φ艮。磐  閏。§o慧。円げ。償σq算碧α℃o一ざざ。℃.簿二唱やω綬1ゆ.︶筆者も彼によるギャラティンの経済思想分析から得る所大であった。然し彼の引用頁数、  更には引用文でさえ、筆者の文献︵げ︶︵彼の使用せる文献と同一︶のそれらとかなり相違しているのは何故か理解に苦しむ。 ⑦︵σ︶、O●漣伊⑧︵σ︶唱娼﹄ωO■⑨︵σ︶−薯.b。零1。。.9こb.し。O“.        ダ ⑩⑪︵ぴ︶’O.ωOメ ⑫<.ρ≦臨三汁ρ男8巳①霧oh>ヨΦユ6き国8唇岩団∩↓ぎ口瞬算堕6■島け二仏●。。㊤ら。f嵯. ⑬︵び︶もb粛忘﹄お∼蒔 ⑭ ギャラティンは金銀は富であり、︵︵げ︶−℃唱.b。鵯i。。●︶貨幣は富と同義語に使用される︵︵σ︶−O.誤eというが、﹁方富の大なる増加の原因は合衆       ずき    国鉱山の輝度に見出されるべきでなくて、知識・熟練・あらゆる種類の産業活動の一般的進歩、その結果として起る、政府・法律・慣習の改善に見  出されるべきという。︵︵びン℃●b。q9︶確かにウィルハイテの云う如く制度学派的色彩をもつ。︵Oいく.O。≦臨霞叶Φ層oo陰。壁”℃やω⑤卜。−ら。。。P︶ギャラ  ティソは金銀は絶対に必要とされるものでない、という。︵︵げ︶−℃.ω嵩曜︶ ⑮ギャラティンの資本に関する分析は文献︵p・︶℃︵び︶陽では見られないが、ウィルハイテの分析を引用しておこう。即ちこうである。ギャラティンの  資本概念は或る程度漠然としていた。彼は道具・設備を資本財と看徹し、有明かに家屋、耕作された土地を資本の一部分に含めた。時にば貨幣を資本  として述べた。然し貨幣の実質的な機能は﹁交換を容易にする手段﹂である事を全く良く理解していた、と。︵<■O■≦目三帥ρoo・o罫噛サω㎝①魍巴ωo  Ωこ℃Ψ。。㎝Sω雷.︶然し貨幣は又一面、資本としての機能をもつ事は無視出来ない。ウィルハイテのハミルトンが貨幣ど資本を混同していたという  批判︵Uo二7b。お.前掲拙稿﹁ハ、ミルトンの金融思想﹂参照︶も、ウィルハイテが貨幣を支払・交換手段とする彼の貨幣観にあるのであろう。 ⑯ギャラティンはある箇所では⋮、○○○オンスの銀が﹁、○○○或は四、○○○単位の商品を購入するかどうかは重要でないと云う。︵︵σン唱﹄軌9︶  ウィルハイテの解釈では、これは相対価格を取扱っている、と。︵<. ︹甲.乏一一げ一叶O℃ O”匿O一件二 b.ω㎝⑩.︶もっとも貨幣数量説的にその場合の貨幣価値或  は商品価格の変化には全く触れていない。 ⑰⑲︵げ︶−Pb。ホ・ ⑲︵げγ署.b。㎝㊤Ib。①O■ ⑳⑳︵ゲ︶℃唱.誤ω. ⑳︵σ︶層唱■b。㎝。。. ⑳︸Qn8騨戸≦Φ巴夢ohZρ二〇昌ρ︵O碧嵩p  ①Ω二δO野︶9晦こく。一・だや.b。。。ω.︵大内訳︵二︶五〇一一頁︶前掲拙稿﹁ハミルトンの金融思想﹂一一七頁参照ゆ ⑳︵σ︶順O・b。禽・ ⑳⑳︵び︶.罰b。劇。。. ⑳︵四︶噛箸﹄♂1。。. ⑱ウィルハイテによれば、ギャラティンは労働が富の唯一の源泉であると主  張した。︵<・O.≦=甑8甲。唱・o罫﹁弓●。。蜜.︶文献︵国y︵び︶では断言している箇所はない。 ⑳ ︵σ︶.野謡O. ⑳ ︵げ︶矯唱・N㎝一. ⑧ ︵σ︶層OO・b。田lbo二国内についても同様に考える。︵UO二やN認・︶ ギャラティンの国内.国際金融思想 一二一

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    ギャラティンの国内・国際金融思想      一二二 ⑫ ︵び︶−戸b。OO・猶、本稿四章参照。 ⑧U.空8aP↓冨出薗び℃ユ80臨b増石一鵠op蕊二ぎ↓冨≦o鱒ω餌ヒOo霞$言巳go①ohU9<達霞$a9︵ω﹃⇔楠︷餌︾ ①αこ︶<o ω”お盟” 讐.認一ω.小畑訳二三−四頁。 ⑭ 然し彼がスミス直継の自由主義者という説についてはピ.ζ・出碧腎①さ≧Φ×磐α興出餌江津。ロぎ些①︾ヨ①二8コ↓話α律一〇誉一霧8矯。.葛O一ど  一ロ9一①Q。”一日Pだが、R・Eカメロンはハッカーの見解を疑問視している。 ︵Qo①P凋・両●〇四日Φ﹁oコ.o・﹃Φ鼠①竃汁。ピ﹂≦’弱国。評Φ同.ωげooぎ︸oロヨー  巴oh勺。団鉱。巴国oo昌。諺ざ︾⊆σq.一雷Q。鴇娼㍗GQ亀一Q。・︶ ⑳<・ρ芝鵠三仲ρ8冒9伴こO喝・ω㊦メ。。①㊤・ ⑳︵びy㌘ω冨・⑳︵σ︶℃㍗卜。朝G。. 三  当時合衆国は複本位制度をとっていたが、一七九二年の鋳貨立法による法定比価十五対一が市場比価に比べ銀に過大評         価されていた結果、金貨は流通せず、一八二〇年頃より海外へ流出し始めた。従って比価の問題、複本位制の問題もギャ ラティンにとり無視出来なかった。彼は金の国際的.配分は富に応じて行われる事を述べたが、その実彼が複本位制度を選         好するのはハミルトンと同様、金銀両者の流通を増大せしめる為である。  ギャラティンは次のように云う。法定比価一対十五では金が少くとも四%過少評価されている。その必然の結果は﹁金         貨が姿を消す事であり、為替︵相場︶が認める時には何時でも欧州へのそれら︵金貨︶の輸出である、﹂と。  彼の説明には理解し難い点もあるが、その要点を述べればこうである。英国一ソヴァリン金貨含有の質量が合衆国金貨 に含まれる金四・五六ドルに等しい。従って実際の平価は一ポンドー1四・五六ドルである。今運送諸費用を一%とすれ ば、四・六一ドル以上に為替相場が上昇すれば金貨は流出される。然し実際は一七九五年より一八↓二年にわたり一ポンド U四・六ニドル迄上昇しなかった。︵為替相場は合衆国に有利︶これは金が過少評価されていたが、一八二一年迄、金貨が輸        出されなかった理由である。一方一八二一年には為替相場は不利に転じ四・九ハドル迄⊥昇し、従って金貨が輸出され始

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めたひそれ故法定比価を真の比価−市場比価f一対十五●瀬i一ポンドけ四。七五ド齢−に一致せしめるように改訂すれ        ぱ、金貨は一ポンドー1四・八○∼八三ドル迄、輸出されないと、結論する。  然しながら、市場比価に法定比価を一致せしめても、無条件に合衆国の金輸出点が四・八○∼八三ドルに変化するとは 云えない。即ち金貨の純金含有量を引下げるか、銀貨の含有純銀量を増加せしめるかによって夫々相違する。後者の方法 では金輸送点は変化を潜けない。即ち、複本位国たる合衆国にとっては、銀も正貨であり、合衆国の銀輸送点は金銀法定・         市場比価乖離の存在する場合︵相手国は金本位国、銀の市場価格の下落を仮定︶、市場比価により決定されよう。此の場合、法 定比価を市場比価に一致せしめる事は実際の銀輸送点が法的に確定されるという意味しかもたないであろう。所が前者の 方法の場合には金輸送点は変化する。即ち、その場合は両国間の金平価の改訂であり、合衆国の金輸出点は四・八○∼三        ドルに移行するであろう。そして一八三四年の法定此々改訂では、比の方法をとった。換言すれば合衆国の金平価切下げ である。ギャラィンテも後者を前提として展開したのであろう。         所で、法定・市場比価を接近せしめた場合、彼によれば金はこれ迄と同様価値の標準︵偉§留巳。︷︿巴器︶である銀に対す        る補助として極めて有利に使用されるであろう、と。此の言葉から判断すれば、彼は複本位制度では市場・法定比価乖離 の為、過大評価された金属一塁の場合は銀  のみが価値の標準として働く事を認めているようにみえる。事実﹁七九 二年以来三四年の改訂迄、過大評価された銀が、彼の用語を使用すれば価値の概準たる機能を果して来たが、彼はその変        更が一般産業活動に概乱をもたらすと考えているのであろうか。然し一方では彼は金の価値の方が安定的と述べた事と考 え合す時、価値の標準を銀より金に変更する事より起る撹乱の方が、金の安定的価値がもたらす利益より大と考えている のであろうか。  さて、ギャラティンは単本位制を批判する。即ちこうである。欧州にては英国のみが金本位制であるが、これも名目的      ギャラティンの国内・国際金融思想      一二三

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     ギャラティンの国内・国際金融思想      一二四 にしか過ぎない。即ちその銀貨の流通は八○○万ポンドもある。それは金貨の三分置一以上にあたり、紙幣の三分の一に     等しい、と。彼は銀貨の品質を落す事に反対である。それは有利に輸出されない為、過剰に鋳造され易く、結局小業売        者に集中し、処分出来ない場合、その損失補償の為商品の販売価格を釣上げ、究極には消費者に損失が転嫁される、と。 然し、金本.位制度では銀貨の名目価値を引士げてその法貨たる性質を制限し、補助貨たらしめるのであるが、その意義を 彼は理解していない。  猶、長老の為に、当時の金銀市場比価︵ハムブルグ市場︶及び合衆国の貿易差額、正貨︵金銀︶流出入を示めしておこう。 1表金銀市場比価   (ハムブルグ市場)

溺認澱聞認湖茄溺順順5り76忽器認湖

15@15 15 15 15 15 15 15 15 15 15 職 15 15 15 15

椰脇町脇㎜謝㎝蹴脚晒晒謝謝㎜謝謝

1    1    1    1    1    1    1    1    1    1    1    1    1    1    1    1 一J. L. Laughlin, The History of・Bimetallism in the United States,  1896. p. 222. 合衆国貿易差額① 正 貨 移 動②       $100万 2表 ② .① 十2.00 十1.00 十1.00 十1.00 十1.00 十2.4 十7.4 十L3 −1.4 十2.6 −2.2 −O.1 十〇.8 −2.5 −6.0

脇紡㎝招牌婿αユ師切割肪鷲罰㎜昭㎝

弓田d強弓 ﹂+4 一 一+ 一+d++

師削字齪鱒脚鋤蹴棚晒晒晒躍鰹脚脚

1   1   1   1   1   1   1   1   1   1   1   1   1   1   1   工      ②{士薙実 +D. C. North, “The United States Balance of Payments  1790−v1860,” in Trends in the Amerlcan Economy in  the Nineteenth C.entury,  ユ960,pp.581,600.

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①拙稿﹁弗発展前史米国一複本位制度一﹂六甲台論集三の二参照。 ②前掲拙稿﹁ハミルトンの金融思想﹂参照。 ③︵げ︶博Pωoト④ギャラティンは数字を示していないが、一七九二年の鋳貨立法の法定比価にもとずく英米間法定平価は四.四四4\9ドル︵彼  の名目平価がこれを意味すると考えられる.︶本文の如く、金貨の実際含有金量での算定平価は四・五六ドル︵︵び︶も唱﹄8一刈90h・‘︾・切●出。℃び霞ジ  ﹀田。。8姥oh9霧ゆ口塁ぎけ冨q三8ユω38の一一ΦN♪O●①一・≧。・ρωΦΦ”ピ.国・U磐一。・国巳9幻.β聖蹟。ω㌦.﹀一︶。 碧あ3客年国蓉げ繕σqρ  一。。Oω1一。。O伊..国oo8含。田の8寒菊⑦︿一ω≦℃﹀⊆ぴq⊆雪一89サ嘱望ρ︶慣行的に当時鋳造された金貨の純金含有量が法定比価より決定されるものよ  り小であったのであろう。彼の為替平価6障︶の定義は、為替手形振出人が受取る鋳貨に含まれる金銀に等しい金銀量を、他の場所で支払う約束で  ある。︵ぴ︶鴇やト。刈9従って為替不利の場合はより多くの金銀量を支払わざるを得ぬ事を意味するのであろう。 ④他の箇所ではそれと矛盾して、一ムコ⋮二九年末迄、金輸出点を割らなかったという。︵︵σγ唱﹄OΦ.︶L・E・デェイビス等の算定では、一八二  三一二九年の期間︵四半期別算定︶︵米英平価、四・五六六ドル︶プレミアム、 ディスカウントの幅は最大一一%である。一八一二年後、五一一〇%  ものプレミアムが示めされているが、ギャラティンの主張を裏ずけるものといえよう。い・悶﹂︶磐冨きO旨即.缶葺ぴq①。・、o㍗葺こ毛.謡一。。・ ⑤ 彼は当時、三一四年間の市場比価は一五・六、一五・七、一五・八五という。︵︵び︶層℃﹄Oε 一五・六を市場比価と述べている箇所がある。︵︵び︶も・  。。8.︶本文に引用したように彼は金に少くとも四%過少評価されていると述べているので、計算上合致する 五・六を布場比価として論議を進めた。 ⑥市場比価の変動は小で、その平均より算定される平価をヨΦ象口口℃鍵。胤。×9き鴨と呼ぶ。即ち四・七五ドル、︵ぴ︶−切.罵ピ ⑦︵げ︶魑O.ωO伊 ⑧H.E・エヴィットは金が自由市場で法定平価より安く得られる場合について、その金輸送点の変化を例示しているが、本稿で論じた如く、.複本位  制に於いて銀の市価が法定比価より下落するケースをそれに準じて推論し得よう。6h・国.国.団く捧”♪蜜碧⊆巴oh喝。お祠忌め×。げ碧αqPら夢巴二  おα伊◎サ切O需.東銀訳五八頁以下。︶ ⑨銀貨にば変更を加えず、金貨﹁ドル当純金含有量を二四。七五グレインから二三・ニグレインに引下げた。前掲拙稿﹁弗発展前史﹂八五頁参照。 ⑩ 彼の考えでは実際には一五・六を大きく越えない法定比価をとるのが良い。此の場合、ωフランス及び英国の地金比価より金に有利な比価である為  金貨は流通より消失せず、②金貨は四・ハードルに為潜が上昇する無援出しない、と。︵σ︶矯℃●ω8・彼は他の箇所にてフランスの地金比価を一対一五  ・六九︵︵げ︶矯℃・ω8︶としているが、此の場合、一五・生なら金に有利とは云えず、理解し難い。︵E・W・ケメラーも名目鋳造比価は一五・五であ  るも、実際の鋳造比価は一五・六九であったという。ω⑦ρ国≦.閑①遣戸。お㌘竃。切。ざ一Φω伊や認P︶ ⑪︵ぴγ℃’ω8. ⑫︵ぴγワN。。ρ ⑲⑭︵げ︶糟劉。。=●      ギャラティンの国内・国際金融思想       一二五

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ギャラティンの国内・国際金融思想 一二六 四  ギャラティンの紙幣観には前節にて断片的に触れたが、本節にて彼の信用・銀行に対する見解を重点的に検討しよう。  ギャラティンは云う。銀行制度の最大の利益の一つは高価な金銀を安価な歯黒に部分的に換え、それによって貨幣とし        て使用されて来た資本が他の有用な目的の為に使用せしめる事である、と。         彼は銀行業と他の商業との相違を詣召する。即ち、商人は契約を実行する為に彼らの財源に依存するのであって、債権 者の待忍︵hoきΦ宥睾8︶に依存しない。一方銀行業は両者に依存するのである。その待忍の確率は銀行券発行が適切か否か に比例する事を強調する。過剰発行を避け、銀行券を減少せしめる最も能率的方法は、金属流通を増加せしめる事にあ        る、とする。更に﹁金属の部分が増加するにつれ、より安全になる﹂とさえいう。  以下銀行を論ずる場合も、その過剰発行を避け、同時に金銀貨流通を増加せしめる事が絶えず強調されている。         さて、彼は紙幣及び鋳貨以外に次のものを通貨と看即す。先ず発券銀行による振出手形は銀行券と同一と考えるべきで ある。だが個人によって振出された要求払手形︵昌O叶Φ O旨 儀①日日コ匹︶は銀行券と区分し難いが、又前者は後者の代替物である が、通貨での支払の約束に過ぎず、不渡りの為に通貨自体の価値に影響を与えず、あらゆる契約の遂行が規整を受ける価 値の標準を損うものでない。  次に預金はその起源に於いても、効果に於いても、銀行券と完全に同一である、と。即ち預金者及び銀行に請求権を有 する者は、彼の選択に応じて銀行券で支払れるか或は銀行帳簿⊥で貸方記入される。そして銀行券及び預金は同一の基準 に依存する。即ち即座の支払に対しては正貨準備に、究極的には銀行債務者の堅実性に依存する。  だがギャラティンは云う。信用手段が通貨を構成する為には︵1︶それが発券銀行に対する請求権を構成するか、︵2︶

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ハムブルグ銀行の場合の如く、銀行帳簿上の信用の移転が本位貨幣︵彼は法貨⊥①σq巴け①巳霞1なる語を便用している︶である          事が必要とされる、と。当時合衆国では圧倒的多数の州法銀行は商業銀行であると同時に発券銀行であったので、銀行に 関連する信用手段は彼の云う︵1︶の条件を満たしたであろう。  所で、ギャラティンは景気循環の一局面として恐慌を把握している様にみえる。即ち﹁あらゆる活動的、進取的、商業        国家は必然的に商業恐慌︵OOコ]﹁コ①﹃〇一三一 〇門一QoΦω︶にさらされる。一連の好況の年々は殆んど必然的に過大取引︵。︿Φ﹁冨臼畠︶を 生む。ζれらの擬乱︵目Φ︿〇一¢け一〇コ︶は進取の精神︵u。ロ鼻無Φ鼻①壱岳Φ︶及び信用の拡張・乱用に比例して更に頻発的且つ大で     ある。﹂  彼は此の様な時にみられる貨幣の不足は信用の不足であるとする。即ち﹁信用の唯一の基礎である相互信頼が一旦震動 するや、貸付けられている資本は最早回収し得ず、為替手形・割引手形或は他の商業手形の通常額は減少せられ、正貨或 は通貨自体は相対的に稀少となる。部分的にはそのあるものが保蔵される為であり、主としてその代替物の一部分が流通 から引上げられるからであるゐ此の様な状況の下に於いては正貨は従属的役割を果すに過ぎず、その稀少性は悪の原因で なくて結果であり、こ.れに対する対策は信用及び確信︵O回Φ匹一汁 鋤コ山 OO︻一h一山ΦコO①︶の恢復にあるのであつで、信頼が恢復される まで、実質、的な利益を生みえない所の通貨量を増加せしめる企てにあるのではない。通貨が信用に基く紙幣からなる時、 如何なる増加もその信用が一般的困窮︵σQ窪Φ邑霞Φ爵︶の際影響を受ける事がなく、又損われる事のない機関によって発行       ⑭      . されねば、その悪を療すに不充分である、﹂と。  彼は克上唇止せる紙幣の減価についても信用を重視する。即ち、実際の発行倍率以上の減価は信頼の低下であり、戦争 の終結、克換恢復予想の遠近に応じてその価値が上下した。即ちその量によって規整される紙券の内在価値とは独立的に         正貨恢復の予想によって追加的な価値をえる事は明白である、と。      ギャラティンの国杓・国際金融思想       一二七

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自      ギャラティンの国内・国際金融思思       副二八  更に、恐慌の場合、銀行が支払能力のある商人に信用を与える事の重要性を説き、吐の場合手形割引による銀行券発行 の形態をとるが、これは通貨に対する需要でなくして、信用に対する需要である事、従って通貨が銀行券よりなっている         国では銀行が大なる作用を与える事を強調する。既述したところであるが、主要商品価格急騰の場合、貨幣需要は増大す        るが、それに比例して個人の信用が代替されるとさえ云う。  ギャラティンは此の様に信用一般の側面を重視しているが、本稿にて対象とした文献に関する限り、景気循環或はその 一局面の恐慌についての、財の面はともかく、少くとも貨幣的側面の組織的展開はみられない。  所で何度か触れた様に、彼は究極には金属本位を選好する。即ち﹁金属本位への移行が大なる混乱をもたらさなければ      望ましい﹂のである。金属本位国では銀行は発券を行わない。その場合でも商業上の概乱は免れないが、より小であり、 通貨自体は殆んど或は全く影響を受けない、と。  彼は続いて次の様に批判する。即ち、克換銀行制度の下では、銀行は貴金属の流出にさらされるのみならず、時には道 義上の理由︵三口O﹁P一〇鶴信ωΦ︶に制約され、それら両者の影響は見積り得ないし、大なる熟練と判断なくしては排除し得ない。        そして金属貨幣は信頼、恐怖、推測、世論の変動には左右されない、と。更に、正貨の異常な流出の場合、見栄銀行制度 は致命的となる。例えば二〇〇万ドルの正貨準備をもった銀行組織の下で、二〇〇万ドルの流出は、 ﹁基礎が引出される         ので、全構築物は覆され、正貨支払は停止されねばならない。﹂然し ﹁一国の通貨が一億ドルの正貨から成り立つ場合、 二〇〇万ドルの流出は柔なる不便をもたらすが、商業がその不足も供給する迄、その程度彫金属通貨を収縮せしめ惹それ        ︵不便︶を越えるものでなく.信用がそれを補うのである、﹂と。そして墨刑停止が特に長期化する場合の重大な影響は停 止期間債権者に損失を与え、一方復帰後は債務者に損失を与える。特に後者は弱い階級であり、正貨支払停止自体よりも       ⑱      ⑲ 大なる害悪をもたらすと云う。此の様に債権・債務者両者に注意を払った点は注目して良いであろう。

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単位 $ 3表 金

貨i預

資本金睡ww行剃正

19,444,959 11,800,000  4, 705, 511 5,800,000 9,600,000  5,400,000 22,700,000 10,000,000 42,610,601 15,400,000 17,000,000 19,000,000 10, 672, 263  6,000,000  3,147,977 28,100,000 45, 500, OOO 6s,ooo,oeo 26,641,574 14, OOO, OOO  4,221,770 52,610,601 82, 259, 59e 89,822,422 62,735,842 39,374,769 35,000,000 35, 950, 470 14,939,643  2,950,000  7, 175, 274 19,820,240 40,781,119  8,250,000 14,778,809 44,863,344 39,174,914  9,iOO,OOO ]3,048,’X84 137,110,611  95,003,557  15,188,711  35,000,000 22,l14,917 55, 559, 928 145,192,268 61,323,898 第一合衆国銀行 88州法銀行 208州法銀行 246州法銀行  (以上概算) 212州法銀行  (確定) 95州法銀行  (概算) 第二合衆国銀行 281州法銀行  (確定) 48州法銀行  (概算) 二合衆国銀行 ,⊥        ⊥        エ ㎝    榔 脇 脚 1       1     1      一  ギャラティンの国内・国際金融思想 1829   12.31.  以上の様に究極には金属本位に傾むき、金属貨幣流 通を拡大する事によって堅実になると考えていた彼で あるから、当時第二合衆国銀行を始め州法銀行は総て 発券銀行であったので、銀行︵特に後者︶の過剰発行を 避ける事に注意を払う。          それに対する彼の対策の要点は次の如くである。 ︵1︶如何なる銀行も貸付をその払込み資本の二倍以上 に拡張すべきでない。発券額は実際には資本金の半分       に及んでいないのであるが、具体的に、例えば資本金 の三分の二を越えるべきでないとするのが有益である その方策として正貨支払停止の恐れある銀行の銀行券 及び預金に二四%の利子を課すマサチューセッツ方式 に賛成する。︵2︶銀行はその地域の富と必要性を無視 して無差別的に樹立されるべきでない。︵3︶年次報告         の公表。︵4︶小額銀行券の発行禁止。︵銀行破産の場合、 貧民階級に重圧を加える︶  ギャラティンは合衆国銀行が州法銀行券の過剰発行 を阻止して来た事を強調する。即ち受取った州法銀行        一二九

(18)

     ギャラティンの国内・国際金融思想       一三〇        ま 券の克換を時に応じて請求し、何れの銀行の残高も過大にならないように努めた、と。そして支払能力ある銀行はそれに より損われた事はない。彼は合衆国銀行の政策が不当でない事を示す為に一八二九年末の資料で州法銀行と合衆国銀行を      比較する。今彼が得た結果のみを示すと、 前者︵確実麟資料をえた二八一行︶の預金と流通銀行券の資本金に対する比率は 六二・八%、後者のそれは六一・八%、更に正貨準備額の預金と流通銀行券に対する比率は前者については六分の↓を下 るが、後者では五分の一以上である。従って州法銀行は不平を云う正当な理由は存在しない、と。  彼は更に第一合衆国銀行が存在していれば、一八一四年の正貨支払停止は避けられたであろう、且つ州法銀行の乱立が         避けられたであろうと推論する。彼により示された一八二、一五、一六、二〇年及び二九年の統計は3表の如くである         困難は明かに第一合衆国銀行の崩潰後の州法銀行畢生と、その不用意な発券にあると結論した。  最後にギャラティンが挙げる合衆国銀行から得られる一般的利益を示めそう。即ち︵1︶均一にして健全な通貨の確保。 ︵2︶政府の財政活動に於いて政府に完全な安全性と聖なる便宜を与える。︵3︶国内の為替手形の広範囲な取引により社会 に大なる便宜と利益を与える事である。彼は触れていないが、これらは合衆国銀行反対の巨頭であったジャクソン大統領        さえ認めたのである。更に彼は政府に対して︵1︶公金の確保、︵2︶公金支払・移転が小切手等にて迅速・容易になされる。 ︵3︶一旦払込まれた公金の不正使用の不可能一という効用をもつ事を強調する。然し又合衆国銀行が政府に過大な借 款を与えない事を重視する。即ち﹁国立銀行︵合衆国銀行︶は正貨支払を停止して価値の下落せる通貨をもつか、或は政        府に対する援助を抑えて健全通貨を維持するディレンマに陥った時、後者を選ぶであろう、﹂と。  ①︵卸︶℃サb。①9②︵σ︶鴇宕●卜。Φ。。一㊤◆③︵び︶℃唱b㊤⑩幽④︵σ︶層署.b。⑰。。危い  ⑤金或は銀の預金にもとずきマルク・バソコで表した預金の実質価値に等しい債権者に与えられた。正貨預金以上の債務は創造されず、その債権は何   時でも銀で償還された。い炉U磐讐ぎ、ζo口ΦざO村Φ斥け碧⊆℃二8。。”一㊤。。ピ<o一。b。”署.器−卜  ⑥ ︵げンや零。。﹁  ⑦ ︵σVではOO唇ヨΦ﹁怠巴ユ尻耳①ωωなる語を使用。QO①ρρm身二︵びy勺・b。謡・

(19)

⑧過大取引は事業・投機の失敗、その攻益が予想より小、高利潤を予想せる結果による超過供給にある。︵びどや・。刈・。幽 ⑨ ︵o︶’噂・ω。。切言串閃.竃竃。﹃.ω閃碧憲コαq↓ず①〇二①ωぎ80q三3島QQ戸口①ω−oや。罫℃戸一。。P ミラーによれば幾人かの人々は恐慌を景気循環の  一局面として把握していた。O田頭Uo二〇冨冨・×≦層×≦拐不日文献︵。︶を検討の上断定したい。  ⑩⑪ ︵σ︶−唱・b。鳶1ω.⑫ ︵ぴン℃.N刈軸. ⑯︵9︶響やN謡.⑭︵σ︶愉や悼謡●⑮︵び﹀鴇や切開⑯・⑰・⑱︵び︶−”﹄屋. ⑲ <艦ρ≦開庁律ρoPo一幹二選娼.ω露!。。・ ⑳ O胤二︵σ︶哺喝噂QQ一bの巳  ⑳  ︵σ︶−署・ωO一!b。・︻○ドル以下の銀行券は発行停止が望ましい。 ⑳ ︵ぴンロ.ωωρ 州法銀行はぴ巴碧。①OgΦを支払った。支店の発行の銀行券でさえ無条件では受取らなかった。︵σンロ.卜。Φ9此の様な政策に対する  州法銀行の不満についてはΩ二ω.ζ..O.寓匙巴Φぎ。’竃。コ簿母矯雪下ゆ雪匹昌ぴq日ずooユ。ωo︷甘。冨qqo三①ひ8.o即叶二〇冨℃戸 ⑳ ︵び︶.”ωωμ ⑳︵σ︶噂や憎。。メ︵9︶噛娼6卜。﹃。。・ ㊨︵ぴ︶“や﹄。。①’⑳︵σ︶’箸﹄。。炉N¢斜卜。O①● ⑳︵ε’やω顔り︵o︶.箸﹄$1の● ⑱ω●寓●ρ  ζ9。似鉱。ぎρ竃80冨塁雪山留島一、5ひq↓冨。ユ①。。矯ε.o陣什こ召.㎝Ol切ピ ⑧ ︵包鷺ウミ。。・戦時に於ける利益として、①政府の有効な攻入の確保。新しい内税制度の制定と関連して、その程度の前貸し、②必要な借款を起すの  に強力な助力となる。これは銀行設立の目的よりみて安全と考える以上の金額を銀行自身の危険で貸すのでなく、政府への貸主に便宜を与える事によ  ってである。 五  以上ギャラティンの金融思想を概説・検討して来た。彼の所論の要点は次の如くである。︵1︶貨幣に対する需要は量で なくその価値が問題であり、富に比例する。︵2︶総取引量の価値と総貨幣量の価値の間には一定の関係があり、前者が後 者を規定する。︵3︶預金・銀行振出手形等信用手段を通貨と看些し、信用なる要素を重視する。︵4︶複本位制度をとる。 法定比価を市場比価に接近せしめる事が望ましい。︵5︶究極には金属本位制に傾むく。従って銀行制度の有効性を説く が、その過剰発行に特に注意する。合衆国銀行を弁護したが、州法銀行券を統制し、見換維持に努めたからである。彼は        ② イングランド銀行の如き発券銀行が一つである事が望ま.しいとする。  ギャラティンが金属貨幣を重視.し、見換維持、過剰発行の防止を強調したのも、当時の合衆国の状態より見れば当然の       ギャラティンの国内・国際金融思想       =一二

(20)

      ギャラティンの国内・国際金融思想      一三二 事でもあろう。  彼にはスミス、リカアドに類似する見解も散見される。更に通貨主義的より寧ろ銀行主義的見解も多分に見られるのは 注目して良いであ.ろう。  本稿にて対象とした文献執筆当時、財務長官の地位にはなかったが、序文で指摘したように彼はドル健全化の為、理論 的支柱を与えたといっても過言ではなかろう。 ①ジェファーソンの下で財務長官であった彼は政党より云えばジャクソンと同じ。富める階級の代表であった連邦主義者︵閃①α①﹃9一卿ω什︶でなく、貧  しい階級の代表者であった反連邦主義者︵﹀口先由巴Φ話房﹃幻Φ窟げぎ磐︶ であった。︵<.O●≦︸ぎ算ρoウ9け二〇●器ご序文で述べた如く一八三  一−九年迄、ニューヨーク銀行の頭取であり、かなりの重要な役割を果した。 ︵一︶o二やω畏即芝畳臼ω噂9図こ。Ψ五二〇冨7N。。・︶猶、<・G  ・ウィルハイテはギャラティンの思想はミーゼス学派に一致するという。︵<.O.を臨臨けρ8.9戸層唱・ω。。N・︶ ③﹀.O餌ぎ自員冨耳28辞一日巽︵ヨ塁ド冨ωω︶”二目三口ひqω噛く。 卜。℃ヤ臨b。●ぎ出●国﹁冨ヨ①δじ唱き雪景↓竃。ユ。。・”oP鼻二眉・ま。。. 附記︵本稿は昭和三六年度文部省科学研究費による研究の一部をなす。謝意を表します。︶ 、

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