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戦後地理・地理教育を取りまくアイヌ民族記述の検討

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(1)Title. 戦後地理・地理教育を取りまくアイヌ民族記述の検討. Author(s). 相原, 正義. Citation. 僻地教育研究, 55: 67-78. Issue Date. 2000-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/1704. Rights. 本文ファイルはNIIから提供されたものである. Hokkaido University of Education.

(2) No.55. 戦後地理・地理教育を取りまくアイヌ民族記述の検討. 2000.12. 戟後地理・地理教育を取りまくアイヌ民族記述の検討 相 原 正 義. (北海道教育大学函館校). TheResearchofDescriptionaboutAINU−NativeHokkaido−. inGeographyandGeographicalEducationafterWorldWarⅡ MasayoshiAIHARA. 本文は地理関係文献のアイヌ民族の扱いを通して,第. 2ページ目の「アイヌの工芸」ではお守りとしてのこけ. 二次世界大戦後の地理・地理教育の中のアイヌ民族の扱. し,日高の名人ウトレントクが彫った盆など4点が出て. いを人権を中心に明らかにすることを目的にしている。. いる。その他,文中の写真には「人類学からみて,いわ. 文献の分析には百科事典,地理関係書籍,中学社会科教 科書を年代に即して取り上げ,アイヌ民族の扱いの課題. のばした長老の写真の外,4点が載る。. ゆるアイヌの代表的な十勝がた」のキャプションで髭を. とその変化をたどれるように構成した。本文の構成は,. 写真の気になる点は上記「人類学からみて」とエ芸品. 戦後,間もない1950年代初めに編纂された児童百科事典, 1950年代後半に出版された地理書籍,1960年代初めに刊. の中に「ひげべら」を載せ,「毛ぶかいアイヌがお酒を. 行された中学校地理教科書,そして現行の同教科書の分. 明文がある。「毛ぶかい」は余計な表現で,「髭をはやし. 析に至っている。その結果,教科書の内容改善のきざし. た人(老人)」でよい。. のむときに,これで口ひげをささげあげるものだ」と説. 全体の構成は,アイヌの生活,文化,人種・民族,歴. は「アイヌ文化振興法」制定の直前であったことが明ら. かになった。その上に立って,社会科地理教育ではアイ. 史を取り上げ,当時として一部にすぐれた内容・記述が. ヌ民族の何を教材として取り上げるべきかの一例を提示. あるが,現在のアイヌ民族の教育,生活と人権の視点か ら見ると誤解・差別が各所に見られる。戦後から『事典』. した。. 発刊までは6年間であるが,アイヌ民族研究は戦前の研. 究を引き人権感覚が不十分な時代であった。アイヌ民族. 1平凡社『児童百科事典』のアイヌ民族. の項は『事典』の他の事項記述にくらべ大きな遅れが指. 『児童百科事典』(以下,事典)は1951年に刊行され,. 摘できる。参考文献はすべて戦前のもので,杉山寿栄男. 『アイヌ芸術』第一青年社1941,鷹部屋福平『アイヌ. 第二次世界大戦後に始まった社会科教育の教材として教. 貞及び児童・生徒に影響をあたえた。編集1)・執筆には. の生活文化』アルス1942,日本民芸協会 雑誌工芸(106. 戦後の社会科教育がめざす人権・民主主義に期待し,自. −107号)1942,金田一京助『アイヌの研究』内外書. ら推進しようとする意欲にあふれた人達が参加した。し. 房1925,同『ユーカラ概説』青磁社1942,の5点で. たがって『事典』のアイヌ民族の事項は戦後のアイヌ民. ある。次に,主たる問題点をあげる。. アイヌー「人種の島・アイヌ」。社会科の扱いでは,. 族の教育的扱いの出発点として検討するにふさわしい資. (D呼称はアイヌ,アイヌ人種なのかアイヌ民族かである。. 料と考える。. 自然科学の影響の強かった地理学・地理教育では,人間. 『事軋のアイヌ民族は「人種の島 アイヌ」2)の題 名で取り上げられ,邁・文章では「アイヌ」と表現され. 集団の扱いは戦後まで生物学的概念である人種の呼称が. ている。小見出しは,アイヌ,むかしのアイヌ今のアイ. 多かったが,近年は社会集団として民族や人びとが使用. ヌ,ほろびゆく民族,人種としてのアイヌ,日本人との. されている。毎日新聞は「集団社会の定義を考える」の. 交しょう,の5項からなる。写真ページは2ページ。1. 記事で”部族とは 民族とは”の特集を組み,「00人. ページ目には「アイヌの生活」として5枚あり,段々屋. で十分」としたうえで,「しかし,特に国家権力の掌握,. 根の家(チセ)の前で穀物を杵・臼を使ってついている. または法的諸権利を明確に意識した集団の場合は,”民. 女性,口に入れ墨している女性などが取り上げている。. 族”という言葉をきちんと使うべきだ。その意味で,日. − 67 −.

(3) 相 原 正 義. 本の”アイヌ”は一民族である」3)と書く。筆者はこの. は野蛮人,自らの文化を捨てることを文明人として位置. 論と同じ考えに立ち,本論では「アイヌ民族」と表記す. る。それに対するマジョリティーの日本人は「和人」「日. 付ける。文明から取り残された理由は島(注,北海道) に住み,大陸の民族に侵略されなかったためとする。「未. 本人」と書く。マジョリティーの00人の呼称は日本を. 開」の理由は島である「自然状態」に起因し,そのため. 含めた大民族の民族主義が,過去,現在に暗い影を落と. 侵略されなかったとし,文明の進歩のためには侵略され. してきたことから使用しない。. ることが必要であったと侵略を肯定する。. 「高い文化を持つ民族(注,日本人)が文化の遅れた. ②「人種の島」は特殊な存在を意識させる。地理教育 ではヨーロッパ民族の中のマジャール民族(ハンガリー,. 民族(注,アイヌ民族)といっしょに暮らすには,いた. もともとはアジア系)を”島”扱いしてきた。そして「人. わってやらなければならない」。この記述はアイヌ文化. 種学的では,アイヌをどの種族にもむすびつけるわけに. を遅れたものと決めつけ,そのため,「1889年,アイヌ. もいかない」と書きアイヌ民族をなぞの種族として,人. を保護する法律」(注,北海道旧土人保護法)を「いた. 種の島論を展開する。「最近アイヌの生活がかわって,. わるため」に作ったと人道的法律として肯定する。保護. 若い人でこれを伝える人がなくなってしまった」の中の. の具体例は「1軒の家ごとに5町歩ほどの土地を国家か. らあたえられ,そのほかに各市町村のアイヌごとに,共. 「生活がかわる」はいっぼうに,同化の肯定とアイヌ民. 族の生活・文化の軽視がある。「若い人でこれを伝える. 有財産をもっている。けれどそれを他人に売りたいとき. 人がない」は日本の国家・社会として,これまでアイヌ. は,知事の許可を受けなくてはならない」。「旧土人保護. 民族の生活・文化を積極的に維持・発展させる政策がな. かったこと,また民族の誇りを奪ってきた背景の記述が. 法」による1戸5町歩の土地の下付,共有財産所有の実 態・実情を吟味しないで法律の建前を書く。知事の許可. 欠落する。. 理由は「アイヌがなるべく財産を亡くさないように保護. むかしのアイヌ今のアイヌー「今では…いっぱんの日. 法で守る」ためと愚民祝する。アイヌモシリである北海. 道が1874年(明治6),「無主の地」として御料地(貴族. 本人とちっともかわらない生活をしている。和服や洋服. をきて,日本語を話している」。「北海道旧土人保護法」. =天皇の土地)とされ,取り上げられる。その極く一部. のもとでアイヌ民族独自の言語,生活・文化を奪ってき. が「あたえられる」ことへの正視や考察がない。6)また,. たことには触れず,同化政策に何の疑問も感じていない. アイヌ民族=愚民,哀れむべき人,との受け止めで,「旧. 記述である。明治以降,政府は同化を進めるために学校. 土人」なる表現に疑問さえだしていない。. 教育の中で,アイヌ語を奪い日本語教育を徹底し,アイ. 人種としてのアイヌー萱野茂氏は「アイヌの民具とと. ヌ語の保護,普及政策を取ることはなかった。ここにも. もに歩んだ40年」の題での講演会7)で,「学者と称する. 傷みの表現はない。. 人が村(コタン)にやってきて,頭の周りや顔の長さを. 「近代的な家に住むようになってきている」。段々屋. 計る。鼻の高さや,目と目の間,くぼみを計りどこか(注,. 根の草葺きの家は防寒,明るさ,生活の快適さでは「遅. 書物,学会)で発表する。その学者は功績が残ったろう. れたもの」であるが,高度成長期以前,日本人の農家の. が,アイヌの人たちは研究の材料とされ屈辱を受けただ. 屋根は草葺きが多く暖房はいろりが中心で,比較してみ. けだった」と語る。調査結果は科学的と称して差別の根. て大きな差がなかったとみる。4)「16,000人のうち,農. 拠に使われた。. 業1万人,それから日やとい,漁業の順,ほか,牧畜,. この項では,男子の平均身長は159cm,日本人より2. 教師,牧師,大学の教師など」。多くのアイヌ民族は不. −3cm低い。皮膚の色はすこし赤みを帯び,蒙古斑はほ. 安定な就業状態で,そのため収入が少ないことなど,社. とんど見られない。髪の毛は波をうってちじれ,大変毛. 会的な背景の説明が少ない。農地改革がアイヌ民族にも. 深い…など,さらに具体的な毛の様子や頭の形を書く。. 適用され個人の所有地や共有地の没収,「旧土人保護法」. 日本人にも,身長の高い人もいれば低い人もいる。「す. の5haの農地所有という北海道農業としては土地の狭. こし」を付ければ赤みを帯びた人もいる。毛深い人も,. さ,土地条件悪さには触れていない。5). ちじれ毛の人もいる。子どもはこの文章を読むことで日. 最大の問題点は,「ほろびゆく民族」の表記である。. 本人として優越感を持ち,差別を助長することになる。. 表記はアイヌ民族の存在の否定に通じる。ここでは「ほ. 以上が昭和20年代半ばの進歩的著者によるアイヌ民族. ろびゆく」をアイヌ民族の枕詞とし,和人(自ら)が生. の記述であった。この記述内容はその後も地理・地理教. 活の場を奪ってきた加害者としての責任を問うてはいな. 育で長く尾を引いて行くことになる。. い。また執筆者が自らの傷みとして受け止めるのではな. く,あたかも自然現象として人口減少を見る。「短い問 に近代文化を身につけ文明人になった」。文明人の対語. − 68 −.

(4) NO.55. 戦後地理・地理教育を取りまくアイヌ民族記述の検討. 2000.12. している。しかし,『地理教室』はアイヌ民族と松前落. 21950年代後半の地理・地理学のアイヌ民族. との関係など,歴史事実の記述は具体的で確かだが,内. 嘗己述. 容は歴史記述に流れ,現代の地域の事実・実態が欠落す. る。その資料が得られない場合は土地収奪の実態などを. 『事典』以後に出版された地理,地理学の書籍に,ア イヌ民族はどのように善かれているか,2−3冊に当. 書くべきであった。これは当時の地理が持つ理論的限界. たってみる。『事典』の企画・執筆に加わった北野道彦. であった。. 次に取り上げるのは,三野与膏,工藤暢須『地理ハン. と日本の地理学の改革に力を注いだ入江敏夫の2人が編. ドブック』(朝倉書店,1959年)である。北海道地方に. 集・執筆した『新しい地理教室』1,東北・北海道(筑 摩書房,1957年,以下『地理教室』)がある。『地理教室』. は「アイヌ族」の項がある。アイヌ族の呼称は,前記2. の本文には「現代」のアイヌ民族の記述はないが,写真. 冊にはない。「”00族”という表現に否定的なイメー. が載る。写真は洞爺湖付近とあり,草葺きの段々屋根の. ジを持つ。”首狩り族”などおどろおどろしい表現を思. 家の前に民族衣装を着て髭をのばした長老が立ってい. い出すからかもしれない」9)。少なくとも,今日の地理・. る。説明文は「アイヌ人はなかには内地人と結婚する者. 地理教育では使われない用語である。三野は当時,伝統. もあり,そのほかいろいろな理由で,その数はだんだん. 的地理学者の中心の一人であり,1950年代の日本の地理. へっているという。むかしながらのきものをつけ,こし. 学のアイヌ民族に対する一般的見方を表しているといえ. に刀を指しているのは,観光客にみせるためである。」. る。. とあり,人口減少を「いろいろな理由」とするなどここ. 地理学は前記のように自然科学の影響を強く受けてい. でも和人の加害が明確にされず,生活に苦しむアイヌ民. たので,内容は人類学(人種学)に片寄っていて,「人. 族がおかれていた状況への分析が不十分である。長老の. 種の島」論と分布・形態を記述する。「(アイヌは)アジ. 衣装姿は観光用であるとの指摘だけだが,人に見せるこ. ア人種よりもヨーロッパ人種に近く」(注:戦後の一時. とでわずかの収入を得ていることへの位置づけがない。. 期流布した児玉作左衛門のアイヌ=コーカソイド説)と. 位置付け,「多分」と推測し「ヨーロッパ人種と蒙古人. 『地理教室』のアイヌ民族記述の中心は歴史で,内容. は的確である。だが,「松前氏は…箱館ふきんに勢力を. の混血だろうとされている。古代に移住したものが他民. ふるっていたアイヌの酋長,コシャマインを征服した」. 族によって故郷との問を中断されて取り残され”人種の. とコシャマインを「酋長」と称する。酋長は「未開人の. 島”となっているものであろう」と”人種の島”を解説. 部族・氏族などの長,また海賊などのかしら」8)という. する。そして体毛を述べる。そして何の疑問もなく,「”. ことで使用すべき用語ではない。また,「征服」は「征. 土人保護法”が制定され,土地の給与,農具種子の給与,. 伐して服従させること」(『広辞苑』5版)で使用すべき. 医療なども講ぜられている」と法律の「旧」を省き「保. でない。しかし,「北海道の先住民だったアイヌは…」. 護」をそのまま記述する。三野は北海道の土地はもとも. とすでに1960年以前に「先住民」という用語を使ってい. と誰の所有であったか,アイヌ民族の引き裂かれた生活. るのは注目される。. に考えが及ばない。評価できる点は記述にアイヌ民族の 現代の姿を書こうと努力のあとがみられることである。. 交易については,「松前藩が場所うけおい人をきめる. 最後に,奈良部理,柏村一郎『郷土の地理』1,北海. にあったて,たくさんの商人にきょうそうさせ,運上金 をおおくおさめるものをえらんだ」とし,米・酒・塩・. 道編,(宝文館,1960年)を見る。「日本人の道南進出に. 古着・タバコがアイヌ民族との交易に使われたが,商人. 対し,原住民であるアイヌ族の抵抗は時には爆発的で. たちはひどいことをした。商人がサケを数えるときは,. あった。1456−1457年のコシャマインの乱は…」とある。. アイヌ族は前記の指摘通りであるが,問題点の2つ目は. 「はじまり」といって1本,「1,2,3,…10本」と. 本ごまかす。酒は水増しして渡す,米は,1俵2斗(注,. 『地理教室』が先住民と書いているのに対し,「原住民」 と書く。原住民は間違った用語ではない。地理教育では. 米1俵は4斗=40升)入りであったが,その後,3升入. 1960年代まで教科書にも使われてきた用語であるが,「遅. りを1俵で押し通すようになったことなど和人商人の具. れた」「原始的」などの印象が強い語句であるとの議論. 体的な悪質さの実態を書いている。その後に,クナシリ. があり,この用語は現在では教科書,新聞等では使われ. の変を取り上げる。「変」ではなく蜂起とすべきである。. ていない。. 数え,終わりに「あがりよ!」といって,また1本と2. 10). 3つ目は「コシャマインの乱」と次の「日高の酋長シャ. ここでも歴史が出る。地理は地域実態を明らかにするこ. 現実・実態を理解するに欠かせない歴史的事実をとりあ. ムシャインの乱」の表記である。「乱」や「反乱」につ いては,「異民族として位置づけられているアイヌが自. げることが民間の地理教育研究で一つの考えとして定着. ら民族,文化,生活領域に侵入してくる”和人”から守. とに特性をもつ。地理で歴史を取り上げる視点は地域の. − 69 −.

(5) 相 原 正 義. 頁→三省堂(三省),日本書籍(日書),15頁→日本書院. る正当性を否定している,マジョリティー社会の歴史観. に根づくことば」11)ぁり使うべき用語ではない。「酋長」. (書院),18頁→教育出版(教出)で,平均13頁である。. はすでに述べた。現状の記述は「アイヌ部落」の項で「少. 12)しかし,表−1に示した様に,最大ページ数の教出. 数化し混血して,今は全く同化された」とここでも同化. はアイヌ民族を扱っていない。. を容認する。また,「漁拶や狩猟に従事したアイヌは,. 教科書執筆者は大学の地理学研究者を中心に,数名の. 土地をとり上げらて四散することが多かったが,一方彼. 現場の教貞が加わる様になってきた。だが,執筆の中心. 等に農耕を教えて一定の地を指定して保護が加えられ. は大学の研究者である。すでに,1,2,で見てきた様. た」と土地取り上げ事実の記述は評価できるが,ここで. に一部を除き,37年版のアイヌ民族の扱いには当時の日. も「旧土人保護法」を受けてアイヌ民族の「保護」を述. 本の地理学研究及び地理学研究者の考えと姿勢が反映し. べている。. ている。戦後15年が過ぎ,社会が混乱から立ち直るとと. これまでの地理学者の多くは現状肯定で,体制順応の. もに,諸科学も整理・発展の時代を迎える。37年版教科. 形をとるが,戟後に地理学の改革を目指した人,現状維. 書発刊前後の地理学・地理教育は歴史学・歴史教育に比. 持をとる人の立場の別なく,地理の本にはアイヌ民族へ. べ研究の質量と視点が大きく後れを取っていた。民間教. の人権への配慮が希薄ないしゼロに近かった。以上,1960. 育研究団体である地理教育研究会では,地理学に依存し. 年頃までの地理学関係者のアイヌ民族についての認識に. た地理教育では子どもの社会認識を深める地理教育の実. ついて検討し,それに対する現在から見ての筆者の批. 践ができないなどの議論がかわされていた時代であっ. 判・見解を述べた。. た。地理教育は地理学研究と決別し,隣接諸科学やジャー ナリズムの成果に依居して,構成すべきとの見解である。. 37年版地理教科書のアイヌ民族の扱いは,教科書執筆. 3 昭和37年版中学校地理教科書の検討. 者の関心の薄さもあって北海道全体の中での扱い量(表. −1は全文である)が少なく,内容も粗末な状態であっ. 次に,児童・生徒に直接影響を及ぼす教科書を取り上 げ検討する。. た。大部分の地理教科書は歴史的記述にながれ,アイヌ. 昭和37年版(便宜的に昭和を使う。先導記述はあった. 民族が北海道の地域社会の中でどのような生産・生活を. が,各社はこの版から7地方区分を取る。以下,37年版. しているか。また,教科書がアイヌ民族を扱うことで当. −1962年)中学校社会科教科書は表−1に示した11社11. 時(現代)の日本の姿の有りようを子どもに提起すると. 点が出版された。アイヌ民族は7地方区分の「北海道」. いった問題意識に欠けていた。地理教育が社会科教育で. で扱われている。37年版の北海道のページ数は10−18頁. 担っている地域の実態把握から日本社会の現実に迫ると. である。10頁→中教出版(中敷),11頁→学校図書(学図),. いった構えが皆無に等しい状態であった。少数民族に対. 大阪書籍(大阪),帝国書院(帝国),12頁→清水書院(清 水),13頁→東京書籍(末書),学習研究社(学研),14. して地理学・地理教育には答えるべき解答が持てなかっ. た時代である。その内容は解答というよりも,差別,同. 表−1昭和37年版・中学校地理教科書「アイヌ民族」の記述 ①東京書籍 ・小見出し「開拓のあゆみ」:北海道はむかし「えぞ地」とよばれ,先住民であるアイヌが住んでいた。. ②三 省 堂 ・小見出し「新しい開拓地」:それまでは,えぞ地とよばれ,…アイヌとの毛皮や水産物の取り引が行わ れているだけであった。 ・小見出し「歴史のわかい北海道」:アイヌ人が住んでいた北海道の開拓が進んだのは明治… ③学校図書. ・写真「北海道の原住民−アイヌ」:これはアイヌの風俗をあらわすものであるが、ふだんはこのような服 そうをしていない. ・小見出し「蝦夷地の時代」:古くは蝦夷地※とよばれアイヌ人だけが住んでいた。. ④大阪書籍. ※アイヌの住む蝦夷地 いまアイヌは1万5千人ほどいるが,その生活はわたしたちとほとんど変わらな くなっている。. ⑤中教出版. ・「北海道地方」の序文:もとは蝦夷地とよばれ,アイヌ人が未開な生活をおくっていた。 ・「ふえる人口」:原住のアイヌ人は,白老や近文などにわずかにのこっているだけであるが,いまでは すっかり同化し,社会的地位のたかい人も出はじめている。. ・「1,開発の新しい北海道」:もとは蝦夷地とよばれ,わずかのアイヌ人①が住んでいただけであった。 (む清水書院. ・①アイヌ人は,北海道の一定の地域をかぎり保護されている。北海道に聞きなれない地名が多いのは, アイヌ語に語源をもつものが多いためである。. − 70 −.

(6) NO.55. 戦後地理・地理教育を取りまくアイヌ民族記述の検討. 2000.12. ⑦教育出版 ・記述なし ・小見出し「蝦夷地といわれた北海道」:明治になって、本州の人々の移住がおこなわれるようになってから. ⑧日 本書院. 開けはじめたが、それまでは、おもにアイヌ人①の生活の舞台で、蝦夷地とよばれていた。. ・①アイヌ人は年々人口がへって,いまは約1.5万人位しか残っていない。白老町と近文(旭川)にアイ ヌ部落があるが,ほとんどの者は日本人の生活にとけこんでいる。. (動学習研究社. ・小見出し「新しい開発地」:この地方は,古くはえぞ地とよばれ,アイヌ人が狩りをし,魚をとって生 活していた。 ・「北海道地方」の序文:…江戸時代にはえぞ地と呼ばれ,松前藩が渡島半島におかれたほかは,アイヌ. ⑲帝国書院. 人①が全道の各地に住んでいた。 ・①アイヌ人音はえぞと呼ばれていた。現在,その数はわずかで,日高地方を中心に住んでいる。 ・小見出し「これまでの歩み」:北海道は,明治になるまで,全島が森林でおおわれ,アイヌ人①が狩り と漁中心の生活をしていた。江戸時代から,日本人で渡島半島南部の海岸に出かけ,漁業する者やアイヌ. ⑪日 本書籍. 人とさけなどの取引をする商人がふえ…。 ・①〔アイヌ〕江戸時代には,日本人はアイヌ人を蝦夷とよんでいた。明治以後だんだん日本人に同化す るとともに人口が減り,いまは約1万5千。おもに日高や胆振に住んでいる。. 化,保護,後進が記述の中心で,時には差別を拡大・深. ⑥清水−「もとは蝦夷地」は前述④。本文は歴史のみ。. 化する役割を社会科地理教科書が果たしていた。13). 「わづかのアイヌ人が住んでいただけ」はアイヌ民族の. 次に,表−1に従って各教科音別に要点を指摘する。 ①末書−「先住民」の表現はこの教科書だけで,1960. 数がすくなかったので,和人が入植したことを正当化す. る記述,「だけ」は意味を強める。それ故,アイヌ民族. 年代としては画期的といえる。だが,分量の少なさと「住. 軽視の表現である。「聞きなれない」は不要で,「地名は. んでいた」の過去形が気になる。アイヌ民族の現状の記. アイヌ語に語源を持つものが多い」でよい。旧土人保護. 述がない。②三省一他の教科書と同様,歴史に流れる。. 法を批判なく受け止め,「一定の地域をかぎり保護」と. 歴史の記述は和人とアイヌ民族が対等,平等的の書き方. する。生徒には,本来,北海道がアイヌ民族の居住地で. である。③学図一小見だし「歴史のわかい…」は日本人. あったことを把握させる。また,「保護」=よいこと,. 中心史観。北海道全域にアイヌ人が居住した時代との対. と受け取る可能性があることに十分留意しなければなら. 比で,「北海道の開拓が進んだのは明治」の表現をとる。. ない。本来人間は自立を願うもので,土地,海,川を取. 和人の入植で開拓が進むと書くが,その結果,アイヌ民. り上げなければ自立でき,自然(生態系)を活用した豊. 族が貧困に落とされていったことへの関心がない。開拓,. かな生活ができたことを教えたい。前記で萱野氏は「ア. 開発とは先住民族にとって,人間にとってどうあるべき. イヌ民族は和人に,主食である鮭を取ることを法律で禁. かが問われる記述である。自然との共生は民族の伝統を. じられた。世界の先住民族で主食まで取り上げられた民. どう見るかで”遅れ”ではない。写真のキャプションは. 族はただひとつアイヌ民族だけである」14)といわれ,「わ. 原住民(前記)。④大阪一本文は歴史記述だが,注記に. たしの名字はもとは月沢(役人が明治になって日本的名. 現在を書く。注記の題と内容の不一致が気になる。「古. 字を勝手に決めた)だが,父が生活のため,子どもを育. くは」を明治2年に北海道と呼ばれる以前にした方がよ. てるため川で鮭をとって警官に何度も捕まり,前科○犯. い。「わたしたちとほとんど変わらない」は同化を認め,. となる。父は子どもが”犯罪者”の名字では肩身が狭い. 独自の生活・文化への意識欠如の記述である。. だろうと判断し,わたしを親戚の萱野の養子にした」と. ⑤中教一教科書における「未開」は子どもに差別観を. 語る. あたえる用語である。漁労,狩猟中心の生活は民族独自. 。この重い言葉がアイヌ民族”保護”の実態を示し. ている。. の生活で未開,遅れではかるべきではない(③で記述)。. ⑦教出−この教科書だけが北海道丸ごとの地誌ではな. 「原住」は先住がよい。ここでは判断がないが,「すっ. く,3つに地域区分し新味を出す。11社中,北海道のペー. かり同化」の語句を使う。同化を肯定と受け止める。同. ジ数は最も多いが,なぜアイヌ民族の記述を省いたのか. 化に続いて「社会的地位のたかい人」とあるが,生徒は. その理由は不明である。問題提起としては,アイヌ民族. 同化したので社会的地位の高い人がでたと読み取る心配. を取り上げなくとも教科書として北海道地誌が成り立つ. がある。教科書には現代社会の中で地位の「高い」「低い」. と考えたのか,検討の機会をあたえる教科書である。. など貴賎観,不平等をさそう用語の使用は謹むべきであ. ⑧書院一本文では歴史を書き,注記で現代の様子を書. く。人口減少の記述には,原因に和人支配がなく自然現. る。. − 71−.

(7) 相 原 正 義. 象的表現である。背後には子ども,家族を養うことので. る。③学園は,アイヌ,アイヌ人,原住民−アイヌ,の. きない社会的要因がある。「部落」は集落の方がよい。「日. 3つを使い,④大阪は,アイヌ,アイヌ人,⑪日書はア. 本人の生活にとけこんでいる」は同化を認めた書き方で. イヌ(見出し),アイヌ人,のそれぞれ2つを使っている。. あることはですでに指摘した。前記と同様に民族独自の. ③,④,⑪の3社はどう呼ぶべきかに迷いがあったのか,. 生活・文化を認めていない。⑨学研一小見だしは③と同. また,呼称まで全く考えがおよばなかったかのどちらか. 様に日本人中心史観。歴史のみであり,④⑥で指摘した 「古くはえぞ地」以外,短い文章であるため,問題点の. であろう。. 指摘はできない。. 院,⑪日書の3社,「未開」は⑤中教,「保護」は⑥清水 が書く。11社(教出を含め)の教科書は生活の基礎とな. 少数民族の存立を認めない「同化」は,④大阪,⑧書. ⑲帝国一本文は歴史のみ。本文・注記ではアイヌ人の. 居住分布だけで暮らしの背景が善かれていない。「えぞ・. る土地問題にふれていない。. 蝦夷」と表記される人々は中世末・近世には北海道以北. に住む人たちを称することになる。しかし,アイヌ人=. 4 中学校地理教科書平成5年版と平成9年版. 「えぞ」とわざわざ出す必要はない。⑪日喜一本文は歴. の比較. 史のみ。「漁業」は自家消費ではなく売ることを目的に している活動をさすものなので,漁労とすべきである。. 中学校地理教科書の検討は昭和37年版から30年後の平. 15)「アイヌ人と取引する商人が増え…」は不平等な取. 成5年版(1992年)に移る。その間の30年間の教科書は. 引を表すべきである。アイヌ人=蝦夷は⑲で述べた。「同. 内容として37年版と大差ない。. 化」については⑧で述べた。. 平成5年版の中学校地理教科書は,学習指導要領6回 改訂(1989年)に基づく教科書である。平成9年版は平. アイヌ民族の呼称は,「アイヌ人」が延べ数で10社中. 8社,次いで,「アイヌ」が4社,「先住民であるアイヌ」. 成5年版教科書の4分の1改訂で2001年度まで使用され. が1社,「原住民−アイヌ」が1社である。合計が合わ. る。アイヌ民族の記述を両年版を通して見ると,多くの 社が4分の1改訂で内容,表現で注意を払い,力を尽く. ないのは教科書によって,不統一の表記があるためであ. 表−2 平成5年版中学地理教科書「アイヌ民族」の扱い タイトル. 歴 史. 文 化 ・独自の文化. 中. イヌ. ・アイヌ語. 暮らし②. 暮らし①. ・魚やけものをと ・生活圧迫 ・人口減少. る. 地図・表. 写 真. ・アイヌ語の地名. 行 7行. (地図). ・さまざまな差別. ・地名. 敦. ・日本文化へ同化 ・土地を追われる ・アイヌ語に由来. 明治政府による開 ・もともとアイヌ. 教. ・生活圧迫. 住む. ・人口減少. ・江戸時代本州か. 出. 4行. する地名(地図). ら渡ってくる ‖. 2行. の都・札幌. 書. えぞ地と呼ばれア イヌが住む土地. 開拓のあゆみ. ・蝦夷地とよばれ ・アイヌ語. ・アッシを織るア 12行. ・独自の模様アッ ・移住者との交わ. 大. りでうすれる. のくらしと文化 ところ. ・熊祭りの儀式な. ・東北からの移住. 阪. け. ・コタン. 者. ・アイヌ語地名 ・アイヌ民族の人 2行. ・独自の文化をも ・魚やけものをと. 開拓のあゆみ. つアイヌの人々 る. 活 水. イヌの人. (表). 権などを保障する 法律制定運動. アイヌの伝統文化. ・アイヌ語に閲す. ・北海道・東北地. 帝. 方、樺太に住む. る地名(地図). ・独自の文化地. 名、ユーカラアイ. 国. ヌ語、文芸. アイヌの人たちの ・江戸時代に商人∴独自の文化. 束. がアイヌとの水産・文化軽視 物. ・漁業中心の開発 ・明治になって移 ・(札幌一アイヌ. が進められる中で 住者増加、アイヌ 語でかわい の人たち少数民族. ・文化・歴史の見. に. ・毛皮の取引で利直し・近年伝承運 童 E!. 益. 動高まる. − 72 −. 8行.

(8) NO.55. 戦後地理・地理教育を取りまくアイヌ民族記述の検討. 2000.12. していることがわかる(表−2,表−3,参照)。北海. の一部ですら教科書に反映されるには,日時を必要とし. 道ウタリ協会は,37年版教科書ができてから22年後の. た。改訂教科書の執筆,編集の時期である1997年頃は,. 1984年5月26日に「北海道旧土人保護法」の撤廃を要求. 国民的課題として,「旧土人保護法」を廃止し,アイヌ. し,「アイヌ民族に関する法律案」を採択した。前文で. 民族を中心においた「アイヌ新法」制定への運動が盛り. は日本国に固有の文化をもったアイヌ民族が存在するこ. 上がり世論の支持を拡大しつつあった時期と重なる。「ア. とを認め,日本国憲法のもとに民族の誇りが尊重され,. イヌ新法」制定への対応は各社の平成9年度版改訂教科. 民族の権利が保障されることを掲げる。さらに法律案は. 書で異なるが,数社が大きく踏み込んでいる。逆に述べ. 民族的権利の回復を前提にアイヌ民族の先任権を認め,. ると,平成5年度版教科書は1984年の「アイヌ新法(案)」. 国会と地方議会にアイヌ民族としての議席確保,子弟教. の内容とその精神を全く組み入れていない。. 育にアイヌ語の導入,大学教育にアイヌ語,アイヌ民族. 平成5年版を見ると,アイヌ民族を,中教,教出,日. 文化,アイヌ史の講座開設,産業の振興,民族自立化基 金の創設などを盛り込んでいる。16)しかし,この案文. 書,大阪,清水の5社が北海道開拓史のなかで取り上げ ている。そのなかで別項目(カコミ的)としてアイヌ民. 表−3 平成9年度(改訂)中学地理教科書「アイヌ民族」の抜い(平成5年度版との比較) タイトル. 文 化. 歴 史. 暮らし①. 暮らし②. 写 真. 地図・表. 行数・その他. ・移住者の開拓で 地図欄アイヌ語の アイヌの人々の祭 9行. *. 「蝦夷」・独自の. 文. 文化. ・魚や動物で暮ら ・独特の模様アツ. ・日本文化への同. シの着物. 化. ・アイヌ文化保存. 教. 努力. 新一地域から日本 新一明治のはじめ 加一伝統文化を見 新一木を切る,狩 新一ロシアに警 (変わらず) 新一アイヌ新法の 6行十地域から日 を考える 北海道にアイヌの 直し伝承する りや漁ができない 備,同化政策 早期制定をうった 教. 本を考える・アイ. えるアイヌの人た ヌの人たち(2. 族の国ではない。. ち. ページ). アイヌの人たちや. 出. ほかの民族. (1937年まで). げ. 新一アイヌ民族の ・北海道は−一部を ・アッシとよぶ模 ・生活の土地は国 ・民族の人権,文 新・地図−アイヌ 新・阿寒湖のまり アイヌ民族の人々 人々 日. 除きアイヌ民族の 島 ・狩猟,漁労. 有地. ・ユーカラ. 日本語. ・商人一魚,昆布,. 書. 化を守り. 語に由来する地名 も祭り. (1ページ). ・名前もことばも 利を認める法律制. ・就職や結婚で差. 毛皮をだます,何. 別. 度か抵抗 (変わらず). ・本州からの移住. (変わらず). 大. 加−アイヌの人々. 者の迫害のなかで. の文化,伝統を尊. うすれる. 重する法律の制定. 1行ほど増える. (変わらず). 3行+地名説明. を望む動き. (「交わり」から. 阪. (変わらず). 迫害に変わる) (変わらず). ・北海道はアイヌ 旧−(アイヌの 旧w(魚やけもの ・「せめてさけを (変わらず). 新一アイヌ民族に モシリ,明治時代 人々)→アイヌ民 をとってくらす) とらせてほしい」, 活. (変わらず)+ア. ついて考えよう に国のもの→開拓 →大自然と共存し 族 日本人全体に向け 農民. 新一80年政府,国 て。. イヌ民族について. られる. 考えよう(1ペー. ・荒れ地,原野→ アイヌの人々,和. 水. ジ). 人に安買われる (神々や英雄を主. (変わらず). 帝 国. (変わらず). り(タイトルは同. カラーカツコ内削. じだが場所が旭川. 除. から白老に). 加一地図説明「ア. 地図−アイヌ語に. 束. イヌの人たちは北 海道や東北地方に. 由来する地名. 書. いた。アイヌ語の. (変わらず). アイヌの人々の祭. 人公とする)ユー. むかしから住んで 地名が残っている. *文教は平成9年版から発行(中教は廃刊)。新一平成9年版,旧一平成5年版,加一平成5年版に加わる. ー 73 −. 5行ほど増える.

(9) 相 原 正 義. 族を取り上げていたのは大阪の「アイヌ民族のくらしと. をとる,生活の圧迫,土地を追われるなどが書かれてい. 文化」だけであった。記述内容は別に問うとして,アイ. るが,そのことは江戸時代や明治初期の事例が多い。一. ヌ民族全体についての行数は別項目をたてている大阪が. 例では「明治時代に移住者が増加するなかで,アイヌの. 12行で最も多く,次いで帝国の10,東書8,中教7と続. 人たちは少数民族となり,その文化も軽視された」とい. き,日書,清水は2行である。全くアイヌ民族を取り上. う記述である。この文章には明治政府による北海道の土. げていない社は平成5年度版は0であるが,記述内容は. アイヌ民族を先住民族として認め,人権を回復し守る立. 地国有化政策による土地の取り上げ,和人移住者や企業 への土地払い下げ,「北海道旧土人保護法」によるアイ. 場から善かれているとは必ずしもいえない。また,教科. ヌ民族への5ha農地の給付一耕地に適さない土地が多. 書の取り扱い分量は北海道地誌を教える場合,生徒に. い,その土地も和人によって取り上げられる−など地域. とって「大事」「重要」か否かの判断材料になる。また,. からの記述がない。(注,5,13参照) 平成9年版の改訂教科書におけるアイヌ民族の記述は. 中学社会科の歴史・公民とも教科書でアイヌ民族を扱う 分量が少ない。17). 大きく変化した。それは各社が教科書の改訂作業を行っ ているときに,「アイヌ新法」の制定の見通しが出てき. 平成5年版でタイトル(小見出し)に「アイヌ」を出. しているのは,中教,帝国,東書(大阪は別項)の3社 である。平成5年版の段階では「アイヌ」の表記が,中. たことにある。新法は1997年4月21日に閣議決定,5月. 教,教出,日書,帝国,東書の5社で最も多く,次いで 「アイヌの人々・人たち」が大阪,清水,帝国,東書の. 新法の正式名は「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統. 8日の衆議院本会議で全会一敦で可決され,成立する。. 等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」で,7月. 4社,「アイヌ民族」が大阪,清水の2社である。37年. 1日に施行され,1899年に制定された差別的な「北海道. 版と同様に同一教科書のなかでも表記がまちまちがある. 旧土人保護法」は廃止される。この法律は一定の評価が. が,少数民族の自立意志を示す「アイヌ民族」で統一表. できるが,文化振興に片寄り,先住権の明記がないこと, 「北海道旧土人保護法」への謝罪,反省がないことなど. 記をしている社はない。. 平成5年版教科書で特徴的なことは山田秀三やNHK. 不十分な点が指摘できる。参議院内閣委員会は同法律案. 北海道本部北海道地名誌からのアイヌ語に由来する北海. に対する付帯決議(1997年4月4日)をし,付帯決議に. 道の地名地図・表である。地図は中教,教出,帝国の3. は「アイヌ民族がもつ『先住性』については,今後も内. 社,表の取り上げは清水が示している。教出はアイヌ語. 外の課題として,さらに取組みを続けていくこととしま. 地名と現在の地名を記しているが,中教と帝国,清水は. す」と先住性を課題として補っているが,法的拘束力は. 地名の意味を付している(敦出の平成9年度版は意味を. ない。19). 付す)。平成9年版は新たに出版した文教に加え,日書,. これより先,同年3月27日,二風谷ダム訴訟の札幌地. 東青もアイヌ語由来の地図を取り上げる。中教は平成9. 方裁判所判決がでる。判決文には,「(日本の)統治が及. 年版の発刊を見合わせたが,平成9年版7社中,大阪を. ぶ前から主として北海道に居住し,独自の文化を形成し. 除く6社が地名の意味を付したアイヌ語由来の地図・表. ており,先住民族に該当する」「アイヌの人びとの生活. を示している。. の安定を図る目的で制定された北海道旧土人保護法もい. アイヌ語地名は,北海道地誌の扱いでは特に重要で北. わゆる一方的な価値観に基づき和人の文化をアイヌ民族. 海道全体が紛れもなくアイヌ民族の土地であったことを. に押しつけたものであった。これにより,アイヌ民族独. 生徒に示すことのできる事実の一つである。授業では導. 自の習俗言語等の文化が相当程度衰退することになっ. 入に使うことのできる教材である。先住民族が失った土. た」と明記する。判決は先住性を認め,「北海道旧土人. 地を考えることは,北海道だけでなく世界的な視野で先. 保護法」への判断については分析の甘さを残しながらも. 住民族が人権,生活権の回復をどの様にはかり,共生し. 同化政策に反省を促している。. ていくべきかを考える機会を生徒にあたえることができ. 「アイヌ文化振興法」案の衆議院本会議での可決は平. る。世界的に見ると,オーストラリア,ニュージーラン. 成9年版の改訂教科書が使われ始めて1カ月後のことで. ド,カナダでは先住民族に土地返還などが始まってい. あるため,教科書には「アイヌの人々は…人権と文化を. る。18). 守り,先住民としての権利を認める新しい法律(アイヌ. 地理教育は地域の実態把握の中に,生活や生産の課題,. 新法)制定を求めている」となっている。. 地域内・地域間矛盾,地域形成を扱う科目である。教科. 地理教科書の内容は「アイヌ新法」制定の運動,世界. 書のアイヌ民族の記述には2万人ほどの少数民族が現在. の先住民族の運動が連動することで変わった。平成9年. どのような生活をし仕事に従事しているか,課題は何か. 版教科書のアイヌ民族の呼称は大きく3つに分けられ,. などほとんど善かれていない。暮らしでは,魚やけもの. 差別的呼称は解消されている。「アイヌ民族」は日書, − 74 −.

(10) NO.55. 戦後地理・地理教育を取りまくアイヌ民族記述の検討. 清水,「アイヌの人々」は文教(タイトルー先住民のア. 報告書では「アイヌの人びとが独自の宗教,言語,文化. イヌ,の表現),大阪,帝国,「アイヌの人たち」は教出,. をもつ」と認めたことを述べる。次に,川をのぼってく. 末書である。 大幅にアイヌ民族の扱いを取り入れた教科書は,表−. るさけをとることが禁じられている。しかし,アイヌ民. 2000.12. 族にとってさけは,冬をこす重要な食料であったこと,. 3に示したように,教出,日書,清水の3社である。3. さけを失うことは食生活という民族固有の文化を失うこ. とになる。これにたいしてアラスカのエスキモーは,く. 社はいずれも特別ページ(通称,カコミ)を設けている。. じらやさけをとる権利が固から保証されている。さけを. 教出は「地域から日本を考える・アイヌの人たち」の. 失うことは生命の存続の問題で,「文化」に収欽させる だけでよいのかの問題はあるが,萱野氏指摘の「主食を. 題で2ページを組み,文字数は約1000字で,新たに写真 「アイヌ新法の早期制定をうったえるアイヌの人たち」. 奪われた民族はアイヌ民族だけ」に答える内容である。. を加え構成している。 内容は表−3にあげた以外に,1994年8月に萱野茂さ. さらにカナダなどでは先住民族の土地返還や自治を認め. んが参議院比例代表選出議貞としてくり上げ当選しアイ. る動きもあると,さけをめぐるアイヌ民族の提起する課. ヌ民族で初めて国会諌貞になったこと,萱野さんは参議. 題とカナダのイヌイットの1999年のヌナバット準州確立. 院でアイヌ民族に対する差別絶滅を基本理念とする「ア. にふれる。. 3社の記述に教科書検定ないし自己規制の影響があっ. イヌ新法」の早期制定を要望したことが書かれている。. さらに,第二次世界大戦後これまでにアイヌ民族から6. たと思われるが,具体的問題点を提起する。教出は他国. 人が国政選挙に挑戦しいずれも落選しているが,世界で. の先住民族や少数民族の政治参加,日書は新法制定要求. は先住民族や少数民族に一定数の議席を保証している国. がアイヌ民族だけでないこと,清水は日本政府の国連人. として,ニュージーランドのマオ. 権専門委貞会への報告内容の変化,日本と他国の少数民. リ民族のこと,ドイツ. では5%以上の得票率がないと政党は議席が得られない. 族政策の違いを明確にする。. 大阪の改訂などを含め,平成9年版の4分の1改訂は. が,少数民族の政党には通用されないことなどアイヌ民. 族,先住民族,少数民族の政治参加の例をあげている。. アイヌ民族の人権と生活の確立の立場から多くの社で教. 救出は少数民族の声を政治にどう反映させたらよいかを. 科書作りが行われた。このことは日本の地理教育にとっ. 生徒に考えさせることを全面に出している。. て画期的な変化と評価できる。その背景には,1992年10. 日書の平成5年版のアイヌ記述は,北海道の産業記述. 月12日に一部で「祝」われた「コロンブスアメリカ到着. にべージを割いたためかわずか2行であった。平成9年. 500年」への「新大陸発見史観」の克服と抗議,それに. 版は新たに1ページを取り,「アイヌ民族の人々」の題. ついての先住諸民族の連帯といった世界的動きという背 景がある。続いて国連が決議した「国際先住民年」(先. で本文500字余に加え「アイヌ語に由来する地名」の地図,. 住民族の権利に関する国際連合宣言草案,1993年7月30. 「阿寒湖のまりも祭り」の写真で構成している。 内容は表−3に示した通りだが,締めくくりをアイヌ. 日)とそれに続く「国際先住民族の10年」と関連してア. 新法制定におき次のことを述べる。「今,アイヌの人々は,. イヌ新法制定運動の盛り上がりである。地理教科書執筆. 北海道議会などとともに,アイヌ民族の人権を守り,先. 者は日本と世界の動きと課題を教科書に受け入れざるを. 住民としての権利を認める新しい法律(アイヌ新法)制. 得なかったと考えられる。. 定を求めている」と新法制定運動が北海道議会などアイ. 平成10年度版教科書は「アイヌ文化振興法」が発効し. ヌ民族以外にも広がっていること,「アイヌ文化振興法」. た後の状況を加え,平成9年度版の一部を書きなおして. では削除されたが,先住民としての権利を認める法律の. いる。清水の例で見ると,前記の国連人権委貞会への政. 制定運動であることを書く。新法制定以前の記述であっ. 府報告書などの内容を削り,平成9年版のアラスカのエ. たが,結果としては先住民族の位置付けなど「アイヌ文. スキモーのくじら,さけをとる権利,カナダ先住民族の. 化振興法」以上に踏み込むことで人権と少数民族の問題. 土地返還や自治を認める動きの後に,1997年に「アイヌ. を取り上げることで地理教育の課題に近づく。. 文化振興法」が成立したことを述べる。「この法律は,. 清水の平成5年版は日書と同じく2行であった。平成 9年版では「学習を深めよう12」で1ページを取り,「ア. 実現を目的としている。…アイヌ文化継承者の育成やア. イヌ民族について考えよう」を設け,本文670字で写真. イヌ文化への知識の普及をはかるなどを政府や地方公共. を平成5年版の位置から移行し構成する。. 団体に義務づけている」と書き直しているが,検定もあっ. アイヌの人びとの民族としての誇りが尊重される社会の. てか「先任権」が法律から落ちていることに及んでいな. 清水の「アイヌ民族」は2つのことを書いている。日. 本政府は1980年の国連人権専門委貞会への報告書で,「少. い。教科書は検定の壁のもとで作られることから編集者,. 数民族はわが国に存在しない」としていたが,1988年の. 執筆者の考えが全て出されるとは限らない。しかし,教. ー 75 −.

(11) 相 原 正 義. は長い教貞生活の中で,人権にかかわる授業が抑圧され. 科書関係者の問題意識の差が記述内容の差となって表れ. ていることもまた明白である。. てきた生徒との問に不一敦を体験した。在日韓国・朝鮮 人の生徒は現代史で日韓併合後の朝鮮の実態や強制連行. の授業をしたとき,下を見て所在無くノートに書きもの. 5 おわりに. をするなど落ち着かない様子で1時間を過ごし,筆者と. 本論では地理・中学校地理教科書を中心に,戦後アイ. 目をあわせることがなかった。被差別部落の生徒は部落. ヌ民族がどう扱われ,特に人権への配慮がどのような経. 産業や江戸時代の身分制度の授業で同様の授業態度を. 過を経て現在に至ったかを見てきた。地理教科書は一部. 取っている。その都度,筆者の心はゆれ,これらの生徒. に内容の不十分さ,記述分量が少ないことなどが見られ. との間に授業をどのように構成すればよいか悩んだ。. るが,戦後50年をへることでアイヌ民族の人権に対する. 北海道地理教育研究会の高橋守氏は「…アイヌ新法が. 配慮においては,不十分ながらも見るべき教科書へと改. 成立し,…『民族としての誇りが尊重される社会』の実. 善されてきたことを述べた。地理教科書の人権への配慮. 現をめざそうということが,法的に確認されました。わ. は執筆者がこれまでの教科書分析の反省の上に立ち書き. たしどもは,折に触れ意識的にアイヌ問題を取り上げて. 改めたのか,世界や日本社会の「外的」動きの中でアイ. はきましたが,会貞全体の実践とはなっていませんでし. ヌ民族の人権を取り入れなければならないところに至っ. た。教室で,アイヌという言葉を口に出すこと自体が,. たかが問題となる。筆者はすでに述べたように平成9年. 子どもの気持ちを傷つけ,差別を教室につくりだす,と. 度版になって突然の改善がみられたことから推して,後. いう教師も多かったと思います。これからもそういう状. 者の色合いが強いと見ている。. 況が,でてくることはあると思いますが,そこをどう乗 り越えるかが教師に問われてくると思います」. 次に,今後の地理授業のアイヌ民族の扱いは北海道内 の具体的地域の土地収奪に対する回復運動,現在に至る. れまでの教室の状況と今後,差別をどう乗り越えるかの. 生活の実態,アイヌ語教室の学習の様子,北海道の地名. 教育課題を提起している。子どもに受け入れられる授業. などを取り上げたい。また,「北方領土」の扱いは日露. はその場だけでなく,教師の全人格と行動への信頼がな. 2大国間題に固定せず先住民族の立場から「北方領土」. ければ成立しない。差別を受けてきたアイヌの人々の「誇. (千島)を見て行くとどういう問題が考えられるかなど. 20)とこ. りが尊重される授業」の実践はまだ始まったばかりであ. 生徒の発想の転換をはかりたい。特に地理教科書では「北. る。. 方領土」の地名の片仮名書きが教科書検定で厳しく チェックされている。昭和37年版では片仮名地名,漢字 注. 地名が入り乱れていたが,現在は4島地名すべてが漢字. 1)企画,編集には北野道彦,滑川道夫,波多野完治,. 地名に変えられるなどアイヌ民族の立場からは見過ごす ことができない事態になっている。. 宮原誠一,岡正雄,国分一太郎などが参加している。. 筆者は1999年度の「社会科教育法ⅡA」の授業で「人. 2)「人種の島 アイヌ」『児童百科事典』平凡社(1951). 権と地理教育」の題でトルコのクルド民族,南アフリカ. 第1巻 pp.16−22. 3)毎日新聞1996年12月2日,ウィーン支局町田幸彦記. 共和国のアパルトヘイト後,などを社会科の授業でどう 扱うかについて授業をした。毎時間書いてもらっている. 者の記事. 学生の感想文には,「人権は社会科公民教育で扱うこと. 4)小川正人(1997)『近代アイヌ教育制度史研究』北. で地理教育の範囲とは全く考えていなかった」「中学や. 海道大学図書刊行会によると,家屋(チセ)は水捌け. 高校の地理では地名や事物の暗記が中心で,人権や民主. のよい土地を選んでおり,屋根には煙だし穴を設け,. 主義にふれた授業を受けた記憶はない」などの感想が寄. さらに,屋根も壁も茅を十分に厚くしていた。壁の外. せられた。地理教育の現状と後進性が学生の意識を通す. 回りはできるだけ土盛りを高くして寒気を防ぐ工夫が. ことで見えてくる。おそらくアイヌ民族の扱いでも同様. されていた。pp.175,「遅れた住居」であるかどうか. の答えが出てくるものと予想される。. は検討を要する。. 5)農業の基盤は「旧土人保護法」による給与地である。. 次の時間に感想文のいくつかを紹介するなかで,「全. ての社会科(地理歴史科,公民科)授業の基本的目標の. 4)には,北海道庁の資料によると1917年末までに3850. 一つに,人権意識が深まる授業内容を組み込み実践しな. 名(戸)に約9656町歩を下付しているが,単純計算す. ければならないと考える」と付け加える。しかし,人権. ると1名(戸)あたりの面積は約2.5町歩で「旧土人. 拡大に配慮した授業実践は,教師の考えがすべての児. 保護法」が定める5町歩との間に隔たりがあることを. 童・生徒の受け入れることになるかが問題となる。筆者. 指摘する。さらに下付面積は1924年には8225町歩に減. − 76 −.

(12) NO.55. 戦後地理・地理教育を取りまくアイヌ民族記述の検討. 2000.12. 少する。その理由は様々考えられるが,小川はその1. 24,381人であり,生活水準,就学状況,所得水準,高. つに,小作人として入ったシヤモに「龍絡」同然に奪. 校・大学への進学状況についての格差が著しい。差別. われ失われた給与地が少なくないと推測する。pp.315. については「ひどい差別の経験」は23.1%,差別が「現. −316。農地改革については13)参照. 在もある」が61.2%にものぼる。さらに,下付された 土地の現状は1987年3月31日現在,残っているのは. 6)大西教文(1998):「近文アイヌ地紛争」と「共有 財産」の返還「ぬ・やん」(アイヌを考える会機関紙). 1,360ha(町歩),全下付面積9,061haの15%ほどで. NO.9,によると,明治政府は1874年,北海道のア. ある。下付された土地には農耕に適さない荒地,傾斜. イヌの人々の土地を「無主地」とし,大部分を「御料. 地も多く,また15年以内に開墾しなければ没収すると. 地」に繰り入れた。さらに1878年,開拓使は「北海道. いう「成功検査」が条件であるため,手に入れること. 地券発行条例」をつくり,16粂で「旧土人居住の土地. ができない人も多かった。「成功検査」によって没収. は,その種類を問わず,尚総べて官有第三種に編入す. された土地は全下付地面積の21.5%の1,950haに上っ. べし」として,アイヌの人々の土地を奪ったことを指. ている。北海道アイヌ協会は農地改革に対し買収除外. 摘する。4)によると,1878年に開拓使は行政上アイ. 措置を要請をしたがそれにもかかわらず,農地買収の. ヌ民族を区別する呼称を「旧土人」に一定した。この. 対象となる。アイヌの人々は「土地永代賃貸契約書」. 呼称はアイヌ民族に蔑称としてのしかかる。pp.49。. を持つ和人に土地返還を求めてきたが応じられなかっ. 会の連絡先,旭川北都商業高校,〒070−8022旭川市神. た。そのためアイヌの人々は不在地主とされ,下付地. 居台場253−2. が強制買収された。買収された面積は全下付地の. 7)函館市芸術ホール,1999年10月27日. 25.6%を占めた。(資料2 アイヌ民族に関する新法. 8)シチュアート ヘンリ,百瀬 響(1996):社会科. 問題について1988年3月りタリ問題懇話会ほか). 教科書のアイヌに関する記述『中学・高校数育と文化. pp.33−34。このような年代的に多少古くても,具体. 人類学』大明堂,pp.51. 的な地域の生活の様子を地理教科書,地理教育では扱. 9),3)のヨハネスブルグ支局藤原草生記者の記事. わなければならない。6)の「『近文アイヌ地紛争』. 10)参考までに,アンプローズ・ピアス,西川正美編訳. と『共有財産』の返還」の内容は1つの地域の土地問. (1997)『新編・悪魔の辞典』岩波文庫に「原住民」. 題が具体的に書かれていて地理教育として優れた教材. (aborigines)は,「新たに発見された地域にあって,. である。. 14)アイヌ民族の主要食料は鹿,鮭であった。4)では. その土地の場所ふさぎをしていると考えられる,ほと. んど無価値に等しい人びと」pp.90,とある。ピアス. 食料だけでなく,それらの皮は衣服や履物に広く使わ. の指摘にするどさを感じるが,「新たに発見された地. れてきたが,開拓使は狩猟に関する法令の施行によっ. 域」にはヨーロッパ中心史観が残る。. て「免許鑑札」を受けることが合法的に狩猟を行なう. 11),8)のpp.46. ための要件になったため様々な不利益を受けることに. 12)以下教科書会社の略称はカツコ内を使用する。. なったことを述べる。pp.50−51参照. 15),8)pp.53. 13),4)にはアイヌ民族の地域での生活実態について『旧. 土人に関する調査』(1922)から詳しく述べている。. 16),13)「『アイヌ振興法』と諸民族の共生」,pp.30−. アイヌの人々の職業の全道平均は,農業53%,漁業. 33参照. 13%,他に雇われて労働に従事するもの27%とある。. 17)中学校の現行の歴史教科書ではシャクシャインの. 農業を例にすると自作が60%でありながら「旧土人地. 「乱」または「戦い」(コシャマインの抵抗は一部の. 内に和人の小作多数」(上川支庁管内),「給与地に対. 教科書)を中心に取り扱っている。公民教科書は社会. しては貸借権を設定し,実権は殆ど和人の手にあり」. 科3科目の中で最も少なく,わずかでもアイヌ民族を. (浦川支庁管内)など述べてあり,漁業の状態も同様. 扱っている教科書は4社,2社は差別問題として部落 問題,在日韓国・朝鮮人とともに1行で済ましている。. と推測している。他に雇用労働では冬季期間などに出. 稼ぎして林業,薪切りに従事した。1926年6月の伏古. 1社は全く扱っていない。. の調査では,在籍人口193名(男91,女106,注,合計. 18)それぞれ問題をかかえているが,オーストラリアで. 不一致)のうち,遠方出稼ぎで不在者は男40,女11で. は1976年にアポリジナル土地所有権(北部準州)法を. あった。pp.172−175参照。また,編集・グループ”. 制定した。この法律はアポリジナル(この呼称につい. シサム”をめざして(1998):「『アイヌ文化振興法』. ては将来検討されるであろう)の利益のために北部準. と諸民族の共生」によると,1986年に北海道庁が実施. 州にあるアポリジナルの伝来の土地を与える(返還す. したウタリ「生活実態調査」ではアイヌ民族の人口は. る)ことなどを盛り込んでいる。現在,ユアーズロツ. ー 77 −.

(13) 相 原 正 義. ク地域を国立公園として連邦政府が借り,観光収入の 一部を先住民族共同体に支払っている。ニュージーラ. ンドでは1975年に「ワイタンギ条約法」が制定され, 現在まで10数回改正され,マオリ民族の先住民族とし ての権利が徐々に回復されている。カナダでは1999年 にイヌイットの自治下におかれる地域としてヌナバッ. ト準州が制定された。面積は日本の5倍余,住民2万 2000人の80%がイヌイットである。カナダ政府はイヌ イットが先住民族としての領有権を放棄する見返り. に,14年間にわたって15億カナダドルの補償金を支払 うことに合意している。. 19)付帯決議には,アイヌ民族の先住性のほか,自主性 尊重,文化振興への一層の支援措置,人権擁護と啓発, 福祉対策の5項目が入る。. 20)高橋守(1997):核心にせまるアイヌ民族とアイヌ. 文化の授業を「北海道地理教育研究会だより」113号, pp.1−2. ー 78 −.

(14)

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