ピュロス王国における家畜文書について
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(2) . ピュ ロス王国における家畜文書について. 山. 鷹. 川. 司. ミ ケ ー ネ o ギリシアにおける人々の生活の基盤が農業と牧畜であったことは線文字B粘土板文書. からも窺われるが, とりわけ牧畜についてはかなり詳細な記録が残されている。 C- , D-に分類される一 群の家畜文書がそれであるが, ここではイ デオ グラムによっ て羊o山羊o. 豚・牛り鹿・馬 o 塩馬, さらに牡o牝 o 仔や色など体の特色による区別がなされ, 最後に家畜数が ) これらの文書を一見しただけでも この時代に家畜がいかに多数飼育さ れ 王宮に 記録さ れている1 , , 。. とって重要な意味をもっていたかを理解することができる. ピュロスの王宮に関係している文書だ けでも羊は1万匹を超え, その他山羊1800匹余り, 豚5 40頭余りが数えられており, 王宮を含めた ) ピュロス王国全体の家畜数を推定すれば莫大 な数にのぼるものと考えられる2 。 これら家畜を扱う文書群はピュロス・クノ ッソス両文書にみられるが, 本稿では特にピュロス文 書について検討を加え, 家畜飼育の実際の状況と王宮による家畜管理について考えてみたい。. 2. ピュロス王国での主要な家畜としては 羊, 山羊, 豚, 牛の4つが挙げられるが, 文書の形態によ ) 書式についてもいくつかに分けられるが 記載の順番は①地名 ②人 り Ccと Cnに分類される3 , , 。 da グラ t ) の人名] 属格 ( ) ] ④イ デオ ③人名 [ ムとその数量である 名 [通常 pa- e n ro十与格 ( g . . , , 。. 08=Docs ま ず ピ ュ ロ ス 王 国 内 で 家 畜 群 の リ ス ト に 関 係 し て い る 地 名 を 列 挙 し て み る と, Cn6 75 . ,. で主要な市(村)に数えられているピュ ロス近州9市が豚の飼育 地と して北から順番に記さ れてい } その他同じ9市の最も北に位置する Pi ta-pa(Cc660 ‐swa(Cn131 る4 , , 643 , 719)を は じめ Me- 。. Cn595 ), Ro-u-so (Cn285 ) な どが, ま た ピ ュ ロ ス 遠州 7 市(村)と ), A-ke-re-wa (Cn202 , 328 i i i- t ), A-s - ), Pu-rora-wa-ra-t jo (Cn45 - ja- ja (Cn 4, 254 して は Ti -mi oa-ke-e (Cn600 ,. ), Wa-no‐ io 1197 )が挙 げ ら れる。 さ ら に 主 要 都 市 以 外に も Ma-ro-pi(Cn40 , 643 , 131 , 655 , 719. ), E-ko-me-no(Cn ), Ma-ro(Cn40 ), Re‐pe- ), A-ne-u‐te(Cn40 wo‐wo(Cn40 ‐40 , 599 , 599. i i ), Pa-na‐pi(Cn45 ), A-pa‐ - - - ia(Cn40), U-po-ra-ki ‐r ja(Cn45 io(Cn40), A‐te-re‐wi u-r. ), Da‐we.-pi(Cn485 ), ○-re-e‐wowo- ), A-ka-na- io(Cn328 re-u-pi(Cn286 , 925 , 643 , 719 ) ), Re-qa-se-wow wo (Cn600), Wi - ia-we-ra2 (Cn643 1 9 が 挙 げ ら れ る が, 7 wo (Cn600 ,. 主要都市のように場所が確定されるのはほんの一部にすぎない。 しかし文書での配列から以下のよ. うなグルー プ分けが できよう.. 17.
(3) . 山. 川. 鷹. 彊 嚢 i 警 ; 竺 響 き 繁 騒ぎ. 。W O W 。 ’ 塘 璽 葛 表. 1 牡 羊. 牝 羊. 牡山羊. 牝山羊. 5278. 742. 431. 425. 牡 豚. 牝 豚. 40?) (. 64. 30. 12. ( i ). 16. 44. ( ) i. 190. ( ) a b ( ) ( ) c d ( ). 30 916. 190. 2 5 6[. ( ) e f (). 492. { ) g h ( ). 545. 36 6[. 80[. 1[ 350 245. 66 100. 194. [ 46. それぞれの グルー プの家畜数を総計してみれば表1のようになり, Pi - swa 地区が圧倒的に 多く, ) 恐らく 王国の家畜生産の中心地域 であったことを推測させる5 .. 次に書式の2番目に でてくる人名は, ほとんどは与格( da t )で記され, 各々個 人名 で示されてい . ) 所有者は牧人名のあとに属 るが, これらの人々は恐らく牧人 であって, 家畜群の所有者ではない6 .. 格 (gen ) で示さ れ て い る 人た ち で, A‐p i ‐me-de . ,A‐ko‐so-ta , We-da-ne-u ,A-ke-o な ど ピュ ロ ス 文 書 A-シ リ ー ズな ど で名 前 が み ら れ る ピ ュ ロ ス 王 国 内 でも 高 位 の 有 力 者 た ち であ っ た A-pi - .. }保 有 に 与 っ て い 146 で 借 地 義 務 か ら 解 放 さ れ て い る 公 有 地 の e-m-n me-de は Eb473=Docs i - io7 .. る. ま た A-ko-so-ta は Eq213=Docs 154 で A-ke-re-wa に あ っ た 穀 物 畑 を調 査している We-da- . . 169で KO-pe-re‐u に よ る 献 納 に お い て ポセ イ ドー ン と 並 ん で受納 者 と し て ne-u は Es646=Doc s . 記 さ れ て お り,An610=Docs 54 では 20 人 の 漕 ぎ手 を 出 し,Na856 では A2 -ki -ra に お いて 彼 に 亜 麻 .. 1 0単位が記録さ れている.Cn418=Doc 77 でも彼は犠牲獣を供出しており,宗教にも携わる重要人 s . 物 と み な さ れ て い る.. 18.
(4) . ピュロス王国における家畜文書に ついて. 衷. 2. 所 有 者 名. 査. 定. 地. 牡 羊. W r a-no‐] o WO-WO. 70. A-pe-u-t e. 83. Re-pe-u‐ri -i o. 82. Ma‐ro(-pi ) A‐ko-so-t a. 牝 羊. 80. 牡山羊. 45. 60. 35. U‐po‐ro-ki -ri -i a. 40. Pu-ro ra-wa-ra-t i- i o. 34. Pa-na-pi. 46. Ka‐pe‐se-wa-O WO-WO A-pa-re‐u-pi .. wi -i a-we-ra2. 100 96. ]? [ 30. Pi -swa. A-pi -me-de. 〔 ? 〕. 100. 計. 531. Ma‐ro-pi. 190. 計. 190. W r a-no- o wo-WO ]. 60. E‐ko-me-no. 70. Ma‐ro-pi w r e-da-ne-u. 345. 170?. 307. 45. 100. 70. A i -si ‐i a-t -i a ‐ Ti i t -m -o a‐ke-e. 1 6 0[. 計. 3 5[ 6. 60. 5 4 7[. A-t e-re-wi -i a. 70. U-po-ra-ki i ‐ri - a. 65. Pu-ro ra-wa-ra-t i -i o. 100. 15 100. 50. 100. 80. 90. 40. 48. 53. 〔?〕. A-si i -i -i a-t a wa-no-i o wo-WO A2 ‐pa-t e u-wo-t 0-re-e-WO WO-WO. 92. Re‐qa-se‐WO WO-WO. 70. Ti ‐mi -t o a‐ke-e. 60. Ma-ro‐pi. 292. 60. pi -swa. 130. 30. 〔 ? 〕. 計. 155. 1 0[ 1. Pu‐ro ra-wa-ra-t i ‐i o U-po-ra‐ki i -ri- a. A-ke-0. 牝山羊. 60 584. 5[ 2 8. 338. 298. 19.
(5) . 鷹. 山 川. 司. 00頭 0頭余りから15 A‐p i -me -de 以外の3 人の家畜所有数は数字が読みとれるものだけ でも85 余り で, 王以外では恐らく卓越せる家畜所有者であったと推測される. また彼らの家畜は1カ所に -me-de の場合は1カ所のみの 記録しか見いだせないが,A- ま とめて飼 われて いたの では なく, A-pi. ko-so-ta や A-ke‐o は 12カ 所 に, We‐da-ne‐u は7カ 所 に 分 散 して 所 有 し て い る. こ の よ う に 彼 ら. の家畜が王国内各地で牧人たちにより分散して飼われていたことは, 彼らの家畜所有が自然発生的 なものではなく, むしろ人為 的であるように思われる.. ところで全文書に所有者名 がついているのではない. 上記の所有者名 を記しているものと並んで 所有者名の記載がないものもある. これは恐らく王宮の書記にとって所有者を記載 しなくても明白 ) そしてこれら4人について 太田秀通氏は王宮のための家畜 なもの, すなわち王の所有であろう9 , . 0 )と解釈しているが チャ ドウィ ックは 王が名目上全家畜の所有者としてその管理 徴収官であろう1 , , を行っていたが, 一方王は王宮の有力者たちに生活の糧を保証しなければならず, それ故このよう 1 } 文書中に な家畜所有の特権を与えたのであり,必ずしも王宮の役人である 必要はないとしている1 . 挙げられている牧人で, 複数の文書にその名 がみえている者を表にすると表3に なる. 表 牧. 3 人. 名. 0‐ku‐ka. Cn 719. Cn 131. 場. 所. Pi -swa. 家畜数 牡羊. Ku‐pi O -ri 幽j. 〃. ′ ′. A-ka-ma-WO. 〃. 〃. K0‐ru-no. 〃. ″. 場. 所. 130 Pi ‐swa 50. 〃. 120 Wi -i a-We- ra2 ′ ′ 100. 家畜数. 所有者名. 70 A-ke-O. 牡羊 ″. 60 A-ke-O. 〃. 96 A‐ko-so-t a. 〃. 66 Pa-ra‐1 0. Cn 655 To‐ro-wi. Ma-ro‐p i. 牡羊. 13 0 Ma‐ro‐PI. 3[ 牡羊 1 3. O Pa‐ra-〕. 85. 130. ′ ′. ″. 91. ′ ′. 69. 〃. ′ ′. 100. ′ ′. 70. -] O Pa-rl. 〃. 〃. 140. ′ ′. 60. ‐1 0 Pa‐rl. se-no. 〃. 〃. 44. 牝羊. 4 0 wre‐da-ne‐u. Pu‐wi -no. ″. 牝山羊 55. 牡羊. 1 90 A-pi‐me-de. A‐ri -wo(-ne). 〃. 牡羊. 10 0. [?]. Ke-1 ‐ o-WO. 〃. Ra‐pa‐Sa一k。. 〃. E-t i -ra-WO A-ta-ma-ne‐u. 〃. 14 A-ke-O. Cn 285 A-we‐ke-se-u. Ma-ro-pi. 牡羊. 1 70. Rー榔. 亘 隆宏羊 & Cn 45. po‐ko‐ro. Ma‐ro-pi. 牡羊. 100. 濠暗幕- ドヒ山羊. 20. ここ で所有者名 が記載さ れていないものは王所有の家畜ということになるが, 所有者名に混じって. d” を 充て て い る が, こ こ での用 法については io に つ い て も, 語 源 上 “〃α入頭0 , ol あらわれる pa-ra- 1 2 ) 未だに納得のいく説明はない .もしこれが所有者名 でないと したなら,これらの家畜も王の所有と いうことになろう. また表中の牧人が同名異人でないと仮定すれば, これらの牧人は同時に王の家 ‐ raは Pi swaにおいて彼が 畜と上記所有者の家畜の世話をしていたことになる. 例えば牧人 ○-ku- 20.
(6) . ピュロス王国における家畜文書について. 世 話 を し て い た 王 の 羊 30 匹 と A‐ke‐o の 羊70 匹 の, A‐ka-m をo はPi -swa で王 の 羊 120 匹, Wi - ia‐we-ra2 でA-ko-so-ta の 羊96匹 の, Se-ne は Ma-ro-pi で 王 の 羊 44 匹 We-da-ne-u の 牝 羊 ,. 40匹の査定を受けている。 このことは名目上は王の所有である家畜群の一部が A-ke-oら高位の有 力者たちに与えられていたことを示している。. 次に王宮を中心とした家畜の査定の実際について文書に即しながら検討したい 。. 便宜上文書をいく つかの グループに分けて考えたい ま ず 地名 十 we-re-ke の 頭 書 き に よ っ て 始 め ら れ て いる 文 書 (Cn131 , 202 , 328) を と り あ げ 3 } ② 彰柁ば の dat る。 we-re-ke の 解 釈 に つ いて は ①名 詞 と して 総 称 的 に 「群 ぞ鱗γ”」を 意 味 する1 . , 1 4 ) loc 「 l ( ) い の 中 よ 「家 で 囲 の う に 畜 s 彰 へ」 の い 」 を 意 味 す 囲 る g 艦‘ e n o u c s r e ③動詞として . . , 1]. 5 i (3 sg. pres. h ld shel ) などが挙げられるが その意味する ) encloses ters を意味する1 werge , o s , , , ところは何らかの目的のために, 牧人たちが飼育していた家畜を Pi-swa や. A-ke-re-wa Ro-u-so ,. に お い て 王 宮に よ り 査 定さ れたものであろう。 特 に 注 目さ れ る の は Pi -swa , Ma-ro-pi , Ro-u-so で は × 印 が 家畜 数 の と こ ろ に つ け ら れ て い る こ と で あ る。 こ の チ ェ ッ ク マ ー ク に つ い て M.ラ ン グ は ,. これらの粘土板は記入され, 乾した後でチェックするために使われたものであり, 査定量が貢納さ れたか否かのチェッ クが必要になる場合もあったとし, さらに査定を決める際には過去の記録に基 づいて行われたにちがいなく, 前回の徴発の際に 貢納した数量によっ て今年の査定が行われたとし ている. そして文書を査定に使用されたもの (Cn131etc. ) と 実 際の 貢納 (Cn643 , 655 , 719) に 分 類 し て, Cn131 に 記 さ れて い る 25 人 の 牧 人のう ち 11 人 は Cn643 ,655 ,719に名 前 が 挙 げ ら れて い. る が残 り 14 人 に は 言 及 が な いこ と か ら, Pi -swa と Ma-ro-pi地 区 での 前 回 の 家畜 貢納 者 のう ち 14. 人の牧人は何らかの状況の変化によって別の牧人に代えられたのであり, 従って Cn131の文書は査 定 の 際 の 貢納 量 の チ ェ ッ ク の た め に 用 い ら れた も の であ り, Cn643 , 655 , 719 の 文 書 が 実 際 の 貢 納. 6 ) この説は家畜文書を査定用のものと実際の貢納したものとに 区別し 過 を示しているとしている1 。 , 去の貢納実績によっ て賦課が行われており, 状況の変化によっては牧人の交替がおこりえたとし , 前回と今回という時間的経過 の中で文書を捉えようとする, ある意味では魅力的な仮説である と , もかくこれらの ×印は何らかの事情でチェックが必要になり, 付したものであろう また所有者名 。 は一切挙げられていないの で王が所有者となる家畜であろう。 1 1]. Cn40 , 45 , 254 , 453十836 , 599 , 600 , 643 , 655 , 702十1461 , 719 は 前 述 の 所 有 者 (表 2). によっ て特徴づけら れている.. Cn655文 書 では, 所 有 者名 の あ とに さ ら に a-ko‐ra の 語 が み え る (5 6 11 12 13 行 目) , , , , . 1 7 ) l l 恐らく agora,αγopα に 関 係 す る 語 で 「徴集co i h d t 「 を 」 徴集地 あるいは 「 」 示 す 」 ec on 群 e r s , と 思 わ れ る が, Cc660 では そ の 動 詞 a-ke-re , αγe中の が 記 さ れ て い る. Cn655 で a-ko-ro を伴っ. ている行は主格 ( ) で牧人名が記されており, その部分のみを記せば, nom, 5. Ma-ro-pi に お いて A-pi -me-de の 牧 人 Pu-wi -no が 徴 集 6. Ma-ro-piに お いて 帆/ e-da-ne-u の 牧 人1-wa-so が徴 集. i 11 i -r -ta-ko が 徴 集 。 Ma-ro-p に お いて A-ke-o の 牧 人 Qi. 牡 羊 190 匹. 牡 羊 70 匹 牡 羊 90 [ ] 匹 21.
(7) . 山. 川. 鷹. 司. A i Ak [?] 14 匹 M i - が徴集 12 . a-ro-p に お い て ‐ e‐o の 牧 人 -r wo 牝 羊 86 匹 W d M i 人 Ro-ko- jo が 徴 集 13 . a-m-p に お い て e- a-ne‐u の 牧 A k 畜 を 徴 集 していたのだろ う ために 家 d 帆 r d ち 誰 の A i - の 人た は - ‐ - 牧 - eo と な る. -p-me- e e a ne u , ,. か. もちろんこれらの文書の家畜は本来的には王の所有物であったが, 実際には帳簿の上で王から. ‐me‐ i -me-de ら が 徴 集 し, 生 活 の用 に 供 して い た と 仮 定 で き る.従 っ て A‐pi 下 賜さ れ た 家 畜 を A-p. de らは必ずしも王宮の役 人として家畜徴集の任に 当っ た家畜徴集官としなくてもよい. 1 1 1]. Cn3=Docs 76 は 牛 の 徴 発 に つ い て 述 べ て い る. .. I. i je-s io-i- ,. 2. di ‐wi- ie-we, qo-o, e-re‐u-te-re ,. 3. a2-ra-tu-a, o-ka-ra3 ,. OX. 1. 4. ku‐re「ア ‐ru‐te ve pi ,. ( )×. .. 5. i -wa-s - io-ta e-na-po-ro, i ,. OX 1. 6. ia- jo, 0-ru-ma-to, u-ru-pi-. OX. me-Za-na ,. 1. i io - ia- io- - io -ki -r ia- -ka-a2 a2 ,OX 1 , u-ru-pi 空 白 8-9. 7. これは軍事文書 ( o-ka文書) との関係で注目されるが, 1~2行目の構文が問題になる. ヴェント. -wi - je-u の た め に 牡 牛 リ ス ー チ ャ ドウィ ッ ク は こ れ を 「かく の 如 く me-za-na の 人々 は 監 督 人 Di 1 8 ) la ina (アル D i i E t ‐ j - は Me パ 「 の - - ‐ ‐ - e e 一 ー 一 は w w 方 r e マ re u e を 差 し出 す」 と 解 釈 し て い る . 1 9 } l ia の 馬 頭 デ ーメ ー テ ー ル)に 牡牛 を犠 牲 と し て 捧 げ る」 と し, こ の 文 書 の 宗 カ ディ ア の 神, Phiga. 教的性格を強調している。. 0 )と か 部 族名 を示 i - ia- io に つ い て は 兵 種 を 示 す も の2 -wa-s - io-ta o-ka-ra3 ,u-ru‐pi ,i ,ku-re-we 2 } ホ メ ロ ス の 叙事 1 )と か 仮 定 さ れ て い る が 全 て o‐ka 文 書 中 に 人 数 を伴 っ て 記 さ れて い る2 す も の2 . , ) や ネ ス トー 1 1 15 ‐8 詩 の 中 でのネ ス トー ルに よ る ピ ュ ロ ス に お け る ポセイ ドー ン神 へ の 供 犠 (od .. 1 工 1362 -363 ) からも, これが兵種 であるにせよ, 部族名 である ルによる部 族毎の戦闘への忠告 ( .1 にせよ, 軍事単位として軍務を果たすと同時に, 供犠などの宗教行事の 際も1つの単位として行動 していたと考えられる. ここでは 各々 が牡牛1頭を供出 しており, 単なる食料としての徴発という. よりは, 戦闘などに先だっ犠牲あるいは別の事情による犠牲のために特に徴集された牛の記録とみ 3 ) る こ と が でき る2 .. 同様に犠牲のための家畜 記録として Cc665 が 挙 げ ら れ る. Ne-wo-pe-o で ポ ト ニ ア 女 神 に 献 納 86で女性8人, 少女3 さ れ た 牡 羊 100 匹と 豚 190 頭 に つ い て 述 べ て い る が, Ne-wo-pe-o は Aa7. 54 で女性7人, 少女5人, 少年5人, いちじく2[T, 小麦2T[を, 人, 少 年 2 人, TA I を, Ab5 i ‐ -ne村が最 ja Ad6 8 8で息子4人, 少年2人を記録している. ポトニア女神崇拝の中心として Pa-k - ia‐ne 以 外 に も あ り, Ne-wo-Pe-0 でも ポ ト も 有 名 で あ る が, 地 母 神 ポ ト ニ ア を 肥 る 場 所 は Pa‐ki - ia-ne に ニ ア 女 神 が 肥 ら れ て い た,あ る い は こ の Ne-wo-pe-o は ポト ニ ア 女 神 の 崇 拝 中 心 地 Pa‐ki. 家畜たちを献納する ために王によって徴発が行われた地区であっ たとも考えられる. いずれにせよ 王や高位の有力者以外に も, ポトニアの神域の管理・維持のため, ポトニア女神に献納する形で王 4 ) 王権によって宗教が経済的側面から支えられていたことを示 している. より家畜が与えられた2 .. 22.
(8) . ピュロス王国における家畜文書に ついて. Cn608=Docs 75 は ピ ュ ロ ス 近 州 9 市 での 豚 十S1 と 特 記 さ れ て い る 豚 の 飼 育 を 記 した も の で . る。 l. io-a-se-so-S I S I-a2 o. 2. 0-pi-da-r ・ ・ 1- jo. 3. p1一sv▽a. PIGS十S1 3. 4. me-ta-pa. PIGS十S1 3. 5. pe-to-no. PIGS十S1 6. 6. i - ia-s pa-ki. PIGS十S1 2. 7. a-pu2‐v ve. PIGS十S1 2. 8. a-ke‐re一Wa. PIGS十S1 2. 9. e-ra-te-i. PIGS十S1 3. ka-ra‐do-ro. PIGS十S1 2. lo. i ll r ‐ io. PIGS十S1 2. ェ ントリスーチャ ドウィ ックは1 ,2行目の頭書きを 「かくの如くその地方の住民たちは肥えた去 5 ) ここでは前述のポトニア女神へ 豚を太らせるだろう」として以下に各地の頭数を列挙している2 。 内された19 0頭の豚と較べれば頭数が全く 異なり, Pe t - o-noの6頭が最も多く, 他はその半分,. る い は 3 分 の 1 と 人為 的 に 割 当 て ら れて い る こ の よ う に ピ ュ ロ ス 9市の全てが全く機械的に 。 , かも少ない数の豚が割当てられ, かつ普通の豚とは区別される特別のイ デオグラム で記されてい こ と か ら, 恐 らく こ れ ら の 豚 も 犠 牲に 関 係 し て い る の では な い か と 考 え ら れ る オ デ ュ ッ セイ ア 。. おいて, オデュッセウスが不在のイタカ で, その妻ペーネロペイ アヘの求婚者たちが館に押しか てきては, 牛や羊, 肥え太った山羊な どを供犠して, 勝手に無料で飲み喰いしているとテレマコ を 嘆 か せ (od 1,55-58 ), ま た テ レ マ コ ス が 父 オ デ ュ ッ セ ウ ス の 消 息 を た ず ね て ピ ュ ロ ス に 着 い .1. ま ピュロスの王ネストールはポセイ ドーンヘの供犠を行っていたが 各々 が9つの組に分かれ , , 担が供犠用に総身が黒の牡牛を9頭用意していた箇所 (od 1 1 - ) 5 8 が連想される 恐らくこ .1 , . らの豚も神に捧げるという 特別の目的のために ピュ ロス9市に特に割当てられたのであろう 。 Cn 4 と Cn5 95は羊の群の不足分を記している 4 1. i i - - ia-t ia,ta-to-mo,0-Pe-ro a-s. 2. i mu-ta-Pi,ku- -sa-to r. 3. i-re sa-nl - qe-re-me-t ]o ,. 4. ta-to ,a-ka-re-u-te t ‐ io , u-ni. 5. RAM + T為 22. i i e-ri-no-wo-te,t -r - io. 6. i ne-do-wo-te,t - je-u u-t. 7. i-to-t i-no ne-me- e-r ta-wo ,‐. 8 9. i wo-m-w‐ a‐ne,e‐ke -s - io. RA M + TA 16 r. RAM 十 7 1. 空. 7. RAM 十 2月 7 RAM + Z月 4 RAM 十 TA I0 RAM + Z為 9. ma-ta, a-ka-re-u-te,ke ‐ro-we. i-jo-wo-te o-qe e-ra-se 10 s , ,. ll. .. RAM + Z. 7. RA M + T月. lo. 白. 23.
(9) . 山 川. Cn 595. 鷹 司. e-ra-te-re-wa-pi,ta-to-mo, o-pe-ro,. 1 2. -ke-se-u me-ta-Pa,a-we. 3. ne-de-we-e. 4. u鰍de‐Wi-ne. 5. ma-to-ro‐Pu-ro. 6. ]i ‐pi [. 7. ] -ko-[. 8. 欠. MAN I M AN 2. ]I ]. RAM 十 Z為. 5. 為 RA M 十 71. 9. RAM 十 ℃. 8. RA M 十 Z為. 1. RAM 十 ZA r 5 RAM [十 Z乳] 5 [. 損. i A-s i t - ‐ ia は ピ ュ ロ ス 遠 州 7 市 の 4 番 目 の 地 名 で あ り, E-ra‐te-re‐wa は 同 じく 7市の5 番目 ia- n706 では i -sa-to は An 5では同じ場所で男子1人を記録しており,j の 地 名 で あ る. Cn 4 の Ku-r - jo も An 5 で 男 子 1 人 を 記 し て い る.地名 Ne‐do‐ 受 給 鍛 冶 師 と して そ の名 が み え て い る. Sa-hi 2 6 ) wo-te は メ ッ セ ニ ア を 流 れ る ネ ド ンNEびのり 川 流 域 付 近 の 名 前 で あ ろ う か . ま た Cn595 の 地 名 Me-ta-pa は ピ ュ ロ ス 近 州 9 市 の 2 番 目 と 同名 で あ る が, 遠州 7 市 の 1 つ E-ra-te-re-wa での 不 足 2 7 ). に関係している文書であることを考えると, 同名の別の地名 である可能性もある . この2つの文書を特徴づけているのは,第1にここでの羊には牡と牝の区別は なく,羊十TA で他 の 普 通 の 羊 と 区別 して い る こ と であ る. TA に つ いて は ta-to-mo=けすα争る に一致させられ, 「羊 8 ) ラ ン グ は 牡 と 牝に つ い て 言 及 し 牡 は 放 牧 地 に 放 牧 ld」と 考 え ら れ て い る2 囲 い, 羊 小 屋 sheep‐fo , .. さ れ, 人里から離れたとこ ろで飼れていたのに対 し, 牝は乳をとっ たり, 仔 を育てるために 人々の 9 ) そしてこれらの羊は繁 殖用に放牧 地から連れてこられたもので,それが不足と そばで飼れてい た2 . 0 )と して い る して 記 さ れ た 3 .. 第 2に Cn5 95では羊 だけでなく, 人間も一緒に記される場合もあることである. これらの 地名は. 文書中使用頻度も多くないので何 ともいえないが, 彼らが A‐シリ ーズとは別に羊と 一 緒に記録さ れていることは, 彼らも牧人であり, 羊の世話を しているは ずであったが, 何らかの事情 (分遣隊 派遣の徴募のよう な緊急事態とか逃亡など) で不在となり, その結果不足と して記されているとも 考えられる.. 第 3 に こ れ ら 2地域でどの位の家畜が記録されていたかは残存文書がないのでわか らないが, 概 ‐ jo の 16 匹 が 続 i -sa-to が 一 番 多く 22 匹 で, Sa-ni し て 不 足 家 畜 数 は 少 な い よ う に 思 わ れ る. Ku-r i iaの 不 足数 を 総 計 して も92匹, E‐ra‐te-re‐ ‐ ia‐ロー s き, M a-to-ro-pu-ro の 1 匹 が 最 低 であ る. A-. waの不足総計は33匹で, ほとんどは1桁である, しかし前述のように全体の家畜数がわからない. -swa や Ma‐ro-pi の で, こ れ らの 不 足 数 が割 合 的 に 多い と か 少 な い と か は.い え な い. ま た Pi , Wa-. j no- owo-wo な ど多数の 家畜 を記録 している地域での不足文書は今のところ見つかっていない.. Cn418=Docs 77 は We-u-da-ne‐u か らの 数 種 類 の 家 畜 の 供 出 文 書 で あ る. We‐u-da-ne‐u , 3 1 ) 1]で 述 べ た 高 位 の 有 力 者 We-da‐ne-u に 一 致 さ せ る 考 え も あ る が, 別 人 か も し れ に つ い て は, 1. ] VI. 2 ) この献納家畜のう ち牛については, 白一色である牛とか, 足の部分は黒い がそれ以外は白い ない3 . 3 )と か の 色分 けによ っ て 示さ れている 2行目で白一色の牛2頭,3行目で足の部分が黒 牛 で あ る3 . 4 )3匹 牝山羊3匹 その他種類のわからない家畜 くそれより上は白い牛1頭, 牡山羊3匹, 仔山羊3 , , 牡羊1匹 牛? ] ×頭 [ 目は3行目と同じ文章で 8匹, そして7行 , 牡山羊1匹, 仔山羊 [X] 匹, , 豚 [X] 頭 を 記 録 して い る. ヴ ェ ン ト リ スーチ ャ ドウィ ッ ク に よ れ ば 白 い 動 物 は オ リ ュ ム ポス の神 々. 5 ) ここでも全般的に家畜数は1~3頭と少なく, 前述の od 1 1も考慮 .1 への犠牲に規定さ れており3 , 24.
(10) . ピュロス王国における家畜文書について. す れ ば, こ れ ら の 家 畜 も 犠 牲 用 と して Wr e‐u-da-ne-u に よ り 献 納 さ れた も の であ ろう。. 4. 以上ピュロス文書のうち家畜文書に分類さ れているものを検討してきたわけであるが 少し整理 ,. を し て ま と め た い.. まず第1に非常に多数の家畜が文書に挙げら れているが, 種類は限られており 小型家畜が中心 , であった。 数的にずばぬけて多いのが羊で, 次いで山羊 であり, 牛や豚はそれほど多くなかった . 第2に文書に挙げられている家畜は生活の用に供するためのものと神 への犠牲用のものに大別さ れ, 数的には前者が圧倒的に 多い。 豚に ついての記録を例にして考えれば, Cc665 の ポ トニ ア女 神 へ の 豚 190頭と Cn6 0 8のピュロス9市が飼育する豚は,恐らく ポトニア女神の豚が女神の神殿 で働. いている人々の生活のために王により徴発献納されたのに対し,Cn608の豚は神々への犠牲のため に割り当てられたもの であろう。 このように PIG十SIで特記されている豚は 普通の豚と異なり , , 神への貢献物として特に念入りな飼育が行われていたと 思 わ れ る。 犠 牲 の 家畜に つ い て は Sa-pe- da でのポセイ ドーン神への献納文書 (Un718=Docs 171 ) でも 列 挙 さ れ E-ke-ra2 -wo が牛 1 頭 . , , 羊 皮 1 枚 を, デ ー モ ス (da-mo) が牡 羊 2 匹, 羊 皮 1 枚 を, ラ ワ ゲー タ ー ス ( ta) が 牡 ra-wa-ke-. 羊2匹を献納している. これらをオデュッセイアの記述に重ね合せ てみると, 王が供犠の際に中心 的役割を果しており, このようにして徴集された犠牲用家畜は定期的な供犠や戦いの前な どの臨時 の供犠において神々に捧げられたものと思われる。 総じて犠牲用の家畜はその数が少なく これら ,. は王権によって貢納の形で村々に課せられていたと考えられる . 第3に供犠以外の家畜の中 では牡羊がずばぬけて多いが,これは家畜の使用目的に関係している . 1万頭を超える羊などを毎年王宮が貢納させていたとするなら, それは何の目的のため であったの だろうか. まず第1に考えられることは王宮の年間の食糧としての徴発である 王宮がかかえてい . た肉の消費人口がどれ位 であったかわからないが, これらの徴発家畜が全て食糧のため であっ たと. は考えられない。 第2にクノッソス文書にみられるように, 羊毛をとって織物などを生産すること が考えられる。 ピュロスでは羊毛文書は見当らないが, A‐シリー ズの文書には女性の労働集団名 に 「毛硫き女 pe -ki i-ra2」, 「紡 ぎ女 io」 r ka e - ‐ i a」 などその労働内容を示す , 「織工 i e. 語がみえる。 さらに La‐シリーズに分類される文書 で織物が記されており, 羊や山羊などの家畜は 羊毛や羊皮を取る目的で飼われ, 王宮直属の女たちによって織りあげられ, 完成品は王宮の用に供 すると同時に交易品として輸出さ れたと推測される。 そして王宮の働き手グループが羊毛から織物 をつくるプロセスで, 硫く, 紡 ぐ, 織るの作業名 でよばれていることは かなり分業化 専業化して , ,. いたことを示している. もちろん王 宮以外のところでも, 王宮ほど組織的 でも大規模でもないが , 当時の人々は数匹の 羊や山羊を飼いながら, 自分たちの衣類 を自らの手でつくっていたと考えられ. る. 従って王宮文書にはでてこないそれらの家畜を含めれば, 莫大な数の家畜がピュ ロス王国内で 飼 わ れ て い た こ と に な る.. 第4に文書に記されているこれら多数の家畜を王宮は何のために記録したのであろうか これに 。 ついては毎年王宮に対して行われる従属村からの家畜貢納記録とみるよりは, 王の所有である家畜 の飼育を牧人たちは課せられ, 1年のある時期に王宮より割当てられた家畜がきちんと管理されて いるかのチェックを受けたのであり, そのような査定の際の記録とみることができる すなわち王 . 宮が牧人たちに課していた 家畜の飼育状態を知るため で, 各地に散ばっている家畜の群を時期を定 25.
(11) . 山. 川. 康. 司. めて何カ所か でまとめてチェックすることで, 日頃単独 で野山を放牧 しながら移動する牧人たちを 管理すると同時に王所有の家畜総計を知ることができた. 王 wa-na-ka は土地と家畜の所有におい て他に卓越していた のであり, 家畜は富の源泉であった. それ故王の財産を掌握 しておくことは大 事なことであり, 王宮は常に財産維持に神経を配らなければならなかった. これはホメロスにお い て も み ら れ る.イ リ ア ー ス 第 11 巻 で ピ ュ ロ ス の 王 ネ ス ト ー ルは ア キ レ ウ ス の 親 友 パ トロ ク ロ ス に 若 い 頃 を 回 想 し 語 っ て い る. そ こ でネ ス ト ー ル は エ ー リ ス 人 と の 牛 追 い の こ と か ら お こ した 争 いに つ. いて述べている。 エーリスのイーテュ モネウスを槍で殺した後, 分捕品として50頭以上の牛や羊, 豚, 山羊, 150頭の栗毛の牝馬(そのうち何頭かには 仔馬が連れ添っていた)を狩り集め, ピュロス ヘ 持 ち 帰 り, ピ ュ ロ ス の 主 だ っ た 人た ち に 分 配 し た. と いう の も ピ ュ ロ ス は 古 く は ヘ ラ クレ ス 以 来. い つ も エ ー リ ス 人 に ひ どい 目 に 遭 っ て い た か ら で あ っ た.3 日目に敵が攻めてきたがこれも撃破し,. 1 1 ) 1 76 戦車5 0台を奪ったと誇らしげに語っている( .X1 ,670- . このよう な家畜の争奪戦が展開され ちに王所有の家畜 王国の高位の有力者た たからであり 重大な関心事であ るのも, 家畜の掌握が っ , を下賜すること で支配機構を維持したのであろう. 第5にピュロスでは羊毛を扱った文書はみえないが, 羊や山羊の 査定文書がある背景には羊毛の 徴集があっ たと考えられる. 羊毛文書の不在について, 羊毛の刈り取りは4月に行われるが, 残存 文書はそれ以前の時期のもので, 羊毛の徴発記録が王宮に来る前に ピュ ロス王国が崩壊 (早春) し たためというチャ ドウィックの仮説に従え ば, 当然羊毛の徴集が王権によって定期的に行われてお. り, 王にとっ て貢納の主目的はむしろこの羊毛にあっ たのであり, そのために予め羊や山羊の頭数 の査定が行われたと考えることはでき ないだろうか. 羊毛についてクノッソス文書に興味深い記述 があるが, それについては稿 を改めて論述したい.. 註 i / iv ; s ご“庇え Roma er O S 雷α秘8な あm2 ,1073 1) 本稿において使用した文書は E.L.Bennett .& J .-P.0l ,77解 Py ,Jr 2 (以 下 Doc 1 よ d UP 9 7 3 と略 記 ) に C b i G 豹 s 肌 粥 i k D r e h d 嫌 am i ’ セ c e “ α 8 の 2 M,Ventr g o c 溺 れ 8 7 a w c y , s &j c , , . , る. idge UP,1976 ′ cのmemz 彬o″〆 2) Doc ck .クノ ッ ソ ス文 書 では 羊 .129 s ,P ,Cambr .Chadwi . .ぴ J .198 , 77解 財) ,p 10 万 匹 を数 え て いる. C 「本」 型. i t t -P.0l e r p vi 3) E.L .65 .pp . αZ ,Cc 文 書 は 「や しの 葉」 型, n 文 書は . ,77 .& J ,o .Benne ,Jr i k 4 4 C h d れ 4) じ P a w c , ゆ. . の地図参照. i i ss a 川 峡 谷 と 遠州 メ ッ セ ニア 峡 谷 3 0は羊飼育の大中心地として, 近州北部, 特に Kipar 5) Chadwi ck,Z虚〆 . .1. の西側をあげている.. 6) Doc s .200 , . ,p. 05頁. 04一2 96 8年, 2 7) 太田秀通 『ミケーネ社会崩壊期の研究』 岩波書店, 1 f 乃ば 8) M.Lindgren o sll, Uppsala,1973,pp.135-136 , DPを q , T跨e P8 165 (以下 魔fのめ lmer f 財yce ’meの2 Gだ豹 苫釧な o” q 9) L.R.Pa 2 8 ぁ”のか修飾Z ,と略 記) . ,1963 ,p ,oxford ,77 3頁. ) 太田, 前掲書 12 1 0. 11 ) Doじ ck,oの s .129 . . αそ .;Chadwi . .434 りP ,P Cn F1 ’ 433; M.Lang c e 7mm“ S初凄烈 ocks 7 2 脳) Pのc e ed物部 げ 物e Cの7ぬ“〆ge Co〃oq増 加2 0 ) Doc 12 s , p , . . , 1 A 9 6 7 “ G ば t d i i h E 〆 am f ’ 2 Cambr idge UP,1966 ‘ フ セc“り 7 e z ‘e s z .216は 十 分 な鍛 , ,p , mse .Ruig , Z ‐c .C .J .258 ,p. 練をつんだ経験豊かな人で, 年配者ではないかとしている.. lmer ) Pa 13 .168 . . ,P ,わけのめ f los f 肋e Pためわgた餌 S z f凄烈 lmer sq 4 L.R.Pa ″’ 2班窃か2 1 9 9 3 3 rom Py sf s 1 4 ) Doc ; , T’ . , , Mycenaean Text . ,pp 5 2 1954 . . ,p 26.
(12) . ピュロス王国における家畜文書について 199;H. Muh l 15 ) Doc p in t es e s . , 0むり物 紅 物 P鰯o , B餌〆 .ヱ4 (未 見) ,ヱ954 ,P 16 ) M.Lang .251-252 , , の,じれ PP ) L.Baumbach 17 Z Z燦 然 粥 財yc 7mm” 方郷αめZ 8 O“sαれ〆 D彰をα ヱ953-ヱ964 ,SZ , 兄附加,ヱ968 .ヱ33 , ,P 2 0 18 ) Docs,p 7 . . lmer 19 ) Pa ,175一176 . ,方”β功. ,pp. i l i i ) M・Le jeune 2 0 tl vi sat on mycen l dondeJ ennee a Guer re r ect ;sousladi ,LaC 2 e s de .-P.Vernant ,Pmああ7 ね≧ ゼセ8 のにZ””⑦ i z姥γだ 8 7 2 Gフ ず 8 s ,39 . ,Par ,1968 ,p 21 ) DのS . .435 . ,p. ) 拙稿, 「ピュロス王国の軍制について」『明治大学大学院紀要』1 2 2 3集, 1 9 7 5年80-8 8頁. lmer ) Pa 23 , 廓 幽妙 . . 方琴. ,P. ) Doc 24 sリp ck p ,434 ,;Chadwi , .αL P,129 ,o 2 0 25 ) Doc 5 s p . . . , ) Doc 26 s . .562 , ,p ) Palme 27 r , .172 . , 虜云のめ ,P. 584 28 ) Doαリ PP i Z , .196 .;Baumbach . . .235 , り.c ,P . I X 2 ) od 1 6 2 3 29 9 プ - で クロ キ ー が羊に 草 を喰せ る ため に 牧場に 出かけ て いる 間に, 彼の 洞窟に 入っ て き た ス . , , ュ. オデュッセウスがみた光景は, かごにはチーズがいっ ぱい並んでおり, 濫には類別された仔羊や仔山羊がうごめ きあ っ ていた. や がて キ ュ クロ ー プ ス が帰 っ てく る と, 牡 羊は 戸 外に 仔羊や 牡 山 羊は囲 い を し た 庭にお き 乳 , ,. を採る牝羊や牝山羊を洞窟の中に追い込んだ.. 30 ) Lang . ばち PP .253-254 ,oの .. lmer ) Pa 31 i z , ,463 ,み“のめ .;Lindgren ,p ,c , ,210 , ,op ,p 2 0 8 9 1 32 ) Dのs 5 . , , , ,pp 530 l l i 3 3 ) Docs t ites i mi t tura d i t avot cene . .436 .Cf .C.Ga ,pp , ,Le ,Pの〆” メメ P硲賜わ ヱヱ ,1956 .23 で 「鋭 っ ,p. た耳」 と解釈 (未見) .. ぐ 34 ) Doc s . .590 . WE と いうイ デオ グラ ム で示さ れ て いる, ,p D ) ocぶ,p 35 ,436 .. ) Chadwi 36 ck,op .c誌 , .129一130 , ,pp. 27.
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