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成人教育の組織と経営に関する研究 V : 自己組織化現象としての生涯学習と成人性のリフレクション

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(1)71. 成人教育の組織と運営に関する研究Ⅴ -自己組織化現象としての生涯学習と成人性のリフレクションー 安原-樹' (平成6年9月20日受理) はじめに 前報「成人学習におけるtransformationについて」 において,成人の学ぶ意味を本学大学院修士課程におけ る現職教員の研修に照らして論じた。すなわち,それは フォーマル教育での,成人学習のパースペクティヴを以 下の点に集約させ分析することを意図していた。彼らの 教職の前提である成人の生活世界(学校という教育現場), 成人性ならびに成人学習に照らして,とくに教職のキャ リアに与える大学院での研究の意味を「変容」 transformation概念を中心として考究した。そこで,本稿では, 次のアプローチとして生涯学習時代といわれる今日的な 成人の学習場面をシステム観察する方法論を模索する。 なぜなら,多様な意味で生き残りの戦略として位置づけ られる人々の継続的な学習は,われわれが自己自身に対 する高度な選択的適応能力を有することを生涯学習とい う場面で具現化していることにはかならない。それは, 個々人における生涯学習という文脈で個人学習の自己組 織化現象をシステム分析のフレームワ-クにおいて探究 することである。 ⅩI成人学習における意味変容のパースペクティヴ フォーマルな教育セッティングにおいて,既に社会人 としての自己認識がある成人が学習することの意味は, 当然,準備教育的な学校における子どもの学びとは本質 的にことなる。一つには,学ぶ主体としての成人の生活 世界,ならびにそれを支える成人性に照らして分析する 視点が重要となる。また,職業人としての意識化が学ぶ ことのプロセスに反映しているという前提がある。もち ろん,全くの個人的な教養志向の学習,それによる学位 取得などを目的とする場合は事情はことなる。しかし, 例えば新構想大学大学院のように一定の要件のもと教職 のキャリア変化さえも想定しうる場合では,学習者の学 ぶ意味を生活世界の「変容」 transformationに照らし て考察する必要がある。 成人の学習を「パースペクティヴ」という意味論的に 考究したものとしては,既報したように米国の成人教育 学者Jac Mezirowの「パースペクティブ変容理論」が 注目されている。彼の立論の根拠は, 1970年代の米国コ '兵庫教育大学第1部(生徒指導講座). ミュニティ・カレッジにおける「女性のための再入学プ ログラム」を中心とする調査研究する中で構築されたも のである.従って,フォーマル教育におけるプログラミ ングの問題,そこでの学習者としての成人の関わりなど が基底にあり,学習者の「成人性」との関係性が課題認 識されている。 Mezirowは,パースペクティヴ変容について以下のよ うに叙述する1)。 パースペクティヴ変容は,いかにして,なぜわれわれ の仮説がわれわれの生活世界について知覚し,理解し, 感じる方法を強制するようになったのかについて批判的 に意識するようになるプロセスである。より包括的,明 確な特徴のある,統合的なパースペクティヴを可能とす る習慣的な期待の構造を変化させること,そして結果と して,こうした新しい理解の仕方を選択するか,さもな くばそれに基づいて行動する。 上記で,行動を規定することに関わって,成人の学習 活動やそれを指導する人たちは,いかなる行動様式が求 められているのだろうか。それについて, Mezirowは, 成人個々の学習活動だけでなく,社会的集合行動を醸成 することに対しても一定の責務を負うことを彼は主張し ている。 ところで, Mezirowはその成人学習論の立論の拠り所 とした「女性のための再入学プログラム」への参画の分 析を通して,成人学習者の個々人のパースペクティヴ変 容のプロセスが10の位相(フェーズ)をもつことを示し ている2)。 (1)混乱させるディレンマ (2)罪あるいは恥の感覚をともなう自己分析 (3)認識の,社会文化的,精神的な仮説の批判的な評定 (4)他者との不満および変容のプロセスの共有と認識 (5)新しい役割,関係性,行動という選択肢の探究 (6)行動する方向の計画化 (7)計画を実行するための知識と技能の獲得 (8)新しい役割の暫定的な試行 (9)新しい役割と関係性における自信の確立 (10)新しいパースペクティヴによって方向づけられる人.

(2) 72. 生への再統合. (6)人生充実のとき (7)精神的な発達. こうした位相については, Morganによって追調査が 実施され,確認されている3)。彼女は,離婚や別居,夫. さらに, Mezirowのパースペクティヴ変容に依拠した. との死別などによって生計を維持する手由を失った主婦. 学習理論が非常に示唆的な研究もなされている.その一. のために特別に企図されたカレッジ・プログラムを分析. つが外国で暮らすことで自国と他国との文化的な位相を. している。それによると,こうした人々に特徴的な移行. 克服して「異文化間の能力(intercultural competency)」. の段階として「ショックと荒廃の状態」 「苦悩と拒絶」. (以下, ICと略記)を身につけるプロセスを変容的学. 「硬直化と抑留」 「自信の回復」 「選択肢の探究」 「意志決. 習に見ようというものである7)。そもそもICは,包括. 定と自立の決意」などがあげられている。こうした人々. 的かつ統合的な世界観に依拠した適応力として理解され,. は,自責の念にかられることを経験したり,批判的な. 外国で生活する人々が,その国の文化を理解し,そこで. 自省による蓋恥心から,しばしば宗教的な慰めによって. 生活していくために必要とされることに効果的に適応す. 自らを元気づけようとすることが多いのであるが,. ることを意味している。. Morganは最終的には自分自身を頼りにするようになる としている。次のようにコメントしている4)。 パースペクティヴ変容を経験した女性の多くにとっ. 過去四半世紀以上にわたる米国における, I C獲得に 関する膨大なる研究がその概念的規定に費やされ,外国 での生活および滞在経験者の文化的成功を示すことに焦. て,以下のような主要な信念の変更が生じる:役割と. 点化されてきた実状がある。そうした研究のほとんどが,. 関係から別のものとしての個人のアイデンティティを. 第一義的に着目したのは,例えば,共感,尊敬,海外経. 定義づけること,自分自身に責任を負うこと,全体的. 顔,聴取技能,あいまいさに対する寛容など,在外体験. な依存の否定的な影響を認識すること,考え方と行動. の紋切り型の一覧にすぎなかったといえる。しかしなが. の方法に選択肢があること,人はその選択をするもの. ら,こうした一覧表はいかにして人々がI C獲得への道. であることを認識すること,一人でいることの利益を. 筋をどのような学習プロセスを経ていくのかはほとんど. 認識すること,幸福のための必須のものとしてよりも. 語ってはくれない。はたしていかにして外国での生活体. すばらしいエキストラとして男性との関係を見ること,. 験者はICを身につけるように学ぶのであろうか,とい. 受容できるものとして離婚を捉えること,妻の関係を. うことが問われている。学習プロセスを理解することは,. もち,あるいは妻でいること,および母親はキャリア. より効果的な教育プログラムを開発すること,在外経験. をもつことの妨げでないことを理解すること。. 者にいかなる支援が必要であるかを明確にすることに必 須のことである。そこに成人教育の領域から,この学習. こうした研究はいくつか散見されるが, Williamsは, 北イリノイ大学への学位請求論文『男性配偶者(夫)の. プロセスにとっての一つのモデルとして有用となりうる. 虐待における変化を説明し,変えさせる成人学習論とし. 変容的学習理論(transformative learning theory)が Mezirowによって提起されているといえるo. てのパースペクティヴ変容』において,パースペクティ. 外国生活の経験者のI C猿得に関わる関心は,経済資. ヴ変容は「虐待的な態度における変化のプロセスを説明. 源のグローバル化とそれにともなう新しい世界秩序,国. し, (中略)変化を促進させるための治療的なプログラ. 家間および国際的なコミュニケーションの必要性の増大. ムを企図する刺激的な理論である」としている5)。. の結果としてもたらされたものであり,数多くのアメリ. また, Hunterは,カリフオルリア大学ロサンゼルス. カ人が合衆国の外で,働き,暮らすことを現出してきた。. 校への学位請求論文『健康実践におけるパースペクテイ. 不運なことに彼らの多くは滞在先の異文化間におけるコ. ヴ変容:成人学習と基本的な生活の変化に関する研究』. ミュニケーション体験において成功しているとはいいが. において,パースペクティヴ変容は不健康(ill health). たいという。例えば, International Herald Tribune紙. の結果として生じるもので,以下の7つの位相にみられ. によれば「外国に住みはじめる全てのアメリカ人の%以. る変化パターンを示すとしている6)。. 上が時期尚早にそそくさと本国へ帰国する。なぜなら彼. (1)健康食品への興味関心 (2)プロポーションが危機的であると考えることが重大. らは日々の生活に適応できないからである」 (1990,. な問題ではないとし,そうしたことを打ち消すこと. Storti,p.xiii-xivより)。 21世紀へ向けて,国際社会での 生き方を想定すれば,自国の文化と他国の文化との共存. (3)批判的な人生の危機が存在することを認識する. が必須前提であることは,米国のみならずどの国におい. (4)その危機に対処するためのありふれた行動をとるこ. ても同様である。従って,人々が自分自身の文化のみな. とのレディネス. らず,他の文化において働き,生活することに何等支障. (5)批判的な変化の期間. がないということは,しごく肝要なことにはかならない。.

(3) 成人教育の組織と経営に関する研究. 外国での一時的な逗留が,滞在期間の延長などでその 国の文化とより深く関わる時間を過ごすようになって, 人はしばしば「変容」を体験するという。それは,その 国にとっての異邦者が基本的な生活ニーズを充足するた めに奮闘した結果として,必要に迫られて生じるもので ある。ストレスを解消し,不安を和らげ,生き残りのた めの方策として理解されうる。その変容体験では,生活 世界に対するこれまでとはことなった見方を求められ, 個人的な価値や信念と葛藤することになる世界観として のパ-スペクティヴが獲得される。 異文化体験を通じて働き,学ぶことに成功した在外経 験者は,ホスト文化に対してI C獲得の潜在性をもち, 「より包括的,識別力のある,統合的なパースペクティ ヴ」亀)を発展させる。 Mezirowのパースペクティヴ変容 の理論は, I C獲得の学習プロセスに対する可能な限り の解釈を提起し,追跡研究の理論的な枠組みを提供する ものである。 パースペクティヴ変容理論に基づく研究は,大きく二 つの目的をもつことになる。すなわち,第一にIC接待 の学習プロセスを詳細に叙述すること,第二に,外国生 活の経験者に対して学習と文化的変化に対する可能な限 りのパースペクティヴ変容のプロセスを探求することで あるMezirowのパースペクティヴ変容の理論は, I C 獲得に関わる学習プロセスを位相的に説明することに重 大な意義を持ち,学習者個々人の批判的リフレクション の考察に寄与するものである。 それは,異文化間のアイデンティティ形成を発展させ ている異邦者は,特定の社会的集団を排他的に同定する のではなく,他の集団や下位集団を同様に同定し,より 包括的なパースペクテイヴを照射することを意味する。 異文化間のアイデンティティは例えば,次のように示さ れる9) (1)オリジナルな文化的要素および新しい要素の受容 (2)認知における拡がり,深遠さ,パースペクテイヴの 増大 (3)自己知識,自己信頼,自己主導性の増大 (4)継続的な発達を促進させる内的な弾力性の増大 (5)新しい挑戦に対処するための創造的な工夫の増大 異文化間のアイデンティティと変容の学習・成長への アプローチに関する研究は, ICのプロセスへの新しい 洞察を提供してきた,しかし,二つの重要な領域におい てはものたりなかった。第-に,成人学習の理論構築お よび研究-とリンクされていないこと,第二に,学習概 念そのものが使われる場合,学習プロセスの複雑さはほ とんど探求されていない。ここにもMezirow等のアプロー チの意義が兄いだせる。 こうした研究はわが国では,発達心理学や環境心理学. 73. の分野で「環境移行」の調査研究として取り組まれてい る10)。しかし,社会教育の分野では「国際交流」や外国 人との交流事業が盛んになってはいるが,あくまでも皮 相的な交流にとどまっているのが現状ではないだろうか。 「国際交流」という美名のもと,大学を中心とする留 学生を取り込んだ,いわば「接待交歓会」をいかにして 理念的にも,実態的にも超克しうるか。新たな時代,そ れを国際化社会と呼ぶならば,真の意味での世界の中で の日本と諸国との関係を有機的なものとして構築してい く,社会教育行政等の力量が問われているといえる。そ れは同時に,学習者個々人が「内なる国際化」の成熟へ の真撃な態度形成を示しうるかどうか,近代的市民とし て自己認識できるかどうかにかかっている。 そうした中,広島市の公民館が昨年度より取り組んで いる「-館一国・地域の応援事業」は,ユニークな取り 組みである。それは,第12回アジア競技大会が広島市を メイン会場として開催されることにちなんで取り組まれ ているものである。市内全域60余館の地区公民館をアジ ア各国への対応をネットワークにより応えようとするも のであり,これまでの交流的事業以上の深遠さを垣間み ることができる。学習者は,他国を理解するということ の難しさを事業展開やボランティア支援活動を通じて実 感し,異文化理解のための学習により自己変革をとげて いる。継続的かつ多角的な異文化理解学習の推進こそが 今求められているといえる。 Mezirowの成人学習論との関連でパースペクティヴ変 容に関する研究についていくつか概観してきたが,彼の 立論からは今日的な社会教育学研究の課題がいくつか提 起されうる。まず,注目すべきは, 1970年代以降の米国 における成人教育研究のキ-概念でありつづけている Self-Directed Learningを"adulthood" (「成人性」 すなわち大人としての在りよう)という視点から分析し ようとしていることである。このことは, Knowlesの Self-Directed Learning理解への批判的言質を展開す るBrookfield等の見解に通じるBrookfieldは,成人が そもそも生得的に自己主導的であるという基本的な見解 に疑問を呈している。そして, KnowlesのSelf-Directed Learning論が,生来の自己主導性にもとづく学習によ る自己主導性の獲得という矛盾をインボルブするもので あることを指摘している。そして, Mezirowも, Brookfield等と同位の視角に立ち,自らの実証的研究 をもとに, Knowles等のSelf-Directed Learning理論 とは性格を異にするcritical theory of Self-Directed Learningを展開している。 Mezirowの立論の視点は, いずれも「成人性の実現」にあり,それによる理論化を 試みている。 また, Mezirowの成人学習論がわが国の成人教育研究 におけるマージナルな側面の分析に示唆的であることが.

(4) 74. 認識されている。すなわち,そもそも成人が学習するこ との意味は何であるのか,換言すれば「成人学習の中核 は何であるか」の探究に真っ正面から理論化を試みてい ることである。 Mezirowが, 「パースペクティヴ変容」 (perspective transformation)として示したものは,既 述の通り,彼が既存の成人学習-の批判論として,学習 そのものの「適応」を問題視しており,学習者個々人の 学習による「変容」,そのプロセスを示し,それを「意 味パースペクティヴについての学習」 (learning about meaning perspective)として示されている。そして,成 人のパースペクティヴ変容の前提としてあげているのが, 「契約的連帯」 (contractual solidarity)であり,人々の 因襲的な旧来型の人間関係の脱却として成立するものと している。こうした人間関係分析をメズィローは, -I バーマスのコミュニケーション的行為論を援用し, 「ラー ニング・ディスコース」として,契約的連帯という人間 関係図示式を具現化している。具体的には,ハーバーマ スが区分している人間の認識関心の基本的領域である 「技術性」 「実践性」 「解放性」に依拠し,メズィローは 「手段的学習instrumental learningJ 「対話的学習 dialogic learningJ 「自己省察的学習self-reflective learning」という三つの成人学習を考えている。 ⅩⅡ個人学習の自己組織化現象 -成人性のリフレクションへの視角平成5年度のE]本社会教育学会研究大会時に,課題研 究「生涯発達の方法と課題」部会において「生涯発達心 理学研究の現在」が報告された11)。最近の生涯発達研究 の動向を踏まえ,今後の発展の方向性として,いくつか の視点が提示されたが,その中で取り上げられた"individuality"の問題にとくに注目したい。すなわち, 「個 性記述的(idiographic)アプローチにより,それぞれ のライフコースに沿って,縦断的な方法で,生活主体と しての個人の異体的分析」を志向するものであり,人々 の生涯学習を行政施策的な支援の課題としてではなく, 個々人の生涯にわたる主体的な学習の継続という,個人 ベースでの生涯学習基礎研究の必要性を指し示すもので ある。現にそうした視点に立った社会教育研究としての 資料的価値を重視した成人学習者-のインタビュ-事例 がまとめられている12)。 このグループによる調査研究では,社会教育の「個別 化」研究を,今日における生涯学習論の盛況の背景にあ る人々の学習活動から探究しようと企図されている。そ こでは,人々の生涯学習の実態が「多様な学習機会-の 参加の状況」 「どのような動機で学習しているか」 「今後 の学習計画をどのように予定しているか」 「制度として の既存の『社会教育』をどのように意識しているか」 「メディア利用の実情はどうであるか」 「学習とその人の. 生き方とのかかわりはどうか」といった視点で分析され ている。 ところで,わが国の成人の学習形態は,社会教育にお いては大きく「集合学習」と「個人学習」という分類で 捉えられてきた。さらに, 「集合学習」は,単発的な講 演会などの集会的学習の機会,いわゆる学級・講座形式 や社会教育施設でのグループ活動など集団的学習に分け られる。 「個人学習」は施設利用とメディア利用の学習 というように類別される。 しかし,これまでの社会教育を中心とする成人の学習 場面においては個人中心の学習よりも何らかの集団を成 しての集団による学習形態により重点が置かれてきた傾 向がある。とりわけ社会教育行政の提供する学習機会は, 講演会や教室に代表される形態がはとんであると理解さ れてきた経緯がある。 ところが,臨教審以後の教育改革の方向性のなかで, 個に対する注目がなされるようになってきた。そして, 今日的な成人学習の「個別化」が志向される生涯学習時 代,いわばポスト近代-向けての新しい時代的な潮流に 鑑みた学習,とくに成人の個人学習システムの構築が求 められるようになってきている。 さらに,もう一つの問題として,わが国の社会教育に おいて中核的な学習形態とみなされてきた集団による学 習から個人的学習-の転換,すなわち「個人主義的」学 習論の提起は,組織すべき学習を「個人」に帰すものと して捉え,集団による従来型の理念の変革を迫るもので あるといえる。従来型の集団形態による学習の限界は生 涯学習のシステム化という文脈からも強く指摘され,成 人が学習することの現代的意味を問い直すことにもつな がる13)。 それは,一方において,学習の私事性の強調と他方に おいて学習成果の有する公共性という問題として,学習 費用の受益者負担論や公的社会教育への「ゆさぶり」と いう形で再び問われている現状がある。自治体が取り組 んでいる生涯学習のまちづくり動向での学習成果の社会 還元が提唱される社会的状況が存在している。 戦後のわが国社会教育における代表的な学習論である 「自己教育」論および「共同学習」論に学説史的な検討 を加えると,社会教育が公的に保障されるべき論拠とし ての「公民教育」は,その役割を果たし終えたとされる。 そこに成人教育の高度化を志向する個人学習を中心とす る新たな「学習」と「組織」の問題が提起される。具体 的な課題として照射されるのが,個々人の学習の方向性, 手続き,アクセス等の組織化の問題である。 個人学習の組織化を志向する生涯学習体系化における 「学習」と「組織」の問題へのアプローチとして,成人 の学習場面における個人学習組織化の問題を「自己組織 化パラダイム」として理解する。.

(5) 成人教育の組織と経営に関する研究. 75. 今日では,さまざまな学習の機会が存在し,それは臨 時教育審議会以降の文教施策のもと「生涯学習体系化」 にそった実際的な自治体レベルでの学習機会の相対的な 増大に反映されている。しかし,そうした地域住民が学 習することの増大に比して,学習者側の学習そのものの 主体的な組織化の問題は,必ずしも辛錬な問題として捉 えられていない。趣味教養的学習の商業化,お仕着せの ボランティア活動ブーム,学歴偏重の再生産,子育て不. あらゆる地域のすべての住民が,その生涯にわたって 生じる必要課題や要求課題を解決する,実際生活の中で. 安の心理的増幅などに対応した学習活動の量的拡大の質 が問われている。結果として,個々の学習者においては 学習における自己主導性が阻害される状況も生じている。 さらに,そのことが生涯学習体系化を取り巻く社会シス テムの問題として,個々人の学習組織化という深刻な問 題として意識されなければならない状況にある。 かつて「社会教育の終鳶」論によって,社会教育行政 施策や社会教育施設経営などの外的組織化の問題が,公 的社会教育の再編成ともいうべき課題として理解され, 新たな社会教育システム構造を提示することを求められ た。そのとき提起された社会教育行政固有の課題への回 答を先送りしたまま,今日また,生涯学習体系化の前提 に個人学習組織化のパラダイム転換が迫られているとい える。 ところで,社会教育法の「組織的な教育活動」に言及 する社会教育の規定は,個人学習の社会教育からの除外 を意味するものではない。今日の社会教育は「公的社会 教育」, 「住民の自己教育運動」, 「資本の行なう社会教育 活動」という三層構造で理解することが適当であり,個 人学習の組織化をそれぞれの場面設定において捉える必 要がある14)。従って,生涯学習振興の文脈で成人教育を 位置づける場合には,個人学習組織化の営みは今日的重 要性として認識され,従来型の社会教育における成人の 学習イノベーションとして理解される必要がある。 社会教育研究において,個人学習の研究は伝統的に個 人学習の概念そのものが一般的な認識をもたれてこなかっ たという社会的背景がある。従って,個人学習の理論化 や効率化などに関する包括的な研究およびその組織化へ の耽り組みはこれからの課題であるといえる。 成人教育における個人学習は,生涯学習の理念を結実. 求課題に対して必要課題の提示や探究を行い,学習者自 身の辛諌な学習課題となるように支援すること。高齢者 や心身に障害をもっ人,在日外国人など社会的に不利益 を被っている人,およびさまざまなの要件のために学習 活動に参加しにくい人々の参加について考慮すること。 激動する社会変化に対応した個人学習の激増と多様化 に対して,具体的かつ即応的対応として,各種の学習情 報の提供とガイダンスや学習相談の窓口を設けること。 そして,学習者が主体的な学習の享受をしうるよう,坐 涯学習のシステムとして,社会教育行政のみならず,関 係のある他の行政機関,公的教育・文化機関,民間の文 化関連産業,マスコミ等とのネットワ-クの有機化を図 ること。 個人学習の組織化の問題は,主として情報提供や学習 相談という援助方策として言及されるにとどまり,メディ ア利用の個人学習形態に関して,新たな実践の試みや論 究が見られるようになってきているにすぎない。例えば, 放送利用の個人学習などはその典型であるが,かつて広 島市中央公民館が実施していた「NHK市民大学在宅ス クーリング」などは,学習メディアとしての放送の重要 性を示したものであった。しかし,生涯学習的なメディ. させるストラテジーとしての位置づけが与えられ,従来 型の伝統的な学習の集団形態を克服する学習構造をなす ものである。さらに,個人学習の重視はこれまでの社会 教育における成人の学習様式の変革を要求し,個人学習 の分析枠組み,学習を継続するための援助方策について の理論構築,個人学習組織化の問題を提起する。 これまでのさまざまな論調を整理すると,学習組織の システム化として,学習機会を提供する側の視点として, 一般的には以下にあげるようなことが指摘されうるであ ろIn. 利用可能なあらゆる場所を活用して行う自己学習・相互 学習を支援し,援助することが肝要である。そして,翠 なる社会変化への順応という側面だけでなく,人々が自 己を見つめ,自らの人間性を積極的に育む学習の援助を する視点をもつこと。 ライフスパンの各時期を体系的にとらえ,学習者の要. アとしてのプライオリティを有するかどうかは,生涯に わたってタテ系列での学習組織化の可能性や集合学習と の機能役割などについての分析を通じて明らかにされる 必要があった。結果として,テレビ視聴の再現や学習内 容の補足的な説明が中心となってしまった「スクーリン グ」では,集団的学習の有用性や個人学習の質的高まり に対する懐疑的情況を学習者側に生み出してしまったこ とは残念である。 それに対して,青年対象の学級講座で「個」の探究を 集団的な学習を通じて,模索してきたケースもある。そ れは,広島市教育委員会および広島市青少年センターの 主催事業として昭和43年度から平成5年度まで四半世紀 にわたってつづけられた「リーダー養成青年学級」であ る。以下において最近の動向を中心にまとめてみたい15)。 「リーダー養成青年学級」は,広島市の代表的な中長 期的な青年対象の社会教育事業と位置づけられてきた。 当初の事業目的としては,昭和43年の開設年度募集要項 に次のようにみられる, 「都市化現象にともない,家庭 が下宿化する傾向が強くなり,近隣社会がおろそかにな.

(6) 76. りがちである。近隣社会は人間にとって大切なものであ り,正しい近隣社会を作りあげなくてはならない。この ためには地域青年会は大きな役割を持っ。地域青年会の 結成,充実には,地域の理解と,よきリーダーが必要で ある。この青年学級は,よきリーダーになるためのもの. のため,自らの学習を組成できないと感じる学級生から は批判が潜在化してしまっていた。制度として存続して きた常任講師も名目上だけで, 「名誉職」として位置づ けられた時期が長くつづいた。学級の運営や学習内容編 成の担い手が誰であるか,学習するのが誰であるかはあ. である」。これは,社会的事象としての「都市化」が前 提にあり,地域と青年の課題に真正面から取り組もうと の意図が汲み取れる。 その後,昭和49年度から事業実施主管がセンターに移 行し,今日までセンターの「都市づくりへの社会参加と しての事業」として位置づけられ,継続されてきた。広 島市教育委員会の掲げるセンターの実施方針によれば, 「学級」は青年たちに「仲間づくり」の場を提供し,一. まり問題にされることもなく,もっぱら参加者の受身的 な学習が奨励され,学級が展開されてきた。その一方で, 学級主事やセンターが直接には関知しないさまざまな活 動において, 「学級」の学習内容と関わらないともいえ る面で「スタッフ」を中心とする学級生の自主性,主体 性が言質されてきた。 しかし,青年たちが学習計画・立案を担う場面にコミッ トせず,もっぱら学級の人的つながりによる個人的な 「遊び」にしか力を発揮できないのでは学級としての意. 般的な教養を高めることを目的とするとともに, 「国際 性豊かで,平和で住み良い社会を建設する」地域・職場 リーダーを育成することに努める」ことがうたわれてい る。青年の自発的な参加を通して自己啓発への援助を積 極的にすすめるものとして,また青年の継続的な学習機 会への参加を促すことを奨励するものとして理解される。 しかし, 25年間におよぶ軌跡を総括してみると, 「学級」 は,個人としての青年自身の学習活動を尊重する側面と, 社会的な指導者養成という学級の主題の間で絶えず揺り 動かされ,地域と青年の学習のあり方を模索しつづけて きたといえる。いわば,集団学習のあり方と個人の位置 づけを絶えず問い続けた歴史であった。. 義,存続そのものを問われることになりかねない。こう した状況のもと,昭和60年度の学級開始に先立ち,従来 までのように形式的な学級生の関与による学習面での学 級運営を見直し,学習内容そのものの編成や計画・立案 に青年たちを参加させ,学習への要求や要望をどのよう にプログラム立案に反映させるかについて再度見直すよ う協議された。その結果,学級を支えるスタッフの組織 化がまず第一に検討され,とりわけ常任講師に対してな された要望,役割期待が第一に運営方法についての研究 開発,第二に学級生の学習,活動動向の把捉とそれへの 対応という点で確認された。 学級主事,常任講師,学級生(代表)が有機的にネッ. <学習計画と学級運営> 「学級」は青年学級振興法に則り,学級主事(事業担. トワーキングし,学習活動の主体者である学級参加者の 学習要求を第一に掛酌するシステム,組織化が希求され. 当職員)および常任講師が中心となり,その他のスタッ フや学級生を取り込みながら学習計画や学級運営に携わっ てきた。開設年度によりスタッフ名称や学級生組織の構 成などさまざまであるが,学級主事および常任講師等の リーダースタッフと学級生代表のラインという学級経営 のライン・アンド・スタッフ・システムが取られてきた。 スタッフ組織が学級経営を担ってきたとされるわけであ るが,実態としては,とくに学習プログラムなど事業計 画等については,昭和50年代に入ってから10年間ほどは, 主として学級主事が学習の計画・立案から講師依頼まで, 学級経営のほとんどを担っていた。そして, 「スタッフ」 と呼ばれた過年度学級生,主として前年度の学級生で, 担当主事が依頼した青年たちがプログラム学習以外の活 動においてイニシャチブを.取り,学級を先導する学級運 営形態がつづけられてきた。つまり,学級として最も重. たわけである。そして,学級生の要望や学習必要などを 考慮しながら,通年で事業計画を決定するのではなく, 四半期ごとに学級主事および常任講師が中心となり,学 級生の代表者を取り込んでスタッフ会を組織し,学級生 と協議する素案づくりをすすめる。その際,スタッフ相 互の学習会やセミナーを通して,また社会教育に関する 理論的な活動グループなどと提携し,社会教育における 学習プログラムについて研究,学習を積み重ねていく上 で計画立案をすすめる方法がシステム化された。こうし た学級生の要望をプログラムに反映させ,また学級の円 滑な運営をすすめていくための試みは,昭和60年度以降, さまざま試行錯誤を繰り返しながらそのあるべき方式を. 視すべき学習の内容やプログラミングについて,青年と 「事業主催者」との分断がなされ, 「スタッフ」はもっぱ ら「仲間づくり」を志向する役割のみが期待されてきた にすぎない。結果として,スタッフとして関わった青年 たちの学習組織化は限定的な環境にあったといえる。そ. 模索してきた。ともすれば学習者が「お客さん」扱いさ れ,お膳立ての整った学習機会に参加するだけという事 業形態が多い中で,学級生とともに彼らの生活体験を掘 り起こし,学ぶ要求に沿った学習の場を創造していくシ ステム,青年学習の自己組織化を追求してきたといえる。 「リ-ダー養成青年学級」においてみられた集団と個 人学習の関係性は,今後の青年期社会教育にどのような 示唆を与えるものであろうか。すなわち,青年たちの活.

(7) 成人教育の組織と経営に関する研究. 動にかかわる仮説として「集団的学習から個人重視型学 習様式へ」という認識をもち,事業展開や学級運営等に 学習参加者をどう取り込み,青年たちの主体的な発露, 個人学習の組織化-とっなげていくことは重要な視点で ある。ともすれば硬直的な姿勢が批判されがちな公的社 会教育での事業において,学習者の主体性がどう保障さ れ,貫かれるかが課題である。 「学級」が25年におよぶあゆみの中でさまざまな学習 活動を展開する中で常に問われてきたことが地域との接 点を模索することであった。平成-の時代が移り3年間 実施された「子どもを育てる若者セミナー」においても, 低迷がちな子ども会活動に何らカ千の寄与することを意図 し,地域子ども組織と青年活動を青年の自主的,開発的 な学習を追求することが第一義的に考えられた。青年た ちが自ら地域社会を担い,創造していくゆとりを学習活 動を通じて具現化していく。 「学級」には個々人の学習, 学級活動を通して地域社会とクロスしうる構造化,個人 学習の組織化が求められていた。 上記の事例のように,個人学習の組織化について検討 するにあたって,組織論研究で注目されている「自己組 織化」あるいは「自己組織性」の問題を検討することが 示唆的である。自己組織性は,今日のネットワーク社会 における組織論の一つの基礎となるものであり, 「シス テムが環境との相互作用を営むなかで,みずからの手で みずからの構造をつくり変えていく性質を総称する概念」 として捉えられている。 自己組織性に着目した個人学習組織化へのアプロ-チ の重要性は,以下に示すようにまさに生涯学習時代とい う社会的背景を根拠としている。現代は,生活の質的・ 文化的向上が成人の学習意欲の高揚をともなって進んで いる。これは,具体的には「生涯学習体系への移行」と いう文脈において,学歴社会」から「学習社会」への転 換という問題として言及されていることに関わっている。 また,わが国の将来的なワークシェアリング政策の方 向性と生涯教育施策が密接に関わっていること-の着目 は重要である。なぜなら,元来長期的な大量失業対策の 基本理念として,登場したワークシェアリング政策は, 労働時間短縮や有給教育休暇制度などによりミクロ的に は,個々人の生活における自由時間の増加を意味してい る。したがって,この政策の具体的な実施は,いわゆる クオリティ・ライフの実現や「自己実現」を可能とする. 77. な社会教育での個人学習のあり方はそうした観点で捉え られるべきである。重要なことは,学習者の生活体験に 依拠した問題発見のプロセスであり,そうした個人学習 の組織化の視点である。 「社会教育の公共性」についての問題は,今日的なト ピックとなっているが,公的側面の強調においては学習 者の私事性が否定され,行政側からのいわゆる「必要課 題」学習の必要性が説かれる傾向がある。しかし, 「要 求課題」, 「必要課題」という用語は,本質的には学習者 自身にとっての学習課題に対する認知,自覚の深さを示 しているのであり,それを要求し必要とするのは学習者 本人にはかならないことが忘却されてしまっている。 個人学習の組織化の問題は,自らの生活設計における 社会システムの差異化とリフレクションの受容形態と密 接に関わっており,生活世界における学習の自己組織化 現象である。そうした活動が自己革新としての学習であ り,そうした学習を可能とするシステムとしての生涯学 習体系が学習社会にはかならない。 以上のように,自己組織化論に着目した成人学習の組 織論は,生涯教育の文脈に照らした論述がますます増大 する現況にあって,社会教育の経営的な研究課題として 最も重要な位置を占めるものである。自己組織化パラダ イムにもとづく成人学習の組織進化論的は,既存の社会 教育行政の方向性や社会教育関係団体の課題など現代社 会教育を構成する組織そのものに言及して論述する必要 性がある。その前提となるのは個々人の学習活動のあり 方であり,その組織化への過程を分析することである。 注 1 ) Mezirow, J. Transformative Dimensions of Adult Learning, Jossey-Bass, 1991, p.167. 2) Ibid., pp.168-169. 3) Morgan, J. H. "Displaced Homemaker Programs: The Transiton from Homemakder to Independent Person. Unpublished doctoral dissertation, Teachers College, Columbia University, 1987. 4) Ibid., p.230. 5 ) Williams, G. H. "Perspective Transformation as an Adult Learning Theory to Explain and Facilitate Change in Male Spouse Abusers. "Unpubished doctoraldissertation, Northern Illinois University, 1986.. 時間的猶予を確保し,ゆとりある生活づくりの基盤が形 成されることにはかならない。. 6) Hunter, E. K. "perspective Transformation in. 成人の学習は本来,自己革新にその根拠を求めるべき であり,仕事上の必要による知識習得や単なる趣味・教 養活動が基本ではないであろう。そのためには,成人の 学習が生活世界の差異動機ときり結ぶ必要があり,公的. Fundamental Life Change. "Unpubished doctoral. Health Practices: A Study in Adult Learning and. dissertation, University of California, Los Angeles, 1980.. 7) Taylor, E. W. Intercultural Competency: A.

(8) 78. Trans-formative Learning Process. " Adult Education Quarterly, Vol.44, No.3, Spring 1994, pp.154-174.. 1993年, 247 - 256頁。 豊田千代子「自己決定学習と成人性の発達IJ.メズィローの批. 8) Mezirow, Op. Cit., 1991, p-167.. 判的成人学習論を中心として-」社会教育基礎理論研究全編. 9) Kim. Y. Y. Development of lntercultural Identity.. 『学習・教育の認識論』 [叢書生涯学習Ⅷ]雄松堂出版, 1991年,. Paper presented at the annual conference of the International Communication Association, Miami, FL. 1992, p.22, in Taylor, Op. Cit., p.155.. 145-1 77頁。 豊田千代子「フェミニストセラビィ-女性の自己解放実践の試 み-」 『東京大学教育学部紀要』第32巻, 1992年, 353-363頁。. 10)山本多喜司/S ・ワッブナ、編著『人生移行の発達心理学』. 永井健夫「認識変容としての成人の学習-J.Mezirowの学習論. 北大路書房, 1992年。ここでは,われわれの日常生活と行動. の検討-」 『東京大学教育学部紀要』第29巻, 1989年, 331-339. 様式の関係性を位相的に捉え,異文化への適応を「人間と環. 頁。. 境の間,特に文化的文脈の中でできあがっていたシステムが. 永井健夫「アメリカ,J.Mezirowの学習論をめぐって-成人の. 崩れ,再び安定したシステムが構築される」 (343頁)ものと. 学習およびその考察における基本的視点-」社会教育基礎理論. して位置づけている。そして,カルチャー・ショックからの. 研究全編『諸外国の生涯学習』 [叢書生涯学習刃]雄松堂出版,. 適応を「接触期」 「不統合期」 「再統合期」 「自律期」 「独立期」 という位相において理解している。 ll)都筑学「生涯発達心理学研究の現在」 『日本社会教育学会 紀要』 (1994年度, No.30)日本社会教育学会, 12-14頁を参. 1991年, 73-114頁。 永井健夫「成人の学習過程の解明に向けて(n)-「解釈の-oター ン」と「意味パ-スペクティヴ」の試論的比較」 『社会教育学・ 図書館学研究』第16号,東京大学教育学部社会教育学研究室, 1992年, 63-71頁。. BH,. 12)倉内史郎・鈴木虞理・西村美東士・藤岡英雄編著『生涯学. 永井健夫「成人の学習過程の解明に向けて(m)一学習者の生き. 習の生態学一成人学習の個別化状況を探る-』 (野間教育研. る生活世界一」の試論的比較」 『社会教育学・図書館学研究』第. 究所紀要第37集)野間教育研究所, 1993年。. 17号,東京大学教育学部社会教育学研究室, 1993年, 35-42頁。. 13)辻功「社会教育の課題-内容と方法を中心に- :個人学習 組織化の課題」辻功・山本恒夫編著『現代社会教育概論』第 一法蝋,昭和52年, 120亘。 14)福尾武彦「社会教育と主体形成をめぐって」 『月刊社会教 育』 No.340, 35頁。. 梨本雄太郎「都市空間における学習の諸相」 『東京大学教育学 部紀要』第33巻, 1993年, 239-246貢。 堀薫夫「アメリカにおける成人発達論の展開-エイジングと 教育との関連の中で-」日本社会教育学会編『社会教育の国際 的動向』 [日本の社会教育第31集]東洋館出版,昭和62年, 156-. 15)学級の展開については,常任講師としての筆者の昭和60年 ∼平成元年までの「学級経営ノート」 「学級生デ、タベース」 「ネットワ-クカード」等および広島市,広島市教育委員会, 青少年センター発行の『広島市の社会教育』 『青少年センター. 169頁。 宮坂広作『増補:生涯教育と社会教育』教育開発研究所,昭和51 年。 宮坂広作「生涯教育の恩想と実践-国際的な理論動向について. 要覧』 『広島市青少年基本計画』 『青春(活動記録)』 『舌炎. の管見-」 『生涯学習の理論』明石書店, 1990年, 1-38頁。とく. (学習の記録)』 『青少年センター利用実態調査報告書』など. に,23-33頁において「Mezirowのパ-スペクテイブ変容論」. を参照Oまた,清囲祐二・安原-樹「生涯学習における青年. として詳述。. 教育の課題-広島市青少年センター『リ-ダ-養成青年学級』. 柳沢昌一「生活世界とコミュニケ-ション的行為の理論IJ.--. を事例として-」 『日本生涯教育学会年報』 (第15号)所収に. バーマスの理論展開の跡づけを通して-」社会教育基礎理論研. この学級の総括的考察をしてある。. 究全編『生活世界の対話的創造』 [叢書生涯学習Ⅹ]雄松堂出 版, 1992年, 3-29頁。. 参考文献 今田高俊『モダンの脱構築』中央公論社,昭和62年。 今田高俊『自己組織性-社会理論の復活-』創文社,昭和61年。 入江直子・豊田千代子「成人の学習と発達-N.A.Gのアンドラ ゴジー理論を中心として-JE]本社会教育学会編『社会教育の 国際的動向』 [日本の社会教育第31集]東洋館出版,昭和62年, 143-155頁。 木前利秋はか『システムと生活世界』 (社会科学の方法Ⅷ)岩波 書店, 1993年。 佐々木英和「『自己実現』の教育論・学習論的意義の検討一時間 論的視点からの一考察-」 『東京大学教育学部紀要』第33巻,.

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参照

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