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2004
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研究成果報告「現代における
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「沖縄本島における浄土宗寺院の現状と展望」
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浄土宗総合研究所
2004年(平成 1
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目
次
研究成果報告 現 代 にお け る﹁結縁五重 相 伝会 ﹂ のありか た : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : 現代布教の検討班 : ・2
開教の基礎的研究国内研究│沖縄本島にお け る浄土宗寺院の現状と展望│ ・ : : : j i -・ : : 国内開教班 : ・ 似 ﹁ ホl
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平成百年研究活動報告 浄土宗義と現 代 ・ ① 浄土宗比較論│﹃浄土宗大辞典﹄の点検│:j i -: : : j i -J J ・ -: : 林田 浄土宗義と現代 ・ ① 浄 土 宗 比 較論 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 柴田 浄土宗義と現代 ・ ② 浄土宗基本典籍の現代語 化 ・A
浄土 三 部経:j i -: : : : : : ・ j i -: : : 袖山 浄土宗基本典籍の現代語 化 ・B
四十八巻伝 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 善 浄土宗善本叢書班 ・ ・ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 善 浄土宗典籍 ・ 版木の研究│浄土宗寺院所蔵文献類調査整理研究 │ : j i -: : : : : : ・ j i -・ : 竹内 葬祭仏教研究│葬儀の実態的研究│ -.. . . . . . .. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ・ ・ ・ ・ 大蔵 礼 讃声明音譜の研究﹁3
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究
成
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1-現代における﹁結縁五重相伝会﹂
目 次 はじめに 研究報告﹁結縁五重の歴史的背景﹂ 研究報告﹁五重相伝会に関する調査﹂報告 研究報告﹁結縁五重相伝会﹂開廷案 おわりにのあり方
現代布教の検討班
-2-はじめに 本研究班は、平成十 三 年度の予備調査研究報告(浄土宗総合研究所﹁現代布教研究班﹂成果報告﹃教化研究﹄第日号) をふまえ、全国各地の﹁五重相伝会﹂の実状調査を行い、その特色、課題、問題点を分析し、現代における﹁結縁五重 相伝会﹂(以下、﹁結縁五重﹂という)のあり方を研究することを目的とした 。 本研究班は、歴史的に現在に至る五重相 伝会を考察し、現在の実情調査を踏まえ、未開廷地域への 一 開廷案を提案するものです 。 本研究成果報告書は、研究報告﹁結縁五重の歴史的背景﹂を後藤真法研究員が担当し、研究報告﹁五重相伝会に関す る調査﹂報告を正村瑛明研究 員 がまとめ、研究報告﹁結縁五重相伝会﹂開娃案を研究員 ・ 研究スタッフで纏め上げたも の で す 。 q u
研究報告 ① 結縁五重の歴史的背景 隆円﹃浄業信法訣﹄
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的門﹃信法要訣耕釈 ﹄ に見られる 結縁五重 ※この項は、西城宗隆 ・ 大蔵健司両研究員に、多大なる ご協力をいただきました 。1
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はじめに 結縁五 重 の現場において疑問に感じる 一 つに、勧誠師 による話の組み立てと、要偶 ・ 密室道場における伝目が 何故 一 致していないのかという事がある 。 本来、伝法を 理解しやすくするための前方便として勧誠師が話をする のであれば、何故現在のような議離が見られるのであろ うか 。 また、機悔式のように、結縁五重の中ではっきり と規定されていない道場はいつ頃から始まったのであろ うか 。 この項では、結縁五重の歴史的変濯を把握するこ とによって、現在から未来へと脈々と続いていく結縁五 重の理想的なあり方を探ることとする 。/
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結縁五重の変遷 資料 l ・ 結縁五重の変遷表(大蔵研究員 作成) 資料 2 ・ 結縁五重に関する規則 一 覧 ( 西 城 研 究 員 作 成 ) まず、資料 l (結縁五重の変選表)を見てみると、周 知の通り大樹寺開山の勢誉愚底が松平親忠公に五重を授 けた事をもって五重の濫腸とされる 。 その年号について は、勧誠録 等 に多説みられたが、その典拠は不明である 。 -4-そ の 後 、 一 六O
八年(慶長 二 二 年)、家康が増上寺の存 応より五重相伝を受けたという記述が﹃党舜日記﹄﹃慶 長見聞録﹄などに見られる 。 しかしながら、この 二 例 は 権力者に対しての伝法であり、 一 般庶民に対するところ の結縁五重とは意味合いが異なる 。 はたして、現在に至 るような結縁五重のスタイルはいつ頃から起こったので あろうか 。 淑徳大学の長谷 川 匡俊師によると(※ l ) 結 縁五重の変遷は次の如く 一O
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年のスパンで 三 つの時期 に分けられる 。資 料 結縁五重の変遷表 浄土宗総合研究所﹃現代布教﹄研究班 (資料提供大蔵健司研究員) 付きとの家能 中 厳 許 面 前 室遷3別ι烹 し 布 期 選 可 禁 期 町 解禁期制限て教手段室芭立・ 期 対 比 区分 象 か ・ の ら 全 西
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佐 刀く全, 四 万 εと=之, ー 制 議 五 規 2品'"、 ) 全 百 衆 年 ー‘ の ( あ 明 ゆ 治 q d 唱 E A大正期 九 大 正 二 年 九 月 二 九 一 宗 規 第 五 十 九 号 伝 法 条 例 日 第 一 章 第 一 条学衆に対して宗義の極致を相伝し、列祖相承の宗脈 を授与するを伝宗と称し、円戒を伝授し、列祖相承の戒脈を 授与するを伝戒と称す 。 第 二 条教師に対して伝灯弘通の許可書を授与するを璽書伝 授と称す 。 第 三 条教会衆に対して宗義を相伝するを五重相伝と称し、 円戒を授与するを授戒と称す 。 第四条伝宗並に五重相伝の能化を伝灯師、伝戒並に授戒の 能化を伝戒師、璽書伝授の能化を伝授師と称し、所化を総て 受者と称す。 第 四 章 五 重 相 伝 並 授 戒 第二十 二 条五重相伝は前行別行伝法と次第し、授戒前行別 行授戒と次第す 。 法式作法は法式条例の定むるところに依る 。 第 二 十 三 条 前 行 別 行 を 各 一 七日とし、別行の第七日に伝法 又は授戒を行ふものとす 。 第 二 十四条前行は各自随所に於て行ひ、別行は伝法又は授 戒を執行する寺院に於て之を行ふ 。 第二十五条蜜蓄を有する教師は伝灯師又は伝戒師たること を得 。 AUZ ' E A
大 正 期 第 二 十 六 条 檀 林 以 下准能分寺に至る寺院住職は住職以後七 一 年以内に、平僧寺住職は十年以内に教会衆に対し、知法に五 一 重相伝を執行し、爾後七年毎(平僧寺住職は十年毎)に少く 一 とも一回五重相伝会又は授戒会を執行すべし 。 但 己 む を 得 一 ざる故障に由り該期間に執行するに能はざるときは教務所長 一 の証明を添え、宗務所に延期を 出 願し許可を受くべし 。 一 第 二 十七条五重相伝会又は授戒会を執行せんとする 一 第 二 十 八 条 五 重 相 伝 会 又 は 授 戒 会 争 執 行 し た る と き 其 寺 住 一 職は会所並に伝灯師又は伝戒師及受者の員数を記載し、 三 十 一 日以内に宗務所に届出つべし 。 一 第 五 章 補 則 一 第 三 十 三 条 従 来 植 林 に 於 て 伝 へ た る 血 脈附法は其寺代々の 一 住職限り之を承継すること得 一 宗 規 第 七 十 五 条 伝 法 条 例 左 の 通 り 更 正 す 。 (大正四年六月 一 二 十五日)(璽書伝授) 一 第十五条中﹁総本山知恩院大本山増上寺﹂とあるを﹁総本山並 一 に大本山﹂と更む 。 一 ﹁伝法条例﹂は、従来教令による伝宗伝戒規定はあるが、さらに 一﹃ 浄土宗宗議会百年のあゆ 伝法を重んじるため今回の制定になった。しかし条例中﹁伝宗 一 み ﹄ 伝戒は総本 山 及び大本 山 においてのみ行なわれ、ただ従前特別 一 の似例ある植林(名越)に限り特に伝宗伝戒の式を行なうこと 一 を得る﹂との箇所に、 他 の檀林の由緒ある譜脈は断絶するも可 一 といつことか 。 従来伝法相承はその寺に限りこれを行なうこと 一 を認めよ、との誓願書が提出され、 二 次会延期となった 。 F h d ' E i
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年 年 年 月 第 第 浄『 授 戒 第 に 第 依 行 第 浄相 寺 す 伝 伝 く 第 八 弘 付 を 奥 第 四 土 伝 院 る 宗 第 法 。四 章 通 法 授伝 義 三 節 二 伝 二 る 別 二 土 会 住 も 伝一 条 百 の 伝 を 百 副 長 士 受 士 。行 実 話ま 職 の 戒 条中「 例更中 四 付 授 し 相 四 伝 』 行 ー条 は 条 授戒 規類纂 た は を の 条 法 は て 伝 十 室戒 は 住 有 期 を 住 議 し 七 す 授 戒 と 五襲戦
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① . 近世前期 ・ 全面禁止から許可対象の厳選期 元和条目に代表されるように、 たびたび檀林の定書で は、在家五重の禁止が呼びかけられている 。 しかし、例 えば山城の古知谷(資料 l ) にこの時期から頻繁に結縁 五重の記述が見られるように、捨世派隠遁僧を中心にし て、檀林の目の届かない地域では、たびたび結縁五重が 行われていた 。 その結果、総録所である増上寺から各檀 林にあてた捉書きには、六十歳以下の人に限るなど(資 料 2 ) と、原則的に禁止しながらも、実際は 化他 五重を 容認する記述が多くなっている 。 ② . 近世中期 ・ 能化(寺持)の化他行としての制限付き 解禁期 享 保年間となると、 さらに各檀林の法令は結縁五重に 対して温柔な姿勢を取ることになる 。 例えば璽書 ・ 布薩 の相伝者という制限付きながら、在家への五重相伝は寺 持ちの職分である ( 資 料 2 ) とまで規定されるようにな る 。 その際には、各寺院は本 山 ・ 本寺へ出願をし、あら かじめ免許を得ること(※
2
)
により伝法権を付与され るのである 。 しかしながら末寺での伝法箇条が乱脈 化 し m'-A リ γ ' -、 宇 ' + J H α -p h それぞれの本 山 ・ 本寺では伝目を定め、 そ の 流儀を規定していく必要が生じていく 。 ③ . 近世後期 ・ 結縁五重の展開期 文政の時期になると、結縁五重は多分に大衆化、習俗 化され、現在のように各寺で自由に行われるようになっ た 。 さらには浄土宗以外でも五重が行われるまでに至つ -1 8-た 。 現 代 、 一 般的に見られる結縁五重の形態ができあがっ た の は 、 おそらくこの時代以降である 。 例えば受者の数 も江戸崎大念寺の日鑑に﹁五重入行人数、八拾五人﹂(※ 3 ) 、とあるように大規模なものになり 。 また五重の発 起人(勧進者)についての記述も見られる(※ 4 ) ょ う になったことから、伽藍の修復の勧進目的での結縁五重 が行われるようになる 。 また要偏道場のしつらえにおいて、本来は霊山浄土の 荘厳(本尊と向かい合わせに樟尊像を安置) の み で あ った(※
5
)
ものが、やがて白木綿を敷き 二 河白道を表現 するようになり、そういった新しいパフォーマンスもこ の時代以降、次第に成熟していく 。 また現在では、受者 の多くが最も印象に残ったと語る慨悔式における暗夜道 場のしつらえも、この時代には全く記述がみられない 。3 .
陸円の指摘する結縁五重の問題点 前項の通り、後期の展開期、結縁五重は壇林の目の届 かない地域では頻繁に行われるに至ったが、多分に大衆 化、習俗化されていった 。 箇条伝目に関しても、自由奔 放に作製され、さらには浄土宗以外でも五重相伝が行わ れているような状況であった 。 そ の 時 代 に 、 警 鐘的 意 味 合いを含めて隆円が著した﹃浄業信法訣 ﹄ は、現在でも 結縁五重の撮要、伝 書 として広く知られるところである 。 特に、その巻 一 ・ 停法前方便にて隆円が指摘する結縁五 重の問題点は、大きく分けると以下のような点を糾すた めと考えられる 。 ① 伝法と し ての五重形骸 化 化 他 五重を行わない事は住職の恥とし、自身の修学研 績もせぬままに伝法を行う僧侶が多かった 。 また伽藍修 復の勧進を目的とした結縁五重の開娃も見受けられ、必 然的に受者の数が増え、信心の薄い者にまで相伝を許す 傾向となった 。 この点に関して、現在でも﹁ザブ ト ン 五 重﹂という 言 葉をよく耳にするが、受者総数は多いのだ が実際の出席が極めて少ない五重開廷は、その是非が問 われるところである 。 五重が 一 般信徒に浸透することは -19一 大切なことだが、こと伝法という視点から見ると、本来 少数の篤信念仏者への伝法が、やがて大人数でも当たり 前となり、その結果、五重の性格も﹁入信式﹂﹁帰敬式﹂ のように変化してしまったように思われる 。 以下に﹃浄 業信法訣﹄にてその点を問題視する記述を抜粋する 。 ﹁今時若輩ナル寺持衆ノ中ナドニハ、知ラヌコトモ知リ テ居ルト云風デ、空ウソブイテ居ル故、在家モソレヲ知 リ笑止ガリテ、何ゾ尋タキコ ト アリテモ、恥カ、スガ気ノ毒ジャトテ、黙シテ居ル也 。 ソ レ デ 出 家 ハ 、 ス マ シ -ア 好気ニナリテ居ル故、俗知識、 アリガタ安心、御領解即 身往生ナド云、邪気紛レ者ガ附ケ込テ、正法ヲ嬢滅スル サ テ サ テ ハ ガ ユク ナリ 。 担々伎棲苦シキコトナラズヤ﹂(﹃浄土停燈輯要﹄ 間頁) ミ ダ ﹁サレパ出家分上ノ伝授ゴトニテ、現リニ在家ニ授ルコ トハ御制状アリテナラヌコトナリ 。 サレパ在家ニテモ、 五十歳己上ノ老人、 三 寓遍以上ヨク日課念仏ヲ申シテ、 信心決定ノ行者ト見定メヌレパ、夫レニハ師匠ヨリ格別 ノ褒美ニ此法ヲ伝へタルニ、今時ニナリテハ、五重サへ スレパ助ルト云フヤウニ心得、又寺持モ五重ヲ授ケネパ、 恥辱ニナルヤウニナリテ、夫レ故不学文盲ナル者モ、操 ナク授ケネパナラヌコトニナリタルハ、迷惑ナルコトナ リ﹂(﹃浄土停燈輯要﹄卿頁) ②伝法の 秘密 主義 化 ま た 見 ① に相反するようだが、逆に必要以上に 手
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、 伝の授与﹂としての性格ばかりが強調されているきざし もある 。 ことさらに十念伝ばかり重視し、五重の肝要で ある日課念仏の奨励に繋がっていかない 。 あるいは箇条 伝目に必要以上に特異性を持たせたり、数の多さ等を競 い合っている点を問題提起する 。 現状の結縁五重の現場 に お い て は 、 それほど極端な秘密主義化はないと思われ るが、確かに十念伝ばかりを秘伝として強調する風潮や、 その土地に伝わる細かな儀礼風習にばかり縛られ、念仏 勧奨という五重本来の意義から逸脱する危険性は充分注 ハU n / “ 意すべき必要があると思われる。 以下﹃浄業信法訣﹄から、 その記述を抜粋する 。 ﹁東寺八坂ノ塔モ五重ナレパコソ五重ノ塔トハ云へ、若 シ タ ゾ 一 重ナラパ五重トハ云フベカラズ 。 夫レカヤウ 此ノ五重モ、初 重 ヨリ五ツカサネナル故、 五重トハ云ナ リ 。 然ルニ今時タゾ第五重ノ 一 重 計リヲ仰山ニ 言 ヒ 立 テ、侍ルノミニテ、前四重ノ機心行ノコトヲ沙汰セザル 議多シ 。 コレハ彼ノ 一 念義ニ、九念マシタル十念義ト云モノナリ﹂(﹃浄土停燈輯要﹄仰 頁 ) ﹁ 今 時 、 化他箇傍ノ 多キヲ勝レタ リ ト シ 、 詮 モナキ 事ヲ 箇 傍 ニ シ テ 、 二 十箇保 三 十箇候ト云テ他ニ勝ラントスル 者アリ 。 在家モ其ヲ喜ブ由ナリ 。 五重学生相承ハ 九箇保 。 在家信法ハ五箇練 。 添口伝共ニ九簡保 。 是レ古式ナリ 。 ヒ ソ カ 私ニ加増スルハ何ト云コトゾヤ 。 悲 ム ベ シ ﹂ ( ﹃ 浄 土 侍 燈 輯要﹄仰頁) ﹁ 今 時 、 五重ヲ受ザルハ、 ヨク日課ヲ勤ムレドモ、五重 ノ後ハ十念キリデヨイトテ、日所作ヲモ等閑ニスルモノ 多 シ 。 此 等ハ五重ガ念仏相続ノ妨トナルナリ﹂(﹃浄土侍 燈 輯 要 ﹄ 制 頁 )
4
.
﹃ 信 法 要 決 ﹄3
﹃信法要決鱗釈﹄にみる勧誠の 構 成 大日比 三 師 の 人・法洲の﹃信法要訣﹄、 および的門 の﹃信法要訣排釈﹄ と続く 二 書 は 、 さしずめ隆円の﹃浄 業信法訣﹄を実践した現在最古の勧誠録と 一 言 守 え る 。 隆円と法洲が朋友として非常に懇意な聞であった事は ﹃ 法 洲 和尚行業記﹄に多々記されている 。 隆円が結縁五 重の現状を見かねて﹃浄業信法訣﹄を著 し 、 法 洲 も ま た ﹁ 今 時、吾が浄土門において五重を相伝せらる﹀に宗規に違 へ る こ と 甚 だ 多 し ﹂ ( ※ 6 } と い う 意 楽 か ら 、 ﹃ 浄 業 信 法 訣 ﹄ に忠実に則した形での勧誠録を﹃信法要決﹄として著し たと考えられる 。 しかしながら、明治四五 年 に 三 師講説発刊所より発行 - 21-さ れ 、 その後﹃浄土宗選集﹄(昭和五九年・同朋舎出版) 第八巻 に収録された ﹃ 信 法 要 決 講 説 ﹄ は 、 実 際 は 的門 ﹃ 信 法要決耕樺﹄の内容そのものであり、中野隆元師による と、法洲による原本﹃信法要決﹄は、稀書として存在す るが、的門の書よりもずっと簡素なもの(※7
)
である ら し い 。 いずれにしても、的門は法洲に直接に師 事した 人であり、その勧誠内容を調べることから、隆円、法洲 が提唱し理想とした結縁五重の理想型を見ることが出来 ると思われる 。﹃信法要決耕樺﹄の構成を列記する 。 1 . 叙説分 ( 約 八
O
O
O
字 ) 序 ・ 償 悔 三 帰 ・ 道 場 制 規 七 件 ・ 五 重 濫 鱒 ・ 五重法体 2 . 叙説分 ( 約 七 六OO
字 ) 白旗制誠五ヶ条 3 . 正説分 ( 約 一 二 八OO
字 ) 初重 ・ ・ 五重の字義 ・ 意義 ・ 元祖伝 ・ ﹃ 往 生 記 ﹄ ・ 難遂往生機十 三 人 4 . 正説分 ( 約 五 六OO
字 ) 初 重 ・ ・ 四障四機 5 . 正説分 ( 約 八 五OO
字 ) 二 重 ・ ・ 二 祖伝 ・ ﹃ 授 手 印 ﹄ ・ 浄土宗他義 6 . 正説分 四 ( 約 八O
O
O
字 ) 二 重 ・ ・ 五種正行 ・ 三 心 7 . 正説分 ( 約 一0
0
0
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字 )五
二 重 ・ ・ 五念門 ・ 四 修 ・ 三 種行儀 8 . 正説分 ( 約 四 八OO
字 ) --'- -1¥ 9 . 正説分 二 重 ・ ・ 結帰 一 行 三 味 ・ 奥図相伝の義 ・ 二 重 総括 七 ( 約 八 三OO
字 ) 疑心の 二 種 三 重 ・ 三 祖伝 ・ ﹃ 領 解 紗 ﹄ ・ 四 重 ・ 在阿因縁 ・ ﹃ 決 答 紗 ﹄ ・ 叩 .正説分 1¥ ( 約 一 一 四OO
字 ) H . 正説分 二 河白道の警轍 ・ -﹃ 西 要 紗 ﹄ ( ※9
)
を用いる ( 約 七OOO
字 ) 第五重 ロ .正説分 九 鷺伝 ・ 三義 校 量 十念伝の 二 義 第五重 ・ 口授心伝 ・ 十念伝の弊害 ・ 五重の正体 十 ( 約 四OOO
字 ) n, L 内 L 日 . 得益分 ( 約 三 五OO
字 ) 円 流 通 分 ﹃観経疏﹄散善義深心釈 ・ 三 随順の文 ( 約 一 一O
O
O
字 ) ﹃ 小 消 息 ﹄ 時 流 通 分 ﹃ 小 消 息 ﹄ ( 約 一 三 八O
O
字 )以上のように全十五席の説教、全体日程として七日五 重の勧誠を記 したもの 。 席によって分量にかなりの違い がみられるが、内容の軽重で 一 席の長さを調節していた ものと思われる 。 また、﹃法洲和尚行業記﹄には 二 週間 からそれ以上の規模での開症も多く、その場合﹁伝法前 七日は 二 河白道 響 説を講じ、後七日は伝書を演説せらる﹂ ( ※
8
}
との記述が見られる 。 さらに内容に関して、現在 一 般に行われている結縁 五重の勧誠と比較してみて、次の ような注目すべき点が あった 。 ① 釈尊伝、阿弥陀仏の本願 ・ 仏身等の講説が 一 切含まれ ていない 。 現在の化他勧誠では序分に必ず説かれる釈尊伝や、五 種正行の時に説かれる事が多い阿弥陀仏の本願、仏身等 の講説は勧誠内容に 一 切含まれていない 。 五重相伝の受 者は篤信の者に限られるのであるから、当然理解してい るものとして講説がないものと思われる 。 ②正伝法の後 に、流通分として﹁小消息﹂ 二 席を説いて い る 。 第十 三 席 ・ 得益分を終え﹁いよいよ明日は正伝法なれ ば、各々身器清浄にして早朝より来詣せらるべし 。1
略 初重にて和字の御法語を説き残し置きたれば、両席 にそれを弁示して、今般伝法授与の総括とすべし﹂(※ 9 としているが、正伝法の翌日に 二 席の勧誠があり、 そ の 二 席共に 一 万字以上の長時間にして﹁小消息﹂を説く 。 これは文字通り﹁初重の説き残しを弁す﹂と 一 言 う よ り も 、句 。
。 ,
U 五重の総括として意識的に最後に説いた感もある 。 単 に ﹁ 十 念 伝 ﹂ で五重を印象付けることのないよう、日課称 名の勧奨こそ五重相伝の真髄であると知らしめ、﹁小消 息﹂をもって五重全体の結勧とする 。 これこそが﹁十念 伝﹂の秘密主義に偏っていた当時の結縁五重に対するア ンチテーゼとも思われる 。5
.
ま と め 勧誠師による話の組み立てと、要伺・密室道場におけ る伝目の恭離は、 それぞれの伝目の独自性を強調させよ うと し た 、 五重発展の歴史的変選によるところが大きい と思われる 。 ま た 、 それに加えて、現在では受者の信仰 レベルの低下に伴い、本来は五重に入行される以前に説 かれるべき勧誠内容が増えてしまっている事もその理由 の 一 つであろう 。 結縁五重の究極の目的は受者に対する念仏の勧奨に他 ならず、その意味からすれば、要備・密室道場の伝目は あくまで形式的なものとして、必要以上に箇僚伝授に時 聞を取ることなく、 むしろ前方便の勧誠に準じる形で五 通五箇を強調するようなタイムバランスを取っていくよ うな方向が望ましいのではなかろうか 。 結論として﹃浄業信法訣﹄及び﹃信法要訣解釈﹄にて 当時、問題提起された点を鑑みて 、現在の結縁五重をあ らためて見直し、本来意図された形にできるだけ近づけ ていく事が、今後の五重開延に最も望まれることと思わ れる 。 以上雑ぱくではあるが、結縁五重の歴史的変遷を ふり返りご報告させて頂いた 。 ※ I ﹁ 在 家 五 重 一 の定着過程にみる布教者と民衆﹂長谷川 匡俊﹃近代浄土宗の信 仰と教化﹄印頁 ※ 2 同 右66
頁 ※ 3 同 右 70 頁 ※ 4 同 右 70 頁 a 品 τ q L ※ 5 西城宗隆研究員所有の伝書を参考にした 。 ※6
﹃法洲和尚行業記﹄ 三 師講説 発刊所﹃大日 比 三 師 傍 ﹄ 183 頁 ※ 7 ﹃浄土宗教学大系﹄第八巻 大東出版社川頁及び 133 頁 ※ 8 ﹃法洲和尚行業記﹄ 三 師講説発刊所﹃大日比 三 師 博 ﹄ 184 頁 ※9
﹃浄土宗教学大系﹄第八巻 大東出版社制頁研究報告 ② ﹃五重相伝会に関する調査﹄報告 ﹃五重相伝会に関する調査﹄報告経緯 平成十 三 年度の予備調査研究報告(浄土宗総合研究所 ﹁現代布教研究班﹂成果報告﹃教 化 研究﹄第日号)にま とめた通り、五重相伝会開涯に際して、﹁経費の問題﹂﹁ス タツフの問題﹂﹁用具等に関しての問題﹂﹁五重相伝 ・ 受 者のアフターケアの問題﹂という四つの課題があること を指摘した 。 そして、﹁経済的ハ ー ドル﹂と﹁人的ハ l ドル﹂を如何に克服してゆくかということが五重相伝会 閉症の鍵であることと結論ゃつけた 。 以上の点をふまえ、 かつ暖昧な点、たとえば﹁教授師﹂﹁回向師﹂ の役割等 について、再度、全国各地の﹁五重相伝会﹂ の実状調査 を 行 い 、 その特色、課題、問題点をさぐることにした 。 そこで、平成十四年十月十日から同十五年二月にかけ て﹁五重相伝会に関する調査﹂ アンケートを全国 8 ブ ロックで実施 し た 。 対 象 は 各 守 フ ロ ッ ク 十 六名の当班研究 スタッフを通 し て、各スタッフ十ヶ寺を目標に五重開娃 寺院への調査ご協力を依頼した 。 回答期限は平成十四年 十 二 月 三 十 一 日までとしたが、実際には、平成十五年 二 月 二 十 一 日到着分までとした 。 その後、五ヶ寺分の回答資料が届けられ、最終的には、 川ヶ寺のご寺院よりご協力をいただくことができた。 ﹁ 調 査 表 ﹂ の内容は、左記の通りである。 Fhd ワ ム ︼ -事 前 の 準 備 に つ い て l . 前回聞かれた五重から何年くらいの期間がありま したか?(初めての場合は次の設聞からお答え下 さい) 年 2 . 発願から開廷までの準備期間はどの位でしたか? 年 3 . 準備期間中、出仕僧侶対象の五重勉強会等を行い ましたかっ ・行われた場合何回ですか?
は しミ 回 い い h え 4 . 準備期間中、受者への説明会(足揃え・膝揃え等) を行いましたか? は し3 回 い い h え
5
.
五重開症の他に、帰敬式や授戒会を聞かれました か っ ・ は い 回 い い ︾ え 6 . 諸役について 諸役名と担当された上人名をお書きください。 (できれば配役表をお送りください 。 ) 諸役の具体的な役割内容について A 回向師はどのような役を指しますか?具体的 にお書きください 。 (無き場合は無とお書 きください 。 ) B 教授師はどのような役を指しますか? 具体的にお書きください 。 (無き場合は無とお書きください 。 )7
.
費用(予算)について可能な限りお書きください 。 受者冥加料はお 一 人おいくらですか 。 収支全体を概算でお書きください 。 ( 総 収 入 ・ 総 支 出 ) 8 . 伝巻(本巻・贈り)度牒はどのようにご用意され ま し た か っ ・ 9 . 諸道具について、別紙 一 覧表にお書きください 。 ( 種 類 と 調 達 方 法 ) H . 五重開廷中について 1 . 勧誠の席数と時間についてお 書きください 。 ( 日 程表をお送りくだされば記入は不要です)(勧誠 F O 円 4 席数×分数) でお答えください 。 2 . 受者の総数を教えてください 。 また、出席状況に ついて、具体的にお書きください 。 全日程出席の 受者は何割くらいですか? 名(男 名、女 名 約 % 3 . 贈り五重・諸回向について (種類と内容及び冥加料) 贈り五重の対象者には、血管号等が追贈されます か、具体的にお書きください 。贈り五重、その 他 回向の種類とその冥 加 料をお書 きください 。 ( 塔 婆 の 有 無 等 ) 4 . 剃度式の有無をお答えください 。 また、無い場合 は、その理由をお書きください 。 5 . 慨悔式の有無をお答えください 。 ま た 、 無 い 場 合 は 、 その理由をお書きください。 6 . 貴寺院での五重の形式、流儀がござい ま し たらお 書きください 。
A
近江式、大和式、名越式、和泉式 等でお書 きください 。 (不明等の場合はそのようにお書 きください 。 ) B その形式が顕著に現れるのは、 どのような時で すか?(例 機悔式の方法について等) 7 . 正伝法の時の伝燈師は、どなたがされますか? 8 守その他、貴寺院五重における特色がございました らお 書 きください 。 町五重開廷後について 1 .受者には審号以外に法号(道号) が 付 き ま す か 、 文字数など具体的にお書きください 。 2 . 再伝された受者は、新たに法号が増え ま すか、文 字数など具体的にお書きください 。 3 . 五重以後の受者への教 化 活動を教えてください 。 例 五重作礼 ・ 本山参り ・ 念仏講の有無 等 ) 以上です 。 ご協力ありがとうございました。 1 1 ﹃五重相伝会に関する調査﹄集計結果報告 (ただし設問によって無記入のものを含むため、合計数 -27-は設問ごとにそれぞれ異なる 。 )l
.
事 前の準備について 1 前回聞かれた五重から何年 く らいの期間がありまし た か ? ・ ( 初 め て の 場合 は 次の設 聞 か らお答え下さい ) 年 回 答 寺 院 数 は 、 川ヶ寺 。と多い 。 一
O
年から 一 四年がお(お%)、五年から九年が叩(凶%) い る 。 全体の位%が五年から 一 四年の期間をおいて閉症して 一 五年から 二 九年はお% 。三O
年から八O
年 以上 5 1 0 1 5 20 30 40 50 80 ¥ ¥ ¥ ¥ ¥ ¥ ¥ ¥ 9 14 1929394979 1 3 4 25 15 10 5。
年数 件数 1~4 3 5~9 19 10~14 23 1 5~1 9 11 20~29 15 30~39 9 40~49 6 50~79 8 80~ 7 年 発願から開註までの準備期間はどの位でしたか?2
0 5 0 5 0 5 0 5 0 4 3 3 2 2 1 1 回答寺院数は 川ヶ寺 。213
年未満が伺 5~ 3~5 1 ~2 2~3 年 数 件 数 4 1 ~2 30 2~3 40 3~5 29 5~ 10315
年未満が却 ( お % ) ( お % ) 、1
1
2
年未満が初 と い う 結 果 で 、 年以内に閉症をしている 。。 。
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( 幻 % ) 、 五年の準備期間を設ければ、 おおよそ、五 開娃できるということであろう 。3 準備期間中、出仕僧侶対象の五重勉強会等を行いま は し1 回 ) い い ﹄ え したか?行われた場合何回ですか? 勉強会はしましたか? 回 答寺 院数は 山 ヶ 寺 。 日%は ﹁ は い ﹂ と 答 えている 。 ﹁ い い え ﹂ は幻%とい うのは、盛んな地域であろう 。主 催者は、しっかりと勉強 をしていることが伺われる 。 行われた場合何回ですかっ 回答 寺 院 数 は 、 却ヶ寺 。 前問の﹁はい﹂と答えた寺院の中、回数回答が少ない が 、 l 回 は 必 % 、 2 回は剖%となった 。 l 、
2
回の勉強 会の時間数が不明であるが、多くの 寺 院でl
、2
回の勉 強会で本番に臨んでいる 。 一 回で本番に臨むということは、やはり、 おさらいを する程度と考えてもよい 。 これもやはり、五重スタッフ に恵まれた盛んな地域の開廷 寺 院であろう 。 二 回以上と いうのは、久し ぶ りに開廷する 寺 院と考えられる 。 4 準備期間中、受者への説明会(足揃え・膝揃え等) -29一 を行いましたか? 回 ) は ¥,¥ 、 、 、 、 ! 回 ' i v ' L v -a / 受者への説明会をおこないましたか?回 答 寺 院 数 は 、 山ヶ寺 。 ﹁・正当 f 5 ノ 句 、 ﹁ 過 当 に 2 5 6 、 ー し ﹂ カ
4
似 し し え ﹂ ヵ5
勿 と、行っていない 寺院が、若干多い 。 盛んな地域では、受者への説明会は 受者への説明会を実施している 。 必要ないのかもしれない 。 しかし、半数近い寺院では、 何回行いましたか? 回 答 寺 院 数 は 、 印ヶ寺 。 一 回 がM
件 関%と多い 。5
.
五重開症の他に、帰敬式や捜戒会を聞かれましたかっ-帰敬式や授戒会は? 、 、 、 、 。 回 し し ニ ノ 図7
回答寺院数は、 山ヶ寺 。 n u q d 全体の邸%に当たる何ヶ寺は、帰敬式や授戒会を聞い ていない 。 開いているのは、 げヶ寺で、全体のわずか 日%に過ぎない 。 ﹂のことは、帰敬式や授戒 会を開娃しなくとも五重相 伝会開症で、念仏者の育成が十分であると認識している ご寺院が多いということであろう 。 五重相伝会を閉症した寺院で、帰敬式や授戒会を開廷 した寺院げヶ寺にその回数をお聞きすると、次の図のよ う に 、 ほ と ん ど 、 一 回である 。回答寺院数は、口ヶ寺.
6 .
諸役について ① 諸役名と担当された上人名をお書きください。 (できれば配役表をお送りください。) 回答寺院数は、山ヶ寺 。 全 国 で 、 川崎名の上人が勧誠師としてご 活躍であるが、 A 師が包会所(全体の却%) で 勧 誠 を つ と め 、 B 師が8
会 所 、 C 師が6
会 所 、 D 師 ・E
師がそれぞれ5
会所と続 く 。 これら五名の勧誠師が全体の必%に当たる会所で五 重の勧誠を行っている 。 著名な法将の勧誠師のお方に、依頼が集中することは 当然なことであるが、開定時期や閉症日数を考えると、 人数的に勧誠師不足は自明である 。 一 人でも多くの勧誠師を養成することが待たれる 。 旬 E ム つ d また、勧誠師上人がどの地域に何人いて、何会所をご 担当されたかという点を見てみると、表 I ( 次ぺl
ジ ) のごとく、近畿地区が口人の勧誠師上人がいて、 町会所 ( 日 % ) を 、 ついで関東地区が叩人で日会所(日%)、九 州地区が 6 人で回 会 所 ( 日 % ) を 、 と い う 順 に な っ て い る 。表 ブロック 所属教区 人数 実績会所数 第一東 北(4/5) 青 森 2 2 山形 2 3 第一関東(10/15) 茨 城 東京 5 7 神奈川 4 7 第四東海(519) ='1可 2 5 尾 張 2 3 伊 勢 第五北陸(2/4) 石川 福井 3 第六近畿(17/57) 滋f'l 5 8 京 都 5 34 奈良 3 5 大阪 3 9 兵庫 第七中四国(2/4) 広島 山口 3 第八九州(6/15) 福岡 佐賀 2 9 長崎 2 4 大分 不明 不明 2 3 総計 (461109) 2 1 教区 48 112 ② 諸役の具体的な役割内容について A 回向師はどのような役を指しますか?具体的にお 書きください。(無き場合は無とお書きくだ さ い 。 ) 回向師はどのような役を指しますか? 回 答 寺 院 数 は 、
ω
ヶ 寺 。 北海道地区( 回答寺院 数7
3 無 -贈五重回向、全法要維那、道場次第等指導 -贈五重回向、全法要維那、法式・道場の設え指導他 -維那、贈五重塔婆回向 -贈回向、維那(必要に応じて 東 北 地 区 ( 回答寺院数百 ヮ “ q J 無 9 -維那、教授師及び受者への指導 -法要維那・贈・足揃え維那 -書院式 ・ 本堂内法要一切、贈回向は関西風にフシ付回 向をしてもらった -期間中毎日の贈回向 -回向師はありませんが、随 喜 していただいた諸上人が、 勧誠の時間交代で回向をする 。 -回向師は必要ない -回向時の塔婆の読み上げ-総体的指導、法要の回向 関東地区( 回答寺院数
7
無。
-贈五重回向 -教授師も兼ね、贈五重、法要の回向、剃度、要・密道 場の指示 -会の運営について始めから終わりまで、贈五重の差配、 維那、受者の法式指導 。 -贈五重回向 -教授師 -贈五重回向 。 双盤念仏を称えながら回向する 。 -贈五重の回向発声 東海地区( 回答寺院数日 無 -法要の維那 ・ 贈 五重常回向 -贈五重回向、塔婆回向 -阿向の中心、司会進行 -開白、剃度式、慨悔式、要偶道場、統 室道場等 、 -各儀式の維那、殿司 。 各種法要における塔婆回向や贈 五重回向 -塔婆回向、贈り五重 -塔婆回向、贈り五重回向 -贈五重塔婆回向等 -贈五重、塔婆回向 -塔婆回向、法要の維那 -贈り回向、開白、半斉、日没、要伺、伝法の維那 -全ての法要を役割分担して行う 内 ぺ d q t u -法要、回向等の維那役 。 日中法要の指揮 -法要の維那、回向を専門にする 北陸地区( 回答寺院数凶 3 無 -礼拝(特別回向、贈り五重回向)前行中の維那 -儀式勤行全体を執り行なう -全ての維那、贈り、常回向、日別回向時、卒塔婆の回向 -期間中の維那 。 贈りの回向 。 作法指導 。 道場荘厳、準 備、物配置の点検 。-贈り五重および常回向の塔婆回向と維那、勧誠師入退 堂の時の木魚念仏 -農朝 ・ 日中など毎日の法要の維那 。 剃 度 式 他 、 -各道場の維那、進行、贈り五重の回向 。 . 維 郡 -塔婆回向等、儀式法要の維那 -五重中の法要の維那 。 贈り五重、特別回向等の回向 近畿地区( 回答寺院数
8
無。
-勤行中の維那、塔婆回向、翌日の指導(出勤寺院確認) -常国向、別回向 -各種法要および勧誠時の維那と回向 。 受者への作法指導 。 -贈り、常回向、日別回向 。 受 者 の 毎 日 の 勤 行 、 作法全 般の指導、剃度式、伝法道場 -維那 -維那 ・ 進行係り -維那・回向 -農 朝 、 日中、日没の維那、塔婆回向 中四国地区( 回答寺院数げ。
無 -五重期間中、受者へのおつとめ指導、教授、贈 -五重他諸回向のおつとめ 。 又五重受者の勧誠の受け取 り様を見極めて道場の荘厳と雰囲気を高める工夫をし て い く 。 -総監督 -贈り五重回向 -各回向を致し、和讃等をお讃えする 。 -贈り回向の聞に和讃等を入れる 。 回向は住職、他寺でd
-q a は回向を回向師にまかせる 。 -維 那 。 住職の行う贈り五重の回向の聞に和讃、詠歌等 の 奉 納 。 -贈り五重回向の維那 。 -贈り五重の回向 . 維 那 回 向 -法要の進行のすべて -法要の際の回向・五重全体のコ1 ディネl
ト -贈り五重及び追善回向 ・ 維那-贈り五重回向 -維那・贈り五重田向 -道場内の総指導 -教授師を兼ねる 。 随喜寺院への指導等 九州地区( 回答寺院数げ
7
無 -教授師兼務、贈五重回向と入行者の指導助言、随喜寺 院との連絡 -大供養、贈五重維那 -受者の指導、随 喜 諸大徳の役配打合せ、道場全体の準 備、指導、回向 -贈五重、大供養の回向 -教授師兼務 -贈五重、回向と維那 -贈五重、回向 -維那名と贈五重回向 -大供養の回向 -贈五重回向 次に、勧誠師と同様に回向師上人の数と担当会所との % 関係を見てみよう 。 F 同 d 勺 J 回 答 寺 院 数 は 、 制ヶ寺 。 図のごとく、全国で、 お名の上人が回向師としてご活 躍であるが、A師が同会所(全体の 叩 % ) で つ と め 、 B 師 が9
会 所 ( 日 % ) 、C
師 ・ D 師 が そ れ ぞ れ 7 会 所 ( 8 % ) 、 E 師 が6
会所(7%)と続く 。 これら五名の回向師が全 体の臼%に当たる会所で五重の回向師をおっとめであ る 。 回向師も勧誠師同様 一 人でも多く養成することが待 たれる 。プロッヲ 所属教区 人数 実績会所数 第一北海道(2/21 北 2 2 第 東 北(2/21 秋田 2 2 第二関東(3/41 現 城 2 東京 長 野 第四東海(4