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『大学英語教育学会中国四国支部研究紀要』

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英語教育における邦画使用に関する一考察

岡本 真由美(関西大学)

Abstract This paper examines the use of Japanese and American movies in the

teaching of English in Japan. It also looks at how the Japanese movie and related tasks used during the lessons may potentially motivate Japanese university students. Tasks such as subtitle translation and listening comprehension with phonetic symbols as clues were given in class. The results of this study are as follows: (1) the American movie, “Edward Scissorhands,” is considered appropriate as an input task material, and the Japanese movie, “Tonari no Totoro,” is considered appropriate as an output task material. (2) The students surveyed have scarce knowledge of phonetic symbols. (3) The students do not regard phonetic symbols as good listening clues; however, these symbols are considered favorable as translation clues. (4) The students have little trouble accepting subtitle translation tasks based on the Japanese film. These results indicate that Japanese movies can be a potential motivator for Japanese students of English.

Keywords: 邦画、発音記号、字幕翻訳、 1. はじめに 映画が英語学習者の意欲を昂揚し、学習効果に寄与することは多くの先行研 究が認めるところである(塚越,1995;菊池,1996; 近藤,2015)。英語教育に おいては洋画が用いられることが多いが、多賀(2002)は、邦画の英語吹き替 え版を用いることで、日本人学習者が「思考や文化を含めた日本語と英語の違 いというものをよりヒューリスティックに見いだす」ことができると報告して いる。本稿では、2005 年から 2008 年にかけて邦画と洋画を用いておこなった 指導を比較し、邦画の使用、発音記号を利用したリスニングタスク、そして 字幕 翻訳タスクが大学生にどのように受け止められうるのか、また学習意欲にどの ような影響をあたえうるのかを考察する。 2. 邦画と洋画を用いた授業実践 研究対象とした授業では、授業時間の前半では語彙や文法に焦点を当て指導

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58 をおこない、後半では映画を用いた指導をおこなった。本稿では、映画を用いた 指導に焦点を当てて報告する。 2.1 使用素材 授 業で用いた素材は、日本映画『 となりのトトロ 』 とアメリカ映画 Edward Scissorhands である。『となりのトトロ』は、1988 年に公開された宮崎駿監督 のアニメーション映画である。病気の母親から離れ、父親と田舎に引っ越して きた幼い姉妹メイとサツキが、不思議な生き物トトロと古き良き日本の風景の 中で交流するさまを描いたもので、対象学生の多くに馴染みがあるものとして 選んだ。使用したビデオは 2001 年にブエナビスタから発売されたもので、英語 訳 が 日 本 語 に か な り 忠 実 で あ る こ と か ら こ れ を 選 ん だ 。 一 方 、Edward Scissorhands は、1990 年に公開された Tim Burton 監督の作品である。訪問販 売をする主婦 Peg に発見され引き取られた、純粋な人造人間 Edward が、彼を取 り巻く人たちと温かい交流を持ちながらも切ない結末を迎えるさまを描く。『と なりのトトロ』同様に、対象学生の多くに馴染みがあると思われたことと、会話 速度があまり早くないことが選択の理由である。 どちらの映画も、英語音声と日本語音声(または日本語吹き替え音声)、そし て英語字幕、日本語字幕、字幕無しのモードがあり、指導のねらいに照らして組 み合わせて使うことができた。 2.2 授業デザイン 指導対象は英語力において中位層の英語専攻の学部 3 年生 25 人と、中位~下 位層の非英語専攻の学部 1、2 年生約 50 人であった。授業の前半では、それぞ れのレベルに即した教科書を用いて文法と語彙を指導し、後半は映画を用い指 導した。また、学生が各自で映画を視聴できるように、CALL 教室で授業をおこ なった。 映画を用いた指導では、リスニングタスクと日本語字幕翻訳タスクの 2 つの タスクを用いた。リスニングタスクは、中位層の英語専攻学生と中位~下位層 の非英語専攻の学生に対しておこない、日本語字幕翻訳タスクは中位層の英語 専攻の学生に対してのみおこなった(表 1)。また、どちらのタスクでも、邦画 と洋画の両方を使用した。

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59 表 1 リスニングタスクと字幕翻訳タスク 指導内容 ねらい リ ス ニ ン グ タ ス ク 1.映画視聴 による内容把握 (字幕なし・英語音声) 2.発音記号をヒントにしたディクテーション 3.映画視聴による 英語表現 の確認(英語字幕・英語音 声) 4.英語表現のシャドーウィング音声 の提出 1. 大胆 に内 容を 推測 す る。 2.発音記号を知る。発音 記 号 を ヒ ン ト に セ リ フ を聞き取る。 3.英語表現を知る。 4. 英語 表現 の発 音を 練 習する。 日 本 語 字 幕 翻 訳 タ ス ク 1.映画視聴 による内容把握(日本語字幕・日本語音声) 2.字幕作成 3.本編字幕と学生作成の字幕 の比較 ① 前 週 提 出 さ れ た 、 学 生 に よ っ て 翻 訳 さ れ た 英 語 字幕の紹介 ②本編字幕との比較 ③ 学 生 作 成 の 字 幕 で 用 い ら れ た 表 現 以 外 の 表 現 の検討 1.内容を把握する。 2. コン テク スト の中 で 字幕の和文英訳をする。 3.コンテクストの中で、 文 法 や 語 彙 ・ 表 現 を 学 ぶ。 映画アフレコ発表 (学期末の発表課題として) グ ル ー プ で 適 切 な 英 訳 を考える。 リスニングタスクは 4 段階で構成される。第 1 段階では、映画の 1 チャプタ ー(字幕なし・英語音声)を学生のパソコンに送信し、学生には、配付されたチ ャプターを視聴し内容を「大胆に」推測しながら、大意確認の問題を解答するよ う指示した。第 2 段階では、ディクテーションのためのタスクシートを配付し た(資料 1 参照)。タスクシートに前もって示した、セリフの発音記号を手がか りにしてディクテーションするように指示をし、その後、隣の席の学生と相談 してタスクシートに設けた空欄を埋めるよう指示した。1 3 段階では、同チ ャプターの映像(英語字幕・英語音声)を学生のパソコンに送信し、ディクテー ションの解答を確認させた。第 4 段階では、その場面をシャドーウィング練習 をさせ、各学生が最も上手くできたと思う音声ファイルを提出させた。 日本語字幕翻訳タスクは、やや難度が高いため、中位層の英語専攻の学生の みを対象とした。このタスクは 3 段階で構成される。第 1 段階として、映画の 1 チャプター(日本語字幕・日本語音声または日本語吹き替え音声)を学生 PC

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60 に送信し内容を把握させた。第 2 段階では、特定のシーンの字幕英訳シートを 配付し、ペアまたはグループでそのシーンの字幕の英訳案を作成させ、授業後 に提出させた。2 その次の授業ではタスクの第 3 段階として、学生から提出さ れた字幕英訳案と本編字幕との比較や、字幕英訳案で使われた表現以外の言い 方を検討させた。さらに、学期末にはペアやグループで最も上手く翻訳ができ たと思うチャプターを選ばせ、アフレコ発表をさせた。 2.3 授業の特徴 この授業には、3 つの特徴がある。1 つ目は洋画だけでなく邦画も用いたこと、 2 つ目は発音記号をリスニングのヒントとして用いたこと、3 つ目は字幕翻訳を 指導したことである。ここでは、この 3 つに焦点を当て、授業内容を説明する。 2.3.1 邦画を用いた指導 邦画を用いた理由は、発信型タスクの素材として日本人学習者にとって有用 であることと、学習意欲を昂揚する可能性があると考えたためである。邦画を 用いると、母語と他言語との比較をすることにより発見的問題解決型の学習が 可能になることや、日本人学習者の背景知識がスキーマとなり内容理解の負荷 を軽減することはこれまでも指摘されている(多賀,2002;安達・長谷川,2009)。 日本人学習者が持つ文化背景を描いた邦画を、特に発信型タスクの素材として 用いると、学習者は伝えるべきニュアンスを表現主体として考えることが可能 になり、学習者にとって大きな利点となる。映画が文法、語彙、文化に関する 「言語文化教育」のための教材となりうるという塚越(1995)の弁を借りると、 邦画は日本の文化や心的態度を英語で発信する能力を養成する教材である。 このように邦画が日本人学習者の学習負荷を低減させることに加えて、邦画 が持つ日本文化のコンテクストは、日本人学習者に自国の文化を英語で表現す る面白さを感じさせ、彼らの学習意欲を向上させると推測できる。授業におい てアメリカ映画 Edward Scissorhands と邦画『となりのトトロ』を使用するこ ととしたのはこのためである。実際、学生から聞かれた感想には、よく知ってい る邦画である『となりのトトロ』をみながらリスニングや字幕翻訳をすること が楽しい、日本語特有と思われる表現を英訳することが面白いなどと積極的な ものが多かった。 リスニングタスクでは、英語音声で映画を視聴して日本語で内容確認をする という英語から日本語への解釈がなされ、字幕翻訳タスクでは日本語音声と日 本語字幕で映画を視聴して字幕を英訳するという、日本語から英語への解釈が

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61 なされる。この英日解釈の方向性によって、邦画と洋画のどちらが好まれるか が分かれるのではないかと考える。 2.3.2 発音記号を用いた指導 発音記号をリスニングタスクに用いた第一の理由は、発音記号が映画音声リ スニングの一助になるかもしれないと期待したことである。映画はオーセンテ ィックなコンテクストを提供してくれる素材ではあるが、教材用に作られた会 話ではないため、リスニングの際には学習者がやや困難を感じる場合があり、 工夫が必要と感じられた。第二の理由は、発音記号に慣れていない学生が発音 記号を学習するかもしれないと期待したことである。この授業を受講する低位 層の学生にはリスニングが不得手な者が多く、また、彼らの多くは発音記号を 知らなかった。この点は、今回の指導対象の低位層の学生だけでなく、山岸(1998) が大学生の 58%が発音記号の指導を受けていないと報告していることを鑑みる と、大学生に一般的に見られる傾向だろう。しかし、今仲(2003)で報告され ているように、大学生の 85%以上が発音記号の知識は重要と考え、また発音記 号の指導を受けた学生の 90%以上が、「役立っている」と回答していることを考 えれば、指導はあまりされていないが、発音記号の有用性を感じている学生は 多いと思われる。そのため、発音記号を手がかりとして聞き取れない音声を推 測し、かつ、ゲーム感覚で面白く発音記号を学ぶことをねらいとした。 その結果、多くの学生は、発音記号が示されていない状態でリスニングした 時に聞き取れなかった箇所も、発音記号を手がかりにペアやグループで解読し ていくことで聞き取れるようになることを経験した。また、授業の回を重ねる ごとに、学生が発音記号の意味するところを理解するのが早くなっていった。 これは、映画の魅力に助けられてリスニング学習や発音記号学習が進んだのか もしれない。 発音記号の指導が教室内ではあまりされていないとの報告から、大学生の英 語発音への意識はどうなのか、そして彼らが発音記号の知識をどのくらい持つ のかは興味のあるところである。また、学生が発音記号を利用したタスクを有 益と感じ取り組めば、発音記号の学習がタスクの中で偶発的に起こる可能性も あると考えられる。 2.3.3 字幕翻訳を用いた指導 字幕翻訳を用いた理由は、学生がコンテクストの中で和文英訳をおこなえる と考えたためである。このタスクは中位層以上の、英語を専攻する学生に課し

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62 た。和文英訳は、学生にとって高校から馴染みのあるタスクである。和文英 訳は 文法形式の学習の手段であると同時に、日本語の意味を汲み取り、コンテクス トを考慮しつつ、英語的発想を介して表現する手段である(杉浦,2014)。さら に、和文英訳においては、自由英作文と異なり、学習者は何を書くべきかという アイディアの創出に苦慮することなく、言語学習に集中できるともいわれてい る(Uzawa,1996)。しかし、和文英訳では日本語を直訳してしまうことによる エラーが起こりやすいことも指摘されており(馬場,2010)、これは、英訳しよ うとする 1 文がコンテクストの中でどのような役割を持つのかについて学習者 が考察しないことが原因とも考えられる。このように、ほとんどコンテクスト の無い中で、文法の間違いのない英文を作成することを目的とする和文英訳に は、学習者が文法学習に集中できる利点がある一方で、コンテクストの中で判 断すべき社会言語能力(Sociolinguistic competence)を伸ばすことが難しいと いう問題点がある。 しかし、字幕翻訳であれば、ストーリー展開や映像によってコンテクストや 場の設定がなされた状態で、和文英訳ができる。和文英訳においては、ある日本 語文に対して複数の英訳文が可能であることが多いが、字幕翻訳タスクにおい ては、コンテクストから判断させることで、どの文法項目や語彙を使うことが 最も望ましいかを考えさせることが可能である。このように、字幕翻訳を通じ て、ある社会文化的コンテクストの中で、ポライトネスや場のあらたまり度な どを考慮しながら、既習の文法項目や語彙の中から適切な表現を選択すること は、学習者に主体的に英語表現を比較・選択する機会を与え、学習意欲を昂揚さ せると考えた。字幕翻訳の具体的な指導例を表 2 に示す。 表 2 字幕翻訳での指導例 日本語字幕 学生の字幕翻訳 映画本編の英語 指導例 (TV 番組で) 質 問 者 : 新 し い 生 活 で得たものは? Edward: 友 だ ち で す。

Q: What did you get in your new life?

E: A friend.

Q: What’s been the best part of your new life here in town?

E: The friends I’ve made. 現 在 完 了 形 の 指 導 : 質 問 者 は 、 現 在 の 新 し い 生 活 を 時 間 的 幅 の あ る も の と し て と ら え 、 そ の 期 間 の 中 で 得 て い る も の を 尋 ねている。Edward も そ の 時 間 的 枠 組 み の 中 で 得 た も の を 答 え

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63 ている。 ( 引 っ 越 し を し て き た メ イ と サ ツキ の 父に 対 して ) 近 所 の 人 : ご 苦 労 様 です

N: Good job! N: Nice to meet you! Good luck in the new house! 日 本 語 特 有 の 表 現 の 指導:「ご苦労様」と “Good job.” の 意 味 の違い。 字幕翻訳タスクは、ペアまたは 4 人ほどのグループで相談をしながら英訳案 を考えさせた。学生たちの取り組み姿勢は良好であった。学期末にグループご とに発表させた彼らの思う映画のベストシーンのアフレコでは、どうしてその 訳にしたのかなどの説明も学生に求めたが、個々の学生から、コンテクストや 場を考慮して英訳しようという姿勢が感じられた。 字幕翻訳を指導しながら、日本語文の持つ意味合いを映像から推測しながら 英文を作ることに学生は強い興味を示すように感じた。和文英訳はともすれば 逐語訳になりがちで批判的にみられることも多いが、映像の力を借りることで、 学生の学習意欲を牽引する可能性があると考える。 3.授業特徴の検証 ここでは、上記の授業の特徴であった邦画の利用、発音記号の指導、字幕翻訳 タ ス ク の 実 施 と い う 3 点 を 考 察 し た 結 果 生 じ た 問 い を リ サ ー チ ク エ ス チ ョン (これ以降 RQ)として設定し、それに関して商学部に所属する大学生に実施した アンケート調査の結果を報告する。 3.1 調査概要 アンケート調査は 3 回に分けて実施した。調査対象者と調査期間は以下のと おりである。また、対象者の中で TOEIC 受験したことがある者のスコア分布は、 400 点台が 10%、500 点台が 40%、600 点台が 30%、700 点台と 800 点台はそれ ぞれ 10%であった。 調査 1.邦画と洋画について RQ: リスニング・字幕翻訳タスクで、邦画と洋画はそれぞれどのように受容さ れるのだろうか。 対象:大学生(2 年生~4 年生)120 人

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64 時期: 2016 年 4 月~6 月 方法:簡単な模擬タスクを提示したのち、クリッカーによるアンケート回答と 紙面による自由記述回答を求めた。授業実践時には Edward Scissorhands の認知度は高かったが、今回の調査対象とした学生に事前調査をおこな ったところ、洋画 Edward Scissorhands を知らない学生が多くいた。こ のため、洋画に対する模擬タスクでは、Edward Scissorhands だけでなく、 今回の調査対象となる学生に認知度の高かった Big Hero 6(邦題:ベイ マックス)も用いて調査をおこなった。3 調査 2.発音記号について RQ: 学生の発音に対する意識や発音記号の知識はどのようなものだろうか。 発音記号を利用した指導は学生にどのように受容されるだろうか。 対象:大学生 2 年生~4 年生 120 人 時期:2016 年 4 月~6 月 方法:簡単な模擬タスクを提示したのち、クリッカーによるアンケート回答を 求めた。 調査 3.字幕翻訳タスクについて RQ: 字幕翻訳タスクは学生にどのように受容されるだろうか。 対象:大学生 3 年生 13 人、4 年生 11 人 時期:2016 年 6 月 方法:簡単な模擬タスクを提示したのち、紙面による選択肢回答と自由記述回 答を求めた。 3.2 調査結果 3.2.1 邦画と洋画についての調査 この調査では、リスニングタスクと字幕翻訳タスク別に、「邦画と洋画のどち らでタスクをしたいと思うか」と尋ねた。図 1 に示したように、リスニングタ スクでは、「邦画」と回答した学生は 47.3%または 32.6%で、「洋画」と回答し

たのは Edward Scissorhands では52.8%、Big Hero 6 では 67.4%であった。 Edward Scissorhands は認知度の低さからか、Big Hero 6 よりも割合は低いが、 どちらも邦画を上回る結果となった。

自由記述回答から、この結果の理由をみてみると、「洋画は英語圏の文化を知

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という回答が多くみられた。英語を聞くという受信型タスクにおいては、学生 は英語圏の文化に触れ、異文化を理解したいという気持ちが強いようである。

図 1 リスニングタスクの場合の映画選択

(『となりのトトロ』 vs Edward Scissorhands/Big Hero 6)

図 2 は、字幕翻訳タスクに関して「邦画と洋画のどちらでタスクをしたいか」

を尋ねた結果である。「邦画」との回答は 60.7%と 58.6%で、「洋画」と回答し

たものは Edward Scissorhands で 39.3%、Big Hero 6 で 41.5%であった。字幕 翻訳タスクでは、半数以上の学生が邦画を希望し、リスニングの場合と反転す る結果となった。 自由回答から、この結果の理由をみると、「日本の独特の言い回しを英語でど のように表現するのかを考えたい」や「日本人にしか分からない感情を、日本人 として英語で表現してみたい」といった回答が多い。ここから、日本語に特有の 表現に対して興味を持つ学生の姿や、正しい英語表現を探すのではなく表現の 適切さを判断しようとする、表現の主体としての彼らの自覚が感じられる。さ らに「日英を対比することによって、海外の文化との異質性が理解できるかも しれない」や「日本語の会話を英語に訳しながら、日英のニュアンスの違いも理 解できそう」のような回答も散見された。起点言語を母語とする翻訳タスクで は、学習者は目標言語で表現するべき概念を十分把握しているため、訳出の際 に日本文化を踏まえながら、適切な英語表現を模索する体験ができると考え、 有意義と感じるに至ったと推測される。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 邦画 トトロ 洋画 Scissorhands 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 邦画 トトロ 洋画Big Hero 6

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図 2 字幕翻訳の場合の映画選択

(『となりのトトロ』 vs Edward Scissorhands/Big Hero 6)

邦画と洋画の選択は、タスクによって異なる傾向がみられた。リスニングタ スクは洋画で行いたいという回答傾向は、インプットの機会であるリスニング タスクでは、英語圏の文化の中で用いられる英語を学びたいという学習者の傾 向を示していると思われる。また、字幕翻訳タスクは邦画で行いたいという回 答傾向は、アウトプットに重きを置く字幕翻訳タスクでは、自分たちが属する 日本文化を英語で表現してみたいという学習者のより強い興味が示されている。 また、これらのタスク別による邦画と洋画の選択については、対象者の TOEIC ス コアとの関連性はみられず、低位層から中位層の学生の全体的な傾向であった。 3.2.2 発音記号についての調査 本調査では、発音を向上させたい意識があるかを尋ね、また発音記号につい て知識を調べた。また、発音記号を利用したタスクの受容度も調査した。「発音 が上手くなりたいですか」という質問に対する回答結果は、「強くそう思う」が 82.9%、「ややそう思う」が 14.3%、あまりそう思わないが 0%、全くそう思わ ないが 2.9%であった。97.2%の学生が発音を上手くできるようになりたいと考 えており、発音に対する意識は高いといえる。 次に、発音記号についての調査では、「発音記号を学んだことがありますか」 と尋ねると、52%の学生が学習経験を持っていなかった。また、「発音記号を読 めますか」と尋ねると「全て読める」が 4.2%、「やや読める」が 45.8%、「あま り読めない」が 37.5%、「全く読めない」が 12.5%で、半数の学生が発音記号を 読めないと感じていることがわかった。 発音記号の知識については、大学入試などの分別問題でよく使われる/ʃ/、/ʒ/、 /ʧ/、/ŋ/が含まれる語(資料 2)を選ばせた。図 3 はその結果である。usual の/ʒ/ の音は判断できない学生が多く、正答率は 32.9%に留まった。その他の項目は 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 邦画 トトロ 洋画 Scissorhands 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 邦画 トトロ 洋画Big Hero 6

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67 正答者の方が多いものの、正答できない学生が/ʃ/で 27.7%、/ʧ/で 38.1%、/ŋ/で 18.1%であった。/ʒ/は 3 分の 2 の学生が、/ʃ/と/ʧ/に関しては 3 分の 1 の学生が理 解できておらず、辞書を引き正しい発音を知ることが難しい現状を示唆してい る。 図 3 英語の発音記号の知識 (*の付いた語が正解) 発音記号を利用したタスクに関しては、3 つの質問を設定した。最初の質問で は、『となりのトトロ』の 1 シーンのリスニングをするタスクで、発音記号のヒ ントがあるディクテーションシート(資料 1 参照)と、発音記号の無いディク テーションシートを示して、「どちらのシートでリスニング問題を解答したいで すか」と尋ねた。結果として、62.5%の学生が発音記号の無いディクテーション シートを選び、発音記号のあるディクテーションシートを選んだ学生は 37.5% であった。発音記号のあるシートを選ばなかった理由を自由回答で尋ねると、 「発音記号が分からないから」が最も多く、次が「発音記号に興味が無いから」 であり、発音記号に対する苦手意識や比較的ネガティブな気持ちが示された。 次に、『となりのトトロ』の 1 シーンの日本語字幕を英訳するタスクで、正解 英文のヒントとして発音記号が示されているもの(資料 3)を示し、やってみた いかを尋ねた。結果は、「やってみたい」が 29.2%、「まあまあやってみたい」が 41.7%、「あまりやりたくない」が 16.7%、「やりたくない」が 12.5%であった。 「やってみたい」、「まあまあやってみたい」と答えて意欲を示した 70.9%の学 生が挙げた理由は、「面白そうだから」「発音がしっかり学べるから」というもの で、日本語字幕を英訳するというという発信型タスクの手がかりとしてであれ ば、発音記号を利用して学習を進めたいと考える学生が多いという結果となっ た。

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68 最後に、学生に馴染みの深い大学入試問題でよくある発音問題を、どの程度 受容するかを尋ねた。具体的には「boast、couch、glow、toe の中で下線部の発音 が他の 3 つと異なるものを選べ」というような選択問題(資料 4 参照)につい て調査した。これに対して「やってみたい」との回答は 12.5%、「まあまあやっ てみたい」は 25%、「あまりやりたくない」は 33.3%、「やる気にならない」は 29.2%であった。このような従来からある発音問題にネガティブな印象を持つ学 生は 62.5%で、その理由で最も多かったのは「つまらないから」、次に「難しい から」であった。前述のリスニングタスクの場合と同様に、発音に関する知識へ の苦手意識やネガティブな気持ちが示された。 3.2.3 字幕翻訳タスクについての調査 字幕翻訳タスクへの意欲に関しては、『となりのトトロ』の映像を日本語字幕 で示した後、「英語字幕を作成することによる英作文学習をどう思いますか」と 尋ねた。「やってみたい」との回答は 50%、「まあまあやってみたい」は 41.7%、 「あまりやりたくない」は 8.3%、やりたくないは 0%で、91.7%の学生が字幕 翻訳タスクに意欲を示した。その理由は多くの場合「面白そうだから」、「実践的 だから」であった。これに関連して、「和文英訳は好きですか」という質問をし たが、「とても好きだ」が 12.5%、「まあまあ好きだ」が 70.8%、「あまり好きで はない」が 16.7%、好きではないが 0%で、83.3%の学生が肯定的な回答をして いる。調査 1 で観察したように、発信型タスクでは邦画の受容度が高いという 結果を考え合わせると、邦画を用いた英語字幕翻訳タスクは学生の学習意欲を 昂揚させると推察される。 4.おわりに 本稿では、邦画と洋画を用いた授業実践から邦画と洋画の受容度、発音記号 の受容度、字幕翻訳タスクの受容度の 3 つの観点をたてて調査をし、結果を以 下のように考察した。①受信型タスクでは洋画のほうが、発信型タスクでは邦 画のほうが受容度が高かった。②学生の正しい発音を習得したいという意識は 高いが、発音記号の知識は低かった。③発音記号に対するネガティブな態度か ら、発音記号を利用したリスニングタスクの受容度が低いが、字幕翻訳タスク では発音記号を利用することに興味が示された。④字幕翻訳タスクの受容度は 非常に高く、邦画が発信型タスクで求められていることからも、邦画を用いた 字幕翻訳タスクは学生の意欲向上に寄与する可能性がある。 これまで、英語教育実践では洋画が多く用いられてきたが、邦画も、発信型タ

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69 スクに利用することで、学生に日本文化を踏まえつつ英語表現を考える機会を 与えることができ、魅力的な素材となりうるであろう。また、発音記号に苦手意 識を持つ学生にも、発音記号を字幕翻訳などのタスクで補助的に用いることで、 学生が発音記号を付随的にでも学習していくことを期待したい。 注 1. 発音表記は、学生が最も参照することが多いと推測される辞書の発音表記を 用いた。参照した辞書はジーニアス英和辞典である。映画本編の音声では、音の 連結、脱落、弱化などの変化がみられるが、ディクテーションシートには最も一 般的な発音表記(辞書の見出し語に最初に示されている発音表記)を示した。こ れは、このタスクの発音記号を知る目的に鑑みてのことである。 2. 字幕翻訳では、一般的に元発話1秒に対して4文字までという制限を遵守す ることが求められるが、このタスクの目的は英文作成能力の養成であることか ら、文字数の制限は課していない。 3.クリッカーとは、双方向型の授業を可能にする送信機器である。学生が、1 人 1 台ずつ配付されたクリッカーで選択肢を選び送信すると、指導者の PC にその データが収集される。本研究では、Keepad Japan の TurningPoint を使用した。 参考文献

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図 1  リスニングタスクの場合の映画選択

参照

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小・中学校における環境教育を通して、子供 たちに省エネなど環境に配慮した行動の実践 をさせることにより、CO 2