高齢者と肺炎
埼玉医科大学病院 感染症科・感染制御科 前崎 繁文 1. はじめに 日本人の死因の第 1 位だった肺炎は、戦後に抗生物質が登場すると死亡者数 が急激に低下し、第 4 位になりました。ところが 1980 年以降、再び増加しつつ あります。特に高齢者の肺炎が急増しているのが特徴です。高齢者の方にとっ ては、肺炎はいまだに怖い病気です。特に心臓や呼吸器に慢性疾患のある方、 腎不全、肝機能障害、糖尿病のある方などでは、肺炎などの感染症にかかりや すく、病状も重くなる傾向があります。 高齢者によく起こる肺炎の大部分は、「誤嚥(ごえん)性肺炎」と呼ばれる ものです。これは、本来食道を通って胃に入るはずの食べ物の一部や、唾、痰 などが間違って気管に入り込み、その結果、病原菌もいっしょに肺に入ってし まうことで起こります。 誤嚥性肺炎は主に脳梗塞や脳出血などにより、脳の働きが低下することによ って起こります。私達のからだは間違って異物が気道に入ってくるとそれを咳 によって排除するのですが、脳の働きが低下すると咳の働きも低下します。肺 炎というと高熱が出るというイメージがありますね。ところが高齢者の場合は そのような症状が現れにくくなり、そのために発見が遅くなってしまうので、 逆にやっかいです。高齢者で「食欲がない」「元気がない」「全身がだるい」と いった症状がある場合には、軽く考えずに、まず「肺炎」を疑って、医師の診 察を受けることがすすめられます。また、急速に症状が進んだ場合、抗生物質 などによる治療が間に合わないこともあり、危険です。日本の社会は、下の図にもありますように人口の高齢化が進んでいます。こ の高齢化社会の中で、肺炎は大変怖い病気の一つです。
2. 症状 肺炎の症状として一般的なものは咳(せき)・痰(いわゆる膿性痰といって黄 ~緑色を帯びた痰)・発熱など、肺炎がある程度ひどければ呼吸困難、あるいは のどがぜろぜろする、などがあります。しかし高齢の方では、咳を欠く場合も ありますし、痰をうまく出せないため痰も出ないという事もあります。極端な 例では、ちょっとした微熱と何となく元気がないというだけで肺炎という事も あります。また食事中、あるいは食後より急に呼吸が苦しいといって肺炎を起 こしている事もあります。これは大体が誤飲性肺炎といって食べ物、あるいは だ液、あるいは吐いた場合などは胃液などが肺にはいってしまうために起こる 肺炎です。食べ物は通常、胃・腸にはいれば大切な栄養源ですが、肺の中は非 常にきれいな所で、肺からみれば自分のだ液・胃液なども、ましてや食べ物も 細菌の固まりなのです。 3. 診断 肺炎の診断はまず、患者さんの自他覚所見の問診から行います。肺炎を疑っ た場合は、胸部X線検査を行います。それと同時に、血液検査も実施しこれら の検査結果を総合して肺炎と診断します。また、重症度の判定と病原菌の検索 も行います。
喀痰(かくたん)検査とは、痰を採取して、その中にどのような病的な成分 が含まれているかを顕微鏡で観察する検査で、呼吸器の病気を診断するために は不可欠なものとなっています。痰は呼吸器系の粘膜からしみ出る分泌物で、 その成分には、肺や気管支、咽喉頭など気道からはがれた細胞も含まれていま す。これらの細胞に異常があったり、異物(細菌、ウイルス、ほこりなど)や 血液成分が混じっていたりすると、痰に変化があらわれます。痰を調べれば、 肺や気管支など呼吸器のさまざまな情報を得ることができるのです。 痰を調べることは、呼吸器系の病気の診断では大変重要です。痰の検査の中 では、感染症の有無や病原体を特定する細菌検査を行います。痰に混じってい る細菌や真菌(カビ)など、肺炎や気管支炎の原因になっている菌を突き止め ます。この検査には、採取した痰をガラスに塗りつけて顕微鏡で菌を見つける 塗抹検査と、痰の中の菌を培養で増やし、菌の種類を確認する培養検査の 2 つ の方法があります。菌の培養には 2~3 日、結核菌は2ヶ月ほどかかります。 喀痰検査は自己採取のため、不良検体となることもあるので、採痰のしかた について正しい指導を受けることが大切です。採痰するときは、必ずうがいを
して口の中をきれいにします。これは食物の残りかすなどが痰の中に混ざり、 がん細胞との鑑別が難しくなることがあるからです。痰を出すときは、強い咳 をしながら深部のほうから、固定液の入った採痰専用の容器の中に直接、出す ようにします。なかなか痰がでないときは、蒸気を吸入する(茶碗などに湯を 注ぎ、その湯気を吸う)と、痰が増えて出やすくなります。喀痰は蓋をして固 定液と混じるように、強く振ってよく攪拌します。細菌検査で原因菌を明らか にし、培養検査の際、色々な薬剤を加え、その薬が効くかどうかの感受性試験 を行ない、治療薬を決定します。
喀痰のグラム染色
肺炎球菌
結核菌
4. 治療 抗生物質(化のう止)の投与となります。確かに抗生物質は細菌には効きま す。しかし前にも述べましたように体の免疫力なしでは細菌をやっつける事は できませんし、また最近、耐性菌の問題も出ています。耐性菌というのは、A という細菌がいてそれに対しBという抗生物質を使用したとします。しかし細 菌もしたたかな生き物ですので、Bの薬が効かないCという細菌に形を変えて いきます。それに対してDという抗生物質を使用すると今度はBもDも効かな い形に細菌が変化して結局は全く薬の効かない細菌が出現する事もあり治療に 難渋する事が度々あります。 肺炎の治療に使われる主な抗生物質 系統 お薬 ペニシリン サワシリン オーグメンチン クラバモックス セフェム フロモックス セフゾン メイアクト
5. 予防 高齢者の肺炎を防ぐためには、間違って気管に異物が入ってしまう「誤嚥」 を防ぐ必要がありまもそのためには、次のようなことに気をつけましょう。 ●口の中を清潔に口の中は雑菌が繁殖しやすいので、常に清潔にしておくこ とが大切です。就寝前は口の中をすすぎ、ブラッシングをしましょう。 ●食後2時間は体を起こしたままで体を起こして食事をし、その後も 2 時間 程度は寝たりしないで起こしたままでいましょう。 ●ときには唐辛子などの辛い食べ物を辛い食べ物はのどを刺激し、のどや気 管の機能を改善する効果が認められています。食事の中に、ときには唐辛子な どの辛いものを入れることも良いでしょう。 ●適度な運動を散歩などの運動は、心身機能や脳の活動を高めます。 ●脳梗塞の再発予防脳梗塞は再発しやすいため、-度脳梗塞を起こした人は、 医師の指示をまもって再発予防のための治療を、正しく続けることが大切です。 またはっきりとした脳梗塞を起こしたことがなくてもかくれた脳梗塞(無症候 性脳梗塞)を起こしている場合もあります。肺炎を起こしやすい高齢者では脳 の検診を行うことがすすめられます。
肺炎球菌ワクチン 肺炎球菌ワクチンとは、肺炎球菌によって引き起こされるいろいろな病気(感 染症)を予防するためのワクチンです。従って、肺炎球菌ワクチンは、肺炎球 菌以外の原因による病気(感染症)に対しては残念ながら予防効果はありませ ん。肺炎を例にとると、肺炎の原因となる微生物には各種細菌やウイルスなど、 たくさんの種類があります。しかし、肺炎球菌は、その中で最も重要な位置を 占めている細菌です。インフルエンザウイルスに多くの種類があるように、肺 炎球菌にも多くの種類があります。このワクチンは、1 回の接種でいろいろな型 に効くようにつくられています。肺炎球菌には 80 種類以上の型があって、それ ぞれの型に対して免疫をつける必要がありますが、肺炎球菌ワクチンを接種し ておけば、そのうちで感染する機会の多い 23 種類の型に対して免疫をつけるこ とができます。これらの 23 種類の型で、すべての肺炎球菌による感染症の 8 割 ぐらいを占めています。1 回の接種で 23 の型ほとんどに対し、有効レベル以上 の免疫ができます。この免疫はよく持続して 5 年以上続きます。肺炎球菌ワク チン接種後の副反応(副作用)として、注射部位の腫れや、痛み、ときに軽い 熱がみられることがありますが、日常生活に差し支えるほどのものではありま せん。1~2 日で消失します。多くのデータにより、安全に接種できることが確 認されています。ただし、過去にこのワクチンを受けたことのある人は、再接
コラム かぜに効くかぜ薬はない よく皆さんがかぜをひくと薬局にかぜ薬を買いに行かれると思いますが、実 はかぜに効くかぜ薬はありません。かぜはウイルスによる感染症ですから、か ぜに効く薬はその原因のウイルスに効く薬となります。しかし、現在そのよう な薬はひとつもありません。一般にかぜ薬といわれている薬はかぜに伴う症状 を緩和する薬です。薬の箱の表やテレビのコマーシャルに注意してみてくださ い必ずそのように言ってあります。それから、かぜをひくとよく抗生物質を下 さいといわれる患者さんがありますが、抗生物質は細菌などの微生物に有効な 薬でかぜのウイルスに効果がありません。そのため、かぜだけの治療には全く 必要ありませんが、かぜをきっかけに肺炎など併発したときには必要となりま す。特にお年寄りやかぜが長引いたりした時は必要に応じて服用することが大 切です。かぜにもっとも効く薬は十分な栄養と休養です。 かぜの治し方うそホンと 病気の治療には医学的に根拠に基づいた治療が行われます。しかし、もっと も身近な病気であるかぜの治療にはこの医学的根拠がほとんどありません。例 えばかぜを引いたら卵酒を飲めば治るといいますが、これもタイミングを間違 えると逆効果になります。一般にかぜなど体のどこかに炎症があるときにはア ルコールは厳禁です。より炎症を悪化させます。しかし、少量のアルコールは 睡眠を促し、休養をとるには効果的です。かぜの引き始めの卵酒はごく少量な
ら効果がありますが、熱が出た後は逆効果です。かぜを引いたらお風呂を控え る方もおられますが、熱が下がれば逆に入浴し、体を清潔に保ち、保温するこ とが必要です。数日間、入浴を控えれば手などから菌が入り込み肺炎などを併 発する原因にもなります。過度のうがいも喉が痛いときには逆効果のことがあ ります。うがいはかぜを引かないように人ごみから帰宅したときなど予防効果 はありますが、喉に炎症が強い時は刺激を与えると直りが悪くなります。