• 検索結果がありません。

島原藩の大坂蔵屋敷(その一)一大坂詰諸覚書および日記から−

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "島原藩の大坂蔵屋敷(その一)一大坂詰諸覚書および日記から−"

Copied!
29
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

島原藷の大坂蔵屋敷(その一)

303

島原藩の大坂蔵屋敷(その一)

一大坂詰諸覚書および日記から−

西川源一

目    次

1乏しい蔵屋敷史料

2 「大阪島原屋敷」のたたずまい 3 蔵詰役人の職制

(以上本号)

1.乏しい蔵屋敷史料

大坂蔵屋敷の研究に関する学界の現状について「総じて大阪の蔵屋敷はそ のことの重大性にも拘らず,その研究は進んでいるとはいいがたく(中略)

しかもいまなお史料発掘の段階にあるといってよい」とはこの方両の泰斗,

宮本又次博士の言である(同博士編著,大阪の研究,第3巻)。さらにその

説明を藷りると,これまでのところ,佐古慶三氏の佐賀藩,黒羽兵治郎氏の

加賀藩および筑後藩,宮木又次氏の佐賀藩,同山落および福間音,作遺洋太

郎氏の細川溝等に関する紹介または論稿がある程度である。これらはいわゆ

る建米の指導的役割をつとめた大坂四蔵やこれに準ずる大藩の蔵屋敷に関す

るものであるが,これらも夫々その全貌を覆うたものではなく,ましてや他

の中小薄に関する史料にいたっては全く手つかずの状況である。大坂蔵屋敷

の組織や職能は各藩まちまちであったろうから,さらにこれらに関する多く

の史料が期待されるのは当然といえよう。それにしても江戸時代の大阪には

百有余の各藩の蔵屋敷があったことからすれば,これらに関する史料が未だ

各地に埋没したまま,発掘を待つものも多いかと想像される。この場合,宮本

博士の「大坂の蔵屋敷と蔵役人」(前掲書所収)はいち早くこれまでの研究

(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
(10)
(11)
(12)
(13)
(14)
(15)
(16)
(17)
(18)
(19)
(20)
(21)
(22)
(23)
(24)
(25)
(26)
(27)
(28)
(29)

参照

関連したドキュメント

昨年度2科目で始まった自然科学研究科博士前期課程のMOT

このように雪形の名称には特徴がありますが、その形や大きさは同じ名前で

〔付記〕

第 98 条の6及び第 98 条の7、第 114 条の 65 から第 114 条の 67 まで又は第 137 条の 63

の繰返しになるのでここでは省略する︒ 列記されている

このような環境要素は一っの土地の構成要素になるが︑同時に他の上地をも流動し︑又は他の上地にあるそれらと

特に(1)又は(3)の要件で応募する研究代表者は、応募時に必ず e-Rad に「博士の学位取得

料からの変更を 除く。)又は、 第二九一五・二一号の産品へ の 他の号の材料からの変更 (第二九一二 ・ 一 二