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「 あとがき

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Academic year: 2021

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あ と が き

うたごえ運動のような芸術文化運動 に参加 している人 々にとって、「 客観 的」な立場 か らの実証研究などとい うものはどれほど必要 とされているかはわか らない。 「ほ とん ど役 に立 たない」 として一喝 され る恐れは十分ある。 しか し、本研究 で筆者 が個人 的 に述べたか ったのは、教育研究 にはよ くあるような、研究者 と実践 の関わ りの問題 で あったのか もしれない。私 が うたごえ運動 に 「 関わ って」 しまったのは、研究者 の卵 ( 大学院修士課程 1 年)にな ったばか りの 1 975 年の ことである。当時の 自分 自身 の立 場 は、この経験 を もとに書 き上 げた修士論文の 「 導入」( 執筆 1 976 年 1 2 月 ‑高平 レコー デ ィングの真 っ最 中) に示 しておいた。かな り長 くなるが、その部分 を資料 と して掲 載す ることにす る。

大学院生 とい うものは不安定 な ものである。研究者 といえば聞 こえが いいが、要す るに書生の ことであ り、相撲の位でいえばマスターな どは序の口か三段 目とい った と ころであろう。事実、全国院生 による奨学金三原則実現 に向けての街頭宣伝 では、「 私 達院生は 20 歳 をはるかに越 しているわけで、今 さら親のスネか じりもで きないのであ

ります…」 とい う訴えが聞かれ るのである。 まった くその とお りである。

私 も寮生活 6 年 目を向え、そろそろ若 い世代か ら 「 若年寄」とかい う名前 をち ょうだ い して、いわばけむたか られている存在 にな ってきているが、いい年 を した 「 若年寄」

グループの行動 は、かな り奇異の 目で見 られているらしい。 もっとも、同 じ院生 で も、

白衣 を着て実験室 に通 ってい る理科系の院生 は、 まだ研究 をや ってい る とい う雰 囲気 が感 じられるよ うであるが、我 々文科系 はそ うはいかない。なに しろ寝 っころが って 本 を読んでいて も研究 は研究 だか らである。寮 の後輩 に向 って 「 教育社会学 は実験講 座 にな っている」 な どと説教 して も、一笑 に付 され るのかオチであろ う。

そ うい うなかで、私 が合 唱団に入 るな どと言 いだ出 したわけであ るか ら、寮生 の中 か らは驚 きとも軽蔑 ともいえ る声が聞かれたのは事実 であ った。 とにか く、大学生活 の四年間は文化活動 と名のつ くもの とはまず縁がなか った し、ことに 「 歌 って踊 って」

式の ものは、‑ナか らバ カに していた気味があ ったか らである。 しか し、初 めにまず ことわ っておきたいのは、私が合唱団に入 ったのは何 とい って も自分 の研究 のためで あ った。私 は教育 を研究す るためには、何 よ りもま して、現場 をよ く知 らな ければな らないと考 えていた。 そ して、教育の研究は最終的には現場 の教育実疏 ‑ と帰 ってい くものであるとも思 っていた。 ち ょうど社会学の調査研究者が、 自分 の フ ィール ドを 特定の地域 に もつ ように、私 もじっくり腰 をおちつ けて研究ので きるフ ィール ドをみ つけだそ うと考えたか らであ った。

研究者 と して以上 の意欲 は正 当に認め られ るべ き ものであると思 う。 しか し、私 は 自分の とって きた研究の態度 を 自己弁護 しているのではない。 そ うではな くて、 こと さ ら初めにことわ っておいたのは、一年以上 の 「 調査」 を通 じて、 自分 が最初 に もっ ていた調査研究 に対す る位置づ けが、なん と薄 っぺ らな ものであ ったのかが、今 にな

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って はっき りと してきたか らである。

現場 に入 るとい うこと、現場 に入 って研究 をす るとい うことは、調査者 とい う存在 はあ る意味では許 されない ものであ った。少 な くとも研究のためだけで現場 に入 って いるとい うことはできない ものであ った。調査 とい うものは、客観 的に もの ごとを見 つめ、客観 的に分析を行 うことが理想で あるが、現場での活動 では、客観 的な どとい うものは、 自分が主体 的 に と りくまないか ぎ り現 れて こない ものであ った。 また、主 体 的にとりくんで こそ、は じめて成員の 「 生の声 」 「ホ ンネ」 とい うものは把握で きて くるものであ った。要 す るに、研究者 が調査 しよ うとす る事象 に どうと りくんでい く のか とい う態度が常 に問われて きたわけである。 そ うい う意味では、活動 の渦 の中に 入 っていけば、‑ とお りの調査研究ができるな どと考えていた当初 の 自分の考 えは、研 究者 としては大 きなまちか いで あ った ことに気づ いたわけである。 (中略)

このよ うな事情 の中で、次第 に 自分 は合唱団に主体的にかかわ らざるを得 な く な ったわけであるが、 これを決定的な ものに したのは団の常任指揮者 T 氏 との交流か

らであ った。

T 氏 は、電報局 に働 く労働者 であるが、「うた ごえ」運動 の古 くか らの活動家 で、ア マチュアの作曲家である。 とりわ け宮城県の 「うた ごえ」運動 の中心 である S 合唱団の 委員長 と して も多忙 な生活を送 っている。彼 はいわば私達 の合唱団の育 ての親 として、

半 ば奉仕的に レッス ンのめん どうをみて くれているわけであるが、団の方 向性 に関 し ては、「うた ごえ」運動 での 自分 の経験 を話すだけで、一切 口をはさまない。 ある意 味 では、彼 もまた私達 のサ ークルの 自己虚 聞を 「 観察」 しているのか も しれない し、 ま たは、「うた ごえ」運動 の新 しい質 を もった型を この合唱団に兄 いだすべ く、 じっくり と見守 っているのか もしれない。

私 の興味 もまず T 氏 の活動 に注がれた。殺人的なスケ ジュールの中で創作 もし、い くつ もの合唱団のめん どうを見ている彼 の音楽観 や人生観、 また、勤 めてい る会社 内 ● でのアカ攻撃、労働組合 内部 か らまで も しめつ けの中で、なぜ 40 才 をす ぎた今 にな っ て も、 このよ うな活動 を続 けているのか、彼 の この活動 を支えてい る ものはい ったい 何 なのか等 々、 こうい った人 々がいわば 「 下 か ら」 の文化運動、 自己教育運動 を支 え ているとは知 ってはいて も、今 さらの ことなが ら驚 か されたか らであ る。

この T 氏が作 品集 を出版 し、全 国で も初めて といわれているアマチ ュア作 曲家 の個 人作品発表会 ( 器楽演奏 か ら合 唱、独唱 までを含 む本格的な演奏会)が 76 年 1 月 に多 くの協力の中で ( 井上頼豊氏 をは じめ とす る多 くの専門家、 うた ごえ関係者 、 その他 の有志)開かれ ることにな った。私達 の合唱団 も日ごろおせわにな っている関係上、全 面的に応援 したわけであるが、この演奏会 に主体 的にとりくむ中で、 T 氏 とい う人物像 が よ りは っき りとうかぴあか らす ことがで きたよ うに思 え る。事実、 この活動 を通 じ て初 めて、私 は T 氏 と じっ くり話 し合 うことがで きたか らである

マスコ ミ関係か らも注 目をあぴた この演奏会 において、ある記者か らの 「 『うたごえ』

をや っていて苦 しか った ことは どの よ うな ことですか」 との質問 に対 して 「 苦 しい こ とな ど

つ もあ りませんで した」 と答えてい る。 ところが、 この一言 はかな り重みの

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ある言葉であ った。後で私のイ ンタ ビューに対 して話 した ことには、 その時 まず考 え たのは 「 苦 しくなか った ことなんかあ っただろ うか」 とい うことであ ったそ うだ。 と ころが、 よ く考えてみると、苦 しみは リーダーとして人一倍多 く、喜 びはみんな とい っしょであるとい うこの ワ リの悪 さとい うものは、 自分 に とってみれば、生 きるため の発見、発明、創造 の活動 を必死 にな ってや っている時であ り、 それを無償 でや って いるか らこそ、人間が動 く姿をみ られる喜 び も味わえ るとい うこと、つ ま り、すべて が 自分のためにな っているとい うことが実感 されることである。 だか ら、前 にあげた よ うな答えを返 したとい うわけである。

その奥 には、彼が好んで使 う 「 仲間」 とい うものに対す る信頼感、「 仲 間」のすぼ ら しさを実感できるように 自己を形成 してきた者 の真実 の ことばがあ った よ うに感 じら れたのである。合唱団のような自主的サークルは、社会学 の用語 で言 えば 「 機能集 団」

とい うカテゴ リーに入 る もの と考え られ る。 しか し、この 「 仲間」 とい う ものは、「 機 能集 団」 とはま った く別のカテゴ リーであることに気

いたわ けであ る。 そ して、 そ れ までの私 の調査か らでは、「 集団」は把握でさて も 「 仲間」 とい うものは理解 で きな か ったよ うに思 えたのである。

ところが、 自己教育や、教育学 にとって、 このような集 団か ら価値 をひろ ってみる と、そこには 「 仲間」 とい う概念をつかみだす ことが どう して も必要 であ る ことに気 づいたのである。「 仲間」とい うものは、単 に集 団の一員であるとい うことだ けでは絶 対 にわか らない ものである

それは、集団のかかえている問題 をまさに 自分 の問題 と

して、 自分のプ リズムを通 して とらえかえ さなければ理解 できない ものであ った。私 自身 にとってみれば 「 研究のために」などとい う抽象的な ことではな くて、まさに 「 何 のためにその研究をやるのか」 とい うことがまず問い返 されなければな らない ことで あ った。 また同時に、「 教育 とは何か」な どとい う一般的な問いに対 して、なぜ実践 の 現場 を通 じて吟味 しようと したのか とい うことも考 え直 さなければな らない ことであ

った。

それは、「 教育 とは何か」と問 うことを、抽象的な空虚な ものに終 わ らせ ることな く、

実践的状況の中で生 きて働いている ものの実意 を とらえ ることによ って教育 的価値 を 追求 してい くなかに、調査研究者 として主体的にかかわ ってい くことにちがいない。 こ うい った中で こそは じめて 「 調査研究者 と被調査者 との相互信頼 の場 を発見 し、 ある いは創造 し、研究生活 と研究対象の生活の触れあいを通 じて、現実 の もつ構造、機能 その過程が示す本質 について学 びと 」 ( 中野卓)れるような調査 となることがで きるの ではないだろ うか。 ( 後略) ・

今回の研究は、20年以上前 に抱いた上記 の課題 に対す るものに位置づけ られ るが、ま とめる歴史をいつの時点 までにするかは大 きな問題で もあ った。本文 に もあ るとお り、

現在仙台合唱団は長 い 「 停滞期」である。研究をまとめている間 に、「 未来 に向けた展 望 を指 し示す」事態が起 きて くれば、そ うしたまとめが格好 よ く終 われ るのであるが、

現実 はそ うはいかなか った。何 とか前進 のための力 にな りたい と思 って も、結局遠 く

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にいる身 に とっては空 回 りとな ったか もしれない。それで も、年表 を整理 した ことと、

これを きっか けに多 くの人 々に集 ま って もらうことはで きた。 どれほ ど役 に立 ったか ばわか らないが、久 しぶ りに 「 事柄 の真 ん中にいる」実感 を味わえた ことは うれ しか

っ た 。

ここで書かれた 「 歴史」 は、今後一人歩 きをす る可能性がある。 しか し、実証研究 ( あ るいは実証研究者) の常 と して、 そ うい ったは うり出 し方 は しないつ もりで ある。

今後 ともデータ、資料 の不備 を補 って、 そ して多 くの人の手 によった 「 歴史」 を完成 させてい きたい。調査研 究の結果 は次 の調査課題 の提示であるか らだ。

最後 に、この研究を完成す るにあた って、東北音楽 セ ンター井上晶夫氏 をは じめ、資 料 を提供 して いただいた り、 イ ンタ ビューに応 じて くだ さった、宮城県 内外 の数多 く の うた ごえの仲 間のみな さん に感謝 いた します。

なお、この研究 は、平成 7 年 〜9 年度文部省科学研究費 ( 基盤研究 ( C) ( 2) ,課題番 号 0 761 01 63) による ものであ る。

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