茨城大学教育学部教育研究所紀要18号(1986)17−29 17
保健担当教員養成カリキュラム・授業科目の検討
内 山 源
(1985年11月5日受理)
1.保健担当教員養成力リキュラムとその内容構成原理研究の必要性 1)
ウ員養成のあり方がこれまで多く問われ,いくつかの貴重な問題が指摘されてきている。それでは,
教員養成の内容を充実し,レベルを向上させるものとして何を考えいったらよいだろうか。
そのためには,現実の保健担当数員養成に関わる営為を大きく規定しているものが何かについてを 考えてみる必要があるだろう。分析の枠組としては「外的事項」と「内的事項」になる。また,これ
らは「理論」と「実践」の4つの内容事項に分けることができる。
しかし,ここではごく大枠としてとらえ,詳細に分析した対象について追求することは避け,主な ものについてのみふれることにしたい。外的事項として強大な規定的要因となるものは「教育職員免 許法」の枠組であることはいうまでもない。次は「学習指導要領」をあげることができるだろう。こ れらは大学教員養成機関のカリキュラムやその内容に密接に関係しているからである。これらのカリ キュラムやその指導内容の実際は,直接的に学習者・教員志望者に向って専門的知識や技術の内容を 規定している。これらが内的事項である。
大学は大学・教授会の自治において個々の大学・学部において「カリキュラムの内容」を決定する が,つまり,その中には教員養成に向っての望ましい「教師像」とか,理念的志向だけではなくて,
現実的実践的問題の解決に必要な「現実像」に向って,大学独自のカリキュラムを研究,検討はする が,その実際は多くが免許法の枠と学習指導要領の内容に規定されているといってよい。
これらはいずれも独自なカリキュラムや内容の展開を行なうとすれば,現実的な「教員養成・採用」
から,その大学・学部学生はズレこんでしまうことになるからである。ここでは,学習指導要領の枠 が,きわめてきびしく効いているのである。文部省・県教委等の教育行政の立場と大学の研究教育の 立場との「ズレ」である。
外的事項はむろん,これだけに終るものではない。「行政研修」といわれるように,教員個人の意 思による自主的主体的な研修,っまり「内的な研修」とは異なり,義務的強制力のある管理化された
「外的研修」が多くなされているが,これらを指すことができる。
同じように,「教員採用の内容と条件」である。主なものは以上の4つとして考えることにしたい。
内的事項は何といっても「カリキュラム」と「教育実習」をあげることができよう。むろん,カリキ ユラムの問題といっても,その内容のあり方だけに終るものではない。どれほどカリキュラムの内容 が現代化され,アメリカの健康教育にみられるほどに充実したとしても,これを担当する「人材・教 官の資質能力」の問題が出てくる。
人材というからには健康教育に関する十分適切な資質,能力を有した教官が定員の座を,規定通り に占めているか,ということであり,その「座」は定員として確保されているか,ということであ 驥c
この場合の資質,能力等というのは保健教員養成に関連したカリキュラム・授業を担当するという 自覚や認識において,何が求められるか,という態度なり信念と密接な関連をもつことが前提となる。
例えば,栄養学の定員に栄養学の優秀な資質能力を有する教官が坐っていたとしても学校保健や健康 教育に関心とか意欲がないと,教育学界はいうまでもなく,学校保健界や学会には全く無縁となって いる者がいる。自己の興味関心のままに,特殊な専門領域の栄養学の枠の中だけに専念することが少 なくない。
保健教育担当数員になるための最低条件としての基礎的栄養学としてのカリキュラムに関与するの ではなく,自分の研究分野に特殊的に関係するものを授業内容とすることが少なくないのである。この ことは栄養学に限定するものではなく生化学,生理学,衛生学等のいずれにしても同様である。この 場合,履修単位の枠がかなり自由に多く選択できるとすれば特に問題は生じない。しかし,僅か2単 位か4単位の限定枠で規定されているとしたら,全体の学校保健・健康教育のカリキュラムからみて,
ちぐはぐなものとなる。
以上の例は,定員枠に定員が占められている場合のことである。これはむしろ問題のない方である。
そうではなくて定員があるにも拘らず「坐っている者」が全ら専門外の無関係者であることがある。
そして「保健科教育法」を担当させられたりしているのである。この点は別に追究した2)のでここで はふれない。
ところでカリキュラムに戻って,一一体,保健担当教員として①どのような保健に関する学問領域・
授業科目が要求されているのであろうか,②また,その枠組を構成する際の理論的,実際的根拠はど んなものがあるのであろうか,若し,そのような根拠・原理がないとしたら,③どのような「内容構 成の原理」を追究しなくてはならないのだろうか,④その構成原理で作成された内容は具体的にどの ような構造をもって構成され,提示し得るか,等といったことが課題となる。
①の内容については,先ずa)免許法の枠であり,これに対してb)各大学・養成機関におけるカリキ ユラムの内容である。そしてc)は海外の健康教育カリキュラムの状況把握とその比較検討の必要であ る。この対象は当然,保健科担当教員だけではなく,養護教諭や保健主事にも追求されるものである。
2.保健体育科教員に求められる履修科目・内容
表1は「保健体育」及び「保健」の免許状の履修内容を示したものである。先ず全体的にみると中 学校であれ,高校であれ「保健体育」と「保健」単独とでは「内容」が異るということである。総単 位数が16単位と規定されているから,この中に体育の単位を盛り込んだ方は相対的に保健の内容は減 ることになる。16単位の中に体育関係を8単位入れると,残りの保健は8単位であり,保健単独の16 単位の半分になる。しかし,これでも保健担当教員としての最低必修の単位となっている。
この他に自由選択が30単位あるが,その実際は半々に選択履修されたり,枠付・必修化されたりす ることはないのが現状である。というのは定員の関係やそこからの非常勤の枠にしても,体育の方に ウエイトがかかり,各大学における保健体育カリキュラムの状況をみれば容易に理解できるところで
ある。
大学のカリキュラムは中学校や高校の保健体育担当教員用にのみ作成されるものではなく,小学校 教員用にも組まれているので,多くの体育実技関係の科目が,さらに登場,充実されることになる。
むろん,中学,高校教員用にしても同様で,体育実技教科の充実化の方向は,現場教師からの要請や
内山:保健担当教員養成カリキュラム・授業科目の検討 19 5)
¥1 「保健体育」及び「保健」履修課程表
(中学校一級及び高等学校二級普通免許状)
区 分 単 位 備 考 蔑 人聞関係 12 中学にあっては倫理学,哲学,宗教に関する科目のいずれか1つの科目の2単位を含まなければならない
藝Fヨ
社会関係 12 日本国憲法2単位を含まなければならない
科目
自然関係 12
保健体育科目 4 講義及び実技
外国語科目 8 1つの外国語科目
次の科目の単位を含まなければならない
中学校(保健体育) 体育実技 4単位
「体育原理,体育管理」 4 生理学(運動生理学を含む) 2 衛生学及び公衆衛生学 2 難難)(疾病予防及び看護4〃
専 計 16〃
(保 健) 生理学及び栄養学 6〃
衛生学及び公衆衛生学 4〃
門 霧難蟹紳の予防及び看6〃
教科専門 32 計 16〃
教 高等学校
(保健体育) 体育実技 4〃
「体育原理,体育管理」 4〃
育 鍔鞠肇雛野耀学4〃
「学校保健,衛生学」 4〃
計 16〃
科 (保健) ヒ群病騨細菌学・栄6〃
目 奮欝春釜欝齢救急処6〃
学校保健 4〃
計 16〃
教育原理3単位,「教育心理学,青年心理学」3単位,保 教職専門 14 健体育科教育法又は保健科教育法3単位,教育実習2単位,道徳教育の研究(中学校のみ)2単位を含まなけれ
ばならない。
自由選択 30 合 計 124
教育実習時等における関係者の要請から現実的な対応として構成されている。
表2は本学のものを示した。保健関係の生理,衛生,学校保健についてみると「必修」が7つある。
従って最低基準としてこれだけとれば,卒業もできるし,免許状も得られるわけである。これに対し て体育関係をみると「必修」が6つある。これだけでは卒業も免許状も取れないから枠を設けてその
表2 体 育 科
単 担当 所 毎週授業時数 対年 中専免許法の対応科『
科目区分 授 業 科 目 考
位 教官 属 前学年 後学年 象次 体必 小 中 備
小学課程体育A 2 野田・{)1教 1
2m 2 三
●
小3(数・教。進) (火。2)〃 B 2 大西i∵ 2 2 三
●
小3(心)+フリー(40名) (水・2)〃 C
2 」 形 〃 2 2 三●
小3(社・障) (木・1)〃 D V E
22 三 浦
n 部 裂; 22 三三 ●● 鷹:裏:養;1棄:お
体育学 体 育 原 理 2 渡 部 教 1 2 [ 三 必 体育原理
体 育 心 理 2 〃 〃 2 三 必 〃
学校体育概論
フ 育 史 フ 育 管 理 1
@ 〃 1
2222 野 田
早@枝 O 浦
@〃
12
Qi 】三猿O
@三
@三
必P
〃
@ 1フぎ副 1 〃
体 育 社 会 学
2 大 西 〃 21 三I I 〃運動学
発 達 運 動 論
2 野 田 教 2 三 1 本年度休講舞踊学演習i2 国 枝 〃 2 2 二
体育実技
徒手体操・器械運動1 1
@ 〃 田1
三 浦
@〃
教13〃 「
3
: 必1 体育実技
@〃
*貞体育科選修・専攻生は教養部の体
陸 上 競 技 1 1 大 山
1
ウ圃 3 二 〃 *★体育科選修・専攻生は教養部の体
@育実技の代替科目
〃 H 1 野 田 教1 3 二 ● 〃 *
柔 道 1
1 尾 形 教[3 三i 〃 *〃 H 1 〃
旨1
訓三
〃 * 男子は柔道又は剣道の1,Hを必修。剣 道 1 1 巽 養 3 1三・ 1
* 女子は柔道1又は剣道1を必修。
〃 H
i技特別実習
¥現運動・ダンス1
111 〃
タ 尻 早@枝
…三;3i L; i 〃 i●11
〃 皿 1 〃 ノ
1 3
匿一 1● 〃
〃 皿
1 〃 〃 3 三 ● 〃〃 VI
1 〃 〃 三 〃 *バ レ ー ボ ー ル 1 大 西 〃 3 二
●
〃 *バスケットボール 1 渡 部 〃 3 二
●
〃 *サ ッ カ ー 1 太 田 養 3 三
●
〃* 球技5種目の中から3種目選択
ハ ン ド ボ ー ル 1 岡 本 教 3 三 ● 〃 *
球技特別実習 1 大 西 〃
i 3
三 〃 *水 泳 1 1 〃 〃
13 1
一 必 ● 〃
* 集中
〃 H 1 杉 原 養 3 二 〃
*
ス キ ー 1 尾 形 教 3 一 〃*
ス ケ ー ト 1 内 山 〃 3 一 〃 * 3種目の中から一種目選択 〃
キ ャ ン ピ ン グ 1 野 田 〃 3 一 〃
*
生理学
生 理 学 1
2 浦 中 〃 2 三 必 生理学〃 1 2 〃 〃 三 〃
運 動 生 理 学
2 尾 形 〃 2 三 必 運動生理出神 経 生 理 学
剖 学 1
22 林
栫@部
教12
{12 2
三二
必
生理学 キネシロジーを含む。
mZ免,解剖学
〃 1【 2 〃 2 二 本年度休講
病 理 学
2 宮 沢教閣
2 三 高校免,病理学衛生学
衛 生 学 1
2 加 納 教 2 三 必 衛生学〃 皿 2 〃 〃 2 三 〃 球急処置及び看護法を含む。
公 衆 衛 生 学
2 内 山 〃 2 三 必 公衆衛生学保健学概論 1 2 〃 〃 2 四 〃
〃 H 2 〃 〃 2 四 〃
学校保健 学 校 保 健 1 2 小 倉 2 三 必 学校保健
〃 H 2 〃 〃 2 三 必 〃 疾病の予防及び看護法を含む。
卒業業 研 究
4 全教官 教 四 必注意1.昭和59年度入学生より,体育実技の必修授業科目については「履修要項」p9及び 15を参照のこと。
\
Q.体育科生以外の者で体育免許取得者の体育実技4単位については,陸上競技1,徒手体操・器械運動1,水泳1に男子は柔道1又 は剣道1のいつれか,女子はダンス1を取得するのが望ましい。
3.昭和58年度以前入学の学生の体育実技必修科目については従来どおりなので注意すること。 (昭和60年度)
内山:保健担当教員養成カリキュラム。授業科目の検討 21
中から必修を設定してある。このようにして体育実技で10単位,理論で6単位が必修枠となる。
体育の方の16単位と保健の方の14単位で30単位となる。これに卒業研究の4単位となり,必要最低 単位の32単位は満されたことになる。「自由選択」は30単位であるが,これらを「保健」の強化に向
けて履修する者は殆んどいない。
多くは副免として取得する他教科の専門科目に向けられている。国語,社会,英語等が主な科目と なっている。このような状況は,本学の特殊性というのではなく,特に統計的な調査データはないが 他大学の状況を聴取する限り同様なものと考えてよい。保健よりも体育の方を向いているのであり,
体育の方を向かない場合には保健よりも他教科の専門科目の取得に向って努力しているのである。
もっとも教員養成系でない大学でのカリキュラムは全く異ったものとなる。表3は東京大学教育学 部の体育学健康教育学科の必修科目を示したものである。
「体育学コース」についてみると 表3 必修科目と単位数 「実技」がないから保健体育の免許
体育学概論 4 をとることは出来ない。保健体育学
体育生理学概論 4 の方をみると体育学の方を組み合わ
解 剖 学 4 せることで「保健」の免許状は取得
体育学健康教育学科 i体育学コース)
体育学特殊講義 フ育学演習
84
40
できる。
@表4はさらに表3を詳しくしたも 体育方法演習 4 のの一部である。何しろ専門科目と
体育学実験演習 4
しての40単位必修の重みは大きい。
教育学部他学科・他コース
フ概論又は特殊講義 8 さらに卒業研究としての12単位が加 健康教育学概論 4 わるから専門的内容として52単位と
医学概論 8 いうことになる。
体育学健康教育学科 i健康教育学コース)
解剖 学
注N教育学特殊講義 注N教育学演習 注N教育学実験演習
4844
40
だが,このようにして育った保健 ニ許状取得者に対する現場での「市 黶vは皆無である。殆んど総べてが 教育学部他学科・他コース 8 「保健体育免許」者に占められ,他 の概論又は特殊講義 は「無免許」者によってなされてい
ることが少なくない。
表4 講義題目と教育職員免許法上の認定科目(の一部)
体育学健康教育学科(健康教育学コース)
0811 高石 健康教育学 T 論
健康教育学 T 論
体育学特殊 u 義 2 4
夏冬
月・1 ⑯㊥
w校保健i疾・看)
0812 室 医学概論1
医学概論
2 2 夏 火・1 ㊧生物学?h養学 ㊧隔年㊧⑳衛生学
0813 東郷 公衆衛生学1
医学概論
2 2 冬 水・1 (公) ㊧隔年公衆衛生学
3.免許状枠における授業科目の内容。質の条件
ここでは「授業科目の枠」について検討することにしよう。量的には科目の質がどうあれ,アンバ ランスで少ないことは先に述べた。だが,そのような状況で科目の種類,内容の方はどうであろうか。
先ず①現場の保健授業担当の際に必要とされるものとの対応でみるとどうなるであろうか,つまり,
学習指導要領枠との対応である。 「発育発達」 「安全・事故災害」 「職業・労働の衛生・安全」「環 境と健康」 「性と人間,社会」 「精神衛生」 「消費者保健」 「保健,医療行動」 「タバコ,アルコー ル,ドラッグ,肥満とやせ等」に対応しているのであろうか,対応できるか,ということである。
現場の保健学習や保健指導の実践で具体的教科書教材の題材として記載されているものや具体的な 子どもの健康問題への対応は,これで十分に成立するか,ということである。結論的にいうとこの種 の内容では教科書教材の内容さえも消化・指導することは困難である。丁度,似たようなことに小学 校で5,6年生の担任になれば教員養成期間・学生時代に何ら保健関係の単位修得の学習機会がなか った教師でさえ,体育科指導の中での保健学習を担当することになっており,担当できるという問題 がある。
このような状況は他教科では全く考えられないことだが,「体育の中の保健」では長年にわたって 改善されることもなく実施されてきている。中学,高校では小学校ほどのことはないにしても制度内 容としては予盾であり,欠陥であることを繰り返し述べておかなくてはならない。
次は②健康問題の事実の存在や説明等について検討追究されている,科学の成果「保健の科学」と しての知識,技術の構造や要素内容に対応しているか,という点である。保健教育の内容は,当然,
保健安全現象や事象の科学的認識を主要な目的に置いていることから,保健の科学ヘカバリツジを効 かしたものが要求される。(図1参照)
偏ったり,不足したり等してはいけないわけである。構造的基本的領域を選択構成した内容でなく てはならないのである。このような観点からみると,先述の①以上に,保健免許枠の「授業科目」の 内容は著しくずれて,不足していることがわかる。ということは保健科教育の目的とか健康教育の目 的からもその目標達成に相応してない内容となっているわけである。これが③の理由である。
④の理由として,◎指導担当者のニーズ及び⑤学習者の興味,関心,ニーズ,保健認識の内容,学 習態度,意欲等に対応する内容になっているか,の観点からあげることができる。ここでは⑤のみに ついてふれることにしよう。例えば,性に関する問題は非行に関するものから,生理,発育等に関す る悩みや問題意識,知識は広く大きい。当然ニーズでも関心もあるわけである。これに対応する教育 内容が求められることになる。ところで求める内容に対応する養成カリキュラムの方には「授業科目」
が殆んどないし,免許枠には全くないのである。
別に「性」の問題だけではない,「タバコ,アルコール,シンナー等」もである。
⑤の理由としては,地域保健における医師,保健婦等の健康教育担当者の実施している健康教育の 内容領域や方法等との「ずれ」がきわめて大きい,という観点である。元来,一生のほんの一部・期 間の学校期に行なわれる学校保健教育が,その前,間,後の長期間に行なわれる家庭や地域社会の健 康教育の内容と「一貫性」「整合性」等をもつべきことはいうまでもないことである。
然るに現実は,この辺の連関は皆無,独立の状況にあるといってよい。これは能率性,効果性の上 できわめて「アカウンタビリティ」を欠くものとなっている。
要するに地域保健で強調する健康教育内容・領域と学校保健教育の内容がずれていることである。
内山:保健担当教員養成カリキュラム・授業科目の検討 23
図1 保健教育内容の選択・構成の原理
Aレベル Bレベル Cレベル Dレベル
①保健・安全に関する科学知識とその論理 ll・)記述゜説明部゜要因髄
騰穿禽罐1−一隣講]−T
b)行動要因の構造部P↓ c)保健問題解決過程部②学習者の条件・心身発達段階への対応
nl雌齢隷罪味轍等 一《繍蔑)
③教育理論
一籔諜腰謝一嚥灘構造化)
a)教授・学習理論氏@ b)教育価値,目的論④国民的,人類的課題からのニード
nl;:::盤射羅垂毒
連動部・生徒 指導関連部 時 間 的 縦 軸
(保健教育内容のTime lag)
図1Cレベルの①一a)の部分に主として表5のモデル・概念枠が絹み込まれ, Aレベルの健康現象を理解,
認識する。①一b),c)はさらに別のモデル・概念枠が必要となり,その理解,認識を深める。 C一①一a)
の記述・説明部は事実認識における科学の対象をすべて包括するが,b)とc)は健康現象に対する思想も反 映するので,独立的に設定してある。
表5 疫学,健康概念,健康度測定:その進展と関係(Alan Dever)
年代区分 疫学の因果モデル 健 康 概 念 3 健康指標・健康度測定
1900 単一原因モデル 生態学モデル 伝染性疾患による死亡
(伝染性疾患)
(Agent−Ho stdnvimnment) (Death Rates:Crude.
rpecific. Adjusted)
1920
複合原因モデル
@感染性/慢性疾患,
@移行サイクル
社会生態学モデル iHost, Environment.
@Personal Factors)
疾病罹患状況の把捉
iIrcidence. Preva豆ence)
1940
W.H。0.モデル 能力障害の把握
(ξ譜テ1・晩ntaL (Work Loss, DisabilityDays)
全体論的モデル 全体論的健康とウエルネスの
(Life Style. Environ.
把握複合原因/複合結果モデル
ment. Biolo9)ろ正balth
(HH乱RADAR.1970 (慢性疾患サイクル) Care System) Prospect ive Mbasures)
高水準ウエルネスモデル
(Physical Ezercise. St ress
聯鶴e翻盛騨
1980 内容/関連モデル 健康の内容とその関連の把握
(What s in Hbalth/How
(Mi n d/Body
to Hold㎝to Health) Reiationships)むろん,学校教育にはそれなりの固有の性格,目的があるから,地域保健教育内容等と完全に一致し たり,完全な一貫性は必要としない。
しかし,無関連であるとか,独立,気ままな展開をそのままにしておくわけにはいかない。80年代 に入って地域保健としての「タバコ予防・防止教育」の運動は大きく進んでいる。これに対して学校 の方はどうであろうか。学校保健の方はどうであろうか,体制も組織活動も弱いのであり,学校保健
・教育自体の計画やカリキュラムでさえ弱体なのである。
当然,地域保健活動に対応した学校保健・教育運動が求められることになるが,それに相応しい能 力,技術を養成する内容にはなっていないことが容易に理解できる。要するに「授業科目」の内容と して量的にはいうまでもなく,質的に以上の5つの観点から検すると,かなり大きなずれ・不足・
偏りがあるといえる。
4.保健科指導担当教員に求められる履修科目内容とその構成
では保健科担当教員の専門科目カリキュラムとして何が求められる内容となるのであろうか,また,
何がさほど必要とされない科目となるのであろうか。先に「かなり大きなずれ」と述べたのは, 「求 められるもの」との関係において生ずるものとなっている。「ずれ」を漠然と大枠でとらえるのか,
そのとらえ方には根拠があるのか,ないのか,あるとすればどんな根拠・原理か等といったことであ る。荒木4)は「保健体育の教員養成に関する問題」の中で「保健体育と保健担当の問題」を論究し,
免許枠による授業科目が不足していることや保健体育科という「複合的教科」の問題を述べている。
そして,これらの関連で「次のような科目の設置や内容の充足が必要ではないかと考える」として具 体的な内容をあげている。
④健康の歴史と権利論⑤公害論◎人権と環境論③生命科学論◎性科学 ④人間の進化学
⑧ストレス学と心身医学⑤エネルギー論と人口論①健康経済学①健康と文化(順不同)
それぞれ興味ある内容で必要なものであるがG順不同)とあるように構成される構造についての説 明はない。しかし,体育学関係研究者からのこのような提示・指摘は貴重である。むろん,現実的に は「受皿のキャパシティ」が不足するから実働的な意味は少ないが,理論的な観点から1つのアプロ 一チとしてみることができる。
これに対して,健康教育研究者の方からはどうであろうか,学会等での研究会とか協議会等で,「学 校保健」を「必修科目」にする動きと関連して,これまでに多く議論されてきた内容である。しかし,
論文・報告等の形で提示されたものはごく少ない。比較的新しいものでは田村5)の「教員養成等大学
・学部における保健・体育科カリキュラムの実態」に関する研究がある。
そこでの検討で田村は「社会科学的,行動科学的教育の欠如」と「保健教育の理論に関する教育の 欠如」をあげている。即ち「少なくとも社会科学,行動科学的観点一主体・環境系という観点から 人間の健康を考察する一から生理学, 生学,解剖学などを再構成して教校する必要がある」及び 後者にっいては「教科としての保健の基礎理論ともいうべき保健教育理論というものが,学科目構成 の一つの柱として設定されるべきだと考えられる」としている。
前者については具体的科目内容の詳しい提示はないが,保健教育の理論については「健康教育」「安 全教育」 「保健指導論」などをあげている。この他「保健の疫学」「保健社会学」の充実が望まれる としている。それでは「科目構成の観点」にっいてはどうであろうか,これについては「カリキュラ
内山:保健担当教員養成カリキュラム・授業科目の検討 25
ム構成の原理」ないし「基本的な考え方」についての深い論考はみられない。そこでは教員養成系大 学では,東京大学医学部保健学科と琉球大学の保健学部の授業科目内容を資料として検詞し,これら
これらを「生態学的構成」と解しているようである。
そして,このことについて「その具体的内容を考えるうえで多大の示唆を与えてくれるもの」とし ている。だが,これだけでは「十分でない」とし,保健教育に関する内容が必要であると述べ,アメ リアのオレゴンやトレド大のカリキュラムを紹介している。確かに保健教育担当教員養成のカリキュ ラムと東大や琉球大のそれらとの違いがあるのは当然であり「十分でない」ことは初めからわかったことである。
しかし.最近では「健康管理論」の中で,学校保健や健康教育を扱っており,保健教育面は以前よ り拡大充実したものと思われる.田村より以前に,森6 もほぼ同様なことを述でている・即ち「カリ キュラムに関しては「保健教育の原理,行動科学に関係する教育が不足している」また,保健が軽視 されている理由として「保健の歴史が浅いことにもよるが,保健のバックボーンとなるべきところに 最大根本原因があるようである」と述べている。
また,両者がほぼ同一の「社会科学的,行動科学的教育と保健教育」面が欠けていることについて 7)
ヘ,田村と同じ頃(1973年)にアメリカ・イリノイ大学留学中の行方 からも「大学院のカリキュラ ムの本質」としてより詳しく報告されている。
そこではアメリカ保健教育・体育・レクリエーション協会(AAHPER)での「大学院教育に関す る会議の内容を紹介している。即ち「保健教育の本質となる共通領域」として4つが示されている。
(1》健康の科学(health Science) (2)行動科学(behavicral Science)
(3)教育,学校,社会(educaticn,the schcol and sGciety)
(4)評価の研究(evaluation and research)
紙幅の関係で詳細にふれることができないが,(1)(2)(3)はほぼ共通としても,(4>の領域・観点は重要 である。これが欠けたり,軽視されたりすると,教員としての資質・能力として欠落したものとなる。
さて,両者については,以上に引用した内容からわかるように先述の1で述べた①の授業科目・学 問内容といった事項については広い領域でふれているものの,具体的内容が②の理論的根拠・内容構 成の原理をもって示されてはいない。また,②の構成原理については,田村が僅かに「生態学的理由」
に了解を示しているように考えられるだけで,詳しい内容は全くみられない。したがって③の「構成 原理」の検討や研究への方向とか検討への示唆はみられないこと,従って④の構成原理による内容へ のアプローチについては全くふれられていないこと等を検討の特徴とすることができる。
5.保健関係教員養成に関する「カリキュラム内容の選択・構成の原理」について そこで保健担当教員養成に関する「カリキュラムの構成原理」の追究検詞が必要となる。この内容 の元型ともいうべきものはかつて「教員養成大学・学部保健関係教官懇談会」での報告で述べたこと があるが,フォーマルは論文・報告として出されたものはない。これと類似する考えとして「健康教 育内容の選択・構成原理」(1972年)8)捧ある。つまり先述の図1である。
教員養成のカリキュラムについても原理的には同様なものとなる。保健担当教師像を考える場合,
筆者はこれまで次のよう醍示してきてし・る.即ち①健康教育に対する・)意欲・モラールであり・b)
健康教育観等である。②は指導方法・技術能力,組織構成能力・Teaching s killに関する次元であり,
③はa)健康科学・技術及びb)教育及び健康教育に関する専門的知識技術の次元で構成されるもので
ある。っまり,優れた健康教育観を持ち,この考えに従って高い教育意欲や教育愛があること,さら に④教師自身が健康で生気にあふれていること等をあげることができよう。
しかし,④にっいては前提条件として教師に求められるものであるから特にとりあげないことにす る。さて,このような保健教育教師像を各次元について,あくまでも追求する方向目標とし,各次元 の追求達成すべき実際的達成目標を自己との照応において個性的に設定することが求められる。
大学養成機関の期間において,②を現場教員並みの水準にまで期待することは,実践体験,研究を 必要とする以上,これは困難なことである。これは現場に立って,自己の主体的研修によって積極的 に磨きをかけていくべきものであろう。むろん,基本的なものは養成機関で学習されるべきことはい うまでもない。では,①の方はどうであろうか,a)については大学養成構関志望時から,その意欲の あるものと学習過程・期間,殊に教育実習体験で得られるものもある。b)の方は養成期間中の③の総 合的認識や学習,体験によるといってよいであろう。
となってくると,大学養成カリキュラムの重点は主として③の内容をどのように構成するか,とい うことになるであろう。ところで③のa)の健康の科学については 85年の現在でも多くの研究者から
「保健の科学が未だに確立していないから,保健教育のカリキュラムが云々…」ということが示され ている。こと点についても,この論理のおかしさについて,この論義の出た 60年後半頃から幾度と なく述でてきた。
つまり,①「保健の科学ができていない」と判断すること・できることは,どんな「指標」「基準・
域」「尺度」によって根拠を得ているか,であり,②は「保健の科学」と「保健教育カリキュラム」
との「関係の論理ないし理論」について考究することなしに,そのような主張が可能か,ということ である。
「保健の科学ができていない」と判断することは,判断する者が個人的内的に「保健の科学」に相 当する「イメージ」なり「理論・概念枠」を持っていて,この「基準」において,「ギャップ・ずれ」
を把握・認識することで「保健の科学ができていない,まだ,発達していない」等の判断が可能とな る。それとも全く漠然と直感的実感的に,イメージ的把握で「できていない」とするか,になる。
後者の場合が・現在の主張の大半であろうが,これらは論外としておき,それではなくて前者の 立場をとるものとすれば,その根拠を上記の①,②点について明示することが要となる。もう20年ほ どたった今日でもこの種の主張がなされることは,健康教育のカリキュラム構成にとって,学問的レ ベルでみるとすれば,どういう状況を意味しているのであろうか。
これでは健康教育のカリキュラム研究は理論として展開することはかなり難しいものと思われる。
さて,カリキュラムの選択構成の原理であるが,「保健関係教員」としたように,これは保健科担当 教員にのみ限定するものではない。養護教諭等もその対象になることはいうまでもない。この原理に ついては先に図1に類似するとしたが「健康教育の内容」の場合とは異って,ここでの主な特徴は③ のa)だけではなくb)もその対象に入っており,また,図1のC一②の中に関係教員等の条件が組み入 れられていることになる。
6.保健担当教員養成カリキュラム・内容構成への示唆
それでは・この原理から導出される内容領域はどのようになるのであろうか,図1のC一①に適用 するモデルの古典的なものは健康の成立要因のモデルとして世界的なものとなったレベル・クラーク
内山:保健担当教員養成カリキュラム・授業科目の検討 27
のモデルである。比較的新しいものではA・ディーバーやラロンドのモデルがある。また,健康教育 面ではホイマンのモデル,SHESのモデルをあげることができよう。
ヘルスモデルについての検討は 70年代の前半に多く発表報告したのでここではふれない。保健安 全現象を記述,説明する場合,県健安全に関する事物,事象とそれらの関係に関する諸事実が先ず科 学的認識の対象となる。モデルがモデルとしての有効性を保つため,カバリッジが要件の1つとなっ ている。したがって,モデル操作等によって内容の導出をすることになれば,「社会文化的環境要因」
の領域が欠落することは全く考えられないことになる。何故なら,これらの保健的事実が存在するか らである。
高校保健教科書教材となったことのあるクラークらの古典的なモデルでさえ,自然的環境以外の要 因・条件としてその関係が示されている。従って,これを免許法の枠についてみる時,主体・Hcst の「生理・解剖」やその病態の「生理・解剖」と病因・Agentに関するもの病理学等,しかも生物学 的病因に限定するもの,例えば細菌学や栄養学等や,単なる技術に関する救急看護法とか,それに衛 生学,公衆衛生学,学校保健などといった「事実認識」とか「技術」というより「問題解決」に関す る科学技術(図1のC一①参照)の一部の授業科目(免許法の枠)だけでは,最初から「カバリッジ」
がずれて不足していることが理解できるであろう。
ここでも現代的課題,その国の,地域の課題に相当する保健安全の問題を,教員の自由裁量で採択 できる「柔構造」のカリキュラムが,図1C一④の地域保健・国民保健との関連で,構成されること が必要なのである。例えば,タバコ,アルコール,医療,消費者保健,ドラッグ,性,交通安全,肥 満・過栄養,精神障害,ストレス,チャイルドアビュース,公害等である。時代と共に,民族的人種 的条件や社会,文化的条件において生起,消長するような生活的,地域的・国民的課題である。ある 国,地域では問題になるが,またある時代には問題になるが,他では問題にならないというように,
恒常的硬構造的でない対象,変化変動する問題事項を指している。
これに対して,他はこのような変化変動・差違の少ないもの,そして進化発展するものが認識の対 象となる。例えば,主体については正常態の「生理・解剖・生化学」等であり,病態については「病 態生理・解剖・生化学」等である。病因・Agentについては生物的要因から非生物的要因,それに非 物質的要因までその対象となる。次は環境の要因・条件である。これらの2要因・条件の関係,3要 因・条件の関係で考えられるもの等であり,これらは図1−C一①のaの部に位置するものの一部で
ある。
これに「時間的次元」で歴史的推移変化と図1−C一①bに示した「人間行動」要因が加わる。こ れらはaの事実に密接な関連をもっている。人間としての行動は,意識的精神的に統禦,調整等して いく,他の動植物にみられない意思による判断,自由意思による選択決定の行動があり,しかも合理 的で不条理な行動などがあることである。これらは思考,認識判断,想像,創造,価値観等といっ たものに影響を受け,与えて健康生活・健康安全現象に関連をもっている。例えば,タバコ,アルコ 一ル・飲酒行動とライフスタイルであり,ヘルスハビット等である。
先のクラークらのモデルの欠点の主要なものは,この2つである。健康生活を維持,増進する場合 に,主体的な健康への意識,健康観,健康安全への権利と責任,健康価値観などといったものは健康 行動との関連で欠かすことのできない重大な要素事項である。クラークらのモデルに時間的次元を組 み入れると要因と要因間の関係に,歴史的時代的推移変化の対象領域がでてくる。例えば,主体につ いてみれば生命の誕生から発育とか死までである。これは一生のサイクルであるが,世代を超えてい
くと遺伝とか進化の領域となり,これに人間の行動を組み合わせると人間の権利,生存権,健康・安 全権,性権,環境権等といったもの・活動の事実と人間の精神的文化等が必要になる。
現代の健康生活において医療,予防,健康管理,プライマリーケァ等の概念とこれによる活動は,
その成立に密接に関係している。個人的な問題解決の方法,過程・セルフケア,ライフスタイル等か ら集団・家族,学校,職場,地域社会,国家,国際的組織等まで「科学的な問題解決の方法,過程・
健康教育・健康管理・医療等」図1−C一①c)の存在があり,これらが健康生活の保持成立の主要因 となっている。そこでは問題性の認識から始まり,要因・条件の追究確定,責任の認定,方法・技術 の選定・決定,解決への現実的アプローチ,評価,査定などがその基準となる過程・要素となってい
る。
これらは当然,科学的保健認識形成の対象となり,これに関わる教育内容の領域が導出されること になる。モデルから導出の展開説明については 70年代から繰り返し述べてきたことなのでこれ以上 はふれず主な領域だけを以下に示す。
また,アメリカの大学にみられる健康教育カリキュラムの検討はきわめて参考になり,これを7と して論及提示したいところであるが,紙幅の関係で今回は除くことにした。
さらに5の③のb)の教育及び健康教育に関するものは,a)との関連で性,タバコ,アルコール,死 などいくらでも構成できるので,これも略すことにした。但し,一般教育理論として,目的,内容,
方法,過程,評価論等の領域で重複するので,先述の4のアメリカの(4)は別にした。
さて,元に戻して主な領域は(1)「健康・疾病の歴史とこれらの意識・観の歴史」人から人間になる 生活文化史の中での健康安全の歴史,当然,健康権,安全権,性権などがその内容となってくる。② は「人から人間への成長発達,老化,死」までの一生の過程と健康,安全との関連,③は「人体の構造
・形態と機能,正常態と異常態・病態」(4)は「病因・環境と健康」⑤は「人間としての生活・保健行 動」{61は「健康問題の科学的解決過程の方策・方法・技術」(7)は「生活の中の健康問題」等である。
つまり,この各領域から「授業科目」が導出されることになる。例えば(1)からは「疾病・安全史,
医療・保健・公衆衛生史・保健・医療制度史,病因の発見,対策,文化史,人間進化論,人間と文明 発展論,宗教・信仰と健康史,人権と健康権論」等となり,これを先の③のb)にっいてみるなら「健 康教育史,性教育史,安全教育史,タバコ等の健康教育史」等ということになる。また,(5)は図1一
C一①bから導出されるものであるが,ここからは「生活行動・保健行動」を記述,説明する領域が 求められる。従って必ずしも「行動科学」・行動の内的過程がブラックボックスと評されるこの分野 のみを指しているものではない。保健に関する「行動認知論」「コミュニケーション論」「社会学的 行動論」「地域社会組織論」 「グループダイナミックス」「保健行動論」「医療行動論」「保健意思 決定論」「健康行動とパーソナリティ・文化」「健康意識と生活行動」「保健行動とピリーフ・態度 価値意識」「保健行動と文化,宗教」「保健行動と社会,経済,法,政治」 「保健行動と教育」「保 健行動と健康障害」「保健行動と相談,助言,カウンセリング」「保健行動と生態学・人口論」等が
あげられる。
{6)では「健康管理過程」やその「方法,技術」が内容となるが,他は余裕がないので略すことにし
た。
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主要な参考・引用文献
1)長尾十三二代表:「教師教育の課題」pp 19〜296,明治図書 1983
2)日本学校保健学会共同研究B班:教員養成大学における保健体育科教育法及び教育実習等に関する調査研究
(1)21(11)学校保健研究,1979.
3)日本学校保健学会 共同研究B班:教員養成系大学における保健体育科教育法及び教育実習等に関する実態調 査研究肥2(10)学校保健研究,1980.
4)荒木 豊:「スポーツ教育」教員養成論 pp 325〜389,大修館,1978.
5)田村 誠:「保健・体育科教育の教師論」保健科教員養成の現状と問題点pp 150〜161,日本体育社1975.
6)森 昭二:教員養成大学における保健体育科カリキュラムの実態とその検討 9(5)学校保健研究,1967.
7)行方 令:大学院における健康教育のカリキュラムに関する問題点 15(2)学校保健研究,ユ973.
8)内山 源:保健教育内容の現代化(日本学校保健学会シンポジウム)p115,日本学校保健学会講演等1972 9)内山 源:健康教育・教科保健における内容構成原理と内容領域の構成,No.15,茨城大学教育学部研究所
紀要,1983.