「話しことば」の学習指導における評価のあり方 一〈自己評価能力〉の育成を中心に
大 内 善 一
(1981年10月30日受理)
1 は じ め に
「話しことば」による言語活動はあらゆる教育活動において最も中心的な位置を占めている。あ らゆる教育活動を共同的なものとしていくのに,「話しことば」は欠くことのできないものである。
したがって,「話しことば」の教育における評価のあり方について考えることは, 「話しことば」
の教育の目的・方法・場面などを改めて見直していくことを通してあらゆる教育活動を,適切かつ 着実に成立せしめることにつながる。
「話しことば」の教育については,その重要性が繰り返し叫ばれているにもかかわらず現場にお ける関心は極めて低い。この現状を少しでも打開していくために,ここでは,「話しことば」の学 習において学習者が何を問題とし,何に悩んでいるかを学習者自らが奥深く知って,自己の「話し ことば」の生活をより確実で豊かなものにしていくための「自己評価能力」の育成に焦点をあてて 考察してみたい。
現代教育の主流が自己学習であり,生涯学習であるという視点に立つならば,自己を生涯にわた って学習せしめていく機能の一つとして「自己評価能力」というものを取り上げてみる必要があろ う。そこで,本稿では,「話しことば」の学習における〈自己評価〉という方法の意義とその実際 的方法のあり方について検討し,「自己評価能力」を高めるための指導の試みの一端を紹介しよう
と思う。
皿 「話しことば」の学習指導の目的
「話しことば」の評価について検討していくには,ぜひとも「話しことば」の学習指導の目的に ついて確認しておく必要がある。
「話しことば1の学習指導の目的は,田近洵一氏の次のような提言によって端的に要約できるで
あろう。すなわち,「①人と人との直接的なかかわりあいの場を通して,健全な人間関係意識を育
てるとともに,②思考と言語とが時間の流れの中でもっとも密接に関連しあいながら線条的に展開
するといった聞く・話すの活動を通して論理的思考力を養い,さらに,③音声言語を通して言語感
覚をみがくといったところにある。功というものである。話しことばによる言語活動には,その場
におけるその人の心理的側面が強く表れる。そして相手や集団の考え,感情,意志,ふんいきによ
って新たな展開がもたらされる。したがって,話しことばによる言語活動にはその人の人間性が強
く表れ,そこに健全な人間関係意識が育くまれる契機が存在するのである。また,話しことばによ
る言語活動では,一人で思考を働かせている時よりも非常に積極的な姿で自分の頭を働かせている
ものである。すなわち,そこには「話し合いから生まれる自己開発の瞬間2)」というものが存在す るのである。さらに,話しことばは,言語活動の実の場におけるものだけに,その適否,正誤,美 醜などを直に感じとれるものである。話しことばが相互の人間関係意識によって支えられているも のであるだけにこのような適切さや美しさについての感覚は一層鋭いものとして表れる。このよう な「言語感覚」について,井上尚美氏は, 「ことばに対する鋭い論理意識と,豊かな感受性という 二つの面での言語感覚を養うことが,国語教育の目標である。3)」と述べている。「話しことば」の 学習指導でもこの目標達成への一翼を担っているわけである。
以上のように, 「話しことば」の学習指導においても国語教育における最も重要で本質的な目標 が確かに把握できるということを改めて認識していく必要があろう。
皿 「話しことば」の学習指導における評価のあり方
(1) 「話しことば」の学習指導における評価の目的と意義
「話しことば」の構造からすれば,その評価のあり方としてはつねに即決的な性格をもつもので ある。野地潤家氏は, 「話し方評価が実際にほんとうに生かされるためには,間の抜けた事後評価 だけでは不十分である。」として,「即決的に,話されるその場において,進行中の話そのものに 即して,内容・構成・ことば・声・心構え・聞き手への訴えの問題をさばいていかねばならぬ。4)」
と,そのあり方を主張している。このような「話しことば」の評価の即決的な性格からすれば,「話 しことば」の学習を「話しことば」の学習たらしめているものも,実は指導者・学習者の評価意識 と評価作用そのものであろう。つまり,学習者は,自己の話しことばの生活の中で,自己の聞くこ と・話すことの活動に関して進歩・改善のきっかけを自他の評価を通してつかむことができるよう になるのである。
評価というもののもつ本質的な機能は,学習者自身の人間的成長を適切かつ着実に促していくと ころにある。これを「話しことば」の評価という視点からとらえるなら,「自己の話しことばを,
その表現方法を真に自己のものとしていくように,各学習者の話しことばへの自覚を確かにさせて いくこと。動にその根本的意義があるということができよう。
(2) 「話しことば」の学習評価の〈対象〉及びく基準〉
話しことばの学習における評価の対象をどこまでに限定していくか,また,評価の基準をどこに 置くかを決めることはなかなか難しい面がある。まず,ここで考えている評価は,いわゆる「教育
● … ● ○ . ・
?ョにおける評価」の中の「話しことば」の学習面に限定している。しかし,それは当然,学習指
・ o ● ・ ・ .
ア面における評価,つまり,「教育活動に対する評価」へとつながっていくものである。評価につ いて考えるときには,いかなる場合もまずこのことを確認しておかなければならないであろう。
ところで,「話しことば」というものをコミュニケーションとしての側面からみるならば,その
手段としてバーバル・コミュニケーション(verbal communication)とノン・バーバル・コミュニ
ケーション(=非言語的)とが考えられる。もちろんコミュニケーションは,言葉を中心に行われ
るのであるが,日常の会話は,非言語的な目の色,顔色,表情,身ぶり,態度,動作の総合として
コミュニケートされる。6)このような現実をふまえるなら,「話し方}をく話す 聞く〉の次元
だけでとらえていくことには問題があろう。すなわち,このような非言語的な側面も評価の中に組
み込んでいく必要があると思われる。
さらに,「話し方」の成否を決定するものは,話し方の技術面だけではないのである。話される 内容の価値的な側面もこれに重大な影響を及ぼしていくものである。つまり,「話し方」(=技術 面),「話の内容」 (=内容価値的側面)の二側面からの評価と,その評価の比重のかけ方の面な どが問題となってくるのである。
従来の「話しことば」の学習指導では,その技術面ばかりが重視され,「話すこと」が技巧的に とらえられてきた。表面的でありすぎたのである。この点について,輿水実氏は,「実際に話させ る学習指導の90パーセントまでは内容の学習指導でなければならない。物とまで言い切っている。
まず大切なことは,生徒に話すべきことを持たせることである。これまではともすると,内容の伴 わない「話すこと」の形態のみを優先させた実用中心の指導が主であった。〈何を話すか〉という 価値意識がなければ,「話すこと」の活動への意欲も高まらない。
ところで,「話の内容」が学習者にとって自ずと価値あるものになっていく最も身近な場面は,
● ● o ●
いわゆる学習生活での「話しことば」の言語活動場面である。こうした場面での「話しことば」の 評価も重視していく必要があろう。ともあれ,「話しことば」の評価では,相当の比重を「話の内 容」の面にかけていくことが必要になってくると思われる。
このように考えてくると,その評価の基準も「話の内容」の有無と話し手の性格などを組み合わ せて,輿水氏が掲げる「話し方の4つの類型8)」に即してとらえていくことができよう。
A 話すことを持っていて,よく話す。 B 話すことを持っていないで,よく話す。
C 話すことを持っているが,あまり話さない。D 話すことを持っていないし,あまり話さない。
これらの4つのタイプに合わせて,「話しことば」の質の向上を図っていくように配慮していく ことが必要となろう。
(3) 「話しことば」の学習における評価のく場面・時期〉・〈方法〉・〈生かし方〉
一般的に考えられている学習評価の時期は,「事前」「事中」「事後」であり,方法的には,「診 断的評価」「形成的評価」「総括的評価」がこれに対応していると考えられる。しかし,「話すご と」の活動は言語活動の実の場におけるもので,その性格は一過性である。したがって,その評価 をくいつ〉〈どこで〉行うかということは極めて切実な問題である。また,評価の〈生かし方〉と いう点では,ここでは主として学習評価を中心にしているので,学習過程におけるその時々の学習 者の反応やつまずきをとらえ,それを次の学習活動の成立を図るためのチェックポイントにしてい くという方向で考えている。つまり,評価の「学習的機能」に焦点をしぼってある。このような機 能は,「児童・生徒の自己評価とか相互評価とかの形で評価を児童・生徒に行わせたり,評価情報 を直接生徒にフィードバックしてやったりして,児童・生徒にその学習の自己改善を図らせようと する9)」ものである。
中学生の時期では,自己の学習結果についてかなりの程度まで自分で客観的な判断ができるもの である。こうした面をさらに伸長していくのは,その学習についての自己改善を図っていくような 評価の機能である。したがって,中学生の話しことばの学習における評価では,学習者による自己 評価や相互評価を大切にしていきたいと考えている。
そして,話しことばの評価では,時期を失しては十分な成果を期待することができない。それは.
あらゆる場面であらゆる方法をもって即決的に行われなければならないものである。また,評価し
たことがマイナスに作用することのないように,相互評価にあっては相互のあらさがしとならない ように,相手の性格,特性などを十分に配慮して行わせるように指導していかなければならない。
自己評価にあっても,自分のこれまでの話しことばにおける実状と比較してどうであったかという 点に評価の基準をおさえさせて,自分の話しことばを過度に暗くゆがめて評価することのないよう に適切な助言や励ましを与えていかなければならない。
(4) 「話しことば」の学習における〈自己評価〉の意義
人はもう一人の自己によって自己を見つめることができる。すなわち,自己評価というものはあ らゆる場合にあらゆる人々によって行われているものである。人間が自己の行動をある一定の目的 に向けてしていく時に,自己評価は一層活発になっていくものである。より効率的に,正しく自己 の行動を実現していく必要に迫られるからである。一方,評価というものが他者からも自己に対し て行われるものであるということを,人間はある程度の年令に達すればかなり自覚するようになる。
そして,自分がどのように他者から評価されているかということもある程度理解してくるものであ る。このようにして,人間は他者からの評価の度合をも,いずれ自己自身の判断の基準で評価しな ければならなくなる.つまり,自己評価の機能は,究極的には自己と他者との間における人間関係 意識をも統御していく役割をもたされていくのである。人間は自己のさまざまな行為とそれに対す る評価の経験を通して,あるいは,他者が行う自己評価についても観察し合いながら,次第に自己 評価のためのより確かな基準を獲得していくものである。
ところで,自己評価は決して単なる自己評価にとどまることはできない。それは有形無形の形で 他者評価も受け入れた形での評価とならざるを得ないものである。そして,他者からの自分に対す る評価を受け入れながら,一層自己評価の基準を高めていくことになる。しかし,自己評価におい て,低い評価基準に満足してしまう人は,結局,他者評価の受け止め方においても安易になりがち である。のみならず,むしろ,こうした人の場合には,他者からの評価を自己を高めるための契機 に転換していけないことが多いのではないかと思われる。そうした意味で,自己を評価する基準を 質的に高め,より確かな自己像を獲得していけるようにするための援助の手を第三者である指導者 がさしのべていく必要があろう。ここにく自己評価能力〉を高めるための,指導と評価とが一体と なって機能するような指導過程の存在が求められてこよう。学習者は,自己の学習成果についての 知識が与えられた場合に最もよく進歩するということが学習心理学の面からも示されている。
「話しことば」の活動は極めて日常的なものであるから,学習の成果は直ちに「評価」に移され,
「評価」の結果をもって次の段階に向けての「学習」の方向が決定されてくるものである。すなわ ち,「話しことば」の活動にあっては,「学習」と「評価」とは不即不離の関係にあるといっても よい。このような即決的な「評価」をもっとも自然な形で可能にするものは,他ならぬ学習者自身 であろう。
このような「話しことば」の学習におけるく自己評価〉の意義について述べていると思われるも のに,大村はま氏の次のような指摘がある。 「話すときは,自分の話していることばを,自分 で聞きながら話す,ということです。話していると,つい,話すことに夢中になるものですが,そ れをちょっとおさえて,自分で自分のことばを聞きながら話すようにするのです。そうしますと,
自分を,何か,ほかのだれかであるような気持ちで客観的にながめることができるようになるので
す,そうなりますと,わたしたちは,よしあしを感じ取る鋭い心がありますから,自分で自分の話
のよしあしがわかるようになるのです。よしあしのわかることが,よくなることのはじめです。よ しあしのわかるようになった人は,自分で自分のことばを直していくことができるようになります。
先生に教えていただいたり,お友だちに注意してもらったりすることも,もちろん,いいことです が,自分で自分のことばを聞きながら話すほど,いつもいつもというわけにはいきません。また,
自分が自分をしかるほど,細かく,鋭くはありません。ですから,自分が自分のことばを,話を,
聞きながら直すのが,いちばんです。10)」
「話しことば」の学習における〈自己評価〉の有効性を,実践の立場からこれほど的確に指摘し たものはないであろう。ここで述べられている〈ことばのよしあしを感じとる鋭い心〉というのは,
他ならぬ「言語感覚」のことである。このような言語感覚を働かせて常に自己の話しことばを細か く,鋭く注意して評価し,そのことで自己の話しことばをよりよいものにしていく努力が大切であ ると述べているのである。このことは,「話しことば」の活動をく自己評価〉することによって自 己の話しことばを高めていくと同時に,自己の言語感覚を一層鋭いものにしていくことにも通じる。
すなわち,「話しことば」の学習を通してく自己評価能力〉を養っていくことは,国語科の目標で ある「言語感覚」の育成に通じることになるのである。ここに,「話しことば1の学習指導を通し てく自己評価能力〉を育成すべき意義を認めたいのである。
W 〈自己評価能力〉の育成をめざした「話しことば」の学習指導 中学2年「楽しい読書報告」 (確かで豊かな話し方)の指導実践
(1)単元内容と指導目標
① 単元内容
この単元の大きなねらいは,読書報告をわかりやすく,興味深く表現することである。その ためには,聞き手にわかりやすい話の組み立ての工夫と音声,言葉づかい,速度,態度などに 注意した,親しみのもてる話し方の技術が必要となる。確かで豊かな話し方のためには,何よ りもまず,生徒相互の報告発表の場を数多く持たせ,友達との意見や感想の交換を通して,相 互の人間的な向上を図っていかなければならない。発表メモの作成段階,発表後において,自 己評価や相互評価をさせながら,各自の創意や工夫を生かして楽しい読書報告会としたいもの
である。
〈補助教材の準備〉……古い教科書から文学・非文学・伝記などの教材を5編用意する。
〈参考教材〉……「楽しい読書報告」 (光村図書 中二)
② 指導目標(評価目標)
ア 聞き手にわかりやすい話の組み立てを工夫して発表することができる。 (表現) (重点目
標)
イ 必要なことを落とさずに,内容を興味深く発表することができる。(表現)(副次目標)
ウ 音声,言葉づかい,速度などに注意して話したり,朗読したりすることができる。(表・
副)
工 話の内容について興味をもったり,感心したりしたところを簡潔に発表することができる。
(理解)→(表現) (関連目標)
オ 親しみのある態度で,しかも誠意をもって話すことができる。(関心・態度)
力 話の内容,話し方に真剣に耳を傾け,話し手の身になって話を聞くことができる。(関心・
態度)
(2)指導計画と評価の方法
第1時 単元設定の意図をとらえ,学習計画のあらましを知る。 (事前指導,診断的評価を行
う。)
第2時読書報告をする作品を読んで,その作品に最も適した報告のし方を検討する。
※報告する内容をおさえるために家庭で作品を精読してくる。
第3時 報告形式を再び検討した後,報告発表のための準備メモを作成する。(参考として「光 村」中二の教科書を使用する。)
第4時 読書報告会をひらいて,それぞれの報告のし方について批判し合う。
第5時 批評を参考にして,再び報告メモを修正し,話し方にも留意しながら発表し直す。
第6時 単元の学習の反省をし,今後の課題をとらえる。
① 事前指導と診断的評価
この単元における指導の重点は,⑦話の材料の確かな組み立て,④音声,言葉づかい,速度 などを考慮した,聞き手の興味をひきつける豊かな話し方を求めるところにある。そこで,こ のような面における知識や態度を自己診断(評価)させることによって,この学習のねらいに 対する自覚を促そうとした。
次に掲げるものは,生徒のこれまでの話し方を自己診断させた結果出てきた問題点である。
これらの問題点については,その主なものをプリントしてやり,相互に問題意識を高あ合わせ た。また,指導者の側でも指導上の留意点として各指導のステップの中に配慮していくように 努めた。
〈診断内容〉
生徒A一人の前に立って発表したり,説明をする時,大部分の人が原稿を読みながら話す。
これは,途中でつっかえたり,同じことを繰り返して話しでしまうことは少ない が,欠点として,聞く人の反応によって話を進めるということができないような 気がする。
生徒B一いろいろな例を取り上げて説明するときは,資料をいくつか集め,その中でいち ばんわかりやすいもので説明するのがよいと思う。このようなことから,一応箇 条書きのような原稿を用意しておいて,発表する時にそれをふくらましながら話 一 すとよいと思う。
生徒C一夢中になって話をしていると,つい早口になってしまって,はっきり発音できて 一 いないことがある。自分では何を言おうとしているのかがわかっているからよい が,相手にはわからないだろう。
生徒D一ぼくの話は長ったらしくて.簡潔でない。話す前や話し中に頭の中でうまく話題 をまとめることが必要である。ゆっくり話せば,話しながらでも話の順序を整理 していける。また,話の流れをはっきりさせるためには,接続語も重要であろう。
このような生徒自身による自己診断の中で,一線を付したところなどが指導上の留意点と
もなるところである。ところで,「話し方」と同時に,生徒に十分意識化を図っておくべきこ
ととして「聞き方」の問題がある。人の話を聞くことは話をするよりも難しい面がある。しか し,よい聞き方はよい話し方と極めて密接な関係をもっている。そこで,この点についても自 己診断をさせてみた。次の例は,その中の主なものである。
生徒E一前から親には「話は終わりまで聞くものだ」と教えられてきたが,どうも私は先 ばしりばかりして困る。また,もう一つの問題は,話している相手の目を見なが ら話を聞くということである。
生徒F 人の話を聞くときに大切なことは,その人が何を言おうとしているのか……つま り要点を確実におさえることだと思う。今までの私は,ただぼんやりと話を聞い てきてしまったのではないだろうか。話をしている人に対して誠意をもって聞い てきただろうか。
このような自己診断の結果を共通のものとして,評価の観点を明らかにして話しことばの学 習への意欲づけを図っていこうとしたのである。
② 事中指導と形成的評価
学習を進めるにあたっては,読書報告のための対象作品を5編にしぼった関係上,5つのグ ループに分けた。そして,報告のし方の検討などはそれぞれのグループごとに司会者を決めさ せて,その対象作品に最もふさわしい報告のし方を検討させた。準備メモの作成も5つのグル 一プの中の2つのグループには共同で行わせてみた。そして,途中でそのグループの代表に話 し合いの経過や具体的な準備メモの内容について全体にむけて発表させ,他グループの生徒か らの批評をさせてみた。その結果改あるべき点をとらえさせて,さらに準備メモを検討させ た。このように学習のステップを細かく取って形成的評価を行わせながら,自己評価のための 視点を具体的にとらえさせていこうとしたのである。
また,報告発表の段階では,1つのグループが前に出て机を囲み,<発表一聞く一自己 評価・他者評価一〉話し合い〉というひとまとまりの学習活動を実演することをさせてみた。
このようなひとまとまりの学習活動のモデルを示すことにより.自己の学習活動を自己評価し ていく視点をとらえさせていこうとしたのである。
なお,この学習活動の実演の際に使わせた「評価表」は,次のようなものである。
「評価表」 (評価者Y・Aは,聞き手である。)
この評価は比較的学力の高い生徒の 聞き手 Y・A 総合評定 1 2 3 ④ 5 発表に対してのものである。そして, 評 価 項 目 評点 気 づ い た こ と
この発表した生徒にもこれと同じ観点 音 強さ・大きさ 5 ちょうどよい。
速 さ 5 ちょうど聞きやすい速さである。
項目での自己評価もさせておいて,右
問 5 あまりとられていない。
のような聞き手の評価と比較させてみ 声 調 子 5 やや一本調子である。
た。
量選 び 方 3 もうすこしかみくだいたことばで。
このように,可能であるならば自 ば 言いまわし 4 主人公の気持ちがあらわれている。
己評価と他者評価を同時に行わせてみ 内 新 鮮 さ 4 読み取り方が深い。
容 わかりやすさ 4 興味をもったところがよくわかる。
ることも自己評価の基準を検討させる 構 材 料
4 とりあげ方が興味深い。
のには効果的であろうと思われる。 成 順 序 4 よく組み立てられている。
これらの評価に基づいて,発表をあ 態 表情・動作 3 ややうっむきかげん。
ぐっての簡単な話し合いをさせ,準備 度 落ちつき 3 落ち着いているほう。
152 茨城大学教育学部教育研究所紀要14号特集(1981)
メモの作成方法から実際の話し方に至るまでの問題点を生徒全員に意識化させることを試みた のである。
③ 〈形成的評価〉を導入した展開例一自己評価・相互評価の場面を中心に一く第3時〉
指導事項 学 習 活 動 評 価 場 面 ・ 方 法 o前時に構想し 1.教科書(光村)の O教科書の報告形式例と自分で構想した形式のどこにどのよう
た報告形式を 報告形式例を参考に な違いがあるかを自己評価する。
検討し,より して,前時に構想し ・発表メモにおける項目のチェック。
適切なものに た報告形式を再検討 ・教科書の例をどのように参考にしているかを相互にチェッ
させる。 する。 ク。
(1)教科書の形式例と o同一グループの中でお互いに発表メモのまとめ方の差がどこ 自分の構想した形式 にあるかを評価し合う。
とを比較する。
②発表項目の順序立 O報告作品に合った発表項目が立てられて,わかりやすい順序 てをして発表メモを 立てとなっているかどうかを自己評価する。
作成する。
(3)発表メモをグルー oグループ内での相互評価を行う。
プ内で相互に批評し ・評価した点をメモしてやり,印をつけてやる。
合い,次に自己批正 する。
o報告発表のモ 2.1グループ(8名) Oグループ内の代表1名の報告に対してグループ員は報告のし デルの実演を が前に出て報告発表 方について評価する。報告者自身も後から自己評価する。ま 観察させて, から話し合いまでの た,グループの実演を聞いている他の生徒は,グループ内の 発表メモの形 実演をする。 発表者,聞き手の双方の話し合いの深まりの状態を観察しな 式をより確か (1)グループ内の代表 がら,気づいた点などをメモする。
なものにさせ, 1名が報告を行う。 o相互評価の中味がどこまで的確なものであるかについてグル 発表するうえ
ナの心構えに ツいて自覚さ ケる。
②発表に対する評価
@を述べ,話し合う。
i3)傍聴の生徒も実演
@に対する感想を述べ
一プ外の生徒が意見を述べてやる。
@・相互評価のくいちがいやゆきすぎがないかをチェック。
B傍聴の生徒は実演の中のどんな面に自分の興味・関心がもて スかを実演グループに対して発表してやる。
る。
o報告発表の際 3.各自,再び発表メ ○各自,自分の発表メモの項目立てが十分なものであるかどう の心構えをも モ,心構えを確認し かを確かめて,不備な点などを補ったり,修正したりする。
たせる。 直して,発表に備え また,発表の際の留意点についても確認しておく。
る。
④ 学習後の自己評価
話し方,聞き方について自己評価をすることは,学習状況を具体的な形で保存することが困 難なだけにどうしても客観性に乏しくなる。自己の学習の到達度を測る方法としては,指導者 からの評価によるか,他の学習者からの評価によるか,あるいは自己反省などによるしかない。
しかし,ここで大切にしたいことは,学習者が単にく話し方〉の学習の到達度を知ることより も,自分のく話し方〉に対してなされた他者からの評価を謙虚に受け入れて,これまでのく自 己評価〉の基準をより高いものにしていくことである。そうして,学習者が自分のく自己評価 能力〉を高めていくところに本当の学習の意義が存在するのではないかと思われる。
そうした意味で,この報告発表の学習活動が終わった後で次のような調査を行ってみたので
ある。すなわち,この学習活動の全般にわたるく自己評価〉の観点項目を10箇ほど用意して,
それぞれの項目の中であてはまるものに○をつけさせたところ,次のような集計結果が出たの
である。
よ か っ た 点 わ る か っ た 点
項 目 % 項 目 %
① 項目がよく立てられた。 56 ⑥ 項目がよくなかった。 30
② 内容がよくまとまった。 44 ⑦ 内容がわるかった。 53
③ よく聞いてもらえた。 64 ⑧ よく聞いてもらえなかった。 24
④ 落ちついて話せた。 53 ⑨ あがってしまった。 42
友だちの発表などが参考に 友だちの発表を十分に参考に
⑤ 67 ⑩ 22
なった。 できなかった。
上の自己評価の項目についてはさらに細かく立てることも可能であるが,このような評価を 行うことによって自己の学習の問題点を自覚させることが次の学習を一層効率的なものにして いくであろう。
この集計結果からみてもわかるように,グループ学習で具体的な参考教材もあったせいか,
まずまずの学習成果があげられたように思われる。特に,お互いによく聞き合い,友だちの発 表が参考になったということはこの学習の大きな成果であったようである。しかし,発表の内 容については,いま一歩というところであった。これは,今回の学習の重点が話し方の方にあ り,詳しい発表草稿を用意しなかったところから感じられた問題点であったのだろう。ある程 度やむを得なかったことであると思われる。
⑤指導後の考察.
以上のような「読書報告」の学習指導を試みて感じたことは,平素の「話しことば」の学習 指導がいかに徹底していかないかということであった。それは,「話しことば」の学習指導に おける〈評価〉の具体的な観点が系統的におさえられていないということにも通じることであ る。中学生の場合には,これまでの「話しことば」の学習活動を通してその一般的,常識的な 留意点を知識としては知っている。しかし、そのような留意点が現実の「話しことば」による 活動場面でいかに重要なものであるかということを切実な体験としてもっていない場合が多い ようである。実際にはしばしば問題場面を体験してきているはずであるが,それが十分に自覚 されてこなかったとも言えよう。
したが一て,平素の国語科の学習の中で,ある程度まとまった話をする場面を意図的に設定 して,しかもできるだけ具体的なく評価〉の観点を提示してやって,相互のく聞く・話す〉力 を自己評価させたり。相互評価させたりする場面を与えていく必要があると言える。とりわけ,
今回の指導で試みたように,〈自己評価〉というものを学習的機能として十分に生かしていく ことが必要ではないかと思われる。先に引用した大村はま氏の指摘のように,「話しことば」
の活動にあってはく自己評価〉というものが最も効果的にその学習的機能を発揮するものであ るということを実践的に理解できたように思われる。
今後も,〈話しことば〉による言語活動のさまざまな場面において,〈自己評価〉をしてい
くための具体的な観点を把握させるような指導をしていく必要を強くもった次第である。
V お わ り に
「話しことば」による言語活動は極めて日常的なものである。それは,あらゆる学習活動の場面 において行われるものである。それだけにともすると,「話しことば」に対して指導者も学習者も あまり自覚することなく,その場その場の問題点を見過ごしてしまっていることが多い。問題点を 感じたとしても,当面の学習の流れをくずしてしまったりすることを考えて適切な指導ができない でいることも多い。その場の「話しことば」に問題点を感じた時は,できるだけその場の学習の流 れをくずしたり,ふんいきを変えてしまったりすることのないように,その問題点を学習者に気づ かせる程度の指導をまめに行っていきたいものである。そうすることによって学習者の中に自己の
「話しことば」に対する鋭い感覚を育てていってやりたいものである。このようにして養われてい くものが自己の「話しことば」に対する〈自己評価能力〉である。
「話しことば」に対するく自己評価能力〉を高めさせるためには,「話しことば」の学習指導の 評価の観点をまず指導者が細かに分析して把握しておく必要がある。同時に,それを実際の「話し
ことば」による言語活動の場面で時を失せずに学習者に気づかせていくことである。
本稿では,「話しことば」による言語活動において予想されるさまざまな評価の観点を掲げる余 裕がなかったが,こうした観点が具体的にしっかりと把握されている必要もあろう。その際に大切 なことは,指導者のための観点というより.学習者自らがく自己評価〉をしていけるような,でき る限り平易なものが求められよう。「話しことば」の学習指導にあっては,指導目標(二評価目標)
を明らかにしていくことも大切なことであるが,同時に,学習者の学習目標.すなわち,自己評価 のための観点項目を具体的におさえていってやることが,これからの重要なポイントになるであろ う。そのことが,学習者の〈自己評価能力〉の育成には欠かせない条件となってくるものと思われ
る。
今日,国語科教育の中で「話しことば」の教育は,相変わらず根の無い草のような存在である。
国語科教育においてこの現状であれば,広く学校教育はもとより社会生活全般にわたって「話しこ とば」への関心が高くなる道理はない。まず,国語科教育の中でこそ,言語生活の基本である「話 しことば」への十分な関心をはらい,その本質と目的に対する認識を新たにして,指導へ情熱を傾 けていくべきであろう。
注
P) 「話しことば指導の問題と実践」『国語教育研究』第75集(日本国語教育学会編,昭和53年),p.1。
2)大村はまrことばを豊かに 大村はまの国語教室』 (小学館,昭和56年),p.41。
3)井上尚美「言語論理教育への道」 (文化開発社,昭和52年),P.186。
4)野地潤家『話しことば学習論』 (共文社,昭和49年),p.70。
5)同上書p.14。
6)堀川直義r話し方と聞き方の構成』 (至文堂,昭和52年),P.36。
7)輿水実『国語科教育学大系12』 (明治図書,昭和50年),P・173。
8)同上書,p.201。
9)辰野・高野・加藤・福沢編r実践教育心理学5一測定と評価の心理一』(教育出版,昭和56年),p.11。
10)大村はま『やさしい国語教室』 (共文社,昭和53年),p.15。
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